December 2006 Archives


Mes Maiuns, La Ballade des Baladins
Mes Mains by  Gilbert Becaud
Gilbert Bécaud - Méqué méqué

Me-Que Me-Que
メケ・メケはフランス語でダブル・メケつまり"Me-que, me-que, mais qu'est-ce que c'est?" 「メケメケ、だけどそれが何? どうってことないさ」という意味らしいです。(maisはbutでqueはthat又はwhat)
"Me Que Me Que"は1961年の"Et Maintenant(What Now My Love/そして今は)"が大ヒットしたシャンソンの作曲者であるGilbert Bécaud(ジルベール・ベコー)が1953年(1954)に作曲したうちの一曲で、Charles Aznavour(シャルル・アズナブール)が作詞しました。
Gilbert Bécaud - Méqué méqué - DailyMotion.com

"Me-que, me-que, mais qu'est-ce que c'est?" という歌いだしのこの曲の舞台はカリブ海に浮かぶマルティニーク島といわれています。 マルティニークはフランス領だったので島の人々はフランス語を話すのですが、その原住民の訛りをアズナブールが歌詞に取り入れたのだとかいう説があるそうですが"定か"ではありません。 なんだか"メチャククチャ"と言ってるみたです。
"Mais, qu'est-ce que c'est?"→"Mé qué mé qué?"

Écouter "Me que me que"
作曲者のジルベール・ベコーや作詞のシャルル・アズナブールの他にもたくさんのシャンソン歌手たちが"メケメケ"を歌っています。

丸山明宏のメケ・メケ
日本では昭和32年(1957年)、デビュー当時は22歳で丸山明宏という芸名だった現在の美輪明宏(Miwa Akihiro)が歌った"メケ・メケ"が大ヒットしました。 その頃に"Sister Boy(シスターボーイ)"という言葉が流行ったのです。 彗星のごとく現れ、黒髪のショートカットで黒のトックリや白いブラウスの襟を立てたりスカーフを首に巻いて身振りも華やかに歌う彫りの深い日本人離れした顔立ちの歌手に何やら秘密めいた悪徳の華的な美しさを感じ、テレビの前の私は見惚れたものです。(細くて本当に綺麗) その頃はラテン同様に今よりもシャンソンが華やかな人気を保っていて、男性シャンソン歌手だと高英男氏のように宝塚スターのように美形で品行方正でお洒落な歌手がいました。
※流行語となった"シスターボーイ"とは英語の辞書では"A feminine, homo-type of a male(女っぽい)"となっていて男の同性愛者を指すようですが、語源は1956年のVincente Minnelli(ヴィンセント・ミネリ)監督の「Tea and Sympathy(お茶と同情)」に登場したJohn Kerr(ジョン・カー)が演じた17歳の少年です。 スポーツが苦手で"マッチョマンとは程遠く、詩や音楽や裁縫を好み女性にも関心のない"男"を指します。
1993年の西部劇映画でKurt Russell(カート・ラッセル)がWyatt Earp(ワイアット・アープ保安官)を演じた「Tombstone(トゥームストーン)」という映画のセリフにもJason Priestly(ジェイソン・プリーストリー)が演じたあだ名が"Sister Boy"という副保安官に向かって吐くセリフにも出てくるそうです。
フランス語の歌詞では「愛しい人」とか「ねえ」という意味の"Cheri"を丸山明宏(美輪明宏)氏の訳詞では「ねえ、あんた」となっている、「可愛い"チチ"」や「可愛い"トト"」が私には何だかわかりませんでしたがヨーロッパの女性の名前にChichi(チチ)や男性の名に"Totò(トト)"があるそうです。(タブンそれとは違うでしょう。)
Miwa Akihiro - Me Que Me Que (early version) - YouTube
この後の昭和39年に発表した自作自演の「ヨイトマケの唄」が放送禁止となったのは解せませんでした。 学校の行き帰りに目にした工事現場の人力基礎工事は当時は日常のものだったのです。
美輪明宏のメケメケは美輪明宏全曲集などに収録されていますが、このCDには1951年(最初は昭和28年)に高英男氏やダークダックスが歌ったYoshinao Nakata(中田喜直)作曲でNaoya Uchimura(内村直也)作詞の私の大好きな"Yuki no furu machi wo(雪の降るまちを)"の美輪バージョンが収録されています。 高英男の"雪の降る町を(In a Snowy Town)"はAki Kaurismäki(アキ・カウリスマキ)監督の1992年のフィンランド(Finland)映画「La Vie de bohème(ラヴィ・ド・ボエーム)」でYuki no furu machi o又はTown of Falling Snow(雪の降る町を)としてエンディングに使用されているそうです。 アキ・カウリスマキ監督の2006年の"孤独"をテーマにした"Laitakaupungin valot(街のあかり)"は日本で2007年公開です。 音楽が素晴らしいカウリスマキ監督の映画音楽集「Juke Box of Aki Kaurismaki 」がリリースされているそうです。("the falling snow"とは落雪という意味)
参考に高英男の試聴は高英男全曲集
※90歳までステージに立ったこともあったと云われる高英男氏ですが惜しくも2009年に亡くなりました。


美輪明宏 全曲集
美輪明宏の"メケメケ"の他、代表曲が収録されている美輪明宏のアルバム「全曲集」
Akihiro Miwa aka Maruyama全曲集

Me Que Me Que Paroles
「黄昏時 港町の 酒場の片隅で 安い酒に くだ巻いてる くろんぼの色男」と歌われるMaruyama Akihiro(丸山明宏)訳詞の歌詞と、「Le navire est a quai Y a des tas de paquets...」とMoreno Dario(ダリオ・モレノ)が歌ったフランス語のMe Que, Me Queの歌詞はMe Que, Me Que Lyrics - Hot'n Cool
歌の中で"Cheri"と言っていますがフランス語では恋人同士でも親子でも「愛しい人」は"mon amour"あるいは、女性形は"ma chérie"で男性なら"mon chéri"だそうです。
"Cheri"と同じ意味で"Ma petite"や"Mon petit"、又「いかないで!」は"Ne Me Quitte Pas"というJacques Brel(ジャック・ブレル)の名曲がありますし、音楽をBernhard Eichhorn(ベルンハルト・ウィルヘルム)が担当した1957年の「Monpti(モンプチ わたしの可愛い人)」というHorst Buchholz(ホルスト・ブッフホルツ)とRomy Schneider(ロミー・シュナイダー)が共演したロマンティックなドイツ映画がありました。(モンプチのテーマ曲は監督のHelmut Käutner(ルムート・コイトナー)が歌詞を付けた"Shadow Blues")

Mes Maiuns, La Ballade des Baladins by Gilbert Becaud
ページトップの画像はジルベール・ベコーのメケメケを収録したアルバムです。
試聴はMes Mains / La Ballade des Baladins~ Gilbert Bécaud - Amazon.com
Gilbert Bécaud - Mé qué- Mé qué - YouTube

Charles Aznavour - Me Que Me Que
Me Que Me Que
Charles Aznavour - Me Que Me Que
シャルル・アズナヴールのメケメケの試聴はMe Que Me Que par Charles Aznavour - Amazon.fr
☆シャルル・アズナヴールについてはAudio-Visual Trivia内のシャルル・アズナブール Charles Aznavour

Me Que... Me Que by Darío Moreno
Me Que Me Que
Me Que Me Que by Dario Moreno1950年代と1960年代にフランスで歌手と映画俳優として活躍したマルチリンガルなダリオ・モレノはエキゾチックな中東の歌からシャンソンやラテン、果てはアメリカン・ポップスまで幅広く歌いましたが特にコミカルな曲が人気です。
Darío Moreno - Me Que Me Que - YouTube
☆ダリオ・モレノについて詳しくはAudio-Visual Trivia 内のDario Moreno


Me que me que - Joe Dassin
シャンソン歌手のJoe Dassin(ジョー・ダッサン)はNever On Sunday(日曜はダメよ)を監督したJules Dassin(ジュールス・ダッシン)の前妻の息子です。 1970年代にはシャンソン界で活躍しましたが惜しくも若くして亡くなりました。 日本では有名な"Les Champs-Elysees(おお、シャンゼリゼ)"の作曲家として知られています。 そしてそのジョー・ダッサンもメケメケを歌っています。
Listenジョー・ダッサンの"メケメケ"が聴けるジョー・ダッサンのオフィシャルサイトは♪ Les chansons de Joe Dassin - Me que me que(RealPlayerのアイコン160番をクリック、♪ はmidiも有り、各曲にあるテキストのアイコンは歌詞)
ジョー・ダッサンのメケメケはアルバムの「Les Champ-Elysees: Joe Dassin」(ASIN: B000025LYD)などに収録されています。

Snakeman Show sings Me Que Me Que
Katsuya Kobayashi(小林克也)を含む3人グループのSnakeman Show(スネークマンショー)が81年にリリースしたファースト・LPアルバムのCD化されましたが、その2003年再リリース盤の「スネークマンショー(急いで口で吸え!)」にDoctor Kesseler(Drケスラー)のMe Que Me Que(メケメケ)が収録されています。(リンク先で加藤和彦が歌うメケメケが試聴できます。) このラジオ・ショウ(パロディ番組)の音楽にはテクノポップスのYMOも参加しています。
ドクター・ケセラーとはかって北山修等とフォークグループのザ・フォーク・クルセダーズを結成して1967年に「帰って来たヨッパライ」の大ヒットを記録し、1970年代にはSadistic Mika Bandを結成した加藤和彦の別名です。(惜しくも神経症を患っていた加藤和彦は62歳にして2009年10月に自ら命を絶ちました。)
上記の他にもメケメケを歌っているアーティストはJuliette Greco(ジュリエット・グレコ)やMichel Polnareff(ミシェル・ポルナレフ)などです。


Virna Lisi, Brook Fuller as Pascal, and Bill Holden
L'Arbre de Noel aka Christmas Tree
L'arbre de Noël (1968)

クリスマス・ツリー
英語のタイトルは"Christmas Tree"でビデオのタイトルが"When Wolves Cry"というフランス映画で、Michel Bataille(ミシェル・バタイユ)の原作をTerence Young(テレンス・ヤング)が脚本及び監督して映画化した美しくも悲しいホームドラマです。 テレンス・ヤングは1960年にジェーン・マンスフィールド主演のToo Hot to Handle(地獄の罠)、1963年に"From Russia with Love(007 ロシアより愛をこめて)"、1971年に"Soleil Rouge(レッド・サン)"などを監督している上海生まれの英国人です。
アメリカの俳優のWilliam Holden(ウィリアム・ホールデン)が珍しくホームドラマで父親役を演じていて、ガールフレンド役はイタリア女優のVirna Lisi(ヴィルナ・リージ)です。 クリスマスを題材にしてはいますが幻想的なファンタジーで、現実的な核実験をテーマに反核メッセージを含んでいるようです。

放射能を浴びたことにより白血病に犯された余命幾許もない少年の願いは、"オオカミが欲しい"と"クリスマスまで生きていたい"でした。 妻には先立たれた父親ですが今は最愛の息子を失おうとしています。 もう富も名声も無用のももとなり、息子が宣告された最後の日まで子供の願いを全て叶えよう奔走します。 パリの動物園から盗み出した一組のオオカミがクリスマス・イヴに天に召された不治の病の子供に寄り添っていたとはまさしく"ファンタジー"です。

映画「クリスマス・ツリー」では毎年の恒例で避暑として訪れた小島の沖合いで核搭載軍用機が空中爆破したためボート上で被爆した少年という設定ですが、父親は海中にいたので無事だったとは実に"ファンタジー"です。
日本では第二次世界大戦の広島と長崎の悲劇も覚めやらぬ1954年のこと、戦後にアメリカが占領したマーシャル諸島のビキニ環礁で水爆実験が行われました。 当時危険水域外で操業していたにも関わらず米国側の水爆威力の計算ミスから日本のマグロ漁船「第五福竜丸」をはじめ多くの漁船が"死の灰"を浴びました。 第五福竜丸の乗組員全員が被爆し無線長の久保山愛吉さんが亡くなったのです。 当時テレビのニュースで搬送される痛ましい久保山さんを見た私にとって被爆を大変身近に感じた映像でした。 この事件により放射能を浴びた"原爆マグロ"は当時の話題となり、さらに反核運動が広がっていったのでした。 この事実は1959年にAlain Resnais(アラン・レネ)が監督した「二十四時間の情事/ヒロシマモナムール(Hiroshima mon amour)」でも描写されています。(岡田英次とエマニュエル・リヴァが出演した「二十四時間の情事」のDVDは2009年に発売のASIN: B001O8OR7Yがあり。)

The Christmas Tree (L'arbre de Noël) VHS
L'arbre de Noel VHS画像は「The Christmas Tree」というタイトルの輸入版VHSビデオです。
映画「クリスマス・ツリー」はトレーラーはもとより、映画情報も余り多くはありませんが登場人物の写真と各俳優が出演した映画のDVD画像も見られるフランス語のサイトL'arbre de Noel - CinEmotions.com(クリックで画像拡大可)
1968年にスカラ座で公開された「クリスマス・ツリー」の映画ポスターが見られるクリスマス・ツリー ぱんふれっと・コレクション
Amazon.comには「Christmas Tree (aka - When Wolves Cry)」というNTSCフォーマットのビデオがあるそうです。
※「クリスマス・ツリー」のフランス語のタイトル"L'arbre de Noel"ですがその"Noel"とはクリスマスのことです。 "Noel"といえば2005年に第一次世界大戦時のクリスマスイヴに起きた実話をもとにしたChristian Carion(クリスチャン・カリオン)監督のJoyeux Noël(戦場のアリア)というヨーロッパ映画がありました。

L'arbre de Noel Soundtrack by Georges Auric
「クリスマス・ツリー」の音楽は1953年の「Roman Holiday(ローマの休日)」をはじめ、たくさんの映画音楽を手掛けてきたフランスのGeorges Auric(ジョルジュ・オーリック)が作曲した最後の作品ですが、ギタリストのNarciso Yepes(ナルシソ・イエペス)が演奏するRomance des Jeux Interdits(禁じられた遊びのテーマ)が使用されています。 この曲は1941年のRita Hayworth(リタ・ヘイワース)主演の映画「Blood and Sand(血と砂)」でも使用されているVicente Gómez(ヴィンセンテ・ゴメス)が書いた"Romance de amor"をイエペスがアレンジしたらしいです。 可愛いBrigitte Fossey(ブリジット・フォッセー)とGeorges Poujouly(ジョルジュ・プージュリー)が主演したRene Clement(ルネ・クレマン)監督の1951年の「Jeux interdits(禁じられた遊び)」もやはり反戦のメッセージを静かに伝えた映画でした。
"禁じられた遊びのテーマ"は初心者用ギター教本には必ず入っているほど良く知られたスペイン民謡ですがクラシックギターのナルシソ・イエペスが演奏する"Romance des Jeux Interdits"が聴けて譜面も見られるRomance - LTS Guitar - MusicItsGuitar.com(ページ一番下のRomance - performed by Yepesをクリック、私の場合はなぜかWindowsMediaPlayerが開かないのでRealPlayerのファイル>開く>ファイルURLを入力して聴きました。)

ジョルジュ・オーリックが手掛けた映画音楽には1949年のJean Cocteau(ジャン・コクトー)のOrphee(オルフェ)(1949) 、ジーナ・ロロブリジーダが出演した「夜ごとの美女」や「ノートルダムのせむし男」 、フランソワーズ・サガンの小説の映画化だった悲しみよこんにちはブリジッド・バルドーの「月夜の宝石」などたくさんあります。


Golden Boy: The Untold Story of William Holden and Complete Films of William Holden
☆上記の画像は初版が1983年にBob Thomas(ボブ・トーマス)が著した英語のハードカバー本「Golden Boy: The Untold Story of William Holden」と1986年に出版されたLawrence J. Quirk(ローレンス・カーク)著の「Complete Films of William Holden」で1974年版は「The Films of William Holden」です。 ゴールデン・ボーイと呼ばれたウィリアム・ホールデンの銀幕でのスター像と、晩年はヘビースモーカーのため肺がんという病魔に侵され、1960年代の酒酔い運転の人身事故がよけいアルコールの依存に発破をかけた人生失格者の両面を描いた伝記的な出版物だそうです。

William Holden (1918 - 1981)
「クリスマス・ツリー」で主演したウィリアム・ホールデンは長い下積み生活の後、1950年にハリウッドの内情を描いたミステリー「Sunset Blvd.(サンセット大通り)」で"若いツバメ"生活を送る売れない脚本家を演じアカデミーの主演候補なりました。 「サンセット大通り」は元監督元夫で現執事を演じたErich von Stroheim(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)が1929年に監督したサイレント映画「Queen Kelly(クィーン・ケリー)」のパロディみたいでした。 ウィリアム・ホールデンは1952年にI Love Lucy(アイ・ラブ・ルーシー!)のシーズン2にも登場したようにコメディやロマンス映画から戦争映画まで多岐にわたるジャンルを天性の器用さで軽々と演じたハリウッド俳優でした。
Bill Holden in I Love Lucy - YouTube
この後も1953年の「Stalag 17(第十七捕虜収容所)」で主演賞を受賞した他、Green Mansions(緑の館)のAudrey Hepburn(オードリー・ヘプバーン)と1954年の「Sabrina(麗しのサブリナ)」やVictor Young(ヴィクター・ヤング)が音楽を手掛け、Going Hollywood(虹の都へ)のBing Crosby(ビング・クロスビー)がアカデミーの主演男優賞にノミネートされGrace Kelly(グレイス・ケリー)が主演女優賞をを獲得した「The Country Girl(喝采)」で舞台脚本家を演じました。 1955年には「Love Is a Many-Splendored Thing(慕情)」やキム・ノヴァクと「Picnic(ピクニック)」、1957年の「The Bridge on the River Kwai(戦争に架ける橋)」と好演が続き、大物ハリウッドスターとして邁進しました。 ウィリアム・ホールデンは「第十七捕虜収容所」と同じ年の1953年に「Les Menteurs(激しい夜)」のDawn Addams(ドーン・アダムス)と「Bonjour Tristesse(悲しみよこんにちは)」のDavid Niven(デヴィッド・ニーヴン)が恋愛好きな親子の役で出演した「The Moon is Blue(月蒼くして)」があります。 「第十七捕虜収容所」と同じくOtto Preminger(オットー・プレミンジャー)が監督した軽いラブコメではウィリアム・ホールデンはセクシーな女と純真な女の狭間で悩む建築家の役です。
William Holden in The Moon is Blue - YouTube
まどろむような魅力的な目に割れたアゴの端正なマスクとセクシーなマッチョ・ボディで人気がありましたが、後年は年相応にロマンスグレー役に転じ、渋い演技をみせて活躍していました。 共演したオードリー・ヘプバーンやグレイス・ケリーなどとも浮名を流したホールデンでしたが1962年に「Lion(ライオン)」で共演した美人女優のCapucine(キャプシーヌ)との不倫により離婚に至ったそうです。 その後ウィリアム・ホールデンが63歳で亡くなるまではずっとアフリカの野生保護活動を女優のStefanie Powers(ステファニー・パワーズ)と交際を続けていたとか。 キャプシーヌはデヴィッド・ニーヴンも出演した「ピンクの豹」でクルーゾー警部の妻を演じたり、「レッド・サン」では娼婦館のマダムを演じていました。
※ちなみに「戦争にかける橋」では連合軍に爆破された木製のクウェー川鉄橋は戦後に修復されて鉄製になったそうです。


私が好きなウィリアム・ホールデンの映画
1950年 Sunset Blvd.(サンセット大通り)
「サンセット大通り」は「Breakfast at Tiffany's(ティファニーで朝食を)」でAudrey Hepburn(オードリー・ヘプバーン)も手にしていたようなシガレットホルダーを手にしたGloria Swanson(グロリア・スワンソン)とErich von Stroheim(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)の異色キャストが出演したBilly Wilder(ビリー・ワイルダー)の話題作で、Montgomery Clift(モンゴメリー・クリフト)の代わりにウィリアム・ホールデンが作家役を演じて初のアカデミーの主演候補となり注目を浴びた作品です。 最初のシーンは豪邸の女主人の愛人(ホールデン)がプールに浮かぶ溺死死体シーンで度肝を抜きますが、その後のストーリーはその売れない脚本家を演じるウィリアム・ホールデンのナレーションで展開します。アダムスファミリーのモーレシアみたいなグロリア・スワンソンが演じる昔大女優のラストシーンは鬼気迫る演技でアカデミーの主演女優賞にノミネートされました。 ビリー・ワイルダー監督といえば初めて劇場で観た映画が1959年の「お熱いのがお好き」でした。

1954年 Sabrina(麗しのサブリナ)
この作品は「サンセット大通り」や「お熱いのがお好き」のビリー・ワイルダーが監督したロマコメですが、ウィリアム・ホールデンが演じたブルジョワのプレイボーイ役は「サンセット大通り」ほどはインパクトはありません。 Audrey Hepburn(オードリー・ヘプバーン)やHumphrey Bogart(ハンフリー・ボガート)と共演したウィリアム・ホールデンが演じるハンサムなお屋敷の坊ちゃんはオードリー・ヘプバーンが演じるお抱え運転手の娘の憧れの君だったのです。
オードリーにお熱になったウィリアム・ホールデンはこの作品の後、1963年にもリチャード・クワイン監督のParis - When It Sizzles(パリで一緒に)でオードリー・ヘプバーンと共演していますが、Mel Ferrer(メル・ファーラー)と婚姻中のオードリーはその気が全く無かったそうです。

1954年 The Country Girl(喝采)
1947年に三十四丁目の奇蹟を監督したGeorge Seaton(ジョージ・シートン)のヒューマンドラマです。 1954年にホワイト・クリスマスに出演したBing Crosby(ビング・クロスビー)が自分の過ちから子供を亡くした俳優を演じ、ウィリアム・ホールデンは失意の彼をカムバックさせる演出家です。 後にモナコ王妃になったGrace Kelly(グレイス・ケリー)が今までのお嬢様役から脱皮した演技でアカデミー主演女優賞を獲得した作品です。 私が観た映画の中では同年1954年のAlfred Hitchcock(ヒッチコック)監督の「Rear Window(裏窓)」や「To Catch a Thief(泥棒成金)」と1956年の「High Society(上流社会)」などグレイス・ケリーが美しかった頂点でしょう。
音楽は1945年のLove Letters(ラヴレター)や1952年のアカデミー受賞映画の「地上最大のショウ」など多くの映画音楽を手がけたVictor Young(ヴィクター・ヤング)です。 「喝采」では主役のビング・クロスビーがHarold ArlenとIra Gershwinの曲を数曲歌ったとIMDbのデータベースに書いてありましたが私は覚えていません。

1955年 Love Is a Many-Splendored Thing(慕情)
終戦後の香港を舞台にした悲恋物語で、この映画でもマッチョなウィリアム・ホールデンはJennifer Jones(ジェニファー・ジョーンズ)と共演して映画史上忘れえぬラヴシーンを演じています。 「慕情」ではエキゾチックなチャイナドレス(支那服)姿で中国人の混血女医を演じたジェニファー・ジョーンズは1945年の"Love Letters(ラヴレター)"や1953年のStazione Termini(終着駅)」などのロマンス映画で名を馳せ、セレブご用達のHarry Winston(ハリー・ウィンストン)を最初に身に着けた女優とも言われました。
Jennifer Jones and William Holden in Love Is a Many-Splendored Thing (慕情) - YouTube
Listen「慕情」では映画音楽の巨匠と呼ばれる"Alfred Newman(アルフレッド・ニューマン)"が音楽を担当しましたが、1954年にDoris Dayドリス・デイが歌った"Secret Love"でオスカーを受賞したSammy Fain(サミー・フェイン)が作曲し、長年のコラボレーターであるPaul Francis Webster(ポール・フランシス・ウェブスター)作詞したテーマ曲"慕情(恋ははかなく、恋はすばらしきもの)"が大ヒットしてこちらもオスカーを受賞しました。
"慕情"はNat King Cole(ナット・キング・コール)やAndy Williams(アンディ・ウィリアムス)など多くの歌手が歌って人気の曲ですが極めつけはClifford Brown & Max Roach Quintet(クリフォード・ブラウンとマックス・ローチ)の演奏があります。 トランペットのClifford Brown(クリフォード・ブラウン)の1956年の録音で"Love Is a Many Splendored Thing"が収録されているのはAt Basin Streetでテナー・サックス奏者のSonny Rollins(ソニー・ロリンズ)のデビュー盤です。(試聴はClifford Brown At Basin Street - Amazon.com

1955年 Picnic(ピクニック)
マッチョなウィリアム・ホールデンの最たるはめまいのキム・ノヴァクと共演した「ピクニック」での流れ者役です。 当時37歳とはいえムンムンするほどセックス・アピールがあり、二人で"Moonglow"の曲に合わせて踊るピクニックのシーンの特にダンスの動きが止まる瞬間のポーズはこちらの胸も止まりそうにセクシーでした。 このシーンのために高額な追加ギャラを要求していやいや承諾したダンスとは思えません。 実際、ウィリアム・ホールデンのダンスは「9月になれば」のロック・ハドソンのダンスよりいけてますね。(Dancing Rock Hudson)
William Holden and Kim Novak (from Picnic, 1955) - YouTube

キム・ノヴァクが演じたMadge(マッジ)はキムが「媚薬」で共演したJanice Rule(ジャニス・ルール)が主演した1953年のブロードウェイ喜劇"Picnick"でのMadge Owensがモデルだそうです。 常日頃「美しい!」と言われうんざりしていたマッジは野性的な流れ者の魅力に惹きつけられます。 「分かってるだろ、お前は俺を愛してるんだ!」と叫んで列車に飛び乗って去った流れ者を追うマッジでした。
当時は敬遠されていたという胸毛を剃った上半身ムキムキのウィリアム・ホールデンが観られるピクニックのトレーラーはPicnic Trailer - VideoDetective.
Picnic: Music From The Soundtrack Of The Columbia Picture
Picnic: Music From The Soundtrack
Listen「ピクニック」の音楽はGeorge Duning(ジョージ・ダニング)ですが、Moonglow And Theme From "Picnic"(ムーングロー/ピクニックのテーマ)はMorris Stoloff(モリス・ストロフ)が演奏して1956年に大ヒットしています。
ホールデンのマッチョぶりを強調したカバーの特典付き2006年版ピクニック [DVD]あり。

Morris Stoloff - Moonglow (1956)


どうです? Jayne Mansfield(ジェーン・マンスフィールド)並にお腹をへっこましたウィリアム・ホールデンのマッチョぶりは。


1956年 The Proud and Profane(誇りと冒涜)
「喝采」のGeorge Seaton(ジョージ・シートン)監督がLucy Herndon Crockett(ルーシー・ハーンドン・クロケット)の世界大戦をテーマにした小説「The Magnificent Bastards」を映画化しVirgin Islands(ヴァージン諸島)で撮影されたという1943年の南太平洋を舞台にした白黒の戦争映画です。 ウィリアム・ホールデンは「誇りと冒涜」ではノミネートだけで受賞できない最多記録保持者のスコットランド出身の女優Deborah Kerr(デボラ・カー)とThelma Ritter(セルマ・リッター)と共演しました。 ウィリアム・ホールデンが演じる海兵隊のコリン大佐は母親がモンタナのインディアンであるという設定なのでちょっと色黒で口髭を生やし苦虫を噛み潰したような顔、おまけにGI刈りなのでいつものウィリアム・ホールデンとは大いに違って見えますし、ストーリーでは往来で物乞いをしていた混血児というハンディを乗り越えて海兵隊でたたき上げて昇進してきたので、赤十字をお涙頂戴ものとさげすみ、good Samaritan law(善きサマリア人の法)にも否定的な冷たいハードボイルドな性格となっています。 ウィリアム・ホールデンが演じる大佐は亡き夫の戦地"Guadalcanal(ガダルカナル)"に近いフランス領ニューカレドニアの米軍基地Noumeaに赤十字看護婦として赴任してきたデボラ・カーが演じる未亡人の水着姿に目が眩み、生前の婦人の夫を知っていると誘って近づきデートを重ねて果てには結婚することになりました。 心底では亡き夫を想っていた未亡人も異質な大佐の魅力に惹かれてしまい待てない事情もあっての結婚でしたが、なんと国に大佐のせいで酒に溺れた妻が存在していたのでした。 しかしそれを意図せぬ傷兵から聞き知った時には既に遅し、妊娠してしまった未亡人が絶望の挙句の崖から飛び降りるのを阻止しようとした大佐との小競り合いから頭を打ち流産もしてしまうという悲劇が怒ります。
forGive me... forGive me...  愛とは奪うことではなく与えることなり。 I Can't wait...
ロマンティックな音楽は「クリスマス・ツリー」同様にVictor Young(ヴィクター・ヤング)です。
「誇りと冒涜」の公開当時のアメリカではまだ人種差別が映画にも影響を及ぼしていたので、その名もコリン・ブラックという登場人物の肌の色が違う者の恋愛及び結婚と婚前交渉を扱っているためにホールデンの口髭問題どころではないモラル的な懸念が生まれてプロデューサーもすぐには見つからなかったという問題作でした。 「誇りと冒涜」はこれだけの大物俳優が出演しているのに内容が重かったからかDVDはおろかVHSも見つかりません。
まじまじと見てもやっぱりウィリアム・ホールデンには見えない「誇りと冒涜」に出演した軍服姿のウィリアム・ホールデンでした。
※ガダルカナルとは1940年代初期の太平洋戦争で日本軍と連合軍が闘ったニュージーランドの東のソロモン諸島の島ですから、William Frederick Halsey, Jr.(ウィリアム・ハルゼー)のスローガンのように"Kill Jap!"とまでは言っていませんがウィリアム・ホールデンのセリフにもJap(日本)が登場します。(数々の武勇伝を残した日本の1943年のガダルカナル撤退をもって第二次世界大戦の戦局悪化)

1960年 The World of Suzie Wong(スージー・ウォンの世界)
"蘇絲黃的世界"は媚薬や「女房の殺し方教えます」のRichard Quine(リチャード・クワイン)が監督したラヴストーリーで、1958年に「Ice-Cold in Alex(恐怖の砂)」に出演した金髪の英国女優のSylvia Syms(シルヴィア・シムズ)もロバートに一目惚れした銀行家の娘のKay O'Neill役で出演しています。 香港出身のNancy Kwan(ナンシー・クワン)をヒロインに、「慕情」と同じく香港を舞台にしていますが少々趣の違う作品で、貫禄のある演技を見せたウィリアム・ホールデンが演じるのは画家ですが、劇場でウィリアム・ホールデンを観た時に「急に老けたな。」と感じました。(もっとも相手役がとびっきり若いスージー・ウォン。) ウィリアム・ホールデンが演じるロバートは設計の仕事に飽きて今度は画家に転向して新境地を開こうと香港に旅立ちます。 偶然宿泊した売春宿で実業家の娘と思った中国美人のスージー・ウォンと再会しモデルとして雇うのですが当然のように恋に落ちます。 スージー・ウォンは売れっ子の売春婦でしたが、独占欲にかられた貧乏画家は売春婦のスージー・ウォンの私生児を容認するも見受けは出来ずに悲劇が訪れます。 驚くことには、実際には客の粗暴な水兵に殴られた蘇西黄(スージー・ウォン)が唇をわざと噛んで血をもっと出し、それを恋人の画家のせいにして仲間に見せて自慢するシーンです。 実際に香港がそうなのかは不明ですが、"嫉妬した彼氏に殴られると愛されている証拠"だという風習です。 私は公開当時に映画館で観たのですがあまりぐっとくるものはなかった映画でしたが、ナンシー・クワンの美貌と香港の街の描写がエキゾチックでした。 ナンシー・クワンは「スージー・ウォンの世界」の翌年、1961年にMiyoshi Umeki(ミヨシ梅木)も出演したFlower Drum Song(フラワー・ドラム・ソング)にも出演しました。
☆ナンシー・クワンの關南施 チャイナドレス画像
William Holden (from The World of Suzie Wong (1960) - Youtube
音楽は「ピクニック」のGeorge Duning(ジョージ・ダニング)でタイトル曲以外に扇情的なSuzie Wong BluesやSuzie Wong Mamboなどストーリーを追った選曲です。
評判の良いサウンドトラックはThe World of Suzie Wong [Original Soundtrack]
サントラ画像と何曲かの試聴はWorld of Suzie Wong [Soundtrack] - Amazon.com


Virna Lisi
「クリスマス・ツリー」で女友達を演じたヴィルナ・リージの写真や情報はネット上では少ないですが、唇端の艶ほくろが色っぽい金髪のイタリア女優です。 1962年に死刑台のエレベーターのJeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)と共演した ジョセフ・ロージー監督の「EVA(エヴァの匂い)」やアラン・ドロンと共演した1963年の「La tulipe noire(黒いチューリップ)」で日本でも知られるようになりました。
How to Murder Your Wife
ヴィルナ・リージの代表作は"女房の殺し方教えます"! 1965年にRichard Quine(リチャード・クワイン)監督のコメディ映画でJack Lemmon(ジャック・レモン)と共演したヴィルナ・リージは国際スターとなりましたが、このようなセクシーブロンド役しか与えなかったハリウッドには失望してイタリアに戻り、シリアスな映画に出演したそうです。 よって予定されていたSF映画の「Barbarella(バーバレラ)」は最近ではMonster in law(ウエディング宣言)でカムバックとうたわれたJane Fonda(ジェーン・フォンダ)が演じたのだとか。 30数年後の1994年、その仕返しのようにLA REINE MARGOT(Queen Margot/王妃マルゴ)では誰もがやりたくないような醜く淫乱の悪名高きCatherine of Medici(メディチ家のカトリーヌ王妃)を演じて カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞しています。 王妃マルゴはアンリ四世と結婚したにも拘わらず実の兄弟を含み多くの浮名を流し、産まず女ゆえに王とは離婚しましたが最後には幽閉されたそうです。
How to Murder Your Wife (VHS)
How to Murder Your Wife ジャック・レモンが演じる完璧に楽しい生活を送っていた独身貴族の漫画家が友人のバチェラーバーティでヴィーナスの誕生もどきに出現したセクシーなパーティガールに一目ぼれします。 酔っ払ってしまった漫画家が朝目覚めると隣に寝ていたのがその英語オンチのイタリア女でした。 なんと結婚指輪をはめているではありませんか! 結婚してしまったものの元の気楽な生活をどうやって取り戻すか? そうです、殺す! 女房を殺すしかない! 連作漫画でその筋を描いているうちにそれを見た女房がビックリギョウテンして逃げ出してしまうのです。 姿を消した女房の行方はいずこ? 当然漫画家に嫌疑がかけられてしまいます。 裁判での証拠は、あの連載漫画です。
☆ヴィルナ・リージのパーティガール画像
お熱いのがお好き」や「アパートの鍵貸します」でジャック・レモンのファンになった私にはヴィルナ・リージのセクシーぶり以外は"なんじゃ、こりゃ!"の映画でした。
※音楽は60年代から70年代に映画音楽でも活躍したジャズ・トランペッターで編曲及び作曲者のNeal Hefti(ニール・ヘフティ)です。 TVシリーズで1967年のエピソード5のBatman Theme(バットマン)の作曲でも有名なニール・ヘフティは50年代にCount Basie's New Testament(カウント・ベイシー楽団)のアレンジャーを務め、私の好きなLil' Darlin'の作曲者でもあります。 当時リリースされたNeal Hefti & Lil Mattisが演奏するLP盤サウンドトラック(United Artists UAS 5119)は現在は中古しかありません。
Listen女性コーラスとニール・ヘフティが演奏する「女房の殺し方教えます」のテーマが聴けるwfmuラジオのハロウィーンなど怖い音楽を集めたPlaylist for Fatty Jubbo - October 5, 2006(Listen to this show in RealAudioをクリック、クリップ・ポジション(再生バー)を37:48に移動)
DVDは女房の殺し方教えます [スタジオ・クラシック・シリシーズ]

ヴィルナ・リージは1964年にMarcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)と共演したCasanova '70(カサノヴァ'70)の後、1965年にジーナ・ロロブリジーダが出演したBambole!(バンボーレ)で主演級となりました。 1970年には再びマルチェロ・マストロヤンニとGiochi particolari (特別な遊び~揺れる女)で共演した他、異色作「Un Beau Monstre(雨のエトランゼ)」では前妻を自殺に追いやった精神を病んでいる男の妻をヴィルナ・リージが演じ、過去にあった事件が新妻の身に起こらないようにと奮闘する刑事役のCharles Aznavour(シャルル・アズナヴール)と共演しています。 1972年の「Ludwig Beck(ルードウィヒ/神々の黄昏)」のHelmut Berger(ヘルムート・バーガー)が主演した異色作の「雨のエトランゼ」は英語タイトルが"Love Me Strangely"というそうで、それもそのはず、売春婦、ホモ、変態、バイセクシュアルもテーマにして当時ではショッキングな内容だったそうです。 ヴィルナ・リージはシャルル・アズナヴールとは1969年にも犯罪映画の「Le Temps des loups(aka Carbon Copy 狼の賭け)」でも共演しています。
「雨のエトランゼ」の音楽はGeorges Garvarentz(ジョルジュ・ガルヴァランツ)でテーマ曲(主題歌)は1975年にB面が"Daydream"というシングルEP盤がリリースされたようですが、現在はWallace Collection(ウォーレス・コレクション)の"Stay"という曲らしいです。
Laughing Cavalierに収録されています。
試聴はLaughing Cavalier [Import]~ Wallace Collection - Amazon.frで15番です。
新情報! 「My Way Of Living You(雨のエトランゼ~愛の運命])」という曲がアルバム"トゥイスト・アゲイン・オ・シネ・プール・ル・ジャポン" Twist Again au Cine, Vol. 2(Amazon.comにも試聴なし)に収録されているそうです。(フランス映画 オムニバス サウンドトラック - SoundTrackParadise.comを参照。)
どんどん脱線していますが、フランスのLP盤でGeorges Garvarentz(ジョルジュ・ガルヴァランツ)演奏の"Haschisch Party(ハッシシ・パーティ)"というサイケ・ファンクの曲は中古レコード屋で見つかるかもしれません。
♪ Haschisch Party by Georges Garvarentz From the album: The Essential Little Richardon on Monica's WFMU Playlist December 15, 2000(Hear the show!をクリック、クリップ・ポジション(再生バー)を1:46:24に移動)
「雨のエトランゼ」について書かれたUn Beau Monstre - Salon for Helmut Berger
※フランス語ではLes Poupéesというイタリア映画の「バンボーレ」のポスター画像がみられるBambole! - DvdToile.com(キャスト名をクリックすると写真が見られます。)
フランス語ですが"L'arbre de Noel"を含むヴィルナ・リージの出演映画のDVD画像が見られるVirna Lisi - CinEmotions.com
イタリア語ですがヴィルナ・リージの写真とバイオが見られるC.A.I.R. - CATALOGO AUTOGRAFI IN VENDITA
スペイン語ですがヴィルナ・リージの写真付きバイオが書かれたVirna Lisi - ElCriticón


Gina Lollobrigida  Where the Hot Wind Blows!
Gina Lollobrigida - Where the Hot Wind Blows VHS  Where the Hot Wind Blows VHS
Gina Lollobrigida e Yves Montand nel La Legge

Gina Lollobrigida
イタリアのローマ郊外の小さな町"Subiaco(スビアコ )"で生まれたジーナ・ロロブリジーダ(ロッロブリジダ)は美術を勉強するためにローマに出たのですが、1947年のミスイタリアに応募して3位に入賞したことから女優の道に進みます。 1949年にはユーゴスラビア人の医師であるMilko Skofic(ミルコ・スコフィック)と結婚して子供を儲けました。 夫のミルコ・スコフィックはプロデューサーとして1958年にVittorio De Sica(ヴィットリオ・デ・シーカ)が監督総指揮及び牧師役で出演したイタリア・コメディの「Anna Di Brooklyn (恋はすばやく / Fast and Sexy)」の製作に当たったことがありますが1971年に離婚しています。(邦題は「恋はすばやく」で日本のデータベースでは監督がReginald Denham(レジナルド・デンハム)となっているところがありますが海外のデータベースでは出演もしたヴィットリオ・デ・シーカで助監督がCarlo Lastricatiとなっています。)ジーナ・ロロブリジーダはもちろん主役のAnna(アンナ)でブルックリンから故郷に戻った大富豪の未亡人役として30歳の熟れたナイスバディを見せてくれます。
1949年にLuigi Zampa(ルイジ・ザンパ)監督のCuori senza frontiere(白い國境線)に出演したあたりからジーナ・ロロブリジーダの運が開けます。
※Eleonora Rossi Drago(エレオノラ・ロッシ=ドラゴ)も出場したミス・イタリアについてはAudio-Visual Trivia内の記事 「激しい季節」にもあります。

La Lollò: Belle des belles
マスコミがジーナ・ロロブリジーダに付けた愛称のLa Lollo(ロロ)というのはフランスでは綺麗な胸を意味するそうですが、突き出た胸もさることながらブリジッド・バルドーの49cmというウエスト・サイズよりもっと細いのがロロなんだそうです。 中世のヨーロッパではコルセットで締め上げた女性のウエストは47cmが理想だったそうですから中世並みというところでしょうか。 アンビリーバブル!なぜなら痩せの私でさえちょっと前は59cmもありました。 私がジーナ・ロロブリジーダが魅力的だと思うのはとんがったおっぱいや細いウエストはもとより、ふっくらとしたロロの頬、つまりチークが一番好きなのです。 "頬"フェチの私としましては、日本人なら昭和25年のミス日本に選ばれた山本富士子さんの頬が一番素晴らしいと思います。
「パンと恋と嫉妬」のルイジ・コメンチーニが監督してロロが妖精を演じた「ピノッキオの冒険~イタリア1974年版~」あたりを最後に映画界から引退しました。

ロロは銀幕からは姿を消しましたが、50年代からの念願であった写真家に転向しました。 なんといってもロロブリジーダは世界的に有名人ですからいくら変装しても見破られてしまい撮影も難しかったそうです。 1974年に写真集「Italia Mia(私のイタリア)」を出版 しています。 なぜかいまだに人気の英語版です。

ジーナ・ロロブリジーダのドイツの煌びやかなファンサイトはGina Lollobrigida Homepage(注!すぐ音、右下のenterをクリック、メニューのgallerryでサムネイルは表示されていませんが各マス目をクリック、下の>で次ページへ)
ジーナ・ロロブリジーダの写真集はGina Lollobrigida Photos - Bert Christensen's Cyberspace Home
(※Bert Christensen's Cyberspace Home


Filmografia di Gina Lollobrigida
1949年 Cuori senza frontiere(白い國境線)
Carlo Ponti(カルロ・ポンティ)も製作に関わったLuigi Zampa(ルイジ・ザンパ)監督のモノクロのイタリア映画「白い國境線」で主演したジーナ・ロロブリジーダは日本映画デビューしました。 共演者も当時の新人イタリア俳優だったRaf Vallone(ラフ・ヴァローネ)でした。 第二次世界大戦後のユーゴスラビアと北イタリアに分割された港町を舞台にしています。 戦後の二カ国分裂は一瞬にして家族や友人などを隔て、町の人々の不安を掻き立てたのでした。 イタリア語のCuori senza frontiereとは"国境なき心(愛情)"の意味です。
音楽はアモレ・ミオでお馴染みの「刑事」を手掛けたCarlo Rustichelli(カルロ・ルスティケリ)です。
「白い國境線」の写真はCuori senza frontiere Photos - FILM.TV.IT

1952年 Les Belles du Nuit(夜ごとの美女)
"映画の父"と呼ばれたDavid Wark Griffith(D・W・グリフィス)の1916年のIntolerance(イントレランス)をパロディったといわれる「夜ごとの美女」はRené Clair(ルネ・クレール)が監督したファンタジックなエロティックコメディ(艶笑喜劇)です。 フランスの二枚目俳優"Gerard Philipe"(ジェラール・フィリップ)と共演し、ロロは夜ごと現われる夢の美女の一人で、夢のなかでアルジェリアの兵士になったジェラール・フィリップと恋に落ちます。 幸せの青い鳥を探すようなお話しです。

1952年 Fanfan la Tulipe(花咲ける騎士道)
ロロはChristian-Jaque(クリスチャン=ジャック)監督の"Fanfan la Tulipe(花咲ける騎士道)"で2本立て続けにジェラール・フィリップと共演して美女ぶり(美乳ぶり)を発揮しフランスでも人気が出ます。 18世紀のフランスを舞台にした時代劇で反戦もメッセージも込められています。 ジェラール・フィリップはならず者で女たらしの農夫役で農民の娘との"出来ちゃった"結婚を逃れようと兵隊に志願します。 なぜならジプシー女がその農夫と王女様との結婚を予言したからです。 そのジプシー女を演じたイタリア人のロロのフランス語は吹き替えだそうです。
「花咲ける騎士道」の写真が見られるFanfan la Tulipe Photos - FILM.TV.IT

1953年 Beat the Devil(悪魔をやっつけろ)
「悪魔をやっつけろ」はInfamousで描かれたTruman Capote(トルーマン・カポーティ)の脚本でJohn Huston(ジョン・ヒューストン)が監督したアメリカのコメディ映画です。 「悪魔をやっつけろ」では国籍不明の悪者どもがアフリカのウラニウム鉱山の採掘用土地を買い付けに行く途中、汽船の故障によりイタリアで立ち往生するのですがその仲間にHumphrey Bogart(ハンフリー・ボガート)もいます。 1954年の「Sabrina(麗しのサブリナ)」の前年にボギーが出演しナレーションも入れています。 そのボギーとジーナ・ロロブリジーダが夫婦役なのですがなんとダブル不倫を演じます。 共演は「Love Is A Many Splendored Thing(慕情)」のJennifer Jones(ジェニファー・ジョーンズ)で、大きめの白縁キャットアイ・サングラスがお似合いのコミカルなアメリカ女を演じるという豪華キャストです。
1950年のDoris Day(ドリス・デイ)の映画で有名な"Tea for two and Two fo tea" ♪と歌いながらベッドにモーニング・ティーセットを運ぶ素晴らしいスタイルのロロが拝めるとはいえ、その他はさほど魅力を発揮していません。
「悪魔をやっつけろ」の写真が見られるIl tesoro dell'Africa Photos - FILM.TV.IT
※国際ごろつき団の一人のJulius O'Hara(ジュ-リアス)役にハンガリー出身の性格俳優のPeter Lorre(ピーター・ローレ)です。 ピーター・ローレはユダヤ人だったのでヨーロッパを転々としましたがロンドン時代にヒッチコックの1934年のオリジナル「The Man Who Knew Too Much(知りすぎた男)」で初めて英語のセリフで演技したそうです。 ピーター・ローレは「脱出」のハンフリー・ボガートとは1941年の「The Maltese Falcon(マルタの鷹)」や1942年のCasablanca(カサブランカ)でも共演していますが、異色作としては1962年に私の好きな作家であるEdgar Allan Poe(ポー)の代表作の「The Black Cat(黒猫の怨霊)」で主演しています。
「悪魔をやっつけろ」の音楽はLuchino Visconti(ルキノ・ヴィスコンティ)監督の「Gruppo di famiglia in un intern(家族の肖像)」などのイタリア映画音楽を手掛けたクラシックのピアニストで指揮者のFranco Mannino(フランコ・マンニーノ)ですがサウンドトラックは見つかりません。

1954年 Pane, amore e gelosia(パンと恋と嫉妬)
日本未公開ですがLuigi Comencini(ルイジ・コメンチーニ)監督の「パンと恋と嫉妬」ではロロは名優"Vittorio De Sica(ヴィットリオ・デ・シーカ)"と共演し、同年の英国アカデミー賞で女優賞(国外)でノミネートされた他、1960年にはゴールデン・グローブで世界でもっとも好かれた女優に選ばれたことがあります。 前年の「Pane, amore e fantasia(パンと恋と夢)」(1953)DVD(ASIN: B0015SZ33U)に続く「パンと恋と嫉妬」ではヴィットリオ・デ・シーカが後年では見られないコミカルな演技でロロが演じる村のオキャンな娘に夢中になる新任の警察署長を演じています。
「パンと恋と嫉妬」の写真が見られるPane, amore e gelosia Photos - FILM.TV.IT

1956年 La donna più bella del mondo(美女のなかの美女)
英語のタイトルは"Beautiful But Dangerous"というRobert Z. Leonard(ロバート・Z・レオナード)監督のイタリアのロマコメでは、ジーナ・ロロブリジーダはVittorio Gassman(ヴィットリオ・ガスマン)と共演して、ロロが実在したオペラのプリマドンナの"Lina Cavalieri (リナ・キャバリエリ)"を演じて吹き替えながらオペラを歌いました。 トップに君臨せんと男性を踏み台にする美貌のオペラ歌手が王子さまの寵愛を受けるも適わぬ恋という史実に基ずくストーリーなんですが、ロロの18インチ(50cm弱)のウエストはここでも必見。
Listen映画の音楽はRenzo Rossellini(レンツォ・ロッセリーニ)です。
♪ 「美女のなかの美女」でのロロの画像が見られてオペラが聴けるLa donna piu' bella del mondo - RADIOSCRIGNO(オレンジ色のアイコン((●))をクリック、ただし歌姫役のロロの歌は吹き替え)
※リナ・キャバリエリは1874年から1934年に実在していたオペラのプリマドンナで、19世紀のパリの〝demi-monde(ドゥミ・モンド)"の一人です。 ドゥミ・モンドとは本物の貴族や上流社会の人々の社交界とは別に社会の階級に入れない日陰者の社交界を指します。 金は有っても地位が無い高級娼婦や愛人、芸人たちの世界です。 Alexandre Dumas(jr.)(デュマ・フュス)の同名喜劇以来その名で通っているようですが悲劇"Camille(椿姫)"もその世界の話でしょうか。
Gina Lollobrigida in La donna piu' bella del mondo - YouTube

1956年 Trapeze(空中ブランコ)
パリのサーカス団の花形ブランコ乗り役でRingling Brothers(サーカス)のアクロバット演技出身のBurt Lancaster(バート・ランカスター)とTony Curtis(トニー・カーティス)が出演したサーカス映画です。 52年のアカデミー賞映画の「地上最大のショウ」に続くCarol Reed(キャロル・リード)が監督したサーカス映画でブランコ曲芸とロロのグラマーぶりが見所です。 事故により引退せざるを得なくなったサーカスのスターが後輩に技を伝授して念願の空中トリプル3回転を成功させようとするストリーです。 その二人の男の友情に官能的な曲芸師を演じるロロが絡み、トリオのブランコ演技が展開されるなか、ホモセクシュアルと三角関係を仄めかしています。 トニー・カーティスが演じるハンサムな若手ブランコ乗りは先輩の手に落ちるか美貌のロロに落ちるかの選択を迫られます。 ロロのブランコ演技は吹き替えですが空中ブランコの醍醐味は十分に味わえ、衣装はサーカスの肉襦袢(タイツ)姿だからバート・ランカスターの鍛え上げたマッチョぶりとロロの悩ましい肢体の全てもじっくりと味わえる唯一の映画です。
「空中ブランコ」の写真はTrapezio Photos - FILM.TV.IT

1956年 Notre Dame de Paris(ノートルダムの傴僂男)
フランスの文豪であるVictor Hugo(ヴィクトル・ユーゴー)の1831年の原作"Notre-Dame de Paris"をJean Delannoy(ジャン・ドラノワ)監督が映画化した「ノートルダムのせむし男」ではQuasimodo(鐘つき男のカジモド)を奇怪に演じたAnthony Quinn(アンソニー・クイン)と共演したロロは美しいジプシー女のEsmeralda(エスメラルダ)として妖艶なジプシーダンスもご披露しました。 エスメラルダに惚れてカジモドに誘拐させる卑劣な聖職者には1974年の「Emmanuelle(エマニエル夫人)」に出演し哲学的に快楽を伝授したAlain Cuny(アラン・キュニー)です。 「ノートルダムのせむし男」の音楽はクラシック界のGeorges Auric(ジョルジュ・オーリック)です。 サウンドトラックは見つかりませんが、"Notre Dame de Paris: Suite"が試聴できるクラシック・アルバムの「Auric: Lola Montez / Notre-Dame De Paris / Farandole
※ちなみにフランス語のタイトルは"Le Bossu de Notre-Dame"でBossu(発音はボシュィ)"とはセムシもしくは猫背の人という男性名詞です。
この「ノートルダムのせむし男」の写真はNotre Dame de Paris Photos - FILM.TV.IT
Gypsy Dance by Gina Lollobrigida in Notre Dame de Paris - YouTube
※作家のヴィクトル・ユーゴーはJean Gabin(ジャン・ギャバン)主演の1957年のLes Misérables(レ・ミゼラブル)の原作者としても有名です。 映画化された「ノートルダムのせむし男」には1923年にPatsy Ruth Miller(パッツィ・ルース・ミラー)のエスメラルダでLon Chaney(ロン・チェイニー)のカジモド、1939年にはエスメラルダはMaureen O'Hara(モーリン・オハラ)でカジモドはCharles Laughton(チャールズ・ロートン)が演じたアメリカ映画もあります。

1959年 La Legge(掟)
ページトップの画像は1960年のイタリア映画の「Law(掟)」です。
この映画は日曜はダメよのJules Dassin(ジュールスダッシン)が監督し、ロロは気丈な娘のMarietta(マリエッタ)役を演じました。 共演者はマリエッタの恋人にMarcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)、島のボスにPierre Brasseur(ピエール・ブラッスール)、ギャングにYves Montand(イヴ・モンタン)、その息子の恋人にMelina Mercouri(メリナ・メルクーリ)など豪華キャストです。 ストーリーは因習に縛られたコルシカを舞台に島を支配するボスが、ロロブリジーダが演じる村一番の若い娘に言い寄るものの翻弄されるというドラマです。 たくさんの男たちに口説かれるロロですが想うは唯一人、マルチェロ・マストロヤンニが演ずる技師のEnrico(エンリコ)だけ。 ところがエンリコは貧乏なので結婚できないのです。 イヴ・モンタンが演じるギャングはメリナ・メルクーリが演じる自分の息子の恋人を誘惑するなど一見静かに見える村の奥に欲望を満たそうとする男たちの渦巻く対立が人々を脅かしていきます。
※フランス語のタイトルは"La loi "ですが、英語では"Where the Hot Wind Blows!"で、1960年に公開された英語版のみタイトル曲の"Where the Hot Wind Blows"が使用されています。 The Ames Brothers(エイムス・ブラザーズ)の歌うテーマ曲はJimmy McHugh(ジミー・マクヒュー)の作曲でBuddy Kaye(バディ・ケイ)の作詞ですがB面が"Suzie Wong"というRCA Victor 47-7801の45回転シングル盤が1960年に発売されたようです。
「掟」の写真が見られるLa legge Photos- FILM.TV.IT
ジェラール・フィリップの2作品の音楽を担当している"Roman Vlad(ロマン・ヴラド)"による「掟」のサントラ画像が見られるLa Loi - Soundtrack.com

1959年 Solomon and Sheba(ソロモンとシバの女王)
スペクタクル叙事詩映画の「ソロモンとシバの女王(Salomone and the Queen of Saba)」はKing Vidor(キング・ヴィダー)が監督したハリウッドの聖書をもとにした歴史劇です。 「ソロモンとシバの女王」の主役でプロデュースも手掛けた往年の大スターであるTyrone Power(タイロン・パワー)が撮影中に急死したためイスラエルのダビデ王の息子のソロモン役をYul Brinner(ユル・ブリンナー又は ユル・ブリンナー)が演じることになり全て撮り直したという曰く付きの映画です。 「王様と私」でツルツル頭のシャムの王様を演じてブレイクしたエキゾチックな風貌のユル・ブリンナーはジプシー出身とも云われたそうですがサハリン生まれのモンゴル系ロシア人だそうです。 ジーナ・ロロブリジーダが演じたシバの女王はソロモン王の叡智を伝え聞き絢爛豪華な訪問をしたという史実が聖書に記されているそうです。
「ソロモンとシバの女王」の写真が見られるSalomone e la regina di Saba Photos - FILM.TV.IT
フランス語のサイトですが「ソロモンとシバの女王」の写真が見られるSalomon et la reine de Saba Photos - CinEmotion.com(画像クリックで拡大)
セクシーに踊るシバの女王のポスターはSolomon and Sheba Posters - Gina Lollobrigida Photo Gallery
キング・ヴィダー監督とロロの写真が見られるKing Vidor and Gina Lollobrigida Photos - Leo Fuchs Photography(ヴィダー監督よりロロのウエストに注目!)
特異な容貌のユル・ブリンナーといえば日本では1956年のThe King and I(王様と私)や1960年のThe Magnificent Seven(荒野の七人)が有名です。(テーマ曲は1950年代から1960年代に「ローマの夜」などの映画音楽(西部劇)もたくさん演奏したのアメリカのギタリストのAl Caiola(アル・カイオラ)の楽団の演奏が有名)
日本で2007年に発売されたDVDはソロモンとシバの女王 [スタジオ・クラシック・シリーズ]

1961年 Come September(九月になれば)
1961年にロロはロマコメ王のRock Hudson(ロックハドソン)と「九月になれば」と「お熱い出来事」の軽いコメディ2本に出演しています。
「九月になれば」は9月にしか来ないはずの別荘の持ち主であるロック・ハドソンがジーナ・ロロブリジーダに会おうと突然現れたから大騒ぎとなります。 あるまじきことか、別荘の管理を任せていた執事がホテルを運営していたからです。 アメリカからやって来た別荘の宿泊客の中にSandra Dee(サンドラ・ディー)がいます。 そのガールズ様一行と宿泊拒否されたボビー・ダーリンのボーイズ様一向が当時は大流行だったスクーターでピクニックに出かけます。 ハドソンとジーナの大人の恋人たちも若者たちに参加しますが、「君の骨の構造をチェックしてあげる」なんて、トニーとサンディがいい雰囲気になったところで「はい、そこでストップ!」と無軌道な若者たちにならないように見張ります。
「 Come September(九月になれば)」の写真が見られるTorna a settembre Photos - FILM.TV.IT
※今は亡きティーンズのアイドルだったサンドラ・ディーとボビー・ダーリンが出演している「九月になれば」についてはAudio-Visual Trivia内のボビー・ダーリン Bobby Darinに関連記事があります。
1964年 Strange Bedfellows(お熱い出来事)
「お熱い出来事」はにMelvin Frank(メルヴィン・フランク)が原作と脚本及び監督したラブコメです。 ロックハドソンというとドリス・ディとのコンビが有名です。 ロロとロックハドソンとは当時恋人同士だったそうですが言語の壁かどうか、映画となるとどうもロロとはしっくりこないようですね。 ちなみに"Strange Bedfellows"とは"奇妙なご縁"という意味だそうです。
「お熱い出来事」の写真はStrani compagni di letto Photos - FILM.TV.IT

1963年 Mare Matto(波止場)
フランス語のタイトルは"La mer a boire"というイタリア・ネオリアリズモ(neorealismo)映画で、ジェノバやシチリアの港町を舞台に海の男たちを描いた作品です。 「Crazy Ocean(波止場)」を監督しているのは、1964年にVittorio De Sica(ヴィットリオ・デ・シーカ)の「Matrimonio all'italiana(直訳は"イタリア式結婚"という"ああ結婚")」の脚本を手掛けたRenato Castellani(レナート・カステラーニ)で、ロロは私の好きなフランス俳優のJean Paul Belmondo(ジャン・ポール・ベルモンド)と共演しました。 船乗りに宿を提供して商売するジェノバの下宿屋のMargherita(マルガリータ)がジーナ・ロロブリジーダです。 ジェノバの港に降り立った文無しの船員が「I Delfini(太陽の誘惑)」のThomas Milian (トマス・ミリアン)で、時同じくしてジャン・ポール・ベルモンドが演じるハンサムだけど粗野な若い船員など船乗りの一団が下宿することになります。 ロロが夢中になる下宿人の男はベルモンドが演じる"Il Livornese"ですが、これはリボルノの人という意味で名前ではなくトスカーナにある港のことだそうです。 恋に冒険にとハードな生活を送った海の男たちが老いたら行く先は老人専用の下宿屋です。
イタリア語のサイトですが「波止場」の写真がちょっと見られるMare Matto - archivio.raiuno.rai.it
「波止場」の音楽は1950年の「白い國境線」と同じCarlo Rustichelli(カルロ・ルスティケリ)で、ロロが演じたマルガリータをテーマにしたカルロ・ルスティケリのメランコリックな"Margherita"が収録されています。 人気のサウンドトラック「Mare Matto」には"Genova Blues"などカルロ・ルスティケリ特有のメランコリックな旋律に加えてビッグバンド風やツイスト風な曲も収録されています。 この他にもカルロ・ルスティケリのイタリア映画音楽"Comedy, Italian Style"にも"Mare Matto"のみが収録されています。
ロロとベルモンドのお熱いシーンのサントラ画像が見られるMare Matto - SOUNDTRACK Collector

1964年 Woman of Straw(わらの女)
「わらの女」 は1960年に犯罪コメディのThe League of Gentlemen(紳士同盟)を監督した英国のBasil Dearden(ベイジル・ディアデン)監督が仏女流作家のCatherine Arley(カトリーヌ・アルレー)が1956年に書いた小説「La Femme de paille(藁の女)」を映画化したイギリス・サスペンスです。 遺産をめぐるミステリ映画で"007"でお馴染みの英国俳優のSean Connery(ショーン・コネリー)と共演したロロは資産家に付き添う看護婦を演じます。
「わらの女」の写真はLa donna di paglia Photos - FILM.TV.IT

1965年 Le Bambole(バンボーレ)
「パンと恋と嫉妬」のLuigi Comencini(ルイジ・コメンチーニ)も共同監督したElke Sommer(エルケ・ソマー)や「太陽はひとりぼっち」のMonica Vitti(モニカ・ヴィッティ)、Virna Lisi(ヴィルナ・リージ)などの美女群が出演したイタリア・コメディ映画の「バンボーレ」にもロロは出演しました。 Le Bamboleとはイタリア語では"ドール(お人形)"のことで、フランス語では"Les Poupées"ですが、"若くて魅力的な女性"のことも指すとか。
「バンボーレ」の写真はLe Bambole Photos - FILM.TV.IT
「バンボーレ」の情報と映画ポスターが見られるLe Bambole - DvdToile.com(キャスト名にマウスを乗せると画像)
ルイジ・コメンチーニ監督はロロの他に1963年のClaudia Cardinale(クラウディア・カルディナーレ)が主演した「La ragazza di Bube(ブーベの恋人)」が有名です。

1968年 La Morte Ha Fatto l'Uovo(殺しを呼ぶ卵)
フランス語のタイトルは"La Mort a pondu un oeuf"で、英語では"Death Laid an Egg"というGiulio Questi(ジュリオ・クエスティ)監督のイタリアン・サスペンスです。 珍しいジーナ・ロロブリジーダの犯罪映画で、いつもは色男を演じるJean-Louis Trintignant(トランティニャン)がワイフ・コンプレックスの精神異常男を演じます。 ジーナ・ロロブリジーダが演じる妻を遠避けて売春婦を相手にしたり、妻の姪っ子とも関係を持った挙句に共謀して妻殺害を企てます。 愛人の姪を演じるのは「Candy(キャンディ)」に出演したスウェーデン出身のエロ可愛いEwa Aulin(エヴァ・オーリン)です。 今でも人気の「殺しを呼ぶ卵」で使用された怖い音楽はイタリアのクラシック界の作曲家でBruno Maderna(ブルーノ・マデルナ)です。
La Morte Ha Fatto l'Uovo Trailer - YouTube
ジャン=ルイ・トランティニャンは1956年にブリジッド・バルドーと「素直な悪女」、1959年に「激しい季節」、1966年に「男と女」など多くのフランスやイタリアの名作に出演しています。
※ブルーノ・マデルナ音楽のサウンドトラック・ジャケットにはジーナ・ロロブリジーダのセクシーな写真が使用されています。 「殺しを呼ぶ卵」のジャケット画像が見られるLa Morte Ha Fatto l'Uovo Soundtrack - Italian Soundtracks.com

以上をもって映画女優として私が知っているジーナ・ロロブリジーダは終わりです。
※写真の他にも彫刻も手がけたほど多彩なジーナ・ロロブリジーダは最初の夫のミルコ・スコフィックとは20年以上の結婚生活を送りましたが、この度79歳にして30代の若き実業家と2006年に結婚とか。
※ジーナ・ロロブリジーダの出演映画のタイトルの多くは扇情的であるもののいづれも性描写や暴力シーンがなく成人指定になったことはありません。


ジーナ・ロロブリジーダ主演映画のVHS
以下は国内で入手出来るジーナ・ロロブリジーダが出演した映画のVHS及びDVDのカバー画像で"Amazon.co.jp"のビデオ情報にリンクしています。再リリース以外は1万円~1万五千円位します。

Beat the Devil VHS  2006年発売の廉価版DVD悪魔をやっつけろ
Beat the Devil VHS  Beat the Devil DVD


Soloman & Sheba / Movie
Soloman & Sheba VHS


Hunchback of Notre Dame
Hunchback of Notre Dame VHS
ノートルダムの傴僂男 DVD


Strange Bedfellows
Strange Bedfellows VHS Come September 9月になれば DVD
Come September VHS

殺しを呼ぶ卵
La Morte Ha Fatto l'Uovo  Trapeze / Movie
Trapeze VHS

上記以外のジーナ・ロロブリジーダが出演映画のVHS画像
Hotel Paradiso VHS
paradiso.jpg
「白い國境線」 (1949)
「Beat the Devil」 (1953) Humphrey Bogart
「La Romana(ローマの女)」 (1954)
「ソロモンとシバの女王」 完全版(字幕ワイド版) (1959)
「Law(掟)」 (1959) (Sub)

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