Rosemary Clooney (1928 - 2002)
ラテンナンバーの"Cara Miaとか"Oh Mein Papa"のようにイタリア語やスペイン語など世界の言語のタイトルがついた曲を聞いた私はローズマリー・クルーニーはてっきりラテン系だろうと思ってしまいましたが、両親はアイルランド系でケンタッキー出身だそうですからコテコテの白人でした。 ローズマリー・クルーニーのアルバムでは良きアレンジャーでもあったNelson Riddle(ネルソン・リドル)やPeez Prado(ペレス・プラード)との共演盤やBing Crosby(ビング・クロスビー)とのデュエット盤が有名です。 映画界の姐御がJane Russell(ジェーン・ラッセル)ならポップス界の姐御はローズマリー・クルーニーでしょうか。 ともに威風堂々たるエンターテイナー魂を持つ女性アーティストです。 ローズマリー・クルーニーは50年代にDean Martin & Jerry Lewis(ディーン・マーチンとジェリー・ルイス)が組んだ"Martin and Lewis(底抜けコンビ"のテレビショー"Colgate Comedy Hour"にゲスト出演して切々と"Half as Much"を歌ったり、お茶目に"Botch-A-Me"などを歌いました。(ディノがラトパックに参加する前のこと) そして、ローズマリー・クルーニーはGeorge Clooney(ジョージ・クルーニー)の叔母さんです。(父親の妹) そのジョージ・クルーニーとは2000年のO Brother, Where Art Thou?(オー・ブラザー!)やOcean's Twelve(オーシャンズ12)シリーズなど多数の映画に出演した俳優のことです。(ジョージ・クルーニーもラテン系だと思った。)
☆ローズマリー・クルーニーの写真や歌詞が見られる素晴らしいオフィシャルサイト (ファン・サイトかも。 Enjyoy Rosie's Photos)
The Rosemary Clooney Palladium (click Lyrics on the menu)
Rosemary Clooney sings Half as Much & Botch-A-Me on Martin and Lewis Show - YouTube
Rosemary Clooney & Dean Martin (Parody song medley) - YouTube
Come on-a my house-a!
ローズマリー・クルーニーは1951年に陽気に歌ったCome On-A My House(家においでよ)で一躍有名になりました。 ビルボードで連続8週トップをキープしたそうです。 ローズマリー・クルーニーの歌で浮上したこの斬新な曲はアメリカ民謡をもとにして1939年にアメリカの戯曲作家であるWilliam Saroyan(ウイリアム・サローヤン)と彼の従兄弟のRoss Bagdasarian(Sr. ロス・バグダサリアン)とによって作られたそうです。 ロス・バグダサリアンとは後にTVアニメシリーズとなった1958年の人形劇のAlvin and the Chipmunks(アルビンとチップマンクス)のキャラクターを生み出した人物なのです。 "Come On-A My House"はそのメロディーもさることながら、なんといってもその歌詞がすごいのです。 「あたしのおうちにいらっしゃい、あなたになんでもかんでもあげましょう」という歌詞、これがイミシンだとして発表当時は放送禁止を食らったという話もあります。 しかし私のように英語の分らない日本人にはどうってことはなく、そのジャカジャカジャカジャカという伴奏が賑やかで楽しい曲だと人気がありました。 "Come On A My House"の本来の歌では親戚、友人、ご近所さんを呼んで大盤振る舞いをするというアメリカの生活習慣を描いた歌詞だそうです。 つまり"何でもあげる"という言葉のダブル・ミーニングが功をなしたということでしょう。 大ヒットになった曲なのにローズマリー・クルーニーはこの曲が嫌いだったそうですが、録音当時にこの曲を吹き込むかクビかのどちらかを選べと通告されて仕方なく歌ったそうです。 だから私がずいぶんと威勢の良い歌声だなと思ったのは間違いで怒り心頭に達した歌声だったのかもしれません。 もっとも森山加代子が1961年に歌わされた"じんじろげ"や"パイノパイノパイ"に比べれば上等です。(Botch-A-Meはちょっとねエ。) この"家においでよ"はパロディ化されたりして何人かの歌手がカバーしたり、1961年にはロス・バグダサリアン(David Seville)自身の「The Alvin Show」でも使用されましたが、日本では1952年にEri Chiemi(江利チエミ)が"カモナ・マイ・ハウス"と歌ってヒットさせ、近年では俗曲師のUmekichi(檜山うめ吉)が歌っています。
Rosemary Clooney - Come On A My House - YouTube
Hey Mambo! Mambo Italiano! Go-go-go!
1954年にヒットしたのはジャンプブルースのBob Merrill(ボブ・メリル)がイタリアのフォークソングをマンボにアレンジして書いたMambo Italiano(マンボ・イタリアーノ)でした。 アメリカのチャートでトップになっただけでなくイギリスでもチャートインしたヒット曲となりましたが、この曲も例の"Come On A My House"と同様に1950年代から1960年代にかけてアメリカのポップス界で絶大なる影響力を持っていた"Sing Along with Mitch(ミッチと歌おう)"のヒゲの指揮者のMitch Miller(ミッチ・ミラー)のプロデュースだったそうです。 1950年からコロンビアのレコーディング・プロデューサーだったこのミッチ・ミラーがローズマリー・クルーニーに1954年の"This Ole House"を含めて軽いポップスを歌わせたことは音楽業界の犯罪だ!とまで云われたそうですが、こういった大衆受けする選曲によりともかく名声を得たのですからミッチー爺は強ち責められるべきでもないのかもしれません。 "Mambo Italiano"がヒットしたその当時、1950年代初め頃はアメリカでPerez Prado(ペレス・プラード)が持ち込んだ新しいリズムのマンボが大流行で猫も杓子もマンボを取り入れたのです。
☆ページトップで聴けるのはローズマリー・クルーニーがペレス・プラードと吹き込んだLPアルバム「Latin for Lovers」や「A Touch of Tabasco」、2002年のCD「The Girl Singer」などに収録されている"Sway(Quien Sera)"です。
世界を駆け巡ったローズマリー・クルーニーのヒット曲"Mambo Italiano"は2003年の映画のMambo Italiano(マンボ・イタリアーノ)で使用された他、1988年のMarried to the Mob(愛されちゃって、マフィア)、1990年のMermaids(恋する人魚たち)、1994年のA Man of No Importance(マン・オブ・ノー・インポータンス)、1996年のBig Night(シェフとギャルソン、リストランテの夜)、1999年のMickey Blue Eyes(恋するための3つのルール)などで使用されています。
Rosemary Clooney - Mambo Italiano - YouTube
"Mambo Italiano"はアメリカではイタリア系のDean Martin(ディーン・マーティン)が60年代に吹き込みましたが、ローズマリー・クルーニーが歌った"Sway"などと共にどちらがオリジナル(先)か不明説があるようです。 "Mambo Italiano"はヨーロッパでも人気となり、フランス語でDario Moreno(ダリオ・モレノ)、イタリア女優のSophia Loren(ソフィア・ローレン)が英語で、イギリスのポップス歌手のAlma Cogan(アルマ・コーガン)はもちろん英語でが歌いました。 ローズマリー・クルーニーがオリジナルの"Mambo Italiano"も"Come On A My House"と同様に他者の追従を許さぬものがあります。
"Mambo Italiano"を作詞作曲したボブ・メリルはGeorgia Gibbs(ジョージア・ギブス)が歌った"If I Knew You Were Comin' I'd've Baked a Cake"、"Honeycomb"、Patti Page(パティ・ペイジ)が歌った"How Much Is That Doggie In The Window?"などの,ヒット曲や、Yvette Mimieux(イヴェット・ミミュー)が出演した「不思議な世界の物語」の音楽はLeigh Harline(リー・ハーライン)ですが"Dancing Princess"などをたくさんの曲を作ったそうです。
1986年の37°2 le matin(ベティ・ブルー)や1994年のLa Cité de la peur(カンヌ映画祭殺人事件)に出演したアルジェリア系フランス人の歌手で踊れる俳優でもあるGérard Darmon(ジェラール・ダルモン)がGooglie Mooglie Muppetsショーで"Mambo Italiano"をセクシーに歌ったそうです。(シングルは"Mambo Italiano"、アルバムは"Dancing")
Gerard Darmon - Mambo Italiano - YouTube
Rosie's Life
およそため息や囁きとは無縁の、スキャットやアドリブとも無縁の、ですが声量たっぷりな歌唱方で世界中のポップスファンをを魅了したローズマリー・クルーニーでしたが、1950年代後期からのロックンロールの台頭を機に家庭に専念するようになりました。 そのローズマリー・クルーニーのプライベート生活はどうかというと、1953年にプエルト・リコ出身の俳優であるJosé Ferrer(ホセ・ファーラー)と結婚して5人も子供がいたそうですが、1953年から1961年と1964年から1967年の2回結婚しています。 政治的に親交の深かったRobert F. Kennedy(故ケネディ大統領)の1963年の暗殺以降から1970年代には依存性が高い鎮静剤を常用するようになり、薬物依存で入院生活を送ったそうです。 このことは後に俳優のジョージ・クルーニーが腰痛で鎮痛剤を処方されても使用しなかったことにつながりました。 ボロボロになっていく伯母さんを見ていたわけですからその薬物の恐ろしさを身をもって体験していたわけです。 ハスキーヴォイスのローズマリー・クルーニーは愛煙家だったこともあり肺ガンに侵されて手術後の2002年に74歳にして亡くなりました。
Rosemary Clooney's Albums
The Essential Rosemary Clooney
ページトップの画像はシングル・バージョンのCome On-A My House(家においでよ)といった初期のコミカルなポップスに加えて、しっとりとしかも情熱的に歌い上げる究極のバラード曲のHey There(ヘイ・ゼア)やTenderly(テンダリー)をはじめ、78回転バージョンのMambo Italiano(マンボ・イタリアーノ) などローズマリー・クルーニーの代表的な16曲を集めた人気のCDのエッセンシャル・ローズマリー・クルーニー」でローズマリー・クルーニー音楽の推移を聴くことができます。 輸入盤の「The Essential Rosemary Clooney」もリリースされています。
※「家においでよ」に続いてリリースした可愛い子ぶりっ子の面白いけどちょっといやらしいおねだり小唄の"Ba-Ba Baciami Piccina"とはイタリア語で「チュッ、チュッ、キスして!可愛い人」 といった意味らしいですが"Botch-A-Me "も同じ?
ちなみに日本では馴染みがないですがHey There(ヘイ・ゼア)とはHiya! のようにくだけた挨拶で「こんにちは」とか「やあ」という意味だそうです。
Mangos
ローズマリー・クルーニーが"Come On-A My House"のように"マンゴ、パパイア、飲んで食べて!"と美味しそうなものを羅列した1950年代中頃のヒット曲"Mangos"は「Best of Rosemary Clooney」などのベスト盤にも収録されています。
Rosemary Clooney - Mangos - YouTube
The Rosemary Clooney Show: Songs from the Classic Television Show
The Rosemary Clooney Show: Songs from the Classic Television Show
ローズマリー・クルーニーの1954年のヒット曲である"Mambo Italiano(マンボイタリアーノ)"の他、代表曲の"Come On-A My House(家においでよ)"、"Tenderly"、"Hey There"、"Blues in the Night"など26曲が収録されている2004年リリースのベスト盤です。 "The Essential Rosemary Clooney"には収録されていない曲にはMoonlight in Vermont、My Blue Heaven 、There Will Never Be Another You 、Foggy Day 、Dream、Taking a Chance on Love 、Blues in the Night 、Lazy River 、 I'll Be Seeing Youなどがあります。
全曲試聴はRosemary Clooney Show: Songs From The Classic Television Show - Amazon.com
※"Blues in the night"を収録しているアルバムには輸入ベスト盤の「Best of Rosemary Clooney」や「Jazz Singer」もあります。
Blue Rose
Blue Rose
1961年の映画Paris Blues(パリの旅愁)のテーマ曲として使用された"Mood Indigo"を1956年にデューク・エリントン楽団とLPアルバム「Blue Rose」に吹き込みました。
収録されている曲は他にアルバムタイトル曲のBlue Rose、Duke Ellington(デューク・エリントン)の代表曲の"Sophisticated Lady"、そしてエリントンバンドでは盲目のR&B男性ボーカリストのAl Hibbler(アル・ヒブラー)と共に専属歌手の一人だった女性ボーカリストのIvy Anderson(アイヴィー・アンダーソン)の代表曲の"It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing) "や"I Got It Bad (And That Ain't Good)"とBilly Strayhorn(ビリー・ストレイホーン)単独の作曲の"Passion Flower"や"I'm Checking Out (Goombye)"などを心を込めて歌った13曲を収録しています。
「Blue Rose」はデューク・エリントンのコラボレーターとして名高い編曲者でピアニストのビリー・ストレイホーンが編曲及び選曲など尽力を尽くして出来上がったアルバムだそうです。 このLPがCD化された1999年の盤です。 "家においでよ"とか"マンボ・イタリアーノ"など軽いポップスをヒットさせた当時のローズマリー・クルーニーのジャズ歌手としての力量を発揮した1枚といえるでしょう。 LPの収録曲に加えて"If You Were in My Place (What Would You Do?)"と"Just a Sittin' and a Rockin"がボーナストラックとして追加されたCDです。 演奏メンバーはアレンジとピアノがビリー・ストレイホーン、ピアノがデューク・エリントン、トランペットがClark Terry(クラーク・テリー)、テナーサックスがPaul Gonsalves(ポール・ゴンザルベス)など、ドラムがSam Woodyard(サム・ウッドヤード)、ベースがJimmy Woode(ジミー・ウッド)、アルトサックスはJohnny Hodges(ジョニー・ホッジス)、アルトサックスとクラリネットがRussell Procope(ラッセル・プロコープ)です。 確信はありませんが、このLP録音当時ローズマリー・クルーニーは妊娠中だったとかで演奏と別取りと聴いたことがあります。
Rosemary Clooney & Duke Ellington - Mood Indigo - YouTube
A Touch of Tabasco
セカンドヒットがマンボのリズムの"Mambo Italiano"だったローズマリー・クルーニーはマンボの王様ことペレス・プラードとのコラボでCorazón de Melon, de melon melon melon melon melon..corazón...と"Corazon de Melon(メロンの心)"をヒットさせました。 このメロンという言葉は網のかかったメロンを想像させますが、英語のタイトルは"Watermelon Heart"というようにどうやら南米の西瓜のことのようです。 ローズマリー・クルーニーとは相性ピッタリのPerez Prado and his Orchestra(ペレス・プラード楽団)とラテン曲も含めたLPアルバム「タバスコの香り」が1960年に日本でリリースされました。 オリジナルのLPはCD化されてリマスター盤が2007年にリリースされています。 "メロンの心"はローズマリー・クルーニーのアルバム「The Girl Singer」などにも収録されています。
タバスコの香り
収録曲は1. Corazon de Melon(メロンの心)
2. Like a Woman(ライク・ア・ウーマン)
3. I Only Have Eyes for You(瞳はあなたゆえに)
4. Magic Is the Moonlight(マジック・イズ・ザ・ムーンライト)
5. In a Little Spanish Town(小さなスペインの町で)
6. Sway(キエン・セラ )
7. Mack the Knife(マック・ザ・ナイフ)
8. Bali Ha'i (バリ・ハイ)
9. You Do Something to Me(ユー・ドゥ・サムシング・トゥ・ミー)
10. Cu-Cu-Rru-Cu-Cu Paloma(ク・ク・ル・ク・ク・パローマ)
11. I Got Plenty O' Nuttin'(くたびれもうけ)
12. Adios(アディオス)の全12曲です。
Rosemary Clooney with Perez Prado - Corazon de Melon - YouTube
Rosemary Clooney - Corazon de Melon & Sway - YouTube
Memories of You
ドイツのBear Familyレーベルから1998年にリリースされた輸入のベスト盤Box setは価格の桁を間違えたわけではなく再リリースされないからなのか驚くべきヴィンテージ価格です。 1946年から1968年のローズマリー・クルーニーの歴史的な集大成で7枚のディスクに全180曲を収録してあります。 第一巻はCome On-a My House、第二巻はMemories of Youの二巻からなり、未発表の曲や、76ページものハードカバー伝記本やら写真などが付いている豪華版だそうです。 熱狂的なローズマリー・クルーニーのファンには垂涎の的なんでしょう。
全164曲を収録した7枚ディスクには、アルバムのタイトルとなっているBenny Goodman(ベニー・グッドマン)楽団をバックに歌う"Memories of You"はディスク 1にとディスク 3に収録されています。 "Come On'a My House"はディスク 1とディスク 4とディスク 7に収録され、"Mambo Italiano"はディスク 1とディスク 4に収録され、"White Christmas"がディスク 6に収録されている他ヒット曲の全てが網羅されています。 有名スタンダード曲のカバーは少な目で多くはレアな曲か別テイクバージョンのようで、子供向けの童謡曲もたくさん収録してあります。 Delta Rhythm Boys(デルタ・リズム・ボーイズ)でおなじみのDry Bones(ドライ・ボーンズ)がディスク 7に収録されていますがローズマリー・クルーニーはTommy Dorsey Orchestra(トミー・ドーシー)楽団をバックに歌っています。 ベニー・グッドマンやトミー・ドーシーの他の共演楽団はデューク・エリントン楽団などで、歌手ではBing Crosby(ビング・クロスビー)はもちろんんこと、Louis Armstrong(ルイ・アームストロング)や歌うカウボーイのGene Autry(ジーン・オートリー)などです。
Memories of You
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You'll Never Know
上記のアルバムにない曲としては、ローズマリー・クルーニーはHarry James(ハリー・ジェームス)の大ヒット曲の"You'll Never Know(知らないでしょう)"を歌っているのですが滅多に収録されていません。 "You'll Never Know"は「16 Most Requested Songs」は1991年のベスト盤、もしくは「16 Biggest Hits」で聴くことができます。
短いですがセンチメンタルな"You'll Never Know"の♪ 試聴は16 Most Requested Songs - Amazon.com
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Nelson Riddle
上記にアルバムがないローズマリー・クルーニーと共演した楽団といえばキャピタルレコードでNat King Cole(ナット・キング・コール)やFrank Sinatra(フランク・シナトラ)のアレンジャーとして有名なNelson Riddle(ネルソン・リドル)があげられます。 ネルソン・リドルは1950年代半ばにTV番組の"The Rosemary Clooney Show"で演奏及びアレンジを受け持っていました。 ローズマリー・クルーニーがスウィングする1961年の「Rosie Solves the Swingin' Riddle!」や1965年の「Love」などがあります。 これら素晴らしいコラボの国内盤は「ローズマリー・クルーニーとネルソン・リドル」とラヴ(紙ジャケット仕様)というCDが2008年にリリースされています。
Rosemary Clooney in the Films
White Christmas 1954年
ホワイト・クリスマス スペシャル・エディション
ローズマリー・クルーニーが出演した映画といえばMichael Curtiz(マイケル・カーティス)が監督したクリスマス映画の定番となったミュージカル・コメディの「ホワイト・クリスマス」でしょう。 映画のなかでは主演のBing Crosby(ビング・クロスビー)とローズマリー・クルーニーがテーマ曲をデュエットしたり出演者たちと合唱したりとIrving Berlin(アービング・バーリン)の曲がふんだんに使用されています。
☆映画について詳しくはAudio-Visual Trivia内のホワイト・クリスマス White Christmas
クリスマスといえば1954年の映画「ワイト・クリスマス」では"I'm dreaming of a white Christmas..."と歌ったWhite Christmasの他にも、"Chestnuts Roasting on an Open Fire..."と歌ったChristmas Song(ザ・クリスマス・ソング)もクリスマス定番曲となっています。
Red Garters 1954年
Red Garters [VHS] [Import]
"Mambo Italiano"でセンセーショナルなヒットを飛ばしたローズマリー・クルーニーが「ホワイトクリスマス」と同じ年の1954年に出演した西部劇のGeorge Marshall(ジョージ・マーシャル)が監督したミュージカル映画ですが日本未公開でした。 ローズマリー・クルーニーは酒場の経営者で歌手のCalaveras Kate(カラベラス・ケイト)という役で、そのケイトが気がある町の有力者役には1958年にCat on a Hot Tin Roof(熱いトタン屋根の猫)に主人公の兄のCooper 'Gooper' Pollitt(グーパー)役で出演した性格俳優のJack Carson(ジャック・カーソン)で、二人の恋はなかなか実らずやけになったケイトは結婚するためにハンサムな牧童(ガイ・ミッチェル)を利用して有力者に嫉妬させようと企むストーリーなんだそうです。
牧童を演じたのは子役からポップス歌手になったクロアチア系のGuy Mitchell(ガイ・ミッチェル)です。 1956年に私も好きな"Singing the Blues"という大ヒットを放ったガイ・ミッチェルでしたが、なんと名前のミッチェルはローズマリー・クルーニーに"家においでよ"と"マンボ・イタリアーノ"を吹き込ませたコロンビア・レコードのミッチ・ミラーから付けられたそうです。(では、Guy は? それはナイスガイだからだそうです。)
日本未公開でDVDもなく1998年リリースの英語版の輸入VHSが見つかるだけです。 日本語字幕のDVDがあれば観たいですが。
Red Garters Soundtrack
Red Garters/Irving Berlin's White Christmas
ローズマリー・クルーニーとガイ・ミッチェルの歌を収録したサウンドトラックとホワイトクリスマスが一緒になった2001年の輸入ベスト盤アルバムがリリースされているそうです。
♪ 試聴はRed Garters/Irving Berlin's White Christmas - Amazon.com ※「Irving Bering's White Christmas」というLPレコードもColumbiaからリリースされたそうです。( CL6338)
In Concert Series (Full) [DVD] [Import] (2006)
In Concert Series (Full) [DVD] [Import]
"Foggy Day"、"Imagination"、"Come Rain or Come Shine"などローズマリー・クルーニーの有名な11曲を収録した50分ライヴDVDらしいですが、2006年にリリースされたリージョン1の英語版なので一般のプレーヤーでは再生不可だそうです。 一説にはこのDVDはコンサート・ライヴではなくNelson Riddle(ネルソン・リドル)が出演した妊娠時期のローズマリー・クルーニーのTV番組の抜粋だとか。 選曲には一貫性がないそうですが昔の映像ならかえって歓迎!だが未見につき確証なし。 妊娠中といってもローズマリー・クルーニーは1955年から1960年にかけて子供が5人も生まれたのでどの時期かは特定できませんが、もし情報が正しければこの5年間の映像であることは間違いないでしょう。
Rosemary Clooney on Soundtracks
ローズマリー・クルーニー本人が映画に出演することは数が多くはなかったのですが、映画のサウンドトラックでローズマリー・クルーニーの曲が使用された例はたくさんあります。
上記以外のローズマリー・クルーニー自身が主演した映画では1953年のThe Stars Are Singing(楽しき我が家)では"Come On-A My House"をはじめ"Haven't Got a Worry"、"I Do! I Do! I Do!"、"Lovely Weather For Ducks"を歌っているそうです。 Stanley Donen(スタンリー・ドーネン)が監督してローズマリー・クルーニーと結婚したホセ・ファーラーと共演した1954年のDeep in My Heart(我が心に君深く)でMr. and Mrs."を歌い、そのホセ・ファーラーが監督した1961年のReturn to Peyton Place(青春の旅情)では音楽を手掛けたFranz Waxman(フランツ・ワックスマン)作曲のテーマ曲"The Wonderful Season of Love"を歌いました。
サントラで使用されたローズマリー・クルーニーの曲としては、鉄道マニア夫を描いた1987年のTrack 29(トラック29)ではChattanooga Choo Choo"、"Young at Heart"、"When the Red, Red, Robin Comes Bob, Bob, Bobbin' Alongが使用され、日本未公開ですが1994年のRadioland Murders(笑撃生放送!ラジオ殺人事件)では"That Old Feeling"が使用されています。 そしてClint Eastwood(クリント・イーストウッド)もローズマリー・クルーニーはお好みらしく1997年に監督したThe Garden Of Good And Evil(真夜中のサバナ)ではイーストウッド自身がプロデユースしたサウンドトラックにローズマリー・クルーニーが歌う"Fools Rush In"が収録されています。 この"Fools Rush In"は1999年にリリースされた「Songs from the Girl Singer: A Musical Autobiography」という2枚組アルバムにも収録されています。(B00002CF43) まだまだ、1999年のプロレス映画のBeyond the Mat(ビヨンド・ザ・マット)で"I'll Be Seeing You"、そして甥っ子のジョージ・クルーニーが監督した2002年のConfessions of a Dangerous Mind(コンフェッション)では"There's No Business Like Show Business"が使用されました。 最近でも2002年にNicolas Cage(ニコラス・ケイジ)が監督したSonny(ソニー)では"Half as Much"、2006年にKeanu Reeves(キアヌ・リーヴス)が主演したThe Lake House(イルマーレ)では"There Will Never Be Another You"と"I Wish You Love"が使用されたように今後もローズマリー・クルーニーの歌声はスクリーンで流れつづけることでしょう。
Missed Rosie's' Video Clips
以前はyouTubeで1961年にATVのJo Stafford Showの特番"County Fair"でJo Stafford(ジョー・スタッフォード)やMel Torme(メル・トーメ)や77 Sunset Strip(サンセット77)のEdd "Kookie" Byrnes(エド・バーンズ)まで出演した映像が観られたのです。(On a TV Jo Stafford Show of 1961, Jo is joined by Rosemary Clooney, Edd 'Kookie' Byrnes, Lionel Blair and composer of 'County Fair', Mel Torme. Jack Parnell's Orchestra and vocal group The Polka Dots complete the star-studded lineup for this spectacular performance)
♪ Hey There (Essential Rosemary Clooney) - Rádio UOL
(Album includes Come On-A My House, In the Cool, Cool, Cool of the Evening, Hey There, Half as Much, Botch-A-Me (Ba-Ba Baciami Piccina), Lady Is a Tramp, You Started Something, You Make Me Feel So Young, Blue Rose, Love, You Didn't Do Right By Me, Blame It on My Youth, Mambo Italiano, This Ole House, Mangos, and From This Moment On)

写真は私が映画の公開当時1960年頃に購入したサントラ盤でSaint-Tropez Blues / Tumbleweedを収録しています。 1960年の「太陽がいっぱい」で世界的に有名になったマリー・ラフォレが次に出演したのが他愛のない青春ヴァカンス映画の「赤と青のブルース」です。 ストーリーは学生の夏休みを描いていますが、フランスの高級リゾート地のサントロペでのハイソな情景に羨望の眼差しを送ったものでした。 映画の中でマリー・ラフォレがギターの弾き語りで歌ったテーマ曲の"サントロペ・ブルース"も大ヒットしました。
私が最初に観たイヴェット・ミミューの映画は1960年の「ボーイ・ハント」ですが、同年に制作された「タイム・マシン 80万年後の世界へ」が先に日本映画デビューだそうです。 「タイム・マシン」は英国作家のH.G. Wells(H・G・ウェルズ)が1895年に書いたSF小説のをSF特撮映画を手掛けたGeorge Pál(ジョージ・パル)監督が映画化しました。 時には「タイム・マシン」はRoger Vadim(ロジェ・ヴァディム)が監督した1967年のBarbarella(バーバレラ)と比較されることがあるそうです。(全く全く異なります) MGMスターのRod Taylor(ロッド・テイラー)がタイム・マシンの発明者のH. George Wells(ウェルズ)を演じて有名になった映画です。 人間の末裔であるEloi(イーロイ)と野蛮な食人種族のMorlocks(モーロックス)の辺りがちょっと1968年の「Planet of the Apes(猿の惑星)」みたいですが、映画「猿の惑星」の原作はフランスのPierre Boulle(ピエール・ブール)が書いた1963年の"La Planète des singes(猿の惑星)"だそうです。 キングコングと金髪美人の例に倣ってか、美女と野獣の取り合わせが観客の興味を引いたSF映画です。 可憐な美女が食人族のモーロックスの餌食になりそうでハラハラさせられます。 内容は理論的ではありませんが、今でも最後まで引きずり込まれるストーリーです。
私が最初に観たイヴェット・ミミューの出演映画はHenry Levin(ヘンリー・レヴィン)が監督した1960年のWhere The Boys Are(ボーイ・ハント)という青春映画で、Connie Francis(コニーフランシス)が日本語でも「私の大好きな やさしい面影 夢見るひとみよ 今頃あの人は 町から町へと さまよい歩くのか」と歌った主題歌は大ヒットしました。 当時人気ポップス歌手だったConnie Francis(コニーフランシス)を見に行ったら可愛いイヴェット・ミミューを見つけたという次第です。 キャラが全く違う4人の女学生が2週間の長期春休みにロマンスを求めてフロリダで過ごすという内容の映画です。 出演者はその後監督は違いますが「ボーイ・ハント」の続編的コニーフランシス映画の「ハートでキッス」にも出演したGeorge Hamilton(ジョージ・ハミルトン)とJim Hutton(ジム・ハットン)とPaula Prentiss(ポーラ・プレンティス)、そしてエルヴィス・ガールのDolores Hart(ドロレス・ハート)など若手俳優女優陣が出演した他愛の無い映画でしたが、セックスと愛をとっ違えた挙句、集団レイプ事件に巻き込まれそうになって一番同情を買ったMelanie(メラニー)を演じたイヴェット・ミミューは他のキャピキャピの女優と比べてその可憐さが特出していました。 のっぽで有名なポーラ・プレンティスは「ボーイ・ハント」がデビュー映画だそうです。 音楽はGeorge Stoll(ジョージ・ストール)ですが、Neil Sedakag(ニール・セダカ)が作曲してコニーフランシスが歌ったヒット曲の"Where the Boys Are"がテーマ曲となり、コニーフランシスの売り出し映画のようでもありました。 当時はまだまだ発展途上国的な日本から見るとなんとも豪華なアメリカを感じさせた映画でしたが、私はなぜかホットドッグにケチャップをふんだんにぶっ掛けるシーンを覚えています。(フィフティーズはハンバーガーではないのです。)
「黙示録の四騎士」は1959年の「Home from the Hill (肉体の遺産)」を監督したVincente Minnelli(ヴィンセント・ミネリ)の大河ドラマですが、サイレント映画時代ので1921年にRudolph Valentino(ルドルフ・ヴァレンチノ)主演映画化されたVicente Blasco Ibanez(ヴィセンテ・ブラスコ・イバニェス)の原作を元にしたリメイクの戦争メロドラマです。 リメイク版の方では第二次世界大戦を挟んで義兄弟の契りをかわした親の息子たち、つまりいとこ同士が敵味方として闘うことになるという悲劇で、ドイツ人とフランス人両親を持ったそれぞれの家族の運命を描いています。 この映画ではカットされずにちゃんとイヴェット・ミミューが登場しています。 南米のアルゼンチンで移民の地主の二人の娘たちがそれぞれドイツ人のカールとCharles Boyer(シャルル・ボワイエ)が演じるフランス人のマルセロと結婚して夫たちが義兄弟となったことが残酷な結果を生むのです。 第二次世界大戦の勃発にともない祖国がドイツでヒットラーを支持するカールとフランスが祖国のマルセロ両家はしっくりいかなくなり、ドイツに帰ったカールは軍人にその息子はナチの高官となり、一方、マルセルはアルゼンチンの市民権を得たもののGlenn Ford(グレン・フォード)が演じる息子のフリオとイヴェット・ミミューが演じる娘のChichi(チチ)と共に祖国に帰ったのです。 ここで舞台はアルゼンチンからパリに移ります。 第二次世界大戦のパリにはドイツの占領軍指揮官としてカールが駐在していたのです。 フランス人のマルセロの息子で遊び人のフリオは、ナチスに対抗して捕らわれたEtienne Laurier(エティエンヌ)の若い美人妻(Ingrid Thulin(イングリッド・チューリン))と関係を持っていたのですが最後にはナチスと闘う決心をします。 一方、マルセロの娘のチチは人間の尊厳のためにと地下抵抗運動に参加してゲシュタボに拷問され非業の死を遂げます。
妖精のように可愛いイヴェット・ミミューにピッタリのファンタジー映画といえば「ボーイハント」のヘンリー・レヴィンが監督し、「タイムマシン」のジョージ・パルがプロデュースした「不思議な世界の物語」でしょう。 この19世紀初頭に童話(民話)を編纂したThe Brothers Grimm(グリム兄弟)の伝記映画ではCG無き時代の特撮アニメで御伽の世界を描いています。 イヴェット・ミミューが登場するのはその4話のうちの弟のウィルヘルムが語るThe Dancing Princess(踊るお姫さま)のエピソードで前年に「ウエスト・サイド物語」で有名になったRuss Tamblyn(ラス・タンブリン)と共演しています。 ラス・タンブリンが演じた木こりはジプシーに貰った透明マントでプリンセスの秘密っを探ったのです。 他のエピソードの"The Cobbler and the Elves(くつ直しと小妖精)"など全編に弟のWilhelm Karl Grimm(ヴィルヘルム)役のLaurence Harvey(ローレンス・ハーヴェイ)が出演する他、Claire Bloom(クレア・ブルーム)やKarlheinz Böhm(カール・ベーム)が演じる兄のJakob Ludwig Grimm(ヤーコブ)と恋仲になるBarbara Eden(バーバラ・イーデン)などが出演しています。他のエピソードには宝石の竜退治の"The Singing Bone(歌う白骨)"のエピソードもあります。

私は1960年代当時流行った医者ものシリーズで"♂♀* †、そして ∞(永遠)"のオープニングがユニークだった「Ben Casey(ベン・ケーシー)」と共に「Dr. James Kildare(ドクター・キルディア)」も観ていました。 敏腕脳外科医である毛むくじゃらのベン・ケーシーとは違ってニューヨーク病院の初々しい見習い医師のジム・キルディア先生を歌手でもあるRichard Chamberlain(リチャード・チェンバレン)が演じていました。(ツルンとしたハンサムで男性にも好かれそう!) 22歳のイヴェット・ミミューが2エピソードでゲスト出演していますが、キルディア先生が思いを寄せる患者のPat Holmes(パット)役で出演したこの3シーズンの16話の"Tyger Tyger" が一番人気だそうです。 サーフィン中に意識不明となりサーフボードから転落して溺れかけ病院に搬送される脳腫瘍の末期症状の患者です。 てんかん発作を起す危険のあるパットは永遠にサーフィンを禁じられただけでなく運転も興奮することも危険なのです。 しかしサーフィン仲間から「タイガー!」と電話があり海に出てしまいます。 白目をむいて倒れる発作を何度も熱演したイヴェット・ミミューは前半と後半にタイガー(波?)模様のビキニ姿でサーフィンをするシーンがあります。(波乗りは多分スタントウーマン) タイトルになっているタイガーとはドラマの中でも言及しているように有名な詩から取られたと思うのですが、サーフィンに最適な大波のことなのかヒロインのニックネームなのかが分りません。 「
イヴェット・ミミューがTuesday Weld(チューズディ・ウエルド)のように60年代のセックスシンボルと呼ばれていたとは知りませんでしたが、今や大物俳優のTommy Lee Jones(トミー・リー・ジョーンズ)が初期に囚人役で出演したB級映画の「ジャクソン・ジェイル」では不当に刑務所に入れられた広告代理店役員の女性"Dinah Hunter(ダイナ・ハンター)"を演じています。 イヴェット・ミミューが以前のようにレイプされても泣き寝入りなどせず闘う女となった映画です。 恋人に裏切られたダイナは新しい人生を始めようとニューヨークに向かう途中で拾ったヒッチハイカーに殴られて車も盗られ見知らぬ西部の町に残されてしまうのです。 そこで警察に救いを求めても身に覚えの無い罪で投獄されると異常な看守にさらに殴られて暴行される凄惨な状況となります。 警察に助けを求めたのに不当な暴行を受けた普通の女性がどうなるか。 同監督による1978年のリメイク映画のOutside Chance(犯されて...)ではトミー・リー・ジョーンズは出ていませんがイヴェット・ミミューは主演しており、「ジャクソン・ジェイル」はレイプとヌードの女囚もののカルト映画になったとか。 日本でいえばシチュエーションは違っても

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