アンソニー・クイン Anthony Quinn



Anthony Quinn (1915 - 2001)
映画俳優といえばまずは演技力は当然のこととして、美男、素敵、そしてセクシーといった形容詞が付けられることが多いですが、背丈が186 cmで92 kgという巨漢のアンソニー・クインには"渋い男"とか"男臭い男"の魅力といった言葉がぴったり合うでしょう。 イケメンとは申しませんが"いい男"なのです。 アンソニー・クインはメキシコ出身のアメリカ俳優ですからメキシコ人やスペイン人は当然ながら、日本人は無理としてもイタリア人やギリシャ人、それどころかインディアンやアラブ人、なんと中国人までと色々な人種の役をこなしてしまうのです。
アンソニー・クインは1937年にSwing High, Swing Low(スイング)に出演し、1941年にリタ・ヘイワースが出演した大ヒット映画のBlood and Sand(血と砂)(1941)にタイロン・パワーが演じた闘牛士のJuan Gallardo(フワン・ガリアルド)の同僚の闘牛士でヒロイン"Dona Sol(ドニャ・ソール)"の虜となる色男のManola de Palma(マノラ・デ・パルマ)役で出演してダンス上手のリタ・ヘイワースと情熱的に踊りました。
ニヒルな色男のアンソニー・クインとセクシーなリタ・ヘイワースの「血と砂」の写真が見られるBlood and Sand Photo gallery(上段左)
その後暫くはインディアン役やギャングの手下などの端役に甘んじていましたが、1948年なってにブロードウェーの舞台でテネシー・ウイリアムズの戯曲でA Streetcar Named Desire(欲望という名の電車)の粗暴なスタンリー役を演じたアンソニー・クインがPulitzer Prize for Drama(ピューリッツァー賞)を受賞したことから、Baby Doll(ベビイドール)のElia Kazan(エリア・カザン)監督に認められて、1951年の映画版欲望という名の電車でスタンレーを演じたMarlon Brando(マーロン・ブランド)と1952年にアメリカ映画の「Viva Zapata !(革命児サパタ)」で共演を果たしアカデミー助演賞を受賞したのです。
「革命児サパタ」のトレーラーはViva Zapata ! Trailer - Comme Au Cinéma
※トルコ出身のエリア・カザン監督は「欲望という名の電車」の他にテネシー・ウイリアムズ戯曲としては1956年にCarroll Baker(キャロル・ベイカー)主演で「Baby Doll(ベビイドール)」などを映画化しています。

アンソニー・クインは画家としてもメキシコでは有名ですが、1956年にThe Strange Love of Martha Ivers(呪いの血)でデビューしてTown Without Pity(非情の町)などに出演したKirk Douglas(カーク・ダグラス)が主役のVincent Van Gogh(ゴッホ)を演じたゴッホの伝記映画「Lust for Life」(イタリア語のタイトルはBrama di vivere、炎の人ゴッホ)」でPaul Gauguin(ゴーギャン)を演じてアカデミー賞助演男優賞を受賞しました。
Lust for Life(炎の人ゴッホ)のトレーラーが観られるLa Vie passionnée de Vincent Van Gogh Trailer - Comme Au Cinéma
RFM - La Vie Passionnée De Vincent Van Gogh
Lust for Life Trailer - Turner Classic Movies(ビデオクリップや写真もあり)
アンソニー・クインは同じく1956年にGina Lollobrigida(ジーナ・ロロブリジーダ)と共演したNotre-Dame de Paris(ノートルダムのせむし男)とか、1958年のSophia Loren(ソフィア・ローレン)と共演したThe Black Orchid(黒い蘭)などの他にもイタリア映画にたくさん出演してイタリアの美人女優たちと共演しています。


1937年 Swing High, Swing Low(スイング)
アンソニー・クインはツアーガイド役のFred MacMurray(フレッド・マクマレイ)と美人歌手の取り合いから監獄に入れられるスペイン人のThe Donとして出演しています。 1930年代と1940年代に活躍したMitchell Leisen(ミッチェル・ライゼン)監督のパナマ運河航海で余興やニューヨークのナイトクラブを舞台にしたミュージカルドラマです。
Love Letters(ラブレター)やペギー・リーの「ジャーニー・ギター」などの作曲者であるVictor Young(ヴィクター・ヤング)が音楽を担当し、マニキュア係りで歌手役のCarole Lombard(キャロル・ロンバード)やDorothy Lamour(ドロシー・ラムーア)が歌い、フレッド・マクマレイ が"観光ガイド転じてトランペッター"として出演しています。
映画に関する情報は殆ど見つかりませんがVHSビデオはSwing High Swing Low (B&W)

1962年 Barabbas(バラバ)
殺人や盗人の罪ではりつけの刑に処せられる予定だった極悪人のバラバの代わりにイエス・キリストが十字架にかかったという聖書のお話で、九死に一生を得たバラバですが迫害と自己のキリストの亡霊に怯えるという地獄の苦しみの余生を送り、最後には死をもって内なる平和を得たのです。 バラバの最愛の愛人で、イエス・キリストに傾倒するレイチェルを演じたのがイタリアの大物女優であるSilvana Mangano(シルヴァーナ・マンガーノ)でした。
なお同年にはDavid Lean(デヴィッド・リーン)監督のLawrence of Arabia(アラビアのローレンス)でアラブの首長のAuda abu Tayi(アウダ)を演じ、Peter O'Toole(ピーター・オトゥール)やAlec Guinness(アレック・ギネス)などイギリスの俳優達と共演しました。
「アラビアのローレンス」のビデオクリップが観られるTCM
Barabbas VHS
Barabbas by Anthony Quinn
Barabbas(バラバ)の音楽は1959年にエレオノーラ・ロッシ・ドラゴ主演の激しい季節のロマンティックな音楽を担当したMario Nascimbene(マリオ・ナシンベーネ)でサントラのAlexander the Great/Barabbasに収録されています。
Barabba Opening Credits, music by Mario Nascimbene - YouTube
※シルヴァーナ・マンガーノはミス・ローマの美人コンテストから翌年の1947年にはジーナ・ロロブリジーダやEleonora Rossi Drago(エレオノラ・ロッシ・ドラゴ)のようにミス・イタリアに出場しました。 イタリア俳優のMarcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)と恋愛関係にあったシルヴァーナ・マンガーノは映画界入りして1949年のRiso Amaro(苦い米)でスターダムに上り詰め、イタリアの大女優であるSophia Loren(ソフィア・ローレン)やジーナ・ロロブリジーダと並び人気を保っていました。 映画の世界に入る前はダンサーになろうとしていたシルヴァーナ・マンガーノは1955年にRobert Rossen(ロバート・ロッセン)監督のMambo(マンボ)に出演して得意のダンスを踊っています。 この映画についてはAudio-Visual Trivia内のPerez Prado(ペレス・プラード)に書かれています。(マンガーノの"Mambo"が観られる)

 

1967年 La Vingt-cinquième heure(25時)
第二次世界大戦中の1939年にドイツがルーマニアを占拠した頃を描いたルーマニア出身の作家であるConstantin Virgil Gheorghiu(コンスタンティン・ビルジル・ゲオルギュー)のべストセラー小説"Ora 25(The 25th Hour)"をHenri Verneuil(アンリ・ヴェルヌイユ)監督が映画化した仏伊ユーゴ合作映画です。 英語タイトルは"The 25th Hour"とも呼ばれますが、25時とは24時間の一日から1時間経った午前1時、宗教的な救い主が現れても解決できない精神的な不条理な時間なんだとか。(意味不明) ともかく不幸な農夫をアンソニー・クインが演じ、ハリウッドでの金髪グラマー役を嫌ったイタリア女優のVirna Lisi(ヴィルナ・リージ)が妻を演じました。 第二次大戦時のルーマニアを舞台にドイツ・ナチスにユダヤ人のレッテルを貼られ強制収容所送りとなったブルガリア人農夫の妻奪回奮闘物語です。 収容所護衛官に自分の妻を横恋慕され収容所キャンプ生活は逃れたもののユダヤ人の家として没収させられるのを防ぐために離婚を余儀なくさせられます。 俺はユダヤ人じゃない!と脱走してハンガリーに逃げたものの囚われますが、ここでなんとナチの人類学者から今度は純然たるドイツ人のサンプルとして認められ、SS(ナチス親衛隊)入りしその写真が雑誌のカバーを飾ることになったのです。 そして終戦、農夫はドイツ人としてNuremberg(ニュルンベルク)裁判にかけられたのです。 危機一髪というところで妻の経過を綴った切々と訴える手紙に救われ8年もの長い別離の後やっともとの家族に戻ることができたのです。 ヨーロッパでの戦争につきものの人種嫌悪や差別問題を巡る家族の混乱や恋を描いた「何てこった!」ドラマです。 2002年のSpike Lee(スパイク・リー)監督の同名映画「The 25th Hour」はDavid Benioffの原作です。
「The Twenty-Fifth Hour」の音楽はUne Fille pour L'ete(ひと夏の情事)やJean Paul Belmondo(ベルモンド)主演のClasse tous Risques(墓場なき野郎ども)などの音楽を担当したGeorges Delerue(ジョルジュ・ドルリュー)です。
フランス映画の巨匠の一人であるアンリ・ヴェルヌイユは1950年代にJean Gabin(ジャン・ギャバン)主演でFrançoise Arnoul(フランソワーズ・アルヌール)が可愛かった情感溢れるDes gens sans importance(ヘッドライト)、ミレーヌ・ドモンジョ主演のUne Manche Et La Belle(女は一回勝負する)、パスカル・プティのひと夏の情事やL'affaire D'une Nuit(艶(つや)ほくろ)などを監督しています。
The 25th Hour(25時)の貴重なトレーラーが観られるTCM
イタリア語のタイトルはLa venticinquesima oraという「25時」の写真が見られるFILM.TV.IT
アンソニー・クインの演技力が評価されたというのに日本はおろかアメリカやフランスでもMGM映画制作の「25時」のVHSビデオはもう見つかりませんが、アンソニー・クインとヴィルナ・リージの"La Vingt-cinquième heure"の画像が見られるフランスの映画サイトLa Vingt-cinquième heure - CineMovies

1967年 L'Avventuriero(残虐の掟)
英語タイトルは放浪者という意味の"The Rover"というTerence Young(テレンス・ヤング)監督の戦争ものイタリア映画では、「血と砂」で共演したリタ・ヘイワースの他にイタリア女優のRosanna Schiaffino(ロザンナ・スキャフィーノ)と共演しています。
「残虐の掟」の写真が見られるL'avventuriero - FILM.TV.IT
「残虐の掟」は1979年のApocalypse Now(地獄の黙示録)の原作者として知られるJoseph Conrad(ジョセフ・コンラッド)の原作の映画化で音楽はEnnio Morricone(エンニオ・モリコーネ)です。

"Ian Fleming"(イアン・フレミング)原作の「007」シリーズの映画化で名高いイギリスのテレンス・ヤング監督はジェーン・マンスフィールドの「地獄の罠」やウィリアム・ホールデンのL'arbre de Noël (クリスマス・ツリー)やチャールズ・ブロンソン主演のレッド・サンなど、アクション、ミステリー、西部劇や戦争映画、ホームドラマまでと幅広く手がけています。 アンソニー・クイン主演の映画としては「バラキ」も監督しています。
Rover / Movie
L'Avventuriero by Anthony Quinn
※「残虐の掟」のテーマは ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・エンニオ・モリコーネに収録されています。(詳細は過去記事のダミアーニの"くち紅"

1978年 The Greek Tycoon(愛はエーゲ海に燃ゆ)
ギリシャの大物実業家のAristotle Onassis(オナシス)と元ケネディ大統領夫人のJackie Kennedy(Jacqueline/ジャクリーン)の恋を描いたといわれるJ. Lee Thompson監督の映画版パパラッチ・ドラマで、エーゲ海の描写が実に美しく、想像を絶するブルジョワ生活を見せつけられました。 今作ではでお馴染みのアメリカ女優で名前も同じくジャクリーンというJacqueline Bisset(ジャクリーン・ビセット)がお相手を演じました。
「愛はエーゲ海に燃ゆ」のスチール写真が見られるThe Greek Tycoon Photos - IMDbIl magnate greco - FILM.TV.IT
ドイツ語ですが「愛はエーゲ海に燃ゆ」の写真が見られるCinema.de(拡大可)
「愛はエーゲ海に燃ゆ」のVHSはGreek Tycoon / Movie
字幕版VHSは愛はエーゲ海に燃ゆ

☆ページトップのVHS画像の左は200年発売のビデオで、私がアンソニー・クイン主演の映画として始めて観た1954年のLa Strada(道)で、右はアンソニー・クインの代表作といわれる1964年のZorba The Greek(その男ゾルバ)です。
二つとも哀愁のある映画音楽が大変素晴らしく、海辺で男同士でギリシャ音楽に合わせて踊るラストシーンの曲や、道のヒロインをテーマにした"ジェルソミーナ"は当時はラジオでよく流れていました。

1954年 La Strada(道)
道 (淀川長治解説映像付き) DVD
La Strada DVD
イタリア映画の巨匠、Federico Fellini(フェデリコ・フェリーニ)が監督し、製作はCarlo Ponti(カルロ・ポンティ)という悲しくも感動的な人生劇です。
撮影はイタリアのローマの上(北方)に位置するリゾート地のBagnoregio Viterbo, Lazio(バーニ ディ ヴィテルボ ラツィオ)とローマ近くの右方に位置するリゾート地のOvindoli L'Aquila, Abruzzo、そして残りはローマのPonti-De Laurentiis Studios(ポンティ・デ・ラウレンティス・プロ)で行われました。
アンソニー・クインが演じる大道芸人のZampanò(ザンパーノ)とGiulietta Masina(ジュリエッタ・マシーナ)が演じる売られた娘のGelsomina(ジェルソミーナ)の旅回り芸人の放浪生活を通して心を通わせられない二人の真実がラストシーンで描写されます。 懸命に演じるピエロのつくり笑い顔とその下の本当の顔は別でしょう。 トランペットと"ジェルソミーナ"のテーマ曲、そして号泣するザンパーノ。 何度か観ないと理解出来なくても、このシーンで涙の流さない人はいないでしょう。
胸が締め付けられるような旋律の「道」の音楽は哀愁たっぷりのNino Rota(ニーノ・ロータ)です。
「道」は映画史上でも必見ですがDVDが早くからリリースされています。
1998年や2002年発売の「道」は現在入手困難となってしまいました。のでリンクは2009年に発売になった日本語字幕版のDVDです。

Zampano uccide il 'Matto' - Gelsomina impazzisce di dolore(ザンパノがピエロを殺したことでジェルソミーナは悲嘆にくれる)などが収録されたニーノ・ロータのアルバム「Nino Rota (1911-1979)」から"Nino Rota - Suite from the ballet 'La Strada'"が試聴出来るChandos Records - Classical CD(左のAudio Sampleが無効になっている場合は上のCD画像をクリックすると現れるWindowsMediaPlayerアイコンをクリック)
"Strada/Suite"を収録したニーノ・ロータのアルバムには"Casanova"や"Godfather"なども入った輸入盤の「Film Music by Nino Rota」があります。
それにしても気になるのはRichard Basehart( リチャード・ベースハート)が演じるIl 'Matto'(The 'Fool')(綱渡りピエロ)が「世の中に無駄なものはない」とジェルソミーナを慰め思い出だという首飾りを付けてやるシーンです。 謎の"ジェルソミーナの歌"の出どころと首飾りの謎の思い出とは?
La Strada - YouTube
Zanpano, Gelsomina and Il 'Matto'-The 'Fool' in La Strada - YouTube

Giulietta degli spiriti
フェデリコ・フェリーニが監督してジュリエッタ・マシーナが主演した1964年の「Juliet of the Spirits(魂のジュリエッタ)」でも音楽はニーノ・ロータです。 日本では15曲収録のOST「魂のジュリエッタ」と「Giulietta degli spiriti」がサウンドトラックとしてリリースされました。
「魂のジュリエッタ」の試聴はGiulietta Degli Spiriti Soundtrack - Amazon.com

ソフィア・ローレンと重婚罪まで侵して結婚し生涯をともにしたイタリア映画界の偉大なるプロデューサーであるカルロ・ポンティは2007年に94歳で亡なりました。 ジーナ・ロロブリジーダが出演した1950年の「白い國境線」からソフィア・ローレンが主演した1989年のTwo Women(ふたりの女)他、130本あまりのイタリア映画の制作に携わってきました。

1978年 Alexis Zorbas(その男ゾルバ)
アンソニー・クインがアメリカインディアンを演じた1970年のFlap(最後のインデイァン)の後に、"Zorba The Greek"(その男ゾルバ)ではギリシャ人を演じました。
50年代には日本にも滞在したことのあるギリシャの作家であるNikos Kazantzakis(ニコス・カザンザキス)の小説と同じく英語のタイトルは"Zorba The Greek"(ギリシャ人のゾルバという意味でフランス語ではZorba le grec)です。
2007年に発売された最新DVDはその男ゾルバ 〈特別編〉 スタジオ・クラシック・シリーズ
※ニコス・カザンツァキスの作品で映画化されたのは日曜はダメよの監督であるJules Dassin(ジュールス・ダッシン)などと共同脚本を担当した1957年のCelui qui doit mourir(宿命)と、Martin Scorsese(マーティン・スコセッシ)監督の1988年のThe Last Temptation of Christ(最後の誘惑)があるそうです。
「その男ゾルバ」は地中海のクレタ島を舞台にした英国人の作家と物事に動じないギリシャ人の典型のようなゾルバとの友情物語です。 炭鉱堀に志願した女好きのソルバのたっての頼みというのは「楽器を弾いて踊る時は自由させて欲しい」でした。
「その男ゾルバ」の写真が見られるZorba il greco - FILM.TV.IT
「その男ゾルバ」のテーマ曲はギリシャ人作曲家のMikis Theodorakis(ミキス・テオドラキス)が作曲した"Sirtaki"だそうです。
Zorba The Greek - Zorba The Greek - Zorba's Dance - YouTube
Zorba The Greek - Greek Dance Scene - YouTube
♪ Mikis Theodorakis - Zorba

ミキス・テオドラキス音楽「ゾルバ」のサウンドトラックは「Zorba the Greek (Soundtrack)
ミキス・テオドラキスの映画音楽集は「Mikis Theodorakis on the Screen

音楽が流れるゾルバのトレーラーはZorba the Greek Trailer - VideoDetective
2007年3月に発売の国内版DVDはその男ゾルバ 〈特別編〉 スタジオ・クラシック・シリーズ

2 Comments

NOVAさん、私の場合、Swing High, Swing Low、L'Avventuriero、La Vingt-cinquième heureは記憶にないのですが後は観ています。中学からは洋画好きで地元の名画館から有楽町の封切館までよく行ったものです。

koukinobaabaさんはここで紹介なさっている映画は全部ご覧になっているのでしょうね。私はこの中では「道」しか観ていません。それも確かNHKの衛星放送だったと思います。
この前近所のドラッグストアで1ドル2ドルのDVDがあると聞きましたので、掘り出し物を見つけにいこうと思っています。そうそう、クマちゃんは私より2歳上なので、体験的にはほとんど同じ時期なんですよ。

Leave a comment

Recent Comments

Powered by Movable Type 4.261