ペレス・プラード Perez Prado

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Lo Esencial Perez Prado
Lo Esencial - Dámaso Pérez Prado
El Rey del Mambo: Dámaso Pérez Prado (1916 - 1989)

¿Quien inventó esa cosa loca?
マンボはキューバ生まれのマンボの王様「Dámaso Pérez Prado(ペレス・プラード)」の発明です?
米国の黒人(アフリカ系)ではなくキューバ出身のミュージシャンであるペレス・プラードはキューバのインテリ家庭に育ったらしい幼少時代からクラシックのピアノを学んでいたそうです。 1940年代にハヴァナのクラブのピアノ弾きになりましたが、ピアニストだから作曲もこなしました。
アルバムの収録時期からしておそらく1957年頃に作られたFireworks(花火)という曲ではドラミングが花火の打ち上げのように鳴り響くように、マンボはペレス・プラードが水や風や花火などの自然のサウンドを取り入れてルンバに似たアフリカ色の濃いマンボのリズムを創り出したのだとか。(この説には色々と異論があるようです)
でも、この説には何の間違いもありません。 ペレス・プラードは世界中にマンボのリズムを広めました!

Dámaso Pérez Prado(ペレス・プラード)には同じく音楽活動をしていたPantaleon Perez Pradoという弟がいて1960年代頃はもっぱらヨーロッパで公演していたそうですが、1950年代には"マンボの王様"というタイトルの使用については裁判沙汰にもなったとか。
昔は""ペレス・プラド"と呼んでいた記憶があります。

Pérez Prado & Benny Moré
ペレス・プラードが生み出したマンボは当時のキューバでは流行りませんでしたが、メキシコへ渡って自分のバンドを結成して成功し、「Glenn Miller of Mexico(メキシコのグレン・ミラー)」と呼ばれてメキシコ映画にもたくさん出演しました。 後の大ヒットに繋がった1949年のメキシコでの初レコーディング当時、ペレス・プラードが作曲したQué Rico El Mambo(エル・マンボ又はマンボ・ジャンボ)やMambo No. 5(マンボ・ナンバー5)などをプラードの楽団で歌っていたのはペレスプラドがメキシコで出会ったのがBenny Moré(ベニー・モレ)だそうです。 El Barbaro Del Ritmo(リズムの野生児)という別名を付けられたベニー・モレはアメリカ市場を狙ったプラードと別れて本国のキューバに帰って、キューバの国民的歌手といわれるようになりました。
※キューバでは1990年代終わり頃からサルサの神様のようなベニー・モレの名を冠したFiesta de Benny More(ベニーモレ)音楽祭というのが開催されているそうです。 ちなみに同じキューバ発祥のリズムでもニューヨークやヨーロッパで流行ったチャチャチャは主に白人に人気があったようです。
Benny Moré aka El Barbaro Del Ritmo - Ya Son Las Doce (Guaracha - mambo)- YouTube

Perez Prado & Stan Kenton a la mambo
1952年のこと、当時アメリカで人気のビッグバンドのバンドリーダーの一人「Stan Kenton(スタン・ケントン)」の大ファンだったペレス・プラードはマンボをアメリカのスウィングに近づけようと成功を目指して渡米し、スタン・ケントン楽団に曲を持ち込んだところ、スタン・ケントンの方がマンボ狂になってしまったそうでTaboo (Tabu)などマンボの曲をたくさん演奏しています。 ペレス・プラドもキャバレーTropicanaの専属バンドであるTropicana Orchestraのリーダー「Armando Romeu Gonzalez(アルマンド・ロメウ・ゴンザレス)」作曲によるというMambo a la Kenton(ケントン風マンボ)という曲を演奏しています。
Damaso Perez Prado - Mambo A La Kenton - YouTube
アルマンド・ロメウは自ら点字を学んで数年前に亡くなったキューバン・ジャズの盲目のピアニストであるFrank Emilio Flynn(フランク・エミリオ・フリン)が楽譜を読めるように支援したミュージシャンだそうです。 プラードのマンボは最初アメリカではニューヨークのプエルトリコ人向けラジオで流されそれからロスアンジェルスの白人が聴くようになって1950年には大流行となったのです。 英語が全く話せないペレスプラードでしたがボデイランゲージを交え、スペイン語で書かれていても楽譜は世界共通語!と雇った白人ミュージシャン達にプラード手書きの楽譜で演奏することを強いたので読むには照明が暗かったこともあり笑えるようなな間違いもあったとか。
Perez Prado & Xavier Cugat
あちこちツアーして1954年には当時はラテンの王様だった憧れのXavier Cugat(ザヴィア・クガート)楽団のいるStarlight Roof of the Waldorf-Astoria Hotelに到達しました。 ミラーボールが煌く広間に真っ赤やロイヤルブルーの上着に金色のトリミング&ピンクのタイ! Rrrr--- ラッテン・グルーヴ!

Cereza Rosa
シャンソンのGuaglione(ガリオーネ)など何でもマンボにしてしまうペレス・プラードですが、渡米した1955年にアメリカでチャートインしたのは英語タイトルが"Cherry Pink And Apple Blossom White/Cerri Pink And Apple Blossom White"というCereza Rosa(セレサ・ローサ)でした。 シャンソンの作曲家であるLouiguy(ルイギ又はLouis Gugliemi/ルイ・ガリェーミ)とJacques Larue(ジャック・ラリュ)作詞の"Cerisier Rose et Pommier Blanc(バラ色の桜んぼと白いリンゴの花 )"はAndré Claveau(アンドレ・クラボー)の1950年のヒット曲ですがこの曲をちょっと扇情的なマンボにアレンジしています。 この曲は1955年のJane Russell(ジェーン・ラッセル)主演の映画「Underwater!(海底の黄金)」のテーマ曲として使用されました。
その後も1958年に「Patricia(パトリシア)」がチャートインしましたが60年代にはロックンロールの波に押されてペレス・プラードはキューバに帰ってしまいました。
ListenCherry Pink and Apple Blossom Whiteが聴けるpatchy's the Satin Smoothies Jukeboxesのjuke#1(左のジュークボックスをクリックして別窓の上から8番目)
Perez Prado - Classic Jazz On Line.com(検索窓にCherry Pink And Apple Blossom White又はPerez Pradoと入力、タイトルをクリック)

どの曲を選ぼうと、ペレス・プラードの音楽は椅子に座って聴くなんてことは出来ません! 身体がひとりりでに動き出しマンボのステップを踏んでしまいます。

La Llorona Loca
ペレス・プラードが50年代にメキシコで出演した映画は10本以上ありますが、1951年の「Del Can-Can al Mambo(カンカンからマンボまで)」では、メキシコの名テノール歌手のPedro Vargas(ペドロ・ バルガス)と共に主役級で出演し、Que Rico Mambo、Mambo en SaxやMambo Baklanなど5~6曲を演奏しています。 その19世紀のカンカンと20世紀のマンボを類推しているコメディの中で、実際にはTony Camargoが歌っているコロンビアの歌「La Llorona Loca(ラ・ジョローナ・ロカ=狂った泣き女)」はペレス・プラードが口パクをしていたり、ピアノを弾いたりします。 日本では人気のあったTrio Los Panchos(トリオ・ロス・パンチョス)も出演しています。
Orquesta de Perez Prado - "La Llorona"- YouTube

Mambomania!
1950年代にはそれまでのルンバに代わってニューヨーク中の誰もがマンボを踊るようになり、ヒスパニックには容易なダンスも白人エリートにはリズムが取りにくく、当時有名なダンサーのKatherine Dunham(キャサリン・ダンハム、Katerine Duncanではない)のダンス学校に習いに行ったそうで、そこが一種の上流階級の社交場になったそうです。 キャサリン・ダンハムの舞踏団には若きEartha Kitt(アーサー・キット)が参加して欧州ツアーに同行しています。

Mambo with Silvana Mangano (1954)
ペレス・プラードは出演していませんが上述のキャサリン・ダンハムが出演する「Mambo(マンボ)」はセミ・ミュージカル映画です。 Robert Rossen(ロバート・ロッセン)が監督し、Carlo Ponti(カルロ・ポンティ)が制作に携わったそうですが、イタリアのグラマー女優であるSilvana Mangano(シルヴァーナ・マンガーノ)と「Anna(アンナ)」で共演したVittorio Gassman(ヴィットリオ・ガスマン)がカップル役で出演しました。 たしかに映画の冒頭に舞台でシルヴァーナ・マンガーノがセクシーなマンボを踊ります。 これとは別の映画「アンナ」の方でシルヴァーナ・マンガーノが歌った主題歌はマンボではなくてBaião(バイヨン)でした。 1955年のミュージック・ライフ誌におけるSPレコード部門で3位だったのが1951年の「アンナ」の主題歌の"El Negro Zumbon"で前年には第1位で、作曲はイタリアのArmando Trovajoli又はArmando Trovaioli(アルマンド・トロヴァヨーリ)が別名のRoman Vatro(ロマン・ヴァトロ)として作曲したそうで、ロマン・ヴァトロはGiordano Franco(フランコ・ジオルダーノ)と組んでソフィア・ローレンが歌った"Mambo Bacan"も作っていますがトロヴァヨーリの方は"There Is A Star ...."を作っています。(歌のタイトルにある"El Negro Zumbón"とはひょうきんな黒人男といった意味?) その時ペレス・プラード楽団のマンボNo.5が1位でセレソ・ローサが2位だったそうです。
ちなみにバイヨン(バイオーン)という言葉のオリジンはポルトガルでブラジル北東部のサンバに近い軽快なダンスリズムがヨーロッパで流行ったらしいです。 日本で有名な曲というと1952年に Percy Faith(パーシー・フェイス)楽団が録音したハプシコードとコンガの組み合わせが前衛的な"Delicado(デリカード)"でしょうか。
タイトルがなぜマンボなのか疑問に思った映画「マンボ」はその当時の日本にしては早い公開で1955年に上映されていますがこの映画をリアルタイムでご覧になった方はおられるでしょうか。 ちなみに映画「マンボ」の音楽は1954年に名作と呼ばれるFederico Fellini(フェデリコ・フェリーニ)が監督し、Anthony Quinn(アンソニー・クイン)が主演した「La Strada(道)」でも音楽を担当したNino Rota(ニーノ・ロータ))も関わったそうです。

Mambo Et cetera
アメリカでは早々と廃ったかにみえたマンボでしたが、日本では昭和20年代後半からボチボチ聴かれ、昭和31年(1956年)に来日したペレスプラド楽団がきっかけとなりブレイク。 この年に刊行された石原慎太郎の「太陽の季節」に触発されたアロハシャツ姿の太陽族の流行とも相まってパッチ風のマンボズボンを穿いてグラサン姿のマンボ族なるアプレな若者たちが出現しました。(当時1950年代には破廉恥と呼ばれました)
天下の美空ひばりでさえ1952年(昭和27年)に"Omatsuri Mambo(お祭りマンボ)"を歌い、1953年にはトニー谷がソロバンを振りながら"アイブラユー!"と"さいざんすマンボ"を宮城まり子と歌った他にも笠置シヅ子、江利チエミ、織井 茂子、渡辺はま子、胡美芳(Hu Mei Fang)までもナンセンスな歌詞で歌うマンボ人気は60年代まで続きました。 当時はラテンの異端児のマンボを言うに及ばず、タンゴ、ルンバ、ボレロ、ビギンなどのラテン調の歌謡曲が流行歌としてもてはやされました。(歌詞は陳腐なれどリズムは最高!)
アメリカでもスイングバンド(スウィング・ジャズ)のStan Kenton(スタン・ケントン)やBilly Mays(ビリー・メイ)やビバップのDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)なども好んで演奏し、Sonny Stitt(ソニー・スティット)までも"Blue Manbo"と"Cool Mambo"を発表、そしてなんとMisty(ミスティ)のErroll Garner(エロール・ガーナー)が演奏した"Mambo Errol"なんていうのもありました。 演奏だけでなく、1954年に大ヒットしたVaughn Monroe(ヴォーン・モンロー)の"They Were Doin' Mambo"を始め、Rosemary Clooney(ローズマリー・クルーニー)の"Mambo Italiano"やPerry Como(ペリー・コモ)の"Papa Loves Mambo"などジャズやポップスの歌手たちもこぞってマンボを歌ったのでした。 ウーッ!

☆1960年の東京国際劇場に於けるペレス・プラードの実況録音LP盤(日本VICTOR LIVING STEREO SHP-5069)とRCA Camden盤について書かれたブログ「忘却とは忘れ去ることなりき・・・」内のPrado in Japan, 1960
私はこの浅草の国際劇場で1960年以前にSKD(松竹歌劇団)東京踊りは観に行きましたがプラードの公演を観ていないのが悔しいです。 下記のコメント欄にもプラードの国際劇場公演盤について書かれています。

The Original Mambo Kings
Armand Assante(アーマンド・アサンテ)とAntonio Banderas(アントニオ・バンデラス)が共演した1992年のアメリカ映画「The Mambo Kings(マンボ・キングス/わが心のマリア)」では、キューバからニューヨークに出て来たマンボ兄弟の葛藤を描いたミュージカルです。 ちなみにセクシーなアントニオ・バンデラスはスペイン映画出身の俳優でこの「マンボ・キングス」がハリウッド映画デビューとなったそうです。 これ以降マッチョで濃い役柄で活躍していますが、過去に1982年の「Laberinto de pasiones(セクシリア)」や1986年の「Matador(マタドール)」や1987年の「Mujeres al borde de un ataque de nervios (神経衰弱ぎりぎりの女たち)」などでバンデラスと組んだスペインのPedro Almodóvar(ペドロ・アルモドバル)監督がフランスのハードボイルド作家のThierry Jonquet(ティエリー・ジョンケ)の小説「Tarantula」(ISBN-10: 1852428953)を映画化した2011年の「La piel que habito(The Skin I Live In)」に出演してまだまだ健在。(邦題は"私が、生きる肌") ちょっとAlida Valli(アリダ・ヴァリ)が出演した「Les Yeux sans visage(顔のない眼)」のような怖い内容です。
兄を演じたアーマンド・アサンテはデミ・ムーア主演の「素顔のままで」にも出演しています。
「マンボ・キングス」で使用されたプラードの曲を集めた1992年リリースのアルバム「The Mambo Kings Original Motion Picture Soundtrack」(MP3アルバムの試聴はASIN: B00ALRXI60)はプラードの曲を他の演奏者で収録したものです。
映画ではBeny More(ベニー・モレ)の"Como Fue"や、"Mambo Diablo"がお得意のラテンの大御所であるTito Puente(ティト・プエンテ)"も自身の役で登場し"Cuban Pete"などを演奏しました。 アントニオ・バンデラスが歌ったLOS Lobos(ロス・ロボス)の"Beautiful Maria Of My Soul"という曲が印象的でした。
The Crew Cuts(クルー・カッツ)のSh-Boom(シュブーン)は収録されていませんが、OST(オリジナルサウンドトラック)「The Mambo Kings」にはアントニオ・バンデラスの"Beautiful Maria of My Soul (Bella Maria de Mi Alma)"をはじめ、Celia Cruz(セリア・クルース)が歌った"Melao De Cana(砂糖キビ汁の意味)"、ティト・プエンテの"Cuban Pete"や"Ran Kan Kan"など16曲が収録されています。

Perez Prado plays Mucho Mambo para Dançar
ペレス・プラードのLPデビューはヴィクターで1951年に録音したLP盤の「Mucho Mambo」で、アメリカでのシングル・ヒットになった"Que Rice El Mambo"から1年後のことだったそうです。 収録曲目はBabarabatiri、Pachito e Ché、Oh Caballo、プラードの定番曲となるMambo No. 8とMambo No. 5、そしてお決まりのトランペット・ソロが鳴り響く"Pianolo"の全6曲です。(BabarabatiriとPachito e Ché以外は全てプラードの作曲だとか)

Jazz a la Mambo!
1993年リリースのアルバム「The Original Mambo Kings: An Introduction to Afro-Cubop」はAfro-Cuban Suiteに代表されるCubop(キュウバンとビバップ)と呼ばれるラテンジャズが一時流行りましたが、ディジー・ガレスピーのためにChico O'Farrill(チコ・オファリル)により編曲された有名な"Manteca Suite"の他、ラテンの王様でマラカスのMachito(マチート)の曲が収録されています。 トランペットがQuincy Jones(クインシー・ジョーンズ)、テナーがHank Mobley(ハンク・モブレー)など、ドラムがBuddy Rich(バディ・リッチ)、トロンボーンがJ.J. Johnson、アルトがCharlie Parker(チャーリー・パーカー)などなどと豪華メンバーです。 パーカーと共演したMachito & his Orch(マチート楽団)のヴァーヴ録音には「Machito - Afro-Cuban Jazz」シリーズのLP「Afro-Cuban Jazz Suite: Mambo」のI(Pt. 1)やII(Pt. 2)などがあります。
マチート楽団やチャーリー・パーカーなどが演奏するラテンナンバーの試聴はOriginal Mambo Kings: An Introduction to Afro-Cubop - CD Universe

スタン・ケントンがマンボ好きでShorty Rogers(ショーティ・ロジャーズ)もご同様に自身が編曲したWuayacañanga SuiteをメインにDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)作曲のラテンジャズの名曲で、スペイン語ではLard(ラード)又はGrease(グリース)という意味の"Manteca"をテーマにアフロ・キューバン音楽のアルバム「Manteca」を1958年にリリースしています。ビッグバンドのリーダーとしてのショーティ・ロジャーズは主にflügelhorn(フリューゲルホーン)を演奏し、ドラムがShelly Manne(シェリー・マン)で、Carlos VidalやModesto Duranなどのラテン・パーカション奏者をフィーチャーしています。
Manteca: Afro-Cuban Influence(試聴はManteca Afro-Cuban Influence - CD Universe

Best of Perez Prado: The Original Mambo #5
El Mambo(エル・マンボ)をはじめ人気の曲が満載のこのペレス・プラードのアルバムで貴方はマンボ通!
The Best of Pérez Prado: The Original Mambo No. 5The Best of Pérez Prado: The Original Mambo No. 5
試聴はThe Best of Pérez Prado: The Original Mambo No. 5 - Amazon.com
Mambo a la KentonやMarilyn Monroe Mamboの他、ディズニーのトリビュートでHeigh-Ho(のThe Dwarfs' Marching Song白雪姫と七人のこびと)などが収録されています。
私の好きなFireworks(花火)という曲はなぜか滅多に見つかりませんが「Prez」(デジタルのMP3アルバムもあり)や「Greatest Hits」などに収録されています。
☆"花火"の試聴はPrez Prado & His Orchestra - Fireworks (Prez) - Amazon.co.jp (MP3 Download)


Pérez Prado Plays Taboo...Don't Do!
ペレス・プラードのマンボの曲で私が好きなのは沢山ありますが、特にエキゾチックな演奏のタブー(タブウ)は格別です。
タブーの他にペレス・プラード定番のMambo No. 5(マンボ5番)やMambo No. 8(マンボ・ナンバー8)をはじめ、La Macarena(マカレナの乙女、もしくは斗牛士のマンボ又は闘牛士のマンボ)、Cerezo Rosa(セレソローサ)、そしてBesame Mucho(ベサメ・ムーチョ)、Quizas, Quizas, Quizas(キサスキサス)、Quien Sera(キエンセラ)やHistoria de un Amor(ある恋の物語)などPerez Prado Orchestra(ペレス・プラード・オーケストラ)演奏のラテン・スタンダードが収録されていた「The Best of Mambo」は現在は入手困難です。
エル・マンボ(マンボジャンボ)など全20曲が試聴できる国内盤「ベスト・オブ・ペレス・プラード」では"ちょっとだけよ"風タブーの他、日本でもヒットしたお馴染みの曲が収録された「ベスト・オブ・ペレス・プラード」(ASIN: B00006BGNP)
Mambo Jambo! ちんぷんかんぷん!

Big Hits By Prado
1960年にRCAからリリースされたペレス・プラードの人気LP盤はCD化されていないようですが、12曲収録のMP3アルバムが試聴できます。
Big Hits By Prado - Amazon.co.jp (MP3 Download)
2001年の2枚組み輸入盤「Lo Mejor de lo Mejor」(ASIN: B00000JQJM Amazon.comで試聴)には定番のマンボ曲の他にSkokiaan(スコキアン)やAnna (El Negro Zumbon)など全40曲が収録されています。

Mambo Ni Hablar
2004年の映画「Shall We Dance?(シャル・ウィ・ダンス?)」で使用されたということですが、画像はペレス・プラードの"Mambo Ni Hablar(マンボ 問答無用)"!が収録されているアルバムですが、現在は入手困難でMP3 ダウンロードしかありません。(ASIN: B00000JTDZで曲目リストは見られます)
Perez Prado [Best of] - Mambo Ni HablarPerez Prado
Perez Prado - Mambo Ni Hablar (Mambo No. 5 (The Very Best of Perez Prado) - Amazon.co.jp (MP3 Download)
"Ni Hablar"はQue Rico el Mambo、Patricia、Corazon de Melon、Mambo No. 5、Cerezo Rosaなども収録されているアルバム「Hall Of Fame: Historia Musical」(ASIN: B0002SPPEG)の他にはヴィクターエンターテイメントの「PEREZ PRADO DELUXE 1. MAMBO SUCCESS(ペレス・プラード全集 (1) これぞマンボ!)」、「VOL.2―世界のマンボ」、「VOL.3―哀愁のマンボ」、「VOL.4―ビバ!マンボ」に全77曲収録した4枚組セットではタブーは私の好きなバージョンではないのですが、この「VOL.6―これぞマンボ!」には他には何処にも見つからない珍しい"Huapango De Perez Prado(ペレス・プラードのウアパンゴ)"が収録されています。(ウアパンゴとはペレス・プラードが大成功を収めたメキシコの伝統民謡です)


1955年にリリースされたPerez Prado And His Orchestra(ペレス・プラード楽団)のアルバム「Havana 3 AM」(Mambo Mania - EP)は2001年発売の試聴ができる12曲収録のアルバム「ハヴァナ・午前3時」(ASIN: B00005IX2B)などがありますが、現在2014年発売の14曲収録のMP3アルバム「Havana, 3 a.m. (Original Album Plus Bonus Tracks 1955)」(ASIN: B00LV1BKYM)では"Mosaico Cubano (Cuban Sketch Mosaico Cubano [キューバ幻想曲])"をはじめ、ボーナストラックのSkokiaan(スコキアン)とMambo en Sax(サックスのマンボ)が試聴できます。

Lo Esencial Perez Prado
ページトップの画像は定番曲の他に"Caballo Negro(黒馬マンボ)"などを収録して2005年に発売されたアルバムの「Lo Esencial Perez Prado」です。(時々品切れ)
Mambo No. 5、Mambo en Sax、Que Rico el Mambo、Mambo No. 8、Mambo a la Kentonなどの定番が収録されています。
♪ 試聴はEsencial Perez Prado - CD Universe
国内盤の試聴は類似したアルバムの「ペレス・プラード楽団 - Amazon.co.jp 」(「ミュージック・マエストロ・シリーズ マンボの王様、ペレス・プラードの全て~マンボNo.5」と同じマラカスを持ったカバー画像)

ペレス・プラード全集 CD
「ポピュラー定番大全集」というペレス・プラード全集がありますが、類似した2008年発売の2枚組みCD「ペレス・プラード全集~マンボNO.5」(ASIN: B0011E92XK)には定番曲を網羅してタブーなど全29曲が収録されています。 カバー画像が類似したCDには「ある恋の物語~ベスト・オブ・マンボ ペレス・プラード(The Best of Mambo)」(ASIN: B000051T6N)がありますがこちらは20曲収録の1枚単品です。

Our Man in Latin America - Perez Prado
1963年(もしくは1967年)にRCA Victorからリリースした「Our Man In 」シリーズのLP盤レコード「The Best of...」ではキューバの代表的なソンや、哀愁を帯びたプエルトリコのボレロやメキシコやチリのカンシオンなどを当時流行のチャチャチャやツイストやボサノバなどにアレンジし、"Tico-Tico-No Fubá"で聴けるようなBongosonという新しいリズムを紹介しています。 ボサノヴァにアレンジしたCanto Siboney、ルンバにアレンジして豆売り行商の奴隷の悲哀を歌ったEl Manisero(The Peanut Vendor/マニセロ)、BongosonにアレンジしたEstrellita Del SurやGuadalajaraなど12曲を収録しています。(LP盤はASIN: B00331JLQ2 Amazon.com)

ペレス・プラード楽団 奇蹟の映像コレクション VHS
ペレス・プラード楽団 の映像が観られる1994年のカラーVHSビデオ「マンボの王様/ペレス・プラード・ショウ」は「ペレス・プラード楽団/奇蹟の映像コレクション(1) マンボの王様~ペレス・プラード・ショウ」(ASIN: B00005N455)というビデオが存在するらしい。 聴いたこともない「工業学校生のマンボ」、「大学マンボ」、 「マンボ黒馬」など20曲ほどを主六してあり、この他にインタビューやペレス・プラードの葬儀の映像が収録されているそうです。


Audio-Visual Trivia内のペレス・プラードに関連した記事
Mambo a la Kentonのスタン・ケントンについてはジューン・クリスティ
ラリー・クリントンについてはラリー・クリントンとビー・ウェイン
ペレス・プラードのMambo Ni Hablarについては映画「シャル・ウィ・ダンス?

☆ペレス・プラードのTaboo(タブー)についてはAudio-Visual Trivia内のTaboo
☆チェ・ゲバラの葬儀で流れたペレス・プラードの組曲(Theme Of Two Worlds)についてはVoodoo Suite & Exotic Suite of the Americas