フランソワーズ・アルヌール Francoise Arnoul

Françoise Arnoul
1931年に仏領時代のアルジェリアで生まれたフランソワーズ・アルヌールは主に1950年代に活躍しましたが、一時はオードリー・ヘプバーンより人気があったくらい有名なフランス女優なのです。 賢そうな広いおデコ、猫のような大きな眼、官能的なぽってりとした唇の小顔で、ソフトな色気を持つフランソワーズ・アルヌールは可憐!可愛い!と抱きしめたくなるような小粋なパリジェンヌです。 フランソワーズ・アルヌールに続いた人気フランス女優には小悪魔のBrigitte Bardot(ブリジッド・バルドー)やMylene Demongeot(ミレーヌ・ドモンジョ)など、大人の色気なら「死刑台のエレベーター」のJeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)がいますが、可愛い子猫風なPascale Petit(パスカル・プティ)をもっとしっとりとさせたような、いわゆる<いい女>がフランソワーズ・アルヌールです。
Françoise Arnoul – Interview (1956) – YouTube
Françoise Arnoul – Interview (1959) – YouTube

フランソワーズ・アルヌールの初主演映画はGeorges Simenon(ジョルジュ・シムノン)書いた1947年の原作”Lettre à mon juge(判事への手紙)”をHenri Verneuil(アンリ・ヴェルヌイユ)監督が映画化した1952年のLe Fruit defendu(禁断の木の実)です。 アンリ・ヴェルヌイユといえば日本では音楽がミシェル・マーニュだった1963年の「La Mélodie en sous-sol(地下室のメロディー)」が有名ですが、フランソワーズ・アルヌール主演映画では立て続けに1954年の「過去をもつ愛情」(もつ”は平仮名で”過去を持つ愛情”ではない)と1955年の「Des gens sans importance(ヘッドライト)」と1956年の「幸福への招待」を監督しています。 ジョルジュ・シムノンは1958年にJean Gabin(ジャン・ギャバン)が主演した「Maigret tend un piège(殺人鬼に罠をかけろ)」などのMaigret(メグレ警視)シリーズの原作者で、日本未公開ですが2002年のメキシコ映画で情欲か遺産か、家庭持ち同士の不倫、その代償は? 地味な映画ですが最後のどんでん返しがスリリングなLa habitación azul(青い部屋の女)の原作もジョルジュ・シムノンです。 メグレは1929年に色々な人の顔を持つ怪人二十面相のような「Pietr-le-Letton(怪盗レトン)」ではじめて主人公になったそうです。
シムノンの原作をPierre Granier Deferre(ピエール・グラニエ・ドフェール)が映画化した作品には1965年にAnnie Girardot(アニー・ジラルド)とMaurice Ronet(モーリス・ロネ)が共演したMarcel Carne(マルセル・カルネ)監督の「Trois Chambres a Manhattan(マンハッタンの哀愁)」や1973年にRomy Schneider(ロミー・シュナイダー)とJean Louis Trintignant(ジャン・ルイ・トランティニャン)が共演した「Le Train(離愁)」などがあります。
その後もフランソワーズ・アルヌールは立て続けに映画出演していましたが、残念なことに短期間の女優活動のため、日本では「ヘッドライト」で脚光を浴びたものの若い世代にはその他の作品はあまり知られていないようです。
「過去をもつ愛情」や「ヘッドライト」のアンリ・ヴェルヌイユが監督した「禁断の木の実」はフランソワーズ・アルヌールの若い身体に魅せられたFernandel(フェルナンデル)が演じる妻子持ちのペルグラン医師との不倫コメディで、中年愚男の自由気ままな娘とのアバンチュールと神対処をする賢妻を描いています。 フェルナンデルは私の好きなMarie Bell(マリー・ベル)主演の1937年の映画「Un Carnet de Bal(舞踏会の手帖)」に理容師役で出演して当時は引っ張りだこの俳優でした。
Le Fruit defendu(又はMouton à cinq Pattes/禁断の木の実)でのコケティッシュなマルセーユの金欠娘マルティーヌを演じるフランソワーズ・アルヌールと南フランスのアルルに住む中年の田舎医者を演じるフェルナンデルの浮気現場写真が見られるLe Fruit defendu Photos – SIMENON ON THE SCREEN(ページの中ほどまでスクロールダウンしてFernandel, Françoise Arnoul & Claude Nollier in FORBIDDEN FRUIT、賢妻役のClaude Nollier(クロード・ノリエ)は「フランス式十戒」にも出演しています)
アルヌールとフェルナンデルの切なくも厚かましい情事が描かれた「Le Fruit Défendu(禁断の木の実)」のVHSの画像が観られるフランスの「Le fruit defendu (VHS) – Amazon.fr」(ビデオはフォーマットがクオリティの高いヨーロッパのビデオスタンダード盤”PAL”)
☆フランソワーズ・アルヌールの写真集が見られるFrancoise Arnoul Photos – FILM.TV.IT Francoise Arnoul Filmography

1950年代のフランソワーズ・アルヌールの主な出演映画
1954年 French Cancan(フレンチ・カンカン)
Jean Renoir(ジャン・ルノワール)監督が大いなる幻影で主演したJean Gabin(ジャン・ギャバン)を起用したカラーのミュージカル映画です。 1800年代の後期を舞台に、フレンチ・カンカンの産みの親と呼ばれる実在したモンマルトルの興行師をジャン・ギャバンが演じて、アルヌールが演じる洗濯女を踊り子に抜擢してキャバレーでのレビューを成功させます。 映画の中で往年のシャンソン歌手のCora Voucaire(コラ・ヴォケール)が映画音楽の作曲家であるGeorges Van Parys(ジョルジュ・ヴァン・パリス)の作曲にジャン・ルノワール監督が歌詞を付けた”Complainte de la butte”を歌う他、Patachou(パタシュー)の”Madame Arthur”も使用されています。 ジョルジュ・ヴァン・パリスは1934年にJosephine Bakerが主演した「Zouzou(はだかの女王)」をはじめフランス映画の音楽を手掛けました。
歓声を上げて踊り子が騒々しく踊るフランス風のカンカンダンスはスキャンダラスな大股開きが話題を呼び、19世紀のフランスのイラストレーターの先駆けとなる”Henri de Toulouse-Lautrec(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック)”のポスターにも描かれています。
クラシックバレエを習っていたフランソワーズ・アルヌールは勿論フレンチカンカンを踊りますが、俳優になる前はシャンソン歌手だったジャン・ギャバンも踊ります。 その他のキャストではCharles Aznavour(シャルル・アズナヴール)などを育てたシャンソンの大御所であるÉdith Piaf(エディット・ピアフ)をはじめ、André Claveau(アンドレ・クラヴォー)やCora Vaucaire(コラ・ヴォケール)などシャンソン歌手たちのゲスト出演が豪華です。
日本では「フレンチカンカン」が映画デビューとなったMichel Piccoli(ミシェル・ピッコリ)が将軍役で出演します。 フランソワーズ・アルヌールを見るというよりもラストシーンのキャバレー・ムーランルージュでの華麗なフレンチ・カンカンは必見です!French Can-Can

フレンチ・カンカン DVD (ASIN: B00006C212) French Cancan VHS Amazon.com (ASIN: B00005LE3Q)
日本語字幕版のVHS「フレンチ・カンカン」もありますが入手困難。

1955年 Les amants du Tage(過去をもつ愛情)
「過去をもつ愛情」の映画パンフレット(ASIN: B0058QRDVU)
原題の意味が”テージョ河の恋人たち”という映画「過去をもつ愛情」は翌年には「ヘッドライト」を監督するHenri Verneuil(アンリ・ヴェルヌイユ)の作品です。 パリとリスボンを舞台にした一組の男女、理由は違えども伴侶を殺したカップルを描く犯罪メロドラマで、元パリの香水売りだったカトリーヌ(アルヌール)はイギリス人の富豪の夫殺しの疑惑をかけられてロンドンの刑事に追われています。 一方、留守中に浮気していた妻を殺したが無罪となった元帰還兵で今はリスボンに流れ着いてタクシーの運転手をしているピエールにはブリジッド・バルドーの「En effeuillant la marguerite(裸で御免なさい)」に出演したDaniel Gélin(ダニエル・ジェラン)です。

ご注意!
下記の「過去をもつ愛情」のあらすじには哀しい結末も書かれています。
「過去をもつ愛情」の冒頭はパリの群衆に歓声で迎えられる帰還兵の一軍から喜び勇んで自分の部屋に駆け上がりをカギを開けたピエールが妻を撃ち殺します。 裁判では妻を撃ったのは間男されたピエールではなく降下部隊の勇士が敵を見つけて撃ったのだと弁護されて無罪にはなりますが、殺人を犯したピエールは弁護士に欺瞞を抱き将来に重荷を背負ったことを確信して去っていきます。
ここからが本編でピエールの後ろ姿にクレジットが流れます。 汽笛の音も哀愁たっぷりのAmália Rodrigues(アマリア.ロドリゲス)の歌がBGMとなって背景はパリから海藻と鰯の臭いがするポルトガルのリスボンへ移ります。 この歌を聞くだけでなんとなく哀しいストーリーを想像します。 放浪の挙げ句に南米行きの船が来るまで滞在許可といいうことでポルトガルに入国できたピエールでした。 一方港では大荷物を運ばせる小粋な女性(アルヌールが演じるディンバー)がタクシーに乗り込みます。 高級ホテルのアビジに向かうタクシーお運転手がピエールでパリ訛りに気をよくしたカトリーヌが大金のチップをよこしたので印象に残ります。
ピエールが町のオープンカフェに座っている時に現れるのが映画で重要な役割りを演じる絵はがき売りの可愛い少年マヌエルで下宿先の女性の私生児です。
高級ホテルではカトリーヌが一人でテーブルにつきますが、3~4万ポンドの遺産を得たイギリスの大富豪、ディンバー卿の寡婦として新聞にも載る身分なので落ち着けず食事もそこそこにレストランを出たかカトリーヌを追ってきたのはピエールが大金を貰ったから良いカモだと思ってホテルのボーイに報酬付きで頼んだマヌエルでした。 観光ガイドができるとカトリーヌに近づき、リスボンの夜を案内することになり、白いレースのタイとドレスにミンクのストール姿のゴージャスなカトリーヌは少年に連れられてファド(ポルトガルの歌)を聞きにホテルを出ます。 酒場では満席だと断られそうでしたが少年が客席のピエールを見つけて待ち合わせだと引き合わせます。 一人が好きなピエールですが少年の頼みで相席を承諾します。 素晴らしいギター演奏に続き歌手のアマリア(アマリア.ロドリゲス)が登場して亡き漁師の夫を忍ぶ”Barco Negro(暗いはしけ)”を歌います。 歌詞が分からないカトリーヌにピエールが歌の意味をフランス語で教えます。(人は貴方がもう帰ってこないと言うが貴方はいつもここにいる……) 最後の一節のDentro do meu peito, estás sempre comigoで、estás sempre(いつも)とcomigo(私と)との間に感情がこもっていて胸がつまります。

上用流階級のマダム連中がカトリーヌを見つけて同席したので席を立ったピエールはカトリーヌに貰った大金をチップとしてギター弾きの胸に押し込みます。 ピエールの差し金でマニュエルが車が来たからとカトリーヌを呼びにきます。
そんな時、高級ホテルに到着した男あり、これがジャン・ヴァルジャン(噫無情)を執拗に追いかけたジャヴェール警部のようなTrevor Howard(トレヴァー・ハワード)が演じるロンドンのルイス警部は死因がおかしいと遺産を狙った計画的な殺人事件として自供をさせる目的でカトリーヌを追いかけているのだが、時既に遅し、3日前にホテルは人の目が煩いからアパートでも探したいとカトリーヌはピエールに頼んだのでした。 フロントでは行き先を教えないようにと頼んでおいたが、マニュエルの案内でブティックに行こうと町を歩いているカトリーヌをルイス警部が見つけた。

ピエールの真向かいのアパートに住むことになったカトリーヌをマニュエルとピエールはあちこちに誘い出す日々だったが、ある日壊れた椅子を修理してきたピエールとカトリーヌの悪戯っぽくピエールを誘惑しているかのような目で本音は言えないが二人は恋に落ちていることが分かる。 とうとうピエールはナザレという鰯の漁港に遊びに行こうと誘う。 二人っきりで。
子供の頃から河船に乗ってみたかったカトリーヌとテージョ河(国境を挿んだテージュ河の上流はスペインのタホ河)の河口を遊覧船で下りながらピエールと身の上話をする。 すっかり恋人気分で手をつないで下船したカトリーヌの前に現れたのはルイス警部。 嫌みな挨拶の後、二人はバスに乗ってナザレに向かう。 浜ではイワシ漁の漁師たちが来ているチェックの民族衣装や浜に座り込んで漁師の帰りを祈る黒ずくめの喪服姿の女達や船を曳く水牛たちが珍しい情景。 漁師の村でアマリア.ロドリゲスが歌う素晴らしい”Solidao”を全部聴かずに二人は夜の浜に行く。 二人が持つ過去のせいか、言い争いの度に親密さを増していく。 初めて合った時からそれは分かっていた。 この朝帰りの別れ際に夕食に来てねとカトリーヌからカギを渡されたピエールの脳裏に過去がよぎった。 カギは嫌いだ。 昔、妻もカギをくれた。

待ちぼうけを食らわせたカトリーヌを気にかけながらも飲んだくれて自分の部屋に戻ったピエールは窓から見下ろすと男が通りにいるのを見つけた。 無我夢中でカトリーヌの部屋のドアをカギで開けて飛び込んで男の影を探す。 ピエールは昔の妻殺しを話した。 カテリーナが「同じ女も同じ男も同じ恋もない。」と言っているところに無言電話。 番号は教えていないのに、きっとルイス警部だとカテリーナ。 自動車事故で死んだが夫の一族と雇われたルイス刑事はそう思っていないのだとか。 ここで衝撃、イタリア女優に多い脇毛をフランス女優のアルヌールも見せていたとは。 シャワー後のシーン、浜辺のシーン、そしてこのシーンとピエールを誘惑する色っぽい目つきや媚態を見ると、実は遺産目当てで夫を事故死させたのかも? 夫の死後1年(74日)で他の男性に……なんて疑ってしまうほどです。

ルイス警部はホテルのバーに行くからとピエールのタクシーに乗りカトリーヌの真実を知りたくないか?と話し出す。 拒否するピエールはホテルに送り届けたものの後部座席の忘れ物に気づきホテルに入る。 これは意図的な忘れ物だったとみえ戻って来るのを予期していたルイス刑事。 ここでルイス刑事に事件当時のカトリーヌの空白時間をほのめかされて多少の疑心暗鬼を生じたピエールだった。

遊園地で遊ぶ幸せなピエールとカトリーヌ、ジュースを買いに走ったピエールを待っているカトリーヌに「キャサリン、どこに隠れてたの?」声をかけてきたのはイギリス時代の友人。 戻ってきたピエールを「私の雲さんよ。」と紹介するが、「あんな男と」と英語で話しながら去って行った。 ある暑苦しくて寝付けない夜にピエールはカトリーナの結婚のことを聞き出そうとしたが拒絶され、翌日ルイス刑事に会いにホテルに行く。 ルイスはカテリーナの夫がまれに見るハンサムで富豪でそこらそんじょの男とは違うとか、カトリーナは車が事故を起こすことを知っていたに違いないと話す。 その帰りに友人のポルフィリオ(ダリオ)から明日には船が南米に向けて出帆すると教えられ、疑いを抱いたままのピエールはカトリーヌと言い争った挙げ句、船に乗る事を決心する。 「次の男にやれ!」とカギを投げつけて。 悲しみのカトリーナのドアを叩いたのは巡査、「明日パスポートを持って署に来るように。」 滞在予定のホテルを引き取った時に住所変更をしていなかったからとか。 旅券なしではピエールと一緒にブラジルに行かれないとふんだルイス刑事の差し金だった。 出発を数時間後に控えたピエールが最後の夜を音楽を聴きながら酒を飲んでいるところににカトリーヌがやって来た。 後ろでは労咳病みらしい男がギターを奏でているのがなんだか不幸を倍増している。 不幸だと美しい曲がよけい胸に染み入る。 もうお別れだからとカトリーヌは真実を話す。 「夫に離婚を持ち出され、びた一文やらないと言われたので貧乏に逆戻りするのが怖かったからシャフトに細工して夫を殺した。」 だが本心を語ったカトリーヌにピエールは言った。 一緒に船に乗るのだと。 パスポートが無いというとポルフィリオ曰く、「そんなことは金が解決するさ。」
一方、カトリーナの荷物を取りにアパートに戻ったピエールはルイスが入って来るのが分かった。 ルイスはピエールを船まで送ると言い、さらに疑問を抱くような事を吹き込んだ後にカトリーナのパスポートを返した。 酒場で吹っ切れた感情が再び芽生えたピエール。 一生思い荷物を背負う門出にカトリーヌは言う、「ピエール、愛しているわ。今度こそ信じてもらえるわね。」 錨があがりRio Tajo号が走り出した後、甲板からピエールが見たのはルイス刑事と一緒に船着き場に佇むカトリーヌの姿だった。 ピエールの叫び、「カトリーヌ! カトリーヌ!」を残して。
☆絵はがき売りの少年を演じたJacques Moulières(ジャック・モーリエ)は1960年にSerge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)のテーマソングが有名な「Les Loups dans la bergerie(山小舎の狼)」に出演しています。

Amália Rodrigues Canta o Fado BARCO NEGRO
アマリア.ロドリゲスが酒場の歌手のアマリアとしてファドを歌うシーンが素晴らしい日本語字幕版のVHS「過去をもつ愛情(Les Amants du Tage)」(ASIN: B00005HBGZ)はビンテージ価格ですがAmazon.co.jpで見つかります。
「過去をもつ愛情」はMichel Legrand(ミシェル・ルグラン)の映画音楽デビュー作品ですが、リスボンの歌手であるAmália Rodrigues(アマリア.ロドリゲス)が居酒屋のシーンで歌った映画のテーマ曲で”黒い小舟”という意味の「Barco Negro(暗いはしけ)」は世界的に大ヒットしてポルトガル民謡である”ファド”の代名詞となり、日本でもファドが知られるようになりました。 歌は暗い海に消えた愛する夫の面影を偲ぶという内容です。 英語ではFate(宿命、悲運)を意味する”ファド”とは1920年頃が起源だというポルトガルのフォークソングとダンスで、主に海に関わる貧しい人々の望郷の哀歌とされ、12弦のポルトガル・ギターの伴奏で歌われます。 Lisboa Fadoは一般的なLisbonスタイルで、それに対しより洗練されたCoimbra(コインブラ)スタイルがあるそうです。
アマリア.ロドリゲスの歌が収録されたサントラのレコードには1955年にフランスのコロンビアレコードからリリースされたAmalia RodriguesのEP盤の「Les Amants Du Tage」に映画「過去をもつ愛情」で使用されたBarco RegroとSolidaoと共にFallaste CorazonとLisboa Nao Sejas Francesaの計4曲を収録しています。(現在はMP3の「Vintage World No 36 – EPs Collectors “Les Amants Du Tage”」(ASIN: B003I10SFU)で試聴できます) Jean Gabin et Françoise Arnoul dans Des gens sans importance (1955) (ASIN: B00004YRKZ)

1955年 Des gens sans importance(ヘッドライト)
フランス語タイトルの”Des Gens Sans Importance”の意味は”重要性のない人間たち(無名の人々)”です。 「過去をもつ愛情」に続いてHenri Verneuil(アンリ・ヴェルヌイユ)が監督したやるせないの一語につきるロマンス映画で、日本では中高年世代にとって映画のテーマ曲同様に最も感涙にむせぶアルヌールの映画です。 私が若かりし頃に劇場で観た時、恋愛経験などない私でしたが若い娘が親子ほどの年の差のトラック運転手にすがるなんて何と哀しい映画かと思いました。 Jean Gabin(ジャン・ギャバン)が演じるパリとボルドー間を走るしがない初老の長距離トラック運転手(ジャン・ヴィアール)と、田舎の居酒屋(ドライブカフェ)でフランソワーズ・アルヌールが演じるパリに憧れる若いウエイトレスのClothilde(クロティルド・ブラシェ)との超悲恋物語ですが、私にはこれは純愛なのかどうか判断が付きかねます。 たとえ打算があろうとも、この場合はともかく貧しく孤独なことが悲劇だと思いました。 仮眠のために立ち寄った居酒屋でサンタを信じるには歳のいった運転手のジャンと居酒屋からなんとかして抜け出たいクロのクリスマスの晩の淡い思い出ででしたがとうとう店を辞めてボルドーに帰るクロをジャンがトラックに乗せたことから哀しい結末を迎えることになります。 母親の拒絶にあって元の居酒屋に戻るためのトラックを探しに湊に行くクロチルドはジャンを見つけた。 二人の心が溶け合って自然と抱擁する時、未来を暗示するかのように悲しい旋律の「ヘッドライト」のテーマ曲が流れます。

その後週二回の逢瀬、それもほとんどが5分くらい。 Dany Carrel(ダニー・カレル)が演じる年頃の娘ジャクリーヌを頭に三人の子持ちであるジャンは妻子を見捨てられない、これじゃ愛情じゃなくてただの習慣だとクロ。 ジャンが気ままにやっていると会社が路線の変更命令、今日も明日も居酒屋に寄れないとクロに電話する。 反発して会社を辞めたジャンだが歳のせいで仕事は見つからない。 八方塞がりのジャンが家族と過ごしているダンスホールに手紙の返事もなくてどうしても逢いたかったとクロが来てしまう。 事情を知ってジャンが「いい人」だと思ったクロはパリに落ち着くつもりか連れ込み宿の女中の口を見つける。 長女が会社から転送してきたクロの手紙を読んで妊娠が発覚、ジャンは家から出て行き以前断った家畜運搬のためボルドーに行く。 妊娠3か月のクロは階段の昇降が頻繁なホテルの仕事が辛く倒れそうなところを女将(マダム・バコー)に堕胎を勧められ、仕事をしなくてはと闇堕胎のジェルメーヌを訪ねる。 ジャンがクロをボルドーに連れて行くことを知らせにジャンの元相棒がホテルのクロを訪ね、明日朝にジャンと引きあわせる約束をする。 ジャンには妊娠は思い違いだったと告げたクロはトラックに乗り込む。 具合が悪いのをジャンに隠して座席にもたれてるクロの映像に結末を暗示するかのようにコズマのテーマ曲が流れる。 土砂降りの中夜道を突っ走るトラックがもうじきボルドーという頃、揺れ動く車の鍵とマスコットを見つめるクロの瞼が閉じかける頃、ジャンは雨のせいで「工事中、迂回せよ」の標識を見過ごし道を間違えてしまったのだ。 雨は上がったが濃い霧が立ち込める中ジャンは道を戻って人家を見つけると電話を借りて救急車を要請する。 翌朝、霧のせいで遅くなった救急隊員が到着、息も絶え絶えなクロを担架に乗せて運ぶ。 ジャンが病院に着くと外で待っていた医師などがジャンに耳打ちするシーンでコズマの旋律が流れる。 場面は変わってベッドに横たわってタバコをくゆらすジャンは仕事の時間を知らせに来たノックで起き出す。 あの居酒屋の外での元仲間との話でジャンの家族は戻ったらしい。 が、クロはもういない。 走り去るジャンのトラックの映像ににやるせないコズマの終曲。
身籠ったクロを演じたフランソワーズ・アルヌールがラストシーンでも着ていたキュっとウエストを締めたフード付きビニールのレインコートがとても印象的でした。
☆オープニングクレジットで流れる物悲しいテーマ曲、この曲だけでも泣けてしまいそうな「ヘッドライト」の音楽は1945年にLes Feuilles mortes(枯葉)を作曲したJoseph Kosma(ジョセフ・コズマ)で、日本ではシングルなら1962年のゴダール映画「Vivre sa vie(女と男のいる舗道)」と抱き合わせた国内盤サウンドトラック(45回転EPドーナツ盤はSeven Seas FM-2041 LP盤はSeven Seas GXC 11)が販売されましたが、現在は見つかりません。(ジャケット画像はクロが元の居酒屋に戻るためジャンのトラックに乗ったシーン) ☆上記の画像は輸入版”Des Gens Sans Importance”のDVD(フランス語)です。
「ヘッドライト」(ASIN: B000J4OZRQ) DVD

日本語字幕版のVHS「ヘッドライト」(ASIN: B000064GG0)もAmazon.co.jpで見つかります。

1956年 Sait-on jamais…(大運河/グランカナル)
英語のタイトルは”Does One Ever Know”とか”No Sun in Venice”と付けられたSait-On Jamais?は50年代には殆どブリジッド・バルドーの主演映画の監督をしたRoger Vadim(ロジェ・ヴァディム)の監督デビュー作となったミステリックなカラー映画です。 フィルムノワールと冒頭のアニメ「Gerald McBoing-Boin(ボインボイン坊や」に違和感を感じ得ませんが1950年の短編アニメ部門でオスカーを獲得した作品が何も意味がないとも思えません。 若草色のカシミア・セーターが似合う若いソフィーを演じるフランソワーズ・アルヌールと共演するのはジャーナリストを演じた男前のChristian Marquand(クリスチャン・マルカン)とアルヌールの元恋人だったスフォルツィを演じたRobert Hossein(ロベール・オッセン)です。 水の都ベニス(ベネツィア)、冒頭に映画館から出たアルヌールとマルカンの二人が握手を交わして去るシーンで物語の始めを予感させるかのようにジョン・ルイスの”たそがれのベニス(大運河のテーマ曲)”が流れます。 第二次大戦中に金融市場を撹乱を狙って贋金を製造した男爵は鋳型を持ってソフィーをの婚約者スフォルツィと姿を隠したが警察に睨まれている。 元恋人のスフォルツィがソフィーを愛しているのになぜドイツ人のエリック男爵に差し出したのかがよく解らなかった。(恋人より財産? ソフィーもスフォルツィの死に涙) ソフィーは町で出会った若いミシェルと恋に落ちて今の境遇から逃れようとしたがとんだ伏線が待っていた。(「大運河」でのマルカンは申し分ない役柄) 水の都と呼ばれるベネチアの運河を航海する船も舞台となって男爵の養女だという美貌のソフィーに恋をした雑誌記者が関わり合いになる男爵殺害事件を描いたミステリーです。(ラストの二人の男の死闘シーンは別として、レースのカーテン越しにキスをしてミシェルを誘惑するシーン、スフォルツィが男爵のキャビアを山盛りにパンに載せるシーン、サン・マルコ広場の鳩の群れ、バスタブに浸かったソフィーの体を洗うシーン、運河の交通渋滞シーンなどが印象的…)
「大運河」で特筆すべきはMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)のサウンドトラック「大運河<たそがれのベニス>」ATL-5015です。 音楽を担当したJohn Lewis(ジョン・ルイス)の作曲による大作のミシェルのテーマ曲”The Golden Striker(金色の鐘時計)”を演奏したThe Modern Jazz Quartet(MJQ)のメンバーはピアノがジョン・ルイス、ヴィブラフォンがMilt Jackson(ミルト・ジャクソン aka BAGS)、ベースが1952年からPercy Heath(パーシー・ヒース)、1955年からドラムがConny Kay(コニー・ケイ)です。
☆Original Film Score for No Sun in Venice by John Lewis
映画「大運河」で使用された8曲入りのCDは全曲試聴できる「No Sun in Venice(たそがれのヴェニス)」
ちなみにMJQのアルバム「No Sun in Venice(たそがれのヴェニス)」のジャケット画像は19世紀のイギリスのロマン主義の風景画家として有名なJoseph Mallord William Turner(ターナー)が描いた1835年の作品「The Grand Canal, Venice(ベニスの大運河)」の裏焼きらしいです。 ターナーというと夏目漱石著の「坊ちゃん」で坊ちゃんが赤シャツと野だいこと一緒に四国で釣りをする場面で松の生えた島をターナー島と名付けたという記述があります。 ☆2014年にMike Leigh(マイク・リー)が監督するターナーの伝記映画「Mr. Turner(ミスター・ターナー)」が公開されます。
アルバム「たそがれのヴェニス」の他に”Django”も収録されている「The Complete Last Concert」(ASIN: B000002IO8)や「The Golden Striker/John Lewis Presents Jazz Abstractions」(ASIN: B00000J7WE)、そしてDjangoとMilanoが収録されている「Django」(私が当時購入したLPと同じカバー画像)などがあります。
以上のCDではMJQでもジョン・ルイス名義でもライヴ演奏が多く映画のサントラとは全く違うバージョンしか見つかりません。
♪ The Modern Jazz Quartet – Golden Striker MJQのモダンジャズが素晴らしい「大運河」のDVDの1999年版や2002年版はすでにヴィンテージ価格となりました。
「大運河」 DVD(ASIN: B00006RTTG)

日本語字幕版VHS「大運河」(ASIN: B00005G0X1)もAmazon.co.jpで見つかります。

No Sun in Venice by John Lewis ATLANTIC SMJ-16
私は以前はモダン・ジャズというとビバップやファンキーな曲を好んで聴いていたのですが、その概念を吹き飛ばすようなモダンでクラシックなの美しい曲を演奏するMJQにも魅せられました。 私の手持ちのMJQのレコードには「No Sun in Venice(大運河)」のオリジナルサウンドトラックから「MJQ/たそがれのベニス」のA面にはThe Golden Striker(ゴールデン・ストライカー)、B面には映画「大運河」のナイトクラブのシーンで使用された”Venice(ベニス)”と養父と男爵のテーマである”Cortege(行列)”が収録されています。 メンバーはピアノのジョン・ルイス、ヴィブラフォンのミルト・ジャクソン、ベースがパーシー・ヒース、ドラムがコニー・ケイです。
画像はクリックで拡大可
もう一枚は1952年に結成されたThe Modern Jazz Quartet(モダン・ジャズ四重奏団)の「MJQ / コンコルド」Victor SMJ-2 、又は「Concorde」(ASIN: B000000XZU)にはConcorde、Autumn In New Youk、Softly, As In A Morning Sunrise(朝日の如くさわやかに)が収録されています。 MJQのアルバム「Django」から取られた”Concorde(コンコルド)”はヨーロッパ、そしてフランス、特にパリに憧れたジョン・ルイスの作曲です。 もう1枚のレコードはPRESTIGE MJ-2013 の「DJANGO」でB面に”Milano”が収録されています。 ”Djiango”はジョン・ルイスがジプシーのジャズ・ギタリストのDjango Reinhardt(ジャンゴ・ラインハルト)の死を悼んで作曲した大変美しい曲でジョン・ルイスの楽団テーマ曲となりました。

1956年 Paris, Palace Hôtel(幸福への招待)
「幸福への招待」は「ヘッドライト」に続きアンリ・ヴェルヌイユが監督したカラーのロマコメ映画です。 ホテルのマニキュア係のフランソワーズ・アルヌールは身分を偽って若者と恋に落ちますが、その男も身分を偽っていました。 その二人に加えてアバンチュールを楽しもうと仮病をつかった不良紳士のCharles Boyer(シャルル・ボワイエ)も絡んだお洒落なクリスマス映画です。
☆フランソワーズ・アルヌールは「幸福への招待」と同じ年にブリジッド・バルドーが主演した「裸で御免なさい」ではナイトクラブのシーンに自身の役でカメオ出演しています。
「幸福への招待」の音楽は1955年の映画「Mademoiselle de Paris(水色の夜会服)」や1957年にミレーヌ・ドモンジョが主演した「Une Manche Et La Belle(女は一回勝負する)」でも音楽を担当しているPaul Durand(ポール・デュラン)の作曲ですがサントラは見つかりません。
「Paris palace hôtel」のVHSはフォーマットがCouleur, Secamで現在はフランスのAmazon.frで「Paris palace hôtel 」(ASIN: B00004WDTF)しか見つかりません。
☆Secamとはフランスで開発されたSEquential Couleur A Memoireというヨーロッパで普及している地上波放送方式の一つだそうです。(Couleurはカラーのこと)

1956年 Le Pays, d’où je viens(遥かなる国から来た男)
英語のタイトルは”The Country I Come From”というMarcel Carné(マルセル・カルネ)監督のクリスマスを背景にしたロマコメで主題歌の”Le pays d’où je viens”を歌ったGilbert Bécaud(ジルベール・ベコー)はカフェの内気なピアノ弾きとそっくりな男の二役で映画デビューし、音楽も担当しました。 フランソワーズ・アルヌールは内気なベコーが恋をする可愛いウエイトレスです。
「遥かなる国から来た男」の手書き風映画ポスターが見られる「Le Pays d’où je viens : affiche Marcel Carné – AlloCiné 」(トップに表示される宣伝は暫く待つと消えます)
「Le Pays D Ou Je Viens」のVHSはヨーロッパのスタンダードPALフォーマットでAmazon.fr(ASIN: B000790VXA)でしか見つかりません。
有名なシャンソンの”Méqué méqué(メケメケ)”を作曲したジルベール・ベコーの歌のなかでも私が特に好きなのは”Nathalie” (1964) です。(モスクワ、赤の広場、レーニン、十月革命、ナタリーは案内人)

1958年 La Chatte(女猫)
女猫 [字幕版DVD](ASIN: B0015YEKGU)
1938年にDanielle Darrieux(ダニエル・ダリュー)が主演した「Retour A L’Aube(暁に帰る)」を監督したHenri Decoin(アンリ・ドコアン)のフィルム・ノワールで、アルヌールはドコアン監督の1954年のフィルムのワール「La Rage au corps(肉体の怒り)」にも出演しています。 スパイ映画もお得意のアンリ・ドコアンは1960年にもアルヌール主演で日本未公開の「La Chatte sort ses griffes(女猫は爪を出す)」を監督しています。
☆Film noir(フィルム・ノワール)とはフランス語で”黒い映画”という意味ですが、1940年代後期から1950年代のハリウッド映画の中でも犯罪ものを指すそうです。 1930年代のアメリカの恐慌時代に始まった道徳的には如何わしくてセクシーな刺激を強調したハードボイルド映画に端を発しているとか。
「女猫」の音楽は「ヘッドライト」のJoseph Kosma(ジョセフ・コズマ)が担当しました。 ストーリーは第二次大戦下に大活躍したフランス・レジスタンスの「女猫」女闘士が敵の将校との道ならぬ恋に落ちる悲恋物語です。
☆ヴィンテージ価格の「女猫(La Chatte)」のVHSがAmazon.co.jpで見つかりますが、私が購入したのは上記画像の廉価版DVDです。(現在はマーケットプレイスの商品のみ)
アルヌールは1958年には日本未公開の「Cargaison blanche(英語のタイトルが「Illegal Cargo(意味は違法な積み荷)」で黒のセクシー下着やボデコン・ドレス姿を見せるアルヌールがJean-Claude Brialy(ジャン・クロード・ブリアリ)やRenée Faure(ルネ・フォール)と共演しているGeorges Lacombe(ジョルジュ・ラコンブ)監督の映画です。 アルヌールが演じる女性ジャーナリストが白人女奴隷船を阻止せんと乗り込んだものの捕らわれの身となるストーリーだそうです。

1959年 Le Chemin des écoliers(学生たちの道)
1959年にフランソワーズ・アルヌールは二本の映画に出演していますが、その一つにMichel Boisrond(ミシェル・ボワロン)が監督したドイツ占領下のパリの地下運動をテーマにした戦争ドラマがあります。 フランソワーズ・アルヌールはゲシュタボの収容所に囚われた地下組織のメンバーの夫がいながら17歳の学生と不倫をした上に闇市に手を染めさせますが、なんといっても緊迫した戦時中のことで法も道徳も無きに等しい状態でのお話しです。 相手のお坊ちゃま学生を「Plein Soleil(太陽がいっぱい)」でブレイクする前の初々しいAlain Delon(アラン・ドロン)が演じました。 「女猫」に続いてジャン=クロード・ブリアリも出演し、1959年の「La Jument Verte(青い女馬)」や「Un témoin dans la ville(彼奴を殺せ/きやつをけせ)」と1960年にJean Paul Belmondo(ジャン・ポール・ベルモンド)が主演した「Classe Tous Risques(墓場なき野郎ども)」で人気女優となるSandra Milo(サンドラ・ミーロ)に加えて、テーマ曲の”Le Grisbi(グリスビーのブルース)”が有名になった1954年の「Touchez Pas Au Grisbi(現金に手を出すな)でデビューして1957年の「死刑台のエレベーター」での刑事役が当たったLino Ventura(リノ・ヴァンチュラ)といった共演者たちが豪華です。
学生たちの道(Le Chemin des Ecoliers)のVHSはAmazon.co.jpで見つかります。
「Le Chemin Des Ecoliers」の音楽は50年代にフランス映画音楽で活躍したトルコ出身のPaul Misraki(ポール・ミスラキ)が担当しました。 ポール・ミスラキは1938年に「Retour A L’Aube(暁に帰る)」の音楽も手掛けています。

1959年 La Bête a L’affut(爪を磨く野獣)
Pascale Audret(パスカル・オードレ)が主演した1958年の「Les jeux dangereux(危険な遊び)」を監督したPierre Chenal(ピエール・シュナール)監督の犯罪ロマコメで監督最後の白黒作品です。 フランソワーズ・アルヌールが演じる魅惑的な金持ち未亡人が警察官の孤児たちのために催したチャリティの売り上げ金が消え去り、Michel Piccoli(ミシェル・ピッコリ)が演じる刑事が捜査に乗り出しますが、それと同時に凶悪犯も追いかけます。 アルヌールはハンサムなHenri Vidal(アンリ・ヴィダル又は アンリ・ビダル)が演じる非情な脱獄犯を匿った挙句に全てを投げ打って恋に落ちるのですがこれが結末には悲恋物語になるのだそうです。 アンリ・ヴィダルは1959年には「気分を出してもう一度」でブリジッド・バルドーと共演し、ミレーヌ・ドモンジョと「Sois Belle Et Tais-Toi(黙って抱いて)」に立て続けに出演しています。
「爪を磨く野獣」の音楽は当時新人の作曲家で、後に1968年の「Isadra(裸足のイサドラ)」の音楽など手掛けて映画音楽の巨匠となったMaurice Jarre(モーリス・ジャール)が担当しました。
「La Bête A L’Affut」のVHSはヨーロッパスタンダードのPALフォーマットで現在は入手不可となりましたがビデオのカバー画像が見られるフランスの「La Bête A L’Affut – Amazon.fr」にありますが購入不可。

☆フランソワーズ・アルヌールは日本では20代の美しい面影だけが残されている稀有な存在ではありますが本国では60年代以降も何本かの映画に出演していたのです。 上記の他にフランソワーズ・アルヌールが出演した60年代の映画は、1961年にJacques Poitrenaud(ジャック・ポワトルノー)監督に加え、共同監督共同脚本にMarc Allegret(マルク・アレグレ)が参加した「Les parisiennes(Tales Of Paris/パリジェンヌ)」でCatherine Deneuve(カトリーヌ・ドヌーヴ)やJohnny Hallyday(ジョニー・アリディ)と共演しています。 1962年のJulien Duvivier(ジュリアン・デュヴィヴィエ)監督の「Le diable et les dix commandements(フランス式十戒)」ではアラン・ドロン、シャルル・アズナヴール、リノ・ヴァンチュラ、「Une Fille pour L’ete(ひと夏の情事)」のMicheline Presle(ミシュリーヌ・プレール)などと共演しました。
フランスのロカビリアンとして人気があったジョニー・アリディのツイストやハンサムなクリスチャン・マルカンの映像に加えてフランソワーズ・アルヌールのラヴシーンもチラリと観られる「Les Parisiennes(パリジェンヌ)」の予告編はLes Parisiennes Trailer – Comme Au Cinéma (冒頭の20秒は宣伝)
まさにパリジェンヌそのもののDany Saval(ダニー・サヴァル)も出演しているミシェル・ポワロン監督の「パリジェンヌ(パリジェンヌ HBX-101)」のVHS(ASIN: B0087ZO2DQ)はAmazon.co.jpで見つかります。フランス式十戒 DVD (ASIN: B000EHQV3O)

字幕版VHS「フランス式十戒」(ASIN: B00005HBG9)はAmazon.co.jpで見つかります。

Autobiography par Françoise Arnould

Animal doue de bonheur: Autobiography par Françoise Arnould
フランソワーズ・アルヌール自伝―映画が神話だった時代
1956年のジェラール・フィリップの死に衝撃を受けて言葉を寄せた知性的なフランソワーズ・アルヌールが自伝を出版していますがなぜか人気です。
上記のの書籍は日本語版ですが、ペーパーバック版オリジナル書籍のカバー画像が見られるフランスのAnimal doue de bonheur (French Edition) – Amazon.fr