July 2008 Archives


Paperback by Jeffrey Meyers
Gary Cooper: American Hero (Paperback) Gary Cooper (Paperback)
Gary Cooper: American Hero  Gary Cooper

The Sexiest Man in the World
銀幕のスターには洋の東西を問わず強烈なセックスアピールを持つ俳優はたくさんいます。 星の数ほど現れた伝説的なグラマー女優で、例えばRita Hayworth(リタ・ヘイワース)やMarilyn Monroe(マリリン・モンロー)などはその豊満な肉体やコケティッシュな仕草で殿方を魅了してきました。 男優もしかり、古くはサイレント時代のイタリア男優のRudolph Valentino(ルドルフ・バレンチノ)から、1940年のVirginia City(ヴァジニアの血闘)のErrol Flynn(エロール・フリン)やClark Gable(クラーク・ゲイブル)、Robert Mitchum(ロバート・ミッチャム)やWilliam Holden(ウィリアム・ホールデン)、Cary Grant(ケイリー・グラント)も入れて、反逆児のMarlon Brando(マーロン・ブランド)やPaul Newman(ポール・ニューマン)、そしてハンサムで爽やかなRobert Redford(ロバート・レッドフォード)とその息子のようなBrad Pitt(ブラッド・ピット)、最近ならJohnny Depp(ジョニー・デップ)など列挙にいとまがありません。
さて、今ここにアメリカの代表的男性像を演じたとっておきのクラシック映画時代のセクシー男優を紹介します。 私は1930年の「モロッコ」を観て始めてゲイリー・クーパーの魅力に開眼したのです。 控えめな演技であるにもかかわらず心に残り、胸がときめき、そそられる色気を持つ人柄の良さそうな俳優、それはゲイリー・クーパー!

All Sweet and Innocent and Naive: Gary Cooper (1901-1961)
ゲイリー・クーパーというとどのような俳優を思い浮かべますか? 西部劇の渋い保安官? 戦争映画の正義感溢れるヒーロー? 誠実そうで謙虚さも持ち合わせ、190センチという長身の英国紳士のゲイリー・クーパーは私がただ一人セクシーだと思う俳優なのです。 お洒落でシャイな好青年を演じた反面、濡れた唇で上目遣いに見つめる仕草がたまりません。 ところが私が映画館で初めてゲイリー・クーパーを観たのが1957年にビリー・ワイルダーが監督したロマンス映画「Love in the Afternoon(昼下がりの情事)」だったのです。 世界を股にかけるロマンスグレーのプレイボーイを演じたゲイリー・クーパーのお相手はGreen Mansions(緑の館)で妖精のように可愛いかったAudrey Hepburn(オードリー・ヘプバーン)でした。 ※ロマンスグレーとは恋愛対象になり得る白髪が出始めた中年以降の素敵なおじさまを意味する造成語で、この場合お金持ちでなくてはいけません。 戦後に若い俳優が少なくおじさまと共演することが多かったオードリー・ヘプバーンが1953年のRoman Holiday(ローマの休日)と1954年のSabrina(麗しのサブリナ)に続いて出演した話題作でした。 Gregory Peck(グレゴリー・ペック)より、ウィリアム・ホールデンよりさらに年上のゲイリー・クーパーがオードリー・ヘプバーンの恋愛の対象となった「昼下がりの情事」では一世を風靡した"Fascination(魅惑のワルツ)"がロマンティックなBGMでした。
この時ゲイリー・クーパーは亡くなる4年ほど前の56歳だったのです。 ラストシーン以外にグッとくることはなかったように記憶していますから、この映画で初めてゲイリー・クーパーを見たら、さほどセクシーとは思わないかもしれません。 第二次世界大戦が終結した後、しばらくは若い人気女優につりあう若い男優が手薄だったのでロマンスグレーのおじ様男優と恋愛映画を撮る他はなかったらしいです。 中年のクーパーも素敵ではありますが、親子ほど歳が離れている恋愛物語もなんだか現実味に欠けるところがあります。(もっともこの逆の中年女と若者の真実のロマンスは絶対といっていいほど有り得ません。 女性はロマンスグレーとは呼ばれませんから。)

Coop's Fabulous Hats
昔は男性は女性どうようにお帽子をかぶります。 外人部隊の兵士帽はさほどではないですが、ゲイリー・クーパーが大尉を演じた1932年のDevil and the Deep(悪魔と深海)では海軍将校の制帽は素敵、「オペラハット」では正装の絹製シルクハット(トップハット)を被り、ボヘミアンの絵描きを演じた1933年の「Design for Living(生活の設計)」でも同様。 トップの横っちょが凹んだカウボーイハット(Cattleman)のようなテンガロン・ハット(Ten-Gallon Hat)をウエスタン映画の「真昼の決闘」で、そして「誰が為に鐘は鳴る」では反政府ゲリラに転じたロバート元教授がかぶっていたツバ広のフエルト帽の他にもフェードラ(ソフト帽)やパナマ帽だかをかぶっていたようですがいづれもとても素敵でした。
※ちなみにクーパーがお笑いを演じる「生活の設計」は喜劇俳優から監督になったErnst Lubitsch(エルンスト・ルビッチ)の作品です。

Morocco
Morocco DVDモロッコ (1930)
ゲーリー・クーパーが女性のアグレッシヴな言動にはにかんだり顔を赤らめる様子がとてもチャーミングで(白黒なので顔が赤くなったかどうかは不明)、あながち演技だけとも思えないのです。 私がゲーリー・クーパーの性的魅力を始めて感じたのは名画座で観た1930年のMorocco(モロッコ)でした。 この映画では、May Britt(メイ・ブリット)のリメイクでも知られるThe Blue Angel(嘆きの天使)に続いて型破りな妖艶さでブレイクしたMarlene Dietrich(マレーネ・ディートリッヒ)が出演して男装の麗人ぶりが話題となりました。 私がマレーネ・ディートリッヒを見るつもりがゲーリー・クーパーに魅せられたのが「モロッコ」です。
胸にキュンとくるシーンがたくさんあり、ラストのハイヒールを脱ぎ捨ててまで兵士の砂漠の行進を追いかけるディートリッヒに共感したのです。 ゲーリー・クーパーはモテモテの遊び人という設定なのですがまだまだ純情な面を残しているところが堪らなく魅力的なのです。 二人で交わす2本指クルクルの挨拶がかっこいい! この時、クーパーは29歳、水も滴るいい男、ため息が出るほど美しくセクシーな俳優でした。
上記の画像は原語版のDVDで、リンクはトールケース版DVDですが、2008年に発売になった日本語字幕版の廉価DVD(ASIN: B000LZ6FN0)もあります。
Gary Cooper in Morocco (1930) - YouTube

For Whom the Bell Tolls
For Whom the Bell Tolls DVD誰が為に鐘は鳴る (1943)
上記の日本語字幕版DVDカバー画像は2003年版ですが入手困難になっているのでリンクは2006年版500円DVDとなっています。
「モロッコ」の次に私がゲーリー・クーパーの性的魅力を感じた映画は1943年の「For Whom the Bell Tolls(誰がために鐘は鳴る)」でした。 スペイン動乱時のゲリラ活動を描いていてセクシーとはまるで縁遠そうな作品にみえますが、Ingrid Bergman(イングリッド・バーグマン)が役のために髪を切ってまで望んで出演したヒロインとの悲恋物語でもあるのです。 明日死ぬかも知れぬ戦時下の刹那的恋愛シーンは緊迫感に溢れて、どちらも服を脱いだりなどしませんが情感が伝わり大変セクシーな映画です。
☆バーグマン演じるマリアが初キスをするときに言う、「Where do the noses go?(鼻はどうするの?)」というセリフと共に、「貴方に何もしてあげることがなければ、一日中やりまくるわ。」というマリアの短い髪をひっ掴かんで恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに言ったロバート教授の「You are shameless(このスケベめ)」というセリフにまいってしまった私でした。(shamelessとは"慎みがない"という意味なので映画の字幕ではそんな下品な言葉ではありませんが、このセリフは2シーンで使用されています。) このリアクションをクラーク・ゲイブルがやったのではニヤケ過ぎだし、マーロン・ブランドじゃ殴られそうだから、やっぱりゲーリー・クーパーの演技が最高でしょう。
「誰がために鐘は鳴る」はErnest Hemingway(アーネスト・ヘミングウェイ)のベストセラー小説を1942年のThe Pride of the Yankees(打撃王)のSam Wood(サム・ウッド)監督が映画化した最初は3時間という長編作品ですがDVDでは170分位にカットされているようです。 アーネスト・ヘミングウェイといえばゲーリー・クーパーの防空壕での取り違え足キスが艶かしく、ラストが美しくも哀しいヘミングウエイの「武器よさらば」を1932年にFrank Borzage(フランク・ボーゼージ)監督が映画化したA Farewell to Arms(戦場よさらば)でも主演しています。
Ingrid Bergman
イングリッド・バーグマンは永遠の傑作と云われる1942年のCasablanca(カサブランカ)の後に「誰が為に鐘は鳴る」に出演しましたが、1944年のGaslight(ガス燈)や1948年のArch of Triumph(凱旋門)など多くの名作に出演した演技派女優です。
Bergman asks "Where do the noses go?" - YouTube

Coop's Greatest Western Movies
High Noon DVDHigh Noon (1952)
日本では1926年の西部劇のThe Winning of Barbara Worth(夢想の楽園)がデビューとなっているゲーリー・クーパーは亡くなるまでの40年間に約100本の出演作のうち30本くらいのウエスタン映画に出演したそうです。
映画入りのきっかけが西部劇のエキストラだったというゲーリー・クーパーは牧場主を演じた1929年の「The Virginian(バージニアン)」も含めて30本ほどの西部劇に出演しました。 Grace Kelly(グレイス・ケリー)が出演したFred Zinnemann(フレッド・ジンネマン)監督の有名な西部劇の「真昼の決闘」では周りに見放されても正義のために孤軍奮闘した保安官役で出演して1942年のSergeant York(ヨーク軍曹)に次ぎアカデミー主演男優賞を受賞しましたし、1956年にはWilliam Wyler(ウィリアム・ワイラー)監督の西部劇「The Friendly Persuasion(友情ある説得)」にも出演したので、ゲーリー・クーパーというとウエスタンと思い込んでいる方もあるやもしれません。 しかしこのあたりからゲーリー・クーパーの容貌が急激に変化しています。 1940年にゲーリー・クーパーが出演した「The Westerner(西部の男)」を監督したウィリアム・ワイラーはアカデミー監督賞を受賞した「The Best Years of Our Lives(我等の生涯の最良の年)」や「Ben-Hur(ベン・ハー)」の他に「ローマの休日」や「The Collector(コレクター)」など私の好きなたくさんの話題作の監督です。
上記の画像は原語版のDVDですが、日本語字幕版の「真昼の決闘」《デジタルリマスター版》もあります。
「真昼の決闘」では1952年のアカデミーの最優秀オリジナル歌曲賞に輝いたDimitri Tiomkin(ディミトリ・ティオムキン)とテレビのRawhide(ローハイド)の音楽を担当したNed Washington(ネッド・ワシントン)のコンビが作ったテーマ曲の"The Ballad of High Noon"がTex Ritter(テックス・リッター)の歌が大ヒットしました。 日本ではローハイドなど一連のカーボーイソングを歌ったジャズ歌手のFrankie Lane(フランキー・レイン)が同年1952年に吹き込んだ"High Noon"の方が有名かもしれません。
High Noon Theme (Do not forsake me O my darlin') - YouTube
High Noon Trailer - YouTube
100 Greatest Western Moviesでは「真昼の決闘」がトップに位置しています。

Coop's Classic Screwball Comedies
1927年にClara Bow(クララ・ボウ)が主演してアカデミー第一回作品賞に輝いた戦争映画の「Wings(つばさ)」で「いざ、出陣!」と戦地に赴いたとたんに戦闘機が墜落した勇敢な士官候補生役で一躍脚光を浴びたゲーリー・クーパーでしたが、1927年に「It(あれ)」などにも顔を出してクララ・ボウの恋人と噂されたそうです。 まぁ、よくある大女優と売り出し中の若手男優といった関係でしょうか。
ゲーリー・クーパーが出演したロマコメ映画
1934年にフランク・キャプラが監督したIt Happened One Night(或る夜の出来事)以降に流行ったスクリューボール・コメディにもたくさん出演しています。 スクリューボール・コメディとはロマコメのはしりで、最初はそりが合わない男女がしだいに惹かれてハッピーエンドという映画のジャンルです。 私が観たいと思うゲーリー・クーパーのロマコメは、ゲーリー・クーパーが1936年に西部劇のThe Plainsman(平原児)でも共演したJean Arthur(ジーン・アーサー)とのMr. Deeds Goes to Town(オペラハット)と1941年のBall of Fire(教授と美女)と1949年のFountainhead(摩天楼)です。 1936年には日本で公開されただけでも5本の作品に出演した売れっ子のゲーリー・クーパーでしたが、映画の題名を聞いただけでも楽しそうです。

Mr. Deeds Goes to Town
Mr. Deeds Goes to Town DVDオペラハット (1936)
ゲーリー・クーパーが演じるディードは田舎の工場経営者で町内のブラス・バンドのチューバ吹きでしたが急逝した伯父の莫大な遺産を相続することになって相続の条件通りにで都会に住むことになったのですが、それを知ってディードの大金を狙って群がるオペラ委員会やら新聞社やらを純朴な青年はどう捌くでしょうか。 スクープ記事のために大芝居まで打った腕利きの女性記者にはジーン・アーサーで、ディード氏に次第に惹かれていきます。 考え事をすると黒く塗る癖のある裁判長以下、皆が持っている変な癖(Doodling)についての法廷で述べるウンチクが妙に納得させられる「オペラハット」はFrank Capra(フランク・キャプラ)が監督したコメディです。 なぜディード氏が告訴されたかというと女記者が私利のためにディード氏に近づいてきたことを知り、絶望のあまり全財産を貧しい人々に寄付することにしたからです。 そんなことされちゃたまらんと金の亡者どもがディード氏を財産管理する能力はないと訴えたのです。
上記の画像は2000年の日本語字幕版DVDですが、2005年発売の字幕版やVHSもあるようです。
ちなみに邦題のオペラ・ハット(Opera Hat)とはオペラ鑑賞の祭に使用する紳士用帽子でバネ仕掛けでトップが折りたためるシルクハットなんだそうです。 オペラを観に劇場に行く時は正装するのでオペラグラスやオペラバッグやオペラグローブなどはよく聞きますがオペラハットは知りませんでした。
原作に忠実ではないそうですが、「Wedding Singer(ウェディング・シンガー)」のAdam Sandler(アダム・サンドラー)が主演して2002年に「Mr. Deeds(Mr.ディーズ)」としてリメイクされています。
Gary Cooper talks about Doodlers in Mr. Deeds Goes to Town - YouTube

Ball of Fire
Ball of Fire - Gary Cooper教授と美女 (1941)
ゲーリー・クーパーが浮世離れした辞書編集者を演じた1941年のBall of Fire(教授と美女)は日本未公開だそうですが、1944年のDouble Indemnity(深夜の告白)や1946年のThe Strange Love of Martha Ivers(呪いの血)での妖艶な役で有名なBarbara Stanwyck(バーバラ・スタンウィック)がクーパーが演じるバートラム先生に下々の汚い言葉(スラング)を伝授する機知のとんだ会話をするクラブ歌手でsの名もストリッパーのような"Sugarpuss"として出演しているのです。 タイトルの「ボール・オブ・ファイアー」の意味は行動的かつ精力的なやり手の人、つまりセックスアピールのある活火山のような女だそうです。
上記の画像は「Ball of Fire」のVHSです。 原語版の「Ball of Fire」と日本語字幕版の「教授と美女」のDVDがありますが、DVDカバー画像が見られるのはアメリカのAmazon.comです。
コメディの「教授と美女」の監督は実録のヒューマンドラマ「ヨーク軍曹」と同じHoward Hawks(ハワード・ホークス)で、映画音楽は作曲がアルフレッド・ニューマンなのですが、ジャズ・トランペッターのRoy Eldridge(ロイ・エルドリッジ)とGene Krupa(ジーン・クルーパ)が作った"Drum Boogie"をバーバラ・スタンウィックが歌いジャズドラマーのジーン・クルーパがドラムを演奏しているそうです。 バーバラ・スタンウィックの歌声はジーン・クルーパと一緒にThe Benny Goodman Story(ベニイ・グッドマン物語)に出演したMartha Tilton(マーサ・ティルトン)が吹き替えたそうです。 バーバラ・スタンウィックが歌ったドラム・ブギを聴いた教授はウエイターに訊ねます。「ブギーとは何だ?」 ゲイリー・クーパーはこんな浮世離れしたカマトト紳士がはまり役です。
※「ボール・オブ・ファイアー」というと似た題名のロックンローラーのJerry Lee Lewis (ジェリー・リー・ルイス)の伝記映画のGreat Balls of Fire!(火の玉ロック!)を思い浮かべる方もあるでしょうが、ピアノに火をつけるパフォーマンスが有名なジェリー・リー・ルイスも活火山のようなロッカーでした。
Cooper and Barbara Stanwyck doing Yum! Yum! - Gene Krupa's Drum Boogie in Ball of Fire (1941) - YouTube

The Fountainhead
Fountainhead DVDThe Fountainhead (1949)
「摩天楼」ではゲーリー・クーパーは落伍者の建築士を演じています。 当時としてはかなりセンセーショナルな映画であったろう1949年の「摩天楼」で薄物を身につけたセクシーな22歳のPatricia Neal(パトリシア・ニール)に公私ともに誘惑されたという48歳のゲーリー・クーパーでした。 デビューから故Ronald Reagan(ロナルド・レーガン)と2本の映画で共演したパトリシア・ニールは1950年には再び「Bright Leaf(燃えつきた欲望)」でゲーリー・クーパーと共演しています。 同年に「The Postman Always Rings Twice(郵便配達は二度ベルを鳴らす)」のJohn Garfield(ジョン・ガーフィールド)と1950年に「The Breaking Point (破局)」で共演したように1950年代は立て続けにJohn Wayne(ジョン・ウェイン)やTyrone Power(タイロン・パワー)などのスターと共演していました。
さて、他にもクーパーには浮いた噂はたくさんあるらしいのですが、なにしろ「もし、クーパーに口説かれたら夫を捨てるわ。」と言い切った女優もいたらしいですから、そのモテモテぶりは大変なものだったそうで、他にも噂になったマレーネ・ディートリッヒやグレイス・ケリーなども映画の宣伝だったのかもしれません。 ゲーリー・クーパーが結婚したのはただ一人、有力者の娘というよりも1933年の「King Kong(キングコング)」に落っことされた金髪女として知られているのSandra Shaw(サンドラ・ショー)で、1950年代中頃まで20年間も一緒だったそうです。
上記の画像はアメリカのAmazon.comにあるVHSですが国内では2007年発売の日本語字幕版「摩天楼」DVDや輸入版の原語DVDがあります。
「摩天楼」をはじめゲーリー・クーパーの11枚の映画ポスター画像が見られるGary Cooper Photos - IMDb
噂になったゲーリー・クーパーとパトリシア・ニールの「摩天楼」のスチール写真が見られるGary Cooper and Patricia Neal in The Fountainhead - Galarie Photos(最初に宣伝あり)
Gary Cooper and Patricia Neal in The Fountainhead - YouTube

Mr. Innocent
ゲーリー・クーパーのどこがセクシーかは上記で述べました。 もごもごと口ごもり、異性のことなどなんにも知らない素振りで頬を赤らめる。 これらは女性でいうところのカマトトであります。 100本もの映画に出演してきた俳優のゲーリー・クーパーですから如何に演じたら女性受けするかも充分に研究していた筈です。 よって、洋の東西を問わず、女性は胸をはだけて「おらっ、おらっ!」とマッチョな身体を見せびらかす男優をセクシーと思うと同時にウブなカマトト男性もお好きということになります。(前をははだけると逮捕されますが。) 1998年にMeet Joe Black(ジョー・ブラックをよろしく)でピーナッツバターを舐め舐めしたBrad Pitt(ブラッド・ピット)がモテモテな所以です。 もっともジョー・ブラックは人間じゃなくて悪魔でしたが。
☆ゲーリー・クーパーの写真がいっぱいのGary Cooper Photos - MySpace.com



Rockabilly Bad Boy: Gene Vincent (1935 - 1971)
反逆のロカビリー魂

50's のロックンロール&ロカビリーといえばジーン・ヴィンセント! 細身の黒革つなぎ(又はジャンパー)にコテコテ・リーゼントというスタイルでマイクに喰い付くように、時にはマイクを舐めるように近づけて歌った超セクシーなジーン・ヴィンセントは私生活でも問題ありでどこを探しても健全さがみられないほど闇の放蕩ロッカーですが私が最も早い時期に好きになったロカビリー歌手なのです。 そして最も早くお熱が冷めて1960年以降は全く聴かなかったアーティストでもあります。 というよりも好みの新曲が出なかったともいえますが、ステージに打ち込んだロック魂のジーン・ヴィンセントの70年代は嬌声をあげる女性ファンに代わって信奉的ロッカー野郎たちが観客となったとか。 自作の"Bad Boy"がヒットしたLarry Williams(ラリー・ウィリアムス)とは違い麻薬が絡んだ暴力沙汰などの犯罪性はないものの典型的なバッドボーイを演じたジーン・ヴィンセントに対する熱中度は一時期かなり高かったので50年代と60年代の私のお気に入りアーティストから外すわけにはいきません。
1955年のバイク事故による外科手術でヘビメタの左足だったジーン・ヴィンセントは足を引きずっているにも関わらず飛び回ったり足を高く上げたりするド派手なパフォーマンスで、無理しているのではないかと観客をハラハラさせました。 60年代には松葉杖で舞台に登場したこともありましたが松葉杖はパーフォマンスだったのか、その杖を投げ捨てるように床に置くと舞台ではワイルドに飛び跳ねて歌うのです。 もっとも実際には鎮痛剤を欠かせなかった生活だったとか。 ロック界のThe Beatles(ビートルズ)やThe Doors(ドアーズ)等のヒーローでもあったジーン・ヴィンセントはシャウトするロカビリーから囁くようなバラードまでレパートリーにして観客を飽きさせることはなかったといいます。(酩酊以外は)
Gene Vincent - Bird Doggin'/Hi-lili, Hi-lo
そんなジーン・ヴィンセントが1966年にリリースしたシングルがあります。

Jukebox
ジーン・ヴィンセントのシングル、45回転のEPレコードはその当時は赤いヴィニール・ドーナッツ盤でしたが、これは日本の東芝キャピトルだけの盤だったらしく海外でも高値が付けられているそうです。 売りません!
コインを投入して音楽を聴くジュークボックスはアメリカでは40年代からですが最初は78回転SPレコードを使用していてドーナッツになったのは1950年だそうでラジオでのチャート以外にジュークボックスのチャートも入っていたらしいです。 日本では50年代後期から60年代当時のレコードはLP意外は全部ドーナッツ盤で、その後4曲位収録した33回転が出ました。 音楽産業の一環をになっていたジュークの普及率は今でいうカラオケでしょうか、私が知っているジュークはイルミネーションがチカチカする虹の教会型ではなく四角い箱型で、当時は喫茶店やピンボール場のような場所には有線などのBGMはなかったので誰かがかけるジュークボックスから流れてくる曲を聴いたものです。 私はジュークボックスでレコードが選ばれて針がかかるまでの魔法のような一連の動作にも見とれていました。

Gene Vincent & The Blue Caps
1955年頃、バイク事故で入院中のジーン・ヴィンセントは"Race with the Devil"と"Be-Bop-A-Lula"の曲を書いたといわれています。 最初はカントリーソングを歌っていましたが、バッキング・バンドを結成してラジオ番組のオーディションに受かってからがジーン・ヴィンセントのロカビリー人生が始まります。 当初"Be-Bop-A-Lula"はCapitol Records(キャピタル・レコード)で、"Woman Love(ウーマン・ラヴ)"のカバーのB面としてリリースされたそうです。 私の手持ちのシングル盤のCapitol Records 7P - 14はアメリカでリリースされたオリジナル盤のF-3450(45-15230となっています。

Be Bop A Lula
その後しばらくしてバルチモアの某DJがB面の"Be-Bop-A-Lula"を放送したところ、ビルボードのポップス・チャートで20週連続上位に入るという空前の大ヒットとなり、ジーン・ヴィンセントは一躍ロックンロール界に躍り出ました。 続いて同年、"Race With The Devil"と"Bluejean Bop"をリリースしましたが、しゃくるようなカントリーのヒカップ唱法を効かせた"Woman Love"はあまりのエロさゆえ、某州のツアーでは公然わいせつ罪を適用されて罰金の憂き目にあったとかいう噂が流れたそうです。(うっそ!) "Be-Bop-A-Lula"の大ヒットにより1956年にキャピタルからジーン・ヴィンセントの初アルバム「Blue Jean Bop」がリリースされ、1957年にはLotta Lovin'とDance to the Bopをリリースし、Lotta Lovin'とBe-Bop-A-Lulaの売り上げによりゴールド・レコードを獲得したそうです。(この時代には日本でもヴィンテージ盤となった東京芝浦電気SP-14などとして63年まで製造されていた落とすと割れるSPレコード/78rpmでもリリース) この年にEddie Cochran(エディー・コクラン)とLittle Richard(リトル・リチャード)と一緒にオーストラリア公演を行いました。 残響効果とヒカップ唱法により私の耳にはジーン・ヴィンセントが歌う"Hey, hey"がヘック、ヘックと聞えていました。

Be-Bop-A-Lulaの曲の元はジーン・ヴィンセントが書いたことに間違いはないそうですが、その歌詞は誰が書いたかには諸説があるようです。
※メジャーになる前はカントリーを歌っていたジーン・ヴィンセントなので他のロカビリアン同様にHiccup(ヒカップ)を取り入れた曲が何曲かあったようです。 ロカビリーで使われるヒカップについて詳しくはロカビリー歌手のCharlie Feathers(チャーリー・フェザース)
1940年代中頃に駅の赤帽をイメージした"5 Red Caps(ファイヴ・レッドキャップス)"という黒人のジャイブグループがいたそうですが、ブルーキャップスは歌手になる前にジーン・ヴィンセントが所属していた海軍の青い水兵帽子をイメージしたらしいです。 日本でも日劇時代のロカビリー三人男の一人だった平尾昌晃が白いキャップをかぶっていたように記憶しています。 Gene Vincent & The Blue Capsはその後Gene Vincent & His Blue Caps(ジーン・ヴィンセント & ヒズ・ブルー・キャップス)となりました。 オリジナルのバンドメンバーはギター奏者が2名とロカビリー・スラップベースとドラムの5人グループです。 特にステージでギターをブチ壊したことで有名なイギリスのロックギタリストのJeff Beck( ジェフ・ベック)も影響を受けたというリードギターのCliff Gallup(クリフ・ギャラップ)のギター(Gretsch)は有名でそのロカビリーギター奏法をギャロッピングと呼ぶそうですが、その肝心なクリフ・ギャラップは30曲以上録音した後の50年代のうちにバンドを離れてしまいました。 他にも何度かメンバーチェンジがあったそうで、1957年から1958年の録音にはピアノのCliff Simmonsとか、テナーサックスのPlas Johnson(プラス・ジョンソン)や、ジャンプブルース&ジャズのJackie Kelso(ジャッキー・ケルソ)などが参加しています。 1950年代中頃にキャピトル・レコードに籍をおいたバップ&ソウル・テナーのプラス・ジョンソンは1963年にHenry Mancini(ヘンリー・マンシーニ)が音楽を担当したテレビ漫画の「The Pink Panther(ピンクの豹)」のテーマ曲でテナーを演奏しています。 一夜にして夢のような大金持ちとなった旅好きのジーン・ヴィンセントは精力的に地方公演のスケジュールを組みましたが家族持ちのメンバーはついていけなかったようです。 当然ジーン・ヴィンセントの家族、つまり過去4人の妻たちもついていけず、浮気の噂も相俟って全員別れてしまったそうです。
※ちなみにジーン・ヴィンセントのヒット曲の"Woman Love"はオリジナルだと思っていたのですが、Lonely Soldier Boy(悲しき少年兵)が日本でも有名なソングライターのJack Rhodes(ジャック・ローズ)の作曲で"Country Preacher"が一番人気でWilson Pickett(ウィルソン・ピケット)とも共演したブルース・ギタリストのJimmy Johnson(ジミー・ジョンソン)が最初に歌ったのだそうです。
ジーン・ヴィンセントとブルー・キャップスの映像や写真、1957年のオリジナルGene Vincent and his Blue Capsの画像も見られるジーン・ヴィンセントのオフィシャルサイトはGene Vincent Official Site - RockabBillyHall.com
ジーン・ヴィンセントのWhere Have You Been、Bird Doggin'、You Are The One For Me 、"Lotta lovin'69が聴けるGene Vincent - MySpace.com
ジーン・ヴィンセントの"Race With The Davil"が聴けるGene Vincent (1) - MySpace.com
ジーン・ヴィンセントの写真もいっぱい、"BeBop-a-Lula"が聴けるGene Vincent (2) Photos - MySpace.com

Be-Bop-A-Lula, she's my baby
Be-Bop-A-Lula左の画像は当時私が購入した「ビ・バップ・ア・ルーラ / ウーマン・ラヴ」の東芝赤盤のEPレコード(Capitor 7P - 14)です。 時には下品とも取れる悪ぶった激しいステージがもてはやされたジーン・ヴィンセントといえば、なんといっても1956年にブルーキャップスとCapital Record(キャピタル・レコード)で吹き込んだ「ビバップ・ア・ルーラ」につきます。 エコーを取り入れた唱法がその当時に"Heartbreak Hotel"がヒットしていたエルビス・プレスリーにそっくりだったので、初めて「ビバップ・ア・ルーラ」を聴いた人々はエルビス・プレスリーだと思い込んだそうです。 曲のタイトルは、R&Bの女性歌手であるHelen Humes(ヘレン・ヒュームス)が1945年にヒットさせたBe-Baba-Leba(ビー・ババ・リーバ)やLionel Hampton(ライオネル・ハンプトン)楽団がヒットさせたHey! Ba-Ba-Re-Bop(ヘイ!バ・バ・リ・バップ)という曲をもじったようですが、いずれにせよ1940年代から流行ったジャズのスタイルでBebop(ビバップ)からヒントを得ているようです。 一説には私も昭和50年代にテレビで観ていたコミックの「Little Lulu(リトル・ルル)」からとったとも言われています。 どっちにしろルーラもルルもLouise(ルイーズ)の愛称らしいです。 ロックでいうバップ(ビバップ)とはロカビリーのことですが、本当はもっと意味シンかもしれません。 「赤いGパンでバップ(ロカビリー)しているルーラちゃんは俺の彼女だ、間違いない!」と歌っているのでしょうか。 このようなエコーをタップリ効かせた風変わりで神秘的にも思えた「ビバップ・ア・ルーラ」は私にとってはロカビリーの代名詞でした。 ジーン・ヴィンセントの唾が飛んで来そうな「ビバップ・ア・ルーラ」からエコーを取ったらどうなるんだろう?という疑問も湧いたほど残響効果ガンガンの「ビバップ・ア・ルーラ」は"Say Mama(セイ・ママ)"同様にほとんど誰にもカバーされていないと思っていた曲なのです。 ところがThe Everly Brothers(エヴァリー・ブラザース)をはじめ、Carl Perkins(カール・パーキンス)、Elvis Presley(エルビス・プレスリー)、Jerry Lee Lewis(ジェリー・リー・ルイス)、そして1962年のハンブルグ公演で急遽バックを務めたことがあるThe Beatles(ビートルズ)のメンバーだったPaul McCartney(ポール・マッカートニー)までもカバーしていたのです。 しかし誰がカバーしようと「ビバップ・ア・ルーラ」はジーン・ヴィンセント!そしてHound Dog(ハウンドドッグ)はエルヴィス・プレスリーなのです。
Be bop a lula - Elvis Presley and Jerry Lee Lewis - YouTube

By the Light of the Silvery Moon
ジーン・ヴィンセントがカバーした曲のなかで私が持っているレコードにはオリジナルはボードヴィルのミュージシャンだったドイツ人のGus Edwards(ガス・エドワーズ)が作曲してミュージカルのEdward Madden(エドワード・マッデン)が作詞した"By the Light of the Silvery Moon"があります。 このスタンダード曲は1942年に巨漢の黒人ジャズ・ピアニストのFats Waller(ファッツ・ウォーラー)や、Minstrel show(黒人物真似コミックショー)を演じたロシア系ユダヤ人のAl Jolson(アル・ジョルソン)が歌っていましたが、Doris Day(ドリス・デイ)が1953年に同名のミュージカル映画で歌って有名になりました。 ロックとしてはリトルリチャードのバージョンが一番有名で、他にはブルースギタリストのJohnny WinterやJackie Wilsonも歌も歌っています。 ジーン・ヴィンセントのBy the Light of the Silvery Moonが収録されているアルバムには「Blue Jean Bop!/Rocks & The Blue Caps Roll 」と「The Gene Vincent CD Box Set: Complete Capitol & Columbia Recordings 1956」6枚組などがあります。
Gene Vincent - By the Light of the Silvery Moon (1957) - YouTube

Gene Vincent and Eddie Cochran
ジーン・ヴィンセントは1960年頃、ロカビリー熱が下火になったアメリカを去ってフランスをはじめとしたヨーロッパ公演に出ましたが、中でも人気だったのはイギリスだったそうです。 そのイギリス公演中の自動車事故でジーン・ヴィンセントと同乗していたエディー・コクランだけが死亡したのでした。 足の骨髄炎がそうさせたとはいえ深酒と鎮痛剤常用していたジーン・ヴィンセントは60年代には容貌の激変とともに胃潰瘍まで患い、1969年にBe-Bop-A-Lula '69やLotta lovin'69などを収録したスタジオレコーディングのラストアルバム「I'm Back and I'm Proud」をリリースするも若干36歳にして亡くなってしまいました。 しかし、イギリスでの事故当時のエディ・コクランが22歳だったことを思うとその分頑張ったという感があります。 1980年代に起こったロカビリー・リバイバルではStray Cats(ストレイ・キャッツ)など若い世代のロッカーがジーン・ヴィンセントの曲を蘇らせたといわれています。
☆エディ・コクランについて詳しくはブログ内の"Eddie Cochran"
Eddie Cochran & Gene Vincent - White Lightning (live 1960) - YouTube
Gene Vincent & Eddie Cochran - YouTube

The Girl Can't Help It
Little Richard(リトル・リチャード)が映画のタイトル曲の"The Girl Can't Help It"と"She's Got It"を歌った1956年のミュージカル・コメディ映画のThe Girl Can't Help It(女はそれを我慢できない)はロックンロール歌手が出演した初の映画だったそうです。 ジーン・ヴィンセントは"Be Bop A Lulaを歌い、"Twenty Flight Rock(20フライトロック)"と"Somethin' Else"を歌ったエディ・コクランと共演しました。 共演といっても別撮りのスタジオシーンで二人とも演技をしたわけではなく、ジーン・ヴィンセントを観たさにDVDを買った私はちょっとガッカリ。 しかし1958年にLew Landers(ルー・ランダース)が監督した映画の「Hot Rod Gang」ではジーン・ヴィンセントは演技もした上、"Dance in the Street"、"Baby Blue"、"Dance to the Bop"を歌った他、ジュークボックスでの"Lovely Loretta"も流れたそうです。(残念ながら日本未公開でした。)
映画といえば、ジーン・ヴィンセントは出演していませんが、「Iron Man(アイアンマン)」のロバート・ダウニー・ジュニアが主演したフィフティズの音楽がいっぱいの探偵映画「The Singing Detective(歌う大捜査線)」でジーン・ヴィンセントの"Woman Love"、"Important Words"、"In My Dreams"が使用されました。
Gene Vincent and His Blue Caps- Dance in the Street in "Hot Rod Gang"- YouTube
Gene Vincent and His Blue Caps- Baby Blue in "Hot Rod Gang"- YouTube
Gene Vincent and His Blue Caps- Dance to the Bop - YouTube

ジーン・ヴィンセントの代表曲である"BeBop-a-Lula"が聴けるGene Vincent - LivinBlues(サイトの一番下にあるMP3タイトルをクリック、ファイルは大きいのでダウンロードに時間がかかり、ブラウザがFirefoxでは聴けるがGoogle Chromeでは聴けない。)
Gene Vincent - Blues Stay Away From Me (1956) - YouTube
Gene Vincent - Say Mama (1958) - YouTube
Sexy! Gene Vincent - Women Love (1958)
Gene Vincent - Race With the Devil - YouTube
☆ジーン・ヴィンセントの歌の歌詞はGene Vincent Lyrics (Be-bop-a-lula, etc.) - LyricsTime.com

Gene Vincent Rocks! And The Blue Caps Roll/Record Date
ページトップの画像は、"Say Mama"はないものの、代表曲の"Be-Bop-A-Lula"の他に私の好きな"By The Light Of The Silvery Moon"など全26曲を収録したオリジナルは1956年のアルバムです。
♪ 全曲試聴はGene Vincent Rocks! And The Blue Caps Roll/A Record Date With Gene Vincent - Amazon.com
本当は"Say Mama"と"Be-Bop-A-Lula"と"By The Light Of The Silvery Moon"が収録されているアルバムを見つけたいのです。
この他に類似したアルバムには"Who Slapped John? "、"Jumps, Giggles and Shouts"、"Catman"、"Pretty Pretty Baby"など全24曲を収録した"「Bluejean Bop!/Gene Vincent and the Blue Caps」や、Bluejean Bop 、Be Bop A Lula、Woman Love、Crazy Legs他全18曲を収録した日本では見つからないアルバム「Bluejean Bop!」があります。
※ちなみに「Gene Vincent Rocks! 」のCDカバーの画像はオリジナルのLPレコードでは左上の画像のみが使用されたレコードですが、このCDは2枚の写真を使用しています。 オリジナルと同じの左上画像は私が持っているシングルEP盤の「ビ・バップ・ア・ルーラとウーマン・ラヴ」のジャケット画像に使用されたものでもあり、右下の写真は「セイ・ママと銀色のお月さま(By the Light of the Silvery Moon)」のEPレコードジャケットと同じです。
※ジーン・ヴィンセントのオリジナルLPレコードは3枚リリースされたそうで前述のBLUE JEAN BOP!、1957年のGene Vincent and the Blue Caps、1958年のGENE VINCENT ROCKS! AND THE BLUE CAPS ROLLだそうです。

「Capitol Collectors Series」 は私の好きな"By The Light Of The Silvery Moon"が入ってないのが残念ですが、代表曲のBe Bop A Lulaはもちろん、Say MamaやWoman Loveの他にBluejean BopやCrazy Legs、B-I-Bickey-Bi, Bo-Bo-Goなど全21曲を収録した1990年リマスター盤です。
♪ 全曲試聴はCapitol Collectors Series - Amazon.com
"By The Light Of The Silvery Moon"以外のヒット曲を網羅したドイツEMI輸入盤2枚組みアルバムには2005年リリースの「Very Best of Gene Vincent」があります。(CD画像はジーン・ヴィンセントとブルーキャップス)
試聴はVery Best of Gene Vincent - Amazon.com

Gene Vincent Biographies
いづれが真実かはジーン・ヴィンセント本人以外には分かりませんが、何冊かのジーン・ヴィンセント伝記が出版されています。
2004年出版のハードカバ本の「Gene Vincent and Eddie Cochran: Rock 'N' Roll Revolutionaries」
2000年に出版されたハードカバー本の「Race with the Devil: Gene Vincent's Life in the Fast Lane」
1983年に出版されたBritt Hagarty(著)の英語版ペーパーバックの「The Day the World Turned Blue」

Gene Vincent - Say Mama (Rebel Heart 1956-1971) - Rádio UOL
(Album includes 1956 - Hound Dog, Be-Bop-A-Lula
1965 - Bluejean Bop, Last Word in Lonesome Is Me, Pretty Girls Everywhere, Dance to the Bop, Be-Bop-A-Lula
1966 - Lonely Street, Lonely Street(Alternate)
1967 - Spoken Message
1968 - Rainyday Sunshine, Green Grass, Mister Love, Roll Over Beethoven
1969 - Rocky Road Blues, Say Mama, Pistol Packin' Mama, Be-Bop-A-Lula
1971 - Sunshine, Lonesome Whistle, Maybellene, Whole Lotta Shakin' Going On, Woman Love, Be-Bop-A-Lula, Bring It on Home, Rose of Love, Hey Hey Hey Hey, and Party Doll)


Get Smart [Original Motion Picture Soundtrack]
Get Smart Soundtrack
Steve Carell as Maxwell Smart & Anne Hathaway as Agent 99
Missed it by that much!

ゲット スマート 2008年
監督のPeter Segal(ピーター・シーガル)が今は亡き、可笑しな、おかしな元祖"スマート"のDon Adams(ドン・アダムス)に捧げるアクション・コメディ映画です。 日本では2005年の「The 40-Year-Old Virgin(40歳の童貞男)」で広く知られるようになったSteve Carell(スティーヴ・カレル)がAgent 86のMaxwell Smart(マクスウェル・スマート)役で主演する他、The Devil Wears Prada(プラダを着た悪魔)のAnne Hathaway(アン・ハサウェイ)が伊達に可愛いだけじゃなくスマートの有能な参謀役の必殺スパイのAgent 99(エージェント"99")を演じます。 そしてその数字が示すようにアンラッキーなAgent 13(エージェント"13")をThe Life Aquatic With Steve Zissou(ライフ・アクアティック)のコメディアンのBill Murray(ビル・マーレイ)、マクスウェル・スマートがタグチームを組みたがっていた勇敢な1.94m巨漢エージェント"23"には2005年のBe Cool(ビークール)にも出演したDwayne Johnson(ドゥエイン・ジョンソン)が演じる他、マクスウェル・スマートのチーフには1967年のWait Until Dark(暗くなるまで待って)で不気味で冷酷な麻薬犯罪人を演じた演技派のAlan Arkin(アラン・アーキン)、バイオリンも嗜む犯罪組織のKAOS(カオス)の長で世界に脅威をもたらすデッドパンなSiegfried(ジーグフリード)役として2005年のElektra(エレクトラ)にも出演したベテラン英国俳優のTerence Stamp(テレンス・スタンプ)も出演します。(なんたってエージェント"23"よりドデカイ2.2mのインド人のプロレスラーDalip Singh(ダリップ・シン)が演じる手下がいる) そしてなんと!大統領を演じているの1990年の「Misery(ミザリー)」で狂気の女性ファンにひでえ目にあった人気作家を演じたJames Caan(ジェームズ・カーン)です。 60年代にオリジナルをご覧になっていない方は、よりもっと真面目くさって、もっとドジを連発するスティーヴ・カレルのマクスウェル・スマートをお楽しみに!
Missed it by that much! スマート氏のきめ言葉であって、この映画のことではありませんよ。

Steve Carell and Anne Hathaway in Get Smart (2008)
ABBAを聞きながら諜報機関の分析官であるマックスがコントロールの会議に出席するためにスミソニアン博物館内に入る。 ここは冷戦時代の諜報機関「コントロール」の遺物も陳列されている。(後でこれらは時代物につき使用不可能と判明) 博物館の地下にあるいくつもの秘密の扉を通って最後は電話ボックスでシュート!(後で池の中の水鳥がスイッチになっている本部への入り口も登場) まだ存在していたコントロールのヘッドクォーター(本部)に到着。 なんであんなヤツがエージェンシーなんだ?とメンバーや受付嬢にまで見下されているエージェントになれないマックス。 そこにさっそうと胸をはだけて登場したのがダンゼンかっこいいエージェント"23"。 万来の拍手で迎えられる。 ヒューヒュー!

外で犬としょぼくれた会話をした挙句に美女にアタックされたマックスが本部に戻ると、何か変! 本部は敵に襲われ全エージェントの身元が敵に知られてしまった。 そこでお茶をひいていたマックスがチーフから出動を命じられた。 エージェントのエージェント昇格試験も過激、消火栓も武器にしてやっつけたと思えば、ありっ、チーフ! エージェントに取り立てられたマックスは"86"として先ほどの凶暴美女のエージェント"99"を相棒としてシーグフリードの陰謀を阻止せんとロシア行きの機上の人となるマックス、元デブと整形美人。 その飛行機にはターバンの大男、この男は後ほどの空中大接戦に参加、金的蹴りには滅法強いが美女のチューには弱かったンスク。 ガムとガン(銃)の聞き違いから取り押さえらたマックスはその縛られた両手をほどこうと、出ましたンスク!新スパイ機器! さあ、始まったマックスの珍道中、いやスパイ大作戦やいかにンスク!
※Yellow Cake Uranium 耳の遠い私は"イランのイエローケーキ"と聞き違えてしまったが、どうやらYellow CakeとはU3O8らしい。(nuclear yellow-cake uranium)。 核に使用するには、まずウランの天然鉱石を粗精錬して酸化ウランを抽出するらしいがその工程で作られる産物のことだそうだ。(ん、やはり分らん)

Get Smart (2008) Trailer
この「ゲット スマート」ではダンスや赤外線突破などちょっとセクシーなアン・ハサウェイが演じるエージェント"99"のチラリ!も観られる2種類の予告編は「Get Smart」のオフィシャルサイトで!
Get Smart Movie - WarnerBros.com
Get Koukinobaaba!
上記のオフィシャルサイトで左下のENTER SITEからクリックで扉を開いたら下の"メニュー"にマウスを当てて下から3番目の"Become An Agent"を選んでみましょう。
エージェントがいっぱい見えますから、マウスをあてると格闘ボーズを取ります。 誰かをクリックするとエージェントのIDが表示されます。 右上の×で消したら次をクリック! 上下左右の三角で画面が広がります。 Controlサイドのスパイになった私を探して! ヒントは手にアタッシュケース、現在2万人のエージェントの中からkoukinobaabaを探した方にはプレゼントあり!
※日本の「ゲット スマート」のオフィシャルサイト
ゲット スマート WarnerBros.co.jp
アメリカでは2008年6月に公開されましたが、日本では2008年の10月頃に公開だそうです。 ラスト近くまでは緊迫感に欠ける「ゲット スマート」ですが、秋には日本中が笑い転げること、間違いない!

Get Smart (2008) Soundtrack
ページトップの画像は日本で発売されている2008年の「ゲット スマート」のサウンドトラックです。
映画音楽は2007年の「National Treasure: Book of Secrets(ナショナル・トレジャー)」に続いてTrevor Rabin(トレヴァー・ラビン)のモダンな作曲で、1960年代のTVスパイ映画、オリジナル「ゲット スマート」さながらの曲ですが、敵のジーグフリードはクラシックを嗜むからか1989年のDead Poets Society(いまを生きる - 死せる詩人の会)でも使用されたLudwig van Beethoven(ベートーベン)の"Symphony No. 9 - Ode to Joy(第九)"がこの映画では爆弾が反応する音楽として使用されています。 コンサートを止めて!
♪映画を思い出したい方かトレヴァー・ラビンのファンの方にはお勧めの「ゲット スマート」のサウンドトラックの試聴はGet Smart Soundtrack - Amazon.com

映画のなかでは多様なジャンルの曲も使用されていて、冒頭のABBA(アバ)の"Take a Chance on Me"やエンディングのChristina Aguilera(クリスティナ・アギレラ)の"Ain't No Other Man"をはじめ、Madonna(マドンナ)がJustin Timberlake(ジャスティン・ティンバーレイク)をフィチャーした"4 Minutes"、ロシアの舞踏会でマックスたちが踊った1951年の映画「Anna(アンナ)」の主題歌で有名な"El Negro Zumbon"をビッグバンドのLes Brown & the Band of Renown(レス・ブラウン・アンド・ザ・バンド・オブ・レナウン)で演奏)などや、Ella Rouge - Hey Come Over
ABBA - Take a Chance on Me
Christina Aguilera - Ain't No Other Man
Madonna ft. Justin Timberlake - 4 Minutes

Get Smart (2008) DVD & Blu-ray
2009年3月にリリースされる「ゲット スマート」のDVD
ゲット スマート 特別版(2枚組) [DVD]
Get Smart (2008)
Get Smart (Blu-ray)
上記のリンクは2008年リリースのブルーレイです。

☆ Audio-Visual Trivia 内の2005年のスティーブ・カレルのコメディ映画は40歳の童貞男 The 40-Year-Old Virgin
アカデミーのレッドカーペットの衣裳合戦ではスパンコールが素敵なアルマーニの白いドレスでピカイチのベストドレッサーだったアン・ハサウェイが出演したファッション映画はThe Devil Wears Prada(プラダを着た悪魔)

Anne Hathaway
2001年のThe Princess Diaries(プリティ・プリンセス)で清純なイメージを印象づけたアン・ハサウェイは「ゲット スマート」ではちょっとセクシーで意外と思いきや、日本未公開でしたが2005年の「Havoc(裸の天使)」ではお嬢さま役から脱皮を図ってかなり大胆なヌードシーンやベッドシーンを演じていました。 その後、ふたたび「プラダを着た悪魔」で真面目なキャリアガールを演じたのでした。 「ゲット スマート」の後は2009年のコメディ映画Bride Wars(ブライド・ウォーズ)でKate Hudson(ケイト・ハドソン)と共演します。


Original "Get Smart" by Don Adams
Get Smart with Don Adams
Get Smart: Season 1 (4pc) (Std Rmst Rstr)

Missed it by that much!
Missed it by that much人気TVシリーズだったオリジナルの「Get Smart(それ行けスマート)」は1965年から1970年に放映された悪や腐敗から世界を守る任務を遂行せんとひたすら闘ったスパイトリオの茶番劇、いやいや、世界一ドジな諜報員のマクスウェル・スマートのぶ、ぶ、武勇伝でした。 当時人気のスパイ映画だったJames Bond(ジェームス・ボンド)やクルーゾー警部が活躍するPink Panther(ピンクの豹)をもじって脚本家のBuck Henry(バック・ヘンリー)とパロディ映画のMel Brooks(メル・ブルックス)が作ったコメディシリーズです。
諜報機関ではお呼びでなかったスマートは身元がばれていないということでやっと出番となりました。 スマートが一緒に諜報活動をしたいと思っていた頼りになるエージェント"23"ではなく、コンビの相手は女スパイのエージェント99だったのです。 がっかりするスマートですがエージェント99はもっと不安。 真面目な顔付きなんて見たことがないほど、突飛な表情やジェスチャーが特徴でちょっと鼻にかかった声のドン・アダムが主演しましたが、ハンサムでスマートなJames Bond(007ジェームス・ボンド)とは程遠く、まるでパロディのようなドタバタ喜劇でした。
「それ行けスマート」に登場した主な三人は、とてもスマートとはいえないMaxwell Smart(スマート)ことAgent 86をDon Adams(ドン・アダムス)、スマートとは後にノミの夫婦となる恋人だが本名はぜったいに明かされないAgent 99はBarbara Feldon(バーバラ・フェルドン)、"Sorry 'bout that, chief"を連発するスマートのヘマにも寛容なチーフにはEdward Platt(エドワード・プラット)で、彼らはKAOS(悪の犯罪組織、冷戦当時は共産圏)を敵とみなすControl(コントロール)と呼ばれるトップシークレットの合衆国政府諜報機関のスパイなのです。 そうそうチーフの忠実なペットでラブラドールとプードルの混血犬(Labradoodle)のFang(ファング)を忘れちゃいけません。 犬だって"K-13"というれっき(歴)としたコードネームがあるんです。 潜伏するときの名はMorris(モリス)というそうで、スマートの窮地をいくどとなく救ってくれたのです。 ですがあまり名犬ともいえなかったファングが引退した時にチーフが証拠隠滅のために暗殺したとか。(うっそ!)
ファングとスマート夫妻の写真が見られるオリジナル「ゲットスマート」の写真集はMax and 99 Pictures - maxand99.com
諜報員はコントロールが敵とするKAOSのジーグフリードやMr. Big(ミスター・ビッグ)と呼ばれる小男や、爪楊枝での爪拷問で脅すClaw(鉤爪)という中国人などと戦います。 おっちょこちょいでツキに見放されたようなスマートですが、臭いShoe-Phone(靴型電話)やWatch-Phone(腕時計電話)などの新スパイ用機器を駆使してして漫画のような敵どもと対決して何とかやっつけるのです。 貴方もiPhoneじゃなくて、シュー・フォン、お一つ如何?
Maxwell Smart with Shoe-Phone & Watch-Phone - YouTube
Catchphrases Then and Now - Missed it by that much! - NYTimes.com(registration req'd)
Get Smart - TV First Season Theme - 1965 - YouTube

Don Adams (1923-2005)
オリジナルのマクスウェル・スマートを演じたドン・アダムスはハンガリア系ユダヤ人の父とアイルランドとオランダ系の母を持つカルフォルニア出身のアメリカの喜劇俳優です。 芸能界へのきっかけは1954年にArthur Godfrey(アーサー・ゴッドフリー)のTalent Scouts(タレント・スカウト・ショウ)で優勝したことからだそうです。 1965年から1970年に放映されてテレビの人気シットコムの一つとなったGet Smart(それ行けスマート)で一躍人気者となりエミー賞も受賞しています。 おとぼけ顔で早口に可笑しなセリフを連発するドン・アダムスは誰でもが簡単に真似できる"Missed it by that much!"なども流行らせました。(意味は?"もうちょっとのとこだった" ちょっと失敗?どんだけー!こんだけ。) 3度の結婚で7人の子供に恵まれましたが、第二次世界大戦のガダルカナルでの負傷から黒水熱(熱帯熱マラリア)にかかり九死に一生を得た経験もあり、晩年は骨リンパ腫との闘病から肺感染症を併発して82歳で亡くなったそうです。

"Get Smart" Tiger
「それ行けスマート」のオリジナルのエピソードで最初の頃にドン・アダムスが乗っている赤いオープンカーはフォード社のV型8気筒エンジンのスタンダードとなった1965 Sunbeam Tiger Mark I(1965年型サンビーム・タイガーのマーク・ワン)だそうです。 V6高級車(直列6気筒)のShelby(シェルビー)ではありませんゾ。 フォードの他にもVolkswagen(フォルクスワーゲン社)のKarman Ghia(カルマンギア)や1970年代の代表的スポーツカーのOpel GT(オペルGT)なども登場したそうです。(えー、車のことは全く分かりません。)
Get Smart TV opening theme - YouTube
Get Smart TV closing theme - YouTube

Don Adams' "Get Smart" DVD
上記の画像は2008年に発売になった1965年のドン・アダムスのオリジナル「Get Smart: Season 1(それ行けスマート)」のシーズン 1"の4枚ディスクセット英語リマスター版DVDだそうです。(輸入盤ですがリージョン1です。)
下記は60年代のドン・アダムス主演の「それ行けスマート」が1989年にリバイバル放映されたTVドラマのDVDで2003年の英語版です。
Get Smart Again! 1989
Get Smart Again (1989)Get Smart, Again!
Get Smart Again - YouTube
※海外版DVD(英語)では「Get Smart (1995): Complete Series (Full Dub Sub)(それ行けスマート/世界一の無責任スパイ)」が1995年にオリジナルTVと同じメンバーで2008年にリリースされているそうです。(ASIN: B00166648)

Nude Bomb
The Nude Bomb with Don Adams「ゲット スマート」シリーズでは後にスマート夫人を演じたBarbara Feldon(バーバラ・フェルドン)が出演しなかったドン・アダムス主演の映画には1980年のThe Nude Bomb(0086笑いの番号)という映画があったそうです。(VHSビデオのみ販売) このふざけた映画のポスターを手掛けたのは有名なデザイナーのBill Gold(ビル・ゴールド)で青いウエットスーツの胸ジッパーを開けておっぱいの辺りに銃を手にしたスマート氏が顔を出している画像です。
爆発するとオールヌードになる爆弾で世界を破滅させようとする悪の組織KAOSのSauvageとそうはさせじとするコントロールのスマートが闘う「0086笑いの番号」には1982年に「Sharky's Machine(シャーキーズ・マシーン)」に出演したイタリア俳優のVittorio Gassman(ヴィットリオ・ガスマン)が悪者役で登場しています。 この作品は興行成績も振るわず1981年のラジー賞にノミネートされたほどで、刺激的なヌード爆弾というタイトルをテレビ放映用に「The Return of Maxwell Smart」に変更したといわれています。 セクシー路線だからか、なんと「Emmanuelle(エマニエル夫人)」のSylvia Kristel(シルヴィア・クリステル)が"Agent 34"として出演しています。 他にも可愛い子ちゃんスパイが出演しているので「Nude Bomb」ではあまりパッっとしなかったシルヴィア・クリステルでしたが赤いスーツで格闘します。 この後クリステルは1985年にMata Hari(魔性の女スパイ)に出演しその時のコードネームは"H 21"です。
スマート夫人の代わりにエマニエル夫人だなんて! スマートさんよ、あんたも好きねぇ。 Missed it by that much!
Sylvia Kristel in The Nude Bomb
(残念! 赤いボデコンスーツで敵と戦うシルヴィア・クリステルの出演シーンは削除されたようです。)
The Nude Bomb 1980 - YouTube
The Nude Bomb Trailer (1980) - YouTube

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