September 2006 Archives



The King of Swing: Count Basie (1904-1984)
"スイング王"と呼ばれたカウント・ベイシーは本名をWilliam Basie(ウィリアム・ベイシー)といい、ジャズにオルガンを導入したことで知られるピアニストでマルチ・エンターテイナーのFats Waller(ファッツ・ウォーラー)に師事、最初は南部を旅するボードビル一座に加わりピアノでブルースを弾いていたそうです。 黄金のスイングジャズ時代にはGlenn Miller(グレン・ミラー)、Benny Goodman(ベニー・グッドマン又はベニイ・グッドマン)、Tommy Dorsey(トミー・ドーシー)、Artie Shaw(アーティ・ショー)、Harry James(ハリー・ジェームス)、Duke Ellington(デューク・エリントン)、Cab Calloway(キャブ・キャロウェイ)などといったスイング王と呼ばれたミュージシャン達と活躍した代表的なジャズミュージシャンです。
一般的にはスイング王と呼ばれていたのはベニー・グッドマンでしたが、そのベニー・グッドマンがカウント・ベイシーをスイングの王だと称賛したのだとか。

アメリカで禁酒法がしかれた1920年代当時にはシカゴを越えるほどに超型破りな町であった「Kansas City(カンザス・シティ)」でウィリアム・ベイシーは音楽活動を始めました。 ベイシーはジャンプブルース・シンガーのJimmy Rushing(James Rushing /ジミー・ラッシング)に出会ってジミーが在籍していたWalter Page(ウォルター・ペイジ)が結成したスウィング・バンド「Blue Devils」に参加するも、1929年には二人共「Bennie Moten and His Kansas City Orchestra(ベニー・モーテン・カンザスシティ楽団)」に移りました。 "Moten Swing"(1942年?)などを吹き込んだベニー・モーテン楽団は当時カンサス・シテイで人気のスイングバンドでしたが後にCharlie Parker(チャーリー・パーカー)もお世話になっています。 1930年代末にはシカゴからニューヨークに移り伝統的なカンザス・シティ・ジャズ(ラグタイム)を受け継ぐビッグバンド「Count Basie's Orchestra(カウントベイシー楽団)」を結成しました。 カンサスシティ・ジャズとはジャズのルーツであるニューオリンズ・ジャズやハーレム(ニューヨーク)ジャズと並ぶ黒人3大ジャズの一つといわれますが一番定義し難い形式だそうです。 有名な元祖ビバップのアルトサックス奏者のチャーリー・パーカーの出身地がカンサスシティだそうで、Queen of Kansas Clubs(Club Reno)で演奏するカウント・ベイシー楽団のレスター・ヤングをそのチャーリー・パーカーが聴いていたそうです。
カウントベイシー楽団では名前もWilliam "Count" Basie(カウント・ベイシー)と変えていますが、お仲間のDuke Ellington(デューク・エリントン)が公爵だからカウント・ベイシーは伯爵というステージネームにしたのでしょうか。 同じスイングといっても優雅で洗練されたエリントン対するハードにスイングしまくるベイシーの二人は60年代初めに"Battle Royale"という曲を共同作曲しています。 Count Basie - Duke Ellington - Battle RoyalやTo Youは1961年のオリジナル録音の1991年盤にはリハーサル風景や未発表も含む「First Time: The Count Meets the Duke」に収録されています。("Battle Royal"はオリジナルが1961年のアルバム「First Time! The Count Meets the Duke」などにも収録。こちらも第三トランペットとして有名なsonny cohn /ソニーコーンが参加)

Walter Page
ミズリー州出身のウォルター・ペイジはカンサス大学で音楽を学んでいた頃にベニー・モーテンなどと演奏していたそうです。 1925年にはオクラホマでThe Blue Devilsを結成しましたが、ウォルター・ペイジのベース(バス)を始めそれまでの楽団ではリズムセクションとして使用していなかったドラムやギターを取り入れたモダンな編成であると共に全てが民主的に運営されていたそうです。 吹き込みはKansas City(カンザス・シティ)だけでした。 在籍していたジミー・ラッシングを追って参加したカウント・ベイシーがベニー・モーテン楽団に次々と引き抜かれた後、とうとうウォルター・ペイジも参加したそうです。

Atomic Mr. Basie!
無名時代のカウントベイシーは1936年頃にカンサスのラジオ局の深夜放送に出演していましたが、番組の最後にこのカウント・ベイシー作曲の"One O'Clock Jump(ワン・オクロック・ジャンプ)"をエンディング・テーマ曲として演奏していたそうです。 それで曲名が"ワン・オクロック・ジャンプ"となったそうです。 その後カウントベイシーが1937年に初吹き込みした"ワン・オクロック・ジャンプ"や"Jumpin' at the Woodside(ジャンピン・アット・ザ・ウッドサイド)"が人気を博して世界的に有名になります。 ベイシー楽団にはテナーサックスの天才といわれたLester Young(レスター・ヤング)、上海に行ってしまったトランペットのBuck Clayton(バック・クレイトン)、スイングのノリノリの貢献者で生涯伴奏ギター(四つ弾き)のFreddy Green(フレディ・グリーン)、ドラムのJo Jones(ジョー・ジョーンズ)などの他にHelen Humes(ヘレン・ヒュームズ)など素晴らしいブルース歌手たちが在籍していたため、他のどの楽団も太刀打ちできないほど素晴らしかったそうです。 第二次大戦後はスイングの衰退にと伴い一時小編成のバンドになったものの、クインシー・ジョーンズなどの素晴らしいアレンジャーを得てブルースどっぷりのカンザスシティ・スイングからもっとダイナミックでモダンな"Count Basie's "New Testament" big band(ニュー・ベイシー・バンド)"となり再びビッグバンドを盛り返したのです。
1955年には、専属歌手のブルースシンガー「Joe Williams(ジョー・ウィリアムス)」で吹き込んだEveryday I Have the Blues」がR & Bのチャートでシングルヒットに輝きました。 また、.50年代にはTV私立探偵シリーズが大流行で、それらの殆どがお洒落にジャズスタイルを取り入れたテーマ曲が魅力でした。 1957年から放映された「M Squad(シカゴ特捜隊M)」シリーズの音楽はデキシースタイルのトランペット奏者のStanley Wilson(スタンレー・ウィルソン)楽団が全編通して担当していましたが、テーマ曲の"Theme From M Squad"は1958年にカウント・ベイシーが作曲したそうです。 Peter GunnMike Hammer77 Sunset Stripなどと共に代表的なクライム・ジャズとして人気でした。 スタンレー・ウィルソン等とM Squad(シカゴ特捜隊M)の共同作曲者だったBenny Carter(ベニー・カーター)のソプラノサックスが聴けるとか。
M-Squad (Theme) - Stanley Wilsonは「M Squad; Mickey Spillane's Mike」(試聴はマイク・ハマー Mike Hammer参照)
※カウント・ベイシーのシカゴ特捜隊M、リルダーリン、The Basie Twist、Jumpin' At The Woodsideなどが、50年代の懐かしい曲を集めた「The Roulette Story」という3枚組みCDにも収録されています。
※「シカゴ特捜隊M」は1957年から1960年にかけて放映されたテレビの警察シリーズでLt. Frank Ballinger(フランク・バリンジャー警部)役でLee Marvin(リー・マービン)が主演した硬派の犯罪ドラマでした。私立探偵物語に登場するような美女も恋も抜きですが、音楽もハードボイルドで50年代のジャズスタイルを取り入れています。

Count Basie Live in Japan '78
カウント・ベイシーは楽団を1952年に再編成してCount Basie And His Orchestra(カウント・ベイシー・オーケストラ)が1963年に初来日したそうですがその日本公演の記念盤はりリースされていないようです。  ギターの Freddie Greenが参加したカウント・ベイシーは楽団の5回目の来日の1978年の浜松ライヴはラジオ放送のために実況録音されたそうですが、1984年のカウント・ベイシー亡き後にNorman Granz(ノーマン・グランツ)がプロデュースしてポリドールLP盤アルバムの「Live in Japan」としてリリースされたそうです。 これが唯ひとつの日本公演の記念盤だそうですが、同時発売のCDにはボーナストラックとして2曲が追加されています。

Music of Neal Hefti & Benny Carter: Count Basie & His Orchestra
なぜか私が若かった頃にはちょっととっつきが悪かったカウント・ベイシーでしたが楽団が演奏する何曲かはお気に入りになっています。 60年代のTVドラマ・シリーズだった"77 Sunset Strip(サンセット77)"や"Surfside 6(サーフサイド6)"や"Hawaiian Eye(ハワイアンアイ)"などのテーマ曲を作曲したピアニストのJerry Livingston(ジェリー・リヴィングストン)とコンビを組んでいた作詞家のMack David(マック・デヴィッド)にカウント・ベイシーが加わって作り1938年に録音したという"Blue and Sentimental"などベーシー作曲の"ワン・オクロック・ジャンプ"や"ジャンピン・アット・ザ・ウッドサイド"は別にしても、ベイシー楽団のテナーサックス奏者だったレスター・ヤングが作曲した名曲「Lester Leaps In」、60年代から70年代に映画音楽で活躍したベーシー楽団のアレンジャーだったNeal Hefti(ニール・ヘフティ)作曲のLil' Darlin'、100歳まで長生きのラグタイマーのEubie Blake(ユービー・ブレイク)作曲のMemories Of You、"I can't get started"や"Taking A Chance On Love"なども作曲したロシア出身のVernon Duke(バーノン・デューク)によるApril in Parisなどのカウント・ベイシー楽団の演奏が好きです。
※ヘフティ編曲の1958年のアルバム"Basie Plays Hefti"は現在ではCD化されてないそうですが、カウント・ベイシー名義のアルバムで「Music of Neal Hefti & Benny Carter」(ASIN: B000NVSZJY)がリリースされています。(現在1万円以上のヴィンテージ価格) 1989年にリリースされたアルバムのカバー画像が見られるCount Basie & His Orchestra: The Music of Neil Hefti & Benny Carter - RateYourMusic.com
Lil' darling - Count Basie - YouTube

1935年から1948年にはカウント・ベイシー楽団には専属としてカンサスで一緒だった"Mr. Five by Five"こと"ジミー・ラッシング"が在籍していました。 オクラホマ出身のブルースマンであるジミー・ラッシングはカウント・ベイシーと共同でGoin' to Chicago Bluesを作曲し、1936年にBoogie Woogie、1939年にEvil Blues、I Can't Believe That You're in Love With Meなどを吹き込んでいます。
Kansas City Blues by Jimmy Rushing with Basie 1957- YouTube

ListenOne O'clock JumpやJumpin' At The Woodsideは勿論、Blue And Sentimental、Basie Boogie、Cherokee、How Long Bluesや愉快な"Open The Door, Richard"などカウント・ベイシー楽団の演奏がたくさん聴けるCountBasie - Jazz On Line.com(Count Basieで検索、曲目をクリック)
※カウント・ベイシーが1947年に録音した"Open The Door Richard"はボードヴィル・コメディアンのDusty Fletcher(ダスティ・フレッチャー)がオリジナルと主張していますが10人以上の歌手がレコーディングしていて、1946年にホンキング・テナーのJack McVea(ジャック・マクヴィ)も録音していました。
カウント・ベイシーのピアノが素晴らしいのは言うまでもありませんが、私はオルガンも大好きです。中でもニール・ヘフティ作曲の"Lil' Darlin'"はオルガンのJimmy Smith(ジミー・スミス)を始め、ギターのKenny Burrell(ケニー・バレル)やJoe Pass(ジョー・パス)、ヴァイブのMilt Jackson(ミルト・ジャクソン)、ピアノではTeddy Wilson(テディ・ウィルソン)やRed Garland(レッド・ガーランド)やRay Bryant(レイ・ブライアント)、トランペットのClark Terry(クラーク・テリー)やベースのRay Brown Trio(レイ・ブラウン・トリオ)まで多くのジャズメンのレパートリーに加えられています。

☆The Count Basie Orchestraのアルバム「The Count Basie Alumni」の情報はTuff City Record - BluesJazz(英語のサイト) 右下でテキサステナーのBuddy Tate(バディ・テイト)やトロンボーンのVic Dickenson(ヴィック・ディッケンソン)などフィーチャーしているアーティストのクリップが聴けます。
ちなみにバディ・テイト(1913年-2001年)はサキソフォンやクラリネットを演奏するジャズ・ミュージシャンですが特にテナー・サックス奏者としてはスイング時代には人気でしたがカウント・ベイシー楽団には急死したテキサス・テナーのHerschel Evans(ハーシャル・エヴァンス)の代わりとして入団し1939年から1948年まで在籍しました。 後期の1990年代にはライオネル・ハンプトン楽団とも演奏したそうです。
こちらは試聴が多いCount Basie - PBS - Jazz A Film By Ken Burns(英語のサイト)


カウント・ベイシー楽団のアルバム
America's #1 Band: The Columbia Years
ページトップの画像はスイングの全てが、そしてカウント・ベイシーの全てが聴けるといってもよい2003年にリリースされた4枚組CDです。
コロンビア時代はレーベルとの契約問題などで何かと議論の的になったカウント・ベイシーの歴史的コンピレーションです。
ディスク1とディスク2の半分は1936年から1957年のSmith-Jones quintetのセッションでレスターヤングやジミー・ラッシングとの録音です。Goin' to Chicago BluesやLive and Love Tonightではカウント・ベイシーのオルガンが聴けます。レスターヤングのLester Leaps InのイントロとなったベイシーのKansas City Sevenを含め、1939年のこのセッション版は1951年に発表されたそうです。
ディスク:1 には名演のLester Leaps In、How Long Blues、スタンダードとなっているSt. Louis Blues
ディスク:2 I'm Confessin' (That I Love You)、ベイシー楽団のテーマ曲として有名なOne O'Clock Jumpの他、私の好きな I Want a Little Girl(ちなみに私の購入した"I Want a Little Girl"はアルバムの「Count Basie and the Kansas City 7」でディスク:4 はライヴ盤でOne O'Clock JumpとJumpin' at the Woodsideなどを収録しています。
※St. Louis Bluesは1982年盤のアルバム"Farmer's Market Barbecue"にも収録されています。 他にもClark Terry & Oscar Peterson Trioのアルバム"Oscar Peterson Trio + One"(Oscar Peterson Trio Plus One)に収録されている"I Want a Little Girl"も購入しているのです。

1937年と1939年のデッカ時代の63曲を集めたThe Complete Decca RecordingsではLester Youngの優雅なテナーと対照的なブローしまくるHerschel Evansのテキサス・テナーの絶妙な演奏に加え、Buck Clayton(バック・クレイトン)のミュート・トランペットに、Freddie Green(フレディ・グリーン)のギターやJo Jones(ジョー・ジョーンズ)のドラム、そしてJimmy Rushing(ジミー・ラッシング)やHelen Humes(ヘレン・ヒュームズ)の歌が聴けます。
※ちなみにリズムセクションのギタリストのフレディ・グリーンが唯一リリースしたマスター盤は「Mr.Rhythm」です。 そして、バック・クレイトンが白人トランペッターのRuby Braffと共演した1945年頃のLP「Buck Meets Ruby」は見つかりませんが、"Blue Boy"やクレイトンのオリジナル曲を収録した「Buck Clayton and Friends」というCDがあります。

Count Basie Featuring Anita O'Day
カウント・ベイシーが1944年にケントン・ガールだったウエスト・コーストのアニタ・オデイ(1919 - 2006)とベイシー楽団のアレンジャーをつとめていたバップ・ピアニストのタッド・ダメロンのトリオをフィーチャーしたアルバムには「Count Basie Featuring Anita O'Day & the Tadd Dameron Trio (1945-1948)」があります。  オリジナルのリリースは1945年で、ジャズ・スタンダードの"What Is This Thing Called Love? "や"September in the Rain"の他に"Malaguena"などのラテン・ナンバーも収録しています。

オリジナルは編曲がニール・ヘフティの1958年のニュー・ベイシー・バンドの演奏を集めたアルバムでも尚フレディ・グリーンは健闘! テキサステナーのEddie "Lockjaw" Davis(エディ・ロックジョウ・デイビス)のマッチョなホンク「Kid from Red Bank」!私の好きなLil' Darlin'!も収録されているアルバムは「The Complete Atomic Basie」です。
Lil' Darlin'はDVD Audioの「Basie Swings」にも収録されています。

One O'Clock Jump、Topsyなどの他、私の好きなLi'l Darlin'を収録したアルバム
Count Basie's Finest HourCount Basie's Finest Hour
リル・ダーリンを収録している一番人気のアルバムは国内盤の「生誕100周年、没後20周年特別企画 ベリー・ベスト・オブ・カウント・ベイシー・ビッグ・バンド・アンド・フレンズ」です。

レスター・ヤング在籍のカウント・ベイシー楽団初期1936年-1938年の永遠の名演奏Time Out、Shoe shine boy、Lady be good、Topsyなど25曲を集めた初めての年代記的人気アルバム
Count Basie 1936-19381936-1938
(Time Out は試聴の19番)

アルバム「The Very Best of Count Basie & Duke Ellington」の全曲試聴はThe Very Best of Count Basie & Duke Ellington - Amazon.com("Do Nothing Till You Hear from Me"はディスク:2の1番)

Count Basie - The Legend (1962) LP
カウント・ベイシーのファンには垂涎のRouletteからリリースされたという幻のLPアルバムがあるそうです。 アルトサックスのソロ演奏者としての1920年代から1990年代までジャズ界で活躍したバンドリーダーでもあり、Blues in My Heart、When Lights Are Low、Blue Star、Lonesome Nights、Doozy'、Symphony in Riffsなどの作曲及び編曲で知られるBenny Carter(ベニー・カーター)が作品を提供しました。 カウント・ベイシーのアルバムで1962年のステレオ盤「The Legend Count Basie: From The Pen Of Benny Carter」(1961年の秋のニューヨーク録音らしい)にベニー・カーター作曲のピアノ曲の"The Legend"はもちろんラテン調の"Amoroso"やスウィング曲の"The Trot"などを収録しています。(他はEasy Money、Going On、The Swizzle、Who's Blueでしょうか。) 演奏はピアノのカウント・ベイシーとアルトサックスのベニー・カーターの他、ギターのFreddie Green(フレディ・グリーン)、トランペットにThad Jones(サド・ジョーンズ)、トロンボーンのAl Grey(アル・グレイ)などが参加したビッグバンドです。 国内盤としてはルーレット原盤が日本コロンビアからステレオ盤「The Legend」としてリリースされたそうです。 このLPレコードがVogueでCD化されているらしいですが、試聴は見つかりません。 「Kansas City Suite/The Legend」もしくは、Roulette BirdlandレーベルからCD化された「LP plus CD backup of 1950s Kansas City Suite , the Music of Benny Carter by Count Basie and His Orchestra」などもあるらしいです。
LP盤の画像が見られるCount Basie And His Orchestra: From The Pen Of Benny Carter - Amazon.com


私が最近聴いたカウント・ベイシ
ベイシーのオルガンとOscar Peterson(オスカー・ピーターソン)のピアノで"S & J Blues" from 「Count Basie Encounters Oscar Peterson」 又は同じくベイシー&ピーターソンのアルバムには「Satch and Josh」があります。
Count Basie & Oscar Peterson共演の"S & J Blues"の試聴はSatch and Josh - Amazon.com(10番)
She's Funny That Way from 「Basie Jam: Montreux '77」(オリジナルは1975年ライブ盤でトランペッターのHarry "Sweets" Edison( ハリー・エディソン)、トロンボーン奏者のJ.J. Johnson(JJジョンソン)やテナーサックス奏者のZoot Sims(ズート・シムズ)などが参加)
ズート・シムズなら1976年のアルバム「Basie & Zoot」のCaptain Blighを試聴。 1976年にはカウント・ベイシーのジャムセッションでブルース曲の"Kansas City Line"を収録した「Basie Jam 2」がリリースされ、トロンボーンにAl Grey、アルトにBenny Carter、ギターがJoe PassでトランペットにClark Terryが参加しています。("Basie Jam 2"は最初の「Basie Jam」に続き4曲を収録したセカンドアルバム)
ノリノリのTrio Blues from 「Montreux '77」(Jumpin' at the Woodside、One O'Clock Jump、Li'l Darlin'なども収録のライヴ盤)とか、Hoagy Carmichael(ホーギーカーマイケル)に捧げたAl Cohn(アル・コーン)とのセッション盤は「Hoagy Carmichael Sessions and More」
70年代にカウント・ベイシー楽団に参加していたDennis Rowland(デニス・ローランド)のボーカルで"Work Song"が聴けるオリジナルは1979年だった輸入盤のOn the Road
最後にレイ・ブラウンとルイ・ベルソンが参加している2Count Basie Trio"のお勧めのアルバム「For the First Time」ではカウント・ベイシーのオルガン演奏が聴けます。
そして私の好きなアルバムの1枚はスイングとバップの融合を感じるThe Gifted Ones
カウント・ベーシーのピアノとDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)のトランペットにベースがRay Brown(レイ・ブラウン)でドラムがMickey Roker(ミッキー・ローカー)のカルテットのジョイントです。 特に素晴らしいのがSt. James Infirmary(聖ジェームズ病院)!

☆2006年リリースのCount Basie Orchestra(カウント・ベイシー・オーケストラ)で歌うRay Charles(レイ・チャールス)の1973年の録音盤はレイ・チャールスが歌い、カウント・ベイシーがスイングするアルバムRay Sings, Basie Swings
2006年リリースのカウント・ベイシー・ビッグバンドの1977年コンサートのLP盤のDVD化はCount Basie Big Band 77 (Rmst Dol Dts)
Al Grey(アル・グレイ)のトロンボーンで始まる映像にはJumpin' At The WoodsideやOne O'Clock Jump を始めLi'l Darlinも収録。


カウント・ベイシー楽団の女性ヴォーカリスト
カウント・ベイシーは1930年代中頃にバンド専属だったMildred Bailey(ミルドレッド・ベイリー)、1937年からのBillie Holiday(ビリー・ホリデー)、1957年頃のElla Fitzgerald(エラフィッツ・ジェラルド)のコラボ、 1957年のアルバムでSarah Vaughan(サラ・ボーン)、40年代に共演したCarmen McRae(カーメン・マクレエ)など数多くの女性歌手と組んでいます。 その中でも貫禄のあるブルース歌手というと十代にしてシンシナティのクラブで歌っているところをカウント・ベイシーに見出されたHelen Humes(ヘレン・ヒュームズ)」です。 当時専属歌手だったビリー・ホリディと交代したヘレン・ヒュームズはジミー・ラッシンの在籍していたベイシー・バンドで1938年から1941年まで専属歌手をつとめ40年代初めに作曲して吹き込んだ"Be-baba-leba"は大ヒットとなりました。 ヘレン・ヒュームズはブルース・フェスティバルのDVD「American Folk Blues Festival 1962-1969 Vol.3」にも収録されています。 ヘレンの母の死後はピアノもレコードも売り払い一度は音楽界から身を引いてしまったのですが、1973年に開催されたNewport Jazz Festivalにはカウント・ベイシー楽団と共演しました。
Helen Humes - American Folk Blues Festival 1962 - YouTube
Marilyn Monroe(マリリン・モンロー)やEartha Kitt(アーサー・キット)のセクシーバージョンで有名な"My Heart Belongs To Daddy"は1938年にヘレン・ヒュームズが吹き込んだそうです。(CountBasie & Helen Humes - Jazz On Line.comでHelen Humes で検索、曲名をクリック、その他の1945年と1950年の曲はBe Baba LebaやPleasing Man Blues、1950年のブルージーなIf I Could Be With YouやSad Feelingが聴けます。)
この時代に1968年からWoody Herman Orchestra(ウッディ・ハーマン・オーケストラ)に在籍していたカナダ出身のトロンボーン奏者"Russ Little(ラス・リトル)"が短期間ですがカウント・ベイシー楽団に参加していたそうですが、その後は作曲及び編曲&指揮者としてカナダTVを活動の場としたそうです。

Eugene "Snooky" Young
1945年頃のヘレン・ヒュームズの録音には50年代から活躍していたプランジャー・ミュートの達人と呼ばれたジャズトランペッッターのEugene "Snooky" Young(ユージン・スヌーキー・ヤング)が参加していました。 "Little Darling"の名演奏でお馴染みのスヌーキー・ヤングはトランペッターのJonah Jones(ジョナ・ジョーンズ)も在籍していたことがあるJimmie Lunceford(ジミー・ランスフォード)楽団に1939年から1942年までに在籍していましたが、1942年頃からはカウント・ベイシー楽団(合計では10年)やLionel Hampton(ライオネル・ハンプトン)楽団に参加した後、1960年代にはRay Bryant Quintet(レイ・ブライアント・クインテット)の録音に参加し、その後ニューヨークのNBCスタジオのトランペッターとなってTonight Show Orchestraのメンバーとして70年代まで活躍しました。 ですが、自身名義のアルバムは1979年の「Horn of Plenty」など数枚だけだそうです。
クラーク・テリーの「Spanish Rice」という1966年のラテンアルバムでトランペットを吹いているスヌーキー・ヤングの試聴はSnooky Young - Fnac.com
スヌーキー・ヤングは70年代にはDuke Ellington(デューク・エリントン)、Clark Terry(クラーク・テリー)、Quincy Jones(クインシー・ジョーンズ)、ジャングル・トランペットのCootie Williams(クーティ・ウィリアムス)などと演奏しています。
Lil' Darlin - Count Basie Orchestra & Snooky Young on the plunger mute trumpet 1960 - Youtube

ヘレン・ヒュームズのカウント・ベイシー楽団時代の歌を集めた3枚組みCD
Helen Humes - Complete 1927-1950 Studio RecordingsComplete 1927-1950 Studio Recordings
試聴はComplete 1927-1950 Studio Recordings - Amazon.com

40年代中頃のアルバム「Count Basie / Kansas Jump」や「Complete 1941-1951 Columbia Recordings」、「Count Basie & his Great Vocalists」などではAnn Moore(アン・ムーア)もジミー・ラッシングと共にカウント・ベイシー楽団で活躍しました。
1945年にカウント・ベイシー楽団をバックにAnn Moore(アン・ムーア)が歌う「Jivin' Joe Jackson」が聴けるwfmuラジオのプレイリストPlaylist for Old Codger with Courtney T. Edison - January 16, 1991(Listen to this show (MP3 128K)をクリック)

一番人気のEvenin'やSent for You Yesterdayなどを収録した2006年リリースのジミー・ラッシングのアルバムは「Complete Goin' to Chicago and Listen to the Blues」
全曲試聴はComplete Goin' to Chicago and Listen to the Blues - Amazon.com


Kansas City(1996)
製作、脚本、監督ともに Robert Altman(ロバート・アルトマン)という1930年代のギャングとカンザスシティ・ジャズを描いた1996年の映画が有ります。 ノスタルジックなジャズ好きのアルトマン監督は日本では1957年にデニス・ホッパーも出演した「The James Dean Story(ジェイムス・ディーン物語)」で映画デビューしました。 Andie MacDowell(アンディ・マクダウェル)が主演した1994年の「Short Cuts(ショート・カッツ)」ではハードバップ・ピアニストのHorace Silver(ホレス・シルヴァー)が作った"Nothing Can Stop Me Now"や、エンディングで使用されたPeggy Lee(ペギー・リー)とDuke Ellington(デューク・エリントン)の合作という"I'm Gonna Go Fishin'"が"Prisoner Of Life"も歌ったイギリスのジャズ歌手であるAnnie Ross & the Low Note Quintet(アニー・ロスとロウ・ノート・クインテット)のジャズ曲を収録したサウンドトラックが話題だったそうです。 ロバート・アルトマン監督の故郷でもあるカンザスシティでのジャズを題材にした映画"Kansas City"では、カリプソ歌手のHarry Belafonte(ハリー・ベラフォンテ)がナレータとジャズ狂のマフィアのボス役を演じる他、Steve Buscemi(スティーヴ・ブシェミ)やDamage(ダメージ)のMiranda Richardson(ミランダ・リチャードソン)の名演が観られます。 本人のアーカイブ映像の他にカウント・ベイシーやレスター・ヤングそしてフレディ・グリーンやジミー・ラッシンはもとより、Coleman Hawkins(コールマン・ホーキンス)、Ben Webster(ベン・ウェブスター)、Walter Page(ウォルター・ペイジ)などは本人ではなく俳優やミュージシャン達が演じています。 その映画「カンザス・シティ」の再現された"Hey Hey Club"でのジャズ・シーンを集めた"Jazz '34(ロバート・アルトマンのジャズ)"は劇場未公開ですがDVDはあるようです。
☆貴方をカウント・ベイシーが体験した「カンザスシティ」へ誘う予告編はKansas City Trailer - VideoDetective.com
「カンザスシティ」のOSTサウンドトラックのKansas City: A Robert Altman Film - Original Motion Picture Soundtrackはジャズとギャンブルの巣窟ともいえる黒人経営の"Hey Hey Club"での夜通しのジャムセッションが再現されています。



エデン・アーベ
ジャズのスタンダードとなっている私が大好きな美しい曲の"Nature Boy(ネイチャー・ボーイ)"を作曲したのはブルックリン出身のエデン・アーベです。 カルフォルニアのポップカルチャーの異端児のようなちょっと変わったソングライターで、昔はエデン・アーベツとも表記されていました。 一般には「ネイチャーボーイ」の作曲者としてのみ知られるエデン・アーベはいわゆる一発屋なのですがそれが並大抵の人物ではなかったのですね。 この世のものとは思えないあの美しい曲の作曲及び作詞者の写真を見た時はちょっと驚きました。 ヒッピー? そうです、カルフォルニア! ハリウッド!
ビートニク以前にビート詩人でありヒッピー・ジェネレーション以前にヒッピー精神を持ったエデン・アーベは内なる静寂を求め、放浪の旅を通して人生哲学を身に付けたのだそうです。 Jack Kerouac(ジャック・ケルアック)のようなビートニク風の詩人であり、家を持たないその生活はまさに元祖ヒッピーともいえます。 ブルックリンのユダヤ家庭に生まれたエデン・アーベは早くして両親を亡くし孤児として育ったのですが、ユダヤ人がロン毛、ヒゲ、裸足というJesus Christ(イエス・キリスト)風になったという伝説的な人物です。 40年代にブルックリンからカルフォルニアに移りヒッピーのような生活を始め、名前もAlexander Aberle(アレクサンダー・アバリー)からEden Ahbez(楽園・アーベ)に変えました。

ちょっと"眉唾"ものですが、ハリウッドの街角に立ち東洋の神秘主義を説いたり、生活費は週3ドルというベジタリアンでベッジー必携のジューサーと自転車以外には所持品はなかったとか、結婚して家族もあったのですが共に寝袋で公園に寝泊りする生活だったそうです。
まさに自身が作った曲「ネイチャー・ボーイ」のタイトルのごとく、自然児を地でいったエデン・アーベでしたが、1995年に交通事故で亡くなりました。 その後、1990年代にはSpace Age Pop Music(exoticaやpsychedeliaなどのイージーリスニング)の熱狂的なファンによってエデン・アーベがリバイバルしたそうです。

Nat King Cole Sings Nature Boy
エデン・アーベが作曲した曲で一般に広く知られているのは1947年にNat King Cole(ナット・キング・コール)が歌って大ヒットとなった「ネイチャー・ボーイ」の1曲だけのようです。 「ネイチャー・ボーイ」がイディッシュ(ユダヤ)のメロディだと知った商才にたけたナット・キング・コールは公演のレパートリーに加えたいと考え、エデン・アーベからその手書きの原曲の草稿を手に入れて歌ったそうです。 一夜にしてその曲の素晴らしさが広まりとうとうキャピタルレコードでレコーディングすることになったのです。 それで行方不明のエデン・アーベを探し廻ったところ、撮影所のあるハリウッド山の映画の都を象徴するHOLLYWOODの看板の"L"字のところで野宿しているのが見つかったという逸話があります。
1949年にエデン・アーベの第二作目の「Land of Love」をナット・キング・コールが吹き込んだ後、アーべは1960年に自分のLP「Eden's Island」を吹き込むまで再び姿をくらましました。 1966年頃にBrian Wilson(ブライアン・ウィルソン)がThe Beach Boys(ビーチ・ボーイズ)とアルバム"Pet Sounds"をリリースする頃には一緒だったそうで、そのアルバムはエデン・アーベのExotica(エキゾティカ)に影響を受けとか。
※Space Age Pop(スペースエイジ・ポップス)というとExotica(エキゾティカ)やCocktail Musicなどのラウンジミュージックを含む不明な音楽のジャンルです。とりあえずロックですが完璧にジャズとはいえず、時にはちょっと難解なあるいは過激な曲もありポップスとは又程遠いようです。いわば一風変わった宿無しジャンルでしょうか。
「エキゾティカ」とはスペースエイジ・ポップスのジャンルに入る一種のワールド・ミュージックですが、軽音楽のジャンルの一つでイージーリスニングのクラブ・ミュージックを指すようです。 小編成のオーケストラにエスニックな楽器やスペース・エイジポップスの効果音などを加えることが多いようです。 50年代、60年代に流行って90年代にリバイバルしました。 主な音楽ソースはトロピカルで太平洋からカリブ、南米などブラジルやアフリカのサウンドです。 ワールドといっても枠にはまらずエスニック・サウンドを軽いポップス調にした白人向け避暑ツアー的音楽のようです。 イビザのクラブシーンなんてそうかも。 日本でも戦後にリゾートポップスが流行りました。 1948年に岡晴夫の"憧れのハワイ 航路"!

1995年にリリースされたサーフィンミュージックのコンピレーション・アルバムの「Pulp Surfin'」ではエレキのゴッドファーザーと呼ばれたLink Wray(リンク・レイ)の"Rumble"の他に前述のブライアン・ウィルソンとバンドメンバーのAndy Paley(アンディ ・ ペイリー)のコラボで"In My Moondreams"とエデン・アーベの"Full Moon"が一緒に収録されています。 「Pulp Surfin'」のCD画像はまさに1994年の映画「Pulp Fiction(パルプ・フィクション)」のUma Thurman(ユマ・サーマン)をもじっているのでしょうか。
アーべは他の6人ほどのミュージシャンに全ての権利を分け与えたので自分は何もなくなってしまったそうですが、ナット・キング・コールの死後にコール夫人がその著作権をアーベに返してくれたそうです。
※ちなみにFull Moonはソーシャル・ミュージック・プラットフォームのLast.fmで一番人気のエデン・アーベの曲です。

アーべのネイチャー・ボーイはHerman Yablokoff(ハーマン・ヤブラコフ)のYiddish(イディッシュ=ユダヤ)の歌でSchweig Mein Hertz (Be Still My Heart)を元に、友人が話してくれた彷徨う少年のファンタジーを歌にしたといわれています。 和解しましたが、エデン・アーベの「ネイチャー・ボーイ」は当時レコード会社(ラジオ局?)との著作権問題も生じたそうです。
※ハーマン・ヤブラコフはベラルーシ(白ロシア)から渡米してきたユダヤ人の音楽家でラジオ番組の音楽を担当し既に名が知れていました。

「ネイチャー・ボーイ」がナットキングコールでヒットすると、続々とFrank Sinatra(フランク・シナトラ)やDick Haymes(ディック・ヘイムス)やSarah Vaughan(サラ・ヴォーン)などが吹き込んでそれぞれがチャート入りしていますが、新しいところではBobby Darin(ボビー・ダーリン)という女性コーラスをバックにボビーが"Sha-la-la-la-lu...♪" という裏声も入れた独特のバージョンを1961年に「Things & Other Things」というLPに吹き込みました。
※私の手持ちのシングルEP盤ではこの曲はなんと「Come September(九月になれば)」のB面に収録されています。
他にも1930年代から活躍したダンスバンドのMantovani & his orchestra(マントヴァーニ楽団)も演奏しています。
※ディック・ヘイムズはケティ・レスターで大ヒットした「ラヴレター」のオリジナルを1945年に歌った歌手ですが「Stella By Starlight」というアルバムに"Nature Boy"を収録しています。
Listen若きフランク・シナトラのネイチャー・ボーイが聴けるwfmuラジオのプレイリストPlaylist for Scott Williams - September 30, 2002(Listen to this show (RealAudio)をクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を最後の方、2:57:30に移動)
他には、指パッチンでスウィングして歌う低音のバラード歌手のJohnny Hartman(ジョニー・ハートマン)の"Nature Boy"がありますがアルバム「For Trane」に収録されています。

"There was a boy, a very strange, enchanted boy..."と歌われる「ネイチャー・ボーイ」の歌詞はNature Boy Lyrics - SING365.com

ネイチャー・ボーイの映画
まさに"エデン=楽園"のように美しい曲「ネイチャー・ボーイ」は1948年にJoseph Losey(ジョセフ・ロージー)監督のアメリカ映画「The Boy with Green Hair(緑色の髪の少年)」のテーマ曲として使用されました。出演したおはブルーベルベットのDean Stockwell(ディーン・ストックウェル)やRobert Wise(ロバート・ワイズ)監督の「The Set-Up(罠)」に出演したRobert Ryan(ロバート・ライアン)です。 最近では1999年にアンソニー・ミンゲラ監督のThe Talented Mr. Ripley(リプリー)でMiles Davis(マイルス・デイヴィス)の演奏バージョンがサントラにも収録されています。 そして2001年のミュージカル映画の「Moulin Rouge(ムーランルージュ)」では冒頭とエンディングにDavid Bowie(デヴィッド・ボウイ)が"ネイチャー・ボーイ"を歌っています。
Miles Davis with Charles Mingus - Nature Boy - Grooveshark.com
David Bowie - Nature Boy (Moulin Rouge) - YouTube

Nature Boy in "Untamed Heart"
Tony Bill(トニー・ビル)が監督した2004年のAlfie(アルフィー)に出演したMarisa Tomei(マリサ・トメイ)と、1995年にKevin Bacon(ケヴィン・ベーコン)が死刑囚を演じた「Murder In The First(告発)」に出演したChristian Slater(クリスチャン・スレイター)が悲恋の恋人を演じた超泣ける1993年の映画「Untamed Heart(忘れられない人)」があります。 二人が聞く重要なカギとなっている音楽が"Nature Boy(ネイチャーボーイ)"で、特にラストシーンで心臓病で逝った恋人を偲んでヒロインがレコードで聴いたピアノ演奏の"Nature Boy"が涙を誘います。 映画音楽はCliff Eidelman(クリフ・エデルマン)ですがBrook Bentonの"This Time Of The Year"、Suzanne Vegaの"Tom's Diner"などと共にナット・キング・コールとRoger Williams(ロジャー ウィリアムス)の"Nature Boy"が使用されています。(サントラには収録されていません。) ロジャー ウィリアムスはJuilliard(ジュリアード音楽学校)でTeddy Wilson(テディ・ウィルソン)などにジャズピアノを師事、まさにハラハラと落ち葉が舞うがごとくの1955年の"Autumn Leaves"がビルボードのチャート入りを果たしたピアニストです。

2000年にはタイトルもまさに"Nature Boy"というテレビ向け映画でCallum Keith Rennie(カラム・キース・レニー)がエデン・アーベの役を演じNat King Cole(ナット・キング・コール)の映像もあったようです。 カラム・キース・レニーは日本では1997年に海外テレビドラマのLa Femme Nikita(ニキータ)の第9話「Gray(盗まれた秘密)」と「Choice(許されぬ恋)」にGray Wellman(グレイ・ウェルマン)役でゲスト出演したことがある他、2000年にMemento(メメント」のDodd役でも知られています。


Eden's Island
エデン・アーベの主なオリジナルLPアルバムはexotica(エキゾティカ又はエキゾティック・サウンド)とビートニク風な詩の朗読を収録した1060年のEden's Island(エデンの楽園)と、死後にリリースされたEden's Islandと同じような「Echoes from Nature Boy」ですが1995年にCD化されました。
ページトップの画像はオリジナルが1960年のリリースの輸入盤で幽玄の美ともいわれるインストゥルメンタル(イージーリスニング)のアルバムです。
「Eden's Island」の試聴はEden's Island - Amazon.com
ジャズ界からはPaul Moer(ポール・モアー)をフィーチャーし、エデン・アーベのビートニク風の詩の朗読も収録しています。
※ジャズピアニストであり作曲家でもある"ポール・モアー"は50年代にBenny Carter(ベニー・カーター)、Stan Getz(スタン・ゲッツ)、Shorty Rogers(ショーティー・ロジャース)など一緒に演奏したミュージシャンで、65年頃からRosemary Clooney(ローズマリー・クルーニー)のツアーに参加していたそうです。 Paul Moer Trio(ポール・モアー・トリオ)としては幻の名盤といわれる「The Contemporary Jazz Classics of the Paul Moer Trio」があります。
☆アルバム「Eden's Island」の曲目
1. Eden's Island(エデンの楽園)
2. The Wanderer(放浪者)
3. Myna Bird(ミナ・バード)
4. Eden's Cove(エデンの洞窟)
5. Tradewind(トレイドウィンド)
6. Full Moon(フル・ムーン)
7. Mongoose(マングース)
8. Market Place(マーケット・プレイス)
9. Banana Boy(バナナ・ボーイ)
10. The Old Boat(オールド・ボート)
11. Island Girl(アイランド・ガール)
12. La Mar(ラ・マー)
13. The Wanderer(放浪者)(Alternate Take)
14. Surf Rider(サーフ・ライダー)

The Singing Prophet
1950年代初期に初のエデン ・ アー ベ関連のアルバムとしては、低音の魅力のHerb Jeffries(ハーブ・ジェフリーズ)がエデン・アーベの曲を吹き込んだ美しくミステリックなモノ録音のコラボLPで「The singing prophet(歌う預言者?)」があります。 A面が「The Legend of Nature Boy」組曲でB面はハーブ・ジェフリーズのオリジナル曲です。曲の合間には例のごとくエデン・アーベの朗読が入ります。
SPACE AGE POP MUSICのプレイリストではアルバム「Eden's Island」からエデン・アーベのIsland GirlがSpace Age Pop Music - Program 12とLa MarがSpace Age Pop Music - Program 4、そしてAl Hirt(アル・ハート)のNature BoyがSpace Age Pop Music - Program 14で聴けます。(それぞれProgramの数字をクリックですが、私の場合は設定のiTunesが開いて聴けないのでRealPlayerに変更して聴きます。)
★WhistlingRecords.comのFEATURED ALBUM ARCHIVE
ハーブ・ジェフリーズは1940年代にSidney Bechet(シドニー・ベシェ)楽団やDuke Ellington(デューク・エリントン)楽団などで歌っていたハンサムで美しい声のブロンズ肌のジャズ歌手です。
1953年に「PIckup」のファムファタルを演じたBeverly MIchaels(ビヴァリー・マイケルズ)が主演した1953年のフィルムノワール映画「Wicked Woman(悪女という意味)」のテーマ曲を歌いました。(悪女が殺害を企む相手は自分の夫ではなくメキシコに行くためにそそのかしている酒場の主人のアルコール依存症の妻であるから1946年の名作「The Postman Always Rings Twice (郵便配達は二度ベルを鳴らす)」とは逆ですが、「Wicked Woman」の冒頭のシーンで全編通して着ている白いスーツ姿のビヴァリー・マイケルズが演じる流れ者のビリーがバスから降りた時とラストにバスに乗り込む時にハーブ・ジェフリーズが歌うテーマソングが流れます。 なんと「Miracle on 34th Street(三十四丁目の奇蹟)で酔っ払いサンタクロースを演じたPercy Helton(パーシー・ヘルトン)がこのビリーという悪女にゾッコンとなりいいように毟られますがビリーの悪事に感づき逆に脅してデートを迫りますがこのことがビリーのアカプルコの夢を壊し、ビリーはニューヨークへの片道切符を手にするのです。次なるカモを求めて。)


The World of Nat King Cole
エデン・アーベ作曲のネイチャー・ボーイによりナット・キング・コールはジャズとポップスの中道を行くパイオニアとして大成功しましたが、一方、白人に媚びたステージマナーと歌唱法だとして黒人間では不評を買ったそうです。(差別されていた黒人の間でも色々と差別があったそうです。) ネイチャー・ボーイの他に日本で有名なIt's Only A Paper Moon、Route 66、Too Young、L-O-V-Eなどのナット・キング・コールの代表曲28曲を収録したアルバムは全てCapitol (キャピタルレコード)の録音でナット・キング・コール年代記ともいえます。1965年のナット・キング・コールの死後40周年を記念して2005年に発売されました。
Nature Boy in The World of Nat King ColeThe World of Nat King Cole
☆上記の曲の他にもJosephine BakerのJ'ai Deux Amours(二つの愛)をカバーした"Two Love Have I"などがありますが、"Pretend you're happy when you're blue..."と歌われたロマンティックなPretend Lyrics - Music Yahooの歌詞は格別です。
Nat King Cole - Nature Boy with lyrics - YouTube


Moulin Rouge
2001年のミュージカル映画「Moulin Rouge(ムーランルージュ)」のサウンドトラックでは、エデン・アーベのNature Boy(ネイチャー・ボーイ)をDavid Bowie(デビッドボーイ)がオープニングとクロージングに違うバージョンで歌っています。
珍しくはキャバレーシーンで見られたNirvana(ニルヴァーナ)のKurt Cobain(カート・コベイン又はカート・コバーン)が書いた"Smells Like Teen Spirit"ですが、映画での使用は出来てもサントラに収録することはできなかったようです。 映画で娼婦を演じたNicole Kidman(ニコール・キッドマン)がシンガーソングライターのRandy Crawford(ランディ・クロフォード)が1980年に歌った"One Day I'll Fly Away(ワン・デイ・アイル・フライ・アウェイ)"などを歌う他、共演のEwan McGregor(ユアン・マクレガー)やChristina Aguilera(クリスティーナ・アギレラ)やPink(ピンク)などが歌う"Lady Marmalade(レディ・マーマレイド)"などがThe Beatles、 Whitney Houston、U2など70年代のミュージシャンの曲をカバーしています。
Moulin Rouge/ムーラン・ルージュムーラン・ルージュ
試聴はMoulin Rouge Soundtrack - Amazon.com


ネイチャー・ボーイを演奏しているアーティスト
有名ジャズメンがエデン・アーベの美しい旋律のネイチャー・ボーイをこぞって演奏しています。
① ビバップからフュージョン(クロスオーバー)までジャズ・トランペットの巨匠と呼ばれるMiles Davis(マイルス・デイビス)が演奏する"Nature Boy"が収録されているアルバムは「Blue Moods」です。
② マイルス・デイヴィス・クインテットに参加していたテナー・サックス奏者のJohn Coltrane(ジョン・コルトレーン)の"Nature Boy"が収録されているのは3枚組アルバムの「Retrospective: Impulse」で、ディスク:3の4番に収録されています。
③ 私の大好きな40年代以降活躍したジャズのテナーサックス奏者であるIke Quebec(アイク・ケベック)が演奏しているアルバム「Heavy Soul」では8番に収録されています。
※1959年にBlue Note Recordsと再契約してジャズ界にカムバックした40年代スイングジャズのアイク・ケベックの1961年のLP盤を2005年にCD化したものでアイクのエモーショナルなサックス演奏が聴けます。
④ MJQの演奏する"Nature Boy"が収録されているアルバム「The Best Of Modern Jazz Quartet」では5番に収録されています。
⑤ J.J. Johnson(JJジョンソン)とJoe Pass(ジョー・パス)の共演盤「The J.J. Johnson Memorial Album」では15番に収録されています。
⑥ Charlie Parker(チャーリー・パーカー)、Dizzy Gillespie(ガレスピー)、Bud Powell(バド・パウエル)とMax Roach(マックス・ローチ)が参加しているベース奏者のCharles Mingus(チャーリー・ミンガス)のDebut Records(デビュー・レコード)の12枚CDセットで演奏時間が14時間という素晴らしいアルバムは「The Complete Debut Recordings」
"Nature Boy"の試聴はComplete Debut Recordings - Amazon.com(ディスク:8の10番ですが試聴では116番になっています。)

ウエスト・コーストの白人アルトサックス奏者でアドリブの天才といわれるArt Pepper(アート・ペッパー)が16枚組みアルバム「Complete Galaxy Recordings」のディスク:9でNature Boyを演奏しています。(オリジナルは1989年リリース)

※ついでというには素晴らし過ぎですが、情報が見つからないBarney Wilen(バルネ・ウィラン)の「Tilt
テナーサックス奏者のバルネ・ウィランは「死刑台のエレベーター」などのサウンドトラックで有名になったフランスのサックス奏者です。
Oscar Peterson(オスカー・ピーターソン)の「Very Tall Band」 →試聴が「Very Tall Band - Amazon.com」 (6番Preview)
人気はテナーサックス奏者のZoot Sims(ズート・シムズ)のアルバム「The Bossanova Session」にも"Nature Boy"が収録されています。
☆いずれも素晴らしい演奏ですが、あなたはどのネイチャー・ボーイがお好き?


Brigitte Bardot
Bebé: La merveilleuse Actrice Francaise

ハリウッドにM.M.(マリリン・モンロー)あれば、パリにB.B.(ブリジット・バルドー)あり!
昨今人気の"あひる口(アヒルグチ)"! 、じゃなくて"への字口"をとがらせていつも不平を言っているようなベベが可愛い!
天然プロンドじゃないけれど、麦わらのように黄色い髪の毛を掻きあげるベベが可愛い!
まるでバービー人形のように突き出た胸と華奢な長い手脚のベベが可愛い!
媚びることなく自然体でしかも大胆にふるまうベベが可愛い!
時々ベベの名前をブリジッド・バルドーと表記したブログを見ますが、実は私も昔は間違えていたのです。 そのブリジット・バルドーは私が殆どのベベ主演映画を観たほど好きなフランス女優の一人で、特に60年代までの可愛いベベが最高!(70年代の映画は興味なし。)

恋多き女 "BéBé(ベベ)"
バレーを習っていたブリジット・バルドーはその鍛えたしなやかな肢体を活かして16歳でフランスの有名ファッション誌「ELLE」のモデルになりますが、その頃に雑誌Paris Match(パリ・マッチ)の記者で後に脚本家となりその後は映画監督になったRoger Vadim(ロジェ・ヴァディム)と知り合いました。
1952年に日本未公開のLe Trou Normand(素晴らしき遺産)で映画デビューしたベベは続いて同年に「Manina, la fille sans voile(ビキニの裸女)」で注目され、19歳でロジェ・ヴァディムと結婚した後、監督になった夫ヴァデムの第一作目の映画で主演しました。 その映画が「Et Dieu créa la femme(素直な悪女)」ですが、共演したJean-Louis Trintignant(ジャン・ルイ・トランティニャン)と行方を晦ましたとか。 それでロジェ・ヴァディムと1957年に離婚、同じく離婚したトランティニャンをふって新たに歌手とお付き合いを始めたのだそうです。 そして世界第二次世界大戦のドイツとイギリスとフランスの軍の攻防を舞台にベベがスパイを演じた1959年の「Babette s'en va-t-en guerre(バベット戦争に行く)」で共演したJacques Charrier(ジャック・シャリエ)と結婚し一児を儲けます。
Babette Goes To War (1959) Trailer - Archive.org
ところが1960年に「La Verite(真実)」で共演したSami Frey(サミー・フレイ)と又々仲良くなってシャリエとは3年で離婚、その後もドイツの大富豪との再々婚中の1959年には「Voulez-vous danser avec moi? (Sexy girl / 気分を出してもう一度)」で共演したSerge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)との恋や実業家などと数々のロマンスがありますが結婚はたった4度だけです。
一緒に失踪したけれどふられたトランティニャンとベベのツーショットはBrigitte Bardot and Trintignant - Oldiecole.com(canetti avec brigitte bardot et trintignantをクリック、右の二人)
1965年のパリのサンジェルマンのカフェ"Cafe de Flore"でサミー・フレイとベベ(奥の二人。)
「気分を出してもう一度」のゲンズブールとベベの写真はA Tribute to Gainsbourg(小さいのが1枚だけ)

ブリジット・バルドーの初期の作品集
私の好きな可愛いYe-Ye(イエイエ)娘のBBの出演作品は60年頃までで、「私生活」と「軽蔑」の後は当時は殆ど観ておらず、後にテレビの名画座で観ました。 この「私生活」と「軽蔑」の間に伝説のヌーヴェルヴァーグ監督といわれるJacques Rozier(ジャック・ロジェ)のドキュメンタリーの小作品が2本あるのです。 1963年に「Bardot et Godard(バルドー/ゴダール)」と「Paparazzi(パパラッツィ)」の2本が作られたそうですがいづれも20分という短編なので劇場公開したかは不明です。 両方とも登場人物は「軽蔑」を監督したジャン=リュック・ゴダール、出演したブリジット・バルドー、ミシェル・ピッコリ、ジャック・パランス、フリッツ・ラングで、音楽を担当したのが「Pierrot le fou(気狂いピエロ)」のAntoine Duhamel(アントワーヌ・デュアメル)です。 この幻のジャック・ロジェの6作品が2010年の秋に日本で上映されるそうです。
1956年 En effeuillant la marguerite(裸で御免なさい)
1955年にはRene Clair(ルネ・クレール)が監督してGerard Philipe(ジェラール・フィリップ)が主演した大人の恋愛映画「Les Grandes Manoeuvres(夜の騎士道)」やRalph Thomas(ラルフ・トーマス)監督でべべが"Je Ne Sais Pas"を歌って(イギリスのポップス歌手のJill Day(ジル・デイ)が吹き替え)Dirk Bogarde(ダークボガード)と共演した Doctor at Sea(私のお医者さま)など何本かに出演した後、やっとベベの本領発揮!
英語のタイトルは「Plucking the Daisy」 又は「Madamoiselle Strip Tease!」という「裸で御免なさい」は当時夫だったRoger Vadim(ヴァディム)がMarc Allégret(マルク・アレグレ)と共同で脚本を書き、マルク・アレグレが監督したベベがDaniel Gélin(ダニエル・ジェラン)や1962年にヴァデムが監督した「Vice and Virtue(悪徳の栄え)」にも出演したイタリア女優のLuciana Paluzzi(ルチアナ・パルッツィ)などと共演したストリップが売りのコメディ映画です。
マルク・アレグレはJean-Paul Belmondo(ジャン=ポール・ベルモンド)やMylene Demongeot(ミレーヌ・ドモンジョ)などのフランス映画の若手が大勢出演した1958年の「Sois belle et tais-toi(黙って抱いて)」を監督しています。
「裸で御免なさい」の英語のタイトルは正に「Mademoiselle Striptease(マドモアゼルのストリッパー)」! なんでお嬢さまがストリップ劇場に出演するかって? 上京したお嬢さまはフランスの大文学者であるバルザックの博物館の管理人をしている兄が保管する本を売り払ってお小遣いにしていたところ、知らずに貴重なHonoré de Balzac(バルザック)の初版本まで売ってしまったので、その本を買い戻すための賞金稼ぎだったのです。
映画音楽はジャン・ポール・ベルモンドの「二重の鍵」や「いぬ」で知られるPaul Misraki(ポール・ミスラキ)です。 ポール・ミスラキはシャンソン歌手のCharles Trenet(シャルル・トレネ)やGypsy SwingのギタリストのDjango Reinhardt(ジャンゴ・ラインハルト)などの編曲をしています。
「裸で御免なさい」のビデオクリップが観られるMademoiselle Striptease - liketelevision(WATCH IT!、又はPart one〜Part fiveをクリック、4/1画面)
☆恥ずかしそうにストリップの舞台に立つベベのストリップ・シーンだけはBrigitte Bardot strip scene - liketelevision(Google Chromeでは観られない。)

画像は2001年に発売された日本語字幕版「裸で御免なさい」のDVDですが現在は入手困難になっているのでリンクは2010年に発売されたDVDになっています。
En effeuillant la marguerite - Plucking the Daisy裸で御免なさい HDニューマスター版 [DVD]


1956年 Et Dieu... cre´a la femme(素直な悪女)
上記の画像は輸入版(原語)のVHSビデオです。
B.B., St. Tropez, Simca and Club 55!
「素直な悪女」にはサントロペ! ストリップ映画の後にはセクシー・マンボ!
「素直な悪女」は当時ベベの夫だったロジェ・ヴァディムの監督デビュー作品です。 フランスよりアメリカで人気だった映画で、英語ではオリジナルも「And God Created Woman」というタイトルですが、そのセクシーな内容のために50年前アメリカでの公開当時はカトリック教会側から非難されたそうです。 とはいうもののベッドシーンはおろか大胆なヌードも殆どありません。 ベベが一夜にして世界中で話題の人となったオープニングの全裸での日光浴シーンとスカートを捲り上げてのマンボ・ダンスとベッドシーンがほんのちょっと、だけ。
妻を脱がせて大女優に育て上げるロジェ・ヴァディム監督の例に違わず、当時21歳の妻だったベベが裸足になりスカートを捲り上げて踊るセクシーなダンスシーンが一番の呼び物となりました。 どうせレオタードだとは思っても黒いパンティ部分が覗けて悩ましい、かも。
B.B.'s Mambo Dance in And God Created Woman - YouTube
And God Created Woman Trailer- YouTube
☆フランス版のLPだそうですが「素直な悪女」の2曲収録のサウンドトラックのかなり長いクリップが試聴出来るAnd God Created Woman OST LP - JET SET(右上のTracklist / Sample、OSTだからベベのセリフ入り!音も素晴らしい!)
1988年にロジェ・ヴァディムは日本未公開ですが21歳だったRebecca De Mornay(レベッカ・デモーネイ)を主役にリメイクで「素直な悪女」よりもっとヌード・シーン(VHSカスタマーイメージ・ギャラリー)の多いもっとエロい「And God Created Woman(可愛い悪女)」を監督しました。 ちなみにアメリカ女優のレベッカ・デモーネイは1983年の「Risky Business(卒業白書)」でTom Cruise(トム・クルーズ)と、そして1996年にはデモーネイが製作総指揮を取ったという「Never Talk to Strangers(ストレンジャー)」ではAntonio Banderas(アントニオ・バンデラス)と激しいラヴシーンを演じています。 私が観たレベッカ・デモーネイのテレビ版ホラー映画の「The Shining(シャイニング)」では脱ぎません。
※1950年代のスポーツカーSimcaはベベのお気に入りだったとか。 このなかにあるでしょうか?→Les SIMCA Vedette
B.B. et Simca

この映画「素直な悪女」の後にSt. Tropez(サントロペ)が有名になってブルジョワの高級リゾート地として定着したとか。 ジャン・コクトーとかパブロ・ピカソなどの文化人も足を運んだ歴史的サンダル屋のK. Jacques(カジャック)もサントロペにあります。(ベベが愛用したスリッパ(Ballet Flat)はもちろん、日本で販売されているDisc SandalsやコルクサンダルなどはK.Jacques St. Tropezがモデルらしいです。)
ピカソやコクトーなどの芸術家、カミユやサルトルやボーヴォワールなどの哲学者、グレコやゲンズヴールなどの音楽家などなど当時の文化人がたむろしていたパリのSaint Germain des Pres(サンジェルマン・デ・プレ)ではベベもお仲間でしたが、同様にサントロペにも時の人たちが集まり、ベベも別荘を建てました。 そんな人達の中にはあの有名なスペインのシュールな画家のPablo Picasso (パヴロ・ピカソ)もいました。そしてなんとピカソもベベが大好きでした! 1950年代の写真集PANNELLO N. 4 -CULTURA E SPETTACOLOにあるベベとピカソの写真はPablo Picasso nel suo studio con Brigitte Bardot, 1958(上から6枚目)

「素直な悪女」でベベと共演したのが1959年の「The Blue Angel(嘆きの天使)」でMay Britt(メイ・ブリット)が演じたローラにキリキリ舞いさせられたドイツ俳優のCurd Jürgens(クルト・ユルゲンス)と、Estate Violenta(激しい季節)で未亡人を恋するハンサムなJean-Louis Trintignant(ジャン・ルイ・トランティニャン)、「I Dolci inganni(17才よさようなら)」でCatherine Spaak(カトリーヌ・スパーク)をもて遊んだセクシーなChristian Marquand(クリスチャン・マルカン)、1951年の「禁じられた遊び」でミシェル少年を演じたGeorges Poujouly(ジョルジュ・プージュリー)などです。 ジョルジュ・プージュリーはこの作品の後、 死刑台のエレベーターひと夏の情事に出演しました。
「Et Dieu Crea La Femme(素直な悪女)」はベベが一番可愛い映画でしたが、撮影終了後になんと監督の妻であるベベと新人俳優のトランティニャンが遁走しました。 これがベベとヴァディムの離婚の原因。 「素直な悪女」のビデオクリップが観られるAnd God Created Woman - LikeTelevision(左のWATCH Preview Clip!をクリック)
「素直な悪女」の写真が見られるPiace a troppi Photos - FILM.TV.IT
BB et Simca
自動車のサイトですが「素直な悪女」のスチール写真とビデオクリップが観られるEt Dieu Crea La Femme - Lancia Aurelia B24 Spider America (1955)(サムネイルのMOVIEをクリック、当時のフランスのメーカーでクライスラーに買収されたSimcaのクーペや55年Lanciaなどのクラシックカーが見られます。Rouge Decapotable(ざくろ 色のデカポタブル)などかっこいいヴィンテージ・カー。
Bardot et Renault Florida

ベベが一番可愛い!と私が思う「素直な悪女」のDVDです。
画像は2002年発売の「素直な悪女(トールケース仕様)」のDVDですが現在入手困難なのでリンクは2010年の最新版になっています。
Et Dieu Crea La Femme素直な悪女 HDニューマスター版

「素直な悪女」の音楽は「裸で御免なさい」と同じくPaul Misraki(ポール・ミスラキ)ですが、シャンソン歌手のGilbert Bécaud(ジルベール・ベコー)の"Mon coeur éclate"がラジオから流れるそうです。
Et Dieu Crea La Femme V.1現在は入手困難ですがポール・ミスラキの映画音楽シリーズの「Musiques Originales De Films/Vでは「素直な悪女」からEt Dieu Cre´a La Femme、Tren Tren、Porque Nao、Bb Cha Cha、Fie`vre Tropicale、No Quiero Suffrirが収録されているポール・ミスラキの映画音楽集です。
☆オリジナルは1957年リリースの「素直な悪女」のサントラはAnd God Created Woman
Mambo Samba Cha Cha by Paul MisrakiMambo Samba Cha Cha
Mambo Samba Cha Chaの試聴はmusicMe


1956年 Cette sacrée gamine(この神聖なお転婆娘)
英語のタイトルはThat Naughty Girlという「この神聖なお転婆娘」は1956年から1960年まで立て続けに映画出演しているベベが「素直な悪女」に出演する前にまだ結婚していないロジェ・ヴァディムが脚本を書いたポップス・ミュージカルに本来のブルネット(又は赤毛)で登場しています。 音楽が「Une parisienne(殿方ご免遊ばせ)」と同じくアンリ・クロラですが、この映画でベベが歌った主題歌の"Cette Sacree Gamine"は、「シェルブールの雨傘」でカトリーヌ・ドヌーヴの吹き替えをしたMichel Legrand(ミシェル・ルグラン)の姉で、2011年11月に亡くなりましたが"The Swingle Singers(ザ・スウィングル・シンガーズ)"で活躍したChristiane Legrand(クリスチャンヌ・ルグラン)だと言われています。 60年代以降はフレンチポップスが売りに売れたベベですが、1955年のDoctor at Sea(私のお医者さま)や「この神聖なお転婆娘」の辺りまではセリフも歌も吹き替えが多かったかもしれません。 1957年の「殿方ご免遊ばせ」はMichel Boisrond(ミシェル・ボワロン)監督でCharles Boyer(シャルル・ボワイエ)や Henri Vidal(アンリ・ヴィダル)と共演したコメディです。
褐色の髪のベベが歌う映画「この神聖なお転婆娘」のDVDです。
Brigitte Bardot - Cette Sacree Gamineこの神聖なお転婆娘

Une Parisienne(殿方ご免遊ばせ)
Brigitte Bardot - Une parisienne VHS殿方ご免遊ばせ HDニューマスター版 [DVD]
上記の画像は「殿方ご免遊ばせ」のVHS「Une Parisienne (Sub)」ですが、現在は入手困難となっているのでリンクは2010年7月発売の日本語字幕版DVDになっています。


1958年 Les bijoutiers du Clair de Lune(月夜の宝石)
英語の題名はThe Night Heaven Fellという月夜の宝石は、いつもは自由奔放なセクシーギャルを演じるベベが珍しく殊勝な(?)女の子役に挑戦したシリアスな映画でヴァディム監督の長編映画3作目です。 いつもは男たちを翻弄するベベが叔母を殺したハンサムな悪党を愛してしまったなんて! こんな可愛そうなベベはこの映画くらいでしょう。 ハンサムな英国俳優のStephen Boyd(スティーヴン・ボイド)とクール・ビューティのAlida Valli(アリダ・ヴァリ)が共演したスペインロケが素晴らしい映画で露出度は「素直な悪女」の次くらいでしょうか。

1958年 En cas de malheur(可愛い悪魔)
「可愛い悪魔」は80冊余と多作を誇るメグレ警視シリーズで人気の仏ミステリー作家のGeorges Simenon(ジョルジュ・シムノン又はシメノン/1903-1989)の1956年の作品「In case of accident(予期せぬ出来事が起きたら)」をClaude Autant-Lara(クロード・オータン=ララ)監督が映画化したものです。 「可愛い悪魔」の英語のタイトルは「Love is My Profession」
「可愛い悪魔」では、初老のJean Gabin(ジャン・ギャバン)と共演して魅力的な三流泥棒のイヴェットをベベが演じました。 イヴェットを救ったアンドレ弁護氏の恋人になるも恩人に不実なイヴェットで、お金持ちのアンドレが宝石や毛皮を買い与えてもイヴェットの心は買うことは出来ず、若い男のもとへと。。。 「可愛い悪魔」もアメリカではヌードシーンなどのため宗教団体から抗議があり大分カットされたそうですが往年のジャン・ギャバンとベベでは釣り合いが取れていないかも。
「可愛い悪魔」のオリジナル・サウンドトラックはフランスの作曲家のRené Cloërec(ルネ・クロエレック)の音楽です。 フランスでリリースされたルネ・クロエレックの映画音楽集でベベとギャバンのCD画像が見られるフランスのLes plus belles musiques de films de rene cloërec - Amazon.fr
※「可愛い悪魔」のポスターやDVDカバー画像が見られるEn cas de malheur - DVD Beaver.com
※クロード・オータン=ララはジェラール・フィリップ主演で1947年の「Le diable au corps(肉体の悪魔)」や1954年の「Le rouge et le noir(赤と黒)」を監督しています。

1959年 La Femme et le pantin(私の体に悪魔がいる)
1955年に「Marianne de ma jeunesse(わが青春のマリアンヌ)」などを監督したフランス映画の巨匠と呼ばれるJulien Duvivier(ジュリアン・デュヴィヴィエ)がベベを主演に監督した映画は「私の体に悪魔がいる」です。 映画タイトルのフランス語は「女と操り人形」という意味で、英語のタイトルは「A Woman Like Satan」といいます。 男を破滅に追いやるジプシー女を演じたベベがこの映画でもストリップのダンサーとなり可愛いお尻を見せています。 音楽は1954年の「現金に手を出すな」と1958年の「黙って抱いて」で音楽を担当したJean Wiener(ジャン・ヴィーネ)とJose´ Rocca(ホセ・ロカ)の作曲です。
※私の好きなJulien Duvivier(ジュリアン・デュヴィヴィエ)監督の映画には1936年にJean Gabin(ジャン・ギャバン)主演の「La Belle Equipe(我等の仲間)」や「Pepe-Le-Moko(望郷)」、Louis Jouvet(ルイ・ジューヴェ)が出演したのは1936年の「Les Bas Fonds(どん底)」やMarie Bell(マリー・ベル)が主演した1937年の「Un Carnet de bal(舞踏会の手帖)」や1939年のLa Fin du jour(旅路の果て)、そしてDanielle Darrieux(ダニエル・ダリュー)主演のPot-Bouille(奥様ご用心)や1953年にエレオノラ・ロッシ・ドラゴが出演した「L'Affaire Maurizius(埋れた青春)」などの他には1962年の「Le diable et les dix commandements(フランス式十戒)」がありますが、日本で一番人気は1951年の「Sous le ciel de Paris coule la Seine(巴里の空の下セーヌは流れる)」でしょうか。

1959年 Voulez-vous danser avec moi?(気分を出してもう一度)
英語のタイトルは「Come Dance With Me」というMichel Boisrond(ミシェル・ボワロン)監督のミステリ・コメディ「気分を出してもう一度」に出演した時に出会ったセルジュ・ゲンズブールはベベの音楽に多大なる影響を与えました。 この映画には「殿方ご免遊ばせ」で共演した当時売れっ子だったアンリ・ヴィダルが主演しました。 アンリ・ヴィダルはRobert Hossein(ロベール・オッセン)の「Les Scélérats(危険な階段)」に出演したMichèle Morgan(ミシェル・モルガン)と結婚していたそうですが「気分を出してもう一度」の撮影が終了した時に亡くなったそうです。 アンリ・ヴィダルは同年にFrancoise Arnoul(フランソワーズ・アルヌール)と 「La Bête à l'affût(爪を磨く野獣)」、Mylene Demongeot(ミレーヌ・ドモンジョ)と「黙って抱いて」に立て続けに出演していましたから過労だったのでしょうか。 「気分を出してもう一度」ではヴィダルやゲンズヴールの他にはこの翌年の1960年に「Les Menteurs(激しい夜)」に出演したDawn Addams(ドーン・アダムス)やダンス教師を演じたDarío Moreno(ダリオ・モレノ)とも共演しています。

1960年 La verite(真実)
ベベの虜となってしまったHenri-Georges Clouzot( アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)が監督した「真実」の撮影時はジャック・シャリエと婚姻中だったベベですが、恋人を演じたSami Frey(サミー・フレイ)と実生活でも恋仲となりました。 しかしあれやこれやで精神的に疲れてしまったベベは撮影中に自殺未遂をおこし、この経緯がルイ・マル監督の1961年の「私生活」で描かれたそうです。
サミー・フレイは日本ではパスカル・オードレと共演した1958年の「Les bJeux Dangereux(危険な遊び)」がデビュー作です。

1961年 La Bride sur le cou(何がなんでも首ったけ)
ベベの着ぐるみヌードが可愛い「何がなんでも首ったけ」はロジェ・ヴァディムが脚本と監督に名を連ねている他、 「殿方ご免遊ばせ 」の脚本家であるJean Aurel(ジャン・オーレル)が監督として、又脚本はClaude Brule´(クロード・ブリュレ)も担当しています。 オリジナルサウンドトラックのEP盤にはシングルでもリリースされたLes Aymara(アイマラ)の"La B.B. Bamba"と"Al Bondy cha cha"も収録されているそうですが、ピアニストのGeorges Arvanitas Quintet(ジョルジュ・アルバニタ)のクィンテットの演奏で音楽監修のJames Campbell(ジェームズ・キャンベル)が作曲したテーマ曲の"La Bride sur le cou」"と"Brigitte Strip Blues"が試聴できるJazz & Cinema Vol 2-Les Tricheurs-Des Femmes Disparaissent-La Bride Sur Le Cou - 7digital.com
「何がなんでも首ったけ」は1969年に「Borsalino(ボルサリーノ)」でアラン・ドロンと共演して愛人関係となって1973年の映画「Les Seins de glace(愛人関係)」に出演していたMireille Darc(ミレーユ・ダルク又はミレイユ・ダルク)のデビュー作品です。
La Bride sur le cou Photos - FILM.TV.IT

ロジェ・ヴァデムはロベール・オッセンが出演した1962年の「Repos du guerrier(Love on a Pillow / 戦士の休息)など全部で9本のベベ映画を監督していますが、ヴァデム監督が当時の妻だったJane Fonda(ジェーン・フォンダ)を出演させた上にフォンダ姉弟を恋人同士に配役した"世にも怪奇な映画"があります。
Il riposo del guerriero Photos - FILM.TV.IT

1968年 Histoires extraordinaires(世にも怪奇な物語)
アメリカの詩人で小説家のEdgar Allan Poe(エドガー・アラン・ポー)の原作で、1936年の「Metzengerstein(メッツェンガーシュタイン)」、1939年の「William Wilson(ウィリアム・ウィルソン)」、1941年の「Never Bet the Devil Your Head(悪魔に首を賭けるな)」の3作品を映画化したという1968年の「Histoires extraordinaires(世にも怪奇な物語)は、ルシアンの青春ダメージなどを監督したLouis Malle(ルイ・マル)やIl Casanova di Federico Fellini(カサノバ)などのFederico Fellini(フェデリコ・フェリーニ)という巨匠とのオムニバスです。 出演者もフェリーニが選んだデカダンなToby Dammit(トビー・ダミット)を演じるTerence Stamp(テレンス・スタンプ)を始め、Alain Delon(アラン・ドロン)やPeter Fonda(ピーター・フォンダ)の他にカメオではMaurice Ronet(モーリス・ロネ)、ナレーターにポー映画の常連でホラー映画の大御所であるVincent Price(ヴィンセント・プライス)などヴァデム監督の1964年のLa Ronde(輪舞)のように豪華なキャストです。 内容はロジェ・ヴァディムが担当した「Metzengerstein(メッツェンゲルシュタイン/黒馬の哭く館)」、ヴァデム監督の元妻のブリジット・バルドーがGiuseppina(ジュゼッピーナ)でアラン・ドロンが男爵のウィリアム・ウィルソンを演じたルイ・マルの「William Wilson(ウィリアム・ウィルソン/影を殺した男)」、そして評価の高いフェリーニの「Toby Dammit(悪魔の首飾り)」です。(フェリーニは1976年の「カサノヴァ」でも見られた白塗りメイクが恐怖を誘います。
Spirits of the Dead Trailer - YouTube
「世にも怪奇な物語」のポスターやピーター・フォンダの写真が見られるHistoires extraordinaires - DvdToile.com
「世にも怪奇な物語」のエピソード「ウィリアム・ウィルソン」でベベはアラン・ドロンをイビリます。(ビンタ!) 真迫の演技ですが実際にベベは自己陶酔型のアラン・ドロンが嫌いだったとか。 1961年にもAmours célèbres(素晴らしき恋人たち)でも共演したのですが、「Monpti(私の可愛い人)」のRomy Schneider(ロミー・シュナイダー)に夢中だったドロンはベベには言い寄らなかったのかも。

画像は2006年発売の「世にも怪奇な物語」のDVD(B000FHIW0S)ですが、商品はもう無いらしくマーケットプレイスでは私が購入した頃より値が上がっていますのでリンク先は2010年の最新版になっています。
Histoires extraordinaires世にも怪奇な物語 HDニューマスター版 [DVD]
フェリーニの「悪魔の首飾り」の音楽は定番のNino Rota(ニーノ・ロータ)で、フランスで1968年にリリースされたオリジナル盤は見つかりませんが、Toby Dammit ThemeやThe Demon Child Themeがサウンドトラックの「Tre passi nel delirio: Toby Dammit」に収録されています。
輸入盤2枚組CDの「Toby Dammit/...」又はサントラの「Fellini, Rota: Music From the Classic Films of Federico Fellini」

「戦士の休息」のVHS
Repos du guerrier - Love on a PillowLove on a Pillow
「戦士の休息」と「この神聖なお転婆娘」の2作収録のVHS
Love on a Pillow & That Naughty Girl (2pc)Love on a Pillow & That Naughty Girl (2pc)
日本もアメリカにもない「戦士の休息」のサントラカバー3枚の画像が見られるRepos du guerrier - SOUNDTRACK Collecter
この映画が最後かと話題を呼んだベベがお気に入りのロベール・オッセンをお相手の"自由の戦士"に選んだという「戦士の休息」ですが、私の手持ちのサントラはEPの「Le Repos Du Guerrier(戦士の休息)」SEVEN SEAS 17M-70 サウンド・トラック盤で、クラシックのバッハにも通ずる荘厳なテーマ曲、Surprise Party Chez Katov-part 1(カトフ家のワイルド・パーティー1)、ジャズ調のGenebieve et Renaud(ジュヌヴィエーヴとルノー)、Surprise Party Chez Katov(カトフ家のワイルド・パーティー)の4曲です。 音楽は1963年にヴァデム監督とはやはりロベール・オッセン主演のLes Grands chemins(太陽は傷だらけ)でも組んだMichel Magne(ミシェル・マーニュ)です。

1961年 Vie Privée(私生活)
18歳のブルジョワ娘が映画スターに祭り上げられたというベベの自伝のような映画の「Vie Privee(私生活)」はLouis Malle(ルイ・マル)が監督して脚本がジャン=ル・ラプノーと共同で書いたベベの代表作といわれる映画です。 イタリアの名優Marcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)と共演してマスコミ・メディアに押しつぶされた女優のジルを演じました。 冒頭のレマン湖でのボーターボート・シーンはピアノ曲のConcertinoです。 バルコニーから落ちる時に初めて心の平和を見出したジルが至福の表情でまるで天国に昇るように落ちてゆく印象的なラストでした。
Se terminant en scène dans Vie Privee - YouTube
ルイ・マルは1965年にブリジット・バルドーと死刑台のエレベーターで有名なJeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)を共演させてフレンチ・ウエスタン映画「Viva Maria!(ビバ!マリア)」も監督しています。
映画の音楽は作曲がFrançois Carpi(フランソワ・カルピ)で、オーケストラの"Theme de Vie privee(私生活のテーマ)"もいいですがベベがギターの弾き語りで歌った"Sidonie(シドニー)"がとても可愛いかったのですぐレコード店に走ってべべの写真がカバーのレコードを購入しました。 愛していたイタリア人の演劇青年のファビオの結婚によりダンスに没頭したジルがパリで瞬く間にモデルからスターになっていったものの寂しい気持ちは消えず、そんな思いを歌ったのが"シドニー"でした。

1963年 Le Mépris(軽蔑)
ベベの幅広のバンダナ・ファッションがお洒落な「Le Mepris(軽蔑)」は脚本と監督がヌーヴェルヴァーグのJean-Luc Godard(ジャン=リュック・ゴダール)で、イタリアの大物監督のCarlo Ponti(カルロ・ポンティ)が製作に携わり、劇中映画の監督としてFritz Lang(フリッツ・ラング)とその助監督として「軽蔑」を監督したジャン・リュック・ゴダールが出演しています。 ベベが大人の俳優のMichel Piccoli(ミシェル・ピッコリ)とJack Palance(ジャック・パランス)と共演しています。 ゴダールが堅そうで脆い夫婦間の愛の不条理を描き映画界へのメッセージを含んだ作品には賛否両論あるようですが、なんといってもベベの大胆ヌード、あぁ、映倫が。
「あたしのおっぱい、好き?、あたしのくるぶしは?、膝は?、太ももは、好き?」
英語のタイトルは「Contempt」という「軽蔑」の写真はIl disprezzo Photos - FILM.TV.IT
「軽蔑」の音楽はGeorges Delerue(ジョルジュ・ドルリュー)です。
Georges Delerue - Thème de Camille (Le Mépris) - YouTube
Contempt - Trailer - YouTube

ベベの映画としては評価の高い「軽蔑」のDVD
Le Mepris/Contempt軽蔑
画像は2003年発売のDVDですが現在入手困難になっているのでリンクは2009年発売の1500円DVDになっています。


ブリジット・バルドーのアメリカ映画
ベベはアメリカ映画でも50年代と60年代にはひっぱりだこで多数作品がありますが、The Strange Love of Martha Ivers(呪いの血)でデビューしてTown Without Pity(非情の町)にも出演したKirk Douglas(カークダグラス)と共演した1953年のAnatole Litvak(アナトール・リトヴァク)監督のUn acte d'amour(Act of Love / 想い出)」あたりがアメリカデビュー作らしいです。 カークダグラスがフランス語版もこなしたのですがベベの英語は吹き替えられてしまったそうです。
※アナトール・リトヴァク監督は1941年にミュージカル映画「Blues In The Night」を監督しています。

1965年にはHenry Koster(ヘンリー・コスター)が監督したJames Stewart(ジミー・スチュアート)主演のコメディ映画の「Dear Brigitte(ボクいかれたヨ!)」にベベは賞品として特別出演しています。 「ボクいかれたヨ!」のトレーラーはDear Brigitte Trailer - VideoDetective.com
「ボクいかれたヨ!」の写真が見られるErasmo il lentigginoso Photos - FILM.TV.IT

ブリジット・バルドーの画像付きサウンドトラックのリストが見られるFRENCH POP A to Z - Brigitte Bardot

ブリジット・バルドーの写真
ベベの出演作品も見られるLenin Imports UK { brigitte bardot }([ biggest b.b. gallery ] をクリック)
Brigitte Bardot Photogallery video - YouTube

☆Audio-Visual Trivia内のブリジット・バルドーの写真集 (カラー)
Brigitte Bardot Photos 1
ブリジット・バルドーの写真集 (白黒) Brigitte Bardot Photos 2

総計47本の映画に出演したフランス女優のベベは「戦士の休息」のロベール・オッセンも出演した1973年の元夫のヴァデム監督の「Don Juan 73 ou si Don Juan etait une femme(ドンファン)」、又は同年の日本未公開の「L'Histoire très bonne et très joyeuse de Colinot trousse-chemise(スカートめくりのコリノのとても素敵なとても楽しい物語)」を最後に、1974年、40歳を前にして"美しいうちに"と映画界から引退しています。
「コリノ」の写真はL'Histoire très bonne et très joyeuse de Colinot trousse-chemise - Film.TV.IT

Mein privates Leben (Gebundene Ausgabe) von Brigitte Bardot
ブリジット・バルドー著の自叙伝はたくさんありますがなぜかドイツ語のハードカバー本「My private life(私生活)」が2007年にも出版されています。 未公開のプライベートな写真を含んだ美麗写真集とインタビューでは女優生活や動物愛護について語っているそうです。(ドイツ語では読めないからかAmazon.comには置いてないようです。)

毛皮は着なかったかどうかは不明ですが、ブリジット・バルドーは犬の擁護から馬肉の消費反対まで過去のベベの名声や印税を大いに活用、動物の保護団体の設立もして、動物愛護運動に精を出してきましたが、2006年9月で基金創立20周年を迎えるそうです。 人種問題にも関わって裁判沙汰などもあったようですが、可愛いオバアチャンになったベベは現在も13匹ワンちゃんと一緒にサントロペに住んでいます。 犬権のために、そして昔のサントロペに戻そうとするために活動しています。 縫いぐるみのように可愛いアザラシの赤ちゃんが頭をぶち割られて捕獲されるビデオを観ればバルドーならずとも保護せねばという気になります。 密猟者と沿岸警備員の果て無き闘争です。


Mariko Kaga
和製バルドー? 加賀まりこ
テレビ名画座やDVDで日本語の吹き替え版というのがあります。 たいていは俳優専属で決まっているそうです。 ベベはジェーン・ファンダも担当している小原乃梨子さんが担当していますが、鈴木弘子さんも吹き替えしているそうです。 加賀まりこは吹き替えしたことがあるのでしょうか。 私が思うには声がそっくりだと思うのです。 60年代には大胆な言動や脱ぎっぷりで話題の的だった加賀はまさにベベにピッタリ!です。 大映の大物プロデューサーのお嬢さんという触れ込みでテレビのルポルタージュ番組でデビューした頃はとても可愛かったです。 確か後楽園のアイススケート場でナンパされるようなドキュメンタリーでした。 そして1965年に23歳の加賀まりこの初舞台でJean Giraudoux(ジャン・ジロドゥ)の戯曲である「Ondine(オンディーヌ)」をまだ目新しかった日生劇場で観ましたが、"網にかかった水の精"が特にファンタジックでファンタスティックでした!

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