October 2007 Archives



Chet Baker (1929 - 1988)
伝説のトランッペター: チェット・ベイカー

ウエスト・コースト、クールジャズ、トランペッター、麻薬、色男というキーワードが相応しいChet Baker(チェット・ベイカー)ですが、私が最初にチェット・ベイカーを知ったのはトランペットの演奏ではなく時には、外れている?と思うほど不安定でおぼろげでメランコリックな歌でした。 50年代の初期には想像を絶するほど人気があったトランペット奏者のチェット・ベイカーの余技が特技化したのか、隠し芸(座興)がお家芸(十八番)になったのか分かりませんが、か細く甘い歌声で世界中の女性たちをメロメロにさせたのでした。 チェット・ベイカーは軍隊でドイツに駐留していた頃にラジオでDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)のトランペットを聴いて影響を受け、トランペットをただ単に吹くのではなく、トランペットを歌わせるトランペッターとなりました。 Charlie Parker(チャーリー・パーカー)のように麻薬に溺れることのなかったディジー・ガレスピーは70年代のチェット・ベイカーのカムバックをサポートしてくれたそうです。

チェット・ベイカーは1952年にビバップのアルトサックス奏者であるチャーリー・パーカーに見いだされて共演したのがチェットのジャズシーン登場でした。 ウエスト・コースト(西海岸)のGerry Mulligan(ジェリー・マリガン)のバンドに参加して名盤を残しています。 ところが1953年にマリガンが麻薬で拘留されたためにバンドは解散になってしまい、チェット・ベイカーは自分のコンポを結成して活動したところ大人気となりました。

"There will never be Another You"のように歌のイントロや間奏に聴けるチェット・ベイカーのトランペットはとてもリリカルで新鮮でした。 麻薬中毒のチャーリー・パーカーと演奏していた頃はパーカーから守られていたのですが、チェットの麻薬の師匠であるRichard Twardzik(リチャード・ツワージク)の死亡後に常習化したらしく、1966年の麻薬関連の暴行事件によりトランペット吹きには命ともいえる歯の殆どを失いました。 チェット・ペイカーのコンボに在籍していた有望な若手ピアニストのリチャード・ツワージクがチェット・ベイカーに同行したヨーロッパツアーの最中の1955年にパリで麻薬の打ち過ぎにより24歳で急死したことがチェット・ベイカーをずっと苦しめていたそうです。

1970年代にカムバックしたものの、麻薬常用のチェット・ベイカーはすでに深刻な麻薬過のため、かってのプリンスの容貌は驚くほど変わり果ててしまい、本国アメリカではふるわなくなって1959年にヨーロッパに渡って演奏活動をしていました。 そして1986年と1987年の日本公演後の1988年に西ドイツ公演が大成功したものの、チェット・ベイカーはアムステルダムでホテルの自室の窓からの転落事故により死亡してしまいました。 窓は窓でもアムステルダムの飾り窓からだなどという噂も流れました。 チェット・ベイカーの急死を告げるニュースをラジオで聴いた時はショックでした。 兎に角落っこちたのは未だ1988年のチェット・ベイカーの華麗にして悲惨な音楽人生を追ったドキュメンタリー映画「Let's Get Lost(レッツ・ゲット・ロスト)」が出来上がっていない時で、その後日本で公開された時に劇場で観ました。 「共に我を忘れる」人を亡くした思いがいっぱいでした。 もしも貴方がチェット・ベイカーのファンなら「レッツ・ゲット・ロスト」を観るとウルウルします。 Arrivederci...

試聴できるソーシャル・ミュージック・プラットフォームのChet Baker - Last.fmのチェット・ベイカーのチャートでは、やはりRichard Rodgers(リチャード・ロジャース)とLorenz Hart(ロレンツ・ハート)コンビ作でFrank Sinatra(フランク・シナトラ)の歌バージョンでも有名ですがチェットの"My Funny Valentine"は一番人気です。
☆チェット・ベイカーのレコードジャケットを網羅したサイトVintage Vangard - ジャズレコード館(画像を拡大できるだけでなくジャケットの裏面もあり)
※ロジャース&ハートのコンビが書いたMy Funny Valentine (愛しのヴァレンタイン) は元々1937年のミュージカルの「Babes in Arms」のなかで、さえないヴァレンタインという恋人に対する愛を綴った女心を表しています。 当時はパットしなかったのに1953年にRatpakのFrank Sinatra(フランク・シナトラ)がLPに収録してから人気が出たそうです。(現在はCDの"Songs for Young Lovers/Swing Easy!") ※チェット・ベイカーはそれ以前からマイファニーバレンタインを好んで歌っていたのだそうです。

Listen☆ジェリーマリガンがチェット・ベイカーについて語っている音声クリップが聴けるChet Baker - JERU: IN THE WORDS of GERRY MULLIGAN

チェット・ベイカー関連の映画
チェット・ベイカーはPascale Petit(パスカル・プティ)が主演した1958年のMarcel Carne(マルセル・カルネ)監督の「Les Tricheurs(危険な曲り角)」で当時パリにいた多くのジャズメンと共にトランペッターとして出演したのを初め、Herbie Hancock(ハービー・ハンコック)が音楽を担当した1986年の'Round Midnight(ラウンド・ミッドナイト)ではKenny Dorham(ケニー・ドーハム)の"Fair Weather"を歌ったり演奏したりと数多くの映画に出演及びサントラに収録されているチェット・ベイカーです。
チェット・ベイカーのFair Weatherはサウンドトラックの"Round Midnight - O.S.T."で試聴出来ます。

Hells Horizon (1955年)
1960年代のTVシリーズのCOMBAT!(コンバット)にも携わったTom Gries(トム・グライス)監督が脚本も手掛けた日本未公開の映画「Hells Horizon」にチェット・ベイカーが出演して歌とトランペットを披露しています。 映画の主役は1949年にAll The King's Men(オール・ザ・キングスメン)でジャックを演じたJohn Ireland(ジョン・アイアランド)です。

All The Fine Young Cannibals(夜が泣いている) (1960年)
当時大人気のトランペッターだったチェット・ベイカーをモデルにした私の好きなロマンス映画でRobert Wagner(ロバート・ワグナー)とNatalie Wood(ナタリー・ウッド)が初共演しました。 当初は主役に本人のチェット・ベイカーを予定していたそうですがチェット・ベイカーはそれを受けずに欧州公演(イタリア)に旅立ってしまったのでロバート・ワグナーがトランペッターを演じました。 ただしトランペット演奏の吹き替えはチェット・ベイカーだそうです。
そのイタリア時代の1959年にストリングスをバックに吹き込んだLPアルバム「With Fifty Italian Strings」では10曲のうち5曲のバラードを歌っています。 「With Fifty Italian Strings」はCDもありますが、1959年のCD"Milano Sessions"(このページの最期にリンク)にも収録されているメランコリックな"Angel Eyes"は大好きです。
Chet Baker - Angel Eyes (1959 Milano Sessions) - Grooveshark.com

Urlatori alla sbarra (1960年)
「レッツ・ゲット・ロスト」で使用された"Arrivederci(アリヴェデルチ)"のオリジナルは日本未公開でしたがイタリア青春映画にチェット・ベイカーがアメリカ人のミュージシャン役で出演して歌っています。 1960年の映画(英語では"howlers at the bar")の中で私が一番観たいと思ったのはCatherine Spaak(カトリーヌ・スパーク)が主演した「Dolci Inganni(十七歳よさようなら)」というイタリア映画の主題歌となったUmberto Bindi(ウンベルト・ビンディ)作曲の"Arrivederci(アリヴェデルチ)"という曲をチェット・ベイカーが歌っているシーンなのです。 大木の下に寝そべって女の子の髪をなでながらロマンティックに歌い、トランペットも吹きました。 森で若者たちが戯れるこのシーンはJohnny Depp(ジョニー・デップ)が出演した1990年のロカビリー映画「Cry-Baby(クライ・ベイビー)」の中盤にちょっと似た部分がありました。
Chet Baker in Italy- Arrivederci 1960 - YoutTube
チェット・ベイカーのイタリア滞在期の1962年にはEnnio Morricone(エニオ・モリコーネ)との最高のコラボでイタリア語で歌ったことがありますが、ここでは"Arrivederci"はイタリア語ではなく英語の歌詞です。 チェット・ベイカーの歌とトランペットでとてもセンチメンタルな演奏を聴けます。 カンツォーネ歌手のMina Mazzini(ミーナ・マッツィーニ)やセクシー女優のElke Sommer(エルケ・ソマー又はエルケ・ゾマー)が出演する他、イタリアの人気歌手が勢ぞろいしたこの映画では、"Ciao Ciao Bambina"で有名なジェノヴァ出身のカンツォーネ歌手で2007年春に亡くなったJoe Sentieri(ジョー・センティエーリ)やイタリアンポップスのGianni Meccia(ジャンニ・メチア)が出演し、ミーナが日本でも流行った"Tintarella Di Luna(月影のナポリ)"や"Whisky"を歌う他、イタリアンロックのAdriano Celentano(アドリアーノ・チェレンターノ)が"Blue Jeans Rock"などを歌い、チェット・ベイカーが歌った"Arrivederci"の作曲者であるUmberto Bindi(ウンベルト・ビンディ)も出演していたそうです。 ですがチェット・ベイカーはもうこの時期にはヘロイン中毒が進んでおり、処方箋偽造や大量の薬物を持ち込んだとしてイタリアでも1960年に1年以上も拘留されたそうです。 チェット・ベイカーがその刑務所内で作曲した4曲を録音したのがRCAのエニオ・モリコーネとのセッションです。

Stolen Hours(愛の勝利) (1963年)
Daniel Petrie(ダニエル・ペトリ)監督でSusan Hayward(スーザン・ヘイワード)が不治の病に侵された娘役で主演した人生ドラマにチェット・ベイカーが自身の役で出演しています。 スーザン・ヘイワードが主演した1958年の「I Want to Live!(私は死にたくない)」ではジェリー・マリガンの音楽が使用されました。

The Talented Mr. Ripley(リプリー) (1988年)
映画の中でマット・デイモンがマイファニーバレンタインをチェット・ベイカーそっくりに唄いますが、サウンドトラックにチェット・ベイカーの"My Funny Valentine"が収録されています。
☆映画についてはAudio-Visual Trivia内のThe Talented Mr. Ripley(リプリー)
※"My Funny Valentine"の曲は「リプリー」のほか、Jane Russell(ジェーン・ラッセル)が主演した1955年の「Gentlemen Marry Brunettes(紳士はブルーネット娘と結婚する)、フランク・シナトラとKim Novak(キム・ノヴァク)が共演した1957年のPal Joey(夜の豹)、Nicole Kidman(ニコール・キッドマン)が主演した1993年のMalice(冷たい月を抱く女)などの映画で使用されています。

Stealing Beauty(魅せられて) (1996年)
One Night at McCool's(ジュエルに気をつけろ!)のカーワッシュがセクシーだったLiv Tyler(リヴ・タイラー)が主演した「魅せられて」は父親探しと夢のロマンスをたどるうちに真実の恋を見つける全てが美しい青春ドラマでしたが、これまた美しいチェット・ベイカーの"Tenderly"が映画で使用されています。 人気ランクの上位にあるTenderly(テンダリー)は下記のアルバムの「In Paris」や「Jazz 'Round Midnight」などで試聴出来る他、ビッグバンドでは「Chet Baker Big Band」に収録されています。
Chet Baker plays Tenderly - Soundtrack Saturday: "Stealing Beauty"

L.A. Confidential(L.A.コンフィデンシャル) (1997年)
ジェームズ・エルロイの原作をイン・ハー・シューズのCurtis Hanson(カーティス・ハンソン)監督が映画化した・・・カーティス・ハンソン監督はOscar Peterson(オスカー・ピーターソン)が音楽を担当した1978年のThe Silent Partner(サイレント・パートナー)の脚本を手掛けたり、2005年のIn Her Shoes(イン・ハー・シューズ)などの監督です。
「L.A.コンフィデンシャル」の人気オリジナル・サウンドトラック"L. A. Confidential (1997 Film)"にはチェット・ベイカーのAt LastはありませんがLook For The Silver Liningとマリガン&チェットのMakin' Whoopeeが収録されています。
Flic ou voyou - Le Guignolo / Philippe Sarde (Universal France 159 899-2)
1970年代のJean Paul Belmondo(ジャン・ポール・ベルモンド)がMarie Laforet(マリー・ラフォレ)と共演した1978年のFlic ou voyou(警部)と1980年のLes Guignolo(道化師)でPhillippe Sarde(フィリップ・サルド)が音楽を担当しましたが、それら2枚のサウンドトラックを一緒にCD化したアルバムにはチェット・ベイカーのPour Chetが入っています。 Ron Carter(ロン・カーター)も参加しているサントラは当初はフランスだけでリリースされたそうですが2000年に日本でも発売されました。
"Pour chet"が試聴できるFlic ou voyou - Le guignolo - Amazon.com

Let'S Get Lost (1988)
チェット・ベイカーの大ファンがチェット・ベイカーの大ファンに贈るチェット・ベイカー集大成、元ファッション写真家のBruce Weber(ブルース・ウェバー)が監督したドキュメンタリー「レッツ・ゲット・ロスト」は日本ではVHSしか見つかりません。 ブルース・ウェバーがデザインした「レッツ・ゲット・ロスト」のTシャツはオークションなどでまだ入手可能らしいです。 「レッツ・ゲット・ロスト」は悲運の美男トランペッター、Chet Baker(チェット・ベイカー)の演奏とインタビューをつないだドキュメンタリー映画ですが充分にチェット・ベイカーの壮絶な人生と素晴らしい音楽を知ることが出来ます。 初期には甘いマスクと歌声で女性を虜にしたチェット・ベイカーが、暴漢に襲われトランペット演奏には重要な歯を折られて面相が変貌し麻薬に溺れていく様はチェット・ベイカーのファンとしては大変辛いものです。 歯抜けのままで歌うチェットや入れ歯でトランペットを吹くチェットは見るに忍びないことでした。 「レッツ・ゲット・ロスト」はドキュメンタリーですからディジー・ガレスピーやロイ・エルドリ ッジなどの1950年代の貴重な映像もチラリと見ることができます。 もしも「レッツ・ゲット・ロスト」が俳優を使った伝記映画だったらいったい誰がチェットを演じていたでしょう。
Arrivederci...
1991年輸入版のVHSは「Let's Get Lost」ですがもう少ししたら取り扱わなくなるかもしれません。 日本語字幕版のDVDがリリースされることを希望します。
アメリカのAmazon.comにあるDVDは「Chet Baker - Let's Get Lost [Region 2]
オリジナルは1989年にリリースされたサウンドトラックは「Chet Baker Sings and Plays from the Film "Let's Get Lost
※チェット・ベイカーと「レッツ・ゲット・ロスト」について詳しく書かれた はじめてのJAZZ - レッツ・ゲット・ロスト


チェット・ベイカーのアルバム
My Funny Valentine
ページトップのCD画像はチェット・ベイカーの定番アルバムの1枚でアルバムタイトルとなっているチェットの甘い歌声の"My Funny Valentine"や演奏のみの"Moon Love"など14曲を収録しています。 1952年頃の音源らしい"Someone To Watch Over Me"などのバラード曲をチェットが歌いトランペットを演奏します。
試聴はMy Funny Valentine - Amazon.com
♪ ページトップで聴けるトランペット演奏の"My Funny Valentine"はアルバム「Jazz Moods: Cool」(ASIN: B00082ZSCK)に収録されたライヴ録音です。(試聴はJazz Moods - Cool - Amazon.com
My Funny Valentine(マイ・ファニー・バレンタイン)という名曲はチェット・ベイカーのオープンなトランペット演奏のみならず、多くのニュージシャンが取り上げる人気曲ですがなかでも有名なのが1956年のThe Miles Davis Quintet(マイルス・デイヴィス・クインテット)のマラソンセッションの一枚で"Cookin'"に収録されているミュートのトランペット演奏のマイ・ファニー・バレンタインです。

Prince Of Cool: The Pacific Jazz Years: 1952-1957
マリガンカルテットとの共演でLove Me or Leave Meを収録したBlue Noteレーベルの3枚組アルバム
Prince Of Cool: The Pacific Jazz Years: 1952-1957 by Chet BakerPrince of Cool
全曲試聴はPrince of Cool - Amazon.com (Love Me or Leave MeはDisc 3の16番)

Chet Baker Sings
オリジナルは1956年のチェット・ベイカーといえばコレ!と誰でもが一番にあげるアルバムです。
Chet Baker SingsChet Baker Sings
全曲試聴は国内盤のチェット・ベイカー・シングス
※アルバム画像で歌っている若きチェット・ベイカーの左は1950年代にずっとチェットの音楽を支えたピアニストのRuss Freeman(ラス・フリーマン)です。 ラス・フリーマンはシカゴ出身のクラシックピアニストでしたが、ビバップのなんたるかを逸早く掴んだウエストコースト派のピアニストでした。 21歳にしてチャーリー・パーカーの伴奏をつとめたそうですがニューヨーク時代に麻薬に溺れて同病のArt Pepper(アート・ペッパー)などと演奏していたそうです。 最悪の状態から立ち直り1951年からチェット・ベイカーと一緒に組むようになりました。 1952年のPacific Jazzのレコーディングでは選曲及びアレンジを手掛け、チェット・ベイカーにコード進行などを手ほどきしたそうです。

This Time The Dream's On Me: Chet Baker Quartet Live, Volume 1
オリジナルはチェット・ベイカーの麻薬がまだそれほど影響を与えていなかった1954年のライヴ録音のCD化でStella by Starlightなどノリノリの演奏で、曲の間にチェットの声で紹介が入ります。
This Time The Dream's On Me - Live Vol. 1This Time The Dream's On Me - Live Vol. 1
全曲試聴は国内盤のジス・タイム・ザ・ドリームス・オン・ミー

"Chet"by Chet Baker
Alone Together、You'd Be So Nice to Come Home To、You and the Night and the Music、Come Rain Or Come Shine、September Songなどのチェット・ベイカーのロマンティックなトランペット演奏を収録した1958年から1959年の録音を集めたアルバムで夜のBGMにはピッタリ! 共演するミュージシャンが豪華! ピアノはBill Evans(ビル・エヴァンス)、ギターはKenny Burrell(ケニー・バレル)、ベースはPaul Chambers(ポール・チェンバース)、ドラムがPhilly Joe Jones(フィリー・ジョー・ジョーンズ)とConnie Kay(コニー・ケイ)、バリトンサックスはPepper Adams(ペッパー・アダムス)だそうです。
Chet by Chet BakerChet
※1942年にCole Porter(コール・ポーター)が作詞作曲した"You'd Be So Nice to Come Home To"は日本ではHelen Merrill(ヘレン・メリル)でお馴染みですがJulie London(ジュリー・ロンドン)やSarah Vaughan(サラ・ヴォーン)やAndy Bey(アンディ・ベイ)も歌い、演奏ではArt Pepper(アートペッパー)やBud Powell(バド・パウエル)などのバージョンもあります。

My Favorite: "Born to Be Blue"
チェット・ベイカーが歌う私の好きなBorn to Be Blueを収録したアルバムは少ないのですが、オリジナルの録音が1965年アルバム「Baby Breeze」ではタイトル曲のBaby Breezeの他、Everything Depends on Youも聴けます。
※Born to Be Blueはアルバム"Chet for Lovers"にも収録されています。
チェット・ベイカーの歌とトランペットで有名な"Born to Be Blue"は、"The Christmas Song"で名高いBob Wells(Robert Wells/ボブ・ウェルズ)と天才ジャズシンガーのMel Torme(メル・トーメ)コンビにより作られた人気のスタンダード曲で、オリジナルは1946年にMel Tormé and His Mel-Tones with Sonny Burke & His Orchestraが演奏したシングル「Born to be Blue」がリリースされたそうです。 "Born to Be Blue"は多くのジャズミュージシャンが演奏しており、なかでもFreddie Hubbard(フレディ・ハバード)のトランペット演奏やWynton Kelly(ウィントン・ケリー)のピアノ演奏、また1962年に録音されたWes Montgomery(ウェス・モンゴメリー)のギター演奏などが素晴らしいです。 フレディ・ハバードの"Born to Be Blue"と、ウィントン・ケリーの"Full View"に収録されたアルバム"Born to Be Blue"も聴いてみて下さい。 ボーカルでは"You'd Be So Nice to Come Home To"のHelen Merrill(ヘレン・メリル)が1955年に録音、1961年にはNancy Wilson(ナンシー・ウィルソン)がThe George Shearing Quintet(ジョージ・シアリング・クィンテット)と吹き込んだそうです。

"My Funny Valentine"がチェット・ベイカーのヴォーカルとトランペット演奏の2バージョンとレアな"Petite Fleur(プティット・フルール)"も収録されているアルバムは「Deep in a Dream: Ultimate Chet Baker Collection」です。
プティット・フルール(小さな花)はSidney Bechet(シドニー・ベシェ)が1952年に妻の誕生日に捧げた曲だそうです。

The Best of the Gerry Mulligan Quartet with Chet Baker
Bernie's Tune、Walkin' Shoes、Nights At The Turntable、Makin' Whoopeeなどのスタンダードに定番の"My Funny Valentine"が収録されている1999年盤で、オリジナルは1952年にBlue Noteからリリースされたアルバムだそうです。 ジェリー・マリガンとチェット・ベイカーとのピアノレス・コンボで、メンバーはベースがCarson Smith(カールソン・スミス)など、ドラムはChico Hamilton(チコ・ハミルトン)が1年在籍の後にLarry Bunker(ラリー・バンカー)など。
The Best of the Gerry Mulligan Quartet with Chet BakerThe Best of the Gerry Mulligan Quartet with Chet Baker
試聴はThe Best of the Gerry Mulligan Quartet with Chet Baker - Amazon.com
50年代のロスアンジェルスを舞台にした犯罪映画「L.A. Confidential(L.A.コンフィデンシャル)」ではこのCDからThe Lady Is A TrampやMakin' Whoopeeの他、女性をシビレさせたチェット・ベイカー(初期)のヴォーカルでLook For The Silver Liningが使用されました。
※"The Lady Is A Tramp"はロレンツ・ハートが気の強いミュージカル女優のMitzi Greenのために書いた曲で、"Tramp"とは宿無しとかあばずれ女の意味があります。

Bird and Chet/Live at the Trade Winds 1955
チェット・ベイカーのドキュメンタリー映画「Let's Get Lost(レッツ・ゲット・ロスト)」を観た頃に前後して、ジャズ好きのClint Eastwood(クリント・イーストウッド)が監督したチャーリー・パーカーの伝記映画「BIRD(バード)」も公開されました。 これも劇場に駆けつけて観た私でしたがチャーリー・パーカーもチェット・ベイカーも麻薬で苦しんでいたミュージシャンで、どちらも胸に迫るものがありました。 「バード」の方はForest Whitaker(フォレスト・ウィッテカー)という俳優がバード(チャーリー・パーカー)を演じているので物語として観ることができます。 映画ではバードが倒れるまで演奏していた"Lover Man"をはじめ壮絶な人生を凝縮したような熱演が印象的でした。
アルバムですが、除隊後のチェット・ベイカーが既に著名なアルトサックス奏者となっていたチャーリー・パーカーのオーディションに合格して共演したオリジナルが1952年のカルフォルニアのTrade Winds Club(レストラン)で録音されたライヴアルバムです。 トランペットを演奏したのはかけ出しのチェット・ベイカー、アルトサックスがチャーリー・パーカーとチャーリー・パーカーに影響を受けたアルトサックス奏者のSonny Criss(ソニー・クリス)、ピアノがAl Haig(アル・ヘイグ)とRuss Freeman(ラス・フリーマン)、ベースがHarry Babasin(ハリー・ババシン)でドラムがLarance Marable(ラレンス・マレイブル)でした。
Bird and Chet/Live at the Trade WindsBird & Chet / Live at the Trade Winds
※♪ Squirrel、Irresistible You、Indiana、Lizaの4曲を収録したCDの試聴が出来る国内盤は「イングルウッド・ジャム(紙ジャケット仕様)


ハンサムだった若きチェット・ベイカーのアルバム画像集
Embraceable You  Chet Baker Sings It Could Happen to You
Embraceable You Chet Baker Sings It Could Happen to You
The Pacific Jazz Years [BOX SET]
The Pacific Jazz Years
On a Misty Night But Not for Me: A Studio Discovery
On a Misty Night But Not for Me
In Paris: Barclay Sessions 1955-1956
In Paris: Barclay Sessions 1955-1956

Chet Is Back!
ムショ帰りのチェット・ベイカーを待っていたのがイタリアでの録音でテナーサックスにはBobby Jaspar(ボビー・ジャスパー)が参加しています。 ボーナストラックとしてイタリア映画音楽の巨匠である「エニオ・モリコーネ」のオーケストラと共演しているチェット・ベイカーの歌4曲などを収録したアルバムは最近になってやっとアメリカでリリースされたそうです。 Chetty's Lullaby、So Che Ti Perdero、Motivo Su Raggio Di Luna、Il Mio Domaniの4曲はチェットがイタリア語で歌っていますが、興味深いことにはチェットの裁判に同席したイタリア人の速記者がイタリア語の歌詞を書いたのだそうです。 特に"Chetty's Lullaby"はチェット・ベイカーが息子を思って獄中で作曲した子守唄です。 なんと、チェット・ベイカーには妻子がいたのです! 最初の妻と別れたチェットが1956年に結婚したパキスタン人の奥さんとの間に出来た息子がいました。 ところがです、1964年にはイギリス女優とイタリアで結婚して二人の息子と娘が一人います。
Chet in Italia: Chet Is Back!Chet Is Back!
試聴はChet is Back! - Amazon.com

The Incredible Chet Baker Plays And Sings
オリジナルはチェット・ベイカーのイタリア時代、1977年のミラノのスタジオ録音というレアなアルバムは廃盤になったようですが1993年及び1994年盤は入手可能らしいです。 チェット・ベイカーが歌うAutumn LeavesやWhatever Possessed Meなど7曲が収録されていますが、演奏メンバーはヴォーカルとトランペットがチェット・ベイカー、ソプラノサックスとフルートがベルギーのサックス奏者のJacques Pelzer(ジャック・ペルツァー)、テナーサックスがイタリアのGianni Basso(ジャンニ・バッソ)、ピアノがBruce Thomas(ブルース トーマス)、ベースがイタリアのLucio Terzano(ルーチォ・マッシモ・テルツァーノ)、ドラムがGiancarlo Pillot(ジャンカルロ・ピロ)だそうです。
試聴はThe Incredible Chet Baker Plays And Sings - Amazon.com

ラヴ・ソング チェット・ベイカー
1987年に日本でRVCからリリースされたスウィング・ジャーナル・ゴールド・ディスクのLP盤はありませんが、同じ曲目を収録した2006年リリースのCDはラヴ・ソング(CDカバー画像が同じでも収録曲の違うディスクがあるので注意!)

♪ 今丁度聴いているアルバムは、レアなチェット・ベイカーのFlugelhorn(フリューゲル)演奏が聴けるオリジナルが1965年の録音の「Stairway To The Stars」で"ノリノリのCherokee"やCarpsie's Groove、スローなChabootie"などが収録されています。
Stairway to the Stars by Chet BakerStairway to the Stars
1965年に欧州公演から帰ったチェット・ベイカーのセッションメンバーはテナーサックスのGeorge Coleman、ベースのHerman Wright、ドラムのRoy Brooks、そして「Everything Happens to Me」という自己名義のアルバムをリリースしているピアノのKirk Lightsey(カーク・ライトシー)です。

Chet Baker - Goodbye (1959 Milano Sessions) - Grooveshark.com
(The Album includesI Should Care, Violets for Your Furs, Song Is You, When I Fall in Love, Goodbye, Autumn in New York, Angel Eyes, Street of Dreams, Forgetful, Deep in a Dream, Lady Bird, Cheryl Blues, and Tune Up, Line for Lyons)


  

Isadora Duncan: The Mother of Modern Dance (1877-1927)
「モダンダンスの母」と呼ばれた美貌の舞踏家のIsadora Duncan(イサドラ・ダンカン)は又、「裸足のイサドラ」とも呼ばれました。 サンフランシスコに生まれたイサドラ・ダンカンは、1920年代のRoaring Twenty(ローリング20s)よりも早くFlapper(フラッパー)感覚を持ち、イサドラ・ダンカンの斬新な舞踊芸術は世間を仰天させ、そして50歳になるのを待たずして首に巻いた長いスカーフが自動車に巻き込まれたために悲劇的な死を遂げたのです。 それはイサドラ・ダンカンが回想録を書くため滞在していたニースでの予期せぬ出来事でした。 ソビエト帰りのイサドラ・ダンカンのトレードマークが共産主義の象徴でもある赤いスカーフだったのが皮肉です。 事故によるイサドラの死と交換にイサドラの価値が広く一般にも認められ今日までBizarre(ビザール/風変わり)な人生とモダンダンスが語り継がれているのでしょうか。

踊りには全く見識のない私がイサドラ・ダンカンを知ったのがほんの20数年まえのことで、ラジオかテレビのクイズ番組の中に「裸足で踊った舞踏家は誰?」という質問があったからでした。 当時は現在のように便利なインターネットが存在しなかったのでGoogle検索もなく、寝耳に水の私が図書館に飛んでいったのは言うまでもありません。 イサドラ・ダンカンは時代も時代ですから裸足で踊り、さらに衣裳を脱ぎ捨ててのパーフォーマンスではさぞかし風当たりが強かったでしょう。 その頃でも西洋では胸は出しても脚は卑猥な意味合いがあるので剥き出しにはしなかったとか。 イサドラは私生活でも不倫や年齢の差が有り過ぎる若者との結婚など波乱万丈の人生だったようです
日本にも時代の先端をいった芸術家といえば1960年代に水玉のモチーフで有名な前衛アーティストのKusama Yayoi(草間彌生(又は弥生))や1989年のドキュメンタリー映画"Eat the Kimono(着物を食え)"のモデルである舞踊家のHanayagi Genshu(花柳幻舟)などがいました。

Isadora Danced in Greek tunic
古代ギリシャ文化に感銘を受けたイサドラ・ダンカンは古典的なバレエではなくギリシアの舞踊を理想として即興的なダンスを創作したのです。 それまでのクラシックバレーのトゥシューズとチュチュという衣裳とは全く違うギリシャ風の長いチュニック(トゥニカ)を身に纏い自由な創作舞踊を生み出しモダンダンスのパイオニアとなりました。 裸に近い衣裳を纏ったり、時にはイチジクの葉すら取り去ったりした革命的な踊りがアメリカで酷評を受けたこともありイサドラ・ダンカンは欧羅巴行きを決行しました。

Loie Fuller
渡仏当初は同じくアメリカから来たLoie Fuller(ロイ・フラー)と一緒に仕事をしていました。
Tribute to Loie Fuller's Serpentine Dance by Lumière Brothers
このビデオは1899年にフランスのLumière Brothersによって撮られ後から一コマづつ色付けされたそうです。
ロイ・フラーはHenri de Toulouse-Lautrec(ロートレック)がポスターに描いたことでも知られていますが、こちらも初期モダンダンスのパイオニアと呼ばれたパロディやボードビルのダンサー(女芸人)でした。 紅白歌合戦の元祖"小林幸子"じゃありませんが、客寄せのために大きなスカートの中でカラー電気を光らせる電気ダンスや、1900年のパリ万博で披露した幾重にもなった絹の衣裳を閃かせるSerpentine Dance(蛇踊り)や、さらに下からライトを当てたガラスの上で踊るFire Dance(火踊り)などというアヴァンギャルドなダンスを考案しました。
※英語本ですがロイ・フラーの表紙絵も中身も覗ける「Electric Salome: Loie Fuller's Performance of Modernism」という書籍が販売されています。(ISBN-10: 0691141096)

そんな新し者好きな彼の地ではイサドラ・ダンカンは「裸足のダンサー」として好評を博し欧州各国で公演するようになり、大成功したイサドラ・ダンカンは26歳でダンス学校を設立するに至ったのでした。
ヨーロッパ、特にパリにはアメリカ本土を離れて大成功したアメリカ人のダンサーや歌手が何人もいます。 モンパルナス地区の黒人ダンスホールに始まった黒人文化(ジャズ)ですが、20世紀の初めに腰にバナナをぶら下げて半裸で踊り歌ったレビューの女王のJoséphine Baker(ジョセフィン・ベイカー)や終戦後にKatherine Dunham(キャサリン・ダンハム)舞踊団に参加したEartha Kitt(アーサー・キット)の他、40年代から60年代にかけてMiles Davis(マイルス・デイヴィス)はじめ多くの黒人ジャズメンがパリで成功しています。

Isadora Danced to Classic music
イサドラ・ダンカンの母親がピアノ教師をしていたせいか、幼少から音楽はクラシック(古典)を嗜み、シェイクスピアなどの古典文学を愛読して育ちました。そのような環境もありダンスにクラシックを使用しました。 Beethoven(ベートーヴェン)の「第七」、Johannes Brahms(ブラームス)の「第一」などの交響曲、Frederic Chopin(ショパン)の葬送行進曲、J. Strauss(ヨハン・シュトラウス)の美しき青きドナウ、アメリカの作曲家であるEthelbert Nevin(エセルバート・ネヴィン)のWater Scenes、Alexander Scriabin(アレクサンドル・スクリャービン)など。
イサドラ・ダンカンのオフィシャルサイトはThe Isadora Duncan Dance Foundation

Isadora Duncan Photos - YouTube
Isadora Duncan, dancing to the classic music - YouTube


Isadora Duncan - Photograph in a Long Robe
Isadora Duncan American Dancer in a Long Robe Photographic Print

Isadora Duncan: Movement From the Soul
上記はAmazon.comにあるイサドラ・ダンカンのポスター画像です。
ページトップの画像は1989年にDaniel Geller(ダニエル・ゲラー)とDayna Goldfine(デイナ・ゴールドファイン)の共同監督による1時間カラー・ドキュメンタリー「Isadora Duncan」のAmazon.comにあるDVD画像ですが国内で入手できる「Isadora Duncan」のVHSにリンクしています。

ページトップのDVDと同じく。
※"ダニエル・ゲラー&デイナ・ゴールドファイン"のコンビが監督した伝説のロシアのバレエ団「Ballets Russes(バレエ・リュス)」の歴史を描いた2005年の「Ballets Russes(バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び)」が日本では2008年の正月に公開です。
※ちなみにBallet Russe de Monte Carlo(バレエ・リュス)に1935年に入団し終戦後にアメリカ公演をしたGeorge Zoritch(ジョージ・ゾリッチ)が2009年に亡くなりました。 ジョージ・ゾリッチはアメリカでは1946年のCole Porter(コール・ポーター)の伝記映画「Day and Night(夜も昼も)」で映画「バレエ・リュス」でも映像が見られるアメリカのバレーダンサーで女優のMilada Mladova(ミラダ)と華麗なる"Begin The Beguine(ビギン・ザ・ビギン)"を踊りました。


映画「裸足のイサドラ」」の元となったイサドラ・ダンカンによる回想録"My Life(わが生涯)"のペーパーバック版
My Life by Isadora DuncanMy Life
日本語の翻訳本はわが生涯 (1975年)
クルツィア フェラーリ (著),小瀬村 幸子(翻訳)の単行本で「美の女神イサドラ・ダンカン」もあります。

古典バレーから解き放ったフリーな舞踊への貢献そのものよりも話題となったイサドラ・ダンカンの自由で奇異な私生活を記述した1993年出版のハードカバー本
The Search for Isadora: The Legend & Legacy of Isadora Duncan (Hardcover) by Lillian LoewenthalThe Search for Isadora: The Legend & Legacy of Isadora Duncan
※Amazon.comでは中身が覗けます。
この他、伝記本としては山川 亜希子と山川 紘矢の翻訳による「魂の燃ゆるままに」―イサドラ・ダンカン自伝 [単行本](ISBN-10: 4902385015)があります。


Vanessa Redgrave as Isadora Duncan in 1968 "Isadora"
イサドラ・ダンカンの伝記映画
Isadora VHS
Isadora: the movie - by Vanessa Redgrave映画「裸足のイサドラ」はイサドラ・ダンカンの回想録であるMy Life(わが生涯)とSewell Stokes(シーエル・ストークス)が出版した"Isadora Duncan an Intimate Portrait(イサドラ/愛しき友の肖像)を原作として映画化されたイサドラ・ダンカンの伝記映画です。 チェコスロヴァキア出身のKarel Reisz(カレル・ライス)が監督したイギリス映画で、幼少からバレエを習っていたイギリス女優のVanessa Redgrave(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)がイサドラを演じてカンヌ国際映画祭女優賞を受賞しました。
公開当時日本で発売された「裸足のイサドラ」のオリジナル・サウンドトラックのEP盤はもうありません。
※フランスのピアニストでPaul Mauriat(ポール・モーリア)の国内盤CD"男と女~ポール・モーリア・スクリーン・ミュージック・ベスト・セレクション"に哀愁を帯びたテーマ曲"Isadora(裸足のイサドラ)"が収録されています。
この他、ポール・モーリアのLPアルバムに「裸足のイサドラ」というのがあったそうですが、に収録されていた曲は現在、1968年の大ヒット曲の恋はみずいろ、男と女、雨の訪問者、さよならなどを収録したCDのポール・モーリア大全集 ~1998ニュー・エディション [Box set]の一部となっています。

ヴァネッサ・レッドグレーヴは1966年にもカレル・ライス監督の日本未公開のMorgan: A Suitable Case for Treatment(モーガン)でも主演している他、1970年にRoy Battersby(ロイ・バタースビー)監督のドキュメンタリー映画「The Body」でもナレーターとしてFrank Finlay(フランク・フィンレイ)と共に出演しています。 この「The Body(肉体)」は1968年にAnthony Smith(アンソニー・スミス)によって誕生から死までの人体の驚異について書かれたベストセラー本の「The Human Body」をもとにロイ・バタースビー監督が映画化したものでプロデューサーのRoger Waters(ロジャー・ウォーター)が音楽を手掛けPink Floyd(ピンク・フロイド)も参加したサウンドトラックが評判となりました。 「イサドラ」から38年後の2006年に無冠のアイルランド出身の名俳優であるPeter O'Toole(ピーター・オトゥール)と「Venus(ヴィーナス)」で共演したヴァネッサ・レッドグレーヴは2007年にJoe Wright(ジョー・ライト)が監督した英国ロマンス映画の「Atonement(つぐない)」で主役の作家志望の"Briony(ブライオニー)"の晩年の姿を演じます。 想像力豊かな女流作家のタマゴが姉の恋人に横恋慕した挙句、偽証して無実の罪に陥れてしまった結果この3人の運命が変わり、ブライオニーは永遠に恋の成就と贖罪に悩むという贖罪物語だそうです。 そして1937年生まれのヴァネッサ・レッドグレーヴは2011年の「オペラ座の怪人」のGerard Butler(ジェラルド・バトラー)が主演する「Coriolanus(コリオレイナス)」にローマの英雄であるコリオレイナスの母のヴォラムニアの役を74歳にして演じます。
「裸足のイサドラ」の音楽はMaurice Jarre(モーリス・ジャール)ですが、イサドラ・ダンカンの最期に流れるLudwig van Beethoven(ベートーヴェン)のSymphony No.7 in A(交響曲第7番)からアレンジした"Bye Bye Blackbird"を、Pyotr Ilyich Tchaikovsky(チャイコフスキー)のMarche Slave(スラヴ行進曲)からLa Belle Est en ce Jardin D'Amourを、Franz Schubert(シューベルト)のImpromptu in B-flat opus posth. 142(即興曲変ロ短調遺作142)などを使用しているそうです。
Vanessa Redgrave plays "Isadora Duncan" (1968) Karel Reisz - Youtube

映画「裸足のイサドラ」では、アメリカ生まれのイサドラ・ダンカンが英国に渡り見たものは大英博物館のギリシア彫刻でした。 ギリシャ彫刻に見られるチュニックと呼ばれる衣裳は自分のダンスにピッタリだと思ったのでした。 情熱的に舞台で踊る間に、26歳のイサドラは既婚者の舞台芸術家のゴードン・クレイグと恋仲となり子供を産むが破局する。 同じく富豪のParis Singer(パリス・シンガー)の子供を産んでも結婚は望まなかった。 大勢の子供たちにダンスを教える使命を持っていたほどのイサドラに、どうしたことか最愛の二人の子供たちがセーヌ川に転落死してしまう悲劇に見舞われる。 悲嘆に暮れているイサドラにロシアから舞踊の指導者としての招待が来る。 そこでイサドラ同様に波乱の人生を送り、酒乱といわれた当時26歳の革命の農民詩人と呼ばれた"Sergei Aleksandrovich Esenin(セルゲイ・アレクサンドロヴィチ・エセーニン)"と43歳のイサドラとの狂気の愛が始まる。 ハンサムなエセーニンは5度目の結婚でしたが子持ちのイサドラは結婚としては初めてでした。 結婚したイサドラは二人でアメリカに帰国したものの、まだ保守的だったアメリカでの公演は赤い衣裳を脱ぎ捨てて踊った「解放の踊り」は失笑を買っただけでした。 結婚して数年後の1925年にイサドラに見限られたエセーニンは若干30歳にして自殺してしまいます。 詩人は死に際しても自ずの血をもって最後の詩をしたためたのでした。 そしてその後、イサドラも誰も予期せぬ非業の最期を遂げたのでした。 「チャオ!」と一言残してようやく本当の自由の天地へ飛び立ったようです。
イサドラとエセーニンのツーショット写真が見られるIsadora Duncan and Sergei Esenin Photograph

※「裸足のイサドラ」を監督したカレル・ライスのその他の作品にはAlbert Finney(アルバート・フィニー)が英国アカデミー賞の新人賞を受賞した1960年の「Saturday Night and Sunday Morning(土曜の夜と日曜の朝)」があります。
映画でイサドラ・ダンカンを演じたヴァネッサ・レッドグレーヴはイタリアの監督であるMichelangelo Antonioni(ミケランジェロ・アントニオーニ)の初のイギリス映画で、ブリティッシュ・ロックとロンドン・ファッションを盛り込んだ1966年の不条理劇「Blowup(欲望)」で注目されました。


Deceiver
Deceiver DVDTim Roth as James Walter Wayland in Deceiver

Deceiver (Liar) 1997年
頭の体操、イチ、ニィ、サーン!
双子のJonas Pate(ジョナス・ペイト)とJosh Pate(ジョシュ・ペイト)が監督及び脚本も手掛けた分裂症的心理映画「Deceiver」のイギリスで付けられたタイトルが「Liar」となっているからか、それに倣って邦題は「ライアー」です。 取調室を舞台にElizabeth(エリザベス・ロフタス)という残忍な娼婦殺害事件の容疑者と二人の刑事とのいたちごっこの密室劇が描かれます。 名門大学の心理学科出の容疑者というのが天才的な嘘つきでした。
Tim Roth(ティム・ロス)が癲癇患者役で主演したサスペンス映画は意表をついたなりゆきに唖然としたままで観終わりましたが、ラストも口をあんぐり状態です。(どうなってるの?) 強いリキュール酒のAbsinthe(アブサン)を飲むと目玉がグルグルしてぶっ飛んでしまう容疑者「James Walter Wayland(ジェームス・ウェイランド)」は精神異常者のようでもあります。 その優等生君はChris Penn(クリス・ペン)が演じる薄ノロ刑事のPhillip Braxton(フィリップ・ブラクストン)とMichael Rooker(マイケル・ルーカー)が演じる一触即発のベテラン刑事のEdward Kennesaw(エドワード・ケネソウ)を相手に彼らの秘密を暴きたて弄ぶのです。 Ellen Burstyn(エレン・バースティン)が演じる闇の女ボスで腹黒いMook(ムック)に大借金があるフィリップ・ブラクストンと、妻が産婦人科医と浮気しているエドワード・ケネソウ刑事、なぜか大富豪のウェイランドは全てを知っているのです。 ヒントは殺された娼婦と最後の客だったウェイランド、富豪の父親と裏社会、刑事と富豪親子、ヤクザに借金がある刑事。 精神分裂症と二重人格。
※アブサンは19世紀から芸術家に愛されたニガヨモギを原料とした薬酒で角砂糖を入れて飲むそうですが、幻覚が出ることもあるとかで中毒性や犯罪性が高いとして禁止になったこともあるそうです。 1990年の「Vincent & Theo(ゴッホ)」でにティム・ロスが演じた画家のVincent Van Gogh(ゴッホ)もアブサンを愛飲し耳を切り落としました。

ティム・ロスが演じるジェームス・ウェイランドは殺人事件の容疑者としてベテランと新米の二人の刑事の尋問を受けるのですが一筋縄ではいきません。 嘘発見器にかけても何にも出ないのです。 反応が出ないので「ヤク(麻薬)でもやってんのか?」と疑われます。 調べが進むうちに刑事の一人もウェイランドの馴染みの売春婦のエリザベスと知り合いだったことが判明。 そしてウェイランドのゲームが始まったのです。 現在と過去の妄想が入り混じって観ている者を混乱させます。 TLT(側頭葉てんかん)の発作が起きたウェイランドは凶暴になりエドワード・ケネソウに暴力を振るいますが、後の尋問ではエドワード・ケネソウが真実と称してエリザベスに暴力をふるっているビデオを見せるのです。 そこで頭脳明晰なウェイランドが逆に刑事を嘘発見器にかけることに。 エドワード・ケネソウは妻への嫉妬が高じてエリザベスを殺害したのか?それとも妄想か? 取調室ではいったい誰がどんな嘘をついているのか、人の心を弄ぶかのように摩訶不思議なマインドゲームが展開します。 一番得したのは誰? 兎にも角にも莫大な金が動いた一件でした。 時々突如眼を剥いてトランス状態に陥るウェイランドが不気味です。
現在は「ライアー」のオフィシャルサイトだったMGM.comではスチール写真が4枚見られるだけで予告編が見らません。 Deceiver Trailer and Photos - IMDb

Tim Roth
性格俳優のティム・ロスといえば、私が観たのは「Nuovo Cinema Paradiso(ニュー・シネマ・パラダイス)」で有名なGiuseppe Tornatore(ジュゼッペ・トルナトーレ)が監督した1999年の「Legend of 1900(海の上のピアニスト)」の方が先でした。 この映画の主人公の天才ピアニストである"ナインティーン・ハンドレッド"も不思議でしたが、「ライアー」の主人公の富豪の息子のJames Walter Wayland(ジェームス・ウェイランド)も又正体不明な人物像でした。 英国俳優のティム・ロスは1984年に映画デビューしていますが、1992年にクリス・ペンがNice Guy Eddie Cabot(ナイスガイ・エディ)を演じたQuentin Tarantino(クエンティン・タランティーノ)が監督した犯罪映画の「Reservoir Dogs(レザボアドッグス)」に囮捜査官のMr. Orange - Freddy Newandyke(ミスター・オレンジ)として血まみれの演技が注目を浴びました。 クエンティン・タランティーノ監督のコメディ映画としては1995年にオムニバス映画の「Four Rooms(フォー・ルームス)」で4話を通してホテルのボーイとして主演していますがコミカルな演技が少々オーバーとはいえ絶妙でした。

Renee Zelweger
北欧美人のレニー・ゼルウィガーは「ライアー」で殺人事件の被害者のエリザベスを演じていますが売春婦役があまり似合っておらず、出演シーンは少なくてがっかりです。 「ライアー」の後は200年に「Nurse Betty(ベティ・サイズモア)」や2001年の「Bridget Jones's Diary(ブリジット・ジョーンズの日記)」などのコメディ映画でブレイクしました。
Tim Roth &Renée Zellweger in Deceiver - Youtube

Chris Penn
クリス・ペンはあまり似ていませんがSean Penn(ショーン・ペン)の弟です。 Christopher Walken(クリストファー・ウォーケン)が主演した1996年の「The Funeral(フューネラル)」ではマフィアのChez Tempio(チェズ・テンピア)を演じてヴェネチア国際映画祭の助演賞を受賞していますが2006年に体重増加に伴う心筋症のため40歳で亡くなりました。

Deceiver DVD
ページトップの画像はアメリカのAmazon.comにあるRegion 1のDVDですがRegion 2のDVD(ASIN: B00004VY6V)もあります。

ライアー 廉価版DVD
Lier DVDリンクは2006年に発売された日本語字幕DVDですが2002年版もあり。

Deceiver Soundtrack
ライアー サントラ
Deceiver Soundtrack「ライアー」のサントラはHarry Gregson-Williams(ハリー・グレッグソン・ウィリアムズ)の音楽でストーリーにそった14曲が収録されています。 Hans Zimmer(ハンス・ジマー)も音楽のアドバイスに加わり、Buddy Holly(バディ・ホリー)の"Moondreams"やThink Tank(シンク・タンク)の"Hack2"も入ったサントラは1997年に日本でもリリースされましたが現在は入手困難です。
ハリー・グレッグソン・ウィリアムズはアニメの「Shrek(シュレック)」シリーズや2004年のレニー・ゼルウィガーの出世作となった「Bridget Jones's Diary(ブリジット・ジョーンズの日記)」の続編「Bridget Jones: The Edge of Reason(ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月)」などの音楽を手掛けました。
サントラの曲目は、Main Titles
Roulette
Absynth
Orange Juice
Card Game
Confrontation
Hack2 (Think Tank)
Hook Me Up
Don't Touch Him
Family
Wayland's Story
Caught On Tape
Moondreams(Buddy Holly)
End Titles
Buddy Holly - Moondreams (1958) - Amazon.com
Think Tank - Hack 2 - Amazon.com


Nigerian Marketplace
Nigerian Marketplace by Oscar Peterson
One of the greatest pianists in the jazz scene: Oscar Peterson
Oscar Peterson - Nigerian Marketplace - YouTube


Oscar Peterson from Little Burgundy (1925-2007)
"鍵盤の皇帝"とも呼ばれたオスカー・ピ-ターソンは2007年12月23日に82歳で亡くなるまでBill Evans(ビル・エヴァンス)などと並んで偉大なジャズピアニストとして君臨してきました。 伝統的なジャズピアノのスタイルを守りながらもスイングする驚異のソロ・テクニックは半世紀に渡り世界中のジャズファンに戦慄を感じさせてきました。 オスカー・ピ-ターソンの出身はカナダですが、アメリカでのデビューは1949年のCarnegie Hall(カーネギーホール)だったそうです。 ケベックにあるLittle Burgundy(リトル・バーガンディ)で1925年に生まれ、幼少よりクラシックピアノを学んだオスカー・ピーターソンはジャズに転向しましたが、オスカー・ピーターソンの姉は音楽の教師になったそうです。 1937年から演奏しているジャズピアニストのErroll Garner(エロール・ガーナー)のように奏法が独特のオスカー・ピーターソンが、手の届かぬ神のごとく崇めていたのは片目のピアニストのArt Tatum(アート・テイタム)、そして歌手としても有名なNat "King" Cole(ナット・キング・コール)からピアノ奏法の影響を受けたといわれます。 オスカー・ピーターソンが一緒に仕事をしたジャズ仲間には同じピアニストの)Teddy Wilson(テディ・ウィルソン)、Count Basie(カウント・ベイシー)、Coleman Hawkins(コールマン・ホーキンス)やBen Webster(ベン・ウェブスター)などのテナー奏者、Dizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)やRoy Eldridge(ロイ・エルドリッジ)といったトランペッター、Barney Kessel(バーニー・ケッセル)やJoe Pass(ジョー・パス)などのギタリスト、元MJQのMilt Jackson(ミルト・ジャクソン)と元Milt Jackson QuartetのRay Brown(レイ・ブラウン)、そしてヴィブラフォン奏者のLionel Hampton(ライオネル・ハンプトン)などたくさんいました。 George Shearing(ジョージ・シアリング)とエロール・ガーナーとアート・テイタムをミックスしたような演奏から独自のカラーを築き上げたオスカー・ピーターソンはブルースを得意とする一方、Tommy Dorsey(トミー・ドーシー楽団)で有名なBlue MoonやDuke Ellington(デューク・エリントン)でお馴染みのキャラバンなど沢山のスウィングジャズのスタンダード曲も演奏しています。
オスカー・ピーターソン・が育ったリトル・バーガンディは1880年代後期にモントリオールの鉄道や工場に従事する労働者階級の黒人に社会の場を提供してきた黒人居住地域だそうです。 当時黒人たちは主にニューヨークやワシントンから来たそうですがカリブからの黒人も多かったそうです。 その未来を求めて黒人たちが集まって住んだのがリトル・バーガンディです。 当時のひどい差別や貧困を和らげるために音楽(ジャズ)が盛んとなりましたが、ジャズピアニストとしてはオスカー・ピーターソンがその歴史上で一番の出世頭です。 現在のリトル・バーガンディは1980年代から再開発が進み高級化して住んでいる人種もさまざまになったとか。
※関係あるかどうか、Burgundy(バーガンディ)についてはAudio-Visual Trivia内のBurgundy Street Blues by Albert Burbank

O.P. Has The Magic Fingers, tickling the ivories
正統派ジャズピアニストのRay Bryant(レイ・ブライアント)も大きな手で有名ですが、「魔法の指を持つ少年」だったオスカー・ピーターソンは又格別です。 Cから次のCまでの1オクターブは12音ですが、なんとオスカー・ピーターソンはそれ以上の13音まで届くという華麗にしてごつい指の持ち主なのです。 このページトップにあるCD画像をご覧下さい! オスカー・ピーターソンがレコーディングで共演したことがあるパリのジャズ・ピアニスト「Michel Legrand(ミシェル・ルグラン)」もオスカー・ピーターソンのその手を欲しがったそうです。(くれてやるわけにはいきません。) 逆にレイ・ブラウンが演奏するベースはオスカー・ピーターソンの左手を不要にしたのかもしれません。

Oscar Peterson Trio
オスカー・ピーターソンは卓越したピアノソロが引き立つコンボが主で、ビッグバンドでは滅多に演奏していません。 MJQ(The Modern Jazz Quartet)時代の1959年に私の好きな"Pyramid"という曲を作ったベース奏者のRay Brown(レイ・ブラウン)と1950年代にデュエットで録音したことから、1951年にオスカー・ピーターソンとレイ・ブラウンにドラムのCharlie Smith(チャーリー・スミス)を加えて組んだのがオスカー・ピーターソン・トリオの始まりです。 このトリオはナット・キング・コールの1940年代のピアノトリオ(コンボ)を真似たのだそうです。 「オスカー・ピーターソン・トリオ」の名が有名になったのは1952年にギタリストのBarney Kessel(バーニー・ケセル)と組んだ時期で、この稀なギターとのトリオは誰でもが知るところとなりましたが、その後、バド・パウエルと組んでいたシカゴ出身のドラマーのEd Thigpen(エド・シグペン)と組んだトリオは最高と言われていますが、エド・シグペンは1966年にトリオを離れました。 ベイシストのレイ・ブラウンはオスカー・ピーターソン・トリオが解散する1966年までずっと一緒でしたがその後はTVショーなどでFrank Sinatra(シナトラ)やBilly Eckstine(ビリー・エクスタイン)などの伴奏を引き受けたり、1960年の終わり頃にGrammy Award(グラミー賞)を得たThe Steve Allen Show(スティーヴ・アレン・ショー)で使用されたテーマ曲の"Gravy Waltz"などTVドラマのテーマ曲の作曲もしました。 1980年代に結成したRay Brown Trio(レイブラウン・トリオ)として2001年のFujitsu Concord Jazz Festival(富士通コンコード・ジャズ・フェスティバル)に来日しています。 「レイブラウン・トリオ」の演奏としてはピアノのGene Harris(ジーン・ハリス)が演奏した"Summertime(サマータイム)"が大好きです。
有名なベイシストというとCharles Mingus(チャールズ・ミンガス)、Paul Chambers(ポール・チェンバース)、Ron Carter(ロン・カーター)、Oscar Pettiford(オスカー・ペティフォード)などが私がすぐに名をあげられる範囲ですがやはり素晴らしいピアニストと組むレイ・ブラウンが一番良く聴きます。 レイ・ブラウンは"Ray Brown: Triple Play - Bassface, Seven Steps To Heaven, Live At Kuumbwa Jazz Center"などのアルバムでもたくさんの曲を自作自演していますが、"Phineas Can Be"という曲も作曲しているのです。 そのPhineasとはレイ・ブラウンがその才能を認め支援した幻の名ピアニストのPhineas Newborn Jr.(フィニアス・ニューボーン Jr.)に捧げた曲だそうです。
ドラムのJeff Hamilton(ジェフ・ハミルトン)が加わったレイブラウン・トリオのアルバム"Bam Bam Bam"ではジーン・ハリスのサマータイムやA Night In Tunisia(チュニジアの夜)が収録されています。
レイ・ブラウンのオスカー・ピーターソン・トリオ時代やレイブラウン・トリオの試聴ができるPost-Gazette.com内の2002年7月4日の訃報記事はObituary: Ray Brown, acclaimed jazz bassist from Pittsburgh
レイ・ブラウン作曲のGravy Waltzはアルバム"Ultimate Ray Brown"で試聴出来ます。

オスカー・ピーターソンのソロ演奏が聴けるアルバムには14曲収録の2002年の輸入盤「Solo: Live: Oscar Peterson」や、"身も心も"や"A列車で行こう"など9曲収録の1997年の「ソロ」、そして中古LPだとOscar Peterson SOLO Terry'sTuneがあるそうです。

Listenオスカー・ピーターソンが1950年に録音したWalter Gross(ウォルター・グロス)作曲の"Tenderly"が聴けるLivinBlues - Oscar Peterson(サイトの一番下にあるMP3タイトルをクリック、ファイルは大きいのでダウンロードに時間がかかり、ブラウザがFirefoxでは聴けるがGoogle Chromeでは聴けない。)
1965年のオスカー・ピーターソンのヴォーカルを収録したMemorial Tribute to Nat King ColeのLP盤「To Nat with Love 」から"Straighten Up and Fly Right"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはBob Brainen's playlist - October 23, 2005(Listen to this show! RealAudioをクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を46:20:に移動)
※TenderlyについてはAudio-Visual Trivia内のサラ・ヴォーン Sarah Vaughan

Sweet Lorrain by Nat King Cole with Oscar Peterson Trio & Coleman Hawkins on The Nat King Cole Show 1957 - YouTube
Oscar Peterson Trio(Ray Brown & Herb Ellis) - A Gal In Gallico (1958) - YouTube
Oscar Peterson Solo Medley (Duke Ellington's Take The A Train, Don't Get Around Much Anymore, In A Sentimental Mood, I'm Beginning To See The Light, Satin Doll, Lady Of The Lavender Mist, and Caravan)
Oscar Peterson - Cubano Chant

Soundtrack for Les Tricheurs
オスカー・ピーターソンが参加している映画音楽ではパリで録音した1958年にPascale Petit(パスカル・プティ)が主演したMarcel Carne(マルセル・カルネ)監督の「Les Tricheurs(危険な曲り角)」があります。 「危険な曲がり角」を収録した抱き合わせサントラでEdouard Molinaro(エドゥアール・モリナロ)監督の「殺られる」と一緒になった"Des Femmes Disparaissent/Les Tricheurs"には、米国の名だたるジャズメンを集めたJATP(Jazz at the Philharmonic/ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック)の豪華メンバーで、「危険な曲り角のテーマ」をオスカー・ピーターソン、レイ・ブラウン、ギターのハーブ・エリスのトリオとドラムがガス・ジョンソン、トランペットがロイ・エルドリッジとディジー・ガレスピーとStan Getz(スタン・ゲッツ)、そしてテナーサックスがコールマン・ホーキンスなどが演奏しています。

☆オスカー・ピーターソンがレイ・ブラウンとエド・シグペンの最強のトリオ編成でカウント・ベイシー、デューク・エリントン、Thelonious Monk(セロニアス・モンク)などと共演した"Newport Jazz Festival"が1968年にアメリカのTVスペシャル番組で放映されたそうです。
Oscar Peterson Trio (Ray Brown & Ed Thigpen ) Live at Newport 1968 - YouTube

Oscar Peterson plays West Side Story
West Side Story [12 inch Analog] by Oscar Peterson trio1961年にNatalie Wood(ナタリー・ウッド)が主演したRobert Wise(ロバート・ワイズ)監督のWest Side Story(ウエスト・サイド物語)では音楽はLeonard Bernstein(レナード・バーンスタイン)が作曲しましたが、オスカー・ピーターソンが"Something's Coming"、"Jet Song"、"Tonight"、"Maria"、"I Feel Pretty"などを編曲し、VerveからリリースしたLPアルバムが1962年のGrammy(グラミー賞)にノミネートされたそうです。 演奏はベースがRay BrownでドラムがEd ThigpenのOscar Peterson Trioで、1994年に"CD"化されています。
☆CDの試聴はWest Side Story: Oscar Peterson Trio( CD) - Amazon.com

Original Score from The Silent Partner
Silent Partner (1978) VHS
The Silent Partner VHS映画音楽を手掛けるのは向きではないと言うオスカー・ピーターソンですが、1978年のDaryl Duke(ダリル・デューク)が監督した映画「The Silent Partner(サイレント・パートナー)」ではサウンドトラックを担当したそうです。 1979年にリリースされたオリジナルLP盤ではピーターソンの他に、トランペットがClark Terry(クラーク・テリー)、アルトサックスがBenny Carter(ベニー・カーター)、テナーサックスがZootSims(ズート・シムズ)、ヴィブラフォンがMilt Jackson(ミルト・ジャクソン)、ベースがJohn Heard(ジョン・ハード)でドラムがGrady Tate(グラディ・テイト)だったそうです。(国内盤もあり) 銀行強盗と銀行員の略奪金をめぐる密かなる共謀を描くカナダのヒッチコック風ミステリー「サイレント・パートナー」にはPicking Up The Pieces(ヴァージン・ハンド)やOcean's Twelve(オーシャンズ12)などに出演したElliott Gould(エリオット・グールド)が主演しました。 してやったり!と内心ほくそえんだ銀行員の眼に映ったのは、なんと!第三のサイレントパートナー。
サントラは異例なオールスター7重奏団で、アルトサックスのBenny Carter(ベニー・カーター)、フリューゲルのClark Terry(kラーク・テリー)、テナーサックスのZoot Sims(ズート・シムズ)、ヴィヴラフォンのMilt Jackson(ミルト・ジャクソン)、ベースのJohn Heard(ジョン・ハード)とドラムのGrady Tate(グラディ・テイト)といった豪華メンバーでした。
オスカー・ピーターソンが作曲したとはいえ、依頼されたのが日本公演に向かう最中だったためか時間が取れず、音楽と映画とは浮いた感じだったそうです。 検証しようにもRCAからLPでリリースされた当時のサントラはCD化されていないので中古レコードかVHSで聴くしかありません。 ・・・と思っていたら、なんと!そのLPが日本のamazonn.co.jpでイギリスからの輸入盤が見つかりました! 但しレコードジャケット画像も試聴もありません。 "Silent Partner [12 inch Analog]"はもうないかも。

オスカー・ピーターソンはJATPのメンバーとして初来日の1953年以降2004年まで何度も日本公演を行っていますが、その1953年にはBud Powell(バド・パウエル)の奏法にそっくりという評判だった秋吉敏子(穐吉敏子)にオスカー・ピーターソンがバークリー音楽大学で学ぶよう勧めたそうです。


オスカー・ピーターソンのアルバム
Nigerian Marketplace
☆オスカー・ピーターソン名義のアルバムは何百枚もリリースされていますが、ページトップのCD画像はオリジナルが1981年にリリースされたファンキーな人気アルバムです。 アルバムのタイトル曲になっているオスカー・ピーターソンのオリジナル曲で"Nigerian Marketplace"このライヴがお披露目だったそうですが他に自作の"Cakewalk"、メドレーでスタンダードの"Misty"と"Waltz For Debby"を収録したスイスのMontreux Jazz Festival(モントゥルー又はモントルー・ジャズ・フェスティバル)でのライヴ盤で、ドラムがTerry Clarke(テリー・クラーク)、ベースが2005年に亡くなったデンマーク出身のNHOPことNiels-Henning Orsted Pedersen(ニールス・ヘニング・ペデルセン)のトリオです。 ちなみに"Waltz For Debby(ワルツ・フォー・デビイ)"というBill Evans Trio(ピアニストのビル・エヴァンスのトリオ)が演奏した珠玉の名曲"Waltz For Debby"を収録した1961年のVillage Vanguard LIVE(ヴィレッジ・ヴァンガード・ライブ)を録音したアルバムのタイトルが有名です。
Misty(ミスティ)はオスカー・ピーターソンと同様に独特の奏法で人気を得ていたジャスピアノの先駆者と呼ばれたErroll Garner(エロール・ガーナー)の代表作でこの曲を弾くアーティストは滅多にいませんが、オスカー・ピーターソンが演奏する"ミスティ"はコンピレーション・アルバムの「ミスティ」にも収録されています。
「Nigerian Marketplace」の全曲試聴はNigerian Marketplace - Amazon.com
Oscar Peterson Quartet - Nigerian Marketplace - YouTube

The Trio
「ザ・トリオ」はオリジナルが1961年の名盤と言われるドラムのエド・シグペンとのレイ・ブラウン・トリオの国内リマスター盤です。
The Trio by Oscar Peterson TrioTrio: Live From Chicago
オスカー・ピーターソン・トリオが1961年にシカゴのロンドンハウスで演奏したライヴを録音したアルバムは心が和む選曲でハードバップのサキソフォン奏者であるBenny Golson(ベニー・ゴルソン)が作曲した"Whisper Not"やDavid Mann(デヴィッド・マン)作曲の"In the Wee Small Hours of the Morning"や"The Gravy Walt"など7曲を収録しています。
国内盤は「ザ・トリオ/オスカー・ピーターソン・トリオの真髄」で試聴ができますが、海外でのタイトルは「Live From Chicago」とかボーナス・トラックを追加した「Trio Live In Chicago」となっています。
※Blues Etude、Chicago Blues、Easy Listening Blues、Come Sunday、Secret Loveのみを収録したアルバムは「The Trio
試聴はThe Trio - Amazon.com

Ben Webster Meets Oscar Peterson
Bye Bye Blackbird、How Deep Is the Ocean?、In the Wee Small Hours of the Morningといったスタンダードを演奏しているオスカー・ピーターソンとテナーサックス奏者のBen Webster(ベン・ウェブスター)との共演盤です。
Ben Webster Meets Oscar PetersonMeets Oscar Peterson (20-Bit Master)
Oscar Peterson with Ben Webster - Bye Bye Blackbird - Amazon.com
Oscar Peterson - Bye Bye Blackbird - YouTube

Oscar Peterson Sings Nat King Cole
オスカー・ピーターソンがナット・キング・コールそっくりのボーカルで"Unforgettable"などを歌った1965年のNat King Coleへのヴォーカルトリビュート盤の"With Respect to Nat"以前にも無難なスタンダード曲やスローバラードをVerveから1952年と1954年にLP盤をリリースしたそうです。 ナット・キング・コールの死後、ベースはレイ・ブラウンでギターがハーブ・エリスのトリオを再編成して"Gee, Baby, Ain't I Good to You"などを収録した"With Respect to Nat"を1965年にリリースしました。 1998年のアルバム「Romance -Oscar Peterson Sings」というアルバムはオリジナルが1965年のWith Respect to Natで試聴できます。
With Respect to Nat by Oscar PetersonWith Respect to Nat

Oscar Peterson plays Samba!
Samba SensitiveやSoulville Sambaなどピーターソンのオリジナルを収録した2002年にリリースされた現在一番人気のアルバムで、お馴染みのMas Que NadaやSamba de OrfeuやCariocaなどのラテンナンバーを含みます。 オリジナルの録音は1966年でベイシストのSam Jones(サム・ジョーンズ)とドラマーのLouis Hayes(ルイ・ヘイズ)とのトリオ演奏にラテン特有のパーカッションを加えたコンボです。 1960年代にはブラジルで始まったBossa Nova(ボサノバ)旋風がアメリカのジャズ界にも吹き荒れてStan Getz(スタン・ゲッツ)をはじめ、ミュージシャン達はこぞってサンバを演奏しました。 私でさえ1960年代になって、1959年の映画「Orfeu Negro」又は「Black Orpheus(黒いオルフェ)」は観たし、Astrud Gilberto(アストラッド・ジルベルト)の"Garota de Ipanema(イパネマの娘)"やSergio Mendes(セルジオ・メンデス)の"Mas Que Nada(マシュ・ケ・ナダ)などは知っていたほど日本でもサンバは一時期流行ったのでした。
Soul Español by Oscar PetersonSoul Espanõl
Ray Brown - Solo Bass on "Black Orpheus" 2001- YouTube

Count Basie Encounters Oscar Peterson
オリジナルは1974年の二大ピアニストであるオスカー・ピーターソンとカウント・ベイシーの"S & J Blues"が収録された人気のセッション盤「Satch and Josh(オスカー・ピーターソン・プレイズ・カウント・ベイシー)」ではジャージーなピーターソンとブルージーなベイシーのピアノを聴き比べることが出来ます。
Satch and Josh - Oscar Peterson and  Count Basie Satch and Josh
アルバムの名義はCount Basie(カウント・ベイシー)ですが、メンバーはオルガンとピアノがカウント・ベイシー、ピアノがオスカー・ピーターソン、ベースがレイ・ブラウン、ギターがFreddie Green(フレディ・グリーン)、ドラムはLouie Bellson(ルイ・ベルソン)
試聴はSatch and Josh - Amazon.com

The Complete Quartets & Quintets by Lionel Hampton & Oscar Peterson
1953年のVerveレーベ時代のオスカー・ピーターソンとLionel Hampton(ライオネル・ハンプトン)のカルテットとクインテットの演奏50余曲を収録した5枚組アルバムです。 ベースのRay Brown(レイ・ブラウン)とドラムのBuddy Rich(バディ・リッチ)の他、スイング時代にBenny Goodman(ベニー・グッドマン)に傾倒したクラリネット奏者のBuddy de Franco(バディー・デ・フランコ)やギターのHerb Ellis(ハーブ・エリス)などがメンバーです。
The Complete Quartets & Quintets - Lionel Hampton & Oscar PetersonThe Complete Quartets & Quintets
George Gershwin(ガーシュイン)の名曲、"Someone to Watch over Me"が試聴できるBuddy de Franco(バディデフランコ)とオスカー・ピーターソンのアルバムは「Buddy DeFranco & Oscar Peterson Play George Gershwin」


Piano Power
2005年リリースの4枚組CDに全60曲余が収録されているオスカー・ピーターソンの集大成、レイ・ブラウンとバーニー・ケッセル又はHerb Ellis(ハーブ・エリス)とのトリオ演奏で、この時期のハーブ・エリスが一番評価が高いようです。
Piano Power [IMPORT] [BOX SET]Piano Power
試聴はF.Y.E: Jazz - Piano Power - Amazon.com

Toni Harper Sings
11歳で歌いだしたというティーンエイジャー歌手のToni Harper(トニー・ハーパー)とハーブ・エリスが参加していたオスカー・ピーターソン・トリオの1955年の共演盤で、Bewitched, Bothered and BewilderedやLike Someone In Loveを収録している「toni(トニ)」は日本でリリースされた1998年のCDしか見つかりませんが、曲目リストはToni Harper Sings - mp3.com
国内盤のCD画像が見られるドイツのAmazon.de - Toni
※1955年のLP「Toni Harper Sings 」から"You Took Advantage of Me"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはGive the Drummer Some - July 19, 2002(Hear the show in RealAudioをクリック、クリップ・ポジション(再生バー)をに42:00移動)
At the Stratford Shakespearean Festival [Live]
オリジナルが1956年の録音のハーブ・エリスとのオスカー・ピーターソン・トリオのライブ盤は1993年にCD化されています。 

Piano Moods: the Definitive Collection
1950年代から1971年代頃が最全盛だったオスカー・ピーターソンのほぼ半世紀に及ぶキャリアの集大成、ロンドンやマンチェスターでの公演などを録音したVerveやMPS盤のライブLPがあったそうです。 「Piano Moods: The Definitive Collection」として1998年にCD化されて全33曲が2枚組セットになっていますが入手困難です。
Piano Moods: the Definitive Collection
♪ ヴィンテージというべきオスカー・ピーターソンのピアノが奏でるジャズのスタンダード曲集が試聴できるPiano Moods: 2cd - HMV.com

Canadiana Suite
2005年にカナダで80歳を記念して切手の肖像となったオスカー・ピーターソンですが、1964年に日本でリリースされた異色アルバムではピーターソンの故郷であるカナダの大自然を表現した美しい曲を自作自演しています。メンバーはベースがレイ・ブラウンでドラムがエド・シグペンです。
試聴はCanadiana Suite - Amazon.com
oscar_canada.jpgカナダ組曲
※アルバム内のHogtown(ホグタウン)とはトロントで有名な実業家のJames Hogg(ジェームス・ホグ)のことを指し、"Hogtown Toronto"としてカナダのトロントのニックネームとなっているそうです。
カナダでは1979年にオスカー・ピーターソンのTV番組"Oscar Peterson's Canadiana Suite"が放映されたそうですが、1964年の「カナダ組曲」の発表から40年経った2000年に録音されたアルバムが"Trail of Dreams: A Canadian Suite"

The Very Tall Band: Live At The Blue Note
1998年にニューヨークのブルーノート・クラブで録音されたミルト・ジャクソン最後のセッション盤です。 Ray Brown(レイ・ブラウン)、Milt Jackson(ミルト・ジャクソン)との回復したオスカー・ピーターソンのトリオが演奏するライヴアルバムで、Eden Ahbez(エデン・アーベ)が作曲したミルト・ジャクソンお気に入りののNature Boy(ネイチャー・ボーイ)やミルト・ジャクソン自作のS.K.J.、又I Remember Cliffordなどが収録され、レイ・ブラウンのソロ・メドレーではなんとNat Adderley(ナット・アダレイ)の代表曲であるWork Song(ワーク・ソング)も聴けます。
Very Tall Band by Oscar Peterson, Ray Brown and Milt JacksonThe Very Tall Band: Live At The Blue Note

Oscar In Paris: Oscar Peterson Live At The Salle Pleyel
オスカー・ピーターソンの"Jazz in Paris"シリーズはいくつかリリースされていますが、リラックス出来るKelly's Blues(ケリース・ブルース)やSweet Georgia Brown(スウィート・ジョージア・ブラウン)を収録した2枚組CD"Oscar In Paris: Oscar Peterson Live At The Salle Pleyel"のパリ・ライブ盤はオスカー・ピーターソンが健康を害して片手で演奏するようになってからの録音だそうです。

Perfect Peterson: Best of the Pablo & Telarc Recordings
1950年代のハーブ・エリスとのトリオ時代のTenderlyやHow High the Moon、1979年のDjango ReinhardtのNuagesなどをバイオリンのStephane GrappelliとベースのNHOP(Niels Henning Orsted Pedersen)と演奏、Dizzy GillespieとはCaravanとIf I Were a Bell、そしてレアな演奏のSummertime、めまいがしそうなBlues Étudeなどが収録された2007年リリースの2枚組CDの最新アルバムは"Perfect Peterson: Best of the Pablo & Telarc Recordings"
オスカー・ピーターソンの1953年から2000年までの録音で、演奏はClark Terry、Count Basie、Dizzy Gillespie、Herb Ellis、Joe Pass、Milt Jackson、Ray Brown、Stephane Grappelli、Benny Carterなどの豪華メンバーです。
全曲試聴はPerfect Peterson: Best of the Pablo & Telarc Recordings - Amazon.com


Swinging brass with Oscar Peterson & Bursting Out (analog - Vinyl)
The Oscar Peterson Trio - Bursting Out - LP普段はコンボ演奏のオスカー・ピーターソンが珍しいフル・バンド・ジャズをバックにしたレコードがあります。 私の手持ちのオスカー・ピーターソンのLPレコードはアレンジャーでもあるErnie Wilkins's orchestra(アーニー・ウイルキンス&ヒズ・オーケストラ)のビッグバンドを従えた5日間のニューヨーク録音を編集した1962年のVerve LPの"The Oscar Peterson Trio - Bursting Out"です。
☆このLPはオリジナルが1959年としてCD化されています。
Bursting Out with the All-Star Big Band! /The Swinging Brass
全曲試聴はBursting Out With The All-Star Big Band!/Swinging Brass - Amazon.com
※私が持っている1962年リリースLP「Bursting Out」は1950年代末にリリースされた"Swinging brass with Oscar Peterson"の続編でレイ・ブラウンとエド・シグペンとのトリオに大編成のブラスバンドを加えたアルバムです。
A面が①Blues For Big Scotia(ビッグ・スコティアのブルース)はNova Scotia(ノヴァ・スコティア)生まれのオスカー・ピーターソンの奥さんのあだ名がビッグ・スコーティアだそうで、ピーターソンのピアノが際立つブルースです。
②West Coast Blues(西海岸ブルース)はジャズギタリストのWes Montgomery(ウェス・モンゴメリー)作曲でD-Natural Bluesにも似たリピート部分が有名な曲です。
③Here's That Rainy Day(雨の日に)はメランコリックなバラード曲です。
④I Love You(アイ・ラヴ・ユー)はCole Porter(コール・ポーター)作曲のスローバラードをスイングした演奏で聴かせます。
⑤Daahoud(ダーホウド)はhttClifford Brown(クリフォード・ブラウン)の書き下ろしだそうで冒頭ではレイ・ブラウンのアップテンポなベースのフレーズが聴けます。
B面は①Tricrotism(トリックロティズム)はベイシストのOscar Pettiford(オスカー・ぺティフォード)の作曲のバップ調スイング曲でオスカー・ピーターソンのピアノとレイ・ブラウンのベースのかけ合いが見事です。
②I'm Old Fashioned(アイム・オールド・ファッションド)は1942年にジェローム・カーンとジョニー・マーサーが作った曲でJames Moody(ジェイムス・ムーディ)のテナーサックスソロが聴けます。(ジェイムス・ムーディのテナーサックスソロといえば1949年の"I'm in the Mood for Love"が「Moody's Mood for Love」として有名。)
③Young and Foolish(ヤング・アンド・フーリッシュ)ではピーターソンのピアノから徐々にオーケストラが入るという最高といわれる作品です。
④Manteca(マンテカ)はジャズトランペッターのディジー・ガレスピーの作曲でピッコロやフルートやチューバに合わせてピーターソンのピアノが躍動します。
☆LPの詳細はThe Cannonball Addarley Rendez-vous - Bursting Out
※オスカー・ピーターソンがコール・ポーターの作品を演奏したアルバムには「Oscar Peterson Plays the Cole Porter Songbook」があり、In the Still of the Night、Love for Sale、I've Got You Under My Skin、Night and Day、 I Love Parisなどが収録されています。

The Trio: The Best Of Oscar Peterson (analog - Vinyl)
The Trio: The Best Of Oscar Peterson - Verve LP
私の手持ちのアナログレコードはもう1枚あります。 オスカー・ピーターソン・トリオの編成は1952年の設立以降時代を経てメンバーが変りましたが、1958年にドラムのエド・シグペンが参加して1959年にはたった3週間で100曲以上もの録音をしたのだそうです。 ピーターソンもレイ・ブラウンも若い!
そのトリオが1958年から1964年にVerveでスタジオ録音した6枚のアルバムを編集したLP「Verve SMV-1040」です。
A面のNight Train(ナイト・トレイン)はデューク・エリントン楽団のテナーサックス奏者だったJimmy Forrest(ジミー・フォレス)が1951年に作曲した名曲で後にソウルテナーのKing Curtis(キング・カーティス)でも有名になりました。 オスカー・ピーターソン・トリオのアルバムにはこの曲をタイトルにした傑作といわれる1962年のスタジオ録音盤「Night Train」(ASIN: B0000047D4)があり、Happy-Go-Lucky Local (AKA 'Night Train')をはじめC-Jam Blues、Bags' Groove、 I Got It Bad (And That Ain't Good)、My Heart Belongs To Daddy、Now's The Timeなど全17曲を収録しています。
Oscar Peterson - Night Train - Grooveshark.com
Tonight(トゥナイト)は1957年のミュージカル「ウエストサイド物語」で有名になったレナード・バーンスタイン作曲のバラードですがスイングのアレンジが素晴らしい。
Something's Coming(何か起こりそう)も「ウエストサイド物語」の主題歌をアレンジして華麗なるピーターソンのアドリブが入ります。
Shiney Stocking(シャイニー・ストッキング)はカウント・ベイシー楽団のアレンジャーでもあったテナー奏者のFrank Foster(フランク・フォスター)の1956年の作曲です。
Girl From Ipanema(イパネマの娘)はAntonio Carlos Jobim(アントニオ・カルロス・ジョビン)が作曲したボサノバでスタン・ゲッツとアストラッド・ジルベルトの共演で大ヒットした曲です。
B面のI Could Have Danced All Night(一晩中踊れたら)は1956年のミュージカルで映画では1964年の「My Fair Lady(マイ・フェア・レディ)」の主題歌で、この曲だけドラムが最初のトリオに参加していたGene Gammage(ジーン・ギャメージ)なんだそうです。
Fly Me To The Moon(フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン)はBart Howard(バート・ハワード)が1954年に"In Other Words"として作曲したバラードでPeggy Lee(ペギー・リー)がテレビ番組で歌って世に知れるところとなりました。 演奏はもとより歌では男性歌手のFrank SinatraやNat King ColeからJulie London(ジュリー・ロンドン︉やJune Christy(ジューン・クリスティ)、Ella Fitzgerald(エラフィッツ・ジェラルド)やAstrud Gilberto(アストラット・ジルベルト)といった女性ジャズヴォーカリストも好んで歌うスタンダード曲。
Corcovado(コルコヴァド)もアントニオ・カルロス・ジョビンが作曲したボサノバ曲で、タイトルの"コルコヴァド"とは巨大なキリスト像が立っているリオ・デ・ジャネイロの丘のことでそうです。
④Bag's Groove(バグズ・グルーブ)はModern Jazz Quartetのメンバーだったヴァイヴ奏者のMilt Jackson(ミルト・ジャクソン)が作曲して自身のニックネームを冠したブルース曲。
Close Your Eyes(そっと目をとじて)はトリオの1959年の録音ですが、女性作曲家のBernice Petkere(バーニス・ペトケレ)による1933年の甘い曲でDoris Day(ドリス・デイ)が1962年に、Peggy Lee(ペギー・リー)が1963年に録音するなどたくさんの女性ヴォーカリストが歌っています。

Oscar Peterson Live at Olympia
度々パリ公演を行ったオスカー・ピーターソンは1957年5月、1960年4月、1961年2月28日、1963年5月と3年3月23日などのオリンピア劇場でのライヴ盤がリリースされています。
「Olympia-March 22th 1963」、「Olympia, 1963 - The Champs Élysées, 1964」、「Olympia, Mai 1957, Avril 1960, Février 1961, Mars 1963」、「Live Olympia 1961 Et 1963」、「Oscar Peterson - Live: Olympia Mai 1957, Avril 1960, Février 1961, Mars 1963」

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