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非情の町 Town Without Pity


The Story of What Four Men Did To a Girl... And What the Town Did To Them!
Town Without Pity DVD Amazon.com
Stadt öhne Mitleid
Four Men, Christine Kaufman and Kirk Douglas

非情の町 (1961年)

「非情の町」は、ドイツ語のタイトルはStadt öhne Mitleidといいます。 Manfred Gregor(マンフレッド・グレゴール)小説「The Verdict(Stadt ohne Mitleid)/裁決」を元に、Jan Lustig(ジャン・ラスティグ)の脚色によりGottfried Reinhardt(ゴットフリード・ラインハルト)が制作及び監督しました。 原作者のマンフレッド・グレゴール(Erwin C. Dietrich/エルウィン・C・ディートリッヒ)は「非情の町」の後はドイツのエロ映画の脚本を沢山書いています。(ドイツはエロにかけては中世から定評があるそうです。)

世界中で、又日本で駐留軍基地が存在する国では現在ですら何度も繰り返される問題を扱った忘れ難い映画の一つです。 第二次大戦後、分断されてしまった敗戦国ドイツの人々の心の葛藤の一面を痛烈に描いた社会派ドラマであって、リアリスティックなレイプ・シーンが見せ場ではありません。

弁証法に長けていれば、つまり腕利きの弁護士によれば、有罪を宣告されるべき犯罪者が無罪を勝ち取ることが出来るという「法又は司法」の驚くべき順応性をまざまざと示してくれる「非情の町」に出演するのは、俳優になる前は法律を学んでいたというKirk Douglas(カーク・ダグラス)です。

カーク・ダグラスは不本意ながらも任務としてGIの弁護側に立つ米軍法務部のMaj. Steve Garrett(ギャレット米軍少佐)を熱演し、被害者でありながら法廷で落ち度を指摘され世間からスキャンダルの的にされた不運なドイツ娘の「Karin(カーリン)」をChristine Kaufman(クリスティーネ・カウフマン)が両親が思っていたほど子供じゃなかった少女の微妙な心理を可憐に演じます。 その他、Gerhart Lippertはカーリンのボーイフレンド、 Robert Blakeは無頼漢のG. I.で、他の仲間はRichard Jaeckel、Frank SuttonとMal Sondockです。 デンマークで海外特派員などしていたドイツ女優のBarbara Rütting(Rueting バーバラ・リュッティング)は超興味本位のレポーター、そして1957年に12 Angry Men(十二人の怒れる男)で陪審員4番を演じたE. B. Marshall(E・G・マーシャル)はこの映画では検事役です。

カーリンにとっての非情の町なのか、GI達にとっての非情の町なのか、それともいったい誰にとって・・・
戦後のドイツ(当時は分割されて西ドイツ)、米軍が駐屯しているある田舎の村を舞台に、4人の若い米兵によるドイツ娘への輪姦事件がテーマとなった法廷劇です。 もしも、被害者のカーリンが出廷しなければ、単純明快に犯罪を犯した兵士達が刑に服するだけで終わる筈だったのです。 しかし、カーリンの両親や市長は犯人に死刑の望んだことにより、起訴された米軍兵士の弁護を引き受けるはめになったのがギャレット少佐です。 このような事件の証言がいかなるものかを熟知したギャレット少佐はカーリンの証言を避けるべく両親を説得するのですが報復に燃える彼らを抑えることはできませんでした。

ギャレット少佐が有利な証拠を引き出すための執拗な追求によりレイプの被害者である筈の無力なカーリンが証言台に立ち、追求されてさらにさらに傷ついていく悲劇です。 思春期の少女の悪戯心からボーイフレンドを誘ったばかりに酔った米兵の餌食となってしまったカーリン役のクリスティーネ・カウフマンの必死の演技がよりいっそう身につまされます。

軍も村もそしてなんと少女の家族さえも・・・誰も被害者である少女「カーリン」の傷を癒すことなど眼中に無く無益な報復に夢中になり、大衆の娯楽を提供する噂と醜聞のマスコミ攻勢も相まって非情の町と成り果てます。 大衆はこの事件に対して何の怒りなど感じてはいません、 ただ好色な興味だけで面白がっているのです。 米兵の極刑(死刑)を避けるべく、つまり人間の命を救うという任務遂行のために、非情にもうら若き乙女のカーリンを証人席に立たせ、法廷では勝利を得たギャレット少佐です。 しかし予測していたこととはいえ、実際に自分の弁護がカーリンを追い詰め社会の除け者にし、そしてカーリンを破滅に追いやったあげく、その命を奪ったことを知り悶絶します。 但し外見上は何の感情も見せずに立ち去るのです。
ギャレット少佐の嘔吐は、あるものの存在をありありと実感して吐き気をもよおすといったサルトルの哲学に関連するのかもしれませんね。
「非情の町」の写真が見られるLa città spietata - FILM.TV.IT

ロシア系アメリカ人のカーク・ダグラスが通った俳優養成所の同期生にはなんとボギーの奥様だったローレン・バコールがいたそうです。 バコールの紹介で映画製作者のハル・B・ウォリスと知り合い、その後1946年のLewis Milestone(ルイス・マイルストン)が監督するフィルム・ノワールの「The Strange Love of Martha Ivers(呪いの血)」でデビューした後、1954年にイタリア映画のUlisse(ユリシーズ)でAnthony Quinn(アンソニー・クイン)、 Silvana Mangano(シルヴァーナ・マンガーノ)やRossana Podesta(ロッサナ・ポデスタ)などと共演しました。 Homeros(ホメロス)が書いた古代ギリシャ叙事詩「Odysseia(オデュッセイア)」を基にしたJames Joyce(ジェイムズ・ジョイス)の1922年の難解な小説の映画化した「Ulysses(ユリシーズ)」は50年代や60年代に流行った歴史的活劇映画とはちょっと違いますが、カーク・ダグラスはTony Curtis(トニー・カーティス)と共に1957年のThe Vikings(バイキング)やStanley Kubrick(スタンリー・キューブリック)が監督した1960年のSpartacus(スパルタカス)にも出演しています。 原作のホメロスのオデュッセイアで印象に残ったのは「殺戮の後に流れた血を消すために床に硫黄を撒いて又宴会を始める」くだりです。 カーク・ダグラスは活劇だけではなく1950年に「Young Man with a Horn(情熱の狂想曲)」、1951年に「Ace In The Hole(地獄の英雄)」、1956年には「Lust for Life(炎の人ゴッホ)」などあらゆる役柄を演じています。

ビートニクにもヒッピーにもなれなかったというアメリカの作家”Ken Kesey(ケン・キージー)”原作の1963年の小説を元にした舞台「One Flew Over The Cuckoo's Nest(カッコーの巣の上で)」にカーク・ダグラスが出演し高評を得ました。 舞台劇の映画化権を獲得したものの映画化至らず、後の1975年に父の意思を継いだ息子のマイケル・ダグラスによってOne Flew Over The Cuckoo's Nest(カッコーの巣の上で)が制作され、Chinatown(チャイナタウン)のJack Nicholson(ジャック・ニコルソン)が主演してアカデミーの主演男優賞を受賞した他全5部門で受賞しました。
文武両道に秀でた俳優の「カーク・ダグラス」は西部劇やスペクタクル映画で名を馳せましたが、西洋ではアゴが割れているとセクシーなんだそうです。 そのけつアゴカーク・ダグラスの写真が見られるMeredy's Kirk Douglas Trivia Mania
カーク・ダグラスは90年代に起きた身体麻痺を克服して1999年のコメディ「Diamonds」でローレン・バコールと共演しています。


Christine Kaufman
Christine Kaufman

「非情の町」に出演する以前に1958年の14歳でのデビュー作「Kleines Herz in Grosser Not(幼な心)」や「Mädchen in Uniform - Jeunes filles en uniforme(制服の処女)」で既に人気スターとなっていたオーストリア出身の清純派女優「Christine Kaufman(クリスティーネ・カウフマン)」はこの年、1961年のゴールデン・グローブ で有望若手女優賞を受賞しています。 少女だとばかり思っていたクリスティーネ・カウフマンが「Taras Bulba (隊長ブーリバ)」で共演した20歳も年上のアメリカの二枚目俳優「トニー・カーティス」と不倫の末、結婚した時は驚きました。 もっともすぐ離婚してトニー・カーティスは元の鞘に納まりました。
☆クリスティーネ・カウフマンの写真が見られるChristine Kaufman - FILM.TV.ITChristine Kaufman - matsumo's English Home Page(Christine Kaufman(1)とChristine Kaufman(2)をクリック)
Edgar Allan Poe(エドガー・アラン・ポー)の原作をかなり「オペラ座の怪人」風にGordon Hessler(ゴードン・ヘスラー)監督が映画化した異色作品で、1971年の日本未公開のミステリー映画「Murders in the Rue Morgue(モルグ街の殺人)」に出演したクリスティーネ・カウフマンの滅多に見つからない画像はweblio - MovieWalker
アメリカのAmazon.comにあるVHSはMurders in the Rue Morgue

クリスティーネ・カウフマンの「幼な心」の映画情報はweblio - MovieWalker
クリスティーネ・カウフマンの「制服の処女」のポスターはdeutscher-tonfilm.de


国内向けの「非情の町」1990年版VHSは非情に高価です。《字幕スーパー》
非情の町非情の町


「非情の町」で思い出すのは似たような映画で、1957年にラナ・ターナーがアカデミー主演女優賞を受賞した映画「Peyton Place(青春物語)」という秀作があり、学校が舞台ですが閉鎖的な小さな町で起こる「非情の町」よりもっとグチャグチャの問題を扱った映画です。 その後1964年からミア・ファローも出演したテレビシリーズ「ペイトンプレイス物語」が始りました。 当時はポルノ呼ばわりされたそうです。
テレビ版「ペイトンプレイス物語」に関連しているWELCOME TO PEYTON PLACE(注!すぐ音)

「非情の町」の音楽は素晴らしき哉、人生!などの音楽を手掛けているDimitri Tiomkin(ディミトリ・ティオムキン)とテレビのRawhide(ローハイド)の音楽を担当したNed Washington(ネッド・ワシントン)ですが、ネッド・ワシントン作曲でディミトリ・ティオムキン作詞 のテーマ曲「非情の町」はアカデミー賞にノミネートされ、1961年のゴールデン・グローブで歌曲賞に輝きました。 訂正!読者の方からの指摘により再度検証した結果1961年のアカデミーではネッド・ワシントン作詞でディミトリ・ティオムキン作曲となっていました。
映画の中では冒頭から全編通して食堂のジュークボックスで繰り返し流され、映画そのものよりも記憶に残るヒット曲です。
私の手持ちのジーン・ピットニーのEPレコード「非情の町」の説明書には、16歳らしい白いエリにチェックのワンピース姿のクリスティーネ・カウフマンがちょこんと椅子にかけ、鬼のようなカーク・ダグラスが尋問している写真が載っています。

「when you're young and so and love as we...」とジーン・ピットニーが切なく歌う「非情の町」の歌詞はSING365COM(注!すぐ音)

ジーン・ピットニーについてもっと詳しくはAudio-Visual Trivia内のジーン・ピットニー Gene Pitney

投稿者 koukinobaaba : February 16, 2006 04:06 PM

コメント

J・ウイリアムスが正解です。申し訳ないです。

投稿者 田園調布のプレスリー : June 24, 2007 02:08 PM

どういたしまして。100億分の1くらいの御礼です。
実は当時は西部劇ばかり観てましたから今のR・ウイリアムスに共通点があるようにティオムキンの音楽も映画観てるだけで分かるようになりました。ジョン・ウエインの「アラモ」が彼の集大成とばかり同じリズム、メロディです。
ミーハーな私ですがこれだけは友人に褒められました。
あくまで個人的なヤマカンですがチャイコフスキーに影響されたようなと言った素人考えです。ご存命なら確認したいところです。

投稿者 田園調布のプレスリー : June 24, 2007 10:40 AM

「制服の処女」は東和映画の川喜多かしこ女史が始めてプロモートしたヨーロッパ映画ということです。これが大当たりだったのでその後次々と公開されたようです。
作詞作曲の件は相当調べたつもりでしたが、おっしゃるように1961年のアカデミー賞では作曲がディミトリ・ティオムキンでネッド・ワシントンが作詞となっていましたので本文も訂正致します。 なにしろ両名ともに作曲者なので迷ってしまいました。
ありがとうございます。

投稿者 koukinobaaba : June 24, 2007 09:54 AM

そうそう行方不明だった「ペイトンプレイス」はここでしたね。
残念ながら「青春物語」は観ておりません。
後編と言われ、実際はリメイクの「青春の旅情」を高2(S37?)の時観ました。火曜日の女優さんやポセイドンまで頑張ったキャロル・リンレーを20世紀FOXは懸命になって売り出そうとしたのでしょう。ラストにC・リンレーとS・グレンジャーが丘の上から町を見下ろす光景が曖昧な記憶の中にあります。
TVはNHKがモノクロ(当然)でやっていましたが姉は毎週観ていたようですが私はそこまで
当時は早熟ではなかったモンで・・・・。

投稿者 田園調布のプレスリー : June 24, 2007 02:41 AM

「制服の処女」は中学のとき招待券をもらったのですが行きませんでした。日比谷スカラ座だったような。この作品にC・カウフマンが出ていたとは初耳で、「ポンペイ最後の日」にも出ている訳ですね。
『非情の町」はティオムキンの「方」が作詞なんですか?。今の今まで作曲ばかりと思っていました。帰京したらEP探します。けだるい雰囲気の曲でしたね。

投稿者 田園調布のプレスリー : June 24, 2007 01:25 AM

すぐに反映されないこともあります。




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