March 2009 Archives


Oh! Qué Dario
Oh Que Dario by Dario Moreno
Darío Moreno (1921 - 1968)

Darío Moreno
ダリオ・モレノを一言で表せばウーと言っているように突き出した口が特徴でコミカル! 太ッチョで陽気なイタリア人といった風体ですが実はユダヤ系トルコ人で、トルコ語、スペイン語、フランス語、イタリア語など7ヶ国語に堪能なマルチリンガルなアーティストでした。 父がトルコ人で母がメキシコ人のダリオ・モレノはトルコで生まれてメキシコで育ちました。 ダリオ・モレノの子供時代には父親が騒動に巻き込まれて銃弾に倒れてから孤児院に入れられたり、裸足で水を売って稼いだりと苦労したそうですが、20歳代初期からギター片手に結婚式などで歌い始めて地元のユダヤコミュニティでは知られるようになったそうです。 第二次世界大戦時の兵役時代にはあちこちのトルコ軍の将校クラブなどで歌って実績と人脈を作り、退役後に故郷のIzmir(イズミル)に戻ってプロ歌手として活動したそうです。 もちろんこれで終わりではなく、ダリオ・モレノはアンカラやイスタンブールに滞在した後の1948年にフランスに渡りました。 初のレコーディングは"Quizas, quizas, quizas(キサス、キサス、キサス)"だったそうです。 "Quizas, quizas, quizas"は1947年にキューバのOsvaldo Farres(オスパルド・ファレス)が作曲したボレロ曲でTrio Los Panchos(トリオ・ロス・パンチョス)の代表曲となっています。 その後もメキシコの血も受け継いたダリオ・モレノはボレロ、サンバ、チャチャチャ、マンボからカリプソまで数々の南米のリズムの曲を歌い1950年代から1960年代にかけてフランスで大活躍しました。

ダリオ・モレノの初期のヒット曲には、"Jezabel"、"Adieu Lisbon"、"Cucurrucucu(Cu-Cu-Rru-Cu-Cu Paloma)"などがあげられますが、歌うかたわら作詞や作曲も手掛け、それらに加えて45本もの映画に出演して名脇役として活躍した俳優だったのです。 ダリオ・モレノの幼少期の不幸はリッチな中年期に高級車やパリのアパルトマンを購入したり、ブラジルの農園を所有したことで帳消しになったと思いきや、はしゃぎすぎのキャラが災いしたのか47歳という若さで惜しくも急逝してしまいました。 イスタンブールのヒルトン・ホテルから空港に向かうタクシーの中で心臓麻痺を起こしたそうです。 これによって1968年にダリオ・モレノが真に適役のSancho Panza(サンチョ・パンサ)を演じ、Jacques Brel(ジャック・ブレル)がDon Quichotte(ドン・キホーテ)を演じたL'Homme de la Mancha(ラ・マンチャの男)のOlympia劇場パリ公演は、1955年にJules Dassin(ジュールス・ダッシン)監督のDu Rififi chez les Hommes(男の争い)などに出演したフランス人俳優のRobert Manuel(ロベール・マニュエル)が急遽サンチョ・パンサ役を換わったそうです。 もちろんその後にリリースされたジャック・ブレルのレコード「L Homme De La Mancha」にもダリオ・モレノは収録されていません。 ※"Jezabel"はアルバム「Best of Gold: Dario Moreno」や「Viens: Dario Moreno」に収録されています。

Istanbul
ダリオ・モレノはシャンソやラテンまで幅広くカバーしていましたが当然故郷のトルコの歌もヒットさせました。 それは"Istanbul (Not Constantinople)(イスタンブール)"で1953年にフランス語で歌ってイスタンブールをフランスに広めました。
Istanbul - Dario Moreno - YouTube
Istanbul - Dario Moreno Paroles - Musikiwi.com
"Istanbul "は"Poinciana"の作曲で知られるミューヨーク出身のNat Simon(ナット・サイモン)が作曲し、"Red Sails in the Sunset"や"South of the Border"など2000曲もの歌詞を書いたアイルランド出身の作詞家のJimmy Kennedy(ジミー・ケネディ)が作ったとされるエキゾチックな曲です。 この"Istanbul"のオリジナルは1929年にIrving Berlin(アーヴィング・バーリン)が書いた"Puttin' on the Ritz"だそうですが、1930年の同名のミュージカル「Puttin' on the Ritz(目醒めよ感激)」でHarry Richman(ハリー・リッチマン)が歌ったそうです。
♪ アルバム「Oh! Qué Dario」からダリオ・モレノが歌う"Istanbul"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはTranspacific Sound Paradise Saturday, April 15, 2006(Istanbulでページ検索し、1:01:01 Realをクリック)
Dario Moreno - Istanbul - Youtube
"Istanbul (Not Constantinople)"は トルコの都の呼び名の変化を歌った歌ですが、オスマン朝がトルコの町"コンスタンティノープル"を征服した1453年から"イスタンブル"と呼ばれることになったそうです。 アメリカではIstanbul (Not Constantinople) は「Tiny Toon Adventures」で使用された1999年のThey Might Be Giantsのバージョンが有名ですが1953年にThe Four Ladsが歌っています。 私が以前に聴いた"Istanbul "は合いの手に"Manma Mia, Manma Mia"と入る超コミカルなバージョンですが誰の曲か知りたいのでご存知の方はお知らせ下さい。 ちなみにトルコの古い曲では"Nina Nai Nai"もフランス語で歌っています。

Ya Mustapha
Ya Mustafa, Ya Mustafa, ...Chérie je t'aime, chéri je t'adore - como la salsa del pomodoro...と1950年代後期にダリオ・モレノが歌った"Mustafa(ムスタファ)"は"トマトソースのように愛している"というギリシャ風なメロディのラヴソングですが作曲者は不明です。 おまけに"Mustapha"が収録されているダリオ・モレノのアルバムが見つかりません。
Dario Moreno Mustapha 1960 - YouTube
Sergio Mendes & Brasil '66(セルジオ・メンデス&ブラジル'66)の大ヒットだった"Mais Que Nada(マシュ・ケ・ナダ)"のカバーで有名なエジプト出身のレバノン人歌手のBob Azzam(ボブ・アザム)が1961年のエジプト映画でも"Ya Mustafa"を歌ったそうですが、日本ではダニー飯田とパラダイスキングをバックに坂本九ちゃんが1960年に"ムスターファ(悲しき60歳)"をヒットさせました。

Hava Nagila
ダリオ・モレノは結婚式でも定番の伝統的なユダヤ音楽の"ハバ・ナギラ"も歌っていますが上記の"Mustapha"同様にどのアルバムに収録されえているのかが不明です。(Dansons Mon Amour "Hava Naguila"という45回転シングルはリリースされたようです。)
☆ハバ・ナギラについて詳しくはAudio-Visual Trivia 内のハバ・ナギラ Hava Nagila

Itsi Bitsi Petit Bikini
"Si tu vas à Rio"のように面白い歌なら何でもチャレンジしたダリオ・モレノはアメリカのティーン・ポップスの"Itsy Bitsy Teenie Weenie Yellow Polka Dot Bikini(ビキニスタイルのお嬢さん)"まで歌っています。  "Itsy Bitsy..."はPaul Vance(ポール・ヴァンス)とLee Pockriss(リー・ポックス)が書いた曲でオリジナルは1960年に16歳のティーンアイドルのBrian Hyland(ブライアン・ハイランド)が歌いビルボードでナンバーワンに輝きました。(私は1962年にThough we've got to say good-bye For the summerと歌われたSealed with a Kiss(涙のくちづけ)の方を購入) この他1960年にFrankie Avalon(フランキー・アヴァロン)のWhy (because I love you) を"Bras dessus, bras dessous"というタイトルで歌っています。
1961年にBilly Wilder(ビリー・ワイルダー)が監督した東西独逸問題をパロディ化したコメディ映画の「One, Two, Three(ワン、ツー、スリー/ラブハント作戦)」で拷問場面に"Itsy Bitsy..."が使用されました。(音楽はAndre Previn(アンドレ・プレヴィン)) イタリアでは往年の歌手のDalida(ダリダ)が1960年に録音しましたがフランスではダリオ・モレノが録音したそうです。 ダリダとモレノは1960年にそれぞれ映画「Never On Sunday(日曜日はダメよ)」の主題歌である"Les enfants du Pirée"をMichel Legrand(ミシェル・ルグラン)楽団と吹き込みました。
※フランス語の歌詞も見られるItsi Bitsi Petit Bikini - LyricsPlayground.com

Brigitte Bardot! par Darío Moreno
Brigitte Bardot Bardot!
Brigitte be´jo be´jo
De toutes les belles pinguinettes
C'est bien toi la plus chouette
ダリオ・モレノは1959年のVoulez-vous danser avec moi ?(気分を出してもう一度)など映画で何本も共演したBrigitte Bardot(ブリジット・バルドー)を褒め称える歌を歌っています。
私が始めてダリオ・モレノを知ったのが陽気に"ブリジット・バルドー!バルドー!"とブリジット・バルドーを連呼したBéBé(ベベ)賛歌の"Brigitte Bardot"というコミカル曲で1961年に歌っていますが、この"Brigitte Bardot"という曲はサンバやカーニバルのマーチやCMソングなどを作曲したブラジルのMiguel Gustavo(ミゲル・グスターヴォ)が1961年に作曲でLuiz Vanderleyが吹き込んだそうです。 1970年のワールド・カップのブラジル応援歌である"Pra Frente, Brasil(進め!ブラジル!)"が有名ですが軍事独裁のプロパガンダとしても使用されたとか。
"Brigitte Bardot"はソーシャル・ミュージック・プラットフォームのLast.fmでダリオ・モレノのレパートリーのなかで"Istanbul "に次ぐ人気です。
♪ダリオ・モレノがフランス語で歌ったラテンのTout l'amour que j'ai pour toi(情熱の花)、1959年にJean Broussolle(ジャン・ブルーソル)作詞してJean-Piere Calvet(ジャン・ピエール・カルベ)作曲したLe Marchand de bonheur(幸せを売る男)、Istanbul(イスタンブール)なども聴けるDario Moreno - Last.fm
"Brigitte Bardot"はアルバム「Brigitte Bardot」や「Si tu vas à Rio」にも収録されています。
試聴はBrigitte Bardot - Dario Moreno CD Story - Fnac.com(アルバム画像左のÉCOUTESをクリック)
"Brigitte Bardot"の歌詞はBrigitte Bardot - Dario Moreno Paroles - Musikiwi.com

Dario Moreno avec Brigitte Bardot
"ブリジット・バルドー"応援歌を歌ったダリオ・モレノは1959年にJulien Duvivier(ジュリアン・デュヴィヴィエ)が監督したバルドー主演の「La femme et le pantin(私の体に悪魔がいる)」ではスペインはセビリアのフラメンコ師匠役で登場し、「Voulez-vous danser avec moi?(気分を出してもう一度)」でもダンス教室のフローレスを演じ、どちらもダンスに託けてベベにちょっかいを出しビンタされるような役でした。 Les Menteurs (激しい夜)のDawn Addams(ドーン・アダムス)が殺されるダンス教師でダリオ・モレノはその義父で出演しています。 ブリジット・バルドーはハンサムなプレイボーイの歯医者の新妻で、ちょっとした諍いから夫はバーでセクシーなダンス教師にひっかかってしまいます。 そのセクシーなダンス教師殺人事件の犯人とされてしまったので新妻はインストラクターとしてダンス教室に乗り込んで夫の無罪を証明しようと独自に捜査する話です。
Dario Moreno et BB dans La Femme et le pantin
Dario Moreno et BB dans Voulez-vous danser avec moi?

Dario Moreno's Albums
Oh! Que Dario
1960年代に亡くなっているにも関わらず今日でもダリオ・モレノのアルバムは人気があります。 ページトップの画像はオリジナルは1998年にリリースされたベスト盤で25曲を収録した「Oh! Que Dario」です。 "Mustafa"は収録されていませんがアルバムタイトル曲の"Oh Que Mambo"をはじめ、"Istanbul"、"Papa Loves Mambo"、"Mambo Italiano"、"Coucouroucoucou(ククルクク・パロマ)"、"Brigitte Bardot"、"Quizas Quizas Quizas"など代表的な24曲を収録してあります。 アルバム「Oh Que Dario」は2006年リリースの「ASIN: B000A1CS6I 」もあり。
試聴はOh! Que Dario - Amazon.com

Me Que... Me Que by Darío Moreno
Me Que Me Que Dario MorenoGilbert Bécaud(ジルベール・ベコー)が1953年に作曲し、Charles Aznavour(シャルル・アズナブール)が作詞したMe-Que Me-Que(メケ・メケ)もヒットしました。 ダリオ・モレノの"メケメケは"アルバムの「Si Tu Vas a Rio」にも収録されています。
シャンソンのMé qué mé quéはもちろん、アメリカン・ポップスのJezebel 、キューバやメキシコ・ラテンのQuizas quizas quizasやGranada、カンツォーネのLuna Rossa、オリジナルはギリシャのトルコ移民からと云われていますが1927年にギリシャの楽団が演奏したMisirlouなどなどまるで万国旗のようなアルバムです。
CDは日本やアメリカでは現在は販売されていませんが下記のフランスのサイトで試聴できます。
ダリオ・モレノのアルバム「Me Que Me Que」試聴はMé qué mé qué - Fnac.com(アルバム画像左のÉCOUTESをクリック)
同じく試聴はフランスのDario Morano - Si tu vas à Rio - Amazon.fr
☆「メケメケ」について詳しくはAudio-Visual Trivia 内のメケ・メケ Me Que Me Que
Dario Moreno - Me Que Me Que (1956)- YouTube

Tropical Dario: Dario Moreno
Tropical Dario
Tropical Dario本格的なダリオ・モレノのラテン曲全12曲を収録したオリジナルが1998年のアルバムです。 収録曲はManisero(The Peanut Vendor)、Perfidia、Siboney、Caminito 、Adios Muchachos、Granada、Malaguena、Quizas, Quizas, Quizas、Amor, Amor, Amorなど。
試聴はTropical Dario - Amazon.com
Dario Moreno - Malaguena - YouTube

Dario Moreno & Mambo
ダリオ・モレノは1950年代にPerez Prado(ペレス・プラード)が世界中に流行らせたマンボを取り上げて、いちはやくマンボの曲をフランス語で歌いましたが、1959年には「Oh ! Qué Mambo !(オー・ケ・マンボ)」というコメディ・ミュージカル映画に出演しました。 Rosemary Clooney(ローズマリー・クルーニー)が1954年にヒットさせた"Mambo Italiano"をいち早く1955年にフランス語で歌ってヨーロッパ圏に広めたのだそうです。 マンボでといえば、1954年にソングライターのBickley "Bix" Reichnerの着想を1950年の"If I Knew You Were Comin I'd've Baked A Cake"の作者であるAl Hoffman(アル・ホフマン)とDick Manning(ディック・マンニング)とのコラボで出来上がった"Papa Loves Mambo"をPerry Como(ペリー・コモ)が録音しましたがダリオ・モレノも歌っています。 "もしあなたが来ることを知ってたら、私はケーキを焼いておいたのに"と仮定法過去(?)で歌ったEileen Barton(アイリーン・バートン)の超大ヒット曲の"If I Knew You Were Comin I'd've Baked A Cake"をGeorgia Gibbs(ジョージア・ギブス)もカバーしました。

Dario Moreno's Movies
歌で人気の出たトルコ人のダリオ・モレノはその風体を生かしてフランス人やイタリア人はもとより、メキシコ人やアラブ人など色々な国の濃いキャラクターを演じています。 映画デビューは1951年にMaurice Labro(モーリス・ラブロ)が監督してGregoire Aslan(グレゴワール・アスラン)が出演した「Pas de vacances pour Monsieur le Maire」("市長さんは休暇なし"の意味)のマハラジャ役だったそうです。 その翌年の1952年には世界的に有名なHenri-Georges Clouzot(アンリ・ジョルジュ・クルーゾー)が監督した「Le salaire de la peur(恐怖の報酬)」で中米の石油採掘地で働くHernandez役を演じYves Montand(イヴ・モンタン)等と共演しました。 さらに1953年はBernard Borderie(ベルナール・ボルドリー)監督のLa Môme vert-de-gris(悪党を射ち殺せ)」、そして1957年になってPeter Van Eyck(ペーター・ヴァン・アイク)やAnouk Aimée(アヌーク・エメ)が出演したHenri Decoin(アンリ・ドコアン)監督の「Tous peuvent me tuer」や「Le Feu aux poudres(火薬に火)」に出演しました。
さて、上記の映画では「Le salaire de la peur(恐怖の報酬)」以外は観たことがありませんが1957年の「Oeil Pour Oeil(眼には眼を)」は観ました。 この映画でダリオ・モレノはCurd Jürgens(クルト・ユルゲンス)が主演したアラブ人の復讐劇で茶屋の店主役を演じています。
☆「眼には眼を」について詳しくはAudio-Visual Trivia 内のパスカル・オードレ Pascale Audret
ダリオ・モレノが出演した映画は日本ではDVDは「恐怖の報酬」とVHSビデオでは「眼には眼を」以外は入手困難です。(どちらもチョイ役) アメリカでも「Wages of Fear(恐怖の報酬)」や「Come Dance With Me(Voulez-vous danser avec moi?)邦題は"気分を出してもう一度"」は見つかり、フランスでは「 Oh ! que mambo」や「「Le Feu aux poudres(火薬に火)」のDVDが見つかります。

Oh! Qué mambo 1959年
1950年代と1960年代はダリオ・モレノの最盛期で、1957年には3本、1969年には4本、1963年には4本の映画に出演した売れっ子でした。 それらの中でもアメリカのJohn Berry(ジョン・ベリー)が監督した1959年のコメディ・ミュージカル映画「Oh! Qué mambo」はダリオ・モレノが主演したダリオ・モレノのための映画のようで、「Du Rififi chez les Hommes(男の争い)」にも出演しているセクシーなイタリア女優のMagali Noël(マガリ・ノエル)と夫婦役で共演していますが、カジノ・クラブのシーンでは「火薬に火」にブリジット役で出演したLila Rocco(リリア・ロッコ)や客としてシャルル・アズナブールがカメオ出演しています。 映画音楽は1962年の「Le Diable et les dix commandements(フランス式十戒)」のGuy Magenta(ギイ・マジャンタ)でフランスのジャズ・ピアニストのClaude Bolling(クロード・ボラン)の演奏です。 映画で使用された"Miguelito"、"Oh que mambo!"、"Mon cœur est prisonnier"や"Ca suffit comme ça"などはギイ・マジャンタ作曲で"Luna Rossa"や"Petite Fleur"で有名なFernand Bonifay(フェルナン・ボニファイ)の作詞です。 ダリオ・モレノはシャンソン歌手でもあったマガリ・ノエルとデュエット・アルバムもリリースしています。
※ニューヨーク生まれのポーランド系ユダヤ人であるジョン・ベリーはJules Dassin(ジュールス・ダッシン)のようにハリウッドの赤狩りに合って1950年代にフランスに亡命した映画監督ですが、1951年に同じく赤狩りで短いキャリアとなったJohn Garfield(ジョン・ガーフィールド)を主役に据えた「He Ran All the Way(その男を逃すな)」を監督しています。
☆Des Femmes Disparaissent (殺られる)にも出演したMagali Noël(マガリ・ノエル)についてはAudio-Visual Trivia 内のエドゥアール・モリナロ Edouard Molinaro
Dario Moreno sings "Oh Que Mambo" (1959) - YouTube
Dario Moreno sings Miguelito in Oh Que Mambo with Magali Noel (1959) - YouTube
Magali Noel raconte Dario Moreno - YouTube


☆ダリオ・モレノのアルバム画像も見られるディスコグラフィーはDarío Moreno Discography at Discogs



Michelangelo Antonioni (1912 - 2007)
イタリアの映画の巨匠の一人、ミケランジェロ・アントニオーニの作品というとなにやら難しくて、娯楽作品の好きな私には単純に楽しめる類の映画ではないという感があります。 それでも惹かれるアントニオーニ映画の魅力とは何か。
女ともだち [DVD]
Le amicheミケランジェロ・アントニオーニの日本でのメジャー監督デビューというと、日本未公開だった1950年の「Cronaca di un amore(愛と殺意)」に続く1955年のLe amiche(女ともだち)」が長編映画の第三作目となるそうです。 「女ともだち」には1959年に「Estate Violenta(激しい季節)」で大ブレイクした「Eleonora Rossi Drago(エレオノラ・ロッシ・ドラゴ)がローマからトリノにやって来たオートクーチュールのマネージャーを演じ、「情事」にも出演したGabriele Ferzetti(ガブリエル・フェルゼッティ)がトリノのホテルで自殺を計ろうとした若い娘の愛を受け入れられなかったロレンツォを演じていますが、「情事」の原作である小説"Tra donne sole"を書いたCesare Pavese(チェーザレ・パヴェーゼ)も1950年にトリノのホテルで睡眠薬自殺を計ったのだそうです。 映画のなかの娘も2度目の自殺では本当に死んでしまいます。
アントニオーニ監督同様に、この作品で映画音楽を担当してメジャーデビューした作曲家のGiovanni Fusco(ジョヴァンニ・フスコ)は「愛と殺意」以降、1960年にDamiano Damiani(ダミアーノ・ダミアーニ)の監督のIl Rossetto(くち紅)をはさんで1964年の「赤い砂漠」までアントニオーニ映画に音楽を提供していました。(1961年の「夜」を除く)


Il Grido (1957年)
Il grido DVD with Steve Cochran and Dorian Grayページトップの画像はアントニオーニ映画としては第6作目に当たる「さすらい」のDVDです。(Il Gridoという原題でイタリア語英語字幕版の輸入VHSもあり)
こちらの画像はアメリカのAmazon.comにあるSteve Cochran(スティーヴ・コクラン)とDorian Gray(ドリアン・グレイ)がカバーに使用されている2000年リリースのRegion "1"DVDです。
「さすらい」と同じ時期の1957年にはヌーヴェル・ヴァーグと呼ばれたフランス映画の「Ascenseur pour L'echafaud(死刑台のエレベーター)」が話題になりましたが、それほど派手には日本では取り上げられていませんでした。 よにも珍しき男のメロドラマ、それでも「さすらい」は観る者を惹きつける名作の魅力を秘めています。 映画のタイトルは英語では"叫び"とか"激しい抗議"という意味の「The Outcry」となっているそうです。 出演者としては、1949年の「The Third Man(第三の男)」が印象的だったAlida Valli(アリダ・ヴァリ)が一見身勝手ともみえるIruma(イルマ)を演じています。 Steve Cochran(スティーヴ・コクラン)がこの悲劇の主人公である精糖工場労働者のアルドを演じています。 舞台は北イタリア、白黒映画のせいもあるがなんて寂しいんだというほど荒涼としたPo Valley(ポー河)流域の貧しいが平和にみえる村の精糖工場の労働者として働くアルドが主人公です。 アルドは夫が外地に行ったきり消息不明の年上のイルマと知り合い、その後7年もの間同棲して6歳になる娘まで儲けていました。 そしてある日のこと、そのイルマの夫の死亡を知らせる通知が届いたのです。 いよいよ正式に結婚できると喜び勇むアルドにイルマは冷たく言った。 「私たちは話し合わなくちゃならないことがあるの。 私はこの数ヶ月で変わったわ。 今でも貴方を愛してはいるけれど、もう以前ほどではないの。 他の人のところへ行かせて。」 イルマはその数ヶ月前から関係のあった若い男の元へと去っていったのでした。 娘のRosina(ロジーナ)を置き去りにして。

突然愛する女に捨てられて絶望したアルドは残された娘を連れて村を後にしポー河流域を"さすらい"、つまり放浪の旅に出たのです。 アルドには取り立てて娘への愛情は見られませんが、車に撥ねられそうになってビンタを食らった娘が父親から逃げるように駆け出して行ってしまい、老人の一団に出合って泣き出した時には「Non Piangere(もう泣かないで。)」と父親らしく優しく慰めたのでした。 イルマが去った絶望感を埋められるかもしれないと過去の女を尋ねてみたり、何人かの女たちと関係を持ったアルドでした。 Dorian Gray(ドリアン・グレイ)が演じるヴィルジニアに出会いガソリン・スタンドで働くこととなり娘は故郷に帰したのでした。 流れ者が街道の店で働くようになるプロットはちょっと1946年のThe Postman Always Rings Twice(郵便配達は二度ベルを鳴らす)のような展開でしたが、父親と一緒の女だったので犯罪は起きませんでした。 この地で落ち着くのかとおもいきや、間もなくアルドは再びやさすらいを続けてLynn Shaw(リン・ショウ)が演じる若くて胸を患っている娼婦のアンドリーナとも出会いと別れがあった。 どんな女と出会ってもイルマのことは忘れられない、どこへ行っても孤独感は満たされないとさらに絶望を味わったアルドは「もうちょっと話し合わなくちゃ!」と言うアンドリーナを後に、さすらいの一年後にもとの村に舞い戻ってきてしまうのだった。 すぐさまイルマの家に行って窓から覗いてみるとイルマにはアルドの留守中に誕生した男の子がいた。 そのイルマは窓の外にアルドの姿を見つけて急いで後を追った。

あの静かだったアルドのいた村はたった1年後には工場用地の飛行場化阻止運動の真っ只中だった。 1960年頃の日本での成田の三里塚闘争を思わせるようなシーン。(あれほど過激ではないが。) 闘争中の村人をよそに既に閉鎖された工場の敷地に入る孤独なアルドは懐かしい工場を感慨深げに見渡してから何を思ったか精製塔を目指して行く。 この精製塔は安定した生活の象徴なのか、さすらいの間に出会った女にも塔のことを懐かしそうに話していたっけ。 もうどうすればいいのかさえも分からないアルドは吸い寄せられるかのように一人塔の螺旋階段を登っていく。 静寂の中、アルドの靴音だけが鉄板の階段で冷たく響く。 ようやく駆けつけたイルマはアルドを見つけたがフェンス越しに声をかけるのを躊躇った。(なぜ?) 敷地を走り抜けるたイルマはすでに塔の最上階に向かうアルドを見つけた。 イルマが下から叫ぶ、「アルドー!」 一瞬幻聴か?とアルドは思った。 いや、違う、はるか下にイルマを見つけたアルドはイルマに向かって弱々しく軽く手を振る。 これも幻影かもと思ったのか、アルドの体がグラッと揺れる。 イルマの悲鳴と共に塔のてっぺんからアルドは落下。 駆け寄って地面に打ち付けられたアルドの身体に触れようとした両手を引っ込めるイルマ。(なぜ?) そして、そのまま、エンド。 なんてこったの悲劇的結末。 アルドの愛の不毛と疎外感、不条理とも呼ぶべき謎めいた行動をとったイルマという女はアルドが理解できないと同様に私も解せない人物でした。 端的に考えれば夫の留守中に男と同棲してしまった女がさらに別の男と関係を持ったのだが、夫の死亡が明らかになると同棲している男が結婚を迫ることは明白なのでそれを嫌ったために去ったということでしょうか。 そんな単純な動機じゃないのか、亡き夫の遺品すら要らないと言った女、わからない、わからない。
Il Grido (1957) Trailer - YouTube

Steve Cochran
カルフォルニア出身でワイオミングのカウボーイからブロードウエイの舞台に出演するようになったスティーヴ・コクランは1946年にThe Best Years of Our Lives(我等の生涯の最良の年)でVirginia Mayo(ヴァージニア・メイヨ)が演じた帰還兵フレッドの妻でナイトクラブで働くようになったマリーのボーイフレンドのCliff Scull(クリフ)を演じた後に、フィルムノワールで1946年の「The Chase」に「Les Scélérats(危険な階段)」のMichèle Morgan(ミシェル・モルガン)と共演してギャングのEddie Roman(エディ)を演じ、1949年に「White Heat(白熱)」でJames Cagney(ジェームス・キャグニー)が演じるギャングの手下のBig Ed Somers(ソマーズ)、1950年の「Highway 301(明日なき男)」では女も殺す極悪非道の武装ギャング団のGeorge Legenza(ジョージ・レジェンザ)を演じました。 「さすらい」に出演した後の1959年にThe Beat Generation(悪いやつ)に巡査部長のDave Culloran(デイヴ)役で出演しています。 3度の結婚と離婚を繰り返した183cmという長身のスティーヴ・コクランは恐持ての顔に似合わず(失礼)、「Wuthering Heights(嵐ケ丘)」のMerle Oberon(マール・オベロン)から人気金髪グラマーのMamie Van Doren(マニー・ヴァン・ドーレン)やJayne Mansfield(ジェーン・マンスフィールド)、そして大物女優のJoan Crawford(ジョーン・クロフォード)などと多くの女優と浮名を流したプレイボーイだったそうです。(ギャング映画時代のコクランをイメージすればなるほど。) しかし48歳の時、3人の女たちを乗せたヨット上で謎の死を遂げました。 ミケランジェロ・アントニオーニ監督は女を殴るわ、女を殺すわというギャングがはまり役だったスティーヴ・コクランを突然女に捨てられて苦悩する男の役に起用したのですが、ギャングだろうと労働者だろうと、人間が孤独と絶望を味わうことは変わりないのでしょう。

「さすらい」の音楽はミケランジェロ・アントニオーニ監督の映画には欠かせないジョヴァンニ・フスコで、冒頭には美しいピアノ曲が使用されています。 「さすらい」の音楽は「太陽はひとりぼっち」ほどは話題にはなりませんでしたが、冒頭のミルク配達が訪れて諍いが中断されるシーンから始まる雨だれ弾きにも似たピアノの旋律が不穏な状況を煽るかのように、またアルドの心中を代弁するかのように美しく流れます。 しかしラストシーンでは木琴と手風琴のような楽器で演奏されたテーマ曲の"Commento al Fil "が心に残ります。(Non Lo Saprai Mai =You'll never know Itの方はどれなのか覚えていません。)
"Commento al Fil "が収録されているサウンドトラックCDには「I Film di Antonioni ~ Giovanni Fusco」や「I Film Di Antonioni, Le Musiche Di Fusco」などがあるそうです。

L'Avventura (1960年)
L'Avventura DVD
L'Avventura DVD「さすらい」よりもっとわからない映画がMonica Vitti(モニカ・ヴィッティ)がデビューした「情事」です。 出演者は「情事」の前の1960年にJacqueline Sassard(ジャクリーヌ・ササール)が主演した「Nata di marzo(三月生れ)」でも中年の建築技師のSandro(サンドロ)役だったGabriele Ferzetti(ガブリエレ・フェルゼッティ)が消えた姿無きヒロインである"アンナ"の恋人のサンドロを演じます。 モニカ・ヴィッティが演じるクラウディアはヴァカンスも終ろうとする頃に仲良しのアンナに誘われてアンナの恋人の建築家とアンナ同様に優雅で退廃的な生活を送っている仲間たちと地中海の小島までヨット旅行をすることになった。 その途中に船から降りて無人島に寄ったのだが、恋人とうまくいってなかったアンナが突然姿を消してしまったのだ。 アンナはそれまでも一人で船からダイビングして泳ぐような気まぐれもみせていました。 仲間たち全員で無味乾燥な溶岩だらけの島を探しまわったがアンナの影も形もない。 ただ風が音を立てて吹くだけ。 捜索も打ち切られたがアンナの友人のクラウディアとアンナの恋人はかすかな希望を求めて近辺の島々を回った。 ところがクラウディアとサンドロはアンナの捜索の旅の筈が、アンナを気にかけながらの情事へと発展していく。 そしてローマに戻るとイタリアの町々でアンナ探しを続けたのだったが噂やガセネタばかりで依然としてアンナの消息はつかめない。(シシリアからローマへとちょっとイタリア観光案内) クラウディアは「今は君に夢中だ。結婚しよう」と言うサンドロとのことで自己嫌悪に苛まれるが仲間たちは消えたアンナのことなどもう忘れてしまった様子。 サンドロが見当たらないともしかしてアンナが生き返って二人は会っているのではないかと気が狂ったようにだだっ広い友人宅を探し回った。 すると、なんと、冒頭で裂けたスカートで男どもの関心を買ったあの女とサンドロが一緒だった。(その代償に女は金をせびったが。) 木立を揺らして風が吹く。 心ここにあらずなクラウディアとサンドロのの情事は当然ながら確実なものではなかったが、いくら気まぐれのクラウディアでもそれは理解していたようだった。 これが重要な部分なんでしょうが、クラウディアとサンドロの何度にも渡る二人の関係についての長い会話を聞くのは私には辛抱が要ります。 この映画もミステリー映画のように消えたアンナはいったいどこ?と推理してみたり、二人は愛なき情事なのか?と通俗的な疑問など持ってはいけないアントニオーニの映画だから。
「情事」でもモニカ・ヴィッティは水着からスリップまで素晴らしい衣裳を披露していますが、イタリアだけにドレスなどの肩紐はスパゲッティ・ストラップです。 私が一番気に入った服装は、「行方不明の若い女性を探すならユースホステルを探したら?」と宿のおかみに言われた時に着ていた上着のエリと袖口と裾だけが濃い色の柔らかそうなニットスーツです。
上記の画像は2008年にリリースされた日本語字幕版のDVDです。 2000年にリリースされた「L'Avventura」 の輸入版VHS(イタリア語)もあり。

Nico Fidenco's Trust Me
「情事」の音楽は「さすらい」同様にジョヴァンニ・フスコ作曲で、主題歌の編曲及び指揮はEnnio Morricone(エンニオ・モリコーネ)です。 Nico Fidenco(ニコ・フィデンコ)が歌う"Trust Me(トラスト・ミー )"が「情事」のテーマ曲として使用されました。 ニコ・フィデンコは1960年にClaudia Cardinale(クラウディア・カルディナーレ)が主演したFrancesco Maselli(フランチェスコ・マゼッリ)監督のDelfini(太陽の誘惑)のテーマ曲の"What a sky(イタリア語ではSu nel cielo)"を歌って大ブレイクしたイタリアのポップス歌手で、Alfonso Balcázar(アルフォンソ・バルカザール)が監督した1966年の西部劇「Dinamite Jim」のテーマ曲も作曲しています。
"Trust me, Join me, You gotta a nest into my heart, Don't you see, Now you're a flame, Just like a slave wave in the air..."という歌詞に魅せられて"What a sky"と共に当時はEP盤を購入しました。
L'Avventura Trailer with "Trust Me" - YouTube

La Notte (1961年)
夜 DVD
La Notte DVDいつも金髪のモニカ・ヴィッティは「情事」で戯れにかぶったカツラのような黒髪で金持ち娘のヴァレンティーナを演じます。 「夜」は私生活で長年連れ添った妻からの突然の別れを経験したミケランジェロ・アントニオーニ監督の「ナゼ?」という疑問が描かれているそうです。 作家としての限界を感じ初めて妻の不安に気付かない夫と、新しいドレスさえ気にも留めなくなった夫の心を自分に向けたい妻、共に疎外感を生じている夫婦の暗中模索物語。 作家のジョヴァンニをLa dolce vita(甘い生活)のMarcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)、その妻のLidia(リディア)をAscenseur pour L'echafaud(死刑台のエレベーター)のJeanne Moreau(ジャンヌ.モロー)が演じています。
ちょっと意表を突かれますが、映画の冒頭は夫婦の親しい友人のトマゾが入院しているミラノの病室から始まります。 夫婦がその末期症状のトマゾを見舞いに来ますが、真の友人の苦しむ様子は見るに耐えない。 病院を出た二人はジョヴァンニの出版記念会に出席したがリディアは抜け出して目的もなく一人で町を彷徨って夫婦がかって住んでいた場所にいた。

リディアから連絡があり迎えに行ったジョヴァンニは招待を受けた大富豪のゲラルディーニ氏のパーティに出かける予定があった。 しかし二人だけで過ごしたいと言うリディアに逆らわずクラブに行くことになる。 その時のリディアのおニューのドレスはキラキラ光る石がついたゴージャスなレースの上着付きで一番素敵です。 二人で訪れたナイトクラブでは代わり映えのしない似非ストリップショーを見たところでさしてムードが盛り上がるでもなく、リディアの気が変わって結局ゲラルディーニ氏のパーティに出向いた。 このパーティ会場でGiorgio Gaslini Quartet(ジョルジオ・ガスリーニのコンボ)演奏が始まります。 ジョヴァンニはそのゲラルディーニ氏邸で宝石をあしらったコンパクトを市松模様の床に滑らせて遊んでいた娘のヴァレンティーナに出会い虜になります。 倦怠感に蝕まれた夫婦にヴァレンティーナが絡んで一風変わった三角関係を展開しますが、長年連れ添った夫婦がそれぞれ夜を別々に過ごしても、既に冷え切った夫婦には何の感情の変化もなかった。 一緒に去っていく夫婦に向かって置いてけぼけを食ったヴァレンティーナ曰く、「貴方たち二人ともうんざりだわ。」 リディアは電話で確認したトマゾが亡くなったことを映画の最後にジョヴァンニに告げている。 「貴方には親友でも私にとってはもっと意味がある人だった。 トマゾは私、私、私のことだけを話したのに、貴方は自分のことだけね。 もう貴方を愛せない。」 「この問題に決着をつけよう。 愛してる。」というジョヴァンニにバッグから手紙を取り出したリディアは涙ながらに読んだ。
"When I awake this morning, you were still asleep. As I awoke I heard you gentle breathing. I saw you closed eyes beneath wisps of stray hair and I was deeply moved. I wanted to cry out, to wake you, but you slept so deeply, so soundly. " "In the half light you skin gloved with life so warm and sweet. I wanted to kiss it, but I was afraid to wake you. I was afraid of you awake in my arms again. Instead, I wanted to something no one could take from me, mine alone...this eternal image of you. Beyond your face I saw a pure, beautiful vision showing us in the perspective of my whole life...all the year to come, even all the years past."
「誰からの手紙?」と訊ねるジョヴァンニにリディアが答えた。 「あなたのよ」 これで愛が再燃した。 「もう貴方を愛していない。貴方もそうでしょう。愛していないと言って。」 これは倦怠期の夫婦のゲームなのか。 近代化の進んでいたイタリア北部がさらなる資本主義へと変革する高度成長期、物質文明や拝金主義に捕らわれた人々も何らかのトランスフォームをせざるを得ない。 しかし作家のジョヴァンニが生気を取り戻すのに果たして女が必要だったのか、ヴァレンティーナが。(冒頭の気の触れた女の件はどうなる。やはり誰でも良いのかも。)
1961年に「Såsom i en spegel(鏡の中にある如く)」を監督した超辛口と定評のあるIngmar Bergman(イングマール・ベルイマン)が認めたアントニオーニの作品はこの「夜」と「欲望」だとか。
1961年のLa Notte(夜)の写真が見られるLa Notte - FILM.TV.IT
La Notte Trailer - YouTube
La Notte Opening Title - YouTube
La Notte Last Scene - YouTube
上記の画像は2009年にリリースされた「夜」の日本語字幕版DVDですが、「さすらい」と「夜」の2枚組DVDもあります。(DVDカバーは赤いが映画は白黒)
☆映画「夜」で私がずっと気になっていた針金細工がやっと分かりました! 突然のどしゃ降りで停電にもなった時、文学少女のヴァレンティナがジョヴァンニに自作の詩を呼んで聞かせた後で弄んでいた自在変形オモチャはインドの毬 Flexi-Sphere
☆ゲラルディーニ邸のパーティ会場に入る前にジョヴァンニが階段で見つけたヴァレンティーナの読みかけの本は「The Sleepwalkers(夢遊の人々)」、原題を"Die Schlafwandler"というオーストリアの作家のHermann Broch(ヘルマン・ブロッホ)が書いた三部作だそうです。(上巻は第一部と第二部で下巻は第三部)
詳しくはヘルマン・ブロッホ(1886~1951)
☆パーティで主催者のゲラルディーニ氏がロスト・ジェネレーションの米作家であるErnest Hemingway(ヘミングウェイ)に遭った話をしていますが、映画「夜」がイタリアで公開された1月頃までは生存していたのですが1961年の春に散弾銃で自殺を遂げたのでした。(亡くなったのはその数ヶ月後) それにしてもゲラルディーニ氏の会話のオチでヘミングウェイに「キューバに伺いますよ。」と言ったら「君を撃ってやる。」と返したという言葉は逸話でしょうが実にヘミングウェイらしいです。

La Notte Soundtrack ANGEL records 45rpm HM-1149
La Notte SoundtrackLa Notte(夜)の音楽はこれまでのジョヴァンニ・フスコではなく、この映画の音楽で1962年のシルバーリボン賞最優秀作曲賞を受賞し、楽団として映画にも出演したジャズ・ピアニストのGiorgio Gaslini(ジョルジオ・ガスリーニ)が手掛けています。 オープニングの曲はジャズとはいえないビル工事をイメージした雑音のようなシンセな曲で、映画のなかで流れるBGMは一人町をさまよったリディアをジョヴァンニが迎えに行くシーンとパーティシーンと、明け方リディアとヴァレンティーナの蟠りを解すシーン(告白か吐露)では庭で演奏しているのが聞える以外は殆どありません。 広場で打ち上げているロケット花火は別としても、突然のヘリコプターのプロペラ音や飛行機の爆音、サイレン、豪雨、雷など不穏な時代を演出するような効果音が多いサウンドトラックです。 ピアニストのジョルジオ・ガスリーニのカルテット(4人コンボ)の演奏はジョヴァンニ夫婦がパーティ会場に到着してすぐ演奏されますが、ラスト・シーンのゲラルディーニ家のパーティの終盤、突然のどしゃ降りでお開きとなる頃に流れる曲は"Blues All'Alba(暁のブルース)"で、明け方のリディアとヴァレンティーナの会話シーンとラストの夫婦の会話シーンではBGMとして聞えてきます。 パーティの前にジョヴァンニとリディア夫婦が出かけたクラブでのセクシーショーの伴奏として演奏された曲が"Notturno Blues(夜のブルース)"です。 Giorgio Gaslini Quartet(ガスリーニ・カルテット)の演奏がみられるシーンは2度あります。 B面の曲はどことなくバリトン・テナーサックス奏者のGerry Mulligan(ジェリー・マリガン)が演奏した1958年のI Want to Live!(私は死にたくない!)のテーマ曲に似ています。 ガスリーニ・コンボの演奏メンバーはピアノがジョルジオ・ガスリーニ、テナーサックスがEraldo Volonte(エラルド・ヴォロンテ)、ベースがAlcco Guatelli(アルッコ・グアテッリ)、ドラムがEttore Ulivelli(エットレ・ウリヴェッリ)です。
La Notte Strip Scene with Jeanne Moreau & Marcello Mastroianni - YouTube
私の所有する「夜」のサウンドトラックは赤いEPドーナッツ盤で、中古レコード価格は6500円だとか! 1996年に国内で11曲収録の「夜」のサウンドトラックが"Soundtrack Listeners Communications Inc.(サウンドトラック・リスナーズ・コミュニケーションズ)"でCD化(Amazon ASIN: B0000565QA)されたそうです。(Lettura Della Lettera、Ballo Di Lidia、Voci Dal Fiume、Quartetto Sotto Le Stelle、Blues All' Alba、Valzer Lento、Notturno Blues、Finale、Jazz Interludio、Country Club、La Notte)
ジョルジオ・ガスリーニの「La notte」のサントラ画像が見られるNew sound jazz #2: Giorgio Gaslini - La notte - ItalianSoundtrack.com
ジョルジオ・ガスリーニはMill of the Stone Women(生血を吸う女)のGiorgio Ferroni(ジョルジオ・フェローニ)が監督した1972年の「La Notte Dei Diavoli(悪魔の微笑み)」やDario Argento(ダリオ・アルジェント)が監督したの1975年の「Profondo rosso(サスペリアPART2)」などイタリアンホラー映画のサウンドトラックも手掛けています。

L'Eclisse (1962年)
L'Eclisse Soundtrack Victor SS-1304ミケランジェロ・アントニオーニが監督した一番知られている映画といえば1962年にカンヌ映画祭審査員特別賞受賞した「太陽はひとりぼっち」でしょう。 この作品は1960年のL'Avventura(情事)と、1961年のLa Notte(夜)に続く 「疎外感と欲望そして愛の不毛」を描くといわれる三部作の完結編でした。 そしてこの後に制作されたIl Deserto Rosso(Le Désert rouge / 赤い砂漠)(1964年)を加えると4部作となるそうです。 音楽は再びジョヴァンニ・フスコが担当します。
「太陽はひとりぼっち」についてはAudio-Visual Trivia 内の太陽はひとりぼっち L'Eclisse

Il Deserto Rosso (1962年) & Blow-up (1966年)
私がまだ観ていないミケランジェロ・アントニオーニの作品はたくさんありますが、少なくとも「赤い砂漠」と「欲望」だけは観たいと思っています。
ミケランジェロ・アントニオーニの作品はこれまでは白黒映画でしたが、人間不信の対象が愛人からさらに広がった1964年の不毛映画「赤い砂漠」は初の赤いカラー作品だそうです。 フランス語のタイトルを"Le Désert rouge"、英語のタイトルを"The Red Desert"という「赤い砂漠」ではモニカ・ヴィッティが精神的に問題のある人妻を演じているこの作品については私は何の手がかりもないので、「赤い砂漠」の日本語字幕版DVDがリリースされているので観たいと思います。
Vittorio Gelmetti (1926 - 1992)
「赤い砂漠」では電子音楽のVittorio Gelmetti(ビットリオ・ジェルメッティ)が加わり、ジョヴァンニ・フスコが引き続き特異な映画音楽を提供しています。 イタリアで電子音楽のパイオニアとも呼ばれるビットリオ・ジェルメッティはミラノ出身の音楽家で特にエレクトロ・ミュージックに独学で取り組んでミステリアスでファンタジックな音楽を生み出したそうです。
ジョヴァンニ・フスコの「赤い砂漠」の"Il Surf Della Luna"などの曲目リストとサントラ画像が見られるDeserto Rosso - ItalianSoundtracks.com
Il Deserto Rosso opening scene - YouTube
Il Deserto Rosso Trailer - YouTube

Blow-Up: Original Motion Picture Soundtrack
Blowup  Soundtrack ミケランジェロ・アントニオーニが1966年にイギリスで初めて監督した「欲望」もサスペンスかと思いきやこれまた不条理劇で、タイトルのBlowupとは写真の引き伸ばしを意味するそうです。 ロンドンの若い写真家を通して芸術と幻想を描いているらしいが観ても分るかどうか、とにかく観たいものだ。 激写される謎の女"ジェーン"をIsadora(イサドラ)のVanessa Redgrave(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)が演じる他、Serge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)とのコラボが有名なJane Birkin(ジェーン・バーキン)などの美人女優が出演しているそうです。 ロンドン・ファッションと共にブリティッシュ・ロックが挿入されている映画「欲望」の音楽は"Watermelon Man"や"Maiden Voyage"でお馴染みのジャズピアニストのHerbie Hancock(ハービー・ハンコック)ですがサントラはバップではありません。 「欲望」ではThe Yardbirds(ヤードバーズ)のJeff Beck(ジェフ・ベック)が"Stroll On"を演奏中にいかれたアンプに腹を立ててギターをぶっ壊すシーンがあるそうです。(以前見られた過激な映像とパントマイム・テニスのビデオは削除されました。)
Blow-up Trailer - YouTube

Zabriskie Point & Il Reporter
上記の作品の後アントニオーニ監督は何と思ったか制作の場をアメリカに移して、ロッド・テイラーや ハリソン・フォード が出演した1970年の「Zabriskie Point(砂丘)」や、ジャック・ニコルソンが主演した「さすらい」の続編的な1974年の「Il Reporter(さすらいの二人)」を撮りました。 ピンク・フロイドの音楽が印象的な70年代ロックとサイケデリックな幻覚を描いた「砂丘」で大抜擢されたずぶの素人のMark Frechette (マーク・フレチェット)は出演料の一部をヒッピーのコミューンに献金し、この3年後に銀行強盗で刑務所送りとなり、その2年後に事故死したと云われています。
ミケランジェロ・アントニオーニ監督とはソリが合わなかったと云われるピンク・フロイドの3曲が収録されている「砂丘」のサウンドトラック について詳しいコラム9:ピンク・フロイドの裏ヒストリー


I Film Di Antonioni, Le Musiche Di Fusco
I Film Di Antonioni Le Musiche Di Fusco1999年に再リリースされたサウンドトラック・コンピレーションアルバムは、ミケランジェロ・アントニオーニ映画のために作曲したジョヴァンニ・フスコ作曲のオリジナル音楽で「Il grido(さすらい)」、「L'Avventura(情事)」、「L'Eclisse(太陽はひとりぼっち)」、「Il Deserto Rosso(赤い砂漠)」から29曲を収録しています。(アルバムの最後の曲だけはAldo Piga(アルド・ピガ)の音楽だとか。)
試聴はI Film Di Antonioni & Le Musiche Di Fusco - Amazon.com

Giovanni Fusco: Music for Michelangelo Antonini
Giovanni Fusco Music for Michelangelo Antonini2006年にリリースされたジョヴァンニ・フスコのサウンドトラックには「情事」からTitoli、Tema Drammatico、Titoli: Atmosfera Tensiva、Tensione、Notturno II、Tema Grottesco、Bolero Avventura、「太陽は一人ぼっち」からEclisse Twist、Eclisse Slow 、Passeggiata、「赤い砂漠」からIl Surf Della Luna、Orgia、Neurosi、Astrale、Happy Surfなど21曲が収録されています。
♪ 試聴はMusic For Michelangelo Antonioni Giovanni Fusco: Music For Michelangelo Antonini Soundtrack - Amazon.com

Scores: L'Avventura/Deserto Rosso/L'Eclisse
3 Italian Film Scores: L'Avventura/Deserto Rosso/L'Eclisse「3 Italian Film Scores: L'Avventura/Deserto Rosso/L'Eclisse」(Ost: Giovanni Fusco Avventura/Deserto Rosso/L Eclisse)は「情事」と「太陽はひとりぼっち」、そして1964年の「赤い砂漠」のアントニオーニ3部作から全28曲を収録した輸入盤サウンドトラック・アルバムですが試聴が見つかりません。


Giovanni Fusco (1906 - 1968)
イタリアのピアニストで作曲家で指揮者でもあるジョヴァンニ・フスコは1936年から映画音楽を手掛けていましたが、1948年から1964年には「夜」を除いて殆どのミケランジェロ・アントニオーニの作品で音楽を担当しています。  1951年のCronaca di un amoreと1961年のL'avventura(情事)ではSilver Ribbonの最優秀映画音楽賞を受賞しています。 アントニオーニの作品以外ではAlain Resnais(アラン・レネ)が監督した1959年の「Hiroshima mon amour(二十四時間の情事)」でGeorges Delerue(ジョルジュ・ドルリュー)と共に音楽を担当し、クラウディア・カルディナーレやAntonella Lualdi(アントネラ・ルアルディ)が出演した1960年の「I Delfini(太陽の誘惑)」のサントラが知られています。 ジョヴァンニ・フスコが作曲した「太陽の誘惑」の主題歌である"What A Sky(Su nel cielo)"はFausto Papetti(ファウスト・パペッティ楽団)のアルト・サックス演奏やNico Fidenco(ニッコ・フィデンコ)の歌で大ヒットしました。
日本語ページもあるイタリアの素晴らしいファウスト・パペッティのサイトはファウスト・パペッティ Fausto Papetti - keros.it
AからZまでたくさん試聴できるFAUSTO PAPETTI SONGS(初めてアクセスすると小ウインドが表示され、イタリア語か英語で「リストに不足があれば運営者に知らせて」と「ページ最後の[ReadMe] を読んで」とメッセージが表示されます。)

Selections from Chronicle
ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・エンニオ・モリコーネ
Ennio Morricone Chronicle2000年にリリースされた2枚組モリコーネの映画音楽集には全39曲が収録されています。 ディスクの1枚目にはニコ・フィデンコの情事のテーマ曲「トラスト・ミー」の他、Miranda Martino(ミランダ・マルティーノ)の「くち紅」のテーマの"Paura"や、「Diciottenni al sole(太陽の下の18才)」でJimmy Fontana(ジミー・フォンタナ)が歌うGo-Kart Twist(ゴーカート・ツイス)トなどで、2枚目はさすらいの口笛などマカロニ・ウエスタン集です。
※ニコ・フィデンコの"trust Me"や"What A Sky"が収録されているアルバムは国内ではベスト盤のI Grandi Successi Originaliがリリースされています。(私はシングルレコードを持っていますがiTunesで最近購入した時にオリジナルバージョンでなくて大はずれ)
※エンニオ・モリコーネのについて詳しいモリコーネと映画音楽

Michelangelo Antonioni: The Architecture of Vision: Writings and Interviews on Cinema
アントニオーニ 存在の証明―映画作家が自身を語る
Michelangelo Antonioni BookCarlo di Carlo(カルロ ディ・カルロ)とGiorgio Tinazzi(ジョルジョ ティナッツィ)が編集したミケランジェロ・アントニオーニへのインタビューとエッセイを集めた日本語翻訳本。 私は未読なので、これを読めば監督が描いた不毛の愛と絶望が理解できるかも。 砂漠とは。



Ike Quebec (1918 - 1963)
ジャズのレーベルとして有名なブルーノートの録音所があったニュージャージー出身のアイク・ケベックは20歳ごろにピアニストからテナーサックス奏者に転向したそうです。 ジャズ界にあってとりわけ演奏が革新的とも重要な貢献をしたとかは云われていませんが、演奏されるブルース・テナーのその泥臭いようで洗練されたサウンドは小難しい理論なんて抜きにしてテナーサックス好きの私にとってはまるで真夜中にジャズバーにいるみたい! 超セクシー! ビロードのように艶やかで優しくかつ官能的なアイク・ケベックの演奏は絶対に聴き逃せません。 もちろんロマンティックなバラードだけでなく弾けたビバップやR&Bの演奏もしかり!

Hank Mobley(ハンク・モブレー)とTina Brooks(ティナ・ブルックス)と共にブルーノートの3大テナーの一人であったアイク・ケベックの初録音は1940年のことだそうで、Roy Eldridge(ロイ・エルドリッジ)やColeman Hawkins(コールマン・ホーキンス)などとの共演を経て1940年代後期にはCab Calloway(キャブ・キャロウェイ)の楽団に参加したそうです。 とりわけ譜面の初見に長けていたアイク・ケベックはブルーノートでのセッションでは即興的なアレンジも手掛け、レコード会社(音楽業界)のArtists and Repertoire部門のA&R ManとしてThelonious Monk(セロニアス・モンク)やBud Powell(バド・パウエル)の推進者としても知られるなどマルチタレントぶりを発揮しました。 スウィングやバップなどのジャズ時代が去った1960年代になると麻薬のせいもあってあまりレコーディングをしていないとはいえ、初期のハードバップからボサノヴァやソウルなどジャズ界の変化の波には乗っていたようです。 1960年代初期に始まったブルーノートでのアイク・ケベックのカムバック・シリーズは肺ガンで亡くなったために惜しくも頓挫してしまったそうです。

Listen to Ike Quebec's Sophisticated Tenor Sound!!
アイク・ケベックがブルーノート・レーベルで録音した1962年のアルバム「Soul Samba」に収録されている"Lloro Tu Despedida"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for John Allen alternating with (More Than a Few) Exciting Moments with Frank O'Toole - February 9, 2004(ike quebec lloro tu despedidaの欄の最後2:28:58 (Real) をクリック)
SavoyレーベルのSP盤78回転レコード「Complete Blue Note and Savoy Masters 1944」に収録された"Jim Dawgs"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for Marc Grobman - June 2, 2002(Listen to this show: RealAudioをクリック、クリップポジションを21:43に移動)
「Bossa Nova/Soul Samba」から"Me 'n You"が聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for Gaylord Fields - November 7, 2004(Listen to this show: RealAudioをクリック、クリップポジションを1:42:12に移動)

Ike Quebec - Favela (Soul Samba) - YouTube
Ike Quebec - Blues for Charlie (Blue & Sentimental) - YouTube
Ike Quebec - Count Every Star (Blue & Sentimental) - YouTube
Ike Quebec - Acquitted - YouTube


Ike Quebec's Albums
A Proper Introduction to Ike Quebec: Blue Harlem
ページトップの画像は2004年のベスト盤でタイトル曲の"Blue Harlem(ブルーハーレム)"や"I.Q. Blues"の他に1946年にMel Tormé(メル・トーメ)とRobert Wells(ロバート・ウエルズ)が作った私の好きな"Born To Be Blue"など22曲収録してあります。 演奏メンバーはテナーのアイク・ケベックの他、ピアノがRoger Ram Ramirez(ロジャー・ラミレス)、ギターがTiny Grimes(タイニー・グライムス)、ベースがMilt Hinton(ミルト・ヒントン)、ドラムがJ.C. Heard(JCハード)で1944年のシングルではTiny's ExerciseがB面だったようです。 スウィングからバップやブルースと人気のあったドラマーのJCハードは1930年後期のTeddy WilsonからColeman HawkinsやRoy Eldridge、そしてCab Calloway、Charlie Parker、Dizzy Gillespie、Erroll Garnerなどと共演し80年代まで活躍しましたが、50年代後期に日本で若いジャズメンの指導にあたったとか。

Complete Blue Note and Savoy Masters 1944
Swing Hi-Swing Lo Ike QuebecJazz Classics - Swing Hi - Swing Lo
上記のSavoyレーベルのSP盤78回転レコード「Complete Blue Note and Savoy Masters 1944」は1945年の録音でテナーサックスのアイク・ケベックがピアノのJohnny Guarnieri(ジョニー・ガルニエリ)、ギターのBill DeArango(ビル・デアランゴ)、ベースのMilt Hinton(ミルト・ヒントン)、ドラムのJ.C.Heard(J.C.ハード)などと演奏している"Jim Dawgs"と"I.Q. Blues"など22曲を収録したビバップ・アルバムで、SPレコードがCD化され2004年にベスト盤としてリリースされていますがそろそろ入手困難になっているのか情報が少ないです。
上記以外の曲目は1944年の演奏でドラムとベースは変わらずにピアノがRoger Ramirez(ロジャー・ラミレス)でギターがTiny Grimes(タイニー・グライムス)のTiny's Exercise、She's Funny That Way、Indiana、Blue Harlem
同じく1944年の録音でギターとピアノは変わらず トランペットがJonah Jones(ジョナ・ジョーンズ)、トロンボーンがTyree Glenn(タイリー・グレン)、ベースがOscar Pettiford(オスカーペティフォード)、ドラムのJ.C.Heard(J.C.ハード)が演奏するHard Tack、If I Had You、Mad About You、Facin' the Face
1945年の録音でピアノがDave Rivera(デイヴ・リヴェラ)、ギターがNapoleon Allen(ナポレオン・アレン)、ベースがミルト・ヒントンでドラムをJ.C.ハードが演奏するDolores、Sweethearts On Parade
同じく1945年の録音でトランペットがBuck Clayton(バック クレイトン)、トロンボーンがKeg Johnson(ケッグ・ジョンソン)、ベースをGrachan Moncur III(グレシャン・モンカー3世)、ピアノをロジャー・ラミレスでギターがタイニー・グライムスでドラムをJ.C.ハードが演奏するI Found a New Baby、Surrender Dear、Topsy、Cup-Mute Clayton
1956年の録音でトランペットのShad Collins(シャド・コリンズ)、ギターがJohn Collins(ジョン・コリンズ)、トロンボーンがケッグ・ジョンソン、ピアノをロジャー・ラミレス、ベースがミルト・ヒントンでドラムをJ.C.ハードが演奏するMasquerade Is Over、Basically Blue、Someone To Watch Over Me、Zig Billionです。
Ike Quebec,Jimmy Hamilton,John Hardee,Benny Mortonが参加したブルーノート録音のオリジナルLP「Swing Hi Swing Lo」の試聴はなくなりました。(1999年に発売されたCDもありません。)
Ike Quebec - Topsy - YouTube
※アイク・ケベックが演奏する"She's Funny That Way"はコールマン・ホーキンスやCharlie ParkerJohnny HodgesIllinois Jacquetなどのコンピレーション・アルバムの「The Art Of The Saxophone Ballad」にも収録されています。

Ike Quebec on Blue Note
アイク・ケベックがブルーノートで吹き込んだソウルジャズ・セッションのリーダーアルバムは1961年の「Heavy Soul」と「It May As Well Be Spring」、1962年には「Easy Living」、「Blue and Sentimental」、「Congo Lament」、「Soul Samba」がありますが、2005年に「Complete Blue Note 45 Sessions CDs」がリリースされたそうです。 その後はベスト盤が何枚もリリースされていますがその数はけして多いとはいえません。

Soul Samba & Bossa Nova Soul Samba
1962年にブルーノトで録音された「Soul Samba 」は1996年の「Soul Samba」と2007年の「Bossa Nova Soul Samba」としてリマスター盤がリリースされています。 ボサノバのはしりともいえる時期にアイク・ケベックがトライした抜けてないボサノバ・サウンドを聴くことができます。 上記で紹介した"Lloro Tu Despedida"や"Me 'N You"をはじめバップ・ギタリストのKenny Burrell(ケニー・バレル)が作曲した"Loie(ロイエ)"や"Blue Samba"など12曲を収録しているアルバムの演奏者はテナーサックスのアイク・ケベック、ギターのケニー・バレル、ベースがWendell Marshall(ウェンデル・マーシャル)、ドラムはWillie Bobo(ウィリー・ボボ)、チェケレはGarvin Masseaux(ガーヴィン・マッソー)です。 ちなみにチェケレ(chekereもしくはShekere)とは西アフリカのヨルバ族のオリジナル楽器が奴隷を介してキューバに伝わった瓢箪製の打楽器の一種です。
試聴はBossa Nova Soul Samba - Amazon.com

Blue and Sentimental
Blue and Sentimental Ike Quebec1961年から1962年にアイク・ケベックのカムバックアルバムとして録音した1962年のブルーノート録音のアルバムが2007年にCD化されリマスター盤「ブルー・アンド・センチメンタル+2」が2008年にも再リリースされています。 タイトル曲の"Blue and Sentimental"同様にスモーキーな"Don't Take Your Love From Me"に加え、ボーナストラックの"That Old Black Magic"など9曲を収録したアルバムのピアノレスのカルテット演奏メンバーはブルノートお馴染みのGrant Green(グラント・グリーン)のギターにPaul Chambers(ポール・チェンバース)のベース、Philly Joe Jones(フィリー・ジョー・ジョーンズ)のドラムなどでリラックッス・ムードに浸れる最高の演奏です。 ちょっとメランコリックでもあり、真夜中のナイトクラブにでもいるような雰囲気でもあります。 アイク・ケベックが叙情豊かなアレンジで演奏している "Count Every Star(星をかぞえて)"は、1949年にBruno Coquatrix(ブルーノ・コカトリックス)とSam Gallop(サム・ギャロップ)が作ったという曲で このアルバムに収録された頃の1962年にLinda Scott(リンダ・スコット)が歌ってヒットしたポップスです。 Lester Young(レスター・ヤング)が一足お先に亡くなる前に吹き込んでいますが、その後Sonny Stitt(ソニー・スティット)がこのアルバムと同時期に録音しています。
アルバムのタイトル曲となっているの"Blue and Sentimental"はCount Basie(カウント・ベイシー)が共同で作曲して1938年に初めて吹き込んだそうです。
Ike Quebec - Blue and Sentimental - YouTube

Heavy Soul
Heavy Soul Ike Quebec1961年のブルーノートでのカムバック・アルバムの1枚でリマスター盤が1999年、2004年、2005年、2006年などと再リリースされている人気アルバムです。
2008年の盤はヘヴィー・ソウル+1
タイトル曲のHeavy Soulや名曲のAcquittedの他、I Want a Little GirlやNature BoyなどオリジナルLPから8曲を収録、ベースのMilt Hinton(ミルト・ヒントン)、ドラムのAl Harewood(アル・ヘアウッド)、ソウルには欠かせないオルガンのFreddie Roach(フレディ・ローチ)と共にえもいわれぬ美しい演奏を聴かせます。 とろけそう。 とろけた。。。

Jazz Sax Ever !
アイク・ケベックも仲間入りしているJAZZ EVERシリーズのコンピレーションアルバム「ジャズ・サックス・エヴァー! 」ではソニー・ロリン、ジョン・コルトレーン、Sonny Stitt(ソニー・スティット)、Johnny Griffin(ジョニー・グリフィン)などの超大物テナーマンに混じって、ディスク:1 には1962年のブルーノート・アルバム「Easy Living」に収録されている"I've Got a Crush On You"とディスク:2には1961年のブルーノートアルバム「It Might as Well Be Spring: Ike Quebec」に収録されている"Lover Man"が収録されています。

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