Robert Hossein
ロベール・オッセンはパリで1927年に生まれ今現在は80歳を越したところですが近年はテレビ・シリーズのドラマに出演しているようです。 ロベール・オッセンは1950年代と1960年代には主に悪役として活躍したフランスのフィルム・ノワール映画には欠くことのできない俳優ですが、脚本家でもあり監督でもありました。 英語のタイトルが"The Wicked Go to Hell"という1955年の「Les salauds vont en enfer(悪者は地獄へ行け)」で監督脚本出演デビューしたロベール・オッセンでしたが、日本で公開されたロベール・オッセンの監督脚本出演の映画には1960年の「Les Scélérats(危険な階段)」や、英語のタイトルは"Cemetery Without Crosses"という1963年の「La Mort d'un tueur(殺人者に墓はない)」には後にホラー映画に出演した髭のWilly Braque(ウィリー・ブラック)やMarie-France Pisier(マリー=フランス・ピジェ)が出演しています。 ロベール・オッセンは1940年代後期から2009年までの約60年間に100本を越える映画出演があり、1950年代に始まった監督業は1986年までの30余年間に15本あったそうです。
撮影当時には妻だったMarina Vlady(マリナ・ブラディ)が出演した1956年の「Pardonnez nos offenses(不良の掟 )には監督だけで出演していませんが、父のAndré Hossein(アンドレ・オッセン)が音楽を担当しています。
ロベール・オッセンの出演映画
Roger Vadim(ロジャー・ヴァデム)が監督してFrancoise Arnoul(フランソワ・アルヌール)とChristian Marquand(クリスチャン・マルカン)が出演した1956年の「Sait-on jamais...(大運河)」では悪党のSforzi(スフォルツィ)役、1959年の「Des Femmes Disparaissent(殺られる)」では秘密売春組織から女たちを救うPierre(ピエール)役、1957年にJames Hadley Chase(ジェームズ・ハドリー・チェイス)の原作を映画化した「Méfiez-vous, fillettes!(目撃者)」では密告した奴らに復讐する機関車好きのRaven(ラヴァン)役を演じましたがヤクザ者の妻としてAntonella Lualdi(アントネッラ・ルアルディ)が出演しました。 1959年の「Les canailles(悪党ども)」では新聞社の社員を演じ、キャバレーの経営者のビッキー役を演じたNadja Tiller(ナージャ・テイラー)と共演した1959年の「Du rififi chez les femme(札束(ゼニ)がすべて)」ではビッキーが恋をする偽札作りのマルセル、1961年にはイタリアの大女優であるSophia Loren(ソフィア・ローレン)が洗濯屋を演じた「Madame Sans-gene(戦場を駈ける女)」で珍しくコミカルなルフェーブル軍曹、1962年にはAnnie Girardot(アニー・ジラルド)とCatherine Deneuve(カトリーヌ・ドヌーヴ)が性格が正反対の姉妹を演じたロジャー・ヴァデム監督の「Le Vice et la Vertu(悪徳の栄え)」では冷酷なナチス親衛隊のシェーンドルフ将校、1962年にはBrigitte Bardot(ブリジット・バルドー)が主演した「Repos du guerrier(戦士の休息)」で"Je t'aime...Moi non plus"とベベを虜にし、"Reposez-moi..."と自らも虜となるルノー役(1973年のバルドー最後の映画「Don Juan ou Si Don Juan était une femme... (ドンファン)」でもLouis Prévost役で共演しJane Birkin(ジェーン・バーキン)と愛欲の日々)、1963年には「L'Eau Vive(河は呼んでる)」のJean Giono(ジャン・ジオノ)の原作をクリスチャン・マルカンが初監督した「Les Grands Chemins(太陽は傷だらけ)」で博打好きが高じて殺人犯となるサミュエルを演じて未亡人役のAnouk Aimée(アヌーク・エーメ)と共演しました。 その後は1964年から始まったMichèle Mercier(ミシェール・メルシェ)主演の「Angélique(アンジェリク/はだしの女侯爵)」シリーズに出演して顔は醜いが心は優しいジョフレ・ド・ペラック侯爵を演じました。 1966年から始まった「Un homme et une femme(男と女)」シリーズのClaude Lelouch(クロード・ルルーシュ)が監督した1981年の「Les uns et les autres(愛と哀しみのボレロ)」でガス室送りとなったユダヤ人ピアニスト役とその子供のダビッド役で主演し、同監督の1986年の「Un homme et une femme, 20 ans déjà(男と女 II )」にも自身の役で出演しています。 1999年には「Le Fabuleux destin d'Amelie Poulain(アメリ)」で大ブレイクする前のAudrey Tautou(オドレイ・トトゥ)も出演した「Vénus beauté (institut)(エステサロン/ヴィーナス・ビューティ)」にオドレイ・トトゥが演じる美容師見習いのマリーの顧客のL'aviateur(パイロット)役で若いマリーを誘惑したそうです。
André Hossein
ロベール・オッセンの映画に欠くことのできないものは音楽、その音楽はロベール・オッセンの父親である音楽家でオーケストラの指揮者で作曲家のアンドレ・オッセンが担当しています。 初期にはAndré Gosselain名義で音楽を手掛けた映画には1956年のLes salauds vont en enfer(悪者は地獄へ行け)やPardonnez nos offenses(不良の掟)、1958年のToi... le veninや1959年のLa nuit des espionsがあります。 この後の「危険な階段」からはアンドレ・オッセン名義で数多くの映画音楽に携わっていますが、「危険な階段」は父子にとって代表作品となっています。 1969年のUne corde, un Colt(傷だらけの用心棒)やJohnny Hallyday(ジョニー・アリディ)も出演した1970年の「Point de chute」あたりまでロベール・オッセンと一緒に毎年、又は年に数本の割合で映画に関わってきました。 ロベール・オッセンも出演してJulius Dassin(ジュールス・ダッシン)が監督した1955年の「男の争い(Rififi)」でギャングの親分を演じたJean Servais(ジャン・セルヴェ)が出演したLes Menteurs(激しい夜)でもアンドレ・オッセンが音楽を担当しました。 ロベール・オッセンはパリ生まれですがは父親のアンドレ・オッセンはアフガニスタンやカザフスタンの近くのウズベキスタンの出身だそうです。
Marina Vlady
ロベール・オッセンの私生活では1955年にFrédéric Dard(フレデリック・ダール)の原作をオッセンが監督脚本及び出演した「Les Salauds vont en enfer(悪者は地獄へ行け)」に出演した17歳のMarina Vlady(マリナ・ブラディ)とその年から4年間結婚して子供を二人設けました。 離婚後に二度再婚してそれぞれ一人づつ子供がいるそうですが、マリナ・ブラディも4度結婚しているそうです。 ロシア系のマリナ・ブラディは50年代にはブリジット・バルドーと比べられるほどの金髪グラマーでしたが1963年の「L'ape regina(女王蜂)」ではそれまでのイメージを全てをかなぐり捨てた体当たり演技でカンヌ映画祭のベスト女優賞に輝きました。 その後、Bernard Paul(ベルナール・ポール)が監督した1969年の「Le temps de vivre(夫婦)」から1989年にはMarcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)主演の「Splendor(スプレンドール)」に出演するなど息の長い女優です。
Des Femmes Disparaissent 1959年
Des Femmes Disparaissent (DVD)
Édouard Molinaro(エドゥアール・モリナロ)監督がAlbert Simonin(アルベール・シモナン)の原作を映画化したフィルムノワールで「悪党ども」に続いてロベール・オッセンが主演し、Philippe Clay(フィリップ・クレー)やMagali Noël(マガリ・ノエル)も出演しています。。
音楽にはArt Blakey & The Jazz Messengers(アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャース)が起用されてサウンドントラックのジャズが大流行した当時のフランス映画でセンセーションを巻き起こしました。
☆「殺られる」について詳しくはサントラ情報もあるAudio-Visual Trivia内のエドゥアール・モリナロ Edouard Molinaro
Les Scélérats 1960年
Michèle Morgan, Robert Hossein & Perrette Pradier
「危険な階段」はFrédéric Dard(フレデリック・ダール)の小説「Les Scélérats(悪い野郎)」をロベール・オッセンが脚本も手掛け主演して映画化した監督デビュー作品だそうです。 小説の原題である「"Les Scélérats"」のフランス語はそのタイトル通りに英語では"The Villains"で「悪党ども」の意味です。 映画では交通事故で愛児を失ったアメリカ人のRooland(ルーラン)夫妻として、ロベール・オッセンが夫のジェスでミシェル・モルガンが妻のテルマを演じています。 悲しみの後の異常な愛と死がテーマとなっており、精神的破綻のどん底に喘ぐ夫婦の愛の模索を描いた心理劇です。 パリ郊外の薄汚れた通りに立てられたガラス張りの超モダンな邸宅を舞台に物語りは展開します。 その辺りでは珍しい裕福な外国人夫婦に興味を持って覗いていたのが向かいの家に住む貧しい一家で、Olivier Hussenot(オリヴィエ・ユスノー)が演じた三文画家のアーサとその母親とPerrette Pradier(ペレット・プラディエ)が演じた娘でした。 好奇心旺盛な娘がこの夫婦を覗き見して想像しているだけでは収まらず、もっと知りたいと女中としてルーラン家に住み込むことに成功。 超リッチな生活に驚嘆した娘でしたが直にこの家に隠された悲劇の種を見出します。 この家の夫婦は楽しく語らうことはなく常に重苦しい空気が漂っていたのです。 それというのもアメリカで子供を亡くした夫婦がそのことを忘れれるためにパリにやって来たのでした。 全てにやる気の失せた夫と酒で紛らわす妻、どんどん奈落の底に落ち込んでいく夫婦でした。 大勢の客を呼んだ5年目の結婚記念日もさんざんで、ぐでんぐでんの夫は記念のケーキで煙草の火をつけるわ、妻は招待客の男に誘惑されて抱かれているのを夫に見られるわで、ますます夫婦の亀裂は深まるばかり。 そんなある晩のこと、夫が妻をドライブに連れ出します。 ところがこの車が列車に衝突、電話で急を聞いて駆けつけた女中の腕の中で妻は事故の真相を告白して息絶えました。 祖国アメリカに帰る妻の遺体を乗せた飛行機を平然と見送った夫は以前と何も変わることはなく生活を始め、女中には家に戻るように申し渡します。 今では女中はこの男に恋を「してしまっていたので帰りませんでしたが、男の心には妻しかないことを知った女中は思いつめて嘘をつくことにします。 それは妻が女中に告白したのとは全く逆の話を夫にしたのでした。 そうすれば男は自分の方を向くと思って。 それを聴いた男は車を飛ばして出て行ってしまいました。 その後に女中は再びあの日のように電話のベルを聴いたのです。
※上記の各映画タイトルでもリンクしましたがフランス語のサイトで「危険な階段」の手書き映画ポスターが見られるLes Scélérats Poster - Cinema-francais.fr
Perrette Pradier
女中を演じたペレット・プラディエは1961年に「Le jeu de la vérité」にもロベール・オッセンと共演していますが、1962年にDany Saval(ダニー・サヴァル)などたくさんのフランス女優が出演したオムニバス映画「Les sept péchés capitaux(新7つの大罪)」の第一話のSylvain Dhomme(シルヴァン・ドム)監督のLa Colère(怒りの罪)に出演している他、1968年の「House of Cards(非情の切り札)」ではヌードも見せました。
Michèle Morgan
クール・ビューティのミシェル・モルガンは1938年にJean Gabin(ジャン・ギャバン)と共演したMarcel Carné(マルセル・カルネ)監督の「Le quai des brumes(霧の波止場)」で一躍有名になったパリ出身のシックなフランス女優でしたがGreta Garbo(グレタ・ガルボ)のように「霧の波止場」での帽子、特にLe Béret(ベレー帽)のモルガン・ファッションがとても洒落ていました。 1946年の「La symphonie pastorale(田園交響楽)」で第1回カンヌ国際映画祭 女優賞を受賞しています。 日本未公開作品ではCatherine Spaak(カトリーヌ・スパーク)や「Mill of the Stone Women(生血を吸う女)」で奇病のヒロインを演じたグラマー女優のScilla Gabel(シーラ・ガベル又はシラ・ガベル)が出演した1961年の「Le puits aux trois vérités」で主演していますが60年代以降はあまり映画出演していません。 特筆すべきはミシェル・モルガンの結婚で、第2次世界大戦時のナチス・ドイツ占領下を逃れてハリウッドに渡った時の1942年に結婚したのが最初の夫は黒人のWilliam Marshall(ウィリアム・マーシャル)で子供を儲けたものの6年で離婚しています。 ハンサムでインテリのアメリカ人のウィリアム・マーシャルは黒人シェークスピア俳優として有名で、1972年に「Blacula(吸血鬼ブラキュラ)をはじめブラキュラ・シリーズで主演しました。 終戦後にパリに戻ったモルガンが1949年の「Fabiola(ファビオラ)」で共演し1950年に結婚した二番目の夫は1952年の「七つの大罪」をはじめミレーヌ・ドモンジョやブリジット・バルドーなどの相手役として活躍したフランス俳優のHenri Vidal(アンリ・ヴィダル)でしたがミシェル・モルガンが出演した「危険な階段」の撮影中に急死したそうです。
ミシェル・モルガンは1946年のフィルム・ノワール「The Chase」でMichelangelo Antonioni(ミケランジェロ・アントニオーニ)監督のIl grido(さすらい)で主演したSteve Cochran(Steve Cochran(スティーヴ・コクラン)と共演しています。
Frederic Dard
小説だけでも288作品も書いたというフレデリック・ダールは映画監督にも人気の作家です。 ダールの小説を映画化した作品やダールが脚本を手掛けた映画にはLes Scélérats(悪い野郎)が「危険な階段」として映画化された以外にも1956年にロベール・オッセンが監督したLes Salauds vont en enfer(悪者は地獄へ行け)、エドゥアール・モリナロ監督のDélivrez-nous du mal1が1958年のLe Dos au mur(絶体絶命)、C'est toi le venin...が1958年にロベール・オッセンが監督した「Toi... le venin」や1959年の「La nuit des espions」、ダールの脚本で1959年のLe fauve est lâché(野獣は放たれた)や1960年のLes Menteurs(激しい夜)、1960年の小説"Toi qui vivais"が「Préméditation」、Les Mariollesがロベール・オッセンが主演した1961年の「La menace」(1977年のYves Montand(イヴ・モンタン)主演ではない。)、1961年の同名小説がDanielle Darrieux(ダニエル・ダリュー)が主演した「Les bras de la nuit」、1962年のThe Man on the Avenueが「Le crime ne paie pas(悪い女)」、ロベール・オッセンが主演した1962年のLe monte-Charge(夜のエレベーター)、1963年の同名小説がマガリ・ノエルが出演した「L'accident」、San Antonioが1981年の「San-Antonio ne pense qu'à ça」、そしてダール自身が監督した「Une gueule comme la mienne」などがあるそうです。
Les Scélérats DVD
危険な階段 [DVD]
ページトップの画像はEUR 12,99(約 1784円)でフランスのAmazon.frにある2009年リリースのDVDですが、PAL仕様でRégion 2だそうです。 画像は上が妻を演じたミシェル・モルガン、左下が夫を演じたロベール・オッセン、その右が好奇心から夫婦宅に住み込み夫に横恋慕する女中役のペレット・プラディエです。 DVDのカバー画像はカラーですが「危険な階段」は白黒映画です。
こちらの画像(クリックで拡大可)は日本で入手できる2003年リリースの日本語字幕版DVDです。 2000年リリースの字幕版DVD(ASIN: B00005HNHH)もあります。
Les Scélérats Soundtrack (7inch EP Philips FL-1004)
私が持っている[「危険な階段」のEP盤のサウンドトラックでは、A面が"Blues De La Seduction(愛と死のブルース)"でB面が"Generique(危険な階段のテーマ)"を収録してあります。 テナーサックスをフィーチャーした"愛と死のブルース"は結婚記念日に妻が他の男に誘惑される時の以外にも映画の随所に流れます。
"危険な階段のテーマ"は映画の冒頭で使用されたメイン・テーマ曲ですが、Golden Gate Quartet (ゴールデン・ゲイト・カルテット)のハミング・コーラスをフィーチャーしたムードのある曲です。
Golden Gate Quartet
1930年代から活動しているゴールデン・ゲイト・カルテットは1949年のJoshua fit The Battle Of Jericho(ジェリコの戦い)で知られる黒人のゴスペル・グループです。 メンバーチェンジもあり、戦後は低迷していたゴールデン・ゲイト・カルテットでしたが1955年に再結成したヨーロッパツア-が好評を博し、1959年にはパリに拠点を移しました。 丁度その時期、子供の頃からゴールデン・ゲイト・カルテットのファンだったElvis Presley(エルビス・プレスリー)兵役でドイツに駐留しており、パリの有名なクラブ"Le Lido(リド)"に出演中のゴールデン・ゲイト・カルテットを訪問したのだそうです。
Les canailles 1959年
「悪党ども」はJames Hadley Chase(ジェームズ・ハドリー・チェイス)の原作をMaurice Labro(モーリス・ラブロ)監督が映画化した白黒のサスペンス作品ですが、ビデオはオークションで出品される他は販売されていないようです。 出演者はイタリア特派員のEdward Dawson(ドーソン)役でロベール・オッセン、秘書のGinaはIL Mulino Delle Donne Di Pietra(生血を吸う女)のScilla Gabel(シーラ・ガベル)、ギャング団のボスのカルロ役にPhilippe Clay(フィリップ・クレー)、そしてHélène Chalmers(社長令嬢エレーヌ)役でMarina Vlady(マリナ・ヴラディ)も出演しました。 アメリカの新聞社のローマ特派員を主人公にしたサスペンス・ドラマです。 ドーソンはローマにやってきたアメリカ本社の社長令嬢をエスコートするお役目を授かった。 エレーヌの父である社長からエレーヌの所在を突き止めるように頼まれたドーソンは令嬢は父親が思っているような純真な女性ではないことを知る。 父からも身を隠すそのセクシーなエレーヌに呼ばれてナポリに行き、偽名で崖っぷちのホテルに夫婦として宿泊し夜を共に過ごしたものの令嬢は忽然と消えてしまう。 そのエレーヌが崖から墜落死した事件が起こり警察に容疑者とされた特派員は身の潔白を証明すべくエレーヌが所持していたという謎のフィルムを巡ってその事件の背景にあるギャングと対決を迫られることになります。 しめたことには警察は偽名の男を容疑者として追っている。 エレーヌが持っていたフィルムには何が写っていたのか。 エレーヌ殺しの犯人を捜査するようにとローマにやって来たのはエレーヌの父とその4人目の後妻。 その女とギャングの関係はいかに? エレーヌを強請る男も、フィルムを持っていたエレーヌも、フィルムを預かった探偵も死んだ。 次はドーソンの番だ。
「悪党ども」の写真が見られるLe canaglie Photos - FILM.TV.IT
※「悪党ども」同様にジェームズ・ハドリー・チェイスの原作をJulien Duvivier(ジュリアン・デュヴィヴィエ)監督が映画化した1963年の「Chair de poule(めんどりの肉)」でもロベール・オッセンが主演しています。(音楽はGeorges Delerue(ジョルジュ・ドルリュー))
Les canailles Soundtrack (7inch EP Angel HIM-1100)
この画像は私が持っている「悪党ども」のサントラのEP盤で、写真はマリナ・ヴラディとロベール・オッセンで銃を構えているのがフィリップ・クレーです。 「悪党ども」の映画音楽は女流音楽家のMarguerite Monnot(マルグリット・モノー)と指揮者のGeorges Alloo(ジョルジュ・アロー)とが手掛けています。 ジョルジュ・アロー・オーケストラの演奏でA面はGénérique de fin(悪党ども)とPourssuite(追跡)、B面はダンスパーティのシーンで流れたLes canailles(レ・カナイユ) とPrends moi comme je suis(悪党どもの唄)ですが、B面の"悪党どもの唄"はサンドロ(Sandro)とかいう当時新人の歌手の歌で映画のエンディングに流れますが、全編にBGMとしても流れるマルグリット・モノーとジョルジュ・アローの作品である"悪党ども"に1951年の映画「Sous le ciel de Paris(巴里の空の下セーヌは流れる)」でAndré Claveau(アンドレ・クラボー)が歌ったJean Wiener(ジャン・ウィエネル)作曲の"Coeur de Paris"の作詞者として有名なRené Rouzaud(ルネ・ルゾー)が歌詞を付けた曲です。(歌手のサンドロの情報は見つかりません。)
ロベール・オッセンの顔写真が使用されたフランス盤のLPレコードジャケットが見られるLes canailles Soundtraxk - CDandLP.com
Bande originale de film d'Andre Hossein: Les Scélérats et plus
Le Cinema d'Andre Hossein
「危険な階段」ではロベール・オッセン監督の父である有名な作曲家のアンドレ・オッセンが音楽を担当して当時フランスで大流行のモダンジャズ風な曲を書いています。 画像は2004年リリースの輸入ベスト盤でアンドレ・オッセンの映画音楽集です。 「危険な階段」や「激しい夜」の他に日本未公開作品も含む24曲を収録のサウンドトラック盤ですが収録曲の殆どが現在は情報もなくDVDも販売されていません。
収録されているサントラのなかには、日本未公開ですが1958年の「Toi... le venin」("あんたは、悪魔"という意味)はFrédéric Dard(フレデリック・ダール)の原作をロベール・オッセン監督が映画化し脚本及び主演した作品でマリナ・ヴラディも出演しています。(アンドレ・オッセン音楽の"Blues a la nuit"と"Je suis un demon"が収録された1958年のEPサントラ画像はToi le venin OST - CDandLP.com) そして珍しくフレデリック・ダールが自分の原作を脚本を手掛けて監督したという1960年の「Une gueule comme la mienne(意味は"私のような顔")」ですが共にIMDb以外にはフランスにもあまり情報はありません。 同じくダールの原作をGérard Oury(ジェラール・ウーリー)監督が映画化してロベール・オッセンがMarie-José Nat(マリー=ジョゼ・ナット)と共演した1961年の「La Menace(意味は"脅威"ですが映画情報なし)や、1959年のLa dolce vita(甘い生活)で床に寝転がってミンクショールのストリップを演じたNadia Gray(ナディア・グレイ)や「激しい夜」のジャン・セルヴェも出演しロベール・オッセンが監督及び主演した1961年の「Le jeu de la vérité(意味は真理遊戯)」(Amazon.frにDVD画像あり) 、1962年にMicheline Presle(ミシュリーヌ・プレール)が出演したCharles Gérard(シャルル・ジェラール)監督の「La loi des hommes」(タイトルの意味は"男の掟"、Amazon.frにボックスセットDVDあり)、ロベール・オッセンが「危険な階段」の次に監督及び脚本及び主演した1961年の「Le goût de la violence(意味は暴力嗜好)」は全く情報なしですが、同じくロベール・オッセンが監督脚本主演した1965年のスリラー映画「Le vampire de Düsseldorf(デュッセルドルフの殺人者)」には美女のMarie-France Pisier(マリー=フランス・ピジェ)が出演してMarlene Dietrich(マレーネ・ディートリッヒ)?ばりに"La Belle De Nuit"を歌いました。 こちらも日本未公開ですがCharles Gérard(シャルル・ジェラール)が監督してロヴェール・オッセンが主演した1966年の「L'homme qui trahit la mafia(マフィアを裏切った男)」(Amazon.frにDVD画像あり、サントラ画像はeBeyのrare french ep andré hossein philips fleur de pavotで検索)、同じく日本未公開ですが1968年にマカロニ&フレンチウエスタンをロベール・オッセンが監督及び脚本を手掛け、一人で4人を相手にする左利きの早撃ちガンマンで主演した異色ウエスタンの「Une Corde, Un Colt(傷だらけの用心棒)」がありました。 「激しい夜」のミシェール・メルシェもガンマンに家族を殺された生き残りの娘役で出演し最後にその殺し屋を撃ち殺し仇を討ちます。 テーマ曲の"Cimitero senza croce"を歌ったのは当時イギリスでビートルズを凌ぐほど人気を得たThe Walker Brothers(ウォーカー・ブラザース)のバラード歌手のScott Walker(スコット・ウォーカー)だそうです。 以上殆どがロベール・オッセンの監督又は出演映画です。
♪ アンドレ・オッセンのサントラ集が試聴できるToi le venin / Le Vampire de Düsseldorf - Amazon.fr



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