September 2008 Archives


Right Or Wrong - LP (Capitol OLP 84 (JH-1011)
Right Or Wrong - LP
(Do click for larger image.)
Wanda Jackson - Right Or Wrong - iLike.com
Queen of Rockabilly: Wanda Jackson

Rare Female Rockabilly Singar: Wanda Jackson
ロカビリーを歌う女性歌手といえば、ワンダ・ジャクソン!
1937年にオクラホマで生まれたワンダ・ジャクソンはカントリーミュージック界出身の女性初のロックンローラーといわれていますが、特にパンチの効いた唱法で一時はロカビリー・ウーマンとして名を馳せ、独特のダイナミックな歌声でゴスペルからフォークソングやカントリー、そしてバラードまで幅広く歌いました。 細身の美人なのにハスキーというよりはぶっ潰れたガラガラ声がミスマッチでしたが、女にロックがやれるか?といった疑問に女だってやれることを見事証明してくれました。 1954年の初レコーディングはデッカレコードからHank Thompson(ハンク・トンプソン)カントリーバンドと一緒に吹き込んだそうです。 1956年には独立してジーン・ヴィンセントと同じキャピタルに移籍してカントリーソングの"I Gotta Know"をリリースした後にロックンロールに転向し、1958年にはエルビス・プレスリーの"Party"のカバーで"Let's Have a Party"をリリースしてナンバーワン・ヒットとなりました。 なんと、ワンダ・ジャクソンにロックンロール(ロカビリー)をすすめたのが当時交流のあったエルビス・プレスリーなんだそうで、ジャクソンはエルヴィスの"Hard Heated Woman"など何曲かをカバーしています。 エルヴィス抜きにしてはロカビリー・ウーマンは誕生しなかったでしょう。 ワンダ・ジャクソンは日本で1959年に来日記念公演をしていますが、日劇のウエスタン・カーニバルにも出演したそうです。(ジーン・ヴィンセントは1958年出演) ヨーロッパをはじめアジアまでエルビス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイス、バディ・ホリーなどのロックンローラーと世界ツアーをしましたが、何人かのロカビリアン同様に本国アメリカでのワンダ・ジャクソンの人気は日本やイギリスほどではなかったともいわれています。
ソーシャル・ミュージック・プラットフォームのLast.fmのチャートでは現在の第1位がLet's Have a Partyで、2位がFujiyama Mama、そして3位がFunnel Of Loveとなっています。 Last.fmではワンダ・ジャクソンのアルバム"Queen of Rockabilly"からKansas Cityが聴けます。
ロカビリー旋風も静まった1961年頃からは再びカントリー&ポップスに戻りバラードの"Right Or Wrong(恋のためらい)"や1962年の"In The Middle Of A Heartache"などカントリーチャート入りした曲がたくさんありますが、1970年代にはゴスペルのアルバムもリリースしたそうです。 たった一つ、幅広いジャンルで活躍したワンダ・ジャクソンですが残念なことに自分で作った曲はなく、オリジナルを提供されたこともなく、ただただカントリーやロックの曲をカバーしたことです。 しかしアレンジャーが誰なのかは不明ですが、どんな曲でもワンダ・ジャクソンが歌うとオリジナルを凌ぐインパクトのある曲になるのです。 「こちとら、女ロッカーだぜい!」といった風情や、ややもすると下品な歌詞でも美貌のワンダ・ジャクソンが歌うと引き込まれてしまうのです。

Watch The rockabilly woman !
Wanda Jackson - I Gotta Know - YouTube
Wanda Jackson - Hard Heated Woman - YouTube
Wanda Jackson - Rock Your Baby 1958- YouTube
Wanda Jackson - Breathless - YouTube
Wanda Jackson - Sparklin' Brown Eyes - YouTube
Wanda Jackson - Let's Have a Party - YouTube
Wanda Jackson - Mean, Mean Man & Hot Dog - YouTube

Right Or Wrong - MONO 10" LP Capitol OLP 84 (JH-1011) 33 RPM
ページトップの画像はタイトル曲の"Right Or Wrong"のようにワンダ・ジャクソンのバラード曲が半分を占める私の手持ちのCapitol 25cmLP(画像はクリックで拡大可)です。 ワンダ・ジャクソンはフリンジ付きのウエスタン風なステージ衣裳が多かったようですがこのアルバムを手にした時は正直言って下着姿なのかと思ってビックリしました。 コルセット・ドレスとでもいうのでしょうか。 この当時のWanda Jacksonはワンダ・ジャクスンと表記されていました。
日本で発売された東芝の赤盤LP「Right or Wrong - Capitol OLP 84」の収録曲は、Stupid Cupid(間抜けなキューピッド)、1961年のRight or Wrong(恋のためらい)、"Sticks and Stones(なにがなんでも)"、Slippin' and Slidin'(スリッピン・アンド・スライディン)、Brown Eyed Handsome Man(イカシタあの子)、1961年のIn The Middle Of A Heartache(恋のハーフウェイ)、1961年のFunnel of Love(恋のとりこ)、Who Shot Sam(フー・ショット・サム)、エルビス・プレスリーのMy Baby Left Me(マイ・ベイビー・レフト・ミー)、Riot In Cell Block Number Nine(刑務所ロック)の全10曲です。
※赤盤とは1950年代後期から1970年代の中頃まで芝浦電気(東芝)で製造された帯電防止処理のアナログレコードで、15年くらいしか販売されていないのでレア盤となっています。

Stupid Cupid
ワンダ・ジャクソンが1961年に歌った「間抜けなキューピッド」はNeil Sedaka(ニール・セダカ)が友人であるHoward Greenfield(ハワード・グリーンフィールド)との初の共同作品で1958年にConnie Francis(コニーフランシス)に提供した曲だそうです。
Wanda Jackson - Stupid Cupid (Country - The Definitive Collection) - Rádio UOL
Riot In Cell Block Number Nine
Jerry Leiber & Mike Stoller(リーバー&ストーラー)の作ったRiot In Cell Block No. 9 (Cell Block #9)(第九監房の叛乱)を1958年にワンダ・ジャクソンがカバーしましたが、私の手持ちのLPでの当時の題名が「刑務所ロック」です。 この曲は1954年に"Riot in cell block # 9"としてドゥ・ワップ・グループのThe Coasters(コースターズ)、1962年にアウトローカントリーのジョニー・キャッシュが歌っています。

Right Or Wrong - STEREO 12inch(30cm) LP Capitol ST-1596
アメリカでは1961年にリリースされた同じアルバムカバー画像のオリジナル盤 Capitol ST-1596とは収録曲が違います。 中古で1万円くらいの値が付いているCapitol ST-1596 ステレオ12inch / 30cm LPレコードの収録曲はRight or Wrong (I'll Be With You)、Why I'm Walkin'、So Soon、Last Letter、Sticks And 、Stupid Cupid、Brown Eyed Handsome Man、Who Shot Sam、My Baby Left Meです。 さらに同じカバー画像の「Right Or Wrong」で1962年のヒット曲"A Little Bitty Tear"が収録されたアルバムもあるとか。
収録曲が少々違いますが、2007年のCAPITOL NASHVILLE (NEW RELEASE)の「Right Or Wrong」があるようです。
ちなみに赤盤LPというと1960年にCapitolからリリースされた12曲収録のRockin' With Wanda(Capitol T-1384)の国内盤もオークションなどでみつかるかもしれません。
♪ CAPITOL NASHVILLE (NEW RELEASE)の試聴はRight Or Wrong - 7digital.com
Wanda Jackson - Right or Wrong (1961)- YouTube
Wanda Jackson - In The Middle Of A Heartache - YouTube
Wanda Jackson - Funnel of Love - YouTube

Fujiyama Mama
Capitol 7P - 73
Fujiyama Mama and No Wedding Bells For Joe私が持っているEPレコードはA面に「フジヤマ・ママ」でB面にNo Wedding Bells For Joe(哀れなジョー)を収録したEPレコードです。(東芝の赤盤だからか中古では5000円もするんだとか。) 「哀れなジョー」はカントリー(ナッシュビル)の女性シンガーソングライターであったMarijohn Wilkin(マリジョン・ウィルキン)が1956年に作曲したものです。
アイリッシュ・カントリー系の大ヒット曲となった"The Long Black Veil"はジョニー・キャッシュも歌いました。
※B面が1956年にLittle Richard(リトル・リチャード)が発表したLong Tall Sally(のっぽのサリー)のカバーを収録しているEP盤はCR-1977だそうです。
ワンダ・ジャクソンの代表曲のひとつである"Fujiyama Mama"は2005年のジョニー・キャッシュの伝記映画「Walk the Line(ウォーク・ザ・ライン 君につづ く道)」のサウンドトラックで使用されています。
「フジヤマママ」は世界第二次大戦中にアメリカが日本の広島と長崎に落とした原子爆弾に絡んだ歌詞であるにも関わらず、被爆国の日本で大流行しました。
「広島や長崎にやったようにアンタをぶっ飛ばせるよ、アタイが一度爆発したら誰にも止められないよ、酒をがぶ飲み、ダイナマイトが煙草がわり、アンタのド頭をニトロでぶっ飛ばすよ!」といった物騒な歌詞ですが、「富士山、広島、長崎、酒」なんていう日本語が聞けて親しみを感じたのでしょうか。
「フジヤマママ」のオリジナルはジャンプ・ブルース歌手のAnnisteen Allen(アニスティーン・アレン)が1954年に録音しました。
☆I've been to Nagasaki, Hiroshima too ...と歌われた「フジヤマママ」の歌詞はFujiyama Mama Lyrics - Sing365.com
Wanda Jackson - Fujiyama Mama - YouTube

Vintage Collections Series
Vintage Collections Series by Wanda Jacksonワンダ・ジャクソンの1956年から1961年のロカビリー時代から集められたデビュー曲のI Gotta Know、Riot in Cell Block #9、Fujiyama Mama、Let's Have a Party など全20曲を収録しています。 このアルバムのでギターを演奏しているのはJoe Maphis、Buck Owens、Vernon Sanduskyで、スチールはRalph Mooney、ピアノがMerrill MooreとBig Al Downingだそうです。(ちなみに"Act Naturally"が人気のBuck Owensは「Hot Dog」という10曲入りアルバムをリリースしています。)
※同じタイトルで国内盤もあります。
ワンダ・ジャクソン初レコードとして1958年のCapitol録音がオリジナルの「Wanda Jackson」というタイトルのCD がありますが、知られている曲はLong Tall SallyとLet's Have A Party以外はPatti Page(パティ・ペイジ)のヒット曲のLet Me Go, Loverのカバー曲くらいしか収録されていません。
ワンダ・ジャクソンはジェリー・リー・ルイスの"Breathless"もカバーしていますが、LPレコードでは「Wanda Jackson Rock n Roll Away Your Blue」又は「Rock 'N' Roll Away Your Blues」に収録されていました。 カセットでは"Stupid Cupid"や"Sweet Nothin's"などと共に「Rock & Roll Away Your Blues」に収録されていたそうです。(現在はどちらも入手不可)

Ultimate Collection
Ultimate Collection by Wanda JacksonWillie Nelson(ウィリー・ネルソン)が作曲した"Crazy"や"The Violet and a Rose"などカントリー収録2枚組みCDアルバムです。
このアルバムの17番目に収録されている"Jackson"は1969年にジョニー・キャッシュと妻のJune Carter(ジューン・カーター)や、1967年にはNancy Sinatra(ナンシー・シナトラ)とLee Hazlewood(リー・ヘイゼルウッド)のバージョンが有名ですが、ワンダ・ジャクソンはカントリー・ポップス出身でTVの刑事ドラマのテーマ音楽の作曲者であるMike Post(マイク・ポスト)とデ"ュエットしています。(同一人物?)
19番目の"Singing The Blues"は1956年にGuy Mitchell(ガイ・ミッチェル)でヒットした曲ですが、1060年にはBill Haley & His Comets(ビル・ヘイリーとコメッツ)、1963年にはDean Martin(ディーン・マーチン)も歌っています。
6番目の"The Violet and a Rose"はカントリー歌手でソングライターのMel Tillis(メル・ティリス)の曲でメル自身が歌ってトップチャート入りしていますが1958年にワンダ・ジャクソンがカバーしました。


Queen of Rockabilly
wanda_queen.jpg2000年に発売されたワンダ・ジャクソンのベスト盤で、デビュー曲の"I Gotta Know"の他、知られている曲としてはMean Mean Man、Fujiyama Mama、Let's Have a Party、Money Honey、Long Tall Sally、Hot Dog! That Made Him Mad、Money Honey、Who Shot Sam?など全30曲を収録しています。 トラックリストの25番目にある"Fallin'"は「間抜けなキューピッド」に続くニール・セダカがコニー・フランシスに提供した曲です。 私が持っているワンダ・ジャクソンのLPに「間抜けなキューピッド」は収録されていたので、当時はニール・セダカのEPレコードを買いました。
♪ 試聴はQueen of Rockabilly - Amazon.com

Heart Trouble
John Woolerがプロデュースした2003年のカルフォルニアのステーキハウス・スタジオでのライヴ録音の2008年盤です。 ワンダ・ジャクソンがなんと66歳の時というのだから驚きますが、共演者は49歳のElvis Costello(エルヴィス・コステロ)、53歳の女ロカビリー歌手のRosie Flores(ロジー・フロレス)、44歳のギタリストのSmokey Hormel(スモーキー・ホーメル)、48歳のギタリストのDave Alvin(デイヴ・アルヴィン)、51歳のベースのLarry Taylor(ラリー・テイラー)、ドラムがStephen Hodges(スティーブン・ホッジス)などで、懐かしいロカビリーの16曲を収録したアルバムです。
♪ 試聴はHeart Trouble - Amazon.com

Wanda Jackson - Crazy (Back To Country Roots) - Rádio UOL


Country Music & Rockabilly
カントリー界で1950年代にロカビリーを歌った歌手たちといえば!
"Lonesome Train"のJohhny Burnette(ジョニー・バーネット)
"Maybelline"のMarty Robbins(マーティ・ロビンス)
"The Woman I Need"のJohnny Horton(ジョニー・ホートン)
"Rockabilly Blues"のJohnny Cash(ジョニー・キャッシュ)
Jerry Lee Lewis(ジェリー・リー・ルイス)
Charlie Feathers(チャーリー・フェザース)
Elvis Presley (エルビス・プレスリー)
Eddie Cochran(エディ・コクラン)
"Love Me"のBuddy Holly(バディ・ホリー)
"Matchbox"のCarl Perkins(カール・パーキンス)
"Ooby Dooby"のRoy Orbison(ロイ・オービソン)
Gene Vincent(ジーン・ヴィンセント)はワンダ・ジャクソンが一緒にレコーディングしたこともある。
"Mama's Little Baby"のJunior Thompson(ジュニア・トンプソン)は私には馴染みがありませんが男性歌手はたくさんいて数え切れません。

では、女性歌手はどうかというと、ワンダ・ジャクソン以外には日本では知られていません。 強いて名をあげるなら、私は知りませんがステージでエルヴィスのようなダンスをすることから"女エルヴィス(The Female Elvis: Complete Recordings 1956-60)"と呼ばれてJanis Martin(ジャニス・マーティン)や、ワンダ・ジャクソンのお子さま版のようなBrenda Lee(ブレンダ・リー)などごく少数ですから、ロカビリーという音楽ジャンルはカントリー畑出身の白人男性歌手で占められていたようです。 なんといってもこの後に来るロックンロールのルーツといわれるカントリーミュージック、ヒルビリー、ロカビリー界には黒人アーティストは滅多にはいない、いや皆無といってよいでしょう。 次のロックンロール時代に白人と黒人の音楽がジャストミートしたといわれています。 白人青年たちの理由なき反抗のロカビリー音楽は実に短い期間で終わりになりました。 ロカビリーウーマンのワンダ・ジャクソンのファッションというとフリルのスカートなんかではなく、スパゲティ・ストラップ付きのシンプルなボデコンタイプの細身のドレスでカントリー特有のフリンジをふんだんに取り入れたステージ衣裳が多かったようでしたが、エルビス・プレスリーも革ジャン同様にフリフリのフリンジをよく着ていました。


Listen to Back to the Country! - BSR 88.1 FM
インターネットラジオでオールディズのカントリー音楽を流すプログラム「Back to the Country」の2004年11月放送プレイリストが聴けます。(本欄左のMP3又はRealPlayerを選択して下さい。)
ワンダ・ジャクソンの他に、アウトローカントリーのウィリー・ネルソンの"Stay Away From Lonely Places"、ジョニー・キャッシュの"Get Rhythm"、Hank Snow(ハンク・スノウ)の"Between Fire and Water"、Ketty Lester(ケティ・レスター)の"Love Letters"などの歌が聴けます。
キャンパス・ネット・ラジオ BSR : 88.1 FM について
Back to The Country - BSR 88.1 FM
(Listen to Wanda Jackson, Skeeter Davis、Al green、Brenda Lee、Bob Dylan, and more!)


The Other Boleyn Girl [Original Motion Picture Soundtrack]
The Other Boleyn Girl Soundtrack
Scarlett Johansson, Eric Bana and Natalie Portman
The Other Boleyn Girl (2008)

「ブーリン家の姉妹」の原作は英国の女流作家であるPhilippa Gregory(フィリッパ・グレゴリー)のベストセラー小説で、それをTV界のJustin Chadwick(ジャスティン・チャドウィック)監督が2008年に映画化した16世紀の歴史的ロマンス映画です。 英国で撮影されたそうですが、長丁場がないので退屈はしないかわりに場面の切り替わりが早過ぎて追いついていけません。 映画では頻繁に立場が逆転する姉妹が二人とも美女でどちらが姉でどちらが妹なのか、又は何歳なのかは分かりませんが歴史上でも確かではないのだそうです。 ヘンリー8世妃の座を射止めたしたたかな黒髪のアンの方は才媛ゆえか魔女扱いされホクロや多指症など種々の身体的特徴も取り沙汰されます。 ブーリン家の姉妹のうちアンを熱演するのはNatalie Portman(ナタリー・ポートマン)で、慎み深い金髪のメアリーは2003年に「Girl with a Pearl Earring(真珠の耳飾りの少女)」で17世紀の女性を演じたScarlett Johansson(スカーレット・ヨハンソン)です。 そしてハンサムで女好きとされる英国王「King Henry the VIII(ヘンリー八世)」をEric Bana(エリック・バナ)が演じます。 美人姉妹の母親であるエリザベス・ブーリンを演じているのはヒュー・グラントが主演した1992年の「Bitter Moon(赤い航路)」でフィオナ役を演じたイギリス女優のKristin Scott Thomas(クリスティン・スコット・トーマス)で現在48歳ですが老けて見えます。
映画のタイトルの"The Other Boleyn Girl"とは、ブーリン家(又はブリン家)の姉妹のうちアンは王妃になりましたが、王の愛人となったブーリン家のメアリーを指すそうです。

「ブーリン家の姉妹」は英国の史実に基づいて脚色された娯楽作品で、盲目的な家の権力欲に踊らされたブーリン家の二人の姉妹がチューダー王朝二代目のHenry Tudor(ヘンリー八世)の寵愛をめぐる豪華絢爛たるロマンスの物語です。 レンブラントの絵画のような宮廷を背景に、恋と陰謀と背信とが繰り広げられます。
.イギリスのBBCテレビと提携したジャスティン・チャドウィック監督の「ブーリン家の姉妹」の冒頭はイギリスの田舎道を戯れる幼い3人の子供たちと一緒に語りながら歩くブーリン夫婦の映像から始まり、ラストもこのシーンで締めくくられます。 但しラストではブーリン家の姉妹のうちメアリー夫妻の家族です。
※注!この映画は歴史本と殆ど同じストーリーなので、本記事も大分ネタバレとなっています。

ヘンリー王の愛人探し
宮廷ではヘンリー王の妃のキャサリンが前回の女児に続いて今回は待望の男の子を死産してしまい落胆するヘンリー8世です。 一方、成り上がり貴族のブーリン家では美人姉妹のうち、早々とメアリーとWilliam Carey(ウィリアム・キャリー)との結婚が決まります。 そんな時、ヘンリー王のご一行が王の愛人を求めてブーリン家にやって来ます。 翌日馬を駆って狩りに遠出する王の御供は独身のアン・ブーリンでしたがアンのせいで王は負傷してブーリン家に戻ってきました。
※この時に髪を束ねたアンが付けていた金のネットと後半にメアリーが付けていたビーズつきのネットが素敵です。
場面変わって、怪我をした王の手当てをするメアリーの指輪を見て「結婚しているのか?」と訊ねるヘンリー王でしたが、ブーリン家を立つ時に目をやったのは独身のアンではなく人妻のメアリーの方にでした。

王の白羽の矢がメアリーに
ヘンリー王が帰ったブーリン家では、父のトーマスが「妃の侍女になれ」という王の言葉をメアリーに伝えるが、「私は結婚しているので」とメアリーは躊躇します。 独身のアンにも気兼ねしたメアリーでしたが、夫のウィリアムにも好条件を与えられては四面楚歌となり、仕方無しに母とアンを伴ってキャサリン王妃のもとへ赴いたのでした。 メアリーとアンが宮廷での華やかな集いを楽しんでいたところ、ヘンリー王が広間に入って来ると、「今宵。」とメアリーに耳打ちしたのです。 やはり、王妃の侍女とは名目でメアリーは王の愛人だったのです。 この後、勝気なアンは内密に婚約者のいる貴族、ヘンリー・パーシー卿と結婚してしまったので父の怒りを買い、ノーフォーク卿(トーマス・ハワード伯父)の言う通りにブルゴーニュ公女マルグレーテ(フランス女王)もしくは王の妹メアリー王女の侍女になるべくフランスに送られることになります。

イニシャルはB
時を経て王の世継ぎを懐妊か、メアリーの出産準備が始まります。 代わりにアンが呼ばれ、フランス帰りで洗練されたアンを見た目新しいもの好きなヘンリーは「ずいぶん変わったな、宮廷にようこそ。」と歓迎の意を表明します。 アンが宮廷で華やかな生活を送りますが、フランスから戻った頃から身に付けたのがブーリン家のイニシャルの「B」をデザインしたペンダント(チャーム)付き首輪(チョーカー)でした。 史実によるといくつかの肉体的な欠陥があったアンは欠点を見せないように服装にも工夫を凝らしていましたが、チョーカーは首の大きなホクロを隠すためだったそうです。

ヘンリーのプレゼント攻勢
出産を控えたメアリーには興味がないヘンリー王は今度はアンにご執心となります。 アンのもとへ王から届けられた豪華な宝石の贈り物、その美しさに息を呑むアンでしたが、即座に送り返せと国王付きの使者のWilliam Stafford(ウィリアム)に指示します。 このような扱いを受けたことなど無い王は激怒するも、よけい気を惹かれたようです。 2度に渡るプレゼントの返却に激怒した王はアンのいるブーリン家までやって来て、アンの部屋を訪れるも例のごとくアンのつれない素振り。 ヘンリーを愛しているわけでもないアンにとっては一世一代の大きな賭けなのです。 ただの愛人なんて真っ平ご免、私は王妃になるのよ。

アンの勝利
産みの苦しみに呻き声をあげるメアリーに頓着なく別室でアンを口説くヘンリー王、「妃を欺き、次はメアリー、どうして貴方を信じることができましょう。」とアンが焦らしているところに産婆が「男の子ですよ。」と告げに来る。 せっかく上手くいきそうだったのにと焦ったアンはとうとうヘンリーの申し出を承諾したのでした。 勝ち誇った顔でメアリーに目をやるアンに「ヘンリー王にはキャサリン妃がいるからアンとは結婚できないのよ。」と諭すメアリーを子供ともども田舎にやってしまおうするアンでした。

離婚のためにバチカンと決別
"Queen or Nothing"と正式な結婚を迫るアンに「キャサリン妃はカトリックだからそれはできない。」というヘンリー王でしたが、宮廷では「なんとか妃と離婚する方法を考えろ!」と命じたのです。 とうとう離婚できないキャサリン妃に対し世継ぎを儲けなかったとして結婚が無効であることを問う裁判にかける日が来ました。 王妃はアンに向かって「お前こそが魔女裁判にかけられるべきだ。」と怒りをぶつけます。 女をものにするために法王と袂を分かつなんて無謀でございます、陛下。 アンの王妃になりたいという望みは英国と法王が分離しヘンリーがイギリス国教会を成立させるという一国を傾ける大事件となりました。(まさに傾城) 英国はヨーロッパ各国から孤立するであろうと案じたヘンリー王は怒りに燃え「お前のお陰でめちゃめちゃだ。」と野獣と化してアンを襲ったのです。 しかし、なにはともあれ、とうとう王妃の冠を頭上に載せたQueen Anne Boleyn(アン王妃)でした。

アンの処刑
国王に仕えていたWilliam Stafford(ウィリアム)が宮廷を去る前に、元愛人でもヘンリー王を愛していたメアリーを訪ね、養うに充分な資産は残っているからと結婚を申し出たのです。 一方、アンは女児を出産しノーフォーク公女エリザベス・ハワード(母)の名を取ってエリザベスと名付けたのでした。 王は冷ややかに「次には男の子を産め。」と立ち去ったのです。 ちょっと分かり難いのですが次に男児を死産したらしいアンは必死で世継ぎを身篭ろうとしたのだろうか、兄のLord Rochford(ロチフォード卿)ジョージ・ブーリンに迫ります。 ジョージは必死に拒んだものの、これ聴いていたジョージの妻(侍女)が宮廷に報告したからスワ一大事!になるのです。 王はアンに向かって「お前は魔女だ。」と罵り、兄のジョージも捕らわれてしまうのです。 こうして結婚3年目にしてアンは不倫と近親相姦の罪で裁判にかけられることになります。 強気のアンが「私を裁いても、陛下、お忘れなきよう、貴方は神に裁かれますよ。」と脅してみても、何と言おうと判決は「有罪」、「有罪」、「有罪」、トーマス・ハワード伯父までも「有罪!」 ロンドン塔での反逆者としての処刑の日、兄のジョージは死刑執行人の手斧で断頭。 首にかけたイニシャルのBも外したアンの処刑には苦痛の少ないサーベルが使用されたのでした。

メアリーの幸せ
処刑場から立ち去ったメアリーはアンとの約束を果たすべく城内に入りアンの子供(エリザベス)を手にすると宮廷を立ち去りWilliam Stafford(ウィリアム)と結婚して幸せに暮らしました。 冒頭と同じくイギリスの田舎道を戯れる幼い3人の子供たちと一緒に語りながら歩くメアリー夫婦の映像で締めくくられます。(この場合は3人のうち一人はアンの子供、後のエリザベス1世)
面目を失った哀れなブーリン家のトーマスはアンの処刑の2年後に死亡、Norfolk(ノーフォーク)の侯爵になったトーマス・ハワード伯父は投獄されたうえに三代に渡る子孫は反逆罪により処刑されたそうです。 バチカンとの断絶をするという王の決議は永遠に英国の立場を変えてしまいましたが、ヘンリーの英国を強力な後継者無しの状態にしておくことの懸念は根拠の無いものと判明しました。 なぜなら王は45年間もの間、英国を治めた立派な世継ぎを残したのです。 それは王があれほど望んでいた男児ではなく、アン・ブーリンが産んだ赤毛の女の子、その名はエリザベス。 名誉革命(The Glorious Revolution)後はでカトリックからプロテスタントに勢力が移ったため、カトリックだったチューダー王朝最後の女王、Elizabeth I(エリザベス一世)でした。

ブーリン家の姉妹の歴史的考察
類似した映画にはRichard Burton(リチャード・バートン)がヘンリー8世でGeneviève Bujold(ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド)がアン・ブーリンを演じた1969年の「Anne of the Thousand Days(1000日のアン)」やCate Blanchett(ケイト・ブランシェット)が主演した1998年の「Elizabeth(エリザベス)」にもヘンリー王とアン・ブーリンの関係が描かれています。
「ブーリン家の姉妹」ではヘンリー王は好色とは設定されていないどで、英国の王室を守るための世継ぎが目的だったのかもしれませんが、姉妹の母親もかっては愛人だったとかいわれていますが、ブーリン家の姉妹を両天秤にかけた悪趣味な王や、立身出世及び領地拡大のために政略結婚はおろか、娘や妻でさえ牛馬のごとく王に捧げる"家"の体質が、姉妹の確執を生ませ不幸な運命をもたらしたといえます。 アンが処刑された理由に不倫があげられますが、これとてお世継ぎを儲けようとしたためかもしれません。 歴史的にはチューダー王朝のヘンリー8世の愛人たちの中では後のエリザベス女王の母としてアン・ブーリンが有名です。 冴えない容姿のアン・ブーリンが美貌のメアリーに嫉妬する説がありますが、どちらが姉か妹かは断定できないそうです。 ブーリン家は名家というわけでもないせいか、曖昧な点が多く、メアリーは1520年に結婚していた説もあれば1528年死別説もあるのだそうです。 洗練された話上手のアンがすでにヘンリー8世の愛人となっていたのに、ヘンリー8世が人妻のメアリーに目を付けてヘンリー似の子供が産まれているのだとか。 もちろん正式ではないので認知はせず、これをもみ消すかのようにヘンリー8世はキャサリン王妃と離婚してもアンとの結婚を考えていたそうですが、このために強行したローマ法王との断絶は大いなる不幸をもたらしたのでした。 史実ではメアリーは平民と再婚して王や妃などから猛烈な反対を受けて宮廷から追い出されますが、恋人と別れて王妃となったものの反逆者として斬首処刑されたアンとは違って幸せな別の人生を歩むことが出来たのです。 ちなみにヘンリー8世は反逆罪とか不倫とか名目をつけてはたびたび妃を処刑したらしいです。 平均余命の短かった中世では政略結婚などは珍しくなく、12歳で嫁がせ14歳で子供を産むなんてことはざらにあった話だそうです。
※チューダーについては英国歴史散歩 薔薇の王国

「ブーリン家の姉妹」のオフィシャルサイトはThe Other Boleyn Girl Official Site - Sony Pictures
サイトの右上のClipsをクリックするとビデオが、Photo Galleryでは写真が見られます。
アメリカでは2008年の2月に公開されていますが、日本では10月公開です。

The Other Boleyn Girl DVD & Blu-ray
日本語字幕DVDとBlu-ray(ブルーレイ)は2009年4月に発売です。
Other Boleyn Girl DVD ブーリン家の姉妹 [DVD]
ブーリン家の姉妹 [Blu-ray]

The Other Boleyn Girl Soundtrack
ページトップの画像は「ブーリン家の姉妹」のサウンドトラックです。 音楽はPaul Cantelon(ポール・カンテロン)ですが、侍女として宮廷に赴いたメアリー・ブーリンがキャサリン王妃の要請で歌った"Westron Wynde"は収録されていません。 ポール・カンテロンは1965年生まれのカルフォルニア出身のクラシック系の作曲者でバイオリンやピアノを演奏するそうです。
♪ Opening TitlesからFinaleまでのストーリーを追った全27曲の試聴はThe Other Boleyn Girl [Original Score] - Amazon.com

The Other Boleyn Girl (Book)
The Other Boleyn Girl Bookフィリッパ・グレゴリー著の英語版ペーパーバックは中身が覗けます。 この他に映画の公開に合わせた「The Other Boleyn Girl (Boleyn) (マスマーケット)」なども発売になりました。 原作者である1954年生まれのフィリッパ・グレゴリーは18世紀文学を専攻したケニヤ出身の女流英国歴史小説家で特に16世紀のTudor(チューダー)王朝と18世紀の史実に興味を持っていたそうです。 児童文学も手掛けるフィリッパ・グレゴリーの作品はたくさんドラマ化されていますが2002年に出版された"The Other Boleyn Girl"は2003年にイギリスのBBCテレビでドラマが放映されたそうです。


☆1994年にLeon(レオン)でデビューしたナタリー・ポートマンは2004年にCloser(クローサー)、2007年にMr. Magorium's Wonder Emporium(マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋)など多くの映画に出演し、ストリッパーからピアニストまで幅広く演じています。
☆スカーレット・ヨハンソンはこの後、Woody Allen(ウディ・アレン)が監督する2008年のVicky Cristina Barcelona(それでも恋するバルセロナ)に続いて2009年の「He's Just Not That Into You(そんな彼なら捨てちゃえば?)」のプレミアでは黒髪でお目見え、その後はホラー映画の「The Sirit(ザ・スピリット)」に出演します。
Audio-Visual Trivia 内のスカーレット・ヨハンソンが出演した映画
2006年のThe Black Dahlia(ブラック・ダリア)
2004年のA Love Song for Bobby Long(ママの遺したラヴソング)
2004年のIn Good Company(イン・グッド・カンパニー)
声優として2004年のアニメのThe SpongeBob SquarePants Movie(スポンジ・ボブ/スクエアパンツ)

Recent Comments

Powered by Movable Type 4.261