ビヨンド the シー 夢見るように歌えば Beyond the sea (2004)

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Kevin Spacey as Bobby Darin
Kevin Spacey as Bobby Darin
Kevin Spacey as Bobby Darin sings Beyond the Sea - YouTube
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ビヨンドtheシー ~夢見るように歌えば~

2004年制作の「ボビー・ダーリン」伝記映画「ビヨンド・ザ・シー」は物真似上手なKevin Spacey(ケビン・スペイシー)が、30代で亡くなった伝説のエンター・テイナーBobby Darin(ボビー・ダーリン)に捧げるミュージカルです。
企画から2003年の制作開始、そして完成まで約17年が費やされ、ケビン・スペイシーは45歳になっていました。
ボビー・ダーリンを愛してやまないケビン・スペイシーは1999年のアメリカン・ビューティでアカデミー主演男優賞を受賞しています。

この映画「ビヨンド・ザ・シー」でケビン・スペイシーは監督及び主演しており、ボビー・ダーリンのレパートリーからの10数曲すべてを自身で歌い踊ります。
つまり、ケビン・スペイシーのボビーなりきりワンマンショー!

ロンドンのOld Vic Theatre(オールド・ヴィック・シアター)の芸術監督として2015年まで契約している歌が上手なケビン・スペイシーは、劇場維持のためのチャリティーなどでElton John(エルトン・ジョン)とデュエットしていますし、TVショーでも歌っています。

Thingsケビン・スペイシー出演の映画には、1995年の衝撃的な悪役を演じて話題を集めた「Se7en(セブン)」、ロス市警の刑事を演じた1997年の「L.A. Confidential(L.A.コンフィデンシャル)」とジョニー・マーサー邸でクリスマス・パーティーを開くサバナの大富豪で隠れゲイのジム・ウィリアムズを演じた「Midnight in the Garden of Good and Evil(真夜中のサバナ)」などが印象的でしたが、1999年の「American Beauty(アメリカン・ビューティー)」にはボビー・ダーリンが作曲して歌う"As Long As I Singing"がサントラで使用されています。 ケビン・スペイシーがクリント・イーストウッドが監督した「真夜中のサバナ」で愛する"ボビー・ダーリン"に捧げる歌として"That Old Black Magic"を歌っていたのはこの映画の前ぶれだったのでしょうか。

レイ・チャールズ伝記映画でジェイミー・フォックスがRay Charles(レイ・チャールズ)そっくりなように、演技でなく生来の雰囲気が似ているケビン・スペイシーはボビー・ダーリン役にピッタリ! しかも吹き替えではなく自分で歌っちゃってる。 当時のボビー・ダーリンのファンとして文句無し!(177cmとちょっとばかりガッチリしたボビーですが) とはいえ、"Splish Splash"はかなりキツかったでしょうね。 お疲れさま! ボビーを知る私の年代の人じゃなくても、ケビン・スペイシーのパーフォマンスに拍手喝采することでしょう。

☆「レディース・ルーム」でジョン・マルコビッチの妻を演じたGreta Scacchi(グレタ・スカッチ)がボビー・ダーリンの幼な妻となったSandra Dee(サンドラ・ディー)のステージ・ママ役で、ボビー・ダーリンの姉(母)の夫でマネージャーのチャーリーを「ロジャー・ラビット」や「恋する人魚たち」のBob Hoskins(ボブ・ホスキンス)が演じています。

video「ビヨンド the シー ~夢見るように歌えば~」のトレーラー
Beyond the sea Trailer - VideoDetective
Kevin Spacey sings 'Beyond The Sea' - YouTube


ビヨンド the シーのあらすじ
映画の冒頭はアドリヴを入れてノリノリで"Mack The Knife(匕首マッキー)"を歌うボビー・ダーリン(ケヴィン・スペイシー)ですが、突然少年時代のボビーが登場して幼き日の闘病の思い出が回想されます。 1959年の"Mack The Knife"はヒットしてグラミー賞を受賞しました。
母親ポリーの歌に合わせて(Up A) Lazy River(レイジー・リバー)を連弾した後、再びボビー・ダーリン(ケヴィン)が歌い、ナレーションでママと練習に練習を重ねた日々を振り返り、少年(子供時代のボビー)との対話を交えて映画は展開します。 ウォルデン・ロバート ・カソット(後のボビー・ダーリン)はFrank Sinatra(フランク・シナトラ)を夢見てニューヨークへ。 ダーリンの誕生前に獄死したイタリア系でギャング志望だった父親との子供を十代で身ごもったダーリンの母親は婚外の子供という事実を隠していたのでダーリンは心臓病で亡くなる5年前の32歳まで母親を姉だと信じていたそうです。
この"Up a Lazy River"はクラリネット奏者のSidney Arodin(シドニー・アローディン)が作曲しスターダストで知られるHoagy Carmichaelが1930年にアレンジしたスタンダード曲です。 ボビー・ダーリンは1961年に吹き込みましたが1956年にはロカビリーのGene Vincent(ジーン・ヴィンセント)が78回転シングル・レコードの他、アルバム「Bluejean Bop!」に収録しています。

1958年に芸名をダーリンに変えてから、自分で作った1958年の"Splish Splash (スプリッシュ・スプラッシュ)"や"Dream Lover (ドリーム・ラヴァー)"のヒットからティーンズ・アイドルとなりましたがその人気に甘んじることなく、1960年の"Beyond The Sea (ビヨンド・ザ・シー)"でポップス・スタンダード歌手として念願のクラブ"コパカバーナ"に出演し、本格的なエンターティナーへの階段を登ります。 1960年はボビー初出演の映画「9月になれば」で共演したサンドラ・ディーとの結婚などと激動の年となります。 その後も"Clementine(いとしのクレメンタイン)"、"Lazy River(レイジー・リバー)"、"Things(初恋の並木路)"、そしてケネディ時代に政治活動に傾倒し当時流行りのフォーク歌手の一人だったTim Hardin(ティム・ハーディン)とのコラボで"If I Where A Carpenter(この小さな願い)"や、両親に捨てられて生きるために造花を作って売る9歳の少女を歌ったArtificial Flowers(アーティフィシャル・フラワーズ)などとヒット曲を飛ばしました。
突然の母親ポリーの死、葬儀で再び少年が登場し、一転して白黒画面、テレビ番組で"Mack The Knife(匕首マッキー)"を歌うボビー・ダーリン。

Charles Trenet(シャルル・トレネ)が歌うフランス語の"La mer(ラメール)"が流れ、ボビーの映画スターとしての幕開けが描かれます。 姉のニーナと夫のボビーのマネージャーでもあるチャーリーと共にイタリアでの撮影現場へ、ここでも少年が顔を覗かせます。 この撮影でアイドルのサンドラ・ディーをストーカーのごとく追いかけて口説くボビー・ダーリンは英語で"Beyond The Sea (ビヨンド・ザ・シー)"を歌います。 二人がスクーターで取材を抜け出してローマでデートするシーンでは"Dream Lover (ドリーム・ラヴァー)"が流れます。 ステージ・ママの反対を押し切ってボビーとの結婚を承諾したものの結婚生活におののくサンディを納得させたのはボビーがベッドに置いた剣でした。 もっともその誓いの剣はすぐに取り払われて二人は息子を授かります。 しかしアイドル同士の結婚生活、ボビーはナイトクラブのコパ(コパカバーナ)に夢の出演が決まり、人種偏見のあるクラブオーナーのポリシーに反して前座に黒人コメディアンを起用することを納得させます。(1967年にジム・クロウ法は撤廃) コパの入り口のポスターがシナトラからボビーに変わるところが笑える。 初舞台では二人の女性、母親のポリーと新妻のサンディに賛辞を与えるダーリンに姉のニナは嗚咽します。 忙しくツアー公演に飛び回るボビー、このシーンではスキャット入の"That's All"、この後の"Fabulous Places"を歌うシーンではボビーは酸素吸入器を手に、サンディはアルコールのグラスを手に。 歌うのが人生のボビーに家庭に戻って欲しいサンディ。 1963年のボビー・ダーリンがジム・トンプキンス伍長で出演した軍医を描いた戦争映画の「Captain Newman, M.D.(ニューマンという男)」でアカデミーの助演男優賞にノミネートされたものの受賞を逃したこともあり若い二人は子供の喧嘩。(このシーンのBGMはCharade)

そんなこんなで、ダーリンはちょっとの間パパとして家庭に戻りますが、その間に音楽業界は様変わり、時代はベトナム戦争、反戦歌(フォーク・ソング)が流行りだします。 こんなおり、姉のニナが突然ボビーの過去を話すのです。 ボビーの母親ポリーの真実を。 ポリーはボビーの母親ではなくニナの母親でニーナはボビーの姉ではなくボビーの母親だと。 ここでポリーと少年の対話。 少年とボビーは見つめあう。 父親は誰なんだ! 自分のアイデンティティーが音をたてて崩壊するのを感じたボビーはカツラを外し、すべてのカツラとレコードをゴミ袋にぶち込むとキャンピングカー生活を始める。 これ以降は髪の薄いケヴィン・スペイシーが地のままでボビーを演じています。 命が短いとステージに戻ったボビーはヒゲをたくわえギターを抱えて歌うも観客は以前のポップスを望むのです。 心臓の手術を受けた後の誕生日パーティにニナやサンディや子供と会いったボビーは伝説のエンターテイナーとして再びクラブに出演します。 曲はボビーが1969年に書いた"Simple Song Of Freedom(自由の広場)"、客席も手拍子で盛り上がる。 が、ボビーは楽屋に戻ると酸素吸入。 そして客席にいるニナを初めて母親として観客に紹介するボビーは最後に喜劇作家のSol Weinstein(ソル・ワインステイン)がボビーのために1962年に書いた"The Curtain Falls"を歌います。(ボビーが何年間もステージの最後に歌った"The Curtain Falls"は1963年のアルバム「Live at the Flamingo」や「Live from Las Vegas」に収録)

マスクを装着して病院に搬送されるボビー、照明が音を立てて落ちる時、「まだ終わりじゃない」と少年が現れる。 ステージのボビー・ダーリンとボビー少年との対話、ダーリンとボビー少年が歌い踊る曲は"As Long as I'm Singing"(少年を演じるWilliam Ullrichは芸達者)
最後はボビー・ダーリン( Kevin Spacey and The John Wilson Orchestra)が"Some of These Days"を歌う映像にエンディング・クレジット。
Memories are like moonbeams...


2005年発売の日本語字幕版DVD
Beyond the sea DVDビヨンドtheシー ~ 夢見るように歌えば ~

「ビヨンド the シー 夢見るように歌えば」のサウンドトラック
Beyond the seaBeyond the Sea Soundtrack
試聴ができるサントラは「Beyond The Sea O.S.T. (US Release)」(ASIN: B00A90D4G8)


ケビン・スペイシーの次の出演予定にケイト・ボスワーズがロイス・レイン役で出演している2006年の「Superman Returns(スーパーマン リターンズ)」があります。 スーパーマンの強敵である悪役のLex Luthor(レックス・ルーサー)を演じます。 この役についてケビン・スペイシーが述べたところによると実業家のKen Lay(ケネス・リー・レイ氏)をイメージしたとかで本当にクリクリ坊主になっています。 クリストファー・リーヴのスーパーマンの続編という「スーパーマン・リターンズ」はアメリカで2006年10月公開。
クラーク・ケントが留守にしていた我が家に5年ぶりに帰宅して見たものは、さて。
ここで訃報デです。 2001年の経営破綻で大騒ぎだったEnron(エンロン)元会長のKen Lay(Kenneth Lee/ケン・レイ氏)が2006年7月5日に心臓発作(自殺説有り)で急死。


☆ボビー・ダーリンが歌う"Mack The Knife"を始め映画のテーマ曲やジャズのスタンダードのカバー、そしてもちろん、"ビヨンド・ザ・シー"が収録された人気のアルバムは「ビヨンド・ザ・シー~伝説のボビー・ダーリン(CCCD)
(CCCD(Copy Control CD)とは、コンピュータに搭載されているCD-ROMドライブ等での読み込みに制限をかけた音楽CD)


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