August 2006 Archives


The Very Best of Johnny "Guitar" Watson
The Very Best of Johnny Guitar Watson
♪ Johnny Guitar Watson Sings Superman Lover

Young John Watson
1970年代のファンキー・ソウルのミュージシャン「Johnny Guitar" Watson(ジョニー・ギター・ワトソン)」はテキサスのヒューストンで音楽活動を始めましたが父親がピアノを弾いていたことからジョニー・ワトソンが最初にとりあげた楽器はピアノでした。
ジョニー・ワトソンはT-Bone Walker(ティー・ボーン・ウォーカー)やLightning Hopkins(ライトニン・ホプキンス)に会うという大志を抱いて1950年にたった15歳でロスアンジェルスにやって来ました。 1952年のYoung John Watson(ヤング・ジョン・ワトソン)名で初吹き込みしたMotorhead Babyではピアノとバックコーラスを担当しています。 その後、ニューオリンズのGuitar Slim(ギター・スリム)などの演奏を聴いて感銘を受けたワトソンは「ギタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!?」っとそれまで弾いていたブギウギ・ピアノからギターに替え、1953年にFederalレコードと契約して当時としては斬新な残響効果を使ったギター奏法"Wah Wah Watson"のSpace GuitarをYoung John Watson名で録音したのがワウワウの始り。 これがスゴイ!ワウワウ!
Space Guitar by Johnny Guitar Watson - Out There: Wild and Wondrous Roots of Rock 'n' Roll, Vol. 2
Johnny Guitar Watson SPACE GUITAR (1954) - YouTube
ジョニー・ギター・ワトソンはよくこのフレーズを取り入れていますが、Space Guitarのイントロでも私には1951年放映開始の人気テレビシリーズの警察ドラマ「Dragnet(ドラグネット)」のテーマ曲に聴こえます。 私だけ?(2004年のマイケル・ムーア監督の「華氏911」にも出てきたメロディ)
Dragnet by Ray Anthony & His Orchestra - Cookin': Choice Cuts from the Famous Fifties - Dragnet

J.G. Watson
ハードコア・ファンクのジョニー・ギター・ワトソンは50年代にはテキサス・ブルースギターからRock'n'Rollのトップ・ギタリスト、60年代にはソウル・サウンドとして1960年代のギタリストに大いなる影響を与え 、そして70年代にはファンキーでアグレッシブでド派手で陽気なギャングスタ・ブルースマンとして有名になります。

ジョニー・ギター・ワトソンのヒット曲としては、 1953年頃はピアノとボーカルに加え作曲もした自作自演のドップリブルースの"Highway 60"やバラードの"Sad Fool"がありますが、他には"Got Eyes"、"What's Going On"、"Thinking"、"Getting Drunk"、"Half Pint Of Whiskey"などを発表しました。 1955年には"Hot Little Mama"、" I Love To Love You"、ロックンロールの"Too Tired"、ブルースの"She Moves Me"などがありますが、一番のヒットは1955年のニューオリンズのEarl King(アール・キング)のカバーで"Those Lonely Lonely Nights"、それからSpace Guitarのように野生的な"Ain't Gonna Hush"、"Motorhead Baby"、1960年は最高のR & Bの"Cuttin' In"とか"That's What You Do For Me"など、そしてダンゼン人気ナンバーワンの1957年の"Gangster of Love"はブルースとファンクとロックのジャンルでスタンダード曲になっています。

Listenジョニー・ワトソンの1955年のヒットである"Hot Little Mamma"と"She Moves Me"が聴けるJohnny Guitar Watson - LivinBlues(サイトの一番下にあるMP3タイトルをクリック、ファイルは大きいのでダウンロードに時間がかかり、ブラウザがFirefoxでは聴けるがGoogle Chromeでは聴けない。)
※Hot Little MamaはJUKE BOX - LivinBlues(ジュークボックス)でも聴けます。(左の上から2番目)
Johnny Guitar Watson - Gangster Of Love (1977) LIVE - YouTube
Johnny "Guitar" Watson - Aint That A Bitch (1977) - YouTube
Johnny Guitar Watson - Highway 60 (Young John Watson) - Grooveshark.com

☆ジョニー・ギター・ワトソンのディスコグラフィや若い頃の写真も見られるJohnny Guitar Watson Page - Soul Walkin(英語のサイト)

Superman Lover
ジョニー・ギター・ワトソンの70年代最大ヒット曲である"Superman Lover(スーパーマン・ラヴァー)"は2005年のラッパーのバウ・ワウが主演したローラースケート映画の「Roll Bounce(ロール・バウンス)」でサントラに使用されています。
"Superman Lover"のビデオが観られるJohnny Guitar Watson - Superman Lover LIVE - SingingFool.com(ギターソロもスッゴイ!「ロールバウンス」のサントラとは違うライヴ・バージョンですが観られない方は下記のYouTubeリンクへ)
Johnny Guitar Watson - Superman Love - YouTube
Jonny "Guitar" Watson - Bow Wow (1996) - YouTube

Larry Williams and Johnny Guitar Watson
自作の"Bad Boy"がヒットしたバッドボーイとして悪名高いニューオリンズ出身のラリー・ウィリアムズ(投資家ではない)はPercy Mayfield(パーシー・メイフィールド)などの吹き込みのバック・ピアニストでしたが、1957年にSpecialty(スペシャルティ)から先輩のLittle Richard(リトル・リチャード)のバックバンドで歌手デビューしています。 デビュー曲はラリー・ウィリアムズが十代の頃ボーイを務めていた50年代のR & B人気歌手のLloyd Price(ロイド・プライス)のヒット曲である"Just Because(ジャスト・ビコウズ)"のカバーでした。 スペシャルティ・レコードではリトルリチャードそっくりさんだったラリー・ウィリアムズはリトルリチャードのヒット曲の"Long Tall Sally"(のっぽのサリー)"に対抗したような"Short Fat Fannie(チビで太っちょのファニー)"でチャートで1位を取りました。 この他にもブギウギ調の"Bad Boy"、"Bony Maroney"、"Dizzy, Miss Lizzy"、"She Said Yeah"などのヒットがありましたが、1959年の麻薬売買で検挙されるなどの事件を起こしています。 そんな頃にジョニー・ギター・ワトソンと出会ったラリー・ウィリアムズは一緒にOKeh(オーケー・レコード)でレコーディングすることになり、1966年にはオーケーレコードのプロデューサーとなったのです。 1980年に額に受けた銃弾傷から死亡しましたが自殺とも犯罪絡みとも噂されました。
ラリー・ウィリアムズはジョニー・ギター・ワトソンと共に1965年に英国ツアーに行っていますから、アメリカで人気が下火になってもイギリスでは人気があってラリーの何曲かは英国のビートルズもカバーしています。
ラリー・ウィリアムズの"Slow Down"と"Boney Moronie"が聴けるLarry Williams - LivinBlues
Larry Williams - Esquerita, Dizzy Miss Lizzy, and Bad Boy - YouTube

Listenジュークボックス
ラリー・ウィリアムズの"Bad Boy"の他、レアなロックンロール曲が聴けるBrian's DooWop Fixxx(Bad Boyは下から3番目)
ストリーミングラジオ
Larry Williams & Johnny Watsonの1967年の大ヒット"Mercy Mercy Mercy"が聴けるラジオのプレイリストはSoul-Patrol Radio(サイトでLarryを検索、Mike and Baron Talkin Soul With Songs - Tribute: Jet Magazine Soul Brothers Top 20 from April, 1967 part 2 のテキストをクリック)
クリップ・ポジション(再生バー)を10:05に移動すると7位はラリー・ウィリアムズとジョニー・ギター・ワトソンの愉快なMercy Mercy Mercy! 他には最初の曲として2位のJames BrownのShow Meとプログラムの中ほどで同じくJBのKansas City、ウィリアムズとワトソンのMercy Mercy Mercyの次が8位のJackie WilsonのI Don't Want to Lose You、その後はWilson PickettのFunky Broadway、Marvin Gaye(マービンゲイ)とKim WestonのデュエットでTake2、Little Willie JohnのTalk To Me、Aretha Franklin、Plattersなどが聴けます。
ラジオのプレイリスト
アルバム「Best Of The Okeh Years」からウィリアムズとワトソンの"Two For The Price Of One"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for The Evan "Funk" Davies Show - August 1, 2006(watsonで検索、右の2:32:52をクリック)
同じアルバムからジョニー・ギター・ワトソンのFind Yourself Someone To Loveが聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for The Evan "Funk" Davies Show - July 22(3番目の右の0:09:35をクリック)
☆70年代のダンス・ミュージックについてはHot'n CoolのSeventies Dance Music


I'm a Superman!
そんなギンギンにパワフルなジョニー・ギター・ワトソンが突然亡くなったのはなんと!1996年の日本公演中の心筋梗塞だったそうです。 海外ツアーの最中に突然、そして永遠に旅立ってしまったジョニー・ギター・ワトソン。 まだ60歳だったのに。 そのジョニー・ギター・ワトソンが最後に残した言葉は、「I'm a Superman!」
※ジョニー・ワトソン最後の横浜でのブルース・カフェ・ライヴについて書かれたBLUES GINZAのさようなら、ジョニー"ギター"ワトソン(記:ブルース・カフェ・プロデューサー)

「Best Of The Okeh Years」以外のWilliams/Watson(ウィリアムズとワトソン)の60年代ソウルのCDはLarry Williams Show with Johnny Guitar Watson
"Mercy Mercy Mercy"が収録されているアルバムはTwo for the Price of One


ジョニー・ギター・ワトソンのアルバム
The Very Best of Johnny "Guitar" Watson
ページトップの画像はワイルドなSpace Guitar、Too Tired 、Gangster of Love、Hot Little Mama、Those Lonely, Lonely Nightsなどが収録されているアルバム「The Very Best of Johnny Guitar Watson: Gangster of Love
試聴はThe Very Best of Johnny "Guitar" Watson - Amazon.com(Space Guitarは1番)

The Best of the Okeh Years
上記のラリー・ウィリアムズがプロデュースしたオーケーレコードのアルバムで1967年の大ヒット曲「Mercy, Mercy, Mercy」や、Fever、Unchained My Heart 、Comin' Home Baby 、Summertime 、Makin' Whoopee、Ain't Misbehavin'などを収録しています。
Best of the Okeh Years - Johnny Guitar WatsonThe Best of the Okeh Years
試聴はJohnny "Guitar" Watson Best Of The Okeh Years - Amazon.com

Ain't That a Bitch
私の好きなジョニー・ギター・ワトソンのアルバムで、タイトルとなっている"Aint That A Bitch"と"Superman Lover"のバージョンが最高です。 オリジナルは1970年代のファンク・アルバムのAin't That A Bitch、A Real Mother For Ya、Funk Beyond The Call Of Dutyを寄せ集めたの2006年盤です。(下記のアルバムThe Best of the Funk Yearsにも同じバージョンは収録) その中の歌詞に♪ "Japanese Folk-Song"♪ という言葉を聞いたと思ったら、"I can speak a Little Japanese, fox on"の間違いでした。("コンピュータだって心理学だって日本語だってできるのさ、なんてウッソー"とでも言ってるんでしょうかね。)
Ain't That a BitchAin't That a Bitch
Johnny Guitar Watson - Ain't That a Bitch - YouTube
Johnny Guitar Watson - Ain't That a Bitch - DailyMotion.com

The Funk Anthology
ド派手なジャケットの人気2枚組CDもSuperman LoverやGangster of Loveを収録しています。
The Funk Anthology - Johnny Guitar WatsonThe Funk Anthology

Space Guitar: The Essential Early Masters
ジョニー・ギター・ワトソンの人気アルバムではないようですが、Varese SarabandeレーベルからリリースのYoung John Watsonとして50年代中期のFederalレコードのセッションと60年代初期のキング時代の曲が収録されているアルバムでは1954年の2バージョンのSpace Guitarの他、Highway 60やGettin' Drunkも聴けます。
Space Guitar: The Essential Early Masters - Johnny Guitar WatsonSpace Guitar: The Essential Early Masters
試聴はSpace Guitar: The Essential Early Masters - Amazon.com
☆ギター演奏曲「Space Guitar」はロックのルーツを集めたアルバム「Out There: Wild and Wonderous Roots of Rock 'n' Roll, Vol. 2(Out There - Wild And Wonderous Roots Of Rock 'n' Roll Vol.2)」にも収録されています。

Best of the Funk
私の好きなバージョンの"Ain't That a Bitch"、"Superman Lover"、"Gangster Of Love"が収録されている2006年5月リリースされたナツメロ集のような最新CD「The Best of the Funk Years」です。
The Best of the Funk Years - Johnny Guitar WatsonThe Best of the Funk Years

Superman Lover: The Ultimate Collection
2004年にリリースされた3枚組みの全44曲を収録した最高のアルバムです。
Superman LoverやAin't That a Bitchなど私の好きなバージョンのジョニー・ギター・ワトソンが全曲試聴できるSuperman Lover: The Ultimate Collection - Amazon.com

Superman Lover by Johnny Guitar Watson on CDs (Various Artists)
ジョニー・ギター・ワトソンの"Superman Lover"は2000年にリリースされたコンピレーション・アルバムの「Funk Phenomena 2」(12 Classic Funkin' Grooves)
「Funk Phenomena V.2」や、「Harlem Sessions」にも収録されています。

Wah Wah
ワウワウとはエフェクターといってギターの音色を変えたり効果音をつけたりできるギター機材だそうです。
後にはギターの音と自分の声をミックスするトーキング・モジュレーターといってギター・アンプのスピーカーから出た音をホースに通して口にくわえて演奏しながらしゃべるという機材も使用されるようになったそうです。(キーボード奏者が使用するヴォコーダーとは別もの)


The Horseman on the Roof DVD   The Horseman on the Roof VHS
Horseman On Roof DVD  Juliette Binoche - Horseman On Roof VHS
Juliette Binoche as Pauline and Olivier Martinez as Angelo
Le Hussard sur le toit (1995)

「プロヴァンスの恋」はJean-Paul Rappeneau(ジャン=ポール・ラブノー)監督が映画化した作品ですが、当時のフランスでは歴史劇として最高予算だったそうです。 1957年の「L'Eau Vive(河は呼んでる)」の原作者として知られるJean Giono(ジャン・ジオノ)の小説「Le hussard sur le toit(屋根の上の軽騎兵)」を基にしています。 英語のタイトルは「Horseman On Roof」という「プロヴァンスの恋」の配役は公爵(医師)の妻であるPauline de Théus(テウス家のポーリーヌ夫人)にフランス女優のJuliette Binoche(ジュリエット・ビノシュ)です。 イタリアの騎兵隊の大佐であるAngelo Pardi(アンジェロ・パルディ)にはフランスのBrad Pitt(ブラッドピット)と呼ばれるOlivier Martinez(オリヴィエ・マルティネス又はオリビエ・マルチネス)ですが、なんとマノスクの警察署長役で大者フランス俳優のGerard Depardieu(ジェラール・ドパルデュー)が演じています。 制作は1984年のLa Femme Publique(私生活のない女)の製作が最初だったRené Cleitman(ルネ・クライトマン又はルネ・クレトマン)で1990年のCyrano de Bergerac(シラノ・ド・ベルジュラック)の製作も手掛けています。 ルネ・クレトマンは2001年のドイツで製作された悲運のドキュメンタリー映画「Lost in La Mancha(ロスト・イン・ラ・マンチャ)」に自身のプロデューサー役で出演しましたがその数年後2004年に病死しました。

ジャン=ポール・ラブノー監督は脚本家として1963年のは「L'homme De Rio(リオの男)」や1973年の「Le Magnifique(おかしなおかしな大冒険)」、1962年の「Vie privée(私生活)」、Louis Malle(ルイ・マル)が監督した1960年の「Zazie dans le metro(地下鉄のザジ)」などがあります。 監督としては1990年の「Cyrano de Bergerec(シラノ・ド・ベルジュラック)」などですがジャン・ポール・ベルモンド主演の1970年のコメディ映画「「Les Maries De L'an II(コニャックの男)」などを撮っています。

Jean Giono
映画「プロヴァンスの恋」の原作はジャン・ジオノが晩年の1951年に書いた小説「Le hussard sur le toit(屋根の上の軽騎兵)」です。
ジャン・ジオノの祖父はイタリア人ですがジオノはフランスの大作家で、1990年の映画「プロヴァンス物語」の原作者であるMarcel Pagnol(マルセル・パニョル)と交際があったそうです。 一生を南フランス地方の自然と人間をモチーフに作品を書いた「ジャン・ジオノ」は30代から執筆を始め、1953年のジオノの想像上の人物がモデルとなった"山を緑に変えた老人"のお話し「L'homme qui plantait des arbres(木を植えた人)」で知られています。 環境問題関連ではよく引き合いにだされるようになり、緑の運動のオリジンともいうべきこの作品では風光明媚な南仏プロヴァンス地方の過去を知ることが出来ます。 日本では1955年のジャン・ジオノが60歳の時に執筆したシナリオで映画化された1958年の「L'Eau Vive(河は呼んでいる)」が有名でしょう。こちらもプロヴァンス地方のダムの底に沈みゆく寒村の人々をテーマにしています。
※ジェラール・ドパルデューが演じたのはマノスクの警察署長ですが、Normandie(ノルマンディー)のManosque(マノスク)は原作者のジャン・ジオノが一生を送った地です。

屋根の上の軽騎兵
日本のタイトルはロマンティックに「プロヴァンスの恋」となっていますが原題の「Le Hussard Sur le Toit」とはフランス語でToit(屋根)の上のHussard(騎士)という意味です。 なぜ「屋根の上」なのかは定かではありませんが、騎士道精神を守り心の平静を保って恋に落ちないように用心しているからかもしれません。 軽騎兵とは、スパイ活動や奇襲攻撃を得意分野とする騎兵の一種で江戸時代でいえば隠密飛脚みたいなものでしょうか。
「屋根の上」といえばミュージカルや映画でユダヤ人のフィドラーを描いた「Le Violon sur le toit(Fiddler on the Roof/屋根の上のバイオリン弾き)」という映画もありましたね。

「プロヴァンスの恋」は19世紀初頭、七月革命直後の1832年、フランスにとっては激動の時代を背景に、美しい南仏を舞台にした歴史的冒険ロマンです。 革命に燃えるイタリア公爵の子息のアンジェロ・パルディはオーストリアの圧制と戦うための資金調達にイタリアからフランスに入り込みオーストリアの秘密警察に追われていたのです。 そのアンジェロをかくまったのが医師である夫の留守を守るポーリーヌ夫人でした。 コレラが猛威をふるう中、コレラ禍のプロヴァンスにいる医者の夫を訪ねる気丈な夫人とナイトの役目を引き受けた若きイタリアの騎兵が旅するうちにプラトニックな恋が芽生えるというストーリーです。
この映画の見所は美男美女の二人の顔以外には、コレラにかかった夫人に騎士が治療のためにと必死でマッサ-ジを施すシーンです。 ジュリエット・ビノシュのとてもコレラにかかっているとは思えないほど美しい裸身が暖炉の炎に照らされます。 これで"屋根の上"のストイックな騎兵は落っこちたみたい。
☆「プロヴァンスの恋」のスチール写真が見られるL'ussaro sul tetto - FILM.TV.IT
Le Hussard sur le Toit Trailer - YouTube
Le Hussard sur le Toit Trailer (Japanese) - YouTube

Olivier Martinez
なぜ?と腑に落ちないのですがページトップのVHSビデオの画像ではオリビエ・マルティネスが綺麗に写っていないことです。
1990年に映画デビューしたハスキーでセクシーで美しいオリビエマルティネスは、Yves Montand(イヴ・モンタン)が撮影終了後に亡くなったという曰くつきの1992年の「IP5: L'île aux pachydermes(IP5/愛を探す旅人たち)」、ゲイゆえに亡命したキューバの詩人Reynaldo Arenas(レイナルド・アレナス)自伝をもとにした2000年の「Before Night Falls(夜になるまえに)」でアレナスの最期を看取る脚本家のLázaro Gómez Carriles(ラサロ・ゴメス・カリレス)を演じ、2002年のアメリカ映画「Unfaithful(L'amore Infedele/運命の女)」ではヒロインが恋に落ちる美貌のフランス青年役などの出演で一躍女性の人気を集めました。 とはいうものの日本で公開された出演作は最新作がマルティネスが刑事役を演じた2004年の「Taking Lives(テイキング・ライブス)」ですから合計8本位です。
「テイキング・ライブス」のオフィシャルサイトはTaking Lives Official Site - Warnerbros.com(トップページで右のEnterでサイトに入り"If you're sure you have the Flash plugin you can Click here to enter the site"をクリックすると予告編)
2003年にアメリカのTVドラマですが、オリビエ・マルティネスは私の好きなTennessee Williams(テネシー・ウイリアムズ)の小説で「The Roman Spring of Mrs Stone(ストーン夫人のローマの春)」に出演しているそうです。 「欲望という名の電車」でブランチを演じたVivien Leigh(ヴィヴィアン・リー)が主演した1961年の映画版ではWarren Beatty(ウォーレン・ベイティ)が演じたイタリアのジゴロ(ひも)の役をオリビエ・マルティネスが演じていますが、オリジナルでヴィヴィアン・リーが演じたもと大女優の役はダイアナ元妃問題をテーマにした2006年の「The Queen(クィーン)」でアカデミー賞を受賞したシェークスピア女優でテレビ界の女王と呼ばれるHelen Mirren(ヘレン・ミレン)です。 なんとヘレン・ミレンは1979年にイタリアのTinto Brass(ティント・ブラス)が監督したアメリカ映画の「Caligula(カリギュラ)」でJulius Caesar(ジュリアス・シーザー)の姪のCaesonia(カエソニア)を演じていたのです。
※フランスの"ブラビ"と称されたオリビエ・マルティネスと熱愛報道があった2004年の「テイキング・ライブス」で共演したAngelina Jolie(アンジェリーナ・ジョリー)ですが、2005年に「Mr.&Mrs.スミス」で共演した本物のブラッド・ピットと結婚してしまいました。 アメリカで Diane Laneと共演した「運命の女」以降テレビにも登場、2003年にはテネシー・ウィリアムスの戯曲をドラマ化した「The Roman Spring of Mrs. Stone」で評判となりモデルから女優までと広く交際しているオリビエ・マルティネスです。 「Angel of Death」で共演したMira Sorvino(ミラ・ソルヴィノ)から歌手のKylie Minogue(カイリー・ミノーグ)などの後、2010年からはSwordfish(ソードフィッシュ)などに出演したHalle Berry(ハル・ベリー又はハリー・ベリー)と交際中だとか。

もてもてのマルティネス君は「プロヴァンスの恋」で共演したビノシュと交際していたと報道された後も色々と噂はあったようですが、2006年の春にはセクシーなオーストラリア人歌手のKylie Minogue(カイリー・ミノーグ)との結婚が噂されて、とうとう年貢の納め時かと思いきや4年後には別れてしまったとか。 恋の遍歴を重ねてたどり着いたのは「ソードフィッシュ 」や「Monster's Ball(チョコレート)」のハリー・ベリー、2012年に婚約しました。
※英語ですがオリビエマルティネスの2001年から2004年の出演作品(Taking Lives、S.W.A.T、Unfaithful、Before Night Falls)情報が見られるOlivier Martinez BIO(ページ下の各映画タイトルをクリックした先のページで左メニューのWatch Trailerをクリック、右のフォーマットを選ぶ)


ページトップの画像は米国Amazon.comと日本で見つかる言語版のVHSビデオです。
下記は1999年にリリースされた本語字幕版の「プロヴァンスの恋」DVDです。
Le Hussard Sur le Toitプロヴァンスの恋
日本語字幕版のVHS「プロバンスの恋」もあり。

Petit: Le Hussard sur le Toit (The Horseman on the Roof)Le Hussard sur le Toit by Jean Claude Petit
クラシック調の「プロヴァンスの恋」のサウンドトラックは1990年にCyrano De Bergerac(シラノ・ド・ベルジュラック/Cyrano de Bergerac )のサントラも手掛けたロマンティックな美しい旋律では定評のあるJean-Claude Petit(ジャン・クロード・プティ)作曲及び指揮でストーリーに添った曲の他、クラシックのブラームスの作品を収録しています。 ジャンクロード・プティは「Fantasia for Violin and Orchestra(ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジア第1番)」などの管弦楽作品の指揮者としても有名です。
「Fantasy For Violin And Orchestra(ファンタジー・フォー・バイオリン・アンド・オーケストラ)はNigel Hess(ナイジェル・ヘス)が音楽を担当したLadies in Lavender(ラヴェンダーの咲く庭で)のサウンドトラックではヴァイオリニストのJoshua Bell(ジョシュア・ベル)の演奏で"Fantasy for Violin and Orchestra(ファンタジー・フォー・ヴァイオリン・アンド・オーケストラ)"が収録されています。
1937年に「L'affaire du courrier de Lyon」の音楽を担当したジャン=クロード・プティが手掛けた日本で公開された映画の音楽にはCharlotte Rampling(シャーロット・ランプリング)が出演した1985年の「Tristesse et beauté(美しさと哀しみと)」、1986年の「Jean de Florette(愛と宿命の泉)」シリーズ、1990年のGerard Depardieu(ジェラール・ドパルデュー)が主演した「Cyrano de Bergerac(シラノ・ド・ベルジュラック)」と音楽を担当してきましたが「プロヴァンスの恋」の後には1995年にイギリスのKen Russell(ケン・ラッセル)が監督した「Lady Chatterley(チャタレイ夫人の恋人)」を手掛けるなど10本余の作品に音楽を提供しています。(ケン・ラッセル監督は2011年に84歳で天寿を全うされました。)


Cholera
日本では1879年(明治10年)に大流行したコレラですが、パリでは1831年に貧民街に発生したコレラにより、1832年に将軍が死亡した衝撃とコレラの恐怖とで市民が暴動を起こしたとVictor Hugo(ビクトル・ユーゴ)の小説「Les Miserables(レ・ミゼラブル)」の記述にあるように、コレラは中世(1826年頃)からヨーロッパ中、特に汚物を外に捨てるような劣悪な衛生状態のパリやロンドンなどを恐怖に陥れた流行り病です。 コレラは汚染された飲み水が原因だそうですが、ペストはネズミにより媒介されるそうです。(14世紀のイタリアで発生してペストといわれたBlack Death(黒死病)はウイルス出血熱だとする説もあるとか)
小説「黒猫」や「アツシヤア館の崩壊/アッシャー家の末裔」で知られるEdgar Allan Poe(エドガー・アラン・ポー)が1842年に書いたThe Masque of the Red Death(赤死病の仮面)に書かれた突然死する赤死病の実体は天然痘とかコレラみたいな病気だとか、あるいはポーの想像上の病気で肺結核のようなものらしいとか色々と議論されています。 私が子供の頃読んだBaroness Emmuska Orczy(バロネス・オルツィ)作の「The Scarlet Pimpernel (紅はこべ)」もコレラだと思ってしまったのですがロンドンのペストだったかも。 ペストといえばフランスの作家「Albert Camus(アルベール・カミュ)」の小説「La pest(ペスト)」があります。(症状などの記述が気味が悪くなる本です。)
☆英語でポーのThe Red Death(赤死病の仮面)が読めるThe Raven/The Masque of the Red Death/The Cask of Amontillado - Edgar Allan Poe(The Raven(大烏)の次)

「プロヴァンスの恋」でもコレラの恐怖に脅え集団パニック状態の人々が描写されていますが、良いと言われる治療法や予防法を色々試していました。 Luchino Visconti(ルキノ・ヴィスコンティ)監督の「Morte a Venezia(Death in Venice/ベニスに死す)」では消毒のために漂白剤を散布していましたが、1854年にイギリス人のスノーが、コレラの感染源が街の中央にある手押し井戸であると解明するまではコレラの治療法は、マッサージだの悪い空気を追い払うために酸や樟脳を炊いて燻蒸する方法だの水銀と阿片の投与だのとお呪いめいた悪魔払いのようで、現代と全く逆の治療法が取られていたようです。 現代のコレラの治療としてはひたすら下痢からの脱水症状を防ぐ輸液につきるのですが点滴 がない時代ですのでコレラ の下痢は蒼い恐怖と呼ばれ急激に致死性の下痢を起こして死亡したそうです。 コレラ菌が酸に弱いため塩酸(恐らく希釈液)を飲ませて吐かせる他、下剤としての水銀は以前から使用されていたそうですが、これらは腸の中の病毒を洗い流すためだったとか。
カラスといえば昔から不吉なものの象徴ですが、「プロヴァンスの恋」ではコレラで行き倒れになった死体に群がるカラスの群れや、恐怖に怯える市民の家々に傍若無人に入り込むカラス達が印象的です。
エドガー・アラン・ポーの詩集にもある地獄の使いのThe Raven(大鴉)が重なりました。 Nevermore! Nothing more!

ジュリエット・ビノシュといえば日本では1984年の「Je vous salue,Marie(ゴダールのマリア)」の自身の役「Juliette(ジュリエット)」がデビュー作品となっていて2002年に再上映されたそうです。 これ以降ゴダールが発掘した女優であるジュリエット・ビノシュは一作ごとに飛躍を重ねて行きます。


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Miles Davis (1926 - 1991)
ジャズ・トランペッターのマイルス・デイヴィス(マイルス・デビス)といえば、1940年代にCharlie Parker(チャーリー・パーカー)がホットでクールなアドリブ合戦のビバップでジャズ革命を起こした後に、アレンジを重視したクール・ジャズを誕生させた中心的ミュージシャンといわれます。
エリート家庭に生まれ育ったマイルス・デイヴィスはいわゆる黒人としての隷属的な労働の苦しみも虐げられたることもなく、ひどい差別の体験も又豊富ではないでしょう。 ニューヨークのジュリアード音楽院で音楽理論も古典も学びました。 ですがマイルス・デイヴィスはジャズをそしてブルースを演奏したのだそうです。

1945年からチャーリー・パーカーについて音楽活動を始めたマイルス・デイヴィスが1946年に初めて参加したBilly Eckstine(ビリー・エクスタイン)のビッグバンドでDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)との出会いが有りました。(40年代後期にはディジー・ガレスピーは自分の楽団を結成しています) 1947年にはIllinois Jacquet Orch.(イリノイ・ジャケー楽団)やColeman Hawkins(コールマン・ホーキンス)などと演奏しています。

Birth of The Cool
チャーリー・パーカーに師事、腕を磨いたマイルス・デイヴィスは遂に羽ばたきます。
1950年にピアノのGil Evans(ギル・エバンス又はギル・エヴァンス)やJohn Lewis(ジョン・ルイス)、テナーサックスのLee Konitz(リー・コニッツ)、バリトンサックスのGerry Mulligan(ジェリー・マリガン)等の作曲及びアレンジにより、名盤の誉れも高い「Birth of The Cool」がブルーノートからリリースされました。 この盤ではアルトサックスはチャーリー・パーカー、トランペットがディジー・ガレスピー、ピアノがAl Haig(アル・ヘイグ)、ヴィヴラフォンがMilt Jackson(ミルト・ジャクソン aka BAGS)、ベースがRay Brown(レイ・ブラウン)やOscar Pettiford(オスカー・ペティフォード)、そして何と!ビリー・エクスタインがトランペットを演奏しています。
※チャーリー・パーカーが1941年にリリースしたビバップのアルバム「The Complete "Birth of the Bebop"」に対抗している命名でしょうか。
トランペットのDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)、ベースのMilt Hinton(ミルト・ヒントン)、アルトサックスのCharlie Parker(チャーリー・パーカー)、ピアノのThelonious Monk(セロニアス・モンク)そしてドラムのKenny Clarke(ケニー・クラーク)による1941年のニューヨークのクラブでの演奏がBe-Bop(ビバップ)の誕生とされています。
Out of Nowhere: The Rise of Miles Davis (Savoy)
マイルス・デイヴィスがチャーリー・パーカーと初レコーディングした1940年代中期の録音を集めたSavoy Jazzレーベルの「The Rise of Miles Davis」にはJohnny GreenとEdward Heyman"が作曲した"Out of Nowhere"をはじめ全13曲が収録されています。(LPからのリマスター盤の試聴はOut of Nowhere: The Rise of Miles Davis - Amazon.com

マイルス・デイヴィスは1950年代初期に麻薬問題もありましたが、1954年に「Bag's Groove」や「Walkin'」をリリースしたり、1954年にはテナー・サックス奏者のJohn Coltrane(ジョン・コルトレーン)を呼んで「The Miles Davis Quintet(マイルス・デイヴィス・クインテット)」を結成し名コンビで数々の名演奏を残しています。 メンバーはピアノのRed Garland(レッド・ガーランド)、ベースのPaul Chambers(ポール・チェンバース)、ドラムはPhilly Joe Jones(フィリー・ジョー・ジョーンズ)のオールアメリカン・リズムセクションだそうです。(レッド・ガーランドの有名なアルバムは「The Quota(ザ・クォータ)」)
1956年にはモダン・ジャズ史上有名なマラソンセッション4部作をPrestigeからリリースしました。 これは二日間通しで録音したセッションを4枚のアルバム「Relaxin'」、「Steamin'」、「Cookin'」、「Workin'(又はWalkin')」に収録したものです。
同年マイルス・デイヴィスはルイ・マル監督の映画音楽の収録でマイルス・デイヴィスは渡仏しますが、帰国後は再びコルトレーンと組みました。1958年には新人のアルトサックス奏者のCannonball Adderley(キャノンボール・アダレイ)を加えたセクステットで「Milestones」をリリースしています。 麻薬禍といわれたコルトレーンは1960年にマイルス・デイヴィスのバンドから離れ自分のバンドを結成するもやはり酒と麻薬が原因らしく1967年にとうとう亡くなりました。・・・フリージャズが死んだ。
With John Coltrane - OLYMPIA 20 Mar '60
オリジナル発売は1999年のでジョン・コルトレーンをフィチャーしたパリのオリンピア劇場でのライブ盤でパート11にはAll of You、So What、On Green Dolphin Streetの3曲を収録、パート2にはWalkin'、Bye Bye Blackbird、'Round About Midnight、Oleo、Themeの5曲を収録しています。
パート1の試聴はOlympia 20 Mars 1960, Pt. 1 [Live] - Amazon.com

Miles Davis & Mode
フリージャズ⇔マイルスが開拓したモードスタイル
1964年にマイルス・デイヴィスは、フリー・ジャズ系のピアニストのHerbie Hancock(ハービー・ハンコック)、テナー・サキソフォニストのWayne Shorter(ウェイン・ショーター)、ベイシストのRon Carter(ロン・カーター)、ドラマーのTony Williams(トニー・ウィリアムス)と共に1960年代最強のバンドを結成し、1969年には3日間のスタジオ収録のファンキーな「Bitches Brew」をリリースした後に長い休養に入りました。
MIles Davis - Bitches Brew LIVE 1969 - YouTube
Miles Davis - Miles Runs the Voodoo Down (The Columbia Years 1955 - 1985) - Grooveshark.com

バップのマイルスかクールのマイルスか、モードって何?
40年代から始まったジャズの変遷はチャーリー・パーカーのビ・バップからクール・ジャズの誕生、そしてハード・バップから60年代のジャズの主流といわれるモード・ジャズ、そして後期にはシンセを取り入れたエレクトリックまでと、時代に乗ってか時代を引っ張ってかのマイルス・デイヴィスの音楽の推移は目覚しいものがあります。 モードってコードを無視したアドリブオンリーに近いのでしょうかね。 私はアヴァンギャルドもフリージャズもモードも分かりません。コンテンポラリーとかフュージョンだかクロスオーバーだかすら分かりません。
ですが古いもの好きの私も1986年に「Tutu(ツツ)」を聴いた時は愕然としましたね。 暫く噂を聞かなかったマイルス・デイヴィスの音が変わった!と。
私は聴いたけど???になる1956年の"I Surrender, Dear"などが収録されているThelonious Monkのアルバム「Brilliant Corners」とかWayne Shorterの1965年のアルバム「Etcetera」の"Barracudas"はいかが?

Tutu (live) Miles Davis - YouTube
Miles Davis- Dig Watermelon Man 1991 - Youtube

マイルス・デイヴィスの後期の"Nefertiti"のように芸術的な演奏よりも耳を劈くようなミュートの効いたパリ時代、ビバップやハード・バップ時代(コルトレーンとのクインテット時代)あたりまでの私のノスタルジーを掻き立ててくれる演奏が好きです。
甦る思い出といえば懐かしい名画です。 1950年代から1960年代にかけてアメリカの音楽「ジャズ」を映画に取り入れたのはフランスのフィルム・ノワールやヌーベルヴァーグですが、マイルス・デイヴィスの映画音楽といえば先ずあげられるのがマイルスのサントラが有名な私の好きなフランス映画「Ascenseur pour L'echafaud(Lift To The Scaffold / 死刑台のエレベーター)」です。 映画の冒頭で突如耳を劈くようなトランペットの響きは心臓が止まりそう、息も止まりそう、初めてマイルス・デイヴィスを知った瞬間です。
とても即興とは思えないような全編を通した十曲の素晴らしいマイルス・デイヴィスの演奏で、「メイン・タイトル」、「エレベーターの中のジュリアン」、「夜警の巡回」そして「モテルの写真屋」などの曲がストーリーに沿ってシーンを盛り上げました。 マイルスのトランペットとルイマル監督の光と影の映像が相乗効果を生み出し観る者、聴く者を惹き付けます。
※Film noir(フィルム・ノワール)とはフランス語で"黒い映画"という意味ですが、1940年代後期から1950年代のハリウッド映画の中でも犯罪ものを指します。 1930年代のアメリカの恐慌時代に始まった道徳的にあいまいでセクシーな刺激を強調したハードボイルド映画に端を発しています。

1956年にそれまでの楽団を解散しフランス公演中のマイルス・デイヴィスは、「死刑台のエレベーター」をパリのスタジオで録音しました。 この収録のためにテナーサックス奏者のBarney Wilen(バルネ・ウイラン)率いるオクテット(八重奏団)から4名を選んで自分のクインテットを編成したそうです。 メンバーはトランペットのマイルス・デイヴィス、テナーサックスのバルネウイラン、ドラムのKenny Clarke(ケニー・クラークは元オリジナルMJQ)、フランスのバップピアニストのRene Urtreger(ルネ・ウルトルジェ)、50年代から60年代の米ジャズメン達が仏ツアーの際好んで共演したバップ・ベイシストのPierre Michelot(ピエール・ミシュロ)です。

1957年にルイマル監督の「死刑台のエレベーター」のサントラ収録で再びパリ来ていたマイルスを虜にしたのはシャンソン歌手のJuliette Gréco(ジュリエット・グレコ)で、1949年に最初に出会って以来マイルスの意中のひとだったとかでグレコを想いながらサントラのペットを吹いたそうです。 1940年代サンジェルマン・デ・プレに集うジャン・コクトーなどの芸術家達やサルトルやボーヴォアールといった哲学者達と交流があったグレコも又アヴァンギャルドなシャンソン歌手でした。 この時代に哲学者のサルトルに紹介されたチャーリー・パーカーがサルトルをミュージシャンだと思い込んで「楽器は何ですか?」と聞いたという逸話が残っているとか。 1947年にJacques Prevert(ジャック・プレヴェール)作詞、ハンガリー出身のJoseph Kosma(ジョセフ・コズマ)作曲によるAutumn Leaves(枯葉)はグレコも歌っているシャンソンのスタンダード曲ですが、マイルスのお気に入りとなり、Blue Noteからリリースした1958年のアルバム「Somethin' Else」にキャノンボール・アダレイのアルトサックスをフィーチャーして収録されています。(Love For Saleも素晴らしい!)
マイルスが麻薬に手を染めたのはトランペットの師である"バード"ことチャーリー・パーカーの誘いに乗ったからとか、麻薬に溺れたのはグレコとの別れだったとか言われています。

ListenピアニストのBill Evans(ビル・エヴァンス又はビル・エバンス)とマイルス・デイヴィスのアルバム「Kind of Blue」からBlue in Greenが聴けます。
Miles Davis - Blue in Green (Kind of Blue) - Grooveshark.com
♪ マイルス・デイヴィスの1947年のLittle Willie Leapsが聴けるMiles Davis - Little Willie Leaps - Jazz On Line.com(Miles Davisで検索、曲名をクリック)

videoMiles Davis Quintet 1964のビデオクリップが観られるMiles Davis Quintet 1964 - TheJazzPage(リンク先はすぐ音なので左上の再生ボタンで止めてから、上のメニューからVideos>Single VideosでMiles Davis Quintet 1964をサイト内検索)
ビデオクリップは1964年のドイツでのTVコンサートで、クインテットのメンバーはトランペットのマイルス以下、Wayne Shorter、Herbie Hancock、Ron Carter、Tony Williamsと豪華メンバー。

マイルス・デイヴィスのアルバム
ページトップの画像はマイルス・デイヴィスのマニアでなくても知っているSo What、Freddie Freeloaderなどを収録した1959年のモード・ジャズの始まりともいうべきジャズ史上不滅の名盤「Kind of Blue」で、メンバーはジョン・コルトレーンとキャノンボール・アダレイのアルトサックス、Bill Evansのピアノ、Paul Chambersがベース、Jimmy Cobbがドラムですが、Freddie FreeloaderのピアノはWynton Kelly(ウイントン・ケリー)です。
Miles Davis & John Coltrane (1959) So What - YouTube
Miles Davis - So What - Grooveshark.com

オリジナルはSPかLPかは不明ですが、1949年の録音のBirth of the Cool(クールジャズの誕生)は1950年代に全盛だったウェストコースト派に影響を与えたというアルバムです。
Miles Davis - Birth of the CoolBIRTH OF THE COOL
Gerry Mulligan(ジェリー・マリガン)がJeru"や"Venus de Miloなどを演奏しています。


上記のアルバム「Birth of the Cool」に1948年ニューヨークのRoyal Roostでの未発表の演奏を加えて全25曲が収録されている素晴らしいライヴ録音盤
Complete Birth of the Cool
Miles Davis - The Complete Birth of the CoolThe Complete Birth of the Cool


アルバム「Bags Groove」のオリジナルは1954年に録音された「1954 Xmas Eve session」らしいです。 マイルスは滅多にヴァイブとは演奏しなかったといいますが、このアルバムではタイトル曲の作曲者であるMJQのヴィヴラフォン奏者だったMilt Jackson(ミルト・ジャクソン)が参加しています。
ハードバップの"Oleo"と"Doxy"は Sonny Rollins(ソニー・ロリンズ)の曲ですが、But Not for Me はGeorge Gershwin(ジョージ・ガーシュイン)作曲のスタンダード・ジャズです。
メンバーはトランペットがマイルス・デイビス、バイブがミルト・ジャクソン、ピアノがセロにアス・モンクとHorace Silver(ホレス・シルヴァー)、テナーサックスがソニー・ロリンズ、ベースがPercy Heath(パーシー・ヒース)でドラムがKenny Clarke(ケニー・クラーク)です。マイルスとモンクが共演している唯一のアルバムですがマイルス・デイビスのソロには大御所のモンクも遠慮しているようです。

オリジナル盤は1954年のアルバム 「Walkin'」
Miles Davis - Walkin'Walkin'


My Funny Valentine(マイ・ファニー・バレンタイン)はChet Baker(チェット・ベイカー)のオープンなペット演奏でも有名な曲ですが、1956年のThe Miles Davis Quintetのマラソンセッションの一枚「Cookin'」や「The Complete Columbia Recordings: 1955-1961」などに収録されているマイルス・デイビスのミュートのトランペットも素晴らしいです。
Miles Davis - My Funny ValentineMy Funny Valentine
Cookin' With the Miles Davis Quintet

オリジナルが1958年録音のキャノンボール・アダレイが参加したセクステットが演奏による初アルバム
Miles Davis - MilestonesMilestones
マイルス、コルトレーンにキャノンボールが加わってスリーホーンのゴージャスな演奏。

名アルバムの「カインド・オブ・ブルー」、「マイルストーンズ」、「ポーギーとベス」などと同時代に録音されたAutumn Leaves(枯葉)など名演奏を収録しているキャノンボール・アダレイ名義のアルバムは「Somethin' Else」
※マイルス・デイビスの恋人にゆかりのある名曲「枯葉」の演奏はマイルスのミュートやキャノンボール・アダレイのアルトサックスの他、ピアノがハンク・ジョーンズ、ベースがサム・ジョーンズ、ドラムがアート・ブレイキーです。

George Gershwin's Porgy & BessのSummertimeが収録されているのはオリジナルが1957年録音の「Porgy and Bess」で、このアルバムで一番人気はやはりGil Evansの編曲のSummertimeです。 ギル・エヴァンスとの1959年のコラボといえばConcierto De Aranjuez(アランフェス協奏曲)を収録した1960年のLPアルバム「Sketches Of Spain」があります。(2枚組CDのSketches of Spain: 50th Anniversary Legacy EditionはASIN: B001W63DYQ)
♪ Miles Davis - Summertime

マイルス・デイビスは1999年の映画「The Talented Mr. Ripley(リプリー)」のサントラではEden Ahbez(エデン・アーベ)が作った私の好きな"Nature Boy"を演奏しています。 その"Nature Boy"が収録されているオリジナルが1955年のアルバムの「Blue Moods」はクールというよりはメローなバラードの演奏で素敵な夜にぴったり!
マイルス・デイビスの他は"Alone Together'"をアレンジしたCharles Mingus(チャールス・ミンガス)がベース、Elvin Jones(エルヴィン・ジョーンズ)がドラム、Britt Woodman(ブリット・ウッドマン)のトロンボーン、Teddy Charles(テディ・チャールス)のヴァイブだそうです。
※1999年のマット・デイモンとジュード・ロウが共演した映画「リプリー」とそのサウンドトラックについては「リプリーを参照。

そしてその1955年のオリジナル録音とされるのが「The New Miles Davis Quintet」で、マイルスディヴィスを筆頭にテナーサックスのJohn Coltrane(コルトレーン)、ピアノがRed Garland(レッド・ガーランド)、ベースがPaul Chambers(ポール・チェンバース)、ドラムがPhilly Joe Jones(フィリー・ジョー・ジョーンズ)の演奏です。
ですが、実はこちらの'Round About Midnightが先だったとか。(CDは要SACD互換機) コロンビアレコードでの最初の録音でオリジナル録音はモノラルだそうです。 契約のことは分かりませんが音楽は素晴らしいから試聴して下さい。 お手軽価格のこちらも'Round About Midnight

色々なミュージシャンと共演するマイルス・デイヴィスはKing Curtis(キング・カーティス)との共演で知られたギタリスト(テレキャスター)のCornell Dupree(コーネル・デュプリー)も呼んで1972年に"Red China Blue"などを演奏しています。(コーネル・デュプリーは肺気腫により68歳で2011年5月死去) オリジナルは2枚組みLP盤のMiles Davis Octet(マイルス・デイビス八重奏)の1972年録音のラテングルーヴアルバムですがスペース・エイジやメタ・ファンクなどの新しい音楽にも挑んだという珍しいLPは2000年にやっとCD化されました。 1974年に逝去したDuke Ellington(デューク・エリントン)にマイルス・デイビスが捧げた曲"He Loved Him Madly"や70年代初期のファンク・ロック時代には多大なる影響を受けたR&B歌手のBilly Preston(ビリー・プレストン)の名を冠した曲を含む全8曲をスタジオ収録したものです。 ここまで芸術的だとジャズのミーハーの私にはとうてい歯が立ちません。(真のマイルスのファンじゃないと。) 参加したキーボード奏者はHerbie Hancock(ハービー・ハンコック)やKeith Jarrett(キース・ジャレット)、ドラムスはAl Foster(アル フォスター)、Bernard Purdie(バーナード・パーディ)、Billy Cobham(ビリー・コブハム)、そしてギターにCornell Dupree(コーネル・デュプリー)で、ブルースハープはWally Chambers(ワリー・チェンバース)です。
Get Up with It - with Cornell DupreeGet Up with It
試聴はGet Up with It - Amazon.com
※ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスとの共演盤には傑作と評判の高いコロンビア時代の1枚で1966年に吹き込まれた「Miles Smiles 」というアルバムもあり。


マイルス・デイビスのバップが好きな私は驚いた! マイルスの音が変わった! 当時若手のエレキベース奏者でプロデューサーのMarcus Miller(マーカス・ミラー)が音作りをしたというマイルス復帰第一弾、衝撃の"TuTu"が収録されているアルバムです。
Miles Davis - TuTuTutu
※TUTUとは南アフリカ 共和国(南ア)の反アパルトヘイト運動家で1984年のノーベル平和賞受賞者のDesmond Mpilo Tutu(元大司教デズモンド・ツツ氏)のことを指しています。
※ところでアルバム「TUTU」のジャケットに使用されているマイルスの顔写真は有名なアメリカのファッション写真家であるIrving Penn(アーヴィング・ペン)が撮影したものなのです。
♪ Miles Davis - Tutu

BLUE XMAS!
1961年にマイルス・デイビスがクリスマスソングを依頼された時、アルバムの"Devil May Care"でマイルスの師匠のチャーリー・パーカーの"Yardbird Suite"を歌っていたことからVocalese(ヴォーカリス)のBob Dorough(ボブ・ドロー)にクリスマスソングを依頼し、そのジャズ・スタンダード曲集「Jingle Bell Jazz」に収録されたのがBlue Xmasだそうです。 マイルスの演奏(作曲)でボブ・ドロウのヴォーカルの"Blue Xmas"を収録したアルバムは「Jingle Bell Jazz」です。
Miles Davis with Bob Dorough - Blue Xmas - YouTube
マイルス・デイヴィスの"Blue Xmas"はクラシックR & Bクリスマスソング集の「Hipster's Holiday: Vocal Jazz R & B Classics」にも収録されています。
ビバップからクールジャズのピアニストとして活躍していたそうですが、スキャットがすごいボブ・ドローは作詞、作曲、編曲、舞台監督やピアノの弾き語りなど音楽シーンに関わっているユニークなミュージシャンです。 1962年にBen Tucker(ベン・タッカー)が書いてHerbie Mann(ハービー・マン)がオリジナル演奏した大ヒット曲"Comin' Home Baby(カミン・ホーム・ベイビー)"の録音時にはベースを弾いていたそうですがその"Comin' Home Baby"の作詞者としても有名なんだそうです。 1956年にアルバムの「Devil May Care(デヴィル・メイ・ケア)」を初吹き込みをして以来色々と音楽関係で話題を提供しています。 なにしろマイルスのアルバムで歌っている最初で最後の人物ですから。 そのアルバムのタイトル曲である"デヴィル・メイ・ケア"は1962年にマイルスが録音しているそうです。

Miles Davis At Fillmore(マイルス・デイヴィス・アット・フィルモア)のライブ盤では1970年にマイルスに招かれてキーボード(オルガン)を演奏しているのがジャズピアニストのKeith Jarrett(キース・ジャレット)です。 半ば立った状態でアフロヘアを振りながらノリノリで演奏しています。
Miles Davis At Fillmore with Keith Jarrett on pianoAt Fillmore: Live at the Fillmore East
マイルス・デイヴィス・アット・フィルモア(紙ジャケット仕様)
※ちなみにThe Fillmore(Fillmore Auditorium / フィルモア)とは1960年代中頃(1966年)から歴史的に重要なサイケデリック音楽の祭典が開催されたサンフランシスコの場所でFillmore Eastにありました。 1968年にはFillmore Westに移転しましたが、70年代のサイケデリック・ロック・りジェンドのJefferson Airplane(ジェファーソン・エアプレイン)、The Doors(ザ・ドアーズ)やJanis Joplin(ジャニス・ジョプリン)などもフィルモア・コンサートに出たそうです。 60年代後半~70年代初め当時、無料で参加者に配布されたサイケなフィルモア・コンサートのポスターは主にRick Griffin(リック・グリフィン)の手になる緻密なイラストでした。
Rick Griffin Posters - myraltis.co.uk

The Complete Jack Johnson Sessions
時代の先を行くジャズトランペット奏者のマイルス・デイヴィスが1970年にWynton Marsalis(ウィントン・マルサリス)と共演したフージョンアルバム"Complete Jack Johnson Sessions"は最近になって評価されているそうです。 このJack Johnson(ジャック・ジョンソン 1878年ー1946年)トリビュートアルバムはマイルスのお気に入りの初代黒人ヘヴィーウェイト級ボクサーで、教会批判とあらゆる人種差別の掟を破ったという反骨のテキサス男です。 1920年代にギャングに売却したジャック・ジョンソン所有のハーレムのナイトクラブというのが後の"Cotton Club(コットン・クラブ)"だそうです。(ギャングのオウニー・マドゥンが経営)
Miles Davis plays Willie Nelson
アルバム"The Complete Jack Johnson Sessions"のディスク1の10曲のうち6曲も"Willie Nelson"というタイトルがつけられています。 Willie Nelson(ウィリー・ネルソン)といえばアウトローのカントリー歌手ですがいったいどんなつながりがあるのか不思議に思いました。 マイルス・デイヴィスとウィリー・ネルソンのマネージャーが共通でレコード会社CBSが同じという他に、マイルスの師であるチャーリー・パーカーがカントリー音楽のファンであり、マイルスもネルソンも"語るアウトロー"という点、及びロマンティックということで共通するものがあるのだそうです。
音楽的には共にクールな演奏で観客を魅了したマイルス・デイビスとウィントン・マルサリスでしたが平素からソリが悪かったそうで、1986年のバンクーバーで行われたフェスティバルでのマルサリスの飛び入り演奏の件により関係はさらに悪化したんだとか。
アルバム「The Complete Jack Johnson Sessions」の試聴はThe Complete Jack Johnson Sessions - Amazon.com
Miles Davis - Willie Nelson - Amazon.com


最近聴いたマイルスのアルバムは「Miles Davis: The Columbia Years 1955-1985」ですが、収録されているモノバージョンのGénérique(ジェネリーク)を購入しました。 フランス語のGénérique(ジェネリーク)の意味としては映画のメインテーマ、もしくはオープニングやエンディングのクレジットで流れるテーマ曲として使用されるらしく、英語だと"Credits"になるそうです。 「死刑台のエレベーター」以外にも"ジェネリーク"というタイトルの曲はあります。 このCDは問題あり説も聞かれますが5枚のLPをCD化した4枚ディスクBOXセットで、全部試聴が出来ます。
ディスク1:Generique、All Blues、Summertime、Straight, No Chaser他 ディスク2:My Funny Valentine他 ディスク3:So What他
Straight, No ChaserはMy Funny ValentineやOn Green Dolphin Streetなどを収録した1958年の2枚のセッション盤をCD化したMiles Davis Sextetのライヴ・アルバム「'58 Sessions」にもあります。
"Straight, No Chaser(ストレート、ノーチェイサー)"とは強い酒をストレートであおって喉焦け防止の追いかけ水はいらないっていう意味なんでしょうが、ステージのラストに流す曲を"chaser"と呼ぶのだとも。(次のステージにつなげる)

You're Under Arrestマイルス・ディヴィス最後のコロンビア録音というこの1985年のアルバムには終生必ずライヴで演奏したという"Time After Time"が収録されています。 このジャズのスタンダード曲は1947年にSammy CahnとJule StyneのコンビがFrank Sinatra(フランク・シナトラ)主演の映画「It Happened in Brooklyn」のために作ったものです。 この"Time After Time(過ぎ去りし想い)"はグラミー賞受賞歌手のCyndi Lauper(シンディ・ローパー)の2番目のシングルで1984年にリリースされました。 マイルス・デイヴィスの墓石には"Time After Time"のメロディーが刻まれているというからそうとうなお気に入りの曲だったのでしょう。
Miles Davis - Time After Time - Grooveshark.com


1957年~1980年代のマイルス & Juliette Gréco(ジュリエット・グレコ)やマイルス & Jeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)との写真が見られるMILES DAVIS Photos- prince.org
MILES DAVIS Photos- starpulse.com
マイルス・デイヴィスのポスターはMiles Davis Posters and Prints - art.com


Don Cheadle will be Miles Davis!
惜しくも65歳で1991年に亡くなったマイルス・デイヴィスは2006年に生誕80周年を迎えますが、2006年3月にクリーブランド市にあるロックの博物館「The Rock and Roll Hall of Fame」の殿堂入りを果たしました。
売れっ子俳優のDon Cheadle(ドン・チードル)は製作及び監督しびマイルス・デイヴィス役を主演する「Miles Davis Biopic(マイルスデビスの伝記映画)」は2013年に製作開始予定だそうですが、これとは別にマイルス・ディヴィスの長男のGregory Davis(グレゴリー・デイビス)が記した回顧録「Dark Magus: The Jekyll and Hyde Life of Miles Davis」(ISBN-10: 0879308753)を元にした伝記映画「Miles(仮題)」を2005年の「ロール・バウンス」を製作したGeorge Tillman Jr.(ジョージ・ティルマン・ジュニア)が監督するそうです。 ドン・チードルは過去にも1998年のThe Rat Pack(ラット・パック)で、シナトラ一家のSammy Davis Jr.(サミー・デイヴィス・ジュニア)をそっくりに演じた経歴があります。 ドン・チードルはこれまでオスカー賞はノミネートだけにとどまっていますが、もしこの映画出演が実現すればレイ・チャールズ伝記の「Ray(レイ)」やジョニー・キャッシュ伝記の「Walk the Line(ウォーク・ザ・ライン 君につづく道)」みたいにオスカー賞も夢ではないかも!
ドン・チードルは1995年に「Devil In A Blue Dress(青いドレスの女)」、2001年に「Swordfish(ソードフィッシュ)」、2004年に「Hotel Rwanda(ホテル・ルワンダ)」と「Crash(クラッシュ)」など数多くの話題作品に出演しています。 2001年から2007年に渡っては「Ocean's Twelve(オーシャンズ11 13)」リシーズに出演していますが、最近では2010年の「アイアンマン2」に出演しています。(Iron Man 2008(アイアンマン))

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