January 2008 Archives


Marilyn Monroe

Marilyn Monroe (1926 - 1962)
♪ マリリン・モンロー賛美 ♪
男性は言うに及ばず、同性でさえ守ってあげたいと思うほど華奢でナイーヴで、頼りなげで、マシュマロのように白くて軟らかそうで美味しそう、じゃなくてセクシー、世界中でこれほど可愛い女はいないと思えるような役を演じている女優のマリリン・モンローです。 誰もモンローを真似することは出来ないし、モンローの再来なんてあり得ないのです。 ある海外の雑誌の今までで最もセクシーな映画スターのリストでは、男優のMarlon Brando(マーロン・ブランド)と女優のBrigitte Bardot(ブリジット・バルドー)を押さえてトップに選ばれています。 今現在もなお、モンロー伝説は生き生きと語られ、マリリンモンローの写真や映像はユビキタス、モンローの可愛い歌声も常に私の耳の奥に鳴り続けるのです。 モンローの墓に口紅が一杯付いているという事実は同姓に好かれた証ともいえるでしょう。(それともドラッグか?)
Boop-boop-a-doops!
自伝がどう書かれていようが、暴露本にどう書かれていようが、茶髪のNorma Jean(ノーマ・ジーン)ではなく銀幕の中の金髪のマリリン・モンローを私は永遠に愛し続けるでしょう。

Marilyn Monroe in Lets make loveMarilyn Monroe Quotes: Everyone's a star and deserves the right to twinkle.
マリリン・モンローは「寝る時はシャネルの5番」以外にも数々の名言を残しましたが、そのなかに「誰もがスターであり、ひかり輝く権利を持っている。」という言葉がありました。 さて、私がモンローの映画を初めて劇場で見たのが1959年にBilly Wilder(ビリー・ワイルダー)が監督したSome Like It Hot(お熱いのがお好き)でした。 その後、今から30年程前まではよくテレビの名画座などでマリリン・モンローが出演した映画を立て続けに放映していた時期がありました。 John Huston(ジョン・ヒューストン)が1950年に監督して都会の陰謀を描いたフィルムノワールの「The Asphalt Jungle(アスファルト・ジャングル)」では悪徳弁護士の愛人(セリフでは姪)の役でようやく大物監督の作品に出演したマリリン・モンローでしたが、何の因果かモンローの遺作となった1961年の「The Misfits(荒馬と女)」もジョン・ヒューストン監督でした。
役としてはただの顔見せ的な登場をしている次の映画、1950年の「All About Eve(イヴの総て)」は私には実質的にはデビュー作品に思えますが、映画のラストシーンがマリリン・モンローのその後を暗示しているような美貌と肉体を武器にのし上がる新人女優役でした。
私にはあまり面白い映画ではなかったけれど金髪グラマー・コメディの典型を作り上げた1952年の「Monkey Business(モンキー・ビジネス)」は後にJayne Mansfield(ジェーン・マンスフィールド)などのブロンド女優によってパロディ化されました。 さらに、お姐さまたちに威力に押されてマリリン・モンローの魅力が十分に発揮できなかったけれど、もっとオバカを演じた1953年のHow To Marry A Millionaire(百万長者と結婚する方法)ではミュージカル・コメディのタレント性も発揮しました。 「百万長者と結婚する方法」の頃にはマリリン・モンローの知名度が上がり日本でも人気が出ていたのでクレジットでは一番上に表示されていますが、アメリカではなんといってもピンナップガールのナンバーワンだったBetty Grable(ベティ・グレイブル)がトップです。 もう一つのミュージカルコメディのGentlemen Prefer Blondes(紳士は金髪がお好き)で"Bye, Bye, Baby"などを歌って踊って大奮闘しとても可愛かったですが、ダイナミックなジェーン・ラッセル姐御に食われた感がありました。 出演料もジェーン・ラッセル姐御が1000万円以上なのにマリリン・モンローはたった200万円だったそうです。
Marilyn Monroe sings "Bye, Bye, Baby" on Jack Benny Show (1953) - YouTube
セクシーな歌の"Kiss(キス)"や腰振りモンローウォークで殿方を痺れさせたことで魅力が爆裂した1953年のスリリングな映画「Niagara(ナイアガラ)」からは揺るがぬセックス・シンボルの代表として完全に地位を獲得しましたが、このモンローウォークは1957年の「The Prince and the Showgirl(王子と踊り子)」でセルフ・パロディ化されていました。

1954年のThere's No Business Like Show Business(ショウほど素敵な商売はない)では"Heat Wave"をはじめ何曲も歌い、1954年の「River of No Return(帰らざる河)」でもタイトル曲の他数曲歌い、役名も無きただの"女"という設定でしたが、Joe DiMaggio(ジョー・ディマジオ)を激怒させた地下鉄の通気口でまくれ上がったスカートのシーンがある1955年の「The Seven Year Itch(七年目の浮気)」では"Chopsticks"をおふざけで歌いました。 このシーンで着用された細いプリーツスカートの白いドレスは今や黄ばんでしまったといえども2011年のハリウッドのオークションで予想額の2~3倍近い$ 4.6 million(3億7千万円)で落札されたとか。 MGM映画(Metro-Goldwyn-Mayer)が一度目の倒産をした70年代に売却した品を購入したのは博物館設立希望だった女優のDebbie Reynolds(レイノルズ)だそうです。(メドが付かなくて諦めてコレクションを売っぱらったので資金ができても展示するものはなくなるのか。)
「帰らざる河」の酒場のシーンで調子外れの"That Old Black Magic"を歌った1956年のBus Stop(バス停留所)では演技力も評価されたそうです。

モンローの最初のプロデュース作品であり、唯一の海外作品でもある1957年のThe Prince and the Showgirl(王子と踊子又は王子と踊り子)は、英国の老俳優のLaurence Olivier(ローレンス・オリヴィエ)が監督したからイギリスで撮ったというだけではなく、国内映画に補助を与えるイギリスの税制の恩恵を得るためもあったそうです。 マリリン・モンローとシェイクスピア俳優のオリヴィエ卿と共演なんてなんだかまるで冗談のよう、いや夢のようでした。 アクターズ・スタジオでメソッド演技法を学んだマリリン・モンローとローレンス・オリヴィエの英国流伝統的演技スタイルの鬩ぎ合い!というのはちと大袈裟としても粗利が合わないのは道理でしょうか。 それはともかくとして、「王子と踊子」は当初はミュージカルという設定だったそうですが夫のアーサー・ミラーが反対したので取りやめになりましたが唯一極だけマリリン・モンローが歌った"I Found A Dream"はマリリン・モンローのアルバム"Complete Recordings"にも収録されています。(私にはモンローでないように聞こえますが。) 「ナイアガラ」で見せたモンローウオークをさらに誇張したセクシーなモンローを見ることができた「王子と踊り子」でしたがあまりしっくりこない映画でした。 さらにもう一作品の1960年の「Let's Make Love(恋をしましょう)」ではシャンソン"Les feuilles mortes(枯葉)"で有名なフランスのYves Montand(イヴ・モンタン)と共演して恋愛沙汰も囁かれたました。 映画ではタイトル曲の他に私の大好きな"My Heart Belongs to Daddy"など歌っているのですがも映画そのものはモンローが激太のせいもあり、これも又なぜだか好きではなかった作品でした。 今日までもこれほどの人気を保っているマリリン・モンローが本当に主演した映画はたったの10本ほどだけということは一驚に値します。


上記の画像はニュースドキュメンタリーと予告編を集めたオーディオ付きDVDの「Complete Marilyn Monroe (2001)」ですが、同じ画像のCDで出演作品からタイトル曲を集めた人気の「マリリン・モンロー」が入手可能です。

完成した作品としてはマリリン・モンローの遺作となってしまった1961年のThe Misfits(荒馬と女)がありますが、製作中には「お熱いのがお好き」の時以上のドタキャンなどのトラブルが続いて話題になり、主演のClark Gable(クラーク・ゲーブル)も「二度とマリリン・モンローとは共演したくない」と言い残してこの世を去った映画でした。 スチール写真で見た白地に赤い桜ん坊のワンピースが可愛いモンローでしたが、私はこの映画を観ようとは思いませんでした。 その翌年の1962年に全裸のプールシーンが制作中から話題になった「Something's Got to Give(女房は生きていた)」の撮影中にモンローが自宅で急死したのですがやはり睡眠薬が原因と噂されました。 "Something's Got to Give"の件ではJ・F・ケネディの誕生日に出席して「ハッピー・バースディ・ミスタ・プレジデント」を歌うためにマリリン・モンローが撮影をすっぽかしたことによる映画会社との損害賠償が絡む訴訟事件となり解雇されと伝えられましたが、真相は闇の中です。 誕生日のビデオに登場するモンローは映画そのままの真っ白な綿菓子のような(カツラ?)髪型です。 この映画は翌年に「Move Over Darling(女房は生きていた)」として当時髪型が似ていたDoris Day(ドリス・デイ)が主演し、お相手役はDean Martin(ディーン・マーチン)からJames Garner(ジェームズ・ガーナー)にバトンタッチされて作り直されました。 もちろんドリス・デイの全裸プールシーンはありません。 プールシーンなど生前のモンローの映像は1990年のビデオ「Marilyn: Something's Got to Give」に残されています。
のっぴきならぬ愛情問題から政治家とマフィアの恐ろしい関係などで色々と精神的に安定できないことがあったのでしょう。 まさに映画「「Don't Bother to Knock(ノックは無用)」で恋人を亡くして精神状態がおかしくなったヒロインのようですが、ともかく栄光のスターの座を目指し続けた挙句にハリウッドの闇に葬られて一生の幕を閉じたのです。
モンローの映画「帰らざる河」とかけたのか、昭和47年(1972年)に著作「マリリン・モンロー・ノー・リターン」を書いたモンロー・ファンの作家の野坂昭如氏がヤケのようになって同名の自作の曲"マリリン・モンロー・ノー・リターン"をテレビで絶唱していました。 1967年に「火垂るの墓」で受賞した多才な野坂氏はシャンソン歌手を志していた時期があったのだそうですが、「死んだ!死んだ!ダニダニダニ! 」と連呼するCMソングの「ダニアースの唄(Dani Earth(Drum'n'BassMix)」というCDシングルも1998年にリリースしたほどの奇才です。
モンローが亡くなって悲しんだのは野坂氏だけなわけがありません。 イギリスの偉大なるアーティストのElton John(エルトン・ジョン)が"Candle In The Wind(キャンドル・イン・ザ・ウィンド)"というマリリン・モンローを悼む歌で、Goodbye Norma Jean...と歌っています。


Dont Bother to Knock (1952)
Don't Bother to Knock - Marilyn Monroe Don't Bother to Knock - Marilyn Monroe

Don't Bother to Knock
マリリン・モンローの映画は殆ど観たと思っていた私ですが、どうしても観たいと思った作品がMarilyn Monroe(マリリン・モンロー)が初めて主演した「ノックは無用」でした。 他の主演映画のように歌ったり踊ったりはいっさいせず、演技だけで見せた白黒映画で、「アスファルト・ジャングル」の2年後に主演しています。 とはいっても実質的には強面の渋い俳優であるRichard Widmark(リチャード・ウィドマーク)が主演したともいえるでしょうか。 ウィドマークが出ていてもフィルムノワールというほどのクライム・ドラマではありませんがRoy Baker(ロイ・ウォード・ベイカー)監督のサイコ的なスリラー映画です。 マリリン・モンローは精神病院から退院したばかりの情緒不安定なNell(ネル)を好演し、Anne Bancroft(アン・バンクロフト)がバーの歌手役で堂々の映画デビューをしています。 リチャード・ウィドマークはアン・バンクロフトが演じるLyn(リン)の恋人のJed(ジェド)でいつもとは違ってナイスガイです。
アン・バンクロフトは映画の冒頭のクラブ・シーンで"How About You"を歌います。 シーンは転じてベッドで寝転がってスピーカーから流れるアン・バンクロフトの歌声を聴いているリンの恋人Jed(ジェド)です。 リンが歌っているホテルエレベーターボーイのエディを頼って来たのは姪っ子のネルですが、エディのおかげでホテル滞在客の一夜のベビーシッターの職を得たのです。 場面は変わって、リンが歌うManhattan(マンハッタン)がラジオから流れる部屋で、子供を寝かし付けたネルはチョコをムシャ喰いしたり奥様の香水や宝石やナイトガウンまで着用していますが、その時に突如聞こえてきた飛行機の爆音に過去が呼び覚まされて不安そうな面持ちを見せます。 クラブのカウンターでは未来無き恋に終止符を打とうとするリンとジェドの別れ話がもつれ、むしゃくしゃして部屋に戻ったジェドが向いの部屋の窓越しに見たのは奥様の大き過ぎるナイトガウンを着て踊っているネルでした。

「おっ、あの部屋はどこだ?」とやおら色気付いてホテルの見取り図を確かめるジェド、リンの歌うラジオのスイッチを切ると電話をかけて2分後に会う約束をします。 ネルは叔父の言う通りに新しい恋を見出そうとするかのようにジェドを待つ合間に紅をさします。 そのネルの両手首にはためらい傷が。 ここはお約束、美脚を剥き出してガーターを止めるセクシーなシーンも大サービス。 さて酒持参でネルの部屋をノックしたジェドですが、さすが怪しんで様子を伺います。 トランクのイニシャルが違うし紳士靴もベッド下にあるのは全て妹家族の物と偽るネル。 ジェドの職業がパイロットと知ると精神が不安定なネルは腕の傷をさすりながら過去の恋人と混同し始めます。 ネルは婚約をしていた恋人の飛行機が太平洋に墜落して死亡したので精神的に異常をきたし、茶色い目で黒髪の恋人(フィリップス)がジェドとかぶってしまったのです。 そこへ寝ているはずの子供が起きてきてネルの事情をしゃべったので、嘘がジェドにばれたネルは逆上して邪魔な子供をなんとかしてしまおうとし、次第に凶暴化していきます。 ですが、ジェドは犬や子供だけでなく窮地に陥った女の扱いも上手です。 狂っていく女の悲しさがなにやら「A Streetcar Named Desire(欲望という名の電車)」のブランチを思い起こします。 もしもマリリン・モンローがこの「ノックは無用」の路線でずっと行ったならどうなっていたのでしょうか。 私が"マリリン・モンローの映画"を奨めるとしたら、まずは笑える「お熱いのがお好き」に加えてミステリーの「ナイアガラ」と「ノックは無用」、そして場末の歌手役で演技力を認められたという「帰らざる河」と「バス停留所 」です。 後はブロンドグラマーの歌と踊りのお色気コメディを存分にご堪能下さい。
Don't Bother to Knock Movie Trailer (1952) - YouTube
「ノックは無用」の他モンローの主演映画の写真が見られるMarilyn Monroe in Don't Bother to Knock Photos - IMDb
マリリン・モンローのポスターが見られるDon't Bother to Knock Posters - Allposters.com(検索窓にMarilyn Monroeと入力、「ノックは無用」の映画ポスターは16ページ目で拡大可)

「ノックは無用」の音楽はLionel Newman(ライオネル・ニューマン)でHarlem Nocturne(ハーレム・ノクターン)の作曲者として知られるEarle Hagen(アール・ヘイゲン)が編曲指揮を担当しました。 映画の冒頭からミステリ調で都会の夜を連想させる曲が流れます。 映画「ノックは無用」のサウンドトラックCDは見つかりません。

上記のビデオ画像は二つともマリリン・モンローが初主演した英語版の映画「ノックは無用」のVHSで、左の画像は1998年版「ノックは無用」、右の画像は2002年版「ノックは無用」ですが共に白黒映画です。 この他にもが2000年版の字幕版のVHSもあります。

2006年に発売された500円の廉価版DVDはノックは無用
Don't Bother to Knock (1952) DVD
2004年に発売された特典付き字幕版のDVDもあります。

Don't Bother to Knock by Charlotte Armstrong
映画「ノックは無用」の原作はシャーロット アームストロングが1950年に書いた長編小説です。 シャーロット アームストロングは1957年に「A Dram of Poison(毒薬の小壜)」で探偵作家クラブ(Edgar Allan Poe賞)の最優秀長編賞を受賞したミシガン出身のミステリー作家ですが日本語に翻訳された「ノックは無用」の文庫本が発売されています。
1998年版はノックは無用 (小学館文庫)


Solid Gold - Marilyn Monroe
「Bus Stop(バス停留所)」の"That Old Black Magic"などが入っていないのでお勧めというわけではありませんが、映画で歌われたセクシーな曲がたくさん収録されているマリリン・モンローのアルバムの1枚です。
マリリン・モンローの声は聴く人の鼻先をオーストリッチの羽毛でくすぐります。 ミンクのミトンで背中を撫で回します。
Solid Gold - Marilyn MonroeSolid Gold
※日本盤では19番が「お熱いのがお好き」のサントラから抜き出したような"I'm Thru with Love"になっていますが、こちらのアメリカ盤の「Solid Gold」では19番がブロードウエイ・ミュージカルの「The French Doll(フレンチ・ドール)」で歌われた私の好きな"Do It Again(ドゥ・イット・アゲイン)"で試聴も手持ちの曲と同じく"I'm Thru with Love"は17番です。 確かに"Do It Again"は映画では歌っていないようですが同じ品番のCDの曲目が違うのも不思議なようですが時々こういったことはあります。 "Do It Again(フランス人形)"は国内盤のベストアルバム「マリリン・モンロー」(ASIN: B00001ZTFM)にも収録されています。
日本盤の曲目では1番のDiamonds Are a Girl's Best Friend、4番のWhen Love Goes Wrong、5番のBye, Bye, Baby、6番のTwo Little Girls from Little Rockは「紳士は金髪がお好き」からでジェーン・ラッセルも歌っています。
Runnin' Wildが入っていませんが、2番のSome Like It Hot、12番のI Wanna Be Loved By You、19番のI'm Through With Loveは「お熱いのがお好き」
3番のMy Heart Belongs to Daddyは「恋をしましょう」
7番のRiver of No Return、8番のI'm Gonna File My Claim、18番のFine Romance、20番のDown in the Meadowは「帰らざる河」
10番のKissは「ナイアガラ」
11番のLazy、13番のAfter You Get What You Want、14番のYou'd Be Surprised、15番のHeat Waveは「 ショウほど素敵な商売はない」
16番のHappy Birthday Mr. Presidentは1962年のPresident Kennedy's Birthday Saluteなどで使用されているそうです。
These songs, "She Acts Like A Woman Should" and "When I Fall in Love" are in which Marilyn Monroe Movie?

☆Marilyn Monroe(マリリン・モンロー)が朝鮮戦争の慰問に出向いた頃の1954年に歌ったGeorge Gershwin(ジョージ・ガーシュイン)作曲の"Do It Again"はエンディングの含み笑いが可愛くて購入してしまいました。
※マリリン・モンローの"Do It Again"はアルバムは「The Essentials」でも試聴できます。
この"Do It Again"についてはブログ内のエイプリル・スティーヴンス

Marilyn Monroe Lyrics
Bus Stop(バス停留所)の酒場のシーンで歌われたThat Old Black Magicなどマリリン・モンローの歌詞はMarilyn Monroe Lyrics - allthelyrics.com

Richard Widmark
アクション映画が多く、おデコでギョロ目が特徴のアメリカの俳優であるリチャード・ウィドマークは男らしくてセクシーといわれています。 私が観たウィドマークの映画はあまり多くはありませんが、1947年の「Kiss of Death(死の接吻)」で冷酷な殺し屋を演じ衝撃的なデビューをしました。 この映画でウィドマークが冷酷にも車椅子の女を階段から突き落としますが、その女は1956年のBaby Doll(ベビイドール)でボケたローズ伯母さんを演じていたMildred Dunnock(ミルドレッド・ダンノック)だそうです。 1950年に日曜日はダメよのJules Dassin(ジュールス・ダッシン)が監督した「Night and the City(街の野獣)」ではヤマ師のHarry Fabian(ハリー)を演じ、Elia Kazan(エリア・カザン)監督の「Panic In The Streets(暗黒の恐怖)」で死亡者が肺ペストにかかっていたことを見つける公衆衛生局の医師医師のクリントン・リードを演じましたが、多くは暗黒街や拳銃や殺人が似合う俳優となりますが後に警察側にまわって刑事も演じています。
「死の接吻」を監督したHenry Hathaway(ヘンリー・ハサウェイ)はマリリン・モンローがリチャード・ウィドマークと共演した「ノックは無用」と「O. Henry's Full House(人生模様)」の後の1953年に「ナイアガラ」を監督しています。 リチャード・ウィドマークはアクション映画が続いた後にサスペンスの「ノックは無用」に出演してソフトなイメージも与えました。
「O. Henry's Full House(人生模様)」は私の大好きな作家の一人であるO. Henry(O・ヘンリー)の短篇5話を5人の監督が担当し、作家のJohn Steinbeck(ジョン・スタインベック)が各エピソードに登場してナレーションを入れるという文芸的な映画。 リチャード・ウィドマークはヘンリー・ハサウェイ監督のThe Clarion Call(ラッパの響き)編に登場しますが、マリリン・モンローはHenry Koster(ヘンリー・コスター)が監督したThe Cop and the Anthem(警官と聖歌)に街の売春婦役で出演です。 リチャード・ウィドマークは1977年にはRobert Aldrich(ロバート・アルドリッチ)が監督した「Twilight's Last Gleaming(合衆国最後の日)」でマッケンジー将軍を演じBurt Lancaster(バート・ランカスター)やJoseph Cotten(ジョセフ・コットン)と共演していますが、その後の1984年に今や「Iron Man(アイアンマン)」のオバデヤ役で有名になったJeff Bridges(ジェフ・ブリッジス)が主演した「Against All Odds(カリブの熱い夜)」に黒幕の弁護士役で出ていたのには気が付きませんでした。

Anne Bancroft (1931-2005)
イタリア移民の女優のアン・バンクロフトは「ノックは無用」では歌手という役柄で何曲も歌いますが、上記の"I like live in New Youk in June..."と歌うBurton Lane(バートン・レーン)作曲Ralph Freed(ラルフ・フリード)作詞の「How About You」の他にライオネル・ニューマン作曲Lorenz Hart(ロレンツ・ハート)作詞の"A Rolling Stone"やRichard Rodgers(リチャード・ロジャース)作曲ロレンツ・ハート作詞の"Manhattan"などを歌います。 アン・バンクロフトの歌は落ち着いて上品とはいえこの作品ではさほど魅力的ではありませんが、後の70年代の方が声に深みが出て余裕たっぷりに聞かせます。 ジャズがお得意で歌って踊ってのミュージカルコメディや70年代の"Annie, the Women in the Life of a Man"のようなTVスペシャル番組でも歌っています。
Dancing and Singing Anne Bancroft - YouTube
1993年に62歳の時でさえRichard Gere(リチャード・ギア)が主演したMr. Jones(心のままに)で女医役や、Malice(冷たい月を抱く女)ではNicole Kidman(ニコール・キッドマン)の母親役で出演したアン・バンクロフトですが、なんといっても1962年に16歳のPatty Duke(パティ・デューク)が盲目のHelen Keller(ヘレン・ケラー)を演じてアカデミー助演女優賞を受賞したThe Miracle Worker(奇跡の人)でのサリバン教師や、フラッシュバックでヌードも見せた1967年のThe Graduate(卒業)の歌のタイトルになったヒロインの母親のMrs. Robinson(ミセス・ロビンソン)役が有名です。 そのアン・バンクロフトもマリリン・モンロー同様に有名になってから過去の白黒ヌード写真が公開されましたがこちらはさほど話題にはならなかったようです。 アン・バンクロフトといえば三重苦のHelen Keller(ヘレン・ケラー)の半盲の教師"Annie Sullivan(アニー・サリヴァン)"役で有名になっていたので、たぶん60年代後期か70年代のことだったと思います。 その当時に白黒写真を見ましたが座って片足を立てたポーズでとても綺麗でしたけれどきっと本人は嫌だったでしょう。 今となってはモンローもバンクロフトも美しい時期のナイスボディを後世に残せて良かったかもしれないと勝手に解釈しています。


Tom Kelley's Red Velvet Photos with Marilyn Monroe
デビュー前(1948年頃)にはポルノ映画に出演したことがあるらしいと云われるマリリン・モンローですが、干されていた時期には写真のモデルも引き受けたことは有名になってからの1953年にその写真が公開されたことによりいっそう名が知れ渡ったのでした。(意図的話題作り?) Playboy magazine(プレイボーイ)の1953年創刊号の表紙や見開き(赤いベルベット写真をブラと腰布で修正)を飾ったモンローでしたが、あらゆる差別が激しかった1950年代のアメリカでは、紳士向け雑誌のグラビアに出るモデルと女優とは一線を画したそうですし、それに生い立ちの負い目も加わって怖いハリウッドの世界では嫌な思いもたくさん経験したらしいです。
1940年頃にモデルをしていたJane Russell(ジェーン・ラッセル)の写真を撮って新作映画の主演女優を探していたHoward Hughes(ハワード・ヒューズ)監督に見せたことでも知られている写真家のTom Kelley(トム・ケリー)が、1949年に彼のスタジオで撮影したのがマリリン・モンローのスランプ時代のヌード写真です。 24コマの赤いベルベットの上のマリリン・モンローの写真のうち何枚かがMarilyn Monroe in Pose Photos - Red Velvet Imagesで見られます。 それらの写真はその後ビールの宣伝用カレンダーに使われました。
※ロサンゼルス連邦地裁によるとマリリン・モンローの肖像権は消滅しているのでモンローの遺産管理団体に使用料を支払う必要はないと判決したそうです。 とはいえモンローの写真は撮影した写真家に著作権があるので一般の人が勝手に使用出来るということではありません。 よって残念ながら私はモンローのヌード写真を記事内に貼ることは出来ません。 マリリン・モンローは亡くなるちょっと前の1962年にグラビアのThe Last Sittingを写真家のBert Stern(バート・スターン)が撮影したそうです。 その写真は英語版写真集の「Marilyn Monroe: The Last Sitting: Ben Stern's Favorite Photos Of A American Icon」 (ペーパーバック) で見ることが出来ます。
現代では雑誌「LOVE」でも全裸写真を発表したウクライナ系カナダ人のスーパー・モデルのDaria Werbowy(ダリア・ウェーボウィ)がモンローに類似した写真を撮っているそうです。

そんなこんなで、マリリン・モンローはその当時でも人種の違いを超えてElla Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)などの黒人アーティストを支援したこともあったのだそうです。 マリリンのお気に入り歌手のエラ・フィッツジェラルドの歌をバックにマリリンのスライドショーが見られます。
Marilyn Monroe Photos - Heaven by Ella Fitzgerald - Youtube


Marilyn Monroe with her Kiss Mark
Marilyn Monroe with her Kiss Mark
Do click for larger image.

Marilyn Monroe wore "Chanel No. 5" in bed
映画「ノックは無用」の中でベビーシッターのネルが婦人の留守中に香水を耳の後ろに付けてみるシーンがありますが、マリリン・モンローと香水というと、「寝ている時は何を着ているのか?」という記者団の質問に「シャネルの5番をまとっています。」と答えたことは有名です。 シャネルの5番という香水はフランスのデザイナーである"Coco Chanel(シャネル)"が作り出した1番から6番の高級香水シリーズの一つでシャネル自身が一番好んだそうです。 最初は1921年にシャネルのブティックの顧客にプレゼントされたそうで、シャネルの試着室もこの5番の香りを使用しているのだそうです。 原料としては最も高価なジャスミン(Jasmin)をメインにイランイラン(l'Ylang-Ylang)なども加えてあります。 1953年に前述のマリリン・モンローの発言により売り上げが急騰したといわれ、今現在も人気の香水となっています。 2004年にはNicole Kidman(ニコール・キッドマン)がシャネルNO.5のゴージャスなCMに出演してそりゃもう大騒ぎとなりました。(リンク先のChanel Adでビデオが観られます。) 私もいくつか香水の小瓶を持っていましたが香り音痴なのでディオールだかシャネルだかゲランだか嗅ぎ分けられません。 マリリン・モンローの名セリフで思い出したのですが、モンローが結婚した国民的野球選手だったディマジオとの初デートの時に「野球のことは何も知らなくてごめんなさい。」といったとか。 マリリン・モンローを女優としてではなく女性として愛していたジョー・ディマジオはモンローの葬儀を取り仕切り、その後20年間墓にAmerican Beauty(アメリカン・ビューティ)という名の赤い薔薇を供えていたそうです。(「アメリカン・ビューティ」という同名の映画がありました。)
CHANEL - Paris

video☆大量のマリリン・モンローの写真が観られて歌も聴けるフランスのMarilyn Monroe Photos and Songs - SpeeDEricH(右にバーとモンロー画像があるオレンジ色枠内の左上PHOTOPGRAPHIESが写真で3行目左から3番目のSTREAMINGは歌)
☆モンローの「七年目の浮気」のセリフが聴けるThe Seven Year Itch - Sound Clips - Wavsource.com

☆マリリン・モンロー(ノーマ・ジーン)がモデルとしてハリウッドスターになる一歩を踏み出した大戦中の軍隊雑誌
☆マリリン・モンローが映画「恋をしましょう」で歌った"My Heart Belongs to Daddy(私の心はパパのもの)"がブッシュ大統領のパロディになったことがあります。
※パロディについてはHot'n CoolのMy Stuff Belongs to Daddy



ウィリー・ネルソン: 前代未聞の美声
だみ声やドスの効いた声のカントリーシンガーも数多くいる中でウィリー・ネルソンの哀愁を帯びた声は大変美しく、容貌は激変すれど1962年の初録音時と全く変わらないのです。
Rare Footage of Willie Nelson (medley 1962) - YouTube
ウィリー・ネルソンはカントリーなどの音楽に留まらず時代の波に乗って、ベトナム戦争の反戦歌を歌ったり、イラク戦争批判の歌を作ったり、1985年からは自営農を支援するコンサートにも中心になって開催したり、2004年にもNRDC(Natural Resources Defense Council/自然資源防衛協議会)主催の地球環境の保護のチャリティイベント"Earth to L.A.! - The Greatest Show on the Eartha"にサポーターの一人としてLeonardo DiCaprio(レオナルド・ディカプリオ)やTom Hanks(トム・ハンクス)等と出演したそうです。 環境といえば2005年に大豆を原料とするトラック用燃料油を販売するWillie Nelson's Biodiesel(バイオディーゼル社)を設立したそうです。
2008年現在は75歳にならんとしていますが、2003年4月に70歳の誕生日を記念した素敵な仲間たちとのライヴが開催されるなど最近まで幅広い活動していたそうです。 2008年4月にリリースされる生誕75年記念アルバムで、全100曲を収録した4枚組CDセットの「One Hell Of A Ride」の他に何枚かリリースされるそうです。
※Farm Aidとは経営危機下にある家族経営農場を支援し、無農薬食品の普及に努める非営利団体だそうです。
ウィリー・ネルソンがカントリーラジオ番組のDJをやりながらホンキートンク酒場で歌っていたのは1950年代の初めだそうで、脚光を浴びるまで苦節十年以上費やしました。 RCA Victorに移ってグランドオールオープリーに出場したのが1965年だそうですが、その後音楽業界に嫌気がさして一時は引退を決め込んだものの、ヒッピーの台頭により「俺の出番だ」とばかりに再度浮上しました。 ピアノとギターだけの伴奏を取り入れた1975年のアルバム"Red Headed Stranger"と共にウィリー・ネルソンの栄光は70年代に幕開けしたのです。 カントリーのソングライターであるFred Rose(フレッド・ローズ)が書いた1945年の曲"Blue Eyes Crying in the Rain"がアルバムに収録されていたからともいわれています。

2008年現在、ウィリー・ネルソンの人気曲は1994年のForrest Gump(フォレスト・ガンプ)、John Travolta(ジョン・トラヴォルタ)主演の1998年のPrimary Colors(パーフェクト・カップル)、2001年のアニメのShrek(シュレック)など何本もの映画で使用された"On the Road Again"が1番で、シングルヒットだった"Blue Eyes Crying In The Rain"が続き、"Always on My Mind"が3番目です。
このページトップのリンク先で聴けるウィリー・ネルソンが作った"Funny How Time Slips Away"は1961年にカントリー歌手のBilly Walker(ビリー・ウォーカー)が歌ってチャート入りした曲ですがリンク先のバージョンはアルバム「Platinum & Gold Collection」に収録されています。 ウィリー・ネルソン自身が1962年のアルバム「And Then I Wrote」に収録したそうです。(このアルバムでのウィリー・ネルソンの歌い方は魅力的)
この美しい曲をカバーしているアーティストは何人もいるようですが、1965年にThe Supremes(シュープリームス)がアルバム「 The Supremes Sing Country, Western and Pop」に、エルビス・プレスリーが1971年のアルバム「Elvis Country」に、1973年にAl Green(アル・グリーン)がアルバム「Call Me」に収録しています。
"Time, time, time, time Slips away ..."と歌われる歌詞はWillie Nelson - Funny How Time Slips Away Lyrics - Answers.com

Nightlife
私が好きなウィリー・ネルソンの曲の中に"Night Life"がありますが、60年代以前に書いた曲の中として、カントリー界以外ではB.B. King(BBキング)やTab Benoit(タブ・ベノワ)などのブルースマンからJulie London(ジュリー・ロンドン)がアルバムの"Wild, Cool & Swingin': The Artist Collection"でジャージーに歌うなど一番多くのミュージシャンにカバーされています。
Willie Nelson - Night Life - Grooveshark.com
Willie Nelson - On The Road Again - Grooveshark.com

Willie Nelson Lyrics
☆単純明解にして心に染み渡るウィリー・ネルソンの歌詞はWillie Nelson Lyrics - Music Yahoo.com
Willie Nelson Lyrics - TSRocks.com

Night Life
Willie Nelson - Blue Eyes Crying In The Rain - YouTube
Willie Nelson - Always on My Mind - YouTube

ウィリー・ネルソンの髪型は若い頃はダークヘアのショートでしたが時代と共にロンゲとなり、どんどん長くなって三つ編みとなり、今や真っ白と風貌は変りました。 しかしその声は衰えることなく相も変わらず美しいウイリー節で、The Highwaymen(ハイウェイメン)のように何人もで1小節づつ歌う曲でさえ、ひと声でウィリー!と分かるほど大変ユニークですから聴き間違えることなどあり得ません。 ウィリー・ネルソンはカントリーに限らずジャズのスタンダードやポピュラーソングのカバーがこれまた素晴らしく、曲そのものよりまるで声だけで聞かせているようです。 たとえドタグツと言おうとブタバコと言おうとその美しい声ゆえにネルソンが発するあらゆる音がとても心地よい響きなのです。 音質を優先させる(?)ウィリー・ネルソンは鼈甲やセルロイド製のピックガード(保護板)を付けていないので、生ガットギターには穴ぼこが開いてるそうです。
☆ウィリー・ネルソンのオフィシャルサイトはWillie Nelson.com(穴開きギターの画像やミュージック・ビデオも観られます。)

Outlaw Country Music
1933年にテキサスで生まれたウィリー・ネルソンは1960年代に始まったOutlaw Country(アウトロー・カントリー)を代表する世界的に有名なカントリー・シンガーの一人です。 確かにアルコール漬け、マリファナ(大麻)好き、銃砲所持とアウトローの要素は整っていました。 アウトローカントリーとは、60年代になってミュージシャンに経済的負担がかかるメンバーシステムを採用した商業的なテネシーのナッシュビル・カントリーに対抗し、Johnny Cash(ジョニー・キャッシュ)やWaylon Jennings(ウェイロン・ジェニングス)等と共に素朴なカントリー音楽を守ろうと活動したレッドネックたちなのです。 アウトローな歌手のウィリー・ネルソンは人気者になっても儲け主義に走りませんでした。(税金に追われましたが)
※Redneck(レッドネック)とは元々はアパラチア地方の人を指したのがどんどん広がってロッキー山脈まで行ったらしいですが、アメリカ南部やペンシルバニアを含むアパラチアンなどの低所得者層で総体的に農村貧困者への軽蔑語だそうです。 簡単に言うと、田舎の貧困者や低所得労働者でしょうか。 ある意味では滅多に教会に行かないホンキートンク野郎です。 ただしウィリー・ネルソン等がレッドネックと呼ばれたのはもっと別の意味、つまり「保守主義」に対する「自由思想家」ということなのです。
カントリー音楽の中心地として名高いナッシュビルの近隣の町のメンフィスがブルースで有名な黒人が多い地域ですが、ナッシュビルはテネシー州の首都で白人が多い地域です。 オールドタイム・ミュージック時代の1920年代から放送されたカントリー・ミュージックのラジオ番組のGrand Ole Opry(グランド・オール・オープリー)から始まり大規模なコンサートが開催されるようになった音楽産業が盛んな都市です。

The Highwaymen
ウィリー・ネルソンとウェイロン・ジェニングスが中心となって本物の愛を見出すべく最強のアウトロー・カントリーグループが1985年に結成され、その年にリリースしたクレジット無しのアルバム"Highwayman"はカントリー部門でナンバーワンになったそうです。 ステージの映像を観るとウェイロン・ジェニングスの息子"Shooter Jennings(シューター・ジェニングス)"が2003年に結成したバンド"The 357s"に参加したスチールギターのRobby Turner(ロビー・ターナー)の顔も見えます。  その後に"Nelson, Jennings, Cash, Kristofferson"とされていたグループは"The Highwaymen(ハイウェイメン)"とネーミングされたそうですが、ロンゲに星条旗のバンダナをしたヒッピースタイルのウィリー・ネルソンはこの頃が最盛期だったのでしょう。 兄弟仁義で結ばれたウェイロン・ジェニングスとジョニー・キャッシュとは過去にグループを結成していたことがあります。 ジョニー・キャッシュとは接点のなかったウィリー・ネルソンはウェイロン・ジェニングスとは何枚かのアルバムをリリースしていましたし、1979年にはKris Kristofferson(クリス・クリストファーソン)の曲をアルバムにしています。 "Highwaymen"とは、オクラホマ出身のソングライターのJimmy Webb(ジミー・ウェッブ)が書いた曲でジミー・ウェッブは教会音楽以外に聞いて感銘を受けたElvis Presley(エルビス・プレスリー)やFrank Sinatra(フランク・シナトラ)の曲もかいたそうです。 ちなみにHighwayman(ハイウェイマン)とは19世紀の西部で旅人から金品を強奪する馬上の追い剥ぎのことらしいです。(寿司の追い剥ぎではありません。)

メンバーのうち、ウェイロン・ジェニングスは2002年に、ジョニー・キャッシュは2003年に亡くなりましたが70歳代のクリス・クリストファーソンとウィリー・ネルソンはいまだ健在です。 ウェイロン・ジェニングスの息子はミュージシャンの"Shooter Jennings(シューター・ジェニングス)"で、2005年のジョニー・キャッシュ伝記映画の「Walk the Line(ウォーク・ザ・ライン 君につづ く道)」では父親である"ウェイロン・ジェニングス"役を演じました。 憧れのカーター・ファミリーのJune Carter(ジューン・カーター)と結婚したジョニー・キャッシュには子供はいませんが亡くなるまで二人は添い遂げました。 一方、60年代の生活苦の時期にウィリー・ネルソンもクリス・クリストファーソンも妻と別れています。
※ちなみに1960年にヒットパレードで1位になった"Michael, Row the Boat Ashore(漕げよ、マイケル)"を歌ったのはフォーク・バンドのThe Highwaymen(ザ・ハイウエイメン)です。

Willie Nelson and The Highwaymen - Highwayman - YouTube
Willie Nelson and The Highwaymen - City Of New Orleans - YouTube
Willie Nelson and The Highwaymen - Mamas, Don't Let Your Babys Grow Up To Be - YouTube

アクセスするとすぐにウィリー・ネルソンのアルバム「Moment of Forever」に収録されている"Gravedigger"が流れるWillie Nelson - MySpace.com


ウィリー・ネルソンの映画出演
Honeysuckle Rose (1980)
Honeysuckle Rose: Music From The Original Soundtrack
Honeysuckle Rose Soundtrack1979年にSydney Pollack(シドニー・ポラック)が監督した映画で電飾カウボーイ姿のRobert Redford(ロバート・レッドフォード)が現れる「The Electric Horseman(出逢い)」にカウボーイの"Wendell Hickson"役でウィリー・ネルソンが俳優デビューしたのを初めに、自身の役で登場したAustin Powers: The Spy Who Shagged Me(オースティン・パワーズ:デラックス)や2002年のThe Country Bears(カントリー・ベアーズ)、Joe Lurie役で出演した2004年のThe Big Bounce(ビッグ・バウンス)などがあります。

ウィリー・ネルソンが主演した1980年の「Honeysuckle Rose(忍冬(すいかずら)」の花のように)では「Who Framed Roger Rabbit(ロジャー・ラビット)」でセクシーなジェシカ・ラビットの歌を吹き替えたAmy Irving(エイミー・アーヴィング)とデュエットの他、"On the Road Again"や"Blue Eyes Crying in the Rain"などを収録したサウンドトラックをリリースしていますが、私の好きな"Angel Eyes"や"Whiskey River"はありませんが"Angel Eyes"は自身の役で出演したフォーク・シンガーのEmmylou Harris( エミルー・ハリス)が歌いました。
ウィリー・ネルソンの"Angel Eyes"が収録されているのは8曲を収録したオリジナルが1984年録音のLP盤のAngel Eyes - "Featuring The Guitar Of Jackie King"に収録されていて、1984年に日本でもCBS/SONYからLP盤「エンジェル・アイズ」ウィリー・ネルソン & ジャッキー・キング(ギター)がリリースされていますが、この時期にウィリー・ネルソンはほぼ3ヶ月ごとにレコーディングして手を広げ過ぎていたので中身はさほど濃くないともいわれています。 ゲストとしてRay Charles(レイ・チャールズ)がちらっと出演しているとか。(未確認) 1997年のLP盤がアメリカのAmazon.comの「Angel Eyes」やAudio Cassette(カセット)版があり、マーケットプレイスで$79.99からありますが最高価格は驚きの$245.00だそうです。
スウィング・カントリーからもお呼びがかかって50年代から活動していたギタリストのJackie King(ジャッキー・キング)はカントリーというよりも洗練されたテクニックを持つジャズよりのミュージシャンで、ウィリー・ネルソンのアルバム「The Gypsy」、 「Fourteen Number One Hits」や「All of Me Live...in Concert」や「Stars & Guitars」などで共演しています。
アラバマ出身の女性カントリー歌手でウィリー・ネルソンのアルバムでよくデュエットしているEmmylou Harris(エミルー・ハリス)とのライヴバージョンのクリップを見つけましたが投稿者のハミング入りでした。
※ちなみに映画のタイトルになっているHoneysuckle Rose(ハニーサックルローズ)とは植物としては初夏に咲く芳香を放つ黄金色の花は甘い汁が吸えるという蔓性の常緑低木で花言葉は"恋のきずな"だそうです。 楽曲では1928年にラグタイム・ピアノの名手と呼ばれるFats Waller(ファッツ・ウォーラー)が作曲したジャズのスタンダード曲でもあります。 私はRose Murphy(ローズ・マーフィー)の独特なピアノの弾き語りが大好きです。 日本でもCDは見つかりますが試聴が無いのでフランスのThe Chee Chee Girl - Rose Murphy - Amazon.fr(9番)
映画「Honeysuckle Rose(忍冬の花のように)」のサウンドトラックの試聴はHoneysuckle Rose - Amazon.com
映画「Honeysuckle Rose(忍冬の花のように)」のVHSビデオもあります。

Red Headed Stranger (1986)
Red Headed Stranger VHS
Red Headed Stranger VHS1986年の日本未公開の西部劇「Red Headed Stranger(夕陽のストレンジャー)」ではウィリー・ネルソンが主演して音楽も担当しています。 監督は1980年のHoneysuckle Rose(忍冬の花のように)で脚本を手掛けたWilliam D. Wittliff(ウィリアム・D・ウィットリフ)で、音楽は前作に続きウィリー・ネルソンです。 平鋲使用のため乗馬に最適ということでカウボーイの支持を集めたWrangler Jeans(ラングラー・ジーンズ)と提携した映画で、1975年にヒットしたウィリー・ネルソンの同名のアルバムに収録されたカントリーソングにのっとったドラマ仕立てになっているので音響が大変良いそうです。
道徳観などないような無法地帯の西部劇ですから、ウィリー・ネルソンが演じた主人公は殆ど理由もなく最初の妻や数人の人を射殺するらしいです。 共演者の中には1967年のThe Graduate(卒業)でダスティン・ホフマンと花嫁奪回劇を演じた20年後のKatharine Ross(キャサリン・ロス)がいます。

Red Headed Stranger
映画のサウンドトラックではありませんが、オリジナル録音が1975年というアルバムにはタイトル曲のRed Headed Stranger(レッド・ヘデッド・ストレンジャー)はもちろん、大ヒットのBlue Eyes Crying in the RainやRemember Me (When the Candlelights Are Gleaming)の他に、The Tennessee Waltz(テネシーワルツ)の作者として有名なグランド・オール・オープリーの大先輩であるPee Wee King(ピー・ウィー・キング)のBonaparte's Retreat(ボナパルトの退却)のレアなカバーやバッハのMinuet in G(メヌエット)などを収録してあります。
Red Headed Stranger by Willie NelsonRed Headed Stranger

Half Baked (1998) and Other Movies
コメディ映画の「ハーフ・ベイクド」では主人公の名前が"Sir Smoke-a-Lot"というそうですが、マリファナ大好きのウィリー・ネルソンがHistorian Smoker役で登場しています。 この他、TVシリーズを映画化した2005年の「The Dukes of Hazzard(爆発!デューク)」でジェス叔父さんの役で"Good Ol' Boysを歌ったとか。 また、カウボーイの友愛を描いた2005年のBrokeback Mountain(ブロークバック・マウンテン)ではウィリー・ネルソンが歌った"He Was a Friend of Mine"が使用されサウンドトラックにも収録されています。
試聴できるサントラは"Brokeback Mountain [Original Motion Picture Soundtrack]"

A Colbert Christmas: The Greatest Gift of All!
昔懐かしいバラエティショー形式の2008年のコメディ映画にはElvis Costello(エルヴィス・コステロ)同様にウィリー・ネルソンも自分自身の役で出演するそうです。 大人気のサントラには2005年の「Bewitched(奥さまは魔女)」にStu Robison役で出演したコメディアンのStephen Colbert(スティーヴン・コルバート)とウィリー・ネルソンのデュエットで東方の賢者について語る"Little Dealer Boy"、 ウィリー・ネルソンやスティーヴン・コルバートとエルヴィス・コステロなどで"(What's So Funny 'bout) Peace, Love And Understanding"など収録したDVDも2008年11月にリリースされます。
Willie Nelson - Little Dealer Boy - "A Colbert Christmas: The Greatest Gift of All!"


ウィリー・ネルソンのアルバム
Willie Nelson and Friends
ページトップの画像は2004年にリリースされた"Willie Nelson and Friends"というアルバムです。 カントリー音楽仲間のPatsy Cline(パッツィ・クライン)、Ray Price(レイ・プライス)、Ernest Tubb(アーネスト・タブ)、Faron Young(ファーロンヤング)、Waylon Jennings(ウェイロン・ジェニングス)などのジョイントで私の好きな"Night Life"などを収録しています。 試聴はWillie Nelson and Friends - Amazon.com

Star Box: Willie Nelson
ジャズのスタンダードやポピュラーソングのカバーが素晴らしいウィリー・ネルソンのアルバムには「枯葉~ハーバーライト」とか「青い影~オールウェイズ・オン・マイ・マインド」があり、これらのLP盤はもう手に入りませんが、1993年にリリースされた「ウィリー・ネルソン/STAR BOX」国内盤があります。
Star Box: Willie Nelson〈STAR BOX〉ウィリー・ネルソン
アルバムにはオン・ザ・ロード、ウィスキー・リバー、雨の別離ナイト・ライフ、サン・アントニオ・ローズ、色あせた恋、アイ・ソー・ザ・ライト、 ハートブレイク・ホテル、シティ・オブ・ニューオリンズ、ミー・アンド・ボビー・マギー、明日に架ける橋、青い影、オールウェイズ・オン・マイ・マインド、モナリザ、虹の彼方に、スターダスト我が心のジョージア、オール・オブ・ミー、枯葉、ハーバー・ライトを収録しています。
アメリカのAmazon.comにある同じ商品番号のCD"Star Box: Willie Nelson"ではStardust, Georgia On My Mind, All Of Me, September Song, On The Sunny Side Of The Street, Moonlight In Vermont, Someone To Watch Over Me, Mona Lisa, Over The Rainbow, I'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter, Autumn Leaves, Harbor Lights, Golden Earrings, As Time Goes By, Some Enchanted Evening, What A Wonderful World , South Of The Border, Always On My Mind, Blue Eyes Crying In The Rain, and On The Road Againと国内盤とは違う収録曲です。 ちなみに"Over The Rainbow"は"Mona Lisa"や"Who's Sorry Now?"と共に1987年の「Somewhere Over the Rainbow」(ASIN: B0012GMYYG)にも収録されています。
上記のアルバム"Star Box: Willie Nelson"にも収録されているGolden Earrings、As Time Goes By、Harbor Lights、Autumn Leavesの他にレアなアルバムタイトル曲のWithout a SongやI Can't Begin to Tell Youなど全10曲を収録した1983年のスタンダードナンバー集の「Without a Song」も素晴らしいCDです。
"To Each His Own"と共に2000年のアルバムの「Love Songs」にも収録されているウィリー・ネルソンの"I Can't Begin to Tell You"が聴けるWillie Nelson - I Can't Begin to Tell You - Grooveshark.com

Stardust
Audio-Visual Trivia内の記事のLionel Hampton(ライオネル・ハンプトン)でもふれましたが私の好きな曲「Stardust(スターダスト)」を収録しているアルバム、その名も"Stardust"があります。
Stardust by Willie NelsonStardust
試聴はStardust - Amazon.com
Willie Nelson - Stardust - YouTube
Blue Skies
"Stardust"を収録したウィリー・ネルソンの2005年のベスト盤にはアルバムタイトル曲である"Blue Skies"の他、"All of Me"や"Georgia on My Mind"などスタンダード12曲を収録した「Blue Skies」があります。 ウィリー・ネルソン何を歌って素敵でその声にうっとりしてしまいます。
全曲試聴はBlue Skies - Amazon.com
アルバム「Stardust」以外のアルバムで"Stardust"を収録しているのは1990年の「Always on My Mind」(ASIN: B0012GMYYG)や「Coll: Stardust / One for Road / Honeysuckle Rose」(ASIN: B00021994A)などがあります。

One for the Road
Am I BlueやStormy Weather、Tenderly 、Summertime、Because of You などジャズのスタンダードが収録された2008年発売の輸入盤アルバム「One for the Road」はシンガーソングライターのLeon Russell(レオン・ラッセル)がキーボード伴奏です。
One for the Road by Willie NelsonOne for the Road
試聴はOne for the Road - Amazon.com

Highwaymen
1985年にHighwaymenを結成して最初のアルバムで、かって開拓者や牧童が存在していた無法地帯の西部に想いを寄せたウィリー・ネルソン、ジョニー・キャッシュ、ウェイロン・ジェニングスとKris Kristofferson(クリス・クリストファーソン)とのコラボレーションです。 西部の歴史だけでなくそれぞれのアーティストが通って来た道のりをも振り返っているようです。 ※テキサス出身のソングライターであるクリス・クリストファーソンは1979年のウィリー・ネルソンのアルバム「"Sings Kris Kristofferson"」に収録してある"Help Me Make It Through The Night"、"Me and Bobby McGee"、"Please Don't Tell Me How the Story Ends"、"Sunday Mornin' Comin' Down"などの他たくさんの曲を書いています。
Highwaymen by The HighwaymenHighwayman
Highwayman by Jennings, Nelson, Cash, and Kristofferson
Last Cowboy Song by same as above
Jim, I Wore a Tie Today by ohnny Cash and Willie Nelson
Big River by Jennings, Nelson, Cash, and Kristofferson
Committed to Parkview by Johnny Cash and Willie Nelson
Desperados Waiting for a Train by Jennings, Nelson, Cash, and Kristofferson
Deportee (Plane Wreck at Los Gatos) by Johnny Cash and Willie Nelson
Welfare Line by Jennings, Nelson, Cash, and Kristofferson
Against the Wind by Cash, Nelson, and Jennings
Twentieth Century Is Almost Over by Johnny Cash and Willie Nelson

Blue Eyes Crying In The Rain - 16 Biggest Hits
☆人気のBlue Eyes Crying In The Rain(ブルー・アイズ・クライング・イン・ザ・レイン)はアルバム「"16 Biggest Hits"」や「"The Very Best of Willie"」などに収録されています。

Life's Railway to Heaven
なかなか見つからない"Life's Railway to Heaven"はアルバム"Willie Nelson and Friends"でも共演しているPatsy Cline(パッツィー・クライン)の"Duets"というアルバムでデュエットしています。 女性カントリー歌手の道を開いたパッツィー・クラインでしたが最盛期に30歳という若さで飛行機事故で亡くなりました。 "Crazy"などパッツィー・クラインの曲を作ったウィリー・ネルソンも好んでカバーしているそうです。

In the Jailhouse Now/Brand on My Heart
アルバム・タイトル曲の他、Ivory Joe Hunter(アイヴォリー・ジョー・ハンター)が1950年にビルボードのチャートで第一位に輝いたR&B曲の"I Almost Lost My Mind"や"(Now and Then There's) A Fool Such as I"など20曲を収録した2000年リリースのベスト盤アルバムですが、"I Almost Lost My Mind"は1998年リリースノ「Brand On My Heart」にも収録されています。
In the Jailhouse Now/Brand on My Heart - Amazon.com

Crazy: The Demo Sessions
ウィリー・ネルソンが作曲し飛行機事故で急逝したカントリー歌手のPatsy Cline(パッツィー・クライン)が歌ってヒットした"Crazy"を収録した2003年のアルバムの他に2005年リリースの「Crazy」もあります。 このCrazyはロカビリーウーマンのWanda Jackson(ワンダ・ジャクソン)も歌っています。
Willie Nelson - Crazy - Last.fm

San Antonio Rose: Willie Nelson & Ray Price
アルバムのタイトル曲になっているRay Price(レイ・プライス)とのデュエット曲"San Antonio Rose"の他、"Crazy Arms"やレイ・プライスの"Release Me"の他、ウィリー・ネルソン作曲の"Night Life"などを収録しています。 レイ・プライスは1950年代からたくさんのヒットを飛ばしたテキサスのカントリー歌手です。
Willie Nelson - Crazy Arms- YouTube

Johnny Cash & Willie Nelson
アウトローの盟友であるジョニー・キャッシュとの共演盤には、1993年のClint Eastwood(クリント・イーストウッド)監督の久しぶりに泣けた映画の「A Perfect World(パーフェクト・ワールド)」で"Night Life"とともに使用されたウィリー・ネルソン作曲による"Funny How Time Slips Away"が収録されています。(Old Friends/Funny How Time Slips Awayにも収録。)

A Horse Called Music
廃盤ですが1989年のアウトローアルバムの「音楽という名の奔馬(CBS・ソニー  JDC CD 25DP-5564)」にはタイトル曲の「A Horse Called Music(音楽という名の奔馬)」の他は「Nothing I Can Do About It Now(今はもう何も)」、「The Highway(ハイウェイ )」、「I Never Cared For You(君への想い)」、「If I Were a Painting(もしも私が絵ならば)」、 「Spirit(スピリット) 」、「There You Are(そこに君がいる)」、「Mr. Record Man(ミスター・レコード・マン)」、「If My World Didn't Have You(君なき世界)」、「Is the Better Part Over(善き時は過ぎ)」の全10曲が収録されています。
※Ghost Riders in the Sky(ライダース・インザ・スカイ)のような格好良いCDカバー画像と曲目リストが見られるA Horse Called Music - Amazon.com
Willie Nelson - If I Were A Painting - YouTube

Miles Davis plays Willie Nelson
ジャズトランペット奏者のMiles Davis(マイルス・デイヴィス)のアルバムに、どういうわけかディスク1の10曲のうち6曲も"Willie Nelson"というタイトルなのです。 二人の共通のマネージャーでレコード会社CBSが同じという他に、マイルスの師であるCharlie Parker(チャーリー・パーカー)がカントリー音楽のファンであり、マイルスもネルソンも"語るアウトロー"という点、及びロマンティックということで共通するものがあるのだそうです。 "Willie Nelson"という曲はAudio-Visual Trivia内の記事「Miles Davis(マイルス・デイヴィス)」で試聴できます。


Country and Western
日本では昔はウエスタンといった方が通りがよかった音楽ジャンルのカントリー・アンド・ウエスタンというと、古くはスイングのカントリー・スイングのBob Wills & His Texas Playboys(ボブ・ウィルズ・アンド・ヒズ・テキサス・プレイボーイズ)やSpade Cooley(スペードクーリー)がいますが、マウンテイン・ミュージック(ヒルビリーなどの山岳音楽)やオールドタイム・カントリーから派生したブルーグラスやナッシュビルサウンドにアウトローなどとカントリー音楽も色々です。 50年代からは日本でも知られるようになったのが"Kawliga(カウ・ライジャ)"や"Your cheatin' heart(ユア・チーティン・ハート)"や"Jambalaya(ジャンバラヤ)"やEmmett Miller(エメット・ミラー)のBig Bad Bill(Lovesick Blues)をアレンジした"Love Sick Blues(ラヴシック・ブルース)"などのヒットを飛ばしたHank Williams(ハンク・ウィリアムス)に代表されるNashville sound(ナッシュビル・サウンド)です。 "ラヴシック・ブルース"は1920年代にTin Pan Alley(音楽出版社)のCliff Friend(クリフ・ フレンド)とIrving Millsが作曲したカントリーソングで1948年にハンク・ウィリアムスが歌って知られるようになりました。
ちなみに1954年にまだ十代のElvis Presley(エルビス・プレスリー)がロカビリーを歌ったのもナッシュビルだったそうで、私が知っていたカントリーソングというとヒットパレードでトップにあったメジャーな曲が主でした。

私が良く耳にしたカントリー歌手には"North to Alaska(アラスカ魂)や"Honky Tonk Man(ホンキー・トンク・マン)"のJohnny Horton(ジョニー・ホートン)、 "I'm Movin' On(ムーヴィン・オン)"のHank Snow(ハンク・スノウ)、"Wild Side Of Life(ワイルド・サイド・オブ・ライフ)"のHank Thompson(ハンク・トンプソン)、North Wind(北風)のTexas Bill Strength(テキサス・ビル・ストレングス)、"Sixteen Tons(16トン)"のTennessee Ernie Ford(テネシー・アーニー・フォード)などに"Young Love(ヤング・ラヴ)"のSonny James(ソニー・ジェイムス)やマンダムの"Lovers of the World(男の世界)"で有名になったJerry Wallace(ジェリー・ウォレス)などなど、女性ならロカビリーウーマンとも呼ばれたWanda Jackson(ワンダ・ジャクソン)やPatsy Cline(パッツィー・クライン)や"Jambalaya(ジャンバラヤ)"のBrenda Lee(ブレンダ・リー)などがいます。 1960年、私が始めて45回転EPレコードをお小遣いで購入した思い出のポップス歌手は私とほぼ同年代のダイナマイト娘のブレンダ・リーでした。 I'm Sorry, Sweet Nothings, That's All You Gotta Do, and Dynamite!
※Honky tonk(ホンキー・トンク)とはオクラホマやテキサスあるいはカンサスなどアメリカ西部の労働者階級が溜まり場にする賭博場を備えた少々如何わしい酒場、又はアップライト・ピアノで奏でるリズムを強調したちょっと調子っぱずれなラグタイム音楽のことを意味するそうで、この音楽が後のブギウギの元となったのだそうです。 約半世紀ほど前には私もMarty Robbins(マーティ・ロビンス)の"Ghost Train(幽霊列車)"とジョニー・ホートンの"Honky Tonk Man"や、ジョニー・キャッシュの"Honky Tonk Girl"、又かなりポップス調のJimmie Rodgers(ジミー・ロジャース)の"Kisses Sweeter Than Wine(蜜よりも甘いキス)"などのカントリーのEPレコードを買いました。

Listen to Willie Nelson's Songs More!
Listenウィリー・ネルソンの"stay away from lonely places"のほかジョニー・キャッシュやハンク・スノウやワンダ・ジャクソンが聴けるカントリー・ラジオのプレイリストはBack to The Country - BSR : 88(MP3又はRealPlayer)


Willie Nelson - Blue Eyes Crying In The rain (16 Biggest Hits) - Grooveshark.com
(Album includes Blue Eyes Crying In The Rain, If You've Got The Money, I've Got The Time, Georgia On My Mind, Blue Skies, My Heroes Have Always Been Cowboys, On The Road Again, Always On My Mind, City Of New Orleans, Forgiving You Was Easy, Living In The Promiseland, Midnight Rider, Remember Me (When The Candle Lights Are Gleaming), Uncloudy Day, Angel Flying Too Close To The Ground, The Last Thing I Needed First Thing This Morning, and Nothing I Can Do About It Now)

The Great Divide - Willie Nelson - Grooveshark.com
(Album "The Great Divide" includes Maria (Shut Up And Kiss Me; with Rob Thomas), Mendocino County Line (with Lee Ann Womack), Last Stand In Open Country (with Kid Rock), Won't Catch Me Cryin', Be There For You (with Sheryl Crow), The Great Divide, Just Dropped In (To See What Condition My Condition Was In), This Face, Don't Fade Away (with Brian McKnight), Time After Time, Recollection Phoenix, and You Remain (with Bonnie Raitt))



Lionel Hampton in Swing Era
ライオネル・ハンプトン(1908 - 2002)はスウィングジャズ時代の1930年頃にヴィブラフォンを初めてジャズ界に持ち込んだといわれる数少ないVibraphone(ヴィブラフォン)奏者です。
ライオネル・ハンプトンが最初に手にした楽器は鼓笛隊の小太鼓といわれているように、ライオネル・ハンプトンはヴィブラフォン奏者であると共に演奏活動の初期からパーカッションも演奏します。 ライオネル・ハンプトンは自らをエンターテイナーと称し音楽は二の次と考えていたそうです。 最初のレコーディングはドラムの担当だったそうで、その後にヴィブラフォンを学んだライオネル・ハンプトンは1930年代にアルトサックス奏者の"Les Hite(レス・ハイト)"の楽団に参加していた時の録音でLouis Armstrong(ルイ・アームストロング)に乞われてヴァイブを演奏して以来評判となったそうです。 ちなみにレス・ハイト楽団には1940年代から1950年代にジャンプ・ブルースのT-Bone Walker(T・ボーン・ウォーカー)が参加していました。

ニューヨークのハーレムにあった有名なコットンクラブは大恐慌のため1936年に閉鎖されてしまい、ルイ・アームストロングがライオネル・ハンプトン迎えて演奏したのはロスアンジェルスに出来たNew Cotton Clubだそうで、そこで初めてヴィブラフォンのMemories Of Youを演奏したそうです。 この数年後にライオネル・ハンプトンはBillie Holiday(ビリー・ホリデー)やCount Basie(カウント・ベイシー)などを発掘したとして有名なプロデューサーのJohn H. Hammond(ジョン・ハモンド)のスカウトで1936年にBenny Goodman Orchestra(ベニー・グッドマン楽団)に参加し、専属歌手になったビリー・ホリデーのバックを勤めたそうです。 名士のジョン・ハモンド氏は1938年に初めてカーネギーホールでブルースやジャズのコンサートをプロデュースしました。ジャズのカウント・ベイシーやSidney Bechet(シドニー・ベシェ)などを紹介しました。 そして予定されていたブルースのRobert Johnson(ロバートジョンソン)が痴情のもつれで殺害されたため急遽Big Bill Broonzy(ビッグ・ビル・ブルーンジー)が出演した他、Big Joe Turner(ビッグ・ジョー・ターナー)などのブルースマンたちが出演したそうです。
ベニー・グッドマンは既に黒人ピアニストのTeddy Wilson(テディ・ウィルソン)とGene Krupa(ジーン・クルーパ)とで黒人混成バンドのベニー・グッドマン・トリオを組んでいましたが、ライオネル・ハンプトンが参加してThe Benny Goodman Quartet(カルテット)が結成されました。 白黒混成コンボはビッグバンド全盛のスイング時代には大変珍しい事例として注目を浴びたそうです。
ドラムセットの前のライオネル・ハンプトンの写真が見られるLionel Hampton - DRUMMERWORLD(ビデオの他、Jack the Bellboyや1937年のDrum StompやGerry Mulliganとの共演が聴けます。)

Live at Carnegie Hall 1938
スイング王と呼ばれたベニー・グッドマンのビッグバンドとライオネル・ハンプトンを加えたカルテットで演奏したカーネギーホール始まって以来初のCarnegie Hall Jazz Concert(ジャズコンサート)を開催した1938年の2枚組み全49曲を収録した実況録音盤です。
ライヴ・アット・カーネギーホール1938 (完全版)
Live at Carnegie Hall 1938 - Benny Goodman and Lionel Hampton当時のジャズ界の精鋭陣、テディ・ウィルソンやCount Basie(カウント・ベイシー楽団)の面々、Duke Ellington(デューク・エリントン楽団)のJohnny Hodges(ジョニー・ホッジス)、Cootie Williams(クーティ・ウィリアムス)、Lester Young(レスター・ヤング)など超豪華な顔ぶれですが、音は手を加えていない当時の懐かしい音源です。
拍手で迎えられた中盤のライオネル・ハンプトン登場も録音されていますがその試聴だけがありません。
♪ 全曲試聴はLive at Carnegie Hall: 1938 Complete - Barnes & Noble.com

もう一人の「スイング王」は"Swingin' years"のパーソナリティであるChuck Cecil(チャック・セシル)です。
スイング音楽のラジオ番組 Chuck Cecil Swingin' years

Other Vibraphone players at that time
ライオネル・ハンプトンのヴィブラフォン奏者としての対抗馬はモダンジャズ(バップ時代)のMilt Jackson(ミルト・ジャクソン)がいますが、ミルト・ジャクソンは1946年にDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)の楽団に参加した後の1952年に結成したピアノのJohn Lewis(ジョン・ルイス)、ベースのPercy Heath(パーシー・ヒース)、ドラムのKenny Clarke(ケニー・クラーク)とのMJQ時代にはBags' Grooveなど素晴らしい曲を残しています。(Bagsとは1962年のアルバム「Bags Meets Wes!」などがあるようにミルト・ジャクソンのニックネームです。) 1950年代のラテンジャズではマンボでお馴染みのプエルトリコのTito Puente(ティト・プエンテ)がいてパーカッションの他に"Vibe Mambo"という曲でヴィブラフォンも演奏しました。
※この他にヴィブラフォンを演奏したのは、1920年代にPaul Whiteman Orchestra(ポール・ホワイトマン楽団)でxylophone(シロフォンは共鳴体のない立奏木琴)やマリンバを担当していたのはRed Norvo(レッド・ノーヴォ)で、1945年頃のビバップ時代にディジー・ガレスピーやCharlie Parker(チャーリー・パーカー)などと演奏したそうです。 この他、英国生まれのPeter Appleyard(ピーター・アップルヤード)というカナダ国籍のヴァイブ奏者は1951年にニューヨークでLionel Hampton Big Band(ライオネル・ハンプトン・ビッグバンド)を聴いて感動し、カナダでヴィブラフォン奏者となってBenny Goodman Sextet(ベニー・グッドマン六重奏)に招かれて世界中を公演したそうですが、ドラマーとしてOscar Peterson(オスカー・ピーターソン)とも演奏したそうです。 そして短命でしたが多彩なポップス歌手のBobby Darin(ボビー・ダーリン)も得意のドラムやハーモニカと共に木琴も演奏したとか。

Flying Home: Lionel Hampton Orchestra
各プレイヤーたちのソロを取り入れた"Flying Home"の長丁場の演奏は時には20分を越したそうですが、ライオネル・ハンプトンが初めて"Flying Home"を演奏したのはベニー・グッドマン・カルテットでの1939年だそうですが、曲のタイトルである"Flying Home(フライング・ホーム)"は文字通り公演先のロスアンジェルスからライオネル・ハンプトン初体験の飛行機でアトランティックに帰るということらしく、このノリノリの「フライング・ホーム」の演奏を聴いた男性客が大麻(マリファナ)の過剰摂取により飛べる!と勘違いして劇場2階のバルコニーから飛んだのだそうで、一時は再発を恐れた地元警察が演奏を禁止したという曰くつきの曲です。 良い子の皆さんは真似しないでください。

後に過激な黒人解放指導者として有名になったMalcolm X(マルコムX)がハーレムで薬の売人だった頃、ライオネル・ハンプトンも"Give Me Some Skin"なんて歌も歌っていますが、とにかくルイ・アームストロングなどの一部のミュージシャンたちも聴衆もマリファナ中毒のスウィング時代でした。 40年代のビバップ時代になるとチャーリー・パーカーのようにマリファナから静脈注射のヘロインへ、そしてコカインへと移行しました。 マルコムXの伝記映画「Malcolm X」のサウンドトラックでは同志のようなソウル歌手のSam Cooke(サム・クック)が人種差別について歌ったという"A Change is Gonna Come"の他に、デューク・エリントンやカウント・ベイシーとともにライオネル・ハンプトンの"Stardust"や"Flying Home"が使用され
ベニー・グッドマン楽団にフルタイムのメンバーとして在籍中にも単独で録音していたエネルギッシュなライオネル・ハンプトンですが、1940年には完全にベニー・グッドマンから独立して自分のバンドでR & Bとジャズの融合音楽を演奏して好評を博すようになり、40年代と50年代はライオネル・ハンプトンの黄金期といえます。
"Flying Home"はライオネル・ハンプトン自身のコンボで1940年にVictorで録音していますが、最たるは1942年にDeccaで録音したテキサス・テナーのIllinois Jacquet(イリノイ・ジャケー)をフィーチャーした"Flying Home"で、ピアニストで後のファンク・オルガンのパイオニアと呼ばれたMilt Buckner(ミルト・バックナー)がアレンジしています。

Arnett Cobb
イリノイ・ジャケーが、Cab Calloway(キャブ・キャロウェイ)と組むためにライオネル・ハンプトン楽団を去った後の1944年には"Flying Home, Number Two(Flying Home, No. 2)"を1942年から1947年まで在籍したArnett Cobb(アーネット・コブ)のテナーをフィーチャーして録音しています。
※1930年代に音楽活動を始めたテキサス出身のテナーサックス奏者のアーネット・コブはライオネル・ハンプトン楽団を退団して自己バンドを結成するも不幸にも病魔と交通事故に襲われ生涯松葉杖に頼る身となりましたが1970年代にはソロ活動を始めるに至ったそうです。
アーネット・コブの"Smooth Sailing"を収録しているアルバムはA Proper Introduction to Arnett Cobb: The Wild Man From Texas

1940年代初期のJust Jazzジャムセッションのライヴ録音で演奏した"Stardust"が私の大好きなバージョンです。 この他、この時期にはイリノイ・ジャケーやディジー・ガレスピーをはじめ、ギターのWes Montgomery(ウエス・モンゴメリー)、ベースのCharles Mingus(チャーリー・ミンガス)、トランペットのKenny Dorham(ケニー・ドーハム)やOscar Peterson(オスカー・ピーターソン)のコンボと、又短期間でしたが1950年にはR & BテナーのKing Curtis(キング・カーティス)など蒼々たるメンバーと録音しています。 当時のジャズメン恒例の欧州ツアーは1953年にClifford Brown(クリフォード・ブラウン)、Art Farmer(アート・ファーマー)やアレンジャー&トランペッターのQuincy Jones(クインシー・ジョーンズ)などを同行しています。 30年代や40年代の音楽スタイルを保持したライオネル・ハンプトンは70年代以降の音楽シーンにはあまり登場しなかったとはいえ、1991年のパリでの心臓発作まで意欲的に録音及び公演活動を続けていました。 昨今のライオネル・ハンプトンの人気曲としてはテー曲ともなった"Flying Home "の他には1947年に録音したMorgan Lewis(モーガン・ルイス)作曲の"How High the Moon(ハウ・ハイ・ザ・ムーン)"が挙げられます。

今、私が聴いているインターネットラジオで流れているのは"September In The Rain"でライオネル・ハンプトンのパリ時代1953年録音のReal Crazy→More Crazy→More And More Crazy→Completely Crazyなアルバム"Lionel Hampton's Paris All Stars"に収録されています。 この時のメンバーはヴィブラフォンのライオネル・ハンプトン、ドラムがHey Ba Ba Re Bopを作ったCurley Hammer(カーリー・ハマー)、テナーサックスはテキサス出身のブルース・テナー奏者のClifford Scott(クリフォード・スコット)とクラリネットも吹くAlix Combelle(アリックス・コンベル)、トランペットはWalter Williams(ウォルター・ウィリアムズ)、ピアノがクラシックも作曲するClaude Bolling(クロード・ボラン)、48年~50年はギターがWes Montgomery(ウェス・モンゴメリー)でしたが、44年から80年代までハンプトン楽団でギターを担当していたBilly Mackel (ビリー・マッケル)、クラリネットがシドニー・ベシェとも頻繁に録音したマリファナ売人のMezz Mezzrow(メズ・メズロウ)、ベースはFender(フェンダー)のエレキベースを1951年にジャズに取り入れたウェス・モンゴメリーの兄であるWilliam Monk Montgomery(ウィリアム・モンク・モンゴメリー)、トロンボーンがAl Hayes (アル・ヘイズ)などなどです。

Tuxeddo Junction
Listen☆私のお気に入りのスウィングジャズのサイト"Tuxeddo Junction"ではデューク・エリントン楽団の花形アルトサックス奏者のジョニー・ホッジスがテーマ曲としていた私の大好きな"On The Sunny Side Of The Street"をライオネル・ハンプトンのヴォーカルを入れた演奏や"After You've Gone"がPlaylist 1で、又とろけてしまいそうな演奏のLionel Hampton Just Jazz All Starsのバージョンの"Star Dust(スターダスト)"がPlaylist 2でフルで聴ける他、定番のFlying HomeやHey Ba-Ba-Re-Bop!をはじめ、レアなLouis Armstrong Cotton Club Orchestra(ルイ・アームストロング・コットン・クラブ・オーケストラ)時代の1945年のルイ・アームストロングのヴォーカルで"Memories Of You"、Hamp's Boogie WoogieやMidnight Sunなどベニー・グッドマン時代からカルテットやオクテットの演奏が40余曲が流れます。(リンクをクリックすると自動的に順に演奏されます。)
Lionel Hampton Playlistが聴けたTuxeddo Junctionはリニューアルされたのでサイト内のプレイリストから探してみて下さい。

Listen to Lionel Hampton's Grooving "Vibraphone Blues", "Jivin' The Vibes" and so on
Lionel Hampton - Jazz On Line.com(検索窓にLionel Hamptonと入力、曲目をクリック)
ライオネル・ハンプトンのベニーグッドマン時代の1936年からLionel Hampton & His Hamptones(R&BやBoogie Woogie)、そして"Lionel Hampton & His Orchestra"時代の1951年までの演奏が聞けます。 1937年のライオネル・ハンプトンのヴォーカルが聴けるVibraphone BluesやFields-mchughとハンプトンの愉快な掛け合いで作詞のDorothy Fields(ドロシー・フィールズ)と作曲のJimmy McHugh(ジミー・マクヒュ)コンビの作った名曲の"On The Sunny Side Of The Street"、1938年のJohnny Hodges(ジョニー・ホッジス)のアルトサックスが面白いDon't Be That Way、1940のTempo and SwingやDinah Washingtonが歌う1945年のブルースの"Blow Top Blues"などたくさん聴けます。
※1937年から1938年頃にかけてのLionel Hampton & His Orchestra ではリーダーのライオネル・ハンプトンがヴァイブやピアノやドラムを担当する他ヴォーカルもたくさん手掛けていますが、メンバーにはエリントン楽団の花形アルトサックス奏者のジョニー・ホッジスやトランペット奏者のクーティ・ウィリアムス、又ベニーグッドマン楽団のドラマーだったジーン・クルーパにトランペッターだったZiggy Elman(ジギー・エルマン)、スウィングからバップに移行する時期のピアニストであったClyde Hart(クライド・ハート)はチャーリー・パーカーの初吹き込みに参加していたとされていますが、主にスタジオミュージシャンとしてRoy Eldridge(ロイ・エルドリッジ)、Billy Eckstine(ビリー・エクスタイン)、Coleman Hawkins(コールマン・ホーキンス)などたくさんのアーティストとも録音したのですが結核で亡くなったそうです。

Lionel Hampton sings On the Sunny Side of the Street
Listen上記のTuxeddo Junctionでも聴けたライオネル・ハンプトンの"On the Sunny Side of the Street"(V-Disc 78)が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for Marc Grobman - November 29, 2002(Listen to this show: RealAudioをクリック、クリップ・ポジション(再生バー)を 3:48:40に移動すればすぐ聴けます。番組の最初の方では上記のTito Puente(ティト・プエンテ)のVibe Mamboが聴けます。50:43に移動)
※ちなみにThe Andrews Sisters(ザ・アンドリュース・シスターズ)やJo Stafford(ジョー・スタッフォード)など戦時中にも活躍したミュージシャンなら必ず録音したというV-Disc RecordingsのV DISCとは、1942年から1949年の第二次世界大戦時に米軍特別慰労師団が戦地の兵士慰問のため製造した12インチの78回転(30cmのSPレコード)のシリーズで、パラシュートで蓄音器と一緒に落としたそうです。 1942年当時に起きたレコーディングストライキで職にあぶれた楽士を救済する目的もあったとか。 レコード録音により生演奏の楽団があぶれたというのは、今でいうと海賊盤やコピーにより正規のCDの売れ行きが思わしくなった著作権問題にもちょっと似ているでしょうか。

Lionel hampton & His Orchestra(ライオネル・ハンプトン楽団)の演奏が、ベニーグッドマンのアルバム"The Complete Small Group Recordings"からRunnin' WildとSweet Georgia Brown、アルバム"Yule B Swingin' Too"から1949年から1955年までライオネル・ハンプトン楽団の専属歌手だったSonny "Blues" Parker(サニー・パーカー)が歌っているという1950年の"Boogie Woogie Santa Claus"が聴けるMySpace.com - Lionel Hampton
※クリスマスソングならライオネル・ハンプトン楽団でサニー・パーカーが歌う"Merry Christmas Baby"がルイ・アームストロングやMiles Davis(マイルス・デイヴィス)などと"Hipster's Holiday: Vocal Jazz R & B Classics"に収録されています。

1962年頃、人気TVショーで紹介されてからアメリカではブラジル音楽のボサノヴァ旋風が吹き起こり、ジャズメンがこぞってボッサを演奏しました。 我がライオネル・ハンプトンも"Bossanova Jazz"を録音しました。 私の手持ちのLionel Hampton & His New York Octetの東芝の赤いEPレコードは裏面が"Gladys"ですがレコードの解説は高崎一郎氏です。

Founder of the Jazz Vibes: 1930-1944
ページトップの画像はライオネル・ハンプトンの1930-1944の演奏を集めたアルバムです。 なぜこの年代かというと、この時代には私が好きな曲がたくさん演奏されたからです。 ライオネル・ハンプトン楽団の代表曲であるFlying Homeはテキサス・テナーのIllinois Jacquet(イリノイ・ジャケー)のソロをフィーチャーしたバージョンと1942年から1947年まで在籍したArnett Cobb(アーネット・コブ)をフィーチャーしたFlying Home, No. 2を収録している他、ライオネル・ハンプトンの歌と演奏でベニー・グッドマンの定番曲 Memories of You やユニークなブギウギのHamp's Boogie Woogie、そしてこれも私の大好きなOn the Sunny Side of the Streetなど全21曲を収録しています。 ライオネル・ハンプトンの歌はMemories of You以外にもI'm Confessin'、Ring Dem Bells、Sweethearts on Paradeなどが聴けてライオネル・ハンプトンの歌が好きな私には嬉しいアルバムです。


Stardust
上記でライオネル・ハンプトンが演奏した究極の「スターダスト」について述べましたが、「スターダスト」という曲は1927年にピアニストのHoagy Carmichael(ホーギー・カーマイケル)が作曲した"Star Dust(スターダスト)"で、1929年いスローバラードに書き直し、それにMitchell Parish(ミッチェル・パリッシュ)が歌詞を付けて以来1930年代には1931年に録音したLouis ArmstrongやGlenn Miller(グレン・ミラー)、1940年にArtie Shaw(アーティ・ショー)が録音したのをはじめ、Best of OdysseyのDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)、All Star SessionsのDjango Reinhardt(ジャンゴ・ラインハルト)や1958年のStardust SessionにおけるJohn Coltrane(ジョン・コルトレーン)など、いくつものバージョンが演奏されてスタンダード曲となっています。
ルイ・アームストロング楽団が演奏するボーカルとトランペットの"スターダスト"はLouis Armstrong &His Orchestra - Star Dust - YouTube
なんと1950年代には日本のポップス・デュオのザ・ピーナッツ(The Peanuts)も歌ってヒットしましたが、天下のMisora Hibari(美空ひばり)も原語でスターダストを1965年に吹き込み絶賛されました。(16歳の時録音の"上海"と"アゲイン"などジャズとシャンソン16曲を収録したCDは美空ひばり 「ジャズ & スタンダード」)
ホーギー・カーマイケルはPaul Whiteman's orchestra(ポール・ホワイトマン楽団)にピアニストとして在籍していた時期に専属歌手だったMildred Bailey(ミルドレッド・ベイリー)の代表曲となった1932年の"Rockin' Chair"も作曲しています。 1945年には映画 To Have and Have Not(脱出)に出演しローレン・バコールと"How Little We Know"や"Am I Blue?"をデュエットしていますが、なんと1960年代には日本でも放映されたTV西部劇シリーズのLaramie(ララミー牧場)では1959年から1963年までJonesy(ジョンジー爺さん)を演じたのでした。
Nat King Cole(ナット・キング・コール)やDinah Shore(ダイナ・ワシントン)やFrank Sinatra(フランク・シナトラ)のヴォーカルとArtie Shaw(アーティ・ショー)やGlenn Miller(グレン・ミラー)の演奏で"Stardust"が聴けるStardust - Don Edrington's Big Band & Swing Era Popular Music Page(Stardustでページ内検索)

Stardust by Lionel Hampton
ライオネル・ハンプトンのスターダストを聴かずしてジャズを聴いたと言うなかれ!
オリジナルは1944年と聞いていたのですが、スウィングジャズ界のスタープレイヤーを集めたライオネル・ハンプトン・オールスターズが演奏するライブバージョンの「スターダスト」は何十年も前にラジオで聴いて以来私が大好きだった曲です。 私が録音したテープはもう処分してしまったのでCDを探していたのですが違うバージョンばかりでようやく手にすることが出来ました。 まさか目的のアルバムのタイトルが日本語の「スターダスト」とは思いもよらず英語の"Stardust"で探していたのです。
「スターダスト」の出だしに心臓が止まりそうになるライオネル・ハンプトンのヴィブラフォンの他、トロけてしまいそうなHarry James(ハリー・ジェームス)楽団にも参加したWillie Smith(ウィリー・スミス)が演奏するアルト・サクソフォン、Charlie Shavers(チャーリー・シェイヴァース)のトランペット、ピアノのTommy Todd(トミー・トッド)、テナーサックスのCorky Corcoran(コーキー・コーコラン)、ギターのBarney Kessel(バーニー・ケッセル)、ユニークなブーンブンと弓で弾きながら唸るようにハミングするシンギング・ベースのSlam Stewart(スラム・スチュアート)。。。ともう夢ごこちです。 ちなみにスラム・スチュアートはピアニストのBeryl Booker(ベリル・ブッカー)とギタリストのJohn Collins(ジョン・コリンズ)とでトリオを組んだことがあります。
1947年のジャスト・ジャズ・コンサートはPasadena Civic Auditorium(パサディナ公会堂)での録音だそうですが、One O'Clock Jump以下3曲ではライオネル・ハンプトンは演奏していません。 One O'Clock Jumpはライオネル・ハンプトン抜きの上記のメンバーですが、The Man I LoveとOh Lady Be Goodではドラムがベニー・グッドマンやHarry James(ハリー・ジェームス)などウェストコースト・ジャズの白人ドラマーのJackie Mills(ジャッキー・ミルズ)だそうです。 "The Man I Love"などのスラム・スチュアートの弓弾きベースにハミングはライオネル・ハンプトンが佳境に入った時に発する唸り声と共に大好きです。 歌うベーシストとして有名なスラム・スチュアートのSlam Stewart Quintetが1945年にヴィブラフォンのRed Norvo(レッド・ノーヴォ)等とのセッションを録音した"Dozin'"など全25曲アルバム「Continental」や、カルテットの演奏ではErroll Garner(エロール・ガーナー)のピアノが加わった1944年の「Bowin' Singin' Slam」が素晴らしい。
Stardust by Lionel Hamptonスターダスト
試聴が出来るこちらの国内盤CDは1990年発売がオリジナルの2003年版が入手困難となったのでリンクは2011年発売の商品です。(同じ1990年発売のCDで2004年版の紙ジャケット仕様はヴィンテージ価格!)
なぜかヴィンテージ価格ではない「スターダスト」のアナログLPレコードはスター・ダスト [12 inch Analog]
※このCDを偶然に「アンクルポップのジャズ名選」で見つけて、嬉しさのあまりこちらのアマゾン商品リンクでそく購入しました。 1年の計は元旦にありのごとく2008年は幸先が良いようです。 ライオネル・ハンプトンの演奏が1曲なのに名義がライオネル・ハンプトンというのは日本ならではの編集でしょうか。 もっともこのライブ録音がどういうわけか3レーベルに分けてリリースされたのだそうです。 出来ることなら全曲がライオネル・ハンプトンの演奏だったら最高のアルバムだったのにとも思いますが、何といっても私の欲しかったスターダストが聴けて嬉しいの一言です。 このライオネル・ハンプトン不在の曲については説明書きにあるように1948年のミュージカル映画"A Song Is Born(ヒット・パレード)"に出演の予定があったので早く帰ったそうです。
上記で述べたのと同じライヴ盤の"スターダスト"はフランスのMasters Of Jazzレーベルから2000年にリリースされた2枚組アルバムの「Cabu Collection」にも収録されていますが入手は困難です。
ちなみにスターダストのライブ演奏のオリジナルは"Flying Home"から"Hey! Ba-Ba-Re-Bop"など全36曲を収録した2枚組CDの「Hamp: The Legendary Decca Recordings」に収録されています。
トランペッターCharlie Shavers(チャーリー・シェイヴァース)のSummertimeが収録されているアルバムはShavers Shivers(試聴はShavers Shivers - Amazon.com


気になるライオネル・ハンプトンのアルバム
Hey Ba Ba Re Bop: Original Recordings 1941-1951 by Lionel Hampton
1947年頃にCharles Mingus(チャーリー・ミンガス)がベースを演奏していたLionel Hampton And His Sextet時代がありましたが、Lionel Hampton And His Orchestra時代の1945年にドラマーのCurley Hammer(カーリー・ハマー)とライオネル・ハンプトンが作ったというR & Bの名曲"Hey Ba Ba Re Bop"のアルバムで、"How High the Moon"も収録してあります。
Hey Ba Ba Re Bop: Original Recordings 1941-1951 by Lionel HamptonHey Ba Ba Re Bop
情報が見つからないと思っていたら、素晴らしいナクソス・ミュージック・ライブラリーという試聴が出来るサイトを見つけました!
「ナクソス」は素敵なサービスですが月額1,890円(税込)はちょっと無理!
アルバムは聴いてみるとジャイヴありスウィングありバップ調ありとバラエティに富んだ素晴らしい選曲でライオネル・ハンプトンのヴォーカルもHey Ba-Ba-Re-Bopの他にChord-A-Re-BopやThe Pencil Brokeなどがあります。
Lionel Hampton " Hey-Ba-Ba-Re-Bop " (1945) - YouTube
ライオネル・ハンプトン:Hey Ba-Ba-Re-Bop Naxos Japan(トップページ右上の"登録不要の15分無料体験・試聴"をクリックしたら検索の窓わくにカタログ番号の8.120766を入力すると、全曲が順に試聴出来ます。 右のURLに直接アクセスすると会員登録をしないと聴けません。→http://ml.naxos.jp/album/8.120766)

On the Sunny Side of the Street
邦題が「表通りで」というライオネル・ハンプトンの24曲を収録したアルバム"On the Sunny Side of the Street"には情報がないので上記のwfmuラジオのプレイリストにある私の好きなバージョンのヴォーカルかどうかが分かりません。 このCDもしくはオリジナルのレコードをお持ちの方からのご一報をお待ちします。
On the Sunny Side of the Street by Lionel Hampton表通りで

Jivin' The Vibes
ライオネル・ハンプトンの私の好きなヴォーカル入りのOn the Sunny Side of the Streetはアルバム"Jivin' The Vibes"にも収録されていますが、このJivin' The Vibesというアルバムはたくさんあって混同してしまいますが私がYahoo!music LaunchCastで聴いたのは日本ではこのA Jazz Hour WithレーベルのJivin' The Vibesのようです。
lionel_junpin.jpgJivin' the Vibes
ライオネル・ハンプトンのOn the Sunny Side of the Streetは日本のAmazon.co.jpでは、ジャケット画像が下記の"Hey Ba Ba Re Bop"と同じで情報が無いアルバムJivin' The Vibes (Eclipse Music Group)にも収録されています。 一方、Amazon.comの「Jivin' the Vibes」ではレーベルはEclipse Music Groupでも画像が別で情報が無しです。 Jivin' the Vibes - Amazon.comでは同名のアルバムの画像はレーベルがA JAZZ HOUR WITHなのに私が聴いたEclipseレーベルの画像と同じです。(いろいろあるんですな。)

Lionel Hampton Lullaby of the Leaves
ライオネル・ハンプトンが演奏する"Lullaby of the Leaves"、"Volare"、"Misty"、"Blues for Hamp"、"Ain't Misbehaving"、"Hamp, Rich, Dido Blues"を収録したコンピレーション・アルバムは「Jazz Collection」ですがiTunes Storeで入手可能です。 ライオネル・ハンプトンの他、Benny Goodman、Woody Herman(ウッディ・ハーマン)、Lois Jordanの演奏を収録したアルバムの試聴は海外のためできませんがアルバム画像や曲目情報が見られるJazz Collection - Rhapsody Online


気になるライオネル・ハンプトンの映像
パーカッションも得意な"エンターテイナー"、ライオネル・ハンプトンのアクロバティックなバチ捌きをご覧下さい。
Drum Battle: Gene Krupa vs Lionel Hampton vs Chico Hamilton - YouTube
Lionel Hampton Tom Tom Solo - YouTube
Lionel Hampton - Bongo Interlude with Quicy Jones on trumpet 1950's - YouTube

The Benny Goodman Story
ライオネル・ハンプトンの他、ジーン・クルーパやハリー・ジェームスなどが本人役で出演したValentine Davies(ヴァレンタイン・デイヴィス)監督の1955年の短篇ミュージカル映画の"The Benny Goodman Story"の詳細はテディ・ウィルソンの記事内にあります。

Lionel Hampton in "A Song Is Born"
前述のライオネル・ハンプトンが"Flying home"を演奏した1948年のHoward Hawks(ハワード・ホークス)監督のミュージカル映画"A Song Is Born(ヒット・パレード)"にはDanny Kaye(ダニー・ケイ)が主演しましたが、ミュージシャンとしてはルイ・アームストロング、ベニー・グッドマン、Charlie Barnet(チャーリー・バーネット)、Tommy Dorsey(トミー・ドーシー)といったスウィングのビッグバンド・リーダーたちや、ベニー・グッドマンのアレンジも手掛けたピアニストのMel Powell(メル・パウエル)や黒人ヴォーカル・グループのThe Golden Gate Quartette(ゴールデン・ゲイト・カルテット)などが出演しました。
Lionel Hampton in "A Song Is Born" (1958)- Trailer - YouTube

Lionel Hampton in "Rhythm and Blues Revue"
Joseph Kohn監督のR & Bのミュージカル映画にはライオネル・ハンプトンの他、カウント・ベイシー、ナット・キング・コール、キャブ・キャロウェイ、Sarah Vaughan(サラ・ヴォーン)、Delta Rhythm Boys(デルタ・リズム・ボーイズ)、Ruth Brown(ルース・ブラウン)、Big Joe Turner(ビッグ・ジョー・ターナー)などが出演しました。 Lionel Hampton and his BandのMilt Buckner(ミルト・バックナー)のソロも聴ける"Vibe Boogie"やライオネル・ハンプトンがヴァイブのバチをドラムスティックに持ち換えた"Bongo Interlude"を演奏する映像が観られます。 映画の詳細はキャブ・キャロウェイの記事内にあります。
FULL MOVIE: Lionel Hampton in "Rhythm and Blues Revue" (1955) - Archive.org


Lionel Hampton - I Got Rhythm - Benny Goodmans Original Carnegie Hall Concert - Grooveshark.com

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