ジョニー・ホートン Johnny Horton

Johnny Horton (1925 – 1960)
話題性に飛んで華やかな音楽活動を送ったジョニー・ホートンは日本でも人気のカントリー歌手の一人でしたが、不幸にもレコーディング期間はたったの5年ほどと実に短命でした。 1956年の映画「Davy Crockett, King of the Wild Frontie(鹿皮服の男)」のテーマ曲”The ballad of Davy Crockett(フォークソングの”ディビー・クロケットの唄”)”がヒットしたように、ジョニー・ホートンも1950年代に始まった西部開拓史などの歴史(バラード)を歌って有名になりました。 特に1800年初頭の英国との接戦を歌った”The Battle of New Orleans(ニュー・オーリンズの戦い)”は1960年度のカントリー&ウエスタン部門のグラミー賞に輝きましたが、イギリスのBBCはその歌詞の内容(例 we caught the bloody British……They ran so fast that the hounds couldn’t catch ‘em On down the Mississippi to the Gulf of Mexico)から放送禁止にしたのでジョニー・ホートンはイギリス向けに”British(英国)”の代わりに”Rebels(反逆者)”を使用するなどして歌詞を変更したそうです。 1960年代には映画「North to Alaska(アラスカ魂)」のテーマソングで、ホートンの遺作となってしまった”アラスカ魂“も知られています。 美貌のキャプシーヌや歌手のFabian(フェビアン)も出演したゴールドラッシュがテーマの「アラスカ魂」は”北果てのアラスカへ金を求めて殺到だ 1892年に大者サムは相棒のジョージとその弟のビリーと共にシアトルを出た ユーコン河を越えノームの南東の雪山の麓で金を見つけた 1901年にサムは大成功”という歌詞です。
Johnny Horton – North to Alaska – YouTube

これらホートンのホンキートンクとロカビリー調の曲は共に日本のヒットパレードでも上位を占めていました。
Henry Fonda(ヘンリー・フォンダ)が主演した「Grapes of Wrath(怒りの葡萄)」のようにジョニー・ホートンの父親は西テキサスを拠点にあちこち移動して綿摘みや果実もぎを手伝う季節労働者を仕事にしていたこともあったそうです。  ジョニー・ホートンは高校卒業後に”I Love You Because”や”Bimbo”で有名なナッシュビル・サウンドのカントリー歌手のJim Reeves(ジム・リーヴス)が出演していたKWKH-AMラジオのタレント・スカウト番組で優勝して音楽活動に入りました。(そのジムは1964年の自家用機の事故で40歳で急逝) ナッシュビルではカントリーの大物プロデューサーのDon Law(ドン・ロウ)と組んでいたJohnny Cash(ジョニー・キャッシュ)とホートンとは一緒に釣り旅行にも行ったという大の仲良しだったそうです。 そんなジョニー・ホートンは人気絶頂期の1960年にテキサスの高速道路で酒気帯び運転の車と正面衝突して惜しくもに35歳で亡くなりました。
ホートンに関連したカントリー・シンガーというと29歳で急逝したのが”Lovesick Blues”や”Jambalaya (On the Bayou)”や”Cold Cold Heart”などで有名なカントリー界のホンキートンク・マンともいうべきHank Williams(ハンク・ウィリアムス)ですが、私の好きな”Your Cheatin’ Heart(偽りの心)”はハンクの死後にリリースされたのでした。 背骨の痛み止めとして使用したというアルコールとモルヒネと薬物で中毒になったハンク・ウィリアムスはレギュラーだったGrand Ole Opry(グランドオルオープリー)から1952年には解雇通知が出されたそうでジョニー・ホートンのいるThe Louisiana Hayride(ルイジアナ・ヘイライド)に戻ってきました。 ジョニー・ホートンは生涯2度結婚しましたが2番目の妻は楽屋でよく夫婦で話していたHank Williams(ハンク・ウィリアムス)の2番目の妻でした。 結婚2年半にして1953年のハンクの死により未亡人となったのですがハンクの死後に女の子が生まれました。 そのハンクの未亡人はホートンとはその年の終わりに結婚したのですが、ホートンの事故死により再び未亡人となってしまいました。

Where the river is winding, big nuggets they’re findin’
ジョニー・ホートンは歌よりも釣りが好きだったそうで”The Singing Fisherman”とも呼ばれたそうで、1952年から地方巡業した楽団の名前も”The Singing Fisherman and the Rowley Trio”だったそうで、ツアー中も釣りは欠かさなかったそうです。(後にJohnny Horton and the Roadrunnersに変更) 1953年頃、週1回のルイジアナ・ヘイライド以外に仕事がなかった時にはホートンは釣り道具屋で働いたこともあったほどでした。。
Willie Nelson(ウィリー・ネルソン)の「Red Headed Stranger」やJohnny Cash(ジョニー・キャッシュ)の「At San Quentin」等と共にジョニー・ホートンもコロンビア時代の貴重な録音である「The Spectacular Johnny Horton」などが再リリースされています。
Johnny Horton Rare Live (The Battle of New Orleans, North to Alaska, Sink the Bismark, and more)- YouTube

The Louisiana Hayride
ルイジアナ州のラジオ局のKWKH-AMのカントリー・ミュージックの音楽番組”ルイジアナ・ヘイライド”は1920年代にルイジアナに建てられたShreveport Municipal Auditorium(シュリーヴポート公会堂)で開催された週1回のライブ番組で、ジョニー・ホートンは1951年から出演しました。 ”ルイジアナ・ヘイライド”の最盛期は1948年から1958年と云われ、ナッシュビルのカントリー番組のグランドオルオープリー同様にタレント登竜門ともいえる役割を担っていたそうです。 ジョニー・キャッシュのヘイライド時代の1959年から1965年の音源を収録した「Hayride Anthology」というアルバムもリリースされています。 ジョニー・ホートンやジョニー・キャッシュ以外で当時のレギュラー出演者にはElvis Presley(エルヴィス・プレスリー)やグランドオルオープリーから戻ってきた反逆児のHank Williams(ハンク・ウィリアムス)などがいましたが、エルヴィス・プレスリーの出現によりロカビリー色も濃くなりました。 初めて出演した時はまだ26歳だったジョニー・ホートンがその数年後の1954年に初めて21歳のエルヴィス・プレスリーに合ったのもこの番組で、すぐにその新しい音楽スタイルの虜になったそうです。 年齢より老けて見えるほど髪が薄くなっていたホートンでしたがエルヴィスみたいに前髪を垂らして外見も真似してみたそうです。 たいていはカウボーイ・ハットに髪を納めていましたが。
♪ ブラウザはIEでサイトの上のメニューから”Listen Live”をクリックするとカントリー音楽が聴けるKWKH-AM(音楽が始まるまで辛抱)
Louisiana Hayrideの録音を集めたコンピレーション・アルバムにはハンク・ウィリアムスの”ジャンバラヤ”やジム・リーヴスの”Am I Losing You”やジョニー・キャッシュの”Five Feet High and Rising”などを収録した「Louisiana Hayride, Vol. 1」がありますが、ジョニー・ホートンの”ホンキートンク・マン”やマーティ・ロビンスの”I Can’t Quit You (I’ve Gone Too Far)”やジム・リーヴスの”Red Eyed and Rowdy”やジョニー・キャッシュの”Rock Island Line”などを収録した「Louisiana Hayride, Vol. 2」などがあります。
Elvis Presley – I Don’t Care If The Sun Don’t Shine – Hayride LIVE (1955) – YouTube (audio)

Honky Tonk Man
文無しのヒルビリー歌手から一躍人気のロカビリー歌手という栄光に導いたジョニー・ホートンの最初のヒット曲は1956年に録音された”Honky-Tonk Man”で私は完全にカントリーの曲と認識していました。 1959年の”When It’s Springtime in Alaskaを作ったTillman Franks(ティルマン・フランクス)とソングライターのHoward Hausey(ハワード・クロケット)がジョニー・ホートンと共同で1955年に作った曲だそうです。 ”ホンキートンクマン”の録音はDon Law(ドン・ロウ)のプロデュースでB面に”I’m Ready If You’re Willing”を収録したシングルで、アップライトベースにBill Black(ビル・ブラック)とナッシュビルのトップ・ギタリストのGrady Martin(グラディ・マーティン)とHarold Bradley(ハロルド・ブラッドレー)のビートの効いたバッキングが大いに功を奏したといえるでましょう。 ちなみにジョニー・ホートンが1956年にヒットさせた”ホンキートンクマン”は後の1986年にケンタッキー出身のカントリー歌手であるDwight Yoakam( ドワイト・ヨーカム、またはヨアカム) がカバーしてアルバムデビューしました。 ”ホンキートンクマン”は酒場びたりのやくざな男が金が尽きて家に戻ってもいいかい?と電話をかけるという歌詞です。
Dwight Yoakam – Honky Tonk Man – YouTube

“ホンキートンクマン”の次の大ヒットは1959年の”The Battle of New Orleans(ニューオルリンズの戦い)”で、1960年にはSink the Bismark(ビスマルク号を撃沈せよ、又はビスマルク沈みぬ)”と”North to Alaska(アラスカ魂)”が続きました。 ”Sink the Bismark”とは第二次世界大戦中のアメリカやイギリスとの連合軍の敵であったドイツ海軍最大の無敵戦艦のことで1941年の撃沈は1959年に映画「Sink the Bismark」になりました。
※カントリー&ウエスタンに付き物のHonky tonk(ホンキー・トンク)とはオクラホマやテキサスあるいはカンサスなどアメリカ西部の労働者階級が溜まり場にする賭博場を備えた少々如何わしい酒場、又はアップライト・ピアノで奏でるリズムを強調したちょっと調子っぱずれなラグタイム音楽のことを意味するそうで、この音楽が後のBoogie-Woogie(ブギウギ)の元となったのだそうです。 1930年代にアメリカのアパラチア山岳地帯に発祥したというカントリー・ミュージックが950年代にはポップス化してヒットパレードに登場した時には私もB面にジョニー・ホートンの”Honky Tonk Man”が収録されていたMarty Robbins(マーティ・ロビンス)の”Ghost Train(幽霊列車)”や、Johnny Cash(ジョニー・キャッシュ)の”Honky Tonk Girl(ホンキー・トンク・ガール)”などカントリーの45回転EPレコードを買った時期がありました。
ホンキートンキーとは酒場のことですが、1982年にClint Eastwood(クリント・イーストウッド)が監督及び主演して”When I Sing About You”と”No Sweeter Cheater Than You”を歌ったホンキートンクマン(しがない流しの男)なカントリー歌手を描いた「Honkytonk Man(センチメンタル・アドベンチャー)」という映画がありました。 撮影当時13歳くらいだった息子のKyle Eastwoodもクリント・イーストウッドが演じるレッドの甥っ子のウィット役で出演しました。 映画「センチメンタル・アドベンチャー」ではジョニー・ホートンの”Honky Tonk Man”ではなく、感傷的なマーティ・ロビンスの”Honky Tonk Man”が使用されています。 というか、マーティ・ロビンスはイーストウッドが演じた結核に侵されたカントリー歌手の最後の吹き込みのスタジオでギターを弾いているのですが、歌い続けることが出来なくなった主人公をサポートしながら最後は引き受けて録音を終える重要な役割でした。
Honky Tonk Man – YouTube
Johnny Horton – Honky Tonk Man (Live at at the Louisiana Hayride) – YouTube
Johnny Horton – The Battle Of New Orleans – YouTube
Johnny Horton – Sink the Bismark – YouTube
Johnny Horton – North To Alaska – YouTube

Johnny Horton’s Country & Rockabilly
現実にはカウボーイに黒人が多かったにも関わらず、音楽のカントリー界には黒人歌手は存在しませんでした。 その後、黒人音楽のR&B(ロック&ブルース)やゴルペルなどと白人のカントリー音楽のスゥイングやヒルビリーとが融合してロカビリーがメンフィスで誕生したそうです。 そしてこの短命なロカビリーも白人限定のような世界でした。 1950年代中期にはエルヴィス・プレスリー、ジョニー・キャッシュ、Charlie Feathers(チャーリー・フェザース)、Gene Vincent(ジーン・ヴィンセント)、Jerry Lee Lewis(ジェリー・リー・ルイス)、Eddie Cochran(エディ・コクラン)、女性でもWanda Jackson(ワンダ・ジャクソン)などたくさんの若いカントリー歌手たちがこぞって流行のロカビリーを歌い始めました。 ジョニー・ホートンもご同様で最初のヒット曲となった”ホンキートンク・マン”ではエルヴィスのバッキングでスラップベースを弾いていたBill Black(ビル・ブラック)を借り受けて録音したら大ヒットしたのです。 ここで田舎っぽいヒルビリー歌手が最前線のロカビリー歌手に変貌を遂げたというわけなのですが、物真似っぽい、つまりジョニー・ホートンには聞こえない”Lover’s Rock”や”The Woman I Need Honky Tonk Mind” (1957)以外にはあまりロカビリー性は感じられません。 ジョニー・ホートンはそれまでのホンキートンクとロカビリー唱法を変えて1959年ごろから再びバラード調に切り替えたて失恋を歌った”Whispering Pines”や”When It’s Springtime In Alaska”などを歌っています。
Johnny Horton – Let’s Take The Long Way Home (1957) – YouTube
Johnny Horton – I Don’t Like I Did (1956) – YouTube
Johnny Horton – All Grown Up (1958) – YouTube
Johnny Horton – I’m Coming Home (1957) – YouTube
Johnny Horton – I’m A One Woman Man (1956) – YouTube

Johnny Horton Lyrics
“In eighteen-fourteen we took a little trip
Along with Colonel Jackson down the mighty Mississipp’…”とジョニー・ホートンが歌ったBattle Of New Orleans(ニューオリンズの戦い)やHonky Tonk ManからYellow Rose Of Texas Lyricsまでたくさんの歌詞が見られます。
Johnny Horton Lyrics – Genius.com

ジョニー・ホートンのアルバム
1952年には平凡なカントリーソング78回転SPシングル盤を10枚ほど、マーキュリーレコードでも何枚かリリースしているジョニー・ホートンが生前吹き込んだアルバムは大変少なくて、1959年の「The Spectacular Johnny Horton」と1960年の「Johnny Horton Makes History」だそうですが、死後の1961年に「Greatest Hits」と1962年に「Honky Tonk Man」があるそうです。
Famous Country Music Makers
ページトップの画像は2007年にリリースされたベスト盤で、Honky Tonk ManからAll for the Love of a Girlまで代表的な全20曲を収録しています。
試聴はFamous Country Music Makers – AllMusic.com
Johnny Horton – All For the Love of a Gir (1959) – YouTube

The Spectacular Johnny Horton
The Spectacular Johnny Horton
ジョニー・ホートンが1959年に初めてリリースしたLPレコードだそうで、ロカビリー局の”Cherokee Boogie”や”The Golden Rocket”なども収録されていますが”Whispering Pines”や”When It’s Springtime In Alaska”など今まで余り知られていない貴重なマイナーな曲も含みます。(試聴ができる1960盤のリマスターCD)

Honky Tonk Man: The Essential Johnny Horton 1956-1960
Honky Tonk Man: The Essential Johnny HortonHonky Tonk ManをはじめBattle of New OrleansやNorth to Alaskaなど36曲を収録した2枚組アルバムで、サン・レコードのエルヴィス・プレスリーに対抗するかのようにロカビリーを歌ったジョニー・ホートンが聴けます。 ”Honky Tonk Man”はもちろん、”The Battle Of New Orleans”や”Sink The Bismark”や”North To Alaska”といったバラードも収録しています。
試聴はHonky Tonk Man: The Essential Johnny Horton 1956-1960 – Amazon.com

ジョニー・ホートンの”ホンキートンクマン”が13番目に収録されているカントリーのコンピレーション・アルバム「Legends Of Country Music」の曲目リスト
1. Lone Star Trail by Ken Maynard
2. I Want to Be a Cowboy’s Sweetheart by Lynn Anderson
3. From the Indies to the Andies in His Undies by Hoosier Hot Shots
4. Take Me Back to Tulsa by Bob Wills & His Texas Playboys
5. I’m Thinking Tonight of My Blue Eyes by Gene Autry
6. Rocky Road Blues by Bill Monroe
7. Wabash Cannonball by Roy Acuff
8. Smoke! Smoke! Smoke! (That Cigarette) by Asleep at the Wheel
9. Man of Constant Sorrow by The Stanley Brothers
10. I Wish You Didn’t Love Me So Much by Little Jimmy Dickens
11. Hey Joe! by Carl Smith

12. Foggy Mountain Special by Flatt and Scruggs
13. Honky Tonk Man by Marty Robbins, Johnny Horton
14. My Shoes Keep Walking Back to You by Bob Wills & His Texas Playboys
15. Paso by Marty Robbins
16. Ring of Fire by Johnny Cash
17. Flowers on the Wall by The Statler Brothers
18. When I Stop Dreaming by Tammy Wynette, George Jones
19. Rose Garden by Lynn Anderson
20. Choo Choo Ch’Boogie by Asleep at the Wheel
21. My Heroes Have Always Been Cowboys by Willie Nelson
22. He Stopped Loving Her Today by Johnny Cash
23. Pancho and Lefty by Merle Haggard/Willie Nelson