ミリオンダラー・ベイビー Million Dollar Baby (2004)

Hilary Swank and Clint Eastwood
ミリオンダラー・ベイビー(2004年)

実在のボクシング・マネージャJerry Boyd(ジェリー・ボイド)の2000年出版の本「Rope Burns(テン・カウント)」を元にして、女性ボクサーを主人公にした「ミリオン・ダラー・ベイビー」はClint Eastwood(クリント・イーストウッド)監督・製作・主演のヒューマン・ドラマです。 「ミリオンダラー・ベイビー」はニューヨーク映画批評家協会で監督賞を受賞し、最優秀映画作品 ドラマ部門(Best Motion Picture – Drama)などで評価を得ています。 製作と脚本は2004年に「Crash(クラッシュ)」で製作、脚本、監督を手掛けたPaul Haggis(ポール・ハギス)で、「ミリオンダラー・ベイビー」ではアカデミー脚色賞にノミネートされました。

クリント・イーストウッド監督がボクシング・ジムの経営者フランキー・ダン役で主演しますが、たくましい”ベイビー”役はHilary Swank(ヒラリー・スワンク)、「Kiss the Girls(コレクター)」や「An Unfinished Life(アンフィニッシュ・ライフ)」などのMorgan Freeman(モーガン・フリーマン)がフランキーの長年の友人であるエディ・”スクラップ・アイアン”・デュプリスを演じます。
“ミリオンダラー”は試合の賞金を指しますがボクシング映画であって、ボクシング映画でない「ミリオンダラーベビー」はアカデミー賞審査員には受けそうなタイトルです。(感動を呼ぶ内容もモチロン)

Million Dollar Baby(ミリオンダラー・ベイビー)というタイトルがボクシング映画というよりはミュージカル映画みたいというのも1934年と1941年に同名の映画があったのです。 Ronald Reagan(レーガン元米大統領)も出演してピアノを弾いた1941年のコメディ映画「Million Dollar Baby」では主演のPriscilla Lane(プリシラ・レイン)の歌で1931年に作曲された”I Found a Million Dollar Baby”が使用されたそうです。

ミリオンダラー・ベイビーのあらすじ
静かなギター曲”Blue Morgan”が流れるオープニングが終わったとたん、いきなり喧噪のボクシング試合の映像。傷ついたボクサーのウィリーを手当てするのは止血係(カットマン)からトレーナーになったフランキー(クリント・イーストウッド)で、ウィリーの傷が深すぎてアドレナリンでは止血できないながらも勝利に導くアドバイスをした。そのフランキーを待っていたのは前座の試合に出ていた若い女性ボクサーのマギーで、トレーナーの依頼にきたのだが「タフなだけじゃダメだ、根性だけでは簡単に負ける」とフランキーは断る。ボクシングとは何でも普通の逆をいくへそ曲がりなスポーツだと言う。
家に戻ると手紙を出せば宛先不明で戻ってきてしまう娘のケイティーと元妻の無事を神に祈るフランキー、だが教会にミサに行くものの三位一体や処女マリアの懐胎などの質問して神父を困惑させる。

7年前からジム(Hit Pit Gym)のオーナーとなったフランキーは赤字経営のため元ボクサーだが片目の視力を失いジムの雑用係をしているスクラップが使用する漂白剤の価格にも注意を与える。スクラップはフランキーの意に反してタイトル戦で金を稼ぎたいウィリーとマネージャーのマックの仲をフランキーに伝えに来た時、練習場でサンドバッグ相手に打っているマギーを見つける。31歳のマギーはミズーリ州の荒れ地からやってきた下層階級の出の田舎娘だがジムの会費を半年分払い込んでいるのでフランキーは容認するかたちになる。マギーに才能が有る、ガッツが有ると見たのはスクラップだったがマギーの熱心さにフランキーがトレーナーを引き受ける。(実は手塩にかけたウィリーがタイトル戦を前に突如移籍)「何も言わずに従え、泣き言はいうな 先ずはフットワーク 休むなんて死んでからだ」

マギーがそろそろ試合をしたいと申し出るとフランキーはマネージャーのサリーを紹介する。サリーの思惑で初戦に挑むマギー。これを遠くで見て気を揉んでいたフランキーはとうとうマギーのマネージャーとなる。

最初でノックダウンさせるマギーに対戦相手がいなくなり、対戦相手のマネージャーにフランクが自腹を切ってみたが効果がなくなる。そこで賭けに出て階級を上げた試合をすることに。マギーが鼻を骨折したがフランキーが鼻血を止血して勝利。この時、普段からイェイツ(William Butler Yeats)の詩を読んでいたセコンドのフランキーが「モ クシュラ」と言った。この後12連勝したKO知らずのマギーは不利になると危険な反則パンチを炸裂させるというチャンピオンのBillie ‘The Blue Bear(青クマ)と百万ドル(Million Dollar)を賭けた対戦が待っていた。反則ボクサーの異名をとるビリーは相手が死のうと感知せず。こんなボクサーとの対戦はフランキーは承諾しない。スクラップはマギーにタイトルはフランキーと組んでいては狙えないと話し、マックと会わせるがマギーは今後もフランキーと組むと言い切る。

そんなマギーにフランキーはイギリスの王者との対戦を話し、プレセントとしてリング用ガウンを贈る。本物の絹のガウンで背中にはフランキーのジャンパー同様に絹糸でアイルランド・ゲール語の”Mo Cuishle”の縫い取りが。(正しくはMo Chuisleか)この後、マギーはアイルランド好きのファンに”モクシュラ”として知られる。

マギーはファイトマネーで母親に家を買った。フランキーも訪ねていくが生活保護を受けている母親は家など買わずに金をくれればいいとご機嫌ななめで、女ボクサーもカタギじゃないから笑い者になるとまで宣う。100万ドルを賭けたタイトル戦のためフランキーとマギーはベガスに行き、WBA世界ウェルター級チャンピオンのビリー”ブルーベア”と戦い王座を狙う。減点もなんのそのの反則ビリーに対し、マギーはフランキーの指示通りに反則ではあるが腰を連打しブレイクに持ち込み最終ラウンドまで優勢に戦い続け晴れて新チャンピオンになれるかと期待した時、なんと敗けそうと思った王者ビリーが不意に後ろから喰らわせた反則パンチでマギーの首の骨が折れてしまったのです。フランキーの忠告を忘れて手を下げて背をみせた瞬間のことでした。後ろから一撃されマギーが気が付いた時は病院のベッドの上、頚椎が折れ神経も切れたから身動きもできないが喋ることは辛うじてできる。24時間酸素吸入が必要で治す術もなく死ぬまで麻痺したままのマギーを無精髭のフランキーが見舞う。自分を守れというフランキーの忠告を守らなかったと謝るマギー。手ほどきをしたからこうなったとスクラップをなじるフランキー。転院するまでの2ヶ月間を看護士に任せられずに自らマギーの世話をするフランキー。マギーは身動きできないからすでに床ずれがひどくなっている。

ようやく救急車で6時間かけて最高のリハビリ施設に入所、面会に来るはずの母親と家族はホテルについても遊びが先らしくなかなか病院に来ない。ようやく弁護士同伴で来たらマギーの金のことで書類に署名させようとする。しかし生活保護を受けるためにマギーがプレゼントした家は持っていないことにしている母親を信頼できなかったマギーはサインを拒否。

床ずれがひどく壊死した左足を切断されたマギーはフランキーに以前から知りたかった「モクシュラ」の意味をたずねる。 世界中試合に言った先々で声援を送られたあの変な言葉。勝てなかったから教えないと言ったフランキー。この時マギーは、母親に家を贈った帰りの車中でフランキーに話した飼い犬のことを覚えているかと問う。後ろ足が悪くて前足で引きずって歩く犬を病気で床についていた父親はとても可愛がっていたのだけれど、ある日シャベルを積んだトラックに脚の悪い犬を乗せて森に連れて行ったこと。このままで生きたくないと全身不随になったマギーは生きる希望を失い死なせて欲しいとフランキーに安楽死をほのめかす。「950gで必死に生まれた子は死ぬ時も必死。全てを手に入れた私は満足だから誇りを奪わないで、駄目とは言わないで、貴方が頼り、望みを叶えて」とマギー。そんなことに手は貸せない、俺を頼るなと言って帰ったフランキーに病院から電話。夜中にマギーが舌を噛み切ったという。失血死寸前で舌を縫合したものの再び繰り返すマギー。壮絶!思い余ったフランキーが牧師に相談したところ自殺を助けるような大罪を犯したら君は終わりだと諭された。(このシーンはTV放映のダイジェスト版にはなかったかも)

夜中にマギーの病室を訪ねたフランキーが悩み苦しんだ挙句の選択、マギーの辛さを分かっているからこそ、フランキーはマギーの命を保っている人工呼吸器を外し、確実に楽にするために点滴液に薬物(アドレナリン)を注入するとマギーに「モ クシュラ」の意味を教える。 「君は私のすべて」 それを聞いたマギーの目からは涙がこぼれ落ちる。薬物の過剰投与が終わると傍のモニターがみんな波打たなくなった。病室を去る抜け殻のようなフランキーを見ていたスクラップはジムに戻ってフランキーを待つ。しかし、フランキーはどこに消えたか、安らげるところにいればいいがとスクラップはフランキーの娘に手紙を書く。果たして手紙は届くのか?
友人のスクラップを置き去りにしてジムからも去っていったフランキーはどこに。 23年前に試合を止めなかったばかりにスクラップが片目を失ったことが悔やまれていたのに。

Euthanasia
マギーは末期癌ではありませんが、治癒の見込みゼロなのに死ぬまで耐えがたき苦しみを伴う場合には安楽死という方法が採られることがあるのです。そのような場合でも犯罪か否かの問題が生じるのです。
モ クシュラ、愛する人が目の前で絶えられないほど苦しんでいたら、どうしますか…安楽死。
ちなみに安楽死(euthanasie)を扱ったアメリカ映画ではアンソニー・ミンゲラが監督した「The English Patient(イングリッシュ・ペイシェント)」で回復の見込みがなく苦しむ兵士を従軍看護婦がモルヒネで安楽死させました。 一方フランス映画ではPhilippe Claudel(フィリップ・クローデル)が監督し、苦しみながら死に至る病の息子を死に至らしめ15年投獄される女医をKristin Scott Thomas(クリスティン・スコット・トーマス)が演じた2008年の「Il y a longtemps que je t’aime(ずっとあなたを愛してる)」があります。

Mo chuisle
「ミリオンダラー・ベイビー」のキーポイントとなっているあの言葉「モ クシュラ」、ミドル級タイトルマッチの前座に登場するマギーのガウンに刺繍したリングネームはGaelic(アイルランド・ゲール語)だというMo chuisle(モ・クシュラ)は映画の中では緑色のガウンの背中に金糸刺繍でMo cuishleと綴られています。 意味はMy Pulse(我が命)ですが、My LoveとかMy Darling(愛する人)とも解釈されるそうです。映画の中で暇があるとゲール語の本(ウィリアム・バトラー・イェイツ)を読むフランキーでした。

video予告編が観られたWarner Bros.の「ミリオンダラー・ベイビー」のオフィシャル・サイトは消滅しました。
Million Dollar Baby Trailer – VideoDetective

Million Dollar Baby DVD
2005年に発売された「ミリオンダラー・ベイビー」(ワイドスクリーン)の日本語字幕版DVDです。
Million Dollar Baby DVDミリオンダラー・ベイビー


Million Dollar Baby Soundtrack
クリント・イーストウッドの映画で、常に映画の効果を高めると定評の有るサウンドトラックには、映画のオープニングに流れるジャズマニアのイーストウッド監督が作曲した”Blue Morgan”が収録されています。
「ミリオンダラー・ベイビー」のサウンドトラック・インポート盤です。
Million Dollar Baby SoundtrackMillion Dollar Baby [Original Motion Picture Soundtrack]
現在は入手困難となりましたが国内盤はオリジナル・サウンドトラック「ミリオンダラー・ベイビー」(ASIN: B0008JH7J0)です。
試聴はMillion Dollar Baby Soundtrack – AllMusic.com

Million Dollar Baby Book
ミリオンダラー・ベイビーの原作「テン・カウント」日本語単行本
Rope Burnsテン・カウント (ハヤカワ・ノヴェルズ)
テン・カウント(Rope Burns)の原語版書籍は「Rope Burns: Stories from the Corner」(ISBN-10: 0060198206)

追記: 2005年1月16日、ゴールデングローブ賞の発表ではクリント・イーストウッドは監督賞を、ヒラリー・スワンクは主演女優賞を受賞しましたがアカデミー賞の方もイーストウッド、スワンクに加えモーガン・フリーマンの助演男優賞も獲得しています。

2004年の全米映画批評家協会賞でヒラリー・スワンクは「Vera Drake(ヴェラ・ドレイク)」のImelda Staunton(イメルダ・スタウントン)とともに全米映画批評家協会賞の主演女優賞を獲得しました。
「ミリオンダラー・ベイビー」の宣伝で来日した時の映像をテレビで見ましたがハリウッドスターというよりも隣のお姉さんといった風情で全く気取りがなかったのに驚きました。

ちなみにこの時の主演男優賞は「Ray(レイ)」と「Collateral(コラテラル)」でJamie Foxx(ジェイミー・フォックス)です。

☆ 全米映画批評家協会賞とは、全米の新聞・雑誌の映画批評家56人が選ぶ賞です。
☆ゴールデングローブ賞とは、1943年以来ハリウッド外国人記者協会に所属する約90人が選ぶ賞です。

クリント・イーストウッドが出演した映画は数え切れないほどたくさん観ましたが、ダーティ・ハリーやマカロニウエスタン映画が好きではない私にはたいして興味はなく、中には何じゃこりゃ!映画もありました。 しかしクリント・イーストウッドが監督デビューした1971年の「Play Misty for Me(恐怖のメロディ)」以降は監督第二作目の1972年の「High Plains Drifter(荒野のストレンジャー)」は別として、1992年の「Unforgiven(許されざる者)」、クリント・イーストウッド作曲の”Big Fran’s Baby”が使用された1993年の「A Perfect World(パーフェクト・ワールド)」、1995年の「The Bridges of Madison County(マディソン郡の橋)」(本の印象の方が強かったが)、1997年の「Midnight in the Garden of Good and Evil(真夜中のサバナ)」、1999年の「True Crime(トゥルー・クライム)」、2003年の「Mystic River(ミスティック・リバー)」など素晴らしいヒューマンドラマや社会派映画に出っくわすことが多いのです。

Hilary Swank
「ミリオンダラー・ベイビー」でハードな女ボクサーを演じたヒラリー・スワンクはこの後に2006年の「Black Dahllia(ブラック・ダリア)」でクセのある富豪の娘を演じ、続いてちょっと謎解きが曖昧なオカルト映画の「The Reaping(リーピング)」では娘の惨事により信仰を捨てた女牧師役でしたが最後に悪魔の子を宿していることが分かるというヒロインが収穫された怖いストーリーです。 ヒロインの元夫のコスティガン神父役が1992年の「The Crying Game(クライングゲーム)」で主演したStephen Rea(スティーヴン・レイ)です。 ヒラリー・スワンクは「ミリオンダラー・ベイビー」の前にも1999年の「Boys Don’t Cry(ボーイズ・ドント・クライ)」で性同一障害の少年を熱演してアカデミー賞の主演女優賞を獲得しています。(実在の人物を元にしていてなんともやりきれないストーリー)

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