January 2009 Archives


Going Hollywood [VHS] [Import]
Going Hollywood
Marion Davies as Sylvia & Bing Crosby as Bill
Going Hollywood (1933)
Temptation by Bing Crosby - iLike.com

Going Hollywood
「虹の都へ」は1933年にRaoul Walsh(ラオール・ウォルシュ)が監督したミュージカル仕立てのロマコメ映画で、ヒロインのSylvia(シルヴィア)はサイレント時代からミュージカルやコメディを演じたMarion Davies(マリオン・デイヴィス)です。 ヒロインの憧れの歌手のBill 'Billy' Williams(ビル)には本当に歌手のBing Crosby(ビング・クロスビー)です。 恋を夢見る女学校の女性教師が唯一の娯楽だったラジオで人気歌手のビルの歌を聴いて自分も歌手になろうと無謀にも辞職して映画の都ハリウッドへ行くのです。 人気歌手のビルに会ってどうにかして大好きなビルの心を自分に向けさせようと試み、挙句の果てには黒人のメイドに化けてビルの家に潜入したりもしました。 うまい具合にその時のビルの恋人の女優に代わって映画に出演することになり、ビルもシルヴィアが気に入って結婚することになるというハッピーエンドなラブストーリーです。
ページトップの画像は1933年にビング・クロスビーが主演した「虹の都へ」のVHSビデオで輸入英語版ですが日本で1995年に発売されています。 同年に発売された国内版の"虹の都へ [VHS]"も中古であるようですがヴィンテージ価格です。

Bing Crosby sings in "Going Hollywood"
ビング・クロスビーがたくさん歌うミュージカル映画の「虹の都へ」の映画の音楽は1930年代から1950年代まで1939年のThe Wizard of Oz(オズの魔法使)など映画音楽をたくさん手掛けたHerbert Stothart(ハーバート・ストサート)の音楽ですが、特筆すべきは、今ではジャズのスタンダードとなっているビング・クロスビーが歌った"Temptation"という曲です。 ビング・クロスビーといえば「虹の都へ」から20年後に熟達した歌唱を聞かせたWhite Christmas(ホワイト・クリスマス)が有名ですが、声としては美しい高音から魅惑のバリトンまで時には別人かと思わせるほど広い音域で歌い上げるこの映画の方が当然勝っています。
※クルーナーとはビング・クロスビーが最初だといわれる歌唱法で、文明の機器"マイクロフォン"の増幅機能(拾った音を大きくする)を大いに活用し、オペラとは違い声を張り上げずに滑らかに歌うスタイルだそうです。
Bing Crosby - Beautiful Girl - YouTube

George & Raoul Walsh
ラオール・ウォルシュはサイレント時代から弟のGeorge Walsh(ジョージ・ウォルシュ)が出演したサイレント映画を手始めにトーキーに代わった後も、Troy Donahue(トロイ・ドナヒュー)とSuzanne Pleshette(スザンヌ・プレシェット)が出演した1963年のA Distant Trumpet(遠い喇叭)まで実に80本以上の映画を監督していました。 一方、弟のジョージ・ウォルシュも20年間で80本の映画に出演したんだそうです。


Going Hollywood Soundtrack
「虹の都へ」のサウンドトラックは現在では見つかりませんがビング・クロスビーの"Temptation"を収録した1930年から1936年の録音を集めた2枚組みアルバムがあります。 "Going Hollywood"や"Beautiful Girl"など映画で使用された曲はもちろんのこと、"Dinah(ダイナ)"や"Swanee River(故郷の人々又はスワニー河)"などの有名な全46曲を収録してあります。
♪ 全曲試聴はGoing Hollywood Vol. 1: 1930-1936 Soundtrack - Amazon.com

「虹の都へ」では映画音楽はハーバート・ストサートですが、歌曲はNacio Herb Brown(ナシオ・ハーブ・ブラウン)作曲、Arthur Freed(アーサー・フリード)作詞の曲が使用されています。 ビング・クロスビーが歌っているのはBGMとしても使用されている"Going Hollywood"、ラジオから流れてくる"Our Big Love Scene"、レコーディングで歌われた"Beautiful Girl"、ヒロインのシルヴィアの夢のなかでビルとデュエットした"We'll Make Hay While the Sun Shines"、メキシコ・レストランのシーンで"After Sundown"など、そして最も私のお気に入りの曲の"Temptation"を歌っています。
※ちなみにビング・クロスビーが"Beautiful Girl"を歌っている時にマイクを持っているのはアニメのWinnie the Pooh and the Honey Tree(クマのプーさん)など一連のプーさんの声で有名な声優のSterling Holloway(スターリング・ホロウェイ)なんだそうです。
ナシオ・ハーブ・ブラウン(1896-1964)はMGM映画の専属映画音楽家であった時期もあり1920年代から1950年代にかけて舞台音楽やポップスの作曲を作詞家のアーサー・フリードとのコンビでたくさん手掛けたアメリカの音楽家です。
ハリウッドで映画プロデューサーでもあったナシオ・ハーブ・ブラウンとコンビを組んだ作詞家のアーサー・フリード(1894 - 1973)もミュージカル創作プロジェクトの"Freed Unit"を結成してMGM映画でたくさんの映画音楽を手掛け、「オズの魔法使」では共同プロデューサーだったそうです。 アーサー・フリードがナシオ・ハーブ・ブラウン以外の作曲家でGus Arnheim(ガス・アルンハイム)とAbe Lyman(エイブ・ライマン)と組んだ曲では1936年のBillie Holiday(ビリー・ホリデイ)やSarah Vaughan(サラ・ヴォーン)の歌でお馴染みの"I Cried for You"が好きです。


Sinatra: Soundtrack To The CBS Mini-Series Soundtrack
ビング・クロスビーが歌う"Temptation"は全30曲を収録したFrank Sinatra(フランク・シナトラ)集大成の2枚組みアルバム「Sinatra: Soundtrack To The CBS Mini-Series Soundtrack」(ASIN: B000002MGW)にも収録されています。(1992年リリース) フランク・シナトラ自身も"Temptation"を歌っているのになぜビング・クロスビーの"Temptation"がフランク・シナトラのアルバムに収録されているかというと、シナトラはクルーナーの大先輩のビング・クロスビーと黒人ブルースのビリー・ホリデイに多大なる影響を受けたからです。 このアルバムのディスク:1にはBenny Goodman(ベニー・グッドマン)の有名なCarnegie Hall(カーネギーホール)録音の"Sing, Sing, Sing"も収録されていますので、シナトラだけを聴くアルバムではなさそうです。

Bing Crosby (1903 - 1977)
ビング・クロスビーは1930年代から1950年代には各芸能分野で押しも押されぬ人気ナンバーワンのスターで、レコードの売り上げは独走状態だったそうです。 日本では"きよしこの夜"として知られていますが、1859年にオーストリアのFranz Gruber(フランツ・グルーバー)が作曲したクリスマス・キャロルの英語バージョンの"Silent Night(サイレントナイト)"やクリスマスの定番曲となっている"White Christmas(ホワイトクリスマス)"は言うに及ばず、ビング・クロスビーの歌としては1944年の"I'll Be Seeing Youや1945年の"It's Been a Long, Long Time"なども大変素晴らしい曲です。
Bing Crosby - Silent Night (1942) - YouTubeBing Crosby - White Christmas (1946) - YouTube

学生バンドの素人ドラマーから音楽界に入ったビング・クロスビーは1926年には当時の人気オーケストラであるPaul Whiteman's orchestra(ポール・ホワイトマン楽団)に招かれて楽団専属の人気男性トリオ・コーラスグループ"The Rhythm Boys"の一員になりました。 最初の吹き込みは78rpmレコードの"I've Got The Girl"という曲だったそうですができは芳しくなかったそうです。 ポール・ホワイトマン楽団に在籍していたMildred Bailey(ミルドレッド・ベイリー)やHoagy Carmichael(ホーギー・カーマイケル)などとも吹き込んでいますが、ビング・クロスビーの独走となりグループは解散してしまします。 独立してソロとなったビング・クロスビーは1931年にはCBS Radio(ラジオ番組)のBing Crosby Show(ビング・クロスビー・ショー)を受け持ってからは人気を独り占め状態だったとか。(娯楽が少なくスターも少ない時代だったからではありません。) テレビ番組のビング・クロスビー・ショーはCBSで1954年から1956年まで放映されたそうです。
Bing Crosby, Paul Whiteman Orchestra, Bix Beiderbecke - Changes (1928) - YouTube
CBS Bing Crosby Show (1954)- YouTube
ちなみにDelta Rhythm Boys(デルタ・リズム・ボーイズ)がDry Bones(ドライ・ボーンズ)を一緒に吹き込んだBob Crosby And His Orchestra(ボブ・クロスビー楽団)で知られる歌手でもあったボブ・クロスビーは7人兄弟姉妹の一番下の弟だそうです。 30歳も若いビング・クロスビーの2番目の妻同様にビングクロスビー・ショーに出演していたのはビング・クロスビーの最初の妻との息子の長男であるGary Crosby(ゲイリー・クロスビー)で1983年にビング・クロスビーの良き父親像を打ち砕いた暴露本「Going My Own Way」を出版しました。(ちなみにビング・クロスビーが1944年に出演して歌ったテーマ曲は"Going My Way(我が道を往く)"でした。) 最初の妻との他の3人は50年代にはThe Crosby Brothers(クロスビー・ブラザース)を結成していたそうです。 ビングクロスビーが1935年から妻が病死する1952年まで結婚していた最初の妻は結婚当時は売れっ子のクラブ歌手だったDixie Lee(ディキシー・リー)です。 舞台から退いたディキシー・リーがアルコール依存症になったようににその息子たちも同じ悲劇的な人生を送ったと云われています。
※私が子供の頃にラジオ放送ののど自慢番組のテーマ曲では「ダミアがなんだ、ビングがなんだ、みんな始めはしろうとさ。」という歌詞でした。 歌詞に使用されたこのダミアとビングの二人は第二次世界大戦終戦後に人気絶頂だった歌手の代表で、ビングとはもちろんビング・クロスビーのことです。 一方、ダミアとは1931年の"Tu ne sais pas aimer(人の気も知らないで)"や1936年の"Sombre Dimanche(暗い日曜日)"で有名なシャンソン歌手のDamia(ダミア)のことで、ダミア晩年の1953年には来日して日本でも知られるようになったのでした。

Temptation
アーサー・フリードとナシオ・ハーブ・ブラウンのコンビが作った曲といえば"Singing in the Rain(雨に唄えば)"が一番有名ですが、私の好きなTemptation(誘惑)はまさに魅惑的な曲で、このコンビの最高傑作と思っています。 映画のなかではビング・クロスビーが「雨に唄えば」などMGM映画の音楽ディレクターを担当していたLennie Hayton And His Orchestra(レニー・ヘイトン楽団)をバックに恋心を切々と歌い上げていましたが現在はビデオを観る以外には映像は見つかりません。 この"Temptation"はGene Kelly(ジーン・ケリー)が主演したミュ0ジカル映画の「雨に唄えば」のサウンドトラックにも"TANGO"としてThe M-G-M Studio Orchestra(MGMスタジオ)の演奏が収録されています。
♪Bing Crosbyが1933年に録音したTemptation(テンプテーション)が聴けるTemptation - A JazzAnthology(検索窓でTemptationと入力、一番上の曲名Temptationをクリック)
You came, I was alone, I should have known you were temptation...と歌われるTemptationの歌詞はTemptation lyrics -ntl.matrix.com.br

Temptation in various interpretations
ビング・クロスビーが歌った"テンプテーション"はその後ビング・クロスビーに匹敵するといわれた人気のポップス歌手のPerry Como(ペリー・コモ)が1945年に歌ったのですが、変わっているといえばこれをおちょくったコメディレコードのRed Ingle(レッド・イングル)と"Cinderella G. Stump & Red Ingle"名義でカントリー調にかつコメディ調にJo Stafford(ジョー・スタッフォード)が1947年に歌ってミリオンセラーとなったヒルビリー・バージョンの"Tim-Tay -Shun"があります。 正統派では低音が魅力のBilly Eckstine(ビリー・エクスタイン)も歌っていますが、驚くことなかれの棺桶ショーで有名なScreamin' Jay Hawkins(スクリーミン・ジェイ・ホーキンス)がオペラ調で歌っている他、The Everly Brothers(エヴァリー・ブラザーズ)が歌いました。 "Temptation"の演奏バージョンではHarlem Nocturne(ハーレムノクターン)でも有名なアルトサックス奏者のEarl Bostic(アール・ボスティック)のバージョンが1948年に大ヒットした他、Roy Eldridge(ロイ・エルドリッジ)とBarney Kessel(バーニー・ケッセル)が参加したスウィンギーな演奏のArtie Shaw(アーティー・ショウ)楽団、Ray Conniff(レイ・コニフ)楽団、エキゾチックなラテンナンバーで知られるStanley Black(スタンリー・ブラック)楽団やラテン風な演奏のOrrin Tucker(オーリン・タッカー)、Cecil Brooks(セシル・ブルックス)など多くのジャズミュージシャンにカバーされています。
私は以前にストリングスをバックにした1947年から1952年に録音したアルトサックス奏者のCharlie Parker(チャーリー・パーカー)の"Temptation"(Charlie Parker With Strings: Complete Master Takes)を購入してみましたが、"April in Paris"も秀逸とはいえども豪華なストリングスは好みではなかった。
♪ 低音が魅力のビリー・エクスタインの"Temptation"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for Scott Williams - June 2, 2008 (前の曲がちょっとかぶりますが、各演奏者名欄の最後にある時間の下のRealをクリック、Freakowitz & EinsteinやMotownのBobby Taylor(ボビー・テイラー)もあり)
Cinderella G. Stump & Red Ingle (Jo Stafford)の変わった"Temptation"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for Michael Shelley - July 26, 2008(Listen to this show: RealAudioをクリック、クリップポジションを2:21:55に移動)

Temptation in the movies
「虹の都へ」でビング・クロスビーが歌ったロマンティックなTemptationは1952年の「Singing in the Rain(雨に唄えば)」をはじめとし、たくさんの映画の中で使用されています。
Estate Violenta (1959)
Estate Vviolenta(激しい季節)」は灯火管制下の別荘のパーティで蓄音機でかけられるレコードがビングクロスビーの"テンプテーション"でサウンドトラックにも収録されています。 この映画ほど"Temptation"を効果的に使用した映画はなく、私が映画史上最もセクシーだと思うシーンです。

上記以外にも"Temptation"という曲は、Lana Turner(ラナ・ターナー)とKirk Douglas(カーク・ダグラス)が出演した1952年の「Bad And The Beautiful(悪人と美女)」では2002年に亡くなった"Queen Of The Boogie"と呼ばれた黒人のピアニストで歌手のHadda Brooks(ハダ・ブルックス)がクラブのダンスシーンで作曲家でもあるMilton Raskin(ミルトン・ラスキン)のピアノの伴奏で"Temptation"を歌いサントラの「The Bad And The Beautiful: Original Motion Picture Soundtrack」に収録されています。
「悪人と美女」のサントラからHadda Brooksの"Temptation"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはMonica's WFMU Playlist July 12, 2002(Hear the show! RealAudioをクリック、クリップポジションを2:05:00に移動)
Hadda Brooks sings "Temptation" in Bad And The Beautiful (1952) - YouTube

まだまだ"Temptation"
1967年にCary Grant(ケイリー・グラント)とJayne Mansfield(ジェーン・マンスフィールド)が出演したStanley Donen(スタンリー・ドーネン)監督の「Kiss Them for Me(よろめき休暇)」や、Marisa Tomei(マリサ・トメイ)が出演した1992年のEquinox(堕ちた恋人たちへ)、Cameron Diaz(キャメロン・ディアズ)が主演した1998年の「There's Something About Mary(メリーに首ったけ)」、マーチングバンドの演奏でしたがAdam Sandler(アダム・サンドラー)が主演した1998年の「The Waterboy(ウォーターボーイ)」まで数々の映画でサウンドトラックに使用された人気曲です。

Top O' The Morning 1949年
アイリッシュ系のビング・クロスビーがアイリッシュの村を訪れる映画「歌う捕物帳」に出演しました。 この村で出会う娘役が1945年のMildred Pierce(ミルドレッド・ピアース)で恐るべき娘を演じたAnn Blyth(アン・ブライス)です。 ビング・クロスビーは宝石泥棒事件を追って調査にやってきた保険会社の調査員の役です。 ビング・クロスビーは歌う探偵のように映画で3曲ほど歌い、アン・ブライスとデュエットもしています。 サウンドトラックも「Top o' the Morning: His Irish Collection」(ASIN: B000W0AZVM)として」リリースされています。(試聴はTop O' the Morning Soundtrack - Amazon.com
Bing Crosby and Ann Blyth -Oh, 'Tis Sweet to Think - Top O' the Morning - YouTube

The Country Girl 1954年
かってのミュージカル・スターが落ち目になって酒に溺れる日々を過ごすようになったが奇跡のカムバックを果たすGeorge Seaton(ジョージ・シートン)監督のThe Country Girl(喝采)では当時51歳のビング・クロスビーがフランク役を熱演してアカデミーの主演男優賞にノミネートされました。 音楽はVictor Young(ヴィクター・ヤング)でしたが映画ではビング・クロスビーが"Dissertation on the State of Bliss (Love and Learn Blues)"、"The Pitchman / It's Mine, It's Yours"、"The Land Around Us"、"The Search Is Through"を歌いました。 William Holden(ウィリアム・ホールデン)がフランクを舞台に引っ張り出そうと奮闘する脚本家を演じましたが、この映画で化粧っ気なしでフランクの妻を演じて主演女優賞を受賞したGrace Kelly(グレイス・ケリー)が同年出演したAlfred Hitchcock's Rear Window(裏窓)でもビング・クロスビーが1953年に映画「Road To Bali(バリ島珍道中)」で歌った"To See You (Is to Love You)"が使用されたそうです。(ビング・クロスビーとボブ・ホープとコンビを組んで一世を風靡した"珍道中"シリーズは1940年から1960年まで8作が公開されています。) 音楽をCole Porter(コール・ポーター)が手掛け、Louis Armstrong(ルイ・アームストロング)やFrank Sinatra(フランク・シナトラ)も出演した1956年のHigh Society(上流社会)でビング・クロスビーは5曲ほど歌っていますが、そのうちの一曲"True Love(トゥルー・ラブ)"をグレース・ケリーとデュエットしています。
The Country Girl Trailer - YouTube
Bing Crosby - To See You (1953)- YouTube
Bing Crosby & Grace Kelly - True Love (1956)- YouTube

Audio-Visual Trivia内でビング・クロスビーの歌が使用された映画
1954年 White Christmas(ホワイト・クリスマス)
(White Christmas, Count Your Blessings Instead of Sheep, Mandy, Geee! I Wish I Was Back in the Army, Snow, What Can You Do With a General?, The Old Man, Blue Skies, Heat Wave)
2004年 ポーラー・エクスプレス The Polar Express
(White Christmas, Here Comes Santa Claus [Right Down Santa Claus Lane] (Bing Crosby & The Andrews Sisters))
2004年 恋のクリスマス大作戦 Surviving Christmas
(Happy Holidays (Beef Wellington Remix))
2004年 アビエイター The Aviator
(Thanks, Some of These Days)
1999年 リプリー The Talented Mr. Ripley
(MAY I?)


Dany Saval doing the Twist
Twistin' Dany Saval in late 50s

1940年生まれのパリジェンヌでツイストの流行とともに現れたようなフランス女優のダニー・サヴァルは1950年代の後期から60年代にかけて軽いコメディを中心に40本以上の映画に出演しました。 そのコミカルな演技や宇宙人的な奇声や風貌が新しいタイプの新人類女優としてもてはやされましたが、ツイストの衰退にともなうかのようにダニー・サヴァルの銀幕での最盛期は10年ほどでした。 アメリカにはちょっと似たタイプで1965年のI Dream of Jeannie(可愛い魔女ジニー)で有名なBarbara Eden(バーバラ・イーデン)がいますが、おフランス女優のダニー・サヴァルも負けじとアメリカで1965年のドタバタ喜劇のBoeing Boeing(ボーイング・ボーイング)に出演しています。 日本でダニー・サヴァルが一般的に知られるようになったのは1963年のCherchez l'idole(アイドルを探せ)辺りからでしょうか。 声は別として顔立ちとしてはさほど変わってもいないのですが、アイラインバッチリの60年代メイクとカツラも使用したらしいボリューム満点で風変わりな髪型、特大リボンのアクセサリーや帽子のファッションがとてもユニーク、時には奇抜でした。


Dany Saval_1  Dany Saval_2

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Dany Saval Filmography

フランス映画界でも特異な存在だったダニー・サヴァルは、Pascale Audret(パスカル・オードレ)が主演した1958年のL'Eau vive(河は呼んでる)や、Le Miroir à deux faces(両面の鏡)にクレジットなしで出演した後、Pascale Petit(パスカル・プティ)が主演した同年のMarcel Carné(マルセル・カルネ)監督のLes Tricheurs(危険な曲り角)でBernardのフィアンセのNicole役で本格的に映画デビューしました。 その後は主役脇役取り混ぜて1980年までたくさんのフランス映画に出演しています。
「危険な曲り角」のトレーラーはLes Tricheurs Trailer - Comme Au Cinéma

Les parisiennes 1961年
Johnny Hallyday - Sam'di soir画像は私が当時購入したジョニー・アリディのEP盤ですがジャケットの最前列右端に「パリジェンヌ」に出演したダニー・サヴァルが見えます。(クリックで画像拡大可)
ダニー・サヴァルが注目され出したのはJacques Poitrenaud(ジャック・ポワトルノー)監督に加え、共同監督共同脚本にMarc Allégret(マルク・アレグレ)が参加したオムニバス映画の「パリジェンヌ」でしょうか。
この作品以前にもダニー・サヴァルは本国では数本の映画に出演していました。 マルク・アゲグレ、Jacques Poitrenaud(ジャック・ポワトルノー)、Claude Barma(クロード・バルマ)、Michel Boisrond(ミシェル・ボワロン)という4監督がそれぞれ4人のパリジェンヌのエピソードを監督しました。 パリのクラブの踊り子役で主演した"Ella(エラ)"の部はダンサーが急場しのぎでハイジャックしたタクシーの乗客(アメリカの大プロデューサー)と結婚するエピソードで、ダニー・サヴァルは映画のなかで"C'est bien mieux comme ça"を歌っています。 英語のタイトルは"Tales Of Paris"とかいう「パリジェンヌ」では何人かのパリジェンヌをテーマにしていますが、Françoise(フランソワーズ)の部でFrançoise Arnoul(フランソワーズ・アルヌール)が出演し、Sophie(ソフィー)の部ではCatherine Deneuve(カトリーヌ・ドヌーヴ)、Antonia(アントニア)にはDany Robin(ダニー・ロバン)が出演しています。 Fontanaからダニー・サヴァルの歌で「パリジェンヌ」のEP盤サントラが発売されましたが、当時私が購入したのはミスター21世紀の異名をとった"ヨーロッパのプレスリー"ことフランスのロカビリー歌手のJohnny Hallyday(ジョニー・アリディ)が歌った"Sam'di soir(土曜の夜のツイスト)"と"Retiens la nuit(夜をかえして)"のEP盤FHILIPS FL-1033でした。カトリーヌ・ドヌーヴが主演した"ソフィー"のエピソードでジョニー・アリディはジャンという美男子を演じてドヌーヴとデュエットしています。 当時フランスなどヨーロッパでリバイバルしたツイストというリズムはロックンロールの変形ですが、「ダンスが苦手な人でも一人で踊れる簡単なダンス」だと1959年に"The Twist"をヒットさせた元祖ツイストのChubby Checker(チャビー・チェッカー)が言ったそうです。 2拍目と四拍目にアップビート気味のアフタービートがつく(どんな?)四拍子のツイストはロックンロールの曲ならなんでもこのリズムにすることができます。
☆ちなみに当初は12インチのアナログレコードがリリースされたジョニー・アリディの"Viens Danser le Twist(Let's Twist Again) "、邦題は"ツイストを踊ろう"はベスト盤CDで「Salut les Copains!」や3枚組みの「Johnny Hallyday, Vol. 1」のディスク:1に収録されています。
ダニー・サヴァルがカバー画像の「パリジェンヌ 」サントラについてはFRENCH POP A to Z - Dany Saval
Dany Saval - C'est bien mieux comme ça - vids.myspace.com
ダニー・サヴァルのヘンテコリンな歌やジョニー・アリディのツイストが観られる"Les Parisiennes(パリジェンヌ)"のトレーラーはLes Parisiennes - Comme Au Cinéma
1998年にリリースされたミシェル・ポワロン監督の「パリジェンヌ(Les parisiennes)」の字幕版VHSビデオはAmazon.co.jp(ASIN: B00005HBGS)で見つかりますがヴィンテージ価格です。
Catherine Deneuve & Johnny Hallyday in Les parisiennes - YouTube

Pleins feux sur l'assassin 1961年
日本未公開でしたが「Les Yeux sans visage(顔のない眼)」を監督したGeorges Franju(ジョルジュ・フランジュ)がBoileau-Narcejac(ピエール・ボワロー)の推理小説を映画化したサスペンス映画の「Pleins feux sur l'assassin」ではダニー・サヴァルが主演のパスカル・オードレやJean-Louis Trintignant(ジャン・ルイ・トランティニャン)と共演しています。
「Pleins feux sur l'assassin」の写真が見られるPiena luce sull'assassinio - FILM.TV.IT(拡大可)

Les 7 péchés capitaux 1962年
7人の監督による7話のオムニバス映画「新7つの大罪」のなかのEdouard Molinaro(エドゥアール・モリナロ)監督の"L'Envie(羨みの罪)"でダニー・サヴァルはホテルのメイドのRosette(ロゼット)を演じて、メイドの恋人のボーイを演じたClaude Brasseur(クロード・ブラッスール)と共演しています。 英語のタイトルは"The Seven Deadly Sins"といい、音楽はMichel Legrand(ミシェル・ルグラン)が担当しています。
Seven Deadly Sins (1962) [VHS] [Import]Les Sept péchés capitaux
第一話はSylvain Dhomme(シルヴァン・ドム)監督のLa Colère(怒りの罪)
第二話はエドゥアール・モリナロ監督のL'Envie(羨みの罪)ではダニー・サヴァルが演じた宿屋の女中は宿泊客の女優が所有している宝石が羨ましくなりとうとう女優の金持ちの恋人をゲット! こんどはロゼットが煌びやかな宝石を身にまとって客としてホテルにやって来たが果たして今は幸せなのか思案するエピソードです。
第三話はPhilippe de Broca(フィリップ・ド・ブロカ)監督のLa Gourmandise(大喰らいの罪)
第四話はJacques Demy(ジャック・ドゥミ)監督のLa Luxure(淫乱の罪)
第五話はJean-Luc Godard(ジャン=リュック・ゴダール)監督のLa Paresse(怠けの罪)
第六話はRoger Vadim(ロジェ・ヴァディム)監督のL'Orgueil(傲慢の罪)
第七話はClaude Chabrol(クロード・シャブロル)監督のL'Avarice(貪欲の罪)
ちなみにがダニー・サヴァルが共演したクロード・ブラッスールは1956年にLe Pays, d'où je viens(遥かなる国から来た男)でメジャーデビューした後、「河は呼んでる」、「顔のない眼」、1960年にLes Menteurs(激しい夜)、1961年にLa Bride sur le cou(何がなんでも首ったけ)など多くのフランス映画に出演しました。
「新7つの大罪」の写真が見られるI sette peccati capitali - FILM.TV.IT(拡大可)
上記の画像は英語版の輸入VHSビデオです。(ダニー・サヴァルは右下)
※日本語字幕版のVHS「新七つの大罪」も中古で存在するようですがヴィンテージ価格です。


Le diable et les dix commandements 1962年
Les dix commandements

上記の画像は「フランス式十戒」の第三話のHomicide point ne seras(なんじ殺すなかれ)です。 ウエイターに変装したシャルル・アズナヴールとその仇のギャングのリノ・ヴァンチュラの顔が見えます。
「新7つの大罪」と同じ年にJulien Duvivier(ジュリアン・デュヴィヴィエ)が監督した八話からなる聖書のモーセの十戒のデュヴィヴィエ風解釈(パロディ)のコメディ映画「Les dix commandements(フランス式十戒)」に出演しました。 悪魔の化身である蛇がナレーターとなっていますが、豪華な出演者たちにはDanielle Darrieux(ダニエル・ダリュー)とAlain Delon(アラン・ドロン)、フランソワーズ・アルヌールとMicheline Presle(ミシュリーヌ・プレール)とMel Ferrer(メル・ファーラー)、Fernandel(フェルナンデル)、Charles Aznavour(シャルル・アズナヴール)とLino Ventura(リノ・ヴァンチュラ)、Jean-Claude Brialy(ジャン=クロード・ブリアリ)とLouis de Funes(ルイ・ド・フュネス)などです。
英語のタイトルは"The Devil and the Ten Commandments"で音楽はMichel Magne(ミシェル・マーニュ)、Guy Magenta(ギイ・マジャンタ)、Georges Garvarentz(ジョルジュ・ガルヴァランツ)の他クレジットなしでシャルル・アズナヴールが担当しています。
第一話のDieu en vain ne jureras(なんじ神の名をみだりに呼ぶなかれ)では神を冒涜する言葉を吐く修道院の雑役夫の話
第二話のThou shalt not commit adultery(なんじ姦淫するなかれ)では悪魔が男を堕落させようとは使わした魅惑的な女"Tania(タニア)"(実は所帯じみたアパート管理人の妻)をダニー・サヴァルが演じたそうですが、そのシーンは日本公開版のみだったそうです。(なぜにカットされたのでしょうね。)
第三話のHomicide point ne seras(なんじ殺すなかれ)ではシャルル・アズナヴールが演じる高潔な修道僧が「目には目を」のように自分を犠牲にしてリノ・ヴァンチュラが演じた街の顔役(ギャング)を殺し麻薬禍で死んだ妹の復讐をする話。
第四話のLuxurieux point ne seras(なんじ人の持物を欲するなかれ)ではメル・フェラーが演じる宝石で女を虜にする金持ちのプレイボーイはミシュリーヌ・プレールと別れて妻の友人のフランソワーズ・アルヌールに近づいたといういわゆる"ダイアモンドは女の友達"的ストーリーでアルヌールの計略が失敗してダイアは元の持ち主に。
第五話のUn seul Dieu tu adoreras(われはなんじの主なり。われを唯一の神として礼拝すべし)では自分は神だという黒いマントにチェックの襟巻、異様な風体のフェルナンデルが死に際の老婆に奇跡を信じさせたが、風にマントをハタハタさせて去っていった男は後から来た精神病院の車に乗せられてしまった。 頭のおかしい男を演じたフェルナンデルを始めてみたのがMarie Bell(マリ^・ベル)が1937年に主演した「Un carnet de bal(舞踏会の手帖)」の美容師のファビヤンでしたがいずれも素晴らしい役どころです。
第六話のTes père et mère honoreras(なんじ父母をうやまうべし)/Tu ne jureras point(なんじ偽証するなかれ)は父母の仲が悪くてうんざりしているアラン・ドロンが演じる若者の実の母は女優(ダニエル・ダリュー)だと父から告げられて有名な女優に合いに行ったが前にも増して落胆することに。
第七話のBien d'autrui ne prendras(なんじ盗むなかれ)はジャン・クロード・ブリアリが演じる本日をもってクビを言い渡された銀行員とルイ・ド・フュネスが演じる銀行強盗の珍共犯。 大金はどこに?
第八話のLes Dimanches tu garderas(なんじ安息日を聖とすべし)は第一話と同じく十戒を憶える仕事を背負わされたジェローム老人の話。 日曜日もさかんに十戒を唱えていますが、そのあいの手はブドウ酒。 「おーい、酒だ!」 そのたびに家政婦は「今日は安息日なのに。 なんのために十戒 を覚えているのやら。」と嘆息することしきり。
「フランス式十戒」の写真が見られるLe tentazioni quotidiane - FILM.TV.IT(拡大可)
Les dix commandements - Un seul Dieu tu adoreras Trailer - YouTube
2006年に発売された日本語字幕の「フランス式十戒 [DVD]」あり。

Moon Pilot 1962年
Moon Pilot人気が出たダニー・サヴァルがWalt Disney(ディズニー)の家族向け映画「ムーン・パイロット」に主演してアメリカでも一般に知られるようになりました。 ダニー・サヴァルにとってこれが始めてのカラー作品ではないかと思いますが、James Neilson(ジェームズ・ニールソン)監督が脚本家のRobert Buckner(ロバート・バックナー)の短篇を映画化したコメディは、有人月ロケットの打ち揚げ計画をテーマにした映画ということで暗殺される前にケネディが月飛行計画演説で推進し、1969年のアポロ11号の月面着陸達成という一連の歴史的な事実があるのですが、その世界的な月計画をパロディ化したような感があります。 ダニー・サヴァルには適役の美人宇宙人(へリラエという名のエイリアン)を演じてコメディエンヌの本領を発揮している一方、1961年のTexas John Slaughter(テキサス・レンジャー)シリーズに出演し、コメディ映画はこれだけのマッチョなTom Tryon(トム・トライオン)が月ロケットのパイロットの任務を仰せつかったリッチ・タルボット大尉を演じ、ロケット打ち上げまえの帰郷の際の飛行機で知り合ったダニー・サヴァルが演じるへリラエの案内で無事月面着陸するストーリーです。 リッチ大尉のお友達のチンパンジー君も一緒です。 1961年のディズニー映画の「罠にかかったパパとママ 」や1982年のSharky's Machine(シャーキーズ・マシーン)などに出演したベテラン俳優のBrian Keith(ブライアン・キース)が宇宙飛行士経験者の上官役を演じた他、1956年にThe Girl Can't Help It(女はそれを我慢できない)や1962年にThe Man Who Shot Liberty Valance(リバティ・バランスを射った男)などに出演したEdmond O'Brien(エドモンド・オブライエン)なども出演して脇を固めているのですが映画はやけに間延びしているといいう不評も聞きました。 どっちみち宇宙もの映画としては時代遅れでしょう。
「ムーン・パイロット」のダニー・サヴァルとチンパンジーの写真が見られるUn tipo lunatico - FILM.TV.IT(拡大可)
ダニー・サヴァルの宇宙人ぶりが見られる映画ポスターはMoon Pilot - IMDb
上記の画像は日本で1998年にリリースされた英語版のVHSビデオ「Moon Pilot [VHS] [Import]」です。

Strip-tease 1963年
日本未公開でしたがJacques Poitrenaud(ジャック・ポワトルノー)監督が脚本家のAlain Moury(アラン・ムーリィ)が書いた原作を映画化した映画にダニー・サヴァルもDodo Volupté(Berthe)役で出演しました。 ※アラン・ムーリィはパスカル・プティが主演した1960年のL'affaire D'une Nuit(艶(つや)ほくろ)の原作や1974年にEmmanuelle(エマニエル夫人)のSylvia Kristel(シルヴィア・クリステル)が出演したUn linceul n'a pas de poches(暴かれたスキャンダル)の脚本も手掛けているそうです。 The Velvet Underground(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)のKrista Nico(ニコ)が主演し、ジャンプブルースのBig Joe Turner(ビッグ・ジョー・ターナー)も自身のミュージシャン役で出演して弾き語りを聞かせていますが、映画音楽を担当したSerge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)もピアニストとしてカメオ出演しているそうです。 サントラではニコに代わってテーマ曲を歌ったJuliette Gréco(ジュリエット・グレコ)も映画で見られるとか。 「Strip-tease」の映画音楽はL'eau A La Bouche(唇によだれ)でコンビを組んだセルジュ・ゲンズブールとAlain Goraguer(アラン・ゴラゲール)が担当していますからニコの歌う"Strip-tease"のテーマ曲は"L'eau A La Bouche"に似たメロディです。
「Strip-tease」のダニー・サヴァルの写真が見られるUna ragazza nuda - FILM.TV.IT(拡大可)
Dany Saval in Strip-tease - YouTube

Du mouron pour les petits oiseaux 1963年
Du mouron pour les petits oiseaux素晴らしい「Hôtel du Nord(北ホテル)」や「危険な曲り角」のマルセル・カルネが晩年に監督及び脚本を手掛けたカルネらしからぬと云われる白黒のコメディ映画で、「危険な曲り角」や「激しい夜」のRoland Le Saffre(ローラン・ルザッフル)が出演しています。 映画はビルの住人たちを描いていて、ダニー・サヴァルはPaul Meurisse(ポール・ムーリス)が演じる元ギャングが所有するビルのテナントの一人のナイトクラブのLucieをArletty(アルレッティ)っぽく演じているそうです。 「アイドルを探せ」と同じくギリシャ出身の作曲家であるGeorges Garvarentz(ジョルジュ・ガルヴァランツ)と義理の兄弟のCharles Aznavour(シャルル・アズナブール)が音楽を担当し、アズナブールの"La marche des Anges(天使の行進)"、"La plus belle pour aller danser(アイドルを探せ)"、"Et pourtant(想い出の瞳)"が使用されているそうです。 "Les Pirates"として1961年から1963年には人気だったフレンチ・ロックのDany Logan(1942-1984)も肉屋の店員として出演して歌っています。
Dany Saval & Dany Logan in Du mouron pour les petits oiseaux - YouTube
上記の画像はフランスのAmazon.frにあるDu mouron pour les petits oiseauxですがヨーロッパの放送方式SecamのVHSだそうです。

Cherchez l'idole 1963年
Cherchez l'idoleMichel Boisrond(ミシェル・ボワロン)が監督したフレンチクライム・コメディの「アイドルを探せ」にはMylène Demongeot(ミレーヌ・ドモンジョ)がそのまんま映画スターとしてで登場しているのです。 そのドモンジョさまの使用人であるリシャールの恋人のCorinne(コリーヌ)をダニー・サヴァルが演じています。 リシャールは恋人のコリーヌためにドモンジョさまのダイアモンドを泥棒しますがそれを隠したギターが行方不明となり二組のカップルが探し回るという騒動記です。 ダイヤよりももっと素晴らしい恋を手に入れたリ者ーると女中のジゼールが聴いたのは偉大なるシャンソン歌手で俳優のシャルル・アズナヴールの歌。 アズナヴールの他にもJohnny Hallyday(ジョニー・アリディ)、そして話題をさらった新人のSylvie Vartan(シルヴィー・ヴァルタン)等フレンチポップスの歌手たちが出演しましたが、Marie Laforêt(マリー・ラフォレ)やJuliette Gréco(ジュリエット・グレコ)と作家のFrançoise Sagan(サガン)、そしてJean Marais(ジャン・マレー)が招待客としてカメオ出演しています。 有名人のカメオもさることながら、シルヴィー・ヴァルタンが歌ったテーマ曲の"La Plus Belle Pour Aller Danser"が大ヒットして当時の若者の多くは劇場に押しかけたのでした。
「アイドルを探せ」のダニー・サヴァル写真が見られるSciarada alla francese - FILM.TV.IT(拡大可、3番目と4番目)
ダニー・サヴァルも見られる「アイドルを探せ」の予告編はCherchez l'idole - Comme Au Cinéma
上記の画像は2009年2月13日発売のDVD「アイドルを探せ(1963)」です。 サウンドトラックはCherchez l'Idole [Soundtrack] として見つかります。(ASIN: B000BKJ5SC)

Boeing Boeing 1965年
Boeing (707) Boeing (707)アメリカではTony Curtis(トニー・カーティス)とThelma Ritter(セルマ・リッター)やJerry Lewis(ジェリー・ルイス)といいう大物俳優が出演したので知られているJohn Rich(ジョン・リッチ)監督の「ボーイング・ボーイング」は時代とともにスピードを競う航空会社がかえって事態を悪化させるというコメディで、ダニー・サヴァルはエールフランスのボインボイン・スチュァーデスのJacqueline Grieux(ジャクリーヌ)を演じました。(Boingならボインボインがぶるんぶるんですが) トニー・カーティスが演じたのはプレーボーイなのでイギリス、ドイツ、フランスのスチュァーデスを時間差攻撃でガールフレンドにしている新聞社のパリ特派員です。 ジェリー・ルイスが演じる新聞記者のロバートも絡んで「アパートの鍵貸します」状態。 それでも凝りない男性陣でした。 音楽は「Sex and the Single Girl(求婚専科)」や「How to Murder Your Wife(女房の殺し方教えます)」の音楽を手掛けたジャズトランペッターのNeal Hefti(ニール・ヘフティ)です。
上記の画像は日本で1995年発売の外国語版VHSのBoeing Boeing [VHS] [Import]です。
「ボーイング・ボーイング」のダニー・サヴァルの写真が見られるBoeing Boeing - FILM.TV.IT(拡大可)
Dany Saval in BOEING Boeing - YouTube

L'Animal 1977年
L'Animalスタントマンと女っぽいイタリア俳優の二役を演じたJean Paul Belmondo(ジャン=ポール・ベルモンド)と、グラマー女優のRaquel Welch(ラクエル・ウェルチ)のカップルがJane Birkin(ジェーン・バーキン)とJohnny Hallyday(ジョニー・アリディ)のカップルの替え玉を演じるClaude Zidi(クロード・ジディ)監督のドタバタ喜劇の「ムッシュとマドモアゼル」では宿敵のようなスタントマンのカップルの壮絶なるスタントマン根性と恋の物語です。 ダニー・サヴァルはDoris(ドリス)役で出演ですが映画会社側の人物らしくスタントはやりません。 クロード・シャブロル監督がカメオ出演しているそうです。 結婚式間際に愛する女性をさらうなんてDustin Hoffman(ダスティン・ホフマン)が主演した1967年の「The Graduate(卒業)」みたいです。
上記の画像は入手不可の原語版DVDですが、1996年発売の日本語字幕版のVHSのムッシュとマドモアゼルもあります。
Dany Saval in L'Animal - YouTube

上記以外にもダニー・サヴァルはAndré Cayatte(アンドレ・カイヤット)が1957年の「Oeil pour oeil(眼には眼を)」に続いて監督したMichèle Morgan(ミシェル・モルガン)やPierre Brice(ピエール・ブリス)が出演の1958年の「Le Miroir à deux faces(両面の鏡)」にクレジットなしで出演した他、「アイドルを探せ」の前にMichel Boisrond(ミシェル・ボワロン)が監督した1962年のComment réussir en amour(若奥様は仮免中)は旦那の留守中に仮免で自家用車を運転してしまった新妻ソフィーのドタバタ顛末記で、Jean Poiret(ジャン・ポワレ)が演じる出版社の編集長が上階に住むダニー・サヴァが演じるソフィーに恋をして結婚します。(ジャン・ポワレはエドゥアール・モリナロが監督したLa Cage aux folles(Mr.レディMr.マダム)の原作者) そして1964年にはUne souris chez les hommesでルイ・ド・フュネスと共演、1965年の"Moi et les hommes de 40 ans"では1963年のDu mouron pour les petits oiseauxのポール・ムーリスやMichel Serrault(ミシェル・セロー)と共演しています。
「若奥様は仮免中」のダニー・サヴァルの写真が見られるLa moglie addosso - FILM.TV.IT(拡大可)
1970年代にも「Plein les poches pour pas un rond...」で、1958年にLe Dos au Mur(絶体絶命)に出演したJean Lefebvre(ジャン・ルフェーブル)が演じるJulienの妻のCharlotteをダニー・サヴァルが演じるなど何本もの映画に出演していますが、引退前のダニー・サヴァルはさすが60年代メイクのキャピキャピ・ギャルからはだいぶ顔付きが違って素顔に近くなっています。
ダニー・サヴァルが見られる「Plein Les Poches Pour Pas Un Rond」の予告編はPlein Les Poches Pour Pas Un Rond Trailer - Comme Au Cinéma
Dany Saval - Moi et les hommes de 40 ans (1965) - YouTube

Dany Saval_4ダニー・サヴァルの最初の結婚は1965年の25歳の時で、なんとお相手は1968年のIsadora(イサドラ)や1990年のGhost(ゴースト ニューヨークの幻)など映画音楽をたくさん手掛けたハンサムなMaurice Jarre(モーリス・ジャール)でした。 ダニー・サヴァルは合計4度結婚したモーリス・ジャールの2番目の妻となり子供を儲けたもののたった2年で離婚し、その娘を連れて1972年にフランスのジャーナリストである現在の夫と再婚しています。 1980年代後期には銀幕を去り夫とモーリス・ジャールとの娘と一緒にパリで暮らしているそうです。


※このページで使用したダニー・サヴァル画像は私が50年ほど前に映画雑誌から切り抜いて保存しておいたものですが、著作権は被写体とその撮影者に帰属するものです。



The Singing Clarinetist: Woody Herman
ミルウォーキー出身の白人ジャズマンであるウディ・ハーマン(ウッディ・ハーマン)は、スイング時代の1930年代からビッグバンドを率いてバンド・リーダーとしてスウィングジャズ界で活躍してきたHarry James(ハリー・ジェームス)と同じ時期に活躍し、初期には偉大なるデューク・エリントンよりも人気があったというミュージシャンでした。 40年代まではまるで映画俳優のような美男子だったウッディ・ハーマンが使用した楽器は主にクラリネットでしたが注目すべきは"ウッディ・ハーマン歌う"ということです。 私が最初にウディ・ハーマンに注目したのもスイング時代の愉快なボーカルだったのです。 1940年ちょっと前頃には歌うと声が裏返るようなコミカルな歌唱法のウッディ・ハーマンの歌は聞いていると浮かれ出したくなります。 1940年代から1950年代にはビッグバンドとしてスウィングジャズを演奏して人気を誇っていたウッディ・ハーマンでしたが、その当時でも常に新しいものに挑戦して時代の波に乗ってきました。 多くのスイングバンドが大所帯ゆえの経営困難と音楽の流れの変化にその時代で終わっているのでウディ・ハーマンも同様と思いきや、おっとどっこい、ウッディ・ハーマン楽団はブルースからバップ調、ウエストコースト風のサックスセッションで見事に乗り切り、1960年代後期からはエレキサウンドを取り入れたロックビートにも挑戦し、その後はモダン・ビッグ・バンドとしてフュージョン(クロスオーバー)までを演奏したという戦前、戦中、戦後の時代を通して精力的に活動したご長寿バンドリーダーだったのです。

The Band That Plays The Blues: Woody Herman & His Orchestra aka Herman Herd
十代の頃より歌やサックス奏者としてショーに出演していたウッディ・ハーマンが30年代に入るちょっと前にボーカル兼テナーサックス奏者としてカルフォルニアのTom Gerun & His Orchestraに参加し、Smith Ballew(スミス・バリュー)と共に初吹き込みしたのが"Lonesome Me"と"My Heart's At Ease"というボーカル入りの曲だったそうです。 その後にボーカルとして参加したIsham Jones(アイシャム・ジョーンズ)のバンドでウッディ・ハーマンはリーダーを取って代わり、1944年から1946年には白人スウィングバンドからDuke Ellington(デューク・エリントン)やCount Basie(カウント・ベイシー)などの黒人アーティストの影響を受けた新しいサウンドのウッディ・ハーマン楽団を結成して"First Herd"時代に突入します。 歌の方も美しい声の白人クルーナーからちょっとしゃがれたブルース調に声がわり。 「白人がブルースを演奏するバンド」、"First Herd"は1945年(1944)から1946年にかけて活動しましたがハーマンの家庭問題により解散しました。(いったい何?) "First Herd(ファーストハード)"の演奏メンバーにはトランペッターでは1946年のラスト・アルバム「Woodchopper's Holiday」を残して麻薬のため21歳tという若さで亡くなったSaul "Sonny" Berman(ソニー・バーマン)やPete Candoli(ピート・カンドリ)といったバップ・トランペッター、ドラマーのDave Tough(デイヴ・タフ)の他にFlip Phillips(フリップ・フィリップス)、Billy Bauer(ビリー・バウアー)、Chubby Jackson(チャビー・ジャクソン)、Ralph Burns(ラルフ・バーンズ)などがいたそうです。 解散後ほどなく結成したのが"The Second Herd'(セカンドハード)"と呼ばれるウッディ・ハーマン楽団で1947年から1949年まで活動し、演奏メンバーには、麻薬克服の次に脊椎ガンを患い一時期は車椅子で演奏していたビバップのバリトンサックス奏者のSerge Chaloff(セルジュ・シャロフ又はサージ・チャロフ)やHerbie Steward(ハービィ・スチュアード)等と共にサックス・セクションの四人組み、マッチョ・サウンドの"The Four Brothers"でソロをとっていたテナーサックスにはStan Getz(スタン・ゲッツ)やZoot Sims(ズート・シムズ)がいました。 その後は同じくテナーのAl Cohn(アル・コーン)、John LaPorta(ジョン・ラポルタ)、アルトにSam Markowitz(サム・マーコウィッツ)、、ヴィブラフォンがMargie Hyams(マージー・ハイアムズ)などがおり、1949年にテナーサックス奏者のGene Ammons(ジーン・アモンズ)がソロをとったことがあったそうです。 この時代に録音した3テナー+1トロンボーンをフィーチャーしたアルバムの「Four Brothers 1945-1947」が「The Goof and I'」ともに大ヒットしたそうです。
Woody Herman and His Orchestra(ウッディ・ハーマン楽団)の"First Herd"は1947年にArthur Lubin(アーサー・ルービン)監督の「New Orleans」に出演して"Do You Know What It Means to Miss New Orleans"など音楽も手掛けました。 クラリネット奏者のBarney Bigard(バーニー・ビガード)も本人役で出演し、Shelley Winters(シェリー・ウィンタース)がカメオ出演する他、Sammy Davis Jr.(サミー・デイヴィス・ジュニア)やEthel Waters(エセル・ウォーターズ)もチラリと登場します。 この後の1953年に再度結成した楽団がThird Herd (サード・ハード)で1962年以降のウッディ・ハーマン楽団をFourth Herd (フォース・ハード)と呼ぶのだそうです。

ウッディ・ハーマンはクラリネット演奏やボーカルの他に作曲も手掛け、有名な"Apple Honey"や"At the Woodchoppers' Ball"の他、"Blues on Parade"、"Goosey Gander"、"Northwest Passage"、"Music by the Moon"、"I Remember Duke"、"Misty Morning"、"Shanghai Lily"などもウッディ・ハーマンの作品だと云われていますが"Blue Flame"、"River Bed Blues"、"Blowin' Up a Storm"、"A Kiss Goodnight"、"Your Father's Moustache"などは他のメンバーとの共同作品だそうです。 Four Brothers時代にはDon Lamond(ドン・ラモンド)がドラムを担当していたウッディ・ハーマン楽団の"First Herd"と"Second Herds"には作曲及び編曲者として名高いトランペット奏者のShorty Rodgers(ショーティ・ロジャース)が在籍しており、"Second Herds"ではテナーサックス奏者のStan Getz(スタン・ゲッツ)がソロをとっていました。
クセなんでしょうか、悪戯っぽく左肩を上げてクラリネットを吹き、コミカルに歌うウッディ・ハーマンの映像をご覧下さい。 Kick!
Woody Herman's Second Herds - "Caledonia(Caldonia)" and "Northwest Passage" - youTube
Woody Hermans First Herd with Frances Wayne - It Must Be Jelly (1944)- YouTube
Woody Herman - I won't Dance (1957)- YouTube
(with Milt Hinton(Bass), Ben Wabster(Ts), Barney Kessel(Guitar), Jo Jones(Ds), et.al.)

Woodchopper's Ball by Woody Herman and his Orchestra (1939) - YouTube
Woody Herman and his Orchestra with Stan Getz, Shorty Rogers、Al Cohn, and Zoot Sims - Early Autumn from "The Second Herd" (1948) - YouTube
Woody Herman - After You've Gone - YouTube
Woody Herman & His Swingin' Herd with Nat Pierce - Molasses - (1963) - YouTube
Woody Herman and his Swingin' Herd with Billy Hunt - Days of Wine and Roses (1964) - YouTube
Woody Herman & His Swingin' Herd - Cousins (1964) - YouTube

List of the Songs Woody Herman recorded from 1935 to 1939
1935年
Darling(Isham Jones And His Orchestra、Vocal Woody Herman)
1936年
(there Is) No Greater Love(Isham Jones And His Orchestra、Vocal Woody Herman)、The Day I Let You Get Away (Isham Jones And His Orchestra、Vocal Woody Herman)、Ev'ry Time I Look At You(Isham Jones And His Orchestra、Vocal Woody Herman)、I Can't Pretend、Wintertime Dreams、Someone To Care For Me、Mr Ghost Goes To Town、The Goose Hangs High
1937年
Doctor Jazz、Double Dare You、The Lady From Fifth Avenue、Dupree Blues、I Wanna Be In Winchell's Column、My Fine Feathered Friend、Broadway's Gone Hawaiian、Let's Pitch A Little Woo、Stardust On The Moon、 It Happened Down In Dixieland、You're A Sweetheart、Loch Lomond、I Double Dare You、Double Or Nothing、Trouble In Mind、I Wanna Be In Winchell's Column、Dupree Blues
1938年
Laughing Boy Blues、Blue Evening、Listen To The Mocking Bird、Don't Wake Up My Heart、Indian Boogie Woogie (p Tommy Linehan)、Calliope Blues、Lullaby In Rhythm、Who'll Buy My Violets、Twin City Blues、Carolina In The Morning、Love Me、Love's Got Me Down Again、I Can't Pretend、Fine And Dandy、Peace, Brother!、Can This Be Love?
1939年
Blues Upstairs Put That Down In Writing East Side Kick、Blue Dawn、Blues Downstairs、Big Morning、Big Wig In The Wig Wam、Blue Evening、Still The Bluebird Sings、This Changing World、Midnight Echoes、Paleface - Blues、The Rhumba Jumps、Blues On Parade、Rosetta、If I Knew Then、Farewell Blues、Casbah Blues、For Tonight

The Woody Herman Story
ページトップの画像はウッディ・ハーマン楽団の1939年から1949年の録音を集めて2001年にリリースされたベスト盤4枚組アルバムです。
"I Almost Lost My Mind"は入っていませんが、ウッディ・ハーマンの定番曲のAt the Woodchopper's Ball、Blue Flame、Apple Honey、スタン・ゲッツのヒット曲のEarly Autumnなどをはじめ、ブルージーなCasbah Blues、Blue Prelude、Do Nothin' Till You Hear from Meやカウント・ベイシーのBasie's Basementなどのインスト曲までスウィンギーやジャージーからラテン風まで全91曲を収録しています。
アルバムの「At the Woodchopper's Ball」にはボーカルとしてBing Crosby(ビング・クロスビー)や女性ボーカリストのMuriel Lane(ミュリエル・レーン)、トランペッターでもあるSteady Nelson(ステディ・ネルソン)なども参加していたので全部のボーカルがウッディ・ハーマンではありませんが、ボーカル曲としてはDISC 1: AT THE WOODCHOPPER'S BALLに収録されたBlues in the Night、Blues Upstairs、'Tis Autumn、Four or Five Times、Do Nothing till You Hear From Me、Who Dat Up Dere?、Noah、DISC 2: THE GOOD EARTHに収録されたMilkman Keep Those Bottles Quiet、It Must Be Jelly ('Cause Jam Don't Shake Like That)、I Ain't Got Nothin' But the Blues、Laura、I Wonder、Yeah Man (Amen)、I've Got the World on a String、Put That Ring on My Finger、DISC 3: BLOWIN' UP A STORMに収録されたLet It Snow! Let It Snow! Let It Snow!、I Told You Ya I Love Ya, Now Get Out、Cherokee Canyon、DISC 4: FOUR BROTHERSに収録されたI've Got News For You、Lazy Lullaby、I Ain't Getting Any Younger、The Crickets、You Rascal You、In the Beginningなどです。 ウッディ・ハーマンのコミカルなボーカルとして私は"Who Dat Up Dere?"や"Blues in the Night"などが好きですが、"I Almost Lost My Mind"が入っていると良かったと思っています。
Hans Zimmer(ハンス・ジマー)音楽の2001年のPearl Harbor(パール・ハーバー)のサウンドトラックにウッディ・ハーマンのBlues in the Night(My Mama Done Tol Me)"が収録されています。(Harold Arlen(ハロルド・アレン)とJohnny Mercer(ジョニー・マーサー)作)
アルバム「The Woody Herman Story」の女性ボーカルで、Big Wig in the Wigwam、Irresistible You、Happiness Is a Thing Called Joe、Gee, It's Good to Hold You、Welcome to My Dream、Romance in the Darkなどを歌っているのは1939年にMary Ann McCall(メアリー・アン・マッコール)やThe Andrews Sisters(アンドリュー・シスターズ)などとウッディ・ハーマンの「Woody Herman & His Orchestra - 1939」に収録されているConnee Boswell(コニー・ボスウェル)だそうですが、「Four Brothers」に収録されたP. S. I Love You、I Got It Bad (And That Ain't Good)、Detour Ahead、Jamaica Rhumba、More Than You Knowを歌ったのはCharlie Barnet(チャーリー・バーネット)楽団から移籍してきてウッディ・ハーマン楽団のトランペッターでアレンジャーのNeal Hefti(ニール・ヘフティ)と結婚したフランシス・ウェインです。
♪ 「The Woody Herman Story」の試聴はThe Woody Herman Story - Amazon.com
※ウッディ・ハーマンLet It Snow! Let It Snow! Let It Snow!はアルバム「Blowin' Up A Storm: The Columbia Years 1945-1947」に収録されています。
試聴はBlowin' Up A Storm - Let It Snow! - Amazon.com

Who Dat Up Dere?
作詞家でソングライターでボードビルの台本も手掛けたBob Russell(ボブ・ラッセル)とユダヤ系アメリカ人のWalter Kent(ウィルター・ケント)が作った"Who Dat Up Dere"という曲はウッディ・ハーマンが1943年に78rpmレコードのA面として吹き込んで以来、ウッディ・ハーマンボーカルの代表曲となっていますが、現在はCD化された「Golden Greats」や「Woodsheddin' With Woody」などで試聴できますがアルバム「Woody Herman」にも収録されています。
Listen to "Who Dat Up Dere?"
下記は私が始めて聴いたウッディ・ハーマンの"Who Dat Up Dere?"がフルで聴けます。(左上のListen to audioからStreamのVBR M3U (Hi-Fi)をクリックして開くと私の場合は設定してあるiTunesで)
Woody Herman and his orchestra - Who Dat Up Dere - Archive.org
この"Who Dat Up Dere"は1994年にJim Carrey( ジム・キャリー)が主演した映画The Mask(マスク)に出演して"Hey, Pachuco"やCab Calloway(キャブ・キャロウェイ)の"Hi De Ho"を歌ったネオスイング・バンドのRoyal Crown Revue(ロイヤル・クラウン・リビュー)がアルバムの「Caught in the Act」でDuke Ellington(デューク・エリントン)の"The Mooche"と共に"Who Dat?"としてウッディ・ハーマンそっくりに歌っています。
※ちなみに1999年にリリースされたウッディ・ハーマンの「Woody Herman: Who Dat Up Dere?」というアルバムもありますが入手不可です。

Happiness Is a Thing Called Joe
上記のアルバム「The Woody Herman Story」にも収録されている私の好きなドラマティックな曲の"Happiness Is a Thing Called Joe"はThe Songs That Went To Warの「V-Disc - DISC 1」にも収録されていますが、ウッディ・ハーマンは歌っておらず白人女性ボーカリストのフランシス・ウェインのバージョンです。  "Happiness Is a Thing Called Joe"は1940年の"Cabin in the Sky"というブロードウエイ・ミュージカルのためにHarold Arlen(ハロルド・アレン)が作曲しYip Harburg(イップ・ハーバーグ)が作詞した曲で酒場の喧嘩がもとで死んでいくジョーに歌った切ない曲です。 "Cabin in the Sky"は1943年にEthel Waters(エセル・ウォーターズ)、Lena Horne(リナ・ホーン)、Louis Armstrong(ルイ・アームストロング)、デューク・エリントン楽団などオール黒人キャストでVincente Minnelli(ヴィンセント・ミネリ)監督により映画化されています。

Four Brothers 1945-1947
ウッディ・ハーマン楽団の代表的な全25曲を集めて2008年にリリースされたベスト盤です。
Four BrothersFour Brothers 1945-1947
1945-1947年に録音されたアルバム「Four Brothers」の演奏メンバーはトランペットが高校卒業と同時に入団したConte Candoli(コンテ・カンドリ)とPete Candoli(ピート・カンドリ)のカンドリ兄弟、作曲及び編曲もしたShorty Rogers(ショーティ・ロジャース)やニール・ヘフティ、ヴィブラフォンがRed Norvo(レッド・ノーヴォ)、ドラムがBuddy Rich(バディ・リッチ)などで、女性ボーカルはフランシス・ウェインです。
※同時期の録音で「Thundering Herds 1945-1947」という16曲収録の輸入盤アルバムもありますが、Laura、I Wonder、Yeah Man (Amen) 、I've Got the World on a String、Put That Ring on My Finger、Gee, It's Good to Hold You、Lazy Lullaby、I've Got News for You、Keen and Peachyは収録されていません。 ※"Thundering Herd"は主に1959年から1987年にかけて活動したようです。

First Herd
私の好きな"Happiness Is a Thing Called Joe"、"Mean to Me"、"She's Funny That Way"の他定番曲の"Apple Honey"やジャンプブルースのLouis Jordanが1945年に録音した"Caldonia (What Makes Your Big Head So Hard?)"など全23曲を収録したオリジナル録音が1945年のアルバムですが現在は入手困難です。
First Herd by Woody HermanFirst Herd
※1946年録音のVerve VSP LPレコードには「Woody Herman's Woodchoppers and the First Herd Live At Carnegie Hall」があります。
ウッディ・ハーマンの"Happiness Is a Thing Called Joe"はやはり入手困難ですが「The Best of the Big Bands」や「This Is Jazz, Vol. 24」にBijou (Rhumba a la Jazz)やEarly Autumnなどと共に収録されています。(ASIN: B000002AFP)

Brand New
ウッディ・ハーマン楽団が迫力満点に演奏したRay Bryant(レイ・ブライアント)の演奏で有名な"After Hours"や"Adam's Apple"などとともに"I Almost Lost My Mind"を収録した1971年リリースのアルバムです。
Brand New Woody HermanBRAND NEW
"I Almost Lost My Mind"はIvory Joe Hunter(アイヴォリー・ジョー・ハンター)が作って1950年にビルボードのチャートで第一位に輝いたR&B曲ですがポップスのスタンダードとなりウッディ・ハーマンや1956年にPat Boone(パット・ブーン)がヒットさせた他、Eddie Cochran(エディ・コクラン)、Nat King Cole、Willie Nelson(ウィリー・ネルソン)など各ジャンルのミュージシャンが取り上げています。
♪アルバム「Roots and Rumours: The Roots of Elvis, Vol. 2」からアイヴォリー・ジョー・ハンターの"I Almost Lost My Mind"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for This Is the Modern World with Trouble - June 14, 2007 (前の曲がちょっと残りますが、"I Almost Lost My Mind"の欄の最後にある"1:20:36 (Real) "をクリック)

Woody Herman Presents, Vol. 2: Four Others
ビバップ・ドラマーのTiny Kahn(タイニー・カーン)が作った"Tiny's Blues"はテナー・ サックスを演奏したAl Cohn(アル・コーン)との共同作曲とされていますが、ウディ・ハーマン楽団が演奏しているのは1981年のアルバム「Woody Herman Presents, Vol. 2: Four Others」と2005年のアルバム「Rarest」です。
Woody Herman Presents, Vol. 2: Four OthersWoody Herman Presents, Vol. 2: Four Others
"Tiny's Blues"を収録したアルバムの試聴はWoody Herman Presents, Vol. 2: Four Others - Amazon.com
Tiny's Bluesの他にLoose AberrationsやTenderlyを収録した「Woody Herman Presents, Vol. 2: Four Others」は3シリーズのうちの2番目のアルバムでウッディ・ハーマンのアルトサックスやアル・コーンなどのテナーサックスが最高です。 演奏者はアルバムに収録されている"Woody's Lament"、"I Wanna Go Home"、"The Goof and I"の作曲者のテナーサックス奏者のAl Cohn(アル・コーン)、アレンジャーでもあったJimmy Giuffre(ジミー・ジョーフリー)、Stan Getz(スタン・ゲッツ)、Zoot Sims(ズート・シムズ)という"Four Brothers(Woody Herman & the Second Herd)"には入っていなかった"Four Others"です。 テナーサックス演奏者はアルバムに収録されている"Loose Aberrations"の作曲者のSal Nistico(サル・ニスティコ)、ウエストコースト派のサックス奏者のBill Perkins(ビル・パーキンス)とFlip Phillips(フリップ・フィリップス)で、ピアノがJohn Bunch(ジョン・バンチ)、ドラムがDon Lamond(ドン・ラモンド)、ベースがGeorge Duvivier(ジョージ・デュビビエ)という面々です。
Norman "Tiny" Kahn (1924-1953)
1950年代初期にStan Getz(スタン・ゲッツ)の"Storyville" Live盤に参加しているタイニー・カーンは1953年に29歳で病死した白人のビバップ・ドラマーでした。 ウッディ・ハーマン楽団の他にもCharlie Barnet(チャーリー・バーネット)楽団やChubby Jackson(チャビー・ジャクソン)バンドなどで編曲及び作曲を手掛けましたが、その名のごとく身体は小さかったそうです。
1949年のタイニー・カーンの写真が見られるThe Tiny Kahn Discography)(いづれも右端のドラマー)
※ちなみに2000年にジャズの選曲が素晴らしいサウンドトラックの映画「Joe Gould's Secret」で"Tiny's Blues"やCharlie Parker(チャーリー・パーカー)をフィチャーした"The Nearness of You"などのウッディ・ハーマンの演奏が使用されているそうです。("The Nearness of You"はウッディ・ハーマンのアルバム「Featuring Tito Puente & Charlie Parker」というアルバムに収録されていますが、日本のAmazon.co.jpではウッディ・ハーマンのアルバム(ASIN: B00004TBXL)とエロール・ガーナーの「Penthouse Serenade」とが混同しているようです。("The Nearness of You"と"Tito Meets Woody"が収録されているCD)

Woody Herman - '58 Featuring The Preacher
ウッディ・ハーマンが1958年にVerveで録音したレア盤が「Featuring Preacher」としてCD化されました。 アルバム・タイトルとなっている"The Preacher"を作曲したHorace Silver(ホレス・シルヴァー)と活動していたジャズシンガーのAndy Bey(アンディ・ベイ)がウッディ・ハーマンと共演していると聞いたのですが、アンディ・ベイがPreacherを歌っているかどうかは不明です。 この時のWoody Herman and His Orchestra(ウッディ・ハーマン楽団)の演奏メンバーはトランペットがJohn Coppla(ジョン・コッポラ)、Danny Stiles(ダニー・スタイルズ)、Bill Berry(ビル・ベリー)、Willie Dennis(ウィリー・デニス)、トロンボーンがBill Harris(ビル・ハリス)とBob Lamb(ボブ・ラム)、テナーサックッスがJay Migliori(ジェイ・ミッグリオーリ)とバリトンサックスがRoger Pemberton(ロジャー・ペンバートン)、ピアノがアレンジャーでもあるNat Pierce(ナット・ピアース)とJohn Bunch(ジョン・バンチ)とTadd Dameron(タッド・ダメロン)、ベースがJimmy Gannon(ジミー・ガノン)、ドラムがDon Michaels(ドン・マイケル)、アレンジャーはGene Roland(ジーン・ローランド)とサックスも吹いたのBill Holman(ビル・ホルマン)などだそうです。(ASIN: B001EN1QY6)
試聴はFeaturing Preacher - Fnac.com(アルバム画像左のÉCOUTESをクリック)
「Herman, Woody - 1958 - feat. The Preacher('58 Featuring "The Preacher")」や「Featuring Preacher」、又は2008年にリリースされた1963年のSarah vaughn & Woody hermanのライヴ盤「On the Radio: 1963 Live」(ASIN: B001A379BY)などに収録されたWoody Herman And His Orchestraが演奏する"The Preacher"(Sarah vaughn & Woody hermanの試聴はThe Preacher from "Sarah vaughn & Woody Herman & His Orchestra" - Amazon.com

Harlem Nocturne by Woody Herman
ウッディ・ハーマンが演奏するHarlem Nocturne(ハーレム・ノクターン)は1962年に"The Stripper"が大ヒットしたDavid Rose & His Orchestra(デヴィッド・ローズ楽団)のアルバム「Holiday For Strings」や、1995年のウッディ・ハーマンのベスト盤「Scene & Herd in 1952」にも収録されています。(ASIN: B0000042OC)
♪ 試聴はScene & Herd in 1952 - Amazon.com

Marakeesh on "Men From Mars"
ウッディ・ハーマンの1954年のVerve Records(ヴァーヴ)でのセッションLP盤は50年代にリリースされたShorty Rogers(ショーティ・ロジャース)のSF的タイトルのアルバムに答えるように吹き込んだそうです。 演奏メンバーはウディ・ハーマンの他に、テナーサックスがムード・テナーで名を馳せたSam Taylor(サム・テイラー)や後にクールジャズで知られたBill Perkins(ビル・パーキンス)、ピアノ(オルガン)が1951年から1955年にウディ・ハーマン楽団のアレンジャーとしても活躍したNat Pierce(ナット・ピアース)、トロンボーンが1950年頃からThundering Herd(ウディ・ハーマン楽団)でソロをとっていたUrbie Green(アービー・グリーン)、デンマーク出身の作曲家でJ. J. Johnson(JJジョンソン)とのコラボで有名なKai Winding(カイ・ウィンディング)、そして50年代半ばにはウディ・ハーマン楽団と仕事をし一時ハーマン楽団にアレンジャーとしても在籍していたGerry Mulligan(ジェリー・マリガン)と共に1958年の「I Want to Live(私は死にたくない)」に出演したビバップのFrank Rehak(フランク・リハク)などです。
収録曲は"Marakeesh"、"Four Others"、"Wooftie"、"Mambo The Most"、"Men From Mars"だそうですが見つかりません。 1952年がオリジナルという18曲入りベスト盤の「Early Autumn」にはFour Others、Mambo the Most、Men from Marsのみが収録されていますが肝心な"Marakeesh"はありません。

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