ヒッチ・ハイカー The Hitch-Hiker (1953)

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Hitch-Hiker (VHS) [Import] The Hitch-Hiker (DVD)
The Hitchhiker VHS The Hitchhiker DVD
Frank Lovejoy as Gilbert, Edmond O'Brien as Roy, and William Talman as Emmett: the hitch-hiker

The Hitch-Hiker (1953)
これは拳銃を持った逃亡者と自家用車ごと乗っ取られた二人の男たちの実話です。 次の犠牲者は、貴方かも。 なぜならヒッチハイカー殺人は実際に起こった事件だからです。 この犯罪映画「ヒッチ・ハイカー」では休暇でメキシコへの魚釣り旅行の途中に期せずして逃亡者を乗せてしまった二人の男の恐怖を描いています。
B級映画の"RKO Radio Picture"が配給元だった1953年のサスペンス映画「ヒッチ・ハイカー」は日本未公開でしたが、1950年初めに実際に起こった事件を元にして女性監督のIda Lupino(アイダ・ルピノ)が映画化した第一作目のFilm noir(フィルム・ノワール)といわれています。
※フィルム・ノワールとはフランス語で"黒い(暗い)映画"という意味ですが、1940年代後期から1950年代のハリウッド映画の中でも犯罪ものを指しそうです。 1930年代のアメリカの恐慌時代に始まった道徳的には如何わしくてセクシーな刺激を強調したハードボイルド映画に端を発しているそうです。 ですが「ヒッチ・ハイカー」はノワール映画であってもフィルム・ノワールに付きもののセクシーなファムファタルは登場しません。 なぜなら従来のノワール映画に付き物の悪女を取っ払おうとファムファタルが監督する側に回ったからです。 ちなみに「ヒッチ・ハイカー」のフランス語のタイトルは「Le Voyage De La Peur("恐怖の旅"の意味)」でイタリア語では「La belva dell'autostrada("ハイウエイの獣"という意味)」
脚本も映画やテレビの脚本を手掛ける女性作家のLucille Fletcher(ルシル・フレッチャー)ですが、原案は映画の脚本も手掛けたDaniel Mainwaring(ダニエル・メインウォーリング)でした。
作品の題名が同じでも当然のこと、1971年の「Willy Wonka & the Chocolate Factory(夢のチョコレート工場)」や「Fantastic Mr.Fox(すばらしき父さん狐)」の原作者であるRoald Dahl(ロアルド・ダール)が1977年に書いた短編集(アンソロジー)「New Roald Dahl's Collection of Short Stories - Mameria Princess(マメリア女王)」に収録されている"The Hitch-Hiker(ヒッチハイカー)"とは全く関係ありません。(こちらはベンツの新車でロンドンにドライブする途中に乗せた指の細工師のヒッチハイカーにのせられてスピード違反した作家の話。(落ちは作家の持ち物以外に車を止めた警官の手帳まで擦て御咎めはなし) 参照 The Hitchhiker.doc)
Roald Dahl's Short Mysteries
ロアルド・ダールのHitch-Hikerは1996年に出版された「ロアルド・ダール短編集」の「2」(ISBN-10: 4888961328)(ISBN-10: 488896131X)に収録されているようです。 Mrs Bixby and the Colonel's Coat、The Way up to Heaven、The Boy who Talked with Animals、The Wish、Galloping Foxley、The Hitchhikerが納められているらしいですが、他には鷹書房弓プレスから日本語訳で「ダール傑作短編集 The Hitch-Hiker and Other Tale」(ISBN-10: 4803411212)という単行本に納められています。(青い表紙で価格は1200円ほど) この他、真田時蔵著「An Invitation to English Short Stories(20世紀傑作短編集)」(ISBN-10: 4791900480)にも収められているそうです。 ちなみにロアルド・ダールが1984年に書いた幼少期の自伝的作品「BOY Tales of childhood(少年)」(教授からラクダ呼ばわりされた劣等生時代を綴った短編)から、2014年販売される森永弘司著の「100倍楽しめるダールの物語 - Dahl, Dahl, Dahl!─Reading Funny Tales from Boy」(ISBN-10: 4881986813)という書籍もあります。(ダールの青年時代の自伝は1986年に書いた「Going Solo(単独飛行)」)

映画「ヒッチ・ハイカー」で冷酷非道で精神異常のヒッチハイカーであるEmmett Myers(エメット・マイヤース)を演じたのはWilliam Talman(ウィリアム・タルマン)でした。 狂気のヒッチハイカーを乗せた災難の二人の釣り友達はEdmond O'Brien(エドモンド・オブライエン)が演じたRoy Collins(ロイ)とFrank Lovejoy(フランク・ラヴジョイ)が演じたGilbert Bowen(ギルバート)です。

「ヒッチ・ハイカー」のあらすじ
以下のあらすじには驚くべき結末も書かれているのでこれからビデオをご覧になる方は読まない方が楽しめます。
映画はのっけから恐怖を誘う音楽で始まります。 顔は見せないが一人の男が道路にたち乗せてくれる車を探しているシーンに始まり、1台の車がヒッチハイカーを乗せるシーンに続きます。 その車が止まると車から降りるヒッチハイカーの足が写されると同時に女性の悲鳴と銃声が聞こえます。 車から落ちたバッグから財布を拾うとヒッチハイカーは悠々と立ち去ります。 夜中にシェリフが道路に止まったままの不審な車を懐中電灯で照らすと撃たれた被害者が見えます。 このシーンの後には、既にホシは割れて顔写真も掲載されて大々的に新聞でヒッチハイクを装った殺人者を探す報道がなされたことで国民の知るところとなります。 ところが犯人はなかなか捕まらずにヒッチハイク殺人は続くのです。

Edmond O'Brien as Roy (right) & Frank Lovejoy as Gilbert (left)
Hitch-Hikerこのヒッチハイカー強盗は車は盗まずに強奪するのは運転者の命と所持金だったのです。 逃亡を企てるまでは。 運悪くそんな犯人の次の標的となったのが、アリゾナに住む釣り仲間で男同士でメキシコ(バハ)に釣り旅行に行く予定の自動車修理工場のロイと設計士のギルバートの二人です。 ハンチングを被ったロイと家庭持ちのギルバートが緑色のセダンで目的地メキシコへとドライブ、夜になってメキシコとの国境を越えようとメヒカリに入るとネオン華やかなメキシコ人街を通る。 繁華街の客引きに誘われて女の子と遊ぶつもりの独身者のロイだったが助手席でギルバートが寝て(フリ)いたので仕方なくスルー。 国境に向かって暫く夜道を行くと、出た! ヒッチハイカー! 男が車の側にいたのでロイたちは、「ガス欠かい?」と疑いもせず気軽にその男を車に乗せます。 さきほどの車はオレゴン、カルフォルニアと犯罪を犯した後に犠牲者を置き去りにして逃走しようとする男が乗っ取った車だったのです。 「煙草でもどうだね?」と助手席のギルバートが親切に後部座席を振り返れば、その男の片目は不気味な義眼のよう。 こんな障害を持っているので犯罪者にならざるを得なかったとはこの男の詭弁でございます。
そうです、ラジオのニュースでは犯人の特徴は片目が麻痺して閉じないということです。 後にわかることですが、恐ろしいことにその眠たそうな右目は寝るときも開いているのです。 それよりたまげたのは後ろでリボルバーの銃口が二人を狙っていたのです。 銃口を突きつけた男は突然車を止めろと命令、二人を車から降ろすと身体検査をはじめた。 二人から金目のものを取り上げると次は狩猟用品が積まれたトランクを開ける。 これまでの例だとこれで撃ち殺されてお終いのはずだが車のないヒッチハイカーはアッシーとして利用するつもり。 「撃つのは好きか?」とロイとギルバートに男は訊ねる。 二人が肯定すると恐ろしいことにヒッチハイカーの男は言った。 「俺もだ。」 二人に戦慄が走る。

Hitch-Hiker Gun用心深いが切れやすい男に銃を突きつけられてフェリー乗り場がある鉱山の町Santa Rosalia(サンタ・ロサリア)のまでの逃亡ドライブを強いられたロイとギルバートの二人は平静を装って検問所も通過した。 ひたすら荒野を走り、地図を手に入れたヒッチハイカーの指示通りに進む。 男の目的地はバハカリフォルニア半島から500マイルほど離れたメキシコ(メヒコ)チワワ州にある町"Santa Rosalia(サンタ・ロサリア)"に行くようだ。 その道中に極悪非道のヒッチハイカーは腕前の良いハンターのロイに缶撃ち競争を強いて数百フィート離れて缶を持つギルバートの命を危険にさらして楽しんだりもした。(目的地に到達するまでは命の保障はありそうだが) ヒッチハイカーはカー・ラジオをつけろと要請、するとニュースではヒッチハイク殺人事件を報道していて、白バイとパトロールカーが一斉に出動しハイウエイでは検問が実施されている模様。 これはマズイとヒッチハイカーは二人を脅してメキシコの荒野を野宿をしながら目的地に行くことに。 メキシコ人の村で食料調達のために商店に入ると店にいた小さな女の子にスペイン語が話せるギルバートは何か言ってヒッチハイカーを激怒させる。 意味は「Go you with God, little one.(神とともにあらんことをでしょうか)」

William Talman as Emmett, the hitch-hiker
Hitch-Hiker Emmettたとえ目的地に到達する前でも理由さえ見つければすぐにロイとギルバートを撃ち殺しそうなヒッチハイカーに恐怖を抱いた男たちはなんとかせねばと焦ってもヒッチハイカーは寝ていても片目で見張っていると脅かされている二人はなかなか逃げるチャンスを見つけられない。 ヒッチハイカー事件はアメリカ合衆国側とメキシコ側の警察が合同で捜査を進め、ヒッチハイカーたちは恐らく港からフェリーボートに乗ってメキシコ本土に行くつもりだと踏んだ。 車の振動で壊れたクラクションが突然鳴り始めて止まらない。 修理のために車から降りてボンネットを開けているところにロバに荷を引かせた村人来たる。 身を潜めてやり過ごしたがクラクションの故障の後、今度はタイヤのパンク。 タイヤ交換中にメキシコ人の車が通りがかったがヒッチハイカーは車内に潜んでいるのでロイとギルバートの二人しか見なかった。 検問でバハ警察の警部がこのメキシコ人に見せた写真はヒッチハイカーだけのものだったから、まことに残念。 警部はヘリコプターも出動して空からも捜索を続けている。 非常線が張られた地上では彼らの車から漏れたガソリンを確認した警部がいた。 全体にトロイ捜査に思えてしょうがない。
警察の追っ手は徐々に3人に近づきつつあるようだ。 しかし、それを知らないロイとギルバートは今夜しかチャンスがないと話し合って野宿の最中にエスケープを試みる。 だがそうは問屋が卸さない。 車で追ってきたヒッチハイカーに再び捕らわれた二人。 これ以上ヒッチハイカーを怒らせば命がないと悟ったギルバートはヒッチハイカーに罵倒したロイを故意にパンチで眠らせ運転を交代した。

荒地に着くとヒッチハイカーは二人に荒地を歩かせ廃鉱の古井戸にたどり着いた後、休憩をとっている時、ラジオのニュースでロイとギルバートが行方不明だと放送しているのが聞こえてきた。 スタンドでガソリンを盗んだ時にギルバートが故意に置いてきた結婚指輪が警部の手に渡ったようだ。 それを聞いたヒッチハイカーは急遽計画を変更。 しかし車のガソリンタンクに穴が大きく開いたらしく大量に漏れ出しているしエンジンのクランクシャフトもやられている。 「それなら我々は歩くのだ。」と言い出したヒッチハイカーの言葉で二人の死の行軍はさらに厳しいものとなった。 サンタ・ロサリアまであと数マイル。 二人がカモフラージュ用の釣具と猟銃を手に干上がった地面を歩き出したところに捜索隊のヘリが頭上を飛んで行った。 「歩けないヤツは置いていけ!」と言うヒッチハイカーの言葉にギルバートは右足を痛めて疲労の激しいロイを励まして無理やり歩かせる。 が、再び飛行機が頭上に見えた時、精神状態がもう限界だったロイは大声で叫び出したのだった。 「ここにいるんだ!戻ってきてくれ!」
その頃、バハの警部は古井戸の側にガスが漏れて乗り捨てられた車を見つけていたのだ。 身の丈もあるメキシコ大草原を進んで平地に出た3人はこっちにやって来る車の気配を感じて木橋の下に潜んだ。 警察のジープをやり過ごした後、ある考えが浮かんだヒッチハイカーはロイの服と自分のを取り替えると言い出した。
村にたどり着くとメキシコ人の店に入りスペイン語が話せるギルバートが交渉した。 ギルバートの通訳を信用できないヒッチハイカーは英語が話せる男を探せと言う。 店の奥で寝ていた英語の分かるメキシコ人の男は「釣りにはふさわしくない時期だよ。」と言うが、「ボートはあるだろう? 今夜グアイマスへ行く船が要るんだ。」とヒッチハイカーが大金を投げてやった。 磯に着いた3人だが服を取り替えられたロイは「お前はこの服のように臭い奴だ!」とありったけの罵詈雑言を浴びせる。 ここは怒ったヒッチハイカーに撃たれはしまいかとハラハラするシーン。

Emmett in Roy's clothes -- It's a fair cap., umm...a capture.
Hitch-Hiker last sceneところが、先ほど礼を言ってボートを調達しに出ていったメキシコ人の男は店で両替を済ました後、BUSCADOの掲示板にお尋ね者のヒッチハイカーの写真を見て仰天、警察に電話で通報したのだ。 この急展開から最後までは超特急で突っ走る。 この後のヒッチハイカーが服を交換したロイを先に歩かせる埠頭のシーンでは叙情的なギターの音が聞こえてきます。
「先に歩け!」とヒッチハイカーの服を着せられて痛む足を引き摺って夢遊病者のように歩くロイ。 もし警察が犯人の衣服を着たロイを見つければ銃撃は間違いないだろう。 ギターの音色も相俟って緊張感が高まるシーン。 ロイが埠頭の桟橋の板を渡り出した時、ヒッチハイカーが懸念した通りとなった。 船に潜んでいた警部が発した「Alto! Alto! (止まれ!)」の声と共に銃声が鳴り響いた。 隙を見たギルバートは必死の大乱闘の末、ヒッチハイカーの手から銃を叩き落した。 頼りの拳銃が海に落ちたのを見たヒッチハイカーは気弱になり逃走を試みたがならず。 警官隊に囲まれて逃げ場を失い、とうとうお縄頂戴となった。 犯人と服を交換したロイを取り違えることもなく警察はヒッチハイカーを逮捕することが出来た。
警官に捕らわれて身動きできないヒッチハイカーに今までの恨みを晴らすかのように殴る蹴るの暴行を加えるロイ。
ここまでの緊迫感の連続からするとこの犯人逮捕劇はなんとも呆気ない幕切れだった。(「Johnny Cool(ひとりぼっちのギャング)」くらいの肩透かしを喰らった) きっと逃亡を続けたヒッチハイカーも息切れしたのだろう。 負け犬の遠吠えのように怒りまくるロイをギルバートは優しく宥めてやった。 「もう、大丈夫、終わった。」

The Hitch-Hiker Trailer
「ヒッチ・ハイカー」のトレーラーが観られるThe Hitch-Hiker Trailer - VideoDetective(最初に宣伝あるかも)
The Hitch-Hiker Trailer - YouTube

The Hitch-Hiker Posters
公開当時の「ヒッチハイカー」の映画ポスターは「The 25 Best Movie Posters Ever」で25番中の23位に選ばれたのだそうです。
人気のあったそのハードボイルドな「ヒッチハイカー」の映画ポスター画像が見られるThe Hitch-Hiker Movie Posters - impawards.com
フランス版映画ポスターやルピノ監督の撮影風景など「ヒッチハイカー」の写真が見られるLe Voyage De La Peur Photos -Comme Au Cinéma

The Hitch-Hiker Soundtrack
Original Music by Leith Stevens
犯罪映画「ヒッチ・ハイカー」の恐怖の音楽はLeith Stevens(リース・スティーヴンス)です。 ラジオや映画で使用された音楽を作曲したリース・スティーヴンスはこの後、1955年のJames Dean Story(ジェイムス・ディーン)の突然の事故死を追悼して、Clark Gable(クラーク・ゲイブル)やRock Hudson(ロック・ハドソン)からDennis Hopper(デニス・ホッパー)やNatalie Wood(ナタリー・ウッド)、金髪グラマーのJayne Mansfield(ジェーン・マンスフィールド)まで大勢のスターが出演した1957年のドキュメンタリー「The James Dean Story(ジェイムス・ディーン物語)」や1959年の「The Five Pennies(5つの銅貨)」など1940年代と1950年代にたくさんの映画音楽を担当しました。
私が気になるのはラストシーンで哀愁を帯びたギターの音色が聞こえたのですが何という曲なのかが不明なことです。


The Hitch-Hiker VHS & DVD
ビデオカバーは色刷りですが映画は白黒の「ヒッチ・ハイカー」のDVDです。
トップページの画像は左が2001年に国内で販売された輸入版VHSですが現在は入手困難となりヴィンテージ価格です。 画像は車が故障して徒歩でメキシコ行きを強いられた二人の男がヒッチハイカーの隙を狙って逃走しようとする場面です。(男は片目が閉じないので寝ているのか判断が難しい) 右はアメリカのAmazon.comで2000年に販売されたAll RegionsのDVDですが、日本ではDVDは販売されておらず、ヒッチハイカーが親指を立ててヒッチハイクしている同じ画像なら「Hitch-Hiker (1953) [VHS] [Import]」が国内でも販売されています。


RKO Picture
「ヒッチ・ハイカー」の映画の配給元となっている"RKO"とは"Radio-Keith-Orpheum"の略です。 RKO Radio Pictures(レイディオ=キース=オーフィアム・レイディオ・ピクチャーズ・インコーポレイテッド)は1933年の怪獣映画「King Kong(キング・コング)」と1941年にオーソン・ウエルズが監督及び主演した「Citizen Kane(市民ケーン)」の配給が最も有名な映画会社でしたが、1930年代から1950年代頃まではフィルム・ノワールを含むB級映画の製作会社として、そしてその後は主に映画の配給元となったそうです。 1956年に貫禄十分なアイダ・ルピノが女優として出演しているFritz Lang(フリッツ・ラング)監督の「While the City Sleeps(口紅殺人事件)」もRKO配給だったそうです。 Cary Grant(ケイリーグラント)が主演したAlfred Hitchcock(アルフレッド・ヒッチコック)作品で1941年の「Suspicion(断崖)」や1946年の「汚名(Notorious)」など、Dorothy McGuire(ドロシー・マクガイア)が主演した1945年の「The Spiral Staircase(らせん階段)」や"Nature Boy(ネイチャー・ボーイ)"がテーマ曲に使用された1948年の「The Boy with Green Hair(緑色の髪の少年)」など今となっては有名作品も配給元でしたが、Jane Russell(ジェーン・ラッセル)が出演した1952年の「Macao(マカオ)」や1953年の「The French Line」や1955年の「Underwater!(海底の黄金)」なども配給したようです。


Ida Lupino (1918 - 1995)
Ida Lupinoイギリス出身のアイダ・ルピノは1936年の「One Rainy Afternoon(或る雨の午後)」や1943年の「The Hard Way(虚栄の花)」は別として、1930年代からフィルムノワール映画のファムファタルやギャング映画の情婦役が多かった美人女優ですが、最も知られているのは1941年にHumphrey Bogart(ハンフリー・ボガート)の愛人役を演じて好評を博した「High Sierra(ハイ・シエラ)」でしょう。 この後1942年に「The Petrified Forest(化石の森)」のArchie L. Mayo(アーチー・L・メイヨ)が監督したアメリカ映画の「Moontide(夜霧の港)」でサン・パブロ波止場で働くボボを演じたフランス俳優のJean Gabin(ジャン・ギャバン)と共演しています。
High Sierra 1941 - Film Noir of the Week
アイダ・ルピノは当時は夫だったCollier Young(コリアー・ヤング)と低予算の映画を制作するインディペンデント映画会社を設立しました。 1949年の「Not Wanted」の製作中に期せずして心臓麻痺(脳出血か)を起こしたElmer Clifton(エルマー・クリフトン)監督に代わってアイダ・ルピノが急遽メガホンを取ったことから監督のクレジットはありませんでした。 その「Not Wanted」にはアイダ・ルピノの妹であるRita Lupino(リタ・ルピノ)やSean Penn(ショーン・ペン)の父親であるLeo Penn(レオ・ペン)が出演していました。 エルマー監督は1949年の「Not Wanted」りリース後すぐに59歳で亡くなくなったそうです。
Sally Forrest and Keefe Brasselle in Not Wanted - YouTube
そんなことから「ヒッチ・ハイカー」など1950年代にはアイダ・ルピノが何本かの映画出演の他に監督及び脚本も手掛けたそうです。 1965年にアイダ・ルピノが監督したHayley Mills(ヘイリー・ミルズ)出演の「The Trouble with Angels(青春がいっぱい)」以外は「ヒッチ・ハイカー」を含めて全部日本未公開作品でした。

Edmond O'Brien (1915 - 1985)
「ヒッチハイカー」でRoy Collins(ロイ)役を演じたEdmond O'Brien(エドモンド・オブライエン)はアイダ・ルピノ監督コリアー・ヤング製作の1953年の「The Bigamist(二重結婚者)」でコリアー・ヤングが後に結婚するJoan Fontaine(ジョーン・フォンテイン)と共演しています。 次作となる1954年の「The Barefoot Contessa(裸足の伯爵夫人)」では助演男優賞を獲得したほどの演技派です。 この時代は映画でジャズを取り上げた作品が多々ありましたが、エドモンド・オブライエンが1949年(1950年)に暗黒街の顔役に毒殺された会計士のフランク・ビグロウ役で主演したフィルムノワールの「D.O.A.(都会の牙)」では毒を盛られた場所がジャズで盛り上がる酒場のFisherman(漁夫)でしたが、同年1949年にJames Cagney(ジェームス・キャグニー)主演の「White Heat(白熱)」で大活躍する潜入捜査官を演じました。 他にも1955年には禁酒法がしかれたRoaring 20's(ローリング・ トゥエンティス)を背景にジャズメンとギャングの闘いを描いた映画「Pete Kelly's Blues(皆殺しのトランペット )」で楽団を牛耳るあくどいマネージャーのFran McCarg(フラン・マッカーグ)を演じました。 エドモンド・オブライエンはこの次にジェーン・マンスフィールドが主演した1956年のロックンロール&ブロンド・グラマー映画の「The Girl Can't Help It(女はそれを我慢できない)」では獄中で"Rock Around the Rock Pile"を作曲して歌ったギャング役を演じています。

William Talman (1915 - 1968)
「ヒッチハイカー」で不気味な犯罪者を演じたウィリアム・タルマンはアカデミー賞こそ受賞しませんでしたが迫真の演技だったので実生活でも役柄と混同されてぶん殴られたことがあったのだそうです。
Before I die I want to do what I can to leave a world free of cancer for my six children ...
「ヒッチハイカー」に出演した後も30本以上の映画に出演していたウィリアム・タルマンはヘビースモーカーで知られていましたが1968年に53歳にして肺がんで亡くなりました。 その6週間前にハリウッド俳優としては初の禁煙キャンペーンを撮影しましたが、まさに死の間際に撮影されたこのコマーシャルはタルマンの死後までは公開しないことが条件だったとか。 その後1985年に同じく肺がんで亡くなったYul Brynner(ユル・ブリナー)も死の9ヶ月前に"Now that I'm gone, I tell you, don't smoke."と禁煙運動コマーシャルにメッセージを残しました。
William Talman - Anti-Smoking Ad (1968) - YouTube

Lucille Fletcher (1912 - 2000)
映画「ヒッチ・ハイカー」の脚本を手掛けたルシル・フレッチャーは1950年代から1960年代にかけて主にテレビ・ドラマを書いていたそうで、Rod Serling(ロッド・サーリング)がナレーターを務めて1960年代に放映されたTVシリーズの「Mystery Zone、又はThe Twilight Zone(ミステリー・ゾーン)」にも「ヒッチ・ハイカー」のエピソードがあったそうです。 ヒッチハイカー役は1953年の「シェーン」にも小麦畑を荒らされても悪党どもと闘わなかったアーニー役で出演したLeonard Strong(レオナルド・ストロング)が演じましたが、テレビ向けに被害に会うのは女性でJames Mason(ジェームズ・メイソン)主演の「Cry Terror!(針なき時計)」にメイスンの妻のJoan Molner(ジョーン夫人)役で出演したスウェーデン女優のInger Stevens(インガー・スティーヴンス)でした。 1968年には「Hang 'Em High(奴らを高く吊るせ!)」でClint Eastwood(クリント・イーストウッド)と共演した北欧美人のインガーですが黒人との再婚で銀幕を追われたから、もしくは1958年に出演した「The Buccaneer(大海賊)」を監督したAnthony Quinn(アンソニー・クイン)との恋が破局したからか1970年35歳の時にバルビツール自殺しました。(マリリン・モンローやジーン・セバーグの死因とされた睡眠薬)
1948年にBarbara Stanwyck(バーバラ・スタンウィック)とBurt Lancaster(バート・ランカスター)が共演した「Sorry, Wrong Number(私は殺される)」のラジオドラマの原作者として名を連ねて映画では脚本も手掛けている他、Rock Hudson(ロック・ハドソン)とClaudia Cardinale(クラウディア・カルディナーレ)が共演した1965年の「Blindfold(目かくし)」の原作となった小説を書いています。
1952年にジェームズ・メイソンとDanielle Darrieux(ダニエル・ダリュー)が共演したミステリー映画の「Five Fingers、又はL'affaire Ciceron(五本の指)」や「Vertigo(めまい)」などのAlfred Hitchcock(アルフレッド・ヒッチコック)作品での怖い音楽が有名なBernard Herrmann(バーナード・ハーマン)と1939年から10年ほど結婚していたそうです。 よって、Cary Grant(ケイリー・グラント)が主演した1944年の「Once Upon a Time(此の虫十万弗)」などその当時のクレジットはLucille Fletcher Herrman(ルシル・フレッチャー・ハーマン)です。

Daniel Mainwaring (1902 - 1977)
クレジットされていませんが「ヒッチ・ハイカー」の原案を書いたダニエル・メインウェアリングは1936年からGeoffrey Homes(ジェフリー・ホームズ)名義でカルフォルニアを舞台にしたハードボイルド・ミステリーの小説を書いた元ジャーナリストです。 ジェフリー・ホームズの小説を元にした映画では古くは1941年の「No Hands on the Clock(針のない時計)」がありますが、最高傑作としては1947年の「Out of the Past(過去を逃れて)」の元になった小説の「Build My Gallows High」が挙げられます。 この映画は後にリメイクで"オバディア/アイアン・マンガー"が主演した1984年の「Against All Odds(カリブの熱い夜)」となりました。 ダニエル・メインウェアリングは酒で身を滅ぼしたとも云われますが、戦後日本でもマッカーシー旋風が吹き荒れた時代、アメリカと同盟国で行われた赤狩りでDashiell Hammett(ダシール・ハメット)などと共にブラックリストに挙げられたのが理由かも。 よって「ヒッチ・ハイカー」ではダニエル・メインウェアリングの名前を出していないのだそうです。 第2次世界大戦後から1950年代中頃まで、その当時は悪名高き赤狩りによって政治家だけでなく作家や映画監督や俳優やジャーナリストたちが仕事を奪われて追放の憂き目にあいました。 ハリウッドのブラックリストに載ってしまい一時期ヨーロッパで活動せざるを得なかったJulius Dassin(ジュールス・ダッシン)の例もあります。 赤狩りのためにクレジットが変更された例では、最近では「ローマの休日」の原案者がIan McLellan Hunter(イアン・マクレラン・ハンター)ではなく、非米活動委員会の聴聞会で証言を拒否したために議会侮辱罪で有罪判決を受けた"ハリウッド・テン"のひとりとなったDalton Trumbo(ダルトン・トランボ)であったことが明確にされています。

San Quentin
映画「ヒッチハイカー」の元となったカルフォルニアで実際に起きた事件では、1950年代始めに脱獄囚で連続殺人犯人の男が3人の子供とその両親、及び出張中の会社員を殺害した後に狩猟者二人を拉致して殺すつもりでメキシコの国境を越えたがアメリカ側の警察に引き渡されてサン・クエンティン刑務所のガス室で処刑されたそうです。 サン・クエンティン刑務所に収監されたが処刑されずに映画スターとなったのは「Machete(マチェーテ、又はマシェティ)意味は山刀もしくは蛮刀」のDanny Trejo(ダニー・トレホ)です。
サン・クエンティンといえばJohnny Cash(ジョニー・キャッシュ)やB.B. King(BBキング)がライブをした有名な刑務所ですが、映画としては無実の女性がサン・クエンティンのガス室で処刑された「 I Want to Live!(私は死にたくない!)」が有名です。