October 2008 Archives


Brigitte Bardot Photo Gallery
Brigitte Bardot_top
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Doctor at Sea 1955 La Femme et le pantin_1  La Femme et le pantin_2  Brigitte Bardot1_4

Brigitte Bardot2_1 La Verite La Verite Bardot2_4

BB et Jacques Charrier1 BB et Jacques Charrier2 BB et Nicolas-Jacques Charrier Brigitte Bardot3-4

La Femme et le pantin1 La Femme et le pantin2 La Femme et le pantin3 La Femme et le pantin4

En cas de malheur 1958 1962-Babette s'en va-t-en guerre Babette s'en va-t-en guerre Go-Kart

privée Le Mépris BB3 La Verite

privée1_1 privée1_2 privée1_3 privée1_4

privée2_1 privée2_4 Une Ravissante idiote - 1963 Grand Prix Cinema Francais

Amours célèbres bb6_2 bb6_3 bb6_4

BBs1 La Verite Les bijoutiers du Clair de Lune BBs4 BBs5 BBs6 BBs7

privée BBs2_3 BBs2_4 BBs2_5 BBs3_1 BBs3_5 BBs3_2

BBs2_1 Vie privée La Verite La Verite

Le Mépris La Verite

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Brigitte Bardot danse avec deux hommes - YouTube
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上記の写真は全てクリックで拡大出来ます。
「ブリジット・バルドー写真集」は、ブリジット・バルドーの1950年代と1960年代のモノクロ画像約50数枚ほどで、映画雑誌から切り抜いてスクラップブックに保存してあったのもので、殆どがザラ紙の切り抜きなので画像は粗悪ですが半世紀前の思い出となっています。 50年代や60年代のベベのヘアスタイルやシネマ・ファッションについて多少なりとも参考になるかと思います。
※本来肖像権や著作権はそれぞれの被写体と撮影者に帰属するものですから、これらの画像は複製権の侵害にあたります。 よってブリジット・バルドーからクレームがついた時点で写真は即刻取り下げる所存にございます。
BB's fashion show- YouTube

Brigitte Bardot et Jacques Charrier a un fils, Nicolas-Jacques Charrier.
夫だったRoger Vadim(ロジェ・ヴァディム)が監督した「Et Dieu créa la femme(素直な悪女)」のヒットにより名声を得たブリジット・バルドーでしたが、映画で共演したJean-Louis Trintignant(ジャン・ルイ・トランティニャンに恋をしてバディムとは1957年に離婚しました。 トランティニャンと別れて歌手とも交際しましたが、1959年に「Babette s'en va-t-en guerre(バベット戦争へ行く)」で共演したJacques Charrier(ジャック・シャリエ)と恋に落ちて結婚し一児を儲けます。 それが息子のNicolas-Jacques Charrier(ニコラ=ジャック・シャリエ)です。 シャリエがしきりになだめてもプイっとそっぽを向くブリジット・バルドーの写真が雑誌にスクープされました。 どちらが悪かったのか、その後この二人は1962年に離婚してしまいます。 ベベとシャリエの写真は3列目を参照。

Brigitte Bardot a remporté le Grand Prix Cinema Francais.
多作を誇るブリジット・バルドーは無冠の映画スターでもありましたが、1961年にLouis Malle(ルイ・マル)が監督した「Vie privée(私生活)」でイタリア俳優のMarcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)と共演し、フランス・シネマ大賞の女優賞を受賞しています。(1965年にはViva Maria! (ビバ!マリア)も受賞しているそうです。) 上から8列目の最期の写真がその時ものもので、確か「受賞して嬉しそうなベベ」といった見出しが付いていたと記憶しています。 ブリジット・バルドーは恋多き女優として自由奔放な女のレッテルを貼られマスコミ攻勢の激しかった頃には実際に自殺を図っていますから、映画「私生活」はベベのドキュメントともいえる内容です。 至福の表情でヒロインが落ちていく映画のラストシーンと、ベベがギターの爪弾きで歌ったSidonie(シドニー)が印象的でした。


Shebam! Pow! Blop! Wizz... Prout!
Brigitte Bardot ( CD)
B.B.: Brigitte Bardot CD Story
ブリジット・バルドーは歌う!

Brigitte Bardot CD Story
上記のCD画像は人気のベスト盤アルバム「Brigitte Bardot [ORIGINAL RECORDING REMASTERED] [IMPORT]で、1962年リリースのフレンチポップス"Je Danse Donc Je Suis"やCe n'est pas vraiの他に可愛い"Tu Veux Ou Tu Veux Pas(欲しい、欲しくない)"、そしてSerge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)とデュエットのBonnie & clyde、Bubble Gum、Harley Davidson、ブリジット・バルドー写真集 (カラー) Brigitte Bardot Photogallery_1で写真とビデオが見られる"Noir et blanc(黒と白)"など60年代の21曲が収録されています。
ゲンズブールとのコラボを収録したアルバムの試聴はBrigitte Bardot - Fnac.com

Brigitte Bardot - Je Danse Donc Je Suis - YouTube
BB et Gainsbourg - Bonnie and Clyde - YouTube
BB et Gainsbourg - Comic Strip "Shebam! Pow! Blop! Wizz... Prout!"- YouTube
BB et Gainsbourg - Je t'aime moi non plus - YouTube

Je t'aime moi non plus
ドイツの富豪のGunter Sachs(ギュンター・ザックス)と婚姻中だったブリジット・バルドーの依頼でセルジュ・ゲンズブールはベベにに捧げた"Bonnie & Clyde"と共に"Je t'aime moi non plus"を作曲しました。 「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」は当時アツアツだった二人が吹き込んだもののバルドー側(夫)の要請で発表されずに幻のレコードとなっていました。 もっともセルジュ・ゲンズブールはその2年後にはベベと歌った同じ曲「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」を妻となったJane Birkin(ジェーン・バーキン)ともっと熱く歌ってしまいます。
ブリジット・バルドーのバージョンの「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」は吹き込みから19年後に「売り上げは動物愛護団体に寄付する」という条件付きでバルドーの承認を得てリリースされました。このような事情でか1986年には他にも以前のバルドーの録音が解禁となっています。 この2曲以外にもブリジット・バルドーとゲーンズブールのセクシーな「Sea sex and sun(海、セックス、そして太陽)」や、ゴダール監督が1959年に「A Bout de Souffle(勝手にしやがれ)」でやったみたいにアメリカ文化へのオマージュのようなBonnie & Clyde(ボニーとクライド)、Bubble Gum(恋はバブルガム)、Harley Davidson(ハーレー・ダヴィドソン)などコミカルな歌をたくさん吹き込んでいます。
Brigitte Bardot Show
1967年に仏テレビのBrigitte Bardot Show(今宵バルドーとともに / バルドー・ショー)でベベとゲンズブールのComic Strip(コミックストリップ)などが放映されたそうで、Harley DavidsonやContactなどを収録したLPアルバム「Brigitte Bardot Show 67」もリリースされています。
CD化されたが試聴できるBrigitte Bardot Show [Bonus Tracks] - Barnes & Noble.com
Bonie and Clyde
1967年にFaye Dunaway(フェイ・ダナウエイ)がボニーを演じた「俺たちに明日はない」を演出したセルジュ・ゲンズブールとブリジット・バルドーのなりきり"ボニー&クライド"ではフェイそっくりに扮装したBBが見ものです。
Serge Gainsbourg et Brigitte Bardot - Bonie and Clyde - YouTube
Vous avez lu l'histoire, De Jesse James...と歌われるフランス語の「ボニーとクライド」の歌詞はBonnie and Clyde Paroles - PloresMania.com

BB: Ye-Ye Girl
フランス人が歌う歌はシャンソンですが、特にゴーゴーが人気だった60年代にはアイドル的な可愛い子ちゃん歌手の歌うフレンチ・ポップスが流行りました。 1968年にセルジュ・ゲンスブール作の"Comment te dire adieu(さよならを教えて)"がヒットしたFrançoise Hardy(フランソワーズ・アルディ)は別格としても、女性ではSylvie Vartan(シルヴィ・バルタン)やFrance Gall(フランス・ギャル)などのイエイエ娘達が登場しました。 映画界からもジェーン・バーキン、Marie Laforet(マリー ・ラフォレ)、Mireille Darc(ミレーユ・ダルク)などに混じってブリジット・バルドーもロリータ系のVarie´te´ francaise(フレンチ・ポップス) & Ye-Ye(イエイエ French Go-Go)の仲間入りをしています。 ベベはセルジュ・ゲンズブールがプロデュースした音楽ではセクシー路線もありますが、他の多くの歌はスタンダードなシャンソンのカバー曲や陽気なフレンチ・ポップスが殆どです。
ベベの写真をずっと見ていくと50年代とポップでサイケな60年代とではメイクもファッションも変わっています。 50年代のアメリカ文化のポニーテイルから60年代にはフレンチポップスが大流行! 麦わらのように黄色く染めた髪はとてもインパクトを与えましたがその長い髪をかきあげたアップスタイルをChignon casque(ヘルメット型シニヨン)と呼ぶそうです。 日本でも加賀まりこが真似したので若い娘はみんなトップに逆毛をわんさか立てて綿アメみたいなヘアスタイルを真似しました。 アメリカではBeehive Hairstyle(ビーハイヴ/蜂の巣箱スタイル)と呼ぶらしいです。 ベベは60年代にはショートヘアにミニスカートやブーツ・スタイルも取り入れて、ミニスカートの申し子のようなTwiggy(ツイギー)みたいにアイラインで眼を強調したメイクでしたが、オーララ、現在もそのままです。 60年代メイクの特長は眼にポイントを置きます。 眉は細めですが眉のすぐ下にハイライトの白を入れて立体的に、アイシャドーは濃い青、眼の縁はグルリと太目のアイラインで目じりにも書き足し、二重もしくは三重の付け睫毛でビューラーでカール、下にも付け睫毛をするか、ペンシルで下に睫毛を書き足すなど眼をつむっていても眼が開いているようなタヌキ目でした。 まれにツイギーみたいに書きソバカスを付け加えたりします。

Les amis de la musique Bardot et Les Freres Jacques - YouTube
L'appareil a sous - Brigitte Bardot - YouTube

Listenアルバム「Initiales BB」から1962年に「Vie privée(私生活)」でベベが歌ったSidonie(シドニー)が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for World of Echo with Dave Mandl - April 4, 2003(Listen to this show (RealAudio)をクリック、クリップ・ポジション(再生バー)を48:20に移動)
※シドニーの歌詞はSidonie - LyricsMania.com
Bonnie and ClydeとHarley Davidsonが聴けるwfmuラジオのプレイリストHova's Hit Parade - September 28, 2004(Click! Hear! をクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を40:50に移動)
アルバムInitiales BBからContactが聴けるwfmuラジオのプレイリストPlaylist for Brian Turner - August 2, 2005とSerge Gainsbourg & Brigitte BardotのUn jour comme un autreが聴けるPlaylist for This Is the Modern World with Trouble - January 20, 2005(Listen to this show (RealAudio)をクリック、時間が0:06:27となっていますがクリップ・ポジション(再生バー)を4:14に移動)
アルバム「Pop a Paris 2」からPlaylist for Bill Zurat - November 14, 2004「両方共bardotで検索して右の時刻をクリック)

Brigitte Bardot Victor ss-1443
Brigitte Bardot EP"Brigitte Bardot"という曲は、陽気にブリジット・バルドー!バルドー!と"ブリジット・バルドー"を連呼してDario Moreno(ダリオ・モレノ)が1961年頃に歌ったコミカルなベベ賛歌ですが、私が購入したLuis Ferreira(ルイス・フェレイラ)楽団のEPレコードもサンバやCMソングを作曲したブラジルのMiguel Gustavo(ミゲル・グスターヴォ)が作曲したそうです。
Brigitte Bardot Bardot par Darío Moreno
Brigitte be´jo be´jo
De toutes les belles pinguinettes
C'est bien toi la plus chouette
Darío Moreno sings Brigitte Bardot - YouTube
1959年の「La Femme et le pantin(私の体に悪魔がいる)」や「Voulez-vous danser avec moi?(気分を出してもう一度)」でもベベにちょっかいを出してビンタされる役です。

Écouter les chansons dans la radio!
Brigitte Bardot - Nue Au Soleil - Paris City Coffee - Rádio UOL

French Pops Radio Ye-Ye!


Brigitte Bardot and the Lolita Syndrome
サルトルとの契約結婚で有名なフランスの 思想家であるSimone de Beauvoir(シモーヌ・ド・ボーヴォワール)がベベの写真集に 文章添えた「Brigitte Bardot and the Lolita Syndrome」が出版されています。


☆ブリジット・バルドーの写真集 (カラー)はBrigitte Bardot Photogallery_1
☆ブリジット・バルドーについてはBrigitte Bardot


STEREO 1167 RIVERSIDE SR - 7012
Work Song LP Nat Adderley
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Work Song by Nat Adderley (LP)

Nat Adderley (1931 - 2000)
Work Song(ワークソング)をはじめJive Samba(ジャイヴ・サンバ)などの作曲者と知られるナット・アダレイはアルト・サックス奏者のJulian "Cannonball" Adderley(キャノンボール・アダレイ)を兄に持つコルネット奏者です。 やはりキャノンボール・アダレイが演奏しているOld Country(オールド・カントリー)はジャズスタンダードの作曲者であるCurtis Reginald Lewis(カーティス・R・ルイス)の作品ですがナット・アダレイがアレンジしたのでしょうか。 All You Need to Say (Never Say Yes)の方はナット・アダレイとニューヨーク出身のミュージシャン(アレンジャー、作詞家)のChris Caswell(クリス・キャスウェル)とのコラボのようです。
ナット・アダレイは最初は歌手として音楽界に入り、それから楽器演奏でトランペット、そしてコルネットへと転向し、1800年代初期に考案されたフレンチ・ホーン(又はフレンチホルン)も演奏するそうです。

ナット・アダレイは1951年にLionel Hampton(ライオネル・ハンプトン)楽団に参加した後、1955年にトランペット(管)のJerome Richardson(ジェローム・リチャードソン)やピアノのHank Jones(ハンク・ジョーンズ)やドラムのKenny Clarke(ケニー・クラーク)などと組んだクィンテットでアルバム「That's Nat」を録音し(You Better Go Nowが美しい)、1956年には兄のキャノンボール・アダレイが結成したCannonball Adderley Quintet(クィンテット)のメンバーとなりましたが経営難もあり1957年に解散してしまい、キャノンボール・アダレイはマイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンのバンドに参加しました。 しかしその後のハードバップ又はファンキー・ジャズ全盛期の1959年に兄弟でソウル・ブルース・スタイルの五重奏団を結成して大成功しています。 キャノンボール・クィンテットのCannonball Adderley Quintet in Chicago with John Coltraneではジョン・コルトレーンと共演しています。 Miles Davis(マイルス・デイヴィス)の1958年のアルバム「Something ELse」に収録されたキャノンボール・アダレイをフィーチャーした"Autumn Leaves"は素晴らしいですが、1967年代にはキャノンボール兄弟の"Mercy, Mercy, Mercy(マーシー・マーシー・マーシー)"が大ヒットしました。
The Cannonball Adderley Quintet with Nat Adderley - Mercy, mercy, mercy - YouTube
Cannonball Adderley with Nat Adderley - Jive Samba 1963 - YouTube

Cornet
コルネットという角笛型のクリーム入り菓子パンがありますが、楽器のコルネットは金管楽器(リード楽器)の一種でトランペットよりも柔らかな音が出るそうです。 コルネットを演奏したジャズミュージシャンはKing Oliver(キング・オリバー)やBix Beiderbecke(ビックス・バイダーベック)、Red Nichols(レッド・ニコルス)などが演奏し、トランペッターのLouis Armstrong(ルイ・アームストロング)も初期にはコルネットを吹いたようにジャズの初期に使用された楽器ですが第二次世界大戦後は廃ったそうです。 コルネットとトランペットとの相違点は管が2回巻きで伸ばした時の管の形が半分以上の2分3が円錐管であり、トランペットよりもちょっと小ぶりな楽器です。

Work Song
ナット・アダレイが1960年に作曲した"ワーク・ソング"はキャノンボール・アダレイの五重奏団の演奏で有名ですが、Duke Ellington(デューク・エリントン)、Count Basie(カウント・ベイシー)、Charles Mingus(チャールス・ミンガス)、Oscar Peterson(オスカー・ピーターソン)、J.J. Johnson(JJジョンソン)、Gene Ammons(ジーン・アモンズ)、Wes Montgomery(ウェス・モンゴメリー)、Quincy Jones(クィンシー・ジョーンズ)なども演奏しており、新しいところではアラバマ出身のアルト・サックス・プレイヤーのSherman Irby(シャーマン・アービー)が日本デビュー・アルバム「Work Song -Dear Cannonball-(ワーク・ソング-ディア・キャノンボール-)」(ASIN: B001J5XMGE)に"Work Song"と"Jive Samba"を収録しています。 一方、ボーカル・バージョンではSammy Davis Jr.(サミー・デイヴィス・ジュニア)、Billy Eckstine(ビリー・エクスタイン)、Joe Williams(ジョー・ウィリアムス)、女性では黒人公民権運動(ブラックパワー)に積極的だったNina Simone(ニーナ・シモン)がカバーしており、白人ではBobby Darin(ボビー・ダーリン)、作詞者のOscar Brown Jr.(オスカー・ブラウン・ジュニア)自身も歌っています。(やはりボーカルバージョンではオスカーが最高!) 強制労働に従事させられた囚人の哀歌として1960年に"ワーク・ソング"に歌詞を付け自身の初アルバム「Sin & Soul...And Then Some」に収録したオスカー・ブラウン・Jrは、シカゴ出身のジャズ歌手にして作詞者で公民権運動にも関与した人物だそうです。 惜しくも2005年に亡くなってしまったオスカー・ブラウン・ジュニアですが、他の何人かの黒人歌手がやったように差別を訴える曲を歌うのだけではなく、人権問題をアピールした詩を発表したり議員にもなって活動しようとしたそうです。
"Breaking rocks out here on the chain gang ..."と歌われるワークソングの歌詞はWork Song Lyrics - Blues for Peace
♪アルバム「Sin & Soul & Then Some」からオスカー・ブラウン・Jrのワークソングが聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for Inner Ear Detour with David - April 17, 2003(Listen to this show: RealAudioをクリック、クリップポジションを53:46に移動)
※ナット・アダレイといえばファンキーな"ワーク・ソング"が代表的な曲ですが、ワーク・ソングとはアメリカ版「ソーラン節」や「よいとまけ」労働歌で、南部の黒人奴隷が囚人たちが労働中にリーダー格のひと声にその他大勢が応答してくり返し応唱する形式の歌で、奴隷たちの故郷の西アフリカに先唱と応唱という歌の形があるそうです。

About Nat Adderley - Work Song - YouTube
Cannonball Adderley Sextet - Work Song - YouTube
Sammy Davis Jr. with Count Basie - Work Song - YouTube
Bobby Darin - Work Song - YouTube
Nina Simone - Work Song - YouTube

Work Song STEREO 1167 RIVERSIDE SR - 7012
ページトップの画像は名曲"Work Song "がタイトルとなっているナット・アダレイの1960年録音の「Work Song 」の国内盤です。(パーシー・ヒースのチェロ演奏が珍しいこのLPには右下にRiversideのマーク有り。) オリジナルはRiverside RLP 12-318でしょうか。 私が所有しているこの国内盤LPレコードは「モダン・ジャズ名盤蒐集会選定盤 37 - 12」となっていて、タイトルは「ワーク・ソング/ナット・アダレイ Work Song: Nat Adderley」です。 イントロでボルテージ100%(興奮度)となるこの盤のナット・アダレイの"Work Song"以外は受け付けません。
※名盤蒐集会とは1960年代初期にジャズ評論界の重鎮4人で構成され、毎月2枚のレコードを選定し推薦した由緒正しき"国内盤"LPレコードです。(お墨を付けたメンバーは油井正一、植草甚一、野口久光、藤井肇)
当時は学生だった私が貯めたお小遣いでステレオを購入したのも昭和35年(1960年)頃でしたが、実演ジャズ喫茶が100円、葉書が5円、山手線の初乗りが10円、初任給は1万円弱の当時でLP1枚の1800円はかなりの出費でした。 日本からの持ち出し外貨制限が500ドルで海外渡航が自由化されていない1960年代、1949年から1971年までは1ドルが360円の固定相場だったから輸入盤は高値の花、よって国内プレス盤が発売された次第です。
ナット・アダレイが1960年に作曲した"ワーク・ソング"は1962年にオスカー・ブラウンJr.が詞をつけたそうで多くのジャズメンが演奏しボーカリストが歌っています。 例えば1998年にニューヨークのブルーノート・クラブで録音されたRay Brown(レイ・ブラウン)とMilt Jackson(ミルト・ジャクソン)とのオスカー・ピーターソン・トリオが演奏するライヴアルバムで、ミルト・ジャクソン最後のセッション盤「The Very Tall Band: Live At The Blue Note」ではレイ・ブラウンのソロ・メドレーでナット・アダレイのWork Song(ワーク・ソング)のフレーズが聴けます。
演奏メンバーはコルネットがナット・アダレイ、ギターが録音当時37歳のWes Montgoery(ウェス・モンゴメリー)、ピアノが"モーニン"の作曲者でジャズ・メッセンジャーのメンバーだったBobby Timmons(ボビー・ティモンズ)、ベース(セロ)がSam Jones、セロ(ベース)Keter Betts(キーター・ベッツ)、ベースがMJQのメンバーのPercy Heath(パーシー・ヒース)、ドラムがホレス・シルバーが見出した新人Louis Hayes(ルイ・ヘイズ)です。 当時は新人トランペッターであったナット・アダレイのアドリブのきいたコルネットとギターと爪弾きのベースやセロのコンビネーションが絶妙の異色アルバムです。 ナット・アダレイのミュートを付けたエモーショナルなコルネットはまるでMiles Davis(マイルス・デイヴィス)のサウンドのようです。


Work Song [Hybrid SACD]
Work Song CD Nat Adderleyナット・アダレイの素晴らしいコルネットとセロとギターを前面に、リズムセクションは一流のピアニストやベーシストやドラマーが受け持った当時の演奏を蘇らせる再リリース盤です。
この他に1991年リリースの輸入盤CDや2008年リリースのUniversal Japan盤「Work Song [Original recording remastered]」や「Riverside mono RLP 1167 リバーサイド、モノラル盤12-318」など別のCDがあります。
♪試聴はWork Song - Barnes & Noble.com
この2004年リリースのRiversideアルバムはSACDの互換機が必要だとかという情報を見ました。
※SACDとはSuper Audio CD(スーパーオーディオCD)のことでSACDは対応プレーヤーのみ再生可能ですが、Hybrid SACDは通常のCDプレーヤーおよび、SACD対応プレーヤーの両方で再生可能だそうですが購入したことがないので不明。(DVD-AudioとSACDの互換機DV-AX10をパイオニアが発表したと聞きますが。)
※リバーサイドからはナット・アダレイが参加している五重奏団で「キャノンボール・イン・サンフランシスコ」や、六重奏団では「キャノンボール・イン・ニューヨーク」などがリリースされています。

アルバム「Work Song 」の曲目紹介
A面
1 Work Song(ワーク・ソング)
ナット・アダレイが自作自演するミュート・コルネットが魅力の定番曲。
2 Pretty Memory(プリティー・メモリー)
ボビー・ティモンズの作曲
3 I've Got A Crush On You(アイヴ・ガット・ア・クラッシュ・オン・ユー あなたに夢中)
ガーシュイン兄弟が作ったジャズ・スタンダードの名曲 Adderley-Montgomery-Jones trio
4 Mean To Me(ミーン・トゥ・ミー)
ジャズ・スタンダードをナット・アダレイのコルネットにウェス・モンゴメリーのギターがバック
5 Fallout(フォールアウト)
ナット・アダレイがオープン・コルネットで演奏する自作のファンキーな曲

B面
1 Sack Of Woe(サック・オブ・ウォウ)
キャノンボールが作ったファンキーな曲。
2 My Heart Stood Still(マイ・ハート・ストゥッド・スティル)
ロジャース&ハートの名曲をナット・アダレイががスゥインギーに演奏
3 Violets For Your Furs(コートにすみれを)
マット・デニス作曲のバラード Adderley-Montgomery-Jones trio
4 Scrambled Eggs(スクランブルド・エッグス)
なたね卵とか菜の花卵と呼ばれる炒り卵のことでアップテンポのいそがしい曲、ナット・アダレイのオープン・コルネットのソロが聴けますがSam Jones(サム・ジョーンズ)の作曲だけあってベースが効いている。
(スクランブルド・エッグスの試聴はScrambled Eggs - 楽天ダウンロード)


この傑作バップアルバムは2003年にCD化されたFantasyのOriginal Jazz Classicsシリーズの1枚で、オリジナル録音はNat Adderly Quartets(カルテット)としての初アルバムとなる1961年のRiversideLPだそうです。 クインテットの演奏メンバーはナット・アダレイがコルネットを演奏していますが、キャノンボール・アダレイのグループからベースのSam Jones、ドラムのLouis Hayes、ピアノのJoe Zawinulが参加、又マイルスと演奏していたピアノのWynton Kelly、ベースのPaul Chambers、ドラムのPhilly Joe Jonesなどです。
☆2000年リリースの「ナチュラリー! 」の他、2006年リリースの「ナチュラリー! (紙ジャケット仕様) ~ ナット・アダレイ」もあり。
♪タイトル曲の他にSonny Rollins(ソニー・ロリンズ)の"Oleo"や"Love letters"など8曲を収録しているアルバムの試聴はNaturally - cdUniverse(Track Listingのタブをクリック)
1945年にVictor Popular Young(ヴィクター・ヤング)が作曲した人気のジャズのスタンダード曲"Love letters"についてはブログ内のKetty Lester(ケティ・レスター)

Soul Of The Bible
Soul Of The Bible
2003年のBlue Note2枚組全14曲を収録したアルバムでキャノンボール・アダレイ名義になっているCDも見かけました。 オリジナルは1972年録音だそうですが現在は入手しにくいようです。
♪試聴はSoul Of The Bible - Fnac.com


Branching Out by Nat Adderley Quintet
Branching Out
Branching Out

オリジナルは1958年のナット・アダレイのRiversideでの初レコーディングです。 キャノンボール・アダレイ・クィンテットと再結成する1年前ほどの1958年にしていますが、「Branching Out」ではハードバップのジャズテナー奏者のJohnny Griffin(ジョニー・グリフィン)、"Summertime"が素晴らしいピアニストのGene Harris(ジーン・ハリス)のThe Three Sounds(ザ・スリー・サウンズ)とレコーディングしています。 ナット・アダレイのオリジナル2曲の他、ジャズスタンダードの"Don't Get Around Much Anymore"などを収録しています。 国内盤の「ブランチング・アウト」もあり。
♪試聴はBranching Out - HMV.co.jp

Blues for Dracula
1958年にナット・アダレイとジョニー・グリフィンはピアニストのTommy Flanagan(トミー・フラナガン)やトロンボーンの Julian Priester(ジュリアン・プリースター)が参加したドラマーのPhilly Joe Jones(フィリー・ジョー・ジョーンズ)名義のRiversideアルバム「Blues for Dracula」でも共演しています。 ジョニー・グリフィンの作曲したアルバムのタイトル曲"Blues for Dracula"のイントロではホラー映画好きのドラマーのフィリー・ジョー・ジョーンズがBela Lugosi(ベラ・ルゴシ)の物真似をしています。
♪RiversideのLPバージョンの"Blues for Dracula"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for Marty McSorley - October 29, 2008(Listen to this show: RealAudioをクリック、クリップポジションを1:07:14に移動)
ハロウィーンにもピッタリのアルバム「ブルース・フォー・ドラキュラ」の試聴はBlues for Dracula - Tower.com

A Little New York Midtown Music
ナット・アダレイとジョニー・グリフィンとは1978年にもベースのRon Carter(ロン・カーター)が参加したNat Adderley Quintet(クィンテット)のアルバム「A Little New York Midtown Music」で共演しています。
♪試聴はA Little New York Midtown Music - Tower.com


The Most Relaxing Jazz Standards in the Universe
2003年からリリースされているジャズ・コンピレーション・アルバム「The Most Relaxing Jazz」シリーズがありますが、このジャズのスタンダード集の2004年にリリースされた「The Most Relaxing Jazz Standards in the Universe」にはナット・アダレイが演奏する"Can't Give You Anything But Love"がキャノンボール・アダレイの"Willow Weep for Me"とともに収録されています。(キャノンボール・アダレイといえば私は"Autumn Leaves"が好きですがこれはThe Best Blue Note Album In The Worldなどに収録されています。)
The Most Relaxing Jazz Standards in the Universe

Nat Adderley plays Sister Sadie
私が持っているRiverside(リヴァーサイド)からリリースされた33回転のLPで、Horace Silver(ホレス・シルヴァー)が作曲した曲を集めた「The Compositions of Horace Silver」(SR-3022)という33回転LP(オリジナルLPはおそらくRiverside 12"LP: RS 93509)があり、A面にナット・アダレイが演奏する"Sister Sadie"を収録しています。
♪Nat AdderleyのSister Sadieが聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for Gaylord Fields - May 21, 2006(Listen to this show: RealAudioをクリック、クリップ・ポジションを1:10:13に移動)


The Bourne series by Robert Ludlum (1927 - 2001)
2002年の映画「ボーン・アイデンティティー」の原作はアメリカのスリラー作家であるRobert Ludlum(ロバート・ラドラム)が1980年に発表したベストセラー小説"The Bourne Identity(暗殺者)"で、三部作の第一作目で、監督は監督はDoug Liman(ダグ・リーマン)です。
ロバート・ラドラムの三部作の第二作目はThe Bourne Supremacy(殺戮のオデッセイ)、第三作目はThe Bourne Ultimatum(最後の暗殺者)で、それぞれ第二作目は2004年に「ボーン・スプレマシー」、第三作目は2007年に「ボーン・アルティメイタム」としてPaul Greengrass(ポール・グリーングラス)監督で映画化され、特に第三作の「ボーン・アルティメイタム」は音響賞や編集賞など三つの2007年のアカデミー賞を受賞してます。
※ロバート・ラドラムの作品一覧は翻訳作品集成 - Robert Ludlum

「ボーン・アイデンティティー」は記憶をなくしたCIA工作員が理由も分からずに襲撃され続けながらもアイデンティティー(身元)を取り戻そうと苦闘するアクション・ミステリです。 ジェイソン・ボーンがなぜ抹殺されなければならないのかは終盤まで全くわかりません。 ジェイソン・ボーンなど登場人物が見せるアクションシーンは迫力がありますがCGは使用せず、武器類も映画用の特別誂えではなく市場に出ている商品だそうです。

「ボーン・アイデンティティー」の続編の「ボーン・スプレマシー」と「ボーン・アルティメイタム」同様に戦闘兵士として訓練された主人公のJason Bourne(ジェイソン・ボーン)にMatt Damon(マット・デイモン)、連れの女の"Marie Kreuz(マリー・クルーツ)にはドイツ女優のFranka Potente(フランカ・ポテンテ)です。 その他のキャストはThe Professor(教授)と呼ばれる異色な刺客にはClive Owen(クライヴ・オーウェン)、CIA幹部のAlexander Conklin(コンクリン)にはChris Cooper(クリス・クーパー)です。

記憶を失くした男: ジェイソン・ボーン
暴風雨の夜、マルセイユ沖で漁をしていたイタリア漁船の船員が荒波に漂う死体を発見し、全員で引き上げると、その男は手には武器を握りしめ、身に付けている救命具を剥いでみると背中に2発の銃弾の跡が、そして尻の皮膚にはチューリヒの銀行口座が照明で浮かび上がるレーザー機器が埋められていたのです。 乗組員がお前は誰なんだ?と訊ねても、その男は何も分からないと答えるのです。

一方、バージニアにあるCIA本部の幹部であるコンクリンのもとに「ミッションは失敗した」と報告が入ると、直ちに抹殺指令を下したのですが、そのコンクリンの手にはジェイソン・ボーンが乗った漁船の写真が握られているのです。

漁船では漁の手伝いをするジェイソン・ボーンですが、船乗りがやるようなこんなロープの結び方をどこで覚えたのか? フランス語をしゃべる。 ドイツ語もしゃべる。 色んな国の言葉をしゃべれる俺(ジェイソン・ボーン)っていったい何者なんだと暗中模索。 不意の襲撃にも対応できる優れた戦闘能力をもつことも判明。 港に着いた漁船から降りるジェイソン・ボーンはアイデンティティーを求めてスイスに向かうも、公園のベンチで寝ていると警官がパスポートを見せろと強制すると反射的に凶暴とも思えるほどの闘争体制に入るのでした。 チューリヒ銀行での貸し金庫番号もタッチスクリーンの手形もパスし、アイデンティティーの手がかりを求めていざ、金庫を開けてみるとパスポートが入っている。 そうか、俺はアメリカ人のジェイソン・ボーンなんだな。 住所はパリか。 しかし、上のケースの下には他の国々の札束と拳銃。 別人名義のパスポートが5通も。 いったいどれが俺なんだ。 ジョン・マイケル・ケインか? しかしそんなジェイソン・ボーンを見ている男あり。 銀行から出て通りでも付けられているようだ。 スイスのアメリカ大使館に逃げ込んで辛うじて無事かと思いきや、またしても銀行でのあの男の顔が見える。 領事館では金が無くてビザのトラブルとなり憤懣やるかたない様子の威勢のよい女を見かけた。 さて、ジェイソン・ボーンが銀行を出ようとすると当然、、「手を上げろ!」と警備員に囲まれる。 突発性の攻撃には迎え撃つ闘争体勢が整っている。 警備員を倒して逃げるジェイソン・ボーンは特別機動隊のようなスナイパー達にまで追われる。 やっとこさで逃げ延びて表に出ると先ほどの女が車に乗るところだった。 女が金が必要だと悟ったジェイソン・ボーンは取り引きをする。 車でパリまで乗せるたら2万ドルを渡す約束をして前金の1万ドルを支払う。 しかし何と恐ろしいことにこの車の所在もCIAに突き止められていたのだ。 CIAのコクリンはバルセロナの教授と呼ばれる刺客以下、世界中のエージェントにジェイソン・ボーンの抹殺指令を出す。 ボーンと知り合った女はマリーといいヨーロッパの国々を渡り歩いているヒッピーのようなドイツ人だったが、そのマリーの身元も調べ上げられていた。

車の二人、ジェイソン・ボーンとマリーはわけも分からず取り合えずは逃げる。 2週間前に何が起こったのかが思い出せないと悩むジェイソン・ボーン。 マリーとパリのアパートに行くが、そこにもスナイパーの手が。 突然、窓ガラスが割れて小銃を構えた男が乱入。 これは怖い! その男を取り押さえ自分が何者かを聞きだそうとするも、大変よく訓練された刺客だったので口を割らずに窓から飛び降りてしまった。 その男は手にジェイソンとマリーの情報書類を持っていたのだ。 あまりのことに憔悴しきったマリーを抱えて急いでアパートを出るジェイソン・ボーン。

CIAからパリ市警に指名手配をされたジェイソン・ボーンはパトカーの警官を見つけて急発進で逃げる。 これに白バイも参加してのカーチェイスはすご過ぎ。 なんと階段を車で走り下り、何十衝突も起こしやっと逃げ延びた。 なんという運転能力なんだと感心するマリー。 車を捨てて、マリーは断髪して髪色も変える。 この時点で二人は恋人となったようです。

映画では冒頭のシーンで、「CIAに命を狙われた!内情を暴露してやる!」といきまいていたアフリカの独裁者で亡命したNykwana Wombosi(ウォンボシ)が再び登場。 CIAからのジェイソン・ボーンは死んだという報告を受けて自分を狙った奴の死を確認せんと死体置き場に行くが、「奴じゃない。」 さて、暗殺未遂なんてなかったことにしたいCIA、コンクリンはどうする! こんどは教授と呼ばれる刺客に暗殺を命じ、ウォンボシを屋外から銃撃しジェイソン・ボーンが果たせなかった暗殺作戦の一大プロジェクtトは完結。 次に教授は暗殺者養成作戦の敗者であるジェイソン・ボーンを狙う。

電話をかけまわってやっとジョン・マイケル・ケインの情報を掴んだものの、既に死体となっているということでその死体を確認にジェイソン・ボーンも死体安置所に行くが、なんとその死体はウォンボシが見た後には消え去っていた。

Treadstone Assassins
逃げるジェイソン・ボーンとマリーはマリーの子供持ちの義弟の家に行くがそこにも追っ手が。 ウォンボシを仕留めたあの教授が家の外に来ている。 スナイパーから引き離すために自ら外に出るジェイソン・ボーン。 この攻防が深い。 背の高い草の生い茂る野原、ジェイソン・ボーンはわざとショットガンをぶっ放して鳥を飛ばす。 一斉に飛び立った鳥は人間の居ない方向へと飛び去った。 つまり逆側には教授が潜んでいるということになる。 教授を仕留めたジェイソン・ボーンは瀕死の教授からヒントを得て、コンクリンから全貌を明かされ、やっと自分のアイデンティティーを理解することができた次第です。 なぜ自分が追われていたのかも。 全ての刺客をかたずけたジェイソン・ボーンでしたが、お次はコンクリンの番、失敗など許されないトレッドストーン(CIAの暗殺者養成作戦)におけるコンクリンの失態を糾弾していたCIA副長官のWard Abbott(アボット)から使わされたであろう刺客(教受)に抹殺され、CIAセンターでは「終わった。。。」とPC機器の電源を切るのでした。 しかしトレッドストーンに組み込まれたCIA工作員のジェイソン・ボーンはなぜ記憶を消されたのか。 何故、暗殺者になったのか。 謎を解く続編に乞うご期待! トレッドストーンがさらにアップグレードされる続々編に乞うご期待! 
教訓: 暗殺者に人間らしき情は無用。 単に組織の戦闘兵士であるべし。 さらに人間ではなく消耗品の武器であるべし。

さて、ラストシーンはわけも分からないまま戦い続けたジェイソン・ボーンへのご褒美です。 活劇からメロドラマへ。 恋人同士が離れ離れになって男がラストシーンで開店準備をする彼女のところに現れる、こんなエンディングを古い映画で観たような。 どの映画だったか思い出せない。

「ボーン・アイデンティティー」のオフィシャルサイトはThe Bourne Identity - Universal

Matt Damon
1989年のSaving Private Ryan(プライベート・ライアン)ではTom Hanks(トム・ハンクス)ばかり気になっていて救出される二等兵のライアンには目がいきませんでしたが、マット・デイモンを始めて意識して観たのが1999年の「リプリー」なのですが、Julia Roberts(ジュリア・ロバーツ)が主演した1988年のMystic Pizza(ミスティック・ピザ)でチラリとデビューしています。 マット・デイモンが繊細な、しかし強かなゲイの役を好演したこの映画は1960年にAlain Delon(アラン・ドロン)が主演したPlein Soleil (太陽がいっぱい)のリメイクです。 マット・デイモンが劇中で歌ったChet Baker(チェット・ベーカー)の"My Funny Valentine"が忘れられません。
The Talented Mr. Ripley - Audio-Visual Trivia

Franka Potente
「ボーン・アイデンティティー」と「ボーン・スプレマシー」でマリーを演じたフランカ・ポテンテは1998年のRun Lola Run(ラン・ローラ・ラン)で初めて観ました。 フランカ・ポテンテが演じたマリー・クルーツが後ろを向いた時に見えた赤い髪のメッシュが走る、走る赤毛のローラの名残のようでした。 が、ラン・ローラ・ランほどはインパクトが無い!

Chris Cooper
クリス・クーパーは1999年のAmerican Beauty(アメリカン・ビューティー)でゲイを隠した海兵隊のフィッツ大佐役で出演した後に「ボーン・アイデンティティー」でCIA幹部のコンクリンを演じましたが、「ボーン・スプレマシー」では回想場面の声だけの出演です。 2005年のCapote(カポーティ)では捜査官のAlvin Dewey(アルヴィン・デューイ)を演じ、Ryan Phillippe(ライアン・フィリップ)が主演した2007年のBreach(アメリカを売った男)ではFBI捜査官のRobert Hanssen(ロバート・ハンセン)を演じています。

Clive Owen
ヒットマンの教授を演じたクライヴ・オーウェンはこの後、2004年にCloser(クローサー)では若いストリッパーに夢中になる医師のラリー、2005年にSin City(シン・シティ)では整形手術で逃げ延びようとする殺人犯人のDwight(ドワイト)を演じた他、2006年のThe Pink Panther (2006)(ピンクパンサー)にもエージェントとしてカメオ出演しています。


The Bourne Identity DVD
Bourne Identity Soundtrackボーン・アイデンティティー (ユニバーサル・ザ・ベスト第8弾)
DVDでは「ボーン・アイデンティティー スペシャル・エディション」もリリースされているそうです。

Bourne Identity Soundtrack
ページトップの画像は2002年に発売された輸入盤の「ボーン・アイデンティティー」のサウンドトラックです。 John Powell(ジョン・パウエル)作曲のストリーにそったサウンドトラックには、Shall We Dance?(シャル・ウィ・ダンス?)でも使用されたGotan Project(ゴタン・プロジェクト)のSanta Maria (del Buen Ayre)や、エンディング・クレジットで流れる歌はエレクトロニカ・ミュージックのアーティストであるMoby(モービー)のExtreme Ways(エクストリーム・ウェイズ)ですが共に収録されていません。("Extreme ways are back again..."と歌われるモービーエクストリーム・ウェイズの歌詞はMoby Extreme Ways Lyrics - Sing365.com
Un homme et une femme(男と女)のNicole Croisille(ニコール・クロアジール)が歌う"Qu'est-ce Qui Passe Dans Mon Coeur"が使用されたという情報がありますがその曲は見つかりません。
2005年に発売された国内盤のオリジナル・サウンドトラック「ボーン・アイデンティティー」では日本語の曲目(タイトル名)が見られます。
♪試聴はBourne Identity Soundtrack - cdUniverse(Track Listingのタブをクリック)

Moby - Extreme Ways - YouTube
Gotan Project - Santa Maria - YouTube

The Bourne Supremacy
☆日本では2005年に公開されたジェイソン・ボーンがもっと優位に闘う続編「ボーン・スプレマシー」
The Bourne Supremacy - Audio-Visual Trivia