August 2008 Archives



Lee Morgan with Dizzy Gillespie
リー・モーガンといえばハード・バップのトランペッター!
若干18歳にして1956年にDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)のビッグバンドに参加したそうですが、その年にはClifford Brown(クリフォード・ブラウン)が急死しています。 ハードバップのトランペッターには、Kenny Dorham(ケニー・ドーハム)やArt Farmer(アート・ファーマー)、Miles Davis(マイルス・デイヴィス)やFreddie Hubbard(フレディ・ハバード)、ウエストコーストですがConte Candoli(コンテ・カンドリ)やChet Baker(チェット・ベイカー)などたくさんいます。 炸裂するようなリー・モーガンのトランペットの音色はマイルス・デイヴィスとは全く異なりますが、先輩のディジー・ガレスピーに倣った奏法で、クリフォード・ブラウンの再来と言われたこともあることからクリフォードとはかなり近いのかもしれません。 1950年代中期から1960年代中期までバップがモダンジャズの代名詞だった頃、バップ好きだった私がよく耳にしたリー・モーガンのトランペット演奏は青春時代を思い起こさせるジャズメンの一人です。(当時のLee Morganの日本語表記はリー・モルガンでした。) 1956年のディジー・ガレスピーとのセッション盤でのメンバーはトランペットがリー・モーガンの他、同じく曲がったトランペットのディジー・ガレスピー、アルトサックスが若死にしたErnie Henry(アーニー・ヘンリー)、テナーサックスは"I remember Criford"を作曲したBenny Golson(ベニー・ゴルソン)、ピアノがディジー・ガレスピーの「Birk's Works」の吹き込みに参加していたWynton Kelly(ウィントン・ケリー)とトロンボーンのAl Grey(アル・グレイ)、ベースはBilly Eckstine(ビリー・エクスタイン)とも共演したPaul West(ポール・ウエスト)などです。
ドラムがPhilly Joe Jones(フィリー・ジョー・ジョーンズ)でピアノがHorace Silver(ホレス・シルヴァー)というリー・モーガンのデビュー盤は1956年の「Lee Morgan Indeed!」だそうですが、残念ながら私は聴いたことがなかったのでLee Morgan Indeed! - Amazon.comで試聴してみたら、なるほど、バラードのThe Lady以外は弾けています。

Lee Morgan without Dizzy Gillespie
リー・モーガンといえばガレスピーのムード!
Dizzy Atmosphere
Dizzy Atmosphere by Lee Morganリー・モーガンが初期に参加したバンドのディジー・ガレスピーは「Dizzy Atmosphere」というアルバムを1957年にリリースしていますがリー・モーガンも同名アルバムをリリースしました。 なんとこの時、リー・モーガンは18歳だったそうです。 ガレスピーのムードで演奏したこのアルバムは「ディジー・アトモスフェア」というタイトルになっていますが南米公演をしていたらしいガレスピーは参加していませんし、タイトルの曲「Dizzy Atmosphere」も収録していません。 演奏メンバーはトランペットのリー・モーガンと当時のガレスピーバンドのメンバーでピアノがウィントン・ケリー、トロンボーンはアル・グレイ、ベースはポール・ウエスト、ドラムはチャーリー・パーシップ、テナーサックスがBilly Mitchell(ビリー・ミッチェル)、バリトンサックスにはBilly Root(ビリー・ルート)、そしてベニー・ゴルソンがアレンジに加わっています。 このアルバムのオリジナルは1957年のSpecialtyレコードのモノラル録音だそうで、LPレコードのDizzy Atmosphere [12 inch Analog] もあります。
♪リー・モーガンの「Dizzy Atmosphere」の試聴はDizzy Atmosphere - Amazon.com


Lee Morgan with Art Blakey and The Jazz Messengers
リー・モーガンといえばジャズメッセンジャーズ!
Au Club St Germain 1958 Vol.2
Art Blakey & Les Jazz Messengers Au Club St Germain私が始めて弾けるようなトランペットの音を聞いたのがアート・ブレイキー楽団でのリー・モーガンでした。 それがお小遣いをはたいて初めて買ったジャズのLPが「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」でした。
リー・モーガンは1956年にアート・ブレイキーが地元のフィラデルフィアに公演に来た時に欠員の代役で参加していますが契約はせずにガレスピーのビッグバンドに参加したそうです。 その1956年に急逝したクリフォード・ブラウンに代わるようにリー・モーガンは1年ちょっとの間に自分名義のアルバムをブルーノートで何枚も録音しています。 1958年にガレスピー楽団を去ったリー・モーガンはArt Blakey & The Jazz Messengers(アート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズ)に参加して1958年の「Moanin'」やサン・ジェルマンのライブ盤「Moanin' With Hazel」などの録音に名を連ねています。 演奏メンバーはドラムがアート・ブレイキー、トランペットがリー・モーガン、テナーサックスがベニー・ゴルソン、ピアノがボビー・ティモンズ、ベースがJymie Merritt(ジミー・メリット)です。
♪ 試聴はMoanin' With Hazel、 Whisper Not、A Night in Tunisia、Blues Marchが収録された類似した2枚組みアルバムのArt Blakey et les Jazz Messengers au Club Saint-Germain - Fnac.com
アート・ブレイキーが1961年に初来日した時の日本記念盤のLPレコードの「Art Of The Jazz Messengers」(VICTOR HP 525)を買った私でしたが、アート・ブレイキーのナイアガラ瀑布はモチロン、イントロのボビー・ティモンズのピアノソロはもちろん、それに続くベニー・ゴルソンのテナーも素晴らしいですが、リー・モーガンのあの炸裂するトランペットソロで「モーニン」は成り立っていると思っています。 来日メンバーはテナーサックスがベニー・ゴルソンからWayne Shorter(ウェイン・ショーター)に代わった他は同じメンバーで、時にリー・モーガンは若干22歳だったそうです。 おそらく麻薬が原因でフレディ・ハバードと交代したのは来日後のことだったようでしたが、1964年から1965年まで再び参加しています。
Lee Morgan with Art Blakey & The Jazz Messengers - Moanin' 1958 - YouTube
※この時期1960年頃がオリジナルという アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズのアルバムでリー・モーガンが弾けている「Like Someone in Love」がすごい。
♪ 試聴はLike Someone in Love - Amazon.com

Lee Morgan plays The Sidewinder
リー・モーガンといえばサイドワインダー!
The Sidewinder
Lee Morgan The Sidewinder1959年にリー・モーガンが作曲し1963年に録音されたハードバップというよりもソウル・ジャズのさきがけとなったThe Sidewinder(サイドワインダー)は予想だにしなかった空前の大ヒットとなりました。 1965年のワールドシリーズ(野球)の間、Chrysler(クライスラー)自動車のキャペーンCMに使用されたほどだったそうです。 アルバムの演奏メンバーはリー・モーガンの他、テナーサックスのJoe Henderson(ジョー・ヘンダーソン)、ピアノがBarry Harris(バリー・ハリス)、 ベースがBob Cranshaw(ボブ・クランショウ)です。 1964年録音のオリジナルのLPのリマスター盤「Sidewinder」にはリー・モーガンのトランペットのアドリブとジョー・ヘンダーソンのテナーソロが聴けるTotem Poleなど全てがリー・モーガンのオリジナル曲だそうです。 他にThe Sidewinder [12 inch Analog] (30cmLP)もあります。
1963年の録音盤がBlue Noteレーベルから1964年にリリースされた時はロック(8ビート)に通ずるところもあったからか、ジャズには珍しくビルボードのチャート上位に入ったそうです。 過去にも"ボデイ・アンド・ソウルという曲がそうでした。 テナーサックス奏者のColeman Hawkins(コールマン・ホーキンス)がアドリブを取り入れた演奏のBody And Soul(身も心も)がチャート入りし、ロックやポップスが主流のジュークボックスでも良く聴かれたそうです。 ボブ・クランショウのベースのイントロが印象的なリー・モーガンの「サイドワインダー」はソーシャル・ミュージック・プラットフォームのLast.fmのチャートでダントツ第一位です。
Attention! Quincy Jones Fontana PAT - 18
私が持っているレコードはクインシー・ジョーンズが初来日した1973年リリースのLP盤で"サイドワインダー"を演奏しています。 1961年には解散してしまったロード・バンド唯一の記録だそうです。

曲のタイトルとなっているSidewinderとは北アメリカ南西部などの砂漠に棲息し、S字に移動するガラガラ蛇のことだそうですが、「卑劣な奴」とか「信用できない奴」という意味もあるそうで、リー・モーガンはTV番組の悪者をイメージして書いたそうです。(Marvel Comics(アメコミ)のTwo-in-Oneという漫画 にはBlack Mambaをはじめキャラクターが毒蛇に関連しているのでQuentin Tarantino(クエンティン・タランティーノ)監督もKill Bill(キルビル)の参考にしたかも。 但し時代が80年代らしいのでリー・モーガンは参考にしていないハズ。)
ところでリー・モーガンのサイドワインダーが流行っていた頃にコンパと呼ばれたカクテルバーがあちこちに現れました。 大きなカウンターがたくさんある広いバーで、カクテルは全部100円でした。 そのバーにあったかどうかは定かではありませんが、ジンとウィスキーとアブサンを混ぜるので飲むとグラグラするEarth Quake(地震)というカクテルの別名が「サイドワインダー」なんだそうです。 私が飲んだことがあったのはとんだ"サイド"つながりでブランデーを使用したSidecar(サイドカー)でした。 サイドカーはカクテルグラスで供されますがサイドワインダーはタンブラーです。
Lee Morgan - The Sidewinder - YouTube


Lee Morgan plays I remember Clifford
リー・モーガンといえばクリフォードの想い出!
Lee Morgan, Vol. 3
Lee Morgan Vol3リー・モーガンは30枚以上の自己名義のレコードを録音していますが、ブルノート時代の3番目のアルバム1957年の"Lee Morgan Vol.3"の中の「アイ・リメンバー・クリフォード」は最も評価が高いといわれています。 このLee Morgan, Vol. 3はオリジナルのリマスター国内盤ですが、LPレコードのLee Morgan, Vol. 3 [Analog] もあります。  このアルバムに収録されているI remember Crifordは当時のバンド仲間だったテナーサックス奏者のベニー・ゴルソンが1956年に急逝したクリフォード・ブラウンを偲んで"I Remember Clifford(アイ・リメンバー・クリフォード)"というバラードを1957年に作曲したそうです。 演奏メンバーはトランペットのリー・モーガンの他、I remember Cliffordの作曲者であるテナーサックス奏者のベニー・ゴルソン、ピアノがウィントン・ケリー、ベースがPaul Chambers(ポール・チェンバース)、ドラムが1959年にフレディ・ハバードをフィーチャーしたバンドを結成したCharlie Persip(チャーリー・パーシップ)、アルトサックスが作曲も手掛けるGigi Gryce(ジジ・グライス)です。
※ベニー・ゴルソンのI Remember CliffordはArt Farmer(アート・ファーマー)との共同名義のアルバム「I Remember Clifford」に収録されています。
♪ 全曲試聴はLee Morgan, Vol. 3 - Amazon.com
I remember Criford - Lee Morgan with Art Blakey and The Jazz Messengers (1958)- YouTube


Lee Morgan plays Tom Cat
リー・モーガンといえばトムキャット!
Tom Cat
Tom Cat by Lee Morganオリジナルは1964年に録音された絶好調のトランペットプレイが聴けるアルバムで印象的な旋律のTom Cat、Exotique、Twice Aroundはリー・モーガンの作曲だそうですが、あまりにThe Sidewinderがヒットしたせいか、このアルバムは1980年までリリースされなかったそうです。 豪華な演奏メンバーはリー・モーガンの他、ドラムのアート・ブレイキー、アルトサックスのJackie McLean(ジャッキー・マクリーン)、トロンボーンのCurtis Fuller(カーティス・フラー)、ピアノはMcCoy Tyner(マッコイ・タイナー)、ベースがボブ・クランショウです。
♪ 全曲試聴はTom Cat - Amazon.com
※Tom Cat [12 inch Analog] (ASIN: B0014KSA0M)もあります。
♪ 1964年録音のブルーノートのアルバム「Twilight Mist」から"Tom Cat"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for Surface Noise with Joe McGasko - July 17, 2008(Tom Catの項目の最後にある3:31:57 (Real)をクリック、前の曲が少々かぶります。)
♪ リー・モーガンが作曲したCeoraがフルで聴けるLee Morgan - MySpace.com


Lee Morgan has composed Desert Moonlight
リー・モーガンといえば月の砂漠!
The Rumproller
The Rumproller by Lee Morganオリジナルは1965年にブルーノートからリリースされたアルバムが1999年にリマスター盤としてEmi Japanから再リリースされたCDです。 演奏メンバーはリー・モーガンの他、テナーサックスにジョー・ヘンダーソン、ピアノにRonnie Mathews(ロニー・マシューズ)、ベースがVictor Sproles(ヴィクター・スプロールズ)、ドラムがBilly Higgins(ビリー・ヒギンズ)。 "Sidewinder"を作曲したリー・モーガンは他にも1965年にCeora、Cornbread、Ca-Lee-So、The Gigolo, The Double Up、1966年にDelightfuleeやZambiaなども作曲しているそうです。 そしてこのDesert Moonlight(月の砂漠)もですって! Desert Moonlightがリー・モーガンの作曲という記述をみかけますが、リー・モーガンのディスコグラフィーではDesert Moonlightの作曲者の項目にはちゃんとS.Sasakiと書かれています。 作曲ではなくてリー・モーガンが編曲したということでしょう。 日本では童謡として有名な「月の沙漠」は叙情画家で詩人の"加藤まさを(Masao Kato)"が1923年(大正12年)に少女雑誌に挿絵付きで発表した詩であり、後から"佐々木すぐる(Suguru Sasaki)"が曲をつけたとされています。
ハードバップのアルバムのなかではThe Ladyもバラード調ですが、「月の砂漠」は珍しい叙情的な曲となっています。 タイトル曲となっている"The Rumproller(ランプローラー)"は"The Sidewinder"とRamsey Lewis(ラムゼイ・ルイス)の"The in Crowd"をミックスしたような曲ですが、当時ブルーノートにいたピアニストのAndrew Hill(アンドリュー・ヒル)が作曲した曲で、収録曲のうち"Eclipso"がリー・モーガンの作だそうです。 演奏メンバーはリー・モーガンの他、ドラムのBilly Higgins(ビリー・ヒギンズ)、テナーサックスがウェイン・ショータとジョー・ヘンダーソン、素晴らしいピアノがRonnie Matthews(ロニー・マシューズ)です。
Desert Moonlight - Lee Morgan - YouTube


Candy
リー・モーガンはファンキーやソウルだけじゃない!
Candy
Candy by Lee Morganオリジナルの録音は1957年という「キャンディ」にはアルバム・タイトル曲となっているCandyの他、Frank Sinatra(フランク・シナトラ)の歌でお馴染みのAll The Wayや、蕩けそうにブルージーなSince I Fell For Youなどロマンティックなジャズ・スタンダード曲を収録しています。 センチメンタルでスローなジャズも聴きたい気分の時にはうってつけのアルバムとはいえ、そこはリー・モーガン、感傷的とはわけが違い、やはりファンキー!です。 演奏メンバーはSonny Clark Trio(ソニー・クラーク・トリオ)で、ピアノがソニー・クラーク、ベースがDoug Watkins(ダグ・ワトキンス)、ドラムがArt Taylor(アート・テイラー)で、トランペットのリー・モーガンを入れてのカルテットとなっています。
※LPレコードの「Candy [Analog] 」もあります。
♪ 試聴はCandy - Amazon.com
☆Since I Fell For Youは2006年にリリースされたBlue Note Recordsのアルバム「Music For Lovers 」にも収録されています。
♪ 試聴はMusic For Lovers - Amazon.com


Here's Lee Morgan
1956年からブルーノートでリー・モーガンが吹き込んだリー・モーガン名義のアルバムはゆうに25枚はあったそうですから、Vee-JayやRouletteレコードなどのセッション盤を入れるとどのくらいになるのでしょうか。
☆ページトップの画像は2002年にリリースされたハードバップの国内盤の「ヒアズ・リー・モーガン」(ヒアズ リー モーガン+5)ですが現在は入手不可になっているのでリンクは2004年発売の輸入盤にしてあります。 オリジナルは1960年のモノ録音の「Here's」で演奏メンバーはリー・モーガンのトランペットの他、ドラムがアート・ブレイキー、ピアノがウイントン・ケリー、ベースがポール・チェンバース、そしてテナーサックスがCharles Mingus Sextet(チャーリー・ミンガスセクステット)に参加したClifford Jordan(クリフォード・ジョーダン)です。 収録曲はリー・モーガンの最初の作曲である"Terrible "T"(テリブル"T")"と"Mogie(モギー)"の他、私の好きなバラードの"I'm a Fool to Want You(アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー)"、"Running Brook(ランニング・ブルック)"、"Bess(ベス)"がそれぞれ2テイクづつと"Off Spring(オフ・スプリング)"が収録されています。
♪ 試聴はHere's lee morgan - Amazon.com

Nutville
ちなみにページトップで聴けるのはHorace Silver(ホレス・シルヴァー)が作曲した有名な"Nutville"ですが、オリジナルはリー・モーガンが作曲したのだとか。 ドラマーのBuddy Rich(バディー・リッチ)の代表的ともなっていることですから編曲したということでしょうかね。 "Nutville"が収録されてるアルバムで現在入手できるのは2枚組みCD「Monday Nights At Birdland - Complete Recordings」(ASIN: B001Q1PQQK)、もしくは「Monday nights at Birdland - Complete recordings April 1958」です。 演奏メンバーはトランペットがLee Morgan(リー・モーガン)、トロンボーンがCurtis Fuller(カーティス・フラー)、テナサックススがHank Mobley(ハンク・モブレイ)、バリトン(テナー)がBilly Root(ビル・ルート)、ピアノがRay Bryant(レイ・ブライアント)
全曲試聴はMonday nights at Birdland - Complete recordings April 1958 - Fnac.com

Midnight Cowboy
ブルーノートから1951年にリリースされたリー・モーガンEP(45回転)シングル盤に「LeeMorgan:Midnight Cowboy」があります。 1961年の映画「Midnight Cowboy(真夜中のカーボーイ)」のJohn Barry(ジョン・バリー)が手掛けた物悲しいテーマ曲とB面はPopiが収録されているそうですが、ベースにRon Carter(ロン・カーター)が参加しています。 LPには未収録なので中古でもヴィンテージ価格の1万円近くします。 現在は「100シリーズ」の第1弾で人気の6枚組みジャズのコンピレーション・アルバムの「ベスト・ジャズ100 プレミアム」(HQCD)でDISC 4の12番目に収録されています。

Last Chorus
1957年に若くして急逝したアルトサックス奏者のErnie Henry(アーニー・ヘンリー)のアルバム「Last Chorus」にリー・モーガンもフィーチャーされています。 このアルバムにフィーチャーされている演奏メンバーは、トランペットがリー・モーガンとケニー・ドーハムの他、テナーサックスがベニー・ゴルソン、ベースがポール・チェンバース、ピアノがウィントン・ケリーとKenny Drew(ケニー・ドリュー)、ドラムがPhilly Joe Jones(フィリー・ジョー・ジョーンズ)、トロンボーンのMelba Liston(メルバ・リストン)そしてセロニアス・モンクなどです。

City Lights
このページに記載のない1957年に19歳のリー・モーガンがリーダーをつとめたブルーノート時代のハードバップ・アルバム「City Lights」については音楽ブログ「♪誰が聞くのか?」 ♪のLee Morgan(リー・モーガン)のCity Lights(シティー・ライツ)をご覧下さい。 バップセッションというよりも50年代後期のフランス映画のサントラみたいです。


Lee Morgan died at Slug in 1972
リー・モーガンが死亡したのは自動車事故でも病気でもありません。 ニューヨーク外れのEast Villageにあるライブも行われるジャズ・クラブ"Slugs(スラッグス)"に出演した時に内縁の妻に撃たれたのだそうです。 1972年、時にリー・モーガン34歳だったそうです。 麻薬より女の嫉妬の方が危険な場合あり。
※ちなみにアヴァンギャルド・ジャズのAlbert Ayler(アルバート・アイラー)のアルバムに「Slug's Saloon - May 1, 1966」というSlugsでのライヴ盤があります。

Lee Morgan & Soundtracks
Les Liaisons dangereuses (1959)
リー・モーガンがサウンドトラックに参加したフランス映画には、1959年にRoger Vadim(ロジェ・ヴァディム)が監督した「Les Liaisons dangereuses(危険な関係)」やEdouard Molinaro(エドゥアール・モリナロ)監督の「Des Femmes Disparaissent(殺られる)」があります。 これらの映画のサウンドトラックを担当したのがアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャースでしたからリー・モーガンのトランペットが聴けます。 「危険な関係」のテーマ曲の"No Problem(危険な関係のブルース)"は日本でも流行りました。 フランスのサックス奏者のBarney Wilen(バルネ・ウィラン)の他はピアノがThelonious Monk(セロニアス・モンク)やDuke Jordan(デューク・ジョーダン)、ベースがSam Jones(サム・ジョーンズ)に加え、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャースのドラムのKenny Clarke(ケニー・クラーク)、ピアノのBobby Timmons(ボビー・ティモンズ)、ベースがジミー・メリットでした。
映画「危険な関係」と「危険な関係のブルース」についてはAudio-Visual Trivia内のLes Liaisons Dangereuses
Get Shorty (1995)
「ゲット・ショーティ」はこの映画でゴールデングローブ賞の最優秀主演男優賞を獲得したJohn Travolta(ジョン・トラボルタ)がヤクザ金融の取立て屋ながら映画界参入を夢見るChili Palmer(チリ・パーマー)を演じた犯罪コメディです。
Leeway
Leeway by Lee Morgan映画「ゲット・ショーティ」ではBooker T. & the MG's(ブッカーT)やHerbie Mann(ハービー・マン)等と共にリー・モーガンのThe Lion and the Wolffが使用されています。 The Lion and the Wolffというタイトルはブルーノート(レコード会社)を設立したAlfred LionとFrancis Wolffからとったようです。 The Lion and the Wolffは「ゲット・ショーティ」のサントラには収録されていませんがオリジナルが1960年の「Leeway」というアート・ブレイキーとのハードバップ・アルバムに収録されています。 演奏はドラムのアート・ブレイキーの他、アルトサックスのジャッキー・マクリーン、ピアノのボビー・ティモンズ、ベースのポール・チェンバースです。
映画「ゲット・ショーティ」についてはAudio-Visual Trivia内のGet Shorty
Unaccompanied Minors (2006)
ワーナー・ブラザーズ・ピクチャーズ配給で、Paul Feig(ポール・フェイグ)監督のクリスマス用のお子ちゃま冒険コメディではサウンドトラックにLet It Snow, Let It Snow, Let It Snowのようなクリスマスソングの他に、B.B. King(BBキング)のPlease Come Home for Christmasや、リー・モーガンのThe Sidewinderが使用されたそうです。 せっかくリー・モーガンのサイドワインダーが使用されたのに、この日本未公開のクリスマス映画はラジー賞に類似したStinkers Bad Movie Awards(第29回スティンカーズ最悪映画賞)で2006年の「最悪のクリスマス映画」と「子役の最悪な芝居」の部門で受賞してしまいました。
※それにしても映画のサントラでリー・モーガンの曲が使用されないのはなぜでしょうか。


Il simbolo di un nuovo tipo di sex appeal: Catherine Spaak
Catherine Spaak in 60s

La giovane attrice: Catherine Spaak
眩しく輝く太陽のもとにスレンダーな肢体を惜しげなく披露して歌って踊る可愛いイタリア映画の新星に目を見張った1960年代、ベルギー出身のフランス女優であるカトリーヌ・スパークとの出会いはもちろん日本での映画デビュー作品の「17才よさようなら(十七歳よさようなら)」でした。 イタリア語で"甘い欺き"という意味の"Dolci Inganni"はAlberto Lattuada(アルベルト・ラトゥアーダ)が監督した処女喪失映画で、"第二のジャクリーヌ・ササール"としてカトリーヌ・スパークがデビューしたのです。(フランス語のタイトルは"Les Adolescentes") しかし長髪のイタリア女優のJacqueline Sassard(ジャクリーヌ・ササール)と違う点は、イタリア映画界で活躍したフランス女優のカトリーヌ・スパークは脱ぎまくることでしょうか。 大物脚本家のCharles Spaak(シャルル・パーク)のお嬢さんなんだし、なんでそんなに脱ぐのか?歳を取るごとに脱いでいく。 スタイル抜群で長い手足のカトリーヌ・スパークを存分に鑑賞する映画が殆どで「17歳よさようなら」以外に私が特に感銘を受けたりする作品はないのですが、イタリア映画全盛期の1960年代の青春のワンシーンとしてカトリーヌ・スパークの何本かの映画は脳裏に焼きついています。

I Dolci inganni (1960)
白黒のイタリア映画「17才よさようなら」では、ローマに住むブルジョワ階級のお嬢さまのFrancesca(フランチェスカ)を演じたカトリーヌ・スパークがとても可愛くてそのファッションにはちょっと憧れました。 「17才よさようなら」は純情だけど快活な17歳のフランチェスカが憧れていた中年の建築家のエンリコに処女をくれてやるストーリーですが、何でそんなことをするのか納得できず、いつもは熟女を相手にしているセクシーで男前のChristian Marquand(クリスチャン・マルカン)も据え膳を喰ったこの時ばかりは「こんにゃろめ!」と首を絞めてやろうかと思いました。(映画と現実を混同してはいけませんがそれほど純情可憐なカトリーヌ・スパークでした。) 本物の大人の恋を期待して報われぬ愛に落胆して、あげて良かったのか悪かったのか、カトリーヌ・スパークの処女喪失の後、ジュークボックスからイタリア語で"さようなら"を意味する"Arrivederci(アリベデルチ)"が切なく流れました。 さようなら。 十代の恋への教訓です。
アルベルト・ラトゥアーダ監督は1951年にイタリアグラマー女優のSilvana Mangano(シルヴァーナ・マンガーノ)やRaf Vallone(ラフ・ヴァローネ)が出演したAnna(アンナ)や、1957年にジャクリーヌ・ササールがデビューしたGuendalina(芽ばえ)などを監督しています。
クリスチャン・マルカンをと思ったのですが、ジゴロのレナートを演じたJean Sorel(ジャン・ソレル)とフランチェスカを演じたカトリーヌ・スパークのラブシーン写真が見られるI dolci inganni Photos - FILM.TV.IT
カトリーヌ・スパークが可愛い「17才よさようなら」の写真が見られるDolci Inganni Photos - Intramovies


Arrivederci - TOP RANK 1096
I Dolci inganni - Arrivederci Soundtrack

I Dolci inganni - Arrivederci
「17才よさようなら 」の主題歌「Arrivederci(アリヴェデルチ)」はヒットパレードにも登場し、切ない歌声に映画のシーンが重なりました。 映画音楽はイタリアの作曲家のPiero Piccioni(ピエロ・ピッチオーニ)でしたが、"Arrivederci"は1959年頃にUmberto Bindi(ウンベルト・ビンディ)が作曲したそうです。 私が持っている当時発売されたビクターのEPシングル盤の"Arrivederci(17才よ さようなら)"はサウンドトラック盤ではないそうですが、B面は1961年にLuna Napoletana(夢のナポリターナ)がヒットしたMarino Marini (マリノ・マリーニ)のWith All My Heartです。 このEP盤で主題歌のアリヴェデルチを歌っているのがイタリアの女性歌手のFlo Sandon's(フロー・サンダンス又はフロ・サンドンス)となっています。  ウンベルト・ビンディが作曲した"Arrivederci"は1959年のFestival di San Remo(サンレモ音楽祭)でDon Marino Barreto jr.(マリーノ・バッレート)が歌い、同年夏にはイタリア・ヒットパレードの上位にランクしました。 "Don Marino Barreto jr.(マリーノ・バルレート・ジュニア)"のArrivederciはアルバム"La Magica Atmosfera Di"(La Magica Atmosfera Di Marino Barreto JR)に収録されています。
☆Arrivederci, dammi la mano e sorridi senza piangere...と歌われるイタリア語の歌詞はArrivederci Lyrics - La Canzone d'Autore Italiana

Flo Sandon's (1924 - 2006)
Flo Sandonとも表記されるフロ・サンダンスは1953年のサンレモ音楽祭で"Viale d'autunno"という曲で優勝した後、1951年にAlberto Lattuada(アルベルト・ラトゥアーダ)監督のAnna(アンナ)のサウンドトラックで歌ったことから有名になりました。 「アンナ」の音楽はNino Rota(ニーノ・ロータ)でしたが、映画でシルヴァーナ・マンガーノがスペイン語で歌い踊った大ヒット曲の"El negro Zumbon(Anna)"と、後にNat King Cole(ナット・キング・コール)が"Non dimenticar(Don't forget)"としてレコーディングした"T'ho voluto ben(Non Dimenticar)"やActedの吹き替えをフロ・サンダンスが担当したそうです。 一方、フロ・サンダンス夫妻は1958年に学生バンドで歌っていたMina(ミーナ)を発掘したといわれています。 1970年代には一時ミラノのラジオ局でパーソナリティを勤めていたともいわれるフロ・サンダンスの甘い歌声を再び聴きたいものだという要望の声が海外のサイトでみられましたが、日本はもとよりイタリアでもフロ・サンダンスのCDは見つかりません。
フロ・サンダンスがイタリア語で歌う"情熱の花"や"ジャニー・ギター"のビデオでは写真も見られます。

Urlatori alla sbarra (1960)
「17才よさようなら」の主題歌であるセンチメンタルなArrivederci(アリヴェデルチ)は、1956年にサンレモのジャズ・フェスティバルにも出演したジャズトランペット奏者のChet Baker(チェット・ベイカー)が1960年に出演した日本未公開のイタリア青春映画"Urlatori alla sbarra(Howlers at the bar)"で歌っています。 Mina(ミーナ)の他イタリアの若手歌手がたくさん出演するミュージック映画「Urlatori alla sbarra」にはThe Pink Panther(暗闇でドッキリ)のElke Sommer(エルケ・ソマー)も出演しています。

Catherine Spaak in I Dolci inganni (1960)
Catherine Spaakpg in I Dolci inganni

Diciottenni al sole & La Voglia matta (1962)
「太陽の下の18才」と「狂ったバカンス」はメランコリックな白黒映画「17才よさようなら」の次に登場したカトリーヌ・スパークがはじけたとんだ愉快な夏の青春映画です。 「狂ったバカンス」は「遊んだだけよ」という題名でもあるそうです。 カラフル、カラフル! 「太陽の下の18歳」と「狂ったバカンス」は両方とも音楽がエンニオ・モリコーネですが、Gianni Morandi(ジャンニ・モランディ)が歌う「太陽の下の18歳」のテーマ曲の"Go-Kart(サンライト・ツイスト)"やJimmy Fontana & Gianni Mecciaの"Twist n. 9"、そして「狂ったバカンス」の音楽もヒットパレードで上位をしめ、「太陽の下の18歳」と「狂ったバカンス」はの前作「17才よさようなら」を観ていない人も劇場に押しかけたほどのブームでした。 オリジナルのGianni Morandi(ジャンニ・モランディ)のイタリア語と合わせて日本版ゴーカート・ツィスト(サンライト・ツイスト?)が巷に流れていました。 "♪ まわれ、まわれ 可愛いゴーカート。 走れ、走れ あたしのゴーカート ♪" 私もたまにゴーカートに乗ったほどとゴーカートが流行りました。 「太陽の下の18歳」と「狂ったバカンス」でカトリーヌ・スパークは日本でも不動の人気を獲得し、私は以上のイタリア映画の3作品でフランス女優のカトリーヌ・スパークを十分に堪能しました。
Catherine Spaak dancing! - Jimmy Fontana - Twist n. 9 - YouTube
Catherine Spaak in Eighteen in the Sun Trailer (1962) - YouTube
Gianni Morandi - Go-Kart Twist - YouTube

Diciottenni al sole
太陽の下の18歳」は1960年にMarie Laforet(マリー・ラフォレ)が主演したSaint-Tropez Blues(赤と青のブルース)に続く人気のバカンス映画です。
「太陽の下の18歳」と「狂ったバカンス」の両方に出演しているのがデビューしたばかりのイタリア俳優のGianni Gark(ジャンニ・ガルコ)で、カトリーヌ・スパークが演じるニコール・モリノと似た名前のホテルの宿泊者のニコラ・モリノの役です。 その他は知られていない若手がわんさかなのでカトリーヌ・スパークはいやでも目立ちます。 こちらも「狂ったバカンス」にも出演している当時28歳(22歳とも)のイタリア俳優のFabrizio Capucci(ファブリツィオ・カプッチ)が登場します。 ファブリツィオ・カプッチはパリでの撮影中に18歳のカトリーヌ・スパークと出会って電撃結婚して子供が一人できましたが電撃離婚したそうです。(当時のニュース)
「太陽の下の18歳」のサウンドトラックの音楽はモリコーネ作曲でJimmy Fontana(ジミー・フォンタナ)作詞した"Go-Kart Twist(ゴーカート・ツィスト/サンライトツイスト)"でGianni Morandi(ジャンニ・モランディ)がデビューしました。 ジミー・フォンタナが歌った"Twist No.9"もエンニオ・モリコーネの作曲です。
☆"E gira e gira e vai, E non fermarti mai... "と歌われたジャンニ・モランディの"Go-Kart Twist"の歌詞はGo-Kart Twist - Lyrics Mania
「太陽の下の18才」や「狂ったバカンス」のサウンドトラックは見つかりませんが、1960年代に日本で流行ったポップスのコンピレーション・アルバムの「ベスト・オブ・S盤アワー60s 」にジミー・フォンタナの「Twist No.9(太陽の下の18才)」とジャンニ・モランディの「Go-Kart Twist(サンライト・ツイスト)」が収録されている他、エニオ・モリコーネの10枚組CD「クロニクル」には「太陽の下の18才」と「狂ったバカンス」からサントラに使用された曲やカトリーヌ・スパーク、ジャンニ・モランディ、ジミー・フォンタナの曲がたくさん収録されています。 在庫切れの場合は2枚組CDの「ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・エンニオ・モリコーネ」に「太陽の下の18才」のサンライト・ツイスト、Tony Del Monaco(トニー・デル・モナコ)が歌う「狂ったバカンス」の"La tua stagione(あなたの季節)"が収録されています。
「サンライトツイスト」が収録されているカンツォーネのコンピレーションCDは愛のカンツォーネ50は全曲試聴できます。
2010年に発売になった太陽の下の18歳のDVDです。(字幕版VHSは現在でも入手可)

Gli italiani e le vacanze (1963)
イタリア人は夏に不要の家財を質に入れてもバカンスを楽しむ! 質草の無い人は窓を閉め切ってバカンスに行っているふりをする。
ベネチア、サンレモ、シシリア、カプリ!
ジャンニ・モランディが1963年に出演した映画でイタリア観光映画的「Gli italiani e le vacanze(太陽のバカンス)」はバカンスつながりで「狂ったバカンス」と混同してしまいそうですが、「太陽のバカンス」のサントラは音楽がマリオ・カンティーニで、14曲のカンツォーネを使用し、ジミー・フォンタナをはじめIl Rossetto(くち紅)の主題歌を歌ったMiranda Martino(ミランダ・マルティーノ)など若手歌手を動員しているより音楽的な映画です。
Quand dinsch L'estate /Pinne, fucile ed occhiali
VICTOR ss - 1441

Con le pinne fucile ed occhiali私の持っている「太陽のバカンス」のサントラです。 "Quand dinsch L'estate(ひと夏の恋)"は映画のラスト近くのレストランのシーンで登場する女性歌手のLosy(ロズィー)が歌うイタリア語の意味は"夏が終わる時"という意味の甘くせつない夏の恋を歌った曲です。
(クリックで拡大可)
「太陽のバカンス」のサントラのB面はとても面白い"Con le pinne fucile ed occhiali(水中メガネと鉄砲と水かき)"という曲で、「太陽の下の18歳」ではカトリーヌ・スパークがおどけて水中メガネをかけたシーンで流れました。 歌っているのはイタリアの若手歌手だったEdoardo Vianello(エドアルド・ヴィアンエルロ)です。
Edoardo Vianello - Con le pinne fucile ed occhiali in Gli italiani e le vacanze - YouTube

La Voglia matta
ビデオの日本語タイトルが「遊んだだけよ」というのでしょうか、「狂ったバカンス」とダブって映画サイトのデータベースにリストアップされています。 「狂ったバカンス」が日本での映画デビューだったUgo Tognazzi(ウーゴ・トニャッツィ)が主演した映画で、バカンス中の若者たちの親父狩りに合った男が年甲斐も無くその仲間の若いカトリーヌ・スパークに夢中になってしまうというストーリーです。 中年男の悲哀を描いた人類学的な人間(男)の考察映画です。 いえ、カトリーヌ・スパークを鑑賞する映画といってもいいです。 他の出演者は歌手のジミー・フォンタナ、「太陽の下の18才」にも出演しているジャンニ・ガルコとファブリツィオ・カプッチです。
「狂ったバカンス」のサントラはMina(ミーナ)の"Due notte"や、Miguel Gustavo(ミゲル・グスターヴォ)が作曲したベベ賛歌の"Brigitte Bardot(ブリジット・バルドー)"が使用されたそうですが私が持っている"Brigitte Bardot"はサントラではなく賑やかなコーラス入りのLuis Ferreira(ルイス・フェレイラ)楽団です。 60年代に新カンツォーネの創始者といわれるGino Paoli(ジーノ・パオリ)がイタリアン・ポップス界のベテラン女性歌手のOrnella Vanoni(オルネラ・ヴァローニ又はオルネッラ・ヴァノーニ)に捧げた"Senza fine(恋に終わりなく)"や"Sapore di sale(恋は塩味)"が有名なですが、そのジーノ・パオリが歌う"Sassi"も使用されたそうです。
※「狂ったバカンス」の字幕版DVDとVHSは現在でも入手可能です。
Ugo Tognazzi
ウーゴ・トニャッツィはEdouard MolinaroLa(エドゥアール・モリナロ)監督のゲイ・コメディ映画である1978年のCage aux Folles(Mr.レディ Mr.マダム)が有名ですが、1963年にフランスのタイトルはLe lit conjugalというL'Ape regina(女王蜂)では哀れな雄蜂のアルフォンソとしてフランス女優のMarina Vlady(マリナ・ヴラディ)と共演しました。 マリナ・ヴラディはギャング役で名高いRobert Hossein(ロベール・オッセン)と結婚していた時期にフィルムノワールにも出演しましたが、この「女王蜂」でカンヌ主演女優賞を獲得しました。 これ以前には「女王蜂」とはまったく趣の違う「La Sorcière(野性の誘惑)」で1959年の「Green Mansions(緑の館)」のAudrey Hepburn(オードリー・ヘプバーン)風な森の妖精を演じています。
AlFonso Al Cimitero / Tango Hawaiano - Seven Seas HIT-84
AlFonso Al Cimitero Soundtrack私が持っている「女王蜂」のEP盤サントラです。 「女王蜂」の音楽はTeo Usuelli(テオ・ウスエリ)で、哀愁のタンゴ曲が魅力です。
蜂の世界を人間に当てはめた「女王蜂」はその当時は問題シーンを編集してやっと公開に漕ぎ着けたという過激な映画で、念願の子供を身篭った時には夫は昇天してしまいます。
AlFonso Al Cimitero Theme - YouTube

La Noia (1963)
カトリーヌ・スパークが出演した映画はこれだけじゃありません。
1963年には奔放な画家のモデルを演じたカトリーヌ・スパークがドイツの貴公子と呼ばれたHorst Buchholz(ホルスト・ブッフホルツ)を虜にし破滅させたLa Noia(L'Erotisme 禁じられた抱擁)があります。 この映画はイタリアの作家のAlberto Moravia(アルベルト・モラヴィア)が1960年に書いた超ベストセラーの「La Noia(倦怠)」を映画化した作品で、私の好きな映画の1本である1960年のIl Rossetto(くち紅)を監督したDamiano Damiani(ダミアーノ・ダミアーニ)が脚本にも参加しています。 カトリーヌ・スパークの裸体をホルスト・ブッフホルツが大きなイタリア札(リラ)で覆うシーンは圧巻です。(小さな日本円じゃ覆いきれない)
「禁じられた抱擁」では坊ちゃん画家を演じたホルスト・ブッフホルツは1982年にValérie Kaprisky(ヴァレリー・カプリスキー)がデビューした「Aphrodite(聖女アフロディーテ)」がありますが、なんといっても音楽をBernhard Eichhorn(ベルンハルト・ウィルヘルム)が担当した1957年の「Monpti(モンプチ わたしの可愛い人)」で一躍世界の人気者となりました。 その後は1960年の「The Magnificent Seven(荒野の七人)」と、「パリのアメリカ人のLeslie Caron(レスリー・キャロン)と共演した1961年の「Fanny(ファニー)」などが評判です。
ちなみに小説家のアルベルト・モラヴィアというと、映画化された作品は1960年にブリジット・バルドーが出演した「Le mepris(軽蔑)」をジャン=リュック・ゴダールが監督した他、Sophia Loren(ソフィア・ローレン)とJean Paul Belmondo(ジャン・ポール・ベルモンド)が出演した「La Ciociara(ふたりの女)」を1960年にVittorio De Sica(ビットリオ・デ・シーカ)が監督、1954年にはGina Lollobrigida(ジーナ・ロロブリジーダ)が主演した「La Romana(ローマの女)」をLuigi Zampa(ルイジ・ザンパ)が監督しています。
Catherine Spaak & Horst Buchholz in La Noia - YouTube
egli mette Lire per il suo corpo nudo in La Noia - YouTube

Il sorpasso (1963)
ナイーブな青年を演じてひっぱりだこだったJean-Louis Trintignant(ジャン=ルイ・トランティニャン)とカトリーヌ・スパークは「The Easy Life(追い越し野郎)」と1968年の「La Matriarca(女性上位時代)」との2作品で共演しています。 もっとも二人の絡みがあるのは「女性上位時代」の方で、「追い越し野郎」では映画ポスターにもカトリーヌ・スパークの写真がデカデカと載っているのに刺身のツマ的、いえ客寄せ的な出演でした。 ジャン・ルイ・トランティニャンは1966年の「Un homme et une femme(男と女)」が人気がありますがやはりジャン・ルイ・トランティニャンといえば「Estate Violenta(激しい季節)」が一番です。
「追い越し野郎」はイタリアが国をあげてのバカンスだから窓を閉め切ってリゾートに行っているフリをしているのではなく、バカンスだというのに法学試験の勉強をしていた真面目なジャン・ルイ・トランティニャンのお話です。 それまで真面目に暮らしてきた法学生が自分と何の共通点もくない陽気なカーキチ男にドライブに誘われたのが運の尽き。 アパートの4階にあるジャン・ルイ・トランティニャンの部屋に電話を借りに行く時にカーキチ男が口づさむ歌は愉快な"Con le pinne fucile ed occhiali(水中メガネと鉄砲と水かき)"で、よほど気に入っているのか車に乗っている時も歌っています。 1950年に発売されたV6エンジン搭載GTカーのLancia Aurelia B24(ランチア・アウレリア)に乗っているこのカーキチ男は名優のVittorio Gassman(ヴィットリオ・ガスマン)が演じています。 そのスピード好きな男のティーンエイジャーの娘がカトリーヌ・スパークなのです。 それにしても昨今は自動車で音楽を聴くにはiPodやCDプレヤーを使用しますが、この当時は高級スポーツカーだってCDでもなくカセットテープでもなくEPレコードなんです。 さて、哀れなのは勉強をほっぽってバカンスを楽しんだばかりに惨劇に遭ったジャン・ルイ・トランティニャンでした。 そう、助手席は一番危険なのです。 カトリーヌ・スパークが主役じゃないからか、一種のロード&バディムービーの「追い越し野郎」はDino Risi(ディノ・リージ)監督の傑作といわれイタリア映画のカルトムービーとなったそうです。 この映画にヒントを得たDennis Hopper(デニス・ホッパー)が1969年にバイク版のEasy Rider(イージー・ライダー)を制作したといわれています。
「追い越し野郎」の音楽はたくさんのイタリア映画の音楽を担当しているRiz Ortolani(リズ・オルトラーニ)ですが、カトリーヌ・スパークが出演した「太陽の下の18歳」で使用されたEdoardo Vianello(エドアルド・ヴィアンエルロ)が歌う"Con le pinne fucile ed occhiali(水中メガネと鉄砲と水かき)"と"Guarda come dondolo"の他、Peppino Di Capri(ペッピーノ・ディ・カプリ)の歌うSt. Tropez Twist、Emilio Pericoli(エミリオ・ペリコーリ)が歌うQuando Quando Quandoist、Domenico Modugno(ドメニコ・モドゥーニョ)のVecchio Frakの他、Miranda Martino(ミランダ・マルティーノ)の"Gianni"などが使用されたそうです。
Jean-Louis Trintignant in Il sorpasso - YouTube
Il sorpasso scene finali - Breathtaking Last Scene - YouTube

La Calda vita (1964)
「追い越し野郎」の英語タイトルの"The Easy Life"に対して"The Warm Life"と付けられた「恋のなぎさ」にもカトリーヌ・スパークと結婚したファブリツィオ・カプッチが出演しています。 美貌のJacques Perrin(ジャック・ペラン)とカトリーヌ・スパークを取り合うも中年男に先を越されて絶望し自殺してしまう若者の役でした。 「恋のなぎさ」で死んでしまったからファブリツィオ・カプッチはこれを最期にもうカトリーヌ・スパークと共演することはありませんでしたが60年代後期までは映画に出演していたようです。
「恋のなぎさ」の音楽は1959年の「Un Maledetto Imbroglio(刑事)」の音楽で有名なCarlo Rustichelli(カルロ・ルスティケリ)が担当しましたが、ルスティケリが作曲した"Non è niente(恋のなぎさ)"や"I giorni azzuri(最後の夏)"をカトリーヌ・スパークが歌っています。
このあたり、1965年頃がカトリーヌ・スパークのピークだったと思いますが、私は「女性上位時代」以降はカトリーヌ・スパークが出演する映画を全く観ていません。 映画に出なくなったとはいえカトリーヌ スパークはテレビの司会などで活躍し、現在でもその美貌が衰えることなく、かえってシックなマダム風で素敵に歳を取った代表的な例です。

Catherine Spaak's Soundtrack
カトリーヌ・スパークが出演した「恋のなぎさ」や「女性上位時代」の他、Luigi Comencini(ルイジ・コメンチーニ)他3人が監督した3話でカトリーヌ・スパークがそれぞれ違う役を演じた1964年のオムニバス映画のTre notti d´amore(愛してご免なさい)や、日本未公開の1965年のLa bugiarda、同じく日本未公開の1966年のMadamigella di Maupinのサントラ画像と曲目リストが見られるCatherine Spaak - Italian Soundtracks.com


Catherine Spaak
Catherine Spaak Catherine Spaak

Catherine Spaak canta canzoni
60年代のフランス映画界で活躍し歌もヒットした若手女優のBrigitte Bardot(ブリジット・バルドー)やMarie Laforet(マリー・ラフォレ)に負けじとカトリーヌ・スパークも歌います。 1961年にはジーノ・パオリも歌っているPerdono(許して)をはじめに、Prima di te, dopo di te(恋する思い)、 I giorni azzurri(最後の夏)、音楽がエンニオ・モリコーネの1964年のパオロ・カヴァーラ監督の「I Malamondo(ゼロの世代)」のサントラから編曲した"Penso a Te(あなたを想って)"と"Questi vent' anni miei(わたしたち20才)"はカトリーヌ・スパークの代表作ともいわれているそうですが1965年頃まで歌手としても活躍していました。
☆カトリーヌ・スパークのアルバムがたくさん見られるCatherine Spaak - ぽたじえ
Catherine Spaak - Prima di te, dopo di te - YouTube
Catherine Spaak - I giorni azzurri - YouTube
Johnny Dorelli e Catherine Spaak - Una Serata Insieme A Te (1973) - YouTube


上記の画像は2006年にイタリアでリリースされたカトリーヌ・スパークのアルバムですが試聴はどこにも見つからず、海外でもこのCD以外はカトリーヌ・スパークのアルバムは殆どありません。 カトリーヌ・スパークのCDは日本の方がたくさん見つかります。


Catherine Spaak Official Website
2007年頃に作られたらしいカトリーヌ・スパークのオフィシャルサイトでは、メニューのCINEMAで映画の各タイトルをクリックすると映画のクリップが観られ、RADIO-MUSICAをクリックするとカトリーヌ・スパークの歌が聴けます。


☆このページで使用した画像は全て1960年代に私がスクラップした写真と手持ちのレコードのジャケット画像ですが、肖像権や著作権はそれぞれの被写体と撮影者に帰属するものです。


Voodoo Suite VICTOR HP 529(LP)
Voodoo Suite

El Rey del Mambo: Dámaso Pérez Prado
マンボの王様として一世を風靡したペレス・プラードはキューバ出身の音楽家です。 そのペレス・プラードが生み出したマンボというリズムは奴隷たちが持ち込んだ西アフリカ(ガーナ)や中央(コンゴ)などの音楽が基になっているそうです。 そして、キューバを出てメキシコからアメリカに渡ったペレス・プラードは当時大流行していたアメリカン・ビッグバンド(スイング)の大ファンでもありました。

Voodoo Suite and Exotic Suite of the Americas
マンボ王のペレス・プラードは1954年と1962年に二つの壮大な組曲を作曲しています。 Voodoo Suite(ブードゥー組曲又はヴードゥー組曲)とExotic Suite of the Americas(エキゾチック・アメリカ組曲)の発表当時はマンボに浮かれた人々は見向きもしませんでしたが、後年ペレス・プラードが再評価された作品です。

Voodoo Suite LPs (Vinyl)
☆上記のLP画像は私が所有している1961年に日本でリリースされた25センチ(10 inch)LPレコード「Voodoo Suite(ブードゥー組曲)」VICTOR HP 529 です。(クリックで拡大可) オリジナルではA面が"Voodoo Suite"でB面には6曲のSix All-Time Greats(マンボにアレンジしたジャズのスタンダード6曲)を収録してありますが、私の手持ちのレコードはそのうち2曲だけが収録されています。 日本でリリースされた25cmLPレコードの「ブードゥー組曲」としては1956年のモノラルLP盤Victor LS-523が一番最初で、その次の私が持っている再リリース盤VICTOR HP 529です。 その他は1955年の30センチLP盤(12inch)としてアメリカでリリースされたRCA LPM-1101は前述のオリジナルRCA EPB-1101を収録してあります。 日本では1965年にGolden AlbumというタイトルでVictor SRA-5004がリリースされたそうです。 同じく30センチLP盤のFesta Cubana(フィエスタ・クバーナ)というアルバムもリリースされたそうですがこの盤はペレス・プラードのディスコグラフィには見当たりません。

Voodoo Suite Plus Six All-Time Greats
RCA Victor LPM-1101 (LP)

Voodoo Suite Plus Six All-Time Greats

About Voodoo Suite
ペレス・プラード楽団が演奏するラテンジャズの大作を収録したレアなオリジナルレコードはペレス・プラードが最初にマンボを持ち込んだスタン・ケントン楽団で作曲及び編曲を担当していたShorty Rogers(ショーティー・ロジャーズ)と共同名義のアルバムです。 ラテンのマンボとアメリカのビッグバンド・ジャズとアフリカ原始リズムの融合と呼ばれたペレス・プラード楽団のエキサイティングなブードゥー組曲のオリジナルLPではゆうに演奏時間が20分余という長いVoodoo Suite(ブー・ドゥー組曲)がA面で、B面はSix All-Time Greats(マンボにアレンジしたジャズのスタンダード6曲)としてペレス・プラードの憧れだったビッグバンドのリーダー達へのオマージュとして、マンボに編曲したCab Calloway(キャブ・キャロウェイ)でお馴染みのSt. James Infirmary、Glenn Miller(グレン・ミラー)のIn The Mood、Bunny Berigan And His Orchestra(バニー・ベリガン楽団)のI Can't Get Started、Count Basie(カウント・ベイシー)のJumping at the Woodside、Benny Goodman(ベニー・グッドマン)のStomping at the Savoy、Harry James(ハリー・ジェームス)のMusic Makersといった6曲が収録されています。 このオリジナルの"Voodoo Suite"の誕生は1954年のこと、RCAビクターのプロデューサーとペレス・プラードと、ウエストコースト派のジャズ・ミュージシャンであったShorty Rogers(ショーティー・ロジャース)の参加により、22人の楽団を急編成してたった一日で録音に及んだというスタジオ盤です。 メンバーは指揮者のペレス・プラードの他に、ピアノがDick Hyman(ディック・ハイマン)、トランペットがShorty Rogers(ショーティー・ロジャース)とPete Candoli(ピート・カンドリ)、テナーサックスがSam "The Man" Taylor(サム・テイラー)といった豪華メンバーです。

「ブードゥー組曲」ではアフリカの太鼓(タムタム)が轟くイントロの後はアフルカ現地語の掛け合い、それからジャズ演奏、再び打楽器、そしてマンボへと続きトランペットやテナーサックスのソロも入る壮大な組曲なのです。 このアルバム「Voodoo Suite」は他のプラードの踊り出したくなるラテン風ジャズのマンボ曲とはちょっと異なっています。 特にタムタムの効いたイントロ部分はまさにアフリカ人(奴隷)が陶酔したような男の掛け声に続き、呻き嘆いているような祈りが入り混じり、まるでブードゥーの儀式にでも参加しているような怪しげな雰囲気が漂います。

RCA Records BVGJ 37205 (CD)
Voodoo Suite Plus Six All-Time Greats RCA
ヴードゥー組曲
画像もアメリカでリリースされたLP盤と同じにオリジナルをCD化したアルバムが日本で「ヴードゥー組曲」として2001年にリリースされていますが現在は取り扱っていないようです。

Voodoo Suite in Cha-Cha-Cha Boom!
「ブードゥー組曲」はペレス・プラードが自身の役で出演した1956年の白黒のミュージカル映画「Cha-Cha-Cha Boom!」で使用されたそうです。 新人発掘をしないとクビだと宣告されたレコード会社のタレントスカウトが会社を辞めて自己レーベルを立ち上げようとキューバに飛び、そこでPerez Prado and his Cha-Cha-Cha Orchestra(ペレス・プラード楽団)演奏でマンボを踊る素晴らしいダンスグループを発見するというストーリーは問題ではなく、たくさんのラテン音楽とダンスが堪能できる映画です。(Benny Moreは見つからなかったみたい。) 「Cha-Cha-Cha Boom!」では「ブードゥー組曲」の他にもペレス・プラード作曲のCrazy Crazy、Mambo No. 8、La Nina Popof、Cuban Rock and Rollなどがサントラに使用されています。
1956年にBill Haley(ビル・ヘイリー)が主演したRock Around the Clock!(狂熱のジャズ)と同じSam Katzman(サム・カッツマン)がプロデュースした「Cha-Cha-Cha Boom!」は私がレコードを聴いて受けたイメージのブー・ドゥー教の呪術を連想させる「ブードゥー組曲」とは全く違い、映画ではダンサーのニナ役を演じた女優のSylvia Lewis(シルヴィア・ルイス)が中途半端に過激なセクシーダンスをジャングル・フィーヴァー風踊ります。 私はちょっと納得できませんが、作曲者本人のペレス・プラードが出演しているのですからこれで正解なんでしょうかね。
Perez Prado - "Voodoo Suite"in Cha Cha Boom - YouTube
Perez Prado - In The Mood from "Voodoo Suite" - YouTube
Perez Prado - St. James Infirmary from "Voodoo Suite" - YouTube

「ブードゥー組曲」ならこれ!
Voodoo Suite Plus Six All-Time Greats
Voodoo Suite Plus Six All-Time Greats「Voodoo Suite」のオリジナルのアルバムはアメリカで1954年にモノラルの45回転EPレコードとしてリリースされたという情報をみたのですが、EP盤の片面に20分余の「ブードゥー組曲」が収録できたのでしょうか。
オリジナルの"Voodoo Suite"(RCA EPB-1101)LPのCD化で、B面に6曲のマンボにアレンジしたスタンダード曲を収録してあり、その後何度も再リリースされています。


Voodoo Suite (Afro Cuban Jazz Suite)のB面の"Six All-Time Greats"はオリジナルLPレコードの「ブードゥー組曲」のB面にはマンボにアレンジしたスウィングの名曲のSt. James Infirmary(聖ジェームズ病院)、In The Mood、I Can't Get Started、Jumping at the Woodside、Stomping at the Savoy、Music Makersの6曲が収録されています。
(このCDにはExotic Suite of the Americasは収録されていません。)

About Exotic Suite of the Americas
1962年、ペレス・プラードが44歳の時にこの超大作のアルバムをニューヨークのスタジオで録音しました。 この組曲はTheme of the Two Worlds (opening movement)、Amoha、Criollo、Theme of the two Worlds (transition movement)、Uamanna Africana、Blues in C Major、The Theme of the Two World (closing movement)の7曲の構成となっています。 この難解なアルバムが市場に出ても従来のマンボ好きペレス・プラードファンは当然見向きもしませんでした。 The Theme of the Two Worldの示す二つの世界とは資本主義と社会主義の国、あるいはミサイルをめぐる西と東(アメリカとロシアもしくはキューバ)の調和を指しているらしいです。 ペレス・プラードは陽気にウー!アー!と掛け声をかけて世界中を駆け回りマンボの普及に力を注ぎましたが、やはり心は故国キューバにあったのです。

アメリカの大統領であったJohn F. Kennedy(ケネディ)がペレス・プラードのファンであると公言したことと、ピッグズ湾事件は不成功でしたがFidel Castro(フィデル・カストロ)を制裁したことを評価して反カストロ派のペレス・プラードはこの組曲をケネディに捧げたそうです。 もちろんジャズ好きのペレス・プラードにとっては音楽の世界に大いに貢献してきたアフリカ系キューバ人をはじめ、あらゆる黒人にも捧げています。 Theme Of Two Worldsは1950年代にマフィアによってもたらされた享楽のキューバ時代の後に来たカストロの恐怖の政治体制から逃れて故郷を去ったペレス・プラードの望郷の念を込めて作曲したもので、キューバではメキシコに亡命し、音楽活動の場を敵国のアメリカに置いたペレス・プラードの曲を使用することに関して賛否両論がありましたが、結局このが曲がキューバ革命の立役者であったChe Guevara(チェ・ゲバラ)の国葬で流れたそうです。 チェ・ゲバラは1967年にボリビアで処刑(殺害?)されましたが行方不明だった遺体は発掘されて1997年にキューバに空輸されたそうです。 キューバの国家元首Fidel Castro(フィデル・カストロ)が指揮を執り葬儀が執り行われました。 厳かな弔辞や詩の朗読に続いて予定にはなかったのにスピーカーから流れたのがペレス・プラードのTheme Of Two Worldsです。 理由としては、この葬送行進曲のようなTheme Of Two Worldsはチェ・ゲバラを見送るにはもっともふさわしい曲であるということでした。 音楽には国境はない!
Esa es la Sinfonia del Che Guevara

「エキゾチック・アメリカ組曲」ならこれ!
Exotic Suite of the Americas
Exotic Suite of the Americas by Perez Pradoオリジナルのリリースが1962年というアルバムの「Exotic Suite of the Americas(エキゾチック・アメリカ組曲)」がありますが、「ブードゥー組曲」は収録されていません。 このCDは2003年にフランスやスペインあたりでリリースされたようですが現在は取り扱っていない店が多いようです。 このC「]Exotic Suite of the Americas」にはペレス・プラードの陽気なマンボとはおよそかけ離れて憂いを含んだエレジー「Theme Of Two Worlds(二つの世界)」などが収録されているのですが試聴が見つかりません。 上記の「Voodoo Suite/Exotic Suite of the Americas」にもTheme Of Two Worldsがメドレーとして収録されています。


Voodoo Suite/Exotic Suite of the Americas
Voodoo Suite(ブードゥー組曲)のLP盤とExotic Suite of the Americas(エキゾチック・アメリカ組曲)オリジナルLP晩との二つのレコードがCDにまとめられたりしているので大変ややこしくなっています。
私が購入したオリジナル・リリースが1955年というLP盤「Voodoo Suite」は現在はそのLP盤と別のLP盤のExotic Suite of the Americasを一緒にCD化した「Voodoo Suite/Exotic Suite of the Americas」になっています。 opening movementとtransition movementとclosing movement三部作からなる"Theme of Two Worlds"を含む組曲となっている「Exotic Suite of the Americas」はアメリカで1962年にリリースされた30cmLP盤のRCA LPM/LSP-2571がオリジナルらしいですが、日本では同年にVictor RA-5126/SHP-5097としてリリースされています。 CDとしては「Voodoo Suite」のみのアルバムは存在せず、「Exotic Suite of the Americas」と一緒になっていますが、「Exotic Suite of the Americas」は単独でCDとなっています。 1967年にボリビアで処刑された革命家のチェ・ゲバラの1997年のハバナでの葬儀で流れたのでopening movementとtransition movementとclosing movementからなるTheme of Two Worldsを含む「Exotic Suite of the Americas」を探している方が多いようですが、"Theme Of Two Worlds"三部作はCDによってはメドレーとして組み込まれていることがあります。

Voodoo Suite/Exotic Suite of the Americas
Voodoo Suite/Exotic Suite of the Americas 「ブードゥー組曲」と「エキゾチック・アメリカ組曲」を一緒に収録したCDです。 私が所有している日本でリリースされたLPレコードではVoodoo SuiteのB面は2曲ですが、このCDはアメリカでリリースされたオリジナルの盤と同じにちょっとTaboo風にアレンジしたブルースのスタンダード曲の"St. James Infirmary"など全6曲が収録されています。 1番から7番までが「ブードゥー組曲」の収録曲で、8番から14番が「エキゾチック・アメリカ組曲」です。 最初の「ブードゥー組曲」よりもっとドラミングとサックスを取り入れて完成したという「Exotic Suite of the Americas」も三部作のTheme Of Two Worldsからなる組曲となっています。

♪ "Afro Cuban Jazz Suite"とも呼ばれる"Voodoo Suite"や"Exotic Suite of the Americans "の試聴はVoodoo Suite/Exotic Suite of the Americas - Amazon.com

Voodoo
ペレス・プラードの組曲のタイトルとなっているVoodoo(ブードゥー)とは、カリブのハイチやアメリカ南部のニューオーリンズなどで信じられている迷信や呪術ですが、もとは18世紀頃からガーナやコンゴなどの奥地から集められアフリカ西海岸から西洋やカリブの島々にプランテーションで強制労働に従事させるために輸出(品物なのです)された黒人奴隷たちの祖国で信仰の厚い民族的な宗教(呪術)だそうです。 伝統的西アフリカの信仰にキリスト教やその他の宗教が混ざった複合的な信仰がブードゥー教ともいえるそうです。 もともとはVodun(ヴォドゥン)と呼ばれるそうですが、その儀式は太鼓に合わせた踊りや歌、動物の生贄(血)やゾンビ、黒魔術や恍惚としたトランス状態を思い浮かべます。 以前ニューオリンズに行かれたブロガーさんにお土産としてブードゥー人形を頂戴しましたが「今現在は呪う人がいない。」と言ったら、「呪っちゃいけません、お願いごとをするのです。」と笑われました。
フランス植民地時代のカリブのハイチやアメリカ南部のルイジアナでのブードゥーについてはAudio-Visual Trivia内のSoul to Soul(ソウル・トゥ・ソウル)や映画のThe Skeleton Key(スケルトン・キー)もご覧下さい。
南部ニューオリンズにあるブードゥー・グッズの店はVoodoo Authentica

Diarios de motocicleta
2003年に制作されたチェ・ゲバラの伝記映画「The Motorcycle Diaries(モーターサイクル・ダイアリーズ)」はチェ・ゲバラの命日に封切りされたそうですがそのサウンドトラックにもペレス・プラードの曲が使用されています。

Before Night Falls
キューバの恐怖政治についてはJulian Schnabel(ジュリアン・シュナーベル)監督の2000年の映画「Before Night Falls(夜になるまえに)」で知ることが出来ます。 この映画「夜になるまえに」はキューバの亡命作家"Reynaldo Arenas(レイナルド・アレナス)"の自伝を元にしていています。 カストロ政権の体制維持のために国民を堕落させる分子であるとされた芸術家や作家、そしてホモセクシュアルの人々がいかに虐待を受けたかを描写した暗く重たいテーマの映画です。 数々の賞を総なめした主役のスペイン俳優のJavier Bardem(ハビエル・バルデム)はさて置き、客寄せとしては美貌のフランス人俳優のOlivier Martinez(オリヴィエ・マルティネス)とJohnny Depp(ジョニー・デップ)が出演しています。 特にキリっとしたヴィクター中尉とのニ役を演じ分けたジョニー・デップのオカマ"Bon Bon(ボンボン)"のヘ~!ビー・メイクと経験豊かなお尻は必見!(いや、そういう映画じゃないですが) もう一人の有名俳優であるSean Penn(ショーン・ペン)も映画の始めのワンシーンで主人公がヒッチハイクした車のCuco Sanchez(クコ・サンチェス)役で出演しているのですが気を付けて見ないと見過ごしてしまいます。 なので3回も観ました。

☆マンボの王様のペレス・プラードについてもっと詳しくはAudio-Visual Trivia 内のPerez Prado
日本で人気のペレス・プラードのタブーについてもAudio-Visual Trivia内のTaboo

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