July 2006 Archives


Sandra Dee in 50's
Sandra Dee

サンドラ・ディー(1942年-2005年)
The Living Doll! The Little Angel Face! 可愛い!キュート!という形容がぴったりのアイドル「サンドラ・ディー」は、12歳でモデルになりTVコマーシャルを経て50年代後期にはティーンアイドルとして映画に出演するようになりました。 50年代には北欧系(スウェーデン)のブロンドでぽっちゃりした天使のようなサンドラ・ディーがアイドルの典型で、Tuesday Weld(チューズデイ・ウェルド)やConnie Stevens(コニー・スティーヴンス)なども人気がありましたが、やっぱりサンディが一番親しみやすく、まるで赤ちゃんのように無邪気なおぼこ娘タイプでした。
生まれた年が1944年といいう説もありますがいづれにせよ、私と"誕生日"が同じなのはシェークスピアとシャーリー・テンプルとサンドラ・ディーなのです。

16歳~20歳頃がピークという早咲きのサンドラ・ディーの映画といえば、アメリカでは1959年のサーフィン映画「Gidget(ギジェット)」、そしてサンドラ・ディーの最大ヒットとされている「A Summer Place(避暑地の出来事)」だそうですが、日本では「Gidget」が劇場公開されなかったので、サンディの映画デビューは「避暑地の出来事」となっています。
「避暑地の出来事」の写真が見られるイタリアの「Scandalo al sole Photos - FILM.TV.IT
サンディは同年「避暑地の出来事」より前に、ラナターナー主演の「Imitation of Life(悲しみは空の彼方に)」で郵便配達は二度ベルを鳴らすでファムファタルを演じたLana Turner(ラナ・ターナー)の娘役娘役を演じています。 当初予定されていたNatalie Wood(ナタリー・ウッド)がごねたとかでで新人のサンドラディーにお鉢が廻ってきたそうです。 とはいうものの共演のスーザン・コーナーが白人に見える黒人娘のサラ・ジェーン役を好演してゴールデン・グローブの助演女優賞したのでサンディはみごと霞んでしまいました。 1960年にもラナターナーと「Portrait In Black(黒い肖像)」に出演しましたがこれもあまりパットしませんでした。 1961年にナタリー・ウッド主演の「Inside Daisy Clover(サンセット物語)」や1971年にMichel Legrand(ミシェル・ルグラン)の音楽"The Summer Knows"が美しい「Summer of '42(おもいでの夏)」などを監督したRobert Mulligan(ロバート・マリガン)の「Come September(九月になれば)」に出演して運命の男性と思ったBobby Ddarin(ボビー・ダーリン)とめぐり合い19歳で結婚したのでした。 この映画ではラヴコメ王のRock Hudson(ロック・ハドソン)とイタリア女優のGina Lollobrigida(ジーナ・ロロブリジーダ)と共演しています。 続けて1962年にボビー・ダーリンとは「If A Man Answers(電話にご用心)」でも共演しました。 「電話にご用心」にはひと夏の情事に出演した私の好きなフランス女優のMicheline Presle(ミシュリーヌ・プレール)も出演していますが、この映画にかかわらず当時大人気だったサンディは共演者に恵まれて大物映画スターのオンパレードです。 サンディは立て続けに毎年1~2本のお軽いロマンティックコメディに出演していますが結婚を売り物にしたくないと拒んでいた二人の共演は最後ともいうべき1965年の「That Funny Feeling(おかしな気持)」で実現しました。
1961年にDodd Mitchell Darinという息子を儲けましたがボビーとの結婚は1960年から1967年までと短期間で終局を迎えました。 離婚と共にサンディのアイドル性も急激に失せましたが、70年代には時々TVドラマなどに出演していました。
サンディが喜んで引き受けた結婚後のお仕事の一つは「Modern Teen Magazine」のSandra Dee's Chic-Chatだったそうで、読者からの要望に応えるコラムを担当しました。
今時でいえば有名人ブログやアイドル・チャットルームみたいですね。
実際にスターをゲストにチャットするなんてイベントがインターネットであったんですよ。 まだAlly McBeal (アリー my ラブ)が放映されていた2001年頃だったか、MSNチャットでCalista Flockhart(キャリスタ・フロックハート)をゲストになった日にリアルタイムでロム(傍観)していた私でした。

1965年にJames Stewart(ジェームズ・スチュワート)が主演した映画「Take Her, She's Mine(恋愛留学生)」ではサンドラ・ディーがギターを弾きながら"Hava Nagila(ハバ・ナギラ)"や1957年にDinah Shore(ダイナ・ショア)で流行ったシャンソンの" Chantez Chantez"を歌っています。

My Worst Marriage Mistakes by Sandra Dee
40人ものお付きに毎日囲まれて全てを任せていた人気アイドルの最盛期に19歳で結婚し、赤ちゃんが赤ちゃんを産んだといわれるサンドラ・ディーですが、アイドル時代の自分を乗り越えられなかった結婚に関する失敗について1962年の映画誌のインタビューで語っていました。 若い女性へのアドバイスとして結婚は思惑通りにはいかないものであるから、困難を乗り越えることと相手を思いやることが一番大事。 結局はスケジュールが合わせにくい人気スター同士のすれ違い生活も離婚の一因なのでしょう。 前夫のダーリンは37歳にして持病の心臓病が悪化して1973年に亡くなりました。
この辺りの二人のエピソードはKevin Spacey(ケビン・スペイシー)のボビーダーリン伝記映画「Beyond the Sea(ビヨンドtheシー)」で語られています。この映画ではケビン・スペイシーが念願のボビーダーリンに扮し、テレビシリーズの「Gidget(ギジェット)」で人気となり、2002年に映画「Blue Crush(ブルー・クラッシュ)」でサーフィンに情熱をかけるを少女を演じたKate Bosworth(ケイト・ボスワース)がサンドラ・ディー役でした。 そしてサンディはこの映画製作に協力した後に61歳にして肝臓障害で亡くなっています。

Look at me I'm Sandra Dee
The Gene Krupa Storyや1955年のRrbel Without A Cause(理由なき反抗)、オスカーの助演男優賞を受賞した1960年のExodus(栄光への脱出)などに出演した超売れっ子のSal Mineo(サル・ミネオ)主演のブロードウエイのヒットミュージカル「Grease(グリース)」でBetty Rizzo(ベティ)役を演じたStockard Channing (ストッカード・チャニング)やSandy Olsson(サンディ)役のOlivia Newton-John(オリヴィア・ニュートン・ジョン)が歌っているフィフティーズ風な曲「Look at me I'm Sandra Dee」としてサンディの名前は残っています。 ロックンロール&オールディズのパロディである「グリース」の脚本を担当したJim Jacobs(ジム・ジェイコブス)と共同脚本家でもある作曲家のWarren Casey(ウォーレン・ケーシー)によるこの曲は、「Look at me, I'm Sandra Dee, lousy with virginity...Just keep your cool, now you're starting to drool Hey, fungu, I'm Sandra Dee」と歌われる歌詞の中にRock Hudson、Doris Day、Annette、Elvisなどのスター達の名が出てきますがその中のSal Mineoの部分は、1978年に「サタデー・ナイト・フィーバー」で有名になったJohn Travolta(ジョン・トラヴォルタ)で映画化される前にサル・ミネオが殺害されてしまったので歌詞にあるサル・ミネオという文句はTroy Donahue(トロイ・ドナヒュー)と代えられたそうです。 永遠なれ、サンドラ・ディー!
☆サンドラ・ディーの写真がいっぱいのファンサイトThe Legend Sandra Dee

Gidget
カルフォルニアのLos Angeles(ロスアンジェルス)を象徴するのはBlue Crush?、Roxy gear?、Sally Field? そのもっと以前にGidgetがいた!
1938年にMad About Music(アヴェ・マリア)でアカデミーの原案賞にノミネートされたことがある脚本家で作家の「Frederick Kohner(フレデリック・コーナー)」の1957年の小説「Gidget, The Little Girl With the Big Ideas」を元にPaul Wendkos(ポール・ウェンドコス)がサーフィン映画のハシリとなった「ギジェット(ギジット)」を1959年に監督しました。
※金髪グラマーのJane Mansfield(ジェーン・マンスフィールド)と学生結婚したポール・ウェンドコス監督は映画デビューした1957年の「The Burglar」で妻のジェーン・マンスフィールドを起用していました。

当時のアイドルスターのサンドラディーや歌手でもあるJames Darren(ジェームス・ダーレン又はダレン)が出演したサーフィン根性ものは、「ギジェット」シリーズとして1961年と1963年にも製作されましたが、ジェームス・ダレンが演じたギジェットのボーイフレンドのサーファー野郎「Moondoggie(ムーンドギー)」は3本とも同じですがギジェット役はそれぞれ違います。 ちなみにロックンロールの名づけ親とも言われるAlan Freed(アラン・フリード)のDJ時代の別名がMoondog(ムーンドッグ)だったそうです。
サンドラ・ディーはサーフィンに夢中になるカルフォルニアの快活なお転婆娘のギジェット役です。 本名はフランシス・ローレンスというお嬢さんですが、ちっちゃくて可愛い女の子だからGirl Midget=Gidgetなのです。(日本で流行った車はダイハツ・ミゼット!) 男の子たちが楽しそうにサーフィンしているのを見てるだけなんて「もうイヤッ!」とギジェットがボーイフレンドからサーフィンを学ぶこの映画「ギジェット」のヒットによりそれまではサーフィンは男子だけだったのが女の子にも広まったそうです。 よってアメリカではサンディーは水着で飛び跳ねているティーンエイジャーの印象が強いようです。
ジェームス・ダーレンが演じたボーイフレンドでギジェットにサーフィンを教えるMoondoggie(ムーンドギー)の名が、宇宙サーフィンをするSFロボット・アニメ「EUREKA SEVEN(エウレカセブン)」にMoon Doggieとして取り入れられているそうです。(Gecko=月光号)

英語版リージョン1 エンコード (米国、カナダのみ)DVDですがPCなら設定を変更すれば視聴可。
Gidget DVDGidget: Complete Collection (2pc) (Full)
※1979年に社会派ドラマ「Norma Rea(ノーマ・レイ)」でアカデミー主演女優賞を受賞したSally Field(サリー・フィールド)は映画デビュー以前の1965年~1966年のテレビシリーズの「GIDGET(ギジェットは15歳)」で注目されていました。 日本では70年代になって放映されたそうです。
2006年発売のリージョン1 エンコード (米国、カナダのみ)の再生に問題が有るというDVD「Gidget: Complete Series (4pc) (Full)」というのもあり。
※Roxyとはスポーツ用品のサーフ・ブランドQuiksilverの女子サーフィン用品ラインです。



Sandra Dee on Two Beach Movies in 1959
A Summer Place
上記の画像は原語版VHSビデオの「Gidget」と「A Summer Place(避暑地の出来事)」です。
映画「避暑地の出来事」ではHugo Winterhalter(ヒューゴ・ウィンターハルター)が演奏するMax Steiner(マックス・スタイナー)作曲のテーマ曲「A Summer Place(夏の日の恋)」が大ヒットしましたが、主題曲の作曲者であるマックス・スタイナーは戦前から数々の映画で音楽を手掛けていてテレビシリーズの77 Sunset Strip(サンセット77)でもいくつかの曲を提供しています。
監督は1957年のAn Affair to Remember(めぐり逢い)の脚本を担当したDelmer Daves(デルマー・デイヴス)です。 サンディの相手役は当時のアイドル・ナンバーワンのTroy Donahue(トロイ・ドナヒュー)で、トロイ・ドナヒューのママ役はDorothy McGuire(ドロシー・マクガイア)です。 ドロシー・マクガイアは1950年代の初期にコカコーラの宣伝で有名なポップスグループの"The McGuire Sisters(マクガイア・シスターズ)"の3人姉妹の真ん中として人気だったそうです。 サンディのパパ役は1956年にElvis Presley(エルビス・プレスリー)が主演したLove Me Tender(やさしく愛して)でエルヴィスの兄を演じたRichard Egan(リチャード・イーガン)です。 それぞれの親に同伴した避暑地で情熱に身を任せた若者たち二人の恋の結末を描いたラブストーリーですが、なんと結婚前に恋人同士だった彼等の片親同士も焼け木杭 に火が点いて不倫状態となるおまけ付きです。
現代では失われつつあるサンディの純真無垢(無知か)の処女ぶりが共感を呼びました。
「避暑地の出来事」の写真が見られるGoodbye Troy - SandraDeeFans.com内の「Review of "A Summer Place」をクリック(トロイ・ドナヒューとの「避暑地の出来事」での写真が2ページ見られる)
Sandra Dee in A Summer Place - YouTube

Scandalo Al Sole - Percy Faith
ListenPercy Faith(パーシー・フェイス)楽団の演奏で「避暑地の出来事」のテーマ"A Summer Place(夏の日の恋)"が聴けるRockin' Mama(ページ下の1960をクリックしてTheme From "A Summer Place"でサイト内検索)
☆「There's a summer place, Where it may rain or storm...」と歌われる"A Summer Place(夏の日の恋)"の歌詞はTheme from "A Summer Place" Lyrics - STLyrics

Percy Faith - A Summer Place (1960)
カサブランカ (1942) 、三つ数えろ (1946) 、キー・ラーゴ (1948)などボギーの映画音楽も多く担当したMax Steiner(マックス・スタイナー)作曲のロマンティックなテーマ曲は現在も人気の「夏の日の恋」です。 その他にも懐かしい曲の数々を演奏したピアニストでバンドリーダーのパーシー・フェイスが演奏するロマンティックな映画音楽を収録したアルバムがあります。
Theme From a Summer Place by Percy Faith Theme From a Summer Place
CD画像はサンディとトロイではありません。
収録曲目は、 Lara's Theme(ドクトル・ジバゴのテーマ)、Man & A Woman(男と女)、Love Theme(ゴッドファーザーのテーマ)、Moon River(ムーンリバー)、Tara's Theme(風とともに去りぬ)、Never On A Sunday(日曜はダメよ)、L'eau Vive(河はよんでいる)など36曲ですが試聴なし。
※1994年発売の16曲収録CDTheme from "A Summer Place"の試聴はTheme from A Summer Place - Amazon.com
踊れるパーシー・フェイスの「夏の日の恋」
Percy Faith(パーシー・フェイス)が若者に受けを絞ったエレキサウンドとストリングスの融合を試みた70年代のLPをCD化した最後のアルバムは「Chinatown Featuring Entertainer: Summer Place '76」 (試聴はChinatown Featuring Entertainer: Summer Place '76 - Fnac.com


Come September
1961年の「九月になれば」は恋をしているサンドラ・ディーが一番楽しそうに演じているラブコメで、サンドラ・ディーが演じるSandy(サンディー)とボビー・ダーリンが演じるTony(トニー)がイタリアロケの間に実生活でも恋が芽生えて結婚に至った記念すべき映画です。 ミュージカルではありませんがボビー・ダーリンが'Come September' ThemeやMultiplicationなど自作自演で何曲か歌い、酔ったロックハドソンがロロを相手に変てこ踊りを披露します。 日本公開当時に映画館に足を運んだのは私みたいなボビー・ダーリンのファンではなかったかと思います。
Dancing Rock Hudson - YouTube

2005年に発売された日本語字幕版のDVDです。
Come Septembe DVDr9月になれば
下の画像は英語版VHSです。
Come September VHSCome September
映画「九月になれば」で当時流行りだったスクーターに相乗りしたサンディとボビーのスチール写真が見られるジャズ・サイトの Great Encounters- Bobby Darin and Sandra Dee, 1960 - Jerry Jazz Musician(画像下のリンクはAmazon商品リンク)


Audio-Visual Trivia内のサンドラ・ディー関連記事は ケビン・スペイシーのボビー・ダーリン伝記映画「ビヨンド the シー 夢見るように歌えば


♪ Eddie Cochran - Summertime Blues

Eddie Cochran (1938 - 1960)
Twenty Flight Rock
ロックンローラーには伝説的なミュージシャンが多いですがエディ・コクランもその一人です。
エルヴィス・プレスリーなど他の多くのロックンローラーの初期には作詞作曲が他のミュージシャンによる曲を歌っていますが、エディ・コクランはBuddy Holly(バディ・ホリー)やGene Vincent(ジーン・ヴィンセント)などのように自作自演の曲を演奏及び歌った最初のロックンロールのボーカリストでロカビリー・ギタリストとして有名です。
エディ・コクランはポップス歌手ではありません。 むしろR & B色が濃いロック歌手といえるでしょう。
幼い頃からギターに触れていたコクランは16歳でプロのギタリストとなりましたが、1955年にナッシュヴィルでエルビス・プレスリーのステージを見たコクランは衝撃を受け、今までの伝統的なカントリースタイルのHillbilly(ヒルビリー)からRockabilly(ロカビリー)奏法に変えたのでした。
※カントリー(田舎)という意味の南部丘陵地帯の白人大衆音楽であるHillbilly(オールド・カントリーのヒルビリー)と南部黒人音楽のR&Bを合わせ、さらにブルーズ(西アフリカからの黒人奴隷の労働唄が起源)も加味した新しい音楽がRock-A-Billy(ロカビリー)だそうです。
※エディ・コクランは同姓のHank Cochran(ハンク・コクラン)とCochran Brothers(コクラン・ブラザース)を結成しました。 1955年にコクラン・ブラザースとして初めてナッシュヴィルで録音したヒルビリーの曲「Mr. Fiddle」が聴けるwfmuラジオのプレイリスト$mall Change Tuesdays 11 PM - Wednesdays 2AM Playlist for Aug 22,2000(Listen to this show!をクリック、クリップ・ポジション(再生バー)を2:29:00に移動)
"Mr. Fiddle"のフィドルとはカントリーでいうバイオリンのことでこの曲では作曲もするフィドラーのHarold Hensley(ハロルド・ヘンズリー)が演奏しています。
ハロルド・ヘンズリーの写真はHillbilly Music.com(左のメニューのJukeboxでヒルビリーが聴けます。)

18歳のエディ・コクランは1956年の初のロックンロール映画でカラー作品の「The Girl Can't Help It(女はそれを我慢できない)」にLittle Richard(リトル・リチャード)やジーン・ヴィンセントと共に出演して、衝撃的な曲「Twenty Flight Rock(20フライトロック)」を歌いました。
Eddie Cochran sings "Twenty Flight Rock" in "The Girl Can't Help It" - YouTube

Cotton Picker
エディ・コクランは1957年に西部劇映画のHoward W. Koch(ハワード・W・コッチ)監督の「Untamed Youth(直訳だと野生の青春)」に出演し、ビッグバンドのリーダーのLes Baxter(レス・バクスター)の曲「Cotton Picker(綿摘み労働者)」を珍しいアカペラで歌っています。
Oh, you ain't a-gonna make a cottonpicker out of me...Bom-bom-bom
映画のストーリーはショービズを夢見てロスアンジェルスへヒッチハイクする姉妹が、途中素っ裸で泳いで不良少女として収監されるのですが、刑として判事に取り入った村の有力者の綿畑で経費節減のため労働させられます。 収容者たちはたまったもんじゃありませんが、綿摘み労働者となった判事の息子が姉妹の一人と恋仲となるにしたがいこの不正に気付くというストーリーです。 綿摘みよりマリリン・モンロー似でトランペッターのRay Anthony(レイ・アンソニー)との結婚歴があるブロンド・グラマー女優のMamie Van Doren(マミー・ヴァン・ドーレン)の方が気になる映画です。 姉妹の一人を演じて歌も歌っているマミー・ヴァン・ドーレンは翌年にJoe Lubin(ジョー・ルビン)が作った同名テーマソングが大ヒットしたドリス・ディの「Teacher's Pet(先生のお気に入り)」や火の玉ロックのJerry Lee Lewis(ジェリー・リー・ルイス)のテーマ曲として有名な1958年の「High School Confidential(ハイスクール・コンフィデンシャル)」に出演しました。
「Untamed Youth」のマミー・ヴァン・ドーレンの写真はHollywood Pinup(右の金髪がマミー)
Eddie Cochran - Cotton Picker -YouTube

Teenage Heaven
1959年には人気ラジオDJだったAlan Freed(アラン・フリード)がプロデュースしたロックンロール映画「Go, Johnny, Go!(ゴー・ジョニー・ゴー)」にChuck Berry(チャック・ベリー)、Jimmy Clanton(ジミー・クラントン)、"La Bamba(ラ・バンバ)"で有名になったRitchie Valens( リッチー・ヴァレンス)等と共に出演したエディ・コクランは"Teenage Heaven"を歌っています。 チャック・ベリーはもちろんGo, Johnny, Go! , Go! ...JOHNNY B. GOODE!
同じくチャック・ベリーはAlan Freed and his Rock 'N Roll Bandと共に1956年にも「Rock, Rock, Rock(ロック、ロック、ロック!)」にも出演しています。(アイドルだったチューズディ・ウエルドも出演)
白黒映画「Go, Johnny, Go!」の1997年輸入版VHSはGo, Johnny, Go! [VHS] [Import] (1959)
この後、バディ・ホリー等人気のロックンローラー達の飛行機墜落事故死にショックを受けたコクランは音楽活動を一時休止したそうです。

Sittin' In the Balcony
最初のシングル「Skinny Jim」はチャート入りを逃しましたが、人気の出たコクランは大手のリバティ・レコードと契約がすることが出来て、1957年にリバティ第一弾シングルとしてJohnny Dee(後のJohn D Loudermilk)の曲「Sittin' In the Balcony(バルコニーに座って)」をリリースして初の大ヒットとなります。 「バルコニーに座って」と映画「女はそれを我慢できない」の評判も加わり、コクランはバディ・ホリー、チャック・ベリー、The Everly Brothers(エヴァリー・ブラザース又はエバリー・ブラザーズ)などと共に57年代のスターとなります。
私が始めてエディ・コクランを知ったのが私の好きな「バルコニーに座って」だったのですが、この曲はシンガーソングライターのコクランにあって数少ない他人の手、Johnny Dee Loudermilk(ジョン・D・ラウダーミルク)が作った曲でした。 ちなみに日本では柳家金語楼のご子息でロカビリアンの山下敬二郎が歌いました。
Eddie Cochran - Sittin' In The Balcony - iLike.com
Eddie Cochran - Sittin' In The Balcony - YouTube
(YouTubeで削除されていたらEddie Cochran Sittin' In The Balconyで検索)

John D. Loudermilk
John D Loudermilk私の手持ちのレコードの中に唯一あったジョン・D・ラウダーミルクの曲が1950年代後期頃(1962年にヒット)の自作の"Road Hog(おいらはカミカゼ)"というコミカルな曲です。 そのジャケット画像には帽子をかぶり眼鏡をかけたラウダーミルクの写真が載っています。
John D Loudermilk - Road Hog - youTube
低音の声が魅力のラウダーミルクですが、レコードにはConnie Francis(コニー・フランシス)の"(He's My) Dreamboat(夢のボート)"やエヴァリー・ブラザースの"Ebony Eyes(エボニー・アイズ)"などを書いたソングライターです。 レコードの解説書には「最近歌手としてもめきめき売り出してきた有望な新人」と書かれています。
※写真が見られるJohnny Dee Loudermilk(ラウダーミルク)のサイトはSongwriter John D Loudermilk - bio, songs
The Song of Loudermilk - Rato Records Blog

シンガーソングライターのエディ・コクランに"Sittin' In the Balcony"を作詞作曲したジョンDラウダーミルクへのトリビュートとして吹き込んだ"Three Stars"はコクランの自動車事故死の1966年にイギリスでリリースされたそうです。 コクランがカバーした"Three Stars"はTommy Deeが1959年の音楽が死んだ日(飛行機事故の日)に事故死したRitchie Valens、Buddy Holly、Big Bopperという3人のロックンローラーへの追悼歌として書いたそうです。
エディコクランの音楽はコクランの死後もずっとJohn Lennon(ジョン・レノン)がリーダーの英国グループサウンズであるBeatles(ビートルズ)をはじめ多くのミュージシャンにカバーされ続け、レコードからCDに替わった現在もなお世界中で、特にイギリスそして日本で人気を保っています。 コクランは1987年にThe Rock n' Roll Hall of Fame 殿堂入りを果たしました。
※コクランが影響を与えたイギリスのバンド「ビートルズ」のギタリストであるGeorge Harrison(ジョージ・ハリソン)も欲しがったコクランのGretsch Guitar(ロカビリー・ギターのグレッチ)はG6120w-1957 Model Guitar

エディ・コクランのオールタイム曲目人気ランキングで常に一位が"Somethin' Else"で、私の好きな"Sittin' In The Balcony"は20位あたりです。 この曲はかなりエルヴィスを意識した歌唱法でエコーを効かせてますね。 この年代はエコー大流行で私もVICTORの最新式エコーマシン(残響付加装置)付き木製キャビネのステレオを購入しましたが弟がエレキ・ギターに接続して壊してくれました。(どんな曲でもエコーがかけられました。)
そういえば、日本でもこの2年後から石原裕次郎がエコーたっぷりのヒット曲を連発していました。 錆びたナイフ! 嵐を呼ぶ男!(おいらはドラマー!) 俺は待ってるぜ! 夜霧よ今夜もありがとう!

Summertime Blues You can't use the car 'cause you didn't work a lick...
1958年6月、エディ・コクラン19歳の時にリリースした"Summertime Blues(サマータイム・ ブルース)"がビルボードで最高8位を記録し、エディ・コクラン初のミリオンセラー、Gold Record(ゴールド・レコード)となったそうです。 歌詞が当時のティーンエイジャーの"理由なき反抗"精神を代弁して受けたようです。 よって後の自動車事故死でも"Guitar-playing James Dean"と、ゴーカート事故で24歳で死亡したJames Dean(ジェームス・ディーン)に例えられたこともありました。
この曲は当時17歳のソングライターであったSharon Sheeley(シャロン・シーリー又はシェリー)が書いた"Love Again"のB面に予定されていたのだそうです。 シャロン・シーリーはその後コクランのガールフレンドとなり一緒に曲を作ったり、ツアーに同行したりしてしていたので、気の毒にも死亡事故当時も一緒でした。
カントリー・シンガーのGlen Campbell(グレン・キャンベル)などに歌を提供していたシャロン・シーリーは1965年の"What The World Needs Now Is Love"で知られるJackie DeShannon(ジャッキー・デシャノン)とも組んだり、The Ronettes(ロネッツ)やBrenda Lee(ブレンダ・リー)などの曲も書いています。
☆シャロン・シーリーが手拍子を入れている"サマータイム・ ブルース"」を聴けばどなたもきっと思い出しますよ。
※ゴールド・レコードとはRCA Victorレコード会社が1941年に百万枚売れた"Chattanooga Choo Choo(チャタヌーガ・チュー・チュー)"を記念して金色にスプレーしたそのレコードをGlenn Miller(グラン・ミラー)に贈ったのだそうです。 Chattanooga Choo Chooは1941年のミュージカルコメディ映画「Sun Valley Serenade(銀嶺セレナーデ)」のために作曲された曲ですがコーラスが入っています。 チャタヌガ汽車ポッポという意味の"Chattanooga Choo Choo"は1880年にチャタヌガに機関車が開通したことを歌ったそうです。 ちなみに2度目のゴールドディスクは1956年にElvis Presley(エルヴィス・プレスリー)の"Hound Dog(ハウンドドッグ)"だったそうです。

シャロン・シーリーと共作の1959年の"Somethin' Else"の前に出した"C'mon Everybody(カモン・エヴリバディ)"がそれまでとは逆転してイギリスでの方が評判が良いと聞き、エディ・コクランは、これ又本国よりイギリスで人気の高いジーン・ヴィンセントとシャロン・シーリーも同行しての1960年英国公演ツアーに出掛けます。余りに評判だったので予定を延ばしたほどでしたが、イースター祭のため帰国しようと空港へ向かう途中で自動車事故に遭いました。 ジーン・ヴィンセントは肋骨と鎖骨の怪我に留まりましたが、21歳のコクランは脳に損傷を受けて翌日帰らぬ人となりました。
イギリスではレイ・チャールスのカバー曲「Hallelujah I love her so」やThree steps to heavenが大ヒットとなっています。
"Three Steps To Heaven"が聴けるイギリスのオールディズのサイトBrian's Oldies Fixxx(ページ中ほど)
エディ・コクランとシャロン・シーリーのツーショット写真が見られるEddie Cochran with Sharon Sheeley
Gene Vincent sings "Love of a man" with photos of Eddie Cochran - YouTube

コクランの他にも当時のロックンロール歌手の中には若くして亡くなった"短命の偉人"が何人かいました。 1959年の2月、小型飛行機の墜落事故でツアーの一行が死亡しています。 Chantilly LaceのThe Big Bopper(ビッグ・ボッパー)、La Bambaのリッチーバレンスはなんと17歳、"Peggy Sue"のバディ・ホリーは22歳でバンド共々全員死亡しました。 これについては「50年代と60年代のオールディーズとロックンロール」にも書いてあります。

エディ・コクランのバイオなど情報満載で写真も見られるRemember Eddie Cochran(英語のサイト)


☆ページトップの画像はアメリカのAmazon.comにあるエディ・コクランのアルバム「Somethin' Else」で、アルバムタイトル曲のSomethin' Elseをはじめ、ヒット曲のSummertime Blues、C'Mon Everybody、私の好きなSittin' In The Balconyなどが収録されています。(Three Starsはなし)
※いづれにせよ音楽活動期間が短かったエディ・コクランの主要なLPアルバムというのが、生前の一枚、1957年の「Singin' To My Baby」 (Liberty LRP-3061)と死後の1960年ににリリースされた追悼アルバムとしての「12 of His Biggest Hits」(Liberty LRP-3172)の一枚という計2枚だけと言われています。

日本のAmazonにあるアルバム「Somethin Else」
Somethin Else - Eddie CockranSomethin Else
Listen常時人気ナンバーワンの"Somethin' Else"が聴けるwfmuラジオのプレイリストMusic to Spazz By with Dave the Spazz January 9, 2003(it's gonna get loud! RealAudioをクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を2:35:30に移動)
言葉の部分がちょっと初期のJohnny Cash(ジョニー・キャッシュ)やJerry Lee Lewis(ジェリー・リー・ルイス)流です。

上記のアルバムにはないTwenty Flight Rock、Three Starsなどイギリスでヒットした曲が収録されているアルバム「Best of Eddie Cochran」
The Best of - Eddie CochranThe Best of Eddie Cochran

☆オールディズよりロカビリーという方にはストリームのRockabilly Radio


インタビューも含むモノクロの貴重なライヴ映像が2003年に発売されました。 いったいどんなバンドかは情報がありませんが、"Dick D'Agostin & The Swingers"をバックにエディ・コクランが歌った1959年のThe Town Hall Partyでのテレビで放映されたライヴだそうです。
Eddie Cochran - Town Hall Party (1959) Town Hall Party
※introduction (Jay Stewart)/Instrumental (Dick D'Agostin & The Swingers) /Introduction (Dick D'Agostin)/C'mon Everybody/Have I Told You Lately That I Love You/Don't Blame It On Me/Summertime Blues/Interview (Johnny Bond)/Introduction (Jay Stewart)/Night Walk (Dick D'Agostin & The Swingers) /Introduction (Dick D'Agostin)/School Day/ Be Honest with Me/Money Honey/C'mon Everybody
Eddie Cochran on The Town Hall Party TV Shows (1959) - YouTube


Audio-Visual Trivia内のエディ・コクラン関連記事
エディ・コクランのヴィンテージ・ポスターが見られる女はそれを我慢できない
当時のロックンローラーがいっぱいの50年代と60年代のオールディーズとロックンロール


The Devil Wears Prada (Widescreen Edition)
The Devil Wears Prada DVD
プラダを着た悪魔 (2006年)

Meryl Streep and Anne Hathaway
メリル・ストリープとアン・ハサウェイが共演する、強烈なパンチの効いたタイトルの映画「プラダを着た悪魔」は、美人作家と評判のLauren Weisberger(ローレン・ワイズバーガー)が書いた"実話"小説「The Devil Wears Prada」を元にDavid Frankel(デヴィッド・フランケル)監督が原作にかなり忠実に映画化したそうです。 脚本を担当したのは日本未公開でしたがMatthew Perry(マシュー・ペリー)が主演した「スリー・トゥ・タンゴ」で脚本に参加したAline Brosh McKenna(エイリン・ブロシュ・マッキーナ)です。
ストーリーは一種の根性もの&サクセス・ストーリーで、華やかさとは無縁だった地方大学からの新卒「アンドレア」が、なんと人も羨む有名なファッション雑誌編集長のアシスタントに採用されたのです。
どんな仕打ちにも耐えます!頑張ります! ミランダ編集長の推薦状が頂けるのなら。 悪魔に魂を売っても!
そうです、どこもかしこもお洒落なファッションで溢れかえったオフィスではローヒールの靴を履くなんざ犯罪ものですよ。 このようなファッショナブルな世界のハタマタお洒落なその編集長というのが泣く子も黙る「プラダを着ている悪魔」だったのです。 サディストでもなく、無作法でもなく、人を操るわけでもないのに、美しく優雅な人間なのに、なのに、まさに悪魔の生れ変り!白い肌に銀髪、落ち着きはらった口調は恐怖と畏敬の念を抱かせるには充分です。
文明の利器であるはずの携帯電話がここでは凶器と化します。 「私は今パリよ、運転手が見あたらないのよ!探しなさい!ハヤク!!! That's all!」又は窓の外は吹き荒れる嵐だというのに「欠航だなんて、私は家に帰るの!早く便を探して!」と常軌を逸したミランダ編集長の無理難題、並外れた奇行を見るぶんには結構楽しみかも。 お次は何? どの辺が実在のNuclearの異名を持つヴォーグ編集長と同じなの?
有無を言わせぬ傲慢なファッション誌編集長のアシスタント達への容赦ないご注文をとくとご覧あれ!

ファッション界に限らず新入社員の中には、嫌味たっぷりで冷酷無情なボスの気紛れな圧制に悩むうら若き乙女達の涙があることでしょう。「プラダを着た悪魔」はそんな可哀相なお嬢様方がまるで我がことのように溜飲を下げることのできる映画です。 なぜって無邪気なヒロイン「Andrea Sachs(Andy/ アンディ)」が華やかなファッション界や上流社会の裏を爽やかに暴露してくれるのです。
が、なんたって人間、命あってのもの種ですからねぇ。 長居は無用! That's all!

「プラダを着た悪魔」は、右も左も分からないニューヨークに出て来て、ファッションと何の縁のなかった野暮ったいアンディを演じるAnne Hathaway(アン・ハサウェイ)と大手ファッション誌の"Runway"編集長の洗練されたMiranda Priestly(ミランダ)を演じるMeryl Streep(メリル・ストリープ)の共演が話題のプラダ・コメディです。 1997年のL.A.コンフィデンシャルの始めの方でマリファナ所持で逮捕される映画俳優役でちらっと出演した、アーストラリア出身で金髪セクシー俳優のSimon Baker(サイモン・ベイカー)がアンディの憧れであるおフランスのジャーナリストのChristian Thompson(トンプソン)役を演じています。 ファッション界を描いた映画だけあってValentino Garavani(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ)などの実在のデザイナーが数人自身の役で出演しているそうです。

オープニングクレジットではKT Tunstall(ケイティー・タンストール)の"Suddenly I see"が流れます。 お洒落な女性たちとアンドレアの出勤風景の比較シーンから始まります。 エリート女性たちは自家用車か、タクシー! アンディは地下鉄。 Emily Blunt(エミリー・ブラント)が演じる先輩アシスタントから指示を受けている最中に彼女の携帯が鳴ると、さあ大変。 オフィスはまるで戦場のような騒ぎ、そうボスおお帰りなんです。 「何?どうしたの?」という顔のアンドレアをよそに、赤いヒールで車を降り立ったボスが到着するまでにやらねばならないことがいっぱいの社員たち。 ぺたんこ靴をハイヒールに履き替えたり化粧したり片付けたり。 そこに白髪の老婆、じゃない、銀髪のボスが到着。 ボスはでかい声は出さない。 だけと息も切らせずに用事を言い続ける。 自分の言い分が終われば、「That's All.」 言い訳も質問も禁止。

さて、朝の6時からオフィスから呼び出されるアンディ。 珈琲! エミリー! 「えっ、私はアンディかアンドレアですが。。。」 エミリーとはアシスタントのこと。(アシスタントは誰でもエミリー) 本当の名前なんてボスに取ってみればどうでもいいことなのです。 このボスは外出から帰ってくれば毎回アンディのデスクにゴージャスなコートとバックを次々と投げつけていきます。 いろいろとあってアンディはもう、切れた! いや目覚めた。   Stanley Tucci(スタンリー・トゥッチ)が演じるナイジェルの助力でその後のアンディの変身ぶりがすごい! ボスもビックラ。 アンディがミランダの言いつけでデザイナーのパーティに行った時に持っていたフリンジ付きエディターズ・バッグはSex and the City(セックス・アンド・ザ・シティ)の衣裳も担当しているPatricia Field(パトリシア・フィールド)のデザインとかで映画のせいで大ブレークしました。 La RueのDistressed Studded Handbag、二つ折りにして抱えることも出来るので私も欲しいですが3万円近い価格だそうです。(安いかも) 映画ではそのバッグのデザイナーに会った会場でアンディはサイモン・ベイカーが演じるジャーナリストのクリスチャン・トンプソンにも会ったのですがこれが役に立ちボスの難題を解決してくれたのでちょっと心惹かれたようす。 二人で食事する時に流れる曲は映画「French Kiss(フレンチ・キス)」で使用されたThe Beautiful South(ザ・ビューティフル・サウス)の"Les Yeux Ouverts(Dream a Little Dream of Me)"です。 ハリー・ポッターの未刊本で一夜を共にするのもどうかと思うが心身共にお疲れのアンディでしたから。 ようやくボスに認められてちゃんとアンドレアと名前を呼ばれるようになりボスの自宅まで出向くようになるのです。 が、あいも変わらずステーキハウスのSmith and Wollensky(スミス&ウォレンスキー)が開いていない時間にステーキを15分以内に用意しろ!という要求をやっとのことで達成したのに「いらない。」なんて! さて、アンディの目的である編集長の出版社への推薦状は頂けるでしょうか。

Anne Hathaway
「プラダを着た悪魔」で無邪気に爽やかにファッション界の裏を暴露するアンディを演じるアン・ハサウェイは、2001年のディズニーのお伽話し「The Princess Diaries(プリティ・プリンセス)」で映画デビューした後、アカデミー賞に輝いた2005年の「Brokeback Mountain(ブロークバック・マウンテン)」にも出演している他、2005年のアニメ 「Hoodwinked(リトル・レッド レシピ泥棒は誰だ!?)」では主役のRed(レッド)の声を担当しています。
2006年もアン・ハサウェイがJane Austen(ジェーン・オースティン)を演じる2007年の公開(日本では2009年)の「Becoming Jane(ビカミング・ジェーン)」が目下撮影中でピアノの特訓中だそうです。 作家のジェーン・オースティンは、18世紀後半の英国田舎町の上流社会を描いた1940年の映画「Pride and Prejudice(高慢と偏見)」 、そして最近ではColin Firth(コリン・ファース)とKeira Knightley(キーラ・ナイトレイ)が出演し、ロンドン出身のCarey Hannah Mulligan(キャリー・ハンナ・マリガン)がデビューした2005年のリメイク映画「Pride and Prejudice(プライドと偏見)」の原作である「高慢と偏見」の原作者です。(金熊賞受賞の作曲家"Dario Marianelli"(ダリオ・マリアネッリ)と"Jean - Yves Thibaudet"(ジャン=イヴ・ティボーデ)のピアノが素晴らしい映画はプライドと偏見のOST(オリジナル・サウンドトラック)で聴けます。)
衣裳係りが優秀なのか自身のファッション感覚が素晴らしいのか、スタイル抜群のアン・ハサウェイはレッド・カーペットのドレス饗宴でも飛びぬけて目立ちます。
Anne Hathaway: 2009 Oscars Red Carpet
そんなアン・ハサウェイがお色気タップリの女スパイを演じる2008年の映画は「ゲット スマート Get Smart

Runwayとは何?という方のために
雑誌のタイトルのRunwayとはパリコレなどのファッションショーで、昨今は挑むような目つきのモデルたちがカッカッと闊歩して衣裳を見せびらかし歩くキャットウオーク(飛行場の滑走路状の狭く長い花道舞台)のことです。 That's all!
Prada Spring Summer 2008 Women Runway - YouTube

Pradaとは何?という方のために
1913年にイタリアのマリオ・プラダが創業した革製品店で上流社会の御用達となったほどでしたが、70年代に出した防水ナイロン製のPocono(ポコノ)バッグがブランド志向で実用主義の若い女性に大流行しています。 プラダのトレードマークのロゴ入り三角プレート(エンブレム)でお馴染みの(Tessuto) Hobo(ソフト素材の三日月型肩掛けジップバッグ)やTote Bag(2本手買物バッグ)とかバッグ類は使い易い型が多くてお嬢様に人気のブランドのようです。(という私はSAFFIANOラウンドファスナー財布しか持っていませんが。) That's all!

パリのPradaのオフィシャルサイトのPradaでRidley Scott(リドリー・スコット)と娘のJordan Scott(ジョーダン・スコット)が共同監督したPradaのための短編映画「Thunder Perfect Mind」のメイキング映像が観られたのですが現在はリンクがありません。
Thunder Perfect Mind - Daria Werbowy for Prada Parfums - YouTube

Salt Bagelとは何?という方のために
ベーグルとは「プラダを着た悪魔」のヒロインであるヤダヤ女性のアンドレア(アンディ)が好物のユダヤパンのことで、映画の冒頭でベーカリーで買ったベーグルをかじりながら出勤しました。 アンディはオニオンベーグルだったのか、食べた後に臭いました。 本来は塩は入れないそうですがこの塩味ベーグルは何も付けずに食べるには最適だそうです。 ニューヨークでは脂肪分がないのでサンドイッチにしたりクリームチーズを塗ったりとヘルシーーランチとしても人気なんだそうです。 特徴としては作る行程でドゥ(生地種)を茹でるのでモッチリ感が有ります。 That's all!
How To Make Bagels - YouTube


The Devil Wears Prada
The Devil Wears Prada
Meryl Streep as Miranda Priestly and Anne Hathaway as Andy Sachs

「プラダを着た悪魔」の予告編はThe Devil Wears Prada Trailer - VideoDetective
The Devil Wears Prada Trailer - YouTube

アメリカでは2006年6月30日に公開されましたが日本は2006年11月にロードショーです。 某前チケット売り場で前売り券を買うと限定で靴をくれたり、香水用スプレー"ボトル"(アトマイザー)のおまけがあるそうです。 流行に興味のある方やプラダのファンの方は楽しみですね。
ちなみに映画「プラダを着た悪魔」のTVコマーシャルは観たことがないですが、そこで流れているのが女性ヴォーカルなら、サントラの11番にあるTamra Keenan(タムラ・キーナン)の"Here I Am"あたりかと思っていたら、サントラには収録されていないKT Tunstall(ケイティー・タンストール)の"Suddenly I see"なんだそうです。 サントラ試聴の1番にあるマドンナの"ヴォーグ"といきたいところですがね。

日本版「プラダを着た悪魔」のオフィシャルサイトは映画『プラダを着た悪魔』公式サイト

デビルはなぜ赤?
赤は情熱や暴力を呼び覚ます強い色なのです。 赤は「権力の象徴」でもあるので国会議事堂やアカデミー授賞式会場のカーペットは赤ですね。赤い色はは動悸が激しくし血圧も上昇させます。 闘牛を思い浮かべて下さい。 赤は「愛の使い」でもあり「悪魔」でもあるのです。赤は赤でも、悪魔というと私は真っ赤よりどす黒い赤、もしくは紫がかった赤をイメージしますが、黄色やインディゴが悪魔を表す色とされている国もあるそうです。 そういえば目下話題のサッカーでマンチェスター・ユナイテッドなど赤いユニフォームのチームの異名が「赤い悪魔」ですね。 That's all!

The Devil Wears Prada Boutique
「インハーシューズ」がタイアップした靴のように今回はプラダですからお洒落なファッションが色々とタイアップされているようです。 映画で使用されたような靴はもちろん、アクセサリーやバッグなどなど。 目の保養に、Amazon.comの「The Devil Wears Prada Boutique」を覗いてご覧下さい。(アパレルのThe Devil Wears Prada Boutique - Amazon.com
海外ドラマのコーディネイターとして有名なPatricia Field(パトリシア・フィールド)デザインの「プラダを着た悪魔」で使用された宝石を散りばめたようなこのアンティーク調のディレクターバッグ欲しい?
La Rue Women's Distressed Studded Shoulder - Amazon.com(バッグの画像の下のサムネールをクリック)


The Devil Wears Prada DVD
画像は2009年発売の「プラダを着た悪魔」のDVDですが現在入手困難となっているのでリンクは2010年発売のDVDです。
The Devil Wears Prada DVDプラダを着た悪魔 (特別編)

Theodore Shapiro and Madonna
「プラダを着た悪魔」のサウンドトラックは2005年に「ディック&ジェーン 復讐は最高!」の音楽を担当した若手の作曲家であるTheodore Shapiro(テオドール又はセオドア・セオドア・シャピロ/Shup-EYE-ro)です。 1996年にEugenia Zukerman(ユージニア・ズーカーマン)のフルート独奏でシャビロ作曲のコンチェルト"Ophelia"がカーネギーで演奏されたそうです。 ちなみにセオドア・シャビロはJuilliard(ジュリアード)音楽院卒のすごくハンサムな作曲家です。(頭髪があれば。)
The Devil Wears Prada Soundtrack 2006年発売のサントラ
The Devil Wears Prada SoundtrackThe Devil Wears Prada
サントラの目玉はMadonna!
マドンナが歌うそのタイトルのモデルは原作者のローレン・ワイズバーガーが勤めた有名ファッション誌のVogue(ヴォーグ)! 確信はありませがオフィシャルサイトの予告編の音楽はテオドール・シャビロ作曲の"Suite from the Devil Wears Prada(プラダを着た悪魔の組曲)"の一部と思われますがCMでは"Suddenly I see"だそうです。 アンディとトンプソンのデートで使用された"Les Yeux Ouverts"は「French Kiss(フレンチ・キス)」のサントラでも使用されたイギリスのロックバンドのThe Beautiful South(ザ・ビューティフル・サウス)の歌ですが、英語では"Dream a Little Dream of me"といって1930年代から歌われたきた曲です。 たくさんのジャズ歌手も歌っていますが私が好きなのはThe Mamas & the Papas(ママス・アンド・パパス)のMama Cass Elliot(キャス・エリオット)が1968年にリリースしたバージョンです。 オープニングのKT Tunstall(ケイティー・タンストール)の"Suddenly I see"とMadonnaの"Jump"同様にサントラには収録されていません。
サントラの収録曲はShana Halligan(シンガー)とKiran Shahani(ベース)のデュオのBitter:Sweet(Our Remainsも?)やU2の"City of Blinding Lights"、そしてナポレオン・ダイナマイトのダンスにも使用されたJamiroquai(ジャミロクワイ)が歌う"Seven Days in Sunny June"などですが、セオドア・シャビロの曲は試聴の最後の"Suite from the Devil Wears Prada"です。他には女性DJのColette(コレット)の"Feelin' Hypnotized"やMocean Worker(モーシャン・ワーカー)の"Tres Tres Chic"などファッションがらみの曲が収録されています。
Madonna - Vogue - YouTube
Bittersweet -Bittersweet Faith - YouTube


Lauren Weisberger
上司にしたくないNo.1!最低最悪のファッション誌のボスをお洒落に、そして痛快に描いたベストセラー小説「The Devil Wears Prada」はローレン・ワイズバーガーが1999年に実際に有名ファッション誌のVOGUE社に入社し、「ヴォーグ」編集長のアシスタントとして"9カ月"勤めた経験を元に書いたようです。 原作者はストーリーは創作だと述べていますが、どうしてもヴォーグ誌編集長がオーバーラップしますね。 ユダヤ人作家のローレン・ワイズバーガーはユダヤ女性をヒロインとして描いたこの小説で2003年に26歳にしてベストセラー作家の仲間入りを果たしました。
佐竹 史子(翻訳)の「プラダを着た悪魔」日本語版
The Devil Wears Prada by Lauren Weisberger Bookプラダを着た悪魔
原語版ペーパーバック や英語版の「The Devil Wears Prada」 (マスマーケット)版もあり。(マスマーケット商品とはアメリカでAmazon.comなどの大手オンライン書店が大量発注により提供する廉価版)


☆「プラダを着た悪魔」の脚本を手掛けたエイリン・ブロシュ・マッキーナは2008年に「27 Dresses(幸せになるための27のドレス)の脚本も担当しました。



What is TABOO?
Tabu: A Story of the South Seas (1931)
映画のなかで"Taboo(タブー)"という曲が使用されているわけではありませんが、この映画「Tabu: A Story of the South Seas(タブウ)」により"タブー"という宗教的な意味を持つ言葉が一般的に使用されるもととなった映画です。
南海のボラボラ島を舞台に若い漁師のタブーとされる聖なる乙女に対する禁断の恋を描いたRobert Flaherty(ロバート・フラハティ)の原作が映画化されています。 厳しい環境に生きる異郷の人々を追うロバート・フラハティは代表作といわれるエスキモーのイヌイットのナヌーク家の生活を描いた1922年の「Nanook of the North(極北の怪異又は極北のナヌーク)」を手始めに1920年代と1930年代に数本の映画を監督しているドキュメンタリー作家です。 1930年の映画「タブウ」はドイツの監督であるFriedrich Wilhelm Murnau(F・W・ムルナウ)の遺作で最後のサイレント映画といわれています。

※日本では入手不可の1931年のVHSビデオと、ロバート・フラハティ監督のハードカバー原書(英語)の「TABU. A STORY OF THE SOUTH SEAS. VIDEO」はアメリカのAmazon.comにあります。
☆「Tabu: A Story of the South Seas」の2002年リリースの英語版DVDはカナダのAmazon.ca(ASIN: B00006FMCF)にありますが私はカナダのAmazonアフィリエイトに参加していないので画像は出せません。(ページトップのカバー画像に類似)


Pérez Prado Plays Taboo...Don't Do!
さて、タブーという言葉から南国の雰囲気で"Tabu"という曲が作られたようです。
1950年代にはルンバに代わってニューヨーク中の誰もが踊るようになったマンボを世界中に広めたのはペレス・プラードなのです。 何でもマンボにしてしまうペレス・プラードですが、渡米した1955年にアメリカでチャートインしたのは英語タイトルが"Cherry Pink And Apple Blossom White"というシャンソンをアレンジしたCereza Rosa(セレサ・ローサ)でした。 ペレス・プラードのマンボの曲で私が好きなのは沢山ありますが、特にエキゾチックな演奏のタブー(タブウ)は格別です。

Taboo、Tabu、Tabou、Tabúはいづれも日本語では"タブー"ですが、この曲はラテンの名曲であるMalaguena(1927)、Siboney(1929)、Babalu(1941)などと同じく1934年(1938年?)にキューバのMargarita Lecuona(マルガリータ・レクォーナ 1910-1981)が作曲、英語の歌詞はS.K. Russell(ラッセル) が付けたそうです。
Alma del Africa lejana Llena mi pecho de candela...と歌われるレクオナ・キューバン・ボーイズのスペイン語の"タブー"の歌詞とDm/Gm/A7で演奏するギターコードが見られるTabu (taboo) Lyrics & Guitar Tab - Los Acordes.com
マルガリータ・レクォーナが作ったルンバのスタンダード曲「タブー」は、「哀れな黒人奴隷は故郷の椰子、暗黒の密林、神秘の神々をいつも想う」と西アフリカから連れてこられた奴隷の心境を歌った曲とも、白人女を黒人が愛する悲哀ともいわれています。
1935年にマルガリータ・レクォーナがLecuona Rhythm Boysとしてスペインのツアー中に体調を崩して帰国したのでグループはLecuona Cuban Boysと名を替えました。
ちょっと"Cubanakan"にも似たTabou又はTabou(タブー)が収録されているレクオナ・キューバンボーイズのアルバムはCongas y Rumbas
Lecuona Cuban Boys, Vol. 4 (1932-1936)(1935年から1937年に録音された歴史的なレクオナ・ッキューバン・ボーイズのオリジナルの"タブー"や"ルンバタンバ"を収録。)
Lecuona Cuban Boys - Tabu (Rumbas & Congas/Congas y Rumbas) - Rádio UOL(Tabou, Ojos Negrtos, Amapola, etc.)

タブーが収録されているアルバムでビッグバンド・ジャズの演奏では、プラードのマンボが大変気に入ったStan Kenton(スタン・ケントン)の「New Concepts of Artistry in Rhythm
エキゾチック・サウンドで有名なLes Baxter And His Orchestra(レス・バクスター楽団)が1956年にリリースしたLP盤の「Caribbean Moonlight(カリブの月光)」がありましたが廃盤なので、2000年がオリジナル・リリースの「50's Golden Jukebox: Lover's Lane」(試聴はLover's Lane - Amazon.com
Larry Clinton(ラリー・クリントン)の「Feeling Like a Dream」(試聴はFeeling Like a Dream - Amazon.com(試聴の10番)
※ラリー・クリントンについてはAudio-Visual Trivia 内のLarry Clinton and Bea Wain

ペレス・プラードの他にタブーを演奏しているラテンバンドは、"Tabú"としてラテン・バンドのXavier Cugat & his Orchestra(ザビア・クガート楽団)の「Rosita La Bonita」やDesi Arnaz and His Orchestra(デジ・アネス楽団)がアルバム「Babalu」でボーカル入りで演奏しています。 ジャズでタブーが収録されているアルバムはDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)の「Talkin' Verve」の他にもピアニストのArt Tatum(アート・テイタム)のアルバムでは「The Art Tatum Solo Masterpieces, Vol. 7」や「Tea for Two」などに収録されています。

Taboo(タブー)はTabuとしても表示されて、Stan Getz(スタン・ゲッツ)の「The Complete Roost Recordings」の他、"Taboo"同様にスタン・ケントンのアルバムで「The Formative Years」などに収録されています。
Artie Shaw & his Orchestra(アーティ・ショー楽団)では「Self Portrait」(ディスク:3の15番)


一世を風靡したエキゾチック・サウンドの創始者といわれるLes Baxter(レス・バクスター)の演奏で上記の「50's Golden Jukebox: Lover's Lane」に収録されているように、タブーといえばアフリカの雰囲気を伝えた曲ですが、1959年に同じくエキゾチックサウンドのArthur Lyman(アーサー・ライマン)のアルバム「Arthur Lyman: The Greatest Hits - Taboo」があります。 鳥の鳴き声やラテン楽器も入れてヴィブラフォンやフルートが演奏するアーサー・ライマンのトロピカルなタブーはパーカッションが効いて最高です。 私はその昔EP盤を購入しましたがAmazon.co.jpにあるアルバムでは「Taboo: The Greatest Hits of Arthur Lyman」で、私の好きなフィリピン歌謡の"Dahil Sa Yo(ダヒルサヨ)"も収録しています。
※アーサー・ライマンのタブーは手持ちがある筈なので探しているのですが未だ行方不明です。 その代わりにマンボやサルサを歌うスペインの4人グループのLos Alcarson(ロス・アルカルソン)のタブー(PHILIPS FL-1036)のEP盤が出てきました。(ロス・アルカルソンのタブーはLPもリリースされています。) 50年代から60年代にかけてレコーディングや世界ツアーをしていたロス・アルカルソンの演奏ではやはりキューバの楽器のボンゴ、クラベス(拍子木)そしてギロ(溝付き瓢箪)のリズムで始まるお馴染みのタブーをスロー・ルンバで歌っています。
Arthur Lyman - Taboo (1961) LIVE - YouTube


Taboo by Perez Prado
ご注意! 当然ながらペレス・プラードの"タブー"といっても全部が全部同じ演奏バージョンではありません。
貴方がお探しのTabooが試聴できるアルバムは、もしかしたらレアな"Guaglione(ガリオーネ)"が収録された19991年リリースの"Cocktail Hour"シリーズの「ペレス・プラード」かもしれません。
Cocktail Hour - Perez PradoCocktail Hour: Perez Prado
試聴はCocktail Hour - Amazon.com
タブーはディスク: 2の5番、ディスク: 1の1番Que Rico el Mambo、2盤のMambo No.5、6番のCerezo Rosa、12盤のPatriciaはよく知られた曲です。
ちなみにこのCDに収録されているバージョンはドリフなみにミュートのテナーサックスが入って扇情的な演奏ですが全く違うバージョンもあります。 一口に"タブー"といっても色々なバージョンがあり、なかにはノリノリでないのもあるのですよ。70年代にはファンク・ギター入りのWaka-Wakaリズムのバージョンも録音されているようです。
Waka Waka
ワカワカとは本来の意味は「日光」なんだそうですが、転じて「陽気」も意味するようです。 アメリカ黒人の故郷であるアフリカのメロディと奴隷として連れてこられたカリブのリズムとの融合で、つられて踊り出しだくなるようなアフロ・カリビーン(トリニダッド)のCalypso(カリプソ)やアフリカのSoukous(スクスク)みたいなワールドミュージック(民族音楽)でしょうか。 2010年に南アでの開催される第19回FIFAワールドカップ(FIFA World Cup South Africa)でのオフィシャルソングは"Waka Tsamina mina eh eh Waka Waka eh eh..."と歌われるShakira(シャキーラ)の"Waka Waka"ですが英語のタイトルは"This Time for Africa"だそうです。 "Waka Waka"は南アのアフロ・フュージョン・バンドのFreshlygroundをフィーチャーして開会式と閉会式に歌われています。
日本のアマゾンでは2008年3月現在、上記のCDはもう取り扱っていないそうですがマーケットプレイス(サードパーティ)で購入出来るようです。

タブーの他にペレス・プラード定番のMambo No. 5やCerezo Rosa、そしてBesame Mucho、Quizas, Quizas, Quizas、Quien SeraやHistoria de un AmorなどPerez Prado Orchestra演奏のラテン・スタンダードが収録されています。
The Best of Mambo - Perez PradoThe Best of Mambo
試聴はThe Best of Mambo - Amazon.com
この他には「Mambo Jambo」や「ベスト・オブ・ペレス・プラード」などあり。

若くして亡くなったメキシコの歌手のChalino Sanchez(チャリノ・サンチェス)のアルバムNuevoにもタブーが収録されています。

注!私は毎週土曜日の夜8時に放映されていたドリフターズの「8時だよ!全員集合」の禿げチャビンの加藤茶のストリップ・コントを見てタブーを好きになったわけではありません。 ドリフが放映されていた70年代(昭和50年代)当時は生番組が多くてタブーも生演奏でしたからレコードは発売されていないようです。 ペレス・プラードのタブーをもっと扇情的に演奏したのは贅沢にもビッグバンドの岡本章生とゲイスターズで、これにより若いマンボ・ファンを獲得しました。 ゲイスターズは終戦直後に結成されたジャズバンドでドラマーのフランキー堺やピアニストの秋吉敏子が参加していましたが70年代初期にバンドメンバーのトランペッターだった岡本章生氏が7代目のリーダーとなったそうです。
加藤茶のタブーが収録されているアルバムは「ズンドコ伝説」の1番~アダルト・ヴァージョン(加藤茶)"だそうですが試聴ないのでどんな演奏なのかは確証がありません。
※ちなみに日本ではジャズ歌手の雪村いづみやカリプソのバナナボートで一斉を風靡した浜村美智子もタブーを歌っています。


Audio-Visual Trivia内の参考記事
マンボの王さまの"ペレス・プラード"についてはPerez Prado
チェ・ゲバラの葬儀で流れたペレス・プラードの組曲についてはVoodoo Suite & Exotic Suite of the Americas


Hideous Kinky (1998) DVD with oliginal title [Region 1]
Hideous Kinky - DVD
Kate Winslet as Julia and Saïd Taghmaoui as Bilal
グッバイ・モロッコ (1998年)

Gillies MacKinnon
1970年代(昭和50年代)初期のモロッコを舞台に70年代文化の代表ともいえるヒッピーをヒロインに異国の旅を通して自分を見つけようとするヒューマン・ドラマです。 1992年のThe Playboys(トゥルーラブ)の監督だったGillies MacKinnon(ギリーズ・マッキノン)がEsther Freud(エスタ・フロイド)の自伝的小説である「Hideous Kinky(郷愁のモロッコ)」を映画化しました。 スコットランド生まれのギリーズ・マッキノンは絵の教師や漫画家を経て80年代に映画界に入り、1986年に短編がフィルムフェスティヴァルで受賞した後、「Conquest of the South Pole」で長編デビューをしました。 BBCテレビ番組を多く手掛けていますが、最も有名なのはボクサーからチェスのチャンピオンとなったJohn Healy(ジョン・ヒーリイ)のテレビ用自伝映画「The Grass Arena」によりエジンバラ、ディナード映画祭においてベスト・ブリティッシュ・フィルム賞を受賞したそうです。 自身もヒッピー経験が有りそうなギリーズ・マッキノンの顔写真が見られるGillies MacKinnon Photos - ScreenOnline

グッバイ・モロッコ
「Titanic(タイタニック)」のローザからはずいぶんと成長したけれども、ヒッピー精神に憧れるような、でもとてもヒッピーには見えないイギリス女優のKate Winslet(ケイト・ウィンスレット)がヒッピー・ジェネレーションのバツイチ・ママであるJulia(ジュリア)を演じます。 夫の不倫による離婚で受けた心の傷を癒し、自分の人生を見直そうと2児の母であるにもかかわらず、ジュリアは霧の都イギリスのロンドンから世界の果てのようなモロッコのマラケシュへ娘連れでやって来ました。 ヒッピーは巡礼と自分探しをしなくてはいけません。 なぜマラケシュかというと、ヒッピー文化が栄し頃の60年代~70年代には、マラケシュ はネパールのKathmandu(カトマンズ)とインドのGoa(ゴア)と共にヒッピー達の3大聖地(Mecca)だったそうです。(バリ島やカブールを3大聖地とする説も有り)
別れた夫からの養育費が途絶えての貧乏生活ですが、ヒッピーのジュリア・ママは自分探しの放浪の旅に至極ご満悦です。 一方、生意気盛りの姉妹、二つ年下のLucy(ルーシー)と小学生のBea(ビー)はことさらご不満でママに反抗します。 ロンドンに帰りたい!、学校に行きたい! 夢見るジュリアと現実的な子供達とのズレが生じ、親子の断絶寸前までいきますが、現実にロンドンに帰る日が来た時、今まで泣いたことのなかったビーが涙をみせたのです。 またモロッコに帰ってこれるの?
ジュリア一家はSaïd Taghmaoui(サイード・タグマウイ)が演じるモロッコ人の大道芸人であるBilal(ビラル)と出会い、子供たちの代理父となったビルラと生活を共にします。 現実逃避にために退屈なロンドンを離れて物見遊山的巡礼の旅をするイギリス人のジュリアと、どこにも逃避出来ない本物のイスラム教徒のビルラ。 そんなビルラが命をかけて手に入れたロンドン行き航空券! 長女が流行り病にかかったために帰国を余儀なくされたジュリア一家のために犯罪をおかしたビルラ。  恋心?それとも人道? ビルラがイスラムの五行の掟を教えてくれましたが、イスラムの戒律では「目には目を・・・」・・・それじゃ泥棒のビルラは手を切り落とされるかも。 さて、ビルラは3人分の航空券を買うために何をしたのでしょう。
ラストシーンでは泣いて下さい。 空港に向かうジュリア一家を乗せた列車が走る、走る。 それを追って走る、走る一台のオンボロトラック。 その荷台に赤いターバンをなびかせたビルラが! ビルラが叫ぶ・・・"Hideous kinky!" 気付いたジュリアと姉妹は列車の窓から身を乗り出して叫ぶのでした。
"Hideous kinky!"

この最後のシーンは映画の方ですが、原作では3人を列車に乗せた後人ごみに見えなくなったビルラを捜し求めて、子供が走る汽車の窓から身を乗り出して叫ぶのです。
「ビルラー!」 「ビルラー!」
※単細胞の私は1957年の映画「Pascale Audret(パスカル・オードレ)が出演した「Oeil Pour Oeil(眼には眼を)」を観て怖いと思ったアラブ人が「グッバイモロッコ」によって「アラブ人ってビルラみたいに優しい人なんだ!」と変わったかも。

ジュリア達はマラケシュで知り合いになったSantoni(サントーニ)と二人の女友達の住む屋敷に招かれますが、子供達はそこでの文明的な生活に(特に朝食のシリアル)嬉々として息を吹き返します。 学校へ行きたいというビーを彼等に預けてジュリアはルーシーと念願の禁欲修行をするイスラムのSufi(スーフィー教徒)の師を訪ねる旅に出ます。 それが後にとんでもないことになるのですが。
※ヨーロッパからの移住者という得たいの知れないサントーニを演じたのはなんと!Pierre Clémenti(ピエール・クレマンティ)です。 ピエール・クレマンティといえば、1968年のBenjamin(めざめ)でCatherine Deneuve(カトリーヌ・ドヌーヴ)のお相手をした美形のエロ少年です。 Philippe Garrel(フィリップ・ガレル)が監督し、Krista Nico(二コ)がナレーターも務めた1972年のファンタジックドラマの「La Cicatrice intérieure(内なる傷痕)」に出演しています。

「ヒディアス」と「キンキー」とは
「グッバイ・モロッコ」の原作では5歳の末娘の眼を通して語られているのですが、小説のタイトルとなったHideous Kinkyとは子供達が取り決めた鬼ごっこで鬼になるのを逃れおまじない(呪い)の言葉だそうです。 ヒディアスは「醜悪な」という意味が有りますが訳本では「不潔」となっていて、キンキーは「変態の」という意味ですが映画では「異常」となっている時もあります。 この言葉の片方又は両方を唱えればよいそうで映画では姉妹がアラビア語のヒディアス・キンキーを連発している場面がありますが、文中にも映画にもそれほど多くは出て来ません。

Kate Winslet
1994年にThe Lord of the Rings(ロード・オブ・ザ・リング)シリーズで有名になったPeter Jackson(ピーター・ジャクソン)監督のHeavenly Creatures(乙女の祈り)でデビューしたケイト・ウィンスレットは、1996年に英国シェークスピア俳優のKenneth Branagh(ケネス・ブラナー)の「Hamlet(ハムレット)」で処女性無きオフェリアを演じた後、日本ではLeonardo DiCaprio(レオナルド・ディカプリオ)と共演した1997年の「Titanic(タイタニック)」のローザで人気爆裂しました。 2006年には「All The King's Men(オール・ザ・キングスメン)」のリメイクに出演しJude Law(ジュード・ロウ)の恋人役を演じています。 その後がすごい! 別人のように顔痩せしたケイト・ウィンスレットは2008年の「Revolutionary Road(レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで)」では同年のゴールデン・グローヴ女優賞を獲得し、同じく2008年の「The Reader(愛を読むひと)」ではアカデミー主演女優賞を獲得するなど躍進し続けています。

日本版の「グッバイ・モロッコ」の映画ポスターや写真などが色々見られるHideous Kinky - Movie Goods
グッバイ・モロッコの写真が見られるIdeus Kinky Photos - FILM.TV.IT

videoグッバイ・モロッコのトレーラーはHideous Kinky Trailer - VideoDetective
Hideous Kinky - New York Times - Movies(要ログイン / registration req'd)


Hideous Kinky DVD
グッバイ・モロッコHideous Kinky DVD
上記のDVDは私が購入した「グッバイ・モロッコ」の日本語字幕版DVDです。(価格が高いのが残念)
この他にも「グッバイ・モロッコ (字幕版)」や「グッバイ・モロッコ (日本語吹替版)のVHSがありますがいづれも現在は日本語版DVDは入手困難になってしまいました。


Hideous Kinky Soundtrack
「グッバイ・モロッコ」のサウンドトラックはJohn Keane(ジョン・キーン)の音楽ですが、1995年のマスクのジム・キャリーが主演した「The Cable Guy(ケーブルガイ)」でも使用されたサイケデリック・ロックのJefferson Airplane(ジェファーソン・エアプレイン)が歌う"Somebody To Love(あなただけを)"が収録されています。 サントラは1960年代から70年代に活躍したミュージシャンやアラブ音楽で構成されていて、60年代のフォーク・シンガーのRichie Havens(リッチー・ヘブンス)、イギリスのフォークシンガーのNick Drake(ニック・ドレイク)、それとこちらでは珍しいモロッコのバンドのJil Jilala(ジル・ジラーラ)やモーリタニアのアラブ(イスラム)女性ヴォーカリストのKhalifa Ould Eide/Dimi Mint Abbaなどです。
Stephen Stills(スティーブン・スティルス)作曲の"You Don't Have to Cry"はCrosby, Stills & Nash(ボーカルがDavid Crosby/クロスビーとGraham Nash、ギターとボーカルがStephen Stills) とGiuseppe Verdi(ヴェルディ)の"Rigoletto(リゴレット)"はサントラには収録されていません。
Hideous KinkyHideous Kinky: Soundtrack From The Motion Picture
Richie Havens
ブルックリン生まれのRichie Havens(リッチー・ヘブンス)はBob Dylan(ボブ・ディラン)やJoan Baez(ジョーン・バエズ)などのように60年代のグリニッチ・ヴィレッジのフォーク・シーンや1970年代のウッドストック・フェスティバルなどで活躍した黒人フォーク・シンガーです。 迫力のある独特のギター奏法と情熱的な歌唱で今現在も人気を保っている哲学するミュージシャンだとか。
プロフィールなどは英語ですが試聴も出来るリッチー・ヘブンスのオフィシャルサイトはRichie Havens Official Site(注!すぐ音)
Jefferson Airplane
サイケなジェファーソン・エアプレインのオフィシャルサイトはJefferson Airplane Official Site(注!すぐ音、メニューのlistenをクリックするとメドレー)

Dimi Mint AbbaはMauritania(モーリタニア)の音楽を広めたミュージシャンとして知られています。1960年にモーリタニアがフランスから独立した時に父親がモーリタリアの国歌を作曲したという音楽一家に生まれたAbbaは子供の頃に打楽器奏者である母からモーリタニアの伝統楽器である女性用のT'bol(手に持つ銅などのメタル製小太鼓/kettle drum)とハープのような弦楽器のArdinを学びました。1976年に初めてモーリタニア・ラジオで歌い、その力強い歌唱が評判となって、同年Tunis(チュニジア共和国のチュニス)で開催された国際Umm Kalthum Song Contest(أم كلثوم/ウム・クルスーム音楽大会)で優勝しまし、Maghreb(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)で一番有名な女性歌手となったのです。(エジプト出身のウム・クルスームはアラビアで一番有名な女性歌手の一人)

ジェファーソン・エアプレインの「Somebody To Love(あなただけを)」はジュリアと姉妹がビルラと分かれてマラケシュに戻る時、ヒッチハイクしたトラックに同乗した熱さで頭のおかしくなった男が暴走するトラックの荷台に大手を広げて立っているシーンで流れていました。(歌のせいかとても印象的なシーン。)

試聴の3番の"White Rabbit(ホワイト・ラビット)"と10番の"Somebody To Love(あなただけを)"は60年代のサイケデリック・ロックを代表するバンド「Jefferson Airplane(ジェファーソン・エアプレイン)」の大ヒットのセカンド・アルバムの「シュールリアリスティック・ピロー」に収録されています。


Esther Freud
1992年のHideous Kinky(グッバイ・モロッコ)がデビュー作であるイギリス人作家のエスタ・フロイドは、実際にヒッピーの母親に連れられて1960年代のモロッコに放浪の旅をした経験があるそうです。 特異な画家のLucian Freud(ルシアン・フロイド)が父親です。
ルシアン・フロイドは世界的に有名な精神科医であるオーストリアの東欧系ユダヤ人のSigmund Freud(ジークムント・フロイト)を父に持つ画家ですが、ローマ法王のご注文は断ったのに2002年にQueen Elizabeth II(女王陛下/エリザベス二世)の超リアルな肖像画を描いて献上したことで有名です。

エスタ・フロイドの小説「Hideous Kinky(郷愁のモロッコ)」(河出書房新社の単行本)
Hideous Kinky by Esther Freud郷愁のモロッコ


Marrakech - Morocco
「グッバイ・モロッコ」ではモロッコのスパンコールとかビーズを散りばめた色鮮やかな民族衣装のKaftan(カフタン)や市場の見世物や芸人の喧騒が周りの荒涼とした山々との不協和音とも調和とも取れる情景を観せてくれます。 高いところから注ぐ甘いミントティーや最近日本でも人気のTagine(タジン料理)や山羊のミルクやラクダのチーズなどのモロッコの食べ物が満載で、イスラム式蒸し風呂のHammam(ハンマーム)とGommage(あかすり)だとか、奇声を発するBerbers(ベルベル)人の女性など色々と変わった風俗などが出てきます。

Psychedelia: Hippie Culture
モロッコとは関係ありませんが文中に"ファンタ"」が出てくるので懐かしく思いました。 そう、毛沢東語録やママス&パパスやナンシー・シナトラなどと共にヒッピーやフォークにはファンタです! 1958年に発売開始されたそうですが、一般的になったのは60年代の終わりから70年代に入ってからで、今までのCoca-Cola(コカコーラ)にかわってカラフルなフルーツ味のFanta(ファンタ)が人気となりました。 当時のファンタは現在のポップな可愛いペットボトルではなく勿論ガラス瓶に入っていました。 コーラの特徴のあるくびれたボトルとは違って、全体にジャバラみたいな横筋の入った垢抜けないビンでした。 ですが、ヒッピーでなくても、「アナタ、オレンヂ?」 「じゃ、ワタシはグレープ!」と鮮やかに黄色や紫に染まったベロを見せっこしたりしたようです。(してない!) といいうのも1974年頃の新聞連載の「複合汚染」(有吉佐和子著)が出版されたり、毛糸が染まった(毛糸どころかベロが)とかいうファンタの着色料が話題となって私達の間では尻すぼみとなり、麻薬入りと噂されたコーラに戻りました。
ヒッピー文化といえばPsychedelic(ドラッグ)から得る幻覚をイメージしたサイケ(サイケデリック)、Electronic Sound(エレキ・サウンズ)、フラワーチルドレンやフォークソングと反戦運動のCounter-Culture(反体制文化)を思い浮かべます。
コーラのくびれた瓶はContour bottle(曲線瓶)と呼ばれます。 これは1880年代に流行った膝で絞った足かせのように膝下が細いドレープになっているHobble skirts(ホブルスカート)をヒントに、革命的なフランスのデザイナーのPaul Poiret(ポワレ)が第一次世界大戦前の1909年に発表したデザインで裾の狭い歩行困難スカートです。 この独特なデザインを1915年にクラシック・コカコーラのボトル工場が導入したとか。 しかしスカートというよりは女性のボディを想像させる瓶のくびれたウエスト部分を握ってグビッグビッとやる醍醐味はこたえられません。
このガラスビンは当時類似品が多く出回り、その対策として他のドリンクと区別しやすいようにと特別にデザインするためコカコーラの原料のコカの実を参照しようとしたところ間違えてラグビー形のカカオ豆をデザインしてしまったという信じられない説があります。 さて、どっちが本当?
コカコーラ社は他社の製品との違いを示す「フィットボトル」が2006年新発売の爽健美茶の500mlペットボトルに使用されていますが、やはりくびれたウエストです。
終戦後に日本では駐留軍のためにコカコーラが製造されたそうです。 私は1952年(昭和27年)に発売された時にキャンペーンで貰った「WinCola(ウイン・コーラ)」を飲みましたが20年もしないうちに倒産してしまったようです。 子供の舌にも美味しいと感じたウインコーラのガラス瓶にはカルフォルニア・レーズンみたいに女性の絵がついていました。
そういえば日本には古来からある瓢箪形の水筒があります。 あれは蜂腰?

モロッコが舞台の映画といえば、初の字幕入りであった1930年のフランス映画でMarlene Dietrich(マレーネ・ ディートリッヒ)とGary Cooper(ゲーリー・クーパー)が出演した「Morocco(モロッコ」)と1937年のジャン・ギャバン(Jean Gabin)主演の「Pépé le Moko(望郷)」を思い出します。 あのモロッコの迷路ような町、Casbah(カスパ)の映像が異国情緒たっぷりでノスタルジーを掻き立てます。(母が行っただけで私は知りませんが。) あのラストシーンで、ペペの郷愁の念が完全に絶たれた時の心情が伝わりこの大泥棒に憐憫の情が湧いたのを覚えています。(完全に感情移入)


Audio-Visual Trivia内のヒッピーに関連した記事
世界3大聖地という説もあるヒッピー天国のイビザ島に関連した It's All Gone Pete Tong(フランキー・ワイルドの素晴らしい世界)
アメリカン・ポップス界のヒッピーはThe Mamas & the Papas(ママス&パパス)
ビートからヒッピーへ地下街の住人
レオナルド・ディカプリオが出演したアビエイター
ボギーとバコールが出演した脱出

Recent Comments

  • koukinobaaba: 1981年にLee read more
  • ヒロヤス: リーアレンですか。彼 read more
  • koukinobaaba: ヒロヤスさん、現在で read more
  • ヒロヤス: 早速見ました。Ken read more
  • koukinobaaba: ETHELさんがご覧 read more
  • ETHEL: 間違えました。ジェフ read more
  • ETHEL:  久々にコメントしま read more
  • koukinobaaba: Tom5kさん、いつ read more
  • Tom5k: koukinobaa read more
  • koukinobaaba: Tom5kさん、いつ read more
Powered by Movable Type 4.261