June 2006 Archives



The Tempos from Niagara Falls
「ニノ&エイプリル」はニューヨーク州ナイアガラに住むシシリー出身の家庭に生まれた姉弟デュオであるNino Tempo & April Stevensは、50年代から70年代にかけて何曲もチャート入りを果たしているのですが日本では余り知られていません。 兄のNino Tempo(ニノ・テンポ)と妹のApril Stevens(エイプリル・スティーヴンス)はデュオとして、そして個人としても才能豊かなミュージシャンでスイングやポップスのスタンダード曲をセンチメンタルにカバーしたり、カントリーやR & Bまで幅広いジャンルで活躍してきました。 特に1963年のAtcoレコードからリリースして全米1位に輝いた"Deep Purple"や"Whispering"のヒットで一躍脚光を浴びました。 Deep Purple(ディープ・パープル)は1930年代に活躍したニューヨークの音楽家のPeter de Rose(ピーター・デロース)が1933年にピアノ・ソロとして作曲したのですが、Paul Whiteman(ポール・ホワイトマン)が初めてオーケストラで演奏した曲ですが1939年にMitchell Parish(ミッチェル・パリッシュ)が歌詞を付けてから広く知られるようになり、専属歌手だったBing Crosby(ビング・クロスビー)やSarah Vaughan(サラ・ヴォーン)といったヴォーカリストが歌いました。 演奏ではGlenn Miller(グレン・ミラー)やArtie Shaw(アーティ・ショー)楽団の演奏から、ジャズピアノではArt Tatum(アート・テイタム)、そしてChet Baker(チェット・ベイカー)などのジャズ・ミュージシャンなどが取り上げている人気のスタンダード曲です。
ニノ・テンポ & エイプリル・スティーヴンスが1974年にA & M からリリースした"Wake Up And Love Me"も人気がありました。
Nino Tempo & April Stevensの"Deep Purple"が聴けるDeep Purple - Brian's Oldies Fixxx

4歳でタレントスカウト番組で優勝したニノ・テンポは7歳にしてテレビでBenny Goodman(ベニー・グッドマン又はベニイ・グッドマン)楽団で歌ったそうです。 ニノ・テンポはグッドマンの影響で楽器は最初クラリネットを学びましたが13歳の時にテナー・サックスに替えたそうです。 歌手活動の他には、子役として映画に出演しており1956年のロックンロール映画「The Girl Can't Help It(女はそれを我慢できない)」に自身の役で出演して自作の"Tempo's tempo"を歌っている他、1958年にテレビシリーズのPeter Gunn(ピーターガン)にも出演したことがあすそうです。

一方、ニノ・テンポ(本名Antonino LoTempio)の妹のCarol LoTempio(カロル・ロテンピオ)は高校生の時にインディーズ(独立レーベル)のLaurel Recordsにスカウトされて、誕生月が四月だったことから本名のイタリア名からApril Stevens(エイプリル・スティーヴンス)というアメリカ風な芸名で"No No No Not That"をリリースしてヒットとなり、兄のニノ・テンポより一足お先に有名になりました。 その後メジャーなRCA Victor Recordsと契約し、1951年にコ-ル・ポーターのリバイバル曲"I'm in Love Again"がトップテン入りを果たしました。 同じくリバイバルソングの"Gimme a Little Kiss, Will Ya Huh?"とその後の"And So to Sleep Again"でチャート入りは終りました。
50年代のセクシー路線曲"Gimme A Little KIss Will Ya,Huh?"と"And So To Sleep Again"を収録した収録したというアルバム「Gimme a Little Kiss」は見つかりませんが"Gimme a Little Kiss, Will Ya Huh?"は「Music of My Life, Vol. 6: Golden Decade, 1951」又は「Golden Decade - Music Of My Life (Vol. 06)」に収録されています。
"Gimme A Little KIss Will Ya,Huh?"の試聴はApril Stevens - "Gimme A Little KIss Will Ya,Huh?" - Amazon.co.uk(試聴なし)

Oh Do It Again I May Cry No No No No No But Do It Again... とMarilyn Monroe(マリリン・モンロー)が朝鮮戦争時代の1954年に歌ったGeorge Gershwin(ジョージ・ガーシュイン)作曲の思わせぶりな歌"Do It Again(一時Kiss Me Againに変更)"というのがありますが、それに類似した曲で、エイプリル・スティーヴンスが50年代にSocietyレコードからリリースした最初のシングルの"Don't Do It"は放送禁止を喰らったそうです。 ところがこのセクシーな歌はドイツ出身の編曲指揮者であり、1959年までRCA-VictorのディレクターだったHenri Rene(アンリ・レネ)の耳に止まり彼の楽団「Henri Rene & his Orchestra」で歌うことになりました。 エイプリル・スティーヴンスの歌は朝鮮戦争時代(1950 - 1953)に兵士達の間で大いに流行ったそうです。
アンリ・レネ楽団は50年代にアルバム「Miss Kitt, To You by Eartha Kitt」などのプロデュースも兼ねて、C'est Si BonやSanta Babyなどのセクシーな歌でお馴染みのEartha Kitt(アーサー・キット)のバックをShorty Rogers(ショーティー・ロジャース)楽団などと共に勤めていましたが、一番有名なのは1956年のHarry Belafonte(ハリー・ベラフォンテ)のCalypso(カリプソ)のLPリリースです。
April Stevens - Do It Again - iLike.com
April Stevens- -Don't Do It - iLike.com

ニノ・テンポとエイプリル・スティーヴンスのオフィシャルサイトはThe Official Nino Tempo and April Stevens Web Site(サイトでピアノ鍵盤のメニューからPHPTOSを選ぶと二人の写真が見られます。)


Deep Purple / Sing the Great Songs
ニノ・テンポとエイプリル・スティーヴンスの大ヒット曲の"Deep Purple"が収録されているアルバム
Deep Purple/Sing the Great Songs by Nino Tempo and April StevensDeep Purple/Sing the Great Songs

Carousel Dreams
人気のエイプリル・スティーヴンス単独名義のアルバム
Carousel Dreams by April StevensCarousel Dreams
試聴はCarousel Dreams - Amazon.com

All Strung Out
☆White Whaleレーベルからリリースされたニノ・テンポとの1967年のヒットシングルの"All Strung Out"や"I Can't Go On Living"が収録された"Varese Sarabande"の再リリース・アルバムは「All Strung Out - Amazon.com」です。


April Stevens Sings Teach Me Tiger!
私がエイプリル・スティーヴンスを知ったのはあるミスのためです。
ドイツのサイトで見つけた日本製のモンローのアルバムだとされている「Kiss Me Tiger - Marilyn Monroe 1926-1962」にもあるような間違いです。 何人かのモンロー・ファンはモンローの歌う"Teach Me Tiger"が見つからない!と探しているようですが見つかるわけはありません。 そんなものは存在しないのであります。 ついでにお知らせするとマリリン・モンローの歌うSanta Baby(サンタ・ベビー)も存在しません。 それはMadonna(マドンナ)あるいはCynthia Basinet(シンシア・バシネット)の間違いらしいです。(これについてはブログ内の記事"クリスマスソング集"を参照)

Teach me tiger how to kiss you.. wah wah wah wah wah...
エイプリル・スティーヴンスが歌ったセクシー路線の1959年のソロ・ヒットで"Teach Me Tiger!"という歌があります。 これはニノ・テンポとエイプリル・スティーヴンスが初期のセクシーなヒット曲"Don't Do It"のノリで兄妹が共作したものでBillboardの100位以内に入りましたが、又しても禁止された曰くつきの歌です。(この兄妹はかなり茶目っ気があるようです)
※Tiger(タイガー)とは動物の虎のことですがマッチョマンや強靭な男を意味するらしくて、彼氏にタイガー!と呼びかけると喉をゴロゴロいわせて喜ぶようです。 Hugh Grant(ヒュー・グラント)が主演したRoman Polanski(ロマン・ポランスキー)が監督した1992年の「Bitter Moon(赤い航路)」でそんなシーンがありました。 女性ならCat(キャット)なんでしょうか。 ちなみに「赤い航路」で音楽を担当したのはギリシャのシンセな即興演奏が知られる音楽家のVangelis(ヴァンゲリス)が作曲した"Bitter Moon Suite(赤い航路のテーマ)が使用された以外にPeggy Lee(ペギー・リー)の"Fever"やCharles Trenet(シャルル・トレネ)の"La Mer"などでした。
☆マリリン・モンローの歌と間違えられるエイプリル・スティーヴンスの"Teach Me Tiger!"の歌詞はApril Stevens - Teach Me Tiger Lyrics - Lyricsmania.com

This is not that Marilyn Monroe, but it's April Stevens!
Listenエイプリル・スティーヴンスのTeach Me Tiger!は1983年にChallenger(チャレンジャー)の宇宙飛行士が目覚まし代わりにこの曲を所望したところNASAが許可したそうです。  ☆下記にに宇宙関連のwfmuラジオのプレイリストがあります。
Playlist for The Eternal Now with Andy Ortmann - April 10, 2006のRealaudioでアルバムUltra-LoungeからTeach Me Tiger!が聴けます。(クリップ・ポジション(再生バー)を1:27:05まで移動)
こちらのプレイリストはワンクリックで聴けるPlaylist for 18 September 2002 | Don't Turn Me In (右端の1:24:34(Real)をクリック)

 

Marilyn Monroe - Do It Again ♪ ♪ ♪
マリリン・モンローの"Do It Again"は歌というより睦言のような曲ですが、歌の最後の可愛いクスクス笑いが聴きたいために購入してしまった私です。 そしてエイプリル・スティーヴンスの"Teach Me Tiger"もこんな笑い声が入っています。 そんなことから、私は"Teach Me Tiger!"を聴いてマリリン・モンローの歌だと思っていたのです。 海外でもそんなには知られていないこの曲についての間違いが指摘されているのを見つけました。 例えば"Marilyn Monroe's 'Teach me tiger'"といったようにソーシャル・ミュージック・プラットフォームのLast.fmでもこの歌をモンローだと思っているようです。
※ちなみに、この"Teach Me Tiger"は1996年にイギリスのキャットフード会社のWhiskasのTVコマーシャルで使用されたそうです。

Teach Me Tiger
エイプリル・スティーヴンスのアルバム
Teach Me Tiger by April StevensTeach Me Tiger
Do It Againも収録されているオリジナルのImperial LP 9118 盤は中古(ヴィンテージのダックスープ)で1万円位の価格ですが滅多に流出しません。
April Stevens: Teach Me Tiger - YouTube
Nino Tempo & April Stevens - Stasera No No No- YouTube

ページトップの画像はNino Tempo & April Stevens(ニノ・テンポとエイプリル・スティーヴンス)のアルバム「Sweet & Lovely」ですがこれにもエイプリル・スティーヴンスの"Teach Me Tiger!"が収録されています。 大ヒット曲の"Deep Purple"を始め、主に60年代初期の曲が収録されています。
キャンディボックスのようなアルバム「50's Golden Jukebox: Lover's Lane」では、エイプリル・スティーヴンスの"Teach Me Tiger"の他、Les Baxter(レス・バクスター)楽団のTaboo(タブー)、ペギー・リーのフィーヴァー、Julie London(ジュリー・ロンドン)のGo Slowなどが収録されたムードのある選曲です。
試聴は50's Golden Jukebox: Lover's Lane - Amazon.com

☆ついでというにはもったいないんですが、CDの「Ultra Lounge」シリーズの異色ともいえるほどお洒落なHenri Rene(アンリ・レネ)が演奏するお薦めアルバム「Ultra-Lounge, Vol. 10: A Bachelor in Paris」は素敵! "I Love Paris"、"April In Paris"、"C'est Si Bon"とパリにちなんだ選曲でスウィングしているアルバムですが、Sidney Bechet(シドニー・ベシェ)が作曲した"Petite Fleur(プティット・フルール)"はレネ風アレンジの素晴らしい小粋な曲で聴き逃せません。
Henri René - Petite Fleur (A Bachelor in Paris) - YouTube


Audio-Visual Trivia内の関連記事
私がエイプリル・スティーヴンスの歌を取り違えたマリリン・モンローの"Do It Again"が試聴出来るMarilyn Monroe
ニノ・テンポが子供時代にテレビ・ショーで一緒に出演したベニー・グッドマンについてはテディ・ウィルソン
エイプリル・スティーヴンスやマリリン・モンローの"Do It Again"を作曲したジョージ・ガーシュインについては巴里のアメリカ人


Devil In A Blue Dress DVD
Devil In A Blue Dress DVD
Denzel Washington as Easy Rawlins in Devil In A Blue Dress (1995)

Walter Mosley's Devil in a Blue Dress
1990年に書かれた黒人推理小説家のWalter Mosley(ウォルター・モズレイ)が書いたハードボイルドな「Devil in a Blue Dress(ブルー・ドレスの女)」が映画の原作で、この映画「青いドレスの女」がモズレイ作品の初の映画化だそうです。 監督はTV界出身でモズレイのファンであるCarl Franklin(カール・フランクリン)がモズレイを共同プロデューサーとして迎え、フランクリンが脚本も手掛けたフィルム・ノワールです。 映画は1948年の戦後のロサンゼルスを舞台に謎を解いていくのが貧しいが誇り高き黒人のEasy Rawlins(イージー・ローリング)ですが、えらく白人にコンプレックスを感じています。 カール・フランクリンは2003年にも同じくDenzel Washington(デンゼル・ワシントン)主演のサスペンス映画の「Out of Time(タイムリミット)」を監督しています。 「The Sixth Sense(シックス・センス)」や「The Silence of the Lambs(羊たちの沈黙)」でも定評のあるTak Fujimoto(タク・フジモト)による撮影で甦った戦後のノスタルジックなロスの描写もこの映画の呼び物の一つです。 タク・フジモト氏は1991年に「羊たちの沈黙」で英国アカデミー賞の撮影賞、「青いドレスの女」で1995年の全米批評家協会賞の撮影賞を受賞しています。 テキサスはヒューストンからロスにやって来たイージー・ローリングが金のためにニワカ探偵を引き受けたことにより殺人事件に巻き込まれるというサスペンス映画ですが、誰が犯人かというよりもなぜそうしたかという犯罪の動機を解明した推理映画だそうです。 戦後のロスで黒人が臭い飯を食わずに探偵業を全うするなんて至難の業、LAの市長選挙が絡んだ汚い裏の世界にイージーに足を踏み込んでしまったイージー探偵はどうなるでしょう。 イージーが心を奪われた美しい謎のヒロインとの禁じられた恋は成就するでしょうか。 ともかくハードボイルドなDenzel Washington(デンゼル・ワシントン)とセクシーなJennifer Beals(ジェニファー・ビールス)と1940年代後期ロサンゼルスを堪能することができます。 そうそうレトロな自動車もたくさん。

「青いドレスの女」の主人公はいつもクールなデンゼル・ワシントンが演じるEzekiel 'Easy' Rawlins(イージー・ローリング)です。 そして、イージー・ローリングのテキサスの幼馴染みでちょいと可笑しな(オカシな)Mouse Alexander(マウス・アレキサンダー)をDon Cheadle(ドン・チードル)が演じ、1993年の「Striking Distance(スリー・リバーズ)」で気の触れた従兄弟のジミーの兄であるダニーを演じたトム・サイズモアが依頼人のDeWitt Albright(ドゥウィット・オルブライト)、1983年のFlashdance(フラッシュダンス)に出演したバイレイシャルのジェニファー・ビールスが青いドレスを着たバイレイシャルのダフネ役で出演する他、人気TVシリーズのAlly MacBeal(アリーmyLove)でルームメイトのRenee Radick(レネ)役だったムチムチのLisa Nicole Carson(リサ・ニコル・カーソン)がダフネの女友達というCoretta(コレッタ)を演じデンゼルと激しく絡みます。

Devil In A Blue Dress Synopsis 1995年
この「青いドレスの女」のあらすじにはネタバレも含まれているのでこれからビデオをご覧になる方は読まない方が楽しめます。
映画のオープニングはアメリカ南部を表現したような青を基調としたPablo Ferro(パブロ・フェロ)の手描きのタイトル・デザインをバックにクレジットが流れるなか、私の大好きなT-Bone Walker(T ボーン・ウォーカー)のブルース"West Side Baby"で始まります。 きっと素晴らしい映画だろうと冒頭から期待がいっぱい。 タイトルデザインと同じようにロスの町の風景で映画は始まり、原作通りにイージーのナレーションで物語が進行(回想されて)していきます。 回想だからか画面が時々セピアになります。 舞台はロスアンジェルスですが登場人物の多くは戦後に南部からやって来た黒人たちです。
Opening Credit - Devil In A Blue Dress - YouTube
T-Bone Walker - West Side Baby - iLike.com
第二次世界大戦が終って数年経過、時はロス市長選挙の行われる1948年の夏、機械修理工として働いていた飛行機工場で過剰勤務を拒否したことにより一時解雇となったイージーは戦時中は英雄でも黒人であるためになかなか仕事が見つからなくて家のローンも払えず困っていた。 イージーのヒューストン時代からの古い知り合いで元ボクサーというJoppy(ジョッピー)が経営するもぐりの黒人酒場で飲んでいたところ、ジョッピーの知人だという清潔そうな白い麻スーツにパナマ帽の白人男のドゥウィット・オルブライトを紹介された。 南部訛りのある大男のオルブライトは仕事をくれるというが、カンジの悪い男だった。 ジョッピーはしきりにイージーを売り込んでいる。 イージーは家を手放したくないばかりに元弁護士で今は人助けの仕事をしているというオルブライトに言われた通りに翌日の夜にオフィスを訪ねた。 もっともらしくもなんだかあいまいな話だが、市長選で人気のあったTodd Carter(カーター)のフィアンセだという白人女のDaphne Monet(ダフネ)が3万ドル(当時の300万円か)という大金を持ち逃げして消息不明なので、探してくれとイージーに100ドル(当時の2万円弱)を手渡したオルブライト。 ロスのジャズ・クラブやナイトクラブの常連だというそのダフネは黒人が好みだというから色男の黒人のイージーにお鉢がまわってきたのでしょうか。 新聞記事でカーターと手をつないだ美しいダフネの写真を見ながら、探偵なんてやったことはないイージーでしたが数ヶ月分のローン支払いに相当する金額に引かれて承諾したのがこの後の厄介な出来事の始まりでした。

場面変わって音楽はSpecialty Recordsの創設者でR&B歌手のRoy Milton(ロイ・ミルトン)が歌う"Hop, Skip and Jump"が流れるなか、バリっとスーツを着こなしたイージーが小さな雑貨屋の壁裏にある南部人(黒人)に人気のもぐり酒場(ジャズクラブ)の"John's place"に情報を得に行ったところ、テキサス同窓会のように古い知り合い(黒人)がたむろっていた。
Roy Milton - Hop, Skip and Jump (1948) - Rádio UOL
物静かで信心深いOdell Jones(ジョーンズ)やDegan Odell(ディーガン)やカウボーイハットをかぶった元同僚のDupree(デュプリー)とその連れのセクシーな黒人女のCoretta James(コレッタ)、その中でも今はCentral clubの用心棒になったJunior Fornay(ジュニア)は酔っ払い同士の喧嘩だったが以前にマウスが止めなければイージーが殺されていたかもしれなかったという経緯がある人物。 この時この酒場にイージーが入る前にジュニアと一騒ぎ起こしていた白人男が後に殺される客引きのRichard McGee(マッギー)、早めのネタバレ。
時間も経ち飲み疲れ気だるいT ボーン・ウォーカー風のPee Wee Crayton(ピー・ウィー・クレイトン)が演奏する"Blues After Hours"が流れる頃、イージーは帰ろうとしたが酔いつぶれちゃっているデュプリーを彼のアパートまで背負っていくことになった。 デュプリーが高いびきの最中に悪いと思いながらもコレッタに誘惑されて激しい情事を体験したイージーでした。 ともかくダフネの女友達というコレッタからダフネは以前に黒人のFrank Green(フランク)と一緒に住んでいたことを聞き出し、ちょいとお礼をすればダフネと連絡を撮ってくれると言った。
Pee Wee Crayton - Blues After Hours -Youtube
一夜が明けたらイージーは爽やかにお庭の手入れ、小さな家に大きな植木をせっせと庭に埋め込んで、果物がどっさりなるといいな。 白人並みになろうとやっと手に入れたこのささやかだけど素敵な家は絶対手放したくないイージーです。 部屋は三つしかないとはいえ、家にある食いものはパンだけとはいえ、こ家のローンが2ヶ月滞納になっているとはいえ、この時代の黒人と言う設定にしては、イージーは高級なランニングシャツを身に付け、いざという場合にはバリッとした背広を着用、なんとこの時代にお洒落な黒電話も所有しているというリッチさなのです。 私は半世紀も昔ですが、映画のなかで貧しいスラム街の黒人という設定なのにシャワーを浴びている映像をを見て、日本に住む私はスラム以下であると確信したもんでした。

ポストを覗いたイージーはヒューストンに住む友達のマウスから手紙を見つけた。 イージーと違って白人の作った法には無頓着な超過激男のマウスは浮気がバレて奥さんからおっぽり出されたらしくイージーを頼ってロスアンジェルスに来たいというのだ。 ともかく数年前にマウスが相続のことで義理の父親を撃つのを止められなかったばかりが分け前まで受け取ったことに気が咎めていたのでなんとなく会うのは怖い気もした。 拒絶の感は否めないものの、マウスはちょっとは銃の扱い方を心得ているから助っ人になるかもしれないと思った。 本人は早撃ちが自慢だと豪語しているのだが思ったよりマウスは銃の扱い方を間違っているようだが。 戦時中イージーは必要悪で敵を殺したがマウスは金とスリルのために殺すヤカラなのだ。 こんな正反対の性格なのになんで親友なんだ。
オルブライトが電話で指示した待ち合わせ場所のMalibu pier((Santa Monica Pier))は白人地域の界隈にある。 Fishermen's Pier Restaurantが見える場所に来た時、懸念した通りイージーは絡んできた黒人嫌いの白人の若いチンピラが因縁をつけてきたのでなんとか上手く治めようとしたが、突然暗がりから銃を片手にオルブライトが現れた。 「てめえの脳みそが見たいのさ。」と若者の頭に銃をつきつけ暴行を働くオルブライトの狂気の沙汰にあっけに取られるイージーだった。 天の助けにしちゃ手荒い。(その若者は多分射殺された)
イージーは昼ごろに家に戻ったがロス市警の殺人課の刑事に逮捕されてしまう。 なぜか訳も分らずに連行され今朝の5時のアリバイを聞かれる。 申し開きをすれば二人の刑事に謂れの無い暴力をふられロス市警の留置所に入れられるも証拠不十分で釈放、どうやら一夜を共にしたコレッタが何者かに撲殺されたらしい。 それにしてもよく映画で取り上げられるがロス市警の手荒な取調べは言語道断、暴動が起こって当然。 夜道をJohn's placeへ向かっているとイージーに黒塗りのキャデラックが近づいてきた。 運転手付きの高級車の中の人物は市長選挙では候補者としてカーターと争っていたがかなわぬと分り下りた富豪のテレルだった。
このシーンのBGMがなぜか1930年にLucienne Boyer(リュシエンヌ・ボワイエ)が歌ったシャンソンの"Parlez-moi d'amour(聞かせてよ愛の言葉を)"
少年を同乗させていたテレルはいろいろと情報通だったがイージーにダフネのことを聞いた。(後に実の息子ではないことが判明) 臭い金をくれるというのを断ってイージーは車を降りて家に戻ったところ、驚いたことにダフネから電話がかかってきたのだ。 ニューオリンズからやって来たからか気取ってフランス語のアクセントで言った、「私はダフネよ、探しているんでしょう。 コレッタから聞いたわ。」 イージーはダフネが教えたホテルに彼女を訪ねた。 部屋には煙草を燻らせながら"青いドレスの女"が輝くように立っていた。 新聞で見た写真よりずっと美しい。 このシーンではあまりにも魅惑的なダフネに半ば呆然としたイージーの心を代弁するかのようにDuke Ellington(デューク・エリントン)の1947年のロマンチックな"Maybe I Should Change My Ways"が流れます。
コレッタは親友だったと言うダフネに「親友が秘密を漏らすか?」反論したイージーでしたが、それもそのはず、被害者だと思われたコレッタは実は強請り屋だったのだ。 ダフネは自分とカーターに致命的なな情報を持っている元恋人のマッギーに会いに行きたいとイージーに頼んだ。 お礼はするというのでダフネに同行するが、この人種差別のご時世に、しかも真夜中(じきに明け方)、白人の女を隣に乗せて車を走らせるイージーは白人に見つかればリンチ!と気が気ではなかった。 ダフネの指示通りにハリウッド・ヒル行くと外には1台のハードトップの小型車(いや、コンバーチブルか? どっち?目がおかしくなった。 原作ではStudebakerが停車していて、家の中からは本来なら放映時間が終っている筈のテレビの音が聞えてきた。(これは何のヒントにもならない) しかし家中が荒らされマッギーはベッドで惨殺されていた。 死体の側に落ちていたのはメキシコ製の安煙草、Zapatas(サパタ)、あいつのだ。 あまりのことにショックを受けたのか、ダフネはあろうことかイージーを置き去りにして車(ハードトップ?コンバーチブル?)で走り去ってしまった。(なんてことすんの!) マッギーはコレットに次ぐ死者だ。 翌朝やっと家に戻ると見知らぬ車が外に停車している。 なんと自分の家にオルブライト一味が勝手に入っていたのだ。 今じゃ初期のオルブライトの慇懃な態度からはガラリと変わって、「なんでダフネの情報をよこさないんだ!」と銃口は突きつけるわ、ナイフで目を狙うわ、ギャング並みの手荒さでイージーにダフネのことを吐かせた。 殺されちゃ適わないから知っていることを全て話したイージーに、「よくやった。 今度はダフネの仲間のフランクを探せ。 そうすりゃお前の役目は終いだ。」、なんて笑ってる場合じゃない。 イージーは既に二つの殺人事件に関係してしまったのだ。
イージーはオルブライトについて紹介者の酒場のジョッピーに聞くが「お前に仕事を探してやっただけ。」と要領を得ない返答。 うむ、なにかが間違っているはず。 そこでイージーはダフネに去られたというカーターを会社に訪ねてダフネとオルブライトについて話す。 するとなんとオルブライトはテレルの手先でマッギーはゆすり屋で金持ちの小児性愛者(pedophile)に少年を斡旋(売買)するポン引きだったことが判明。 カーターから100万円(当時)の報酬でダフネ救出の仕事を請け負うことになった。 イージーはまずテレルのスキャンダルの証拠写真を持っているフランクを探しにクラブや酒場などを訪ねまわる。 酒やタバコのトラックを襲っては闇に流すギャングらしく黒装束のフランク。
かってイージーがジョッピーと行ったことがある犯罪者の溜まり場であるRicardo's Pool Room(玉突き場)や売春宿でフランクを探してから自宅到着まで流れる曲はThelonious Monk(セロニアス・モンク)の"'Round Midnight
Thelonious Monk - Round Midnight - Rádio UOL

Easy Rawlins to become a P.I. (private detective)
出会った人々に危険な殺し屋のフランクのことを聞きだした二日間の探偵まがいの行動を終えてイージーが家に入ろうとすると、嗅ぎ回っている訳を知ろうと待ち伏せしていたフランク本人に襲われ、取っ組み合いの末、ナイフ使いのフランクに左首すじを切られそうになる。 あわやという時、フランクの後頭部に銃を突きつけたのがイージーを訪ねて来た10年ぶりのマウスだった。 今までいったいどんな奴なんだと散々気を持たせてきたマウスがここでやっと登場。 大変長らくお待たせしました。 マウスが来なけりゃイージーが死んで映画が終ってる。 銃を携帯している用心棒としては心強いが、加虐的でやたらに銃をぶっ放すマウス、この時も早まったマウスがフランクを撃とうとした途端に電話が鳴った。(セーフ!) 一旦銃をしまったかに見えた早撃ちマウスの銃が火を噴き肩を撃たれたフランクは逃亡してしまう。(アウト!) なんてこった!とマウスを怒るイージーも"左手"を挙げて「もうしません。」と誓うマウスには笑うしかない。 なにしろ「酔っっぱらっているのか。」と言っただけのイージーにさえ腹を立てて銃を突きつけるくらいです。(短銃は2丁所持) 誰も殺さない約束でイージーの相棒となったマウス。
そこに刑事がマッギー殺害の件でまだ話があるとやって来た。 まるで因縁をつけているような質問でイージーをしょっ引こうとする刑事に明日の朝まで待ってくれと言いマウスと共に真相究明に向かうイージー。 マギーの胸に刺さっていたナイフの指紋照合の結果イージーは当然のこと白だった。 依然マッギーと揉めていたジュニアを訪ねてマッギーを殺したことを吐かせようとするシーンのBGMはなんと伝説的ゴスペル・シンガーのRev. James Cleveland(ジェームス・クリーブランド師)が1962年に歌った"Peace Be Still"、どうやらタイムマシンらしい。
送っていっただけで俺は誰も殺してはいないと言い張るジュニアに証拠の煙草を示して事実を聞きだした。 この後凸凹探偵チームは愛人のコレッタを殺されて悲しんでいるデュプリーを訪ねます。 コレッタと同居していたデュプリーは何日もの拘留で取調べを受けたのだった。  コレッタを殺した奴は絶対に殺してやる!と言うデュプリーでしたがマウスが勧めるままに飲んで今回も高いびきで寝てしまう。 二人が寝こんでいる間にイージーはあの証拠写真でも出てくるかと家捜しします。 あった!先ほどデュプリーが話していたコレッタの聖書の中に挟んであったのはゆすりのネタになったテレルのスキャンダラスな写真でした。 このせいでコレッタもマッギーも死んだのだ。 マウスはテーブルに短銃のスミス&ウェッソンとコルト(?)を置いて寝ていたので、小さい方を掴むと一人自宅に戻った。 するとダフネが待っていた。 今回も青いドレスを着ているダフネ。 写真を見つけたことを知るとイージーに擦り寄った。(惜しむらくはエロティックなラブシーンは監督の意向でカット) 「写真は私のものよ。 フランクのことを警察に通報するぞとダフネを脅したところ、なんとフランクはダフネの恋人ではなかったことが判明。 コレット殺害の真犯人は元ボクサーのジョッピーの仕業だとダフネが明かす。(しゃべらないように脅すだけのつもりだった) イージーの行きつけの酒場の主人であるジョッピーがオルブライトとつるんでようとは。 カーターと結婚するはずだったダフネの秘密を掴んだテレルがカーターの失脚を狙ってダフネを脅迫していたのだ。 そのダフネもカーターのためにとテレルのスキャンダルの証拠を掴んでいた。 そんなことを話しているところにオルブライトとジョッピーたちが入って来る。 イージーは多勢に無勢で見事伸されてダフネは拉致されてしまう。 瀕死の重傷にも関わらず車を運転してダフネを探しにオルブライトの家に行こうとするハードボイルドなイージー。(ちょっとクサイ) 後を追ってきたマウスから銃を借り受けるとジョッピーの酒場に上がって行ったイージーはジョッピーを銃で脅して車に乗せ一味のアジトを聞き出す。 しかし運転しているマウスはジョピーがコレットを殺した張本人と聞いて突然振り向き銃をぶっ放したから危うく上手い儲け話がふいになるとこだった。(セーフ!) イージーがダフネが証拠写真に7千ドル(当時で70万円)も払うと言ったと話してやっとで銃を納めたマウス。 隠れ家に到着、闇夜奇襲攻撃決行。 窓からダフネの助けを求める声が漏れてくる。(原作では全裸) 写真はどこだ?金はどこだ?と攻められている様子。 焼けた暖炉の火を掻き棒をダフネに押し付けようとした時、窓を割ってイージーが盲撃ち。 重症なんてどこ吹く風のイージーだがなにしろダフネが人質。 そこに早撃ち名人のマウス登場! ヒューヒュー!! 悪漢オルブライトは息絶えた。 やはりマウスは銃の扱い方を知っていた恐怖で歯の根も合わぬダフネを抱えて車に着くと居るはずのジョッピーの姿がみえない。 「あそこ。」とマウス指さす方をみれば地面に転がっている。(アウト!) 「なんで?」と聞くイージーにマウスが答えた。 「撃つなって言っただろ、な。 だから、絞めた。 殺すなってんなら俺と一緒に置いとくなよ。」 ドン・チードルが演じるマウスのキャラが凄いインパクト。 このままで終らせたくない。
ダフネの謎もダフネとフランクの関係も明らかになった今、イージーはダフネをフランクのアパートまで送って行きます。(原作ではフランクはマウスに撃たれた) ダフネはロスを去ったが、証拠写真のおかげでテレルのスキャンダルを握ったカーターの市長の椅子は安泰。 まだ人種差別の激しかった時代だし、本当に愛しているとは言ってもやはりカーターはダフネよりも市長を選択した。 途方も無く巨額の報酬を得たイージーは本物の私立探偵事務所を開設してめでたし、めでたし。 エレガントで詰めの甘いハードボイルド映画でしたが充分に楽しめました。(特にマウス!) しかし、暴露されたダフネの胸糞の悪くなるような実の父親からの虐待はなんとも哀れな境遇で、ふとRoman Polanski(ロマン・ポランスキー)が監督した1974年の映画「Chinatown(チャイナタウン)」を思い浮かべました。
エンディングの音楽はLloyd Glenn(ロイド・グレン)の演奏するスウィンギーな"Chica Boo"です。 ロイド・グレンは1920年代から活動しているR&Bのピアニスト1947年のT ボーン・ウォーカーの有名なアルバム「Call It Stormy Monday」や1960年のB. B. King(BBキング)の「My Kind Of Blues」の吹き込みに参加しています。
Lloyd Glenn - Chica Boo - YouTube

Mouse Alexander
ところで、イージーの相棒の「マウス・アレキサンダー」というドン・チードルが演じた役名ですが、教科書に取り上げられている有名なSwimmy(スイミー)などの児童文学の著者「Leo Lionni(レオ・レオニ)」が友情について書いた1969年の4部作「Frederick and His Friends」の中の「Alexander and the Wind-Up Mouse(アレクサンダとぜんまいねずみ)」に由来しているのでしょうか? 関係ありやなしや?

Pablo Ferro
映画のタイトル・デザインを手掛けるキューバ出身のグラフィック・デザイナーのパブロ・フェロは移住先のニューヨークで1950年代からアニメーションを手掛けました。 パブロ・フェロが制作したCMを見たStanley Kubrick(スタンリー・キューブリック)に請われて1964年の「Dr. Strangelove Or: How I Learned To Stop Worrying And Love The Bomb(博士の異常な愛情)」の予告編でクィックカット手法と呼ばれる手描きのタイトルデザイン(レタリング)を手掛けたのが最初の映画の仕事だったそうですが、1971年にもキューブリック監督のA Clockwork Orange(時計じかけのオレンジ)、1993年の「Addams Family Values(アダムス・ファミリー2)」、1997年の「L.A. Confidential(L.A.コンフィデンシャル)、2004年の「Napoleon Dynamite(ナポレオン・ダイナマイト/バス男)」やデンゼル・ワシントンがベン・マルコ少佐を演じた2004年の「The Manchurian Candidate(クライシス・オブ・アメリカ)」などたくさんのタイトルを手掛け、50年代と60年代にたくさんの映画タイトルデザインを手掛けたSaul Bass(ソウル・バス)の後に活躍しました。
Pablo Ferro's Title Graphics - YouTube

video「青いドレスの女」のトレーラーはDevil In A Blue Dress Trailer - VideoDetective
Jennifer Beals - YouTube
「青いドレスの女」の写真が見られるIl diavolo in blu Photos - FILM.TV.IT


Denzel Washington
「青いドレスの女」で探偵のイージー・ローリングを演じた神々しいほどエレガントなデンゼル・ワシントンは、科学的に分析すると最も美しい顔なんだそうです。 1992年のSpike Lee(スパイク・リー)が監督した「Malcolm X(マルコムX)」ではアカデミー受賞を逃しましたが、2001年のサスペンス「Training Day(トレーニング・デイ)」の悪役"Alonzo(アロンゾ)"の名演により、1963年のSidney Poitier(シドニー・ポワチエ)以来二人目の黒人でアカデミー主演賞を受賞した俳優です。
「トレーニングデイ」のトレーラーはTraining Day Trailer - VideoDetective
舞台出身のデンゼル・ワシントンは1981年に「ハロー、ダディ!」で映画デビューして以来常に話題の社会派作品で注目を集めています。 美貌、知性的、正義感の固まり、スポーツ万能のような強靭な肉体、そしてトランペットも吹く感性の持ち主はクールな男の理想像でしょう。 他に代表作として1987年の「Cry Freedom(遠い夜明け)」、1993年の「The Pelican Brief(ペリカン文書)」、1999年の「The Hurricane(ザ・ハリケーン)」、そして2006年の「Inside Man(インサイド・マン)」などがあり、「Deja Vu(デジャヴ)」は日本では2007年3月公開です。

デンゼル・ワシントンがBenicio Del Toro(ベニチオ・デル・トロ)と共演する予定の映画で現在製作中の「American Gangster (2007)」の原作は、作家のMark Jacobson(マーク・ジェイコブスン)がアメリカの大手誌「New York Magazine(ニューヨーク)」に掲載した記事「Tru Blu」で、70年代のハーレムの麻薬王について書かれているそうです。
☆New York(ニューヨーク誌)のThe Return of Superfly by Mark Jacobson(英語のサイト)
※マーク・ジェイコブスン氏は「ニューヨーク誌」の2006年年3月27日号に「The Ground Zero Grassy Knoll(Grassy Knollからのゼロ地点)」を特集して9.11事件の陰謀論に迫り話題を呼んでいます。
同じくNew York誌のThe Ground Zero Grassy Knoll by Mark Jacobson

Jennifer Beals' Flashdance
ヒロインの衣裳のレッグワーマーやエリを大きくカットしたスエットシャツ・スタイルでも有名になった80年代を代表するダンス・サクセス映画「Flashdance(フレッシュダンス)」は、1997年のリメイク版「ロリータ」と同じくAdrian Lyne(エイドリアン・ライン)の監督です。
☆ジェニファービールスがヒロインのAlex Owens(アレックス・オウエンス)を演じて一躍人気スターとなったフラッシュダンスの写真が見られるTeen Musicals & Dance Classics
videoオスカーを受賞したフラッシュダンスのテーマ曲"What A Feeling'"はIrene Cara(アイリーン・キャラ)が歌いました。 "First when there's nothing..."と歌われるWhat A Feeling'の歌詞はThe Irene Cara Lyrics - Flashdance

「フラッシュダンス」で有名になった黒人とアイルランド系アメリカ人との間に生まれたエキゾティックな女優のジェニファー・ビールスは日本のソニーのテレビ・コマーシャルにも出演したことがあるそうですが、現在は「青いドレスの女」よりもっとセクシーなLA在住のレズとストレートの女性グループを描いたテレビ・シリーズ 「The L Word(Lの世界)」でLaurel Holloman(ローレル・ホロマン)とレズカップルとして出演しているそうです。  かってはサラ・ジェシカ・パーカーが主演した1998年~2004年の「Sex And The City(セックス・アンド・ザ・シティ)」のようにヒットとなるでしょうか。
「The L World」に出演するジェニファー・ビールスなどの無難な写真が見られるJennifer Beals Photos - Yahoo! TV(next photoをクリック)
貴方をエル(レズ)の世界に招く本は「The L Word: Welcome to Our Planet」の英語版ペーペーバックがAmazon.co.jpで見つかります。 貴方をエル(レズ)の世界に招くサントラは「The L Word」でシーズン別があります。  OST(オリジナルサウンドトラック)のThe L Word Theme(メインテーマ曲)は脚本も担当しているElizabeth Ziff(エリザベス・ジフ)の作曲でBETTYが歌っていますが、Connie Francis(コニー・フランシス)のEverybody's Somebody's FoolやElla Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)の歌う"Let's Do It"など意味シンな曲を収録しています。


ページトップの画像は200年にリリースされた日本語字幕版のDVDですが、こちらは2010年にリリースされた日本語字幕版の「青いドレスの女」のDVD(カラー)
devil2.jpg青いドレスの女

Devil In A Blue Dress Soundtrack by Elmer Bernstein
Devil In A Blue Dress: Music From The Motion Picture
「青いドレスの女」では「The Man with the Golden Arm(黄金の腕)」のテーマで有名なElmer Bernstein(エルマー・バーンスタイン)の美しい音楽が使用されています。 1995年にリリースされたOST(オリジナル・サントラ)の「Devil in a Blue Dress」は、50~60年代の私の好きなジャズやブルースの曲がいっぱいです。 イントロがちょっとコミカルなデューク・エリントンの"Hy-Ah-Su(Hy'a Sue)"やThelonious MonkのRound Midnightなどがサウンドトラックに収録されていますが、勿論3曲の映画テーマ曲はバーンスタインの作曲です。

サウンドトラックに収録されているブルースはT ボーン・ウォーカーの"West Side Baby"、Jimmy Witherspoon( ジミー・ウィザースプーン)の"Ain't Nobody's Business"、Wynonie Harris(ワイノニー・ハリス)でお馴染みの"Good Rockin' Tonight"をBrian O'Neal(ブライアン・オニール)で、Memphis Slim(メンフィス・スリム)の"Memphis Slim - Messin' Around"などなどブルースがいっぱい!
Devil In A Blue Dress - Original Motion Picture Soundtrack
上の画像はブルース・レーベルのNight Train(Int'l)がリリースしたサントラのDevil in a Blue Dress
Amos Milburn - Chicken Shack Boogie - YouTube

Jimmy WitherspoonのAin't Nobody's Business (part 1)、Johnny OtisのPoor Man Blues、Percy MayfieldのHow Wrong Can a Good Man Be、Ray CharlesのI'll Do Anything But Workなどのブルースが収録された映画「青いドレスの女」にちなんだアルバムが試聴できます。
Music From And Inspired By the Motion Picture 'Devil in a Blue Dress'

Devil with the Blue Dress
映画「青いドレスの女」とは無関係ですが"Devil In A Blue Dress"に似たタイトルの曲があります。 ダイアの指輪やシャネルの5番を付けた青いドレスを着た素敵な女を歌った"Devil With The Blue Dress On"というR&B曲のオリジナルは1964年にシンガーソングライターのFrederick "Shorty" Long(ショーティー・ロング)とMotownのプロデューサーだったMickey (William) Stevenson(ウィリアムス・ミッキー・スティーブンソン)が作ったそうです。
Shorty Long - Devil With The Blue Dress On - YouTube

Home of Funk, Soul, Hip Hop, Blues, Jazz, and New Orleans Music and Sounds.
The Tuff City Music GroupのNight Train Internationalは未発表、レア、マイナーなブルース、ジャズ、R & Bをリリースしているブルース・ファンには名の知れたレーベルらしいです。


ウォルター・モズレイのミステリ小説
ウォルター・モズレイ著「Easy Rawlins」ミステリ・シリーズの第一作目「Devil in a Blue Dress(ブルー・ドレスの女)」
Walter Mosley's Devil in a Blue Dress - PaperbackDevil in a Blue Dress (Five Star)
こちらも画像クリックで本の内容が覗けるDevil in a Blue Dress: An Easy Rawlins Mystery (Easy Rawlins Mysteries (Paperback))
"黒人"のイージーがバーで白い麻スーツにパナマ帽の"白人"と出あう場面からこの物語りは始まります。 映画のように奇麗事では済まされない実におぞましい内容で、ダフネの白人の父親との関係、フランクとダフネの関係、幼児虐待の事実が全て書かれています。

ウォルター・モズレイの20編以上のミステリ小説の内、「ブルー・ドレスの女」の続編としてカラーがキーワードとなる私立探偵「イージー・ローリング」シリーズがAmazon.co.jpの洋書にあります。
1991年の「A Red Death(赤い罠)」
1992年の「White Butterfly (Mask Noir S.)(ホワイト・バタフライ)」
1994年の「Black Betty (Mask Noir S.)(ブラック・ベティ)」
1996年の「A Little Yellow Dog: An Easy Rawlins Mystery (Easy Rawlins Mysteries (Paperback))(イエロードッグ・ブルース)と続きます。

※日本語翻訳本は「ブルー・ドレスの女」、「赤い罠」、「ホワイト・バタフライ」、「ブラック・ベティ」、「イエロードッグ・ブルース」


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Jazz Standards IMG by koukinobaaba

The Most Relaxing Jazz Standards in the Universe
最近は生活が豊かになった反面、煩雑な仕事や人間関係でお疲れの方々を心身ともに癒す「ヒーリング」が流行っています。 リラクゼーションとしてはマッサージやアロマテラピー、又は瞑想用の音楽が人気です。
森林の香りやシンセサイザーの波の音も良いですが、私だったら、やっぱり、ジャズ!

2003年にアメリカで発売されたジャズ・コンピレーション・アルバム「The Most Relaxing Jazz」シリーズの第一弾が好評だったそうです。 価格が低いCDセットにもかかわらず、昔懐かしいジャズのスタンダード曲を一流のジャズメンが演奏します。 ホットな演奏で有名なミュージシャンのレパートリーの中からスローテンポでムードのあるスタンダード曲を集めた2枚組みのCDセットです。 本当にCDタイトルの通り、リラックスしたい時のBGMには最適の選曲です。 これらのシリーズに収録されている曲の数々は本来ならばそれぞれのミュージシャン名義のアルバムで聴くはずですが、このシリーズだと違った演奏家で同じようなムードの曲が次から次へと流れてくるのでリラックス出来ますよ。


The Most Relaxing Jazz Standards in the Universe
このシリーズで私が初めて聴いたのが2004年にリリースされたスタンダード集です。
Sonny Stittが演奏する私の好きなAngel Eyes、Cannonball Adderley(キャノンボール・アダレイ)がHorace Silver(ホレス・シルヴァー)と演奏するWillow Weep For Me、Nat Adderley(ナット・アダレイ)の Can't Give You Anything But Love、Red GarlandのBody and Soul、Kenny BurrellのTenderlyなどなどですが、アルバム「More of the Most Relaxing Jazz Music in the Universe」にも収録されていますが、この「The Most Relaxing Jazz Standards in the Universe」のDisc 2の8番のBlue VelvetはWillis Gator Jackson(ウィリス・ゲイター・ジャクソン)とギターのPat Martino(パット・マルティーノ)が演奏しています。
The Most Relaxing Jazz Standards in the UniverseThe Most Relaxing Jazz Standards in the Universe
全曲試聴はMost Relaxing Jazz Standards In The Universe - Amazon.com

Jazz for Romantic Momentsを購入したのをつい忘れてこちらのも買ってしまいました!
iTunes Music Storeでは同じ曲を購入しようとすると警告が出るのですが、アルバムが違うとその限りではありません。


The Most Relaxing JAZZ music in the universe
2003年リリースのこのCDは都会の喧騒を忘れさせ貴方を癒してくれるようなジャズの選曲です。
John ColtraneのOnce In A While、Dizzy GillespieのStar Dust、Kenny BurrellのMy One And Only Love、Art FarmerのMaiden Voyageなどなど名曲を名プレーヤーが演奏します。
この他Curtis Fuller Quintet、Tommy Flanagan、Benny Golson With Freddy Hubbard、Sadao Watanabe(ナベサダ)、Nat & Cannonball Adderley(アダレー兄弟)など豪華な顔ぶれです。
The Most Relaxing Jazz Music in the UniverseThe Most Relaxing Jazz Music in the Universe


The Most Relaxing Jazz Piano in the Universe
カクテルでもいかが?
2005年リリースの名ジャズ・ピアニストの演奏がまるでピアノバーにいるかのような錯覚を起こさせるピアノ曲集です。 Duke Jordan(デューク・ジョーダン)のピアノで演奏するSonny Stitt(ソニー・スティット)の"Lover Man"が素晴らしい!
Hank JonesのRound Midnight、James MoodyのInto the Shadows、Duke JordanのSummertime、Horace Silver(ホレス・シルヴァー)とCannonball Adderley(キャノンボール・アダレイ)のWillow Weep For Me、MJQ(Modern Jazz Quartet featuring John Lewis)の美しい"Softly As In A Morning Surprise"、Duke Jordan(デューク・ジョーダン)のSummertimeの他にもErroll Garner(エロール・ガーナー)、George Shearing(ジョージ・シアリング)など、もう夢ごこち!
The Most Relaxing Jazz Piano in the UniverseThe Most Relaxing Jazz Piano in the Universe


しっとりと聴かせる低音のAndy Bey(アンディ・ベイ)が歌うAngel EyesやSamba De Orpheus、ジャズ・オルガンのJack McDuff(ジャック・マクダフ)が演奏するI Can't Get Started などが収録されたThe Most Relaxing Jazz Guitar Music in the Universeなど、まだまだこのシリーズに類似したCDもあります。
The Most Romantic Jazz Music in the Universe
The Most Relaxing Piano Album in the World...Ever!
More of the Most Relaxing Jazz Music in the Universe
これらの他にも「The Most Relaxingシリーズ」のアルバムがありますからAmazon.co.jpやGoogleなどで検索してみて下さい。

Audio-Visual Trivia内の関連記事
Dizzy Gillespie
Erroll Garner
Willow Weep for Meについてはジューン・クリスティ
Tenderlyについてはサラ・ヴォーン
Body and Soulについてはコールマン・ホーキンス
Duke Jordan(デューク・ジョーダン)については危険な関係
Horace Silver(ホレス・シルバー)の関連記事はアンディ・ベイ


Ballads, Blues & Bey
Ballads, Blues & Bey - Andy Bey
♪ Andy Bey - Celestial Blues

Andy Bey: The Least Known of Great Jazz Singers
私が始めてアンディ・ベイを聴いた時は"一瞬"バリトンのジャズ歌手のBilly Eckstine(ビリー・エクスタイン)か?と思ってしまいましたが、又他の曲では別人かと思えるほど音色が一定ではありません。 なぜなら、ジャズ・ヴォーカリストのアンディ・ベイは音域が広くて"4オクターブ"も出せるのです。
アンディ・ベイは、ジャズの世界では余り取り上げられていない知られざる歌手の一人といわれますが、歌詞を深く解釈して堂々と歌いあげるその表現力の豊かさは天才的といえます。 声量はたっぷりでバス・バリトン(重低音)が魅力のアンディ・ベイのレパートリーはジャズのスタンダードからハードバップまでと幅広く、本来ならばもっと評価されて良いはずのヴォーカリストですが、少ないながらも熱烈なファン層を持っているようです。 そして近年の新アルバムリリースにより全米でもっとも注目を集めるジャズ歌手などともいわれ、クラブ・シーンの若者にも人気だそうです。
※バスよりやや高いのがバリトン、バスバリトンとは声域と声質がバスとバリトンのおよそ中間もしくは低めのバリトンの歌手らしいですが、アンディ・ベイはむしろ完全バス?

Andy Bey
1939年生まれのアンディ・ベイは子供の頃からジャズを歌いだし、1940年代後半にはなんと8歳にして聴衆の前で歌ったほどの天才児だったそうです。 しかもその内の何回かは伴奏があの偉大なるテナーサックス奏者のHank Mobley(ハンク・モブレー)だったとか。
初吹き込みはアンディが13歳の時の1952年で、「Mama's Little Boy's Got the Blues」というソロ・アルバムだったのだそうですが当然現在はどこにも見つかりません。
アンディ・ベイは9人兄弟姉妹の末っ子で男の子は2人でした。 学業半ばにして、アンディと二人の姉のSalome(サロメ)とGeraldine(ジュラルディン)はヨーロッパに行き、Andy and the Bey SistersとしてパリのBlue Note(ブルーノート)に1年ちょっと籍を置いていたそうです。
他の説によればAndy & the Bey Sistersを結成したのは1956年で1961年にRCA Victorで、1965年にPrestigeで計3枚のアルバムをリリースしたそうです。
※ベイ・トリオは1967年に解散してしまいましたが70年代に姉のSalome Bey(サロメ・ベイ)もジャズ・ピアニストのHorace Silver(ホレス・シルヴァー)の1970年録音のブルーノートLPレコード「Total Responce / HORACE SILVER!」などに"Won't You Open Up Your Senses"や"I've Had A Little Talk"を歌ったアンディ・ベイと共に参加しています。
※ホレス・シルヴァーはハードバップのピアニストでしたが、そのユーモアさえ感じさせる演奏は初期には理解されなかったといわれます。 Stan Getz(スタン・ゲッツ)と初吹き込みの後、自己の楽団を結成し、Art Blakey & the Jazz Messengersの前身であるホレス・シルヴァーのジャズメッセンジャーズにArt Blakey(アート・ブレイキー)を迎え入れたそうです。
Andy Bey with Horace Silver - I Had a Little Talk

その後のアンディ・ベイは、60年代と70年代にドラマーのMax Roach(マックス・ローチ)やアルトサックス奏者のGary Bartz(ゲイリー・バーツ)など色々な楽団の歌手を務めました。 70年代からはピアニストのホレス・シルヴァーの専属歌手としてツアーにも参加し、宗教的かつ哲学的なスピリチュアル的なアルバム「Total Responce」に参加しています。 このアルバムは商業的には成功とはいえませんでしたが、シルバーとのコンビは90年代までと長く続き、初来日が1962年のホレス・シルヴァー・クインテットと一緒に来日もしています。

※ヨーロッパ系アフリカ人の親を持つノーウォーク出身のホレス・シルヴァーは1956年までアート・ブレイキーと組んでいましたが、宗教問題で決裂しその後、Donald Byrd(ドナルド・バード)、Hank Mobley(ハンク・モブレー)、Doug Watkins(ダグ・ワトキンス)を率き抜いて自分のバンドを設立しハードバップを極めます。

アンディ・ベイがピアニストとしての隠れた面を覗かせた弾き語りのアルバム「Ballads, Blues and Bey」は1996年にリリースされて大成功し、その後は1998年のShades of Beyや2001年のTuesdays in Chinatownはかなり取り上げられるようになりました。 アルバム「Pink Moon」を残して若くして亡くなった伝説の英国フォーク・シンガーのNick Drake(ニックドレイク)をカバー、「Tuesdays in Chinatown」ではブラジルのMilton Nascimento(ミルトン・ナシメント)やロックスターのSting(スティング)などの曲をカバーしてジャズ以外の音楽も幅広く探求しています。 そして2004年リリースの「American Song」はRádio UOL(デューク・エリントン)やLeonard Bernstein(レナード・バーンスタイン)などのアメリカの偉大なる作曲家の作品もカバーしています。
※Chinatownといえば香港でJudy Garland(ジュディ・ガーランド)が見出してアメリカに呼んだオーストラリアのミュージシャンのPete Allen(ピーター・アレン)はガーランドの娘のLiza Minnelli(ライザ・ミネリ)の夫君でもありました。 Peggy Lee(ペギー・リー)の"I go to Rio"やフランク・シナトラの"You And Me"を作曲したピーター・アレンの楽団の演奏を収録した「Chinatown My Chinatown」というアルバムがあります。
以上、"Chinatown"といってもロマン・ポランスキー監督の映画「チャイナタウン」とは全く無関係です。

☆アンディ・ベイのAin't Necessarily So、All The Things You Are、Brother、Can You Spare a Dime?、Someone to Watch Over Meが聴けるMySpace.com - Andy Bey
2007年最新盤のアンディ・ベイのアルバムは"Ain't Necessarily So"がアルバムタイトル曲となっています。


"Ballads, Blues & Bey" Andy Bey
ページトップの画像は1996年にリリースされたアンディ・ベイがピアニストとしても素晴らしいことが分かるアルバム「Ballads, Blues & Bey" Andy Bey」では弾き語りでYou'd Be So Nice to Come Home To、In a Sentimental Mood、Willow Weep for MeそしてEmbraceable Youなどを聞かせます。 私の好きなスタンダード曲を収録したアルバムは「Ballads, Blues & Bey


Andy Bey & the Bey Sisters
アンディ・ベイとベイシスターズはオリジナルが1964年のNow! Hear! と1965年のRound Midnightとか、1959年の録音ともいわれますがともかくこのCDは2000年リリースです。アンディ・ベイとベイシスターズはアンディ・ベイと二人の姉妹とのトリオ・グループでアンディ・ベイがピアノとヴォーカル、二人の姉妹もヴォーカルを担当しています。 なんたって兄弟姉妹ですから息もピッタリで素晴らしいハーモニーで泣かせてくれます。 1964年の「Now! Hear!」ではギターがKenny Burrell(ケニー・バレル)、ベースがMilt Hinton(ミルト・ヒントン)でドラムがJo Jones(ジョー・ジョーンズ)などだそうです。 最近ではDee Dee Bridgewater(ディー・ディー・ブリッジウォーター)が歌っていますが、ベイトリオが歌うファンキージャズのホレス・シルバーの十八番「Sister Sadie」は試聴の4番
Andy Bey & the Bey SistersAndy Bey & the Bey Sisters
ListenAndy Bey & the Bey Sistersの1964年のアルバムNow! Hear!からBesame Muchoが聴けるwfmuラジオのプレイリスト Give The Drummer Some February 24, 2006(Hear the show in RealAudioをクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を40:03に移動)
同じく1965年のLove Medley: Love Is Just Around the Corner/I Love You/Love You Madlyが聴けるGive The Drummer Some July 6, 2001(Hear the show in RealAudioをクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を1:28:50に移動)

Andy & The Bey Sisters - "'Bésame mucho" 1965 - YouTube
Andy & The Bey Sisters with Kenny Burrell - Feeling Good ('Round Midnight) - YouTube
Andy & The Bey Sisters - 'Round Midnight - iLike.com


American Song
Matt Dennis作曲でEarl Karl Brent作詞したジャズ・ブルースのAngel Eyesは、50年代の後期にJohnny Mathis(ジョニー・マティス)やJimmy Scott(トニー・スコット)、Chet Baker(チェット・ベイカー)やFrank Sinatra(フランク・シナトラ)、女性ボーカリストではJune Christy(ジューン・クリスティ)やChris Connor(クリス・コナー)が歌い、トランペッターのKenny Dorham(ケニー・ドーハム)が唯一歌ったアルバム「Kenny Dorham Sings and Plays: This Is the Moment!」にも収録されている他、演奏ではしびれるテナーのGene Ammons(ジーン・アモンズ)、メローなギターのBarney Kessel(バーニー・ケッセル)や白人ジャズピアニストのDave Brubeck(デイヴ・ブルーベック)等のジャズミュージシャンのバージョンがあります。 アンディ・ベイの"Angel Eyes"が収録されているアルバムは有名なスタンダード曲のカバー集で2005年発売の「American Song」です。
American Song-Andy BeyAmerican Song - Amazon.co.jp
国内盤の「アメリカン・ソング」もあり。
下記のリンクは今現在iTunesを開いている場合にお勧めしますがアメリカのストアに変更になります。
Angel Eyes - American Song ♪ Andy Bey - American Song - Angel Eyes iTunes Music Store USA
※偶然聴いていて見つけたのですがAudio-Visual Trivia内の「The Most Relaxing Jazz」シリーズの中で「The Most Relaxing Jazz Guitar Music in the Universe」というアルバムがありますが、その中にも"Angel Eyes"が収録されています。


Shades of Bey
自らゲイであると公言しているアンディ・ベイは「例えゲイでなくとも他のミュージシャンとちょっと違っていて時々孤立する。」とインタビューで述べています。 ブリティッシュ・フォークロックのNick Drake(ニック・ドレイク)とのコラボで人気の"River Man"が収録されているほか、3番のThelonious Monk(セロニアス・モンク)の"Straight No Chaser"や4番のBilly Strayhorn(ビリー・ストレイホーン)の"The Star-Crossed Lovers"をカバーした1998年のアルバム「Shades of Bey」のリリース後は「かなり一般に受け入れられて満足。」だそうです。
Shades of Bey-Andy BeyShades of Bey
※"Drume Negrita(Goodnight Black Little Girl)"はキューバの伝統的な子守唄(Afro-Cuban Lullaby)だそうです。
アンディ・ベイの"River Man"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for Irwin - January 12, 2005(riverで検索して右の1:50:52をクリック)


Experience and Judgment
アンディ・ベイの初のソロアルバムはオリジナルが1970年リリースの「Experience and Judgment」です。 アンディ・ベイが土星人になったCDジャケットが突飛ですが、宇宙からやって来た何やら哲学的な未確認UFO的アルバム「Experience and Judgment」のソウル調の"Celestial Blues"が素晴らしい!
Experience and Judgment-Andy BeyExperience and Judgment


Salome Bey
サロメ・ベイは17歳の時、有名なApollo Theatre(アポロ劇場)のタレント・コンテストで優勝しましたが父親の反対に会ってご褒美の1週間のアポロ劇場出演はかないませんでした。 サロメ・ベイが結成した弟のアンディ・ベイと組んだトリオ・グループ「Andy and the Bey Sisters」として地方のクラブに出演していましたが人気者となり北米やヨーロッパをツアーするに至り、ゴスペル界のアイドルだったSam Cooke(サム・クック)のお気に入りとなり共にライヴもしています。 1964年にカナダで舞台「Justine」デビューして女優として人気者となったサロメ・ベイは、70年代にJustineのニューヨーク版「Love Me, Love My Children」でトニー賞に次ぐ栄光のOBIE Award(Off-Broadway Theater Awards)の最優秀女優賞や1991年のToronto Arts Awardsも受賞しています。 1985年には"C.C. Rider(See See Rider)"の名曲を歌ったMa Rainey(マ・レイニー)の伝記ミュージカル「Madame Gertrude」などにも出演したそうです。 時には娘のTukuやSaidahと歌ったり、弟のアンディベイやホレスシルヴァーと吹き込んだり、テレビ出演やチャリティ・コンサートやジャズ・フェスティヴァルに出演してブルースの女帝と呼ばれたマ・レイニーのようなブルース歌手として今もなお活躍しています。
サロメ・ベイ自身のアルバムとしては1970年の「Salome Bey」、1972年の「Songs from Dude」、「Jazz Canada Europe '79」、1994年の「Christmas Blue」 、1997年の「I Like Your Company」などがあります。 ☆サロメ・ベイはこんな声です。(下記のリンクは今現在iTunesが開いている場合にお勧めしますがストアがアメリカに変更されます。)
Salome Bey & The Relatives - Christmas Blue♪ Salome Bey & The Relatives - Christmas Blue - Christmas Blue iTunes Music Store USA


Emmanuelle (1974) Emmanuelle 2: The Joys of a Woman (1975)
VHS (Amazon.com)
Sylvia Kristel in Emmanuelle Emmanuelle 2: The Joys of a Woman (1975)
Sylvia Kristel as Emmanuelle

Emmanuelle (1974)
女性も楽しめるソフトコア・ポルノの古典となった1974年の「エマニエル夫人」はファッション写真家のJust Jaeckin(ジュスト・ジャカン)による芸術的なパステルカラー調の映像が印象的なフランス映画です。 恋の冒険好きな外交官夫人のエマニエルが哲学的自己開発の手段として官能の世界を探求するゴージャスな雰囲気のラヴロマンスです。 場所を替え、相手を替え、手を変え品を変え、そして空想までも含めての房事に耽ります。 当然性描写も盛り沢山で、ヌード有り、レズ有り、壁相手のダブルス・テニスみたいなスカッシュ(squash)後の欲情(発情?)有りですが、なんとソープランドの集団アワ踊りまでご披露します。 そうそう、エマニエル夫人がアヘン屈でアヘン中毒者たちにレイプされたり、勝利者のトロフィーとして進呈されたタイのキックボクシングのエピソードなど変態的なシーンも忘れるわけにはいきません。(これでエマニエル夫人は開眼?) 
※ちなみに1975年のシルヴィア・クリステルが主演した"エマニエル夫人"を"エマニエル婦人"と表記されることがありますが、この映画ではエマニエルは外交官の奥様なので"夫人"が正解で、"婦人"というと単にレディを意味します。それと、映画は"エマニエル"で、原作者をさす場合には"エマニュエル"です。 1994年にミア・ニグレン主演して、1975年の「続エマニエル夫人」を監督したフランシス・ジャコベッティが制作しフランシス・ルロワが監督したテレビシリーズの「EMMANUELLE 4(エマニュエル)」は"エマニュエル"だそうです。

Emmanuelle Arsan
1974年の「Emmanuelle(エマニエル夫人)」バンコック編と1975年の「Emmanuelle 2(続エマニエル夫人)」香港編の原作はバンコック生まれのフランス女流作家であるエマニュエル・アルサンが1967年に発表した小説「Emmanuelle: The Joys of a Woman」です。 エマニュエル・アルサン自身がフランスの外交官と結婚し、1968年のロバート・ワイズ監督のThe Sand Pebbles(砲艦サンパブロ)」に出演もした経歴の持ち主です。 エマニュエル・アルサンの小説のキャラクター「エマニエル」が登場したのは、1969年のCesare Canevari(チェザーレ・カネヴァリ)が監督したイタリア女優のErika Blanc(エリカ・ブラン)の主演作「Io, Emmanuelle」のヒロインが最初でした。 その後は宇宙のエマニエルやら、リオやアフリカのエマニエル、果ては地獄のエマニエルまでと次々製作されて女性版カサノヴァのような「エマニエル」は人気映画となった次第です。

Start of the Emmanuelle Phenomenon
バンコクに赴任していた外交官の夫に逢いに行ったエマニエル夫人が、トロピカルな異国で開放的な恋の遍歴を重ねていきます。 その指南役としてイタリアのプレイボーイでエマニエルに恋の哲学を伝授するMario役はAlain Cuny(アラン・キュニー)ですが、エキゾチックな音楽をバックに愛の哲学を語るくだりはまるでビバップ時代のCharlie Parker(チャーリー・パーカー)の演奏で詩を読んだけJack Kerouac(ジャック・ケルアック)のようです。 アラン・キュニーは1956年の映画「Notre Dame de Paris(ノートルダムのせむし男)」で美女のシプシー女に惚れてしまい、醜い鐘付き男(カジモド)に誘拐を命じた聖職者の役を演じています。
美しく清楚な若妻から恋の達人へと変貌を遂げていく「エマニエル夫人」は本国のフランスはもちろんのこと、日本でも大ヒットを記録しました。 1960年代から「日活ロマンポルノ」は上映されていたようですが、女性がポルノを観に映画館に行くことはまずありませんでした。 ところが、エマニエル夫人を演じたシルヴィア・クリステルが可愛くて映像が美しいことから「エマニエル夫人現象」が起こり女性の観客が押し寄せたそうです。 とはいうものの米国では公開当時の1974年には「X-レイト」とされ、同年後期になって殆どのポルノ的シーンをカットした「R-レイト」版が公開されたそうなので、恐らく私が当時観たフィルムも大分カットされていたのでしょう。 1977年には「成人向けバージョン」が公開されたということでした。
Emmanuelle 1 - Opening & closing theme by Pierre Bachelet - YouTube

映画「Emmanuelle(エマニエル夫人)」の写真が見られるEmmanuelle Photos - FILM.TV.IT(ちょっと前まで素晴らしいスペシャル画像ページだったのですがサイトのリニューアルで削除されて普通の写真数枚)
「Emmanuelle 2(The Joys of a Woman)」の写真もEmmanuelle l'antivergine Photos - FILM.TV.IT

Just Jaeckin
ジュスト・ジャカン監督はエマニエル夫人を監督した翌年の1975年にPauline Réage(ポーリーヌ・レアージュ実はDominique Auryドミニック・オーリ)が書いたレイプ、監禁、SM、ボンデージ、焼印という過激なサドマゾな原作をCorinne Clery(コリンヌ・クレリー)を主役にして映画化したHistoire d'O(O嬢の物語)もソフトに仕上げていますが、監督の好みなのかコリンヌ・クレリーの表情や演技がシルヴィア・クリステルにそっくりです。(ラストのO嬢の梟の仮面と烙印の逆襲が印象的。) 映画の公開当時は大胆なヘア描写が話題になった「O嬢の物語」の美しい音楽は「エマニエル夫人」同様にPierre Bachelet(ピエール・バシュレ)が担当しています。 そして1976年にはMaurice Ronet(モーリス・ロネ)も出演した高級娼婦とゆすりを描いた「Madame Claude(マダム・クロード)」を監督しましたが、こちらの音楽はデカダンスとエロティクスがお得意のSerge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)で妻のバーキンが歌う"Yesterday Yes a Day(哀しみの影)"など15曲収録した国内盤サントラの「「マダム・クロード」オリジナル・サウンドトラック」があります。
"哀しみの影"をはじめ"欲望と快楽を満たすテクニック"や"倒錯の歓び"など意味シンなタイトルのサントラの試聴は「マダム・クロード」オリジナル・サウンドトラック - HMV Japan(※DVDはビンテージ価格でのみ入手可)
Serge Gainsbourg - Discophoteque (Madame Claude) - YouTube
Pierre Bachelet - Histoire d'O - YouTube
Madame Claude Scene - YouTube
1955年にマルク・アレグレが監督したD.H. Lawrence(D・H・ロレンス)原作の「Lady Chatterley's Lover(チャタレイ夫人の恋人)」を1982年にシルヴィア・クリステル主演でリメイクしています。
シルヴィア・クリステルの「チャタレイ夫人の恋人」の写真はL'amante di Lady Chatterley - FILM.TV.IT
ジュスト・ジャカンは1984年にフェチ本の元祖といわれるJohn Willie(ジョン・ウィリー)によるフレンチ・ボンデージ・コミックの「Adventures of Sweet Gwendoline(グウェンドリンの冒険)」をもとにして評判はイマイチという「Gwendoline」又は「The Perils of Gwendoline in the Land of the Yik-Yak(ゴールド・パピヨン)」というポルノ(コメディ)映画を監督していますが、これまた音楽がピエール・バシュレです。 金羊毛ならぬ黄金の蝶を追い求めるという笑えるエロティック・アクション映画で、L'eau A La Bouche(唇によだれ)のBernadette Lafont(ベルナデット・ラフォン)が邪悪な女王さまを演じていますがハンサムなBrent Huff(ブレント・ハフ)が悪者に捕われたヒロインを助ける船乗り役でメジャーデビューしています。 ブレント・ハフは全て日本未公開でしたが後に脚本や監督も手掛けるようになりました。
The John Willie Galleries - Rretroxotique.com(adult-themed)
The Perils of Gwendoline in the Land of the Yik-Yak - YouTube

Sylvia Kristel
4ヶ国語を話せるというシルヴィア・クリステルはオランダ出身のドイツ女優ということらしいですが、ブロンド・グラマーのJayne Mansfield(ジェーン・マンスフィールド)、Jill St. John(ジル・セント・ジョン)、Sharon Stone(シャロン・ストーン)、Jessica Simpson(ジェシカ・シンプソン)並みにIQが160余もあるのだとか。 17歳からモデルをしていたという小顔で手脚の長いシルビア・クリステルは大学中退後、20歳でミス・テレビ・ヨーロッパ・コンテストで優勝して映画界に入りました。 1974年、アムステルダムにCM撮影にやってきたカメラマンのジュスト・ジャカンに見出され「エマニエル夫人」に出演することになったそうで、世界中で大ヒットしたこの映画で一躍有名になり当時はそれは驚異的な人気者でした。 それ以降は「エマニエル・シリーズ」などやソフト・ポルノ映画をに出演していましたが、とうとうエマニエルのイメージのまま銀幕から消えてしまいました。


下記の画像は2001年に発売された「エマニエル夫人」(無修正版)の単品DVDですが、現在は入手困難になっているのでリンクは2009年に発売されたDVDになっています。(DVDのタイトルにある数字の1800は定価を示しています。)
エマニエル夫人 (プレミアム・ベスト・コレクション\1800) DVD
Emmanuelle
1975年の映画「Emmanuelle 2(続エマニエル夫人)」の2009年最新版は続エマニエル夫人 (プレミアム・ベスト・コレクション\1800) DVD
※Shauna O'Brien(ショーナ・オブライエン)が出演したEmmanuelle 2000: Being Emmanuelle(エマニエル夫人/密かなる妄想の日)など一連の2000年エマニエルシリーズほどアダルトコンテンツではありません。
2007年リリースの最新版DVD(原語)「エマニエル夫人」や、シルヴィア・クリステル主演のエマニエル夫人、続エマニエル夫人(Emmanuelle 2)、1977年のさようならエマニエル夫人(Good-bye, Emmanuelle、Emmanuelle 3)をセットにした「エマニエル3部作セット」や7枚セットの「エマニエル the Private Collection DVD-BOX」などもあります。

Goodbye Emmanuelle (Emmanuelle 3)
1977年には、シルヴィア・クリステル出演の「エマニエル」の最終編のハズだったFrançois Leterrier(フランソワ・ルテリエ)監督の「Good-bye, Emmanuelle(さよならエマニエル夫人)」があります。 1968年のAdieu L'Ami(さらば友よ)に出演した上海生まれの国際的美人女優のOlga Georges-Picot(オルガ・ジョルジュ=ピコ)等も出演しましたが、この「さよならエマニエル夫人」でエマニエルとレズを演じたフロレンス役のオルガ・ジョルジュ・ピコはうつ病にかかり1997年にセーヌ河を見下ろすアパートから飛び降り自殺したそうです。
「Au Revoir Emmanuelle(さよならエマニエル夫人)」の音楽はSerge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)でしたが、エマニエルとフロレンスがセイシェルの田舎を散策する乗馬シーンではピエール・バシュレのオリジナルのエマニエル・テーマ曲が流れました。
Serge Gainsbourg - Good-bye, Emmanuelle - YouTube
シルヴィア・クリステルは「さよならエマニエル夫人」に出演した他、有名な映画としてはRoger Vadim(ロジェ・ヴァディム)監督が自作の「Les Liaisons Dangereuses(危険な関係)」と同じ題材で1977年に監督したオリジナルよりもっとエロティックな「Une Femme Fidèle(華麗な関係)」に出演しました。
Une Femme Fidèle - YouTube
「Emmanuelle 3(さよならエマニエル夫人)」のDVDは見つかりますがサントラは見つかりません。 セルジュ・ゲンズブールのGood Bye Emmanuelle(Good-bye, Emmanuelle)は3枚組みアルバム「De Serge Gainsbourg a Gainsbarre」に収録されています。 この後の1979年にアメリカの空中活劇映画の「The Concorde ... Airport '79(エアポート'80)」でアラン・ドロンが演じる機長の元恋人のスチュアーデスとして出演しています。
Je T'Aime...Moi Non Plusほどセクシーではない"Good Bye Emmanuelle"の試聴はDe Serge Gainsbourg a Gainsbarre - Amazon.com(Disc 3の3番)

その他有名監督の作品としては監督脚本共にClaude Chabrol(クロード・シャブロル)の1977年のフランス映画「Alice ou la dernière fugue(又はAlice)」でシルヴィア・クリステルは主役の不思議の国のAlice Carol(アリス・キャロル)役を演じています。 クロード・シャブロル監督は1959年の「À Double Tour(二重の鍵)」 の監督及び脚本や1959年の「勝手にしやがれの監修などとJean Paul Belmondo(ジャン・ポール・ベルモンド)関連の映画に関わり、1960年の「Saint-Tropez Blues(赤と青のブルース)」の脚本も担当しました。 最近ではLe Hussard Sur le Toit(プロヴァンスの恋)のOlivier Martinez(オリビエ・マルティネス)が出演した2002年のアメリカ映画「Unfaithful(運命の女)」の原案者として知られています。
その後は劇場未公開でしたがシルヴィア・クリステルが出演した映画はCurtis Harrington(カーティス・ハリントン)が監督した1985年のアメリカ映画「Mata Hari(魔性の女スパイ)」に女スパイのマタハリ役で出演しました。
Sylvia Kristel in Mata Hari Trailer (Korean)- YouTube
Un corpo da spiare (Mata Hari) Photos - FILM.TV.IT

「エマニエル」はその後、続々と第七作まで作られたヒット作品ですが、スウェーデン女優のMia Nygren(ミア・ニグレン)が整形後の若返ったエマニエルを演じた1984年の「Emmanuelle 4(エマニュエル)」でシルビアクリステルの出演は終っていると思ったら、1993年にFrancis Leroi(フランシス・ルロワ)監督でGeorge Lazenby(ジョージ・レーゼンビー)が出演した日本未公開のテレビ用シリーズ「Emmanuelle(エマニュエル・ザ・ハード又はエマニュエル~媚薬の香り)」にも出演していました。
Emmanuelle 4 Trailer - YouTube
TVドラマの「Magique Emmanuelle(Emmanuelle's Magic)」にシルビアクリステルと共に出演したMarcela Walerstein(マルセラ・ワレンシュテイン)が若がえったエマニエル夫人を演じ、ピエール・バシュレの音楽を使用しています。
大人気の「エマニュエル・ザ・ハード DVD-BOX」がありますが、「エマニュエル ザ・ハード(5本」)VHSビデオ版はAmazon.co.jpのアダルト部門にあります。「警告 このストアは、アダルト商品および18歳未満の方には不適切な表現内容が含まれる商品を取り扱っています。 18歳未満の方のアクセスは固くお断りします。 あなたは18歳以上ですか?」と表示されるので「はい」か「いいえ」をクリックして下さい。

歴代エマニエルには「エマニエル夫人」のシルビア・クリステル、1975年のシルビア・クリステルの「Emmanuelle l'antivierge(続エマニエル夫人)」と1975年のその続編「Emmanuelle Nera(愛のエマニエル)」に出演してイタリアのEmmanuelle(エマニエル)を名乗ったジャワ島生まれのエキゾティックなLaura Gemser(ラウラ・ジェムサー)がいます。 舞台をアジアからアフリカに設定した「愛のエマニエル」は別名をBlack EmanuelleとかBlack Emanuelle in Africaというそうです。(Black Emanuelle - Vol 2もあり。)
上記の他にも1994年のEmmanuelle In Spaceシリーズ(TV版Emmanuelle)に主演したKrista Allen(クリスタ・アレン)などがいますがSuzanne Danielle(スーザン・ダニエル)主演の1978年の「Carry On Emmannuelle」は「エマニエル夫人」のパロディだそうです。

※「Emmanuelle Nera(愛のエマニエル)」の単品DVDは今のところどこにも見つかりません。
好評の「愛のエマニエル」のサウンドトラック「Black Emanuelle's Groove 」はNico Fidenco(ニコ・フィデンコ)の音楽です。(1976年版DVDはBlack Emanuelle's Box: ASIN: B000MQ55X4はアメリカで発売)
Black Emanuelle's Groove Soundtrack
♪ 試聴はBlack Emanuelle's Groove Soundtrack - Amazon.com

オリジナルではショートヘアだったシルヴィア・クリステルがFarrah Fawcett-Majors(ファラ・フォーセット=メジャー)風のヘアスタイルで夫を訪ねて香港に航海した「Emmanuelle: The Joys of a Woman(続エマニエル夫人)」の音楽はUn homme et une femme(男と女)のFrancis Lai(フランシス・レイ)が担当し、シルヴィア・クリステルがセクシーにテーマ曲の"L'amour d'aimer"を歌っています。 現在は「続・エマニエル夫人」(Emmanuelle 2)として全9曲を収録さたサントラCDの日本国内盤が販売されています。
Emmanuelle 2 - Opening & closing theme by Francis Lai with Sylvia Kristel - YouTube
L'amour d'aimer c'est de s'aimer d'amour...と歌われるL'Amour D'Aimerの歌詞はL'Amour D'Aimer Lyrics - frmusique.ru
イタリアで発売されたサウンドトラックで世界中でヴィンテージもののとなっている日本で発売された「Emmanuelle II L'Anti Vierge(続エマニエル夫人)」のLP画像はEmmanuelle II (1975 Japanese Seven Seas label ) soundtrack LP - Eil.Community

Pierre Bachelet
「エマニエル夫人」の映画音楽を担当した作曲家であり歌手でもあるピエール・バシュレはCalais(カレ)北部で育ち映画学校に行くためにパリに移り、映画監督を目指してドキュメンタリーやCMを手掛けているうちに映画音楽に関わるようになったそうです。 映画「エマニエル」の音楽を担当しテーマ曲を作曲して結局自分自身で歌うことになりましたが、ピエール・バシュレの甘い歌声のロマンチックな曲はミリオンセラー(400万枚余)となったそうです。
Mélodie d'amour chantait le cœur d'Emmanuelle...と歌われるフランス語の「エマニエル夫人のテーマ」の歌詞はEmmanuelle - LyricsMania.com
美しい恋の唄「Elle est d'ailleurs」などのヒットがあり、国民的歌手となったピエール・バシュレが北フランスの炭坑労働者の心を謳った「Les corons(坑夫たち)」は1988年の「20世紀のシャンソン・フランセーズの最も美しい100曲」中の第4位に選ばれたそうです。 2003年にリリースしたJacques Brel(ジャック・ブレル)のオマージュ・アルバム「Tu ne nous quittes pas(君が行ってしまうなんてことはない)」が遺作となり、闘病の末、2005年2月に亡くなりました。
Pierre Bachelet - Emmanuelle - YouTube
Pierre Bachelet - Emmanuelle (Love Songs) - Rádio UOL

Jacques Brel (1929ー1978)
ジャック・ブレルは偉大なるベルギー出身のシャンソン歌手でブレル自身がカメオ出演した1975年のミュージカル映画「Jacques Brel Is Alive and Well and Living in Paris 」というのがあります。
ListenBacheletで検索するとピエール・バシュレが歌うEmmanuelle(エマニエル夫人)のテーマ曲が聴ける下記のシャンソンのサイトでジャック・ブレルの有名な"Ne Me Quitte Pas(行かないで)"も聴けます。
Emmanuelle and Ne Me Quitte Pas - OhMyChanson.com.ne.kr

Emmanuelle Soundtrack
エマニエル夫人 サントラCD
1974年のサウンドトラックはCD化された国内盤で日本語のタイトルの「エマニエル夫人」が2007年にリリースされピエール・バシュレのテーマ曲他、全19曲が収録されています。
「Emmanuelle」としてはOriginal Soundtrackの1995年リリースの輸入盤が販売されていますがアマゾンのマーケットプレイスで1万円から2万円くらいの価格で現在は中古以外は入手不可です。(共に試聴なし)
Emmanuelle [SOUNDTRACK]Emmanuelle (SOUNDTRACK)
1975年のLP盤はアメリカのAmazon.comで見つかります。(ASIN: B0011XDHDW)


1991年に二見書房から発売のフランス語の原書を日本語に翻訳した女流作家エマニエル・アルサンの小説(訳者不明)
Emmanuelle by Emmanuelle Arsanエマニエル夫人 邦訳
フランス語の原書を英訳したエマニエル・アルサンの小説「Emmanuelle」もあります。
ヒロインのエマニエルがロンドンからバンコックへ向かう飛行機の中から始まる小説の中身がAmazon.comでちょっと立ち読み出来ます。(書籍の画像は英語版)

Emmanuelle 4
「エマニエル夫人」といえば薄物をまとい脚を組んで東南アジア産の藤の椅子に座ったポスターが有名ですが、元報道カメラマンで「続エマニエル夫人」を監督し、1994年の「エマニュエル」を製作したFrancis Giacobetti(フランシス・ジャコベッティ)が撮影した「Emmanuelle 4」のイスが好きです。
美容整形で若返ったエマニュエル夫人がさらなる愛の遍歴を重ねる1984年の「Emmanuelle4(エマニュエル / LOVE! シネマ2500)」シリーズはMia Nygren(ミア・ニグレン)がエマニエルを演じ、現在オリジナルの「エマニエル夫人」より人気度が高いそうです。 監督は1991年のシルヴィア・クリステルが主演したTV版「Emmanuelle(エマニュエル・ザ・ハード)」と1993年の劇場未公開「Emmanuelle IV(エマニエル パリの熱い夜)」のFrancis Leroi(フランシス・ルロワ)です。
2005年発売のミア・ニグレンとシルヴィア・クリステルの「Emmanuelle 4」DVD
Emmanuelle 4エマニュエル(ヘア解禁版)
エマニエル夫人が流行った当時はエキゾチックな籐の椅子が人気で、70年代ソウル界のセックスシンボルといわれたファルセット歌手のAl Green(アル・グリーン)もアルバム「I'm Still in Love With You」でレコード・ジャケットに使用しています。
☆Emmanuelle 4(エマニュエル)の写真が見られるEmmanuelle 4 Photos - FILM.TV.IT

エマニエルの栄光が去ると才女のシルヴィア・クリステルは結婚生活の不幸や闘病生活で苦しみましたが、表紙画像がエマニエル椅子で本の題名も「Nue(裸)」という自伝(英語ペーパーバック)を2007年に出版するそうです。

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