February 2006 Archives


またまたピンクの豹!
「ピンク・パンサー」は関連している映画はテレビ版もいれると16作品にもなるという人気のコメディ映画です。 シリーズとしては第9作目だという「The Pink Panther(aka The Birth of the Pink Panther)」を1963年のPeter Sellers(ピーター・セラーズ)のオリジナルを元にアブナイジョーク満載でShawn Levy(ショーン・レヴィ)が監督します。 今度は、主役のInspector Jacques Clouseau(クルーゾー警部)はSteve Martin(スティーヴ・マーチン)で脚本にも関わっているそうですがフランス訛りの英語と英語訛りのフランス語をしゃべります。 Kevin Kline(ケヴィン・クライン)は姑息なChief Inspector Dreyfus(ドレフェス署長)、頼りになる警部のGilbert Ponton(ジルベール・ポントン)役で全く訛っていないJean Reno(ジャン・レノ)も出演します。 Cherie(チェリー)を演じたKristin Chenoweth(クリスティン・チェノウェス)は2005年の「Bewitched(奥さまは魔女)」ではTVシリーズの「The West Wing(ザ・ホワイトハウス6)」と同じくAnnabeth Schott (アナベス・ショット副報道官)を演じています。 2006年にRobin Williams(ロビン・ウィリアムス)が主演した「RV」でラジー賞を貰ってしまいましたが、2008年の「Four Christmases(フォー・クリスマス)」でもさらにうるさい役を演じています。
異色なのは新キャラクターであるフランスのサッカーチーム監督のガールフレンドで、Xania(ザニア)役で出演する元Destiny's Child(デスティニーズ・チャイルド)のリード歌手だったBeyoncé Knowles(ビヨンセ・ノウルズ)です。 なんと!かっこいいAgent 006(Nigel Boswell)にClive Owen(クライヴ・オーウェン)がカメオで出演です。
この映画にヒントを得てか、実社会にも"ピンクパンサー"を名乗るちっともお洒落じゃない国際的な宝石強盗団が登場しましたが困ったもんです。

パリ、プラハ、ニューヨークなどで撮影された今作でも、盗まれた巨大ダイヤモンドの「ピンクの豹」と殺人犯を探して、世界一凄腕のクルーゾー警部がジルベール警部の助けを得て捜査を開始します。 ですがあいも変わらずの失敗続きです。 「暗闇でドッキリ」以降登場したドレフュス署長は健在ですが、ピーター・セラーズが演じたクルーゾー警部が片腕とする空手使いのKato(カトー)は登場しません。

The Pink Panther with Steve Martin (2006)
The Birth of the Pink Panther MGMマークのライオンに挑むピンクの豹から始まるよ! 花の都、パリの警視庁でにドレフェス署長の前ふりは失敗ばかりするドジなパリのクルーゾー警部のこと。 そこに決定的な事件が勃発、まさに殺人には完璧な条件が揃ったサッカーのフランス対中国の試合、フランス代表チームが予期せぬ大勝利を果たした直後になんと仏チームのイヴ・グルアン監督が毒矢で殺されたのです。 なじえ? 監督は特大のピンクのダイア付きの指輪をはめていたのですが消えてしまったのです。 はい、ここで懐かしいピンク・パンサーとテーマ曲!
こともあろうにドレイフュス署長はこのピンク・パンサー事件の捜査をクルーゾ警部に任せたのですが、クルーゾーの監視(補佐)のいジルベール警部を任命しました。 その心は? お呼びがかかってチョロQ、おっと違った820kgのフランス産のDaimler-Benz Smart Car(軽自動車の"スマート")で田舎からパリに向かうクルーゾー警部です。
Inspector Jacques Clouseau: Good one.
Ponton: Thank you!
オリジナルのクルーゾー警部と助手のカトーの例に倣って、クルーゾーはジルベール警部に隙あらば攻撃すると宣言。
さて、サッカー監督の殺人犯について最初クルーゾーは毒矢の毒の漢方薬は中国からだから中国人が犯人と推理しますが、ジルベール警部は世界的でも有名なファッショナブルなポップス歌手での監督の愛人のザニアは事件前に「殺してやる!」と言っていたので殺人犯ではないかと疑います。 さて、真犯人は監督に浮気されて怒っていたザニアか? サッカー試合のスポンサーの中国人か? 監督に恨みのあるサッカー関係者か? 別件捜査の006ボズウェルにガスマスク強盗の手柄を譲られ一躍時の人となったクルーゾー警部です。 殺された監督の愛人がニューヨークに帰るので追跡調査を遂行するクルーゾーとジルベールです。 アメリカンフードのアンバガーに感激! しかし空港の手荷物検査場では擦りかえられたバックに入っていた大量の武器所持により逮捕。 ヌンチャク?カトーの武器か? ラストの犯人追跡シーンでビヨンセが演じるザニアが歌うのは"A Woman Like Me"ですがトレーラーで使用された"Check on it(チェック・オン・イット)"同様にサントラには収録されていません。 犯人を見事捕らえて表彰されたクルーゾーでしたが、兎にも角にも最初から最後までドジだらけでした。
※ラストの方で、ドジのために役職を下ろされたコンピュータ好きのクルーゾーはインターネットで携帯電話の新しい着信音をダウンロードしようとしましたが、捜査を誤って大停電を起こしてしまいます。 クルーゾーが最初に携帯電話に入れていた着信音はGioachino Rossini(ロッシーニ)の"William Tell Overture(ウィリアム・テルの序曲)"

The Pink Panther
The Pink Panther2006年の「ピンクパンサー」のオフィシャルサイト
The Pink Panther Official Site
今ならオフィシャルサイトで右上のEnter Siteをクリック、上のメニューでVIDEOをクリックすると予告編が観られます。
他の「ピンクパンサー」の予告編
The Pink Panther 2006 Trailer - VideoDetective
アメリカでは2006年2月公開当時は1位でしたが、2006年2月25日現在でのBox Office Top 5(興業成績トップ5)の中の第3位です。 ちなみに第1位は日本未公開のMadea's Family Reunionです。 「ピンクパンサー」公開は日本でも同じく2006年の2月頃が予定されていましたが2006年5月になったそうです。

現在は消滅したThe Pink Panther GAME
「ピンクパンサー」のオフィシャルサイトでEnter Siteからページ下のピンクパンサー(ダイヤ)をクリックするとGameが現れます。(BGMをオフにすると車のクラクションなどの音が聞けない)
Crick Hereをクリックして、まず、クルーゾー警部の車をカスタマイズ(ボデイとホイル)からStartをクリックして衝突しないように走らせる(矢印、スペース、とCキー、シフトキーはクラクションですが連続して4回以上鳴らさないこと)
巨大なピンクダイヤを掴んだグリフォンなど色々現れますね。 行った先にClickHereがあったらクリックしてみましょう。
お遊びですがそれぞれのページで左下の虫眼鏡をドラッグして下さい。 薄いピンクの足跡を追ってみましょう。 当たるとピンクパンサーの大きな足跡マークが出ますが、外れると虫眼鏡が元の場所に戻ります。
お知らせ!
上記のピンクダイアをクリックして遊べたゲームも下記のお楽しみも現在はなくなりました!

何時までも走っていられないので、手っ取り早く下のメニューから①The Filmをクリックしてみましょう。 ドレフュス警部のオフィスでは●●●から新聞が出てきて配役や粗筋が見られます。
Video ホテルのビヨンセの部屋では●●●がトレーラー、ビデオクリップやビヨンセのPVです。
ミュージックビデオのピンキーなお姉ちゃん達の腰フリとラッパーにはたまげますが、これはタイアップ曲のBeyonce(ビヨンセ)の「Check On It」のPVです。 これは後では削除されたのですが、この予告編でのビヨンセのPVがあまりに素晴らしかったので本編を期待したのですがどうやら宣伝だったらしく、映画では「これがビヨンセ?」と最初はわからない位でした。
Gallery クルーゾー警部のアパートでは●●●がフォトギャラリーです。
Gameをクリックするとサッカー場(サッカーボールはドラッグするとバウンド)
右上のClick Hereをクリックしてゲームボードを下ろすとゲームは全部で4つあります。(このページでの虫眼鏡はスクリーンセーバーのダウンロード用なのでいらなければクリックしない)
Without warning, I will attack you. In this way!.
一番左のSurprise Attackはスティーヴ・マーチンとジャン・レノの殴り合いゲームです。
スペースキーで開始、Aキーが右パンチ、Sキーが左、矢印キーで左右に動きます。 Ouch!
お知らせ! 上記の項目は現在では見られません。


Steve Martin and Kevin Kline
スティーブ・マーチンは自作の小説を映画化した2005年のShopgirl(Shopgirl/恋の商品価値)が評判良かったそうですが、日本では2004年に公開された、2003年のアニメ「Looney Tunes Back in Action(ルーニー・テューンズ:バック・イン・アクション)」でMr.チェアマン役で出演しています。

テレビのコメデイなどで活躍してきたスティーブ・マーチンは「ソニー&シェール」などのTVショーの司会もしていたことがあるそうです。

Kevin Kline
ロンドンでのダイヤ強盗を描いた1988年のブラックコメディ「A Fish Called Wanda(ワンダとダイヤと優しい奴ら)」で同年のアカデミー助演男優賞を受賞している演技派のケヴィン・クラインを初めて観たのがメリル・ストリープが出演したユダヤ人収容所に絡む秘密をテーマにした1982年の「Sophie's Choice(ソフィーの選択)」でした。 ユダヤ人のヒロインを愛するNathan Landau(ネイサン)を演じたクラインは、最も怒りを感じる映画とされる1987年のアパルトヘイト映画の「Cry Freedom(遠い夜明け)」ではジャーナリストのDonald Woods(ドナルド・ウッズ)を演じましたが、次に観たのが驚きのラブコメでラストのぶどう園と葡萄の苗しか印象にない1995年の「French kiss(フレンチ・キス)」、ラストの少年の感電死に驚愕した1997年の「The Ice Storm(アイスストーム)」では隣の奥さんと浮気するBen Hood(ベン)をシリアスに演じてきたのです。 そして今回はラブコメならぬドタバタ喜劇のピンクパンサー!

The Pink Panther (2006) DVD
The Pink Panther (2006) DVDピンクパンサー コレクターズ・エディション [DVD]

The Pink Panther Soundtrack (2006)
ページトップの画像はAmazonの2006年版「ピンクパンサー」のサウンドトラックで、ヘンリー・マンシーニ作曲の"Pink Panther Theme"はPaul Oakenfold(ポール・オーケンフォード)のリミックス・バージョンが収録されていますが、予告編で流れたビヨンセの"Check on it"は収録されていないようです。

Beyoncé Knowles
「ピンクパンサー 2006」に出演しているビヨンセは2005年暮れにリリースしたシングル「Check on it 」を歌っています。 これが2006年2月現在全米チャート4週連続第1位です。 ラッパーのSlim Thug(スリム・サグ)と Bun B(バンB)をフィチャーしていますがポップス調の歌です。 ビヨンセは2002年に 「Austin Powers Goldmember(オースティン・パワーズ ゴールドメンバー)」の新ヒロインに抜擢されてジョン・トラボルタと共演し、主題歌も歌いました。

「The Pink Panther」のオフィシャルサイトで流れたビヨンセの国内盤シングル「Check on it」ですがB面がラップなしの「Check on It」(試聴なし)です。
Beyonce CHECK ON IT in The Pink Panther 2006 - YouTube
Beyonce Woman Like Me in The Pink Panther 2006 - YouTube

2003年にリリースされた初のソロ・アルバム「Dangerously in Love」に続きビヨンセの2枚目のソロ・アルバム「B'Day(B-Day)」はビヨンセの25歳の誕生日になる2006年9月4日にリリースされるそうです。
2005年のアカデミー賞の授賞式ではThe Polar Express(ポーラー・エクスプレス)のテーマ曲"Believe"やThe Phantom of the Opera(オペラ座の怪人)の"Learn to Be Lonely"などを歌ったそうです。
Beyonce Knowles(ビヨンセ)の新作は同じく2006年のBill Condon(ビル・コンドン)監督によるDreamgirls(ドリームガールズ)でJamie Foxx( ジェイミー・フォックス)やEddie Murphy( エディ・マーフィ)と共演しますが日本では2007年の3月に公開です。 1964年から1969年が全盛期だったThe Supremes(スプリームス又はシュープリームス)をモデルにしたサクセスストーリーです。 スプリームスはDiana Ross(ダイアナ・ロス)を中心とした黒人女性ヴォーカルグループでしたが後にダイアナ・ロスがソロデビューしました。 ビヨンセの2008年の映画はAdrien Brody(エイドリアン・ブロディ)がLeonard Chess(創設者のチェス兄弟)役で主演するR&BとブルースのChess Records(チェス・レコード)物語のCadillac Recordsでチェス・レコードに在籍していた麻薬中毒のR&BシンガーのEtta James(エタ・ジェームス)を演じます。 チェスに在籍していたMuddy Waters、Little Walter、Willie Dixon、Howlin' Wolf、Chuck Berry、Jimmy Rogersなどの黒人ブルースマンを俳優が演じますが、Sonny Boy Williamson II、John Lee Hooker、Buddy Guy、Bo Diddley、Dale Hawkins、ジャズのGene AmmonsやBenny Goodmanなども映画に登場するかは不明です。

The Pink Panther 2 & Pink Panther & Pals
2009年に続編としてスーヴ・マーティンの「ピンクパンサー2」が予定されていますが監督は「One Night at McCool's(ジュエルに気をつけろ!)」のHarald Zwart(ハラルド・ズワルト)です。 加えて2010年にも新作がMGMで予定されているそうです。 こちらの監督はTyree Dillihayだとか。

オリジナルの「ピンクの豹」や「暗闇でドッキリ」についてはヘンリー・マンシーニのテーマ曲も聴けるAudio-Visual Trivia内のピーター・セラーズのピンクの豹


La Femme Publique / Region 2/PAL DVD (French Version)
Valerie Kaprisky
Valérie Kaprisky dans La Femme Publique
私生活のない女(1984年)

Ethel gagne sa vie en posant nue pour un photographe artistique.
La Femme Publique
「私生活のない女」は1982年に「Aphrodite(聖女アフロディーテ)」でデビューしたValérie Kaprisky(ヴァレリー・カプリスキー)が主演するソフトコアというふれ込みのドラマです。 Rene Cleitman(ルネ・クレトマン)制作によりポーランド出身(チェコ亡命者)のAndrzej Zulawski(アンジェイ・ズラウスキー)が監督し、脚本家のDominique Garnier(ドミニク・ガルニエ)とアンジェイ・ズラウスキーが脚本を書いています。 1984年モントリオール世界映画祭で審査員特別大賞や観客投票第1位を獲得しています。
アンジェイ・ズラウスキー監督は「私生活のない女」以前には、カンヌ国際映画祭でパルム・ドール女優賞をイザベル・アジャーニが受賞した難解な1981年のPossession(ポゼッション)、その後はアイドルだったSophie Marceau(ソフィー・マルソー)を脱がせた1985年のL' Amour braque(狂気の愛)を監督しています。
ルネ・クレトマンは1998年のカトリーヌ・ドヌーヴ主演の「Drole d'endroit pour une rencontre(夜のめぐり逢い)」や1995年のJuliette Binoche(ジュリエット・ビノシュ)主演のLe Hussard sur le toit(プロヴァンスの恋)などを制作を手掛けています。 映画音楽はAlain Wisniak(アラン・ウィスニアク)で、ヴァレリー・カプリスキーがトップレスでリビエラの海辺に出没するティーンエイジャーを演じた1984年の「L'année des méduses(サロメの季節)」でも音楽を担当しているそうです。

映画の冒頭では颯爽と歩くヴァレリー・カプリスキーが演じるEthel(エテル)のショットに続いて、エテルがとあるスタジオに入るや否やいきなり全裸になって激しく踊り出します。 ヴァレリー・カプリスキーとそれを激写するカメラ小僧(親爺)のシーンで度肝を抜かされますが、これは女優志願のエテルがアルバイトとしてヌードスタジオで稼いでいたのです。 即席写真のポラロイドを使用していたその客は、確か激写の挙句に興奮してショック死したようでした。 これはブラックユーモアなんでしょうか。 なんと、エテルはその男を跨いで男が撮った写真を拾って見ると、軽蔑したかのように投げ捨ててスタジオを去っていくのです。
☆そのスタジオでのヴァレリー・カプリスキーの写真!(注!無修正画像 無修正?逆修正? こんなだった?)

女優志願のエテルはチェコ移民の新人監督というケスリングによって劇中劇のFyodor Dostoyevsky(ドストエフスキー)原作の「The Possessed(悪霊)」を脚色した新作映画のリサ役に抜擢されます。 意欲的に取り組むケスリングに惹かれるエテルですが、瞬く間にケスリングにより現実と虚構(芝居)の境界が見えなくなっていきます。 ケスリングの部屋に泊まったエテルが見たものは、あの殺人事件の女が履いていた赤い靴。 ケスリングに疑惑を持ち始めたエテルは演技をけなされてLambert Wilson(ランベール・ウィルソン)が演じるチェコの亡命者Milanの元へ飛び込みます。 しかし、同郷のケスリングに匿われているミランが死んだ(殺された)恋人を忘れられないことを知り、夜な夜なミランとパリの街を遊び歩いたりして恋人の身代わりを演じるエテルでした。 そしてミランはといえば、ケスリングにより次第にテロリストとして暗殺遂行へと操られていきます。

ある日、テレビがリトアニアの大司教の暗殺場面を映し出した時、エテルは、その画面に、ケスリングの顔と傍らでピストルを握った男の手が誰のものかを確信することになります。 その暗殺事件の日、ミランの部屋はケスリングが率いる男たちによって荒らされていたのでした。 エテルはミランを捜し出すため街へと出て行きます。 ミランへの愛を通じて自分が演じるべき女性であることを自覚したエテルは、いつしか、本物の女優に変身していたのです。 映画の撮影現場に戻ったエテルが見たTVニュースではミランの無惨な死を報じていたのです。 撮影所ではケスリングの演じるスタヴローキンの自殺のシーンが撮られています。 首をくくったのは、果たして芝居の中のスタヴローキンか、それとも俳優のケスリングなのか。

芝居と政治の世界をテーマとした映画「私生活のない女」では、ドストエフスキーの「悪霊」のごとく何かに取り憑かてた狂った登場人物たちがハンディ・カメラで縦横無尽に移動し続けるSacha Vierny(サッシャ・ヴィエルニー)の素晴らしい撮影によって描写されます。 特にオープニングのヴァレリー・カプリスキーの通りを歩くシーンはJohn Travolta(ジョン・トラボルタ)のSaturday Night Fever(サタディナイト・フィーヴァー)のそれを彷彿させるものです。 スタジオでのダンス・シーンやテニスのシーンなどのローアングルのカメラが効いています。
アッと意表をつくラスト・シーンは俳優たちの閉幕の挨拶です。 つまり劇中劇・・・こちらもどれが劇でどれが現実なのか分からなくなります。 この幕閉めテクニックは、1982年の深作欣二監督の映画「蒲田行進曲」で初めて観ましたが、1995年のGet Shorty(ゲット・ショーティ)でも使われています。

☆イタリアのサイトですが「私生活のない女」の写真が見られるLa femme publique Photos - FILM.TV.IT

Lambert Wilson
「私生活のない女」は1985年のフランスのCésar Awards(セザール賞)ではヴァレリー・カプリスキーが最優秀女優に、テロリスト役のランベール・ウィルソンが助演男優賞、ガルニエとズラウスキーが脚本賞にノミネートされました。
私が初めてランベール・ウィルソンの映画を観たのが1983年の「Sahara(サハラ)」でした。 音楽がEnnio Morricone(エンニオ・モリコーネ)で、ドイツのジェームス・ディーンと呼ばれたモンプチのHorst Buchholz(ホルスト・ブッフホルツ)も出演していました。 「サハラ」では砂漠のSheik(王様)を演じたJaffarを演じたランベール・ウィルソンの青い目があまりに綺麗だったので「私生活のない女」も観る気になったのでした。 「サハラ」では Brooke Shields(ブルック・シールズ)が1984年のラジー賞(ゴールデン・ラズベリー賞)でワースト助演男優賞に輝いたのでした。 女優なのになぜ男優賞?かというと・・・ブルック・シールズが男ばかりの自動車レースに出場するために可笑しな付けヒゲの男装をしたからです。

その後のランベール・ウィルソンの活躍は素晴らしく、1987年に、こんどは1957年にKanal(地下水道)を監督したポーランドのAndrzej Wajda(アンジェイ・ワイダ)のLes Possedes(悪霊)で1965年に「Genghis Khan(ジンギス・カン)」に出演したOmar Sharif(オマー・シャリフ)と共演しています。 1991年にClaude Chabrol(クロード・シャブロル)が監督したMadame Bovary(ボヴァリー夫人)に出演したIsabelle Huppert(イザベル・ユペール)とも共演した「悪霊」は劇中劇ではなく、ドストエフスキーの神と不信の問題を描いた小説の映画化で、野望のために自分の囲りの人々を破滅させていく冷酷な男の物語です。 ランベール・ウィルソンの「悪霊」の写真が見られるFILMPOLSKI.PL - Les Possedes
最近では2005年のMatthew McConaughey(マシュー・マコノヒー)主演のSahara(死の砂漠を脱出せよ)にYves Massarde(イヴ・マサード)役で出演し、2007年にも2本予定のある売れっ子の俳優「ランベール・ウィルソン」です。
☆ランベール・ウィルソンの写真が見られるギャラリーなどリンクがいっぱいのサイトLambert Wilson Photos - Talented French Actor & Singer
ランベール・ウィルソンの写真集はLambert Wilson Photos - FILM.TV.IT
フランスの俳優としてだけでなく歌手としても名高いランベール・ウィルソンが2005年のTV ミュージカル・コメディLambert Wilson - Nuit américaineでGeorge and Ira Gershwin(ガーシュイン)ナンバーを歌う写真が見られるLambert Wilson - Festival de Ramatuelle
日本でも2006年発売のランベール・ウィルソンのCD"ambert Wilson Sings Musical ComedyLAMBERT WILSON: Nuit Americaine
試聴はフランスのNuit Americaine - Amazon.fr
※女性歌手2名とピアニストとランベール・ウィルソンのSomething'S Coming、This Is The Life、Early In The Morning、Sonnetなど。
LAMBERT WILSON: Pas Sur La Bouche


La Femme Publique DVD
「私生活のない女」を観るにはドストエフスキーの「悪霊」と「プラハの春」と呼ばれる1968年のチェコスロヴァキアでの改革運動を知っていると理解しやすいでしょう。
ページトップの画像はアメリカのAmaozn.comにあるフランス語版のDVDですがフランス語のFemmeに対する女性定冠詞のLAがLEになっています。 「私生活のない女」の日本語字幕DVDのカバー画像には惑わされないで下さい。 私は劇場で観たのですが、公開当時にも話題のスチール写真でしたので、「えっ、この映画を観たの?」と観ていなかった人々は怪訝に思ったようでした。 冒頭のヌードスタジオでのヘアも暗い廊下での全裸セックスシーンも気になるほどではありません。
La Femme PubliqueDVD私生活のない女 (無修正版)
2009年リリースの日本語字幕版DVDは私生活のない女 (ヘア解禁)


ヴァレリー・カプリスキーの出演映画
新しい波に乗り遅れたヴァレリー・カプリスキー
女優志望の若い女「エテル」を演じたValerie Kaprisky(ヴァレリー・カプリスキー)は撮影当時22歳でした。 可愛くてスタイル抜群の当時売り出し中のパリジェンヌでしたが、惜しくもヌーヴェル・ヴァーグに乗り損なったといえるでしょう。 「私生活のない女」も含めて、これ以前もその後もソフトコアかエロティック(官能)映画ばかりで、全作おもいっきり脱いでいます。 健康的な肢体のヴァレリー・カプリスキーは大人の色気が出ないうちに消えてしまった感がします。 女優ヴァレリー・カプリスキーの問題は子供に毛が生えたみたいでちっともセクシーでないことでしょうか。
バレリー・カプリスキーの写真集はと、ヴァレリー・カプリスキーの出演作品の写真集はValérie Kaprisky - FILM.TV.IT

Aphrodite(聖女アフロディーテ) 1982年
フランス世紀末のデカダンス文学(象徴派)の詩人Pierre Louys(ピエール・ルイス 1870-1925)が1952年に著した美と官能の女神「Aphrodite(アフロディット -古代の風俗)」を元にRobert Fuest(ロバート・フュースト)が監督したソフトコア作品で、ブルジョア連中のギリシア神話風乱交パーティがテーマとなっています。 ホルスト・ブッフホルツが演じる死の商人の豪華客船に乗っている貴婦人を美女をCapucine(キャプシーヌが、その姪をヴァレリー・カプリスキーが演じます。
☆1928 Pierre Louys Aphrodite, Beresford Egan illustrated
ピエール・ルイスのアフロディーテには1929年にCharles Baudelaire(ボードレール)の「Les Fleurs du mal(悪の華)」に挿絵を描いたイギリスの画家であるBeresford Egan(1905 - 1984 ベレスフォード・イーガン)が描いたビアズレー風の退廃的アールデコの挿絵が載っているそうです。
※ドイツのハンサム俳優として人気があったHorst Buchholz(ホルスト・ブッフホルツ)は1957年にオーストリア美人女優のRomy Schneider(ロミー・シュナイダー)と共演したドイツ映画のMonpti(モンプチ わたしの可愛い人)から1960年のアメリカ西部劇のThe Magnificent Seven(荒野の七人)、1961年にLeslie Caron(レスリー・キャロン)と共演したFannyファニーと次々と話題作に出演してきましたが、1998年にコメディ出身のRoberto Benigni(ロベルト・ベニーニ)監督のイタリア映画"La Vita è bella(ライフ・イズ・ビューティフル)"で医師役を演じたのが最後のようです。
☆ヴァレリー・カプリスキーの「聖女アフロディーテ」の日本語字幕DVDは中古で3000円代でありますが、輸入版VHSの「Aphrodite」は中古で7000円ほどします。
Valerie Kaprisky in APHRODITE - YouTube

Breathless(ブレスレス) 1983年
ゴダールの「勝手にしやがれ」のリメイクをJim McBride(ジム・マクブライト)が監督しましたが脚本はオリジナルのままです。 映画のポスターは有名なデザイナーのBill Gold(ビル・ゴールド)が手掛けたコラージュ風のイラストで上部半分にリチャード・ギアの顔があります。
ヴァレリー・カプリスキーは女子大生Monica役で、自動車泥棒Jesse役のRichard Gere(リチャード・ギア)と共演しました。 ジム・マクブライト監督は1989年にJerry Lee Lewis(ジェリー・リー・ルイス)の伝記映画「Great Balls of Fire!(火の玉ロック)も監督していて、映画「ブレスレス」でもジェリー・リー・ルイスのロックンロール曲の"Breathless"がテーマ音楽になっている他、High School Confidentialも使用されています。
ヴァレリー・カプリスキーとハリウッドのセックス・シンボル「リチャード・ギア」のラブシーン画像が見られるValerie Kaprisky in Breathless - FILM.TV.IT
Valerie Kaprisky and Richard Gere in Breathless - YouTube

Breathless DVD
ヴァレリー・カプリスキーとリチャード・ギアが共演したアメリカ版勝手にしやがれ「ブレスレス」の2009年のDVDです。
BreathlessBreathless
「ブレスレス」の字幕版 VHSもあります。
上記のDVD画像はアメリカのAmazon.comの商品です。


まだあるヴァレリー・カプリスキー出演映画
1984年 「L'annee Des Meduses(サロメの季節)」
「私生活のない女」のすぐ後のヴァレリー・カプリスキー出演作は、オスカー・ワイルドの「サロメ」を元に「Christopher Frank(クリストファー・フランク)」が脚本及び監督したロマンス映画で、ヴァレリー・カプリスキーは小悪魔的な少女の役で、Jacques Perrin(ジャック・ペラン)が演じる少女の母親の恋人を誘惑しようとします。 「サロメ」では中年のジャック・ペランが見られますが、アンナ・カリーナがゴダールと別れて結婚したほど60年代のジャック・ペランは美青年でしたが、1989年にはGiuseppe Tornatore(ジュゼッペ・トルナトーレ)監督のNuovo Cinema Paradiso(ニュー・シネマ・パラダイス)で主人公のSalvatore 'Toto' Di Vita(サルヴァトーレ・ディ・ヴィータ)の白髪の中年期を演じています。 ※映画音楽はEnnio Morricone(エニオ・モリコーネ)ですがジャズ・ヴァイブ奏者のJoe Locke(ジョー・ロック)が手がけたニュー・シネマ・パラダイスのサントラでは美しい"Maturità (maturity)"が人気。 その後は2001年にドキュメンタリー映画の「Le peuple migrateur(WATARIDOR I/ 渡り鳥)」を総監督してナレーションも担当していますが、2009年にはドキュメンタリーのOceans(オーシャンズ)が日本で2010年1月に公開となります。
脚本家で監督のクリストファー・フランクは1977年のEdouard Molinaro(エドゥアール・モリナロ)監督のL'homme Presse(プレステージ)の脚本も担当しています。
☆1986年のLa Gitane(彼女はジタン)はジャン・ポール・ベルモンドのコメディ映画でお馴染みのPhilippe de Broca(フィリップ・ド・ブロカ)監督です。 「彼女はジタン」の写真が見られるドイツのサイトdjfl.de

2007年11月のコメント欄にAndrzej Zulawski(アンジェイ・ズラウスキー)の監督デビュー作品で1971年に製作されたポーランド映画「Trzecia czesc nocy(夜の第三部分)」又は"The Third Part of the Night"のレビューが載せられた映画の写真も見られるサイトのご紹介を頂きました。 「私生活のない女」同様にアンジェイ・ズラウスキー監督が脚本も手掛けているそうです。 第二次世界大戦時の占領下のポーランドでドイツ・ナチスとレジスタンスをテーマにした難解な悪夢の物語で、日本では1995年に公開されたそうですがDVDはもとよりVHSもありません。 この作品は脚本はズラウスキー監督の父で作家のMiroslaw Zulawski(ミロスラフ・ズラウスキー又はミロスワフ・ズラウスキー)の戦時中の体験に基づいているそうで、父も脚本を担当したそうです。


The Josephine Baker Story (Paperback)
Paperback The Josephine Baker Story
Josephine Baker - J'Ai Deux Amours - Amazon.com (MP3 Download)
La star noire de La "Revue nègre" du théâtre des Champs-Elysées
Joséphine Baker (1906 - 1975)

Bronze Venus: La Baker
黒い真珠とも呼ばれた琥珀の歌姫と呼ばれたジョセフィン・ベイカーはジャズの発祥地で有名な黒人の町、セントルイス出身で当時の多くの黒人と同じく貧しい生活を送りました。 ローティーンの頃から道端で踊って小銭を稼いでいたそうですが、まだ十代の中頃で2度も結婚しましたが苗字のベイカーは2度目の夫の姓だそうです。 ジョセフィン・ベイカーは黒人だけのレビュー団に参加して1925年頃にパリのはシャンゼリゼにあったミュージック・ホールのRevue Negres(レヴュ・ネグル)に出演するようになります。 そこで裸同然の衣装でセンセーショナルな歌と踊りのショーを繰り広げ、パリの夜の女王となったジョセフィン・ベイカーは新し物好きなパリ人の間で大変な人気者となったそうです。 特に上半身はほぼ全裸で腰に作り物のバナナをグルリとぶる下げた衣裳にはさすがのパリッ子も度肝を抜いたそうですがダンスの初めがコミックダンスだったのでお手の物だったのでしょう。 衣裳といえばキラキラ光るスパンコールやビーズ、孔雀の羽やオーストリッチの羽を付けたエレガントで豪華なサテンのドレスや意匠を凝らしたエキゾチックで奇抜なドレスも見逃せません。 その他にも話題性としてジョセフィン・ベイカーは舞台にダイアモンドの首輪をしたペットのChiquita(チキータ)というチーターを登場させ、時には逃げ出したチーターに観客は肝を冷やしたとか。 アメリカのロスとジェネレーションの作家であるErnest Hemingway(アーネスト・ヘミングウェイ)が「かって出合った最もセンセーショナルな女」と称したそうですが、同じく1940年代にパリで大成功したEartha Kitt(アーサー・キット)にはOrson Wells(オーソン・ウエルズ)が「世界中で一番刺激的な女」と言っています。 戦前は先進的な作家や画家などの芸術家たちの女神となったジョセフィン・ベイカーは第二次世界大戦時にフランスを占領したナチスにまで人気だったそうです。 何度も結婚したジョセフィン・ベイカーは1937年にフランス人と結婚してフランス国籍を取得しました。

J'ai Deux Amours per Joséphine Baker
実在したパリのエンターテイナーである黒人歌手「ジョセフィン・ベーカー」が歌った「二つの愛」は、アメリカを祖国とし遠く離れてパリで生活するジョセフィン・ベイカーの心を二重の意味で表した素晴らしい曲です。 パリはシャンゼリゼのミュージック・ホール「Revue Negres(レヴュ・ネグル)」の女王だったアメリカ出身の黒人歌手のジョセフィン・ベイカーに、1931年にシャンソン作曲家のVincent Scott(ヴァンサン・スコット)が贈ったJ'ai Deux Amours(二つの愛)をジョセフィン・ベイカーが「私の愛するものは二つ、祖国とパリの街」と歌って大ヒットしました。
☆"J'ai Deux Amours"などジョセフィン・ベイカーの歌詞はParoles de J'ai Deux Amours - musikiwi.com

ジョセフィン・ベイカー以外の歌手が歌う"J'ai Deux Amours(二つの愛)"は2004年リリースのアルバム「Careless Love」のMadeleine Peyroux(マデリン・ペルー)以外は私は聴いたことがありませんでしたが、2004年にMcCoy Tyner(マッコイ・タイナー)のブルーノート公演のために来日したこともあるジャズ歌手のDee Dee Bridgewater(ディー・ディー・ブリッジウォーター)はフランスで長く活動していて、Charles Aaznavour(シャルル・アズナヴール)とTVドラマで共演したこともあるのだそうです。 そのディー・ディー・ブリッジウォーターが2005年にリリースしたジョセフィン・ベイカーへのトリビュート・アルバム「J'ai Deux Amours」では、最初の曲が「二つの愛」でフランス語で歌っているそうです。 このアルバムではCharles Trenet(シャルル・トレネ)のLa Mer(ラ・メール)や当時話題を振りまいた1946年の失恋のボサノヴァでPatricia Kaas(パトリシア・カース)も歌っている「Que reste-t-il de nos amours?(愛の名残り又は残されし恋には)」もカバーしています。 1963年にChris Connor(クリス・コナー)も歌ったという"Que reste-t-il re nos amours?"の英語版の"I Wish You Love"は2005年のロマコメ映画「Prime」のサントラでRachael Yamagata(レイチェル・ヤマガタ)も歌っていますが、1959年の映画「Un Temoin Dans La Ville(彼奴を殺せ/きやつをけせ)」のオリジナル・サウンドトラック 」でBarney Wilen(バルネ・ウィラン)がカバーしています。

Two Loves Have I by Nat King Cole
1940年代にアメリカのジャズシンガーのNat King Cole(ナット・キング・コール)がジョセフィン・ベイカーの「二つの愛」を「Two Loves Have I 」という英語バージョンで発表してヒットしたので米国ではナット・キング・コールの方が知られています。

Listenジョセフィン・ベイカーの「二つの愛」と「La Seine」が聴けるイタリアのラジオJosephine Baker - Radio Scrigno(ページ一番下の左、オレンジ色のJ'AI DEUX AMOURSをクリック)

Josephine Baker - J'ai deux amours (1930) - YouTube
Josephine Baker on TV (1950s) - J'ai deux amours - YouTube
Josephine Baker - Sous le Ciel d'Afrique (1935) - YouTube
Dancing Josephine Baker in Princess TamTam (1935) - YouTube
☆生前のジョセフィン・ベイカーの歌声と写真入りインタビューはJosephine Baker - one of the great performers of all time - a 1970 interview with Radio Prague's Olga Szantova - Radio Prague(Listen: RealAudioをクリック、1970年のプラハのラジオ放送)
☆WFMUラジオ・ショーのプレイ・リストで下から6番目のジョセフィン・ベイカーの"Voulez-Vous de la Canne a Sucre"が聴けるPlaylist for Inner Ear Detour with David - September 11, 2003(Listen to this show (RealAudio)をクリック、クリップ・ポジション(再生バー)を2:41:24に合わせる)

Josephine Baker
Josephine Baker herself

Black Thunder, Joséphine Baker Art Poster Print by Paul Colin
ジョセフィン・ベイカーはミュージックホールや映画のポスターを数多く製作した仏アールデコ時代の画家であるPaul Colin(ポール・コラン又はコリン)によってポスターに描かれたことでも知られています。 ポール・コランはポスターだけでなく、舞台美術や衣装のデザインも手掛けていました。
☆"Black Thunder"などポール・コラン(1892年~1985年)の有名なポスターはPaul Colin Posters - Art.com
Paul Colin : Joséphine Baker et la revue nègre - Dailymotion


1934年にMarc Allegret(マルク・アレグレ)がジョセフィン・ベーカーが出演した映画「Zou Zou(裸の女王)」を監督しました。 マルク・アレグレは、琥珀の舞姫「ジョセフィン・ベイカー」主演の映画で幻のサイレント・フィルムといわれる「La Sirène des Tropiques(南海の女王)」も1927年に製作しているそうですが、次の1934年の「Zou Zou(裸の女王)」と1935年の「Princesse Tam Tam」の3本はヨーロッパだけでヒットしたのだそうです。 これがパリ郊外の古文書館に埋蔵されているのだとか。
Joséphine Baker - La Sirène des Tropiques - YouTube
Joséphine Baker - Princess Tam Tam - YouTube
Joséphine Baker sings "Haiti" in Zou Zou - YouTube

ジョセフィン・ベーカー本人が出演しているZou Zouの(フランス語版)VHSビデオ
Zou ZouZou Zou / Kino Video
アメリカのAmazon.comでは2005年にジャン・ギャバンとジョセフィン・ベイカーがDVDカバー画像になっている「Zou Zou (Zouzou) (1934)」のDVD(ASIN: B0009CTTYM)がリリースされています。
「Zou Zou」はまだ無名のJean Gabin(ジャン・ギャバン)と共演した1934年の貴重な白黒映画です。
俳優になる前はシャンソンを歌っていたジャン・ギャバンは、ミュージック・ホールなどでジョセフィン・ベイカーとは顔なじみだったそうで、映画「Zou Zou」の中でも歌います。
Zouzouとはジョセフィン・ベイカーの呼び名ですが、フランスでは「仏植民地のアルジェリア歩兵への蔑称」でもあるとか。

Listenジャン・ギャバンというと「Pepe le Moko(望郷)」、Francoise Arnoul(フランソワーズ・アルヌール)と共演した「Des gens sans importance(ヘッドライト)」、「Touchez Pas Au Grisbi(現金に手を出すな)」などフィルム・ノワールの渋い演技が目に浮かびますが、ジャン・ギャバンがシャンソン歌手である証拠にギャバンが歌う"Maintenant Je Sais"を聴いてみて下さい。
Maintenant Je Sais - Jean Gabin - ohmychanson.com.ne.kr(Jean Gabinで検索してクリック、Windows Media Playerファイルがダウンロードされます)
Touchez Pas Au Grisbi Trailer - Comme Au Cinéma
Jean Gabin - Pepe le Moko Trailer - Comme Au Cinéma

ジョセフィン・ベイカーの生誕100年記念にリリースされた1953年のジョセフィン・ベイカーの"J'ai Deux Amours"をはじめ"Pretty Little Baby"や"Dans Mon Village"など全27曲が収録されているベスト盤です。
Centenary Tribute Josephine BakerA Centenary Tribute: Songs from 1930-1953 Josephine Baker / Golden Stars
全曲試聴はA Centenary Tribute - Amazon.com

2003年に発売されたジョセフィン・ベイカーの"J'ai Deux Amours"他定番曲の"Pretty Little Baby(かわいいベイビー)"や"Easy to Love(恋のときめき)"、"Besame Mucho(もっとキスして)"、"I've Got You Under My Skin(あなたはしっかり私のもの)"などスタンダード曲のカバーを15曲を収録したベスト盤です。
The Black Pearl Josephine BakerThe Black Pearl
試聴はThe Black Pearl - Amazon.com
Josephine Baker - Pretty Little Baby - YouTube

1996年に発売されたジョセフィン・ベイカーの12曲が収録されているCDです。
Golden Stars Josephine BakerJ'ai Deux Amours Josephine Baker / Golden Stars
現在は入手困難になっていますが試聴はJ'ai Deux Amours - Amazon.com

サウンドトラックから"ハイチ"(はだかの女王)やジャン・ギャバンが歌う「我等の仲間」の手エーマである"水の畔を歩いていると"はアルバム「オリジナル盤による戦前欧羅巴映画主題歌集」で試聴できます。


1991年にリン・ウィットフィールドがジョセフィン・ベイカーに扮した伝記映画「裸の女王 ジョセフィン・ベイカー・ストーリー」が制作されています。(Audio-Visual Trivia内の記事)


Jean Paul Belmondo: est l'homme préféré, et bon bon!
Jean Paul Belmondo
J・P・ベルモンド

パリジャンのJean-Paul Belmondo(ジャン=ポール・ベルモンド)はコンセルバトワールで学び舞台もこなす演技派俳優なのです。 ちょい役でしたが1958年のMarcel Carne(マルセル・カルネ)監督のパスカル・プティと共演した「Les Tricheurs(危険な曲り角)」や、1959年のミレーヌ・ドモンジョアラン・ドロンが出演した「Sois Belle et Tais-toi(黙って抱いて)」や、Antonella Lualdi(アントネラ・ルアルディ)と共演した1959年の「A Double Tour(二重の鍵)」に出演しています。 同じ年、1959年にヌーヴェル・ヴァーグのJean Luc Godard(ジャン・リュック・ゴダール)が監督した「A Bout de Souffle(勝手にしやがれ)」に主演して一躍大スターとなりました。
☆詳しくはAudio-Visual Triviaの「勝手にしやがれ
Fatti bella e taci Photos - FILM.TV.IT

Classe tous Risques
ベルモンドは「墓場なき野郎ども」のチンピラ役が素敵!
私がJ・P・ベルモンドを初めてスクリーンで見たのは、「勝手にしやがれ」でも 「二重の鍵」でもなく、1960年のフィルム・ノワー ル「墓場なき野郎ども」でした。
Asfalto che scotta Photos - FILM.TV.IT
Fino all'ultimo respiro Photos - FILM.TV.IT
A doppia mandata Photos - FILM.TV.IT

Classe tous Risques
「墓場なき野郎ども」を観て下さい! ジャンポールベルモンドの「墓場なき野郎ども」は脚本家のClaude Sautet(クロード・ソーテ)が1960年に監督したギャング映画です。 原作は1972年の「La Scoumoune(ラ・スクムーン=死神)」などベルモンドの映画を監督したJose Giovanni(ジョゼ・ジョヴァンニ)ですがコルシカ生まれだからマフィアの作品が多いようです。
クロード・ソーテはベルモンド主演の1963年の「Peau De Banane(バナナの皮)」や1969年の「Borsalino(ボルサリーノ)」の脚本も担当していますが、私が始めて知ったのは1959年の怖い映画でAlida Valli(アリダ・バリ)が出演した「Les Yeux Sans Visage(顔のない眼)」でした。
脚本及び監督共にClaude Sautet(クロード・ソーテ)の暗黒街の男の友情を描いたサスペンス映画「墓場なき野郎ども」は実在のギャングだったAbel Danos(アベル・ダノス)をモデルにしたJose Giovanni(ジョゼ・ジョヴァンニ)の小説の映画化です。 ジャン・ポール・ベルモンドはリノ・ヴァンチュラが演ずるギャングのボス(アベル)を慕う下っ端ヤクザ(エリック)役を演じていました。 裁判で死刑宣告を受けたギャングのアベルは身を隠しますが、昔の仲間にはそっぽを向かれ、妻は警察の銃弾に倒れるというストーリーなんですが、観ていると感情移入して悲劇のギャグの見方になってしまいます。 元仲間の差し向けたお使い奴がジャン・ポール・ベルモンドが演じるエリックで、チンピラヤクザながら義理人情に厚いという美味しい役どころです。
カメラがベルモンドの足元から上へとパーンしていく過程で、すでに何かを感じました。 「おっ、早く!顔も見せて!」 「足」が全てを語って、即刻、私はベルモンドと恋に落ちたのでした。 そのシーンではもちろんビシッとツイードの服装もお洒落なベルモンドでした。
その後は気になる俳優として、アクションコメデイ意外はほとんどのジャン・ポール・ベルモンドの古い映画はチェックしています。(昔はフランス、イタリア、ドイツ映画の花盛りでした。)

video「Classe tous Risques(墓場なき野郎ども)」のスチールとトレーラーが観られるClasse tous Risques Trailer and Photos - FILM FORUM(サイトの下のLINKSのView trailerをクリック! フランス語音声に英語の字幕で、登場人物の紹介が始まります。)
他にも「墓場なき野郎ども」の予告編が観られるClasse tous Risques Trailer - Comme Au Cinéma
Sandra Milo(サンドラ・ミーロ)が演じる女優のボーイフレンドとしてベルモンドが出てきます!
どうです? ベルモンド 可愛いかったですね。 左パンチが効きますね。
「墓場なき野郎ども」の音楽はGeorges Delerue(ジョルジュ・ドルリュー)です。
サンドラ・ミーロは 1959年にEdouard Molinaro(エドゥアール・モリナロ)監督の「Un témoin dans la ville(彼奴を殺せ)」とFrancoise Arnoul(フランソワーズ・アルヌール)主演の「Le Chemin des écoliers(学生たちの道)」など7本の作品に出演しましたが、一番人気は1959年にClaude Autant-Lara(クロード・オータン=ララ)が監督した「La Jument Verte(青い女馬)」です。 「青い女馬」の音楽は1947年に「Le Diable Au Corps(肉体の悪魔)」や1954年に「Danielle Darrieux(ダニエル・ダリュー)主演の「Le Rouge et Le Noir(赤と黒)」などクロード・オータン=ララの映画音楽をいくつも担当したRené Cloërec(ルネ・クロエレック)です。

Borsalino
「ボルサリーノ」は1974年の「Borsalino & Co.(ボルサリーノ2 )」と共にJacques Deray(ジャック・ドレー)監督に、制作と主演がアラン・ドロンでした。 1969年には「黙って抱いて」で共演したアラン・ドロンからの申し出によりジャン・ポール・ベルモンドとコンビを組んだハードボイルド映画です。 ベルモンドとドロンのギャング・ファッション対決は素敵ですが「ボルサリーノ」でベルモンドは死ぬので「ボルサリーノ2」には出ません。 ベルモンドを亡き者にしたアランドロンの独壇場。 ジャック・ドレーは1964年にMichel Magne(ミシェル・マーニュ)作曲指揮のジャージーな音楽が素晴らしいジャン・ポール・ベルモンド主演の「Par Un Beau Matin D'ete(ある晴れた朝突然に)」を監督しています。
Borsalino Photos - FILM.TV.IT
1973年の「The Sting(スティング)」のテーマ曲だった"The Entertainer"のようなラグタイム・ ピアノの演奏でヒットした「ボルサリーノ」のテーマ曲はClaude Bolling(クロード・ボラン)が作曲した"Borsalino: Thème"でサウンドトラックのBorsalino Soundtrackに収録されています。
試聴はBorsalino Soundtrack - Amazon.com
「ボルサリーノ」について詳しくはHot'n Coolのボルサリーノ Borsalino (1969)

ジャン・ポール・ベルモンドは1960年に2本の文芸作品風映画で大女優と共演しました。 一本は死刑台のエレベーターのジャンヌ・モローと共演した1960年の「Moderato Cantabile(雨のしのび逢い)」です。 もう一本はイタリアの大物女優Sophia Loren(ソフィア・ローレン)と共演した「La Ciociara(ふたりの女)」で監督はVittorio De Sica(ヴィットリオ・デ・シーカ)、プロデューサーがソフィア・ローレンの夫のCarlo Ponti(カルロ・ポンティ)、音楽はソフィア・ローレンが主演した1955年の「La Donna del Fiume(河の女)」でも音楽を担当したArmando Trovajoli又はArmando Trovaioli(アルマンド・トロヴァヨーリ)と大作でした。

雨のしのび逢いの後でバナナの皮だなんて!
ジャン・ポール・ベルモンドは古き良きフランス映画のLa Nouvelle Vague(ヌーヴェルヴァーグ)から脱皮して1963年の「L'homme De Rio(That Man from Rio リオの男)」から商業ベースの娯楽コメディ色が濃くなり、「雨のしのび逢い」で共演したジャンヌ・モローと撮った1963年の「Peau De Banana(バナナの皮)」などの一連のコメディ・アクション映画に出演しています。
Buccia di banana - FILM.TV.IT
Philippe De Broca(フィリップ・ド・ブロカ )監督の「L'homme De Rio(リオの男)」は体を張ったアクション映画の先駆者ともいえるベルモンドのアドベンチャー・コメディですが、オバカ過ぎて笑えない私です。
フィリップ・ド・ブロカ監督のベルモンドが主演するコメディは、「墓場なき野郎ども」と同じくGeorges Delerue(ジョルジュ・ドルリュー)が音楽を担当した1961年の「Cartouche(大盗賊)」に始り、 1963年の「リオの男」、1965年の「カトマンズの男」、 1973年のメキシコが舞台の「Le Magnifique(おかしなおかしな大冒険)」、そして1909年のL'aiguille creuse(奇岩城)が有名なフランスのMaurice Leblanc(モーリス・ルブラン)原作のArsène Lupin(アルセーヌ・ルパン)シリーズのパロディでCapucine(キャプシーヌ)も出演した1975年の「L' incorrigible(ベルモンドの怪盗二十面相)」となんと5本もあります。
「大盗賊」のトレーラはCartouche Trailer - Comme Au Cinéma
「おかしなおかしな大冒険」のトレーラーはLe Magnifique Trailer - Comme Au Cinéma
「ベルモンドの怪盗二十面相」のトレーラーはL' incorrigible Trailer - YouTube
「リオの男」のトレーラーはL'homme De Rio Trailer - YouTube
「雨のしのび逢い」の写真が見られるModerato Cantabile Photos - FILM.TV.IT
フィリップ・ド・ブロカは上記の他にもヴァレリー・カプリスキー主演の未公開映画「La Gitane(彼女はジタン)」も監督しました。
1963年の「リオの男」や1973年の「Le Magnifique(おかしなおかしな大冒険)」の脚本を担当したのが1995年の「Le Hussard sur le toit(プロヴァンスの恋)」を監督したJean-Paul Rappeneau(ジャン=ポール・ラブノー)ですが、1970年のコメディ映画「「Les Mariés de l'an II(コニャックの男)」では脚本と監督です。
※ロマンティックな「雨のしのび逢い」のテーマ曲が聴けるModerato Cantabile 懐かしのヨーロッパ映画(注!すぐ音) ちなみに「雨のしのび逢い」を監督したPeter Brook(ピーター・ブルック)の最後の映画は古代インドの叙事詩を描いた超大作の戯曲を超縮小した1989年の「The Mahabharata(マハーバーラタ)」ですが日本未公開でした。
※「コニャックの男」に続いて1972年の「Docteur Popaul(ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚)」にも出演してベルモンド医師に尻注射されたイタリアのグラマー女優であるLaura Antonelli(ラウラ・アントネッリ)は1973年に「Malizia(青い体験)」でシシリーのお色気女中を演じた後、1975年にLuchino Visconti(ルキノ・ヴィスコンティ)監督の最後の作品「L'innocente(イノセント)」で美しい貴婦人を演じました。 「イノセント」同様にイタリアのセクシー俳優であるGiancarlo Giannini(ジャンカルロ・ジャンニーニ)と1974年のオムニバス映画「Sessomatto(セッソ・マット)」でも共演しています。 笑い声や囁きが入ったArmando Trovajoli(アルマンド・トロヴァヨーリ)のサントラがヒット、ジャンカルロ・ジャンニーニが滑稽な八変化が超面白いエロティック・コメディ。
「イノセント」の詳細はHot'n Cool内のGabriele D'Annunzio(ガブリエレ・ダヌンツィオ)
※ジョルジュ・ドルリューの音楽の「大盗賊」OSTは「Cartouche Original Soundtrack
試聴はCartouche Original Soundtrack - Amazon.com

気狂いピエロでヌーヴェルヴァーグのジャン・リュック・ゴダールと喧嘩?
1965年のゴダール監督の「Pierro le Fou(気狂いピエロ=きちがいぴえろ)」はジャン・ポール・ベルモンドの代表作にもなっています。
「気狂いピエロ」のトレーラーはPierro le Fou Trailer - Comme Au Cinéma
ゴダール映画といえば、ジャン・リュック・ゴダールが見出したデンマーク出身の女優のAnna Karina(アンナ・カリーナ)が出演しています。 まあ、この映画はゴダール通の方もしくはヌーヴェルヴァーグ通の方でしょう。 顔に青いペンキを塗ったくった上にダイナマイトを巻いてドッカーン! 赤や青の意味がどうなんだか、凡人の私は狐につままれたまま FIN
私にはこれまた理解不能な映画でした。 ベルモンドも同感(?)だったらしくジャン・リュック・ゴダールとはこれで決裂しています。 なんといっても舞台出身の俳優であるジャン・ポール・ベルモンド様にとって、お笑いはあってもシナリオのない映画なんてあるもんか!というわけです。
気狂いピエロの写真が見られるIl bandito delle 11 Photos - FILM.TV.IT -
その後、1963年のミシェル・ピッコリと共演して話題作となったギャング映画の「Le Doulos(いぬ)」の後の1968年には「Les Aventuriers(冒険者たち)」のJoanna Shimkus(ジョアンナ・シムカス)と共演した「Ho!(Criminal face オー!)」があります。(「オー!」を監督したのはリノ・ヴァンチュラと ブリジット・バルドーが共演した「Boulevard du rhum(ラムの大通り)」のRobert Enrico(ロベール・アンリコ)です。 映画「オー!」の写真はCriminal Face - Storia di un criminale Photos - FILM.TV.IT) ちなみにジョアンナ・シムカスは黒人のオスカー受賞俳優であるSidney Poitier(シドニー・ポワチエ)と結婚して2007年の「Grindhouse(グラインドハウス)」のDeath Proof(デスプルーフ)に出演したSydney Tamiia Poitierという娘がいます。
Lo spione Photos - FILM.TV.IT
Le Doulos Trailer - Comme Au Cinéma

ジャン・リュック・ゴダールと結婚していたアンナ・カリーナはベルモンドとJean-Claude Brialy(ジャン=クロード・ブリアリ)やジャンヌ・モローと共演した1961年のゴダール作品「Une Femme est Une femme(女は女である)」でベルリン国際映画祭の女優賞を受賞しました。 その後、1962年に「Vivre Sa Vie(女と男のいる舗道)」にも出演していましたが、恋多き女のカリーナはジャン・リュック・ゴダールと別れて当時の売れっ子の美青年だった「Jacques Perrin(ジャック・ペラン)」と結婚したこともありました。
ジャック・ペランは2001年の「WATARIDORI」などの制作監督となっています。
銃撃される衝撃のラストが哀しい映画「女と男のいる舗道」の映画テーマ曲も聴けるヨーロッパ映画辞典(注!すぐ音)
※英語のタイトルは"A Woman Is a Woman"というジャン・リュック・ゴダールの「女は女である」では1961年の音楽が重要な要素を占めていますが、Charles Aznavour(シャルル・アズナブール)の"Tu t'laisser aller"が挿入歌として使用されています。 カフェでベルモンドがアンナ・カリーナにブリアリが不倫している証拠写真を見せるシーンでジュークボックスから流れてくるのがアズナヴールの失恋を歌ったのがこの曲です。
Charles Aznavour: "Tu t'laisses aller" - Youtube
「女は女である」のサントラはもう見つかりませんがアズナヴールのアルバム「Je M'Voyais Deja」に"Tu t'laisser aller(あきれたあんた)"が収録されています。
試聴はje m'voyais déjà" - Fnac(6番のPreviewをクリック、もしくは(ÉCOUTESのタブをクリック)


Jean Paul Belmondo
ジャン・ポール・ベルモンドの出演映画

「墓場なき野郎ども」の他に、ジャン・ポール・ベルモンドが出演した映画の中で私にとって印象的な出演作は「危険な曲り角」と、1959年の「唇によだれ」のBernadette Lafont(ベルナデット・ラフォン)も出演している 「二重の鍵」です。 「二重の鍵」でのベルモンドが屋敷の庭でのランチの場面でガツガツと無作法に喰うシーンは特に忘れられないのです。 この「二重の鍵」のDVDはヴィンテージ価格になってしまいました。
日本のサイトで「墓場なき野郎ども」や「二重の鍵」などベルモンドの出演映画のチラシが見られるJ.P.ベルモンド特集
まだまだ他にも話題作はありますが、戦争映画としては1960年に悲劇の母娘を演じたSophia Loren(ソフィア・ローレン)とEleonora Brown(エレオノラ・ブラウン)などと共演した「La ciociara(ふたりの女)」、そしてCatherine Spaak(カトリーヌ・スパーク)と共演した1964年の「Week-end à Zuydcoote(ダンケルク)」などがあります。
「ダンケルク」のトレーラーはWeek-end à Zuydcoote - Comme Au Cinéma
Henri Verneuil(アンリ・ヴェルヌイユ)が監督してOmar Sharif(オマー・シャリフ)が刑事を演じた1971年の「Le casse(華麗なる大泥棒)」ではRobert Hossein(ロベール・オッセン)と共演しました。
大き目の白いスカーフのベルモンドの胸のポケットに挿したバラの花がお洒落だった1973年の詐欺師物語の「薔薇のスタビスキー」(Stavisky - Comme Au Cinéma)、同年に アンリ・ヴェルヌイユが監督した「恐怖に襲われた街」(Peur sur la ville - Comme Au Cinéma)、1975年の「怪盗二十面相」(L'Incorrigible - Comme Au Cinéma)、1978年の最高傑作「警部」(Flic ou voyou - Comme Au Cinéma)、1980年の「道化師」(Le Guignolo - Comme Au Cinéma)、1984年に「ひとりぼっちのギャング」のジョニークール役で知られるHenry Silva(ヘンリー・シルヴァ)と共演した「Le marginal(パリ警視J)」などアクションやコメディ映画がワンサカ、ワンサカあります。 そしてジャン・ポール・ベルモンドは歳を重ねていき、51歳の1984年には娘のように若いSophie Marcea(ソフィー・マルソー)と「Joyeuses Pâques - Comme Au Cinéma(恋にくちづけ)」などで共演しました。 もっともそのソフィー・マルソーは1986年にDescente aux enfers(地獄に堕ちて)で当時40歳のClaude Brasseur(クロード・ブラッスール)と夫婦役を演じています。 ヤレヤレ!
Joyeuses Pâques Trailer - Comme Au Cinéma

Classe tous Risques DVD
私の初めて観たジャン・ポール・ベルモンドとリノ・バンチェラのフィルム・ノワール映画「墓場なき野郎ども」2006年発売のDVD
Classe tous Risques墓場なき野郎ども
上記の画像は2002年原語版墓場なき野郎どものDVDです。
2005年発売の「いぬ」と抱き合わせDVD 「墓場なき野郎ども/いぬ」もあります。
「いぬ」単品DVDはいぬ (ユニバーサル・セレクション2008年第12弾)【初回生産限定】
☆私が購入したのは2005年発売の「J'Irai Cracher Sur Vos Tombes(墓にツバをかけろ)との抱き合わせDVDは「墓場なき野郎ども/墓にツバをかけろ」です。
英語のタイトルは「I Spit on Your Grave」という1959年の映画「墓にツバをかけろ」のテーマ曲はアラン・ゴラゲールの"Blues de Memphis(褐色のブルース)"です。
「墓にツバをかけろ」についてはAudio-Visual Trivia 内のエドゥアール・モリナロ Edouard Molinaro

私のお勧めはシャブロル監督のミステリー映画「À Double Tour(二重の鍵)」DVDですが今ではヴィンテージ価格となっていますが、Amazon.comにPALではなくNTSCですがRegion 1のフランス語英語字幕の「A Double Tour」が販売されています。

Pierrot le Fou DVD
ジャン・リュック・ゴダール監督の最高潮!だけど当時劇場で観た私には「何、これ!」と理解できない「Pierrot le Fou(気狂いピエロ)」の日本語字幕版DVD(2005年)
Pierrot le Fou気狂いピエロ
2002年版気狂いピエロ Pierrot le Fou(日本語字幕ワイドスクリーン)

Pierrot Le Fou/Weekend Soundtrack
日本で2001年にリリースされたレアもの「気狂いピエロ」のサウンドトラックはAntoine Duhamel (アントワーヌ・デュアメル)の映画音楽デビューです。 デュアメルは1969年の「暗くなるまでこの恋を」などフランソワ・トリュフォーやジャン・リュック・ゴダール監督作品の音楽を担当しています。
Pierrot Le Fou/Weekend気狂いピエロ/ウィークエンド ― オリジナル・サウンドトラック
全曲試聴はPierrot le fou - Week-end - Amazon.com

La Sirène du Mississippi
画像は2006年に発売された「暗くなるまでこの恋を (スタジオ・クラシック・シリーズ)」のDVDですが現在は入手困難となったのでリンクは2008年発売のDVDとなっています。
暗くなるまでこの恋を
La Sirène du Mississippi DVD
フランソワ・トリュフォーが監督した1969年のフィルムノワール的な「暗くなるまでこの恋を」でジャン・ポール・ベルモンドはカトリーヌ・ドヌーヴと共演しました。
映画の詳細はブログ内のフランソワ・トリュフォー

 

フランスの元祖スタントマン!「リオの男」の海外版ビデオ
L'Homme de Rio VHSThat Man From Rio / Movie
DVD画像が見られるフランスのL'Homme de Rio - Amazon.fr
Universal Jazz FranceがリリースしたPhilippe De Broca(フィリップ・ド・ブロカ )映画のコンピレーション2枚組ジョルジュ・ドルリュー・コレクションCD」でリオの男からはたった3曲のみ収録されたため「幻」といわれる1963年初盤サウンドトラックについてはUniversal France 980 988-4(L'homme De Rioで検索してクリック)
曲目はBatucada Générique、A La Poursuite De Catalan、Adrien Dufourquet Attaqueなどです。


Jean Paul BelmondoJean Paul BelmondoJean Paul Belmondo

Film noir
フィルム・ノワールとはフランス語で"黒い映画"という意味ですが、1940年代後期から1950年代のハリウッド映画の中でも犯罪ものを指します。 1930年代のアメリカの恐慌時代に始まった道徳的には如何わしくてセクシーな刺激を強調したハードボイルド映画に端を発しているそうです。


The Story of What Four Men Did To a Girl... And What the Town Did To Them!
Town Without Pity VHS
Stadt öhne Mitleid
Four Men, Christine Kaufman and Kirk Douglas
非情の町 (1961年)

「非情の町」のドイツ語のタイトルは"Stadt öhne Mitleid"というそうで、Manfred Gregor(マンフレッド・グレゴール)小説「The Verdict(Stadt ohne Mitleid)/裁決)」を元に、Jan Lustig(ジャン・ラスティグ)の脚色によりGottfried Reinhardt(ゴットフリード・ラインハルト)が制作及び監督した戦争映画です。 原作者のマンフレッド・グレゴール(Erwin C. Dietrich/エルウィン・C・ディートリッヒ)は「非情の町」の後はドイツのエロ映画の脚本を沢山書いていたとか。(確証なし。)

世界中で、又日本で駐留軍基地が存在する国では現在ですら何度も繰り返される問題を扱った忘れ難い映画の一つです。 第二次大戦後、戦場の戦いを描いているわけではありませんが、分断されてしまった敗戦国ドイツの人々の心の葛藤の一面を痛烈に描いた社会派ドラマであって、Ingmar Bergman(イングマール・ベルイマン)監督の「Jungfrukällan(処女の泉)」同様にリアリスティックなレイプ・シーンが見せ場ではありません。

弁証法に長けていれば、つまり腕利きの弁護士によれば、有罪を宣告されるべき犯罪者が無罪を勝ち取ることが出来るという「法又は司法」の驚くべき順応性をまざまざと示してくれる「非情の町」に出演するのは、俳優になる前は法律を学んでいたというKirk Douglas(カーク・ダグラス)です。

カーク・ダグラスは不本意ながらも任務としてGIの弁護側に立つ米軍法務部のMaj. Steve Garrett(ギャレット米軍少佐)を熱演し、被害者でありながら法廷で落ち度を指摘され世間からスキャンダルの的にされた不運なドイツ娘の「Karin(カーリン)」をChristine Kaufman(クリスティーネ・カウフマン)が両親が思っていたほど子供じゃなかった少女の微妙な心理を可憐に演じます。 その他、Gerhart Lippertはカーリンのボーイフレンド、 Robert Blakeは無頼漢のG. I.で、他の仲間はRichard Jaeckel、Frank SuttonとMal Sondockです。 デンマークで海外特派員などしていたドイツ女優のBarbara Rütting(Rueting バーバラ・リュッティング)は超興味本位のレポーター、そして1957年に12 Angry Men(十二人の怒れる男)で陪審員4番を演じたE. B. Marshall(E・G・マーシャル)はこの映画では検事役です。

カーリンにとっての非情の町なのか、GI達にとっての非情の町なのか、それともいったい誰にとって。。。
戦後のドイツ(当時は分割されて西ドイツ)、米軍が駐屯しているある田舎の村を舞台に、4人の若い米兵によるドイツ娘への輪姦事件がテーマとなった法廷劇です。 もしも、被害者のカーリンが出廷しなければ、単純明快に犯罪を犯した兵士達が刑に服するだけで終わる筈だったのです。 しかし、カーリンの両親や市長は犯人に死刑の望んだことにより、起訴された米軍兵士の弁護を引き受けるはめになったのがギャレット少佐です。 このような事件の証言がいかなるものかを熟知したギャレット少佐はカーリンの証言を避けるべく両親を説得するのですが報復に燃える彼らを抑えることはできませんでした。

ギャレット少佐が有利な証拠を引き出すための執拗な追求によりレイプの被害者である筈の無力なカーリンが証言台に立ち、追求されてさらにさらに傷ついていく悲劇です。 思春期の少女の悪戯心からボーイフレンドを誘ったばかりに酔った米兵の餌食となってしまったカーリン役のクリスティーネ・カウフマンの必死の演技がよりいっそう身につまされます。

軍も村もそしてなんと少女の家族さえも、誰も被害者である少女「カーリン」の傷を癒すことなど眼中に無く無益な報復に夢中になり、大衆の娯楽を提供する噂と醜聞のマスコミ攻勢も相まって非情の町と成り果てます。 大衆はこの事件に対して何の怒りなど感じてはいません、 ただ好色な興味だけで面白がっているのです。 米兵の極刑(死刑)を避けるべく、つまり人間の命を救うという任務遂行のために、非情にもうら若き乙女のカーリンを証人席に立たせ、法廷では勝利を得たギャレット少佐です。 しかし予測していたこととはいえ、実際に自分の弁護がカーリンを追い詰め社会の除け者にし、そしてカーリンを破滅に追いやったあげく、その命を奪ったことを知り悶絶します。 但し外見上は何の感情も見せずに立ち去るのです。
ギャレット少佐の嘔吐は、あるものの存在をありありと実感して吐き気をもよおすといったサルトルの哲学に関連するのかもしれませんね。
Town Without Pity Trailer 1961 - YouTube
「非情の町」の写真が見られるLa città spietata - FILM.TV.IT

ロシア系アメリカ人のカーク・ダグラスが通った俳優養成所の同期生にはなんとボギーの奥様だったローレン・バコールがいたそうです。 バコールの紹介で映画製作者のハル・B・ウォリスと知り合い、その後1946年のLewis Milestone(ルイス・マイルストン)が監督するフィルム・ノワールの「The Strange Love of Martha Ivers(呪いの血)」でデビューした後、1954年にイタリア映画のUlisse(ユリシーズ)でAnthony Quinn(アンソニー・クイン)、 Silvana Mangano(シルヴァーナ・マンガーノ)やRossana Podesta(ロッサナ・ポデスタ)などと共演しました。 Homeros(ホメロス)が書いた古代ギリシャ叙事詩「Odysseia(オデュッセイア)」を基にしたJames Joyce(ジェイムズ・ジョイス)の1922年の難解な小説の映画化した「Ulysses(ユリシーズ)」は50年代や60年代に流行った歴史的活劇映画とはちょっと違いますが、カーク・ダグラスはTony Curtis(トニー・カーティス)と共に1957年のThe Vikings(バイキング)やStanley Kubrick(スタンリー・キューブリック)が監督した1960年のSpartacus(スパルタカス)にも出演しています。 原作のホメロスのオデュッセイアで印象に残ったのは「殺戮の後に流れた血を消すために床に硫黄を撒いて又宴会を始める」くだりです。 カーク・ダグラスは活劇だけではなく1950年に「Young Man with a Horn(情熱の狂想曲)」、1951年に「Ace In The Hole(地獄の英雄)」、1956年には「Lust for Life(炎の人ゴッホ)」などあらゆる役柄を演じています。

ビートニクにもヒッピーにもなれなかったというアメリカの作家"Ken Kesey(ケン・キージー)"原作の1963年の小説を元にした舞台「One Flew Over The Cuckoo's Nest(カッコーの巣の上で)」にカーク・ダグラスが出演し高評を得ました。 舞台劇の映画化権を獲得したものの映画化至らず、後の1975年に父の意思を継いだ息子のマイケル・ダグラスによってOne Flew Over The Cuckoo's Nest(カッコーの巣の上で)が制作され、Chinatown(チャイナタウン)のJack Nicholson(ジャック・ニコルソン)が精神病患者のフリをして最後はロボトミー植物人間にされる男の役を主演してアカデミーの主演男優賞を受賞した他全5部門で受賞しました。
文武両道に秀でた俳優の「カーク・ダグラス」は西部劇やスペクタクル映画で名を馳せましたが、西洋ではアゴが割れているとセクシーなんだそうです。 そのけつアゴカーク・ダグラスの写真が見られるMeredy's Kirk Douglas Trivia Mania
カーク・ダグラスは90年代に起きた身体麻痺を克服して1999年のコメディ「Diamonds」でローレン・バコールと共演しています。


Christine Kaufman
Christine Kaufman

「非情の町」に出演する以前に1958年の14歳でのデビュー作「Kleines Herz in Grosser Not(幼な心)」や「Mädchen in Uniform - Jeunes filles en uniforme(制服の処女)」で既に人気スターとなっていたオーストリア出身の清純派女優「Christine Kaufman(クリスティーネ・カウフマン)」はこの年、1961年のゴールデン・グローブ で有望若手女優賞を受賞しています。 少女だとばかり思っていたクリスティーネ・カウフマンが「Taras Bulba (隊長ブーリバ)」で共演した20歳も年上のアメリカの二枚目俳優「トニー・カーティス」と不倫の末、結婚した時は驚きました。 もっともすぐ離婚してトニー・カーティスは元の鞘に納まりました。
☆クリスティーネ・カウフマンの写真が見られるChristine Kaufman - FILM.TV.ITChristine Kaufman - matsumo's English Home Page(Christine Kaufman(1)とChristine Kaufman(2)をクリック)
Edgar Allan Poe(エドガー・アラン・ポー)の原作をかなり「オペラ座の怪人」風にGordon Hessler(ゴードン・ヘスラー)監督が映画化した異色作品で、1971年の日本未公開のミステリー映画「Murders in the Rue Morgue(モルグ街の殺人)」に出演したクリスティーネ・カウフマンの滅多に見つからない画像はChristine Kaufman - Murders in the Rue Morgue - Soggo´s VidCaps
輸入版(英語)VHSはMurders in the Rue Morgue


Town Without Pity VHS
Town Without Pity VHSページトップの画像は4000円代で入手できる1996年にリリースされた輸入版の原語VHSです。(ドイツ語と英語)
こちらは日本語字幕版の「非情の町」1990年版VHSですがヴィンテージ価格です。


「非情の町」で思い出すのは似たような映画で、1957年にラナ・ターナーがアカデミー主演女優賞を受賞した映画「Peyton Place(青春物語)」という秀作があり、学校が舞台ですが閉鎖的な小さな町で起こる「非情の町」よりもっとグチャグチャの問題を扱った映画です。 その後1964年からミア・ファローも出演したテレビシリーズ「ペイトンプレイス物語」が始りました。 当時はポルノ呼ばわりされたそうです。
テレビ版「ペイトンプレイス物語」に関連しているWELCOME TO PEYTON PLACE(注!すぐ音)

「非情の町」の音楽は素晴らしき哉、人生!などの音楽を手掛けているDimitri Tiomkin(ディミトリ・ティオムキン)とテレビのRawhide(ローハイド)の音楽を担当したNed Washington(ネッド・ワシントン)ですが、ネッド・ワシントン作詞でディミトリ・ティオムキン作曲のテーマ曲「非情の町」はアカデミー賞にノミネートされ、1961年のゴールデン・グローブで歌曲賞に輝きました。
映画の中では冒頭から全編通して食堂のジュークボックスで繰り返し流され、映画そのものよりも記憶に残るヒット曲です。
私の手持ちのジーン・ピットニーのEPレコード「非情の町」の説明書には、16歳らしい白いエリにチェックのワンピース姿のクリスティーネ・カウフマンがちょこんと椅子にかけ、鬼のようなカーク・ダグラスが尋問している写真が載っています。

「when you're young and so and love as we...」とジーン・ピットニーが切なく歌う「非情の町」の歌詞はSING365COM(注!すぐ音)

ジーン・ピットニーについてもっと詳しくはAudio-Visual Trivia内のジーン・ピットニー Gene Pitney




Don't Worry 'Bout Me - Teddy Wison with Sarah Vaughan

Teddy Wilson(1912年~1986年)
黒人ピアニスト「テディ・ウィルソン」はスイングジャズ時代の1935年に、白人(ユダヤ人)のジャズクラリネット奏者「Benny Goodman(ベニー・グッドマン又はベニイ・グッドマン)」が結成した史上初の人種混成バンドのBenny Goodman Trio(ベニー・グッドマン・トリオ)にドラマーのGene Krupa(ジーン・クルーパ)と共に参加しました。 人種差別の壁を越えたとして当時の話題となったというよりショックを与え、戦時中にはこのユダヤ黒人混成バンドをナチスが禁じたそうです。 この後、トリオはLionel Hampton(ライオネル・ハンプトン)を加えてカルテットとなりました。 ベニ―・グッドマンに取りたてられたテディ・ウィルソンは大成功、当時の有名歌手とのセッションでは数々の名盤を残しています。 1930年代と1940年代で50ものヒット曲をレコーディングしているなかでも Billie Holiday(ビリー・ホリデー)とのセッションが一番有名です。  スウィングのミュージシャンとではLester Young(レスター・ヤング)、Roy Eldridge(ロイ・エルドリッジ)、Red Norvo(レッド・ノーヴォ)、Buck Clayton(バック・クレイトン)、Ben Webster(ベン・ウェブスター)などとレコーディングしています。 音楽院で勉強したテディー・ウィルソンのピアノは当時としては大変エレガントで洗練されており、晩年までピアノのソリストとして活動していました。 初回にはなんとベニー・グッドマンも出演したというAurex Jazz Festival (オーレックス・ジャズ・フェスティバル)は80年代に入って催されたのだそうです。 Freddie Hubbard、Stan Getz、Gerry Mulligan、Milt Jackson、Ray Brown、Art Blakeyなどが勢揃いした第2回目の1981年のライブ・アルバム「All Star Jam Session at Aurex Jazz Festival」が人気のオーレックス・ジャズ・フェスティバルですが、詳しくはAurex Jazz Festival - Future Groove
Johnny Hodges(ジョニー・ホッジス)が演奏している私の好きな曲"Blue Reverie"が収録されているのは録音が1938年の録音初リリースが1955年というベニー・グッドマンの歴史的なスウィング・エラのアルバム「Live at Carnegie Hall: 1938 Complete」で、演奏メンバーにはCount BasieJohnny HodgesHarry James、Lester Young(レスター・ヤング)やGene Krupa(ジーン・クルーパ)などをフィチャーしています。 コンボ演奏はクラリネットのベニー・グッドマン、ドラムがジーン・クルーパそしてピアノにテディ・ウィルソンです。
"Blue Reverie"の試聴はLive at Carnegie Hall: 1938 Complete - Amazon.com(10番)
Blue Reverieが収録されているベニー・グッドマン楽団の他のアルバムには「Carnegie Hall Jazz Concert 1938, Vol. 1」があります。

クラリネットのベニー・グッドマンらしくタイトルがClarinet á La King, Vol. 2にはアルバム・タイトル曲の"クラリネット・ア・ラ・キング"の他、スタンダードなBewitched、I Found A Million Dollar Baby、How Deep Is The Ocean?などを収録しています。

ListenBenny Goodman Playlistが聴けるBenny Goodman Juke Box - Tuxeddo Junction
テディ・ウィルソンのクリップが聴けるNPRラジオのTeddy Wilson - Audio Feature - NPR
1934年のSomebody Loves Meや1936年のThese Foolish ThingsなどのTeddy Wilsonの初期の曲が聴けるTeddy Wilson - Jazz On Line.com(Teddy Wilsonで検索、曲名をクリック)

Blues In C Sharp Minor - Teddy Wilson & His Orchestra
トランペットのRoy Eldridge(ロイ・エルドリッジ)をフィーチャーしたピアニストのテディ・ウィルソンが演奏するBlues In C Sharp Minor(Blues In C # Minor)という曲はテディ・ウィルソンの作曲ですが、その昔、あるラジオのジャズ番組のテーマ曲だったらしいですが、なぜか私には懐かしいのです。
「ブルース・イン・C♯マイナー」は1937年の音源でThe Teddy Wilson(CBS SONY, SOPW 9-10)に収録されていたそうですが、この盤は今のところCD化されていないようです。(The Teddy Wilson CBS 1935年~1938年)
Teddy Wilson - Blues In C Sharp Minor - Grooveshark.com


Blues In C Sharp Minor CD
ページトップの画像はエレガントなテディ・ウィルソンの初期のピアノ演奏とトランペッター・ロイ・エルドリッジをフィーチャーした「Blues In C Sharp Minor」が収録されているCDですが海外でも入手不可で試聴がありません。
The Elegant Mr. Wilson
"Blues In C Sharp Mino"が収録されているアルバムは「Quadromania (Don't Blame Me))」やこちらの「The Elegant Mr. Wilson」や10枚組みの「Portrait」などです。
The Elegant Mr. WilsonThe Elegant Mr. Wilson 1933/1945
♪ "Blues In C Sharp Mino"が試聴できるThe Elegant Mr. Wilson 1933/1945 - Amazon.com
※ページトップで聴ける"Tiger Rag"は超ハンサムなテディ・ウィルソンの画像がカバーになっているベスト盤アルバム「His Piano & His Orchestra: 1938-1939」や、Quadromaniaレーベルの「Don't Blame Me」などに収録されています。
その下のテディ・ウィルソンのピアノ伴奏でサラ・ヴォーンが歌う"Don't Worry 'Bout Me"はサラ・ヴォーンのアルバム「Everything I Have Is Yours」や「Interlude: 1944-1947」などに収録されています。

♪Blues In C Sharp Minor on The Gentleman of Swing
Teddy Wilson - Teddy Wilson - The Gentleman of Swing - Blues In C Sharp Minor
iTunes Store USA

"Blues In C Sharp Minor"はロイ・エルドリッジの1935年から1940年の録音を集めたアルバム「Little Jazz」(Roy Eldridge - Teddy Wilson & His Orchestra」にも収録されています。 演奏はTeddy Wilson(テディ・ウィルソン)がピアノ、Roy Eldridge(ロイ・エルドリッジ)がトランペットです。
テディ・ウィルソンのこの4枚組CDは、灼熱のトランペッター「ロイ・エルドリッジ」の初期(1935年1937年あたり)の演奏やFletcher Henderson(フレッチャー・ヘンダーソン)のピアノ、Mildred Bailey(ミルドレッド・ベイリー)やビリー・ホリデイやPutney Dandridge(プットニー・ダンドゥリッジ)の初期のヴォーカルを含み大変貴重なアルバムといえます。
「Blues In C Sharp Minor」が収録されている4枚組みCD
Little JazzLittle Jazz: Trumpet Giant - Roy Eldridge / Proper Box
試聴はLittle Jazz Trumpet Giant [Box Set] - Amazon.com(Disc 1の12番)
☆フレッチャー・ヘンダーソンについて書かれた Fletcher Henderson - The Red Hot Archive


Lester Young (tenor sax) and Teddy Wilson (piano)
Pres and Teddy
Pres and Teddyオリジナルは1959年にテナーサックス奏者のLester Young(レスター・ヤング)が亡くなる前の1956年の録音なので私の好きな"Slow Motion Blues"(1951年)は収録されていませんがプレズ(レスター・ヤング)とテディ・ウィルソン・カルテットのセッションアルバムの1990年盤です。
後期は酒と麻薬に溺れたとはいえ40年代までは天才的テナーサックス奏者とうたわれたレスター・ヤングがスタンダードの数々をじっくりと聴かせます。
※親しい音楽仲間だったビリー・ホリディがレスターをプレズ(The President of the Saxaphone)と呼んだそうです。


The Benny Goodman Story
1944年に歌手のLena Horne(リナ・ホーン)をフィーチャーした短編ミュージカル映画「Boogie-Woogie Dream」にTeddy Wilson and His Band(テディ・ウィルソン楽団)として出演したテディ・ウィルソンは、1955年にはGene Krupa(ジーン・クルーパ)やLionel Hampton(ライオネル・ハンプトン)と共にBenny Goodman(ベニ―・グッドマン)のカルテットのメンバーとして「The Benny Goodman Story」に出演しています。 ベニ―・グッドマン役はSteve Allen(スティーヴ・アレン)が演じましたが、映画の中での演奏はベニ―・グッドマンがジーン・クルーパやライオネル・ハンプトンと共に本人役で出演しています。 他にもHarry James(ハリー・ジェームス)、Peanuts Hucko(ピーナッツ・ハッコー)、Kid Ory(キド・オーリー)、Stan Getz(スタン・ゲッツ)、歌手のSammy Davis Jr.(サミー・デイヴィス・ジュニア)やMartha Tilton(マーサ・ティルトン)など当時のジャズ界の豪華メンバーが出演しました。 映画の中ではベニ―・グッドマン作曲のDon't Be That WayやStompin' At the Savoyは勿論、Let's Dance、Goody Goody、Sing, Sing, Sing、Moonglow、Memories of You・・・とスイングの名曲揃い!この中で1930年のTommy Dorsey Orchestra(トミー・ドーシー楽団)で有名なOn the Sunny Side of the Street(明るい表通りで)をテディ・ウィルソンが演奏しています。
The Benny Goodman Story DVDベニイ・グッドマン物語 (DVD)
VHSでは「Benny Goodman Story」があります。

June Allyson(ジューン・アリソン)が出演し、Valentine Davies(ヴァレンタイン・デイヴィス)が監督した「The Benny Goodman Story(ベニー・グッドマン物語)」はベニー・グッドマン伝記映画というよりは有名ジャズメンの出演が話題の映画です。 ヴァレンタイン・デイヴィスといえば、1947年の三十四丁目の奇蹟」の原作者として有名です。 主演は1989年のグレート・ボールズ・オブ・ファイヤーにも本人役で出演しているTV司会者のSteve Allen(スティーヴ・アレン)と、Donna Reed(ドナ・リード)で、他は多くのジャズミュージシャン達です。
The Benny Goodman Story(ベニー・グッドマン物語)から"Memories of you"と"Sing Sing Sing"のビデオが観られる"Ron"さんのサイト ksmin.co.kr - The Benny Goodman Story(ENTERでサイトに入り、左のメニューから一番上のビデオを選び最下段の左から二番目のサムネイルをクリックするとMemories of you、その隣は同じくベニー・グッドマンのSing Sing Sing)

センチメンタルなGoodbye(Good-Bye)やスウィンギーなChina Boyなどを収録した1930年代スタイルのスイングジャズを堪能出来る「ベニー・グッドマン物語」のサウンドトラック
bennyCd.jpgThe Benny Goodman Story
試聴はThe Benny Goodman Story - Amazon.com
※最初、このサントラは1955年の映画の公開に伴いデッカからリリースされたのですが、ベニイ・グッドマンはキャピトルの専属だったので1956年に新たにサントラがリリースされた経緯があったそうです。 キャピトル・レコードは昨今のCD化に伴い、5曲のボーナストラックを追加して、1995年に再びリリースしました。


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シロフォン(マリンバより高音の立奏木琴)奏者のRed Norvo(レッド・ノーヴォ)についてはミルドレッド・ベイリー
ライオネル・ハンプトンについてはイリノイ・ジャケー
ロイ・エルドリッジ
ヴァレンタイン・デイヴィスの三十四丁目の奇蹟


Jean Seberg
Jean Seberg (1938 - 1979)

誰が言ったか、アメリカの女優に限れば、1940年代の女優のシンボルがジュディー・ガーランドで50年代がマリリン・モンローなら、60年代は短命のジーン・セバーグだという説があるのだそうです。 たぶん「Bonjour tristesse(悲しみよこんにちは)」に続くゴダールのヌーヴェル・ヴァーグ映画「À bout de souffle(勝手にしやがれ)」が印象的だからでしょう。 10年を一人の女優で代表できるわけはないし、一人の女優が10年しか活躍しなかったわけではありませんが、40年代の女優ならリタ・ヘイワース、イングリッド・バーグマン、ラナ・ターナーもいいですね。 50年代ならグレイス・ケリー、キム・ノヴァクなどたくさんいますが、ヴィヴィアン・リーエリザベス・テイラーオードリー・ヘップバーンなどはこの時期に話題作品が多いです。 さて1960年代というとテレビの普及で映画が斜陽化しグッと様変わり、ドリス・デイナタリー・ウッド、シャーリー・マクレーン、ジュリー・アンドリュース、そしてイヴェット・ミミューはどうでしょう。

「Joan of Arc(ジャンヌ・ダーク)」というとVictor Fleming(ヴィクター・フレミング)が監督した1948年のIngrid Bergman(イングリッド・バーグマン)を思い浮かべますが、1957年には「Saint Joan(セント・ジョン)」で主役のSt.Joan of Arc(ジャンヌ・ダルク)役でデビューしたのがアメリカ女優のJean Seberg(ジーン・セバーグ)です。 ジーン・セバーグが注目を浴びた映画はフランスの女流作家Francoise Sagan(フランソワーズ・サガン)が18歳で書いた処女小説「Bonjour Tristesse(悲しみよこんにちは)」の映画化で、この1958年の「Bonjour Tristesse/悲しみよこんにちは」で主人公セシルを演じてジーン・セバーグの日本での映画デビューとなりました。

1960年頃はボーイッシュなヘアスタイルの「セシールカット」が大流行しました。 日本でも金髪ではないけれどショートカットが大流行! ♪絶壁ムスメもセシ〜ル♪

フランソワーズ・サガンのデビュー当時や亡くなる頃の写真が見られるサガンのフランスのサイトBibliothe`que Delirium(注!リンクは全てAmazon.frの商品リンク)
ジーン・セバーグのサイトSaint Jean - Photos(サイトに入ったら左のメニューからGalleryをクリックすると写真)

ジーン・セバーグは翌年の1959年に、ヌーヴェル・ヴァーグ作品で名高いゴダールの「À bout de souffle(勝手にしやがれ)」でアメリカ人の留学生のパトリシアを演じてフランスの人気俳優のジャン・ポール・ベルモンドと共演しました。 ジーン・セバーグは「悲しみよこんにちは」と「勝手にしやがれ」の2本の作品で大スターとなったといえるでしょう。 その後は1969年にクリント・イーストウッド監督の西部劇ミュージカル「Paint Your Wagon(ペンチャーワゴン)」に出演しクリント・イーストウッドとリー・マービンの二人を虜にする気丈な西武女「エリザベス」を演じました。 映画の中で殆どの出演者は歌いますが、ジーン・セバーグが歌った"A Million Miles Away Behind the Door"と"Exit Music Medley"はAnita Gordonが吹き替えたそうです。
A Tribute To Jean Seberg - YouTube
ELEGIA para JEAN SEBERG - YouTube


Jean Seberg
Jean Seberg in Les grandes personnes with Maurice Ronet (1961)Jean Seberg and Maurice Ronet

上記の写真はジーン・セバーグがモーリス・ロネと共演した1961年の映画「Les grandes personnes(さよならパリ)」のシーンです。 1957年にはルイ・マル監督と共に「Ascenseur pour l'échafaud(死刑台のエレベーター)」の脚本(台詞)も手掛けた当時新人作家だったRoger Nimier(ロジェ・ニミエ)が1955年に書いた小説の Histoire d'un amour(ある愛の歴史)を元にJean Valère(ジャン・ヴァレール)が原作者と共に脚本も手掛けて監督した奇妙な三角関係をテーマにしたフランス映画です。 「さよならパリ」には私の好きな「Une Fille pour L'ete(ひと夏の情事)」にも出演したMicheline Presle(ミシュリーヌ・プレール)がセバーグが愛してしまうレーサー(モーリス・ロネ)の恋人役で出演しています。

Jean Seberg and The Black Power
1970年代まで活躍したジーン・セバーグでしたが、その後は次第に公民権運動(ブラックパワー)や反戦運動などの政治活動にのめり込んでいったようです。

ジーン・セバーグの謎の死とブラック・パンサー
ジーン・セバーグは、アメリカで1960年に公民権法(白黒平等)が成立した後の1967年にに結成された毛沢東主義者である黒人過激派(テロ集団)「Black Panther Party(ブラック・パンサー党/黒豹党)」を支援(資金提供)して、当局FBIにマークされ続けたそうです。 FBIが政治的な脅威とみなし、セバーグの1979年の自殺の原因とも噂された人物であるHakim Jamal(ハキム・ジャマル)は一時的な恋人とされています。(事実関係は不明) セバーグがブラック・パンサー(ハキム)の子供を身篭っていたという噂を流したのも当時のJ. Edgar Hoover(エドガー・フーバー)FBI長官だったとか。(Clint Eastwoodが監督する2011年の「J.Edgar(J・エドガー)」で真実が語られるでしょうか。)マルコムXの従兄弟であり1968年にマルコムX財団を設立したハキム・ジャマルは常にショットガンを携帯した闘争精神旺盛な1960年代後半の黒人の活動家だったそうです。
☆ブラックパンサー党は、1965年に起きた黒人指導者マルコムX暗殺事件の翌年に、自衛の為に結成された黒人解放運動結社を指します。 1972年のGale Bensonという当時のハキムの白人女性(議員の娘)の恋人が無残にも殺害され、その後1973年にボストンでハキムが銃撃による壮絶な死を遂げた後は社会情勢も変わり黒豹党の意味も薄れていったとか。
1992年のデンゼル・ワシントンが主演した映画「Malcolm X(マルコムX)」について詳しく書かれたHistory On Movies

冒頭で比較したMarilyn Monroe(マリリン・モンロー)同様に、ジーン・セバーグも突然の謎の死を迎えています。 両方ともに噂されていたのが、FBIによる監視のためか、私生活のスキャンダルのためか、はたまた女優としての行き詰まりか、ともかくジーン・セバーグ神経を病んでいったそうです。 遺書らしき手紙の発見により一応自殺とされましたが、麻酔作用もある睡眠薬のバルビツールとアルコールのの大量服用によると思われる1979年の謎の死はモンロー同様に未だに解明されていないそうです。 不思議なことに2度目の夫のRomain Gary(ロマン・ギャリー)ことユダヤ人のRoman Kacewがセバーグの死後に自殺しています。 マリリン・モンローやリバー・フェニックスなども謎の死を遂げたアトに薬やアルコールそしてFBIが噂されたのでした。
FBIによる陰謀説は事実か? 自殺か? 他殺か?
上記のジーン・セバーグの画像は半世紀前に私が映画雑誌からスクラップしておいた写真です。(著作権は各被写体と撮影者等に帰属します。)

ジーン・セバーグの二つのドキュメンタリー
Michael Rapaport監督のジーン・セバーグの生涯を追ったドキュメンタリー「From The Journals Of Jean Seberg」が1995年に公開され、同じ年にJEAN SEBERG / AMERICAN ACTRESS(ジーン・セバーグ:アメリカン・アクトレス)はジーン・セバーグの生涯を追ったインタビュー形式のドキュメンタリーがリリースされています。 この作品について詳しい映画瓦版
※1999年版の輸入DVD「From The Journals Of Jean Seberg」(ASIN: B00000I21P)はリージョンフリーです。
ジーン・セバーグのDVDは殆どありませんが、VHSならジーン・セバーグの日記 (字幕版)などいくつか見つかります。


上記の画像は書籍「Jean Seberg, ma star assassine´e」で、有名なのかどうかも分りませんが、自称ジーン・セバーグの友人だというフランス・ジプシーで詩人のGuy-Pierre Geneuilが書いたジーン・セバーグ謎の死についての暴露本で、タイトルが「ジーン・セバーグ: 暗殺された我がスター」となっています。 パリとニューヨークで生活していたジーン・セバーグと関連のあるアンドレ・マルロー、ロマン・ギャリー、黒豹党やアルジェリアの麻薬組織などについて語っています。 ジプシーのごとく放浪の人と呼ばれたGuy-Pierre Geneuilはロマ(ジプシー)の伝説などについていくつかの著書があります。
「Andre Malraux(アンドレ・マルロー)」はゴダールの好きなフランスの作家で国外の政治や考古学に関心を持ち、作家というより冒険家のような人物です。
ジーン・セバーグは3度結婚していますが、ゴダールにセバーグを紹介したのは最初の夫「Francois Moreuil」でセバーグ主演のゴダール風映画「La récréation(Love Play)」を1960年代には数本の監督作品があるFabien Collin(フェビアン・コリン)と共同監督しましたが、2度目の夫のロマン・ギャリーが1968年に「Les Oiseaux vont mourir au Pe´rou(Birds in Peru)」と1972年に「KILL(Police Magnum/殺し)」を監督しています。 そして、1972年に結婚したセバーグより6歳年下の3番目の夫Dennis Berryは1975年にルシアンの青春のピエール・ブレーズも出演した「Die Grosse Ekstase(Grobe Ekstase)」を監督しましたが1978年に離婚しています。 このように3人ともセバーグの映画を監督しているのです。 そして1978年から俳優(レストラン・オ-ナー)のAhmed Hasmiと同棲していました。
1982年のSamuel Fuller(サミュエル・フラー)監督のアメリカのカルト映画「White Dog(ビデオ名はホワイト・ドッグ/魔犬)」は音楽がEnnio Morricone(モリコーネ)でもあり評価が高いそうですが、人種差別を描いたRomain Gary(ロマン・ギャリー)の過激な原作「Dressé pour tuer(意味はリベンジャー)」では妻のジーン・セバーグが実名(映画ではJulieだったか)で登場して、何かジーン・セバーグと黒豹党との結び付きを連想させます。 原作はアメリカの雑誌LIFEに掲載された小説で黒人に襲い掛かるように偏狭な白人に訓練された犬の話です。
※Ner Youk Times Movieの「ホワイト・ドッグ」のレビュはReview/Film; A White Dog as a Metaphor for Racism
「Dresse Pour Tuer」のビデオ画像はDressé pour tuer (White Dog) - CinEmotions.com
☆エニオ・モリコーネの「ホワイト・ドッグ」サントラはWhite Dog & So Fine Soundtrack - Ennio Morricone


Audio-Visual Trivia内のジーン・セバーグ出演映画
1958年の悲しみよこんにちは
1959年のジャン=ポール・ベルモンドと共演した勝手にしやがれ



The Village People: the hottest act in show business.
Can't Stop the Music

Village People(ヴィレッジ・ピープル)の"Can't Stop the Music"がタイトルとなったミュージカルコメディの「ミュージック・ミュージック」はNancy Walker(ナンシー・ウォーカー)が監督しました。 エンターテイナーの家系に生まれてブロードウエイ出身のナンシー・ウォーカーは1944年のブロードウエイ・ミュージカル「On the Town(踊る大紐育/踊るニューヨーク)」でデビューして一躍脚光を浴びました。(1949年にGene Kelly(ジーン・ケリー) とFrank Sinatra(フランク・シナトラ)で映画化) 1973年にはLiv Ullmann(リヴ・ウルマン)主演のコメディ「Forty Carats(エーゲ海の旅情)」にも出演したナンシー・ウォーカーはTVスペシャル番組の「Magic Night」と共に、ヴィレッジ・ピープルが出演した映画 「ミュージック・ミュージック」も監督しています。 光栄にも1980年のラジー賞(ゴールデン・ラズベリー賞)でワースト作品賞及び脚本賞を受賞してしまいましたが、ヴィレッジ・ピープルのYMCAは観ごたえがあるようです。  「ミュージック・ミュージック」には、ローラースケートをするCher(シェール)やパジャマのHugh Heffner(雑誌プレイボーイ編集長のヒュー・ヘフナー氏)や、テレビシリーズの「ペイトン・プレイス物語」に出演していたBarbara Rush(バーバラ・ラッシュ)も出演し、ヴィレッジ・ピープルの歌をフィーチャーした「Magic Night」で紹介されたそうです。(未見につき詳細は不明)
Can't Stop The Music (1980) - YouTube
Can't Stop The Music - Milkshake - YouTube


Can't Stop the Music Soundtrack
ページトップの画像は「Can't Stop the Music」の輸入版VHSですがAmazon.comにはDVDがあります。
こちらは1980 年リリースのCan't Stop the Music(ミュージック・ミュージック)のサウンドトラックです。 1万円以上もするヴィンテージ価格ですがディスコダンス・マニアには垂涎のアルバムらしいです。
Can't Stop the Music SoundtrackCan't Stop The Music: The Original Motion Picture Soundtrack Album
Village People - Can't Stop The Music (The Best OF) - Grooveshark.com


Y!M!C!A!, I said, I was down and out with the blues !
70年代のディスコ界へ踊り出たマッチョ軍団のVillage People(ヴィレッジ・ピープル)はヴォーカルのヴィクター・ウィリス以外全員ゲイ!なんだそうです。
YMCAはヴィレッジ・ピープルの出世作ですが、ソロ歌手のVictor Willis(ヴィクター・ウィリス)のフランス人プロデューサーであるJacques Morali(ジャック・モラーリ)が、グリニッジ・ヴィレッジのディスコで見たインディアンスタイルなどで踊る若者からインスピレーションを得て、 1977年に「マッチョ・ルックの若者求む!」広告を出し、応募してきた本物のゲイ6人組マッチョマンがこのヴィレッジピープルと名づけられたそうで、デビューアルバムの「Village People」がリリースされました。

☆ヴィレッジ・ピープルのオフィシャルサイトはOfficial - Village People(写真はVillage People Photos

Village People by The Village People
ジャンルがファンクやソウルに入るデスコ・スタイルのボーカル・グループであるヴィレッジ・ピープルのCDはオリジナルのリマスター盤です。
オリジナルは1977年にEPレコードでリリースされたファーストアルバムです。 収録曲目は"San Francisco (You've Got Me)"、"In Hollywood (Everybody Is a Star)"、"Fire Island"、"Village People"の4曲を収録しています。 当然この後の大ヒットである"YMCA"や"Macho Man"などは収録されていません。
Village PeopleVillage People (CD)
アルバムについてとメンバー紹介が書かれたrotten.com(San FranciscoとFire Islandの歌詞あり)

PVでは女性とキャデラックに乗り込んだ毛皮コート姿のVictor Willis(ヴィクター・ウィリス)が歌い、他のメンバーが"ジゴロ、ジゴロ"と間の手を入れるレアな"Just A Gigolo"が収録されている1978年のセカンドアルバムです。
Macho ManMacho Man
試聴はMacho Man - Amazon.com
1978年の映画「Schöner Gigolo, armer Gigolo(ジャスト・ア・ジゴロ)」に使用された"Just A Gigolo"は古くからあるタンゴ曲をシャンソン歌手のLucienne Delyle(ルシエンヌ・ドリル)が1952年に"C'est mon gigolo(私のジゴロ)"としてリヴァイバルさせた曲です。


Cruisin'
「Macho Man」に続く1978年秋のアルバムは大ヒットのY.M.C.A.と他のアルバムには滅多に収録されていない"The Women"を収録!だがもう見つからなくなるかも。
cruisin.jpgCruisin'
試聴はCruisin' - Amazon.com

ヴィレッジ・ピープルのメンバーは、初期のリードヴォーカルは警官の扮装でヴィクター・ウィリスでしたがステージ前にコカインをやるようになったので1980年からはRay Simpson(レイ・シンプソン)に代わりました。 David Hodo(デイヴィッド・ホードー)が日雇い土方、Randy Jones(ランディ・ジョーンズ)がカウボーイ、今もアメリカ・インディアンのFelipe Rose(フェリペ・ローズ)、現在もGIのAlexander Briley(Alex Briley/アレックス・ブレイリー)は"In The Navy"でセイラー姿でリードを務めました。 そして、ライダー(バイク野郎)のGlenn Hughes(グレン・ヒュー)は惜しくも51歳で肺がんのため亡くなりましたが、ハードゲイ・スタイルの黒革スーツも一緒に埋葬されたそうです。 ヴィレッジ・ピープルのグレン・ヒューの写真が見られるphotofeatures.com(他のメンバーの写真はphotofeatures.com/villagepeople
必見!めったにないレイ・シンプソンのデカ写真も見られる「新旧のヴィレッジ・ピープル」に詳しいPICK UP DISCO ARTISTSのヴィレッジ・ピープル - kore.mitene.or.jp

videoオリジナルのヴィクター・ウィリスの警官、インディアン、カウボーイ、GI、ライダー、建築現場の土方(工事人)とビレッジピープル全員がマッチョなコスプレで歌うY.M.C.A賛歌のビデオ・クリップを観る!

さあ、みんな~、隠れることはないよ、カミングアウトしよう!
Y.M.C.A.
ヤングマン 落ちこむ必要はない!
ヤングマン 最低から抜けるほうを取るんだ!
ヤングマン ニュータウンに不幸なんてないから!
Young man, there's no need to feel down ... と歌われるYMCAの歌詞はGARY and MARY'S U.K No 1 LYRICS SITE

ヴィレッジピープルのYMCAは2001年のリヴ・タイラー主演映画「ジュエルに気をつけろ!」で使用されています。


The Best of Village People
Y.M.C.A.、Macho Man(マッチョ・マン)、Go West(ゴーウエスト)、In the Navy(イン・ザ・ネイヴィー)などのビレッジ・ピープルの代表曲が収録されている2006年リリースのCD
VillagePeopleベスト・オブ・ヴィレッジ・ピープル
試聴がありませんが(2001年にリリースされたオリジナルは「20th Century Masters - The Millennium Collection: The Best of the Village People」


1979年にピンク・レディーが歌った「ピンク・タイフーン」はヴィレッジ・ピープルの"IN THE NAVY"のカバーだったそうですが、2003年に発表されたNTT docomo 505is(NTTドコモ 505iシリーズ)のコマーシャルでイメージキャラクターの加藤あいのCMソングはヴィレッジ・ピープルの「Go West(.ゴー・ウェスト)」だとか。 この曲はPet Shop Boys(ペットショップ・ボーイズ)もカバーも大ヒットしました。

FOOO!!~
お馴染みのヴィレッジ・ピープルのYMCAは、過去に1979年にYOUNG MANとして西城秀樹がカバーして人気となりましたが、ハードゲイのレイザーラモンHGも2006年2月にYMCAでCDデフォー!( CDデビュー)するそうです。 Man Young Lazor Ramon HG PV
Hard Gay - Young Man- YouTube
☆西城秀樹がオリジナルのYMCA 日本語の歌詞


ヴィクター・ウィリスがヴォーカルのライブ盤(試聴6~11)とヴィクター・ウィリス脱退後のレイ・シンプソンがヴォーカルを担当しているアルバムで、Y.M.C.A.、Macho Man、In the Navyが収録されているCD


Waiting for Dennis Quaid's Shame on You (2006年→2010年)

Shame on You
2006年のAmerican Dreamz(アメリカン・ドリームズ)に続いて制作される筈がハリケーン・カトリーナのニューオリンズ被災とトム・クルーズと出来ちゃった結婚したケイティ・ホームズの降板により延び延びとなり、もうぽしゃったか?と思われましたが、どうやら2008年、さらにさらに伸びて2010年には撮影に取り掛かるようです。 デニス・クエイドがどうしても作りたい「スペード・クーリー伝記」映画です。
Spade Cooley - Shame On You - YouTube

カントリー・ミュージックの名曲「Shame on You(シェイム・オン・ユー)」といえばスウィングのレジェンドと呼ばれるカントリー音楽のフィドラーであるSpade Cooley(スペード・クーリー)」です。 その大ヒット曲と同名のスペード・クーリーの伝記映画「Shame on You(シェイム・オン・ユー)」は2006年初頭に発表されたところによると、Dennis Quaid (デニス・クエイド)の監督デビュー作品になる予定の映画であり、デニス・クエイドは脚本も手掛け、スペード・クーリー役で主演もしてしまうという気合の入った映画になるハズです。 が、その後進展がありませんでしたので立ち消えになったのかと思いましたが、その後調べてみるとなんと2008年の予定に変更後、さらに2010年に延期されていました。 つまり制作はされるということですが、巷ではぽしゃったという噂もあり。
デニス・クエイドはスペード・クーリー伝記の「Shame on You」の前には、2007年にJonas Åkerlund(ヨナス・アカーランド)が監督する「The Horsemen(ホースメン)」や2009年には「GI Joe: The Rise of Cobra(G.I.ジョー)」に出演します。 「ホースメン」は妻の死により男やもめになった探偵が事件を捜査するうちにFour Horsemen of the Apocalypse(黙示録の四騎士)と関連する自分と連続殺人事件の犯人との繋がりを見つけるという怖いスリラー映画です。 2004年にウォン・カーウァイ監督の2046で娼婦を演じた香港女優のZhang Ziyi(チャン・ツィイー)がKristen役で出演するそうです。

デニス・クエイドはこれまで50本以上のテレビ番組や映画に出演していて、80年代にはThe Right Stuff(ライトスタッフ)、Innerspace(インナースペース)そしてSuspect(容疑者)のビッグヒットがあります。 2002年の「Far from Heaven(エデンより彼方に)」ではホモに悩む夫を演じ、2004年の「デイ・アフター・トゥモロー」では地球温暖化の危機を訴えた古代気象学者ジャック・ホール教授を熱演して話題となったデニス・クエイドが、この度のミュージシャンの伝記に取り組むのは不思議なことではありません。 デニス・クエイドは、10年以上も前の1989年にフィフティーズの奇人ロックンローラー「Jerry Lee Lewis(ジェリー・リー・ルイス)」の伝記映画「Great Balls of Fire!(グレート・ボールズ・オブ・ファイヤー)」に出演しています。
映画「火の玉ロック」が実在のジェリー・リー・ルイスのスキャンダラスな人生を追った映画でしたが、今作の「Shame on You」も実在したスイング・カントリー歌手「Spade Cooley(スペード・クーリー)」の盛衰と壮絶な家庭内の悲劇を描く予定でした。
「Shame on You」の撮影予定地であるルイジアナ州ニューオリンズの街は2005年秋のHurricane Katrina(ハリケーン・カトリーナ)の襲来により大被災地となってしまいましたが、過去にも医療関連のチャリティーに力を注いできたデニス・クエイドは「Shame on You」をルイジアナで制作することによりハリケーン・カトリーナ.の被災援助(経済復興)も目的としているそうです。 過去に出演した映画4作で合計1年余をルイジアナで過ごした経験のあるデニス・クエイドにとって人ごとではなく、「Shame on You」をニューオリンズで撮ることで経済復興の一端を担う心意気です。 が、スペード・クーリーの妻役に予定されていたトム・クルーズの婚約者であるKatie Holmes(ケイティ・ホームズ又はホルムズ)は妊娠のため降板してしまい、カトリーナとケイティのダブルパンチを食らっています。 トム・クルーズとケイティ・ホームズのカップルはカトリックの人々から「Shame on You!」と言われたかどうかは不明。 撮影の予定は延びていましたが、2006年1月には再開する予定だそうですが、その後どうなったのでしょう。 ぽしゃった?
2006年のAmerican Dreamz(アメリカン・ドリームズ)でアメリカ大統領を演じた後、2007年には大統領暗殺を描いた"Vantage Point"のが撮影終了するそうです。
☆「Shame on You」に出演するハズだったケイティ・ホームズの写真が見られるKatie Holmes Picture Site(左のメニューのGALLERY ONEからFIVEまで)

伝記は伝記でもミュージシャンではなくて、実在の史上最年長ルーキーだったJimmy Morris(ジム・モリス)の半生を描いた2002年のDisney's The Rookie(オールド・ルーキー)でもデニス・クエイドは主演しています。 「オールド・ルーキー」は1997年に真夜中のサバナの脚本を書いたJohn Lee Hancock(ジョン・リー・ハンコック)が監督しています。

ゴルフの腕前はハリウッドのトップ100に入るデニス・クエイドですが、女性操縦の腕前はそれほどではないらしく、1987年のInnerspace(インナースペース)と1988年の「D.O.A.(死へのカウントダウン)」で共演したメグ・ライアンと結婚&離婚後、現在は4度目の奥様らしいです。 ゴルフ・ウイドーじゃ寂しいですよね。 今度メグの浮気で離婚したはずのメグ・ライアンの方が離婚の真相暴露本を出すそうです。・・・おー怖っ!
まるで無関係な話ですが、デニス・クエイドの胸毛とヘソ毛はちょっと変った形なのです!
※1987年のInnerspaceのサントラでは33歳にしてミステリアスな死を遂げたソウルシンガーのSam Cooke(サム・クック)の曲が使用されサム・クック自身が歌う"Twistin' The Night Away"や"Cupid"が聴けます。

Shame on you!
英語で「シェイム・オン・ユー」は非理性や理不尽にたいしてよく使われる言葉で「恥じを知れ!」という意味です。
☆Hot'n CoolにあるShame on you!に関するブッシュ大統領のパロディの記事


Audio-Visual Trivia内のデニス・クエイドの出演映画
2006年のアメリカン・ドリームズ
2004年のイン・グッド・カンパニー
1999年のグレート・ボールズ・オブ・ファイヤー
1998年のファミリー・ゲーム(ひとりっ娘)
1987年のビッグ・イージー

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