May 2006 Archives


Bogie & Bacall - The Signature Collection
(The Big Sleep, Dark Passage, Key Largo, To Have and Have Not)

tohaveBig.jpg
You know how to whistle, don't you, Steve?
Bogie & Bacall in To Have and Have Not (1945)

Ernest Hemingway(1899年 - 1961年)
アメリカの作家「アーネスト・ヘミングウェイ」が1929年に発表した作品に「To Have & Have Not(持つと持たぬと)」があります。 ヘミングウェイの作品の多くを読んだり映画を観たりしている私ですが、活劇を交えてアメリカの貧富の差を描いている「持つと持たぬと」は長編といっても比較的短く簡潔文体なので興奮を覚えるほど一気に読めました。
ヘミングウェイの小説では1926年に書かれた「The Sun Also Rises(日はまた昇る)」、1929年の「A Farewell to Arms(武器よさらば)」、1938年の「The Snow of Kilimanjaro(キリマンジャロの雪)」、1940年の「For Whom the Bell Tolls(誰がために鐘は鳴る)」、1952年の「The Old Man and the Sea(老人と海)」などがハリウッド映画となりました。 感動的な映画はそれぞれ、1943年に「誰がために鐘は鳴る」、1952年に「キリマンジャロの雪」、1957年に「(日はまた昇る」と「武器よさらば」、そして1958年に「老人と海」が公開されています。

今作の「To Have and Have Not(持つと持たぬと)」は1945年にボギー&バコール(ハンフリー・ ボガートとローレン・バコール)で映画化され邦題が「脱出」となりました。 Howard Hawks(ハワード・ホークス)が制作に関わった1932年のScarface(暗黒街の顔役)や1943年のOutlaw(ならず者)」の製作者のHoward Hughes(ハワード・ヒューズ)が「脱出」の映画化権利を持っていたのを買い取り、ノーベル賞作家のWilliam Faulkner(ウィリアム・フォークナー)に脚本を依頼したそうです。 「持つ者と持たざる者」という貧富の格差に関する社会的背景を描いた原作をほぼ無視した形で、ハワード・ホークス流の観客が喜びそうな当時話題のボギー&バコールのロマンスに集中して完全な商業用映画となっています。 「脱出」はノーベル賞作家(ヘミングウエイ)の原作をもう一人のノーベル賞作家(フォークナー)が脚本を担当した唯一の映画といわれています。 う~ん、すごい!偉大なるロスト・ジェネレーション!
「男だけの世界」を執筆したほどに極端なまでのマチズモ(男性優位主義)はヘミングウエイ文学の特徴ともなっていて、裏返せば自らの弱さへの恐怖を表しているともいわれます。 それが猟銃自殺へと導いたのでしょうか。・・・う~ん、マンダム!
余談ですが、昔私が「持つ者と持たざる者」について何の知識も無しに手にしたのが言語版のペーパーバックでしたので、英語が苦手な私は題名を「ハムレット」に倣って「持つべきかそれとも持たぬべきか」と解釈していました。
原作者のヘミングウェイがハワード・ホークス監督はこの作品を「映画化出来っこない!」と言ったそうですが、私が思うには殆ど小説の原型を留めていないし、題名ともそぐわず、単に主人公のラブストーリーとなっています。 原作を読んだ時の緊張感を求めるとちょっと拍子抜けします。 とはいえ、後々語り継がれたエロティックな「Anybody got a match?(マッチある?)」や「You know how to whistle, don't you, Steve? You just put your lips together and blow.(口笛の吹き方知ってるわよね。)」などの話題になるシーンが盛り込まれていてエンターテイメント的なボギー&バコール映画としては大いに楽しめます。

To Have and Have Not脱出(1945年)
ハワード・ホークスが監督した白黒映画「脱出」はローレン・バコールのデビュー作品であり、ボギー&バコールが出会った映画です。 Humphrey Bogart(ハンフリー・ボガート)が船長のHarry 'Steve' Morgan(ハリー・スティーヴ・モーガン)、Lauren Bacall(ローレン・バコール)が女スリでレジスタンスに肩入れする流れ者のクラブ歌手という謎めいたMarie 'Slim' Browning(マリー・スリム・ブラウニング)、西部劇の名優「Walter Brennan(ウォルター・ブレナン)」がモーガン船長の片腕で酒飲みのおしゃべり「Eddie(エディ)」、名曲「Stardust(スターダスト)」の作曲者として有名なピアニストで歌手のHoagy Carmichael(ホーギー・カーマイケル)がCricket(クリケット)役で出演してクラブのシーンでピアノを弾き、ハスキー・ボイスのバコールとジャズのスタンダードになっている「Am I Blue?」をデュエットしています。 ハリーが密航を手助けする仏レジスタンスの闘士「De Bursac(バーサック)」 を演じるのはWalter Molnar(ウォルター・モルナール)で、その妻「Mme. Hellene de Bursac(ヘレン夫人)」を演じるのが金髪グラマー女優「Dolores Moran(ドロレス・モラン)」です。

舞台は政治的事情により、原作のキーウエストやキューバの密輸から カリブ海にあるフランス領のマルチニーク島に移されました。 第二次世界大戦中のこと、チャーター・ボートの船長を務めるハリーは惚れた歌手のマリーのため金を作ろうと気が進まなかった政治犯の逃亡に関わるヤバイ仕事を引き受けます。 これに対するドイツ・ヴィシー政府の汚いやり方にハリーの怒りが爆発します。 なんたって警察は大酒飲みのエディに酒を飲ませないなんていう拷問で責めたのです。
☆「脱出」の写真が見られる日本の素晴らしい「ボギー」のサイトBogie Photos - ZiZi's WebSite
脱出のスティール写真が見られるイタリアの映画サイトAcque del Sud Photos - FILM.TV.IT

video「脱出」のトレーラーはTurner Classic Movies(mediaのwatch a movie clipではバコールがボギーに口笛の吹き方を教えるシーンやバコールとカーマイケルのデュエット「Am I Blue?」、ホークス監督夫人がファッション誌のモデルだったバコールを見て監督に紹介した経緯を語ったPeter Bogdanovich(ピーター・ボグダノヴィッチ)監督のクリップなども観られます。)
その他のトレーラーはTo Have and Have Not Trailer - VideoDetective
To Have and Have Not Trailer - Reel Classics

Listen映画「脱出」の中での有名なローレン・バコールのセリフ
「You know how to whistle, don't you, Steve? You just put your lips together and blow」が聴けるgot wavs - To Have and Have Not


Humphrey Bogart
Humphrey Bogartハンフリー・ ボガートといえば1941年の「The Maltese Falcon(マルタの鷹)」のSam Spade(サム・スペード)に代表されるような渋い男前のハードボイルド俳優ですが、それは単に銀幕上のタフガイの役柄のことだけではありません。 映画でのギャング役のJames Cagney(ジェームス・キャグニー)やハードボイルドな刑事役のGeorge Raft(ジョージ・ラフト)のように大暴れする役の多いボギーですが、何度もの結婚とトラブル、より良き役柄を巡っての映画会社との紛争、強い酒をあおるアルコール依存などの私生活じゃかなわないでしょうね。 フランク・シナトラ一家で有名なラットパックの元はボギーだったそうですから。
ニューヨーク生まれのボギーは医師と画家の両親を持つお坊ちゃんです。 ところが医師にならずに海軍に志願してしまうのですが、ボギーの特徴となる唇の切り傷や舌もつれが生じたのはこの海軍時代ともいわれています。 除隊後に芝居に出るようになり、1930年代には映画にきり換えます。 ボギーが舞台「The Petrified Forest」で好評だった殺人犯のギャング「Duke Mantee(デューク・マンティー)」を1936年に「The Petrified Forest(化石の森)」として映画化されて大当たりしましたが、後は1937年の「Dead End(デッドエンド)」以外はボギーの気に入る役はこなかったそうです。 1941年になってRaoul Walsh(ラオール・ウォルシュ)監督で脚本がJohn Huston(ジョン・ヒューストン)のHigh Sierra(ハイ・シエラ)でジョージ・ラフトが蹴った強盗犯の役を演じることでその後のボギーの原型が出来上がったようです。 そしてジョン・ヒューストンの監督デビューとなる「マルタの鷹」で最初のフィルム・ノワールの探偵「ハードボイルドなサム・スペード」の出来上がりです。 派小戸ボイルド以外にも1954年にはピューリッツアー賞受賞小説をエドワード・ドミトリク監督が映画化した戦争映画の「The Caine Mutiny(ケイン号の叛乱)」では軍艦の艦長を演じてアカデミーの主演男優賞にノミネートされました。
※Film noir(フィルム・ノワール)とはフランス語で"黒い映画"という意味ですが、1940年代後期から1950年代のハリウッド映画の中でも犯罪ものを指します。 1930年代のアメリカの恐慌時代に始まった道徳的には如何わしくてセクシーな刺激を強調したハードボイルド映画に端を発しているそうです。
男性陣はボギーのタフガイさに憧れ、女性陣はボギーのセックスアピールにうっとり♪ ですが、一番印象的なボギーの映画といえば、そうです! 「As Time Goes By」の音楽とあの飛行場での別れのシーンが忘れられない映画史上最高のラヴストーリー「Casablanca(カサブランカ)」です。 ヒロインのIngrid Bergman(イングリッド・バーグマン)とは当時のボギー夫人が心配するようなこともありませんでしたが、問題はその後の作品、バコールが現れた「脱出」でした。 バコールはまさにボギーにピッタリの女性でしたから、この時は夫人もあきらめて離婚を承諾し、その11日後にボギーとバコールは結婚したそうです。 既に40代になっていたハードボイルドなボギーを虜にした「The Look」というニックネームの元となった上目づかいの新人女優「ローレン・バコール」はなんと当時19歳でした。 ボガートが恋したのはバコールではなく役柄のマリーだなどとハワード・ホークス監督が言ったそうで、バコールは生涯マリーを演じることになったのだとか。 そのせいか、これまでのボギーの3度の結婚がいずれも短期間で破局を迎えたのに対し、ボギー&バコール夫婦はボギーの死まで添い遂げました。 なんといってもハワード・ホークス監督が気に入って契約したバコールでしたからボギーに横取りされた形です。
ボギー&バコールはこの後にも、ホークス監督作品の1946年の「The Big Sleep(三つ数えろ)」、1947年の「Dark Passage(潜行者)」、1948年の「Key Largo(キー・ラーゴ)」と立て続けに共演していますが、ボギー&バコール共演の「脱出」が大ヒットしたので、既に撮影が終了していた「The Big Sleep(三つ数えろ)」の公開を延期してボギー&バコールのシーンを追加したそうです。

ビデオや音声クリップのあるボギーのトリビュート・サイトはTribute to Humphrey Bogart(Sound ClipsとFilm Clips)
ボギーの幼少時代や歴代のボギー夫人達の写真も見られるBogart Non-Film Images

Lauren Bacall
色っぽい目つきのローレン・バコールは1940年代に映画デビューする以前に有名ファッション雑誌のHarper's Bazaar(ハーパース・バザー)のやVogue(ヴォーグ)の表紙も飾っています。 17歳にしてニューヨークの有名デパートのモデルでしたが当時流行りのグラマータイプではなくヒョロ長い体型で顔は無表情で真っ直ぐカメラを見据えたそうです。 つまりファッションショーでステージを闊歩するような今風なモデルだったということです。
ホークス夫人が監督に見せたハーパース・バザーのローレン・バコールの写真はThe Sheila Variations: Lauren Bacall and Harper's Bazaar(中ほど)
40年代の典型モデルといわれたローレン・バコールの写真はAmerican Vintage Blues: History of Fashion 1940-1950
ヴォーグの表紙が見られるALWAYS IN VOGUE(Paris December 1978)
ローレン・バコールの「脱出」を含む写真が見られるReel Classics(3ページあります)
Madonna Vogue(Bacallで検索)
1957年のボギー亡き後、エヴァ・ガードナーと離婚して気楽な独り者となっていたフランク・シナトラとの関係はマスコミに露見して1958年に終止符を打ち、1961年にボギーと似た経歴でボギーの死後に映画界入りしたJason Nelson Robards Jr.(ジェイソン・ロバーズ)と結婚して子供を産んでいます。 ジェイソン・ロバーズは1968年に「Isadra(裸足のイサドラ)」と)Sergio Leone(セルジオ・レオーネ)監督の「C'era una volta il West(Once Upon a Time in the West/ウエスタン」にも出演しています。
1979年にバコールが執筆して発刊した自伝「By Myself(ローレン・ バコール/私一人)」が全米図書賞を得てベスト・セラーになったそうで70年代に一部の女性たちのバイブルともなったとか。 その後も"By Myself and Then Some"など何冊か出版しています。

Lauren Bacall Oscars Fashion 1987 - YouTube

Dolores Moran
実生活ではボギーの従兄弟と恋仲だったDolores Moran(ドロレス・モラン)は不運にもバコールの出現で主役の予定を取り消されました。 恋多きドロレス・モランは撮影当時にはハワード・ホークス監督とも不倫関係だったとか。
1941年にワーナー映画のタレントスカウトで見出されハリウッドに招かれトレーニングを受け、メイクの魔術師によってドロレスの髪は見事なプラチナ・ブロンドに染められました。  Jimmy Stewart(ジェームス・スチュアート)の目に止まったドロレスはジェームス・スチュアートが自身の役で主演した1942年の米・空軍ドキュメント「Winning Your Wings」にブロンドのダンサーとしてエキストラ出演しています。 ドロレス・モランはその後、数本の映画に出演し、第二次世界大戦時の週刊誌のYankやThe Army Weekly、又はEsquireのカバーガールをしたことにより戦時中の兵士に人気のピンナップ・ガールの一人となりました。
「脱出」でのドロレス・モランの写真が見られるMovieActors.com
Dolores Moran & Rita Hayworth
ドロレス・モランの写真がいっぱいのThe Private Life and Times of Dolores Moran


ローレン・バコールの貴重な歌声「How Little We Know」が聴ける2006年発売の廉価版DVD(白黒)は日本語字幕が選択出来ます。
To Have and Have Not脱出 特別版
2003年版の「脱出 特別版」DVDもあります。

To Have & Have Notの輸入2000年版VHSは原語です。
To Have & Have Not/Author: Ernest HemingwayTo Have & Have Not
日本語の1997年「脱出 (字幕版)VHSもあります。


「脱出」のサウンドトラックは見つかりませんが、1947年の「Dark Passage(潜行者)」の音楽も担当したFranz Waxman(フランツ・ワックスマン)作曲です。 最初は吹き替えの予定だったバコールが歌う「How Little We Know」はホーギー・カーマイケル作曲でJohnny Mercer(ジョニー・マーサー)作詞という素晴らしい曲です。 このコンビの曲は他にHong Kong BluesとThe Rhumba Jumpsが収録されていますが、ホーギー・カーマイケルとバコールのデュエット「Am I Blue?」はHarry Akst作曲でGrant Clarke作詞の1929年の曲です。
上記の3曲が収録されているCD「ハンフリー・ボガート映画のサントラ」のトラックの2番で、The Big Sleepのバコールが歌うAnd Her Tears Flowed Like Wineも3番にあるようですが試聴がどこにもないので肝心な「How Little We Know」がバコールの歌なのか曲だけなのかが不明です。
tohaveCd.jpgMusic from Humphrey Bogart Movies (Original Soundtrack)
カサブランカ、三つ数えろ、化石の森、ハイ・シェラ、デッドエンド、マルタの鷹、潜行者、黄金、アフリカの女王、愛の勝利などのサントラ


洋書(ペーパーバック)To Have and Have Not by Ernest Hemingway
tohaveBook.jpgTo Have and Have Not
日本語の「持つともたぬと」が収録されているのは三笠書房発行のヘミングウェイ全集 第5巻だそうです。


※1942年の「カサブランカ」の監督であるMichael Curtiz(マイケル・カーティス)がボギーの「脱出」から5年後の1950年にJohn Garfield(ジョン・ガーフィールド)主演で「脱出」のリメイクといわれる社会派映画「The Breaking Point(破局)」を撮りました。 ジョン・ガーフィールドはこの「破局」に出演した1年後に赤狩りによってハリウッドを追放されています。
マイケル・カーティスは「破局」の前の1945年のMildred Pierce(ミルドレッド・ピアース)、その後の1954年にはWhite Christmas(ホワイト・クリスマス)など数え切れないほどの名作を監督しています。

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ローレン・バコールやドロレス・モランがピンナップ・ガールとして載っている軍隊週刊誌「YANK」についてはHot'n Cool - 第二次世界大戦中の軍隊週刊誌 The Pinup Girls of YANK


The Best of King Curtis
The Best of King Curtis
Soul Serenade - iLike.com
The Soulful Jazz Horn Man: King Curtis (1934-1971)

Blues Jazz: all the way
テキサス・テナーのIllinois Jacquet(イリノイ・ジャケー)などに影響を受け、60年代に活躍したR & B(ソウル)のテナー・サックス奏者のKing Curtis(キング・カーティス又はカーチス)は、初期のLionel Hampton(ライオネル・ハンプトン)楽団のメンバーでもあり、テナー・サキソフォンの他、アルトやソプラノも演奏し、歌まで歌ってしまいます。 1950年代後期から1960年代にニューヨークを拠点にソロ活動とセッションを行い、The Coasters(コースターズ)の初期のヒットに貢献しました。 その他にAretha Franklin(アレサ・フランクリン)、Sam Cooke(サム・クック)、Wilson Pickett(ウィルソン・ピケット)、Solomon Burke(ソロモン・バーク)、Bobby Darin(ボビー・ダーリン)やBuddy Holly(バディ・ホリー)、ジャズ・フルートのHerbie Mann(ハービー・マン)などの他に、全く異質とも思えるAndy Williams(アンディ・ウィリアムス)などのミュージシャンとも共演しています。
ソウル・テナーのキング・カーティスが吹き込みをしたレコード会社は色々ですが、1962年にKing Curtis And The Noble KnightsのSoul TwistがR & Bシングルのナンバーワンヒットになり、1964年にはキング・カーティスが2009年に亡くなったソングライターのLuther Dixon(ルーサー・ディクソン)と共に作曲したファンキーなインスト・ソロで"Soul Serenade"の大ヒットを放ちました。(音楽プロデューサーでもあるルーサー・ディクソンはThe Shirelles(シュレルズ)など50年代や60年代のヒット曲をたくさん書いています。) 又、ソウル・シンガーのAretha Franklin(アレサ・フランクリン)の専属バンドとなる「The Kingpins(キングピンズ)」を結成し、それをバックにAtco Recordsでも活動を続け1967年に大ヒット曲のMemphis Soul Stewをリリースしました。 ギターはMiles Davis(マイルス・デイヴィス)とRed China Blueで共演しているテレキャスター奏者のCornell Dupree( コーネル・デュプリー)が1962年代初期から参加しています。 コカコーラのCMにも使用されて、まさにキングピンズは60年代のソウル・シーンには不可欠なバンドでしたが、メンバーは需要に応じて次々と代わりました。
その後1971年にビートルズのJohn Lennon(ジョン・レノン)のアルバム「Imagine(イマジン)」にも参加し、ゲストミュージシャンを招いてアルバム 「Instant Groove」や「Live At Fillmore West」などを製作しています。 ボーナストラックを含む14曲収録の「Live At Fillmore West」にはGeorge Harrison(ジョージ・ハリスン)がハモンド奏者でもあるソウルのBilly Preston(ビリー・プレストン)に送った"My Sweet Lord"が収録されています。
1971年に暴徒に襲われて死亡するまでたった10年ほどの短い最盛期でしたが、David Sanborn(デビッド・サンボーン)などがキング・カーティスの後継者を名乗るほど人気のR & Bとジャズのサキソフォン奏者でした。
※キング・カーティスの日本の「君だけに愛を」の情報が載っているNOM's NorthEastWestSouth内のインスタント・グルーヴ / キングカーティスの部屋(キングカーティスの"Get Ready"最新CD情報あり!)

King Curtis & The Kingpins - Memphis Soul Stew - Live in 1971- YouTube
King Curtis & The Kingpins - Soul Serenade - YouTube
King Curtis - Soul Twist - YouTube
King Curtis - Instant Groove (1969) - YouTube

1954年のアルバム「The Kid and the Brute」でイリノイ・ジャケーが演奏している幻のBlue Nocturneにもふれているキング・カーティスのスワンプ・ロックについて書かれたNOM's NorthEastWestSouthのGet Ready / King Curtis
※スワンプとはアメリカ南部ルイジアナ特有のR & Bブルース。

Ode to Billy Joe ♪ King Curtis - Live At Fillmore West - Ode to Billy Joe iTunes Music Store USA

Listen☆キング・カーティスの"Soul Twist"が聴けるwfmuラジオのプレイリストPlaylist for Marc Grobman - November 17, 2002 (Listen to this show: RealAudioをクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を01:30に移動するとDJのGBMですが選曲がナイス!)
キング・カーティスの"Tippin in"と"Something Frantic"が聴けるLivinBlues - King Curtis(サイトの一番下にあるMP3タイトルをクリック、ファイルは大きいのでダウンロードに時間がかかり、ブラウザがFirefoxでは聴けるがGoogle Chromeでは聴けない。)
キング・カーティスの主なアルバムが全曲試聴出来るKing Curtis - ListenJapan(曲を聴くにはそれぞれのアルバム名をクリック)

キング・カーティスをはじめJimmy SmithOtis RushBessie Smithなどが聴けるラジオ番組MIDNIGHT FLYER #101(2番目の曲がキング・カーティスのナイト・トレイン)
※「Hot'n Cool」内の記事 ブルース・ラジオのMIDNIGHT FLYER


The Best of King Curtis
☆ページトップの画像はキングカーティスの代表曲のNight Train、Soul Twist、Hung OverからCapitolレコードでのヒット曲のSoul Serenadeなどやキング・カーティスがカバーしたHorace Silver(ホレス・シルヴァー)のSister Sadieや、R&BのThe Cloversが初めてテナーサックス・ソロをフィーチャーしたというOne Mint Julepなどの曲を収録した人気アルバム「The Best of King Curtis」で60年代初期のキャピトルでの1962年から1965年にライヴ録音した曲を集めたオリジナルが1968年のCDです。 "A Change Is Gonna Come"は一緒に活動したことがあるサム・クックの差別に抗議する意味を含んだ曲です。 演奏メンバーはキング・カーティスの他、ギターがBilly ButlerとCornell DupreeでドラムがRay Lucasですが、"One Mint Julep"での掛け声はカーティス本人でしょうか。
♪ 全曲試聴はThe Best of King Curtis - Amazon.com

Live at Fillmore West
キングカーチスが亡くなる前の貴重なアルバム
長いこと廃盤だった1971年の名演「フィルモアライブ」が、アトランティック・レコード設立記念で再CD化されたライヴ・アット・フィルモア・ウェスト。 まるでワウワウギターのようなMr. BojanglesやA Whiter Shade of Pale(青い影)も素敵!
Live at Fillmore West-King CurtisLive at Fillmore West
全曲試聴はLive at Fillmore West - Amazon.com
※ちなみにThe Fillmore又はFillmore Auditoriumとは1960年代中頃(1966年)から歴史的に重要なサイケデリック音楽の祭典が開催されたサンフランシスコの場所でFillmore Eastにありました。 1968年にはFillmore Westに移転しましたが、70年代のサイケデリック・ロック・りジェンドのJefferson Airplane(ジェファーソン・エアプレイン)、The Doors(ザ・ドアーズ)やJanis Joplin(ジャニス・ジョプリン)などもフィルモア・コンサートに出たそうです。 60年代後半~70年代初め当時、無料で参加者に配布されたサイケなフィルモア・コンサートのポスターは主にRick Griffin(リック・グリフィン)の手になる緻密なイラストでした。
The Fillmore Official Site

Blow Man, Blow!
テナー・サックスのスタンダード「ハーレム・ノクターン」が収録されているCapitol時代の1962年から1965年のKing Curtis初期の演奏をかき集めたアルバムBlow Man, Blow! はMoon River(ムーン・リヴァー)からボサノヴァや「Sukiyaki(上を向いて歩こう)」まで入ったバラエティに富んだ曲目の数々で、オリジナル盤が1962年で、1994年にリリースされた70曲からなる豪華CD3枚組み[Box set] お値段も豪華!
King Curtis - Blow Man, Blow!Blow Man, Blow!
試聴はBlow Man, Blow! - Amazon.com(ハーレム・ノクターンはDisc 2の17番、Melancholy Serenadeは21番、Friskyはキング・カーティスのオリジナル、ギターはCornell Dupree)
※Allen Toussaint(アレン・トゥーサン)が作曲したJava(ジャワの夜は更けて)はニューオリンズ出身のジャズ・トランペッターのAl Hirt(アル・ハート)の演奏で1964年にヒットしていますが、キング・カーティスも「Blow Man, Blow!」で吹いています。
※キング・カーティスが演奏するまさにメランコリーなMelancholy SerenadeはビッグバンドリーダーとしてレコーディングもしたJackie Gleason(ジャッキー・グリーソン)がTV番組のThe Jackie Gleason Showのテーマ曲として1952年頃に作曲したそうです。
Melancholy Serenade - The Jackie Gleason Orchestra - YouTube

Blue Nocturneが収録されているアルバムはSoul GrooveDidn't He Playです。
Soul GrooveSoul Groove
試聴はSoul Groove - Amazon.com

Night Train
Night TrainやHarlem Nocturneの他、ソフトでないホットな"Soft"など全22曲が収録されているアルバムではキング・カーティス独特のアレンジの"Fever"が聴けます。
Night Train - King CurtisNight Train

Soul Battle
テナーサックス奏者のジミー・フォレストを敬愛すると言われる「ヒロヤス」さんのご指摘により、人気アルバムの「Soul Battle」を追加します。 アレンジャーでもあるOliver Nelson(オリヴァー・ネルソン)とJimmy Forrest(ジミー・フォレスト)とキング・カーティスのパワフル!テナーサキソフォン奏者3人のセッション盤でオリジナルは1960年のPrestige録音です。
King Curtis - Soul Battle with Jimmy Forrest and Oliver NelsonSoul Battle
※3本のホーンの調和が素晴らしいAnacrusesや、Duke Ellington(デューク・エリントン)楽団でCaravan(キャラバン)の作曲者として有名なトロンボーン奏者のJuan Tizol(ファン・ティゾール)の曲"Perdido"もグルーヴィにジャズっています。 他のメンバーはベースがBud Powell(バド・パウエル)やLester Young(レスター・ヤング)などと演奏したGeorge Duvivier(ジョージ・デュヴィヴィエ)、ドラムはRoy Haynes(ロイ・ヘインズ)、ピアノがGene Casey(ジーン・ケイシー)です。

King Curtis' All The Way in Dying Young
2004年にThe Phantom of the Opera(オペラ座の怪人)を監督したJoel Schumacher(ジョエル・シューマカー)が1991年に監督したロマンス映画「Dying Young(愛の選択)」の音楽はJames Newton Howard(ジェームズ・ニュートン・ハワード)ですが、サウンドトラックの「Dying Young: Original Soundtrack Album」にはテーマ曲はサックス奏者のKenny G(ケニー・G)ですが、キング・カーティスのメローな"All The Way"も収録されています。 ジェームズ・ニュートン・ハワードは1990年にPretty Woman(プリティ・ウーマン)や2005年にThe Interpreter(ザ・インタープリター)の音楽も担当しています。


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キング・カーティスが影響を受けたイリノイ・ジャケー
テナーサックスのスタンダード曲のハーレム・ノクターン


Imitation of Life (Two Movie Collection) 1934/1959 (2DVD)
Imitation of Life
悲しみは空の彼方に(1959年)

「悲しみは空の彼方に」はヨーロッパとアメリカの映画界の偉大なる皮肉屋(Sarcastic Derector)の一人、またはメロドラマの巨匠といわれるハンブルグ出身の亡命者「Douglas Sirk(ダグラス・サーク)」がドイツに帰国する前に監督した最後のハリウッド映画だそうです。 ダグラス・サークはデンマーク系の両親を持ちドイツで活動していましたが、反ナチスの政治的傾向と夫人がユダヤ人だったために米国に渡りました。
まだまだ人種差別の激しかった時代の1947年のニューヨークのコニー・アイランドを舞台に、人種差別と物質主義のアメリカ社会を描く興味深い映画です。 年頃の娘を持った未亡人と白人夫に捨てられた黒人女性という母娘の共同生活を通して母娘の愛と人種問題を描いていますが、十代の娘がいる未亡人と若い独身の男との交際や多感な時期の若い娘の無謀な行動が母親を悲しませるというお涙頂戴の少々陳腐なメロドラマである一方、ダグラス・サーク監督の大胆な風諭でもあります。
もう一つのお楽しみはアメリカにおけるフィフティーズのファッションです。 女優として成功したラナ・ターナーが演じるヒロインのゴージャスな衣裳も見ものですが、娘たちの1950年代のガール・ファッションが存分に堪能できます。
オープニングの遠景で見えるのはニューヨーク市の半島にあるConey Island(コニー・アイランド)を象徴するThe Wonder Wheel(巨大な観覧車)です。 この映画の主人公たちが出会ったコニー・アイランドは娯楽を求めてショーやゲームを楽しむ人々が集まる一大アミューズメントセンターです。 浜辺で写真を撮っていた若者は逸れた娘を探している白人の女性に出合い、その女性は娘を保護していた黒人女性と出会います。
※ダグラス・サーク監督の作品はアメリカでも一段低くみられていたそうです。 というのも、日本未公開でしたが1955年の「All That Heaven Allows(天はすべて許し給う)」のように殆どが女性を中心とした家庭問題がテーマで、陳腐ともとれるかなり誇張された非現実的な印象を与えるからでした。 しかし70年代になってヨーロッパでの評価が高まり見直され、ハリウッド映画はダグラス・サーク監督の懐古の念と共に、いまやアイロニー(風刺)の巨匠として認められたのです。
「天はすべて許し給う」はJane Wyman(ジェーン・ワイマン)が演じる未亡人とRock Hudson(ロック・ハドソン)が演じるハンサムな庭教師をとの恋の葛藤物語ですが、Bewitched(奥様は魔女)のAgnes Moorehead(アグネス・ムーアヘッド)もヒロインの親友役で出演しています。 大男のロック・ハドソンはそれまでの活劇から「天はすべて許し給う」あたりからロマコメ路線に移行しました。
Kill Bill(キルビル)のQuentin Tarantino(クエンティン・タランティーノ)監督も賞賛し映画のなかでダグラス・サーク流のアメリカ文化考を引用しているそうです。
※ダグラス・サーク監督について書かれたダグラス・サークのアイロニー - espritlibre
映画「Imitation of Life(悲しみは空の彼方に)」とダグラス・サーク監督の写真が見られるDouglas Sirk - senses of cinema
※ダグラス・サーク監督は「悲しみは空の彼方に」の前には1956年の「Written on the Wind(風と共に散る)」が有名です。 そして1958年に「The Tarnished Angels(翼に賭ける命)」に出演したTroy Donahue(トロイ・ドナヒュー)を今作でも起用しています。 いつもは健全な青年役が多いトロイ・ドナヒューが人種差別を描いたこの「悲しみは空の彼方に」ではサラ・ジェーンを殴るクズ野郎のような恋人を演じています。 しかしながら、黒人と白人を隔てる社会的風潮として当時は黒人と白人が恋愛するなど滅多になく、白人に見える黒人が最も差別されていたのでこのようなことが起こったのでした。 しかし一番悲しいことは黒人の混血であるがためにサラ・ジェーン自身が黒人を差別している現実です。 純粋な黒人なら白人に何と言われようと黒人であることに大いなる誇りを持っていたでしょうから。 白人に見える黒人女性の悲劇はDenzel Washington(デンゼル・ワシントン)が探偵を演じた「Devil In A Blue Dress(青いドレスの女)」にも描かれています。

プラチナ・ブロンドが美しいLana Turner(ラナ・ターナー)が演じる白人の未亡人で女優志望のLora Meredith(ローラ)は、Juanita Moore(ファニタ・ムーア)が演じる黒人のAnnie Johnson(アニー)に出会いアニーが仕事を探しているということで共同生活を始めます。 夫を亡くして自分で生計を立てねばならなかった二人が出会ってから、ローラは女優として成功しますが、アニーの地位は依然としてメイドのままでした。 出合った時からローラとアニーに十代の娘がいましたが、この頃にはローラの娘のSusie(スージー)は16歳で、白人の夫との間にうまれたアニーの娘のSarah Jane(サラ・ジェーン)は18歳になっています。 サラ・ジェーンは黒人と白人との混血なのですが黙っていれば白人で通りました。 とはいえ、常に黒人メイドの娘でありスージーの脇役に甘んじていました。

The Man on the Beach
以下のあらすじには結末も書かれているのでこれからビデオをご覧になる方は読まない方が楽しめます。
夏のコニーアイランドの浜辺でローラははぐれた娘のスージーの面倒を見てくれていた子連れの黒人女性と出会います。 女優を目指すローラは娘のスージーの世話をしてくれる人手が欲しいのですがまだ仕事がなくて給料を支払うことができません。 一方白人の夫に捨てられたアニーは今晩泊まるところがありません。 まさに神の助けか巡り合わせか、こんな事情から二組の母娘の共同生活が始まったのです。
家事の達人のアニーは甲斐甲斐しく働きますがローラの仕事は簡単には見つかりません。 そんな時、突然やって来たのが浜辺で出会った若いカメラマンのスティーヴ。 写真を貰った子供たちは大喜びで、夫人も歓迎します。 スティーヴが夫人の写真を最初に写したことからみるとスティーヴには気になる女性だったのでしょう。 スティーヴに誘われて昼食を取っていたレストランで、ローラは知り合いからTennessee Williams(テネシー・ウィリアムズ)の芝居のオーディションがあると聞いたのです。 有頂天になったローラは「今晩のディナーの約束は?」というスティーブを残して芸能プロダクションへ向かったのでした。 エージェントのAllen Loomis(ルーミス)を訪れた夫人は面会も一筋縄ではいかないと察知、ハッタリをかまして無理やりルーミスに会って夜の約束を取り付ける。 その夜ドレスアップしたローラがルーミスのオフィスを訪ねると芸能界の裏を聞かされ、世間知らずの夫人は激怒してルーミスが差し出した誘惑のミンクコートを投げつけると失意のうち帰宅してしまったのでした。 この時、ローラの家でアニーとスティーヴが何をしていたかというと、仕事のない夫人が受けた宛名書きのアルバイトを手分けしていたのです。
※海千山千のルーミスを演じたのは1945年に「Rhapsody in Blue(アメリカ交響楽)」でGeorge Gershwin(ジョージ・ガーシュウィン)を演じたRobert Alda(ロバート・アルダ)です。

Well I'm going up and up and up and nobody's going to pull me down!
黒人アニーと別れた白人の夫との娘であるサラ・ジェーンは、自分が白人に見えるので白人として通そうと頑張ります。 それなのにある日のこと、サラジェーンの学校に母親が雨具を届けに来たことから黒人の子だということがバレてしまいます。  「学校で白人のふりをしていた」という母親にサラジェーンは言葉を返しての嘆き悲しむのでした。 「私はスージーと同じ白人なのよ、もう学校には行かない!」
一方、海で写したの子供たちの写真が採用されたスティーヴはローラに結婚を申し込んだのです。 愛を確かめるべく唇をかわさんというその時、電話のベルが鳴った。 それはエージェントのルーミス。 ロバート・ヘイズ氏なんていう架空のハリウッドの人物からの紹介だと嘘をついた夫人の大芝居を認めていたのでした。 ルーミスの話によるとローラのコマーシャル写真を見た劇作家が役をくれるらしい。 高額のギャラに有頂天になったローラはスティーヴの制止を聞き入れず、ほんの今さっきは目の前にあった幸せを投げ捨てて、再び雪降る夜にルーミスの事務所に向かったのです。 女ごころと秋の空、というよりも、娘を抱えた夫人には若い男との今後の生活に一抹の不安があったのでしょう。 しかしオーディションでは大根役者丸出しで劇作家デヴィッドは駄目出し。 それに大してデヴィッドの脚本にケチをつけるほど負けん気の強い夫人は逆に見直されて採用となり、舞台は大好評。 デヴィッド宅での打ち上げで摩天楼の夜景が眺めて夢心地となったローラは愛の告白をしてデヴィッドと関係を結ぶ。 なんてこったの女心と秋の空、というよりもこの道でのし上がるにはこれしかないと悟ったのでしょうか。 ともかくその時点では幸福感に酔ったローラはデヴィッドを愛していると感じたのでした。 その後もデヴィッドとの芝居のコラボは続き、40年代後期から50年代通して舞台に立ち続けた夫人は舞台女優としてますます成功していくのです。 それなのに、なぜか心のうちは満たされていなかったのです。 何かを見失っている。 おまけに結婚を望むデヴィッドを愛していないことも分かっていた。

それから10年の歳月が経過、可愛い少女だった娘のスージーやサラジェーンは成長して、スージーは16歳でサラジェーンは18歳の年頃の娘となっています。 ここからはスージーとサラジェーンの配役が変わります。 ローラ邸のパーティに現れたスティーヴとアニーを含む一家はピクニックに出かけますがサラジェーンは仮病を使って行きません。 相も変らず白人願望のサラジェーンは当時のアメリカではご法度だった白人青年のフランキー(トロイ・ドナヒュー)と交際を始めたのでした。 それを聞いて興味津々のスージーが無邪気に質問したことは「そのボーイフレンドは黒人なの?」
映画のセリフでは黒人を指す時に特別に差別の意味を含んだ"ニガー"以外は"カラー"と言っていて"ブラック"という言葉は使用されません。 カラーとは見た目の肌の違いなんかではなく血筋の問題なのです。 植民地時代に始まったといわれるカラーとかカラードといった黒人を指す言葉は公民権運動後に人種差別のジム・クロウ法が1964年に廃止された辺りから廃ったようです。(ここでのカラードは現在の有色人種の意味ではない)
さて、このピクニックで夫人とスティーヴェは再び愛を確信したのですが運が良いのか悪いのか、エージェントのルーミスが言うにはイタリア映画の監督から映画出演の話があるとか。 純愛がいまだ燻り続けていたウティーヴの求愛にも以前と同じルーミスからの連絡で出向いていったローラ、純愛より名声。
この頃にはアニーは体調を崩していたのですが娘のサレジェーンはローラがスージーと自分を分け隔てなく可愛がっていることや母の愛も十分に承知していたにも関わらずなんとしても白人として生きていきたいと思居続けています。 白人に見えるから白人の男の子が口笛を吹いてくるのだと。 こっそり家を抜け出したサラジェーンは約束していたボーイフレンドのフランキーに会いに行きます。 ところが約束に遅れて来た不機嫌なフランキーに質問されます。 「一つだけ知りたい。 お前の母親は黒ん坊なのか?」 友達に恥をかかされたとフランキーはサラジェーンを必要以上に何度も何度も殴りつけたのでした。 実にひどい暴力シーンですが、当時のアメリカで白人と黒人のお付き合いなんてまずありえなかったので笑い者になってダメージを受けたフランキーの憤慨もハンパじゃなかったのです。 同年に十代の恋を描いた「避暑地の出来事」でサンドラディーと共演し、女の子のアイドルとして人気になるトロイ・ドナヒューが演じているのですがイメージダウンともなりかねないこの役をよくも引き受けたと関心しきりです。 トロイ・ドナヒューが1957年にメジャーデビューしたのがダグラス・サーク監督の「The Tarnished Angels(翼に賭ける命)」だったからでしょうか。

スージーの卒業式には予定していたイタリア行きを中止していたローラだったが結局念願のイタリアに行きを決行。 2週間の留守中はスティーヴがスージーの面倒をみることになった。  ところが厄介なことに、成長したスージーはスティーヴに恋心を抱き始めていたのでした。

Empty Arms
Sarah Jane at Harry's Club
Susan Kohner sings Empty ArmsSusan Kohner(スーザン・コーナー)が演じたサラ・ジェーンが歌った"Empty Arms"は幻の曲です。
サラ・ジェーンは母親に内緒で踊り子のアルバイトをしていましたが娘を案じるサラ・ジェーンの母親(アニー)はクラブに訪ねて行きますが、サラ・ジェーンに険もほろろに追い返されます。 いかがわしいナイトクラブ「Harry's Club」で好色な男達を誘う下品な歌"Empty Arms"を歌うシーンがあるのですが、卑猥な罵声と笑い声の中でセクシーな網タイツ姿とは裏腹に自暴自棄とも取れるサラ・ジェーンの悲鳴に聴こえます。 なぜ「幻」かというと、サラ・ジェーンが歌ったArnold Hughes(アーノルド・ヒューズ)とFrederick Herbert(フレディリック・ハーバート)の曲"Empty Arms"は「悲しみは空の彼方に」のサウンドトラックには収録されていないのです。 スーザン・コーナーが歌った"Empty Arms"は何人かの女優の歌を吹き替えていたジャズ歌手のJo Ann Greer(ジョー・アン・グリーア)だったそうです。 隠れた名ボーカリストとも呼ぶべきジョー・アン・グリーアは50年代から80年代の引退までLes Brown and his Band of Renown(レス・ブラウン楽団)の歌手で楽団のトランペッターとの結婚歴もありますが、レス・ブラウンの日本公演にも同行しています。 1953年の「Miss Sadie Thompson(雨に濡れた欲情)」、「のAffair in Trinidad(醜聞殺人事件)」、「Pal Joey(夜の豹)」などで英語のアクセントに癖があるRita Hayworth(リタ・ヘイワース)の歌をたくさん吹き替えをしたそうです。
酔客の前で歌うシチュエーションなら1956年の「Bus Stop(バス停留所)」で酒場でMarilyn Monroe(マリリン・モンロー)が歌った"That Old Black Magic"がありますがそれにはとうてい及びませんしダンスもぎこちないのがかえってリアル感があります。 何年か前まで私は"Empty Arms"をビデオから抜き取ってカセットテープに録音してあったのですが、テープが劣化したので一斉に膨大な数のテープを廃棄してしまい、今思えば惜しいことをしました。
☆スーザン・コーナーが演じる網タイツ姿のサラ・ジェーンがクラブで"Empty Arms"を歌っている写真が見られる映画の英文レビューはImitation of Life - Bright Lights Film Journal

Sarah Jane at Moulin Rouge
Susan Kohner
I am white!, white!, white!
Mama, if you really want to be kind, really a mother, don't try to find me.

ボーイフレンドのフランキーにも黒人ということがバレたサラジェーンはなにかと受ける社会的抑制にいらついて反抗します。 暴言の限りを吐き、「全ては自分の母親が黒人だからいけない。」 普段からレコードをかけてはステップを踏んでいたダンス好きのサラジェーンは母に内緒でマンハッタンのハリーズクラブでダンサーのアルバイトをします。 それを知ったアニーはそのクラブに出かけて行き妖しげなダンスをしているサラジェーンに驚愕し、黒人の自分がサラジェーンの母親だとクラブの人間に話してしまいます。
もうこのクラブにも居られないとサラジェーンは母を振り切りどこへともなく去ってしまったのです。
ローラの家を飛び出したサラジェーンは以前のように踊り子で職を得ましたが、体調を崩したアニーはこれが最後とばかりにまたしても必死の思いで飛行機に乗りラスベガスのキャバレーに訪ねて行きます。 前回同様に「なぜそっとしておいてくれないの。」とアニーを攻めたサラジェーンですが母親の愛の強さをひしと感じ泣き崩れたのでした。 クラブの楽屋に入ってきた仲間の踊り子にアニーは「私はこのお嬢さんの世話をしていたのです。」とメイドを装ったのでした。

ローラの家では床に伏せっているアニーにスティーヴへの愛を告白したスージーでしたが、偶然に窓の下で外出から戻ったローラとスティーヴの二人がお別れのキスをするのを見てしまったのです。 その上、動揺しているスージーの部屋に入って来たローラがスティーヴとの結婚話しをしたから大変なショックを受けます。 アニーからスージーがスティーブに恋していることを聞いたローラは恐ろしい剣幕で真意を問いただそうとしますが、スージーは遠く離れたデンバーの大学に行く決心をしていました。 スティーヴはあきらめると言うローラに「母親を演じるのはやめて!」とスージー。 そんなおり、アニーの容態は牧師を呼ぶまでに悪化、「サラジェーンを探して。」とスティーヴに頼んで神の元へと旅立ちました。

天に召されたアニーの葬儀のシーンで、棺が教会から運び出された時、母への愛に目覚めたサラ・ジェーンがようやく駆け付けて人目もはばからず白い梔子(クチナシ)の花で飾られた母の棺にすがる姿がに観客の涙を絞りに絞り切ります。 「お母さん、ごめんなさい、本当に愛していたの。」 白馬に曳かれた馬車の葬列が墓場に向かう。
Mahalia Jackson(マヘリア・ジャクソン)がアニーの棺が置かれた教会で歌ったゴスペルの"Trouble of the World"は作者不明のニグロ・スピリチュアルだそうです。
Mahalia Jackson - Trouble of the World - Youtube

Lana Turner
37歳のラナ・ターナーは超ハンサムで27歳という超若いJohn Gavin(ジョン・ギャヴィン)が演じる写真家の恋人「Steve(スティーヴ)」とツーショットでも負けず劣らずハリウッド女優ここにありというところです。(照明さんのスゴ腕?)
ラナ・ターナーはセックス・シンボルといわれた頃の1946年の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」から10年以上経っているにもかかわらず、まさに美しく光輝く月の女神か「ラナ・ターナー」!
ラナ・ターナーは今作では母との婚約のことを知らずにスティーヴを愛してしまう娘のスージーを演じたSandra Dee(サンドラ・ディー)と翌年の1960年にサスペンス映画「Portrait In Black(黒い肖像)」でも共演しています。
ハリウッド女優「ラナ・ターナー」のオフィシャルサイトはThe Official Lana Turner Web Site(上のメニューでPhoto Galleryをクリック)
ラナ・ターナーの幼少期やスター時代の写真も見られるLana Turner lived in Historic Wallace Idaho
その昔私がフランス俳優のJean Gabin(ジャン・ギャバン)と間違えたハンサムなJohn Gavin(ジョン・ギャビン)の写真が見られるJohn Gavin at Brian's Drive-In Theater( ラナターナーとジョン・ギャヴィンのツーショット写真はV & A
Mahalia Jackson - I Come To The Garden Alone - YouTube

John Gavin
ローラへの純愛を貫き通したスティーヴを演じたジョン・ギャビンは1958年にダグラス・サーク監督の「A Time to Love and a Time to Die(愛する時と死する時)」でスイス出身のLiselotte Pulver(リゼロッテ・プルファー)と共演して映画ビューしました。 ギャビンは「悲しみは空の彼方にみ」の後の1960年にはMichael Curtiz(マイケル・カーティス)監督の「A Breath of Scandal(バラ色の森)」でイタリア女優のSophia Loren(ソフィア・ローレン)と共演、同年「Midnight Lace(誰かが狙っている)」ではDoris Day(ドリス・デイ)と共演、同年Alfred Hitchcock(アルフレッド・ヒッチコック)監督の「Psycho(サイコ)」では惨殺されるマリオン・クレーンの婚約者のSam Loomis(サム)、1961年の「Back Street(裏街)」ではSusan Hayward(スーザン・ヘイワード)と共演するなど立て続けに大物女優と銀幕にお目見えしましたが、この辺までで、80年代には政治に活躍の場を移しました。 両親が共に有力者でスペイン語に堪能なメキシコとアメリカの混血であるジョン・ギャビンはRonald Reagan(レーガン)時代の1981年にメキシコ大使を務めたほどのエリートです。
007のJames Bond(ジェームス・ボンド)は絶対英国人と原作者が明言しているのでジョン・ギャビンには有り得ない筈でですが、一時は2作のボンド映画に予定されたことがあったそうです。 実際にボンド映画に出演したのは1968年にドイツ俳優のCurd Jürgens(クルト・ユルゲンス)やフランス俳優のRobert Hossein(ロベール・オッセン)等と共演したイタリアバージョンの「Niente rose per OSS 117(殺人売ります)」だけでした。(英語のタイトルはOSS 117 - Double Agent)
ジョン・ギャビンの活劇映画ポスターが見られるNiente rose per OSS 117 - FILM.TV.IT

「悲しみは空の彼方に」では損な役回りだった可愛いサンドラ・ディーは撮影当時は実際にも16歳で、同年公開されたサンドラディーの代表作となった1960年公開の「A Summer Place(避暑地の出来事)」ではトロイ・ドナヒューと共演して話題になりましたが、1961年公開の「九月になれば」で共演したボビーダーリンとさっさと結婚してしまいました。(子供が生まれましたがさっさと離婚もしました。)

☆「悲しみは空の彼方に」の写真が見られるLo specchio della vita - FILM.TV.IT

video「悲しみは空の彼方に」のトレーラーが観られるImitation of Life Trailer - Turner Classic Movies(画像下のImitation of Life (1959) - (Original Trailer) をクリック)
Imitation of Life Trailer - VideoDetective
写真とビデオが見られるImitation of Life Clips - POST WWII - racial passing in american films 1930-1960(Imitationで検索して下の3枚の白黒写真をクリックすると各シーンに関連したビデオが観られます。)


Imitation of Life DVD
ページトップの画像はAmazon.comにある1934年にジョン・M・スタールが監督した「模倣の人生」とダグラス・サークが監督した「悲しみは空の彼方に」の二枚組DVDですが原語版でRegion 1です。
下記は2007年に発売されたダグラス・サーク作品集の4枚組みDVDです。 ロック・ハドソンが主演する「自由の旗風」と「翼に賭ける命」、「愛する時と死する時」、そして「悲しみは空の彼方に」が収録されていますが何といっても高価! ですがオープニングのアール・グラントのテーマ曲やサントラに収録されていないサラ・ジェーンの"Empty Arms"、そして偉大なるマヘリア・ジャクソンのゴスペル"Trouble of the World"のためだけでも観る価値のある「悲しみは空の彼方に」のDVDです。
ダグラス・サーク コレクション 2 (初回限定生産) [DVD]
Imitation of Life_Douglas Sirk Collection DVD

Imitation of Life VHS
「悲しみは空の彼方に」の1998年輸入版(英語)VHSビデオですが現在はもう入手困難になっています。(他にはASIN: B00005JL3Z)
Imitation of LifeImitation of Life (1959)



Imitation of Life Soundtrack
Imitation of Life by Earl Grant (1933 - 1970)
"Love is a Many-Splendored Thing(慕情)"と"The Shadow of Your Smile(いそしぎ)"やA Certain Smile(ある微笑)で有名なPaul Francis Webster(ポール・フランシス・ウェブスター)が作詞してSammy Fain(サミー・フェイン)が作曲したテーマ「Imitation of Life」をNat King Cole(ナット・キング・コール)ばりに歌うEarl Grant(アール・グラント)の歌声でオープニング・クレジットが始まる「悲しみは空の彼方に」ですが、「悲しみは空の彼方に」の音楽は「黒い肖像」も手掛けたFrank Skinner(フランク・スキナー)とドリス・ディの1959年の「Pillow Talk(夜を楽しく)」でお馴染みのJoseph Gershenson(ジョセフ・ガーシェンソン)です。
Listen「悲しみは空の彼方に」のシーンが観られるImitation of Life Movie Clips - Turner Classic Movies

その中のアール・グラントの"Imitation of Life"が流れる「悲しみは空の彼方に」のオープニングはImitation of Life Opening Scene - Turner Classic Movies
※アール・グラントは50年代後期から60年代初期のミュージシャンで歌の他にピアノやオルガンも弾いたそうです。 1958年にナット・キング・コール風のAt The End Of A Rainbow(愛よ永遠に)が大ヒットしましたが40歳を前にして車の事故で亡くなりました。 何度か来日していますから聴けばこのロマンティックな曲を思い出すでしょう。
☆サントラの情報はSoundtrackCollector

日本では1976年にLPレコードでリリースされた「悲しみは空の彼方に」MCA Records VIM 7206 ですが、スーザン・コーナーの「Empty Arms」は収録されていません。 以下はサントラの曲目
1.Main Title: Imitation Of Life. (By Sammy Fain-Paul Francis Webster. Sung by Earl Grant.
2.Home From The Beach.
3.Disappointed.
4.Rejected.
5.Break-Up.
6.Success Montage.
7.Lovely.
8.Wishing Star.
9.Being Childish.
10.(A). The Truth. (B). Heartbreak.
11.Secrets.
12.Soon I Will Be Done With The Trouble Of The World. (Lillian Hayman-Not From The Soundtrack).
13.Going To Glory and End Title.


Susan Kohner(スーザン・コーナー)
人種差別の不条理を扱った映画「悲しみは空の彼方に」では、ハリウッド女優のラナ・ターナーではなく、黒人と白人の混血娘のサラ・ジェーンを演じたスーザン・コーナーに注目です。 白人女優でありながら黒人の娘「サラ・ジェーン」役を演じたスーザン・コーナーは1959年のゴールデン・グローブの助演女優賞を受賞し、アカデミー助演女優賞にノミネートされました。 スーザン・コーナーはアメリカ人のプロデューサーとメキシコの女優との子供で、1955年に映画デビューしています。 演技派女優の有望株かとおもいきや、結婚して1962年にあっさりと女優業を引退してしまいました。 お相手はファッション・デザイナーのJohn Weitz(ジョン・ワイツ)ですが、今や スーザン・コーナーの息子のPaul Weitz(ポール・ワイツ)が映画監督になっています。
※スーザン・コーナーのバイオはTurner Classic Movies(英語)
美しいスーザン・コーナーの貴重な写真が1枚見られるPotpourri Lounge - Susan Kohner

スーザン・コーナーの出演作品
1961年 「By Love Possessed(愛するゆえに)」
ミステリ作家のJames Gould Cozzens(ジェームズ・G・カズンズ)の原作を「大脱走」で有名なJohn Sturges(ジョン・スタージェス)監督が映画化したロマンス映画です。 音楽が「黄金の腕」で名高いElmer Bernstein(エルマー・バーンスタイン)です。 ラナ・ターナーがジュリアス弁護士の妻で夫の友人のアーサー弁護士に思いを寄せる女性を演じ、スーザン・コーナーはGeorge Hamilton(ジョージ・ハミルトン)が演じるアーサー弁護士の息子に片思いした挙句にレイプされたと訴え出るアバズレ娘のHelen(ヘレン)役です。
ListenBurt Bacharach(バート・バカラック)の曲をハンサムなジョージ・ハミルトンが歌うLittle Betty Falling StarとDon't Envy Meの試聴が出来る珈琲と音楽クレシェンド - オールディズのお部屋(♪ をクリック)

1960年 All The Fine Young Cannibals(夜が泣いている)」
ロバート・ワグナーとナタリー・ウッド夫妻が初共演した映画で、スーザン・コーナーは主演のロバート・ワグナーの結婚相手役を演じました。 詳細は Audio-Visual Trivia内の「Natalie Wood ナタリー・ウッド」を参照。

1959年 The Big Fisherman(聖なる漁夫)
Frank Borzage(フランク・ボーゼージ)の監督で音楽は「悲しみは空の彼方に」と同じくJoseph Gershenson(ジョセフ・ガーシェンソン)の宗教的歴史スペクタクルで、ハンサムなJohn Saxon(ジョン・サクソン)がアラブの王子様で彼と結婚するFara(ファラ)をスーザン・コーナーが演じます。
「聖なる漁夫」の写真が見られるIl grande pescatore - FILM.TV.IT - The Big Fisherman
フランク・ボーゼージ監督は1937年にCharles Boyer(シャルル・ボワイエ)が主演した豪華客船タイタニック号の1912年の遭難にもヒントを得た「History Is Made At Night(歴史は夜作られる)」を監督しましたが、そのラストシーンで乗客によって歌われたテーマ曲の賛美歌"Nearer My God To Thee(主よ、みもとに)"は1856年にアメリカの教会音楽の改革者にして教育者であるマサチューセッツ出身のLowell Mason(ローウエル・メーソン)が作曲したもので歌詞はSarah F. Adams(サラ・F・アダムス)だそうです。

1959年 The Gene Krupa Story(ジーン・クルーパ物語)
Sing, Sing, Singで有名なBenny Goodman(ベニー・グッドマン又はベニイ・グッドマン)楽団で誉高きスイング時代の名ドラマーのジーン・クルーパーをSal Mineo(サル・ミネオ)が演じた伝記映画です。 スーザン・コーナーはEthel Maguire(エセル)役で出演し、ジーン・クルーパー本人やShelley Manne(シェリー・マン)、Anita O'Day(アニタ・オデイ)やRed Nichols(レッド・ニコルス)などの本物のスウィングジャズのミュージシャンやアイドルスターのJames Darren(ジェームス・ダーレン)も出演しました。
「ジーン・クルーパ物語」の写真が見られるRitmo diabolico - FILM.TV.IT
The Gene Krupa Story Trailer - VideoDetective

1956年 The Last Wagon(襲われた幌馬車)
アパッチインディアンの襲撃を逃れる殺人犯人のトッドとしてRichard Widmark(リチャード・ウィドマーク)が主演したDelmer Daves(デルマー・デイヴィス)監督の人種問題を扱った西部劇です。 スーザン・コーナーはインディアンとの混血娘を演じました。 デルマー・デイヴィスはHumphrey Bogart(ハンフリー・ボガート)が主演した1936年のThe Petrified Forest(化石の森)の脚本家として知られていますが、1946年のミステリー映画「The Red House(赤い家)」以降は活劇や西部劇の監督としても有名でしたが、後期には1956年のA Summer Place(避暑地の出来事)以降サンドラ・ディーやトロイ・ドナヒューが主演したロマンティックな青春映画も監督しました。
「襲われた幌馬車」の写真が見られるL'ultima carovana - FILM.TV.IT

1955年 To Hell and Back(地獄の戦線)
Audie Murphy(オーディ・マーフィ)の自伝を元にした自作自演の戦争映画でスーザン・コーナーがMaria(マリア)役で映画デビューしました。
「地獄の戦線」のトレーラーはTo Hell And Back - 1955 - Trailer - YouTube
「地獄の戦線」の写真が見られるAll'inferno e ritorno - FILM.TV.IT


模倣の人生 (1934年)
「悲しみは空の彼方に」は、30年代にベストセラーとなったアメリカの作家「Fannie Hurst(ファニー・ハースト)」の小説I「mitation of Life」の映画化で、Claudette Colbert(クローデット・コルベール)が主演した1934年「Imitation of Life(模倣の人生)」のリメイクです。 そのオリジナルはJohn M. Stahl(ジョン・M・スタール)が監督し、Claudette Colbert(クローデット・コルベール)が主役の未亡人を演じてアカデミーの作品賞などにノミネートされました。
こちらは白人の未亡人は女優ではなく、黒人メイドのお菓子のレシピでビジネスに成功します。 二人はお金持ちになりましたが、二人の娘たちとの関係は悪化します。 黒人未亡人の娘は母親を否定し、白人として生きる道を選び家を出て行きます。 そして白人未亡人の娘の愛は二人が同じ男性に恋をした時に試練を迎えます。
video登場人物の紹介的な「模倣の人生」のトレーラーはTurner Classic Movies(mediaのwatch trailerをクリック、画像の下のOriginal Trailerをクリック)

Rock Hudson(ロック・ハドソン)とLauren Bacall(ローレン・バコール)が共演し、Dorothy Malone(ドロシー・マローン)がアカデミー助演女優賞を受賞したダグラス・サーク監督の1956年の「Written on the Wind(風と共に散る)」のサントラは見つかりませんが、Victor Youngs(ヴィクター・ヤング)作曲でSammy Cahn(サミー・カーン)作詞のタイトル曲"Written on the Wind"は「慕情」の主題歌でもお馴染みのThe Four Aces(フォー・エイセス)が歌いました。 フォー・エイセスの"Written on the Wind"が収録されているアルバムのBest of the Four Acesで試聴できます。
アメリカで発売されたLP盤"Decca DL 8424"などWritten on the Wind(風と共に散る)のポスター画像やサントラ情報はSoundtrackCollector


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エルマー・バーンスタインが音楽でヒットした黄金の腕



ユマ・サーマンはUma(ウマ)というヒンズー教(チベット密教)の神からとったとかいう珍しい名前ですが、東洋思想の教授と精神分析医の母との間に生まれたと聞けばなるほどと納得できます。 馬(UMA)を連想しないように"ユマ"と発音しているのは日本だけです。 なんたってミドルネームがインドの古語で"業"や"行為"を意味する"Karuna(カルマ)"です。 型にはまらずアクションもコメディもこなし多様な役柄を演じられるスーパー女優のユマ・サーマン(又はウマ・サーマン)は1992年にディレクターのGary Oldman(ゲイリー・オールドマン)と離婚後に出演したSF映画の「Gattaca(ガタカ)」で共演したEthan Hawke(イーサン・ホーク)と1988年に結婚して子供を儲けましたが離婚しました。 その後2009年にスイスの大富豪であるArpad Busson(アーパッド・ブッソン)氏と3度目の結婚か?との噂が流れました。 イーサン・ホークは1991年に冒険物語のWhite Fang(ホワイトファング)、1955年にBefore Sunrise(恋人までの距離)などの話題作に出演、2001年にユマ・サーマンが主演したChelsea Walls(チェルシーホテル)で監督デビューしたアメリカの俳優で声がセクシーです。

パリのLancôme(ランコム)化粧品やLouis Vuitton(ルイ・ヴィトン)のイメージキャラとなったりしていましたが、2005年のルイ・ヴィトンの秋冬パリ・プレタポルテコレクションにも出演してファッション界でも注目の的です。
UMA FICTION
☆ユマ・サーマン・マニア! ユマ・サーマンの最新ニュースだらけのサイトはUmaverse
ファッショナブルなユマ・サーマンのビデオが観られるfashiontvのUma Thurman In Paris-TAG HEUER 2005(FTV)
☆Paris Lancôme(ランコム)香水Miracleのウエブサイトのユマ・サーマンのページはもうないようですが写真が見られるUma Thurman Photos - perso.wanadoo.fr

ユマ・サーマンはユマ・サーマンを演じてはいません。 役柄にぴったりとはまって映画と一体となっているのです。 女優だから当たり前といえば当たり前ですが、可愛かったりセクシーだったりタフだったりとまったく違うキャラクターを見事に演じ分けています。

Dangerous Liaisons
Dangerous Liaisons VHS (Aamzon.co.jp)
Dangerous Liaisons with Uma Thurmanそのユマ・サーマンの日本でのデビュー作というとJohn Malkovich(ジョン・マルコビッチ)と共演した1988年の"Dangerous Liaisons(危険な関係)となっています。 豪華な衣裳の時代劇でウブで気の多い15歳の小娘のCécile de Volanges(セシル・ヴォランジュ)を可愛く演じています。
「危険な関係」は衣裳もさることながら、可愛いユマがいやらしいマルちゃんにひん剥かれるので大変目を楽しませてくれます。
「危険な関係」のDVDもあります。
Uma Thurman and John Malkovich in Dangerous Liaisons - YouTube
ユマ・サーマンが出演した「危険な関係」のサウンドトラック「Dangerous Liaisons (1989 Film)」ではJohann Sebastian Bach(バッハ)やGeorg Friedrich Händel(ヘンデル)など17世紀の偉大なる音楽家によるクラシック音楽も使用されています。 ユマ・サーマンはこの後、1992年にミステリー映画のFinal Analysis (愛という名の疑惑)でRichard Gere(リチャード・ギア)やセクシーなKim Basinger(キム・ベイシンガー)と共演しましたが、この実に恐ろしい映画の結末がいまいち理解出来ません。 キム・ベイシンガーの妹として登場しますがラストには「私は一人っ子」と言うユマ・サーマンが遺産を手に入れたのは全くの偶然なんでしょうか。(酒飲んでるし。)

Even Cowgirls Get the Blues
麻薬や男娼を扱って鬼才の名も高きGus Van Sant(ガス・ヴァン・サント)監督の1993年のEven Cowgirls Get the Blues(カウガール・ブルース)ではヒッチハイカーのSissy(シシー)を演じました。 2005年のThe Skeleton Key(スケルトン・キー)にも出演したJohn Hurt(ジョン・ハート)がモデルエージェンシー役とかマルコビッチのLadies Room(レディース・ルーム)に出演したLorraine Bracco(ロレイン・ブラッコ)もDelores Del Ruby(ドロレス・デル・ルビー)役で出演しています。 ユマ・サーマンは1992年のFinal Analysis(愛という名の疑惑)ではミステリアスなヒロインの妹を演じ、その後の1994年の「Pulp Fiction(パルプ・フィクション)」に出演して一躍脚光を浴びるわけですが、1998年のThe Avengers(アベンジャーズ)ではキルビル並みに悪と闘う赤や金色のチャイナドレスがお洒落な気象学博士を演じるなど、その役柄は広範囲に及んでいます。
Even Cowgirls Get The Blues: Music From The Motion Picture Soundtrack
Even Cowgirls Get the Blues with Uma Thurman ヒッチハイクにはもってこいのデカイ親指のユマ・サーマンがCDカバーになっている「カウガール・ブルース」のサウンドトラックは殆どがThe Black Dahlia(ブラック・ダリア)でも歌っているカナダの男装の麗人"k.d. lang(k・d・ラング)"と1985年以来コンビを組んでいる同じくカナダのミュージシャンのBen Mink(ベン・ミンク)とのコラボでHush My Babyなどが収録されています。
映画ではHerb Alpert & The Tijuana Brass(ハーブ・アルパート&ティファナブラス)の演奏でBurt Bacharach(バート・バカラック)とHal David(ハル・デヴィッド)コンビのThis Guy's in Love With Youやハーブ・アルパートの代表曲であるTaste of Honeyや、Kill Bill Vol.1(キル・ビル1)のBang Bangで若者にもお馴染みになったNancy Sinatra(ナンシー・シナトラ)のSugar TownJacksonも使用されているそうです。

Sweet and Lowdown 1999年
音楽といえば1930年代のシカゴを舞台にジャズがふんだんに使用されたウディ・アレン監督のロマコメ「ギター弾きの恋」ではブルジョワのセクシーなブランチ役で、Django Reinhardt(ジャンゴ・ラインハルト)のようなジプシージャズのギタリストのSean Penn(ショーン・ペン)と衝動的に結婚してしまうのです。 2005年にThe Notorious Bettie Page(ベティ・ペイジ)で50年代初期にボンデージの女王様役と呼ばれたベティ・ペイジ役で主演したGretchen Mol(グレッチェン・モル)もエリー役で出演しています。
Uma Thurman in Sweet and Lowdown - YouTube


The Producers プロデューサーズ コレクターズ・エディション
The Producers プロデューサーズ
Uma Thurman Plays Ulla in The Producers (2005)

The Producers
1968年のメル・ブルックス(メル・ブルックス)監督の映画「The Producers(プロデューサーズ)」は2001年にミュージカルとなりましたが、この度さらにリメイクされ、アメリカでは2005年12月16日に一部公開になります。 メル・ブルックスとミュージカル版を演出したThomas Meehan(トーマス・ミーハン)が脚本を手掛け、Susan Stroman(スーザン・ストローマン)が監督します。 プロデューサーのマックス・ビアリストック役に1996年のバードケージでゲイクラブのダンサーを演じたNathan Lane(ネイサン・レイン )、プロデューサー志望の会計士のレオ・ブルームには1988年のTorch Song Trilogy(トーチ・ソング・トリロジー)でホモ役を演じてトニー賞を受賞したMatthew Broderick(マシュー・ブロデリック)、ゲイの演出家のロジャーにGary Beach(ゲイリー・ビーチ)です。 ドイツ人の戯曲作家役でWill Ferrell(ウィル・フェレル)が出演していますが、予定していた奥さまは魔女で共演したニコール・キッドマンには逃げられてしまい、ユマ・サーマンに決定したそうでスウェーデン訛りの"ウーラ"ちゃんを演じています。
☆プロデューサーズのオフィシャルサイトはSony Pictures [us]
When you got it, flaunt it by Uma Thurman - YouTube

色々と賞を獲得したというThe Producers(プロデューサーズ)」ですが、ウィル・フェレルの面白さが理解できず、ミュージカルが苦手な私にはユマ・サーマン以外には見所はありません。 50年代の北欧系ハリウッド女優でもパロディっているような見事なブロンドに真っ白と鮮やかな青を基調としたユマの衣裳は目を見張るばかりです。 実際ユマ・サーマンの母親はスウェーデン人でモデルからサイコセラピストになったそうです。 「プロデューサーズ」はユマ・サーマンのセクシーさを強調したユマ・サーマンを魅せる映画でしょう。 というもののほぼ1時間経過しないとユマは登場しませんがユマ・サーマンの歌と踊りがゴージャス!ユマ・サーマンのシーンは白とブルーがえもいわれぬ美しさで、特に部屋中を真っ白に塗り替えるシーンではブルーのドレスが映えています。 綺麗!華麗!美麗!


Tibet House(ダライラマやThurman教授の最新情報あり)
ダライ・ラマについて書かれたNew Heroes in 20th century - ダライ・ラマ14世 Dalai Lama
ノーベル平和賞を受賞したDalai Lama(第14世ダライ・ラマ)の要望により、ユマ・サーマンの父であるアメリカ人のRobert Thurman(ロバート・サーマン)教授やリチャード・ギアなどで1987年にチベット文化を紹介するTibet Houseをニューヨークに設立しました。 これはソウル歌手のTina Turner(ティナ・ターナー)をはじめ、Harrison FordやOliver Stoneなどの俳優、Herbie Hancock(ハービー・ハンコック)やWayne Shorter(ウェイン・ショーター)などのジャズメン、Sting(スティング)やSusanne Vega(スザンヌ・ベガ)などのミュージシャン、Courtney Love(コートニー・ラヴ)など大勢の有名人の興味を引くところとなり、かなりの有名人が仏教徒となるなど、禅や仏教はかなりアメリカのTVや映画でも取り上げられています。(上記のセレブの全員がチベット仏教徒というわけではなくて一部は創価学会の会員だとか) リサイクルのキャッチコピーににreincarnateやreincarnationなど「(霊魂に)再び肉体を与える」という意味の語句を用いたり、テレビのコマーシャルに僧侶が登場することもあるそうです。 TV人気シットコムのDharma and Gregをご存知でしょう。 Dharmaは仏教的に「悟り」とか「法に従う徳」や「人間の普遍的倫理」という意味が有りますが、人名としてのダーマは達磨太子のことでしょうか。 1997年にはBrad Pitt(ブラッド・ピット)主演で話題を呼んだSeven Years In Tibet(セブン・イヤーズ・イン・チベット)やMartin Scorcese(マーティン・スコセッシ)監督のKundun(クンドゥン)などダライ・ラマ14世をテーマにした映画がヒットしました。 ダライ・ラマ師の最近の見解としては、極端な資本主義でも社会主義でもない社会民主主義のスウェーデンをはじめとするやヨーロッパの国々のような方向が正しいと断言しているそうです。
余談ですが、チベットに魅せられた、あるいはダライ・ラマに傾倒しているShall we ダンス?のRichard Gere(リチャード・ギア)は映画の宣伝にかこつけてはチベット問題や中国批判の政治的発言を行うのだそうです。

Audio-Visual 内のユマ・サーマンの出演映画
Prime
ビー・クール
キル・ビル1
キル・ビル2



Art Blakey (1919 - 1990)
Funky-Jazz
ジャズの世界で、従来の白人主流のビッグバンドのスイングジャズから編曲よりアドリブを重視したCharlie Parker(チャーリー・パーカー)に代表される黒人ジャズのコンボ演奏の40年代後期のビバップ旋風が起ります。 そしてMiles Davis(マイルスディヴィス)やジェリーマリガンに始まる編曲を重視したクールジャズが誕生し、再びジャズ・シーンは白人ジャズ全盛のイーストコースト(西海岸/LA)に移りました。

その延長の50年代初期のハードバップと呼ばれる黒人スタイルの編曲より即興演奏を重視したシンプルなスタイルになります。 ホットからクールへ、黒人ジャズから白人ジャズへと変遷したジャズですが、結局その後が60代のビル・エヴァンスやジョン・コルトレーン、そしてマイルスディヴィスに代表されるポスト・バップなんだそうです。 が、この辺の厳密な分類は私にはよく分かりませんが、黒人がルーツのジャズが商業的に白人に乗っ取られたのを又黒人が奪還した形でしょうか。
50年代から60年代のハードバップの演奏スタイルでも、初期黒人ブルースのアフリカ色の濃いソウルフルなジャズはFunky-Jazz(ファンキー・ジャズ)と呼ばれています。 Art Blakey and Jazz Messengers(アート・ブレイキーとジャズメッセンジャーズ) に代表されますが、他にマイルスディヴィス、Herbie Hancock(ハービー・ハンコック)、そしてSonny Stitt(ソニー・スティット)などの黒人ジャズメンが挙げられます。
☆Funky Godfather of Soul
Funk(ファンク)とかFunky(ファンキー)といえばセクシーなディスコ&ソウルミュージックのJames Brown(ジェイムズ・ブラウン)も思い出します。
60年代にはジェイムズ・ブラウンみたいにポークパイ・ハットを被ってヒョコヒョコ歩きをする黒人スタイルが真似されて流行ったような。 Please, Please, Please!
Funk Jazz(ファンクジャズ)というとファンキー・ジャズ、ソウル・ジャズ、ジャズ・ファンクなどをまとめて指すそうですが、マイルス・デイヴィス、ホレス・シルバー、Cannonball Adderley(キャノンボール・アダレイ)、Jimmy Smith(ジミー・スミス)などはジャズ界に革命を起こしたアーティストです。 70年代あたりのミュージシャンならハービー・ハンコック、Quincy Jones(クインシー・ジョーンズ)、Marcus Miller(マーカス・ミラー)、Maceo Parker(メイシオ・パーカー)、ソウルのKing Curtis(キング・カーティス)もそうでしょうか。

Art Blakey and Jazz Messengers
ファンキージャズのアート・ブレイキーは50年代から活躍しているファンキーな黒人ジャズドラマーで、"A Night In Tunisia"でも聴けるナイアガラ・ロールとも呼ばれる豪快なドラムロール(Drum roll)で有名です。 このナイアガラ瀑布に例えられる強烈なドラム・サンダー(Drum thunder)はスネアー・ドラムを超短い32分音符で連打するドラム奏法です。(スネアとは裏にワイヤを渡した小太鼓) 1958年がオリジナル録音のアルバム"Moanin'"などにはFirst Theme: Drum ThunderとSecond Theme: Cry a BlueからなるDrum Thunder Suite(ドラムサンダー組曲)が収録されています。
アート・ブレイキーは1954年にバップ・ピアニストのHorace Silver(ホレス・シルヴァー)のJazz Messengers(ジャズメッセンジャーズ )に招かれ、その4年後にホレス・シルバーと袂を分った後には新人を起用してバンドリーダーとして後輩の育成にも貢献してきました。 クインテットの他のメンバーはピアノがThelonious Monk(セロニアス・モンク)、テナーサックスがBenny Golson(ベニー・ゴルソン)とハンク・モブレーのツーホーンで、代表曲には「Moanin'(モーニン)」や「ブルース・マーチ」などがあります。
アート・ブレイキーとジャズメッセンジャーズ のメンバーは初期にはピアノのHorace Silver(ホレス・シルバー)、トランペットのClifford Brown(クリフォード・ブラウン)などですが、 ホレス・シルバーが引き抜いていった後にはトランペットがリー・モーガン、ピアニストでヒット曲のモーニンを作曲したボビー・ティモンズやサックス奏者でアレンジャーのベニー・ゴルソンらが参加しました。 その後サックスがベニー・ゴルソンからクールなサックスのWayne Shorter(ウェイン・ショーター)へとメンバーは次々と代わっています。
※ホレス・シルヴァーとは1956年頃に宗教問題で決裂し、Donald Byrd(ドナルド・バード)、Hank Mobley(ハンク・モブレー)、Doug Watkins(ダグ・ワトキンス)はホレス・シルヴァーについて出ていきました。 それというのもBud Powell(バド・パウエル)やSonny Rollins(ソニー・ロリンズ)と組んだバンドが興行的に不振だったのでアート・ブレイキーは1948年頃にイスラム教や哲学を学びにアフリカに逃避したと1979年のDown Beat誌のインタビューで言っていたとか。 イスラム教に改宗したアート・ブレイキーの名前はAbdullah ibn Buhainaというのだそうで、そこからニックネームの"Bu"が付けられたそうです。 Sammy Davis Jr.(サミー・デイヴィス・ジュニア)が交通事故で九死に一生を得た時にイスラム教に改宗しているように音楽活動に支障がない限りはどんな宗教に改宗しようとも自由なんでしょうが結局のところシルヴァーとブレイキーの二人はソリが合わなかったのでしょう。br />♪ Art Blakey - Moanin' (This is Jazz)- Rádio UOL

Listenドラマーのアート・ブレイキーをリーダーに50年近くも続いたアート・ブレイキーとジャズメッセンジャーズの演奏が聴けるArt Blakey - Black Music America(右のSelectionsで一番下のArt Blakeyをクリック、私のPCの設定ではファイルをRealPlayerで開きます。)
アート・ブレイキーの名盤が沢山試聴出来るThe official Art Blakey website(BU'S CORNERからREAL AUDIOを選ぶとジャケットの隣のtuneタイトルをクリックして聴ける! メンバーなどの詳細も参考にして下さい。 曲目は上からFree For All、Moanin'、Along Came Betty、Blues March、Dat Dere、A Night In Tunisia、Hank's Symphony、The Freedom Rider、Wee-Dot、Split Kick)

videoアート・ブレイキーのビデオが観られるドイツのArt Blakey - The Jazz Page(上のメニューからVideosをクリック、Single VideosをクリックしてMessengersで検索)
Art Blakey´s Jazz Messengers 1961(Blakey with Wayne Shorter, Lee Morgan, Bobby Timmons, Jymie Merritt in Tokyo/Japan 1961 playing that wonderful Bobby Timmons composition "Dat Dere"!.)
The Giants of Jazz 1971(Thelonious Monk, Dizzy Gillespie(ガレスピー), Al McKibbon, Art Blakey, Sonny Stitt + Kai Winding(カイ・ウィンディング) are the members of this all star band performing in Rotterdam 1971)

アート・ブレーキーのドラム演奏ビデオが観られるArt Blakey - Drummerworld(DVD"Drum Solos and Drum Battles Vol. 2"から)

Art Blakey drum solo (1961) - YouTube
Blues March - YouTube
Are you real ? (Lee Morgan) - YouTube
A night in Tunisia (Lee Morgan) - YouTube


アート・ブレーキーの代表曲といえばピアノのBobby Timmons(ボビー・ティモンズ)が作曲したMoanin'(モーニン)です。 歌詞をつけたビバップシンガーのJon Hendricks(ジョン・ヘンドリックス)をはじめ、女性ジャズボーカリストのSarah Vaughan(サラ・ヴォーン)やMel Tormé(メル・トーメ)、演奏ではジャズメンは勿論のこと、Arthur Lyman(アーサー・ライマン)とHenry Mancini(ヘンリー・マンシーニ)までが"Moanin'"をカバーしていますが、なんといってもメッセンジャーズの演奏バージョンが一番です。
上記の画像は1958年10月にBlue Note(ブルーノート)で録音された3番目のハードバップ・アルバム「モーニン」ライヴの1997年盤ですが、最高とされているのはArt Blakey & The Jazz Messengersの1999年リリースの1958年録音のリマスター盤のMoanin'
1999年盤の試聴はMoanin' - Amazon.com

Art Blakey plays Moanin'
☆Art Blakey & The Jazz Messengersの最初のモーニンが収録されているアルバムはオリジナルが1958年の録音で1999年リリースの「Moanin'」です。 録音時のメンバーはドラムがアート・ブレイキー、ピアノがボビー・ティモンズ、トランペットがLee Morgan(リー・モーガン)、テナーサックスがBenny Golson(ベニー・ゴルソン)、ベースがJimmy Merritt(ジミー・メリット)です。
※サンジェルマンのライブでヘイゼル・スコットが叫ぶ前の録音ではタイトルがただの「モーニン」です。
☆1956年のOlympia Music Hallでのライヴアルバム「Hard Bop/Paris Concert」に収録されている「モーニン」とは又別のバージョンで、この盤でのハイライトは演奏時間が13分という「モーニン」ですが、メンバーはドラムのアート・ブレイキーは同じですが、トランペットがBill Hardman、アルトがJackie McLean、ピアノがSam Dockery、ベースがSpanky Debrestです。聴き比べてみて下さい。
☆アート・ブレイキーのディスコグラフィはPRINCETON RECORD EXCHANGE - Art Blakey Discography & Biography

Art Blakey and Jazz-Messengers au Club Saint-Germain
ページトップの画像はアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズの1961年初来日記念盤のLPです。(クリックで画像拡大可)
ジャズの初心者用としてお勧めと言われるハード・バップの代表「Art Blakey & The Jazz Messengers」の演奏ですが、まさにその通り! それまでは映画音楽やロカビリーやポップスのレコードを買っていた私が始めて手にしたジャズのレコードというのがアート・ブレイキーの1961年初来日記念のLP盤Art Of The Jazz Messengers VICTOR HP 525です。 レコード自体は名盤とは呼ばれていませんが、私のお目当てはパリのクラブでの興奮が伝わる最高のライヴ演奏の"Moanin' With Hazel"です。
モーニンの他にはソニー・ロリンズのオリジナル"Evans"、ベニー・ゴルソンの代表曲の"The First Theme"や"Whisper Not"はもちろん、"A Night In Tunisia"、"Like Someone In Love"、"Blues March For Europe No. 1"などが収録されています。 来日した時のテナーサックスはベニー・ゴルソンからウェインショーターに代わっていました。
1958年のサンジェルマンのライブ録音としては当時は3枚のLPに収録されて1959年のフランスでのディスク・グランプリに輝きましたが、CDとしては「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」シリーズとなります。

Moanin' With Hazel
Moanin' With Hazel とは1958年の12月にパリのジャズのメッカといわれるClub Saint-Germain(クリュブ・サン・ジェルマン)に出演したバップ・ピアノのボビー・ティモンズ、トランペットのリー・モーガンとテナーサックスのベニー・ゴルソン等のアート・ブレイキー・クインテットにパリ在住のドラマーのケニー・クラークが加わり2曲演奏した時のこと、サンジェルマン・クラブで聴いていたトリニダード出身の女性ピアニスト「Hazel Scott(ヘイゼル・スコット)」が感激して「Oh, Lord Have Mercy!(主よ、み恵みを!)」と叫んだ声が録音されたライブ盤です。(ピアノのボビー・ティモンズのソロ演奏中に叫ぶ)
ピアノ、ホーンの応答の後にホーンのソロに入り、ボビー・ティモンズのピアノで佳境に入ります。 3コーラス目でヘイゼルの叫びが聞こえます。 第一コーラスが終わり、ペットのソロに入る直前に、アート・ブレイキーのナイアガラ瀑布が轟きます。

※余談ですが、この頃のバップ時代にはよく曲の途中で引用フレーズが入ります。 モーニンでは、Bob Hope(ボブ・ホープ)とJane Russell(ジェーン・ラッセル)が1948年に共演したThe Paleface(腰抜け二挺拳銃)の主題歌「Buttons and Bows(ボタンとリボン)」だったかも。

オリジナルは1958年の「Art Blakey & Les Jazz Messengers Au Club St Germain(サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ)」3シリーズの中で「Moanin'(モーニン)」が収録されている2005年リリース盤「Au Club St Germain 1958」
Art Blakey & Les Jazz Messengers Au Club St Germainサンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズVol.2
※国内盤が入手困難ならオリジナル発売が1959年の輸入盤「Au Club Saint-Germain, Vols. 1-3


A Night At Birdland
こちらもアート・ブレイキーの名盤と呼ばれるHorace Silver(ホレス・シルヴァー)カルテットと組んだ1954年録音の「バードランドの夜」です。 アルバム「バードランドのアート・ブレイキー」にはVol1(Split Kick)とVol2(Wee-Dot)があります。 ピアノがHorace Silver(ホレス・シルヴァー)、トランペットのClifford Brown(クリフォード・ブラウン)がWee-DotとThe Way You Look Tonight、アルト・サックスのLou Donaldson(ルー・ドナルドソン)がIf I Had Youなどを演奏し、激しいハードバップ・バトルが聴けます。
A Night At Birdland With Art Blakey QuintetA Night at Birdland, Vol.1
Vol1の試聴はA Night At Birdland Vol1 - Amazon.com
A Night at Birdland, Vol. 2
Vo 2の試聴はA Night At Birdland Vol2 - Amazon.com

Pee Wee Marquette
A Night At Birdland Vol1の試聴の1番にAnnouncement by Pee Wee Marquetteというのがありますが、これは曲目ではありません。 Pee Wee Marquetteとはジャズクラブ「Birdland(バードランド)」の名物司会者の名前で、詳しくはHot'n CoolのジャズクラブBirdlandの名司会者 Pee Wee Marquette

その他のアルバムには、アート・ブレイキーが1948年にアルトサックス奏者のアーニー・ヘンリーとテナーサックスのJames Moody(ジェームス・ムーディ)と録音したラテン風アルバムで「Tin Tin Deo」があります。 そのMP3クリップが聴けるBefore and After with Ray Barretto(Artist's Comments and Audio ClipsのMP3の隣の□をクリック)
アーニー・ヘンリーについてはAudio-Visual Trivia内のErnie Henry

1951年のイリノイ・ジャケーのアルバム「A La Carte」にはアーニー・ヘンリーやHank Jones(ハンク・ジョーンズ)などと共にアート・ブレイキーが参加しています。
詳細はAudio-Visual Trivia内のIllinois Jacquet

ソニー・スティットのアルバム「Sax O' Bebop」ではドラムがMax RoachやKenny Clarkeなどと共にアート・ブレイキーが参加しています。
詳細はAudio-Visual Trivia内のソニー・スティット

A Jazz Message
アート・ブレイキー単独の異色アルバムとしては2001年リリースの日本録音盤があります。 オリジナルが1963年録音のサックスのソニースティットのビバップがメインとなってピアノのMcCoy Tyner(マッコイ・タイナー)などが参加したカルテットの演奏です。
A Jazz Messageア・ジャズ・メッセージ


アート・ブレイキーの映画音楽
50年代、60年代のフランス映画はモダンジャズをサウンドトラックに使用したフィルム・ノワールやヌーヴェル・ヴァーグ映画が大流行でした。
※Film noir(フィルム・ノワール)とはフランス語で"黒い映画"という意味ですが、1940年代後期から1950年代のハリウッド映画の中でも犯罪ものを指します。 1930年代のアメリカの恐慌時代に始まった道徳的にあいまいでセクシーな刺激を強調したハードボイルド映画に端を発しています。
アート・ブレイキー演奏の代表的なサウンドトラックは1958年の「Les Tricheurs(危険な曲り角)」、Robert Hossein(ロベール・オッセン)が主演した1959年の「Des Femmes Disparaissent(殺られる)」そして1960年の「Les Liaisons Dangereuses(危険な関係)」です。
アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズは1958年の11月から12月にかけてヨーロッパ・ツアーを行なっていますが、その途中にパリで映画「殺られる」のサウンドトラックを録音しています。
アートブレイキーのNo Problem(危険な関係のブルース)が聴ける危険な関係 懐かしのヨーロッパ映画 (注!すぐ音、映画のレビュと写真あり)
☆「危険な関係」のサウンドトラックの詳細についてはAudio-Visual Trivia内のLes Liaisons Dangereuses

アート・ブレイキーの演奏で1959年の大ヒット曲はギャング映画「Des Femmes Disparaissent(殺られる)」で、映画を通して18曲が収録されています。 Edouard Molinaro(エドゥアール・モリナロ)監督がアート・ブレイキーを起用してフランス映画のヌーヴェルバーグとジャズの結びつきを決定付けました。

Jazz et cinéma V.1 & Jazz et cinéma Vol. 2
1958年の「Les Tricheurs(危険な曲がり角)」と1959年の「Des Femmes Disparaissent(殺られる)」などが収録されているアルバムです。 アート・ブレイキーと"JATP"にオルガンがGeorge Arvanitas(ジョルジュ・アルバニタス)です。
Jazz and Cinema Vol. 2ジャズ&シネマ(2)
ジャズ&シネマ(1)
私の大好きな映画のテーマ曲が満載のコンピレーション・アルバムは日本では2001年発売されました。
試聴はJazz et cinéma V.1 - Amazon.com
Jazz et cinéma volume 2 - Fnac(ÉCOUTESのタブをクリック)
※JATPとはJazz at the Philharmonicのことでアメリカのトップ・ジャズ・ミュージシャンが組んでアジア〜ヨーロッパを公演旅行したもので、1953年(昭和28年)に来日して今はなき日劇で公演しています。

国内盤の危険な関係のブルース
2004年にリリースされたサウンドトラックではないアルバムの「危険な関係のブルース」にはアート・ブレイキーの代表曲のモーニン、ウィスパー・ノットやワン・フォー・オールなども収録されています。
oneforallCd.jpg危険な関係のブルース(紙ジャケット仕様)

Caravan
アート・ブレイキーのアルバム"Caravan"にはCaravan、Sweet 'N' Sour、In the Wee Small Hours of the Morning、This Is for Albert、Skylark、Thermoが収録されています。
♪アルバム「キャラバン」からWayne Shorter(ウェイン・ショーター)がBud Powell(バド・パウエル)追悼として作曲した曲でアート・ブレイキーとジャズメッセンジャーが最初に演奏した"This Is For Albert"が聴けるwfmuラジオのプレイリストは
Playlist for Rix - September 29, 2007
(Art Blakey & the Jazz Messengersを探して最後の1:10:33 (Real)をクリック)
Art Blakey & the Jazz Messengers - Caravan - Rádio UOL


Mrs. Swing
Mildred Bailey - Mrs. Swing
Swing-Era Songstress: Mildred Bailey (1907-1951)

忘れ去られた偉大なるジャズ歌手
「Mildred Bailey(ミルドレッド・ベイリー)」は1930年代から1940年代のアーリー・ジャズ(スウィング)界ではナンバーワンといわれた女性歌手です。 美しく甘い歌声は実にミルドレッド・ベイリーの体型を忘れさせます。 ホットジャズ系の歌で成功を収めたミルドレッド・ベイリーはまさに鈴を転がすという形容がぴったりの美声を持つ元祖女性ジャズシンガーです。 男性の元祖ジャズボーカルでは黒人のLouis "Satchmo" Armstrong(ルイ・サッチモ・アームストロング)がいます。(ホットではありますが鈴は転がしません) ミルドレッド・ベイリーの伴奏を務めるのはシカゴが拠点のPaul Whiteman's orchestra(ポール・ホワイトマン楽団)とピアニストとして所属していたスタ-ダストの作曲者として有名なHoagy Carmichael(ホーギー・カーマイケル)、The Dorsey Brothers Orchestra(ドーシー兄弟楽団)、そしてミルドレッド・ベイリーの夫君であったRed Norvo(レッド・ノーヴォ)などなどそれはもう有名どころです。 シロフォン(マリンバより高音の立奏木琴)奏者のレッド・ノーヴォは1960年のOcean's 11のサウンドトラックでも演奏しています。
1999年に亡くなったレッド・ノーヴォへのトリビュートはRed Norvo - Salon.com(英語のサイト)
Benny Goodman and Red Norvo (1960) - YouTube

Mildred Bailey sings Ol' Rockin' Chair's Got Me
1920年代初期から映画館などで歌い始め、1925年にはハリウッドのクラブのフィーチャー歌手でした。 Ethel Waters(エセル・ウォーターズ)やBessie Smith(ベッシー・スミス)などの黒人女性歌手や、Sarah Vaughan(サラ・ヴォーン)の先輩であるElla Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)の憧れでもあったConnee Boswell(コニー・ボスウェル)の影響を受けたミルドレッド・ベイリーは独自のスウィング調の唱法を生み出し色々なタイプの聴衆に気に入られました。 テレビの無い時代ですからミルドレッド・ベイリーの顔も知らず、白人か黒人かも分からなかったのです。 ミルドレッド・ベイリーのフィーリングから黒人と思われていた節もあります。 伴奏のテナーサックスもクールなLester Young(レスター・ヤング)より気取らないテキサス・テナーのホンカーHerschel Evans(ハーシェル・ エヴァンス)を好んだといわれます。 ちょっといたづらっぽくちょっと色っぽいミルドレッド・ベイリーは黒人バンド(コンボ)の"Mildred Bailey and Her Oxford Browns"で歌った白人女性ヴォーカリストの先駆者ともいえます。
1929年にデモテープを送ったことから当時一番人気のダンスバンドのポール・ホワイトマン楽団に籍を置くことになります。 当時一番人気だったポール・ホワイトマン楽団には1927年にBing Crosby(ビング・クロスビー)がコーラスグループとして参加していたそうで、ビング・クロスビーの"The Rhythm Boys"とも一緒に録音したそうです。

ビング・クロスビーがそうだったように、ポール・ホワイトマン楽団での在籍が後にミルドレッド・ベイリー自身のラジオ番組を持つに至らせます。 ミルドレッド・ベイリーの最初のレコードは1929年にギタリストのEddie Lang(エディ・ラング)と吹き込んでいますが、なんといっても名声を得たのはポール・ホワイトマン・コンボと吹き込んだ1932年の"Rockin' Chair"です。 この歌はサッチモも歌っていますが、ピアニストのホーギー・カーマイケルがミルドレッド・ベイリーのために特に書き下ろした曲なのです。
Mildred Bailey Sings Rockin' Chair - YouTube

Listenミルドレッド・ベイリーの素敵な歌を聴きましょう。
1932年のRockin' Chairが聴けるRockin' Chair - Jazz On Line.com(Mildred Baileyで検索、1932でページ検索、Rockin' Chairを探して曲名のRockin' Chairをクリック)
For Sentimental Reasons、Thanks For The Memory、More Than You Know、Georgia On My Mindや秀逸の"Lover Come Back To Me"などミルドレッド・ベイリーの歌がたくさん聴けます。

ミルドレッド・ベイリーのIt's a Woman's Prerogative、The Lonesome Road、Lover Come Back to Me、Down Hearted Bluesが聴けるwfmuラジオのプレイリスト Playlist for Marc Grobman - July 11, 2003 (Listen to this show (RealAudio)をクリックしてクリップ・ポジションを1:41:57に移動)
1947年にMel Tormé(メル・トーメ)が作曲しRobert Wells(ボブ・ウェルズ)が作詞したBorn To Be Blueも収録しているミルドレッド・ベイリーの1945年のアルバム「Sings "Me and the Blues"」から「It's a Woman's Prerogative」が聴けるwfmuラジオのプレイリスト Give the Drummer Some(上のHear the show in RealAudioをクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を1:00:03に移動)


Hot Jazz
「ホットジャズ」とは1920年代にシカゴで始まったデキシーランドジャズを指します。(ルーツはラグタイム、ブルース、マーチのニューオリンズに出現した黒人コンボバンド演奏のことはニューオリンズ・ジャズだそうです。) ニューオリンズ・ジャズ(ホットジャズ)の黒人ミュージシャンにはJelly Roll Morton、King Oliver、Johnny Dodds、Louis Armstrong、Sidney Bechetなどがいます。
一方、White Hot Jazz(ホワイト・ホット・ジャズ)というのはいわゆるホットジャズのことで、1920年代から1940年代の白人バンドのデキシーランドジャズ(後のスイング・ジャズ)のことで、ミュージシャンとしてはBix Beiderbecke(ビックス・バイダーベック)、Jack Teagarden(ジャック・ティーガーデン)、Pee Wee Russell(ピー・ウイー・ラッセル)、Mezz Mezzrow(メズ・メズロー)やEddie Condon(エディ・コンドン)などが有名だそうです。 黒人が始めた南部のニューオリンズ・ジャズを都会のシカゴで1920年代から白人が真似た音楽なので、陽気なニューオリンズ・ジャズにギャングのもぐり酒場の暗さを加味したような曲が多いんだとか。


ミルドレッド・ベイリーのアルバム
Mrs. Swing
ページトップの画像はミルドレッド・ベイリーの1929年~1942年吹き込みの珠玉100曲からなる4枚組CDアルバム「Mrs. Swing」です。 編曲者にはGlenn Miller(グレン・ミラー)も名を連ねていて、クラリネットはBenny Goodman、Artie Shaw、Edmond Hall、Jimmy Dorsey(アルトサックスも)などで、ピアノはHoagy Carmichael、Teddy Wilson、Fletcher Hendersonなどで、トランペットがBunny Berigan、Buck Clayton、Roy Eldridgeなど、そしてドラムがGene KrupaやJo Jones、それにそれにJohnny Hodgesのアルトサックス、テナーサックスがChu Berry、Ben Webster、Coleman Hawkins、Tommy Dorseyがトロンボーン、当時ご主人のRed Norvo(レッド・ノーヴォ)がシロフォン、変わったところではJohnny Mercer(ジョニー・マーサー)が口笛を吹いています。 すごい豪華メンバーですが、スイング時代のバンドは踊るための演奏か歌手の伴奏であって、後に大物になったジャズマン達がセッションなどというものではなくごく普通に歌手のバックをその他大勢で務めていました。 とはいうもののやはりミルドレッド・ベイリーはまた別格で押しも押されぬ花形歌手だったのですが、一貫してジャズで通してポップス(流行歌)に走らなかった稀有な存在でもあります。
試聴はMrs. Swing - Amazon.com

The Rockin' Chair Lady
オリジナル録音は1931年~1950年の1994年盤にはRockin' Chairはもちろん、Sometimes I'm Happy (Sometimes I'm Blue)、It's So Peaceful in the Country、More Than You Know、All Too Soonなどが収録され、スイング調からしっとりと聴かせるバラード調までうっとりする20曲を収録したアルバムです。
Mildred Bailey - The Rockin' Chair LadyThe Rockin' Chair Lady (1931-1950)
試聴はRockin' Chair Lady (1931-1950) - Amazon.com
※レコーディングにはEnsembleとしてDry Bones(ドライ・ボーンズ)のヒットで有名なThe Delta Rhythm Boy(デルタ・リズム・ボーイズ)が参加していました。
別のアルバムで「1945-1947」は上記のアルバムに含まれていない"These Foolish Things"、"Summertime"、"All of Me"や"Born to Be Blue"などを収録しています。

上記のミュージシャンについて
Louis "Satchmo" Armstrong: サッチモ(ガマ口)の愛称で知られるルイ・アームストロングはニューオーリー ンズ・ジャズのトランペッターですが歌も素晴らしいジャズマンです。
King Oliver: キング・オリバーはサッチモの師匠でもあるニューオリンズを代表するコルネット奏者です。
Bix Beiderbecke: アドリブの創始者といわれる革新的なコルネット奏者です。
Hoagy Carmichael: 名曲"a href="http://www.audio-visual-trivia.com/2008/01/lionel_hampton.html">Stardust(スターダスト)を作曲したことで有名な20世紀を代表する作曲家です。 元々ラグタイム・ピアノが好きだった、ホーギーカーマイケルはビックス・バイダーベック楽団がカーマイケルの曲"Riverboat Shuffle"をレコーディングしたのをきっかけにジャズ界に入り、1927年にはポール・ホワイトマン楽団のピアニストとなりました。
Red Norvo: ミルドレッド・ベイリーと結婚したXylophone(シロフォン)奏者で二人は"Mr. and Mrs. Swing"と呼ばれ、離婚後も一緒に仕事は続けていました。
Ethel Waters: アメリカで最初の黒人女性ジャズ&ポップス歌手で映画スターでもあり白人ファンも多かったエンターテイナーです。
Bessie Smith: 1920年代に活躍した偉大な黒人女性ブルース歌手で「ブルースの女帝」と呼ばれました。
Connie Boswell: 1930年代の人気ボーカルグループThe Boswell Sisters(ボスウェル・シスターズ)のメンバーでいくつかの楽器もこなす車椅子の歌手です。ソロとしては1925年の"I'm Gonna Cry"がヒットしました。
Eddie Lang: ポール・ホワイトマン楽団などに所属していたジャズギターの開祖といわれるギタリストで、1929年のアルバムの「Stringing the Blues」ではトランペットのTommy Dorsey(トミー・ドーシー)やヴァイオリンのJoe Venuti(ジョー・ベヌーティ)と組んでいます。 白人でありながらエディ・ラングのブルースギターは黒人にも認められた腕前でエディ・ラングのギター奏法を解説した教本が出版されるほどだそうです。
Artie Shaw: 1938年にアーティ・ショウが録音した「ビギン・ザ・ビギン」が大ヒットし、Benny Goodman(ベニー・グッドマン又はベニイ・グッドマン)に並ぶスイング時代の人気ジャズ・クラリネット奏者でしたが40代にして突如、筆(笛)を折ってしまいました。
Edmond Hall: 1920年代からのニューオリンズのデキシーランド・ジャズのクラリネット奏者で、スイング時代には野性的かつ情熱的なダーティサウンドともいえる独自の奏法でサックスとクラリネットの実力者だとベニー・グッドマンも認めたほどです。エドモンド・ホールは1928年にトランペッターのCootie Williams(クーティ・ウィリアムス)と共にArthur "Happy" Fordの楽団に入り、1941年にはテディ・ウィルソン・セクステットやEddie Condonバンドにも参加したがなぜかa href="http://www.audio-visual-trivia.com/2004/10/duke_ellington.html">Duke Ellington(デューク・エリントン)楽団からの誘いは断ったとか。 その後1950年代にはLouis Armstrong All Stars(ルイアームストロング・オールスター)に入団したもののハードスケジュールのため引退を決意したそうです。
Fletcher Henderson: スウィング・ジャズ(ビッグ・バンド)時代には"Mr. Swing King"と称され、1920年代まで台頭していたフレッチャー・ヘンダーソン楽団にはルイ・アームストロング、ベン・ウェブスター、ロイ・エルドリッジなどが演奏していました。 30年だい中頃にはアレンジャーとして初めて白人のベニー・グッドマンと合流しました。
Bunny Berigan: 1930年代のスイング全盛期にはハリー・ジェイムズと並んで人気が有った白人トランペッターであったバニー・ベリガンはスウィング・トランペットの父と呼ばれたそうです。
Buck Clayton: 1936年からカウント・ベイシー楽団、1947年からニューヨークのSavoy BallroomでJimmy Rushingバンドなどに在籍したバック・クレイトンはスタンダードなアルバム「The Buck Clayton Jam Sessions」で知られるトランペット奏者です。
Gene Krupa: スイング初期にベニー・グッドマンバンドで演奏して名声を得たドラマーで、ラジオや映画に出演しジーン・クルーパのドラムソロが一般にも人気となりました。50年代になってスイングが衰退した後はジェリー・マリガンなどのクール派をメンバーに加えて活動を続け、ドラマーの後輩の育成にも貢献しました。
Chu Berry: スイング時代の3大テナー・サックス奏者の一人チュー・ベリーはフレッチャー・へソダーソソ楽団に参加してエネルギッシュな演奏でロイ・エルドリッジと双璧をなしたほどでしたが、不慮の事故で若干31歳で亡くなっています。
Ben Webster: 30年代~40年代にはデューク・エリントン楽団をはじめ数多くのミュージシャンと演奏したベン・ウェブスターは豪快なプレイからメローなバラードまでこなすテナーサックス奏者です。
Herschel Evans: 奏法が相対するレスター・ヤングと共にカウントベーシー楽団の初代リードテナーを務めましたが、30歳で亡くなった作曲もする天才黒人テナーマンです。
ハーシェル・ エヴァンスが参加しているBillie Holiday(ビリー・ホリディ)のアルバムは「The Lady Sings」です。
Herschel Evansの写真はRay Bauduc - drummerworld.com

Audio-Visual Trivia内の関連記事
Coleman Hawkins
Johnny Hodges
The Dorsey Brothers (Jimmy Dorsey & Tommy Dorsey)
Teddy Wilson
Roy Eldridge
Sidney Bechet


Roll Bounce - Full Screen
Roll Bounce - LIL BOW WOW
Lil' Bow Wow as Xavier 'X' in Roll Bounce

If You Love SOUL, You Have to ROLL!
「Roll Bounce(ロール・バウンス)」は2005年にMalcolm D. Lee(マルコム・D・リー)が監督した70年代のローラースケート・ディスコをテーマにしたコメディ映画です。
2002年に「Like Mike(ロスト・キッズ)」に出演した人気ティーンズ・ラッパーのLil' Bow Wow(リル・バウ・ワウ)が主役のローラー・スケーター"Xavier 'X'"を演じます。(Xavierとは宣教師のフランシスコ・ザビエルでも知られるバスク地方がオリジンの言葉で"新居を得た"という意味だとか、素晴らしい、小さい、ギャングなどという意味もあるそうです。Xavier Cugat!)

70年代の後期のこと、ローラースケートで踊るディスコダンスの熱狂時代に地元のローラースケート場に君臨していた「Xavier 'X'(ザヴィエル又はザヴィアー・エクス)」君と仲間はそのローラースケート場が閉鎖されてしまいガックリしたものの、大胆にも都会のSweetwater Roller Rink(スィートウォーター・ローラースケート・リンク)に繰り出します。 当然そこにはスーパースターが存在しているわけで、ダサイ田舎流スケートを克服し、彼らに勝って取り巻きの可愛い子ちゃんもゲット!と男を賭けた勝負に挑みます。

videoトレーラーが観られる「Roll Bounce」のオフィシャルサイトはRoll Bounce - Fox Searchlight(注!すぐ音)で右のGET DOWNからMULTI MEDIAをクリックしてビデオやサントラなどを視聴出来ます。
「ロール・バウンス」のトレーラーはRoll Bounce Trailer - VideoDetective
アメリカでは2005年、ヨーロッパでは2006年に公開されましたが日本では未公開です。

Lil' Bow Wow(リル・バウ・ワウ)
2000年にチビッコ・ラッパーとしてデビューしたバウワウの名前はハードコアなラッパーのSnoop Dogg(スヌープ・ドッグ)が犬の鳴き声からLil Bow Wow(リル・バウ・ワウ)と名付けたそうです。 Bow Wow Wow!
リル・バウ・ワウはなんと5歳からラップをやっているそうで6歳にはスヌープ・ドッグの「Chronic Tour」に出演したとか。
Bow Wow Wow - I Want Candy - Rádio UOL

☆詳しくはバウ・ワウのプロフィールが見られるオフィシャルサイトはSonny Music Online Japan : Lil' Bow Wow(日本語)
試聴やビデオもバウ・ワウ オフィシャルサイト - ディスコグラフィ


Roll Bounce DVD
ページトップのリル・バウ・ワウの画像はアメリカのAmaozn.comで販売されている「Roll Bounce」のRegion 1(英語)DVDです。
こちらは2007年発売のバウ・ワウの「ロール・バウンス」DVDです。
Lil Bow wow's Roll Bounceロール・バウンス


Roll Bounce: The Album(2005)
ヒップホップとR&Bファンには必聴!2006年発売のサウンドトラックは音楽がフュージョン界の名ベーシストのStanley Clarke(スタンリー・クラーク)です。 70年代の大ヒット曲であるChickのLe Freak、Johnny Guitar Watson(ジョニー・ワトソン)のSuperman Lover(スーパーマン・ラヴァー)やソウル歌手のBill Wither(ビル・ウィザース)のLovely Dayをはじめ、70年代の懐かしいディスコ・ミュージックやオリジナルのカバー・バージョンが沢山収録されています。 話題のBeyonce(ビヨンセ)がカバーしたWishin' On a Starもあります。
Roll BounceRoll Bounce
試聴はRoll Bounce - Amazon.com
※スタンリー・クラークはファンクミュージックの有名なベース奏者で、70年代にはジャズに傾倒しエレクトリック・ベースの名手として名をはせ、90年代からはサントラの作曲も手掛けています。
Stanley Clarke acoustic bass solo (School Days) - YouTube

Johnny "Guitar" Watson sings Superman Lover
サントラで「スーパーマン・ラバー」を歌っているJohnny "Guitar" Watson(ジョニー・ギター・ワトソン)は70年代のファンキー・ソウルのミュージシャンです。

ChicのLe Freakは1978年にリリ-スされたセカンド・アルバム「Elegant Chic」に収録されていたのだ全米Pop、R & B、Discoの3部門でNo.1を獲得したという超大ヒット曲です。
♪ Le Freakの試聴が長く聴けるCISCO RECORDSSHAKER DIFFUSION France(freakで検索)


The Fast and the Furious: Tokyo Drift
「ロール・バウンス」の後のバウ・ワウは日本では2006年9月16日に公開される"ワイルド・スピード"シリーズの3作目「The Fast and the Furious: Tokyo Drift(ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT)」にその名もマサにTwinkie(ガキ)!の役で出演しています。 日本人キャストとしては今若者に人気のセーラームーンのKeiko Kitagawa(北川景子)や、2003年に「ジョゼと虎と魚たち」や同年に三島由紀夫シリーズの「春の雪」に出演したSatoshi Tsumabuki(妻夫木聡)も出演して東京で撮影されたスピード狂青春映画だそうです。 バウ・ワウはどこ?
video2006年9月16日公開の「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」の予告編はThe Fast and the Furious: Tokyo Drift Trailer - VideoDetective
2006年6月にアメリカで公開後Box Office Top 5に入ったほど人気です。 ちなみに2001年のThe Fast and the Furious(ワイルドスピード)にも出演したVin Diesel(ヴィン・ディーゼル)が主演するもっと過激な2009年のFast & Furious(ワイルドスピード4)は公開時にボックスオフィスでナンバーワンになっています。
☆ワイルドスピードX3のオリジナル・サウンドトラックは「The Fast and the Furious: Tokyo Drift」(キルビルにも出演したの60'sサーフ・サウンドであるTHE 5.6.7.8'sのThe BarracudaやTeriyaki BoyzのTokyo DriftやCho LargeやレゲトンのDon OmarのConteoなど。 Salte!...サイテー!ではありません!)
Don Omar - Conteo - youTube

☆今世界でも人気、トウキョウドリフト! "I see many many diamonds danglin...と歌われるTeriyaki Boyz(テリヤキボーイズ)のTokyo Drift(東京ドリフト)の歌詞はThe Fast and the Furious: Tokyo Drift by TeriyakiBoyz - Lyrics("Japanese verse"の部分に日本語のラップが入ります。
「ヘイ! らっしゃい、おまちどうさま・・・JAPAN ICHIBAN!」
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
(hey!, rasshai, omachido -sama, kenso mamire no kono machi no enso,
Damatta mamade ichdo tsuite oide, Sekai-jyu miryo suru-hodo ni gokana Japan ichiban...)
Tokyo Drift Music Video - YouTube


Listen70年代のダンス・ミュージックについてはHot'n Coolの記事 Seventies Dance Music(聴けます)


最新ニュース!
親しくして頂いているブログ"Casa de NOVA"さんから速報が入り、lanovaさんの勤務先の高校にバウワウが一日校長として来校したとのこと。詳細はlanovaさんのブログに写真もたくさん添えて記述されています。リアルタイムのニュースですから読んで下さい。Dec. 7/Principal Bow Wow

Audio-Visual Trivia内の「ロールバウンス」関連の記事
「ロール・バウンス」のサントラでスーパーマン・ラヴァーを歌っているのはJohnny "Guitar" Watson(ジョニー・ギター・ワトソン)
ビヨンセが出演している映画ピンクパンサー


Big Easy (1987) [VHS] [Import]
The Big Easy
Dennis Quaid and Ellen Barkin in The Big Easy

The Big Easy (1987)
「ビッグ・イージー」はデニス・クウェイドが最高にかっこういい映画です。 1959年のフランス映画「A bout de souffle(勝手にしやがれ)」のリメイクである「Breathless(ブレスレス)」の次にJim McBride(ジム・マクブライド)が監督したエロティック・サスペンスです。 ニューオリンズの官能的な夜とサスペンスが観客を虜にして大ヒットとなったエロティック・ミステリー映画です。 ハリケーン・カトリーナに破壊される前の米国南部のニュー・オーリンズを舞台に麻薬取引の縄張り抗争をめぐって犯罪と捜査が展開しますが連続殺人事件よりも主人公の激情の夜が印象に残る映画です。 日本では未公開でしたが過去にテレビで放映されたことがあるそうです。 その時の邦題は「ブロンド・ターゲット/美人検事VS戦慄の殺人コップ」だったとか。 最もセクシーな俳優とも呼ばれたことのあるDennis Quaid(デニス・クエイド)のお相手はこれまたセクシーなEllen Barkin(エレン・バーキン)ですが、「ビッグ・イージー」でデビューしたエレン・バーキンもセックス・シンボルと呼ばれるようになりました。 セクシーなデニス・クエイドとセクシーなエレン・バーキンの鬩ぎ合いが楽しめる映画です。 というかテーマが警察の不正を暴くとか麻薬戦争に関わる殺人犯の捜査といったよくある警察ストーリーなのでふたりのロマンスがなければさして面白い話でもなく脱ぎっぷりの良いエレン・バーキンが登場しなければロマンスも盛り上がりません。 Oh, please, stop that...

柔軟なおつむと凄腕の捜査能力の持ち主でプレイボーイの誉れも高きニューオーリンズ警察のDet. Remy McSwain(レミー警部)をデニス・クウェイドが演じる一方、お相手となるセクシーな女地方検事のAnne Osborne(アン)をエレン・バーキンが演じています。 ニューオリンズの麻薬組織の黒人側のボスであるDaddy Mention役を偉大なるブルース歌手のSolomon Burke(ソロモン・バーク)が演じた他、レミーの甥っ子のJustin(ジャスティン)役で実生活では腹違いの弟であるBuddy Quaid(バディ・クエイド)がちらりとデビューしています。 他には裁判所の判事役でJim Garrison(ジミー・ギャリソン)が出演していますが、1963年のJohn F. Kennedy(ケネディ大統領)暗殺事件当時はニューオリンズの地方検事だったジム・ギャリソンは暗殺が権力の陰謀だったとして独自の調査を行った大人物でした。
「ビッグ・イージー」では麻薬が関係する殺人事件を捜査中のレミー警部にとんだ邪魔が入るところから始まります。 邪魔者とは「犯人は警官である。」と主張する美貌の特捜部のアンの出現でした。 お軽い腕ききの警部にお堅い石部金吉のような女検事、この2人は昼間は事件の捜査で警察側と検事として反発し合いながらも、夜には男と女として互いに惹かれていきます。 1983年に「The Right Stuff(ライトスタッフ)」で宇宙飛行士のGordon Cooper(ゴードン・クーパー)を演じたデニス・クウェイドですが、「ビッグ・イージー」ではとんでもない女たらしかと思いきや意外に真面目なレミーを演じています。
スリルとサスペンス、いやエロティックな描写で人気を博した「ビッグ・イージー」は1996年にテレビシリーズとしてPeter Ellis(ピーター・エリス)の監督で22話が放映されたそうですが、テレビ版では女検事を演じた女優がエレン・バーキンほどのエロさを出していないのでイマイチと評されたそうです。 とはいえ、ニューオリンズを襲ったハリケーン・カトリーナで行方不明が案じられたFats Domino(ファッツ・ドミノ)が観られたそうです。
※ファッツ・ドミノの行方不明については2005年のHot'n Coolの記事「ハリケーン・カトリーナでファッツ・ドミノが行方不明 Fats Domino 'rescued but missing'

「ビッグ・イージー」のあらすじ
Cajun Country(ルイジアナ州)の気楽なやり方に上手く馴染んでいたやり手警部のレミーは殺人事件を捜査中にお堅い地方検事補のアンに出会ったところからパチッ、パチッと火花が散ります。 以下のあらすじは驚くべき結末にふれているのでこれからビデオをご覧になる方は読まない方が楽しめます。
Zydeco Gris Gris
映画「ビッグ・イージー」のオープニングはMichael Doucet(マイケル・デューセ)が作曲した賑やかな"Zydeco Gris Gris"で始まります。 ちなみに"Gris Gris"とはヴードゥー教の一つでニューオーリンズ独特のHoodoo(宗教)らしいですが元々はアフリカの魔除けのことだとか。 そして"Zydeco"(ザディコ又はザイダコゥ)とはルイジアナの南西部湿地帯で白人のケイジャン(ケジャン又はケージャン)を元にしたフランス系黒人のクレオールが演奏するダンス音楽(フォーク・ミュージック)なんだそうです。 ケイジャン音楽で演奏されるボタン式のアコーディオンやWashboard(ウォッシュボード)と呼ばれる木製の洗濯板が金属製の楽器に変化したRub board(擦り板)がパーカッションとして使用されるそうです。
BeauSoleil - "Zydeco Gris Gris" - YouTube

「ビッグ・イージー」のオープニングではザディコ音楽をBGMにカメラが空からのルイジアナ俯瞰図、河をぬって失踪するボートや、海外からの輸送船と埠頭と倉庫の遠景などを過ぎ、最後にニューオリンズにあるVincent "The Cannon"' Di Moti(キャノン)の会社、イタリア風建物裏の殺人現場に到着、噴水プールに顔を突っ込み死亡している男。 日付は10月24日。 すでにニューオリンズ警察の連中が揃っている中、オープンカーから降り立ったのはピシっと決めたスーツ姿の伊達男のレミー警部です。(結婚経験あり。) 殉職した父親を筆頭に叔父や従兄弟も警察官だったというニューオリンズ警察勤務15年のレミーはこの事件の担当でした。 貫禄のあるNed Beatty(ネッド・ビーティ)が演じるベテランのJack Kellom(ジャック警視)はプラチナ・ブロンドの髪が素晴らしいレミーの母親に気があるせいかレミーを父親のように可愛がってくれています。 レミーの部署にはさきに述べたレミーの上司のジャック警視、肥満のアンドレ警部、カツラのエド刑事、女性のマックケーブです。 レミーはジャックの質問に被害者は亡きレミーの父も検挙することが出来なかったという白人のThe Cannon(キャノン)が経営するメキシコ系密輸組織を運営するMafia(マフィア)のために働いていたアンジェロだと教えた。 よそ者のアンはをマフィア呼ばわりしたがレミーによれば最近のニューオリンズではWise Guysと呼ぶのだそうだ。 ジャック警視、肥満のアンドレ警部、カツラのエド刑事に加えてLisa Jane Persky(リサ・ジェーン・パースキー)が演じる赤毛のMcCabe(マックケーブ)も現場にいた。 女性といえども殺人課の優秀な警部であるマックケーブもレミーの部署の仲間だ。
署の殺人捜査課ではジャック警視が署の桟橋で油を売っていたとしてJohn Goodman(ジョン・グッドマン)が演じる肥満体型のAndre DeSoto(アンドレ警部)とEbbe Roe Smith(エブ・ロー・スミス)が演じるカツラのEd Dodge(エド)刑事の二人(警察学校の同期生)をドヤしている。 一方ガラス張りのレミーの執務室でこの事件の担当となったという女性検事のアンが待っていた。 アンの本当の目的は警察内の汚職調査であり、それをカモフラージュするために今回の殺人事件の共同に調査をするといって乗りこんできたもの。 この女検事は白の開襟シャツにテーラーカラーのスーツ。 見るからに精錬潔癖といった風貌。 アンが入手したい情報は飯を食いながら話すとレミー。 ジャック警視から愛想良くしろと仰せつかったレミー警部は「これは俺におまかせ!」とばかりに渋るアンを地元のザディコ・クラブに連れて行き、並ぶ客に「警察だ!」と職権乱用でブーイングされながらもさっさと店内に入る。 アンにダンスを無理強いしたりとモーションをかける。 このクラブで演奏していたブルース・バンドではベストを着たようなラブ・ボードがもの珍しい。 酒場の店主が出てきてレミーにCajun Coush-coush(クッシュ・クッシュ)とDobash cake(ドバッシュ・ケーキ)に言及します。 ニューオーリンズのケイジャン料理といえばGumbo(ガンボ)やJambalaya(ジャンバラヤ)が有名ですが、このクシュクシュとは朝食料理の代表であるトウモロコシの粉と油とミルクで作ったおかゆのような料理で、ドバッシュ・ケーキとはチョコ・プディングを入れたチョコレート・シフォンケーキのようです。

翌日、「昨夜のことはなかったことにしましょう。」とアンから電話が入った。 この時アンが会話しながらLegal Padにいたずら書き(doodlin)をしていた時や法廷での原告席でも使用していたのですが、これはイエロー・パッドとも呼ばれる罫線入りの黄色い法律用箋です。 黄色の紙は創作意欲を掻き立てるとして法律家はもとよりF. Scott Fitzgerald(F・スコット・フィッツジェラルド)などの文化人にも愛用されてきたそうです。
さて、日を改めてて再挑戦せんと、pepperone(パプリカ)やanchovies(アンチョビ)入りのピザを見せて「君が知りたい報告書はこの下にあるから先ずピザをたいらげて。」とにアンの部屋に押し込ったレミーは、「ここはルイジアナ、ニューオリンズ、気楽にやろうよ。」とばかりに強引にアンに迫る。 最初は恥ずかしがっていたアンもいい加減その気になって燃えてきた。 サービスとして狙った効果なんだろうがこのシーンで見せたアンの白い生パンがやけにエロい。 お定まりの野暮な電話でレミーは署に戻ることに。 それをトロけるような眼差しで早く戻ってねと未練がましく見送るアン。
レミーが呼ばれたのはフレンチクォーターに近いStoryville(ストーリーヴィル)の団地で起きた3人惨殺事件はヘロイン(麻薬)をめぐるギャングの抗争なのか。 白人グループのThe Cannon対黒人グループのDaddy Mention。 被害者の一人はDaddy Mentionの手下らしいが、一人が持っていた免許証から冒頭の噴水でのアンジェロ殺人事件の犯人と断定。 肥満のアンドレ警部も既に現場にいたが喧騒をよそになんとソファで居眠りしている。 散弾銃を打ちまくったらしい血だらけの生々しいこの現場になんと、アンが突然現れた。 ジャック警視の話では検察官側が今回の発砲事件に警官が絡んでいると聞いて関心を持ったのだとか。 もし犯行者が警官なら殺人犯が今現在ここに居るはず。 カツラのエド刑事が戸棚からラベルを剥がした後のある麻薬(メキシコ製ヘロイン)入りビニール袋を見つけ出してきた。 慣れないアンは被害者の顔がぶっ飛んだり脳みそが飛び散ったり肉片が落っこちているような残虐な殺人が行われた現場にヘドを催すありさまだったので近くのレミーのアパートに直行。 その夜は待ってましたの昨日の続き。

その後、レミーは情報提供者でフレンチクォーターのバーの経営者である小太りの男に会いにいったが50ドル札8枚入りの封筒を懐に押し込まれるという罠にかかった。 札ビラは店内にまいたが証拠の封筒は噛みつぶしてレミーの口の中。 条例違反見逃しの賄賂を受け取った汚職警官として内務調査官に連行され拘留されるハメに。 これで約束したアンとの豪華ディナーはおジャン。 最高にドレスアップして延々と待たされたアンの胸中やいかに。 そして検察側ではこれは罠だがレミーにはひと汗かかせようとその任務をアンに託した。 よってレミーを裁く連邦地方刑事裁判所の法廷には検事のアンの姿が。(さぞかし怒ってるだろう)
場面代わって、レミーは偽の口髭と帽子とサングラスでボラットみたいに変装してToulouse(トゥールーズ)街の工具店に行き、カウンターでアルニコ磁石を買い求めるとルイジアナ銀行に向かう。 通りに誰もいないのを確認すると重い磁石を両手で回転投げして銀行のウィンドウを割ると警報機がすぐに鳴り響いた。 レミーがわざとでっかい磁石を投げ込んだ理由は後に判明。 その足でアパートに帰ると警察官一家に生まれながらも警官にならずに消防士になったレミーの弟のボビーがいた。 キッチンでMuffuletta(マッファラタ)を作っていたボビーは突然変てこな口ひげ男が現れたので驚いて思わずキッチンナイフを振りかざした。 そのシーンでボビーが警察官だった父親の賄賂について子供の時から知っていたのだとレミーに話した。
※ボビーが作っていたマッファラタとは漫画のDagwood(ダグウッド)が大好きだった特大サンドイッチに類似した食べ物でルイジアナではPo' Boy Sandwiches(Poor Boy Sandwiches)と並んで有名だそうです。
場面代わって、レミーの家族が傍聴席に検察官のアンが検事席に座る予審からアンの申し出の裁判延期には至らず翌日まで休廷した。
次の殺人現場は祭り(マルデグラ)の倉庫だった。 そこに又もやアンがやって来る。 キャノンの用心棒である散弾銃使いのCarmine Tandino(カルミネ)がマルディグラの山車や飾りものの倉庫ごと吹っ飛ばされた。 パックリと胸に穴が開き心臓がみごと切り取られたカルミネ本人もカルミネの障害を持つ兄もろとも爆発で黒焦げ。 ブードゥーの呪いか。 いやブードゥーの司祭(術師)でもある黒人麻薬王のDaddy Mensionの仕業か。 ブラックマジック、グリグリ!

レミー一家が見守るなか、法廷ではレミー側の弁護士であるLamar(ラマル)のおかげか、偶然に警察の証拠物件保管倉庫の棚でレミーが写っているビデオテープの隣にレミーが投げた磁石が置かれてレミーが8枚の50ドル札入りの封筒を受け取った映像が記録されているテープが使い物にならなかったからか、レミー側の勝訴。 当初アンが提示した5万ドルの保釈金は500ドルに変更され最終審判ではゼロ、懲役実刑も執行猶予もなし。
レミーに殺人事件の連絡が入った時のシーンでベッドで寝ていたレミーが抱いていたのがアリゲーターの縫いぐるみ。 ピーッ! この後の署内でのシーンで署員との話し合いの最中にレミーが手で弄んでいたのもアリゲーターのオモチャ。 バスルームにもアリゲーターのアクセサリーが見られた。 そう、ここはルイジアナのニューオリンズ、スワンプやバイユーといえばワニが名物。 ナマズやザリガニに負けずワニの料理も人気だとか。

場面代わって法廷で負けた悔しさや怒りを静めるためにジョギングするアン、このシーンのBGMはThe Dixie Cups(ディキシー・カップス)が歌う"Iko, Iko(アイコアイコ)"
Iko, Iko - The Dixie Cups - YouTube
走っているだけのアンがなぜかパトカーに乗せられて連行された。 横断歩道を無視したからという理由でアンをパトカーに乗せた警官はレミーの叔父だった。 つれて行かれたその先はというとレミーの実家の庭。 ベランダでレミーがギター片手に"You Used to Call Me"を歌い、ラファイエット叔父がSqueezebox(アコーディオン)でソロをとるレミー家のケジャン・パーテイではニューオリンズ警察と消防署を称えるスピーチはジャック警視。 デブのアンドレ警部もカツラのエド刑事も参加している。 "Used to call me in the morning, used to call me late at night, now you don't call me anymore, used to call me Daddy, oh Daddy, oh Daddy, now you don't call me anymore..." と歌われた"You Used to Call Me"はサントラには収録されていないようです。
レミーのママがバケツいっぱいのCrawfish(ザリガニ)を運んでくる。 ケジャンの人々はザリガニの脳みそも啜るのだそうだ。 ベランダから降りてきたレミーはこんなジョギングスタイルだから嫌だと躊躇うアンを家族や友人の応援で無理やりダンスに誘う。 その時気になったのがアンがタクシーを呼んでレミーの家から帰るために渡った工業用運河の橋の水門の辺りに二人の溺死体があったこと。

さて、レミーのママにぞっこんのジャック警視はとうとう年が明けたら退職することに決めました。 そうすれば警察官嫌いのママは結婚を承諾してくれるのです。 レミーも感慨一入。
このあと署内で二日酔いの署員たちが酔いを醒ますべく自家製スペシャル・ドリンクを作って飲んでいましたが、そのレシピは胸焼け解消用の発砲錠剤、トマトジュース、ウスターソース、そして生卵です。 おえっ!
場面代わって、署内ではレミーと3人の仲間たちが昨晩発見された急性鉛中毒らしき二人の潜水夫の水死体について報告している。 どうやらベラクルスを拠点とする古い密輸人のようでメキシコ流なのが監視用の盗聴器が仕掛けられている。 この男たちは殺される3日前にベラクルスへ行ったというキャノンの手下のアンジェロ殺害に関係しているらしい。
一体全体、一連の殺人事件の首謀者らしき麻薬王のDaddy Mentionは麻薬をどこに隠しているんだろう。 これまで誰もDaddy Mentionを訊ねていないのが不思議。 検事のアンとレミーの弁護士のラマルが揃ってBasin Street(ベイジン・ストリート)にあるDaddy Mentionの"Maison des Dieux(神の家)"を訪ねる。 このシーンではニューオリンズのブルースマンだったProfessor Longhairで有名な"Goin' to Mardi Gras"の演奏が聞こえるらしい。(Henry 'Professor Longhair' Byrdは映画の中で"TIPITINA"を歌っているそうだがどちらの曲も覚えていない。) その建物は古い木造家屋で1階がGris-Grisショップになっている。 店内はモジョ、医薬品、ヴードゥー(Hoodoo)儀式用具、羽、小像、蝋燭、そしてお守りの一種のJohn the Conqueror roots(ドクター・ジョンのハイ・ジョン/ジョン・ザ・コンカラーの根のことでJohn the Conquerorとはアメリカ大陸に奴隷として売られてしまったアフリカの王子だとか。)など雑多な品々が所狭しと並んでいる。
赤いスーツを来た小太りの穏やかそうな中年の黒人がソロモン・バークが演じる麻薬組織のボスのDaddy Mention。 縮れた白髪まじりの毛が電気椅子にでもかかったように逆立っている。 店にはMulatto(白人と黒人の混血)の女がいて挨拶をしたがDaddy Mentionには21人の子供と14人の孫がいるそうだ。
アンとラマルがDaddy Mention配下のイタリア人のアンジェロとカルミネ以下数人を殺害した犯人を捜していると伝えるとDaddy Mentionは「警察は麻薬戦争だと推測しているが諸君はどう思うかね。」と聞いてきたところにレミーもやって来た。 Daddy Mentionが席を外した直後、散弾銃をぶっ放す音が続けざまに聞こえた。 4発。 短銃片手のレミーとアンは裏庭に駆け下りた。 小さなブードゥー教の祭祀所の入り口でDaddy Mentionは死んでいた。  3メートルもあり高い塀の向こうで車のタイヤが軋む音が聞こえた。 塀を飛び越えて銃を撃ったレミーも茶色のフォードで轢き殺されそうになるが塀に手をかけて辛うじて逃れた。 アンはというとハイヒールを脱ぎ捨てて近くの大木によじ登って鳥の巣箱をもぎ取ると車目掛けて投げつけてレミーを応援。 しかしレミーはいい加減に本当のことを言え!とアンに攻め寄る。 アンが言うにはアンジェロを殺害したのは覆面パトカーに乗った二人の私服警官だという証言を得ている。 なぜそれを警察に言わなかったのだ?と攻めるレミーにアンが答えた。 「警察が容疑の対象だから。」  「うむ、麻薬戦争なんてなかったのか。」とレミーは自分が警察ファミリーであることを呪った。 この後レミーとアンは二人揃って裁判所に行き、特別な捜査令状の異例な措置の許可を得た。
どんな捜査方法かというとレミー一家の4人の叔父たち警官に助っ人を頼み、署の出入りする人物を克明にチェック。 レミーが警官隊に要求したのは違反切符手帳、無線記録、走行記録などを提出すること。 Guerra刑事とDuvivier刑事は不満を顕わにしたがジャック警視のお言葉で全員強力。 デブのアンドレア警部とカツラのエド刑事が署を出ようとした時レミーの叔父が全員の身体検査をするよう指令が出ていると伝える。 アンドレア警部は足に短銃とナイフを付けていた。 小型デリンジャー、警棒、飛び出しナイフ.。。。 マックケイブや他の刑事たちもレミーの部屋の前でチェックの順番を待っていた。 レミーをひき殺そうとした車も裏通りの廃車置き場で見つかった。 トランクにレミーが発射した銃痕がある車を押収し指紋照合に回す。
ひと仕事終えた二人はレミーのアパートに直行。 ここで二人が仕事をしながら食べたのがニューオリンズ名物のPo' Boy(ポーボーイ・サンドイッチ)。 ピストルや車やパトロール、逮捕に関する記録日誌、それぞれ違った部署の記録なのに改ざんされているのだ。 いくら書類を調べてみたところで既に証拠隠滅を図られているので何も出てこないことが判明。 こんなことはジャック警視かレミーにしかできないはず。
夜中に帰ろうとするアンをレミーは「何にもしないから。」と押し留めた。 二人がそれぞれベッドに入った後、鍵が開けられ誰かが入ってきた。 動くな!とレミーが銃を突きつけると、それは心臓麻痺を起こしそうに驚いた弟のボビーだった。 アンがベッドで兄貴がソファなら俺はどこに寝ればいいのだと言うボビーにレミーはソファからクッションを一つ取るとカーペットに投げた。 3人が目覚めた朝には雨が降っていたがレミーはいいことを期待してか、ボビーにレミーのコートを貸して金も渡し「タクシーでできるだけ遠くに行って朝食をとり映画でも観てこい。」と無理やり雨の降りしきる外に追い出した。 これがあのような悲劇を生むとはさすがのレミー様もその時には考えも付かなかった。 ボビーを追い出したレミーは床にアンが脱ぎ捨てたレミーの制服のシャツを見つけてニンマリ。 だがそうは問屋が卸さなかった。 なんてこった、すでにアンはお仕事モードに切り替わっていたのだ。 カメラは建物の上から土砂降りの中をアパートから出てきたボビーを捕らえる。 望遠レンズの焦点はボビーの背中。 ライフルの銃弾が命中し転げまわったボビーは溝に落ちた。 レミーのコートを着たボビーはレミーと間違えられて何者かに撃たたことは明白だった。 ボビーが運ばれた病院の裏庭にはスパニッシュ・モスが垂れ下がったうっそうとした古い樫の大木が乱立していたがこれはニューオリンズ特有の風景だ。 ここで取り交わされたレミーとジャック警視との致命的な会話。 「二度と俺のママに近づくな!」 もし、ここで「ボビーは大丈夫!」と叫んだママの出現がなかったなら相撃ちになっていたかもしれない。

ジャック警視が一連の殺人を告白したところで全ての謎が解けたわけではない。 大量の麻薬はどこ? 共犯者はいるのか? アンとレミーは考え付かなかったので思い余ってエド刑事に電話してみると、「ジャック警視が! 信じられん。 それで仲間が誰かも話したのか?」 レミーはエドに言った、「いや、それについては一言もしゃべってはいないがジャック警視を逮捕だ!」

闇夜に「警察の管轄区域につき許可なき者の出入りを禁ず。」と書かれたゲイトのバリケードを破って署の桟橋に侵入する人影あり。 現れたのがレミーから情報を得たエド刑事とデブの警官コンビ。 二人は最初のアンジロ殺害事件の夜に麻薬を隠したボートを押収した張本人だった。 そのボートはこの埠頭につないである。 一方、ジャック警視が麻薬のビニール袋を両手いっぱいに抱えてクルーザー「La Mordida」のキャビンから顔を出したとたん、「逮捕する!」とエド刑事の声。 それと同時にショットガンが炸裂してジャック警視がキャビンの階段からもんどりうって落ちた拍子に袋が破けて当たりにヘロインの白い粉が飛び散った。 仲間割れというよりも裏切り者としてジャック警視は撃たれた。 それを見つけたのはようやく埠頭に到着したアンとレミー。 「俺たちの完全犯罪をふいにしたのはお前だ!」とばかりに散弾銃を構えたエドとアンドレアの悪徳警部たちとレミーとの戦闘開始。 海中に逃れたアンとレミー、取り上げられた拳銃の代わりにボートにあった照明弾ピストルを手にしたレミーは高温の炎をアンドレア警部目掛けて打ち込んだから2000℃のマグネシウム弾が腹で炸裂。(これが散弾銃を改造したVery pistol(ベリー信号銃)かどうかは不明。) グロテスクにも死亡したアンドレア警部の腹の中は灼熱の照明弾が赤く輝いている。 残るは薬包もたっぷりの散弾銃を構えたエドのみ。 遂にレミーの照明弾銃がエドの脇腹から肺に打ち込まれた。 このエドとレミーの銃撃戦はクルーザーの内部を燃え上がらせる結果となり、30キロもの麻薬を隠してあったボート"La Mordida"は炎上し大爆発、船の残骸が60メートルも吹っ飛ぶ中、レミーとアンの二人はアクション映画で良く見るダイビング・シーンで九死に一生を得た。
悪魔に魂を売り渡してまでも望んだジャック警視の退職後の黄金の夢も今は虚しく、愛するレミーのママとの結婚は吹き飛んだが、まだ息のあったジャック警視の1発が背後から危うく撃たれそうになったアンを助けたので天国に行けるかも。

法を守るべき警官なのに赤信号無視に始まり、まるであざ笑うかのように法を捻じ曲げ、賄賂を受け取り、法廷で偽証し、さらに証拠の改ざんまでするような人間には我慢できない!と言い切ったアンはついに戦友レミーの魅力に陥落す。
ラストシーンは(新婚初夜じゃない)、スリットから伸びた右足のガーターベルトがセクシーな純白ウエディングドレス姿のアンをお姫様抱っこしたレミーが喜びのダンス。 このラストシーンでのBGMは冒頭とおなじく"Zydeco Gris Gris"
※もしもご覧になったビデオのエンディングシーンがレミーとアンの川流れならば、1998年に亡くなったルイジアナ出身のザディコのキングと云われたRockin Sidney(ロッキン・シドニー)がスクィーズボックスを演奏しながら歌う"Alligator Waltz"かも。 もしそうであってもサントラには収録されていません。

Dennis Quaid
「ビッグ・イージー」でザデコを歌ったデニス・クウェイドはこの後1989年に同じく日本未公開の映画「グレート・ボールズ・オブ・ファイヤー」でロックンロールを熱唱します。 デニス・クウェイドの出演作品では1998年の「The Parent Trap( ファミリー・ゲーム)」は日本で劇場公開されましたが、2004年の「イン・グッド・カンパニー」や2006年の「アメリカン・ドリームズ」などかなりの数が日本未公開作品ですし、2008年の「バンテージ・ポイント以降は主演作品がないようです。

デニス・クウェイドが提案したという映画のタイトルの「Big Easy」というのはニュー・オーリンズの別名だそうです。(ちなみにニューヨークはビッグ・アップル)
Ellen Barkin plays grab-ass with Dennis Quaid - YouTube
☆「ビッグ・イージー」の写真が見られるEllen Barkin Photos - Yahoo! Movies

John Goodman
レミーの同僚のアンドレ警部をジョン・グッドマンが演じています。 ぐっと太めな体系でユニークなジョン・グッドマンは2001年の「One Night at McCool's(ジュエルに気をつけろ!)」では刑事役ですが、2004年の「Beyond the sea(ビヨンド the シー ~夢見るように歌えば~)」ではマネージャー役でした。

video「ビッグ・イージー」のトレーラーはThe Big Easy Trailer - VideoDetective
The Big Easy Review - YouTube
The Big Easy Opening & Closing Themes - YouTube
Zydeco Gris Gris by Beausoleil (Zydeco) & Buck's Nouvelle Jole Blon by Buckwheat Zydeco (Cajun)

Mardi Gras Beads
ところでニューオーリンズの名物で"マルディグラのおっぱい祭り"をご存知ですか?
フランスやスペイン領だった異国風な町並みのニューオリンズはジャズやケイジャン料理などの黒人文化で有名ですが、特筆すべきはマルディ・グラというカーニバルでしょう。 なんたって「悪いことはみんなやっちゃう!」という大騒ぎするこのお祭りでは、女性たちが「ビーズ輪を頂戴!」とおっぱいを見せちゃうのです。 大抵はシャツなどの裾をまくってホンのチラリ(一瞬)ですがデカイのあり、可愛いのありと見放題ですぞ。 最近はニセぱいもあり!投げられたビーズで負傷する例もあり!(私はこの映像を一体どこで観たのか、アメリカのTV番組のThe FOX News Channelだったかも)
Hot Drunk Girls Flashing At Mardi Gras - Boobies & Hooters! - YouTube
Mardi Gras - YouTube
Mardi Gras 1941 - YouTube


The Big Easy DVD
ページトップの画像は輸入版VHSで、他に日本で入手できるのは字幕版VHSで1988年リリースのビッグ・イージーですが、2009年12月にウエストブリッジが3,192円で販売する字幕版DVDがリリースされたそうです。

 

The Big Easy Soundtrack
Brad Fiedel(ブラッド・フィーデル)音楽の「ビッグイージー」サウンドトラックにはThe Dixie Cups(ディクシー・カップス)のIko Ikoをはじめ、米国南部のルイジアナ地方特有の音楽であるZydeco(ザディコ)やCajun(ケイジャン又はケジャン)などが収録されています。 12曲収録したサントラのオリジナルは1987年にリリースされましたがこちらは1991年盤です。
The Big Easy SoundtrackThe Big Easy: Original Motion Picture Soundtrack
サントラの試聴はBig Easy Soundtrack - Amazon.com
ザディコのBuckwheat Zydecoや、The Swan SilvertonesのSaviour, Pass Me Not、映画のパーティー・シーンに出演したケイジャン(ルイジアナ・フォーク)のフィドラーであるDewey Balfa(デューイ・バルファ)の"Pine Grove Blues2などですが、"Dennis Quaid and The Sharks"という自分のバンドを持つほど音楽好きな主演のデニス・クウェイドが自作自演で歌う"Closer To You"は試聴の9番です。
Dennis Quaid - "You Used to Call Me" - YouTube

サウンドトラックに収録されているIko Iko(アイコ・アイコ)は、ルイジアナの土着インディアンの歌をニューオーリンズ出身の3人娘「ディクシー・カップス」がポップ調に歌ってヒットしました。 「ディクシー・カップス」は64年に「Chapel Of Love」が全米1位の大ヒットを記録しています。 2005年5月から放映されていたホンダのステップ・ワゴンの「HOP! STEP INTERIOR」篇や「HOP! STEP FLOOR」篇でこの「アイコ・アイコ」が使用されていますが、トム・クルーズ出演の映画「M:I-2(ミッション:インポッシブル2)」では"Zap Mama(ザップママ)"のバージョンが聞かれるそうです。
ディクシー・カップスのChapel Of Loveが聴ける!
The Dixie Cups - GoingTo The Chapel Of Love - YouTube
※ルイジアナ音楽については映画のスケルトン・キーアルバート・バーバンクを参照

Ellen Barkin
脱がなくてもセクシー、艶技がすごい! だから脱いだらもっとすごい!ちょっと目にはぜんぜんセクシーには見えないエレン・バーキンですが映画では強烈な役柄を演じますが、スクリーンを離れたエレン・バーキンが見せるくったくのない笑顔は天下一品!
「ビッグ・イージー」の冒頭シーンではこの後のセクシーさと対比させるべく、全くセクシーとは縁遠い普通の女性、というよりも普通の隣のおばさん。 設定では20代の後期とされているのにもっとおばさんっぽい。 実際、エレン・バーキンは看板女優なのに殆ど手を加えていない顔が新鮮。 シワが見え見え、口角がルーズに下がり、およそ気取ったおちょぼ口とは縁遠い。 目もアイメークなどしていないように下がり気味。 肝心な胸も強調していない。 しかしデニス・クウェイドの足も長いがエレンの脚は抜群に長い。 そして脱ぎっぷりがすこぶる良い。 デニス・クウェイドもお尻を2度ほど見せてサービスしているが、エレン・バーキンは生パンの股の部分が丸見えだったのはかなり衝撃度が高い。 私が観た映画で過去にこれよりもっとすごかったのはJack Nicholson(ジャック・ニコルソン)とJessica Lange(ジェシカ・ラング)が出演した1981年の「The Postman Always Rings Twice(郵便配達は二度ベルを鳴らす)」でした。 おまけに「ビッグ・イージー」では大サービスでにエレン・バーキンは冷蔵庫を覗き込むレミーの後ろから玉掴みという離れ業まで見せた。 ところがこれが大間違いで、飛び上がったのはなんとTom O'Brien(トム・オブライエン)が演じるレミーにそっくりな弟のボビーだった。 堅物女検事がセクシーな警部に落とされ、ウキウキした気分を表そうとした受け狙いのシーンかもしれないがこれは品がない。
YouTubeのアカウントを持っていると上述の生パンと玉掴みがチラリと観られるEllen Barkin nude scene - YouTube

エレン・バーキンはMickey Rourke(ミッキー・ローク)とKevin Bacon(ケヴィン・ベーコン)が出演した1982年の青春ドラマ「Diner(ダイナー)」でメジャーデビューした後、1984年には無国籍映画風カルト映画となった「The Adventures of Buckaroo Banzai Across the 8th Dimension(バカルー・バンザイの8次元ギャラクシー)」で主人公の博士の妻の双子のかたわれでセクシーなPenny Priddy役を演じた後の「ビッグ・イージー」出演でした。 これ以降セクシー路線を突っ走ります。
若いエレン・バーキンの写真が見られるEllen Barkin Photos - JSR

Siesta VHS
Siesta with Ellen Barkin and Gabriel Byrneそして「ビッグ・イージー」の後に、Jodie Foster(ジョディ・フォスター)やIsabella Rossellini(イザベラ・ロッセリーニ)が出演した1987年のちょっとサスペンス映画「Siesta(シエスタ)」で脱いだらすごいことを証明しました。 ゥワ~ォ! 元彼を演じたアイルランド出身のGabriel Byrne(ガブリエル・バーン)が余りにもセクシーなのでエレン・バーキンは結婚してしまいました。 ガブリエル・バーンは1998年のThe Man in the Iron Mask(仮面の男)で三銃士のダルタニャンを演じています。
噂では「シエスタ」のヒロイン役でオファーを受けたのですが、ヌードやセックスシーンが余りに多いのでさすがのMadonna(マドンナ)も断ったというのも頷けるほどエレン・バーキンの下半身にボカシが入ります。(何も見えない、が、どっちを染めてんだろう)
☆Marcus Miller(マーカス・ミラー)と共にジャズ・トランペッターのMiles Davis(マイルス・デイヴィス)が音楽を担当している「シエスタ」のサントラは「Siesta Soundtrack(1987 Film)」です。
Ascenseur pour L'echafaud(死刑台のエレベーター)のマイルスとは違ってこちらは余り印象的ではありません。

シー・オブ・ラブ:スペシャル・エディション DVD
Sea of Love with Ellen Barkin and Al Pacinoハンパじゃない!エレン・バーキンが超セクシーな1989年の「Sea of Love(シー・オブ・ラブ)」ではセクシーなAl Pacino(アル・パチーノ)と共演しました。 全裸の激しいラブシーンではアル・パチーノが「殺してくれ!」と呻いたと話題を呼んだエレン・バーキンです。
Ellen Barkin and Al Pacino in "Sea of Love"

そんなエレン・バーキンの最近の話題作はレズビアンの種馬となる男の悲劇を描いたコメディで、1997年のDobermann(ドーベルマン)のMonica Bellucci(モニカ・ベルッチ)も出演するSpike Lee(スパイク・リー)監督の2004年のShe Hate Me(セレブの種)です。 種馬男が解雇されたバイオテク会社のボスでレズたちと同様に、しかし別な目的で彼に付き纏います。
熟女となって益々セクシーと評判のエレン・バーキンですが、2007年にはなんと、2004年の「Ocean's Twelve(オーシャンズ12)」の続編「Ocean's Thirteen(オーシャンズ13)」で13番目となる新メンバーに決定し、Matt Damon(マット・デイモン)演じるLinus Calwell(ライナス)に絡む女を演じる予定ですが、George Clooney(ジョージ・クルーニー)もトリコ(虜)まれるかも。 いや、噂は映画の前宣伝でしょうね。


1989年には「ビッグ・イージー」にマックケーブ警部役で出演したリサ・ジェーン・パースキーも出演し、Dennis Quaid(デニス・クウェイド)が主演して歌うロック歌手の伝記映画「Great Balls of Fire(グレート・ボールズ・オブ・ファイヤー)」は「ビッグイージー」コンビでJim McBride(ジム・マクブライド)の監督です。 2006年、デニス・クウェイドは Spade Cooley伝記のShame on Youも製作中だそうです。

Audio-Visual Trivia内のデニス・クウェイドの出演映画
1989年のグレート・ボールズ・オブ・ファイヤー
2004年のイン・グッド・カンパニー
2006年のアメリカン・ドリームズ
Shame on You


Audio-Visual Trivia内の参考記事
ミッキー・ロークが出演したシン・シティ
ケヴィン・ベーコンはThe Woodsman
ジョディ・フォスターはハートに火をつけて
イザベラ・ロッセリーニはブルー・ベルベット
ジョン・グッドマンはジュエルに気をつけろ!
アル・パチーノはベニスの商人
マット・デイモンはリプリー
ブラッド・フィーデルが音楽を担当した1993年のブルース・ウィリスとサラ・ジェシカ・パーカー主演のスリー・リバーズ


Sax O' Bebop
Sax O' Bebop - Sonny Stitt
Jeep Blues - iLike.com
The Tenor Sax Bebopper: Sonny Stitt (1924 - 1982)

One Of The Great Saxophone Players In The Post Bebop Era
ビバップ後期のサックスの巨人の一人であるソニー・スティットは1940年代にアルトサックス奏者としてTiny Bradshaw(タイニー・ブラッドショウ)楽団に参加したのを始め、1945年にはGene Ammons(ジーン・アモンズ)やDexter Gordon(デクスター・ゴードン)とBilly Eckstine(ビリー・エクスタイン)のビッグバンドで演奏、40年代後半からDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)楽団に参加しています。 1949年にPrestigeレコードでBud Powell(バド・パウエル)とJ.J. Johnson(JJジョンソン)と吹き込み、60年代にはMiles Davis(マイルス・デイヴィス)とも演奏し、70年初期にはディジー・ガレスピー、Bud Powell(バド・パウエル)、J.J. Johnson(JJ ジョンソン)、Thelonious Monk(セロニアス・モンク)等とThe Giants of Jazzのメンバーとして71年から世界ツアーに参加しています。

Sonny Stitt: The Bop Saxman, Not Parker Wannabe But The Lone Wolf
ソニー・スティットは元祖ビバップのアルトサックス奏者であるCharlie Parker(チャーリー・パーカー)に師事、パーカーの忠実な弟子のソニー・スティットは初期の奏法がパーカーにクリソツ(Parkerian)ということで「Another Bird(もう一人のチャーリー・パーカー)」と呼ばれましたが、ソニー・スティットはそれを嫌って1949年にアルトからテナーに替えたほどです。 初期のチャーリー・パーカーとレスター・ヤングを技巧的に組み合わせたような演奏から徐々に独自の叙情的奏法を築き上げ、Sonny Rollins(ソニー・ロリンズ)の先達ともいえるでしょう。 アップテンポのビバップのフレーズから一転してゾクゾクするような魅惑的なバラードを演奏するのです。 そのソニー・スティットの素晴らしいブルースやバラードはJohn Coltrane(ジョン・コルトレーン)にも影響を与えているそうです。 ソニー・スティットは60年代にはエレキギターやオルガンを取り入れたコンボでファンキージャズを演奏したこともあります。
ソニー・スティットの他でチャーリー・パーカーの弟子で有名なのがクールジャズの誕生に関わった重要人物のマイルス・デイヴィスです。 マイルス・デイヴィスはソニー・スティットに叩き込まれたビバップから新しいスタイルを生み出しました。

Listenソニー・スティットの1966年のアルバム「Stitt Plays Bird」から「My Little Suede Shoes」が聴けるるwfmuラジオのプレイリスト Give the drummer Some(上のHear the show in RealAudioをクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を56:57に移動)
アルバムConstellationからTopsyが聴けるwfmuラジオのプレイリスト June 8, 2005: You can do a lot of things at the seaside(Topsyで検索してListenをクリック)

Sonny Stitt & Sal Salvador - Blues - Newport Jazz Festival 1958 - YouTube
Sonny Stitt JJ Johnson H. McGhee - Now's the Time - YouTube
BeBop Reunion - Sonny Stitt, Diz, Kai, Monk - YouTube


上記のミュージシャンについて
Tiny Bradshaw: タイニー・ブラッドショウはソニー・スティットが初期にメンバーとなったバンド「Myron "Tiny" Bradshaw(タイニー・ブラッドショウ)」のリーダーで、1930年代初期の編曲者で歌手でもあります。 ソニー・スティットやSil Austin(シル・オースティン)などのサックス奏者を育て、40年代にはジャズ調からR & Bに路線変更して、Gravy TrainやWell Oh Wellのヒットがあります。
Train Kept A-Rolli' by Tiny Bradshaw
Gene Ammons: ジーン・アモンズはシカゴスタイルのテナーサックス奏者で1949年〜1947年にビリー・エクスタイン楽団に在籍し、1949年にはWoody Herman(ウッディ・ハーマン又はウディ・ハーマン)楽団でソロとなり、1940年代後期から1950年頃にソニー・スティットとのバトル・チームが好評を博したそうです。
Dexter Gordon: デクスター・ゴードンはソニー・スティットと同じくレスター・ヤングとチャーリー・パーカーの融合と、他曲からのフレーズを取り入れた奏法が特徴のテナー・サックス奏者です。
Billy Eckstine: ビリー・エクスタインは1940年代に大人気の低音が魅力の洗練されたジャズ・ヴォーカリストですがビバップ大好き。
Bud Powell: バド・パウエルの1958年の「Cleopatra's Dream(クレオパトラの夢)"が有名な元祖ビーバップ・ピアニスト ☆サビの部分なしですが、ともかく"Cleopatra's Dream(クレオパトラの夢)」が試聴出来るアルバムはザ・シーン・チェンジズ」か「The Scene Changes (The Amazing Bud Powell, Vol. 5)」(私が購入したのは4枚組みアルバムの「The Complete Blue Note and Roost Recordings」)
J.J. Johnson: JJジョンソンはスイング時代からは衰退していたトロンボーンでバップを演奏したモダンジャズ界のトロンボーン第一人者といえます。
John Coltrane: ジョン・コルトレーンは1950年代初めにDizzy Gillespieのバンドに参加、1955年にはMiles Davis Quintetに参加した革新的テナーサックス奏者です。
Charlie Parker: チャーリー・パーカーは1940年代にスイングジャズの反動として生まれたアドリブを重んじるビバップの基礎を築いたアルトサックスの巨人です。

ソニー・スティットは60年代になってタイトルにパーカーの名がついているアルバム「Stitt Plays Bird」をリリースして、遂に例のパーカー問題に取り組みました。 この他にも「I Remember Bird: Tribute to Duke Ellington」があります。

Sax O' Bebop
ページトップの画像は2003年に発売されたソニー・スティットのCD4枚組Box-Setですが今では試聴も見つかりません。
アルトとテナーを持ち替える演奏もあるソニー・スティットがトロンボーンやバリトンサックスも演奏しています。 ベースはRay Brown(レイ・ブラウン)、Charles Mingus(チャールス・ミンガス)やCurley Russell(カーリー・ラッセル)など、ピアノがDuke Jordan(デューク・ジョーダン)、Bud Powell(バド・パウエル)やHorace Silver(ホレス・シルヴァー)など、トロンボーンがJ.J. Johnson(JJジョンソン)など、トランペットがDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)やMiles Davis(マイルス・デイヴィス)など、ドラムがMax Roach(マックス・ローチ)、Art Blakey(アート・ブレイキー)、Kenny Clarke(ケニー・クラーク)などで、他にヴァイブのMilt Jackson(ミルト・ジャクソン)などと大変豪華な顔ぶれです。
※1953年コンサートのマックス・ローチの4分半の有名なドラムソロが聴けるライヴ盤の「Drum Solo by Max Roach in 1953 Jazz At Massey Hall Liv」の全曲試聴はJazz At Massey Hall Liv - Amazon.com

In a Sentimental Mood
ソニー・スティットとチャーリー・パーカーがそっくりといっても、パーカーを聴きながらリラックスなんて望めません。 パーカーを聴くと息が止まりそうになる私が好きな"You Don't Know What Love Is"や"Jeep's Blues"など8曲が収録されたソニー・スティットの1999年にリリースされたアルバムは「In A Sentimental Mood」です。
In A Sentimental Mood - Sonny StittIn a Sentimental Mood

スウィングの王様のDuke Ellington(デューク・エリントン)ナンバーですが、Johnny Hodges(ジョニー・ホッジス)のアルバムタイトルにもある"Jeep's Blues"が私は好きです。(ビバップ前のスイング時代にジョニー・ホッジスはデューク・エリントン・ビッグバンドで花形アルト奏者でした。)

In Walked Sonny
オリジナルのリリースが1975年というソニー・スティットをフィーチャーしたArt Blakey & the Jazz Messengers(アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ)のアルバム
In Walked Sonny - Sonny StittIn Walked Sonny
試聴はドイツのIn Walked Sonny - Amazon.de
トランペットがBill Hardman、ピアノがWalter Davis Jr.で"Ronnie's a Dynamite Lady"以外はソニー・スティットが演奏します。

Boss Tenors
オリジナルの録音は1961年というソニー・スティットとAmmons(ジーン・アモンズ)の2大アルト&テナーサックスのバトルが熱いセッションの名盤
Boss Tenors: Straight Ahead from Chicago 1961Boss Tenors: Straight Ahead from Chicago 1961


私が聴いたソニー・スティットのアルバムのリスト
① Groovin' High
「グルーヴィン・ハイ」はソニー・スティットとアート・ペッパーとのセッションでビバップの歴史的名盤です。
② Just in Case You Forgot How Bad He Really Was
オリジナルは1981年リリースのソニー・スティットの亡くなる直前の貴重なライブアルバムです。
③ Sonny Stitt/Bud Powel/J.J. Johnson
ピアニストのバド・パウエルとトロンボーンのJJジョンソンとのセッション盤です。
④ Sits in with the Oscar Peterson Trio
「シッツ・イン・ウィズ・オスカー・ピーターソン・トリオ+3」は ピアノのOscar Peterson(オスカー・ピーターソン)との1959年パリ・ライヴ盤で、アルトサックスをやめたソニーですがパリだからアルトでチャーリー・パーカーの"I'll Remember April"を演奏、ベースはレイ・ブラウンです。
⑤ Plays Arrangements From the Pen of Quinc
クインシー・ジョーンズの編曲を演奏した1955年のアルバムです。
⑥ Sonny Side Up
ソニー・スティットのオリジナルでビバップのスタンダード「The Eternal Triangle」でのサックス・ソロが有名な、ディジー・ガレスピーとソニー・ロリンズという大物と共演したソニー・スティット・セクステットの1957年のVerveセッション・アルバムのタイトルが「目玉焼き?」で、Dizzy Gillespie / Sonny Rollins / Sonny Stitt名義でオリジナルが1957年のOn The Sunny Side Of The Street(明るい表通りで)やRay Bryant(レイ・ブライアント)の"After Hours"が収録されている1985年リリースの国内盤「ソニー・サイド・アップ」もあります。
⑦ Complete Original Quartet
後期のソニー・スティットとピアノのHank Jones(ハンク・ジョーンズ)とのセッション盤です。
⑧ A Jazz Message
「ア・ジャズ・メッセージ」はオリジナルが1963年録音のアート・ブレイキー名義のアルバムで、ソニースティットのビバップがメインとなってピアノのMcCoy Tyner(マッコイ・タイナー)などが参加したカルテットの演奏が聴けます。
⑨ Last Stitt Sessions
私の好きな"Angel Eyes"が収録されているアルバムは「Last Stitt Sessions, Vols. 1 & 2」「Good Life」「Jazz for Romantic Moments」
⑩ Stitt's Bits: Bebop Recordings 1949-1952
デルタブルースのTeddy Williams(テディ・ウィリアムズ)をフィーチャーした2006年リリースのPRESTIGEレーベルの3枚ディスク[Box Set] の試聴はStitt's Bits: Bebop Recordings - Amazon.com
なんてことはないスタンダード曲のカバーかと思わずにソニー・スティットのインプロビゼーションを聴いて下さい。 ベースがCurly Russell(カーリー・ラッセル)、ピアノがDuke Jordan(デューク・ジョーダン)やBud Powell(バド・バウエル)など、トロンボーンがJ.J. Johnson(JJ ジョンソン)など、ドラムがMax Roach(マックス・ローチ)やArt Blakey(アート・ブレイキー)など、バリトンとテナーがGene Ammons(ジーン・アモンズ)など豪華な顔ぶれです。
只今"Splinter"を聴いたばかりですが、このCDセットではまずソニースティットがトロンボーン奏者のJJ ジョンソンのサイドマンとして、そしてビリー・エクスタインのお気に入りのジーン・アモンズの楽団での第二テナーとしてのセッションですが、ピアノのバド・バウエルとの1949年のセッションが息がぴったりで熱い演奏です。有名な曲は別としてなんとこのセットCDの3枚目では流行のマンボをBlue MamboとCool Mamboとの2曲も演奏しています。
ところで、Disc 2の17番Sweet Jennie LouやDisc 3の4番'Round About One A.M.やDumb Woman Bluesのヴォーカルは誰でしょう? Sonny Stitt?, Teddy Williams? or Gene Ammons?
ジーン・アモンズはアルバム「Prestige First Sessions, Vol. 2」でもロマンティックな"If The Moon Turns Green"などを歌っています。(試聴はPrestige First Sessions - Amazon.com
⑪ Night Letterアルバムタイトル曲の"Night Letter"の他、Shadows"や"Love Nest"などを収録したレア中のレアな1963年のPrestige時代のアルバムを一緒にしたCDで、 ソニー・スティットはテナーサックスとアルトサックスを駆使してオルガンのJack McDuff(ジャック・マクダフ)と共演しています。

Legends of Acid Jazz
バップとファンキーなオルガンの饗宴! ソニー・スティットの"Them Funky Changes"や"My Man String"などのグルーヴィな演奏を収録したアシッドジャズ・シリーズでオリジナル録音が1971年のアルバムです。


Colour Me Kubrick: A True...ish Story(2005)
Colour Me Kubrick: A True...ish Story (2005)
Whispered in your ear that he's THAT famous director Stanley Kubrick,
Don't utter "Fuck me!"... It's true.

John Malkovich is Stanley Kubrick!
これは実話です! いや、実話というふれ込みのある詐欺師を描いたコメディ映画です。
ところが、事実は小説より奇なりです!
実際にStanley Kubrick(スタンリー・キューブリック)の遺作となった1999年の「Eyes Wide Shut(アイズ・ワイド・シャット)」をイギリスで撮影中に、スタンリー・キューブリック監督をかたって何人も騙した詐欺男がいたそうです。
スタンリー・キューブリックになれば高級レストランで無銭飲食やり放題!
愛想の良さ、庶民とはちょっと違った服装、能弁、そんな男が社交界にも顔を出し、現金までも騙し取りったそうです。 その偽者はキューブリック監督とは全く似ていなかったのに有名人に弱い皆さんは騙されてしまったのだとか。 有名人と知り合うなんて面白そうだし、何だか徳するような気がするしね。
亡くなったキューブリック監督の奥様のもとに今だに変な手紙が来たりするのだそうです。・・・「私は貴女のご主人の子供を育てています。」

Colour Me Kubrick: A True...ish Story」は、英国の監督であるキューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」製作のスタッフを務めたBrian W. Cook(ブライアン・W・クック )が監督し、スタンリー・キューブリック監督付きの助手を務めた作家のAnthony Frewin(アンソニー・フレウィン)がストーリーを書いたコメディ映画です。
「ロリータ」を監督したスタンリー・キューブリックといえば英国作家のアンソニー・パージェスが1962年に発表した小説を映画化した1971年のブラックSFドラマの「A Clockwork Orange(時計じかけのオレンジ)」が強烈です。 昨今日本でも問題となっている少年たちによるホームレスへの暴行も描かれています。 楽しいミュージカル映画のテーマ曲だった"Just Walking in the Rain(雨に歌えば)"が犯行のGBMとなり、"ベートーベンの第九"が洗脳実験の"ルドヴィコ療法"のBGMとなる不気味な設定となっています。

スタンリー・キューブリック監督になれば何かいいことありそうな♪
「マルコビッチの穴」では大勢の人々に侵入されたStanley Kubrick(ジョン・マルコビッチ)が今度は他人になりすまします。 マルコビッチが演じるのはスタンリー・キューブリック.になりすました英国人俳優のAlan Conway(アラン・コンウェイ)です。 そして人々はマルちゃんをのお忍びのスタンリー・キューブリック監督と思い込んだのでした。 アイデンティティーと有名人崇拝の問題についての精神的模索という点で1999年のBeing John Malkovich(マルコヴィッチの穴)に似ているようです。
マルコビッチが演じるアラン・コンウェイなる人物はアルコール依存症の三流詐欺師で、新聞報道で化けの皮を剥がされるまで何年もの間どうにかこうにかあの人嫌いで有名なキューブリックになりすましてきました。 おまけに人の良い被害者たちを騙して告訴をされても、精神科医に「精神状態に問題あり!」と確信させて罪を逃れ続けたのです。

予算問題が絡んだとかで、撮影はロンドンとIsle of Man(マン島)などイギリスです。 マン島はグレートブリテン島とアイルランドに囲まれたアイリッシュ海の中央ある小島です。 イギリスのロケにマルちゃんは外国訛りや習慣、お洒落な(変な)服装を楽しんでいるそうです。

☆マルコビッチがキューブリックになる「Colour Me Kubrick: A True...ish Story」のスチール写真が見られるIMDb - Images from Colour Me Kubrick: A True...ish Story (2005)

video「Colour Me Kubrick: A True...ish Story」のトレーラーはColour Me Kubrick Trailer - YouTube
2006年4月にTribeca映画祭で上映された後、2007年の3月に全米公開だそうです。(今現在は配給元が決まっていないから誰も未だ観ていない!日本で公開されるかも不明!)

さて、貴方がもし誰かになりすますなら誰がいいですか? 現在はメディアが発達していて顔が知れているから無理な話ですが、有名でなければ大丈夫。 某テレビ局の者だとか言って美女に接近する輩もいるそうですが、やはりこれは犯罪ですね。

Colour Me Kubrick DVD
日本では販売していませんがAmazon.comには置いてある「Colour Me Kubrick」のDVDはRegion 1 (U.S. and Canada only.))
Colour Me Kubrick: A True...ish StorypgColor Me Kubrick


「Colour Me Kubrick: A True...ish Story」のサウンドトラックはりリースされていないようですが、キューブリック監督のSFの名作で1968年の「2001: Space Odyssey(2001年宇宙の旅)」のテーマでRichard Strauss(リヒャルト・ストラウス)が作曲した「Also sprach Zarathustra (ツァラトゥストラはかく語りき)」が使用されています。 冒頭の「人類の夜明け」での人類の進化と暴力の始まりともいえる2度目のツァラトゥストラが始まる前、荒涼とした背景にバクと共に映し出された類人猿の熱演には感嘆します。 「2001年宇宙の旅」での挿入歌の「I'm Not The Man You Think I Am」と「It's All About Me」はUKヘビメタバンドのHead-On(ヘッド・オン)のBryan Adams(ブライアン・アダムス)だそうです。
Bryan Adams - I'm Not The Man You Think I Am - YouTube


スタンリー・キューブリック監督の1971年のSFバイオレンス映画「A Clockwork Orange(時計じかけのオレンジ)」はオリジナルの他にクラシックの「第九」やミュージカルの「雨に歌えば」などバラエティに飛んだサウンドトラックには興味があるのですが未見です。
1987年の戦争映画「Full Metal Jacket(フルメタル・ジャケット)」はベトナム戦争を舞台に戦場での人間の狂気を描いています。
※ちなみにフルメタル・ジャケットとは精神に異常をきしたレナード・ローレンスが鬼軍曹を撃ち殺すシーンでM14自動小銃の弾倉(マガジン)に込めていたた銃弾で弾頭の種類の一種で「鉛弾頭を銅合金などで覆った弾頭」で貫通力が高くターゲットに与えるダメージを最小限に抑えるのだそうです。 こちらのサントラはタイトル曲のFull Metal JacketやJohnny WrightのHello Vietnamの他はSam the Sham and the Pharaoahs(サム・ザ・シャム)のWooly Bully、Nancy SinatraのThese Boots Are Made for Walking、The Dixie CupsのChapel Of LoveやThe Rolling StonesのPaint it blackが使用されています。

John Malkovich
「Colour Me Kubrick」の後の2006年にジョン・マルコビッチは「Klimt(クリムト)」で画家を演じ、「Eragon(エラゴン 遺志を継ぐ者)」では独裁者を演じ、2007年に「Beowulf(ベオウルフ/呪われし勇者)」では宝刀を持つ王の参謀を演じ、2008年にClint Eastwood(クリント・イーストウッド)が監督する「Changeling(チェンジリング)」で息子の取り違えで法の権力の犠牲者となる母親に助力する牧師役を演じ、Coen(コーエン兄弟)が監督するコメディの「Burn After Reading(バーン・アフター・リーディング)」ではアル中の元CIA諜報員を演じるなど毎年のように多岐に渡る役柄を演じています。

Audio-Visual Trivia内の関連記事
☆スタンリー・キューブリック監督の映画はロリータ
時計じかけのオレンジ A Clockwork Orange

☆ジョン・マルコビッチの出演映画
マルコヴィッチの穴
二十日鼠と人間
レディース・ルーム
アートスクール・コンフィデンシャル



I Love Lucy TV show
1950年代から人気のあるテレビの連続ホームドラマ「I Love Lucy TV show (アイ・ラブ・ルーシー)」でDesi Arnaz(デジ・アーナズ、デジ・アーネズ、デシ・アルナズ)はルーシーの旦那さまのRicky Ricardo(リッキー・リカルド)として知られています。 テレビでリッキーのお仕事はラテン・バンドのリーダーでラテンクラブのオーナーでしたからデジ・アーナズの音楽もたくさん聴けましたね。 実生活でも主役のルーシーを演じるLucille De´sire´e Ball (ルシル・ボール)のご主人でもあったデジ・アーナズですが、TVや映画の喜劇役者であると同時に素晴らしいCuban(ラテン)音楽のミュージシャンです。

テレビ番組で英語でしゃべっているデジ・アーナズを別に不思議とも思わずに見ていましたが、デジ・アーナズは実はキューバのサンチャゴ出身だったのです。 キューバでは政治家の家系に生まれて裕福に過ごしていたらしいのですが、政変により1933年に米国のマイアミに逃れ、スペイン出身のラテンの大御所'「Rumba King'」の異名を取るXavier Cugat(ザビア又は、ザヴィア・クガート)に見出されるまでは過酷な生活を経験したそうです。

La Conga
1935年にザヴィア・クガート楽団から独立してソロ歌手になったデジ・アーナズは自分のルンバ・バンドを結成したところ、それこそ一夜にして人気者となります。 ザヴィア・クガート楽団では歌とギター担当でしたが、他にコンガ、ボンゴ、ドラムといった南米の打楽器も演奏し、特にバンドに取り入れたキューバン・リズムのコンガが大当たりしてデジ・アーナズが出演していたクラブの名前がLa Congaに代わったほどでした。 ほんの半年ほどの在籍でしたが、気の良いザヴィア・クガートからノレン分けしてもらってデジ・アーネズ楽団の名は「Desi Arnaz & his Xavier Cugat Orchestra」! ですがいい気になり過ぎて師匠と袂を分かちバンド名をDesi Arnaz & his La Conga Orchestraに変更!
ハンサムなプレイボーイとして次々と浮名を流したデジ・アーネズですが、1940年にテレビの仕事で知り合ったルシル・ボールと結婚します。 二人で出演した視聴者公開TV番組「アイラヴルーシー」の最初は1951年から1957年ですが、その後の続編と長いことコンビで出演し、テレビのルーシー・シリーズは国民的番組となりました。 デジ・アーネズはルシール・ボールの引き立て役に徹し、これで年貢の納め時かと思われたのですがどっこいそうは問屋が下ろさなかったのでした。 その後1957年からはThe Lucile Ball - Desi Arnez Showに出演しましたが、1960年の最終回録画を最後にルシールとデジ・アーネズは15年の葛藤を経てとうとう離婚しました。


1940年代からアメリカで大流行したラテン音楽にはボレロ、ルンバ、チャチャチャ、マンボなど色々なリズムがありますが、ラテン音楽はなんといってもその陽気なリズムに乗って楽しくなれることが特徴です。 特に1940年代にキューバで生まれたマンボはアメリカで50年代に大流行しました。 「マンボ」の言葉はキューバの代名詞のようなものです。 キューバン・マンボ!
デジ・アーネズの師匠であるザヴィア・クガートとまではいきませんが、どんなラテンの名曲又はスタンダード曲でもデジ・アーネズの手にかかれば魔法のように楽しい音楽になってしまうのです。 音楽では母国のスペイン語で歌いますから、水を得た魚のごとくノリノリに乗っていますね。 デジ・アーネズは実に素晴らしい音楽スタイルを持ったショーマンです。

Jane Harvey (1881-1882)
デジ・アーネズのバンド専属の女性歌手は何人も代わりましたが、その中の一人のJane Harvey(ジェイン・ハーヴェイ)は45年代にはBenny Goodman(ベニー・グッドマン又はベニイ・グッドマン)楽団で活躍したベテランのスウィング歌手で、ちょっとLena Horne(リナ・ホーン)タイプの歌手でした。 1946年頃にロスのクラブ「The Blue Angel 」で演奏していたデジ・アーネズがベニー・グッドマン楽団で歌っていたジェイン・ハーヴェイを見初めて自分のバンドに引き抜きますが50年代には妻のルーシーとのテレビショー出演に専念するためバンドを解散しています。
ジェイン・ハーヴェイは1948年ににスイング調のピアニストであるGene DiNovi (ジーン・ディノヴィ)が初めてヴォーカリストとのセッションした歌手でもあるそうです。 又、40年代中頃にはナット・キング・コール・トリオ風のバンドPage Cavanaugh Trio(ペイジ・キャ ヴァノウ・トリオ)でFoggy River、My Number One Dream Came Trueなどを吹き込んでいます。 その後、1960年代にはスタジオ専属バンドとして活躍していたEllis Larkins(エリス・ラーキンス)の伴奏でも吹き込んでいます。 エリス・ラーキンスは40年代中頃にEdmond Hall(エドモンド・ホール)のバンドに所属していてa href="http://www.audio-visual-trivia.com/2006/05/mildred_bailey.html">Mildred Bailey(ミルドレッド・ベイリー)やa href="http://www.audio-visual-trivia.com/2005/07/coleman_hawkins.html">Coleman Hawkins(コールマン・ホーキンス)とセッションをしています。 とはいうもののジェイン・ハーヴェイの情報は皆無に近いです。
デジ・アーネズのアルバム「The Best of Desi Arnaz」ではジェイン・ハーヴェイの素敵なバージョンでA Rainy Night in Rioが収録されています。

デジ・アーネズのEl Cumbancheroも最高!
ListenアルバムBabaluからDesi Arnaz and His Orchestra(デジ・アーネズ楽団)のEl Cumbancheroが聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for PGB - August 31, 2003(You can Listen to this show (RealAudio)をクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を44:05)
珍しいデジ・アーネズのStraw Hat Songが聴けるPlaylist for Old Codger with Courtney T. Edison - December 27, 2000(You can Listen to this show (RealAudio)をクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を2:22:00に移動)

video1940年にリッキーとルーシの二人が初めて顔を合わせたのが映画「Too Many Girls(女学生の恋)」のセットでした。 デジ・アーネズのコンガ演奏もチラリ!のToo Many Girlsのビデオクリップが観られるToo Many Girls Trailer - TCM Turner Classic Movies


Babalu. Babalu. Babalu Aye. Babalu Aye...
「アイラブルーシー」の定番となり我々の耳にも慣れっこになっているラテンの曲"Babalu(ババルー)"」は、50年代にデジ・アーネズがテレビショーの「アイ・ラブ・ルーシー」のために作ったワイルドなラテン曲とされ、デジ・アーネズが最初に吹き込んだのは1946年だそうです。 テレビではかなりコメディ調に歌われていますが、本来Babalu Aye(ババルー)とは西アフリカの奴隷によって持ち込まれたYoruba(キューバなど)の神様のことらしいです。 実はハバナで「アフロ・キューバ ンの魔術師」又は"Mr.Babalu"と呼ばれたCasino de la Playa Orchestra専属ヴォーカリストだったMiguelito Valdes(ミゲリート・バルデース)が1939年に既に吹き込んでいるそうです。 その後1940年にニュートークに渡ったミゲリート・バルデースはザヴィア・クガート楽団に参加したこともあります。
☆ミゲリート・バルデースをフィチャーしたOrquesta Casino de la PlayaのBabaluが聴けるwfmuラジオのプレイリストはTranspacific Sound Paradise Sunday, July 18, 2004 Music of Cuba with Guest DJ Ned Sublette(Hear this show now: RealAudioをクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を2:00:48に移動)
※ゲストにキューバ音楽に造詣の深いNed Sublette(ネッド・ サブレット)を迎えてソンやルンバなど歴史的にも解説している素晴らしいプレイリストです。

デジ・アーネズのテーマ曲ともなっていたババルーは、ルーシーの旦那様であるリッキーが経営するラテン・クラブの名前でもあります。
デジ・アーネズの歌を聴いて頂ければ分かると思いますが巻き舌のノリノリ〜・リズムで本当に楽しくなること請け合いですよ。
Listenデジ・アーネズとミゲリート・バルデースのクリップも聴ける「ババルー」考察はThe World: Global Hit(英語のサイト、スピーカアイコンをクリック)
※ババルーの歌詞はBabalu Lyrics - The Tropicana nightclub


☆トップの画像はアルバム「The Best of Desi Arnaz」です。 ラテンのスタンダードのBabalu、Cuban Pete 、Tico Tico、 Brazil、El Cumbanchero、他にデジ・アーネズが出演した1949年の映画のテーマ曲「Holiday In Havana」などが収録されている楽しいアルバムです。 1994年の映画「マスク」でジム・キャリーが歌ったラテン曲のCuban Peteなどはデジ・アーネズのCuban Peteをイメージしたのでは?と私の勝手な想像をしています。(ジム・キャリーのCuban Peteは上記のAudio-Visual Trivia内の「マスク」で聴けて歌詞もあります。)

Joseph Norman(ジョセフ・ノーマン)が作詞作曲したラテンナンバーのCuban Peteはデジ・アーネズが歌って人気となりました。 リバプール生まれのクラシックピアニストだったジョセフ・ノーマン(1906年-1990年)は20年代にはハワイアンバンドも組んだそうです。 キューバ音楽のThe Peanut Vendorなどに魅せられたノーマンはJoseph Norman and His Cuban Rumba Bandを結成し自らマラカスをふってバンドリーダーとして演奏し、初めて英国にキューバンルンバを広めたミュージシャンなのです。 なんとキューバ大使館の令嬢と結婚したそうです。 ジョセフ・ノーマンもステージネームですが30年代後期にはさらにJose Norman(ホセ・ノーマン)と変えています。

Desi Arnaz' Albums
ページトップの画像は1992年にリリースされたデジ・アーネズの「The Best of Desi Arnaz: The Mambo King」で、BabaluやCuban Peteなど代表的な16曲収録しています。
試聴はThe Best of Desi Arnaz: The Mambo King - Amazon.com

I Love Lucy's Greatest Hits: Babalu Music
アルバム「Babalu Music!」はテレビ番組「アイ・ラヴ・ルーシー」の1951年リリースのサウンドトラックです。
Babalu Music!Babalu Music!
試聴はBabalu Music - Amazon.com

A Book (Library Binding) by Desi Arnaz
A Book (Library Binding) by Desi Arnaz1974年に出版されたデジ・アーネズの自伝(英語)はベストセラーになりました。 一文なしでアメリカにやって来たデジ・アーネズは最後にアメリカに感謝の言葉を残しています。
Thank you America, Thank you.
※「I Love Lucy」以外にデジ・アーネズが出演した映画はルシールと出合ったToo Many Girls (1940)、好評だった戦争映画のBataan (1943)、Cuban Pete (1946)、デジが作曲家志望のキューバのバンドリーダーを演じたHoliday in Havana - Desi Arnaz (1949)などですがDVDはありません。
Amazon.comでは「A Book (Library Binding)」 by Desi Arnazのなか身が覗けます。


Audio-Visual Trivia 内のデジとルシールのホーム・コメディ 「アイ・ラブ・ルーシー!


A Place in the Sun VHS
A Place in the Sun
陽のあたる場所(1951年)

「A Place in the Sun(陽のあたる場所)」の原作は1925年に発刊されたTheodor Drieser(セオドア・ドライザー)の小説「An American Tragedy(アメリカの悲劇)」です。 1906年にあった事件、妊娠した恋人を湖で溺死させたとして処刑された若者の実話で、1931年の同名の映画「An American Tragedy(アメリカの悲劇)」の原作となっています。 映画の「陽のあたる場所」はGeorge Stevens(ジョージ・スティーヴンス)が監督して1952年のオスカーでアカデミー監督賞、脚色賞、黒白撮影賞、作曲賞、黒白衣裳デザイン賞などの6つの賞を獲得した作品です。 「陽のあたる場所」は2度のオスカー受賞者のシェリー・ウィンタースの初のオスカー・ノミネートで、モンゴメリー・クリフトもノミネートされています。

出演は野心に燃える若者であるGeorge Eastman(ジョージ・イーストマン)にMontgomery Clift(モンゴメリー・クリフト)、ジョージが憧れる富豪の娘「Angela Vickers(アンジェラ・ビッカース)」には当時19歳のElizabeth Taylor(エリザベス・テイラー)です。
「陽のあたる場所」の映画パンフレットが見られる陽のあたる場所 懐かしの映画パンフレット

Jennifer Jones(ジェニファー・ジョーンズ)と共演した1953年の「Stazione Termini(終着駅)」を始め、多くの名作に出演したブロードウェイ出身のセクシーな俳優であるMonty(モンティ)はエリザベス・テイラーとは1957年の「Raintree County(愛情の花咲く樹)」でも共演しています。 モンティは自動車事故での致命的な顔面損傷の後もエリザベス・テイラーの支えにより奇跡的に復帰を果たしました。 1967年に予定されていた「Reflections in a Golden Eye(禁じられた情事の森)」は心臓発作で突然亡くなってしまったのでMarlon Brando(マーロン・ブランド)が交代し、エリザベス・テイラーとの4本目の共演は果たせませんでした。 モンティはハリウッド初の反逆精神を備えた俳優でもあります。
☆モンゴメリー・クリフトのThe Montgomery Clift ShrineMonty's Photos
June Allyson(ジューン・アリソン)やJanet Leigh(ジャネット・リー)が出演した1949年のLittle Women(若草物語)に出演した17歳のエリザベス・テイラーはえもいわれぬ美しさですが、私が最も好きなのはリズのその特徴のある可愛い声でした。 そして私が見たエリザベス・テイラーの映画で一番好きな作品は1958年のテネシー・ウィリアムズ原作をRichard Brooks(リチャード・ブルックス)監督が映画化した「Cat on a Hot Tin Roof(熱いトタン屋根の猫)」です。 いじらしい妻を演じたリズはやたらにシミーズ姿になりますが、リズの衣裳ではプレーンなブラウスからタイトスカートに至るまで最高級品!
☆若草物語を始めエリザベス・テイラーの写真が見られるElizabeth Taylor Photos - JSR Pages(若草物語はWomenで検索)
「熱いトタン屋根の猫」のサントラはありませんが音楽はリチャード・ブルックスが監督した1955年のBlackboard Jungle(暴力教室)で音楽を担当したCharles Wolcott(チャールズ・ウォルコット)です。 チャールズ・ウォルコット作曲のLove theme from Cat on a hot tin roof(テーマ曲)の他、André Previn(アンドレ・プレヴィン)作曲のLost in a summer nightなどがクラシカルな曲が使用されています。 その後、私はテーマ曲のThe Shadow of Your Smileが有名になった1965年のThe Sandpiper(いそしぎ)を観て以来、エリザベス・テイラー映画はご無沙汰しています。

エイズ撲滅運動に貢献しているエリザベス・テイラーですが一時は脳腫瘍の手術後は短髪にしてイメージチェンジを計りました。 最近は持病の腰痛のために車椅子の人となっていますがジュエリーのデザインなどの仕事をしているそうです。

野望を抱くジョージが勤務する工場の同僚の田舎娘「Alice Tripp(アリス・トリップ)」をShelley Winters(シェリー・ウィンタース)が演じています。 ナイトクラブのコーラスガール出身のシェリー・ウィンタースはハリウッドの黄金時代にはジェーン・マンスフィールドのような金髪グラマーのセックス・シンボルでしたが、望んでこの田舎娘風のアリス役に応募したようです。 この後、1959年のThe Diary of Anne Frank(アンネの日記)や1965年のA Patch of Blue(いつか見た青い空)で助演女優賞を獲得して演技派に転身(体型も変身)、1962年の「ロリータ」や1966年の「アルフィー」など多くの名作に出演してきましたが、残念ながら心不全で2006年1月に亡くなりました。
☆シェリー・ウィンタースのセクシー時代の雑誌のカバー写真はShelley Winters - Picture Goer OnlineShelley Winters - Bert Christensen's Illustrations GalleryBert Christensen's Cyberspace Home

そして忘れてはならない登場人物としては、事件の捜査を担当する足が不自由なDist. Atty. R. Frank Marlowe(州地方検事マーロウ)です。 「Perry Mason(ペリー・メイスン)」では弁護士を演じていた「Raymond Burr(レイモンド・バー)」は本当に足が悪くて人気だったTVドラマの「Iron Side(鬼警部アイアンサイド)」では車椅子に乗っていました。

イーストマン一族ではあるものの、親が宗教活動をしている貧しい家庭環境に育った青年ジョージの野望の旅はカンサスの田舎から叔父の会社を訪ねるためのヒッチハイクで始まります。 振り返ったジョージの目には未来を暗示するイーストマン社の大きな看板の水着の美女が微笑みます。 そして追い越していく高級車を見送るジョージが訪ねた先は叔父が社長を務める水着製造メーカーのイーストマン社です。 社長の自宅を訪ねた時のこと、ジョージは両親と旅行中で湖のそばに住んでいる華やかなアンジェラの姿を目にします。 ショージは水着製造メーカー工場で勤務するうちに親しくなった同僚の女工員のアリスと情熱にまかせたラテン音楽に誘われた一夜を過ごします。 仕事ぶりを認められて昇進したジョージは社長宅のパーティに呼ばれますが、知る人も無く一人ビリヤード室で過ごしている時に現れたのがずっと憧れていた令嬢のアンジェラでした。 すぐに親しくなった二人はパーティで愛を告白しあいます。 が、なんとそんな時にアリスが妊娠! 堕胎医探しも上手くいかず、アリスからは結婚をせまられたジョージはこのままでは破滅だと思い悩んでいる時、ジョージの耳にラジオのニュースが聞こえてきます。 そして、ジョージはあらぬことを思いつくのです・・・事故。 加えてそのジョージに追い打ちをかけるようにアンジェラに聴いた湖の溺死の話。 やるっきゃない! マスコミにバラスといきまくアリスをハネムーン代わりのピクニックに誘うジョージ。 偽名のギルバート・エドワーズでボートを借りて二人は湖へ漕ぎ出します。 あのアンジェラ家のそばの冬の湖でも聞こえたアビ(水鳥)の泣き声が不気味に響きます。 二人で一番星にお願いをかけることにした時にアリスはこう言います。 「何をお願いしたの?」、無言のジョージ、「貴方は・・・私が死ぬようにと願ったのね!」
絶望したアリスは突然立ち上がったのでボートは転覆し、結果的にはジョージの望み通りになります。 ボートが転覆した一瞬、ジョージの脳裏を横切ったのが美しいアンジェラ、これがアリスの死に直接手は下さなかったジョージを殺人へと導いたのです。 そうです、邪魔者は消えた。
やがてアリスの溺死死体が上がったことにより鬼検事マーロウの捜査が開始され、ジョージが一番恐れたこと、アンジェラとイーストマン家の一族にジョージの二重生活が露見してしまいます。 ショックを受けたアンジェラは病の床に臥せり、ジョージは第一級殺人で起訴されて死刑が決定します。
やっとのことで獄中を訪ねたアンジェラの言葉・・・「ずっと貴方を愛しつづけるわ、命がある限り」
そしてジョージの言葉・・・「もうすぐ死ぬ、そしたら忘れてくれ」
そしてアンジェラの言葉・・・「私たちは、お別れを言うために出会ったのね」
そして処刑室へ向かうジョージにオーバーラップする美しいアンジェラとの愛の思い出。
はたしてジョージは本当にアンジェラを愛していたのでしょうか、それともアンジェラのいる上流社会だったのでしょうか。
「陽のあたる場所」の写真も見られるレビューは懐かしの映画館
「陽のあたる場所」の写真が見られるUn posto al sole Photos - FILM.TV.IT
※ジョージを演じたモンゴメリー・クリフトは死刑囚の役作りのためSan Quentin Penitentiary(サン・クエンティン刑務所)の監房で一晩過ごしたそうです。
サン・クエンティンについては映画私は死にたくない

video「陽のあたる場所」のトレーラが観られるA Place In The Sun - Turner Classic Movies(watch a trailerをクリック)
A Place In The Sun Trailer - VideoDetective


A Place In The Sun DVD
ページトップの画像は1998年リリースの「A Place In The Sun」の輸入VHS(英語)です。
下記は「陽のあたる場所」2008年リリースの日本語字幕DVD(白黒)です。
A Place in the Sun陽のあたる場所
この他に500円DVDの「陽のあたる場所」や2005年版ドルビー日本語字幕DVDもあり。

Franz Waxman
戦前から映画音楽を手掛けているポーランド出身の作曲家「Franz Waxman(フランツ・ワックスマン)」作曲の「陽のあたる場所」のテーマ曲はオスカーでBest Music, Scoring of a Dramatic or Comedy Picture(作曲賞)を受賞しました。  フランツ・ワックスマンはAlida Valli(アリダ・ヴァリ)が主演したヒッチコックの「The Paradine Case(パラダイン夫人の恋)」や「Rebecca(レベッカ)」、Sunset Boulevard(サンセット大通り)など名画のサントラを手掛けてきました。 私はフランツ・ワックスマンの音楽というと、Marlon Brando(マーロン・ブランド)と高美以子やMiyoshi Umeki(ナンシー梅木)が共演した1957年の映画「Sayonara(サヨナラ)」を思い浮かべます。 朝鮮戦争下の日本が舞台の米軍を扱った映画でJames Garner(ジェームズ・ガーナー)も出演しました。 Hana-ogi(花扇)を演じたMiiko Taka(高美以子)が歌った主題歌「Sayonara(Goodbye)」が大好きですが、これはフランツ・ワックスマンではなくIrving Berlin(アーヴィング・ バーリン)の作詞・作曲だったそうです。(Sayonara, Japanese goodbye! Whispered sayonara...Smiling, but not cry. No more we, near the tree, Looking at the sky. Sayonara... sayonara... Goodbye!...)

Charles Gerhardt(チャールズ・ゲルハルト)指揮で演奏はNational Philharmonic Orchestra(国立交響楽団)の「A Place in the Sun(陽のあたる場所)」のサウンドトラックCDはありませんが、サントラ画像と曲目が見られるA Place in the Sun (1951) (Franz Waxman) - You Don't Have To Visit This Blog(A Place in the Sunで検索)

The Classic Film Scores of Franz Waxman
フランツ・ワックスマンの8曲収録クラシック映画音楽集にテーマ曲(prelude)の"A Place in the Sun"、Angela、Loon Lake、Farewell And Frenzy、The Farewellがメドレーで収録されています。 ヒッチコック作品の"レベッカ"や"サンセット大通り"のテーマ曲なども入っています。
Boulevard: The Classic Film Scores of Franz WaxmanSunset Boulevard: The Classic Film Scores of Franz Waxman
試聴はSunset Boulevard: The Classic Film Scores Of Franz Waxman - Amazon.com


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エリザベス・テイラーが主演した雨の朝パリに死す
シェリー・ウィンタースが出演したロリータアルフィー
Mambo


Live at Cafe Montmartre 1966 (Bonus Dvd)
Live at Cafe Montmartre 1966 (Bonus Dvd)
The Great Pocket Trumpeter: Don Cherry (1936 - 1995)
Don Cherry - Cocktail Piece - iLike.com

Free-Jazz
一応ジャズ好きの私ですが、1960年代以前のビバップ、クール、ハードバップ位までが守備範囲であって、前衛ジャズというアヴァンギャルドやフリージャズ、ましてフュージョンだかクロスオーバーだかなどとなればお手上げ状態です。 1960年代のジャズスタイルの一つであるフリージャズとは、メロディやコード進行などの従来のジャズの制約をとっぱらったアヴァンギャルド(革新的)な音楽で、1950年代のウェストコーストで実験的に演奏されたスタイルをニューヨーク・ジャズシーンの持ち込んだのがOrnette Coleman(オーネット・コールマン)だといわれます。
Ornette Coleman Free Jazz - iLike.com

※フリージャズについて詳しく書かれた書評:"「日本フリー.ジャズ史」
2005年に開催されたフリージャズ喫茶のフリージャズを聴く

アヴァンギャルド・ジャズの巨人
フリージャズというと不協和音も華やかなテナーのJohn Coletrane(ジョン・コルトレーン)、Ornette Coleman(オーネット・コールマン)、Albert Ayler(アルバート・アイラー)、アルトのEric Dolphy(エリック・ドルフィ)、ピアノのCecil Taylor(セシル・テイラー)、などのジャズメンの名が挙げられますが、ポケット・トランペッター奏者のドン・チェリーはどうでしょう。

Don Cherry(ドン・チェリー)
ドン・チェリーはトランペットをオーネット・コールマンに師事、その後Ornette Coleman Quartet(オーネット・コールマン・カルテット)から独立して自分のバンドを結成します。 The Thing、Desireless、Cherryco、Butterfly Friendなど沢山の作曲もしたドン・チェリーはSonny Rollins(ソニー・ロリンズ)やコルトレーン他のフリージャズ・ミュージシャンと共演して多くの名盤を残しています。
ドン・チェリーはポケット・トランペットもしくはミニチュア・トランペットなる楽器を始めて吹いたトランペッターですが、モチロン普通のトランペットも吹きますし、フルートやコルネットも演奏します。
※ 注! 音楽界にDon Cherryがもう一人存在します。 1924年生まれのドン・チェリーはTommy Dorsey(トミー・ドーシー)楽団などに所属していたテキサス出身の白人ポップス歌手で、50年代中頃にBand of GoldやRumble-Boogieを吹き込みましたが、後にゴルファーになったそうです。

Don Cherry With Pocket Trumpet
ところで、ドン・チェリーの演奏するポケット・トランペットをご覧になったことがありますか?
ポケット・トランペットを演奏するドン・チェリーの初期の写真が見られるDon Cherry: Trumpet Innovator - Photo - Furious.com
Don Cherry - JAZZVISIONSPHOTOS.COM
ドイツのDon Cherry - Jazz Poster(Cherryで検索)
※ポケット・トランペットの画像はKanstul Pocket Trumpet
赤や青のカラフルなポケット・トランペットの画像はPalatino USA
ポケットトランペットというのは画像を見て分かるようにソプラノトランペットと同じ長さの円筒部分が携帯し易いように多く巻かれたトランペットです。 直管の部分が減るため高い音が出ますが音質は劣ります。 易いものだと2〜3万円から販売されているので練習や娯楽に最適な楽器でもあります。 貴方もドン・チェリーみたいに吹けるようになるかも。

Listenドン・チェリーを聴いてみよう!
ドン・チェリーのI Walk(Afro-pop influence)が聴けるwfmuラジオのプレイリスト Playlist for Andrew Listfield - February 1, 2005 - Set 3: funky stuff(cherryで検索してListenをクリック)
同じくwfmuラジオで1971年のRelativity Suite(Organic Music Society)が聴けるGive the Drummer Some -January 20, 2006 (cherryで検索してListen: RealAudioをクリック)

Don Cherry and Sonny Rollins on tenor with Billy Higgins on drums and Henry Grimes on bass 1963- YouTube


The Avant-Garde
オーネット・コールマンのその名もズバリ「Free Jazz」(フリー・ジャズ)というアルバムがありますが、こちらもズバリの「The Avant-Garde(アヴァンギャルド)」です。
フリージャズ初期の主要ミュージシャンであるジョン・コルトレーンとドン・チェリーのセッション・アルバム「The Avant-Garde」です。
The Avant-Garde - Don CherryThe Avant-Garde
♪ 短いクリップが試聴できるThe Avant-Gardeの英文レビューはAvant-Garde - BBC Jazz Review
アルバム「Don Cherry/Kryzystof Penderecki, Actions」についてはDon Cherry & Krzysztof Penderecki - BBC Jazz Review(試聴あり)
1960年に録音されたアルバム「The Avant-Garde」のリリースは1966年でした。 フリージャズの先駆者であるオーネット・コールマン・カルテットのメンバー3人、トランペットのドン・チェリー、ベースはCharlie Haden(チャーリー・ヘイデン)でドラムはEd Blackwell(エド・ブラックウェル)にテナーサックス(ソプラノ)のジョン・コルトレーンをフィーチャーしたセッションです。 コルトレーンのインプロヴィセイション(アドリブ)スタイルとオーネット・コールマンのHarmolodics(ハーモロディック)スタイルの音楽の対戦です。
※私は音楽的なことはよくは分かりませんが、ハーモロディックとはCM-7、E♭-7、Dm♭-5の3コードトーンで構成されるシンプルなサウンドらしいです。
ドン・チェリーの代表作品でもあるアルバム「The Shape of Jazz to Come」には"Lonely Woman"が収録されています。

Where Is Brooklyn
ドン・チェリーがバンドリーダーだった1950年代後期のBlue Note時代の3枚を集めた2006年リリースのCD
Where Is BrooklynWhere Is Brooklyn
試聴はWhere Is Brooklyn - Amazon.com


Eternal Rhythm
ドン・チェリーの1968年のライブ盤「Eternal Rhythm(永遠のリズム)」は世界のフリージャズ・ミュージシャン集で、インドネシアの民族楽器のガメランなどを組み込んだワールド・ミュージックの実験的アルバムともいえます。 ドン・チェリーはトランペットの他フルートも演奏しています。
Eternal Rhythm永遠のリズム
試聴はEternal Rhythm - Amazon.com

Live at Cafe Montmartre 1966 (Bonus Dvd)
ページトップのCD画像はドン・チェリーの最新2枚組アルバムで、レーベルはESP Disk', Ltd.で、2枚目はCDではなく、ESPレーベルのアーティスト紹介のDVDです。

Symphony for Improvisers
1966年がブルーノートのオリジナルLpの2005年のリマスター盤です。 1960年代中頃にヨーロッパを基盤として音楽活動を続けていたドン・チェリーが当時リーダーを務めていた二つのバンドを合体させた意欲的なアルバムで、ドン・チェリーはコルネットを演奏し、Gato Barbieri(ガト・バルビエリ)とPharoah Sanders(ファラオ・サンダース)がテナーサックス、Karl Berger(カール・ベルガー)がピアノ、Ed Blackwell(エド・ブラックウェル)がドラムの他、アルバート・アイラーとも共演しているHenry Grimes(ヘンリー・グライムス)など3人のベーシストが参加しています。
試聴はDon Cherry - Symphony for Improvisers - Amazon.com

Orient/Blue Lake
2003年リリースの2枚組リマスターベスト盤で、1960年代のパリでのライブLP盤である1980年代録音の「Orient」と1971年録音の「Blue Lake」を一緒に収録してあります。 ポケット・トランペットやフルートをドン・チェリーが担当する他、パーカッションにHan Bennink(ハン・ベニンク)、ベースがJohnny Dyani(ジョニー・ダイアニ)、ドラムがOkay Temiz(オーカイ・テミス)などです。 当時ジャズを超えたワールドミュージックを実験的に演奏していたドン・チェリーのリラックスしたアルバムタイトル曲となっている"Orient"を聴いて見てください。 癒されるか笑えるかは聴く人次第。
試聴はDon Cherry - Orient/Blue Lake - Amazon.com

Don Cherry's Multikulti [DVD] [Import]
Don Cherry's Multikulti DVDドン・チェリーがポケット・トランペットを演奏しているカバー画像で1996年のリージョン1の輸入1時間DVDで2005年盤ですが、VHSビデオもあるそうです。
オリジナルリリースが1988年という同名のCDもあり、"Multikulti Soothsayer"や"Multikulti Soothsayer Player"など12曲を収録しています。


Waving USA Flag
American Dreamz
Dennis Quaid as President Staton in American Dreamz (2006)

American Dreamz
「アメリカン・ドリームズ」は「イン・グッド・カンパニー」(2004年)で主演したデニス・クエイドと「アバウト・ア・ボーイ」(2002年) のHugh Grant (ヒュー・グラント)とPaul Weitz(ポール・ワイツ)監督の同窓会的なメンバーで製作されたコメディです。 教訓的政治風刺、じゃなければ飽くなきスター願望の風刺から、もっと広げてその番組を観る我々視聴者へのポール・ワイツ監督のメッセージを込めたコメディです。 いや、コメディの名を借りて、恐ろしい現実をこれでもか!と「そんなにやっちゃっていいの?」って思う位、抉り出している映画でしょう。 英国紳士のヒュー・グラントと最もセクシーな男と呼ばれたこともあったデニス・クエイドという全く異なるキャラクターの二人が競演します。 ヒューグラントは「アメリカン・ドリームズ」に出演するための研究でテレビのリアリティショーを見まくってはまっちゃったそうです。 出てみたい! 「I'm A Celebrity...Get Me Out Of Here!」
出演はアメリカ大統領「President Staton(ステイトン)」にDennis Quaid(デニス・クエイド)、大統領のChief of Staff(首席補佐官)にWillem Dafoe(ウィレム・デフォー)です。 にたにた笑う冷徹なTV司会者のイギリス人「Martin Tweed (マーティン)」を英国訛りが魅力のヒュー・グラントが演じます。 視聴率稼ぎに血道を上げるマーティンが金太郎飴のようなアイドルはもうつまらないということで、発掘担当スタッフは今迄とは違う変わったアイドル候補を探しを始めます。 そしてその番組に出演する一人が、Mandy Moore(マンディ・ムーア)が演じる才能はハイマイチだけどスターになりたい度100%のSally Kendoo(サリー)です。

国民から浮き立って孤独だった偉大なるアメリカのステイトン大統領は再選を達成したのでよけい気落ちしてしまいます。 大統領はこの再選を機に過去4年間で初めて新聞や本を読むことに決め、ホワイトハウスの寝室に閉じこもりっきりの毎日となります。 メディアは大統領の状況を書き立て、支持率も低下してしました。 ファーストレディも大統領補佐官も神経衰弱気味の大統領の士気を高めることが出来ず、なんとか国民に大統領の職務能力をアピールしようと思い、考えついたアイディアというのが、大統領を人気の高いオーディション番組 「American Dreamz」のゲスト審査員に引っ張り出すこと。(大統領はこの番組の大ファンです)
大統領のテレビ出演に「待ってました!」と潜伏していたテロリストもテレビ番組に参加してきます。 Sam Golzari(サム ・ゴルザリ)が演じるミュージカル好きのアラブ人テロリストのOmer(オメール)も勝ち抜いてしまったAmerican Dreamzの最終審査はどうなるでしょう。
スターになりたい一般視聴者が参加してワザを競うテレビのコンテスト番組 「American Dreamz」はここ数年人気の高い国民的TV番組「American Idol (アメリカン・アイドル)」のパロディで、デニス・クエイドが演じるアメリカ大統領はブッシュ氏への政治風刺なんでしょうか。
ペルシャ系のサム ・ゴルザリはロンドン出身でUCLAで演技を学んだ俳優だそうです。 2004年のAndre Malletteが監督したCloser(?)というショートフィルム(学生映画?)にOrpheus(オルフェ)役で出演したのが映画デビューでアメリカン・ドリームズは4作目になるそうで、2007年には3本も出演が決まっているようです。

video「アメリカン・ドリームズ」の」オフィシャルサイトはOfficial American Dreamz movie.com
ENTER SITEでサイトに入り下のメニューからview trailerをクリックすると予告編が見られます。イメージにマウスを置いておくと一コマ動画になります。
アメリカでは2006年4月に公開されましたが、日本は2006年秋頃の予定だとか。


日本では2006年発売になったDVDですが、2009年字幕版DVDが予約注文できます。
アメリカン・ドリームズ/American Dreamzアメリカン・ドリームズ


American Dreamz Soundtrack
「アメリカン・ドリームズ」のサウンドトラックはStephen Trask(スティーヴン・トラスク)作曲の音楽です。 ニューヨークのオカマバーで音楽プロデューサーを兼ねてバンド演奏していたスティーヴン・トラスクは同じくポール・ワイツが監督した2004年の映画「In Good Company(イングッドカンパニー)」でも音楽を担当しましたが、最たるは「Hedwig and the Angry Inch(ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ)」のオフブロードウエイの舞台と映画の音楽でしょう。 映画ではバンドメンバーのSkszp(スキシプ)を演じています。
American DreamzAmerican Dreamz
試聴はAmerican Dreamz [Soundtrack] - Amazon.com
「ナショナル・アンセム・ガール」のマンディ・ムーアが出演していますからマンディ・ムーアの歌う"Stars and Stripes"(アメリカ国歌)はモチロン収録されています。 米国歌は試聴の46番、"Mommy Don't Drink Me to Bed Tonight"は25番です。 それにしても恐れ多い、サントラ画像が自由の女神がロッカーだなんて。
1814年に書かれた"The National Anthem"(アメリカ合衆国の国歌)「The Star-Spangled Banner」の歌詞はUSFlag.org(演奏が聴けるThe Star Spangled Banner in Real Audio Music


I Wanna Be With You
I Wanna Be with You  - Mandy Moore2004年の映画のタイトルにもありましたが、「The Girl Next Door(ご近所にいそうなごく庶民的な女の子)」と親しみをこめて呼ばれ、アメリカの少女たちのアイドルとなっているサリー役のマンディ・ムーアはワイツ監督たっての「アメリカン・ドリームズ」の譲れない人選だったそうです。 共演したイギリス人のヒュー・グラントにお熱だとコメントしているマンディ・ムーアはアメリカの国歌「Stars and Stripes Forever(星条旗よ永遠なれ)」を歌う「National Anthem Girl(ナショナル・アンセム・ガール)」として有名です。 2005年のスマトラ地震チャリティーコンサートのために来日したマンディ・ムーアは2000年のデビューアルバム「So Real」がミリオン・セラーを記録した翌年の2001年に映画「The Princess Diaries(プリティ・プリンセス)」に出演しています。 ムーアが主演した2002年の「A Walk to Remember (ウォーク・トゥ・リメンバー)」のサントラにはマンディ・ムーアの歌が3曲収録されています。

ヒュー・グラントは1992年にRoman Polanski(ロマン・ポランスキー)が監督した「Bitter Moon(赤い航路)」で倒錯した世界の虜になる若い夫を演じましたが、Julia Roberts(ジュリア・ロバーツ)と共演した1999年のNotting Hill(ノッティングヒルの恋人)で日本でも広く知られるようになりました。 2003年のロマコメ「Love Actually(ラブ・アクチュアリー)」で英国首相を演じ、オーディション番組の司会者を演じた「アメリカン・ドリームズ」の後に日本で2007年4月に公開されるMusic And Lyrics(ラブソングができるまで)でDrew Barrymore(ドリュー・バリモア)と共演して落ち目の歌手を演じます。

マンディ・ムーアの2007年9月に日本公開の映画は Diane Keaton(ダイアン・キートン)と共演するBecause I Said So(恋とスフレと娘とわたし)で、マンディ・ムーアはダイアン・キートンが演じる支配的シングルマザーの娘役です。 1987年のWelcome to Heaven(ウェルカム・トゥ・ヘヴン)や2000年のHanging Up(電話で抱きしめて)では監督もしているダイアン・キートンはベテランの個性派女優です。 そんなダイアン・キートンのは見たくないけど3人娘のパンティ姿が予告編にBecause I Said So - Movie.com(恋とスフレと娘とわたし) Woow!

日本未公開でしたがクールな1983年の「The Loveless(ラブレス)」で主役をはったWillem Dafoe(ウィレム・デフォー)が映画の他に関与した作品といえば、Krista Nicoが参加した伝説のThe Velvet Undergroundのロッカー「Lou Reed(ルー・リード)」がエドガー・アラン・ポーの詩をテーマにした2003年のCDアルバムは「The Raven」です。 このアルバムでは2001年にデヴィッド・ボーイ、オーネット・コールマンなどと共に舞台を経験したウィレム・デフォーが50年代のビートニクの詩人のようにジャズをBGMにポーの詩18編を朗読しているのです。
ルー・リードといえば2001年のProzac Nation(私は「うつ依存症」の女)に本人役で出演していたのでビックリしました。


Audio-Visual Trivia 内の関連記事
スティーヴン・トラスクが音楽を担当しデニス・クエイドが出演したポール・ワイツ監督のイングッドカンパニー
デニス・クエイドについてはビッグイージーShame on You
※アメリカンアイドルについてはファンタジア・バリノ
ウィレム・デフォーがスキャンダル誌の編集長「Roland Sweet(ローランド・ スウィート)」役で出演した2004年のアビエイターと、ドイツ軍の副司令官「Klaus Daimler(クラウス ・ダイムラー)」を演じたライフ・アクアティック


Coast to Coast
Coast to Coast by Conte Candoli
Conte Candoli & Friends Play Jazz Classics
Conte Candoli (1927 - 2001)

Conte Candoli: One Of The Best Bebop Trumpeters Around L.A.
1950年代の「Conte Candoli(コンテ・カンドリ)」はロス・アンジェルス(西海岸)のビバップやクール・ジャズの世界ではPeggy Lee(ペギー・リー)の1956年のアルバム「Black Coffee」に参加した兄のPete Candoli(ピート・カンドリ)と共にトップクラスのトランペット奏者です。 コンテ・カンドリは初期にHarry James(ハリージェームス)、Roy Eldridge(ロイ・エルドリッジ)、Dizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)に触発され、その後はMiles Davis(マイルス・デイヴィス)やClifford Brown(クリフォード・ブラウン)に傾倒したコンテ・カンドリはGerry Mulligan(ジェリー・マリガン)、Shelly Manne(シェリー・マン)、Frank Sinatra(フランク・シナトラ)Sammy Davis Jr.(サミー・デイヴィス・ジュニア)、Bing Crosby(ビング・クロスビー)やSarah Vaughan(サラ・ヴォーン)などのように50年代や60年代当時、ウエスト・コースト華やかなりし頃のLAショービズ界のトップスターの一人でした。 TVのレギュラーや特番のシナトラ・ショー、そして映画にも多数く出演し、その一つがBell, Book and Candle(媚薬)で、映画のナイトクラブのシーンでカンドリ・ブラザースを観ることが出来ます。
4歳上の兄であるペイテ・カンドリは日本では余り知られていませんがハリージェームスやディジー・ガレスピー、Louis Armstrong(ルイ・アームストロング)、Bix Beiderbecke(ビックス・バイダーベック)、Bunny Berigan(バニー・ベリガン)、そしてBobby Hackett(ボビー・ハケット)と並んで7大トランペッターに数えられているそうです。 クリフォード・ブラウン、Lee Morgan(リー・モーガン)、マイルス・デイヴィスなどの前のことでしょうか。 有名なTommy Dorsey(トミー・ドーシー)、Glenn Miller(グレン・ミラー)、Woody Herman(ウッディ・ハーマン)、Stan Kenton(スタン・ケントン)、Less Brown(レス・ブラウン)、Count Basie(カウント・ベイシー)、Charlie Barnett(チャーリー・バーネット)などのバンドでも演奏しているそうです。

コンテ・カンドリは高校卒業後にウディ・ハーマン楽団のメンバーとなり、スタン・ケントン・バンドを経て1954年には自分の楽団を持ったことも有ります。 スタン・ケントン、ジェリー・マリガン、Howard Rumsey(ハワード・ラムゼイ)のLighthouse All-Stars(ウエストコーストのクラブ専属バンドのライトハウス・オールスターズ)や自分の楽団などウエストコースト・ジャズバンドと世界中をツアーしました。 1972年から参加したDoc Severinsen(ドク・セヴァリンゼン)のThe Tonight Show Band(トゥナイトショー楽団)は1992年まで続き、その後もガンと闘いながら演奏活動は続けていました。 1997年にピートとコンテのカンドリ兄弟は1997年にThe International Jazz Hall of Fame(世界ジャズの殿堂)入りを果たしています。 日本人では1999年にジャズ・ピアニストのToshiko Akiyoshi(穐吉(秋吉)敏子)が入りました。

トランペット奏者のPete Candoli(ペイテ・カンドリ)とConte Candoli(コンテ・カンドリ)の率いるThe Brothers Candoli(カンドリ・ブラザース)楽団
カンドリ・ブラザースのサイト Pete & Conte Candoli(注!すぐ音、ENTERをクリック)
カンドリ・ブラザースの写真が見られるページはCandoli Photo
音声クリップと近年のビデオが観られるCandoli Music

Conte Candoli の"Don't Blame Me"とPete Candoliの"Limehouse Blues"が聴けるDon Edrington's Theatrical Music Page(MP3 256Kをクリック)


Coast to Coast
ページトップの画像はコンテ・カンドリの初期(50年代半ば頃)の演奏を集めたアルバム「Coast to Coast」ですが、どこにも試聴がありません。 メンバーはピアノがHank Jones、ベースがMilt Hinton、テナーサックスがIra Sullivanなどです。(Sincerely Conte(1954)とGroovin' Higher(1955)からと、West Coast Wailers(1955)とRhythm Plus One(1956)からの2枚組)

Conte Candoli Quartet
オリジナルは1957年録音というバップ・トランペッターのコンテ・カンドリのレアな曲を収録したアルバムをCD化した1995年リリースのCDDです。(ベースはMonty Budwig、ドラムはStan Levey、ピアノがVince Guaraldi)
Conte Candoli Quartet Conte Candoli Quartet
全8曲の試聴はConte Candoli Quartet - Amazon.com

West Coast Wailers/Sings Ballads of the Sad Cafe
1957年のConte Candoli Quintet(Bill Holmanのテナーサックス)のウエストコースト・バップ・セッションのアルバムの「West Coast Wailers」と「Chris Connor Sings Ballads of the Sad Cafe」の2枚のLPを1999年にCD化された異色の取り合わせアルバムです。
West Coast Wailers - Conte CandoliWest Coast Wailers/Sings Ballads of the Sad Cafe
試聴はWest Coast Wailers/Sings Ballads Of The Sad Cafe - Amazon.com

Jazz Horizons
1950年代のウエストコースト派のカンドリ兄弟とJimmy Rowles、Howard Roberts Or Barney Kessel、Joe Mondragon、Alvin StollerのCandoli Brothers Sextetのクールな演奏21曲を収録しています。
Jazz Horizons by Conte CandoliJazz Horizons
試聴はJazz Horizons - Amazon.com


Conte Candoli - iLike.com


Les Liaisons dangereuses DVD
Les Liaisons dangereuses
Gerard Philipe et Jeanne Moreau dans Les Liaisons dangereuses (1959)
危険な関係(1959年)
Art Blakey & the Jazz Messengers - No Problem (1960) - YouTube

Les Liaisons dangereuses
映画の原作はフランス革命以前の退廃的なロマン主義の影響で風俗が乱れた時代といわれる18世紀に、フランスの作家「Pierre-Ambroise-Francois Choderlos de Laclos(ピエール・コデルロス・ド・ラクロ)」が1782年に出版した書簡体小説「Valmont(ヴァルモン)」です。 Roger Vadim(ロジェ・ヴァディム)監督が舞台を現代のパリに移して「危険な関係」を映画化しました。 無情で冷酷な女たらしの外交官のヴァルモンと、もっと上手の妻のジュリエットの危険な恋愛ゲームの物語です。 主演は「危険な関係」が最後の出演となったフランスの二枚目俳優のGerard Philipe(ジェラール・フィリップ)がヴァルモンを演じ、その妻にはJeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)です。 当時ヴァディム監督婦人だったAnnette Vadim(アネット・ヴァディム)がヴァルモンが本気で惚れてしまうMarianne Tourvel(マリアンヌ夫人)の役です。 Jean Louis Trintignant(ジャン・ルイ・トランティニャン)は怒りのあまりヴァルモンを死に至らしめる若くて真面目なDanceny(ダンスニ)を演じました。
※ロジェ・ヴァディム監督は同じ題材で1977年に、エマニエル夫人(Sylvia Kristel)を起用してよりエロティックなUne femme fidèle(華麗な関係)を撮っています。
音楽が Mort Schuman(モート・シューマン)とPierre PorteOrchestra(ピエール・ポルト)作曲のサントラLPは日本で発売されました。 ジャケット画像はItalianSoundtracks.com

☆次々と美人女優を妻にしたロジェ・ヴァディム監督の写真が見られるRoger Vadim et Francois Truffaut
海外のサイトですが原作者である「ラクロ」の肖像画が見られるChoderlos de Laclos (1741-1803)

Gerard Philipe - Fanfan
40年代と50年代に活躍したフランスの二枚目俳優のGérard Philipe(ジェラール・フィリップ)は1947年の「Le Diable Au Corps(肉体の悪魔)」で世界的に名を馳せました。 共演のMicheline Presle(ミシュリーヌ・プレール)との美男美女コンビは「危険な関係」でのジャンヌ・モローとジェラール・フィリップのコンビ同様とても魅力的です。
「肉体の悪魔」の写真はIl diavolo in corpo - FILM.TV.IT
ジェラール・フィリップはただ単にハンサムというだけではありません。 ジェラール・フィリップの声は美しいことで定評があり、1943年に書かれたSaint Exupéry (サンテクジュペリ)の「Le Petit Prince(星の王子さま)」の朗読が有名です。 20数年前に私がジェラール・フィリップのファンだと知ったフランス人が教えてくれたのでした。Merci!
☆日本でも1974年にフランス語版のLPが出たそうですが、"Le Petit Prince"のCDはフランスのLe Petit Prince et Fanfan LA Tulipe - Amazon.frでÉcouterをクリックして試聴してみて下さい。(音符マークのLe Petit Princeをクリック!) うっとり聞き惚れるるだけでなくフランス語の勉強にもなります。 ちなみに星の王子さま役は「禁じられた遊び」のジョルジュ・プージュリーです。
Fanfan la Tulipeとは映画「花咲ける騎士道」のことで、Christian-Jaque(クリスチャン=ジャック)がカンヌで監督賞を受賞した18世紀の活劇ものです。 この映画の役名からジェラール・フィリップのあだ名が"ファンファン"になったそうです。(後の1964年にアラン・ドロンを主役にして「La tulipe noire(黒いチューリップ)」を監督しています。)

素敵なジェラール・フィリップの日本のオフィシャルサイトはGerard Philipe offiical site(♪フォトギャラリーを見て下さい)
生誕80周年記念特別企画の甦るジェラール・フィリップ
「危険な関係」の写真はGérard Philipe et Jeanne Moreau
Boek en film: een 'Liaison Dangereuse'?
Ciné Méditerranée


Les Liaisons Dangereuses DVD
ページトップは魅惑のジェラール・フィリップとジャンヌ・モロー共演の「危険な関係」のフランス語版輸入DVDです。(ヨーロッパPALフォーマット又はリージョン2)
下記は2003年に発売になった日本語字幕版DVD(注文登録可)
LiaisonsDangereuses DVD危険な関係
日本語字幕版のDVDには2006年の「危険な関係」や1997年発売の「危険な関係【ワイド版】」などがあります。

Liaisons Dangereuses VHS
Liaisons Dangereuses VHSLes Liaisons Dangereuses (1959)
画像は2003年リリースのフランス語に英語字幕のLiaisons Dangereuses海外版VHSビデオですが、リンクは1999年の日本語字幕版です。 他にも1984年や1995年の「危険な関係(ワイドスクリーン版)」や「危険な関係(吹替版)」のVHSもあり。


Art Blakey & the Jazz Messengers Play "No Problem"
With Barney Wilen in Les Liaisons Dangereuses
危険な関係のブルース
ロジェ・ヴァディム監督の「危険な関係」では、当時の"フランス映画の音楽はジャズ!"という流行の例に漏れず、サックス奏者のBarney Wilen(バルネ・ウィラン)をフィーチャーしたArt Blakey & the Jazz Messengers(アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャース)が演奏するNo Problem(危険な関係のブルース)が大変評判になりました。
作曲はThelonious Monk(セロニアス・モンク)とされていますが、実際の作曲(オリジナル)はDuke Jordan(デューク・ジョーダン)なのだそうです。 この「問題無い」というタイトルの問題がある曲「No Problem(危険な関係のブルース)」はデューク・ジョーダンのアルバム「Flight To Jordan」等では「Si-Joya(シ・ジョヤ)」と改題されているそうです。
Duke Jordan - No Problem - iLike.com
※No Problemのクレジットについて書かれたスタンダードの世界 《N》(No Problemで検索)
ですが、映画「危険な関係」の中で主人公のジェラール・フィリップが演じる「外交官のヴァルモン」がセロニアス・モンクの1956年にリリースされた話題のアルバム「ブリリアント・コーナーズ」をかけるシーンがあったような。
☆Thelonious Monk(セロニアス・モンク)の1956年のアルバム「ブリリアント・コーナーズ」についてはAudio-Visual Trivia 内のアーニー・ヘンリー

バルネ・ウィランの写真や「危険な関係」のサントラ画像が沢山見られるBarney Wilen Story

Listenアート・ブレイキーの「危険な関係のブルース」が聴ける危険な関係のブルース 懐かしのヨーロッパ映画(注!すぐ音、映画のレビュと写真あり)
「危険な関係」のテーマ曲である"No Problem(危険な関係のブルース)"の実際の作曲者といわれるデューク・ジョーダンの1973年のアルバムは「Flight to Denmark(フライト・トゥ・デンマーク)」というタイトルだそうですが、1962年のデューク・ジョーダンの最高傑作が最高音質でリマスタリングされたサントラの「Les Liasions Dangereuses Soundtrack」があります。
試聴はLes Liasions Dangereuses Soundtrack - Amazon.com


Les Liaisons Dangereuses Soundtrack
Les Liaisons Dangereuses Soundtrack by Art Blakey「危険な関係」オリジナル・サウンドトラック(試聴無し)
☆上記はアートブレーキーの危険な関係のブルースを収録して2002年にリリースされたサウンドトラックですが、「危険な関係のブルース」(紙ジャケット仕様)という国内盤もあります。

ジャズ・エヴァー!
"Tommy Flanagan Trio(トミー・フラナガン・トリオ)"にも参加したことがあるアリゾナ出身の若手ドラマーのLewis Nash(ルイス・ナッシュ)が参加した"No Problem '94"がBarney Wilen(バルネ・ウイラン)のジャズ・スタンダード・アルバム"New York Romance"で試聴出来ます。
※デューク・ジョーダンの"危険な関係"など映画で使用されたジャズを集めた国内盤アルバム「Jazz Ever! Movie ジャズ・エヴァー! ムーヴィー (試聴はありませんが収録曲目情報が見られます。 このジャズのコンピレーションアルバム「ジャズ・エヴァー! ムーヴィー」には、SBenny Goodman(ベニー・グッドマン)の"ing, Sing, Sing(シング・シング・シング)"やJohnny Hartman(ジョニー・ハートマン)の"My Favorite Things(マイ・フェイヴァリット・シングス)"は別にして、殆どが演奏者のオリジナルの演奏ではなく、Count Basie(カウント・ベイシー)の"From Russia with Love(ロシアより愛をこめて)"、Lee Morgan(リー・モーガン)の"Midnight Cowboy(真夜中のカーボーイ)"、Bud Shank(バド・シャンク)の" I Will Wait For You(シェルブールの雨傘)"などのカバーバージョンが収録されています。


☆ラクロの小説「ヴァルモン」の映画化集☆
Une Femme Fidele (1977年) (華麗な関係) ロジェ・ヴァディム監督
Une Femme Fideleこのページで紹介した1959年のヴァディム監督自身の作品である「危険な関係」を約20年経ってからリメイクしています。 ジョン・フィンチの侯爵とナタリー・ドロンの侯爵夫人の夫婦が18世紀の貴族の恋愛ゲームを演じ、ゲームを忘れて伯爵が愛してしまうMathildeには当時エマニエル夫人で人気だったSylvia Kristel(シルヴィア・クリステル)を起用してよりエロティックな作品を撮りました。
Une Femme Fidèle - YouTube

Dangerous Liaisons (危険な関係) (1988年) スティーヴン・フリアーズ監督
Malkovich's DangerousLiaisons DVDコスチュームが素晴らしくアカデミー賞の美術や衣裳部門で受賞した18世紀のパリを舞台にした時代劇です。 パリの社交界に君臨するメルトイユ侯爵婦人はGlenn Close(グレン・クローズ)、ドンファンのバルモン子爵はJohn Malkovich(ジョン・マルコヴィッチ)です。
若いダンスニにはマトリックスのKeanu Reeves(キアヌ・リーヴス)、他にMichelle Pfeiffer(ミシェル・ファイファー)やUma Thurman(ユマ・サーマン)が出演します。
マルコヴィッチの「危険な関係」の写真が見られるLe relazioni pericolose - FILM.TV.IT
☆マルコヴィッチの「危険な関係」のトレーラーはDangerous Liaisons Trailer - VideoDetective

Valmont(恋の掟) (1988年) ミロス・フォアマン監督
Valmont原作に比較的忠実な内容になっている「恋の掟」は、2005年の「秘密のかけら」にも出演したイギリス人俳優のコリン・ファースがヴァルモン子爵、とアネット・ベニングがメルトイユ侯爵夫人を演じます。 舞台は18世紀フランスの貴族社会、美貌の未亡人とドンファンのヴァルモン子爵に絡むスキャンダラスな恋愛遊戯の物語です。
やはりイギリス紳士のコリン・ファースが演じるヴァルモンはお上品です。
Valmont Trailer - YouTube

Cruel Intensions (クルーエル・インテンションズ) (1999年) ロジャー・カンブル監督
Cruel Intensions「危険な関係」の若者版では、アメリカのハイソな高校生のRyan Phillippe(ライアン・フィリップ)とサラ・ミシェル・ゲラーの義姉弟が恋愛ゲームの新しいターゲットにReese Witherspoon (リース・ウィザースプーン)を選びます。
☆詳細はAudio-Visual Trivia内のクルーエル・インテンションズ

Untold Scandal (スキャンダル) (2003年)  Je-yong Lee(イ・ジェヨン)監督
Pe Yonjyun's Untold Scandal韓国ドラマでお馴染みのヨン様ことPe Yonjyun(Yonjun)又はBae Yong Joon(ペ・ヨンジュン)が主演した韓国李朝時代の貴族社会の描写や衣裳が圧巻の「スキャンダル」は日本以外のアジアでは初めての「Les Liaisons Dangereuses」の映画化です。
メガネを外したBae Yong Joon又はBae Yongjun(ヨン様)が艶じる「チョン様」は韓流(かんりゅう)「危険な関係」です。
videoトレーラーはfilm2.co - Untold Scandal

Les Liaisons Dangereuses (2003年) Josée Dayan(ジョゼ・ダヤン)監督
Les liaisons dangereuses60年代のパリの上流社会を舞台に、Catherine Deneuve(カトリーヌ・ドヌーヴ)がメルトイユ侯爵夫人、Rupert Everett(ルパート・エヴェレット)がヴァルモン、Nastassja Kinski(ナスターシャ・キンスキー)がヴァルモンが夢中になるトゥールベル婦人を演じます。
ロズモンド婦人には往年のフランス女優のDanielle Darrieux(ダニエル・ダリュー)が出演した仏テレビ・ドラマです。
画像はAmazon.comにあるフランス語版の200分DVDです。
海外のDVD画像が見られるDVD - Les Liaisons Dangereuses
Les Liaisons Dangereuses with Catherine Deneuve (2003) - YouTube
Les Liaisons Dangereuses with Alan Rickman (1985) The Royal Shakespeare Company - YouTube


Audio-Visual Trivia内の関連記事
ジャンヌ・モローが出演した1957年の映画 死刑台のエレベーター
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ミシュリーヌ・プレールの出演作は1959年のひと夏の情事
コリン・ファースの2005年の秘密のかけら
シルヴィア・クリステルのEmmanuelle(エマニエル夫人)


The Tyler Perry Collection DVD
The Tyler Perry Collection
Tyler Perry as Madea in Madea's Family Reunion (2006)

タイラー・ペリーズ・マディアズ・ファミリー・ リユニオン
タイラー・ペリーのコメデイ「Madea's Family Reunion」が2006年2月のアメリカ公開当時には全米Box Office Top 5で連続2週第一位を記録しました。
2006年のMadea's Family ReunionはTyler Perry(タイラー・ペリー又はテイラー・ペリー)が脚本及び監督、そして主演するMadeaシリーズのコメディ第6作目です。 2005年の第一作「Diary of a Mad Black Woman」はタイラー・ペリーが脚本を書き、タイラー・ペリーがマディおばあちゃん役で主演した2002年の「芝居」の初映画化で、予想外の記録的な大ヒットになり、7作まで製作する契約をしたそうです。 本作ではタイラー・ペリー監督自身が女装して南部黒人のおばあちゃんのMable "Madea" Simmons(マディ)を演じます。 マディおばあちゃん一家あげての親睦会に向けて、それぞれの家族の抱える問題の解決に大奮闘する笑いとペーソスがたっぷりのコメディです。 低予算(?)だから、おばあちゃんの他にもBrianとJoeの3役をペリーが演じます。 今回の第6作目にはLynn Whitfield(リン・ウィットフィールド)がおばあちゃんの姪のVictoria(ヴィクトリア)役で特別出演しています。
Lynn Whitfield/LisaArrindell sit down w/ SubUrbanUnderground - YouTube
Madea's Family Reunion - YouTube

タイラー・ペリーの芝居は初演が2000年の I Can Do Bad All By Myself 、2001年はDiary of a Mad Black Woman、2002年が今回の映画になった「Madea's Family Reunion」、2003年がMadea's Class Reunion、2004年がMeet the BrownsとMadea Goes to Jailです。

video「Madea's Family Reunion」の予告編はオフィシャルサイトのMadea's Family Reunion - Lions Gate Home Entertainment
アメリカでは2006年2月に公開されました。
「マディズ・ファミリー」第一作目の「Diary of a Mad Black Woman」のオフィシャルサイトはDiary of a Mad Black Woman Official Site - Lions Gate Home Entertainment

低予算なのに、映画が公開されるごとに人気が高まるタイラー・ペリーのコメディ「Madea」シリーズです。 7作の予定なので続いてもう一作が作られるでしょう。 素顔はハンサムなタイラー・ペリーが扮するパワフル「Madea」おばあちゃんは、銃を携帯するヘビースモーカーの男勝り! このマディおばあちゃんが姉の葬式やら孫の結婚式で週末に家族を呼び集めるからさあ大変、大騒動が始ります。 悲しみもジョークで吹き飛ばそう! ガッハッハと大笑いして・・・そしてホロリ。
※ちなみにマディおばあちゃんの名前「Madea」の由来は「Mother Dear(親愛なる母さん)」を縮めたものだそうで、キャラクター作りはタイラー・ペリーの実生活の母親や叔母などを参考にしたそうです。

タイラー・ペリーのスッピン写真も見られるTyler Perry Official Site Photos - TylerPerry.com
タイラー・ペリーのオフィシャルサイトではmediaで「マディアズ・ファミリー・リユニオン」の音声やビデオのクリップがあります。 ピストルをぷっぱなしてビデオの立ち売りからビデオを奪い取ったくわえ煙草のおばあちゃんが警官に連行される第一作なども観られますよ。
1943年にBing Crosby(ビング・クロスビー)とThe Andrews Sisters(アンドリューズ・シスターズ)が歌ったAl Dexter(アル・デクスター)作曲のコミックソング「Pistol Packin' Mama」を思い浮かべます。


Madea's Family Reunion Original Soundtrack (OST)
2006年に発売された「Madea's Family Reunion」のサウンドトラックは新旧ミックスのR & B集です。 KEMの"Tonight"をはじめ、LL Cool JとMary Maryの"We're Gonna Make It"、Chaka Khanの"Keep Your Head Up"、Johnny Gillの"You for Me"、Al Greenの"Love and Happiness"、O'Jayの"Family Reunion"、Will Downingの"I'll Be"など映画で使用された10曲を収録したサウンドトラックの2006年盤がMotown(モータウン)からリリースされています。
Madea's Family Reunion SoundtrackTyler Perry's Madea's Family Reunion Soundtrack
サントラの試聴はTyler Perry's Madea's Family Reunion [Soundtrack] - Amaozn.com

KEM
キーボードで弾き語りのケムは2003年にデビューアルバム「KEMistry」がモータウンからリリースされ、2005年には"I Can't Stop Loving You"を収録した「Album II」が発売になりました。 ケムの の幻想的ステージPVが見られるKem Music.com(曲は2004年リリースのロングヒット・シングル「I Can't Stop Loving You」)
Kem(ケム)についてはKem Music(英語のサイト)


The Tyler Perry Collection DVD
ページトップの画像は日本で発売になった英語版「The Tyler Perry Collection」の4枚組DVDです。
I Can Do Bad All By Myself、Madea's Class Reunion、Meet the Brownsと2006年のMadea's Family Reunionがセットになっています。

Madea's Family Reunion DVD
下記はアメリカで2006年に発売された第二弾「Madea's Family Reunion」DVDの輸入版(英語)です。
Madea's Family ReunionMadea's Family Reunion

Tyler Perry Collection: Madea's Family Reunion
2002年のタイラー・ペリーの初映画化「Madea's Family Reunion」DVDの2005年リリースの輸入版(英語)です。
Madea's Family Reunion DVDMadea's Family Reunion (2002) DVD

Tyler Perry's Daddy's Little Girls
タイラー・ペリーが脚本及び監督している最新作"Daddy's Little Girls"は2007年のヴァレンタインデーにアメリカで公開される予定だそうです。 逆シンデレラ・ストーリーで女検事がなんと3人子持ちの貧乏なバツイチ男に恋をしたという騒動を描いているラブコメで"詰め物"をしているタイラー・ペリーは観られません。
"Tyler Perry's Daddy's Little Girls"の予告編はMoviefone
タイラー・ペリーのサントラは定評がありますが、このDaddy's Little Girlsのサントラも話題らしいです。 家族や人生や恋愛などこの映画のテーマに沿って書き下ろされたかのような曲を従姉妹のDionne Warwick(ディオンヌ・ワーウィック)を含むWhitney Houston & The Family(ホイットニー・ヒューストン一家)が歌っている他、ディオンヌ・ワーウィックのFamily FirstやBeyonce(ビヨンセ)のDaddyが収録されています。
Daddy's Little Girls - SoundtrackDaddy's Little Girls
Beyonce - Daddy - YouTube

Tyler Perry's Why Did I Get Married?
2007年秋に公開の第四作目の「Why Did I Get Married?」が期待できます。 いつものようにタイラー・ペリーが監督及び主演するラブコメでなんとJanet Jackson(ジャネット・ジャクソン)が出演しています。 ロッキーマウンティン(コロラド)のリゾート地を舞台に毎年秘書に訪れる大学時代の女友達4組のカップルが"結婚"について検証します。 これもタイラー・ペリーの好評だった芝居の映画化です。 さて、そこにセクシーな若い女が現れると・・・どうなる? 映画の音楽はAaron Zigman(アーロン・ジグマン)ですが、Jay Weigelが作曲したColor Me BlueやSamba of Loveが使用されるとか。
"Why Did I Get Married?"のオフィシャルサイトはWhy Did I Get Married?" - Lions Gate Entertainment [us]

Tyler Perry's The Family That
2008年もタイラー・ペリーが脚本及び監督する「The Family That Preys 」は前作よりシリアス感が増し、もろくもある家族の絆を模索するストーリだそうで、アメリカでは9月初旬に公開されますが、そろそろ日本でも公開にならないでしょうかね。 唯一日本で公開された映画はたいらー・ペリーが製作総指揮に名を連ねている2009年の「Precious: Based on the Novel Push by Sapphire(プレシャス)」が2010年春に上映されただけ。
今回は名女優のKathy Bates(キャシー・ベイツ)が大会社の重役で出演する「The Family That」のオフィシャルサイトはThe Family That Preys Official site

Tyler Perry's Madea Goes to Jail
これで終わりかって?とんでもない! アメリカでは2009年2月にもタイラー・ペリーが監督及び脚本そして主演する新作が公開されます。 検事補のJoshua(ジョシュア)役のDerek Lukeも出演。 今回は例のピストルを持ったおばあちゃんは高速道路のカーチェイスの後、刑務所に行くんだとか。
Madea Goes to Jail Trailer- YouTube
Tyler Perry's Why Did I Get Married Too? (2010)
2010年にボックスオフィスで上位に入ったジャネット・ジャクソンとタイラー・ペリーが出演する映画は上述の結婚したカップルの騒動を描いた「Why Did I Get Married?」に続きおばあちゃんではありません。
Why Did I Get Married Too? Official Site

☆Audio-Visual Trivia内のリン・ウィットフィールドが主演した映画「愛と情熱のジョセフィン・ベイカー

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