February 2007 Archives


Francoise Arnoul

Françoise Arnoul
仏領時代のアルジェリア出身のフランソワーズ・アルヌールは主に1950年代に活躍しましたが、一時はオードリー・ヘプバーンより人気があったくらい有名なフランス女優なのです。 賢そうな広いおデコ、猫のような大きな眼、官能的なぽってりとした唇の小顔で、ソフトな色気を持つフランソワーズ・アルヌールは可憐!可愛い!と抱きしめたくなるような小粋なパリジェンヌです。 フランソワーズ・アルヌールに続いた人気フランス女優には小悪魔のBrigitte Bardot(ブリジッド・バルドー)やMylene Demongeot(ミレーヌ・ドモンジョ)など、大人の色気なら死刑台のエレベーターのJeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)がいますが、可愛い子猫ちゃん風なPascale Petit(パスカル・プティ)をもっとしっとりとさせたような、いわゆる<いい女>がフランソワーズ・アルヌールです。

フランソワーズ・アルヌールの初主演映画はGeorges Simenon(ジョルジュ・シムノン)の原作をHenri Verneuil(アンリ・ヴェルヌイユ)監督が映画化した1952年のLe Fruit defendu(禁断の木の実)です。 アンリ・ヴェルヌイユといえば日本では1963年のLa Mélodie en sous-sol(地下室のメロディー)が有名ですが、フランソワーズ・アルヌール主演映画では立て続けに1954年の「過去をもつ愛情」と1955年の「Des gens sans importance(ヘッドライト)」と1956年の「幸福への招待」を監督しています。 ジョルジュ・シムノンは1958年にJean Gabin(ジャン・ギャバン)が主演した「Maigret tend un piège(殺人鬼に罠をかけろ)」などのMaigret(メグレ警視)シリーズの原作者で、日本未公開ですが2002年のメキシコ映画で情欲か遺産か、家庭持ち同士の不倫、その代償は? 地味な映画ですが最後のどんでん返しがスリリングなLa habitación azul(青い部屋の女)の原作もジョルジュ・シムノンです。 メグレは1929年に色々な人の顔を持つ怪人二十面相のような「Pietr-le-Letton(怪盗レトン)」ではじめて主人公になったそうです。 シムノンの原作をPierre Granier Deferre(ピエール・グラニエ・ドフェール)が映画化した作品には1965年にAnnie Girardot(アニー・ジラルド)とMaurice Ronet(モーリス・ロネ)が共演したMarcel Carne(マルセル・カルネ)監督のTrois Chambres a Manhattan(マンハッタンの哀愁)や1973年にRomy Schneider(ロミー・シュナイダー)とJean Louis Trintignant(ジャン・ルイ・トランティニャン)が共演したLe Train(離愁)などがあります。
その後もフランソワーズ・アルヌールは立て続けに映画出演していましたが、残念なことに短期間の女優活動のため、日本では「ヘッドライト」で脚光を浴びたものの若い世代にはその他の作品はあまり知られていないようです。
「禁断の木の実」は私の好きな1937年の映画「Un Carnet de Bal(舞踏会の手帖)」に理容師役で出演したFernandel(フェルナンデル)が演じる妻子持ちの医師とフランソワーズ・アルヌールの不倫コメディです。
映画パンフレット画像は禁断の木の実 - マイコレクション - 映画のパンフレット
Le Fruit defendu(又はMouton à cinq Pattes/禁断の木の実)でのフランソワーズ・アルヌールとフェルナンデルの浮気現場写真はLe Fruit defendu Photos - SIMENON ON THE SCREEN(ページの中ほどですが奥様役のClaude Nollier(クロード・ノリエ)は"フランス式十戒"にも出演しています。
"Le Fruit Défendu"のVHSはフォーマットがクオリティの高いヨーロッパのDVDスタンダード盤"PAL"で、フランスのLe fruit defendu - Amazon.frにしかありません。
☆フランソワーズ・アルヌールの写真集が見られるFrancoise Arnoul Photos - FILM.TV.IT


Francoise Arnoul Filmography
Francoise Arnoul
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1950年代のフランソワーズ・アルヌールの主な出演映画
1954年 French Cancan(フレンチ・カンカン)
Jean Renoir(ジャン・ルノワール)監督が大いなる幻影で主演したJean Gabin(ジャン・ギャバン)を起用したカラーのミュージカル映画です。 1800年代の後期を舞台に、フレンチ・カンカンの産みの親と呼ばれる実在したモンマルトルの興行師をジャン・ギャバンが演じて、アルヌールが演じる洗濯女を踊り子に抜擢してキャバレーでのレビューを成功させます。 映画の中で往年のシャンソン歌手のCora Voucaire(コラ・ヴォケール)がGeorges Van Parysの作曲にジャン・ルノワール監督が歌詞を付けた"Complainte de la butte"を歌う他、Patachou(パタシュー)の"Madame Arthur"も使用されています。
歓声を上げて踊り子が騒々しく踊るフランス風のカンカンダンスはスキャンダラスな大股開きが話題を呼び、19世紀のフランスのイラストレーターの先駆けとなる"Henri de Toulouse-Lautrec(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック)"のポスターにも描かれています。
ムーランルージュ前のカフェで飲んでいたジャン・ギャバンが可愛い洗濯女を見つけるシーンをご覧下さい。
Absinthe drinker in Paris 1900 in French Cancan - YouTube
Francoise Arnoul with Jean Gabin in French Cancan- YouTube
This is French Can Can! - YouTube
Cora Voucaire in French Cancan - YouTube
ロートレックの絵が見られるBRITANNICA
クラシックバレエを習っていたフランソワーズ・アルヌールは勿論フレンチカンカンを踊りますが、俳優になる前はシャンソン歌手だったジャン・ギャバンも踊ります。 その他Charles Aznavour(シャルル・アズナヴール)などを育てたシャンソンの大御所であるÉdith Piaf(エディット・ピアフ)をはじめ、Cora Vaucaire(コラ・ヴォケール)、André Claveau(アンドレ・クラヴォー)などシャンソン歌手たちのゲスト出演が豪華です。 日本では「フレンチカンカン」が映画デビューとなったMichel Piccoli(ミシェル・ピッコリ)が将軍役で出演します。 フランソワーズ・アルヌールを見るというよりもラストシーンのキャバレー・ムーランルージュでの華麗なフレンチ・カンカンは必見です!
フランス語ですが映画「フレンチ・カンカン」の情報やアルヌールのカンカン写真が見られるDu Temps des cerises aux Feuilles mortes Photos - Chanson.udenap.org
可愛いフランソワーズ・アルヌールの写真はFrancoise Arnoul Photos - マイコレクション - 映画のパンフレット - movie pamphlet
※ジャン・ギャバンのシャンソンについては過去記事のJosephine Baker(ジョセフィン・ベイカー)


French Can-Can
cancan.jpg  French Cancan
フレンチ・カンカン DVD French Cancan VHS Amazon.com
日本語字幕版のVHS「フレンチ・カンカン」もありますが入手困難。
French Cancan at The Moulin Rouge - YouTube

1954年 Les Amants du Tage(過去をもつ愛情)
翌年には「ヘッドライト」を監督するHenri Verneuil(アンリ・ヴェルヌイユ)の作品で、パリとリスボンを舞台にした犯罪メロドラマでアルヌールは富豪の夫殺しの疑惑をかけられてロンドン警視に追われている女です。妻殺しで無罪となったタクシー運転手にはブリジッド・バルドーのEn effeuillant la marguerite(裸で御免なさい)で主演したDaniel Gelin(ダニエル・ジェラン)です。
「過去をもつ愛情」の映画パンフレットが見られる過去をもつ愛情 懐かしの映画パンフレット
★アマリア.ロドリゲスがファドを歌う酒場シーンが素晴らしい日本語字幕版のVHS「過去をもつ愛情(Les Amants du Tage)」はビンテージ価格ですがAmazon.co.jpで見つかります。
「過去をもつ愛情」はMichel Legrand(ミシェル・ルグラン)の映画音楽デビュー作品ですが、リスボンの歌手であるAmália Rodrigues(アマリア.ロドリゲス)が居酒屋のシーンで歌った映画のテーマ曲で"黒い小舟"という意味の「Barco Negro(暗いはしけ)」は世界的に大ヒットしてポルトガル民謡である"ファド"の代名詞となり、日本でもファドが知られるようになりました。 歌は暗い海に消えた愛する夫の面影を偲ぶという内容です。
※英語ではFate(宿命、悲運)を意味する"ファド"とは1920年頃が起源だというポルトガルのフォークソングとダンスで、主に海に関わる貧しい人々の望郷の哀歌とされ、12弦のポルトガル・ギターの伴奏で歌われます。 Lisboa Fadoは一般的なLisbonスタイルで、それに対しより洗練されたCoimbra(コインブラ)スタイルがあるそうです。
Listenアマリア.ロドリゲスのホームページ"Amalia - Estranha forma de Vida"で左のメニューからmúsicaを選ぶと40年代から90年代までのディスコグラフィで各サムネールをクリックすると聴けます。
Barco Negro(暗いはしけ)の歌詞とアマリア.ロドリゲスのヴィデオが観られるBarco Negro Lyrics - VagaLume
試聴はありませんがアマリア.ロドリゲスの人気の国内盤は「アマリア・ロドリゲス」や「ファドの魂-永遠のアマリア・ロドリゲス」がAmazon.co.jpで見つかります。
Amália Rodrigues - YouTube
Amália Rodrigues Barco Negro - YouTube


Jean Gabin et Françoise Arnoul dans Des gens sans importance (1955)
Des gens sans importance by Jean Gabin et Françoise Arnoul  Des gens sans importance by Jean Gabin et Françoise Arnoul

1955年 Des gens sans importance(ヘッドライト)
フランス語タイトルの"Des Gens Sans Importance"の意味は"重要性のない人間たち(無名の人々)"です。 「過去をもつ愛情」に続いてHenri Verneuil(アンリ・ヴェルヌイユ)が監督したやるせないの一語につきるロマンス映画で、日本では中高年世代にとって最も感涙にむせぶアルヌールの映画です。 Jean Gabin(ジャン・ギャバン)が演じるパリとボルドー間を走るしがない初老の長距離トラック運転手と、フランソワーズ・アルヌールが演じるパリに憧れるドライブカフェの若いウエイトレスの超悲恋物語です。 私にはこれは純愛なのかどうか判断が付きかねますが、ともかく貧しいのは悲劇だと思いました。
身ごもったClothilde(クロティルド)を演じたフランソワーズ・アルヌールがラストシーンでも着ていたキュっとウエストを締めたビニールのレインコートがとても印象的でした。
ビニールのレインコート姿のフランソワーズ・アルヌールと定期便の運転手のジャン・ギャバンのツーショットに加え、「幸福への招待」と「遥かなる国から来た男」の写真が見られるフランソワーズ・アルヌール 映画ありき
音楽はJoseph Kosma(ジョセフ・コズマ)ですが現在はサウンドトラックは見つかりません。
Des gens sans importance(ヘッドライト)のポスター画像が見られるDes gens sans importance Poster - Joeyy.free.fr

☆上記の画像は輸入版"Des Gens Sans Importance"のDVD(フランス語)です。
ヘッドライト DVD
Des gens sans importance
日本語字幕版のVHS「ヘッドライト」はAmazon.co.jpで見つかります。

1956年 Sait-on jamais...(大運河/グランカナル)
英語のタイトルは"Does One Ever Know"とか"No Sun in Venice"と付けられたSait-On Jamais?は50年代には殆どブリジッド・バルドーの主演映画の監督をしたRoger Vadim(ロジェ・ヴァディム)の監督デビュー作となったミステリックなカラー映画です。 若いソフィーを演じるフランソワーズ・アルヌールと共演するのはジャーナリストを演じた男前のChristian Marquand(クリスチャン・マルカン)とアルヌールの元恋人だったスフォルツィを演じたRobert Hossein(ロベール・オッセン)です。第二次大戦中に金融市場を撹乱を狙って贋金を製造した男爵は鋳型を持ってスフォルツィと姿を隠したが警察に睨まれている。 元恋人のスフォルツィから男爵に差し出されたかたちのソフィーは町で出会った若いミシェルと恋に落ちて今の境遇から逃れようとしたがとんだ伏線が待っていた。 水の都と呼ばれるベネチアの運河を航海する船も舞台となって男爵の養女だという美貌のソフィーに恋をしたジャーナリストが陥る恐怖を描いたミステリーです。
映画"Sait-on jamais ?"での男爵とフランソワーズ・アルヌールと若いジャーナリストのミシェルを演じたクリスチャン・マルカンの写真が見られるSait-On Jamais Photos - Cinedestin
「大運河」で特筆すべきはMJQのサウンドトラック「大運河<たそがれのベニス>」ATL-5015です。  音楽を担当したJohn Lewis(ジョン・ルイス)の作曲による大作のミシェルのテーマ曲"The Golden Striker(金色の鐘時計)"を演奏したThe Modern Jazz Quartetのメンバーはピアノがジョン・ルイス、ヴィブラフォンがMilt Jackson(ミルト・ジャクソン aka BAGS)、ベースが52年からPercy Heath(パーシー・ヒース)、55年からドラムがConny Kay(コニー・ケイ)です。
英語ですがSait-on jamaisの情報やジョン・ルイスの写真が見られるSait-on jamais and John Lewis Photos - JAZCLASS
「大運河」で使用された8曲入りのCDはNo Sun in Venice(たそがれのヴェニス)で試聴出来ます。
※ちなみにMJQのアルバムNo Sun in Venice(たそがれのヴェニス)ジャケット画像はTurner(ターナー)の1835年の作品で「The Grand Canal, Venice(ベニスの大運河)」の裏焼きらしいです。 本物はこちらのThe Metropolitan Museum of Art
※ターナーというと夏目漱石著の「坊ちゃん」で坊ちゃんが赤シャツと野だいこと一緒に釣りをする場面で記述があるイギリスの画家です。
アルバム「たそがれのヴェニス」の他にDjangoも収録されているThe Complete Last ConcertThe Golden Striker/John Lewis Presents Jazz Abstractions、そしてDjangoとMilanoが収録されているDjangoなどがあります。
MJQでもジョン・ルイス名義でもライヴが多く映画のサントラとは全く違うバージョンしか見つかりません。 このビデオもぜんぜん違う演奏のMJQのThe Golden Strikerです。

MJQ - The golden striker - YouTube

MJQのモダンジャズが素晴らしい大運河
大運河 DVD
Sait-on jamais...
日本語字幕版VHS「大運河」はAmazon.co.jpで見つかります。

No Sun in Venice by John Lewis ATLANTIC SMJ-16
No Sun in Venice by MJQ私は以前はモダン・ジャズというとバップやファンキーな曲を好んで聴いていたのですが、その概念を吹き飛ばすようなモダンでクラシックなの美しい曲を演奏するMJQにも魅せられました。 私の手持ちのMJQのレコードには「No Sun in Venice(大運河)」のオリジナルサウンドトラックから「MJQ/たそがれのベニス」のA面にはThe Golden Striker(ゴールデン・ストライカー)、B面には映画「大運河」のナイトクラブのシーンで使用されたVenice(ベニス)と養父と男爵のテーマであるCortege(行列)が収録されています。 メンバーはピアノのジョン・ルイス、ヴィブラフォンのミルト・ジャクソン、ベースがパーシー・ヒース、ドラムがコニー・ケイです。 もう一枚は1952年に結成されたThe Modern Jazz Quartet(モダン・ジャズ四重奏団)の「MJQ / コンコルド」Victor SMJ-2 、又はConcordeにはConcorde、Autumn In New Youk、Softly, As In A Morning Sunrise(朝日の如くさわやかに)が収録されています。 MJQのアルバムDjangoから取られたConcorde(コンコルド)はヨーロッパ、そしてフランス、特にパリに憧れたジョン・ルイスの作曲です。 もう1枚のレコードはPRESTIGE MJ-2013 の"DJANGO"でB面が"Milano"です。Djiangoはジョン・ルイスがジプシーのジャズ・ギタリストのDjango Reinhardt(ジャンゴ・ラインハルト)の死を悼んで作曲した大変美しい曲です。
Django - John Lewis and The Modern Jazz Quartet - Rádio UOL


1956年 Paris, Palace Hôtel(幸福への招待)
"Paris Hotel"は「ヘッドライト」に続きアンリ・ヴェルヌイユが監督したカラーのロマコメ映画です。 ホテルのマニキュア係のフランソワーズ・アルヌールは身分を偽って若者と恋に落ちますが、その男も身分を偽っていました。 その二人に加えてアバンチュールを楽しもうと仮病をつかった不良紳士のCharles Boyer(シャルル・ボワイエ)も絡んだお洒落なクリスマス映画です。
※フランソワーズ・アルヌールは「幸福への招待」と同じ年にブリジッド・バルドーが主演した「裸で御免なさい」ではナイトクラブのシーンに自身の役でカメオ出演しています。
「幸福への招待」の音楽は1955年のMademoiselle de Paris(水色の夜会服)や1957年のMylene Demongeot(ミレーヌ・ドモンジョ)主演のUne Manche Et La Belle(女は一回勝負する)でも音楽を担当しているPaul Durand(ポール・デュラン)の作曲ですがサントラは見つかりません。
"Paris palace hôtel"のVHSはフォーマットがCouleur, SecamでフランスのParis palace hôtel - Amazon.frにしかありません。(一応カバー画像あり)
※Secamとはフランスで開発されたSEquential Couleur A Memoireというヨーロッパで普及している地上波放送方式の一つだそうです。(Couleurはカラーのこと。)

1956年 Le Pays, d'où je viens(遥かなる国から来た男)
英語のタイトルは"The Country I Come From"というMarcel Carné(マルセル・カルネ)監督のクリスマスを背景にしたロマコメで主題歌の"Le pays d'où je viens"を歌ったGilbert Bécaud(ジルベール・ベコー)はカフェの内気なピアノ弾きとそっくりな男の二役で映画デビューし、音楽も担当しました。 フランソワーズ・アルヌールは内気なベコーが恋をする可愛いウエイトレスです。
「遥かなる国から来た男」のポスターが見られるallocine.fr
Le Pays d'Ou Ja Viens(Noche de Navidad又はChristmas Night)の劇場ポスター画像が見られるLe Pays d'Ou Ja Viens Poster- eBey
"Le Pays D Ou Je Viens"のVHSはヨーロッパのスタンダードPALのフォーマットでAmazon.frでしか見つかりません。
Méqué méqué(メケメケ)の作者であるジルベール・ベコーの歌のなかでも特に好きなのはGilbert Becaud - Nathalie - YouTube

1958年 La Chatte(女猫)
女猫 [DVD]
La Chatte1938年にDanielle Darrieux(ダニエル・ダリュー)主演の「Retour A L'Aube(暁に帰る)」を監督したHenri Decoin(アンリ・ドコアン)のフィルム・ノワールです。 スパイ映画もお得意のアンリ・ドコアンは1960年にもアルヌール主演で日本未公開のLa Chatte sort ses griffes(女猫は爪を出す)を監督しています。
※Film noir(フィルム・ノワール)とはフランス語で"黒い映画"という意味ですが、1940年代後期から1950年代のハリウッド映画の中でも犯罪ものを指します。
1930年代のアメリカの恐慌時代に始まった道徳的にあいまいでセクシーな刺激を強調したハードボイルド映画に端を発しています。
フランソワーズ・アルヌールの"La Chatte(女猫)"のDVD画像が見られるRSR-La Premiere
「女猫」の音楽は「ヘッドライト」のJoseph Kosma(ジョセフ・コズマ)が担当しました。 第二次大戦下に大活躍したフランス・レジスタンスの「女猫」女闘士が敵の将校との道ならぬ恋に落ちる悲恋物語です。
☆ぶったまげる超ヴィンテージ価格の「女猫(La Chatte)」のVHSがAmazon.co.jpで見つかります。
※ついでですが、1958年には日本未公開のCargaison blancheという(英語のタイトルが Illegal Cargo)にも出演しています。 アルヌールが演じる女性ジャーナリストが白人女奴隷船を阻止せんと乗り込んだものの捕らわれの身となるストーリーで、Jean-Claude Brialy(ジャン・クロード・ブリアリ)と共演しています。
"Cargaison blanche"の劇場ポスターが見られるCargaison blanche Poster - eBey

1959年 Le Chemin des écoliers(学生たちの道)
1959年にフランソワーズ・アルヌールは二本の映画に出演していますが、その一つにMichel Boisrond(ミシェル・ボワロン)が監督したドイツ占領下のパリの地下運動をテーマにした戦争ドラマがあります。 フランソワーズ・アルヌールはゲシュタボの収容所に囚われた地下組織のメンバーの夫がいながら17歳の学生と不倫をした上に闇市に手を染めさせますが、なんといっても緊迫した戦時中のことで法も道徳も無きに等しい状態でのお話しです。 相手のお坊ちゃま学生をPlein Soleil(太陽がいっぱい)でブレイクする前のAlain Delon(アラン・ドロン)が演じる他、「女猫」に続いてJean-Claude Brialy(ジャン=クロード・ブリアリ)が出演し、 1959年のLa Jument Verte(青い女馬)やUn témoin dans la ville(彼奴を殺せ/きやつをけせ)と1960年のClasse Tous Risques(墓場なき野郎ども)で人気女優となるSandra Milo(サンドラ・ミーロ)、そしてテーマ曲のLe Grisbi(グリスビーのブルース)が有名になった1954年のTouchez Pas Au Grisbi(現金に手を出すな)でデビューし1957年のAscenseur Pour L'Echafaud(死刑台のエレベーター)で刑事役が当たったLino Ventura(リノ・ヴァンチュラ)といった共演者たちが豪華です。
学生たちの道(Le Chemin des Ecoliers)のVHSはAmazon.co.jpで見つかります。
※Le Chemin Des Ecoliersの音楽は50年代にフランス映画音楽で活躍したトルコ出身のPaul Misraki(ポール・ミスラキ)が担当しました。 ポール・ミスラキは1938年にRetour A L'Aube(暁に帰る)の音楽も手掛けています。

1959年 La Bete a L'affut(爪を磨く野獣)
Pascale Audret(パスカル・オードレ)が主演した1958年のLes jeux dangereux(危険な遊び)を監督したPierre Chenal(ピエール・シュナール)監督の犯罪ロマコメで監督最後の白黒作品です。 フランソワーズ・アルヌールが演じる魅惑的な金持ち未亡人が警察官の孤児のために催したチャリティの売り上げ金が消え去り、Michel Piccoli(ミシェル・ピッコリ)が演じる刑事が捜査に乗り出しますが、それと同時に凶悪犯も追いかけます。 アルヌールはハンサムなHenri Vidal(アンリ・ヴィダル又は アンリ・ビダル)が演じる非情な脱獄犯を匿った挙句に全てを投げ打って恋に落ちるのですがこれが結末には悲恋物語になるのだそうです。 アンリ・ヴィダルは1959年には「気分を出してもう一度」でBrigitte Bardot(ブリジッド・バルドー)と、Mylene Demongeotと「黙って抱いて」に立て続けに出演しています。
※音楽は当時新人の作曲家であったIsadra(裸足のイサドラ)のMaurice Jarre(モーリス・ジャール)が担当しました。
"La Bête A L'Affut"のVHSはヨーロッパスタンダードのPALフォーマットでフランスのLa Bête A L'Affut - Amazon.frにあります。

フランソワーズ・アルヌールは日本では20代の美しい面影だけが残されている稀有な存在ではありますが60年代以降も何本かの映画出演はあるのです。 上記の他にフランソワーズ・アルヌールが出演した60年代の映画は、1961年にJacques Poitrenaud(ジャック・ポワトルノー)監督に加え、共同監督共同脚本にMarc Allegret(マルク・アレグレ)が参加したLes parisiennes(Tales Of Paris/パリジェンヌ)ではCatherine Deneuve(カトリーヌ・ドヌーヴ)やJohnny Hallyday(ジョニー・アリディ)と共演しています。 1962年のJulien Duvivier(ジュリアン・デュヴィヴィエ)監督のLe diable et les dix commandements(フランス式十戒)ではアラン・ドロン、シャルル・アズナヴール、リノ・ヴァンチュラ、Micheline Presle(ミシュリーヌ・プレール)などと共演しました。
Les parisiennes - "Retiens la nuit"par Johnny Hallyday avec Catherine Deneuve - YouTube
上記のフランスのロカビリアン"Johnny Hallyday(ジョニー・アリディ)のツイストやハンサムなクリスチャン・マルカンの映像に加えてフランソワーズ・アルヌールのラヴシーンもチラリと観られる"Les Parisiennes"の貴重なビデオはLes Parisiennes - Comme au Cinema.com
ミシェル・ポワロン監督の「パリジェンヌ(Les parisiennes)」のVHSはAmazon.co.jpで見つかります。
「パリジェンヌ」にはまさにパリジェンヌそのもののDany Saval(ダニー・サヴァル)が出演しています。

フランス式十戒 DVD
Le diable et les dix commandements
字幕版VHS「フランス式十戒」はAmazon.co.jpで見つかります。

Animal doue de bonheur: Autobiography par Françoise Arnould
フランソワーズ・アルヌール自伝―映画が神話だった時代
Autobiography par Françoise Arnould1956年のジェラール・フィリップの死に衝撃を受けて言葉を寄せた知性的なフランソワーズ・アルヌールが自伝を出版していますがなぜか人気です。
※オリジナル書籍のカバー画像が見られるフランスのAnimal doue de bonheur (French Edition) - Amazon.fr


La Reina Del Sacromonte Amazon.co.jp Le Reina Del Embrujo Gitano
La Reina Del Sacromonte CD by Carmen Amaya Le Reina Del Embrujo Gitano CD by Carmen Amaya
Carmen Amaya (1913-1963)

Carmen Amaya: The Flamenco Dancer
ジプシーダンスの"カルメン・アマヤ"(又はカルメン・アマジャ)はスペインのバルセロナ出身のフラメンコのバイラオーラ(踊り手)でありカンタオーラ(歌い手)でもあります。 フラメンコ・ギター奏者を父に、フラメンコダンサーを姉妹に持つカルメン・アマヤは子供の頃から踊り始め、独学で極めたフラメンコダンスの他にも、Fandango(ファンダンゴ)も踊りました。
※ファンダンゴとはスペインの近年の主要なダンスで特徴としてはカップルで踊る宴会踊り(フォークダンス)のことだそうです。 カルメン・アマヤのファンダンゴはカスタネットの打ち音、指のスナップと足踏みでゆっくりと始まり徐々に早くなるという"3拍子"のダンスです。

雌豹のような顔つきのカルメン・アマヤは7cmもの高いヒールのダンスシューズで眼にも留まらぬ速さで激しくステップを踏み、炎のように情熱的に踊ります。 カルメン・アマヤは1920年代にスペインのマドリッドの劇場でジプシーダンスを踊り活躍していましたが、1936年に始まったスペインの内乱(市民戦争)時代にフラメンコのギタリストのサビーカスと共に欧州から南米に渡り、1941年からはニューヨークで活動しましたが1947年には名声と共に故郷のスペインに戻っています。
ダンスに一生を捧げたカルメンは結婚もせず、よって子供もいません。
Gypsy Dance from La reina del embrujo gitano: Carmen Amaya with Sabicas - YouTube
Carmen Amaya Furia y Temperamento - YouTube

カルメン・アマヤの"Carmen(カルメン)"という名前は芸名でスペインではカルロスと同じようによくある女性名です。 1845年にフランスの作家であるProsper Mérimée(プロスペル・メリメ)がカルメンという名前の情熱的なジプシー女を題材に小説を書いたことからファムファタルのイメージが定着しました。 その後1875年にGeorges Bizet(ジョルジュ・ビゼー)がメリメの小説を元に作曲した全4幕のオペラがオペラ座で初演され、特にHabanera(ハバネラ)が一般に広く知られています。 ビゼーのカルメンは新しくリリースされたところでは「ビゼー:管弦楽名作集」などに収録されています。
Carmen(1985) - Habanera by Julia Migenes and Plácido Domingo - YouTube

アマヤのトレアドール姿の写真が見られるSweetSwing.comのDancer History Archives by(アマヤのイラストの下Pic1、Pic2、Pic3をクリック)イラストは元はカルメン・アマヤのポスターらしいです。
スペイン語の記事ですがアマヤの写真が見られる①El flamenc a Barcelona ②Artistas Flamencos ③Carmen Amaya Photos - esFlamenco.com ④Horizonte Flamenco

カルメン・アマヤのCD
ページトップの左のCD画像は"La Reina Del Sacromonte"のMaría de la O (bulerías)で、Fandangos、Mi mare la Tanaが試聴出来るFlamenco World.com
右の画像は"La Reina del embrujo gitano"で1941年のニューヨーク・デビュー当時の録音だそうです。 試聴はLa Reina del embrujo gitano - esFlamenco.com

Carmen Amaya: Amaya's & Sabicas
Amaya and Sabicas
Carmen Amaya: Amaya's & Sabicas
ギタリストのJoseとPaco Amayaがアレンジし、2002年に亡くなったグラナダのフラメンコ・ギタリストのJuan Maya Marote(ファン・マヤ・マローテ)などの伴奏で激しい手拍子とアマヤの掛け声の入ったナンバーと、後半は伝説のスペイン・ジプシーのフラメンコ・ギタリストであるSabicas(サビーカス)とのナンバーです。
♪試聴はAmaya and Sabicas - Barnes & Noble.com

Agustín Castellón Campos aka Sabicas
ギターの天才児だったサビーカスはマドリッドなどで活動した後、1936年に始まったスペインの内乱(市民戦争)時代にアマヤと南米に渡り、ジプシー・ギターを芸術の域に発展させた奏法で多くのギタリストに影響を与えました。 その後はニューヨークに渡り60年代にはジャズメンと交流を持ち、生涯をそこで暮らしたそうです。
Sabicas Arabian Dance - YouTube

Carnages Original Soundtrack
スペインの闘牛が題材になっている2002年のDelphine Gleize(デルフィーヌ・グレーズ)監督の映画「Carnages(めざめ)」の音楽はEric Neveux(エリック・ヌヴー)ですがOSTサントラにはカルメン・アマヤが収録されています。
CarnageのトレーラーはCarnage - Film.Virgin.net
めざめ~オリジナル・サウンドトラック~(CCCD)
カルメン・アマヤのFiesta de Jerezなどが試聴できるNeowing

Carmen Amaya - Grabaciones Discos Pizarra Ano 1948-50
1948年から1950年までのカルメン・アマヤのレコードのCD化ですが、カルメン・アマヤのCD画像が見られるのはスペインのesFlamenco.comでFandangos de Albaicinなどのファンダンゴがかなり長いクリップで試聴出来ます。 Paco Amaya(パコ・アマヤ)とJose Amaya(ホセ・アマヤ)のギター伴奏でカルメン・アマヤが歌っています。

>カルメン・アマヤの出演映画
1935年 La Hija de Juan Simón(フアン・シモンの娘)
多くの映画に出演したカルメン・アマヤが初めて主演したのが白黒のスペイン映画です。
José Luis Sáez de Heredia(ホセ・ルイス・サエル・デ・エレディア)が監督し、監修が日本では1928年のUn chien andalou(アンダルシアの犬)」以来スペインの監督として知られるLuis Buñuel(ルイス・ブニュエル)です。

1936年 Maria de la O(マリア・デ・ラ・オ)
1930年代にスペインで制作された「マリア・デ・ラ・オ」は1942年にアメリカで公開され、日本では未公開のカルメン・アマヤが主演したスペイン映画です。 Antonio Morenoがアメリカ人の芸術家が久しぶりにスペインに帰ったところ、激しいジプシーの踊り子と遭遇しますが、なんと彼女は彼の実の娘だったのです。 償いのため踊り子をジプシーから見受けしてアメリカに連れ帰った画家でしたが、踊り子はやはりジプシー仲間と一緒の方が幸せなのだと悟ります。
Carmen Amaya in Maria de la O - YouTube

1942年 Panama Hattie
Ethel Merman、Lena Horne、Nicholas Brothersなどが出演したミュージカル映画でパナマのナイトクラブのママには、Town Without Pity(非情の町)に出演したKirk Douglas(カーク・ダグラス)が主演した"Letter to Three Wives"(3人の妻への手紙)で昼メロ放送作家を演じたAnn Sothern(アン・サザーン)です。
VHSはPanama Hattie
Lena Horne with THE BERRY BROTHERS 1942 in Panama Hattie - YouTube
Stormy Weather excerpt-- Nicholas Brothers - YouTube

1944年 Follow the Boys
1944年にはギャング役で有名なGeorge Raft(ジョージ・ラフト)が主演し、当時のオールスターを集めた豪華なミュージカル・コメディです。トレーラーはIMDb
Carmen Amaya in Follow the Boys
カルメン・アマヤは自分自身の役で出演していますがDinah Shore(ダイナ・ショア)やLouis Jordan Orchestra(ルイ・ジョーダン)、The Andrews Sisters(アンドリューズ・シスターズ)、Orson Welles(オーソン・ウェルズ)やMarlene Dietrich(マリーネ・デートリッヒ)などの顔が見られます。
ダイナ・ショアが歌うJule Styne(ジュール・スタイン)作曲でとSammy Cahn(サミー・カーン)作詞の"I'll Walk Alone"、ルイ・ジョーダン楽団の"Sweet Georgia Brown(スウィート・ジョージア・ブラウン)"などが収録されている"Follow the Boys"のサントラです。
Follow The Boys (1944 Film) / Star Dust (1940 Film) / Waterloo Bridge (1940 Film)[SOUNDTRACK]Follow the Boys/Star Dust/Waterloo Bridge/To Have And Have Not...
試聴はなくなりましたが、1番から19番までが"Follow the Boys"のサウンドトラックです。

1945年 See My Lawyer
Ole OlsenとChic Johnsonのボードヴィル・コンビが主演したコメディにThe Nat King Cole Trio(ナット・キング・コール・トリオ)と共にカルメン・アマヤが舞踏団を結成して特別出演したそうです。
Olsen and Johnson in Hellzapoppin' -- Harlem Congaroos - YouTube
Josh_Binney "Killer Diller"(1948)#1 : The King Cole Trio - YouTube

1963年 La Historia de Los Tarantos(バルセロナ物語)
カルメン・アマヤが主演した最後の作品は1963年に亡くなる直前の「バルセロナ物語」でGypsy(ジプシー)の情熱と愛憎と悲劇を描いているスペインのジプシー版「ウエストサイド物語」です。 オスカー賞にもスペイン語映画としてノミネートされたらしいですが、日本公開は1964年でした。
Carmen Amaya in Los Tarantos Short Trailer - YouTube
1983年の「カルメン」でDon Jose(ドン・ホセ)を演じたAntonio Gades(アントニオ・ガデス)も出演した「バルセロナ物語」スペイン語版のDVD
La Historia de Los Tarantos DVDLos Tarantos
Federico Garcia Lorca(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)の1333年の戯曲"Bodas de Sangre(血の婚礼)などの作品により、アントニオ・ガデス(1936年~2004年)は今世紀のスペイン舞踊界の巨匠といわれています。 本能的な独学のカルメン・アマヤに対してアントニオ・ガデスはあらゆる民族舞踊を学校で学んだダンサーです。
Antonio Gades - Farruca (1969) - YouTube
Antonio Gades.El Amor Brujo. Danza del Fuego Fatuo - YouTube
Antonio Gades El Choclo - YouTube

アマヤ関連のビデオや書籍
カルメン・アマヤの写真も見られるスペイン版の'Carmen Amaya. La reina del embrujo gitano' (special pack: 2 CDs + DVD + book)(試聴あり)
Mario Bois (著) の「Carmen Amaya O La Danza Del Fuego」(ペーパーバック)やPaco Sevilla (著) の「Queen of the Gypsies: The Life and Legend of Carmen Amaya 」という書籍があります。

カルメンの映画
ビゼーのオペラだけでなく世界中でCarmen(カルメン)とDon José(ドン・ホセ)の悲恋物語が映画化されています。 1945年にChristian-Jaque(クリスチャン=ジャック)が監督した"Carmen(カルメン)"ではViviane Romance(ヴィヴィアーヌ・ロマンス)がカルメンをJean Marais(ジャン・マレー)がDon Jose(ドン・ホセ)を演じGeorges Bizet(ビゼー)の音楽を使用したミュージカル映画でした。
映画ポスターが見られるCinemaffiche.com
ジャン・マレーは1946年にJean Cocteau(ジャン・コクトー)の「La Belle et la bête(美女と野獣)」や1949年の「Orphee(オルフェ)」で主演した絶世の美男で、ヴィヴィアーヌ・ロマンスは1936年にJean Gabin(ジャン・ギャバン)主演のLa Belle Equipe(我等の仲間)に出演した妖艶な美女です。
1948年には"まさにファムファタル"の代表ともいえるRita Hayworth(リタ・ヘイワース)がThe Loves of Carmen(カルメン)でヒロインのカルメンを演じお相手のDon Jose(ドン・ホセ)にはGilda(ギルダ)と同じくGlenn Ford(グレン・フォード)でした。(リタ・ヘイワースのファンである私にはあまり魅力的ではなかった。)
ビゼーが作曲した「カルメン」をOscar Hammerstein II(オスカー・ハマースタイン二世)が現代に置き換えたモダンなミュージカルで1954年にOtto Preminger(オットー・プレミンジャー)が監督したCarmen Jones(カルメン)があります。
※タイトルデザインは当時人気のデザイナーソウル・バスが担当しました。 1959年にPorgy & Bess(ポギーとベス)が大当たりするDorothy Dandridge(ドロシー・ダンドリッジ)がOtto Preminger(オットー・プレミンジャー)監督の映画でCarmen Jones(カルメン)を演じました。 Saul Bass(ソウル・バス)のタイトルデザイン・デビューでもある1954年の映画「Carmen Jones(カルメン)」が日本デビューとなったカリプソのHarry Belafonte(ハリー・ベラフォンテ)のJoe(ドン・ホセ)がアメリカ式に展開する黒人だけで演じたミュージカルの歌詞は1954年のThe Last Time I Saw Paris(雨の朝パリに死す)でもお馴染みのOscar Hammerstein II (オスカー・ハマーシュタイン二世)が書き下ろしたそうです。

Carlos Saura(カルロス・サウラ)が監督、「血と婚礼」のAntonio Gades(アントニオ・ガデス)が主演した1983年のスペイン映画「Carmen(カルメン)」はフラメンコ・ミュージカルです。 出演したPaco de Lucia(パコ・デ・ルシア)は音楽を担当して英国アカデミー賞で作曲賞を受賞しました。 同年、アントニオ・ガデスが振り付けを担当し、Julia Migenes-Johnson(ジュリオ・ミゲネス・ジョンソン)とプラシド・ドミンゴが主演した「Carmen (1984)(カルメン)」のサウンドトラックが評判だそうです。
Carmen 1983 - Comme au Cinema.com
La Habanera by Carmen Paco de Lucia - YouTube

原作者メリメのカルメンの書籍画像はPAGINA Nueva 5
※ちなみにジプシーを意味する"una Gitana"は女性形ですが男性形のun Gitano"はヒタノと発音するそうで、Gitaneriasはジプシーの集団を意味するそうですがジプシー達は自分たちをRoma(ロマ)と呼んでいます。 フラメンコという言葉はヒタノと同意語でスパニッシュ・ロマの隠語だとか。 フラメンコの重要な要素はCante(カンテ)という歌ですが、初期のフラメンコは歌とPalmas(パルマス)と呼ばれる手拍子や打楽器代わりの拳固だけだったそうです。
※印象派の先駆けとなった画家"Edouard Manet(マネ)"がスペインの巨匠たちに影響を受け、ジプシーや闘牛などをモチーフに描いた"Gitani (Romani)"やダヴィンチやロートレックなどの作品が見られる世界のジプシー絵画"Rromii in pictura universala"

Gypsy(ジプシー)
ロマを指すGypsyという語は英語で、スペイン語ではGitano、フランス語ではGitanとかBohémien、ドイツ語ではZigeunerというのだそうです。
王国の滅亡とともに迫害に合い世界中に散っていったユダヤ民族と同じく、ジプシーは800年~900年頃にインドのプンジャブ地方からの大脱出が起源だそうで、インドのカースト制度でのUntouchable(最下層階級の不可触賤民)ではなかろうかといわれています。彼らは屠畜、占い師、金属細工師、楽器演奏、踊り子、曲芸師などから成り立っているRoman( ロマ民族)と呼ばれる放浪の民で、ジブラルタル海峡を渡ってインドからトルコやロシア、そしてスペインのアンダルシアに辿り着いたグループもありましたが、最も古いジプシー音楽の録音は1440年代のパルセロナだったそうです。 当時回教徒が多かったスペインでのアフリカ系(エジプト)の追い返し作戦時代にはスペインのジプシーはゲットーに囲われたこともあったそうですが、1780年代法の改正が行われ、スペインの音楽としてジプシーの芸術性が認められたそうです。 ジプシー人口がユダヤ人ほど多くはないので迫害もホロコーストのようには目立ちませんが、最近ではコソボ戦争で民族浄化の被害に合ったそうです。
ヨーロッパでは15世紀頃からハンガリーやルーマニアでも多くのジプシーが住んでいてジプシー音楽家として活躍しています。 ドイツのクラシック作曲家であるJohannes Brahms(ブラームス)はジプシー音楽に影響を受けてHungarian Dance(ハンガリー舞曲)を、スペインのバイオリン奏者のPablo de Sarasate(サラサーテ)はジプシーのバイオリンをテーマにしたその名も"Gypsy Airs(ロマの旋律)"というZigeunerWeisen(チゴイネルワイゼン)などを作曲しています。 パブロ・サラサーテのCarmen Fantasyが試聴出来るPablo deSarasate - Carmen Fantasy - AudioSparx(緑の再生ボタンをクリック)
ハンガリーのFranz Liszt(リスト)はHungarian Rhapsody(ハンガリー狂詩曲)を作曲しました。
Hungarian Rhapsody [1930] - Franz Liszt - YouTubeビゼーのオペラ「カルメン」から"ジプシーの歌"をもとにしたVladimir Horowitz(ホロヴィッツ)のCarmen Variations(カルメン変奏曲)という曲もあります。
HOROWITZ AT THE WHITE HOUSE Pt.10/10 Carmen Variations - Youtube
※ジプシーについては諸説がありはっきりとは分かりませんが、最近になってGypsy(ジプシー)という言葉は差別用語とみなされ放送禁止用語となっています。 ドロボー、怠惰、不浄などと悪い意味を持つとかエジプトから来た人という意味があるからだそうですが、なぜ「エジプトから来た人」が蔑まされるかというと中東ではGhawazee(ガワージー)と呼ばれる肌(腹)を出して扇情的に踊り、売春も兼ねたエキゾチックな美女のベリーダンス集団が存在していたのだということです。
私は"ジプシー"という言葉は幌馬車の旅、ダンスや音楽、又ジプシー占い女など小説や歌の歌詞にも出てきますからむしろロマンを感じていたのですがね。 もともと過剰なほどプライドを持っていたジプシーですが、中にはシプシーとして差別されることを知ったので逆手に取りねじ込んだなんていうケースもあるそうです。いったん差別禁止の対象になるとこういった複雑なことが起きるのは世界中どこでも同じで日本でもある団体が強力なのは衆知の事実でしょう。
※「きちがい」をはじめ、反対派団体の圧力により絶版となった絵本「Little Black Sambo(ちびくろサンボ)」やメケメケの歌詞にも出てくる「くろんぼ(黒ん坊)」だとか、Le Avventure di Pinocchio(ピノキオ)に出てくるびっこやいざりという言葉に慣れっこの時代に育った私はこの差別用語というのには疑問がたくさんあります。 虎バター使ったホットケーキを食べてみたいな。 そして私は「ババア」を禁止用語に追加してもらいたいです。

1930年代に"レクオーナ・キューバン・ボーイズ"を結成して南米から欧州まで公演したキューバのクラシック音楽家であるErnesto Lecuona(エルネスト・レクオーナ)が古都のアンダルシアやジプシーなどスペインを想って作曲したピアノのスペイン組曲(Suite Espanola)の"Andalucia(Andaluza /アンダルシア)"、英語のタイトルはThe Breeze And I(そよ風と私)"はラテンのスタンダード曲としてTaboo(タブー)やSiboney(シボネー)そしてMalaguena(マラゲーニャ)より有名です。 ☆Bella Espana: Music Inspired By Spain(11番のAndaluciaをクリックして試聴)

最後に日本の"カルメン"を紹介します。
タイトルが英語で"Carmen Comes Home"、フランス語では"Carmen Revient Au Pays"という1951年のKeisuke Kinoshita(木下惠介)監督の「Karumen kokyo ni kaeru(カルメン故郷に帰る)」があります。 高峰秀子がリリイ・カルメンというストリッパーを演じ、関口宏の父上の佐野周二や中井貴一の父上の佐田啓二が出演した天然色コメディ映画です。
「カルメン故郷に帰る」のビデオが観られる"カルメン故郷に帰る" Trailer - Comme au Cinema.com

アイルランドとユダヤの血をひくといわれた歌手、その名も1969年に「時には母のない子のように(Motherless Child)」が大ヒットしてNHKの紅白歌合戦に出場した"Carmen Maki"(カルメン・マキ)という歌手がいました。

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