Results matching “一夜”


Baby Doll (Original Soundtrack)
Baby Doll Soundtrack
Theatrical poster by Bill Gold
Carroll Baker as Baby Doll Meighan

Baby Doll 1956年
"べびいどおる"、"ベビードール"、このような映画の題名だとなんともエロティックな内容の映画かと思ってしまうでしょうが、この映画はドラマやコメディのカテゴリに分類されることはあってもけしてロリコンやエロティックの分野には入れられることはありません。 それでもアメリカ人の男性が憧れるという"幼な妻"を描いた「ベビイドール」の公開当時は大変話題となり、その突飛で風変わりな題材がアメリカの宗教的映倫機関であるLegion of Decency(カトリック系表現規制団体)からクレームがつき物議をかもし出したそうです。 このセンセーショナルな「ベビイドール」は私の好きな南部文学として知られるアメリカの劇作家のTennessee Williams(テネシー・ウィリアムズ)が原作及び脚本を手掛け、Elia Kazan(エリア・カザン)が監督した伝統的な南部の大農場の崩壊と復讐と正義を描いた映画です。 1962年の映画のLolita(ロリータ)のように少女を愛してしまうロリコン映画でもありません。 しかしこう聞いてもがっかりすることはありません。 なぜならそれほどセクシーとはいえませんが、たしかに足まるだしのブルマー式パジャマのベビイドールは冒頭に登場します。 19歳で指しゃぶりだなんてセクシーどころか、まさにおバカです。 この甘やかされて頭が空っぽの若い女性が修羅場をくぐった終盤にはちゃんと大人の女性に成長したというめでたしめでたしの映画です。

テネシー・ウィリアムズの原作をエリア・カザン監督が映画化した「ベビイドール」は主な登場人物は少なく、幼な妻のBaby Doll Meighan(ベビイドール)に25歳のCarroll Baker(キャロル・ベイカー)、ベビイドールの夫である南部男のArchie Lee Meighan(アーチー)にセルビア出身の俳優で44歳のKarl Malden(カール・マルデン)、アーチーのライバルのSilva Vacarro(シルヴァ・ヴァケロ)に41歳のEli Herschel Wallach(イーライ・ハーシェル・ウォラック)です。 30代で芝居を初めこの時まだ55歳のMildred Dunnock(ミルドレッド・ダンノック)が演じるアーチーの伯母さんでボケた年寄りのローズも登場します。 ミルドレッド・ダンノックはこの役でGolden Globe助演女優賞にノミネートされたそうです。

映画の冒頭のオープニングクレジットではアメリカ南部ミシシッピのデルタ地帯の古い一軒家の絵画をバックにKenyon Hopkins(ケニヨン・ホプキンス)が作曲したスパイ映画のようにジャージーな音楽"Baby Doll And Empty House"が気だるく流れます。
このFox Tail(フォックス・テイル)と呼ばれる一軒家は南北戦争前から建っているように古く雨漏りする屋根を修理しています。 なぜフォックス・テイルと呼ばれるのかは不明です。 Foxtail Palm(キツネノオ椰子)が庭に植わっているのか、繁殖力の強い乾燥地帯に生えるエノコロ草のような雑草が生えているのか。 この屋根だけではなくてあちこちがボロボロらしいその屋敷には家業が経営不振で悪いこと続きの中年男とまだ二十歳前の妻と、料理するのにガスを付けるのを忘れるほどボケたローズ伯母さんの3人、南部の底辺に生きる人々が住んでいるのです。 そしていつも敷地の庭には何人かの黒人労働者たちがたむろしています。 当主である禿げかかった中年男の家業は黒人を使用しての摘み取りが盛んだった南部で綿花を精製する伝統的な綿繰り工場の経営だそうです。 綿繰り(種抜)とは綿糸を紡ぐ前の作業をするらしく、その昔は手動でローラーを通して綿のなかの種を取り出していた木製の道具があったとか。

Baby Doll Synopsis
「ベビイドール」のあらすじには驚くべき結末も書かれていますからこれからビデオをご覧になる方は読まないほうが楽しめます。
映画の冒頭で、殺風景な母屋の2階に上がっていくこの家の主は2年前に未成年の妻を娶った偏屈者のArchie Lee(アーチー)です。 アーチーはベビイドールと結婚はしたものの、婚約した時は死ぬ間際の花嫁の父とある約束をしたのでした。 「娘の二十歳の誕生日まで、花嫁が心身ともに準備ができたと言うまで触れてはならぬ。」 この試練に耐えねばならぬ夫は欲求不満に陥り、しどけない姿で寝ている花嫁を隣の部屋の壁穴から覗き見るしか楽しみはないのでした。 足まる出しのパジャマを着て親指をしゃぶっている妻のベビイドール。 夫のアーチーは出歯亀よろしく妻の寝室の隣の部屋の壁穴から覗き見するのを常としていました。 今日もそこには揺り篭のようなベビイベッドにしどけなく寝そべった少女が横たわっている。 まるで赤ちゃんのように指をおしゃぶりしたまま。 覗きに気が付いたベビイドールは足が露出した短いブルーマのパジャマ姿のまま夫のアーチーが覗いている隣室に行く。 アーチーとの結婚生活に大不満のベビイドールがなじると夫のアーチーは言い返した。 「俺は法的にお前の夫だ。 あと2日経てばお前の二十歳の誕生日だ。 そうすれば。。。」 まるで関知しない若い妻は「あっそ、じゃあたしのバースデー・プレゼントは? ともかく自分の部屋に行きなさいよ!」
憤懣やるかたない様子のアーチーは戸棚に隠してあったウイスキーの小瓶を取り出してグイッとあおる。 その時、ベビイドールが入ってきたのでガーラガラペッ!とそのままうがいを装う夫です。 この後も家のあちこち、外のあちこちに隠してある酒をぐびっと呷るシーンがあります。 そう、ストレスがいっぱいのアーチーはアルコール依存症のようです。

BayBee DOLLLLL!, BaBeee DOLLLLL!
邸内に車を出してきた夫が家に向かって叫ぶ。 降りてこーい! ベビードール!ベビードール! それでも妻が出てこないから角笛を吹く夫。 「お待たせ」と戸口に現れたベビイドールはよそ行きのお洋服でお澄まし。 しゃなりしゃなりと夫の車に近寄るとピタッ止まる。 「なにやってんだっ、さっさと乗れっ!」 「降りてきてドアをあけなさいよ!」こんな二人のやり取りを聞いていた黒人使用人たちはまるでエンタの神様を観ているように笑い転げるのです。 このシーン以外にも労働者としてかなりの黒人たちが登場しますが、殆どセリフはなくて何の効果も無い様にみえます。 ところがこれらの黒人たちはこの茶番劇を鑑賞している観客として重要な役割りを担っているようです。
二人は町に到着、アーチーが妻との悩みの種を医師に相談している間に、まん前の歯医者の若造と戯れているベビイドール。 ベビイドールはアーチーから離れてモテルにでも泊まって仕事を見つけようとも考えたのだった。 用事を済ますと夫は車に乗っているベビイドールにアイスクリームを買ってくる。 そこにトラックが通った。 Pay-as-You-Go 「あたしの家具がー!」とトラックを追って走るベビイドール。 その後を車で追うアーチー。 
イーライ・ウォラックが演じるのはこの土地の新参者でイタリア移民のシルヴァ・バケロです。 ちょび髭のシルヴァとその友人のロックが始めた新しい紡績機械を使用した事業により老朽化した綿繰り機を使用しているアーチーは利益が上がらず苦渋をなめていましたが、とうとう支払えない家具まで持っていかれる始末です。
ある晩のこと、絶望と挫折感に駆られたアーチーはぐいっとやった後に車で家を出た。 酒場の仲間たちはアーチーのライバルであるシルヴァ・ヴァケロの大判振る舞いで新しい工場の収穫を祝うパーティの真っ最中。 陽気に騒ぐ人々の姿をいまいまく思ったアーチー。 その直後にシルヴァ・ヴァケロの倉庫が燃え上がった。 小爆発まで起こり瞬く間に工場は火の海、焼け落ちる工場。 ガゾリン缶を見つけたシルヴァ・ヴァケロは放火の犠牲となった焼け跡で号泣する。 よそ者には保安官だって親身になってくれはしない。 そこでシシリアンのシルヴァ・ヴァケロはシシリア流の復讐を誓った。 そう、シシリアの復讐はエロかったのです。

Silva Vacarro's Red Hot Revenge a la Sicily
放火事件の翌朝のこと、アーチーの邸内にピックアップトラックが到着、降り立ったのは焼けた工場の持ち主のシルヴァ・ヴァケロと共同経営者のロックです。 シルヴァが言うには、種抜機の倉庫が焼けたのでできなくなった27回分の棉の仕上げをアーチイに頼みたい、それもとびっきり良い値段で。 それを聞いてご飛んで火に入る儲け話しだと機嫌になったアーチーは妻のベビイドールに「善隣外交(good-neighbor policy)だ、珈琲でも勧めてお持て成ししてろ!」と申し渡すといそいそと仕事に取り掛かりに家を出ていく。 ベビイドールは歓迎の一発、大あくび。 「夕べは一人ぼっちで怖くて眠れなかったの。」 これを聞き逃さなかったシルヴァ。 さっそく兼ねてから予定の復讐を開始。 このシルヴァがたいした御仁でベビードールが腕につけたお守りのブレスレットにかこつけて足で通せん坊をすると、まったくもってさわり魔のようにベビイドールに触れる手を休めることはない。 「どうぞ奥様。」と丁重に扱われて花まで貰っちゃ悪い気はしないベビイドール。 復讐に燃えるシルヴァはこのアホな子供のような妻を誑かしてなんとかアーチーのアリバイを崩してやろうという魂胆です。
Silva: The Groper - YouTube
Good Neighbor Policy
おさわりにくすぐりと、シルヴァのあらゆる手管に戸惑いを見せながらもベビイドールに性に対する感情が芽生えた様子。 心の動揺を隠すようにしゃべり続けるベビイドールがふと洩らした「夕べ夫が夕食後に自宅から出て行った。」ことを詳しく聞こうと詰め寄るシルヴァ。 夫のアリバイが崩れるかと俄然用心分深くなるベビイドール。 証言させたいシルヴァ。 不安になるベビイドール。 触られまくって大分興奮状態のベビイドール。 「頭の中が酔っぱらったみたい、ブンブンいってるわ。」と息を弾ませて家に走るベビイドールに畳み掛けるようにシルヴァは正義について説得する。 「貴方は夫を疑ってるわ。 夫は何もしていないわ。」と家に入ろうとするベビイドールに「あの爆発火事は事故ではないと分っている。 君だってそう思ってるだろう?」と畳み掛けるシルヴァ。

Funny Tag and Hide-and-Seek
追い詰められたベビイドールは助けを求めてアーチーのいる工場に行ったところ逆に「黒ん坊が働いてるところなんかに来るんじゃない!」と叩かれてしまう。 シルヴァもやって来てアーチーのお粗末な機械に腹を立てる。 頬に手の跡がついて泣いているベビイドールにチャンスとばかりに再びアタックをかけるシルヴァ。 豚の囲いの側で涙を拭くハンカチをやったり、甘いもの好きのローズがチョコレートキャディを食べたいがために病院に行ってしまうので嘆いているベビイドールの話も辛抱強く聞いてやるシルヴァ。 ふむふむ、なるほどと庭に落ちている木の実(クルミ?)なんぞを食いながらベビイドールとアーチーの結婚のいきさつも聞く。 「今までお預けったってそれは明日までだろう。 その用意はあるのか?」 どうやらこの辺から少女、いや処女のベビイドールに対するシルヴァの気持ちに変化が起きたようだ。
「レモネードでも作るわ」と気を取り直したベビイドールはシルヴァを玄関に待たせるが、レモンの代わりに自分の指を切る。 突然、ここから早回しのドタバタ喜劇調のシルヴァの悪戯が始まる。 勝手に家に入り込み幽霊の真似をして散々脅かしたシルヴァは指を切ったベビイドールの代わりにとレモンをぶった切ってダイナミックにレモネードを作り、出来上がったレモネードを手にズカズカとベビイドールの寝室がある2階に上がって行く。 そこでシルヴァは揺り篭のようなベビイベッドを見つけた。 その傍らにはオモチャの木馬まである。 そこでシルヴァは木馬にまたがると蓄音機の針を落とす。 レコードはSmiley Lewis(スマイリー・ルイス)が歌う"Shame, Shame, Shame"。 なんてことすんだ!恥を知れ!
Smiley Lewis - Shame Shame Shame - YouTube
Smiley Lewis
1957年にImperialレコードからリリースした"Shame, Shame, Shame"が映画「ベビイドール」で使用されたスマイリー・ルイス(1913 - 1966)はニューオーリンズのR&Bの歌手で前歯が欠けているのでスマイリーというニックネームを頂戴したそうです。 戦後に初アルバム「Here Comes Smiley」をリリースし、 1950年の"Tee Nah Nah"をはじめ、1952年の"The Bells Are Ringing"と1955年の"Hear You Knocking"が全国ネットでヒットしたそうです。

さて、ここからが「ベビイドール」がコメディと呼ばれる山場のシーンです。 「The Pink Panther(ピンクパンサー)」のクルーゾ警部顔負けのドタバタ喜劇開始。 物音に気付いたベビイドールとそれをからかうシルヴァの鬼ごっこと隠れん坊が延々と続く。 パドルを武器に追い掛け回すベビイドールと、電球を打ち壊したり喇叭を吹き鳴らしたりして驚かせた挙句に逆にとっ捕まえて倒れたベビイドールの腹を足で踏んでくすぐるシルヴァ、それに負けじと足に噛み付くベビイドール、陳腐に繰り広げられるエピソードを全体の雰囲気を壊す無用なシーンであるとする向きもあるが私はむしろこの茶番劇を盛り上げる真骨頂とみている。 最後は屋根裏に逃げ込んだベビイドールが雪隠詰めとなる。 なぜならベビイドールが倒れこんだ部分が朽ち果てていて落下寸前だったのだ。 身動きできないベビードールに「助けてやるからこれに署名しろ」とアーチーのアリバイを崩すために用意してきた口述書を棒切れの先に突き刺してよこすシルヴァ。 汚い奴。 泣きながら仕方なく署名するベビイドール。 署名の後は紳士らしく涙を拭くハンカチも棒の先に載せて差し出してやった。 ベビイドール陥落す。
Playing Hide and Seek - YouTube

Matured Baby Doll & Mad Archie
Sleeping Silva on Baby Bed「君は隠れん坊をあんなに楽しんだ子供なんだよな。」と言うシルヴァをベビイドールは私のベッドでお昼寝をどうぞと寝室へ誘う。 「お父さんはきっと墓場で跳び上がるわ。」と呟きながら。 とんだお持て成しに預かったシルヴァはベビイドールのベビイベッドで寝てみせる。 寝たふりをしているシルヴァの世話をやくベビイドールの母親のような姿。
場面変わってハモニカを吹きながら"Baby Please Don't Go"を歌っている黒人使用人の向こうを家に入ってくるアーチーが見える。 シルヴァが要請した部品をやっとのことで金の時計で支払ってきたのに、既にシルヴァの相棒が調達していたのだった。 2階を見上げて「誰もいないのか!」と叫ぶアーチーの声がシルヴァを寝かしつけていたベビイドールに聞えた。 「行かないでね。」とシルヴァに囁くとベビイドールはスリップ姿のまま下に降りていった。 ベビイドールがなぜスリップかというと冷蔵庫から洩れた水で服を濡らしてしまったから。 なぜスリップのままかというとシルヴァと鬼ごっこが始まったから。 「なんて格好だ、きちんとしろ!」となじるアーチーは逆に放火魔としてベビイドールに非難される始末。 そこに2階からシルヴァが降りてきた。 「これは善隣外交だよ。」 一瞬狐につままれたようなアーチーだったが怪しんで「いつからここにいるんだ?」とシルヴァに尋ねる。 「厚遇を受けて午後からずっとさ。」とうそぶくシルヴァと3人で夕食を取ることに。 シルヴァが言うには新しい工場を建設するのは止めにしてアーチーに仕事を頼むことに決めた。 その間はアーチーの妻の接待を受けることになるのだと。 夕食の服に着替えるため上に上がったベビイドールを待つアーチとシルヴァの二人。 階段にしゃがみこむアーチーとその隣に座るシルヴァ。 微妙な雰囲気、二人とも頭を抱え込む。 これが可笑しい。 アーチーが電話をしている間に着替えたベビイドールが食堂に現れた。 「急に成長したな。」と言うシルヴァは電気を消して大胆にもベビイドールに熱烈なキスをする。 夕食を運んできたローズが気を利かせてか邪魔をしてか電気を付けた。 さて、夕食、所定の椅子にはベビイドールとシルヴァがまるで夫婦のように向かい合って座り、席がなくなったのでアーチーは傍らのスツールを持ってきて座る。 これも可笑しい。 二人の仲を怪しんだばかりになんだかんだとローズのケール料理にも難癖をつけるアーチーだが、そのケチのついてグリーン・スープで愉快に食事を始めた二人にマジキレしてアーチーがやおら「The Blue Angel(嘆きの天使)」のイマニュエル教授のようにコッケコッコー!とやったもんから、私はこれはとうとう精神に異常をきたしたのだと思った。 「俺はただアリバイの口述書のためだけに来たのだ。 お前は火事の犯人だ! ここに証人であるお前の妻の署名もある!」と逆に脅すシルヴァ。 これは本当。 これに逆上したアーチーは猟銃を取りに奥へ走る。 シルヴァを逃したベビイドールは電話に飛びつき、保安官にアーチーの放火のことを通報した。 外に飛び出して逃げたシルヴァを追うアーチー。 庭の大木によじ登ってクルミを食うシルヴァ。 床下まで探す狂乱のアーチー、銃声に驚いて受話器を投げて外に飛び出すベビイドール、一切合財を背負って出ていこうとするローズ、半鐘をならす黒人使用人、とアーチー邸内はそりゃもう大騒ぎ! 外に出てアーチーではなくシルヴァを探すベビイドールに木の上から手が伸びた。 「ベビードールゥー!、ヴァッキャロー、どこにいるー?」と叫ぶアーチー。 探し疲れたアーチーが泣きながら「ベビードール、ベビードール!」と呼ぶシーンはテネシー・ウイリアムズ戯曲の映画化「A Streetcar Named Desire(欲望という名の電車)」でMarlon Brando(マーロン・ブランド)が「ステラ! ステラ!」と泣きながら妻を呼ぶシーンに似ています。
こともあろうに二人が隠れている大木の下に座り込んだ疲れ果てたアーチー。 頭を木や地面に打ち付けて泣くアーチー。 そこに車が入ってくる。 木の上から降りてきたシルヴァが証人の署名を示す。 保安官らに抱えられて車に乗せられたアーチー。

Wait for Tomorrow
こうするしかないと保安官がアーチーに耳打ちした後、時は真夜中の12時を告げていた。 感慨深そうにアーチーがつぶやく。 「今日はベビイドールの誕生日だ。」 アーチーは家に入っていく妻のベビイドールを見た。 保安官に出発を促されたアーチーのうなだれたハゲ頭が痛ましい。 「この次はもっと綿を持ってくるから」と言い残してシルヴァも去った。 外にいた伯母のローズに家に戻ろうと促すベビイドール。 「何にもすることはないけどきっと明日にはあるわ。」 夫を保安官に売ったベビイドールだったが生まれ変わったようにすがすがしい。 そうでした、悪夢の一夜が明けて今日はベビイドールの二十歳の誕生日なのです。
「やれ、やれ。」と荷物を引っさげて再び中に入るローズのショットで幕。 このシーンは意図的に舞台の様式をとっているようです。 ベビイドールは成長した。 ライバルのシルヴァは復讐を果たした。 一人で貧乏クジをひいたのは夫のアーチーで、工場の経営不振と妻に触れることができないという欲求不満でまさにダブルパンチを食らった有様でしたが、アルチュウーはともかく放火の罪は重く、日本では江戸時代に火付けの罪に問われた16歳の八百屋お七は市中引廻しのうえ鈴ヶ森で火あぶりの刑だったそうです。
Baby Doll (Wait for tomorrow) - YouTube

「ベビイドール」のトレーラーはBaby Doll (1956) Trailer - Turner Classic Movies
Baby Doll - Original Trailer (1956) - YouTube
☆「ベビイドール」の写真が見られるBaby Doll - La bambola viva - FILM.TV.IT
☆「ベビイドール」の映画ポスターが見られるBaby Doll Posters - MoviePoster.com

Eli Wallach
「ベビイドール」には大抜擢の新人女優のキャロル・ベイカーやカール・マルデンというベテランの性格俳優などが出演していますが、忘れちゃならないのがアーチーのライバルであるシルヴァ・ヴァカロを演じたちょっとRichard Boone(リチャード・ブーン)似のイーライ・ウォラックです。(エリ・ウォラックという表記もあり) こりゃもうこたえられない名演技で、映画祭の賞を何か差し上げたいくらに実に魅力的です。 実際にシルヴァ役でゴールデングローブ賞にはノミネートでしたがBAFTA Award(英国アカデミー賞)では最優秀新人賞を受賞しているそうです。 舞台出身のイーライ・ウォラックはなんとエリア・カザンやリー・ストラスバーグと共にアクターズ・スタジオの創設メンバーだったとか。 ただし映画デビューはエリア・カザン監督の「ベビイドール」で、その前はテレビドラマに出演し、「ベビイドール」の後もテレビドラマや映画では悪役などで活躍し、2008年まで映画出演しているそうです。

Karl Malden
ベビイドールの夫のアーチーを演じたカール・マルデンはセルビア系のベテラン性格俳優です。 1947年にエリア・カザンが監督した「Boomerang(影なき殺人)」にクレジットなしの刑事役で出演して注目され、エリア・カザンの映画では1951年の「欲望という名の電車」のミッチ役や1954年の「On the Waterfront(波止場)」のBarry牧師役などにも出演している性格俳優です。 カザン映画の他にはRichard Widmark(リチャード・ウィドマーク)が殺し屋で衝撃的デビューした1947年の「Kiss of Death(死の接吻)」でウィリアム軍曹を演じましたが、ウィドマークが演じた殺し屋が密告者にされてしまったリゾの母親を車椅子ごと階段からつき落として殺すシーンでリゾ夫人を演じたのはこの「ベビイドール」でアーチーの伯母のローズを演じたミルドレッド・ダンノックだったそうです。 マーロン・ブランドが監督及び主演した1960年の「One-Eyed Jacks(片目のジャック)」では保安官、Troy Donahue(トロイ・ドナヒュー)が主演した1961年の「Parrish(二十歳の火遊び)」では煙草大農園主のJudd Raike(ジャッド・レイク)、Natalie Wood(ナタリー・ウッド)が主演した1962年の「Gypsy(ジプシー)」ではローズに恋する俳優のHerbie Sommers(ハービー)役などと1980年代まで多岐に渡る役柄で映画出演していました。


Baby Doll DVD
Baby Doll [DVD] [Import]
Baby Doll DVD上記の画像はアメリカのAmazon.comで販売されている2006年リリースの「Baby Doll」のDVDです。 こちらは国内で販売されているDVDですが、フォーマットはリージョン1の輸入版(英語)で、これ以外にはDVDは見つかりません。(1998年リリースのVHSもあるようです。)
※アメリカでは2006年にリリースされた「Tennessee Williams Film Collection」があり、7枚ディスクにA Streetcar Named Desire、Cat on a Hot Tin Roof、Sweet Bird of Youth、The Night of the Iguana、Baby Doll、The Roman Spring of Mrs. Stoneが収録されています。 垂涎のテネシー・ウィリアムス映画集ですが、惜しむらくはフォーマットがリージョン1!

Baby Doll Soundtrack
ページトップの画像は「ベビイドール」のサウンドトラックです。 映画「ベビイドール」で一番エロティックなのはキャロル・ベイカーではなくKenyon Hopkins(ケニヨン・ホプキンス)が手掛けた音楽でしょうか。 オリジナルのLPはオークションでしか見つかりませんが、CD化されたサントラが2003年に再リリースされています。 挿入歌として使用されたR&B曲の"Shame, Shame, Shame!"の他に"Baby Doll and Empty House"やマンドリンが入った"Lemonade"など映画のストーリーを追った12曲を収録してあります。 音楽はケニヨン・ホプキンスが作曲してRay Heindorf(レイ・ハインドーフ)指揮によるThe Warner Bros. Studio Orchestra (ワーナーブラザース・スタジオ・オーケストラ) の演奏で大変洒落たジャージーなアルバムです。
「ベビイドール」の後にケニヨン・ホプキンスが音楽を担当した映画には1957年の12 Angry Men(十二人の怒れる男)、1960年のThe Fugitive Kind(蛇皮の服を着た男)、1961年のThe Hustler(ハスラー)、1965年のThis Property is Condemned(雨のニューオリンズ)などがあります。 一方、無声映画のピアノ伴奏から映画音楽を手掛けるようになったレイ・ハインドーフもDoris Day(ドリス・デイ)が主演した1949年のYoung Man with a Horn(情熱の狂想曲)や1950年のTea for Two(二人でお茶を)など1930年代から1960年代までたくさんの映画音楽を担当しています。
♪ 「ベビイドール」のサントラの試聴はBaby Doll Soundtrack - Amazon.com
映画の冒頭に流れたバージョンではなく1956年にリリースされたRalph Flanagan(ラルフ・フラナガン)のビッグバンドが演奏する45回転(RCA 47-6719)があるそうで、A面がケニヨン・ホプキンス作曲の"Baby Doll Theme"でB面が"A Rose and a Baby Ruth"だそうです。(下記はSoundtrack of Baby Doll - Deutsche RCA 20-6719でしょうか。)
Ralph Flanagan - Baby Doll - YouTube

Baby Doll BOOK
Baby Doll and Other Plays: WITH "Something Unspoken" AND "Suddenly Last Summer" (Penguin Modern Classics)
Baby Doll BOOKこの表紙画像は意味不明ですが、国内で入手できる2001年販売のテネシー・ウィリアムズの戯曲集です。(英語) 1956年の"Baby Doll(ベビイドール)"の他に1958年の"Something Unspoken(語られないこと)と"Suddenly Last Summer(去年の夏、突然に)が収録されています。 この他にも英語のペーパーバック版の「Baby Doll (French's Acting Edition)」があります。

2 Piece Babydoll Pajama
「ベビイドール」が公開された後、女性用パジャマとして長ズボンではなくてショーティ(短いブルマー)のベビードールが登場しました。 足が見えるから男性が喜ぶセクシーな観賞用ネグリジェというだけではなく若い女性の間で可愛いお寝巻きとして人気がでました。 なかには透けるナイロン製もありましたがたいていは木綿製でフリルやギャザーがあしらってあり、提灯袖とブルーマの裾にはゴムが入っていますが、袖もパンツも短いですからセントラル・ヒーティングでも設置されていなければ冬には向きません。 このパジャマは半世紀前の代物だから現在ではフィフティズとかクラシックもしくはヴィンテージのベビードールと呼ばれています。 現在ではパジャマというよりも若い女性のセクシー・ランジェリーとなっているようです。
こんな Babydoll Pajama
こちらも Babydoll Pajama


Carroll Baker
Harlow (1965) [VHS] [Import]
Carroll Baker - Harlow VHS1931年生まれでポーランド系のキャロル・ベイカーはアクターズ・スタジオ入りした後にブロードウエイの舞台に出演してエリア・カザンの目に留まり「ベビイドール」のヒロイン役に抜擢されました。 キャロル・ベイカーは「ベビイドール」公開の2ヶ月前に「Giant(ジャイアンツ)」にもマイナーな役で登場していましたが「ベビイドール」への出演により一夜にして有名になりブロンドのセックスシンボルとしての名声を不動のものとしました。 Warner Brothers(ワーナー映画)のMarilyn Monroe(マリリン・モンロー)として売り込まれたキャロル・ベイカーはジーン・ハーロウと同じくプラチナ・ブロンド(染めた金髪)と間延びしたしゃべり方が特徴でしたがその後1958年に「The Big Country(大いなる西部)」で有力者の娘のパトリシア役を演じた後、ミルドレッド・ダンノックも出演していたサイコ映画でレイプがトラウマとなった女性を演じた1961年「Something Wild(傷だらけの愛)」があります。
「傷だらけの愛」はキャロル・ベイカーの夫だったJack Garfein(ジャック・ガーフェインが)監督した映画で、Saul Bass(ソウル・バス)が手掛けたタイトル・デザインとAaron Copland(アーロン・コプランド)の音楽が話題になりました。 異色なのは1968年のイタリアン・サスペンス映画でフランスの二枚目スターのJean Sorel(ジャン・ソレル)と共演した「Il Dolce Corpo Di Deborah(デボラの甘い肉体)」でしょうか。 その後の1977年にAndy Warho(アンディ・ウォーホル)制作のとてもユーモアとは言えないブラック・ユーモア映画「Bad(BAD)」で美容サロン経営を兼ねた狂気の女性殺し屋派遣業者を演じ、嫌な女で人種差別発言の連発により殺害されます。 この犯人を演じた黒人俳優の身を案じてしまった私ですがブラックだからダイジョウブだったのでしょうか。 いくらブラックユーモアでも赤ん坊を窓から投げ落とすなどあらゆる残虐で衝撃的な恐ろしいシーンがあるのでよほどのスプラッシュ&ホラー好きでないとちょっと観ておれないひどい映画です。 1988年のChet Baker(チェット・ベイカー)の伝記的キュメンタリー映画「Let's Get Lost(レッツ・ゲット・ロスト)」にキャロル・ベイカーの名があって驚いたところ、なんとチェット・ベイカーの3番目の妻が同じ名前だそうです。 こちらは本物のキャロル・ベイカーが「BAD」から20年後の1997年に出演した「The Game(ゲーム)」ですが家政婦役では見ていても全く気がつきませんでした。
☆キャロル・ベイカーで特筆すべきはその風貌が、"ベイビー"と呼ばれた1930年代のセックス・シンボルのJean Harlow(ジーン・ハーロー)に似ていることです。 1964年に「The Carpetbaggers(大いなる野望)」でもジーン・ハーローをモデルとした役を演じましたが、続いて1965年にはジーン・ハーロー伝記映画の「Harlow(ハーロー)」で主演しています。 この映画は1947年に「West Side Story(ウェスト・サイド物語)」を書いたIrving Shulman(アーヴィング・シュルマン)が1960年に執筆したジーン・ハーローの暴露本の「Jean Harlow(ハーロー その異常な愛と性)」を元にしたGordon Douglas(ゴードン・ダグラス)監督のハーロー伝記映画です。 ゴードン・ダグラス監督の映画には「ハーロー」に続いて1965年に女流詩人伝記映画の「Sylvia(シルビア)」でもキャロル・ベイカーがヒロインを演じています。
映画「ハーロー」の写真が見られるJean Harlow, la donna che non sapeva amare Photos - FILM.TV.IT
Carroll Baker Sexy Photos - YouTube

Elia Kazan (1909 - 2003)
アメリカに移住したギリシャ人ののエリア・カザンは第二次世界大戦後の冷戦時代の産物である現代の魔女狩りにも等しいハリウッドの赤狩り事件後では告発行為が同胞への裏切り行為だと糾弾されました。 体制の良き協力者は時代が変わって卑怯者になったのです。 それから45年後のこと、1998年のアカデミーの名誉賞授賞式では非難を浴びて会場が騒然となったこともありました。 迫害されて国外での映画作りを監督や仕事がなくなり不遇の人生を送った俳優たちの中には私の好きな人物がたくさんいました。 しかし、エリア・カザンは監督として素晴らしい作品をたくさん手掛けているので私には好きな監督の一人となっています。 ユダヤ人問題をハリウッドで浮き彫りにした最初の映画である「Gentleman's Agreement(紳士協定)」を監督したエリア・カザンが「East of Eden(エデンの東)」に次いで監督したのが「ベビイドール」です。 その後も1957年の「A Face in the Crowd(群衆の中の一つの顔)」や1961年にNatalie Wood(ナタリー・ウッド)が主演した「Splendour in the Grass(草原の輝き)」や1963年の「America, America(アメリカ アメリカ)」などがあります。 アクターズ・スタジオの創設やメソッド演技法の教授を例にとっとも分るように演劇から入ったエリア・カザンは監督業の前には俳優として1930年代中頃から映画に出演しています。 出演映画にはAnatole Litvak(アナトール・リトヴァク)監督の1940年の「City for Conquest(栄光の都)」や1941年の「Blues in the Night(夜のブルース)などがあります。

Tennessee Williams
1938年、アメリカの戯曲作家であるテネシー・ウィリアムズが27歳の時、刑務所での実話をもとにした"Not About Nightingales(C監房棟の男たち)"で注目された作品は残念ながら未読ですが、それ以外の作品は殆ど読んだ筈と思い込んでいる私です。 後期の作品はホモセクシュアル色があまりにも濃過ぎてそれらがテネシー・ウィリアムズの一部であっても辟易しました。 テネシー・ウィリアムズは"テネシー"というペンネームが示すように南部のミシシッピの出身ですから南部を舞台にした自伝的な作品が多いのです。 テネシー・ウィリアムズの作品の映画化は1945年のThe Glass Menagerie(ガラスの動物園)の後に1947年のA Streetcar Named Desire(欲望という名の電車)、1955年に「The Rose Tattoo(バラの刺青)」、そしてこの「ベビイドール」、Cat On a Hot Tin Roof(熱いトタン屋根の、そして1959年のSuddenly, Last Summer(去年の夏突然に)、本は読んでも映画は全く存在することすら知らなかった1961年のThe Night of the Iguana(イグアナの夜)、ギターを抱いた渡り鳥、マッチョな流れ者のValentine 'Snakeskin' Xavier(ヴァル)を演じたブランドが1960年の「(蛇皮の服を着た男)」やPaul Newman(ポール・ニューマン)が主演した1962年の「Sweet Bird of Youth(乾いた太陽)」、そして私好みの「The Roman Spring of Mrs. Stone(ローマの哀愁)」や1965年の「This Property is Condemned(雨のニューオリンズ)」などとタイトルを並べてみるだけでも残酷なまでの愛の渇望と渦巻く欲望と悲しみ、その異常ともいえる南部的濃いドロドロ加減にワクワクするのです。



Rockabilly Bad Boy: Gene Vincent (1935 - 1971)
反逆のロカビリー魂

50's のロックンロール&ロカビリーといえばジーン・ヴィンセント! 細身の黒革つなぎ(又はジャンパー)にコテコテ・リーゼントというスタイルでマイクに喰い付くように、時にはマイクを舐めるように近づけて歌った超セクシーなジーン・ヴィンセントは私生活でも問題ありでどこを探しても健全さがみられないほど闇の放蕩ロッカーですが私が最も早い時期に好きになったロカビリー歌手なのです。 そして最も早くお熱が冷めて1960年以降は全く聴かなかったアーティストでもあります。 というよりも好みの新曲が出なかったともいえますが、ステージに打ち込んだロック魂のジーン・ヴィンセントの70年代は嬌声をあげる女性ファンに代わって信奉的ロッカー野郎たちが観客となったとか。 自作の"Bad Boy"がヒットしたLarry Williams(ラリー・ウィリアムス)とは違い麻薬が絡んだ暴力沙汰などの犯罪性はないものの典型的なバッドボーイを演じたジーン・ヴィンセントに対する熱中度は一時期かなり高かったので50年代と60年代の私のお気に入りアーティストから外すわけにはいきません。
1955年のバイク事故による外科手術でヘビメタの左足だったジーン・ヴィンセントは足を引きずっているにも関わらず飛び回ったり足を高く上げたりするド派手なパフォーマンスで、無理しているのではないかと観客をハラハラさせました。 60年代には松葉杖で舞台に登場したこともありましたが松葉杖はパーフォマンスだったのか、その杖を投げ捨てるように床に置くと舞台ではワイルドに飛び跳ねて歌うのです。 もっとも実際には鎮痛剤を欠かせなかった生活だったとか。 ロック界のThe Beatles(ビートルズ)やThe Doors(ドアーズ)等のヒーローでもあったジーン・ヴィンセントはシャウトするロカビリーから囁くようなバラードまでレパートリーにして観客を飽きさせることはなかったといいます。(酩酊以外は)
Gene Vincent - Bird Doggin'/Hi-lili, Hi-lo
そんなジーン・ヴィンセントが1966年にリリースしたシングルがあります。

Jukebox
ジーン・ヴィンセントのシングル、45回転のEPレコードはその当時は赤いヴィニール・ドーナッツ盤でしたが、これは日本の東芝キャピトルだけの盤だったらしく海外でも高値が付けられているそうです。 売りません!
コインを投入して音楽を聴くジュークボックスはアメリカでは40年代からですが最初は78回転SPレコードを使用していてドーナッツになったのは1950年だそうでラジオでのチャート以外にジュークボックスのチャートも入っていたらしいです。 日本では50年代後期から60年代当時のレコードはLP意外は全部ドーナッツ盤で、その後4曲位収録した33回転が出ました。 音楽産業の一環をになっていたジュークの普及率は今でいうカラオケでしょうか、私が知っているジュークはイルミネーションがチカチカする虹の教会型ではなく四角い箱型で、当時は喫茶店やピンボール場のような場所には有線などのBGMはなかったので誰かがかけるジュークボックスから流れてくる曲を聴いたものです。 私はジュークボックスでレコードが選ばれて針がかかるまでの魔法のような一連の動作にも見とれていました。

Gene Vincent & The Blue Caps
1955年頃、バイク事故で入院中のジーン・ヴィンセントは"Race with the Devil"と"Be-Bop-A-Lula"の曲を書いたといわれています。 最初はカントリーソングを歌っていましたが、バッキング・バンドを結成してラジオ番組のオーディションに受かってからがジーン・ヴィンセントのロカビリー人生が始まります。 当初"Be-Bop-A-Lula"はCapitol Records(キャピタル・レコード)で、"Woman Love(ウーマン・ラヴ)"のカバーのB面としてリリースされたそうです。 私の手持ちのシングル盤のCapitol Records 7P - 14はアメリカでリリースされたオリジナル盤のF-3450(45-15230となっています。

Be Bop A Lula
その後しばらくしてバルチモアの某DJがB面の"Be-Bop-A-Lula"を放送したところ、ビルボードのポップス・チャートで20週連続上位に入るという空前の大ヒットとなり、ジーン・ヴィンセントは一躍ロックンロール界に躍り出ました。 続いて同年、"Race With The Devil"と"Bluejean Bop"をリリースしましたが、しゃくるようなカントリーのヒカップ唱法を効かせた"Woman Love"はあまりのエロさゆえ、某州のツアーでは公然わいせつ罪を適用されて罰金の憂き目にあったとかいう噂が流れたそうです。(うっそ!) "Be-Bop-A-Lula"の大ヒットにより1956年にキャピタルからジーン・ヴィンセントの初アルバム「Blue Jean Bop」がリリースされ、1957年にはLotta Lovin'とDance to the Bopをリリースし、Lotta Lovin'とBe-Bop-A-Lulaの売り上げによりゴールド・レコードを獲得したそうです。(この時代には日本でもヴィンテージ盤となった東京芝浦電気SP-14などとして63年まで製造されていた落とすと割れるSPレコード/78rpmでもリリース) この年にEddie Cochran(エディー・コクラン)とLittle Richard(リトル・リチャード)と一緒にオーストラリア公演を行いました。 残響効果とヒカップ唱法により私の耳にはジーン・ヴィンセントが歌う"Hey, hey"がヘック、ヘックと聞えていました。

Be-Bop-A-Lulaの曲の元はジーン・ヴィンセントが書いたことに間違いはないそうですが、その歌詞は誰が書いたかには諸説があるようです。
※メジャーになる前はカントリーを歌っていたジーン・ヴィンセントなので他のロカビリアン同様にHiccup(ヒカップ)を取り入れた曲が何曲かあったようです。 ロカビリーで使われるヒカップについて詳しくはロカビリー歌手のCharlie Feathers(チャーリー・フェザース)
1940年代中頃に駅の赤帽をイメージした"5 Red Caps(ファイヴ・レッドキャップス)"という黒人のジャイブグループがいたそうですが、ブルーキャップスは歌手になる前にジーン・ヴィンセントが所属していた海軍の青い水兵帽子をイメージしたらしいです。 日本でも日劇時代のロカビリー三人男の一人だった平尾昌晃が白いキャップをかぶっていたように記憶しています。 Gene Vincent & The Blue Capsはその後Gene Vincent & His Blue Caps(ジーン・ヴィンセント & ヒズ・ブルー・キャップス)となりました。 オリジナルのバンドメンバーはギター奏者が2名とロカビリー・スラップベースとドラムの5人グループです。 特にステージでギターをブチ壊したことで有名なイギリスのロックギタリストのJeff Beck( ジェフ・ベック)も影響を受けたというリードギターのCliff Gallup(クリフ・ギャラップ)のギター(Gretsch)は有名でそのロカビリーギター奏法をギャロッピングと呼ぶそうですが、その肝心なクリフ・ギャラップは30曲以上録音した後の50年代のうちにバンドを離れてしまいました。 他にも何度かメンバーチェンジがあったそうで、1957年から1958年の録音にはピアノのCliff Simmonsとか、テナーサックスのPlas Johnson(プラス・ジョンソン)や、ジャンプブルース&ジャズのJackie Kelso(ジャッキー・ケルソ)などが参加しています。 1950年代中頃にキャピトル・レコードに籍をおいたバップ&ソウル・テナーのプラス・ジョンソンは1963年にHenry Mancini(ヘンリー・マンシーニ)が音楽を担当したテレビ漫画の「The Pink Panther(ピンクの豹)」のテーマ曲でテナーを演奏しています。 一夜にして夢のような大金持ちとなった旅好きのジーン・ヴィンセントは精力的に地方公演のスケジュールを組みましたが家族持ちのメンバーはついていけなかったようです。 当然ジーン・ヴィンセントの家族、つまり過去4人の妻たちもついていけず、浮気の噂も相俟って全員別れてしまったそうです。
※ちなみにジーン・ヴィンセントのヒット曲の"Woman Love"はオリジナルだと思っていたのですが、Lonely Soldier Boy(悲しき少年兵)が日本でも有名なソングライターのJack Rhodes(ジャック・ローズ)の作曲で"Country Preacher"が一番人気でWilson Pickett(ウィルソン・ピケット)とも共演したブルース・ギタリストのJimmy Johnson(ジミー・ジョンソン)が最初に歌ったのだそうです。
ジーン・ヴィンセントとブルー・キャップスの映像や写真、1957年のオリジナルGene Vincent and his Blue Capsの画像も見られるジーン・ヴィンセントのオフィシャルサイトはGene Vincent Official Site - RockabBillyHall.com
ジーン・ヴィンセントのWhere Have You Been、Bird Doggin'、You Are The One For Me 、"Lotta lovin'69が聴けるGene Vincent - MySpace.com
ジーン・ヴィンセントの"Race With The Davil"が聴けるGene Vincent (1) - MySpace.com
ジーン・ヴィンセントの写真もいっぱい、"BeBop-a-Lula"が聴けるGene Vincent (2) Photos - MySpace.com

Be-Bop-A-Lula, she's my baby
Be-Bop-A-Lula左の画像は当時私が購入した「ビ・バップ・ア・ルーラ / ウーマン・ラヴ」の東芝赤盤のEPレコード(Capitor 7P - 14)です。 時には下品とも取れる悪ぶった激しいステージがもてはやされたジーン・ヴィンセントといえば、なんといっても1956年にブルーキャップスとCapital Record(キャピタル・レコード)で吹き込んだ「ビバップ・ア・ルーラ」につきます。 エコーを取り入れた唱法がその当時に"Heartbreak Hotel"がヒットしていたエルビス・プレスリーにそっくりだったので、初めて「ビバップ・ア・ルーラ」を聴いた人々はエルビス・プレスリーだと思い込んだそうです。 曲のタイトルは、R&Bの女性歌手であるHelen Humes(ヘレン・ヒュームス)が1945年にヒットさせたBe-Baba-Leba(ビー・ババ・リーバ)やLionel Hampton(ライオネル・ハンプトン)楽団がヒットさせたHey! Ba-Ba-Re-Bop(ヘイ!バ・バ・リ・バップ)という曲をもじったようですが、いずれにせよ1940年代から流行ったジャズのスタイルでBebop(ビバップ)からヒントを得ているようです。 一説には私も昭和50年代にテレビで観ていたコミックの「Little Lulu(リトル・ルル)」からとったとも言われています。 どっちにしろルーラもルルもLouise(ルイーズ)の愛称らしいです。 ロックでいうバップ(ビバップ)とはロカビリーのことですが、本当はもっと意味シンかもしれません。 「赤いGパンでバップ(ロカビリー)しているルーラちゃんは俺の彼女だ、間違いない!」と歌っているのでしょうか。 このようなエコーをタップリ効かせた風変わりで神秘的にも思えた「ビバップ・ア・ルーラ」は私にとってはロカビリーの代名詞でした。 ジーン・ヴィンセントの唾が飛んで来そうな「ビバップ・ア・ルーラ」からエコーを取ったらどうなるんだろう?という疑問も湧いたほど残響効果ガンガンの「ビバップ・ア・ルーラ」は"Say Mama(セイ・ママ)"同様にほとんど誰にもカバーされていないと思っていた曲なのです。 ところがThe Everly Brothers(エヴァリー・ブラザース)をはじめ、Carl Perkins(カール・パーキンス)、Elvis Presley(エルビス・プレスリー)、Jerry Lee Lewis(ジェリー・リー・ルイス)、そして1962年のハンブルグ公演で急遽バックを務めたことがあるThe Beatles(ビートルズ)のメンバーだったPaul McCartney(ポール・マッカートニー)までもカバーしていたのです。 しかし誰がカバーしようと「ビバップ・ア・ルーラ」はジーン・ヴィンセント!そしてHound Dog(ハウンドドッグ)はエルヴィス・プレスリーなのです。
Be bop a lula - Elvis Presley and Jerry Lee Lewis - YouTube

By the Light of the Silvery Moon
ジーン・ヴィンセントがカバーした曲のなかで私が持っているレコードにはオリジナルはボードヴィルのミュージシャンだったドイツ人のGus Edwards(ガス・エドワーズ)が作曲してミュージカルのEdward Madden(エドワード・マッデン)が作詞した"By the Light of the Silvery Moon"があります。 このスタンダード曲は1942年に巨漢の黒人ジャズ・ピアニストのFats Waller(ファッツ・ウォーラー)や、Minstrel show(黒人物真似コミックショー)を演じたロシア系ユダヤ人のAl Jolson(アル・ジョルソン)が歌っていましたが、Doris Day(ドリス・デイ)が1953年に同名のミュージカル映画で歌って有名になりました。 ロックとしてはリトルリチャードのバージョンが一番有名で、他にはブルースギタリストのJohnny WinterやJackie Wilsonも歌も歌っています。 ジーン・ヴィンセントのBy the Light of the Silvery Moonが収録されているアルバムには「Blue Jean Bop!/Rocks & The Blue Caps Roll 」と「The Gene Vincent CD Box Set: Complete Capitol & Columbia Recordings 1956」6枚組などがあります。
Gene Vincent - By the Light of the Silvery Moon (1957) - YouTube

Gene Vincent and Eddie Cochran
ジーン・ヴィンセントは1960年頃、ロカビリー熱が下火になったアメリカを去ってフランスをはじめとしたヨーロッパ公演に出ましたが、中でも人気だったのはイギリスだったそうです。 そのイギリス公演中の自動車事故でジーン・ヴィンセントと同乗していたエディー・コクランだけが死亡したのでした。 足の骨髄炎がそうさせたとはいえ深酒と鎮痛剤常用していたジーン・ヴィンセントは60年代には容貌の激変とともに胃潰瘍まで患い、1969年にBe-Bop-A-Lula '69やLotta lovin'69などを収録したスタジオレコーディングのラストアルバム「I'm Back and I'm Proud」をリリースするも若干36歳にして亡くなってしまいました。 しかし、イギリスでの事故当時のエディ・コクランが22歳だったことを思うとその分頑張ったという感があります。 1980年代に起こったロカビリー・リバイバルではStray Cats(ストレイ・キャッツ)など若い世代のロッカーがジーン・ヴィンセントの曲を蘇らせたといわれています。
☆エディ・コクランについて詳しくはブログ内の"Eddie Cochran"
Eddie Cochran & Gene Vincent - White Lightning (live 1960) - YouTube
Gene Vincent & Eddie Cochran - YouTube

The Girl Can't Help It
Little Richard(リトル・リチャード)が映画のタイトル曲の"The Girl Can't Help It"と"She's Got It"を歌った1956年のミュージカル・コメディ映画のThe Girl Can't Help It(女はそれを我慢できない)はロックンロール歌手が出演した初の映画だったそうです。 ジーン・ヴィンセントは"Be Bop A Lulaを歌い、"Twenty Flight Rock(20フライトロック)"と"Somethin' Else"を歌ったエディ・コクランと共演しました。 共演といっても別撮りのスタジオシーンで二人とも演技をしたわけではなく、ジーン・ヴィンセントを観たさにDVDを買った私はちょっとガッカリ。 しかし1958年にLew Landers(ルー・ランダース)が監督した映画の「Hot Rod Gang」ではジーン・ヴィンセントは演技もした上、"Dance in the Street"、"Baby Blue"、"Dance to the Bop"を歌った他、ジュークボックスでの"Lovely Loretta"も流れたそうです。(残念ながら日本未公開でした。)
映画といえば、ジーン・ヴィンセントは出演していませんが、「Iron Man(アイアンマン)」のロバート・ダウニー・ジュニアが主演したフィフティズの音楽がいっぱいの探偵映画「The Singing Detective(歌う大捜査線)」でジーン・ヴィンセントの"Woman Love"、"Important Words"、"In My Dreams"が使用されました。
Gene Vincent and His Blue Caps- Dance in the Street in "Hot Rod Gang"- YouTube
Gene Vincent and His Blue Caps- Baby Blue in "Hot Rod Gang"- YouTube
Gene Vincent and His Blue Caps- Dance to the Bop - YouTube

ジーン・ヴィンセントの代表曲である"BeBop-a-Lula"が聴けるGene Vincent - LivinBlues(サイトの一番下にあるMP3タイトルをクリック、ファイルは大きいのでダウンロードに時間がかかり、ブラウザがFirefoxでは聴けるがGoogle Chromeでは聴けない。)
Gene Vincent - Blues Stay Away From Me (1956) - YouTube
Gene Vincent - Say Mama (1958) - YouTube
Sexy! Gene Vincent - Women Love (1958)
Gene Vincent - Race With the Devil - YouTube
☆ジーン・ヴィンセントの歌の歌詞はGene Vincent Lyrics (Be-bop-a-lula, etc.) - LyricsTime.com

Gene Vincent Rocks! And The Blue Caps Roll/Record Date
ページトップの画像は、"Say Mama"はないものの、代表曲の"Be-Bop-A-Lula"の他に私の好きな"By The Light Of The Silvery Moon"など全26曲を収録したオリジナルは1956年のアルバムです。
♪ 全曲試聴はGene Vincent Rocks! And The Blue Caps Roll/A Record Date With Gene Vincent - Amazon.com
本当は"Say Mama"と"Be-Bop-A-Lula"と"By The Light Of The Silvery Moon"が収録されているアルバムを見つけたいのです。
この他に類似したアルバムには"Who Slapped John? "、"Jumps, Giggles and Shouts"、"Catman"、"Pretty Pretty Baby"など全24曲を収録した"「Bluejean Bop!/Gene Vincent and the Blue Caps」や、Bluejean Bop 、Be Bop A Lula、Woman Love、Crazy Legs他全18曲を収録した日本では見つからないアルバム「Bluejean Bop!」があります。
※ちなみに「Gene Vincent Rocks! 」のCDカバーの画像はオリジナルのLPレコードでは左上の画像のみが使用されたレコードですが、このCDは2枚の写真を使用しています。 オリジナルと同じの左上画像は私が持っているシングルEP盤の「ビ・バップ・ア・ルーラとウーマン・ラヴ」のジャケット画像に使用されたものでもあり、右下の写真は「セイ・ママと銀色のお月さま(By the Light of the Silvery Moon)」のEPレコードジャケットと同じです。
※ジーン・ヴィンセントのオリジナルLPレコードは3枚リリースされたそうで前述のBLUE JEAN BOP!、1957年のGene Vincent and the Blue Caps、1958年のGENE VINCENT ROCKS! AND THE BLUE CAPS ROLLだそうです。

「Capitol Collectors Series」 は私の好きな"By The Light Of The Silvery Moon"が入ってないのが残念ですが、代表曲のBe Bop A Lulaはもちろん、Say MamaやWoman Loveの他にBluejean BopやCrazy Legs、B-I-Bickey-Bi, Bo-Bo-Goなど全21曲を収録した1990年リマスター盤です。
♪ 全曲試聴はCapitol Collectors Series - Amazon.com
"By The Light Of The Silvery Moon"以外のヒット曲を網羅したドイツEMI輸入盤2枚組みアルバムには2005年リリースの「Very Best of Gene Vincent」があります。(CD画像はジーン・ヴィンセントとブルーキャップス)
試聴はVery Best of Gene Vincent - Amazon.com

Gene Vincent Biographies
いづれが真実かはジーン・ヴィンセント本人以外には分かりませんが、何冊かのジーン・ヴィンセント伝記が出版されています。
2004年出版のハードカバ本の「Gene Vincent and Eddie Cochran: Rock 'N' Roll Revolutionaries」
2000年に出版されたハードカバー本の「Race with the Devil: Gene Vincent's Life in the Fast Lane」
1983年に出版されたBritt Hagarty(著)の英語版ペーパーバックの「The Day the World Turned Blue」

Gene Vincent - Say Mama (Rebel Heart 1956-1971) - Rádio UOL
(Album includes 1956 - Hound Dog, Be-Bop-A-Lula
1965 - Bluejean Bop, Last Word in Lonesome Is Me, Pretty Girls Everywhere, Dance to the Bop, Be-Bop-A-Lula
1966 - Lonely Street, Lonely Street(Alternate)
1967 - Spoken Message
1968 - Rainyday Sunshine, Green Grass, Mister Love, Roll Over Beethoven
1969 - Rocky Road Blues, Say Mama, Pistol Packin' Mama, Be-Bop-A-Lula
1971 - Sunshine, Lonesome Whistle, Maybellene, Whole Lotta Shakin' Going On, Woman Love, Be-Bop-A-Lula, Bring It on Home, Rose of Love, Hey Hey Hey Hey, and Party Doll)


The Iron Mask (1929)
The Iron Mask by Douglas Fairbanks
Douglas Fairbanks as D'Artagnan

Alexandre Dumas pére
アレクサンドル・デュマ・ペール(大デュマ)は19世紀のフランスの作家ですが、同名の作家である息子と区別するために"pére(父、大)"を付けて呼んでいます。 映画の題材としても良く取り上げられる有名な歴史的冒険小説の原作者で、父であるThomas-Alexandre Dumas(トマ・アレクサンドル・デュマ)をしばしモチーフにして活劇を書いたそうです。 大デュマの父であるトマ・アレクサンドル・デュマは黒人奴隷の子だとしてNapoléon Bonaparte(ナポレオン・ボナパルト)からも軍隊を追放された数奇な運命を辿った軍人だそうです。 大デュマの代表作はシリーズの「三銃士(Les Trois Mousquetaires又はThe Three Musketeers)や「ダルタニャン物語(D'Artagnan)、そして日本では「厳窟王」という題の方が馴染みがある「モンテ・クリスト伯(The Count of Monte Cristo又はLe Comte de Monte-Cristo)の他、王妃マルゴー(Queen Margot)などがあります。 一方、大デュマの息子はAlexandre Dumas Fils(アレクサンドル・デュマ・フィス)と呼ばれて実母の悲哀をモチーフにしたというロマンティックなCamille(椿姫)の作者として有名な作家です。

小説の主人公であるダルタニャンが父のようになりたいと憧れたMusketeer(マスケティアー)はルイ14世時代の王の近衛兵の中の青い制服の銃士のことですが、その青い制服はご婦人方を気絶させるにじゅうぶんなほど素敵だったそうです。 銃士(マスケティアー)というからにはMusket(マスケット銃)を装備した乗馬歩兵のことですから、いわば飛び道具を使用する特殊部隊のようですが常に銃を持ち歩くわけではありません。 戦場では軍刀のSabre(サーベル)ですが、市中では厳密には先の尖ったフェンシングみたいなRapier(レイピア)を護身用に腰に下げていたようです。

D'Artagnan
Alexandre Dumas pére(アレクサンドル・デュマ・ペール)がこのような壮大な叙事詩的小説を書いたモデルのダルタニャンとは、一説によると、Charles de Batz-Castelmore(シャルル・ド・バッツ・カステルモール)というルイ14世の親衛隊の兵士で、宮廷に厚い信頼を得て最後には大尉に昇り詰めたそうです。 ダルタニャンという名前は同じく宮廷に近しい一族の母方の名前だそうです。 ルイ14世下の仏軍で人気があった士官の武勇伝がアレクサンドル・デュマ・ペールを魅了して止まなかったのでしょう。
☆アレクサンドル・デュマ・ペールの書いたThe Iron Mask(鉄仮面)がインターネットで読める!(英単語をWクリックで意味表示及びページ末に注釈付き)
Alexandre Dumas: The Man in the Iron Mask - The Free Library

The Vicomte de Bragelonne
アレクサンドル・デュマの小説は日本でも翻案小説が出版されていましたが、私が小さい頃に初めて読んだダルタニャン物語(三銃士)は少女雑誌の付録漫画でしたがかなり忠実に描かれて愉快でした。 漫画といえば1987年に20分52話のTVシリーズの「アニメ三銃士」を放映していましたが、アニメではアラミスが女という設定になっています。
元伯爵の高潔なAthos(アトス)と司祭のAramis(アラミス)と酒と女に目が無い陽気なPothos(ポルトス)の三銃士に出世を目指して上京したD'Artagnan(ダルタニアン)が加わって活躍する「三銃士」は大変面白い読み物でした。 テレビがまだ普及していない時代には漫画本や児童小説が子供の娯楽の一部でしたから、当時は小学生でもダルタニアンを知っていたのです。(私だけ?) デュマの小説で痛快なのは「三銃士」ですが、薄気味悪いのは「鉄仮面」でしょう。 「Les Trois Mousquetairesn又はThe Three Musketeers(三銃士)」の続編「Vingt Ans après(二十年後)」のその又続編で19世紀の中頃に書かれたシリーズのダルタニャン活劇の中でも最も壮大で、三銃士の3倍も長い小説「Le Vicomte de Bragelonne ou Dix ans plus tard又はThe Vicomte de Bragelonne(ブラジュロンヌ子爵)」の最後の部分""The Man in the Iron Mask"に鉄仮面が登場します。 ちなみにLe Vicomte de Bragelonne(オーギュスト・ジュール・ラウル・ド・ブラジュロンヌ子爵)とは三銃士の一人であるアラミスの恋人の一人でもあり、リシュリュー枢機卿とは敵対関係にあったシュヴルーズ公爵夫人が同じく三銃士の一人のアトスとの一夜限りの夜で授かった子供、つまりアトスの隠し子といわれています。

その「鉄仮面編」の鉄仮面はアレクサンドル・デュマの解釈で、噂の囚人をルイ14世の弟で「鉄仮面」という設定にして小説を書いたようです。 その元となる脱獄不可能なIle Ste-Marguerite(サント・マルグリット島)に幽閉されていたという伝説が残っているベールを被った囚人については、鉄仮面が誰なのか、ルイ14世の父親は誰なのかも歴史的に諸説あり真相は今もって不明です。 実際に囚人が被っていたのは鉄仮面ではなくてただの布製の頭巾だったのかもしれません。
Who was the "Man in the Iron Mask"?
謎の鉄仮面の正体は誰? なにゆえに「鉄仮面」を囚人に被せたかについての秘密は1976年にLe chateau de ma mere & La gloire de mon pere(プロヴァンス物語)の作家であるMarcel Pagnol(マルセル・パニョル)が1965年に"The Secret of the Iron Mask"のなかで「ルイ14世の弟であろう」と書いているそうです。 史実に基づいて書かれた鉄仮面の小説はアレクサンドル・デュマの他にもあって、フランスの歴史小説家のFortuné du Boisgobey(フォルチュネ・デュ・ボアゴベー)が1878年に書いたLes deux merles de m. de Saint-Mars (サンマール氏の二羽の鶇)もあるそうです。 江戸川乱歩の「鉄仮面」はこちらの方を書き直したらしいです。 幽閉された鉄仮面の脱ぐことのできないグロテスクな鉄製の面や鎧の金属音が石造りの古城に不気味に響き、暗くじめじめした雰囲気をかもし出すのを想像すると子供心にもなにやらおどろおどろしい空想を逞しくさせたものでした。

昭和20年代後期から講談社から出版されて私が子供の頃に読み漁った児童書の世界名作全集は梁川剛一画伯の写実的な装丁画や挿絵も多くあり、三銃士をはじめEdgar Allan Poe(エドガー・アラン・ポー)の「黄金虫(The Gold Bug)」をはじめ、「アランビア・ナイト(千夜一夜物語)」やJules Verne(ジュール・ベルヌ)原作の「海底旅行(Vingt mille lieues sous les mers)」まで収録されていたのでした。
その中でもわたしが好きだった小説がBaroness Orczy(バロネス・オルツィ又はオルツィ婦人)原作の「紅はこべ(The Scarlet Pimpernel )」でした。 1934年に映画化された時の配役はパーシー卿がLeslie Howard(レスリー・ハワード)だったそうですが、オルツィ婦人の三作目の映画化はThe Elusive Pimpernel(快傑紅はこべ)として1950年にDavid Niven(デヴィッド・ニーヴン)がパーシー卿を演じたのでした。 70年代あたりにもう一度リメイクされるなら私の好みでぜひJean Paul Belmondo(ジャン・ポール・ベルモンド)のパーシー卿を観たいと思っていましたがそれはなりませんでした。
意味が違いますが剥がせない面というと日本では講談の「名工綺談 肉付きの面」を思い浮かべます。 これも怖い!
アレクサンドル・デュマ・ペールの小説で映画化された作品のポスター画像がたくさん見られるAlexandre Dumas au Cinéma

Douglas Fairbanks' The Iron Mask
「鉄仮面」は原作同様に「三銃士(1921年)」の続編として1929年にDouglas Fairbanks( ダグラス・フェアバンクス)が製作したサイレント映画なの俳優はいっさいセリフをしゃべらず配役も似かよっていますが、ダルタニャンとコンスタンツのローマンスを盛り込みナレータと音楽によってストーリーが展開する浪漫活劇です。 映画「鉄仮面」はサイレント時代から1950年代まで映画を撮っていたAllan Dwan(アラン・ドワン)が監督し、製作者のダグラス・フェアバンクスが人気者のD'Artagnan(ダルタニャン又はダルタニアン)を演じています。 "飲む打つ買う"じゃないですが極道の気もあるが腕っ節は滅法強い三銃士と意気投合して若君を守るために大暴れするダルタニャンはとても魅力的です。

ダグラス・フェアバンクスの「鉄仮面」の登場人物はLouis XIII de France(ルイ13世)、Louis XIV de France(後のルイ14世)と双子のフィリップ王子、Cardinal Richelieu(枢機卿である宰相のリシュリュー)、悪家臣のRochefort(ロシュフォール)、修道院に幽閉されるダルタニアンの恋人Constance(コンスタンス)、そして三銃士です。

ダグラス・フェアバンクスの映画「鉄仮面」のストーリーは、フランスのルイ13世の時代に待望のお世継ぎが双子だったことから悲劇が始まります。 宰相のリシュリューが弟のフィリップ王子のフィリップの方に未来の反逆者の相を読み取ってお国安泰のためにと内密にスペインに送ってしまいますが、このことを秘密にしておくため内情を知る女王のお付きのConstance(コンスタンス)を修道院に閉じ込めてしまうのです。 ダルタニアンは愛するコンスタンスの危機を知り三銃士を呼び集めて救出に向かうも、時既に遅し、恋人はロシュフォールの愛人の刃にかかって非業の死を遂げてしまうのです。 悲しむ間もなく危うき枢機卿を救うべく赤い征服の近衛兵とチャンチャンバラバラと闘うダルタニャンです。 反逆者として三銃士は追放になったもののダルタニャンは活躍を認められて銃士となり未来のルイ14世のボディガードを枢機卿から仰せつかります。

時は経ち、容態が悪くなり死に面した枢機卿は一つのメダルを分けたペンダントを4歳になった未来のルイ14世とダルタニアンに託し、ダルタニャンはフランスの平和のために王子が成人するまでお守りする役目を引き受けます。 ダルタニャンの恋人のコンスタンスも枢機卿も息を引き取る間際に「the other one」以外は双子の王子のことをダルタニャンに伝えられなかったのでこのことは秘密のままでした。 一方、双子の王子誕生の時に司祭が枢機卿に渡したメモを盗み取って秘密を知っていた宰相の家臣のロシュフォールは己の野心のために秘密裏にフィリップ王子を育てながらその期が熟すのを待っていたのです。 遂にその時がやってきました。 ロシュフォールは寝台で休んでいる若きルイ14世を拉致して顔が分からぬように鉄仮面を被せて身分の高い人物用の塔の上の牢獄に幽閉してしまい、子飼いにした弟のフィリップを王座に付かせて己の利権を得ようとしたのです。

我、王にして王にあらず、囚われたルイ14世は塔の下の漁師に「これをダルタニャンに届けよ、褒美はとらす。」と、ルイ14世の印としてメダルの片割れの図も引っかいて記した銀食器を落としてルイ14世の危機をダルタニアンに知らせたのです。 またまた旧友三銃士がダルタニャンと共にルイ14世救出に馳せ参じます。 老いたりといえども昔とったる杵柄ならぬサーベルを振り回し強いのなんのって、ロシュフォールの配下と闘かいます。 最後にはマスケット(火縄銃)やら火薬樽の爆発やらと新兵器も登場したせいで一人は命を落としますが、残されたダルタニャンとニ銃士は悲しむ暇もなくルイ14世の奪回に成功して皇后が毒入りワインを飲まねばならぬ直前にかろうじて間に合ったのでした。 ルイ14世はそれまで自分が被せられていた鉄仮面を今度はフィリップに被せて幽閉しフランス国家は救われたというお話です。 しかし身元がばれた際に逆上した偽ルイ14世(弟のフィリップ)のナイフでダルタニャンが背中に致命傷を負います。 王宮をよろめきながら出て行くダルタニャンを天から迎えに来たのはあの三銃士たちでした。

All for one and one for all!
映画の冒頭の劇の幕開けで三銃士を後ろにダグラス・フェアバンクスが演じるダルタニャンがサーベルを振り回しながら叫んでいるスローガンは「All for one and one for all!」ですが、原作ではフランス語の"Un pour tous, tous pour un.(一人は皆の為に、皆は一人の為に)"となっています。 この名句は映画では冒頭、三銃士の未来永劫の別れ、ルイ14世が成人する頃、幽閉されている鉄仮面救出場面、そして天に召される四銃士のラストシーンで合計5度も使用されています。
Douglas Fairbanks In The Iron Mask - YouTube

Douglas Fairbanks
ダグラス・フェアバンクスはサイレント時代の1915年にThe Lamb(快男子)でデビューし、その後も1920年に「The Mark of Zorro(奇傑ゾロー)」、1929年に「The Three Musketeers(三銃士)」、1922年に「Douglas Fairbanks in Robin Hood(ロビン・フッド)」、1924年に「The Thief of Bagdad(バグダッドの盗賊)」などの無声映画(サイレント)に立て続けに出演して人気を博したアメリカの美男俳優です。 1938年には往年のフランス女優のDanielle Darrieux(ダニエル・ダリュー)と「The Rage of Paris(巴里の評判娘)」で共演した他にたくさんの冒険活劇に出演しました。
生涯に何度も結婚したダグラス・フェアバンクスでしたが、最後の妻だったCarole Lombard(キャロル・ロンバート)は1939年にClark Gable(クラーク・ゲイブル又はクラーク・ゲーブル)の3度目の妻となったそうです。

The Iron Mask DVD
ページトップの画像は1929年にダグラス・フェアバンクスが主演したThe Iron Mask(鉄仮面)のDVDです。 カバー画像は素晴らしいですが正体不明な海賊版らしきDVDのThe Iron Maskはアメリカ合衆国で2004年頃に発売されたそうです。
※ビデオカバー画像はカラーですがどのダグラス・フェアバンクスの「鉄仮面」のビデオは全て白黒映像です。
日本で入手出来るダグラス・フェアバンクス出演の「鉄仮面」DVDはありませんが、VHSでは「鉄仮面」と「Iron Mask」が見つかります。


Le masque de fer
Le masque de fer - Henri Decoin
Le masque de fer VHS

Le masque de fer (1962)
これは観たい!ジャン・マレーのダルタニャン!
「鉄仮面」の原作者であるアレクサンドル・デュマ・ペールの本国フランスでもHenri Decoin(アンリ・ドコアン)が監督している「鉄仮面」の映画がありますが日本では情報が見つからずフランスのAmazon.frにVHSのカバー画像がありました。 私はこのフランス版の「鉄仮面」を観たことはありませんが、今は亡き美男のJean Marais(ジャン・マレー)とがダルタニャンを演じるのですからぜひ観たいです。 1957年にJacqueline Sassard(ジャクリーヌ・ササール)主演の「Guendalina(芽ばえ)」でヒロインの母親を演じたイタリア女優のSylva Koscina(シルヴァ・コシナ又はシルバ・コシナ)も出演しています。
ダニエル・ダリューの夫だった時期もあったアンリ・ドコアン監督は1953年にFrancoise Arnoul(フランソワーズ・アルヌール)が主演した「Dortoir des grandes(上級生の寝室)」などでもジャン・マレーと一緒に仕事をしています。


The Man in the Iron Mask
The Man in the Iron Mask - Leonardo DiCaprio
仮面の男 DVD

The Man in the Iron Mask 1998年
フランス語では"L'Homme au masque de fer"というタイトルの「仮面の男(鉄仮面の男)」は、Leonardo DiCaprio(レオナルド・ディカプリオ)がルイ14世とフィリップの双子を演じている「鉄仮面」映画で入手可能なビデオです。 Randall Wallace(ランダル・ウォレス)が監督及び脚本も手掛け、三銃士としてアラミスをJeremy Irons(ジェレミー・アイアンズ)、アトスをJohn Malkovich(ジョン・マルコヴィッチ)、ポルトスをGerard Depardieu(ジェラール・ドパルデュー)が演じるという豪華キャストです。 The Skeleton Key(スケルトン・キー)に出演したPeter Sarsgaard(ピーター・サースガード)もマルコヴィッチが演じる三銃士の一人であるアトスの隠し子のRaoul(ラウル)役でデビューしています。  ダルタニャンを演じるのは1987年にシエスタに出演しそのセクシーさゆえに主演のEllen Barkin(エレン・バーキン)がつい結婚してしまったというほどの男前の俳優のGabriel Byrne(ガブリエル・バーン)です。 こちらの「仮面」男」も1962年のパリを舞台にしていますが、幽閉されている仮面の男は秘密を知ったルイ14世が田舎に暮らしていた弟のフィリップを拉致して幽閉したことになっています。 14世の母である皇太后とダルタニャンとの不義の子と知ったからです。 つまりこの映画では双子の王子は、枢機卿のリシュリューや皇太后の相談役のJules Mazarin(マザラン)の子説ではなく、13世の王妃がダルタニャンと密通して出来たという説を採っています。 エレン・バーキンが恋に落ちたほど魅力的なガブリエル・バーンだから王妃と関係したダルタニャンという配役も頷けます。

さて、恋人のクリスティーヌをルイ14世に取られた挙句に前線に配属されて戦士した息子のラウルのことで国王を恨んだ父のアトスが復讐することを決意します。 「L'État, c'est moi!(朕は国家なり)」と公言する絶対王政を確立しやりたい放題のルイ14世を杞憂して、聖職にあるアラミスの計画にダルタニャン以外の残りの銃士が加担して幽閉されている仮面の男と現ルイ14世とを入れ替える手助けをすることになります。 ルイ14世のマイ・フェア・キング・バージョンとして、仮面の男だったフィリップが国王の身代わりとなり今までのルイ14世が今度は鉄仮面として幽閉されそうになったものの又入れ替わって結局元の木阿弥とまさにすり替え取替え物語なのです。 ハイライトは埃にまみれた昔の三銃士の制服引きずり出して身に纏った銃士三人はフィリップが幽閉されている牢獄へと向います。 粋なダルタニャンも別れの赤い薔薇を皇后に捧げると三銃士に加わるべく宮殿を後にします。 ダルタニャンは国王と近衛兵との銃撃戦の最中、フィリップ弟王子に自分が父親であることを告白した後、フィリップと三銃士ともども捨て身の突撃を決行し全員討ち死にします。 いや、ところがその時点では死にませんでした。 もうもうと立ち込める硝煙臭い(多分)紛塵の中から三銃士たちが現れ出でたのです。 パチパチパチ! 喜びもつかの間、その後の乱闘で国王に背中を一突きされたダルタニャンは"All for one and one for all.(一人は皆の為に、皆は一人の為に)"と言い残して息を引き取ります。(実在したダルタニャンはオランダ戦争でのマーストリヒトの攻囲戦で1673年に死亡) そして鉄仮面を王の銃士たちに引き渡したので幽閉されるべく連れ去られます。 さていったいどっちのルイ14世なんでしょう? 「仮面の男」でも例の三銃士のスローガン「All for one and one for all(1人は皆のために、皆は1人のために)」は2度ほど出てきます。

1993年の「What's Eating Gilbert Grape(ギルバート・グレイプ)」から成長したレオナルド・ディカプリオが1997年のTitanic(タイタニック)に続いて大役を演じています。 「仮面の男」でもベッドシーンを演じているレオさまですが2004年にはもっと成長して「The Aviator(アビエイター)では金髪グラマー好きのHoward Hughes(ハワード・ヒューズ)役で主演しています。


Don't Drink and Do-It!
Knocked Up (2006) by Judd Apatow
Katherine Heigl and Leslie Mann in Knocked Up (2006)
ジャド・アパトウの笑えないコメディ第二弾! 「ノックトアップ」

Judd Apatow
ジャド・アパトウ(ジャド・アパトー)はJim Carrey(ジム・キャリー)関連の映画としては1996年にThe Cable Guy(ケーブル・ガイ)で制作側に名を連ね、2005年の「Fun with Dick and Jane(ディック&ジェーン 復讐は最高!)」の脚本に関わっています。 その後、日本未公開でしたが2004年にBewitched(奥さまは魔女)のWill Ferrell(ウィル・フェレル)やSteve Carell(スティーヴ・カレル)が出演したAnchorman: The Legend of Ron Burgundy(俺たちニュースキャスター)では制作、そしてスティーヴ・カレルが主演した2005年の「The 40-Year-Old Virgin(40歳の童貞男)」を監督しましがそれ以降はウィル・フェレルと組んで製作などに関わってきました。
そして今、再びジャド・アパトウが監督、脚本及びプロデュースする美人キャリアウーマンとプー太郎のありえないカップルを描いたR指定コメディ「Knocked Up(ノックトアップ)」が大ヒットしているそうです。 「できちゃった!」とはこれまたすごいタイトルですが、Gynecologic Jokes(産婦人科ネタ)を織り込んで現実的な問題を皮肉の基本姿勢で描いているそうです。 それにしてもいやらしい産婦人科の医師に「お姉さんと同じ。」と言われたアリソンも気の毒。 なんたってジャド・アパトウが監督ですからこの映画はただのコメディではなさそうですよ。 日本公開は大幅に遅れて2008年の12月です。
< 超一流コメディ!> 早く診たい!じゃなくて観たい!

Will It Turn From One Night Stand Tragedy To La Vie en rose?
酔っぱらった一夜の火遊びでデキチャッタ!新進ジャーナリストのAlison Scott(アリソン)役にはモデル出身でテレビシリーズの「Roswell(ロズウェル/星の恋人たち)」などに出演していたKatherine Heigl(キャサリン・ハイグル又はヘイグル)が演じます。
まさに、美女と野獣! テレビ番組の司会者になれて目下ノリノリ人生を楽しんでいる若い美女が酔った勢いで、何でこんな奴と"Let's Do It!"、そして2ヶ月後に身体に異変が Oh My God!
惨劇転じてハッピーエンドなるかはあの無精髭男の手中にありやなしや!
ヒロインのアリソンが『ああはなりたくない!』と思っている倦怠夫婦の見本である姉のDebbie(デビー)にはジャド・アパトウ夫人のLeslie Mann(レスリー・マン)が演じますが、同じくジャド・アパトウ映画の常連であるIris ApatowとMaude Apatow(ジャド・アパトウの娘)がアリソンのおしゃまな姪っ子姉妹を演じています。 デビーの夫のピートにはPaul Rudd(ポール・ラッド)です。 まるで縫いぐるみのクマちゃんみたいな風貌の、大人になり切れないBen Stone(ベン)を演じるのが2004年の「俺たちニュースキャスター」や「40歳の童貞男」にも出演したヴァンクーバー出身のSeth Rogen(セス・ローゲン)で目下人気上昇中です。 セス・ローゲンの"セス"という名前は1998年に「City of Angels(シティ・オブ・エンジェル)」でNicolas Cage(ニコラス・ケイジ)が演じた天使の名前ですが、Meg Ryan(メグ・ライアン)が言った「セスって、変わった名前ね。」というセリフを思い出しました。 映画の中では冴えない無責任男の役を演じたセス・ローゲンは若手のコメディ俳優ですが、プロデューサーやエミー賞やMTV Movie Awardsにノミネートされた脚本も手掛けるマルチタレントの映画人でもあり、「ノックトアップ」では出演と製作総指揮も担当しています。 テレビの"Friends(フレンズ)にも出演していたPaul Rudd(ポール・ラッド)が義兄のPete(ピート)役を演じるなどまさに「40歳の童貞男」の同窓会のようです。 セス・ローゲンの次回出演作品は日本未公開ですがジャド・アパトウがプロデュースするGreg Mottola(グレッグ・モットーラ)監督の2007年のコメディ映画の「Superbad(スーパーバッド 童貞ウォーズ)」で、セス・ローゲンは製作総指揮及び脚本も担当しています。(2007年8月にアメリカで公開) 2008年8月にアメリカで公開のDavid Gordon Green(デヴィッド・ゴードン・グリーン)監督の犯罪コメディ映画「Pineapple Express」で脚本を手掛けマリファナ中毒のDale Denton役で主演します。 麻薬を買うために売人と会いいかれたオマワリと麻薬王がつるんだ殺人現場を目撃してパニックに陥ったデイルがレアな麻薬を投げ捨てこちからで足が付くというストーリーなんだそうです。 タイトルのPineapple Expressとは新種の大麻だとか。 アニメでは2007年のKung Fu Panda(カンフー・パンダ)でカマキリの声を担当する他、2008年にはダレダーレの窮地を救う像のホートンの冒険を描いた「Horton Hears a Who!(ホートン ふしぎな世界のダレダーレ)」や妖精をテーマにした冒険ファンタジーの「The Spiderwick Chronicles(スパイダーウィックの謎)」でも声の出演をしています。

Knocked Up Synopsis
あらすじには結末も描かれているのでこれからビデオをご覧になる方は読まない方が楽しめます。
なぜこの曲なのかは全く分りませんがまさか"Hey, baby, I like it rawww..."じゃないでしょうが、Ol' Dirty Bastard(オール・ダーティ・バスタード)の"Shimmy Shimmy Ya"で始まる「ノックトアップ」の冒頭シーンはおバカな若者たちの戦いごっこからジェットコースタまで享楽の限りを尽くした日常を描き出します。 一方やレスリー・マンが演じる姉一家の屋敷内でプールサイドの離れに住んでいるのはテレビ局に勤務するアリソンです。  コンピュータに携わって怪しいウエブサイトの制作が仕事のベンとルームメイトの総勢5人のばっちい青年どもの一人であるジェイソンはJason Segel(ジェイソン・シーゲル)が演じています。 ジェイソン・シーゲルはポール・ラッドと共に2008年の「Forgetting Sarah Marshall(寝取られ男のラブ♂バカンス」で脚本及びピーター役で主演しているばかりでなく自作の"Dracula's Lament"まで歌っています。
Kickin' Fuckin' Ass
アリソンはめでたくTV局のインタビューの仕事に抜擢され姉のデビーと喜びを分かち合おうと町へ繰り出します。 クラブに入るとそこにあのベンのご一行さまが来ていたのです。 立て混んだカウンターに飲み物を取りにいったアリソンとベンが偶然隣り合わせとなりビールを融通したことから知り合いになります。
Katherine and Seth Dancing at the bar - YouTube
仲間の男に促されたベンはアリソンとデビー姉妹のテーブルにてのこのことやってきます。 ジェイソンはデビーが気に入ったようで「綺麗だね」褒めたところ、アリソンが余計なお世話で「姉は結婚してるのよ。子供が二人もいるの。」と暴露。 そこにまさに子供が水ぼうそうだと電話が入るのです。 「まだここにいるわ。」と言うアリソンを残して姉は家に帰ります。 なにしろ今夜は嬉しいからアリソンは飲む、飲む、飲む。 踊る、踊る、踊る。 相手は誰でもいい! ベンのもしゃもしゃ頭に触って「貴方のカーリーヘアが好きよ。」とまで言ってしまう。 ラッキーなのはベン 「でへへ。」 酔っ払って意気投合しちゃった二人はクラブを出るやいなやアリソンがベンに飛びついてキッス! 即ベッドへ直行! ベンはこんな場合に備えての用意があったが慣れていないから手間取って。。。早く!早く!と急かすアリソンの声でやむなく放棄! さて、翌朝、朝日に照らされた自分の部屋でアリソンはばっちいケツを見た。 なんてこった! 起こされたベンは「む、俺たち、やっちまったのか。」 朝ご飯をご所望のベンを連れて食堂へ。 ベンはアリソンの名詞をゲット。 まずは大成功。

さて、あの一晩の情事から8週間が経ちました。 タマゴの細胞分裂の映像。 テレビのお仕事中のアリソンに細胞分裂の結果生じる現象が。 おえっ、おえっ。 スタッフの質問は「何食ったの? 流感か?」
家に帰ったアリソンはデビーに相談。 覚えが無いけれど、まさか、あの、くまちゃんと。 慌てた二人は薬局に駆け込み手当たり次第に妊娠検査薬を買い込む。 トイレにこもって全部お試し。 どれもこれも陽性! その男の電話番号は?と聞くデビーにアリソンが答えられるのはベンのばかげたウエブサイトのことだけ。 Fressy of the Starsのサイトはなんと工事中! そこで姉はサイトに書かれたメンバーのメールアドレスからベンにメールを送信する。 "What is your number? I need to speak with you right away." これを受け取ったベンは仲間と大喜び! やったー!(本当にやった。) さっそく電話番号にスマイルマークも添えて即刻返信。 当然のこと、すぐにアリソンから電話で「明日の晩に食事にいかが?」とお誘い。 ベンも仲間も当然期待しているのはアレ。 レストランで会った二人、「なんであたなに電話したかというと、妊娠したからよ。 貴方が赤ちゃんの父親なの。」とアリソンから聞いたベンは言葉を失う。 結局二人は翌週に病院に行くことにする。 「9週です。おめでとう!」と医師からおめでたくないお言葉を頂きショックで泣き出すアリソン、戸惑うベン。 結局愛の結晶を受け入れることに決めたアリソン。 そう望むベンともっとお互いを知り合うことにする。 この時レストランで流れる曲はThe Little WilliesのNorah Jones(ノラ・ジョーンズ)が歌う"Love Me"です。 この曲は1956年にMike Stoller(マイク・ストーラー)とJerry Leiber(ジェリー・ライバー)のコンビがElvis Presley(エルヴィス・プレスリー)に書いた曲です。 お手々つないですっかり若夫婦のように歩くアリソンとベンは赤ちゃん用品を見に行ったり、ベビードレスや妊娠ガイドブックを買ったりと親になる準備に余念がありません。 妊娠中の注意事項。 寿司食うな。 麻薬やるな。 トランポリンするな。
もう24週目、つまり6ヶ月が経過しました。 どんどんせり出してくるアリソンのお腹。 そんな折、Bob Marley & The Wailers(ボブ・マーレイとワイラーズ)の"Put It On"をBGMにベンがマリファナを吸ってハイになっていると突然すっごい地震! カルフォルニアだから地震も珍しくないようだが全員表に飛び出す。 警戒中のパトカーが通り過ぎる時、ベンはまだ手にしていたマリファナ用水ギセル(bong)に気付き慌てて割って捨てた。 それからアリソンとベン、そして姉夫婦間にもすったもんだがあり、意気投合したベンとデビーのポールの二人はラスヴェガスに繰り出し羽目を外すがそれも飽いて二人とも家に帰りたくなる。 娘のバースデイ・パーティにやって来たベンは「俺はもうそんな男じゃないんだ。」とアリソンに言う。 確かにベンの顔は映画の冒頭からみるとずっと大人っぽくなっている。 産み月まであと2ヶ月という大きなお腹をかかえてテレビのインタビューの仕事をこなすアリソン、そのスターたちの中にカメオ出演でスティーヴ・カレルやJessica Alba(ジェシカ・アルバ)の顔も見えます。 テレビ局でボスに呼ばれた妊娠8ヶ月のアリソンはクビかと思いきや計らずしてお腹の大きなインタビューアが人気があると判明した模様で、腹のでかさに比例して視聴率も上がったとか。 めでたし、めでたし。 アリソンはラマーズ法へ通ったり、赤ちゃん用品を揃えたり、ベンは部屋の模様替えをするなど着々と出産準備が整っていった。
そして、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!!!! キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!!!!!

車でベンが駆けつけるとアリソンはリラックスするために泡風呂の真っ最中。 やっと入院できて、さて分娩。 アリソン自身の大写しには度肝を抜かれるがトリックだからご安心。 無事に生まれた赤ちゃんを抱くアリソン。 女児誕生、おめでとう!
エンディング・クレジットはハワード医師として出演もしている歌手のLoudon Wainwright III(ラウドン・ウェインライト)の歌で"Daughter"と"Grey in L.A"

Don't Drink & Do-It, or Possibly Knocked Up
<飲んだら乗るな! 飲んだらやるな!>
結婚する気もなかったのに"デキチャッタ!"なんて若い女性には深刻な問題を取り上げ、その若者カップルの困惑や正しい行動をとろうとする道徳観念や、男と女がそれぞれ相手に期待する生来の矛盾など恋愛について率直に描いているそうです。 それほど露骨でもなさそうですが産婦人科関連のお下品な下ネタは映倫にひっかかりそう。
※ちなみにタイトルの"Knocked Up"は「妊娠させる」だそうです。
「ノックトアップ」のスチール写真と人物紹介が見られるKnocked Up Photos - moviefone.com(nextをクリックすると30枚見られます。)
それでは皆様、くれぐれも飲んだら  Don't Dooo IT!

video「Knocked Up(ノックトアップ)」のオフィシャルサイトではもう予告編が観られないのでKnocked Up Trailer - VideoDetective
Knocked Up International Trailer - YouTube
Judd Apatow Interview - YouTube

The dipstick presents high levels of HCG ... Woooow, Knocked Up!
今ならオフィシャルサイトでENTER THE SITEをクリックしてすぐにローディング画像として出てくるシロモノは、ページトップの画像で姉妹が見ているのと同じHome Pregnancy Test Kit(妊娠検査薬)のようです。 1回分が1000円ほどとちょっとお高い検査スティック(もしくはスリップ)は即結果を示してくれるので、基礎体温を計るGynecological Thermometer(婦人体温計)と合わせて良く使用されるそうです。 この尿検査スティックは赤い丸とかラインが出れば陽性(プラス)で妊娠の可能性大! 結果は嬉しかったり悲しかったり!
※今ならオフィシャルサイトのMUSICをクリックするとサウンドトラックが聴けます。
アメリカでは2007年の6月から公開されてBox Office(興行成績)でも上位(6月当初は第2位)にありました。 日本での公開は、2005年の「40歳の童貞男」が翌年2006年に公開されたより遅れて、2008年にジャド・アパトーが制作したコメディ映画「Forgetting Sarah Marshall(寝取られ男のラブ♂バカンス)」と同時に2008年12月に公開です。
「ノックトアップ」の後は2008年にキャサリン・ハイグルが主演する「27 Dresses(幸せになるための27のドレス)」に期待しましょう! この映画でもキャサリン・ハイグルは飲んでできちゃった!はないですがやっちゃった。
ちなみにイギリスの「Empire誌」恒例の2007年のSexiest Movie Starでは"Knocked Up"でのキャサリン・ヘイグルが第84位に選ばれているそうです。

Let's Do It, Let's Fall in Love
"Knocked Up"の予告編で流れている歌は さて何でしょう?
この曲はサウンドトラックには収録されていませんが、Eartha Kitt(アーサー・キット)が"When the little bluebird, Who has never said a word ...と歌う"Let's Do It (Let's Fall in Love)です。
1928年にCole Porter(コール・ポーター)が作った"Let's Do It"はLouis Armstrong(ルイ・アームストロング)のユーモラスなヴォーカルが知られていますが、セクシーバージョンのアーサー・キットの他にも、The L Word(Lの世界)のサントラではElla Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)が歌っています。 この他にも"Let's Do It"はBillie Holiday(ビリー・ホリデー)、Dinah Washington(ダイナ・ワシントン)、Peggy Lee(ぺギー・リー)といった女性ジャズ歌手やFrank Sinatra(フランク・シナトラ)などの男性歌手も歌っています。 歌詞にはいくつかのバージョンがありますが、オリジナルの「Chinks do it, Japs do it,」といった差別的かつ不適切な歌詞はchimpanzeesやkangaroos に変えられたそうです。(チンクは中国人でジャップは日本人の蔑称)
思わせぶりな「Do It」とという言葉はMarilyn Monroe(マリリン・モンロー)が朝鮮戦争時代の1954年に歌ったGeorge Gershwin(ジョージ・ガーシュイン)作曲の「Do It Again」にも使用されています。
モンローの「Do It Again」についてはApril Stevens(エイプリル・スティーヴンス)参照。
予告編で流れるLet's Do It, Let's Fall in Loveはアーサー・キットのアルバムPurr-Fect: Greatest Hitsに収録されています。

Knocked Up Soundtrack
「Knocked Up」の音楽はJoe Henry(ジョー・ヘンリー)ですが、映画で使用されている曲目にはボブ・マーリーの子供であるレゲエのDamian Marley(ダミアン・マーリィ)、キルビル2のサントラで"Black Mamba"を歌ったヒップホップ集団のWu-Tang Clan(ウータン・クラン)、ニューウェーブのB-52's(ビー・フィフティートゥーズ)、そしてイギリスで注目のLily Allen(リリー・アレン)などのアーティストたちの音楽が使用されているそうです。
※シンガーソングライターのジョー・ヘンリーは2002年に"King of Rock and Soul"と呼ばれたSolomon Burke(ソロモン・バーク)がグラミー賞を受賞したアルバム「Don't Give Up on Me」をプロデュースしたことでも知られています。(魅惑のテナー奏者と呼ばれたサム・テイラーが吹き込みに参加したこともあり) 2006年のThe Devil Wears Prada(プラダを着た悪魔)でMadonna(マドンナ)の曲作りにソロモン・バークも参加したそうですが"Jump"はサントラには収録されませんでした。
Damian Marley - All Night
Shimmy Shimmy Ya" By The Wu-Tang Clan
The B-52's Rock Lobster
Lily Allen - Smile

Loudon Wainwright III
2007年5月に発売された「Knocked Up」のサントラは普通とはちょっと違っています。 通常サウンドトラックCDは映画に関連した画像のCDカバーなのですが、エリートミュージシャンのLoudon Wainwright III(ラウドン・ウェインライト)の1998年のポップスとクラシックの融合音楽といわれるデビューアルバムがジャド・アパトウ監督ご指定の"Knocked Up"サントラなんだそうです。 これが通には意外と人気なのです。 へえ~! 映画で使用されたラウドン・ウェインライトの自作自演の"Daughter"、"Grey in LA"、"Feel So Good"、"So Much To Do"、"X or Y"や"Passion Play"などが収録されているアルバムです。
Strange Weirdos: Music from and Inspired by the Film Knocked Up
knockedCd.jpg

Knocked Up DVD
2008年に邦題が「無ケーカクの命中男/ノックトアップ」として2008年12月に映画か公開されるので、DVDが2009年2月6日に発売されますが日本のDVDカバーはSeth Rogen(セス・ローゲン)のようです。
無ケーカクの命中男/ノックトアップ
Knocked Up DVD
Seth Rogen as Ben Stone
日本では「Knocked Up」の輸入版のDVDがオークションなどで7000円から9000円で入手できることもありますが、無理に購入することはありません。 そのうちテレビの洋画劇場などで放映されるかもしれません。


Last Time I Saw Paris DVD - Amazon.com The Last Time I Saw Paris
The Last Time I Saw Paris DVD The Last Time I Saw Paris
I want to enjoy things, have fun, live every day like it's the last day.
雨の朝巴里に死す  (1954年)

「雨の朝パリに死す」はアメリカの作家であるF. Scott Fitzgerald又はFrancis Scott Key Fitzgerald(F・スコット・フィッツジェラルド)が1925年に夢と挫折を描いた短編「Babylon Revisited(バビロン再訪又はバビロンに帰る)」をモチーフとしてRichard Brooks(リチャード・ブルックス)が監督した超ロマンス映画で、パリやモナコでのロケが行われたそうです。 いかにもというロマンティックなメロドラマですが、他の典型的な50年代のハリウッドのお涙頂戴的ロマンス映画というよりは身近な問題なので身につまされます。
ちなみにフランス語では"La dernière fois que j'ai vu Paris"(私がパリを見た最後)というそうです。
原作の短編「Babylon Revisited(バビロン再訪)」について書かれた"Babylon Revisited": Contents and Introduction(英語のサイト)
F. Scott Fitzgerald(フィッツジェラルド)の短篇集から「雨の朝パリに死す」の冒頭が読めるデジタル書店グーテンベルク21の雨の朝パリに死す 立ち読みフロア

私の好きなフィッツジェラルドの作品といえば1925年に出版された現代版「嵐が丘」のような"The Great Gatsby"(グレート・ギャツビー)ですが、こちらも1974年にRobert Redford(ロバート・レッドフォード)主演で「The Great Gatsby(華麗なるギャツビー)」というタイトルで映画化されました。 Jack Clayton(ジャック・クレイトン)監督の「華麗なるギャツビー」がセリフにおいてはかなり原作に忠実だったので感激した覚えがありますが、「雨の朝パリに死す」の原作といわれる「バビロン再訪」については私は未読なので比較出来ません。

映画「雨の朝パリに死す」の美しいヒロインのHelen Ellswirth(ヘレン)を撮影当時22歳のElizabeth Taylor(エリザベス・テイラー)がゴージャスに演じています。 リズの演じる綺麗な令嬢姿が存分に見られた1951年のA Place In The Sun(陽のあたる場所)から3年後にさらに華麗な人妻役のリズが見られる映画です。
当時は無名だった"007"シリーズのRoger Moore(ロジャー・ムーア)が若いテニスコーチのPaul Lane(ポール)、Van Johnson(ヴァン・ジョンソン)がヘレンの夫になるCharles Wills(チャールス)役です。 堅物で生真面目ですが、ずっとチャールスを想うヘレンの姉の"Marion"(マリオン)として「It's A Wonderful Life(素晴らしき哉、人生!)」のDonna Reed(ドナ・リード)が、二人の父親として「How Green Was My Valley(わが谷は緑なりき)」のWalter Pidgeon(ウォルター・ピジョン)が出演しているという豪華キャストの映画です。

「雨の朝パリに死す」の舞台は第二次大戦の勝記念日あたりのバカ陽気なパリです。 その連合軍の勝利のお祝いパーティでヘレンとチャールスは出会い、チャールスの除隊後にパリで結婚し可愛い女の子も授かりました。 パーティ好きで奔放なヘレンは噴水に飛び込んだ"パリのアメリカ人"として記事になり、Ritz Bar(カフェ)の壁画にそのモデルとしてに応じたりと相も変わらず気紛れな行動を続ける一方、チャールスは昼間は通信者の記者として安月給で働きながら夜は作家として奮闘するも作品は書いても書いても不採用となる苦悩の毎日でした。 そんな時、ヘレンの父親から結婚記念に贈られたテキサスの土地の油田から突如石油が吹き出たのです。
※テキサスというとこの時代のちょっと前はサボテンとカーボーイとウエスタンでしたが50年代にはオイル・ブームですから、まさに1956年の「Giant(ジャイアンツ)」の前ぶれのような映画です。

一夜にして石油成金となり豪華な生活を楽しみ、生活の心配なく作家稼業に身を入れられる筈のチャーリーでしたが作品はボツの連続で自暴自棄となり酒に溺れどんどん嫌味な夫となっていきます。 とうとう作家への夢を失うと同時に次第に妻の愛情をも失い自滅の道へ突き進むことになります。 そこに現れたのがヘレンの父の友人であるテニスプレーヤーで遊び人のポールです。 ポールのヘタクソなフランス語"Enchante"(はじめまして)がヘレンの気を引き、金持ち狙いのポールの思惑通りになりかける一方、共に享楽をむさぼる日々を過ごす夫のチャールスも離婚ぶとりの超リッチな金髪グラマーと交際を再開して滅茶苦茶な夫婦生活が始ります。 お互いに当て付けのような不倫劇を演じていては本当に夫婦関係も壊れる一方だと案じたヘレンの希望はホームに帰ることでした。 ホームはアメリカ人として住んでいるパリの家のことではなくアメリカ人の本当のホームつまりアメリカ本国に戻るということです。 夢も虚しくお互い愛情の表現が不器用で素直になれなかった夫婦の悟るのが遅すぎた悲劇です。 金が無ければ四苦八苦、金が有り過ぎると不幸とは世の常、人の常?

video「雨の朝パリに死す」のトレーラーが観られるThe Last Time I Saw ParisTrailer - Turner Classic Movies(画像の右のmedia、その下のoriginal trailerをクリック、プレイヤーはwindowsを選択)

「雨の朝パリに死す」はまさに20世紀の偉大なる女優の一人である美しいエリザベス・テイラーを見るための映画です。
1950年代のLiz Taylor(リズ)は最高に綺麗です。 リズの映画で私が一番好きな作品は「雨の朝パリに死す」と同じくRichard Brooks(リチャード・ブルックス)監督の「Cat On A Hot Tin Roof(熱いトタン屋根の猫)」です。 ブルックス監督が1958年にTennessee Williams(テネシー・ウィリアムズ)の原作を映画化したものですが、この映画で25歳のリズは美しいだけではなく演技力を身に付けたといわれています。
エリザベス・テイラーは1944年にRobert Stevenson(ロバート・スティーヴンソン)が監督した「Jane Eyre(ジェーン・エア)」に子役で出演するなど映画界において子役時代から美しさでは他に類がないといわれるほどでしたが、私が始めて観たリズは金髪で出演したマーヴィン・ルロイ監督の1949年の「Little Women(若草物語)」でした。 もっとも私は公開当時ではなく後のテレビ名画座で観たのです。 映画では金髪に髪を染めたリズのフランス人形のような美しさには目を見張るばかりでした。 真っ白な肌、真っ黒な髪、バイオレットの瞳、小さな口からこぼれる可愛らしい声、そして小さな鼻。 そしてリチャード・バートンと共演した1966年の「Who's Afraid of Virginia Woolf?(バージニア・ウルフなんかこわくない)」や、1967年の「The Taming of the Shrew(じゃじゃ馬ならし)」以降はエリザベス・テイラーの映画を全く観ていません。
※Mervyn LeRoy(マーヴィン・ルロイ)監督は1940年のWaterloo Bridge(哀愁)や1942年のRandom Harvest(心の旅路)など泣ける名作がたくさんありますが、1939年のThe Wizard of Oz(オズの魔法使)や1949年の「Little Women(若草物語)」など子供にも楽しめる映画もある一方、1962年にはNatalie Wood(ナタリー・ウッド)主演で「Gypsy(ジプシー)」も撮っています。
60年代以降は百万ドル女優の貫禄充分でスペクタクル映画などに出演しましたが私の好きなリズの映画はもうありません。

「雨の朝巴里に死す」と「熱いトタン屋根の猫 」以外に私が観たリチャード・ブルックス監督の作品では1948年に脚本を担当したHumphrey Bogart(ハンフリー・ボガート)主演のKey Largo(キー・ラーゴ)、1955年に監督したBlackboard Jungle(暴力教室)、そして新しいところでは1977年のLooking for Mr. Goodbar(ミスター・グッドバーを探して)ですがいづれもスリリングな映画です。

私生活では1967年に「Doctor Faustus(ファウスト悪のたのしみ/博士の異常な愛)」でも共演した英国俳優のRichard Burton(リチャード・バートン)と1964年から結婚離婚を繰り返したエリザベス・テイラーでしたが、女優業の他にもフラグランスをプロデュースしているそうです。 1987年にElizabeth Taylor's Passion、1991年にWhite Diamonds Elizabeth Taylorと自分の名を冠した香水を持つゴージャスなリズですが、その一方かって仲良しだった人気俳優のロック・ハドソンがエイズで死亡したことからエイズ撲滅運動に参加して以来社会活動も盛んに行っています。

☆「The Last Time I Saw Paris(雨の朝パリに死す)」の写真が見られるL'ultima volta che vidi Parigi - FILM.TV.IT


Roger Moore
ロジャー・ムーアは英国出身ですが50年代の初めに渡米し、何年もの無名時代を過ごしました。 「雨の朝パリに死す」がロジャー・ムーアがやっと大役を掴んでクレジットが出るようになった日本映画デビュー作品となります。 ヨーロッパ映画で1961年に「IL Ratto delle sabine(サビーヌの掠奪)」でMylene Demongeot(ミレーヌ・ドモンジョ)と、1962年に戦争映画の「Un branco di vigliacchi」でPascale Petit(パスカル・プティ)と共演するなどしたロジャー・ムーアは翌年の1962年から6年間放映されたテレビシリーズの"The Saint"(セイント)の主役"Simon Templar"(サイモン・テンプラー)で大ブレイクし、同じく人気探偵シリーズだった77 Sunset Strip(サンセット77)などにもゲスト出演しています。 1974年に「The Man with the Golden Gun(007/黄金銃を持つ男)」ではボンドガールを演じたPeter Sellers(ピーター・セラーズ)の元妻のスウエーデン女優であるBritt Ekland(ブリット・エクランド)と共演しています。
※ドイツのファンサイトですが頭の上に天使の輪がついたサイモン・テンプラーの写真が見られるThe Saint - Simon Templar(左のメニューでSaint Picturesをクリック)
英語ですがロジャー・ムーアの幼少時代の写真も見られるHappy 79th Birthday, Sir Roger!
The Saint opening titles - YouTube

45歳になって貫禄のついたロジャー・ムーアは1973年からSean Connery(ショーン・コネリー)に代わってやっとJames Bond(ジェームス・ボンド)として採用され、鉄歯男を演じた2mを越す大男のRichard Kiel(リチャード・キール)やBarbara Bach(バーバラ・バック)がKGBの美人スパイを演じた1977年の「The Spy Who Loved Me(私を愛したスパイ)」をはさんで1979年までに7本の007シリーズに出演しました。 007の原作者"Ian Fleming"(イアン・フレミング)のボンド役のご指名は本来ロジャー・ムーアだったのですが若く見えすぎるということでショーン・コネリーに決定した経緯があります。 ところが、実際にはロジャー・ムーアの方が年上だったんだそうです。 ロジャー・ムーアが演じたジェームス・ボンドは最もセックスアピールがないといわれていますが私はサイモンのファンだったのでロジャーは魅力的だと思います。
なにしろジェームス・ボンド役は英国人でなくてはならないそうですから最新の2006年版「Casino Royale(007/カジノ・ロワイヤル)」でのボンド役を演じるDaniel Craig(ダニエル・クレイグ)も英国人です。 「カジノ・ロワイヤル」に出演しているMads Mikkelsen(マッツ・ミケルセン)は2002年の「Elsker dig for evigt(しあわせな孤独)」でデンマーク版のジェレミー・アイアンみたいに若い女に狂う医師の役を演じました。


The Last Time I Saw Paris DVD
ページトップの「The Last Time I Saw Paris」のDVD画像は二つともAmazon.comにあるDVDですが、左側のDVDカバー画像は映画のシーンなんでしょうか、私の記憶にありません。
こちらの画像は2002年発売の日本語字幕版DVDですが入手困難なのでリンクは2008年発売の500円DVDの「雨の朝パリに死す」になっています。
The Last Time I Saw Paris雨の朝パリに死す
500円DVD(ASIN: B0006B2GKA)や吹き替え版のDVD(ASIN: B000RL39MS)などもAmazon.co.jpで見つかります。

The Last Time I Saw Paris Soundtrack
「雨の朝パリに死す」のサウンドトラックではJerome Kern(ジェローム・カーン)作曲のロマンティックなタイトル曲となっている"The Last Time I Saw Paris"が使用され、ヘレンが弾くピアノの雨だれ演奏を含めて映画「雨の朝パリに死す」の全編通して随所に流れますが、歌詞はOscar Hammerstein II (オスカー・ハマーシュタイン二世)です。
映画「雨の朝巴里に死す」の冒頭はアメリカに帰っていたチャールスの2年ぶりのパリというシーンから回想劇が始まりますが、ヘレンの壁画のあるカフェや中盤のチャールス夫妻のダンスシーンで流れるフランス語の歌詞も同じくオスカー・ハマーシュタイン二世なのかどうか、又女性歌手は誰なのかは不明です。
「雨の朝巴里に死す」のサウンドトラックとしては国内では見つかりませんがJerome Kern(ジェローム・カーン)作曲のサウンドトラック集で試聴出来ます。
The Fred Stride Orchestra(フレッド・ストライド指揮)が演奏する"The Last Time I Saw Paris"はShowboat and Other Jerome Kern Classics
アルバム"Showboat and Other Jerome Kern Classics"のCD画像が見られて試聴できるShowboat and Other Jerome Kern Classics - Amazon.com
1940年に作曲されたThe Last Time I Saw Parisは1941年のミュージカル映画"Lady Be Good"で使用され映画ではAnn Sothern(アン・サザーン)が歌いました。 以来人気のジャズナンバーでEartha Kitt(アーサー・キット)のアルバム「The Collection」やVaughn Monroe(ヴォーン・モンロー)のアルバム「There! I've Sung It Again」にスイング調の"The Last Time I Saw Paris"が収録されている他、Dinah Shore(ダイナ・ショア、Frank Sinatra(フランク・シナトラ)、Dean Martin(ディーン・マーティン)のバージョンが有名です。 演奏だけではJohnny Hodges(ジョニー・ホッジス)のスウィングしている演奏がアルバム「A Jazz Romance: A Night in With Verve」のディスク:4の5番で聴かれる他、Dave Brubeck(デイヴ・ブルベック)やハードバップのピアニストのBud Powell(バド・パウエル)とその影響を受けた白人ピアニストのClaude Williamson(クロード・ウィリアムソン)がメロディックに演奏しているバージョンがあります。
日本でも人気のクロード・ウィリアムソンの"The Last Time I Saw Paris"は試聴なしですがアルバムの「Live at the Jazz Bakery」に収録されています。
"The last time I saw Paris, her heart was warm and gay,..."と歌われるDinah Shore(ダイナ・ショア)やDean Martin(ディーン・マーティン)のバージョンの"The Last Time I Saw Parisの"英語歌詞はThe Last Time I Saw Paris Lyricks - sing365.com
Ann Sothern(アン・サザーン)が歌っている"The Last Time I Saw Paris"は1941年のミュージカル映画「Lady Be Good」のサントラ「Lady Be Good/Four Jills in a Jeep」で試聴出来ます。
The Last Time I Saw Paris by Joan Collins in Monte Carlo (1986)- YouTube

☆集英社から1990年に出版されたフィッツジェラルド原作"Babylon Revisited"の文庫本はバビロン再訪―フィッツジェラルド短篇集



エデン・アーベ
ジャズのスタンダードとなっている私が大好きな美しい曲の"Nature Boy(ネイチャー・ボーイ)"を作曲したのはブルックリン出身のエデン・アーベです。 カルフォルニアのポップカルチャーの異端児のようなちょっと変わったソングライターで、昔はエデン・アーベツとも表記されていました。 一般には「ネイチャーボーイ」の作曲者としてのみ知られるエデン・アーベはいわゆる一発屋なのですがそれが並大抵の人物ではなかったのですね。 この世のものとは思えないあの美しい曲の作曲及び作詞者の写真を見た時はちょっと驚きました。 ヒッピー? そうです、カルフォルニア! ハリウッド!
ビートニク以前にビート詩人でありヒッピー・ジェネレーション以前にヒッピー精神を持ったエデン・アーベは内なる静寂を求め、放浪の旅を通して人生哲学を身に付けたのだそうです。 Jack Kerouac(ジャック・ケルアック)のようなビートニク風の詩人であり、家を持たないその生活はまさに元祖ヒッピーともいえます。 ブルックリンのユダヤ家庭に生まれたエデン・アーベは早くして両親を亡くし孤児として育ったのですが、ユダヤ人がロン毛、ヒゲ、裸足というJesus Christ(イエス・キリスト)風になったという伝説的な人物です。 40年代にブルックリンからカルフォルニアに移りヒッピーのような生活を始め、名前もAlexander Aberle(アレクサンダー・アバリー)からEden Ahbez(楽園・アーベ)に変えました。

ちょっと"眉唾"ものですが、ハリウッドの街角に立ち東洋の神秘主義を説いたり、生活費は週3ドルというベジタリアンでベッジー必携のジューサーと自転車以外には所持品はなかったとか、結婚して家族もあったのですが共に寝袋で公園に寝泊りする生活だったそうです。
まさに自身が作った曲「ネイチャー・ボーイ」のタイトルのごとく、自然児を地でいったエデン・アーベでしたが、1995年に交通事故で亡くなりました。 その後、1990年代にはSpace Age Pop Music(exoticaやpsychedeliaなどのイージーリスニング)の熱狂的なファンによってエデン・アーベがリバイバルしたそうです。

Nat King Cole Sings Nature Boy
エデン・アーベが作曲した曲で一般に広く知られているのは1947年にNat King Cole(ナット・キング・コール)が歌って大ヒットとなった「ネイチャー・ボーイ」の1曲だけのようです。 「ネイチャー・ボーイ」がイディッシュ(ユダヤ)のメロディだと知った商才にたけたナット・キング・コールは公演のレパートリーに加えたいと考え、エデン・アーベからその手書きの原曲の草稿を手に入れて歌ったそうです。 一夜にしてその曲の素晴らしさが広まりとうとうキャピタルレコードでレコーディングすることになったのです。 それで行方不明のエデン・アーベを探し廻ったところ、撮影所のあるハリウッド山の映画の都を象徴するHOLLYWOODの看板の"L"字のところで野宿しているのが見つかったという逸話があります。
1949年にエデン・アーベの第二作目の「Land of Love」をナット・キング・コールが吹き込んだ後、アーべは1960年に自分のLP「Eden's Island」を吹き込むまで再び姿をくらましました。 1966年頃にBrian Wilson(ブライアン・ウィルソン)がThe Beach Boys(ビーチ・ボーイズ)とアルバム"Pet Sounds"をリリースする頃には一緒だったそうで、そのアルバムはエデン・アーベのExotica(エキゾティカ)に影響を受けとか。
※Space Age Pop(スペースエイジ・ポップス)というとExotica(エキゾティカ)やCocktail Musicなどのラウンジミュージックを含む不明な音楽のジャンルです。とりあえずロックですが完璧にジャズとはいえず、時にはちょっと難解なあるいは過激な曲もありポップスとは又程遠いようです。いわば一風変わった宿無しジャンルでしょうか。
「エキゾティカ」とはスペースエイジ・ポップスのジャンルに入る一種のワールド・ミュージックですが、軽音楽のジャンルの一つでイージーリスニングのクラブ・ミュージックを指すようです。 小編成のオーケストラにエスニックな楽器やスペース・エイジポップスの効果音などを加えることが多いようです。 50年代、60年代に流行って90年代にリバイバルしました。 主な音楽ソースはトロピカルで太平洋からカリブ、南米などブラジルやアフリカのサウンドです。 ワールドといっても枠にはまらずエスニック・サウンドを軽いポップス調にした白人向け避暑ツアー的音楽のようです。 イビザのクラブシーンなんてそうかも。 日本でも戦後にリゾートポップスが流行りました。 1948年に岡晴夫の"憧れのハワイ 航路"!

1995年にリリースされたサーフィンミュージックのコンピレーション・アルバムの「Pulp Surfin'」では前述のブライアン・ウィルソンとバンドメンバーのAndy Paley(アンディ ・ ペイリー)のコラボで"In My Moondreams"とエデン・アーベの"Full Moon"が一緒に収録されています。 「Pulp Surfin'」のCD画像はまさに1994年の映画「Pulp Fiction(パルプ・フィクション)」のUma Thurman(ユマ・サーマン)をもじっているのでしょうか。
アーべは他の6人ほどのミュージシャンに全ての権利を分け与えたので自分は何もなくなってしまったそうですが、ナット・キング・コールの死後にコール夫人がその著作権をアーベに返してくれたそうです。
※ちなみにFull Moonはソーシャル・ミュージック・プラットフォームのLast.fmで一番人気のエデン・アーベの曲です。

アーべのネイチャー・ボーイはHerman Yablokoff(ハーマン・ヤブラコフ)のYiddish(イディッシュ=ユダヤ)の歌でSchweig Mein Hertz (Be Still My Heart)を元に、友人が話してくれた彷徨う少年のファンタジーを歌にしたといわれています。 和解しましたが、エデン・アーベの「ネイチャー・ボーイ」は当時レコード会社(ラジオ局?)との著作権問題も生じたそうです。
※ハーマン・ヤブラコフはベラルーシ(白ロシア)から渡米してきたユダヤ人の音楽家でラジオ番組の音楽を担当し既に名が知れていました。

「ネイチャー・ボーイ」がナットキングコールでヒットすると、続々とFrank Sinatra(フランク・シナトラ)やDick Haymes(ディック・ヘイムス)やSarah Vaughan(サラ・ヴォーン)などが吹き込んでそれぞれがチャート入りしていますが、新しいところではBobby Darin(ボビー・ダーリン)という女性コーラスをバックにボビーが"Sha-la-la-la-lu...♪" という裏声も入れた独特のバージョンを1961年に「Things & Other Things」というLPに吹き込みました。
※私の手持ちのシングルEP盤ではこの曲はなんと「Come September(九月になれば)」のB面に収録されています。
他にも1930年代から活躍したダンスバンドのMantovani & his orchestra(マントヴァーニ楽団)も演奏しています。
※ディック・ヘイムズはケティ・レスターで大ヒットした「ラヴレター」のオリジナルを1945年に歌った歌手ですが「Stella By Starlight」というアルバムに"Nature Boy"を収録しています。
Listen若きフランク・シナトラのネイチャー・ボーイが聴けるwfmuラジオのプレイリストPlaylist for Scott Williams - September 30, 2002(Listen to this show (RealAudio)をクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を最後の方、2:57:30に移動)
他には、指パッチンでスウィングして歌う低音のバラード歌手のJohnny Hartman(ジョニー・ハートマン)の"Nature Boy"がありますがアルバム「For Trane」に収録されています。

"There was a boy, a very strange, enchanted boy..."と歌われる「ネイチャー・ボーイ」の歌詞はNature Boy Lyrics - SING365.com

ネイチャー・ボーイの映画
まさに"エデン=楽園"のように美しい曲「ネイチャー・ボーイ」は1948年にJoseph Losey(ジョセフ・ロージー)監督でDean Stockwell(ディーン・ストックウェル)が主演したアメリカ映画「The Boy with Green Hair(緑色の髪の少年)」のテーマ曲として使用されました。 最近では1999年にアンソニー・ミンゲラ監督のThe Talented Mr. Ripley(リプリー)でMiles Davis(マイルス・デイヴィス)の演奏バージョンがサントラにも収録されています。 そして2001年のミュージカル映画の「Moulin Rouge(ムーランルージュ)」では冒頭とエンディングにDavid Bowie(デヴィッド・ボウイ)が"ネイチャー・ボーイ"を歌っています。
Miles Davis - Nature Boy - Rádio UOL
David Bowie - Nature Boy (Moulin Rouge) - YouTube

Nature Boy in "Untamed Heart"
Tony Bill(トニー・ビル)が監督した2004年のAlfie(アルフィー)に出演したMarisa Tomei(マリサ・トメイ)と、1995年にKevin Bacon(ケヴィン・ベーコン)が死刑囚を演じた「Murder In The First(告発)」に出演したChristian Slater(クリスチャン・スレイター)が悲恋の恋人を演じた超泣ける1993年の映画「Untamed Heart(忘れられない人)」があります。 二人が聞く重要なカギとなっている音楽が"Nature Boy(ネイチャーボーイ)"で、特にラストシーンで心臓病で逝った恋人を偲んでヒロインがレコードで聴いたピアノ演奏の"Nature Boy"が涙を誘います。 映画音楽はCliff Eidelman(クリフ・エデルマン)ですがBrook Bentonの"This Time Of The Year"、Suzanne Vegaの"Tom's Diner"などと共にナット・キング・コールとRoger Williams(ロジャー ウィリアムス)の"Nature Boy"が使用されています。(サントラには収録されていません。) ロジャー ウィリアムスはJuilliard(ジュリアード音楽学校)でTeddy Wilson(テディ・ウィルソン)などにジャズピアノを師事、まさにハラハラと落ち葉が舞うがごとくの1955年の"Autumn Leaves"がビルボードのチャート入りを果たしたピアニストです。

2000年にはタイトルもまさに"Nature Boy"というテレビ向け映画でCallum Keith Rennie(カラム・キース・レニー)がエデン・アーベの役を演じNat King Cole(ナット・キング・コール)の映像もあったようです。 カラム・キース・レニーは日本では1997年に海外テレビドラマのLa Femme Nikita(ニキータ)の第9話「Gray(盗まれた秘密)」と「Choice(許されぬ恋)」にGray Wellman(グレイ・ウェルマン)役でゲスト出演したことがある他、2000年にMemento(メメント」のDodd役でも知られています。


Eden's Island
エデン・アーベの主なオリジナルLPアルバムはexotica(エキゾティカ又はエキゾティック・サウンド)とビートニク風な詩の朗読を収録した1060年のEden's Island(エデンの楽園)と、死後にリリースされたEden's Islandと同じような「Echoes from Nature Boy」ですが1995年にCD化されました。
ページトップの画像はオリジナルが1960年のリリースの輸入盤で幽玄の美ともいわれるインストゥルメンタル(イージーリスニング)のアルバムです。
「Eden's Island」の試聴はEden's Island - Amazon.com
ジャズ界からはPaul Moer(ポール・モアー)をフィーチャーし、エデン・アーベのビートニク風の詩の朗読も収録しています。
※ジャズピアニストであり作曲家でもある"ポール・モアー"は50年代にBenny Carter(ベニー・カーター)、Stan Getz(スタン・ゲッツ)、Shorty Rogers(ショーティー・ロジャース)など一緒に演奏したミュージシャンで、65年頃からRosemary Clooney(ローズマリー・クルーニー)のツアーに参加していたそうです。 Paul Moer Trio(ポール・モアー・トリオ)としては幻の名盤といわれる「The Contemporary Jazz Classics of the Paul Moer Trio」があります。
☆アルバム「Eden's Island」の曲目
1. Eden's Island(エデンの楽園)
2. The Wanderer(放浪者)
3. Myna Bird(ミナ・バード)
4. Eden's Cove(エデンの洞窟)
5. Tradewind(トレイドウィンド)
6. Full Moon(フル・ムーン)
7. Mongoose(マングース)
8. Market Place(マーケット・プレイス)
9. Banana Boy(バナナ・ボーイ)
10. The Old Boat(オールド・ボート)
11. Island Girl(アイランド・ガール)
12. La Mar(ラ・マー)
13. The Wanderer(放浪者)(Alternate Take)
14. Surf Rider(サーフ・ライダー)

The Singing Prophet
1950年代初期に初のエデン ・ アー ベ関連のアルバムとしては、Herb Jeffries(ハーブ・ジェフリーズ)がエデン・アーベの曲を吹き込んだ美しくミステリックなモノ録音のコラボLPで「The singing prophet(歌う預言者?)」があります。 A面が「The Legend of Nature Boy」組曲でB面はハーブ・ジェフリーズのオリジナル曲です。曲の合間には例のごとくエデン・アーベの朗読が入ります。
SPACE AGE POP MUSICのプレイリストではアルバム「Eden's Island」からエデン・アーベのIsland GirlがSpace Age Pop Music - Program 12とLa MarがSpace Age Pop Music - Program 4、そしてAl Hirt(アル・ハート)のNature BoyがSpace Age Pop Music - Program 14で聴けます。(それぞれProgramの数字をクリックですが、私の場合は設定のiTunesが開いて聴けないのでRealPlayerに変更して聴きます。)
★WhistlingRecords.comのFEATURED ALBUM ARCHIVE
ハーブ・ジェフリーズは1940年代にSidney Bechet(シドニー・ベシェ)楽団やDuke Ellington(デューク・エリントン)楽団などで歌っていたハンサムで美しい声のブロンズ肌のジャズ歌手です。


The World of Nat King Cole
エデン・アーベ作曲のネイチャー・ボーイによりナット・キング・コールはジャズとポップスの中道を行くパイオニアとして大成功しましたが、一方、白人に媚びたステージマナーと歌唱法だとして黒人間では不評を買ったそうです。(差別されていた黒人の間でも色々と差別があったそうです。) ネイチャー・ボーイの他に日本で有名なIt's Only A Paper Moon、Route 66、Too Young、L-O-V-Eなどのナット・キング・コールの代表曲28曲を収録したアルバムは全てCapitol (キャピタルレコード)の録音でナット・キング・コール年代記ともいえます。1965年のナット・キング・コールの死後40周年を記念して2005年に発売されました。
Nature Boy in The World of Nat King ColeThe World of Nat King Cole
☆上記の曲の他にもJosephine BakerのJ'ai Deux Amours(二つの愛)をカバーした"Two Love Have I"などがありますが、"Pretend you're happy when you're blue..."と歌われたロマンティックなPretend Lyrics - Music Yahooの歌詞は格別です。
Nat King Cole - Nature Boy with lyrics - YouTube


Moulin Rouge
2001年のミュージカル映画「Moulin Rouge(ムーランルージュ)」のサウンドトラックでは、エデン・アーベのNature Boy(ネイチャー・ボーイ)をDavid Bowie(デビッドボーイ)がオープニングとクロージングに違うバージョンで歌っています。
珍しくはキャバレーシーンで見られたNirvana(ニルヴァーナ)のKurt Cobain(カート・コベイン又はカート・コバーン)が書いた"Smells Like Teen Spirit"ですが、映画での使用は出来てもサントラに収録することはできなかったようです。 映画で娼婦を演じたNicole Kidman(ニコール・キッドマン)がシンガーソングライターのRandy Crawford(ランディ・クロフォード)が1980年に歌った"One Day I'll Fly Away(ワン・デイ・アイル・フライ・アウェイ)"などを歌う他、共演のEwan McGregor(ユアン・マクレガー)やChristina Aguilera(クリスティーナ・アギレラ)やPink(ピンク)などが歌う"Lady Marmalade(レディ・マーマレイド)"などがThe Beatles、 Whitney Houston、U2など70年代のミュージシャンの曲をカバーしています。
Moulin Rouge/ムーラン・ルージュムーラン・ルージュ
試聴はMoulin Rouge Soundtrack - Amazon.com


ネイチャー・ボーイを演奏しているアーティスト
有名ジャズメンがエデン・アーベの美しい旋律のネイチャー・ボーイをこぞって演奏しています。
① ビバップからフュージョン(クロスオーバー)までジャズ・トランペットの巨匠と呼ばれるMiles Davis(マイルス・デイビス)が演奏する"Nature Boy"が収録されているアルバムは「Blue Moods」です。
② マイルス・デイヴィス・クインテットに参加していたテナー・サックス奏者のJohn Coltrane(ジョン・コルトレーン)の"Nature Boy"が収録されているのは3枚組アルバムの「Retrospective: Impulse」で、ディスク:3の4番に収録されています。
③ 私の大好きな40年代以降活躍したジャズのテナーサックス奏者であるIke Quebec(アイク・ケベック)が演奏しているアルバム「Heavy Soul」では8番に収録されています。
※1959年にBlue Note Recordsと再契約してジャズ界にカムバックした40年代スイングジャズのアイク・ケベックの1961年のLP盤を2005年にCD化したものでアイクのエモーショナルなサックス演奏が聴けます。
④ MJQの演奏する"Nature Boy"が収録されているアルバム「The Best Of Modern Jazz Quartet」では5番に収録されています。
⑤ J.J. Johnson(JJジョンソン)とJoe Pass(ジョー・パス)の共演盤「The J.J. Johnson Memorial Album」では15番に収録されています。
⑥ Charlie Parker(チャーリー・パーカー)、Dizzy Gillespie(ガレスピー)、Bud Powell(バド・パウエル)とMax Roach(マックス・ローチ)が参加しているベース奏者のCharles Mingus(チャーリー・ミンガス)のDebut Records(デビュー・レコード)の12枚CDセットで演奏時間が14時間という素晴らしいアルバムは「The Complete Debut Recordings」
"Nature Boy"の試聴はComplete Debut Recordings - Amazon.com(ディスク:8の10番ですが試聴では116番になっています。)

ウエスト・コーストの白人アルトサックス奏者でアドリブの天才といわれるArt Pepper(アート・ペッパー)が16枚組みアルバム「Complete Galaxy Recordings」のディスク:9でNature Boyを演奏しています。(オリジナルは1989年リリース)

※ついでというには素晴らし過ぎですが、情報が見つからないBarney Wilen(バルネ・ウィラン)の「Tilt
テナーサックス奏者のバルネ・ウィランは「死刑台のエレベーター」などのサウンドトラックで有名になったフランスのサックス奏者です。
Oscar Peterson(オスカー・ピーターソン)の「Very Tall Band」 →試聴が「Very Tall Band - Amazon.com」 (6番Preview)
人気はテナーサックス奏者のZoot Sims(ズート・シムズ)のアルバム「The Bossanova Session」にも"Nature Boy"が収録されています。
☆いずれも素晴らしい演奏ですが、あなたはどのネイチャー・ボーイがお好き?


Nature Boy - Miles Davis - Rádio UOL


Brigitte Bardot
Bebé: La merveilleuse Actrice Francaise

ハリウッドにM.M.(マリリン・モンロー)あれば、パリにB.B.(ブリジット・バルドー)あり!
昨今人気の"あひる口(アヒルグチ)"! 、じゃなくて"への字口"をとがらせていつも不平を言っているようなベベが可愛い!
天然プロンドじゃないけれど、麦わらのように黄色い髪の毛を掻きあげるベベが可愛い!
まるでバービー人形のように突き出た胸と華奢な長い手脚のベベが可愛い!
媚びることなく自然体でしかも大胆にふるまうベベが可愛い!
時々ベベの名前をブリジッド・バルドーと表記したブログを見ますが、実は私も昔は間違えていたのです。 そのブリジット・バルドーは私が殆どのベベ主演映画を観たほど好きなフランス女優の一人で、特に60年代までの可愛いベベが最高!(70年代の映画は興味なし。)

恋多き女 "BéBé(ベベ)"
バレーを習っていたブリジット・バルドーはその鍛えたしなやかな肢体を活かして16歳でフランスの有名ファッション誌「ELLE」のモデルになりますが、その頃に雑誌Paris Match(パリ・マッチ)の記者で後に脚本家となりその後は映画監督になったRoger Vadim(ロジェ・ヴァディム)と知り合いました。
1952年に日本未公開のLe Trou Normand(素晴らしき遺産)で映画デビューしたベベは続いて同年に「Manina, la fille sans voile(ビキニの裸女)」で注目され、19歳でロジェ・ヴァディムと結婚した後、監督になった夫ヴァデムの第一作目の映画で主演しました。 その映画が「Et Dieu créa la femme(素直な悪女)」ですが、共演したJean-Louis Trintignant(ジャン・ルイ・トランティニャン)と行方を晦ましたとか。 それでロジェ・ヴァディムと1957年に離婚、同じく離婚したトランティニャンをふって新たに歌手とお付き合いを始めたのだそうです。 そして1959年に「Babette s'en va-t-en guerre(バベット戦争へ行く)」で共演したJacques Charrier(ジャック・シャリエ)と結婚し一児を儲けます。
Babette Goes To War (1959) Trailer - Archive.org
ところが1960年に「La Verite(真実)」で共演したSami Frey(サミー・フレイ)と又々仲良くなってシャリエとは3年で離婚、その後もドイツの大富豪との再々婚中の1959年には「Voulez-vous danser avec moi? (Sexy girl / 気分を出してもう一度)」で共演したSerge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)との恋や実業家などと数々のロマンスがありますが結婚はたった4度だけです。
一緒に失踪したけれどふられたトランティニャンとベベのツーショットはBrigitte Bardot and Trintignant - Oldiecole.com(canetti avec brigitte bardot et trintignantをクリック、右の二人)
1965年のパリのサンジェルマンのカフェ"Cafe de Flore"でサミー・フレイとベベ(奥の二人。)
「気分を出してもう一度」のゲンズブールとベベの写真はA Tribute to Gainsbourg(小さいのが1枚だけ)

ブリジット・バルドーの初期の作品集
私の好きな可愛いイエイエ娘のBBの出演作品は60年頃までで、「私生活」と「軽蔑」の後は当時は殆ど観ておらず、後にテレビの名画座で観ました。
1956年 En effeuillant la marguerite(裸で御免なさい)
1955年にはRene Clair(ルネ・クレール)が監督してGerard Philipe(ジェラール・フィリップ)が主演した大人の恋愛映画「Les Grandes Manoeuvres(夜の騎士道)」やRalph Thomas(ラルフ・トーマス)監督でべべが"Je Ne Sais Pas"を歌って(イギリスのポップス歌手のJill Day(ジル・デイ)が吹き替え)Dirk Bogarde(ダークボガード)と共演した Doctor at Sea(私のお医者さま)など何本かに出演した後、やっとベベの本領発揮!
英語のタイトルは「Plucking the Daisy」 又は「Madamoiselle Strip Tease!」という「」裸で御免なさいは当時夫だったRoger Vadim(ヴァディム)がMarc Allégret(マルク・アレグレ)と共同で脚本を書き、マルク・アレグレが監督したベベがDaniel Gélin(ダニエル・ジェラン)と共演したストリップが売りのコメディ映画です。
マルク・アレグレはJean-Paul Belmondo(ジャン=ポール・ベルモンド)やMylene Demongeot(ミレーヌ・ドモンジョ)などのフランス映画の若手が大勢出演した1958年の「Sois belle et tais-toi(黙って抱いて)」を監督しています。
「裸で御免なさい」の英語のタイトルは正に「Mademoiselle Striptease(マドモアゼルのストリッパー)」! なんでお嬢さまがストリップ劇場に出演するかって? 上京したお嬢さまはフランスの大文学者であるバルザックの博物館の管理人をしている兄が保管する本を売り払ってお小遣いにしていたところ、知らずに貴重なHonoré de Balzac(バルザック)の初版本まで売ってしまったので、その本を買い戻すための賞金稼ぎだったのです。
映画音楽はジャン・ポール・ベルモンドの「二重の鍵」や「いぬ」で知られるPaul Misraki(ポール・ミスラキ)です。 ポール・ミスラキはシャンソン歌手のCharles Trenet(シャルル・トレネ)やGypsy SwingのギタリストのDjango Reinhardt(ジャンゴ・ラインハルト)などの編曲をしています。
「裸で御免なさい」のビデオクリップが観られるMademoiselle Striptease - liketelevision(WATCH IT!、又はPart one〜Part fiveをクリック、4/1画面)
☆恥ずかしそうにストリップの舞台に立つベベのストリップ・シーンだけはBrigitte Bardot strip scene - liketelevision(Google Chromeでは観られない。)

画像は2001年に発売された日本語字幕版「裸で御免なさい」のDVDですが現在は入手困難になっているのでリンクは2008年に発売されたDVDになっています。
En effeuillant la marguerite - Plucking the Daisy裸で御免なさい
2010年7月には最新版が発売されます。
裸で御免なさい HDニューマスター版 [DVD]


1956年 Et Dieu... cre´a la femme(素直な悪女)
上記の画像は輸入版(原語)のVHSビデオです。
B.B., St. Tropez, Simca and Club 55!
「素直な悪女」にはサントロペ! ストリップ映画の後にはセクシー・マンボ!
「素直な悪女」は当時ベベの夫だったロジェ・ヴァディムの監督デビュー作品です。 フランスよりアメリカで人気だった映画で、英語ではオリジナルも「And God Created Woman」というタイトルですが、そのセクシーな内容のために50年前アメリカでの公開当時はカトリック教会側から非難されたそうです。 とはいうもののベッドシーンはおろか大胆なヌードも殆どありません。 ベベが一夜にして世界中で話題の人となったオープニングの全裸での日光浴シーンとスカートを捲り上げてのマンボ・ダンスとベッドシーンがほんのちょっと、だけ。
妻を脱がせて大女優に育て上げるロジェ・ヴァディム監督の例に違わず、当時21歳の妻だったベベが裸足になりスカートを捲り上げて踊るセクシーなダンスシーンが一番の呼び物となりました。 どうせレオタードだとは思っても黒いパンティ部分が覗けて悩ましい、かも。
B.B.'s Mambo Dance in And God Created Woman - YouTube
And God Created Woman Trailer- YouTube
☆フランス版のLPだそうですが「素直な悪女」の2曲収録のサウンドトラックのかなり長いクリップが試聴出来るAnd God Created Woman OST LP - JET SET(右上のTracklist / Sample、OSTだからベベのセリフ入り!音も素晴らしい!)
1988年にロジェ・ヴァディムは日本未公開ですがRebecca De Mornay(レベッカ・デモーネイ)を主役にリメイクで「素直な悪女」よりもっとヌード・シーンの多いもっとエロい「And God Created Woman(可愛い悪女)」を監督しました。 ちなみにアメリカ女優のレベッカ・デモーネイは1983年のRisky Business(卒業白書)でTom Cruise(トム・クルーズ)と、そして1996年にはデモーネイが製作総指揮を取ったという「Never Talk to Strangers(ストレンジャー)」ではAntonio Banderas(アントニオ・バンデラス)と激しいラヴシーンを演じています。 私が観たレベッカ・デモーネイのテレビ版ホラー映画の「The Shining(シャイニング)」では脱ぎません。
※1950年代のスポーツカーSimcaはベベのお気に入りだったとか。 このなかにあるでしょうか?→Les SIMCA Vedette
B.B. et Simca

この映画「素直な悪女」の後にSt. Tropez(サントロペ)が有名になってブルジョワの高級リゾート地として定着したとか。 ジャン・コクトーとかパブロ・ピカソなどの文化人も足を運んだ歴史的サンダル屋のK. Jacques(カジャック)もサントロペにあります。(ベベが愛用したスリッパ(Ballet Flat)はもちろん、日本で販売されているDisc SandalsやコルクサンダルなどはK.Jacques St. Tropezがモデルらしいです。)
ピカソやコクトーなどの芸術家、カミユやサルトルやボーヴォワールなどの哲学者、グレコやゲンズヴールなどの音楽家などなど当時の文化人がたむろしていたパリのSaint Germain des Pres(サンジェルマン・デ・プレ)ではベベもお仲間でしたが、同様にサントロペにも時の人たちが集まり、ベベも別荘を建てました。 そんな人達の中にはあの有名なスペインのシュールな画家のPablo Picasso (パヴロ・ピカソ)もいました。そしてなんとピカソもベベが大好きでした! 1950年代の写真集PANNELLO N. 4 -CULTURA E SPETTACOLOにあるベベとピカソの写真はPablo Picasso nel suo studio con Brigitte Bardot, 1958(上から6枚目)

「素直な悪女」でベベと共演したのが1959年の「The Blue Angel(嘆きの天使)」でMay Britt(メイ・ブリット)が演じたローラにキリキリ舞いさせられたドイツ俳優のCurd Jürgens(クルト・ユルゲンス)と、Estate Violenta(激しい季節)で未亡人を恋するハンサムなJean-Louis Trintignant(ジャン・ルイ・トランティニャン)、「I Dolci inganni(17才よさようなら)」でCatherine Spaak(カトリーヌ・スパーク)をもて遊んだセクシーなChristian Marquand(クリスチャン・マルカン)、1951年の「禁じられた遊び」でミシェル少年を演じたGeorges Poujouly(ジョルジュ・プージュリー)などです。 ジョルジュ・プージュリーはこの作品の後、 死刑台のエレベーターひと夏の情事に出演しました。
「Et Dieu Crea La Femme(素直な悪女)」はベベが一番可愛い映画でしたが、撮影終了後になんと監督の妻であるベベと新人俳優のトランティニャンが遁走しました。 「素直な悪女」のビデオクリップが観られるAnd God Created Woman - LikeTelevision(左のWATCH Preview Clip!をクリック)
「素直な悪女」の写真が見られるPiace a troppi Photos - FILM.TV.IT
自動車のサイトですが「素直な悪女」のスチール写真とビデオクリップが観られるEt Dieu Crea La Femme - Lancia Aurelia B24 Spider America (1955)(サムネイルのMOVIEをクリック、当時のフランスのメーカーでクライスラーに買収されたSimcaのクーペや55年Lanciaなどのクラシックカーが見られます。Rouge Decapotable(ざくろ 色のデカポタブル)などかっこいいヴィンテージ・カー。

ベベが一番可愛い!と私が思う「素直な悪女」のDVDです。
画像は2002年発売の「素直な悪女(トールケース仕様)」のDVDですが現在入手困難なのでリンクは2010年の最新版になっています。
Et Dieu Crea La Femme素直な悪女 HDニューマスター版

「素直な悪女」の音楽は「裸で御免なさい」と同じくPaul Misraki(ポール・ミスラキ)ですが、シャンソン歌手のGilbert Bécaud(ジルベール・ベコー)の"Mon coeur éclate"がラジオから流れるそうです。
Et Dieu Crea La Femme V.1現在は入手困難ですがポール・ミスラキの映画音楽シリーズの「Musiques Originales De Films/Vでは「素直な悪女」からEt Dieu Cre´a La Femme、Tren Tren、Porque Nao、Bb Cha Cha、Fie`vre Tropicale、No Quiero Suffrirが収録されているポール・ミスラキの映画音楽集です。
☆オリジナルは1957年リリースの「素直な悪女」のサントラはAnd God Created Woman
Mambo Samba Cha Cha by Paul MisrakiMambo Samba Cha Cha
Mambo Samba Cha Chaの試聴はmusicMe


1956年 Cette sacrée gamine(この神聖なお転婆娘)
英語のタイトルはThat Naughty Girlという「この神聖なお転婆娘」は1956年から1960年まで立て続けに映画出演しているベベが「素直な悪女」に出演する前にまだ結婚していないロジェ・ヴァディムが脚本を書いたポップス・ミュージカルに本来のブルネット(又は赤毛)で登場しています。 音楽が「Une parisienne(殿方ご免遊ばせ)」と同じくアンリ・クロラですが、この映画でベベが歌った主題歌の"Cette Sacree Gamine"は、Michel Legrand(ミシェル・ルグラン)の姉で、「シェルブールの雨傘」でカトリーヌ・ドヌーヴの吹き替えをしたChristiane Legrand(クリスチャンヌ・ルグラン)だと言われています。 60年代以降はフレンチポップスが売りに売れたベベですが、1955年のDoctor at Sea(私のお医者さま)や「この神聖なお転婆娘」の辺りまではセリフも歌も吹き替えが多かったかもしれません。 1957年の「殿方ご免遊ばせ」はMichel Boisrond(ミシェル・ボワロン)監督でCharles Boyer(シャルル・ボワイエ)や Henri Vidal(アンリ・ヴィダル)と共演したコメディです。
褐色の髪のベベが歌う映画「この神聖なお転婆娘」のDVDです。
Brigitte Bardot - Cette Sacree Gamineこの神聖なお転婆娘

Une Parisienne(殿方ご免遊ばせ)
Brigitte Bardot - Une parisienne VHS殿方ご免遊ばせ HDニューマスター版 [DVD]
上記の画像は「殿方ご免遊ばせ」のVHS「Une Parisienne (Sub)」ですが、現在は入手困難となっているのでリンクは2010年7月発売の日本語字幕版DVDになっています。


1958年 Les bijoutiers du Clair de Lune(月夜の宝石)
英語の題名はThe Night Heaven Fellという月夜の宝石は、いつもは自由奔放なセクシーギャルを演じるベベが珍しく殊勝な(?)女の子役に挑戦したシリアスな映画でヴァディム監督の長編映画3作目です。 いつもは男たちを翻弄するベベが叔母を殺したハンサムな悪党を愛してしまったなんて! こんな可愛そうなベベはこの映画くらいでしょう。 ハンサムな英国俳優のStephen Boyd(スティーヴン・ボイド)とクール・ビューティのAlida Valli(アリダ・ヴァリ)が共演したスペインロケが素晴らしい映画で露出度は「素直な悪女」の次くらいでしょうか。

1958年 En cas de malheur(可愛い悪魔)
「可愛い悪魔」は80冊余と多作を誇るメグレ警視シリーズで人気の仏ミステリー作家のGeorges Simenon(ジョルジュ・シムノン又はシメノン/1903-1989)の1956年の作品「In case of accident(予期せぬ出来事が起きたら)」をClaude Autant-Lara(クロード・オータン=ララ)監督が映画化したものです。 「可愛い悪魔」の英語のタイトルは「Love is My Profession」
「可愛い悪魔」では、初老のJean Gabin(ジャン・ギャバン)と共演して魅力的な三流泥棒のイヴェットをベベが演じました。 イヴェットを救ったアンドレ弁護氏の恋人になるも恩人に不実なイヴェットで、お金持ちのアンドレが宝石や毛皮を買い与えてもイヴェットの心は買うことは出来ず、若い男のもとへと。。。 「可愛い悪魔」もアメリカではヌードシーンなどのため宗教団体から抗議があり大分カットされたそうですが往年のジャン・ギャバンとベベでは釣り合いが取れていないかも。
「可愛い悪魔」のオリジナル・サウンドトラックはフランスの作曲家のRené Cloërec(ルネ・クロエレック)の音楽です。 フランスでリリースされたルネ・クロエレックの映画音楽集でベベとギャバンのCD画像が見られるフランスのLes plus belles musiques de films de rene cloërec - Amazon.fr
※「可愛い悪魔」のポスターやDVDカバー画像が見られるEn cas de malheur - DVD Beaver.com
※クロード・オータン=ララはジェラール・フィリップ主演で1947年の「Le diable au corps(肉体の悪魔)」や1954年の「Le rouge et le noir(赤と黒)」を監督しています。

1959年 La Femme et le pantin(私の体に悪魔がいる)
1955年に「Marianne de ma jeunesse(わが青春のマリアンヌ)」などを監督したフランス映画の巨匠と呼ばれるJulien Duvivier(ジュリアン・デュヴィヴィエ)がベベを主演に監督した映画は「私の体に悪魔がいる」です。 映画タイトルのフランス語は「女と操り人形」という意味で、英語のタイトルは「A Woman Like Satan」といいます。 男を破滅に追いやるジプシー女を演じたベベがこの映画でもストリップのダンサーとなり可愛いお尻を見せています。 音楽は1954年の「現金に手を出すな」と1958年の「黙って抱いて」で音楽を担当したJean Wiener(ジャン・ヴィーネ)とJose´ Rocca(ホセ・ロカ)の作曲です。
※私の好きなJulien Duvivier(ジュリアン・デュヴィヴィエ)監督の映画には1936年にJean Gabin(ジャン・ギャバン)主演の「La Belle Equipe(我等の仲間)」や「Pepe-Le-Moko(望郷)」、Louis Jouvet(ルイ・ジューヴェ)が出演したのは1936年の「Les Bas Fonds(どん底)」や1937年の「Un Carnet de bal(舞踏会の手帖)」や1939年のLa Fin du jour(旅路の果て)、そしてDanielle Darrieux(ダニエル・ダリュー)主演のPot-Bouille(奥様ご用心)や1953年にエレオノラ・ロッシ・ドラゴが出演した「L'Affaire Maurizius(埋れた青春)」などの他には1962年の「Le diable et les dix commandements(フランス式十戒)」がありますが、日本で一番人気は1951年の「Sous le ciel de Paris coule la Seine(巴里の空の下セーヌは流れる)」でしょうか。

1959年 Voulez-vous danser avec moi?(気分を出してもう一度)
英語のタイトルは「Come Dance With Me」というMichel Boisrond(ミシェル・ボワロン)監督のミステリ・コメディ「気分を出してもう一度」に出演した時に出会ったセルジュ・ゲンズブールはベベの音楽に多大なる影響を与えました。 この映画には「殿方ご免遊ばせ」で共演した当時売れっ子だったアンリ・ヴィダルが主演しました。 アンリ・ヴィダルはRobert Hossein(ロベール・オッセン)の「Les Scélérats(危険な階段)」に出演したMichèle Morgan(ミシェル・モルガン)と結婚していたそうですが「気分を出してもう一度」の撮影が終了した時に亡くなったそうです。 アンリ・ヴィダルは同年にFrancoise Arnoul(フランソワーズ・アルヌール)と 「La Bête à l'affût(爪を磨く野獣)」、Mylene Demongeot(ミレーヌ・ドモンジョ)と「黙って抱いて」に立て続けに出演していましたから過労だったのでしょうか。 「気分を出してもう一度」ではヴィダルやゲンズヴールの他にはこの翌年の1960年に「Les Menteurs(激しい夜)」に出演したDawn Addams(ドーン・アダムス)やダンス教師を演じたDarío Moreno(ダリオ・モレノ)とも共演しています。

1960年 La verite(真実)
ベベの虜となってしまったHenri-Georges Clouzot( アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)が監督した「真実」の撮影時はジャック・シャリエと婚姻中だったベベですが、恋人を演じたSami Frey(サミー・フレイ)と実生活でも恋仲となりました。 しかしあれやこれやで精神的に疲れてしまったベベは撮影中に自殺未遂をおこし、この経緯がルイ・マル監督の1961年の「私生活」で描かれたそうです。
サミー・フレイは日本ではパスカル・オードレと共演した1958年の「Les bJeux Dangereux(危険な遊び)」がデビュー作です。

1961年 La Bride sur le cou(何がなんでも首ったけ)
ベベの着ぐるみヌードが可愛い「何がなんでも首ったけ」はロジェ・ヴァディムが脚本と監督に名を連ねている他、 「殿方ご免遊ばせ 」の脚本家であるJean Aurel(ジャン・オーレル)が監督として、又脚本はClaude Brule´(クロード・ブリュレ)も担当しています。 1969年に「Borsalino(ボルサリーノ)」でアラン・ドロンと共演して愛人関係となり、1973年にはLes Seins de glace(愛人関係)に出演していたMireille Darc(ミレーユ・ダルク又はミレイユ・ダルク)のデビュー作です。
La Bride sur le cou Photos - FILM.TV.IT

ロジェ・ヴァデムはロベール・オッセンが出演した1962年の「Repos du guerrier(Love on a Pillow / 戦士の休息)など全部で9本のベベ映画を監督していますが、ヴァデム監督が当時の妻だったJane Fonda(ジェーン・フォンダ)を出演させた上にフォンダ姉弟を恋人同士に配役した"世にも怪奇な映画"があります。
Il riposo del guerriero Photos - FILM.TV.IT

1968年 Histoires extraordinaires(世にも怪奇な物語)
アメリカの詩人で小説家のEdgar Allan Poe(エドガー・アラン・ポー)の原作で、1936年の「Metzengerstein(メッツェンガーシュタイン)」、1939年の「William Wilson(ウィリアム・ウィルソン)」、1941年の「Never Bet the Devil Your Head(悪魔に首を賭けるな)」の3作品を映画化したという1968年の「Histoires extraordinaires(世にも怪奇な物語)は、ルシアンの青春ダメージなどを監督したLouis Malle(ルイ・マル)やIl Casanova di Federico Fellini(カサノバ)などのFederico Fellini(フェデリコ・フェリーニ)という巨匠とのオムニバスです。 出演者もフェリーニが選んだデカダンなToby Dammit(トビー・ダミット)を演じるTerence Stamp(テレンス・スタンプ)を始め、Alain Delon(アラン・ドロン)やPeter Fonda(ピーター・フォンダ)の他にカメオではMaurice Ronet(モーリス・ロネ)、ナレーターにポー映画の常連でホラー映画の大御所であるVincent Price(ヴィンセント・プライス)などヴァデム監督の1964年のLa Ronde(輪舞)のように豪華なキャストです。 内容はロジェ・ヴァディムが担当した「Metzengerstein(メッツェンゲルシュタイン/黒馬の哭く館)」、ヴァデム監督の元妻のブリジット・バルドーがGiuseppina(ジュゼッピーナ)でアラン・ドロンが男爵のウィリアム・ウィルソンを演じたルイ・マルの「William Wilson(ウィリアム・ウィルソン/影を殺した男)」、そして評価の高いフェリーニの「Toby Dammit(悪魔の首飾り)」です。(フェリーニは1976年の「カサノヴァ」でも見られた白塗りメイクが恐怖を誘います。
Spirits of the Dead Trailer - YouTube
「世にも怪奇な物語」のポスターやピーター・フォンダの写真が見られるHistoires extraordinaires - DvdToile.com
「世にも怪奇な物語」のエピソード「ウィリアム・ウィルソン」でベベはアラン・ドロンをイビリます。(ビンタ!) 真迫の演技ですが実際にベベは自己陶酔型のアラン・ドロンが嫌いだったとか。 1961年にもAmours célèbres(素晴らしき恋人たち)でも共演したのですが、「Monpti(私の可愛い人)」のRomy Schneider(ロミー・シュナイダー)に夢中だったドロンはベベには言い寄らなかったのかも。

画像は2006年発売の「世にも怪奇な物語」のDVD(B000FHIW0S)ですが、商品はもう無いらしくマーケットプレイスでは私が購入した頃より値が上がっていますのでリンク先は2010年の最新版になっています。
Histoires extraordinaires世にも怪奇な物語 HDニューマスター版 [DVD]
フェリーニの「悪魔の首飾り」の音楽は定番のNino Rota(ニーノ・ロータ)で、フランスで1968年にリリースされたオリジナル盤は見つかりませんが、Toby Dammit ThemeやThe Demon Child Themeがサウンドトラックの「Tre passi nel delirio: Toby Dammit」に収録されています。
輸入盤2枚組CDの「Toby Dammit/...」又はサントラの「Fellini, Rota: Music From the Classic Films of Federico Fellini」

「戦士の休息」のVHS
Repos du guerrier - Love on a PillowLove on a Pillow
「戦士の休息」と「この神聖なお転婆娘」の2作収録のVHS
Love on a Pillow & That Naughty Girl (2pc)Love on a Pillow & That Naughty Girl (2pc)
日本もアメリカにもない「戦士の休息」のサントラカバー3枚の画像が見られるRepos du guerrier - SOUNDTRACK Collecter
この映画が最後かと話題を呼んだベベがお気に入りのロベール・オッセンをお相手の"自由の戦士"に選んだという「戦士の休息」ですが、私の手持ちのサントラはEPの「Le Repos Du Guerrier(戦士の休息)」SEVEN SEAS 17M-70 サウンド・トラック盤で、クラシックのバッハにも通ずる荘厳なテーマ曲、Surprise Party Chez Katov-part 1(カトフ家のワイルド・パーティー1)、ジャズ調のGenebieve et Renaud(ジュヌヴィエーヴとルノー)、Surprise Party Chez Katov(カトフ家のワイルド・パーティー)の4曲です。 音楽は1963年にヴァデム監督とはやはりロベール・オッセン主演のLes Grands chemins(太陽は傷だらけ)でも組んだMichel Magne(ミシェル・マーニュ)です。

1961年 Vie Privée(私生活)
18歳のブルジョワ娘が映画スターに祭り上げられたというベベの自伝のような映画の「Vie Privee(私生活)」はLouis Malle(ルイ・マル)が監督して脚本がジャン=ル・ラプノーと共同で書いたベベの代表作といわれる映画です。 イタリアの名優Marcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)と共演してマスコミ・メディアに押しつぶされた女優のジルを演じました。 冒頭のレマン湖でのボーターボート・シーンはピアノ曲のConcertinoです。 バルコニーから落ちる時に初めて心の平和を見出したジルが至福の表情でまるで天国に昇るように落ちてゆく印象的なラストでした。
Se terminant en scène dans Vie Privee - YouTube
ルイ・マルは1965年にブリジット・バルドーと死刑台のエレベーターで有名なJeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)を共演させてフレンチ・ウエスタン映画「Viva Maria!(ビバ!マリア)」も監督しています。
映画の音楽は作曲がFrançois Carpi(フランソワ・カルピ)で、オーケストラの"Theme de Vie privee(私生活のテーマ)"もいいですがベベがギターの弾き語りで歌った"Sidonie(シドニー)"がとても可愛いかったのですぐレコード店に走ってべべの写真がカバーのレコードを購入しました。 愛していたイタリア人の演劇青年のファビオの結婚によりダンスに没頭したジルがパリで瞬く間にモデルからスターになっていったものの寂しい気持ちは消えず、そんな思いを歌ったのが"シドニー"でした。

1963年 Le Mépris(軽蔑)
ベベの幅広のバンダナ・ファッションがお洒落な「Le Mepris(軽蔑)」は脚本と監督がヌーヴェルヴァーグのJean-Luc Godard(ジャン=リュック・ゴダール)で、イタリアの大物監督のCarlo Ponti(カルロ・ポンティ)が製作に携わり、劇中映画の監督として「軽蔑」を監督したFritz Lang(フリッツ・ラング)が出演しています。 ベベが大人の俳優のMichel Piccoli(ミシェル・ピッコリ)とJack Palance(ジャック・パランス)と共演しています。 ゴダールが堅そうで脆い夫婦間の愛の不条理を描き映画界へのメッセージを含んだ作品には賛否両論あるようですが、なんといってもベベの大胆ヌード・・・あぁ、映倫が。
「あたしのおっぱい、好き?、あたしのくるぶしは?、膝は?、太ももは、好き?」
英語のタイトルは「Contempt」という「軽蔑」の写真はIl disprezzo Photos - FILM.TV.IT
「軽蔑」の音楽はGeorges Delerue(ジョルジュ・ドルリュー)です。
Georges Delerue - Thème de Camille (Le Mépris) - YouTube
Contempt - Trailer - YouTube

ベベの映画としては評価の高い「軽蔑」のDVD
Le Mepris/Contempt軽蔑
画像は2003年発売のDVDですが現在入手困難になっているのでリンクは2009年発売の1500円DVDになっています。


ブリジット・バルドーのアメリカ映画
ベベはアメリカ映画でも50年代と60年代にはひっぱりだこで多数作品がありますが、The Strange Love of Martha Ivers(呪いの血)でデビューしてTown Without Pity(非情の町)にも出演したKirk Douglas(カークダグラス)と共演した1953年のAnatole Litvak(アナトール・リトヴァク)監督のUn acte d'amour(Act of Love / 想い出)」あたりがアメリカデビュー作らしいです。 カークダグラスがフランス語版もこなしたのですがベベの英語は吹き替えられてしまったそうです。
※アナトール・リトヴァク監督は1941年にミュージカル映画「Blues In The Night」を監督しています。

1965年にはHenry Koster(ヘンリー・コスター)が監督したJames Stewart(ジミー・スチュアート)主演のコメディ映画の「Dear Brigitte(ボクいかれたヨ!)」にベベは賞品として特別出演しています。 「ボクいかれたヨ!」のトレーラーはDear Brigitte Trailer - VideoDetective.com
「ボクいかれたヨ!」の写真が見られるErasmo il lentigginoso Photos - FILM.TV.IT

ブリジット・バルドーの画像付きサウンドトラックのリストが見られるFRENCH POP A to Z - Brigitte Bardot

ブリジット・バルドーの写真
ベベの写真が沢山見られる「matsumo's Eglish Home Page」のMy favolite Actresses - Brigitte Bardot(nextをクリックして全3ページ)
ベベの出演作品も見られるLenin Imports UK { brigitte bardot }
Brigitte Bardot Photogallery video - YouTube

☆Audio-Visual Trivia内のブリジット・バルドーの写真集 (カラー)
Brigitte Bardot Photos 1
ブリジット・バルドーの写真集 (白黒) Brigitte Bardot Photos 2

総計47本の映画に出演したフランス女優のベベは「戦士の休息」のロベール・オッセンも出演した1973年の元夫のヴァデム監督の「Don Juan 73 ou si Don Juan etait une femme(ドンファン)」、又は同年の日本未公開の「L'Histoire très bonne et très joyeuse de Colinot trousse-chemise(スカートめくりのコリノのとても素敵なとても楽しい物語)」を最後に、1974年、40歳を前にして"美しいうちに"と映画界から引退しています。
「コリノ」の写真はL'Histoire très bonne et très joyeuse de Colinot trousse-chemise - Film.TV.IT

Mein privates Leben (Gebundene Ausgabe) von Brigitte Bardot
ブリジット・バルドー著の自叙伝はたくさんありますがなぜかドイツ語のハードカバー本「My private life(私生活)」が2007年にも出版されています。 未公開のプライベートな写真を含んだ美麗写真集とインタビューでは女優生活や動物愛護について語っているそうです。(ドイツ語では読めないからかAmazon.comには置いてないようです。)

毛皮は着なかったかどうかは不明ですが、ブリジット・バルドーは犬の擁護から馬肉の消費反対まで過去のベベの名声や印税を大いに活用、動物の保護団体の設立もして、動物愛護運動に精を出してきましたが、2006年9月で基金創立20周年を迎えるそうです。 人種問題にも関わって裁判沙汰などもあったようですが、可愛いオバアチャンになったベベは現在も13匹ワンちゃんと一緒にサントロペに住んでいます。 犬権のために、そして昔のサントロペに戻そうとするために活動しています。 縫いぐるみのように可愛いアザラシの赤ちゃんが頭をぶち割られて捕獲されるビデオを観ればバルドーならずとも保護せねばという気になります。 密猟者と沿岸警備員の果て無き闘争です。


Mariko Kaga
和製バルドー? 加賀まりこ
テレビ名画座やDVDで日本語の吹き替え版というのがあります。 たいていは俳優専属で決まっているそうです。 ベベはジェーン・ファンダも担当している小原乃梨子さんが担当していますが、鈴木弘子さんも吹き替えしているそうです。 加賀まりこは吹き替えしたことがあるのでしょうか。 私が思うには声がそっくりだと思うのです。 60年代には大胆な言動や脱ぎっぷりで話題の的だった加賀はまさにベベにピッタリ!です。 大映の大物プロデューサーのお嬢さんという触れ込みでテレビのルポルタージュ番組でデビューした頃はとても可愛かったです。 確か後楽園のアイススケート場でナンパされるようなドキュメンタリーでした。 そして1965年に23歳の加賀まりこの初舞台でJean Giraudoux(ジャン・ジロドゥ)の戯曲である「Ondine(オンディーヌ)」をまだ目新しかった日生劇場で観ましたが、"網にかかった水の精"が特にファンタジックでファンタスティックでした!


Devil In A Blue Dress DVD
Devil In A Blue Dress DVD
Denzel Washington as Easy Rawlins in Devil In A Blue Dress (1995)

Walter Mosley's Devil in a Blue Dress
1990年に書かれた黒人推理小説家のWalter Mosley(ウォルター・モズレイ)が書いたハードボイルドな「Devil in a Blue Dress(ブルー・ドレスの女)」が映画の原作で、この映画「青いドレスの女」がモズレイ作品の初の映画化だそうです。 監督はTV界出身でモズレイのファンであるCarl Franklin(カール・フランクリン)がモズレイを共同プロデューサーとして迎え、フランクリンが脚本も手掛けたフィルム・ノワールです。 映画は1948年の戦後のロサンゼルスを舞台に謎を解いていくのが貧しいが誇り高き黒人のEasy Rawlins(イージー・ローリング)ですが、えらく白人にコンプレックスを感じています。 カール・フランクリンは2003年にも同じくDenzel Washington(デンゼル・ワシントン)主演のサスペンス映画の「Out of Time(タイムリミット)」を監督しています。 撮影がThe Sixth Sense(シックス・センス)」や「The Silence of the Lambs(羊たちの沈黙)」でも定評のあるTak Fujimoto(タク・フジモト)により甦った戦後のノスタルジックなロスの描写もこの映画の呼び物の一つです。 タク・フジモト氏は1991年に「羊たちの沈黙」で英国アカデミー賞の撮影賞、「青いドレスの女」で1995年の全米批評家協会賞の撮影賞を受賞しています。 テキサスはヒューストンからロスにやって来たイージー・ローリングが金のためにニワカ探偵を引き受けたことにより殺人事件に巻き込まれるというサスペンス映画ですが、誰が犯人かというよりもなぜそうしたかという犯罪の動機を解明した推理映画だそうです。 戦後のロスで黒人が臭い飯を食わずに探偵業を全うするなんて至難の業、LAの市長選挙が絡んだ汚い裏の世界にイージーに足を踏み込んでしまったイージー探偵はどうなるでしょう。 イージーが心を奪われた美しい謎のヒロインとの禁じられた恋は成就するでしょうか。 ともかくハードボイルドなDenzel Washington(デンゼル・ワシントン)とセクシーなJennifer Beals(ジェニファー・ビールス)と1940年代後期ロサンゼルスを堪能することができます。 そうそうレトロな自動車もたくさん。

「青いドレスの女」の主人公はいつもクールなデンゼル・ワシントンが演じるEzekiel 'Easy' Rawlins(イージー・ローリング)です。 そして、イージー・ローリングのテキサスの幼馴染みでちょいと可笑しな(オカシな)Mouse Alexander(マウス・アレキサンダー)をDon Cheadle(ドン・チードル)が演じ、1993年の「Striking Distance(スリー・リバーズ)」で気の触れた従兄弟のジミーの兄であるダニーを演じたトム・サイズモアが依頼人のDeWitt Albright(ドゥウィット・オルブライト)、1983年のFlashdance(フラッシュダンス)に出演したバイレイシャルのジェニファー・ビールスが青いドレスを着たバイレイシャルのダフネ役で出演する他、人気TVシリーズのAlly MacBeal(アリーmyLove)でルームメイトのRenee Radick(レネ)役だったムチムチのLisa Nicole Carson(リサ・ニコル・カーソン)がダフネの女友達というCoretta(コレッタ)を演じデンゼルと激しく絡みます。

Devil In A Blue Dress Synopsis 1995年
この「青いドレスの女」のあらすじにはネタバレも含まれているのでこれからビデオをご覧になる方は読まない方が楽しめます。
映画のオープニングはアメリカ南部を表現したような青を基調としたPablo Ferro(パブロ・フェロ)の手描きのタイトル・デザインをバックにクレジットが流れるなか、私の大好きなT-Bone Walker(T ボーン・ウォーカー)のブルース"West Side Baby"で始まります。 きっと素晴らしい映画だろうと冒頭から期待がいっぱい。 タイトルデザインと同じようにロスの町の風景で映画は始まり、原作通りにイージーのナレーションで物語が進行(回想されて)していきます。 回想だからか画面が時々セピアになります。 舞台はロスアンジェルスですが登場人物の多くは戦後に南部からやって来た黒人たちです。
T-Bone Walker - West Side Baby - iLike.com
第二次世界大戦が終って数年経過、時はロス市長選挙の行われる1948年の夏、機械修理工として働いていた飛行機工場で過剰勤務を拒否したことにより一時解雇となったイージーは戦時中は英雄でも黒人であるためになかなか仕事が見つからなくて家のローンも払えず困っていた。 イージーのヒューストン時代からの古い知り合いで元ボクサーというJoppy(ジョッピー)が経営するもぐりの黒人酒場で飲んでいたところ、ジョッピーの知人だという清潔そうな白い麻スーツにパナマ帽の白人男のドゥウィット・オルブライトを紹介された。 南部訛りのある大男のオルブライトは仕事をくれるというが、カンジの悪い男だった。 ジョッピーはしきりにイージーを売り込んでいる。 イージーは家を手放したくないばかりに元弁護士で今は人助けの仕事をしているというオルブライトに言われた通りに翌日の夜にオフィスを訪ねた。 もっともらしくもなんだかあいまいな話だが、市長選で人気のあったTodd Carter(カーター)のフィアンセだという白人女のDaphne Monet(ダフネ)が3万ドル(当時の300万円か)という大金を持ち逃げして消息不明なので、探してくれとイージーに100ドル(当時の2万円弱)を手渡したオルブライト。 ロスのジャズ・クラブやナイトクラブの常連だというそのダフネは黒人が好みだというから色男の黒人のイージーにお鉢がまわってきたのでしょうか。 新聞記事でカーターと手をつないだ美しいダフネの写真を見ながら、探偵なんてやったことはないイージーでしたが数ヶ月分のローン支払いに相当する金額に引かれて承諾したのがこの後の厄介な出来事の始まりでした。

場面変わって音楽はSpecialty Recordsの創設者でR&B歌手のRoy Milton(ロイ・ミルトン)が歌う"Hop, Skip and Jump"が流れるなか、バリっとスーツを着こなしたイージーが小さな雑貨屋の壁裏にある南部人(黒人)に人気のもぐり酒場(ジャズクラブ)の"John's place"に情報を得に行ったところ、テキサス同窓会のように古い知り合い(黒人)がたむろっていた。
Roy Milton - Hop, Skip and Jump (1948) - Rádio UOL
物静かで信心深いOdell Jones(ジョーンズ)やDegan Odell(ディーガン)やカウボーイハットをかぶった元同僚のDupree(デュプリー)とその連れのセクシーな黒人女のCoretta James(コレッタ)、その中でも今はCentral clubの用心棒になったJunior Fornay(ジュニア)は酔っ払い同士の喧嘩だったが以前にマウスが止めなければイージーが殺されていたかもしれなかったという経緯がある人物。 この時この酒場にイージーが入る前にジュニアと一騒ぎ起こしていた白人男が後に殺される客引きのRichard McGee(マッギー)、早めのネタバレ。
時間も経ち飲み疲れ気だるいT ボーン・ウォーカー風のPee Wee Crayton(ピー・ウィー・クレイトン)が演奏する"Blues After Hours"が流れる頃、イージーは帰ろうとしたが酔いつぶれちゃっているデュプリーを彼のアパートまで背負っていくことになった。 デュプリーが高いびきの最中に悪いと思いながらもコレッタに誘惑されて激しい情事を体験したイージーでした。 ともかくダフネの女友達というコレッタからダフネは以前に黒人のFrank Green(フランク)と一緒に住んでいたことを聞き出し、ちょいとお礼をすればダフネと連絡を撮ってくれると言った。
Pee Wee Crayton - Blues After Hours -Youtube
一夜が明けたらイージーは爽やかにお庭の手入れ、小さな家に大きな植木をせっせと庭に埋め込んで、果物がどっさりなるといいな。 白人並みになろうとやっと手に入れたこのささやかだけど素敵な家は絶対手放したくないイージーです。 部屋は三つしかないとはいえ、家にある食いものはパンだけとはいえ、こ家のローンが2ヶ月滞納になっているとはいえ、この時代の黒人と言う設定にしては、イージーは高級なランニングシャツを身に付け、いざという場合にはバリッとした背広を着用、なんとこの時代にお洒落な黒電話も所有しているというリッチさなのです。 私は半世紀も昔ですが、映画のなかで貧しいスラム街の黒人という設定なのにシャワーを浴びている映像をを見て、日本に住む私はスラム以下であると確信したもんでした。

ポストを覗いたイージーはヒューストンに住む友達のマウスから手紙を見つけた。 イージーと違って白人の作った法には無頓着な超過激男のマウスは浮気がバレて奥さんからおっぽり出されたらしくイージーを頼ってロスアンジェルスに来たいというのだ。 ともかく数年前にマウスが相続のことで義理の父親を撃つのを止められなかったばかりが分け前まで受け取ったことに気が咎めていたのでなんとなく会うのは怖い気もした。 拒絶の感は否めないものの、マウスはちょっとは銃の扱い方を心得ているから助っ人になるかもしれないと思った。 本人は早撃ちが自慢だと豪語しているのだが思ったよりマウスは銃の扱い方を間違っているようだが。 戦時中イージーは必要悪で敵を殺したがマウスは金とスリルのために殺すヤカラなのだ。 こんな正反対の性格なのになんで親友なんだ。
オルブライトが電話で指示した待ち合わせ場所のMalibu pier((Santa Monica Pier))は白人地域の界隈にある。 Fishermen's Pier Restaurantが見える場所に来た時、懸念した通りイージーは絡んできた黒人嫌いの白人の若いチンピラが因縁をつけてきたのでなんとか上手く治めようとしたが、突然暗がりから銃を片手にオルブライトが現れた。 「てめえの脳みそが見たいのさ。」と若者の頭に銃をつきつけ暴行を働くオルブライトの狂気の沙汰にあっけに取られるイージーだった。 天の助けにしちゃ手荒い。(その若者は多分射殺された)
イージーは昼ごろに家に戻ったがロス市警の殺人課の刑事に逮捕されてしまう。 なぜか訳も分らずに連行され今朝の5時のアリバイを聞かれる。 申し開きをすれば二人の刑事に謂れの無い暴力をふられロス市警の留置所に入れられるも証拠不十分で釈放、どうやら一夜を共にしたコレッタが何者かに撲殺されたらしい。 それにしてもよく映画で取り上げられるがロス市警の手荒な取調べは言語道断、暴動が起こって当然。 夜道をJohn's placeへ向かっているとイージーに黒塗りのキャデラックが近づいてきた。 運転手付きの高級車の中の人物は市長選挙では候補者としてカーターと争っていたがかなわぬと分り下りた富豪のテレルだった。
このシーンのBGMがなぜか1930年にLucienne Boyer(リュシエンヌ・ボワイエ)が歌ったシャンソンの"Parlez-moi d'amour(聞かせてよ愛の言葉を)"
少年を同乗させていたテレルはいろいろと情報通だったがイージーにダフネのことを聞いた。(後に実の息子ではないことが判明) 臭い金をくれるというのを断ってイージーは車を降りて家に戻ったところ、驚いたことにダフネから電話がかかってきたのだ。 ニューオリンズからやって来たからか気取ってフランス語のアクセントで言った、「私はダフネよ、探しているんでしょう。 コレッタから聞いたわ。」 イージーはダフネが教えたホテルに彼女を訪ねた。 部屋には煙草を燻らせながら"青いドレスの女"が輝くように立っていた。 新聞で見た写真よりずっと美しい。 このシーンではあまりにも魅惑的なダフネに半ば呆然としたイージーの心を代弁するかのようにDuke Ellington(デューク・エリントン)の1947年のロマンチックなMaybe I Should Change My Waysが流れます。
コレッタは親友だったと言うダフネに「親友が秘密を漏らすか?」反論したイージーでしたが、それもそのはず、被害者だと思われたコレッタは実は強請り屋だったのだ。 ダフネは自分とカーターに致命的なな情報を持っている元恋人のマッギーに会いに行きたいとイージーに頼んだ。 お礼はするというのでダフネに同行するが、この人種差別のご時世に、しかも真夜中(じきに明け方)、白人の女を隣に乗せて車を走らせるイージーは気が気ではなかった。 ダフネの指示通りにハリウッド・ヒル行くと外には1台のハードトップの小型車(いや、コンバーチブルか?目がおかしくなった。原作ではStudebaker)が停車していて、家の中からは本来なら放映時間が終っている筈のテレビの音が聞えてきた。(これは何のヒントにもならない) しかし家中が荒らされマッギーはベッドで惨殺されていた。 死体の側に落ちていたのはメキシコ製の安煙草、Zapatas(サパタ)、あいつのだ。 あまりのことにショックを受けたのか、ダフネはあろうことかイージーを置き去りにして車(ハードトップ?コンバーチブル?)で走り去ってしまった。(なんてことすんの!) マッギーはコレットに次ぐ死者だ。 翌朝やっと家に戻ると見知らぬ車が外に停車している。 なんと自分の家にオルブライト一味が勝手に入っていたのだ。 今じゃ初期のオルブライトの慇懃な態度からはガラリと変わって、「なんでダフネの情報をよこさないんだ!」と銃口は突きつけるわ、ナイフで目を狙うわ、ギャング並みの手荒さでイージーにダフネのことを吐かせた。 殺されちゃ適わないから知っていることを全て話したイージーに、「よくやった。 今度はダフネの仲間のフランクを探せ。 そうすりゃお前の役目は終いだ。」、なんて笑ってる場合じゃない。 イージーは既に二つの殺人事件に関係してしまったのだ。
イージーはオルブライトについて紹介者の酒場のジョッピーに聞くが「お前に仕事を探してやっただけ。」と要領を得ない返答。 うむ、なにかが間違っているはず。 そこでイージーはダフネに去られたというカーターを会社に訪ねてダフネとオルブライトについて話す。 するとなんとオルブライトはテレルの手先でマッギーはゆすり屋で金持ちの小児性愛者(pedophile)に少年を斡旋(売買)するポン引きだったことが判明。 カーターから100万円(当時)の報酬でダフネ救出の仕事を請け負うことになった。 イージーはまずテレルのスキャンダルの証拠写真を持っているフランクを探しにクラブや酒場などを訪ねまわる。 酒やタバコのトラックを襲っては闇に流すギャングらしく黒装束のフランク。
かってイージーがジョッピーと行ったことがある犯罪者の溜まり場であるRicardo's Pool Room(玉突き場)や売春宿でフランクを探してから自宅到着まで流れる曲はThelonious Monk(セロニアス・モンク)の"'Round Midnight
Thelonious Monk - Round Midnight - Rádio UOL

Easy Rawlins to become a P.I. (private detective)
出会った人々に危険な殺し屋のフランクのことを聞きだした二日間の探偵まがいの行動を終えてイージーが家に入ろうとすると、嗅ぎ回っている訳を知ろうと待ち伏せしていたフランク本人に襲われ、取っ組み合いの末、ナイフ使いのフランクに左首すじを切られそうになる。 あわやという時、フランクの後頭部に銃を突きつけたのがイージーを訪ねて来た10年ぶりのマウスだった。 今までいったいどんな奴なんだと散々気を持たせてきたマウスがここでやっと登場。 大変長らくお待たせしました。 マウスが来なけりゃイージーが死んで映画が終ってる。 銃を携帯している用心棒としては心強いが、加虐的でやたらに銃をぶっ放すマウス、この時も早まったマウスがフランクを撃とうとした途端に電話が鳴った。(セーフ!) 一旦銃をしまったかに見えた早撃ちマウスの銃が火を噴き肩を撃たれたフランクは逃亡してしまう。(アウト!) なんてこった!とマウスを怒るイージーも"左手"を挙げて「もうしません。」と誓うマウスには笑うしかない。 なにしろ「酔っっぱらっているのか。」と言っただけのイージーにさえ腹を立てて銃を突きつけるくらいです。(短銃は2丁所持) 誰も殺さない約束でイージーの相棒となったマウス。
そこに刑事がマッギー殺害の件でまだ話があるとやって来た。 まるで因縁をつけているような質問でイージーをしょっ引こうとする刑事に明日の朝まで待ってくれと言いマウスと共に真相究明に向かうイージー。 マギーの胸に刺さっていたナイフの指紋照合の結果イージーは当然のこと白だった。 依然マッギーと揉めていたジュニアを訪ねてマッギーを殺したことを吐かせようとするシーンのBGMは伝説的ゴスペル・シンガーのJames Cleveland(ジェームス・クリーブランド師)が1962年に歌った"Peace Be Still"、どうやらタイムマシンらしい。
送っていっただけで俺は誰も殺してはいないと言い張るジュニアに証拠の煙草を示して事実を聞きだした。 この後凸凹探偵チームは愛人のコレッタを殺されて悲しんでいるデュプリーを訪ねます。 コレッタと同居していたデュプリーは何日もの拘留で取調べを受けたのだった。  コレッタを殺した奴は絶対に殺してやる!と言うデュプリーでしたがマウスが勧めるままに飲んで今回も高いびきで寝てしまう。 二人が寝こんでいる間にイージーはあの証拠写真でも出てくるかと家捜しします。 あった!先ほどデュプリーが話していたコレッタの聖書の中に挟んであったのはゆすりのネタになったテレルのスキャンダラスな写真でした。 このせいでコレッタもマッギーも死んだのだ。 マウスはテーブルに短銃のスミス&ウェッソンとコルト(?)を置いて寝ていたので、小さい方を掴むと一人自宅に戻った。 するとダフネが待っていた。 今回も青いドレスを着ているダフネ。 写真を見つけたことを知るとイージーに擦り寄った。(惜しむらくはエロティックなラブシーンは監督の意向でカット) 「写真は私のものよ。 フランクのことを警察に通報するぞとダフネを脅したところ、なんとフランクはダフネの恋人ではなかったことが判明。 コレット殺害の真犯人は元ボクサーのジョッピーの仕業だとダフネが明かす。(しゃべらないように脅すだけのつもりだった) イージーの行きつけの酒場の主人であるジョッピーがオルブライトとつるんでようとは。 カーターと結婚するはずだったダフネの秘密を掴んだテレルがカーターの失脚を狙ってダフネを脅迫していたのだ。 そのダフネもカーターのためにとテレルのスキャンダルの証拠を掴んでいた。 そんなことを話しているところにオルブライトとジョッピーたちが入って来る。 イージーは多勢に無勢で見事伸されてダフネは拉致されてしまう。 瀕死の重傷にも関わらず車を運転してダフネを探しにオルブライトの家に行こうとするハードボイルドなイージー。(ちょっとクサイ) 後を追ってきたマウスから銃を借り受けるとジョッピーの酒場に上がって行ったイージーはジョッピーを銃で脅して車に乗せ一味のアジトを聞き出す。 しかし運転しているマウスはジョピーがコレットを殺した張本人と聞いて突然振り向き銃をぶっ放したから危うく上手い儲け話がふいになるとこだった。(セーフ!) イージーがダフネが証拠写真に7千ドル(当時で70万円)も払うと言ったと話してやっとで銃を納めたマウス。 隠れ家に到着、闇夜奇襲攻撃決行。 窓からダフネの助けを求める声が漏れてくる。(原作では全裸) 写真はどこだ?金はどこだ?と攻められている様子。 焼けた暖炉の火を掻き棒をダフネに押し付けようとした時、窓を割ってイージーが盲撃ち。 重症なんてどこ吹く風のイージーだがなにしろダフネが人質。 そこに早撃ち名人のマウス登場! ヒューヒュー!! 悪漢オルブライトは息絶えた。 やはりマウスは銃の扱い方を知っていた恐怖で歯の根も合わぬダフネを抱えて車に着くと居るはずのジョッピーの姿がみえない。 「あそこ。」とマウス指さす方をみれば地面に転がっている。(アウト!) 「なんで?」と聞くイージーにマウスが答えた。 「撃つなって言っただろ、な。 だから、絞めた。 殺すなってんなら俺と一緒に置いとくなよ。」 ドン・チードルが演じるマウスのキャラが凄いインパクト。 このままで終らせたくない。
ダフネの謎もダフネとフランクの関係も明らかになった今、イージーはダフネをフランクのアパートまで送って行きます。(原作ではフランクはマウスに撃たれた) ダフネはロスを去ったが、証拠写真のおかげでテレルのスキャンダルを握ったカーターの市長の椅子は安泰。 まだ人種差別の激しかった時代だし、本当に愛しているとは言ってもやはりカーターはダフネよりも市長を選択した。 途方も無く巨額の報酬を得たイージーは本物の私立探偵事務所を開設してめでたし、めでたし。 エレガントで詰めの甘いハードボイルド映画でしたが充分に楽しめました。(特にマウス!) しかし、暴露されたダフネの胸糞の悪くなるような実の父親からの虐待はなんとも哀れな境遇で、ふとRoman Polanski(ロマン・ポランスキー)が監督した1974年の映画「Chinatown(チャイナタウン)」を思い浮かべました。
エンディングの音楽はLloyd Glenn(ロイド・グレン)の演奏するスウィンギーな"Chica Boo"です。 ロイド・グレンは1920年代から活動しているR&Bのピアニスト1947年のT ボーン・ウォーカーの有名なアルバム「Call It Stormy Monday」や1060年のB. B. King(BBキング)の「My Kind Of Blues」の吹き込みに参加しています。
Lloyd Glenn - Chica Boo - YouTube

Mouse Alexander
ところで、イージーの相棒の「マウス・アレキサンダー」というドン・チードルが演じた役名ですが、教科書に取り上げられている有名なSwimmy(スイミー)などの児童文学の著者「Leo Lionni(レオ・レオニ)」が友情について書いた1969年の4部作「Frederick and His Friends」の中の「Alexander and the Wind-Up Mouse(アレクサンダとぜんまいねずみ)」に由来しているのでしょうか? 関係ない?

Pablo Ferro
映画のタイトル・デザインを手掛けるキューバ出身のグラフィック・デザイナーのパブロ・フェロは移住先のニューヨークで1950年代からアニメーションを手掛けました。 パブロ・フェロが制作したCMを見たStanley Kubrick(スタンリー・キューブリック)に請われて1964年の「「Dr. Strangelove Or: How I Learned To Stop Worrying And Love The Bomb(博士の異常な愛情)」の予告編でクィックカット手法と呼ばれる手描きのタイトルデザイン(レタリング)を手掛けたのが最初の映画の仕事だったそうですが、1971年にもキューブリック監督のA Clockwork Orange(時計じかけのオレンジ)、1993年のAddams Family Values(アダムス・ファミリー2)、1997年の「L.A. Confidential(L.A.コンフィデンシャル)、2004年のNapoleon Dynamite(ナポレオン・ダイナマイト/バス男)やデンゼル・ワシントンがベン・マルコ少佐を演じた2004年の「The Manchurian Candidate(クライシス・オブ・アメリカ)」などたくさんのタイトルを手掛け、50年代と60年代に活躍したSaul Bass(ソウル・バス)の後に活躍しました。
Pablo Ferro's Title Graphics - YouTube

video「青いドレスの女」のトレーラーはDevil In A Blue Dress - IFILM(Watchをクリック)
※観られない方はDevil In A Blue Dress Trailer - VideoDetective
Jennifer Beals in Devil in a blue dress - YouTube(partI and partII)
「青いドレスの女」の写真が見られるIl diavolo in blu - FILM.TV.IT


Denzel Washington
「青いドレスの女」で探偵「イージー・ローリング」を演じた神々しいほどエレガントなデンゼル・ワシントンは、科学的に分析すると最も美しい顔なんだそうです。 1992年のSpike Lee(スパイク・リー)が監督した「Malcolm X(マルコムX)」ではアカデミー受賞を逃しましたが、2001年のサスペンス「Training Day(トレーニング・デイ)」の悪役「Alonzo(アロンゾ)」の名演により、1963年のSidney Poitier(シドニー・ポワチエ)以来二人目の黒人でアカデミー主演賞を受賞した俳優です。
トレーニングデイのトレーラーはTraining Day Trailer - VideoDetective
舞台出身のデンゼル・ワシントンは1981年に「ハロー、ダディ!」で映画デビューして以来常に話題の社会派作品で注目を集めています。 美貌、知性的、正義感の固まり、スポーツ万能のような強靭な肉体、そしてトランペットも吹く感性の持ち主はクールな男の理想像でしょう。 他に代表作として1987年の「Cry Freedom(遠い夜明け)」、1993年の「The Pelican Brief(ペリカン文書)」、1999年の「The Hurricane(ザ・ハリケーン)」、そして2006年の「Inside Man(インサイド・マン)」などがあり、Deja Vu(デジャヴ)は日本では2007年3月公開です。

デンゼル・ワシントンがBenicio Del Toro(ベニチオ・デル・トロ)と共演する予定の映画で現在製作中の「American Gangster (2007)」の原作は、作家のMark Jacobson(マーク・ジェイコブスン)がアメリカの大手誌「New York Magazine(ニューヨーク)」に掲載した記事「Tru Blu」で、70年代のハーレムの麻薬王について書かれているそうです。
☆New York(ニューヨーク誌)のThe Return of Superfly by Mark Jacobson(英語のサイト)
※マーク・ジェイコブスン氏は「ニューヨーク誌」の2006年年3月27日号に「The Ground Zero Grassy Knoll(Grassy Knollからのゼロ地点)」を特集して9.11事件の陰謀論に迫り話題を呼んでいます。
同じくNew York誌のThe Ground Zero Grassy Knoll by Mark Jacobson

Jennifer Beals' Flashdance
ヒロインの衣裳のレッグワーマーやエリを大きくカットしたスエットシャツ・スタイルでも有名になった80年代を代表するダンス・サクセス映画「Flashdance(フレッシュダンス)」は、1997年のリメイク版「ロリータ」と同じくAdrian Lyne(エイドリアン・ライン)の監督です。
☆ジェニファービールスがヒロインのAlex Owens(アレックス・オウエンス)を演じて一躍人気スターとなったフラッシュダンスの写真が見られるTeen Musicals & Dance Classics
videoオスカーを受賞したフラッシュダンスのテーマ曲「What A Feeling'」を歌うIrene Cara(アイリーン・キャラ)のビデオが見られるThe Irene Cara Shrine(flashdanceで検索) First when there's nothing...と歌われるWhat A Feeling'の歌詞はThe Irene Cara Lyrics - Flashdance
Irene Cara -What A feeling, Flashdance - YouTube

「フラッシュダンス」で有名になった黒人とアイルランド系アメリカ人との間に生まれたエキゾティックな女優のジェニファー・ビールスは日本のソニーのテレビ・コマーシャルにも出演したことがあるそうですが、現在は「青いドレスの女」よりもっとセクシーなLA在住のレズとストレートの女性グループを描いたテレビ・シリーズ 「The L Word(Lの世界)」 にLaurel Holloman(ローレル・ホロマン)とレズカップルとして出演しているそうです。  かってはサラ・ジェシカ・パーカーが主演した1998年~2004年の「Sex And The City(セックス・アンド・ザ・シティ)」のようにヒットとなるでしょうか。
The L Worldのジェニファー・ビールスなどの無難な写真が見られるYahoo! TV(サムネイルをクリック)
貴方をエル(レズ)の世界に招く本は「The L Word: Welcome to Our Planet」の英語版ペーペーバックがAmazon.co.jpで見つかります。
貴方をエル(レズ)の世界に招くサントラは「The L Word」でシーズン別があります。  OST(オリジナルサウンドトラック)のThe L Word Theme(メインテーマ曲)は脚本も担当しているElizabeth Ziff(エリザベス・ジフ)の作曲でBETTYが歌っていますが、Connie Francis(コニー・フランシス)のEverybody's Somebody's FoolやElla Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)の歌う"Let's Do It"など意味シンな曲を収録しています。


ページトップの画像は200年にリリースされた日本語字幕版のDVDですが、こちらは2009年にリリースされた日本語字幕版の「青いドレスの女」のDVD(カラー)
devil2.jpg青いドレスの女

Devil In A Blue Dress Soundtrack by Elmer Bernstein
Devil In A Blue Dress: Music From The Motion Picture
「青いドレスの女」ではThe Man with the Golden Arm(黄金の腕)のテーマで有名なElmer Bernstein(エルマー・バーンスタイン)の美しいテーマ音楽が使用されています。 1995年にリリースされたOST(オリジナル・サントラ)の「Devil in a Blue Dress」は、50~60年代の私の好きなジャズやブルースの曲がいっぱいです。 イントロがちょっとコミカルなデューク・エリントンの"Hy-Ah-Su(Hy'a Sue)"やThelonious MonkのRound Midnightなどがサウンドトラックに収録されていますが、勿論3曲の映画テーマ曲はバーンスタインの作曲です。

サウンドトラックに収録されているブルースはT ボーン・ウォーカーの"West Side Baby"、Jimmy Witherspoon( ジミー・ウィザースプーン)のAin't Nobody's BusinessWynonie Harrisでお馴染みの"Good Rockin' Tonight"をBrian O'Nealで、Memphis Slimの"Memphis Slim - Messin' Around"などなどブルースがいっぱい!
Devil In A Blue Dress - Original Motion Picture Soundtrack
上の画像はブルース・レーベルのNight Train(Int'l)がリリースしたサントラのDevil in a Blue Dress
Amos Milburn - Chicken Shack Boogie - YouTube
Bull Moose Jackson - I Can't Go on Without You - YouTube

Jimmy WitherspoonのAin't Nobody's Business (part 1)、Johnny OtisのPoor Man Blues、Percy MayfieldのHow Wrong Can a Good Man Be、Ray CharlesのI'll Do Anything But Workなどブルースが収録された映画「青いドレスの女」にちなんだアルバムが試聴できます。
Music From And Inspired By the Motion Picture 'Devil in a Blue Dress'

Devil with the Blue Dress
映画「青いドレスの女」とは無関係ですが"Devil In A Blue Dress"に似たタイトルの曲があります。 ダイアの指輪やシャネルの5番を付けた青いドレスを着た素敵な女を歌った"Devil With The Blue Dress On"というR&B曲のオリジナルは1964年にシンガーソングライターのFrederick "Shorty" Long(ショーティー・ロング)とMotownのプロデューサーだったMickey (William) Stevenson(ウィリアムス・ミッキー・スティーブンソン)が作ったそうです。
Shorty Long - Devil With The Blue Dress On - YouTube

Home of Funk, Soul, Hip Hop, Blues, Jazz, and New Orleans Music and Sounds.
The Tuff City Music GroupのNight Train Internationalは未発表、レア、マイナーなブルース、ジャズ、R & Bをリリースしているブルース・ファンには名の知れたレーベルらしいです。
Night TrainのCDを説明したRudy's Boogie(日本語)


ウォルター・モズレイのミステリ小説
ウォルター・モズレイ著「Easy Rawlins」ミステリ・シリーズの第一作目「Devil in a Blue Dress(ブルー・ドレスの女)」
Walter Mosley's Devil in a Blue Dress - PaperbackDevil in a Blue Dress (Five Star)
こちらも画像クリックで本の内容が覗けるDevil in a Blue Dress: An Easy Rawlins Mystery (Easy Rawlins Mysteries (Paperback))
"黒人"のイージーがバーで白い麻スーツにパナマ帽の"白人"と出あう場面からこの物語りは始まります。 映画のように奇麗事では済まされない実におぞましい内容で、ダフネの白人の父親との関係、フランクとダフネの関係、幼児虐待の事実が全て書かれています。

ウォルター・モズレイの20編以上のミステリ小説の内、「ブルー・ドレスの女」の続編としてカラーがキーワードとなる私立探偵「イージー・ローリング」シリーズがAmazon.co.jpの洋書にあります。
1991年の「A Red Death(赤い罠)」
1992年の「White Butterfly (Mask Noir S.)(ホワイト・バタフライ)」
1994年の「Black Betty (Mask Noir S.)(ブラック・ベティ)」
1996年の「A Little Yellow Dog: An Easy Rawlins Mystery (Easy Rawlins Mysteries (Paperback))(イエロードッグ・ブルース)と続きます。

※日本語翻訳本は「ブルー・ドレスの女」、「赤い罠」、「ホワイト・バタフライ」、「ブラック・ベティ」、「イエロードッグ・ブルース」

Walter Mosley


Audio-Visual Trivia内の関連記事
悪漢オルブライトを演じたトム・サイズモアが出演したスリー・リバーズ
早撃ちマウスを演じたドン・チードルが出演した映画
クラッシュ
ホテル・ルワンダ



I Love Lucy TV show
1950年代から人気のあるテレビの連続ホームドラマ「I Love Lucy TV show (アイ・ラブ・ルーシー)」でDesi Arnaz(デジ・アーナズ、デジ・アーネズ、デシ・アルナズ)はルーシーの旦那さまのRicky Ricardo(リッキー・リカルド)として知られています。 テレビでリッキーのお仕事はラテン・バンドのリーダーでラテンクラブのオーナーでしたからデジ・アーナズの音楽もたくさん聴けましたね。 実生活でも主役のルーシーを演じるLucille De´sire´e Ball (ルシル・ボール)のご主人でもあったデジ・アーナズですが、TVや映画の喜劇役者であると同時に素晴らしいCuban(ラテン)音楽のミュージシャンです。

テレビ番組で英語でしゃべっているデジ・アーナズを別に不思議とも思わずに見ていましたが、デジ・アーナズは実はキューバのサンチャゴ出身だったのです。 キューバでは政治家の家系に生まれて裕福に過ごしていたらしいのですが、政変により1933年に米国のマイアミに逃れ、スペイン出身のラテンの大御所'「Rumba King'」の異名を取るXavier Cugat(ザビア又は、ザヴィア・クガート)に見出されるまでは過酷な生活を経験したそうです。

La Conga
1935年にザヴィア・クガート楽団から独立してソロ歌手になったデジ・アーナズは自分のルンバ・バンドを結成したところ、それこそ一夜にして人気者となります。 ザヴィア・クガート楽団では歌とギター担当でしたが、他にコンガ、ボンゴ、ドラムといった南米の打楽器も演奏し、特にバンドに取り入れたキューバン・リズムのコンガが大当たりしてデジ・アーナズが出演していたクラブの名前がLa Congaに代わったほどでした。 ほんの半年ほどの在籍でしたが、気の良いザヴィア・クガートからノレン分けしてもらってデジ・アーネズ楽団の名は「Desi Arnaz & his Xavier Cugat Orchestra」! ですがいい気になり過ぎて師匠と袂を分かちバンド名をDesi Arnaz & his La Conga Orchestraに変更!
ハンサムなプレイボーイとして次々と浮名を流したデジ・アーネズですが、1940年にテレビの仕事で知り合ったルシル・ボールと結婚します。 二人で出演した視聴者公開TV番組「アイラヴルーシー」の最初は1951年から1957年ですが、その後の続編と長いことコンビで出演し、テレビのルーシー・シリーズは国民的番組となりました。 デジ・アーネズはルシール・ボールの引き立て役に徹し、これで年貢の納め時かと思われたのですがどっこいそうは問屋が下ろさなかったのでした。 その後1957年からはThe Lucile Ball - Desi Arnez Showに出演しましたが、1960年の最終回録画を最後にルシールとデジ・アーネズは15年の葛藤を経てとうとう離婚しました。


1940年代からアメリカで大流行したラテン音楽にはボレロ、ルンバ、チャチャチャ、マンボなど色々なリズムがありますが、ラテン音楽はなんといってもその陽気なリズムに乗って楽しくなれることが特徴です。 特に1940年代にキューバで生まれたマンボはアメリカで50年代に大流行しました。 「マンボ」の言葉はキューバの代名詞のようなものです。 キューバン・マンボ!
デジ・アーネズの師匠であるザヴィア・クガートとまではいきませんが、どんなラテンの名曲又はスタンダード曲でもデジ・アーネズの手にかかれば魔法のように楽しい音楽になってしまうのです。 音楽では母国のスペイン語で歌いますから、水を得た魚のごとくノリノリに乗っていますね。 デジ・アーネズは実に素晴らしい音楽スタイルを持ったショーマンです。

Jane Harvey (1881-1882)
デジ・アーネズのバンド専属の女性歌手は何人も代わりましたが、その中の一人のJane Harvey(ジェイン・ハーヴェイ)は45年代にはBenny Goodman(ベニー・グッドマン又はベニイ・グッドマン)楽団で活躍したベテランのスウィング歌手で、ちょっとLena Horne(リナ・ホーン)タイプの歌手でした。 1946年頃にロスのクラブ「The Blue Angel 」で演奏していたデジ・アーネズがベニー・グッドマン楽団で歌っていたジェイン・ハーヴェイを見初めて自分のバンドに引き抜きますが50年代には妻のルーシーとのテレビショー出演に専念するためバンドを解散しています。
ジェイン・ハーヴェイは1948年ににスイング調のピアニストであるGene DiNovi (ジーン・ディノヴィ)が初めてヴォーカリストとのセッションした歌手でもあるそうです。 又、40年代中頃にはナット・キング・コール・トリオ風のバンドPage Cavanaugh Trio(ペイジ・キャ ヴァノウ・トリオ)でFoggy River、My Number One Dream Came Trueなどを吹き込んでいます。 その後、1960年代にはスタジオ専属バンドとして活躍していたEllis Larkins(エリス・ラーキンス)の伴奏でも吹き込んでいます。 エリス・ラーキンスは40年代中頃にEdmond Hall(エドモンド・ホール)のバンドに所属していてa href="http://www.audio-visual-trivia.com/2006/05/mildred_bailey.html">Mildred Bailey(ミルドレッド・ベイリー)やa href="http://www.audio-visual-trivia.com/2005/07/coleman_hawkins.html">Coleman Hawkins(コールマン・ホーキンス)とセッションをしています。 とはいうもののジェイン・ハーヴェイの情報は皆無に近いです。
デジ・アーネズのアルバム「The Best of Desi Arnaz」ではジェイン・ハーヴェイの素敵なバージョンでA Rainy Night in Rioが収録されています。

デジ・アーネズのEl Cumbancheroも最高!
ListenアルバムBabaluからDesi Arnaz and His Orchestra(デジ・アーネズ楽団)のEl Cumbancheroが聴けるwfmuラジオのプレイリストはPlaylist for PGB - August 31, 2003(You can Listen to this show (RealAudio)をクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を44:05)
珍しいデジ・アーネズのStraw Hat Songが聴けるPlaylist for Old Codger with Courtney T. Edison - December 27, 2000(You can Listen to this show (RealAudio)をクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を2:22:00に移動)

video1940年にリッキーとルーシの二人が初めて顔を合わせたのが映画「Too Many Girls(女学生の恋)」のセットでした。 デジ・アーネズのコンガ演奏もチラリ!のToo Many Girlsのビデオクリップが観られるToo Many Girls Trailer - TCM Turner Classic Movies


Babalu. Babalu. Babalu Aye. Babalu Aye...
「アイラブルーシー」の定番となり我々の耳にも慣れっこになっているラテンの曲"Babalu(ババルー)"」は、50年代にデジ・アーネズがテレビショーの「アイ・ラブ・ルーシー」のために作ったワイルドなラテン曲とされ、デジ・アーネズが最初に吹き込んだのは1946年だそうです。 テレビではかなりコメディ調に歌われていますが、本来Babalu Aye(ババルー)とは西アフリカの奴隷によって持ち込まれたYoruba(キューバなど)の神様のことらしいです。 実はハバナで「アフロ・キューバ ンの魔術師」又は"Mr.Babalu"と呼ばれたCasino de la Playa Orchestra専属ヴォーカリストだったMiguelito Valdes(ミゲリート・バルデース)が1939年に既に吹き込んでいるそうです。 その後1940年にニュートークに渡ったミゲリート・バルデースはザヴィア・クガート楽団に参加したこともあります。
☆ミゲリート・バルデースをフィチャーしたOrquesta Casino de la PlayaのBabaluが聴けるwfmuラジオのプレイリストはTranspacific Sound Paradise Sunday, July 18, 2004 Music of Cuba with Guest DJ Ned Sublette(Hear this show now: RealAudioをクリックしてクリップ・ポジション(再生バー)を2:00:48に移動)
※ゲストにキューバ音楽に造詣の深いNed Sublette(ネッド・ サブレット)を迎えてソンやルンバなど歴史的にも解説している素晴らしいプレイリストです。

デジ・アーネズのテーマ曲ともなっていたババルーは、ルーシーの旦那様であるリッキーが経営するラテン・クラブの名前でもあります。
デジ・アーネズの歌を聴いて頂ければ分かると思いますが巻き舌のノリノリ〜・リズムで本当に楽しくなること請け合いですよ。
Listenデジ・アーネズとミゲリート・バルデースのクリップも聴ける「ババルー」考察はThe World: Global Hit(英語のサイト、スピーカアイコンをクリック)
※ババルーの歌詞はBabalu Lyrics - The Tropicana nightclub


☆トップの画像はアルバム「The Best of Desi Arnaz」です。 ラテンのスタンダードのBabalu、Cuban Pete 、Tico Tico、 Brazil、El Cumbanchero、他にデジ・アーネズが出演した1949年の映画のテーマ曲「Holiday In Havana」などが収録されている楽しいアルバムです。 1994年の映画「マスク」でジム・キャリーが歌ったラテン曲のCuban Peteなどはデジ・アーネズのCuban Peteをイメージしたのでは?と私の勝手な想像をしています。(ジム・キャリーのCuban Peteは上記のAudio-Visual Trivia内の「マスク」で聴けて歌詞もあります。)

Joseph Norman(ジョセフ・ノーマン)が作詞作曲したラテンナンバーのCuban Peteはデジ・アーネズが歌って人気となりました。 リバプール生まれのクラシックピアニストだったジョセフ・ノーマン(1906年-1990年)は20年代にはハワイアンバンドも組んだそうです。 キューバ音楽のThe Peanut Vendorなどに魅せられたノーマンはJoseph Norman and His Cuban Rumba Bandを結成し自らマラカスをふってバンドリーダーとして演奏し、初めて英国にキューバンルンバを広めたミュージシャンなのです。 なんとキューバ大使館の令嬢と結婚したそうです。 ジョセフ・ノーマンもステージネームですが30年代後期にはさらにJose Norman(ホセ・ノーマン)と変えています。

Desi Arnaz' Albums
ページトップの画像は1992年にリリースされたデジ・アーネズの「The Best of Desi Arnaz: The Mambo King」で、BabaluやCuban Peteなど代表的な16曲収録しています。
試聴はThe Best of Desi Arnaz: The Mambo King - Amazon.com

I Love Lucy's Greatest Hits: Babalu Music
アルバム「Babalu Music!」はテレビ番組「アイ・ラヴ・ルーシー」の1951年リリースのサウンドトラックです。
Babalu Music!Babalu Music!
試聴はBabalu Music - Amazon.com

A Book (Library Binding) by Desi Arnaz
A Book (Library Binding) by Desi Arnaz1974年に出版されたデジ・アーネズの自伝(英語)はベストセラーになりました。 一文なしでアメリカにやって来たデジ・アーネズは最後にアメリカに感謝の言葉を残しています。
Thank you America, Thank you.
※「I Love Lucy」以外にデジ・アーネズが出演した映画はルシールと出合ったToo Many Girls (1940)、好評だった戦争映画のBataan (1943)、Cuban Pete (1946)、デジが作曲家志望のキューバのバンドリーダーを演じたHoliday in Havana - Desi Arnaz (1949)などですがDVDはありません。
Amazon.comでは「A Book (Library Binding)」 by Desi Arnazのなか身が覗けます。


Audio-Visual Trivia 内のデジとルシールのホーム・コメディ 「アイ・ラブ・ルーシー!


A Place in the Sun VHS
A Place in the Sun
陽のあたる場所(1951年)

「A Place in the Sun(陽のあたる場所)」の原作は1925年に発刊されたTheodor Drieser(セオドア・ドライザー)の小説「An American Tragedy(アメリカの悲劇)」です。 1906年にあった事件、妊娠した恋人を湖で溺死させたとして処刑された若者の実話で、1931年の同名の映画「An American Tragedy(アメリカの悲劇)」の原作となっています。 映画の「陽のあたる場所」はGeorge Stevens(ジョージ・スティーヴンス)が監督して1952年のオスカーでアカデミー監督賞、脚色賞、黒白撮影賞、作曲賞、黒白衣裳デザイン賞などの6つの賞を獲得した作品です。 「陽のあたる場所」は2度のオスカー受賞者のシェリー・ウィンタースの初のオスカー・ノミネートで、モンゴメリー・クリフトもノミネートされています。

出演は野心に燃える若者であるGeorge Eastman(ジョージ・イーストマン)にMontgomery Clift(モンゴメリー・クリフト)、ジョージが憧れる富豪の娘「Angela Vickers(アンジェラ・ビッカース)」には当時19歳のElizabeth Taylor(エリザベス・テイラー)です。
「陽のあたる場所」の映画パンフレットが見られる陽のあたる場所 懐かしの映画パンフレット

Jennifer Jones(ジェニファー・ジョーンズ)と共演した1953年の「Stazione Termini(終着駅)」を始め、多くの名作に出演したブロードウェイ出身のセクシーな俳優であるMonty(モンティ)はエリザベス・テイラーとは1957年の「Raintree County(愛情の花咲く樹)」でも共演しています。 モンティは自動車事故での致命的な顔面損傷の後もエリザベス・テイラーの支えにより奇跡的に復帰を果たしました。 1967年に予定されていた「Reflections in a Golden Eye(禁じられた情事の森)」は心臓発作で突然亡くなってしまったのでMarlon Brando(マーロン・ブランド)が交代し、エリザベス・テイラーとの4本目の共演は果たせませんでした。 モンティはハリウッド初の反逆精神を備えた俳優でもあります。
☆モンゴメリー・クリフトのThe Montgomery Clift ShrineMonty's Photos
June Allyson(ジューン・アリソン)やJanet Leigh(ジャネット・リー)が出演した1949年のLittle Women(若草物語)に出演した17歳のエリザベス・テイラーはえもいわれぬ美しさですが、私が最も好きなのはリズのその特徴のある可愛い声でした。 そして私が見たエリザベス・テイラーの映画で一番好きな作品は1958年のテネシー・ウィリアムズ原作をRichard Brooks(リチャード・ブルックス)監督が映画化した「Cat on a Hot Tin Roof(熱いトタン屋根の猫)」です。 いじらしい妻を演じたリズはやたらにシミーズ姿になりますが、リズの衣裳ではプレーンなブラウスからタイトスカートに至るまで最高級品!
☆若草物語を始めエリザベス・テイラーの写真が見られるElizabeth Taylor Photos - JSR Pages(若草物語はWomenで検索)
「熱いトタン屋根の猫」のサントラはありませんが音楽はリチャード・ブルックスが監督した1955年のBlackboard Jungle(暴力教室)で音楽を担当したCharles Wolcott(チャールズ・ウォルコット)です。 チャールズ・ウォルコット作曲のLove theme from Cat on a hot tin roof(テーマ曲)の他、André Previn(アンドレ・プレヴィン)作曲のLost in a summer nightなどがクラシカルな曲が使用されています。 その後、私はテーマ曲のThe Shadow of Your Smileが有名になった1965年のThe Sandpiper(いそしぎ)を観て以来、エリザベス・テイラー映画はご無沙汰しています。

エイズ撲滅運動に貢献しているエリザベス・テイラーですが一時は脳腫瘍の手術後は短髪にしてイメージチェンジを計りました。 最近は持病の腰痛のために車椅子の人となっていますがジュエリーのデザインなどの仕事をしているそうです。

野望を抱くジョージが勤務する工場の同僚の田舎娘「Alice Tripp(アリス・トリップ)」をShelley Winters(シェリー・ウィンタース)が演じています。 ナイトクラブのコーラスガール出身のシェリー・ウィンタースはハリウッドの黄金時代にはジェーン・マンスフィールドのような金髪グラマーのセックス・シンボルでしたが、望んでこの田舎娘風のアリス役に応募したようです。 この後、1959年のThe Diary of Anne Frank(アンネの日記)や1965年のA Patch of Blue(いつか見た青い空)で助演女優賞を獲得して演技派に転身(体型も変身)、1962年の「ロリータ」や1966年の「アルフィー」など多くの名作に出演してきましたが、残念ながら心不全で2006年1月に亡くなりました。
☆シェリー・ウィンタースのセクシー時代の雑誌のカバー写真はShelley Winters - Picture Goer OnlineShelley Winters - Bert Christensen's Illustrations GalleryBert Christensen's Cyberspace Home

そして忘れてはならない登場人物としては、事件の捜査を担当する足が不自由なDist. Atty. R. Frank Marlowe(州地方検事マーロウ)です。 「Perry Mason(ペリー・メイスン)」では弁護士を演じていた「Raymond Burr(レイモンド・バー)」は本当に足が悪くて人気だったTVドラマの「Iron Side(鬼警部アイアンサイド)」では車椅子に乗っていました。

イーストマン一族ではあるものの、親が宗教活動をしている貧しい家庭環境に育った青年ジョージの野望の旅はカンサスの田舎から叔父の会社を訪ねるためのヒッチハイクで始まります。 振り返ったジョージの目には未来を暗示するイーストマン社の大きな看板の水着の美女が微笑みます。 そして追い越していく高級車を見送るジョージが訪ねた先は叔父が社長を務める水着製造メーカーのイーストマン社です。 社長の自宅を訪ねた時のこと、ジョージは両親と旅行中で湖のそばに住んでいる華やかなアンジェラの姿を目にします。 ショージは水着製造メーカー工場で勤務するうちに親しくなった同僚の女工員のアリスと情熱にまかせたラテン音楽に誘われた一夜を過ごします。 仕事ぶりを認められて昇進したジョージは社長宅のパーティに呼ばれますが、知る人も無く一人ビリヤード室で過ごしている時に現れたのがずっと憧れていた令嬢のアンジェラでした。 すぐに親しくなった二人はパーティで愛を告白しあいます。 が、なんとそんな時にアリスが妊娠! 堕胎医探しも上手くいかず、アリスからは結婚をせまられたジョージはこのままでは破滅だと思い悩んでいる時、ジョージの耳にラジオのニュースが聞こえてきます。 そして、ジョージはあらぬことを思いつくのです・・・事故。 加えてそのジョージに追い打ちをかけるようにアンジェラに聴いた湖の溺死の話。 やるっきゃない! マスコミにバラスといきまくアリスをハネムーン代わりのピクニックに誘うジョージ。 偽名のギルバート・エドワーズでボートを借りて二人は湖へ漕ぎ出します。 あのアンジェラ家のそばの冬の湖でも聞こえたアビ(水鳥)の泣き声が不気味に響きます。 二人で一番星にお願いをかけることにした時にアリスはこう言います。 「何をお願いしたの?」、無言のジョージ、「貴方は・・・私が死ぬようにと願ったのね!」
絶望したアリスは突然立ち上がったのでボートは転覆し、結果的にはジョージの望み通りになります。 ボートが転覆した一瞬、ジョージの脳裏を横切ったのが美しいアンジェラ、これがアリスの死に直接手は下さなかったジョージを殺人へと導いたのです。 そうです、邪魔者は消えた。
やがてアリスの溺死死体が上がったことにより鬼検事マーロウの捜査が開始され、ジョージが一番恐れたこと、アンジェラとイーストマン家の一族にジョージの二重生活が露見してしまいます。 ショックを受けたアンジェラは病の床に臥せり、ジョージは第一級殺人で起訴されて死刑が決定します。
やっとのことで獄中を訪ねたアンジェラの言葉・・・「ずっと貴方を愛しつづけるわ、命がある限り」
そしてジョージの言葉・・・「もうすぐ死ぬ、そしたら忘れてくれ」
そしてアンジェラの言葉・・・「私たちは、お別れを言うために出会ったのね」
そして処刑室へ向かうジョージにオーバーラップする美しいアンジェラとの愛の思い出。
はたしてジョージは本当にアンジェラを愛していたのでしょうか、それともアンジェラのいる上流社会だったのでしょうか。
「陽のあたる場所」の写真も見られるレビューは懐かしの映画館
「陽のあたる場所」の写真が見られるUn posto al sole - FILM.TV.IT
※ジョージを演じたモンゴメリー・クリフトは死刑囚の役作りのためSan Quentin Penitentiary(サン・クエンティン刑務所)の監房で一晩過ごしたそうです。
サン・クエンティンについては映画私は死にたくない

video「陽のあたる場所」のトレーラが観られるA Place In The Sun - Turner Classic Movies(watch a trailerをクリック)
A Place In The Sun Trailer - VideoDetective


A Place In The Sun DVD
ページトップの画像は1998年リリースの「A Place In The Sun」の輸入VHS(英語)です。
下記は「陽のあたる場所」2008年リリースの日本語字幕DVD(白黒)です。
A Place in the Sun陽のあたる場所
この他に500円DVDの「陽のあたる場所」や2005年版ドルビー日本語字幕DVDもあり。

Franz Waxman
戦前から映画音楽を手掛けているポーランド出身の作曲家「Franz Waxman(フランツ・ワックスマン)」作曲の「陽のあたる場所」のテーマ曲はオスカーでBest Music, Scoring of a Dramatic or Comedy Picture(作曲賞)を受賞しました。  フランツ・ワックスマンはAlida Valli(アリダ・ヴァリ)が主演したヒッチコックの「The Paradine Case(パラダイン夫人の恋)」や「Rebecca(レベッカ)」、Sunset Boulevard(サンセット大通り)など名画のサントラを手掛けてきました。 私はフランツ・ワックスマンの音楽というと、Marlon Brando(マーロン・ブランド)と高美以子やMiyoshi Umeki(ナンシー梅木)が共演した1957年の映画「Sayonara(サヨナラ)」を思い浮かべます。 朝鮮戦争下の日本が舞台の米軍を扱った映画でJames Garner(ジェームズ・ガーナー)も出演しました。 Hana-ogi(花扇)を演じたMiiko Taka(高美以子)が歌った主題歌「Sayonara(Goodbye)」が大好きですが、これはフランツ・ワックスマンではなくIrving Berlin(アーヴィング・ バーリン)の作詞・作曲だったそうです。(Sayonara, Japanese goodbye! Whispered sayonara...Smiling, but not cry. No more we, near the tree, Looking at the sky. Sayonara... sayonara... Goodbye!...)

Charles Gerhardt(チャールズ・ゲルハルト)指揮で演奏はNational Philharmonic Orchestra(国立交響楽団)の「A Place in the Sun(陽のあたる場所)」のサウンドトラックCDはありませんが、サントラ画像と曲目が見られるA Place in the Sun (1951) (Franz Waxman) - You Don't Have To Visit This Blog(A Place in the Sunで検索)

The Classic Film Scores of Franz Waxman
フランツ・ワックスマンの8曲収録クラシック映画音楽集にテーマ曲(prelude)の"A Place in the Sun"、Angela、Loon Lake、Farewell And Frenzy、The Farewellがメドレーで収録されています。 ヒッチコック作品の"レベッカ"や"サンセット大通り"のテーマ曲なども入っています。
Boulevard: The Classic Film Scores of Franz WaxmanSunset Boulevard: The Classic Film Scores of Franz Waxman
試聴はSunset Boulevard: The Classic Film Scores Of Franz Waxman - Amazon.com


Audio-Visual Trivia内の関連記事
エリザベス・テイラーが主演した雨の朝パリに死す
シェリー・ウィンタースが出演したロリータアルフィー
Mambo



最後のハリウッド・スター
ロシア系のナタリー・ウッドは本名をNatasha Nikolaevna Gurdin(ナターシャ・ニコラエヴナ・グルディン)というそうです。 若干8歳でユニヴァーサルと契約し、1946年のOrson Welles(オーソン・ウェルズ)とClaudette Colbert(クローデット・コルベール)が出演した「Tomorrow Is Forever(離愁)」で映画デビューしましたが、実際に人気が出たのは翌年のは1947年の「Miracle on 34th Street(三十四丁目の奇蹟)」が本格デビューとなります。 アメリカの悩めるティーン・エイジャーを描いた1955年の「Rebel Without a Cause(理由なき反抗)」ではJames Dean(ジェームズ・ディーン)の恋人役で子役から脱皮しました。
名門アクターズ・スタジオ出身のジェームズ・ディーンはBaby Doll(ベビイドール)のElia Kazan(エリア・カザン)監督に認められ1955年に「East of Eden(エデンの東)」でデビュー後に「理由なき反抗」で大ブレイクしましたが、まさに映画のようにポルシェの事故により急逝してしまった伝説の俳優でした。 ナタリー・ウッドとは撮影後に恋人だった時期もあったというジェームズ・ディーンの画像も見られるオフィシャルサイトはThe Official Site of James Dean Photos - JamesDean.com

可愛いかった子役時代のナタリー・ウッドはYoung Natalie Wood Photos - ClassicMovieKids.com
大人になったナタリー・ウッドはNatalie Wood Photos - OperaGloves.com(クリックで画像拡大)

West Side Story
Natalie Wood as Maria on West Side Storyナタリー・ウッドの代表作品としては、1961年、ロバート・ワイズ監督のWest Side Story(ウエスト・サイド物語)でしょう。 ナタリー・ウッドは可憐な悲劇のヒロイン「マリア」を演じました。 ちなみに1959年のミュージカル「The King And I(王様と私)」で家庭教師を演じたデボラ・カーやBreakfast at Tiffany's(ティファニーで朝食を)のAudrey Hepburn(オードリー・ヘップバーン)などの吹き替えを担当したアメリカのオペラ歌手であるMarni Nixon(マーニ・ニクソン)がナタリー・ウッドの歌も吹き替えしました。 映画スターの吹き替えが多いので"幽霊"を自称するマーニ・ニクソンは滅多に女優としては映画に顔を見せないですがJulie Andrews(ジュリー・アンドリュース)が主演した「The Sound of Music(サウンド・オブ・ミュージック)」では尼僧の役で出演し歌も歌いました。
☆「ウエスト・サイド物語」について詳しくはAudio-Visual Trivia内のWest Side Story


Gypsy
Gypsy Rose Lee Gypsy: The Movie ジプシー・ローズ・リー伝記映画
「ウエスト・サイド物語」に出演した翌年の1962年に、その純情可憐なイメージを破るかのように、Gypsy Rose Lee(ジプシー・ローズ・リー)伝記映画「Gypsy(ジプシー)」でストリッパーに挑戦しました。 1930年代からストリッパーとして最も人気があったRose Louise Hovick(ローズ・ルイーズ・ホヴィック)の物語です。 実在のジプシー・ローズ・リーはニューヨークのMinsky劇場などで警察の手入れにも合った時にこう言ったそうです。「裸じゃないわ!青いスポットライトを浴びていたもの。」 多才なジプシー・ローズ・リーは女優、テレビショーの司会者、そして執筆も手掛け、1959年にJule Styne(ジュール・スタイン)とStephen Sondheim(スティーヴン・ソンドハイム)コンビの音楽とChita Rivera(チタ・リヴェラ)、Ann Reinking(アン・ラインキング)、Donna McKechnie(ドナ・マッケニー)の歌と踊りで大ヒットしたミュージカルのGypsyの原作者でもあるそうです。
Gypsy Rose Lee Photos

Let me ... entertain s!
Let me make you smile.
Let me do a few tricks.
Some old and then some new tricks. I'm very versatile.

video僅か150cmちょっとの小さなナタリー・ウッドが歌う痛々しい"Let me entertain you!"が観られる「ジプシー」のトレーラーはGypsy Trailer- Videodetective

Bette Midler(ベット・ミドラー)が主演した1993年のTV版もある、1959年初演のエセル・マーマン主演のブロードウエイのミュージカルの映画化「ジプシー」のVHS「Gypsy (1962)」もあります。
映画「ジプシー」には1955年の「ピクニック」に出演した往年の美人女優のRosalind Russell(ロザリンド・ラッセル)がナタリー・ウッドの母親役でゴールデン・フローブのコメディ/ミュージカル部門で女優賞を得ています。 ロザリンド・ラッセルの若い時の写真はRosalind Russell Photos - Bert Christensen's Cyberspace HomeBert Christensen's Cyberspace Home

ナタリー・ウッドが可愛いストリッパーを演じた映画「ジプシー」のDVDは現在入荷待ちですが、VHSビデオはGypsy (1962)
全22曲を収録した2003年盤の「ジプシー」のサウンドトラック
Gypsy (1962)Gypsy (1962 Film Soundtrack) [EXTRA TRACKS] [ORIGINAL RECORDING REMASTERED] [SOUNDTRACK]
Theatrical poster by Bill Gold


Natalie Wood and Robert Robert Wagner
Natalie Wood and Robert Wagner
ナタリー・ウッド出演の私の好きなメロドラマ

ナタリー・ウッドの出演作品をたくさん観てきましたが、私が好きなのはナタリーがアカデミーにノミネートされた1961年の「Splendor in the Grass「(草原の輝き)」やウエスト・サイド物語のような大作ではなくいわゆる胸キュン・メロドラマです。
Splendor in the Grass Trailer - YouTube

All The Fine Young Cannibals
私の郷愁を掻き立てる映画としては、当時結婚していたRobert Wagner(ロバート・ワグナー)とナタリー・ウッドが初共演した1960年の「All The Fine Young Cannibals(夜が泣いている)」は実在のトランペッターのChet Baker(チェット・ベイカー)をモデルにした青年「チャッド」役をワグナーが演じています。 当初は主役に本人のチェット・ベイカーを予定していたそうですがチェット・ベイカーはそれを受けずに欧州公演に旅立ちました。 原作はRosamond Marshall(ロザモンド・マーシャル)の小説「The Bixby Girls」を「The Subterraneans(地下街の住人)」のロバート・トムが脚色し、マイケル・アンダーソンが監督したテネシー・ウイリアムズ調の映画です。 主人公「チャッド」の結婚相手としてSusan Kohner(スーザン・コーナー)が出演しています。 スーザン・コーナーは1959年のImitation of Life(悲しみは空の彼方に)ではオスカーにもノミネートされたことがありますが結婚して引退してしまいました。 スーザンの息子のPaul Weitz(ポール・ワイツ)が映画監督になっています。
☆ミュージシャンになりたい男とリッチになりたい女の同郷(テキサス)の恋人同士の映画「夜が泣いている」のポスターが見られるAll The Fine Young Cannibals Posters - The Movie Poster Page
All The Fine Young Cannibals (photos)- with "Don't Explain" by Billie Holiday - YouTube
ロバート・ワグナーとナタリー・ウッドの共演は「夜が泣いている」の後には70年代のTV映画の「The Affair」と「Cat on a Hot Tin Roof」のみです。
ナタリー・ウッドと2度結婚した美形のハリウッド男優「ロバート・ワグナー」は「夜が泣いている」の後も1962年の戦争超大作のThe Longest Day(史上最大の作戦)や1963年のピーター・セラーズ主演の「ピンクの豹」など多く映画に出演しています。 ナタリーと死別したロバート・ワグナーは1991年にナタリーの友人でボンド・ガールを演じたことがあるJill St. John(ジル・セント・ジョン)と再婚しています。 私が初めてその綺麗なジル・セント・ジョンを見たのはデビューしたばかりの1960年の元祖ジュラシックパークのThe Lost World(失われた世界)でしたが、ナタリー・ウッドの妹のLana Wood(ラナ・ウッド)も出演した1971年の「Diamonds Are Forever(007/ダイヤモンドは永遠に)」がよく知られています。

ナタリー・ウッドとロマンティック映画のRobert Redford(ロバート・レッドフォード)との共演は1965年に2本あります。
Inside Daisy Clover(サンセット物語)」はRobert Mulligan(ロバート・マリガン)が監督したハリウッド内幕もので一夜にしてスターとなった少女の悪夢を描いています。 映画音楽はユダヤ系ドイツ人のピアニストでThe Subterraneans(地下街の住人)ではピアノを演奏したAndre Previn(アンドレ・プレヴィン)です。 ナタリーが演じるヒロインと結婚してしまうハンサムスター役は当時新人だったロバート・レッドフォードです。 ロバート・マリガンは「The Great Escape(大脱走)」で大ブレイクする前のSteve McQueen(スティーヴ・マックィーン)が1961年の兵隊コメディ映画「The Honeymoon Machine(ガールハント)」の後に出演した唯一のロマンス映画といわれる1963年の「Love with the Proper Stranger(マンハッタン物語)」も監督し、こちらは音楽がThe Man with the Golden Arm(黄金の腕)のElmer Bernstein(エルマー・バーンスタイン)ですがテーマソング"Love with the Proper Stranger"は1960年代の人気ジャズ歌手のJack Jones(ジャック・ジョーンズ)が歌っています。 「マンハッタン物語」ではナタリー・ウッドはニューヨークのMacy's(メイシーズ・デパート)の貧しい売り子役で、スティーヴ・マックィーンが演じるしがないバンドマンとのたった一夜のアバンチュールの顛末記を描いていますが、ラストでいきなりナタリー・ウッドが垢抜ける以外にはさほど魅力のある内容ではありません。 降伏しました。 "Better Wed Than Dead"
コメディが似合わないナタリー・ウッドがロバート・レッドフォードと共演したもう一つの映画は、テネシー・ウィリアムズ原作の一幕戯曲をSydney Pollack(シドニー・ポラック)監督が映画化した「This Property Is Condemned(雨のニューオリンズ)」です。 「雨のニューオーリンズ」の脚本を手掛けたのは1972年のThe Godfather(ゴッドファーザー)や1988年のTucker: The Man and His Dream(タッカー)などを監督したFrancis Ford Coppola(フランシス・フォード・コッポラ)です。 観終わるとたまらないほど切なくなる実母との女の確執が悲しいストーリーです。 ナタリーウッドが演じる田舎の美少女が母への当てつけに結婚してしまう母の愛人「J.J.」役はCharles Bronson(チャールズ・ブロンソン)なのです。 ナタリー・ウッドが出演しているからではなく全体的に超お勧めの映画です。

Natalie Wood & Steve McQueen - YouTube

他にもロマンティック・コメディとしては、James Garner(ジェームズ・ガーナー)が主役のCash_McCallを演じた1959年の「Cash McCall(札束とお嬢さん)」や、Henry Fonda(ヘンリー・フォンダ)やLauren Bacall(ローレン・バコール)などの大物揃いのRichard Quine(リチャード・クワイン)監督の1964年の「Sex and the Single Girl(求婚専科)」はTony Curtis(トニー・カーティス)が演じるスキャンダル誌の雇われ編集長が話題の本を出版したナタリー・ウッドが演じる精神コンサルタントを探ろうと潜入したものの逆に恋に落ちてしまう(相思相愛)ロマコメです。 「Some Like It Hot(お熱いのがお好き)」ではMarilyn Monroe(マリリン・モンロー)を騙したトニー・カーティスはJack Lemmon(ジャック・レモン)の二番煎じのような女装をしてナタリー・ウッドを騙そうとするラブコメですがナタリー・ウッドとローレン・バコールの華麗なるファッション合戦とMel Ferrer(メル・ フェラー)のダンスと、The Pink Panther(ピンクの豹)で"It Had Better Be Tonight(今宵を楽しく)"を歌ったFran Jeffries(フラン・ジェフリーズ)が"What Is This Thing Called Love"や"Anniversary Waltz"をご近所さんのブロドリック夫妻の結婚10周年のパーティで歌って踊るシーンでCount Basie(カウント・ベイシー)が観られる以外は特筆すべき点はありません。

☆Audio-Visual Trivia内のナタリー・ウッドのデビュー作は「三十四丁目の奇蹟


実生活でも恋の遍歴で名を馳せたナタリー・ウッドですが、ロバート・ワグナーとは1957年と1972年の二度結婚しています。 1981年にボート転落事故により死亡、当時は担当検視官等に口外禁止令が出されたほど謎の溺死事件でした。 その時ナタリー・ウッドと一緒にいたのが夫のロバート・ワグナーとスリーピーフォローでThe Hessian Horseman(首無し騎士)を演じたChristopher Walken(クリストファー・ウォーケン)が一緒で全員が酔っ払っていたそうです。 地元警察はロバート・ワグナーとクリストファー・ウォーケンの2人をこの殺人事件の重要参考人として検挙したものの証拠不十分で不起訴となった由がまことしとやかに噂されました。 ナタリーは単に酔っ払っていたのか?ウォーケンと不倫関係にあったのか?それともワグナーとウォーケンが・・・?
1981年から制作開始するも事故のために延期され1983年公開となったBrainstorm(ブレインストーム)はナタリー・ウッドの遺作となりました。
スキャンダルとして騒がれましたがともかく現在はWestwood Memorial Park(ウエストウッド・メモリアルパーク)に眠っています。

Lana Wood
ナタリー・ウッドの娘供であるNatasha Gregson Wagner(ナターシャ・グレグソン・ワグナー)も女優となり主にテレビで活躍していました。 娘の名前からしてナタリーが10歳の時の初恋の相手で18歳になって結婚したロバート・ワグナーとの子供かと思ったのですが、1962年に別れた後に結婚したプロデューサーのRichard Gregson(リチャード・グレグソン)が父親だそうです。 そしてナタリー・ウッドとは全く似ていない(バストサイズが)8歳違いの妹であるラナ・ウッドも女優となり1950年代半ばに映画デビューして1971年にはボンドガールとして「Diamonds Are Forever(007/ダイヤモンドは永遠に)」に出演しましたが、同じ年にPlayboy April 1971(プレボーイ誌)に写真が載って話題となりました。

starsstarsstarsGeniestarsstarsstars

Alf Layla wa Layla - A Thousand and One Nights(千夜一夜)
「アラビアン・ナイト」は中世のアラブのバグダード宮廷でのお話です。 昔々、毎晩ハーレムの若い美女を妃に娶り夜を共に過ごすと首を切り落とすという残忍なバクダットの王様がいました。 王様の側近の娘で王様を愛していたScheherezade(シェラザード姫)は自ら後宮(ハレム又は大奥)入りし王様にお目通りすると、殺されないように毎晩毎晩不思議で面白い話を聞かせたのです。 「はい、今日はここまでよ、次は明日の晩ね」と言われ、王様は次の話が聞きたいばかりにシェーラザードを殺さなかったということです。 昔は優しかった王様が何故そのように残忍になったかというと、愛していた王妃と実弟に裏切られて殺されかかったからです。 王様は王妃を殺してしまい、それ以来、残酷で猜疑心の固まりとなった次第です。
アラブとはどこかというと諸説がありますが、アラビア半島出身の砂漠の遊牧民とか、アラビア半島を起源としたセム語系の民族、又はアラビア半島周辺から地中海までの地域のようです。 いづれにしてもアラビア語を話すイスラム民族が住む地域で、具体的にはアラビア半島や北アフリカのエジプト、 リビア、スーダン、シリア、レバノン、イラク、サウジアラビア、オマーン、イエメン、シリア、ヨルダンなどで、トルコやイランは違うそうです。 Arabian(アラビアン)とは形容詞で"アラビアの"ですが名詞では"アラビア人"を意味します。 ではArabicは? こちらも形容詞で"アラビアの"という意味ですが他に"アラビア人の"、"アラビア語の"、"アラブ人の"という意味もあるそうです。 聖書的には始祖は同じようでも、アラブ人とは上記に書いてあるようにアラブ半島などに住みアラブ語(セム語)を話す人々でその多くはイスラム教徒で、ユダヤ教徒のユダヤ人とは当然異なるそうです。

candleArabian Nights (1942)
又の名を"The 1001 Nights"といい、フランス語ではMille et Une Nuitsと呼ばれるArabian Nights(千夜一夜物語)を題材にした映画はたくさん有ります。 その一つにBムービーの典型といわれる1942年のJohn Rawlins(ジョン・ローリンズ)監督のアメリカ製カラー映画「Arabian Nights (1942)(千夜一夜物語)」があります。 この「アラビアン・ナイト」は豪華絢爛の"セット"と衣裳が素晴らしいファンタジー活劇で1943年のオスカーにノミネートされました。 兄弟がトルコの王座と美しい踊り子のScheherazade(シェラザード又はシェハラザード)を獲得するために競い合うアクション・コメディ映画です。 登場人物はシエラザードの他、シンドバッドやアラジンなど千夜一夜物語から取っています。 ヒロインのシエラザード役は戦前に活躍したドミニカ出身のB級映画の女王と呼ばれたMaria Montez(マリア・モンテス)が演じました。 ダンスは吹き替えという説もあれど、この映画でイナバウワーなみのエキゾティックなベリーダンスを披露した踊り子役のマリア・モンテスは兄王子のHaroun-Al-Raschid(ハラウン又はホラム)を演じたJon Hall(1915年生れのジョン・ホール)と6本の映画で共演しています。 二人は「アラビアンナイト」が初めての共演で、続いて1944年にAli Baba and the Forty Thieves(アリババと四十人の盗賊 )などにコンビで出演しましたがジョン・ホールは30歳の若さで亡くなっています。
マリア・モンテスのArabian Nights(千夜一夜物語)の写真が見られるイタリアのLe mille e una notte Photos - FILM.TV.IT
写真がいっぱいのマリア・モンテスのサイトはMaria Montez Photos and Bio - Mariamontez.net
ジョン・ホールの写真が見られるJon Hall Photos - Brian's Drive-InTheater
☆マリア・モンテスの写真集はMaria Montez Picture Gallery - briansdriveintheater.com
Maria Montez Photos - Hollywood Pinups
※「シェラザード」といえば1962年にAnna Karina(アンナ・カリーナ)が主演したフランス映画の"Shéhérazade"もあります。

Arabian Nights (1942) DVD
2006年に発売されたマリア・モンテス主演の1942年「アラビアン・ナイト」DVD
The Arabian Nights DVDアラビアン・ナイト
英語版VHSの「Arabian Nights (1942) / Movie」もあり。
Arabian Nights -Maria Montez as Sherazade - YouTube


Il Fiore Delle Mille E Una Notte (Arabian Nights) (1971)
「真実は夢の中に少しずつ現れる」
強烈なアラビアンナイトとしては、カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞した1974年のPier Paolo Pasolini(ピエル・パオロ・パゾリーニ)監督のイタリア映画「Il Fiore delle mille e una notte(アラビアン・ナイト)」があります。 音楽をEnnio Morricone(エンニオ・モリコーネ)が担当したパゾリーニ監督の「アラビアン・ナイト」は1971年のIl Decamerone(デカメロン)と1972年のRacconti di Canterbury(カンタベリー物語)に続くパゾリーニ三部作の最後の作品です。(リンク先で映画の写真が見られます。)
さらわれた自分の女奴隷を探す青年のNur Ed Din(ヌル・エド・ディン)が泣きながらオリエンタルを旅します。 映像は美しくエロティックであるとともにかなり残虐な場面がありますが、劇場で一度観たくらいでは理解できるシロモノではありません。 多分主人公のヌル・エド・ディンが登場していない場面が"アラビアン・ナイト"の挿話なんでしょう。 ほぼチンプンカンブンな私は映画の中に出てきた大道具や小道具に目がいきました。 あのロバが可愛い!スパングルがキラキラした衣裳が綺麗!あの房付きの傘が欲しい!あのご馳走が食べたい!

Il Fiore delle mille e una notte (1974) DVD
やっと出ました! 何度も見直したいパゾリーニ監督のエロティック・コメディ「アラビアン・ナイト」は日本語字幕版のDVDが2009年に発売されています。
Il Fiore delle mille e una notteアラビアンナイト IL FIORE DELLE MILLE E UNA NOTTE
2003年発売の日本語字幕版DVD「パゾリーニ・コレクション アラビアン・ナイト」は現在入手困難になっていて恐ろしいほどの高値です。
※パゾリーニ監督の「アラビアンナイト」VHS (日本語字幕版)も現在入手困難です。
Amazon.comで発売されているパゾリーニ監督のイタリア語/英語字幕版のタイトルは「Il Fiore delle mille e una notte(Arabian Nights)」です。
2003年に発売されたエンニオ・モリコーネの輸入盤サウンドトラックはIl Fiore Delle... Soundtrack
Ennio Morricone - Opening Theme - Il Fiore delle mille e una notte (1974) - Youtube
Ennio Morricone - tema di Dunja - Il Fiore delle mille e una notte (1974) - Youtube

Senya ichiya monogatari (Arabian Nights) (1969)
エロティックといえば忘れてならないのは日本のOsamu Tezuka(手塚治虫)氏ですが、遡って1951年に「珍アラビアンナイト」を出版していたのです。 手塚治虫のMushi Productions Animerama(虫プロ・アニメラマ三部作)の「クレオパトラ」や「哀しみのベラドンナ」シリーズの一作品で1969年公開の山本暎一監督のアニメ版「Senya ichiya monogatari (千夜一夜物語)で、アニメの音楽はシンセサイザーのアーティスト"Tomita Isao(冨田勲,)"(2005年の「ブラック・ジャック」まで手塚治虫アニメの音楽を担当)でしたがサントラはありません。 大変エロくて素晴らしく、ひょっとするとパゾリーニ監督が手塚治虫の「千夜一夜物語」を参考にしたのではないかと思われる場面もあります。 「鉄腕アトム」の手塚治虫の漫画というだけでお子ちゃまも観にきますから、"経験のない子供たちには分んないから"とはいえどもこれでもかなり手加減したそうです。
私の大好きな昭和30年代の若き漫画家たちは好き者作家たちでした。 「ミラクルジャイアンツ童夢くん」などの作者である石森章太郎(現在は石ノ森章太郎)などは1970年に「チャタレイ夫人の恋人」の漫画化を婦人倶楽部に載せたほどで、ディズニー漫画に憧れた手塚治虫も同様に少女漫画にもエロいコマを挿入して楽しんでいました。 私は少女クラブの1956年の付録にあった推理小説の漫画化で、 Conan Doyle(コナン・ドイル)の「まだらのひも(まだらの紐/The Adventure of the Speckled Band)」とEdgar Allan Poe(エドガー・アラン・ポー)の「黒猫(The Black Cat)」が好きでした。 手塚治虫の「ファウスト」は後になってから読みましたが、1953年の「リボンの騎士」、1954年あたりの「ナスビ女王」、1956年の「火の鳥エジプト編」などが忘れがたい作品です。 さて、エジプトと「クレオパトラ」好きの手塚治虫氏は1950年代のテレビ漫画「の鉄腕アトム」時代にも1954年と1963年にクレオパトラのエピソードを描いています。
現在3部作のDVDが販売されていますが、アニメとはいえ親子で観ないで下さい。
クレオパトラは海外の映画サイト「The Ancient Egypt film site」でエロ映画部門に入っているのを見つけました。 The Ancient Egypt Film Site - Kureopatora Japan, 1970では左のメニューのカテゴリから「erotic films」をクリックして、一番上のPicturesをクリックすると大量の画像が見られます。
千夜一夜物語/クレオパトラ/哀しみのベラドンナ Amazon.co.jp
One Thousand and One Arabian Nights American Trailer - YouTube
Tezuka's Senya ichiya monogatari Trailer (1969) - YouTube

Disney's Aladdin - Arabian Nights
Disney's Aladdinページトップで聴ける音楽は"Oh I come from a land, from a faraway place Where the caravan camels roam Where it's flat and immense And the heat is intense It's barbaric, but hey, it's home ..."と歌われる1992年製作のばWalt Disney(ディズニー)アニメーション映画の「Aladdin(アラジン)」でナレーターとペドラー役で声の出演をしたBruce Adler(ブルース・アドラー)が歌うオープニングソングのテーマソング"Arabian Nights"ですが、1992年から1993年のオリジナル歌詞である"Oh I come from a land, from a faraway place Where the caravan camels roam Where they cut off your ear If they don't like your face It's barbaric, but hey, it's home"という部分などが人種差別に関するクレームがついて歌詞を変更したそうです。(映画の初っ端に"耳を切り落とす"が子供向きではないとか、Barbaric(野蛮人)が差別語だとか、アラブ人の顔が悪人のようにグロテスクにデフォルメされているとか、訛っているとか云々)  世界的に人気があるディズニー映画などは幼い子供に特別な感情を植え付けないようにするべきなんだそうで、歌詞の翻訳も含めて目には目を式のイスラムの掟の間違った解釈などアメリカとアラブの文化の相違点からも考察されるべきだとか。
Aladdin (Disney) - YouTube
Alan Menken(アラン・メンケン)音楽の「アラジン」サウンドトラックはAladdin Soundtrack
♪ 試聴はAladdin Soundtrack - Amazon.com
で一番人気のブルース・アドラーのArabian Nightsは1番です。
1992年版の「アラビアン・ナイト」のサントラはその後2度ほど再リリースされているそうです。
※映画で魔人のジニーを演じたRobin Williams(ロビン・ウィリアムス)はFriend Like MeやPrince Aliを歌ったそうです。
☆訂正された歌詞では「So it goes, Short and sweet They were wed down the street May their marriage be truly blessed...」ですが、オリジナルのWhere they cut off your ear...とブルース・アドラーが歌った「アラビアン・ナイト」の歌詞はMovies Soundtracks - Arabian Nights Lyrics
※ディズニー・アニメのDVDはヴィンテージ価格の「アラジン スペシャル・エディション」があります。

Arabian Nights 2000
最も原典に忠実な「千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)」はアメリカの2000年のテレビ用映画で、Steve Barron(スティーヴ・バロン)監督「Arabian Nights」です。 英国の俳優「Alan Bates(アラン・ベイツ)」が語り部となり、有名なアラジンと魔法のランプやアリババと40人の盗賊はモチロン挿話として入っています。
Arabian Nights 2000のビデオや写真が見られるArabian Nights Photos - RHI(画面下のタブをクリック、現在画像は5枚に減ってしまった)
videoテレビ映画「アラビアン・ナイト」のトレーラーが観られるArabian Nights 2000 Trailer - VideoDetective

2000年にリリースされたテレビ映画「アラビアン・ナイト」Arabian Nights(2000)の日本語字幕DVDは2万円近いヴィンテージ価格!
Arabian Nights(2000)アラビアンナイト DVD
輸入の英語版 Arabian Nights (2000)のDVDやVHSはバカ安の1500円くらいで見つかります。(ただしリージョン1) Amazon.comにRegion 2のDVDがありました。

Aladdin and the King of Thieves (1995)
Disney(ディズニー)が1992年に提供した「Aladdin(アラジン)」シリーズにはまだ続きがあって、アニメを手掛けるTad Stones(タッド・ストーンズ)がその完結編というテレビ用アニメの「Aladdin and the King of Thieves(アラジン完結編/盗賊王の伝説)」を1995年に監督しました。 シリーズを通して魔人のジニーの声をRobin Williams(ロビン・ウィリアムス)が担当し、アラジンにはScott Weinger(スコット・ウェインガー)です。 サントラでは同じくアラン・メンケンが作曲した"Arabian Nights Reprise"をブルース・アドラーが歌っています。 日本では未公開でしたがビデオは発売されています。
Aladdin and the King of Thieves ending - Arabian Nights Reprise - YouTube

殆どの千夜一夜物語(アラビアンナイト)の挿話の中東風音楽が収録されたRichard Harvey(リチャード・ハーヴェイ)音楽のArabian Nights (2000)のサウンドトラック
arabianCd.jpgArabian Nights: Original Soundtrack (2000 TV Film)
アラビアン・ナイト DVD


When Night Falls, the Adventure Begins!
「The Arabian Nights」の情報集はArabian Nights - Candlelight Stories(英語のサイト)
英語版の「The Arabian Nights 」が読めるArabian Nights Stories - Candlelight Stories(子供対象なので易しい英語、Playをクリックすると音声バージョンもあり)
☆candlelightstories.comについてはHot'n CoolのWEBで読む絵本を参照。
Natasha Gostwickさんの読む「アラジンの魔法のランプ(アラビアンナイト/千夜一夜物語)」が聴ける"Storynory"のAladdin's Lamp - The 1001 Arabian Nights(英語のサイト、MP3のダウンロード可)

アラビアン・ナイトの挿絵が見られるThe Arabian Nights(千夜一夜物語)
アラビアンナイトについて書かれた千夜一夜物語の世界
アラブの文化なども紹介している「アラビアン・ナイト博物館」はhome9.highway.ne.jp(日本語)
アラビアンナイトの挿絵画家についてはArabianNightsBooks.com

古沢岩美挿絵のバートン版 千夜一夜物語
「千夜一夜物語」の古沢岩美画伯の挿絵(二次元)がなんと3D(三次元)として映像化されました。 これは1997年に慶應義塾大学に寄贈された古沢岩美画伯の挿絵を元に東京工科大学 千夜一夜物語プロジェクトメンバーによって制作され現在ネット上で「アラジンと魔法のランプ」が公開されました。 残念ながら、プロジェクト紹介ページや古沢画伯の挿絵を3D化した映像が観られたMSNビデオ(第一作のダメ息子アラジン("アラジンと魔法のランプ"から)は現在はなくなりました。
ちなみに古沢画伯は「千夜一夜物語」の翌年、1967年に「カザノヴァ回想録」の挿絵も担当しているそうです。
「千夜一夜物語 プロジェクト」の関連記事はHot'n Coolの古沢岩美画伯の千夜一夜物語をネット上で公開
※カザノヴァ(ジャコモ・カサノバ)についてはAudio-Visual Trivia内の「フェリーニのカサノバ

Thousand Nights and a Night by Sir Richard Francis Burton
スルタンナイト物語としては最も官能的とされるバートン版「千夜一夜物語」を美しいFurusawa Iwami(古沢岩美)画伯の挿画入りペーパーバックにしたシリーズで、ちくま文庫から全11巻が出版されています。(全部揃えると1万5千円以上)
千夜一夜物語バートン版 千夜一夜物語 第1巻 シャーラザットの初夜
それぞれで全11巻あり

The Story of King Shahryar and His Brother シャーリヤル王とその弟の物語
The Story of the Merchant and the Genie 商人と魔神の物語(第1夜~2夜)
The Fisherman and the Jinni 漁師と魔神の物語(第3夜~9夜)
バグダッドの軽子と三人の女(第9夜~19夜)
三つの林檎の物語(第19夜~20夜)
ヌル・アル・ディン・アリとその息子バドル・アル・ディン・ハサンの物語(第20夜~24夜)
The Little Hunchback せむし男の物語(第24夜~26夜)

せむし男の物語」は別名を「せむしの男および仕立て屋とキリスト教徒の仲買人と御用係とユダヤ人の医者の物語」というそうで、ブラックユーモアがきいたような話です。
スルタン国王お抱えのせむしの小人道化師が酔って仕立て屋の家で夕食に呼ばれ、魚の骨を喉に詰まらせて死んだのですが、仕立て屋夫婦は罪を逃れようとユダヤ人の医者の階段に置き去りにします。 暗闇で死体に毛躓いた医者が自分のせいで死んだと勘違いしますが、やはり罪を逃れようと医者は隣のイスラム教徒の御用係りの家の煙突に吊るし下げます。 御用係りは死んだせむし男を泥棒と勘違いして棒で叩きのめし、その結果自分が殺したと思い込むのです。 このイスラム人も罪を恐れて通りの店の戸口に放置したところ、ほろ酔いのナザレびと(キリスト教徒)の仲買人が急ぐあまり倒れ掛かったせむし男の死体を襲われたと勘違いして殴り倒したのです。 殴りながらも助けを呼んだので警官がやって来てしょっぴかれます。 首吊りの刑に処せられんとするところに先のイスラム教徒の御用係りが駆けつけて告白、変りにこのイスラム人が吊られる間際にその前のユダヤ人医者が告白、医者があわやという時に仕立て屋が真実を告発、そして最後はサルタン王の宮殿に全員で赴くという話です。

上記の物語について詳しく書かれた「バートン版 千夜一夜物語」第1巻(ほんやく本のススメ)

Sir Richard Francis Burton(バートン卿)版のThousand Nights and a Night
The Arabian NightsThe Arabian Nights: Tales from a Thousand and One Nights (Modern Library Classics)(ペーパーバック英語版)
※美麗なカラー画像が200点以上も掲載されているという大型本の「アラビアンナイト博物館」(ISBN-10: 488591910X)は購入予定です。(2004年に開催された国立民族学博物館の特別展「アラビアンナイト大博覧会」の図録として刊行されたものだとか。)


このページトップに使用した無料アニメGIFのサイトのFeeblemindsの詳細
feebleminds free animated gifs and clipart

Valerio Zurlini's Estate Violenta
Jean-Louis Trintignant et Eleonora Rossi Drago dans Un été violent
激しい季節(1959年)

英語のタイトルが"Violent Summer"という「激しい季節」は監督及び脚本がイタリアのヌーヴェルバーグともわれるValerio Zurlini(ヴァレリオ・ズルリーニ)の白黒イタリア映画です。 当時新進監督だったヴァレリオ・ズルリーニは1954年の「Les Jeunes filles de San Frediano(サンフレディアーノの娘たち)」でデビューし、1957年の「Guendalina(芽ばえ)」の原案を書いてジャクリーヌ・ササールを見出したことでも知られています。

「激しい季節」の日本公開は1960年だそうですが、私が観たのはロードショーではなく暫くしてから2本立ての二流館でした。 こんなにエロティックな映画は観たことがありません。 主演は私の好きなイタリア女優のEleonora Rossi-Drago(エレオノーラ・ロッシ・ドラゴ又はエレオノラ・ロッシ=ドラゴ)が美貌の未亡人のRoberta(ロベルタ)で、伊ファシスト党の幹部を父を持つ青年のCarlo Caremoli(カルロ)はフランスの俳優のJean-Louis Trintignant(ジャン・ルイ・トランティニャン)が演じていますが、トランティニャンの映画の中では私はこの役が一番好きです。 熟女のエレオノラ・ロッシ・ドラゴは「激しい季節」の演技で1960年のイタリア銀リボン最優秀女優賞を受賞しました。 日本未公開では1951年にMarcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)と共演した「Sensualità」に出演したドラゴは1962年にはFrancois Truffaut(フランソワ・トリュフォー)監督の「L'Amour A 20 Ans(二十歳の恋)」にも出演しています。 滅多に脱がないエレオノラ・ロッシ・ドラゴですが、「激しい季節」から10年後の1969年に、ポップアートとアシッドロックを取り入れたサイケデリックでお洒落なセックス映画といわれる"椿姫"のリメイク映画をRadley Metzger(Henry Paris/ヘンリー・パリス)が監督した日本未公開の「Camille 2000(カミーユ2000)」ではPrudence Duvernoyを演じたエレオノラ・ロッシ・ドラゴの他2女優もヌードになったとか。 ちなみに音楽はジャクリーヌ・ササールが主演した1957年の「芽ばえ」や1960年の「I Dolci inganni(17才よさようなら)」の映画音楽を担当したPiero Piccioni(ピエロ・ピッチオーニ)だそうです。 1970年にMassimo Dallamano(マッシモ・ダラマーノ)が監督したIl Dio Chiamato Dorian(Dorian Gray/ドリアン・グレイ/美しき肖像)を最後に銀幕から離れていたドラゴは惜しくも2007年12月に82歳で亡くなりました。 これだけの演技力と品格と美貌を備えながらなぜその後の映画出演に恵まれなかったかというと清廉潔白なドラゴが映画界のしきたり的な関係を拒んだためとも云われています。
「激しい季節」でカルロを演じたジャン・ルイ・トランティニャンを観たのはこの映画が最初で、魅せられましたが後の1966年に「男と女」で主演したジャンには魅力を感じませんでした。
カルロを慕う少女のRossana(ロサーナ)はJacqueline Sassard(ジャクリーヌ・ササール)が演じています。
☆ジャクリーヌ・ササールについては写真集も見られるAudio-Visual Trivia内の「ジャクリーヌ・ササール Jacqueline Sassard

「激しい季節」の背景はイタリアのファシスト政権が一夜にして崩壊し、新政府が誕生したのも束の間、9月8日にイタリア降伏にいたる激しい動乱の時期です。 第二次大戦中の1943年の夏、アドリア海の高級別荘地を舞台にブルジョワ階級の生活が繰り広げられます。 遠くの戦火などなんのそのと避暑地の海辺や豪邸でのパーテイに興じるロサーナをはじめとする上流階級の若者達が青春を謳歌しているところへファシスト党幹部の子息のカルロが参加します。 この異質な新参者の青年にお嬢様のロサーナが惹かれていきます。
そして或る日、海岸でのドイツ機の威嚇低空飛行に人々が怯えて非難するさい、転んで泣いていた幼子を助けたカルロはその母親である海軍将校の未亡人と知り合いになります。 ムッソリーニからパドリオに政権が交代したため、ファシスト党のカルロの父も失墜し別荘すら没収されます。 その晩、激情にかられた二人は戦火にもまして激しい禁断の恋の炎を燃え上がらせるのです。 めったには脱がないエレオノラ・ロッシ・ドラゴの胸が丸見えのこの激しいベッドシーンは当時としては傑出した映像で暗がりといえどもその濃厚な描写が話題を呼びました。 胸以外にもドラゴの上腕の大きな疱瘡の跡がなぜか印象的でした。 当時この映画を観た人々は目を剥いて椅子から飛び上がったかもしれないほどの衝撃でした。
さて、そんな二人にさらに問題が生じます。 若いカルロに赤紙が届いたのです。 もう兵役延期も出来ないカルロと愛に溺れてしまったロベルタは子供を預けて二人で避難民達と列車での逃亡を決意します。 ところがこの列車が又しても米軍機の爆撃を受けて大惨事となります。 そのなかに死亡した幼子を見つけて我に帰るロベルタ、それを見て戦場に行く決心をしたカルロ・・・こうして、二人は別々の道を行くことになったのです。 動き出す列車から身を乗り出して、カルロの姿を涙で霞む目で見つめるロベルタ、あぁ、哀しきさだめ。

☆「激しい季節」のトレーラー(予告編)が観られるUn Ete Violent Trailer - Comme Au Cinéma


「激しい季節」の写真が見られるイタリアの映画サイトEstate Violenta Photos - FILM.TV.IT

スチール写真と珍しいDVD画像が見られるフランスのUn été violent Photos - Comme Au Cinéma
Eleonora Rossi-Drago(エレオノラ・ロッシ・ドラゴ)の写真集が見られるEleonora Rossi-Drago Photos - FILM.TV.IT
なんとエレオノラ・ロッシ=ドラゴはGina Lollobrigida(ジーナ・ロロブリジーダ)と並びミスイタリア出場者だったとか。 他にもミスコンに出場したことがあるイタリア女優にはシルヴァーナ・マンガーノがいます。
Miss Italia Story: La mostra di Dino Villani - Photosこちらがその1947年の写真らしいですがどれがエレオノラ・ロッシ・ドラゴか分かりませんが、優勝者はLucia Bosèさんだったそうです。

余談ですが、ヴァレリオ・ズルリーニ監督はフランスの美男俳優の「Jacques Perrin(ジャック・ペラン)」に惚れこんで1960年の「La Ragazza con La Valigia(鞄を持った女)」に起用します。
Jacques Perrin and Claudia Cardinale in Girl with a suitcase - YouTube
その後もジャック・ペランが主演したヴァレリオ・ズルリーニ監督の映画は3本もあります。 短命だった完璧主義のヴァレリオ・ズルリーニ監督が手掛けた映画は短編を含めても10本にも満たないほど少なかったようです。
Audio-Visual Trivia内のジャック・ペラン関連記事はジャン・ポール・ベルモンドヴァレリー・カプリスキー

日本はもとより世界でも入手困難になっているヴァレリオ・ズルリーニ監督の"Estate Violenta"のDVD化を心待ちにしています。
「激しい季節」のVHSビデオがあるのはフランスのAmazon.frの「L'Ete Violent 」(フォーマットは PAL)だけです。

Estate Violenta DVD
日本では「激しい季節」のDVDは見当たりませんが、アメリカで2006年5月にリリースされたヴァレリオ・ズルリーニ監督の「激しい季節」と「鞄を持った女」との2枚組ボックスセット(イタリア語に英語字幕でアメリカとカナダ向けのリージョン1)があります。
Estate Violenta/Violent SummerThe Valerio Zurlini Box Set: The Early Masterpieces (1961)
上記のDVD購入経験者からの「このページトップにあるような肝心なドラゴとトランティニャンのラヴシーンがカットされている」ことについてのクレーム!
クレーム① 2007年5月26日の上記のDVDをアメリカで購入した「マツマエ」さんによりますと、『Amazon.comで売られているものと同じ「鞄を持った女」との2枚組です。パッケージにはちゃんと主演の二人が寝ているシーンがイラストでのっているのに、「詐欺」そのとおりですよ。』
クレーム② 2007年12月13日の「イーストキン」さんのコメントによりますと、やはり『肝心のベッドシーンは見事に他のシーン(前後の脈絡のない浜辺での主役二人のからみ)に入れ替えられており、(中略)絶対にお勧めできない商品です。』とあります。
真っ暗に近いほど暗い映像ですが二人の恋人の情熱的なこのシーンは「激しい季節」には不可欠と思われるのにカットした理由は何でしょう。(私の想像では出演者側からの要請かもしれません。・・・あのシーンをカット!)
※この件に関した情報がコメント欄にたくさん寄せられています。


Temptation in Estate Violenta
灯火管制下の不気味な夜、両親の留守注に別荘でパーティが開かれます。 その時に蓄音機でかけられるレコードがジャズ・スタンダードの名曲「Temptation(テンプテーション)」で、続いてテーマ曲の「Estate Violenta(Canzone Di Rossana)」です。 暗がりで踊っていたカルロとロベルタがやるせない感情にかられて庭に出て行きます。 よって室内でかかっていたテンプテーションが遠くに聞こえるようになります。 これが映画では非情に効果的でした。
私が一番好きなシーンはパーティでテンプテーションのレコードをかけて踊った後に「激しい季節」のテーマ曲がかかると、トランティニャンが「Foi ballare? (踊りましょう)」と誘い、エレオノラ・ロッシ・ドラゴが待ってたのよとばかりに「Sì, grazie. (ええ、ありがとう)」というくだりです。 こんなにセクシーなシーンは滅多に見たことがありません。
Temptation - Estate violenta - YouTube

「激しい季節」の美しい音楽はMario Nascimbene(マリオ・ナシンペーネ)で、ロマンティックな音楽に1943年を象徴する当時の流行った曲を織りまぜて重要な意味を持たせました。
テンプテイションの他には、海のタンゴ、タブーなどのエモーショナルな曲の数々を取り入れていますが、特にテーマ曲「Estate Violenta - Canzone Di Rossano」はバッハのブランデンブルグ協奏曲第二番を編曲したムードのあるものにしています。 この映画音楽によりマリオ・ナシンペーネは1960年のイタリア銀リボン最優秀音楽賞を受賞しています。

Canzone Di Rossana (From "Estate Violenta") by Mario Nascimbene
「激しい季節」に使用されたMario Nascimbene(マリオ・ナシンペーネ)の映画音楽を収録した1999年リリースのサウンドトラック集「鞄を持った女 (1960年作品) / 激しい季節 (1959年作品) 他 」
Estate Violenta/La Ragazza Con La Valigia/Morte di un AmicEstate Violenta/La Ragazza Con La Valigia/Morte di un Amic
私が購入したデジタルの「Canzone Di Rossana(激しい季節のテーマ」)はアルバム「Award Winning Titles 2: Il Postino e I Drammi Psicologici」ですが、現在日本のiTunesでは「From Cam With Love - 20 Great Love Themes From Italian & French」や「Il Postino e I Drammi Psicologici」に収録されています。

tracks on Estate Violenta Soundtrack
CDは入手困難ですが、1993年リリースの「Violent Summer (Estate Violenta)」のサウントラックの曲目リスト:
Titoli Di Testa
Primo incontro e scena d'amore
Tema di Maddalena
Canzone di Rossana
Sequenza finale
などです。
曲目の詳細はLa Raggazza con la Valigia/Estate Violenta/Morte di un Amico - Amazon.com
その他「Estate Violenta」のサウンドトラック画像が色々見られるEstate Violenta - SoundtrackCollector

映画のパーティのシーンでかけられたレコードの"Temptation(誘惑)"はちょっと扇情的なタンゴの曲です。 "Temptation"は1933年にBing Crosby(ビング・クロスビー)がGoing Hollywood(虹の都へ)で歌ったのが最初でその後、1945年にPerry Como(ペリー・コモ)が歌っています。 1933年の録音とは違いますがビング・クロスビーのバージョンだと思います。 "Temptation"はミュージカル映画の「Singing in the Rain(雨に唄えば)」を書いたコンビで知られるNacio Herb Brown(ナシオ・ハーブ・ブラウン)の作曲及びArthur Freed(アーサー・フリード)の作詞です。 Gene Kelly(ジーン・ケリー)主演の「雨に唄えば」のサウンドトラックにも"TANGO"としてThe M-G-M Studio Orchestra演奏の"Temptation"が収録されています。
You came, I was alone, I should have known you were temptation...と歌われるTemptationの歌詞はTemptation - lyrics007.com

E Se Domani
ファウスト・パペッティはEté Violent(激しい季節)がお好き。。。
Fausto Papetti(ファウスト・パペッティ)の演奏でアルバムタイトル曲の"E se domani(もしも明日)"や"Estate Violenta(激しい夏)"が収録されているCDです。 オリジナル録音は1959年の"Estate violenta/Mio impossibile"らしいですが、ファウスト・パペッティが演奏した"Temptation"は1962年の"Together/Temptation"がオリジナル録音のようです。(確信なし)
E Se DomaniE Se Domani
収録曲はミーナでお馴染みのE Se Domani(もしも明日)
トリオ・ロス・ パンチョスの大ヒットでもあるHistoria de un Amor(ある恋の物語)
Estate Violenta(激しい季節のテーマ)
Valzer del Padrino(ゴッドファーザー・ワルツ)
Tema d'Amore {Del Film il Padtino}(愛のテーマ)
※上記のCDに類似した「Scandalo Al Sole(夏の日の恋 避暑地の出来事)にもEstate Violentaが収録されています。

☆Audio-Visual Trivia内でファウスト・パペッティの音楽に関連している「太陽はひとりぼっち

私が持っている「激しい季節」のサウンドトラックはEPICのEP盤 NS-66です。
このサントラに収録されているTemptationはまさに映画からカットされたものなので、トランティニャンの「Foi ballare? (踊りましょう)」とドラゴの「Sì, grazie.(ええ、ありがとう)」というセリフ入りでパーティのシーンの雰囲気がグッと伝わってくる最高のサントラ盤です。
Estate Violenta
このEPレコードはもう販売されていませんが、中古レコード店では千円代から4000円位だそうです。

Audio-Visual Trivia内でエレオノラ・ロッシ・ドラゴの出演映画は「Un Maledetto Imbroglio 刑事
Michelangelo Antonioni(ミケランジェロ・アントニオーニ)監督の「Le amiche(女ともだち)」
Francois Truffaut(フランソワ・トリュフォー)監督の「L'Amour à 20 ans(二十歳の恋)」



Candle Kim Novak in Bell, Book and Candle  Candle
Kim Novak as Gillian in Bell, Book and Candle
媚薬(1958年)


英国出身の劇作家John William Van Druten(ジョン・ヴァン・ドルーテン)が舞台監督を勤めた軽妙なブロードウエイ喜劇「Bell, Book and Candle」のために書いた3幕のコメディの脚本がこの映画「媚薬」の原作です。 Rex Harrison(レックス・ハリソン)とLilli Palmer(リリー・パルマー)夫妻が主役を演じて1950年~1951年に上演されました。 ジョン・ヴァン・ドルーテンの初版は1933年にロンドンでしたが、1944年にアメリカに渡って、1950年に「媚薬」を書いています。 ジョン・ヴァン・ドルーテンの作品には他には、The Voice of the Turtle (1943年著)、 1943年に映画化された旧友(Old Acquaintance)(1940年著)、1948年に映画化されたママの想い出(I Remember Mama )(1944年著)などがあります。 ドルーテンの写真が見られるJohn William Van Druten Information
このジョン・ヴァン・ドルーテンのコメディを当時Kim Novak(キム・ノヴァク)と内密の関係に有ったRichard Quine(リチャード・クワイン)監督が映画化したものです。 キムノヴァクと「めまい」で共演したJames Stewart(ジェームズ・スチュワート)はリチャード・クワイン監督の作品に出演するのは気が進まなかったそうですが、そこはクワイン監督の恋人のキム・ノヴァクが説得しました。
☆リチャード・クワイン監督の若かりし頃の写真はYoung Richard Quine - ClassicMovieKids.comと最盛期はPrime Richard Quine - CineStills.com

「媚薬」はハリウッド映画として最もお洒落なロマンティックコメディのひとつだといわれています。 1950年代のクリスマス・シーズンのニューヨークを舞台に、豪華でロマンティックな恋のてくだが繰り広げられ、プラチナ・ブロンドが美しい神秘的なキム・ノヴァクとニューヨークの風景に魅せられる大人のファンタジーです。 特筆すべきはJames Wong Howe(ジェームズ・ウォン・ハウ)の撮影技術によるニューヨークの街の素晴らしい雰囲気のある描写です。

生真面目な出版業者のシェパード氏をジミー・スチュワートが演じます。 人間界のクリスマスに憧れる、キャピキャピの現代魔女のGillian(ジリアン又はギリアン)を演じるキム・ノバクは普段からも殆ど表情に変化が無くスローモーで声が低いから魔女にはピッタリ! おまけにこんなコミカルなジェームズ・スチュワートも珍しいです。 インテリ女優のJanice Rule(ジャニス・ルール)が編集者「シェパード氏」の婚約者Merle(マール)を演じます。 マールがシェパード氏と一緒に行ったナイトクラブZodiac(ゾディアック=12宮星占)でジリアンと鉢合わせして分かったことには、なんと二人は大学時代の憎きライバル同士だったのです。
1955年にPicnic(ピクニック)でキム・ノヴァクが演じたMadge(マッジ)はジャニス・ルールの1953年のブロードウェイのコメディ"Picnick"でのMadge Owensがモデルだそうです。 ジャニス・ルールは次作の「地下街の住人」(1960年)にビート族のダンサー役で出演しますがキム・ノヴァクに似たメイクで登場します。 1970年代にハリウッド映画に対抗して生まれたアメリカのニューシネマでは、Dennis Hopper(デニス・ホッパー)、Martin Scorsese(マーティン・スコセッシ)、Francis Ford Coppola(フランシス・フォード・コッポラ)、Peter Bogdanovich(ピーター・ボグダノヴィッチ)などと共に評判が高いFrank Perry(フランク・ペリー)が監督した1968年のThe Swimmer(泳ぐひと)でも主人公の元カノを好演していますが、1977年のRobert Altman(ロバート・アルトマン)監督の3 Women(三人の女)に出演した頃から精神分析医に転向しましたが脳出血で2003年に亡くなりました。

場所はニューヨークのGreenwich(グリニッチ)、当時はビート族の発祥地とされビートニクが地下のクラブなどを溜まり場にしていました。 そして同じくニューヨークに住む魔界の連中もしかり、それがナイトクラブ「ゾディアック」!
ジリアンの美術骨董店(アフリカン・ブードゥー魔術用品)のある建物の2階に入居してきた新参者のシェパード氏は、至極穏やかな生活を送っていました。 そう、キム・ノヴァクが演じる階下の魔術品店の女主人のジリアンに出逢うまでは。 その事件は電話の故障が取り持つ「縁」、それも別の階に住むジルの叔母さまQueenieのしわざで。 その魅力的なジルは、なんと!グリニッチのビートニクな魔女だったのです。 ジルは人間界に住むために叔母さまや弟にも魔法を禁じています。 シェパード氏は怪しげなシャム猫を飼っている"裸足"のジルにビックリ仰天!、戸惑ってなにかとジルを避けようとしますが、シェパード氏とかってのライバルのマールが結婚だなんて聞いてしまってはジルは我慢できません。 闘争心ムラムラ! 女の魅力全開! 最初は悪戯心からだったチョッカイなのに、ジルはシェパード氏に本当に惚れしてしまいます。  絶対魔法を使わないって決心していたジルですが、廻りの人々に魔法をかけてなんとかこの堅物の出版屋の気持ちを自分の方に向けようとします。 ペットのシャム猫の魔力も借りて。 ジルは惚れさせる魔法が得意なのですが、実はその魔法は一方的であって、ジルのほうが惚れてはいけないのです。 魔女は惚れるとその魔力を失ってしまうのです。 それに魔女は涙は出ないんですって! 魔女にとって泣くことは死ぬことなのです。

Kim Novak and Pyewacketシェパード氏が婚約したことを聞いたジルは必死の思いでシェパード氏の結婚式の前夜に禁断の魔法をかけてしまいます。 これでやっとシェパード氏はジルのもの! ジルは念願の人間界のクリスマス休暇の2週間をジルの魔法にかかって婚約を解消してしまったシェパード氏と幸せに過ごすことになります。
そんなこんなの間に、ジルの弟"ニッキ"がひと儲けをたくらみ「魔女の暴露本」の出版をシェパード氏に持ちかけたErnie Kovacs(アーニー・コヴァックス)が演じるアカプルコのアルコール依存症の魔女研究家と関わってしまいます。 その本が出版されればジルが魔女だってことがばれてしまう! 魔法でトリコにしたことに気が咎めていたジルはシェパード氏に事実を告白してしまうのです。 驚いたシェパード氏は急いで霊媒を呼び寄せて魔法を解いてもらいます。 あ----あ!
ところが、あ! 傷心のジルの目に真珠のような涙が・・・ってことは? それには魔女の叔母さまがやっとのことで間に合いました! でも、残念ながらジルのあの魔女的なキャピキャピ魅力は既に失っていました。 エキゾチックなブードゥー骨董品は忽然として消え去り、後には海辺のお土産屋にあるような野暮ったい貝殻細工が残されて。 そしてジルはといえば、オーソドックスな服装に身を包み・・・あれぇ!ハイヒールを履いていますよ! はっぴいえんど この終わり方は殿方好みですが、女性には納得できません。 平凡なシェパード氏には平凡な奥様がお似合いでしょうが。 とんでる女より家庭的な女性像を求めるのは昔からの理想でしたが今では通用しませんよ。 ねえ?
☆写真が見られる「Bell, Book and Candle」の参考はBell, Book and Candle - MovieDiva.com(英語)
「媚薬」の写真集はイタリアのUna strega in paradiso - FILM.TV.ITKin Novak and Janice Rule in "Bell, Book and Candle"- Operagloves.com
videoトレーラーはBell, Book and Candle Trailer - Videodetective
Bell, Book and Candle Trailer - Turner Classic Movies(画像右のtrailerをクリック)

当時はビートニクが流行っていましたから、グリニッチといいアフリカ民芸品を扱う美術骨董屋といい、おまけに魔女までビート風なんです。
  映画の中で皆がたむろするナイトクラブの「ゾディアック」というのはニューヨーク中の魔界の連中の地下の巣窟です。 1954年の日本未公開の映画「Phffft!」で共演したJack Lemmon(ジャック・レモン)が演じるジルのチャメな弟Nickyもこのクラブの専属バンドでボンゴを演奏しています。 原始的な楽器のボンゴっていうのは当時はヒップだったのです。 1959年の唇によだれでもセルジュ・ゲンズブールがボンゴの響きの入ったテーマ曲を歌っています。  そういえば同じ頃のTVシリーズ「ドビーの青春」のメイナードもボンゴを叩きましたね。
それから、気が付きましたか? 1959年のEdouard Molinaro(エドゥアール・モリナロ)監督の「Des Femmes Disparaissent(殺られる)」で殺し屋を演じたPhilippe Clay(フィリップ・クレー)がクラブ"Zodiac"でビートニク・パフォーマンスを演じてましたね。 クラブでのジャズ・セッションや、喫茶店で詩の朗読に代表される50年代に始まったアメリカ 文学のカウンターカルチャーとなっていました。 が、日本人には殆ど理解不可能です。 いや、私にはと言うべきでしょう。 ビートニクの雰囲気だけは憧れましたが本質は分からないままです。
☆ビートニク・パフォーマンスの写真が見られるBEATNIK FLIX
グリニッチヴィレッジの写真はGreenwich Village

Prrrrr...Pyewacket
☆英語の原題「Bell, Book and Candle」は「ベルと本とローソク」という意味で、魔女が魔法を使うときの始めと終わりの儀式にベルと本とローソクを小道具として使うところからきています。 予告編でも冒頭のシーンで見られましたね。 映画のなかではコヴァックスが演じた怪しげな魔術評論家がブツブツつぶやいている呪文の言葉です。
※1960年のキム・ノバクの映画「逢うときはいつも他人」にも出演したコヴァックスですが、テレビ界ではアーニー・コバックスというと50年代のアメリカの顔的存在のコメディアンで、クリエイティブで因習打破主義的ユーモアリストとして有名ですね。

ジルのペットであるシャム猫の名はPyewacket(パイワケット又はピューワケット)といいます。 イングランドでは猫は魔女に仕える妖怪(使い魔)の一つとして知られています。 1966年にイギリス・エセックスの魔女狩り将軍(異端審問官)Matthew Hopkins(マシュー・ホプキンス)がそう言ったんだそうです。 そして、この映画の後、「パイワケット」は猫につける名として人気になりました。 マシュー・ホプキンスについて書かれた魔女狩り将軍

キム・ノバクが下界に下りてきた魔女を演じるこの映画「媚薬」は、その後60年代のTVシリーズ奥様は魔女の元となったといわれますが、1942年のRene Clair(ルネクレール)監督でVeronica Lake(ヴェロニカ・レイク)が魔女を演じた「I Married a Witch(奥様は魔女)」の方が先輩です。 魔女が人間と結婚しますが、こちらは明らかに箒に乗って遊ぶ子供達の図で幕を下ろしています。 TV版「奥様は魔女」の元になった映画について書かれたA Prelude to Bewitched(英語)

「媚薬」で主演したジミー・スチュワートとキム・ノバクの二人はヒッチコックの「めまい」で共演したすぐ後に再び共演することになります。 これもジルの魔法?
Kim Novak: The Great Goddesses of The Screen
ラヴェンダー・ブルーが好きな色だという孤独でミステリアスな女優"キム・ノバク"は"本物"の金髪で本名がMarilyn Pauline Novakではありましたが、作りあげられたハリウッドのセックス・シンボルとして第二のMarilyn Monroe(マリリン・モンロー)になることは固辞し続けました。 とはいえコロンビア映画でポストRita Hayworth(リタ・ヘイワース)として売り込みに成功した最後の華やかなりしハリウッド・スターには違いありませんでした。 1954年にリチャード・クワインが監督としてメジャーデビューしたスリラー映画の「Pushover(殺人者はバッヂをつけていた)」でFred MacMurray(フレッド・マクマレイ)が演じた警官を犯罪に巻き込む悪女を演じ一夜にして話題となったキム・ノヴァクでした。 孤独を好むキム・ノヴァクは監督のリチャード・クワインをはじめ、Frank Sinatra(フランク・シナトラ)、Cary Grant(ケイリー・グラント)、Sammy Davis Jr.(サミー・デヴィス・ジュニア), そして1949年に短期間ながらリタ・へイワースの3番目の夫になったこともある恋愛王子のPrince Aly Khan(アリ・カーン)まで浮名を流しました。 しかし誰もキムを満足させられなかったのか結婚には至りませんでした。
1955年にWilliam Holden(ウィリアム・ホールデン)と共演の「Picnic(ピクニック)や、往年の美男子Tyrone Power(タイロン・パワー)と共演した1056年のThe Eddy Duchin Story(愛情物語)、フランク・シナトラと共演してお熱いところを見せた「黄金の腕」と1957年のPal Joey(夜の豹)そして、その後のVertigo(1958年)(めまい)と総計25本以上の映画に出演したキム・ノバクは1956年から3年間ボックスオフィス・ナンバーワン・スターとなっています。 この映画を撮った時も全盛期でしたね。 しかし1962年にギャラをめぐってストライキを起こしコロンビア映画を去るはめになりました。 ファンにとっては大変残念ですが、「自分自身に戻る」と言って富も名声も捨て、ハリウッドを去ったのでした。 現在は獣医のご主人とオレゴンの牧場暮らしをしているそうです。 2003年に金熊賞のThe Eastman (Kodak) Archives Awardを受けにベルリン国際映画祭に出席したキム・ノバクのプラチナブロンドは健在でまだまだ美しいですね。(本来は灰色がかったブロンドなんだとか。) この賞は過去にグレタ・ガルボGreen Mansions(緑の館)などのAudrey Hepburn(オードリー・ヘプバーン)、そして共演者のジェームズ・スチュワートも受賞しています。

☆ちなみにかの有名なロックの王者エルビス・プレスリーの一番好きな女優はキム・ノヴァクです。 美しいキムの写真が見られるKim Novak Biography and Photos - LoveGoddess.info
Bell, Book and Candle DVD
Candle DVD/ Bell, Book and Candle Candle
J. Stewart as Mr. Shepherd, Pyewacket and K. Novak as Gillian

媚薬のヴィンテージ価格の1994年海外版VHS画像をご覧下さい。
Bell Book and CandleBell Book & Candle
「ピクニック」、「媚薬」、「逢う時はいつも他人」の名画3作を収録した人気のDVDボックスセットです。
kimDvd.jpgキム・ノヴァク DVD トリプルパック

ジルが魔法をかける時に口ずさむあの曲が頭から離れなくなった? う〜ん、貴方もジルの魔法にかかったかも♪

この映画は1955年、キムノバク主演の映画「ピクニック」がらみで、ジェームズ・ウォン・ハウの撮影Daniel Taradash(ダニエル・タラダッシュ)の脚色、出演者、そして音楽が同じメンバーです。
Bell Book and Candle Original Soundtrack
「媚薬」のサウンドトラックの音楽はベテランのGeorge Duning(ジョージ・ダニング)の作曲です。 ジョージ・ダニングはピクニックのテーマ曲の"Moonglow"や同じくキム・ノヴァクの映画でThe "Eddy Duchin Story(愛情物語)"でアカデミーにノミネートされました。 「愛情物語」でエディ・デューチンを演じたTyrone Power(タイロン・パワー)の吹き替えをしたピアニストの"Carmen Cavallaro(カーメン・キャヴァレロ)"のピアノ演奏で有名になった「The Eddy Duchin Story(愛情物語)」では映画のラストシーンのフレデリック・ショパンのノクターン 第2番 変ホ長調 Op.9-2をアレンジした"To Love Again"はPeterとEddy Duchin(デューチン夫妻)です。 ジョージ・ダニングはこの他にもTVシリーズのStar Trekのサントラなども手掛けました。 ジョージ・ダニングはIt Happened to Jane(ハッピー・ロブスター)、The World of Suzie Wong(スージー・ウォン)の世界、逢う時はいつも他人(Strangers When We Meet)、The Notorious Landlady(悪名高き女)などのリチャード・クワイン監督のラヴコメ作品の音楽を担当しています。
※ちなみにピアノ曲ならEddy Duchin(エディ・デューチン)のショパンのNocturne In E Flat(ノクターン変ホ長調)はアルバム「Ignacy Jan Paderewski 」に収録されています。

トランペット奏者のPete Candoli(ペイテ・カンドリ)とConte Candoli(コンテ・カンドリ)の率いるThe Brothers Candoli(カンドリ・ブラザース)楽団はサウンドトラックに収録されていますが、映画のなかではナイトクラブ「ゾディアック」でのシーンにも出演しています。 ナイトクラブのシーンではジャック・レモンが演じるニッキーがボンゴを演奏していましたが、ニッキが姉のジルのためにカンドリ兄弟に"Stormy Weather"をリクエストしてシェパード氏のフィアンセにいやがらせをします。
このサウンドトラックは2005年6月にCD化されました
Bell Book and CandleBell, Book and Candle
♪試聴はBell, Book and Candle Soundtrack - ScreenArchives.com(Main Title、Pyewacket/Queenie/Gil、ファンキーなボンゴの"Send Me Nicky"、Stormy Weather Polka、The Spell/Shep Hooked、Shep Shook、Where's Pyewacket?/Naughty Cat/Gil's Tears、Only Human and End Titleなど全15曲)
Send Me Nickyが聴けるSCORE, BABY! ARCHIVE - B(Nickyで検索)

Audio-Visual Trivia内の「媚薬」に関連した記事はコンテ・カンドリ

私が観た60年代リチャード・クワイン監督の映画
1960年の「スージー・ウォンの世界」
1963年の「パリで一緒に」
1964年の「女房の殺し方教えます」
1964年の「求婚専科」

Audio-Visual Trivia内で「媚薬」の出演者に関連した記事
街角 桃色の店(ジェームズ・スチュワートが出演)
地上最大のショウ(ジェームズ・スチュワートが出演)
素晴らしき哉、人生!(ジェームズ・スチュワートが出演)
ヒッチコックのめまい(キム・ノヴァクとジェームズ・スチュワートが出演)
黄金の腕(キム・ノヴァクとシナトラが共演)
お熱いのがお好き(ジャック・レモンが出演)

Audio-Visual Trivia内のビートニクに関連した記事
ドビーの青春
唇によだれ
地下街の住人
サンセット77
夢のカリフォルニア

このページに使用した無料アニメGIFのサイトの詳細
feebleminds free animated gifs and clipart

Here we go! Ale, Ale, Ale!  Go, go, go! Ale, Ale, Ale!
Ricky Martin
Ricky Martin is the sexiest hip-swiveler since Elvis Presley!
Livin' La Vida Loca - Rádio UOL
♪ Ricky Martin - La Copa De La Vida

Latin fever is spreading worldwide.
1999年5月、アメリカのヒットチャートに歴史的事件が発生!
Ricky Martin(リッキー・マーティン又はマーチン)のLivin' La Vida Loca(リヴィン・ラ・ヴィダ・ロカ)がなんと!堂々の1位に輝いたのです。 1999年5月8日付全米チャート1位を5週連続の快挙です。 保守的なアメリカ合衆国のヒットチャートでラテン系の歌手がトップになったのです。 この曲は40曲以上のチャート入りしたヒット曲を書いたマイアミ出身のソングライターであるDesmond Child(デスモンド・チャイルド)と、Menudo出身でリッキー・マーティンのスペイン語の歌詞を受け持っているプエトリコ系のRobi Dräco Rosa(ロビ・ドラコ・ロサ)が作ったそうです。

1998年、パリにおけるワールドカップ・フランス大会の決勝戦前に歌ったリッキー・マーティンを全世界で20億人が観たとされています。 そのテーマ曲「La Copa De La Vida(The Cup Of Life)」がヨーロッパで大ヒットして、1998年に発表したスペイン語バージョンのアルバム「Vuelve」が1999年2月のGrammy: Best Latin Pop Performance(グラミー賞最優秀ラテン・ポップ・パフォーマンス)を受賞しました。 その後の1999年のデビュー・シングル「Livin' La Vida Loca(リヴィン・ラ・ヴィダ・ロカ)」の英語バージョンは沢山の賞を獲得して前代未聞の大ブレイクとなりました。 祖国ラテンのファンをおいてけぼりにして、英語バージョンのヒット曲で世界に名を馳せたリッキーマーティンですが、近年はラテン系のファンを重視しつつあります。

Ricky Martin - Livin' La Vida Loca - YouTube
Ricky Martin - Livin' La Vida Loca (LIVE)- YouTube
Ricky Martin & Kylie Minogue Livin' La Vida Loca - YouTube

「世界一セクシーな男」とか「ラテンの貴公子」などの形容詞が付けられたラテンポップのニューヒーロー「リッキーマーティン」は1971年生まれの「Puerto Rico(プエルトリコ)」出身の歌手です。 ラテンポップの大スターである「リッキー・マーティン」はなんと!ラテン・ポップスじゃなくてDavid Bowie(デビッド・ボウイ)などを聴いて育ったそうです。
可愛い「Little Kiki Martin(リッキー・マーティン)」は1984年に12歳でラテン版ジャニーズ「Menudo(メヌード)」のリード・メンバーとしてデビューした後、1993年にソロ歌手となりました。 1996年のペルーでのコンサートでは大ブレイク! 2000年には日本公演も行っています。
リッキー・マーティンのバイオグラフィはRicky Martin Biography - Sony Music
メヌードについて書かれたA TRIBUTE TO MENUDO(英語のサイト)
プエルトリコについて書かれたプエルトリコの歴史


Vamos y bailar conmigo!
Ricky Martin
Hooray hooray hip hip hooray!
ジョン・トラボルタもマッサオな「Kiki」の腰フリ!

videoリッキー・マーティンの白熱のオーストラリア・ライブでの「Maria」のビデオが観られるRicky Martin - Maria
Ricky Martin - Un Dos Tres Maria - YouTube


長いお付き合いだった8歳年上のRebeca de Alba(レベッカ・デ・アルバ)の心変わり(どっちが?)による別離でショックだったリッキー・マーティンですが、プエルトリコの公立学校に楽器を贈る基金財団の設立、スマトラ沖地震の孤児らへの支援や、自ら設立した児童救済基金のキャンペーンなど人道的支援にも力を注いでいます。 よって、リッキー・マーティンが「イイヒト♪」という評判はウナギノボリです。
リッキー・マーティンとレベッカ・デ・アルバは電撃結婚か?と書きたてられたものの、ガールフレンドのレベッカ・デ・アルバと別れた後は再びおホモだちの噂も飛びかったのです。 そして、なんと!2008年8月初旬に代理出産により双子の男児が誕生したとか。 リッキー・マーティン36歳にしてパパとなった次第です。 そして2010年3月末には正式にカミングアウト!

リッキー・マーティンのオフィシャル・サイトはRickyMartin Official Site
(現在更新中かも。 もしアクセスできたら上のメニューからMUSICを選んで右のLISTENをクリックすると別窓が立ち上がって聴けます。)
リッキー・マーティンの写真はRicky Martin Photos - Music Olympus.comで、赤ちゃん時代の写真はRicky Martin Photos - Arsiv.hurriyetim.com.tr


私が始めてLivin' La Vida Locaを聴いたリッキー・マーティンの1999年のシングルはこれ!
Livin' la Vida Loca
Livin' La Vida Loca

☆Ricky Martinの「La Vida Loca」のスペイン語の意味は英語で「The Crazy Life」だそうです。
☆リッキー・マーティンの曲の歌詞はLyrics Ricky Martin - Music Olympus.com
歌詞の日本語訳は今のところ見つかりません。 そこで、スペイン語なんて全く知らない私が思うには多分こんなふうでは?・・・正解を教えて下さい!

彼女はカルトにはまちゃって
黒猫にブーズー人形
ボクは予感がするよ
彼女は堕落させるって
彼女は新しい感覚にはまっちゃって
蝋燭の炎のスリル
彼女は新しく熱中するものを見つけた
朝も晩も毎日

彼女は君が服を脱いで
雨のなかで踊るようにさせてしまう
彼女は君にも彼女のいかれた人生を送らせるだろう
だけど彼女は君の苦しみを取り除く
君の頭に打ち込まれた弾丸のように・・・

1997年、リッキー・マーティンが出演したスズキのスクータ「Verde(ベルデ)」のCF(CM)でBGMに使われたシングルヒット「Maria(マリア)」のシングルヒット盤は日本でのみ発売された限定版です。

videoイギリスでは「彼女はヤッテいる」という"She Bangs"のタイトルもさることながら歌詞の"She Blew me off(俺をイカせる)"が問題になったそうですが、リッキー・マーティンの"She Bangs"やその他のビデオクリップが観られるMTV.com
Ricky Martin: Audio and Video→Music Videography→She Bangs(しかし著作権法により現在はアメリカ国内限定)
アメリカ国内向け以外のビデオは映像が劣化していますがRicky Martin-She Bangs - YouTube
That Famous She Bnags' Guy - William Hung on American Idol - YouTube
♪ Ricky Martin - She Bangs


リッキー・マーティンのアルバム
リッキー・マーティンの原点はこれ!
1998年のLa Copa De La Vida入りアルバム
VuelveVuelve

"Wikipedia"によると、1999年にリリースしたアルバム"Ricky Martin Here I Am"は日本だけでも100万枚が売れたのだそうですが"Here I Am"というアルバムは見たこともありません。
おそらく1999年のLivin' La Vida Locaが収録されているこのアルバムではないでしょうか。
Ricky MartinRicky Martin [1999]

La Historiaリッキー・マーティン: La Historia / ヒストリー~スパニッシュ・ベスト ビデオ・コレクション

一夜限りのニューヨーク・ライヴDVD
One Night OnlyOne Night Only
VHSビデオで観られるリッキー・マーティンには「The Ricky Martin Video Collection」があります。

2005年秋のビルボードでは20位代にチャートインしたリッキー・マーティンのニュー・リリースはFat Joe(ファット・ジョー)とAmerie(エイメリー)が参加したI Don't Care!  スペイン語バージョンはレゲトン・ミックスのQue Mas Da
LifeLife
videoアルバムLifeから「アイドンケア」のビデオが観られるMTV(Featuredから下のVideosをクリックして別ウインドウでI Don't Careを選択)
Ricky Martin I don't care -YouTube

タイトル曲はスペイン語でリッキー・マーティンが歌う失恋のバラードのMedio Vivir、その他Nada Es Imposibleなどが収録された1995年発売の人気アルバム
Ricky Martin - A Medio Vivir A Medio Vivir


☆フロリダはマイアミ・ビーチにオープンしたリッキー・マーティンが共同経営するサルサ・レストラン「Casa Salsa」(注!次ページをクリックすると音がすぐ出ます)で「La Copa De La Vida」っていうオリジナル・カクテルが飲めるかも・・・それにしても店内の壁にかかったリッキー・マーティンの写真から毎日口紅を落とす従業員達も大変ですな。(ホント?)


1999年にゲリラ・ライブが話題になったHiromi Go(郷ひろみの)のカバー曲(これはリミックス版のほうです)
GOLD FINGER '99のAchi chi Achi!が耳にこびりついちゃってる貴方に特別サービス! 郷ひろみのGOLDFINGER'99の歌詞はマツヤマヒトシのGOLD FINGER '99又はAnimeArt.com(lyrics are not in English but in Roma-ji)


Ricky Martin...Live Black and White Tour (2007)
2007年にリリースされたリッキー・マーティンの最新盤CD/DVD は"Livin' La Vida Loca"や"Vuelve"はもちろんのこと、"Bomba"や"Cup of Life"などに加えインドネシアやインドのエスニック調の新曲も収録した全25曲収録の"これ!" 上記のリッキー・マーティンのオフィシャルサイトで視聴出来ます。
♪ Ricky Martin - La Copa De La Vida
Ricky Martin: Live Black & White Tour

Here we go! Ale, Ale, Ale!  Go, go, go! Ale, Ale, Ale!

Welcome To Sin City!
Neon-Red Heart
Jessica Alba in Sin City


Sin CityのOld TownでNancy Callahanはストリッパーです。
シン・シティ(2005年)
パルプ・フィクション定番の野蛮で扇情的な無法都市The Naked City(裸の町 ニューヨーク)には何百万ものストーリーがぎっしり!
感情無き興奮!、悲しみ無き死!、罪責感無き犯罪!
そして意外性無き斬新さ!
ジェシカ・アルバのセクシー投げ縄ダンスに始り、Mickey Rourke(ミッキー・ローク)が演じる息を呑む漫画さながらのヘビーなメイクのMarv(マーヴ)、二刀流使いの日本娘などが劇画を散りばめて 
あ~、もう~目がクギヅケ! 究極のハードボイルド!
Enter Sin City Now!

Frank Miller's Sin City
「シン・シティ」は劇画作家の「Frank Miller(フランク・ミラー)」原作の架空の都市[「Basin City」を舞台としたハードボイルドなクライム・コミックからSin City(罪深き町)のなかの「The Hard Goodbye」、「The Big Fat Kill」、「That Yellow Bastard」の三篇からなるオムニバスです。
冒頭に書いた「The Naked City(裸の町)とはニューヨークを指します。 事件現場のスクープで名高い写真家のWeegee(ウィージー)が1954年に出版した写真集の「Naked City」にはニューヨークで起こった事件の生々しい写真がつまっていました。 その写真集から1948年にJules Dassin(ジュールス・ダッシン)が監督したドキュメンタリー・タッチの犯罪ドラマが「The Naked City(裸の町)」です。
The Naked City - YouTube

Frank Miller原作者はアメリカン・コミックの代表的作家として有名なFrank Miller(フランク・ミラー)で、作者自身の念願だった映画化を誰にも譲らず、彼のコミックのファンであるRobert Rodriguez(ロバート・ロドリゲス)と共に監督しました。 Sky Captain and the World of Tomorrow(スカイ・キャプテン)など、過去にも数が少ないDigital Backlot(ブルースクリーン撮影)で撮影されたフィルム・ノワール調の映画で、部分カラーのモノクロです。 なにしろ原作者が監督ですから原作にまさに忠実に作られていて、セリフは殆どそのまんまだそうです。
※Film noir(フィルム・ノワール)とはフランス語で"黒い映画"という意味ですが、1940年代後期から1950年代のハリウッド映画の中でも犯罪ものを指します。 1930年代のアメリカの恐慌時代に始まった道徳的には如何わしくてセクシーな刺激を強調したハードボイルド映画に端を発しているそうです。
フランク・ミラーは1986年から連載されたDCコミック(アメコミ)のBatman:The Dark Knight Returns(バットマン:ダークナイト・リターンズ)が1989年にTimothy Burton(ティム・バートン)監督で「Batman(バットマン)」として映画化されたり、2005年の映画エレクトラのキャラクターの生みの親でもあります。
フランク・ミラーはアメリカ初期のハードボイルド・ミステリ作家であるMickey Spillane(ミッキー・スピレーン)からも影響を受けているそうです。
☆この後、同じくロドリゲス監督によりほぼ今作と同じキャストで2010年に続編として「Sin City 2」が製作される予定だそうですが、Johnny Depp(ジョニー・デップ)の出演が噂されている2012年の「Sin City 3: Hell & Back」の方が確実のようです。

ロバート・ロドリゲス監督は監督協会に入っていないフランク・ミラーを共同監督にしましたが、規約違反だと監督協会からクレームをつけられて協会を脱退したのでメジャーの映画は撮れません。 よって予定されていたパラマウントのA Princess of Mars(火星のプリンセス)はスカイ・キャプテンのKerry Conran(ケリー・コンラン)監督が撮る事になりました。 ロドリゲス監督はこの作品にすごい入れ込みようです。

無実の罪での刑期を終えた刑事のJohn Hartigan(ハーディガン)にBruce Willis(ブルース・ウィリス)、悪徳警官「Jackie Boy Rafferty」にBenicio Del Toro(ベニチオ・デル・トロ又はベニシオ)など、そしてMickey Rourke(ミッキー・ローク)が演じるマーヴが一夜の恋の相手を殺した犯人を探してSin City's Old Town(シンシティの裏町、いわば赤線地帯)をさまようヤクザ男Marv(マーヴ)役で出ています。 ストリッパーNancy Callahan(ナンシー)役のJessica Alba(ジェシカ・アルバ)が可愛いくセクシー!
☆ジェシカ・アルバのスライドショーが見られるJessica Alba Photos - YouTube

ナンシーがストリッパーをしているバーでウェイトレスをしているのが2009年12月に心臓発作で急死したBrittany Murphy(ブリタニー・マーフィー)が演ずるShellie(シェリー)で、クライヴ・オーウェンが演じるDwight(ドワイト)の彼女です。
ブリタニー・マーフィーは、2001年にマイケル・ダグラスが医師役で主演したサスペンス映画の「Don't Say a Word(サウンド・オブ・サイレンス)」で謎の分裂症患者を演じて話題になりました。 その後は2002年にEminem(エミネム)と8 Mileに、2004年にはLittle Black Book(カレの嘘と彼女のヒミツ)などに出演している注目の若手女優です。 遺作となった感がある2008年のThe Ramen Girl(ラーメンガール)」は2009年1月に公開です。

原作者のフランク・ミラーが映画の中ほどでMarv(ミッキー・ローク)の懺悔を聴く司祭役でカメオ出演しています。 神父が告げた男「Kevin(ケヴィン)」が仇と確信するマーヴ。 最も強烈なキャラクターである無敵の男のケヴィンは1992年にForever Young(フォーエヴァー・ヤング 時を越えた告白)に出演したElijah Wood(イライジャ・ウッド)が演じます。 その後の目を覆う残虐シーン、うぐっ!ぐぐっ!Ugh!!!
イライジャ・ウッドが演じるケビンの写真が見られるElijah Wood in Sin City Photos

恐ろしいメイクのミッキー・ロークですが、私が始めて観たのがミッキー・ロークの1981年のメジャー・デビュー映画「Body Heat(白いドレスの女)」の不気味な爆弾小僧でした。 「白いドレスの女」は1998年のアニメ「Who Framed Roger Rabbit(ロジャー・ラビット)」でセクシーなJessica Rabbit(ジェシカ)の声を担当したKathleen Turner(キャスリーン・ターナー)がデビューしました。 その後成長したミッキー・ロークが南米の実業家でストイック・ゲームを止められないクールな男を演じたのが1990年のWild Orchid(蘭の女)です。 ヒロインの弁護士を演じたCarré Otis(キャリー・オーティス)と本番疑惑が飛び交ったほど激しいラブシーンを撮り終えてハーレーに二人乗りして結婚式場にまっしぐら! かどうかは不明ですが、ともかく撮影当時恋愛関係にあったElleのモデルだったキャリー・オーティスとミッキー・ロークの二人は実生活でも結婚したことがあります。(カットしてやっとR-ratingになったレイティング騒動の「蘭の女」はある意味お勧め映画)
恐るべし、ミッキー・ローク! 特殊メイクなしで風貌が変わってしまったミッキー・ロークが2007年の続編「シン・シティ2」以来、久々に"Randy 'The Ram' Robinson"役で主演したDarren Aronofsky(ダーレン・アロノフスキー)監督の低予算、短期間撮影の2008年の「The Wrestler」が第65回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞受賞か。

Kill Bill, Volume 1(キルビル)の「ゴーゴー夕張」のように、「シン・シティ」ではDevon Aoki(デボン青木)が演ずる二刀流のジャパニーズ・ガールのMihoが登場します。 その日本娘に首をかっ切られた悪徳警官の死体をClive Owen(クライブ・オーウェン)が演じるDwight McCarthyが車に乗せて捨てに行く間の二人の会話の1シーンをQuentin Tarantino(クエンティン・タランティーノ)が特別ゲスト監督として演出してます。 二人の会話?・・・そう、首の皮一枚でつながったベニシオ・デル・トロがしゃべるんだそうです。 お~、こわっ!
クエンティン・タランティーノ監督の次の出演作品は監督したRobert Rodriguez(ロバート・ロドリゲス)が音楽のTwo Against the Worldを手掛け、映画のタイトルに相応しく両監督が二流映画ぶりを競っています。 Planet Terror編をロドリゲス監督が書きタランティーノがDeath Proof編を書いたというGrindhouse(グラインドハウス)です。 すごいカーチェイスと美女の片足が機関銃となる恐ろしい"2本立て映画"で公開は2007年8月です。
※タイトルのGrindhouseとは主に60年代から70年代に多量に制作されたB級映画の2本立て上映館のことですが過激なバイオレンスやセックスを描写する映画の代名詞でもあります。
美女の片脚機関銃が異様で怖い!ロドリゲス監督が担当したPlanet Terror(プラネット・テラー)のサウンドトラック画像はGrindhouse: Planet Terror (Soundtrack - Amazon.co.jp)
タランティーノ監督が担当したDeath Proof(デス・プルーフ)のサントラの画像Death Proof (Soundtrack - Amazon.co.jp)

海外のサイトですが、シン・シティの原画が見られるFrank Miller's Sin City
Person Galleryをクリックしたら各人物の画像をクリック、Art WorkをクリックしてSin City)
「シン・シティ」の迫力ある原画とスチールの比較が観られるサイトはe-gor blod - "Sin City"


video「シン・シティ」のオフィシャル・サイトはSin City OfficialSite- apple.com(ゲームがある)
アメリカでは2005年4月に公開されましたが「R指定」で2005年4月公開ですが、日本は2005年10月だそうです。

Nancy's Dance Scene Sin City - YouTube


サウンドトラックの殆どは、多くの映画音楽を手掛けている作曲家のJohn Debney(ジョン・デブニー)とGraeme Revell(グレアム・レヴェル又はグレーム・レヴェル)のアシストのもとに監督のロバート・ロドリゲスが手がけた音楽ですが、予告編やDVDのメイン・メニューで流れた話題のThe Servant - Cellsは収録されていませんが2005年の「Transporter 2(トランスポーター2)」のサントラにあります。
Sin City -The Servant "Cells" instrumental - YouTube
Sin CitySin City [Original Motion Picture Soundtrack]
※ミステリアスな生涯を送ったメキシコのクラシック作曲家「Silvestre Revueltas(シルベストレ・レブエルタス)」の遺作(1938年作曲)でNicolas Guillen(ニコラス・ギレン)の詩に基づいて作曲された交響詩の"Sensemayá(マヤの夜又は蛇殺しの唄)"がHollywood Studio Symphonyの演奏で収録されています。(Sensemayaは試聴の23番)
※英語ですがシルベストレ・レブエルタスについて書かれたSilvestre Revueltas (1899-1940)(1938年の"Sensemayá"が聴け、シルベストレ・レブエルタスの写真もあり。)
☆ギターと作詞作曲のDan Black(ダン・ブラック)がリードヴォーカルをつとめるイギリスのオルタナロック・バンドのThe Servantのオフィシャルサイトがあったのですが現在はどうかなってしまった。(メニューの一番左のSOUNDS & VISIONでたくさん聴けるので3番のHey Lou Reedをお勧めですが、紙つぶてにご用心!
※安室奈美恵がロドリゲス監督の声「Welcome To Sin City!」入りコラボのシン・シティの日本版イメージソングの「Violet Sauce」を歌うとか。


2006年発売の「シン・シティ」DVD
Sin Cityシン・シティ プレミアム・エディション
「シン・シティ スタンダード・エディション」もあります。


Digital Backlot
ブルー・スクリーン撮影によるデジタル合成は青い(又は緑の)スクリーンの前で俳優の動きを撮影してから背景を入れる方法です。

人気の映画メイキング本(英語版ハードカバー)が出版されています。
Frank Miller's Sin City: The Making Of The MovieFrank Miller's Sin City: The Making Of The Movie

「原語版書籍」は読むというより劇画を見る本!
劇画「シン・シティ」のイラストは成人限定のような画像だらけ!
「シンシティ」の基本はこれ! シン・シティのペーパー・バック
The Hard GoodbyeSin City: The Hard Goodbye (Frank Miller's Sin City)
上記の他に、Frank Miller's Sin City: That Yellow Bastard 2nd Edition、Frank Miller's Sin City: The Big Fat Kill、Sin City: Hell and Back (Sin City)、Sin City - Booze, Broads and Bullets (SIN CITY)などがあります。
コレクションには原語版ペーパーバック「シン・シティ」全7巻セットの内1、3、5及び6巻が映画のストーリーに使用されています。(映画より過激かも)

Audio-Visual Trivia内の関連記事
フランク・ミラー原作の映画はElektra エレクトラ
クライブ・オーウェンはクローサー
ブルース・ウィリスはスリー・リバーズ
ベニチオ・デル・トロはチャイナ・ムーン

Audio-Visual Trivia内の関連映画音楽
グレーム・レヴェルは1998年のThe Negotiator 交渉人
ジョン・デブニーはHot'n Coolのチキン・リトル


このページに使用したネオンのサイト(右のメニューからNeon Categoriesをクリック)
Neon City

シンシン夜一夜物語 1934年
アラビアンナイト風の刑務所ミステリー映画「Sing Sing Nights (aka Reprieved)」はアメリカにあるSing Sing Correctional Facility(シンシン刑務所)を舞台に殺人容疑で収監された男たちの告白話だそうです。 日本ではこの「三人の死刑囚」が映画監督デビューのLewis D. Collins(ルイス・D・コリンズ)がミステリ作家のHarry Stephen Keeler(ハリー・スティーヴン・キーラー)の小説をもとに映画化したものだそうです。

Monogram Pictures Corporation
三人の死刑囚が語る"シンシン夜一夜物語"は映画モノグラム・ピクチャーズ製作のミステリー映画ですが、1961年にLittle Rascals; Our Gang(ちびっこギャング)を制作したモノグラム・ピクチャーズは1920~1930年代のSF映画やB級(添え物用)犯罪映画専門のアメリカの独立系映画会社です。 ヌーヴェル・ヴァーグのJean-Luc Godard(ジャン・リュック・ゴダール)監督が「勝手にしやがれ」においてオマージュを捧げたともいわれています。 Doris Day(ドリス・デイ)のLove Me or Leave Me(情欲の悪魔)で歌手と恋に落ちるミュージシャン役を演じたCameron Mitchell(キャメロン・ミッチェル)も出演する1951年のFlight to Mars(火星超特急)などがあります 。 ルイス・D・コリンズ監督はこの作品の他にはRod Cameron(ロッド・キャメロン)が主演した1944年のTrigger Trail(火を吐く拳銃)などの西部劇を何本か監督しています。
※モノグラム・ピクチャーズの作品リストはMonogram Pictures Corporation - IMDb

「三人の死刑囚」又は「シンシン夜一夜物語」は殺人犯として逮捕された3人の男達が明朝電気椅子で処刑される前の晩のお話です。 3人のうち一人は無罪のハズなのに3人が3人とも自分が犯人だと自白したのです。 困惑した知事は部下に二枚の白紙特赦状を持たせ刑務所に送りこみ、嘘発見機も使用して、真犯人を探ろうというシュールなストーリーです。 そこで、恩赦をかけた3人の死刑囚それぞれの殺人の動機が語られるワケです。 作家協会の会長殺人事件の容疑者の3人とはイギリス人の思想家、ロシア人の舞台脚本家、アメリカ人の推理作家です。阿漕な会長が殺された当夜、銃を持った3人が現場にいたのですが、会長の死体に残された弾丸は2個・・・よって3人のうち一人は撃っていないことになります。 3人とも動機があり自分でも撃った弾が当たったかも分からない状態でしたから自白したのでした。そこで3人が三人三様の物語を作って看守に聞かせることになります。 ひとつの事件について三人がそれぞれ違った観点で語るのは黒澤監督の「羅生門」がありましたが、One Night at McCool's (ジュエルに気をつけろ!)なんてのも通ずるところありでしょうか。
※ミステリ作家のHarry Stephen Keeler(ハリー・スティーヴン・キーラー)の出版物から小説「Sing Sing Nights」のカバー画像が見られるWard Lock Editions(nightsで検索)
映画「Sing Sing Nights」の詳細はSing Sing Nights - IMDb

Sing Sing Nights TPB (Paperback) by Harry Stephen Keeler
ページトップの画像はアメリカのAmazon.comで販売している原語版のハリー・スティーヴン・キーラー著「Sing Sing Nights」です。 TPBとは"trade paperback"の略でmass-market paperback(11×18cm)より大型(trade)のペーパーバック書籍で、紙質は良質ですがハードカバーよりは安価な本だそうです。

Harry Stephen Keeler
アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)風の「Sing Sing Nights」は原作がミステリー作家Harry Stephen Keeler(ハリー・スティーヴン・キーラー)のもっとも有名な作品 で、翻訳があまり出ていないからキーラー・マニアという言葉があるらしいです。 話がどんどん脇筋にそれていって物語が迷路にさまよいこみ、ワケがわからなくなるっていう特徴があるという小説それ自体がミステリーですね。
☆原作の本の表紙画像も見られるSing Sing Nights - Ramblehouse.com(英語のサイトですがSing Sing Nightsのキーラーの原作もRead the First Chapterをクリックするとちょっと読めます。)
☆「Sing Sing Nights」のワン・シーンの画像が見られるHarryStephenKeeler.com(ちょっとDLが重い)
他のHarry Stephen Keeler(ハリー・スティーヴン・キーラー)原作の映画化の画像やハリー・スティーヴン・キーラー自身の似顔絵などはAlgunas fotos(左のメニューにあるタイトルをクリック)

☆Harry Stephen Keeler原作のハードカバー英語版の「Sing Sing Nights」はアメリカのAmazon.comで$125.00だそうです。


キーラーはエキゾチック趣味があるらしく、The Box From Japan(1932)、とかThe Mysterious Ivory Ball Of Wong Shing(1957年)の中華風の話などがあります。 いづれもサイトで第1章が読めますよ。(英語)
他のキーラーを読めるオンライン図書はThe Harry Stephen Keeler E-texts

Keeler Stickerキーラー・マニアのためのキーラーグッズのオンラインショップcafepress.com
ではキーラー・ステッカーやキーラーTシャツを売っていますよ。
☆Amazon.comにも無い映画Sing Sing NightsのVHSがmoviesunlimited.comで$14.99だそうです。
ハリー・スティーヴン・キーラーは40冊以上の本を出していますが、かなりの数が入手不可です。 それでは、「キーラー」サイトへLet's Go!(英語)

20,000 Years in Sing Sing
「三人の死刑囚」の他にシンシン刑務所にちなんだ映画にはシンシン刑務所の看守の囚人更正記録を元に1932年に映画化された「20,000 Years in Sing Sing(春なき二万年)」というのがあります。 当時は滅多にないことでしたが、粋な看守の計らいで実際のシンシン刑務所内で本物の囚人の撮影も行われたそうです。 Michael Curtiz(マイケル・カーティス)の監督により、若き日のSpencer Tracy(スペンサー・トレイシー )とBette Davis(ベティ・デイヴィス)が主演したメロドラマとなりました。 なんとも運の悪いことに、服役するもせっかく更生しかけていた男が看守との約束を守るため最後には自ら望んで電気椅子にかけられてしまうという「走れメロス」みたいな話です。 マイケル・カーティスといえば、1945年のMildred Pierce(ミルドレッド・ピアース)や、1954年にビング・クロスビーが出演したWhite Christmas(ホワイト・クリスマス)、1958年にElvis Presley(エルヴィス・プレスリー)が出演したKing Creole(闇に響く声)の監督として知られています。
「春なき二万年」に出演したスペンサー・トレイシーはKatharine Hepburn(キャサリン・ヘプバーン)との恋が有名で、1941年のDr. Jekyll and Mr. Hyde(ジキル博士とハイド氏)と1958年のThe Old Man and the Sea(老人と海)が印象的でした。

Sing Sing Correctional Facility
Sing Sing(シン・シン)とは「Sent up the river(囚人を刑務所へ収監する)」という熟語があるように、ニューヨーク市北東のHudson川上流にあるSing Sing Correctional Facility(ニューヨーク州立シンシン刑務所)(リンクは昔の画像)で1953年のローゼンバーグ事件などのオールド・スパーキー(電気椅子)処刑でも知られ、最近では72年のラテン・ジャズバンドEddie Palmieri(エディー・パルミエリ)の慰問ライヴで有名になってます。

1979年にClint Eastwood(クリント・イーストウッド)が主演した「Escape from Alcatraz(アルカトラズ)からの脱出」や、1994年にKevin Bacon(ケビン・ベーコン)主演した「Murder In The First(告発)」で取り上げられたサンフランシスコ湾のAlcatraz(アルカトラズ)は現在は閉鎖されていますが、このシンシン刑務所は今でもまだ2千人ほどが収監されていそうです。


本物の「千夜一夜物語」についてはAudio-Visual Trivia内の千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)


Sylvia (2003) DVD
Sylvia DVD
シルヴィア(2003年)

Life was too small to contain her...
女流監督Christine Jeffs(クリスティン・ジェフズ)が描く女流詩人「Sylvia Plath(シルビア・プラス)」の伝記映画で、主人公のシルヴィアはGwyneth Paltrow(グウィネス・パルトロウ又はグイネス・パルトロー)が、後の詩人で英国の学生だったTed Hughes(テッド)は詩人にしてはマッチョなDaniel Craig(ダニエル・クレイグ)が演じています。 テッドに出合った時の自由奔放で快活なミディアム・ヘアーのシルヴィアから憔悴しきったシルヴィアまでの顔の表情の変化と共に長くなっていく髪型にもご注目あれ。
なんと映画でシルヴィアの母親"オーレリア・プラス"を演じているのがグウィネス・パルトロウの実の母親であるBlythe Danner(ブライス・ダナー)なんだそうです。 どうりで良く似ています。

(シルヴィア・プラス)は没後29年経ってThe Pulitzer Prizes(ピュリッツァー賞)を受賞したという伝説のアメリカ人の女流詩人です。 同じく詩人のTed Hughes(テッド・ヒューズ)との運命の恋と裏切り、型にはめられないシルヴィアの苦悶、自殺か事故かと未だ謎の30歳(1963年)での死を描いています。
映画「シルヴィア」は詩的に美しく、暗く、そして哀しい。 伝記なのか、メロドラマなのか? いづれにしても、ともかくグウィネス・パルトロウが美しい。 ですが、終盤のヌード・シーン(ベッドシーン)のため「R」指定です。(暗いけどちょっとネェ)
☆シルヴィア・プラスとテッド・ヒューズの関係について書かれた英国エッセイ
※ピュリッツァー賞とは報道記事や文芸作品を対象とするアメリカの権威ある賞です。

ニュージーランドの監督「クリスティン・ジェフズ」はショートフィルムやコマーシャルを経て、2001年に長編映画「Rain」を監督しました。
クリスティン・ジェフズの「Rain」についてのインタビューはChristine Jeffs Rain Interview - BBC.co.uk(英語のサイト)

Sylvia Plath and Ted Hughes
以下のあらすじは驚くべき結末が書かれているのでまだビデオをご覧になってない方は読まない方が楽しめます。
アメリカの詩人シルヴィア・プラスの伝記映画はシルヴィアのナレーションで始まります。
マントを翻してシルヴィアが急いで行く先は奨学生として入学したCambridge(ケンブリッジ)大学。 そこにはビートニク詩人たちとも交際があるという大学院生のテッド・ヒューズが在籍しており、シルヴィアはたちまちテッドの詩に魅せられます。
場面変わってジャズに合わせて踊る学生たちのパーティ、そこに現れたシルヴィアは自分が気にいった詩を書いた人物と接近します。 それは風変わりなテッド、踊る二人はいい雰囲気になり意気投合して出合った4カ月後に結婚します。 結婚後にテッドの詩がニューヨークで評価されたため二人は渡米します。(アメリカ人のシルヴィアにとっては帰国) シルヴィアは詩人としてではなく、不本意ながら母校の女子大学(スミス・カレッジ)で教師として英語を教え始めるのですが、教員生活に疲れて詩の活動を続けようにも執筆の時間が取れずスランプにぶち当たります。 シルヴィアの内部に潜む精神的苦悩に気付いたテッドはそれを表現するようにアドバイスします。 
ある日街角でテッドが以前家に訪ねて来たあの若い女学生と話している場面に遭遇したことからシルヴィアはテッドとその女性との浮気を疑い出すようになり、狂気の妄想が次第に二人の仲を裂いていきます。 これというのも詩人として評判が上がったテッドに対する嫉妬もあるのかもしれません。
心機一転するためにロンドンに帰ったテッドは文学界での活動も順調に行き、シルヴィアは女児フリーダを出産しました。(産んだ後なのにシルヴィアのお腹が大きいまま。) 12人の子供を産んだ与謝野晶子ならともかく、赤ん坊が泣いていては詩など書けないでしょう。
夫婦はデヴォンへ引っ越すことになるのでロンドンのアパートの借り手を捜します。 その時に知り合ったのがシルヴィアの詩のファンだといいうアッシアとデイヴィッドのカップルでした。 デヴォンに行って1962年にはテッドとシルヴィアには2人目の子供(男児)が産まれたのですが、文学界で名を挙げ始めたテッドに今度は本当に愛人が出来てしまうのです。 それがデヴォンにも遊びに来たあのアッシアでした。 嫉妬の鬼、まるで怨霊。 テッドの浮気は元々気分障害だったシルヴィアの精神状態を以前にも増して異常に悪化させることになります。 ところが皮肉にも子供たちとロンドンに戻ったシルヴィアが苦悩のなかから生み出した作品にはこれまで経験した辛さが反映して今までになく評価を高めたのです。
Daddy, daddy, you bastard, I'm through.

We're not even two people. Even before we met, we were just these two halves, walking around with big gaping holes in the shape like the other person. And when we found each other we were finally whole. And then it was as if we couldn't stand being happy so we ripped ourselves in half again.
子供たちの世話も出来ず眠るために薬も必要となったほど精神状態が著しく悪化した1963年のある夜、精一杯お洒落をしたシルヴィアは藁をも縋る思いでアッシアと同居していたテッドを呼び寄せ夫婦関係の修復を申し出るのです。 満たされた一夜を共に過ごしたと思い、「私を愛しているなら彼女とは別れて。」と言うシルヴィアになんとテッドはアッシアが妊娠したことを告げたのでした。 「もう、ダメ。。。」 窮地に陥ったシルヴィアは子供たちの食事を整えると毛布をかけてやり窓をちょっと開けた。 台所に戻るとドアに目張りをしてガス・オーブンに頭を置いて自殺を図り、30年の短い生涯を閉じるのだった。 1963年2月11日。 そして、シルヴィアがあんなに手に入れたかったもの、"名声"を得たのは奇妙な死を遂げた後のことでした。 Ariel シルヴィアの死後にテッドが見つけて1966年に出版した遺稿、20世紀に最も賞賛されて広く読まれた詩集。
Stasis in darkness.
Then the substanceless blue
Pour of tor and distances...

Birthday Letters
テッドはシルヴィアの死後35年間の沈黙を破り、ガンで亡くなる数週間前の1998年に二人の関係を率直に記した88編の詩選集「Birthday Letters」を公表しそれはテッドの死後数ヵ月して出版されました。 それによればシルヴィアと結婚中に何度か不貞を働き、シルヴィアの死後に作品のいくつかを破棄したという事実はテッドをケダモノ呼ばわりしシルヴィアを犠牲者とみなしたフェミニズム批評がみられたとか。


videoSylvia (2003) Trailer - YouTube
2003年10月にアメリカで公開され、日本では2004年12月に公開です。


The night is only a sort of carbon paper...で始まるシルヴィア・プラスの詩
Insomniac(不眠症患者)
夜空はただカーボン紙のように
あお黒い 深く突いた句読点の星座は
光を浴びて 次から次へと覗き穴になる・・・
1961年に発表されたInsomniacの全文はInsomniac - A Poem by Sylvia Plath - AmericanPoems.com
女流詩人のシルヴィア・プラスのバイオグラフィはBiography of Sylvia Plath - AmericanPoems.com(共に英語)

2004年12月下旬出版の詩人"シルヴィア・プラス"の生涯
Sylvia Plath BiographySylvia Plath: A Biography (Greenwood Biographies)


ページトップの画像は輸入版「Sylvia」のDVD(英語)ですが、こちらは2005年発売の「シルヴィア」日本語字幕DVDです。
Sylvia DVDシルヴィア
海外版(英語)VHSビデオの「Sylvia / (Full Slip)」もあります。
☆上記の書籍とは別にシルヴィア・プラス著の自伝的小説「ベル・ジャー」 (Modern&Classic) (単行本)が青柳 祐美子訳で出版されています。(1974年「自殺志願」角川書店の新訳本)

Gabriel Yared - Sylvia: Original Motion Picture Soundtrack
映画「シルヴィア」の音楽はリプリー(1999年)やShall we ダンス?(2004年)のGabriel Yared(ガブリエル・ヤーレ)の作曲です。 サウンドトラックでは二人の出会いから死への誘惑にかられるシルヴィアの心の内をストーリーを追って、ピアノとストリングスで美しく、そして悲劇的に表現しています。
Sylvia SoundtrackSylvia [Original Motion Picture Soundtrack]


Audio-Visual Trivia内でグウィネス・パルトロウが出演する映画
グウィネス・パルトロウとジュード・ロウとマット・ディモンが共演するリプリー(1999年)
グウィネス・パルトロウとダニエル・クレイグが出演する映画
インファマス Infamous
グウィネス・パルトロウとRobert Downey Jr.(ロバート・ダウニー・ジュニア)が共演する映画
アイアンマン Iron Man



Sylvia Ashton- Warner
Eleanor David as Sylvia Ashton
Sylvia(1984年)

もう一人のシルビア
Sylvia Ashton- Warner(シルビア・アッシュトン・ワーナー)という女性の教育者が存在します。 Michael Firth(マイケル・ファース)監督が1985年にシルビア・アッシュトン・ワーナーの生涯を美しいPuhoi(プホイ村)を舞台に描いた作品です。 プホイとはマオリ語で「湧き水」を意味します。 1940年代にニュージーランドのMaori(マオリ族)の子供たちに教育を始めたシルビア・アッシュトン・ワーナーを英国の女優「Eleanor David(エレノア又はエリナー・デイヴィッド)」が演じます。

videoマイケル・ファース監督の「Sylvia(シルビア)」のトレーラーはSylvia (1984) Trailer - VideoDetective
※ダイアナ妃の結婚式で歌ったオペラ歌手のKiri te Kanawa(キリ・テ・カナワ)はマオリの出身だそうでマオリの歌を吹き込んでいます。


もう一つの映画「Sylvia(シルビア)」は1965年にGordon Douglas(ゴードン・ダグラス)監督のミステリ映画があって、「Baby Doll(ベビイドール)」でセンセーショナルなデビューをしたCarroll Baker(キャロル・ベイカー)が若い女流詩人のシルビアを演じたそうです。 共演はRoute 66(ルート66)に出演していたギリシャ出身で歌の上手いGeorge Maharis(ジョージ・マハリス)と1960年のオーシャンと十一人の仲間のPeter Lawford(ピーター・ローフォード)などです。
David Raksin(デヴィッド・ラクシン)作曲のSylviaのサントラLP画像が見られるSylvia Soundtrack - Silvana Mangano na Moviola de Tiomkim
David Raksinの"Sylvia"の演奏だけならAmazon.comにあるアルバム「Philharmonic Standard Time」で試聴できます。
ゴードン・ダグラス監督の作品というとFrank Sinatra(フランク・シナトラ)と超セクシーなイタリアグラマーのRaquel Welch(ラクエル・ウェルチ)が出演したミステリックな1968年のLady in Cement(セメントの女)を思い浮かべます。 美女がセメントの錘を付けられて裸で海に沈められる衝撃的な当時のポスターが見られるLady in Cement Poster - Postermandan.com


Andy Tennant(アンディ・テナント)が監督するMatthew Perry(マシュー・ペリー)主演のラブコメです。
アメリカで1994年から放映されている人気TVコメディのFRIENDS(フレンズ)でチャンドラー役を演じている高感度ナンバーワンの癒し俳優といわれるマシュー・ペリーが「愛さずにはいられない」ではビジネスマン役です。 メキシコ女優のSalma Hayek(サルマ・ハエック)が一夜で恋をする美人カメラマンのイザベル役です。 頑固なイザベルの父親には1959年の「 La Notte brava(狂った夜)」からマカロニ・ウエスタンなどのイタリア映画で活躍しているキューバ系アメリカ人のTomás Milián(トーマス・ミラン)です。
「フレンズ」ではゲイ疑惑のチャンドラーを演じた好青年のマシュー・ペリーは1999年のThree to Tango(スリー・トゥ・タンゴ)ではゲイに間違えられる設計士です。
海外TVシリーズ「フレンズ」について書かれた海外TVドラマ

若い二人は一夜で意気投合! できちゃった結婚をしたが、現実は厳しい。 様々な問題や文化の違いを乗り越え本当の家庭を持つまでのストーリーです。

video初々しいサルマ・ハエックとマシュー・ペリーの「愛さずにはいられない」のトレーラーはFools Rush In Trailer - VideoDetective
Fools Rush In - YouTube

ページトップの画像は"Fools Rush In"の輸入版VHS(英語)ですが、こちらは2007年リリースノ日本語字幕版の「愛さずにはいられない」のDVDです。
Fools Rush In DVD愛さずにはいられない
「愛さずにはいられない」の字幕版VHSビデオもあり。

映画「愛さずにはいられない」の音楽は2004年にVan Helsing(ヴァン・ヘルシング)の音楽を担当したAlan Silvestri(アラン・シルベストリ)で、2004年のCGアニメ「ポーラー・エクスプレス」や1988年のアニメ「ロジャー・ラビット」の音楽も手掛けています。 かなりの人がサントラを欲しがっているようですが正式なサウンドトラックはリリースされていません。 サントラのリストはFools Rush In Soundtrack - IMDb.comで分かりますので気に入った曲を別個にiTunes Storeなどで購入するしかないようです。 但し、 アラン・シルベストリ作曲のテーマ曲は無いそうです。 Los Machetesはスペルミスらしいです。


アンディ・テナントは「愛さずにはいられない」の前年の1995年にオルセン姉妹のIt Takes Two(ひとりっ娘2)を監督しましたが、2005年にはアニメのシャーク・テイルで声を担当したWill Smith(ウィル・スミス)が制作にも関わって主演したHitch(最後の恋のはじめ方)があります。 2008年にはアドベンチャーコメデイのFool's Gold(フールズ・ゴールド/カリブ海に沈んだ恋の宝石)を監督します。

愛ひとすじの「愛さずにはいられない」とは打って変わって超セクシーなダンサーのSatanico Pandemonium(地獄のサンタニコ)として同年「From Dusk Till Dawn(フロム・ダスク・ティル・ドーン)」に登場したメキシコ女優のサルマ・ハエックは2006年のAsk the DustでColin Farrell(コリン・ファレル)と共演します。 メキシコ人ウエートレスのCamilla Lopez役を演じて、人種差別と闘うそうです。

「愛さずにはいられない」のテーマ曲は、Elvis Presley(エルビス・プレスリー)のヒット曲「Can't help falling in love with you(愛さずにはいられない)」です。 映画「愛さずにはいられない」ではこの他にエルビス・プレスリーのJailhouse RockやIt's Now Or Neverが使用されています。
エルビス・プレスリー以外にもバックグラウンド・ミュージックとしてRitchie Valens( リッチー・ヴァレンス)のLa Bamba(ラ・バンバ)などのラテン・ナンバーやPeggy Lee(ペギー・リー)のFever、Chris Isaak(クリス・アイザック)のI Wonderなどが映画のバックグラウンドで流れます。 ちなみに映画で使用されたエルビス・プレスリーが歌う"愛さずにはいられない"のオリジナルはフランスのJean Paul Egide Martin(ジャン・ポール・マルティーニ)iが作った""Plaisir d'amour(愛の歓び)"というシャンソンで、1961年のブルーハワイという映画でエルヴィスが歌ってヒットしました。
映画音楽を担当するなどマルチタレントのクリス・アイザックの写真が見られる写真家Jonathan ExleyのサイトChris Isaak

Can't help falling in love with you
焦って急ぐのは愚か者だけだと、
Wise men say only fools rush in
but I can't help falling in love with you
賢い人は言うけれど、君を愛さずにはいられない
エルビス・プレスリーが歌う"Can't help falling in love with you"の歌詞はElvis Presley - Can't help falling in love with you - Stlyrics.com

☆Fools rush in where angels fear to tread.(天使が踏み込むのを恐れる場所へ愚者は飛び込む=馬鹿者怖い物知らず)
映画のタイトルになっている「Fools Rush In(おバカは焦る)」という曲は1940年に作曲家のRube Bloom(ルーブ・ブルーム)とJohnny Mercer(ジョニー・マーサー)が作った曲でジャズメンにも人気のスタンダードとなっています。 Jo Stafford(ジョー・スタッフォード)やAnne Shelton(アン・シェルトン)といった第二次世界大戦時のVレコード歌手たちが歌った他、ジャズ歌手のBilly EckstineFrank Sinatra(シナトラ)のバージョンが有名で、エルビス・プレスリー似のRicky Nelson(リッキー・ネルソン)も1963年にがデッカレコードからリリースしています。
私が一番好きなバージョンはAndre Previn(アンドレ・プレヴィン)のピアノでしっとりとドリス・デイが歌い上げるFools Rush In!
Doris Day - Fools Rush In - YouTube

1  
Powered by Movable Type 4.261