死刑台のエレベーター Ascenseur pour l’echafaud (1957)

Elevator to the Gallows VHS Ascenseur pour l’echafaud DVD
Elevator to the Gallows VHS Ascenseur pour l'echafaud DVD
J’taime … J’taime … J’taime …
Jeanne Moreau as Florence Carala in Ascenseur pour l’échafaud

Nouvelle Vague: Louis Malle’s Ascenseur pour l’echafaud
死刑台のエレベーター
(1957年)
「死刑台のエレベーター」の撮影当時は若干25歳だったフランスの新進監督のルイ・マルの長編劇映画の監督デビュー作品であり、代表作品でもあるサスペンス映画です。 映画で使用された主人公所有の最新型オープンカーだとか、日めくり時計や小型カメラなどのハイテクな小道具が羨望の的となりました。

原作は新人推理作家(1925年~1962年)のNoe”l Calef(ノエル・カレフ)が書いた推理小説「Ascenseur pour l’échafaud」です。 30代にして亡くなった当時のハンサムな新進作家だったRoger Nimier(ロジェ・ニミエ)とルイ・マル監督とが共同で脚色したそうです。 大人の情事とパリの無軌道な若者とが引き起こした二つの殺人事件が同時進行する新しいタイプのスリラー映画で、Nouvelle Vague(ヌーヴェル・ヴァーグ)の先駆けとかFilm noir(フィルム・ノワール)とかいわれます。 ちなみに1950年代のヌーヴェル・ヴァーグの旗手と呼ばれるJean-Luc Godard(ジャン・リュック・ゴダール)監督の「勝手にしやがれ」が1959年の作品でした。 そして当時のフランスでのアメリカ映画への傾倒を表すように、1946年のハリウッドのフィルム・ノワールである「郵便配達は二度ベルを鳴らす」や、電話で愛人に夫の殺害を唆したり、殺人の後にドアが開かないなどはMarilyn Monroe (マリリン・モンロー)主演の「Niagara(ナイアガラ)」に多大なる影響を受けてるいるようです。
☆Film noir(フィルム・ノワール)とはフランス語で”黒い(暗い)映画”という意味ですが、1940年代後期から1950年代のハリウッド映画の中でも犯罪ものを指します。 1930年代のアメリカの恐慌時代に始まった道徳的に如何わしくてセクシーな刺激を強調したハードボイルド映画に端を発しているそうです。

Générique
J’taime … J’taime … J’taime … カララ夫人、夜のパリの街を探索
冒頭のシーンは、電話で恋人のジュリアンに犯行の決行を促すフロレンスのアップで始まります。 まるで夕立の雷鳴が不安を暗示するかのよう、パリのカフェからシャッターの下りた会社へそしてジュリアンの行き付けのバーと、ジュリアンの失敗を知るよしもなく約束の時間に現れない彼の姿を求め不安に駆られたカララ夫人が夜の都会を歩き廻リます。 ハイヒールを履いたカララ夫人の歩き方はなにげに1953年の「ナイアガラ」でのモンロー・ウオークを思い起こします。 Miles Davis(マイルス・デイビス)のミュート・トランペットがカララ夫人の不安と焦燥感を煽りたてるように流れ、白黒の画面がより効果的な光と影を映し出す美しい夜のパリの街。 美しいフロレンスがハイヒールでジュリアンを求めて歩き廻る夜のパリ。 Nuit Florence Sur Les Champs-Elysees
♪ Miles Davis – Générique (Ascenseur pour l’echafaud)

Roger Vadim(ロジェ・ヴァディム)監督の「危険な関係」やMichelangelo Antonioni(ミケランジェロ・アントニオーニ)監督の「La Notte(夜)」などの多数の名作で知られるファムファタルの代名詞といえるJeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)が美貌の人妻のFlorence(フロランス・カララ社長夫人)を演じます。 たいていの男だったらこんな魅惑的な女性のためならどんな馬鹿げたことでもやってのけるでしょう。
日本では1960年の「Plein Soleil(太陽がいっぱい)」で有名になったMaurice Ronet(モーリス・ロネ)が土地開発会社(武器デーラーにも関係)に勤める技師のJulien(ジュリアン)を演じます。 勤め先の社長婦人と恋仲になり、二人で社長殺害を計画し危険な方法で実行に移します。 自殺に見せかけて社長を撃った後、ジュリアンは見た。 窓の外に不吉を象徴する黒猫を。
ジュリアンが元パラシュート降下部隊上がりという設定で、ロープがキーとなるビルのベランダづたいに忍び込んで自殺に見せかける殺人やエレベーターのロープ脱出を遂行します。 なぜ浮気の為に夫を殺害するのか分からないという方がおられますが、自殺に見せかけて莫大な財産を手に入れ、二人で豪華な生活を楽しむつもりだったのでしょう。 つまり、動機は「欲望(愛欲と札束)」ですね。(貧乏だと二人の愛の巣は営めません) それにその世界では大物の社長に浮気がバレたら二人は無事なわけがないから殺(や)るっきゃない。
その他、ギャング映画の大御所であるLino Ventura(リノ・ヴァンチュラ)が今回は刑事に扮するほか、ジュリアンを取り調べる副警視にCharles Denner(シャルル・デネ)、ジュリアンが勤務する会社のビルにある花屋の女店員のヴェロニクはYori Bertin(ヨリ・ベルタン)が演じ、そのボーイフレンドは「Jeux interdits(禁じられた遊び)」でミシェル少年を演じたGeorges Poujouly(ジョルジュ・プージュリー)、そして1958年に「Bonjour Tristesse(悲しみよこんにちは)」にDenise役で出演するドイツ女優のElga Andersen(エルガ・アンデルセン)が若者に殺されたモーテルのドイツ人旅行者の婦人(Madame Bencker)役で出演しています。 Gary Cooper(ゲイリー・クーパー)にも気に入られたというほどセクシーだったエルガ・アンデルセンは1971年の「Le Mans(栄光のル・マン)」でのSteve McQueen( スティーヴ・マックィーン)の恋人役が印象的でした。 60年代にドキュメンタリーも制作したアメリカの富豪と結婚しましたが1994年に癌のため59歳で亡くなりました。
そして当時売れっ子のJean-Claude Brialy(ジャン・クロード・ブリアリ)がモーテルでチェスをしている客としてカメオ出演していますが(後ろ姿はルイマル監督)、ブリアリがモーテル殺人事件での刑事の取調べにも応じる場面もあります。 ジャン・クロード・ブリアリは1959年の「Les Cousins (いとこ同志)」が有名で、実に多くのフランス映画に顔を出していますが重要な脇役が多く、日本で公開されたかろうじて主演級映画というと1962年の「La Chambre Ardente(火刑の部屋)」やMonica Vitti(モニカ・ヴィッティ)と共演した1963年の「Château En Suède(スエーデンの城)」くらいでしょうか。

Julien is trapped in the elevator, while Florence waits for him on a café terrace.
Julien dans L'echafaud
Maurice Ronet as Julien in Ascenseur pour L’echafaud

ジュリアン、ドジを踏む Julien Dans l’Ascenseur
『あ〜、やっと終わった、フォ〜!』と犯行のあった部屋の窓を見上げるジュリアン。
そして窓からぶら下がっているロープを見つけ愕然とするジュリアン! (なぜまだ明るい土曜日の退社時間に犯行に及んだのか疑問です。カララ社長の帰宅前を狙ったからか)
カララ婦人の夫である社長を殺害した後の歯がゆいほどのうっかりミス、それに伴うジュリアンのエレベータからの脱出劇。 所持していたハイカラなガスライターの明かりを頼りに手持ちの折りたたみナイフでエレベーターのネジを一本づつ外す気が遠くなるような作業。 その後のロープを伝った危険な脱出。
Maurice Ronet as Julien in Ascenseur pour L’echafaud – YouTube
これとは違って超人的なエレベーター脱出シーンが「ダイ・ハード」でありました。
冒頭のカララ婦人の憔悴してジュリアンを探し廻るシーンと、この緊迫したエレベータ脱出との二つのシーンにより、観客はこの主人公の二人に充分に魅せられてしまいます。 感情移入しきった観客は、この恋人達の完全犯罪の成就を期待し、犯罪者に加担、つまり共犯者と成ります。 よってこの二つの殺人事件を絡ませた映画のなかで、一つの大人の情事を遂行するための殺人には肩入れし、もう一つのパリの無軌道な若者の突発的な殺人には怒りを覚えるのです。 「なんてことをするんだ! ジュリアンとフロレンスに警察の疑いが向けられてしまうではないか!」と。 なんてこった!

証拠隠滅を忘れるという重大な過失を思い出し、慌ててキーを挿したままの車を残してビルに戻るジュリアン。 エレベーターに閉じ込められてしまい悪戦苦闘を強いられている間に、お洒落な彼のConvertible(オープンカー)を見つけて乗り回すパリのチンピラ・カップル。 この若者達は挙句の果てにはモーテルで殺人を犯してしまう。 おまけにカフェにいたカララ婦人が運転席を確認出来ないまま助手席の花屋のヴェロニクだけを目撃したから大変!話がややこしくなってしまう。 ギロチンの刃を首先3寸で逃れ、翌朝やっとエレベーターから脱出したものの、この若者達のせいで別のドイツ人夫婦殺人容疑で警察に追われる身となるジュリアン。 しかし、こっちのアリバイを立証すれば社長殺しが露見してしまう。 さあ、どうすればいいのか。

若気の至りとはいえ犯してしまった殺人に恐れを覚え、戸棚にあった催眠薬のPhenobarbitone(フェノバルビトン)で自殺を試みるも未遂に終わった花屋のヴェロニクと男友達のルイのもとに事情を飲み込んだカララ夫人が訪れる。 「生きててもらわわないと困るのよ!」
ベロニクが思い出した写真屋の受け取り。 ジュリアンの車にあったカメラで花屋の娘と二人で記念写真を撮ってそのフィルムをモーテルの写真屋に預けたんだった! 「あれをなんとかしないと殺人の証拠になってしまう・・・」とモーテルに駆けつけるルイ。 ジュリアンの濡れ衣を晴らそうとその後を追うカララ婦人。 写真屋に張り込んでいる刑事。 現像された写真にはドイツ人旅行者夫婦と若者が写っている。 ジュリアンの濡れ衣は晴れた!

Chez le Photographe du Motel
映画の全編通してハードボイルドだったカララ婦人とジュリアンの二人がラストシーンでやっと幸せそうな笑顔をみせます。 刑事やカララ婦人が見守るなか、モーテルの暗室の現像液の中から二人のツーショットがジワジワと浮かび上がるのです。 その写真を驚愕の思いで、そしてある意味で恍惚感とで、指先でジュリアンとの写真に触れるカララ婦人。 ジュリアン、やっと逢えたのね。 オープニングと同じくカララ婦人のアップ。 Oh lala…やり場のない虚脱感! Oh mon dieu ! 一段とむせび泣くマイルスのトランペット……FIN……鳥肌もののエンディング。

video「死刑台のエレベーター」のトレーラーが観られるELEVATOR TO THE GALLOWS Trailer – RialtO picture(ページ中ほど右のトレーラーはHi Res(large)でご覧下さい)
Elevator to the Gallows Trailer – YouTube

死刑台のエレベーターはフランス語の原題が「Ascenseur pour L’echafaud」で、英語のタイトルは「Elevator To The Gallows」又は「Lift to the Scaffold」で共に「絞首台への昇降機」となります。 映画のタイトルにあるGallowsとは首吊り用の木枠のことですが、絞首刑の時の床が丁度エレベーターのように四角く抜けるものもあるようです。 しかし日本語の「死刑台のエレベーター」をGoogleのウエブ翻訳にかけると「Elevator of capital punishment stand」となりました。(文字通り、死刑台のエレベーター)

☆死刑台のエレベーターのポスターが見られるAscenseur pour L’echafaud Posters – atthemovies.co.uk
Ascensore per il patibolo Photos – FILM.TV.IT

メルセデスベンツ300SL
無軌道なパリの若いカップルがジュリアンの車の次に目を付けたのはドイツ人の旅行者夫婦が乗っていたMercedes Benz 300 SL(メルセデスベンツの300SL 1954年-1957年)は伝説のスポーツカーと呼ばれる300SLのボディにGP用にチューンナップされたW196エンジン搭載の2シータバージョン、1950年代半ばにはグランプリシーンを席巻した車種でドアが左右に上に上げるGull-wing doors(ベンツ・ガルウィング式ドア)です。 特大写真が見られる1954-1957 Mercedes-Benz 300SL Gullwing Coupe Photos

Le Feu Follet
「死刑台のエレベーター」の6年後、ルイ・マルが監督してジャンヌ・モローとモーリス・ロネが共演した映画では、フランスのヴィシー政権下にファシスト作家であったPierre Eugène Drieu La Rochelle (ピエール・ドリュー・ラ・ロシェル)が1931年に書いた短篇小説のLe Feu Follet(ゆらめく炎)を映画化した1963年の「Le Feu Follet(鬼火)」があります。 モーリス・ロネは自ら人生に終止符を打つアルコール依存症のアランを演じ、ジャンヌ・モローは麻薬耽溺のエヴァの役です。 「死刑台のエレベーター」はヌーベルバーグ映画ではあっても少なくともロマンス映画ではありません。 英語のタイトルは”The Fire Within”というそうで、美しくも物悲しく愁いを帯びたピアノの旋律はErik Satie(エリック・サティ)が1888年に作曲した3曲のうちの”Gymnopédies 1(Gnossiennes No 1、ジムノペディ)”です。

ちなみに「死刑台のエレベーター」の前1956年に、日本で新進作家の石原慎太郎原作による太陽族(小説「太陽の季節」に記述された)を描いた「狂った果実」が公開され、当時16歳の津川雅彦が主演でしたがこれがフランスのヌーヴェルヴァーグに影響を与えたと言われており、大島渚監督が代表的な日本でのヌーヴェルヴァーグはその後だと云われています。 ラストシーンの津川雅彦が印象的でした。
モーリス・ロネが放蕩息子を演じた「太陽がいっぱい」のトレーラーはMaurice Ronet dans Plein Soleil – Comme Au Cinéma
Le Feu Follet (dinner scene)- YouTube

☆作品での音楽が印象的なルイ・マルですがモダンジャズを使った映画はこの処女作「死刑台のエレベーター」の他では、1971年の「Le Souffle Au Coeur(Murmur of Heart/好奇心)」があります。 Charlie Parker(チャーリー・パーカー)やシドニー・ベシェディジー・ガレスピーなどのジャズメンを映画で起用しました。 サントラの詳細はジャンゴ・ラインハルトのギター演奏が使用された「Lacombe Lucien(ルシアンの青春)」や「Zazie Dans le Métro(地下鉄のザジ)」なども収録したアルバムの「Music in the Movies of Louis Malle」(ASIN: B000027OH5)

死刑台のエレベーターのサウンドトラック
Miles Davis – Ascenseur pour L’echafaud
「死刑台のエレベーター」といえばMiles Davis(マイルス・デイヴィス)のトランペット!
アメリカの音楽「ジャズ」を最初に映画に使ったのはなんと!フランスでした。 「死刑台のエレベーター」より先に封切られたのは1956年にロジェ・バデムが監督してFrancoise Arnoul(フランソワーズ・アルヌール)が主演した「Sait-on jamais(大運河)」があり、MJQ(the Modern Jazz Quartet)のモダンジャズが使われました。 「大運河」は単にアメリカの音源テープを編集したに過ぎませんでしたし、日本での封切りも「死刑台のエレベーター」の方が一足早かったのです。
☆パリのスタジオで真夜中にラッシュ・プリントを見ながらアドリブを加えたという伝説的な即興演奏、この画期的な方法もまさに音楽のヌーヴェルヴァーグ! とても即興とは思えないような全編を通した十曲の素晴らしいモダーン・ジャズで、「メイン・タイトル」、「エレベーターの中のジュリアン」、「夜警の巡回」そして「モテルの写真屋」などの曲がストーリーに沿ってシーンを盛り上げます。
1956年にはそれまでのクインテット(五重奏団)を解散しフランス公演中だったマイルス・デイヴィスは、この映画のためにテナーサックス奏者のBarney Wilen(バルネ・ウイラン)率いるオクテット(八重奏団)から4名を選んで自分のクインテットを編成しパリのスタジオで録音したそうです。
演奏メンバーはトランペットのマイルス・デイヴィスをはじめ、テナーサックスの(バルネウイラン)、ドラムのKenny Clarke(ケニー・クラーク、元オリジナルMJQのメンバー)、ピアノのRene Urtreger(ルネ・ウルトルジェ)、ベースのPierre Michelot(ピエール・ミシュロ)です。
☆”Temoin Dans La Ville(彼奴を殺せ)のテーマ”や”Besame Mucho(ベサメムーチョ)”など8曲を収録した1959年のアルバム「Barney(バーニー)」(ASIN: B000008A1C)が好評だったバルネ・ウイランのレコードや写真が見られるBarney Wilen story – BarneyWilen.com

Ascenseur pour L’echafaud Soundtrack
EPIC NS-6
Ascenseur pour L'echafaud Soundtrack左の画像は私が当時購入した45回転EPシングル盤のEPIC NS-6「死刑台のエレベーター」のサントラです。 パリでのビバップ時代のマイルスが一番好きな私が所有する2枚の「死刑台のエレベーター」のサントラはMiles Davis et son Quintete(マイルス・デヴィス五重奏団)の演奏ですが、二つとも絶盤です。(クリックで画像拡大可)
EPIC NS-6 「死刑台のエレベーター」
A面 Generique(ジェネリーク、”死刑台のエレベーター”のメインテーマ、又は絶望のブルース)
B面 Florence Sur Les Champs-Elysees(シャンゼリゼ・ブルース)
※ “Generique(ジェネリーク)”とは映画の冒頭にクレジットが流れる場面でのBGMを指しますがたいていの場合はその映画のテーマ曲となっていて全編通して使用されているようです。(日本語で知られているジェネリックという言葉はジェネリック医薬品で、特許が切れた医薬品を他の製薬会社が製造或は供給する後発医薬品だとか)

Ascenseur pour L’echafaud Soundtrack
Fontana 45pm STEREO SFON-3008
Ascenseur pour L'echafaud OST左の画像も私が当時購入したステレオ盤の45回転EPシングル盤のシネ・ジャズ・スーブニール -1- 「死刑台のエレベーター」のサウンド・トラック盤です。 画像は若いカップルのルイ役のジョルジュ・プージュリーとヴェロニカ役のヨリ・ベルタンです。
(クリックで画像拡大可)
「死刑台のエレベーター」 〜シネ・ジャズ・スーブニール(1)のA面はGenerique(ジェネリーク、テーマ、又は絶望のブルース)、L’assassinnat de Carala(カララの殺人)、Sur L’autoroute(ドライブウェイのスリル)
B面 Diner Au Motel(モーテルのディナー)これはトランペット、ベースとドラムのトリオ演奏、Chez le Photographe du Motel(モーテルの写真屋) ジャズ評論家の油井正一氏が解説すしています。
上記どうように国内盤で当時はサントラの全10曲を収録した「Ascenseur pour L’echafaud」の25センチ(10インチ)LP、EPIC NLP-3101もリリースされています。

マイルス・デヴィスの曲を聴くとあの場面が甦るサウンドトラック
Miles Davis-Ascenseur Pour L脱chafaudAscenseur Pour L’Echafaud (Lift To The Scaffold): Original Soundtrack
国内盤は2008年リリース盤で2800円ですが「死刑台のエレベーター」(ASIN: B0016I0AKK)のタイトル名で販売されています。
限定盤だった2005年にリリースされた「死刑台のエレベーター」[完全版](ASIN: B004Q84YJK)での曲目リスト全10曲
Generique(ジェネリーク、又はテーマ)
L’assassinnat de Carala(カララの殺人)
Sur L’autoroute(ドライヴウェイのスリル)
Julien Dans l’Ascenseur(エレベーターの中のジュリアン) ベースがドキドキ感を煽る曲
Florence Sur Les Champs-Elysees(シャンゼリゼを歩むフロランス)
Diner au Motel(モーテルのディナー)
Evasion de Julien(ジュリアンの脱出)
Visite du Vigile(夜警の見回り)
Bar du Petit Bac(プティバックの酒場にて)
Chez le Photographe du Motel(モーテルの写真屋)

Ascenseur pour l’echafaud DVD
ページトップの画像は1998年にリリースされた「Elevator to the Gallows」の輸入版VHS(英語字幕版)、右は2006年発売「死刑台のエレベーター」字幕版のDVDです。
☆日本語字幕版ブルーレイの「死刑台のエレベーター」が2012年に発売されました。
死刑台のエレベーター [Blu-ray]

下記の画像は1999年発売の「死刑台のエレベーター」のDVDですが、現在は入手困難になっているのでリンクは2009年発売のHDニューマスター版になっています。
ascenseur pour l'echafaud DVD死刑台のエレベーター【HDニューマスター版】

ジャンヌ・モローが歌うシャンソン
Jeanne Moreau chante très belles chansons
「Sorcerer(恐怖の報酬)」のWilliam Friedkin(ウィリアム・フリードキン)監督との再婚歴史があるジャンヌ・モローは2017年に89歳で亡くなりました。 2007年のアヴィニョン演劇祭でSamy Frey(サミー・フレイ)とドイツの戯曲化であるHeiner Müller(ハイナー・ミュラー)の1981年の二人芝居「Quartett(カルテット)」で公爵夫人のパートを朗読したJeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)ですが、 1962年のFrancois Truffaut(フランソワ・トリュフォー)監督の映画「Jules et Jim(突然炎のごとく)」の中でジャンヌ・モローがギターを弾きながらがBoris Bassiak(ボリス・バシアク)作詞作曲のLe Tourbillon(つむじ風)などのシャンソンを歌っています。

Jeanne Moreau CDJeanne Moreau CD
試聴はJeanne Moreau CD – CD Universe

ジャンヌ・モローの24曲入りアルバム「Le tourbillon」(ASIN: B0000084EB)からLes VoyagesやJuste un Fil de Soieなど12曲を収録した1999年リリースの輸入盤です。
Jeanne Chante JeanneJeanne Chante Jeanne
試聴はJeanne Chante Jeanne – Amazon.com

Audio-Visual Trivia内の音楽に特徴があるルイ・マル監督映画
ズビグニエフ・プレイスネルの音楽が使用された「ダメージ

Audio-Visual Trivia内のジャンヌ・モロー関連記
ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「」(1961年)
ロジェ・バデム監督の「危険な関係」(1960年)
Francois Truffaut(フランソワ・トリュフォー)

死刑台のエレベーター Ascenseur pour l’echafaud (1957)」への9件のフィードバック

  1. koukinobaabaさん、あけまして、おめでとうございます。
    お久しぶりでした。
    ヌーヴェルヴァーグ関連記事をアップしていますが、TBは停止中なのですね。残念。
    このジャジーな雰囲気はたまりませんよね。こういった映画に巡り会うと映画ファンでよかったなと思います。また、今年も素晴らしい作品に巡り会いたいです。
    では、
    本年もよろしくお願いします。

  2. トム(Tom5k)さん、スパム攻撃が激しいので現在はトラックバックは停止にしてしまいましたが、トラバしたい記事のURLはコメント内で、又は投稿者のURL欄で表示してくださいね。

  3. 『世にも怪奇な物語 第2話 影を殺した男(William Wilson)』③~ルイ・マルの作家主…

    ルイ・マル監督の代表作、それは映画史に残る傑作『死刑台のエレベーター』です。
     この作品で彼が目指したもの、それはロベール・ブレッソンの助監督をしてい…

  4. koukinobaabaさん、お久しぶりです。
    お元気でしょうか?
    しばらくの間ブログと無縁のところで生活しておりました。復帰したばかりですが、また、よろしくおねがいします。
    最近、続けてルイ・マル&ドロンの記事を更新しました。TBしたんですけど反映されますかね?
    YOU TUBEの映像、かっこいいですねえ。
    では、また。

  5. トム(Tom5k)さん、お待ちしていました!半年以上ブログが更新されていないと見直ししている時にリンクを削除することもありますが「時代の情景」はちゃんと残してありましたよ。常連の方々もきっと喜んでいると思います。ゆっくりでも長く続けて下さいね。

  6. マイルスのペットと共にあの頃が甦りました。当時、宇宙船にも思えた300SLの走るシーンを観るため何度も映画館に通ったものです。この50年代のドリームカーも今では友人が所有し、その当時ライバルだった英国車を私も日常的に走らせられる時代。私の車愛好の原点になった映画でした。また、エレベーターの中で使われたライターも憧れでした。当時、まだデュポンやカランダッシュは知られていなかったのでダンヒルだと思いましたがデュポンだったのでしょうね?ライターと言えば「地下室のメロディ」で富豪の御曹司を装ったドロンが手にしたライターを御婦人が手に取り「本物ね」と信用させるカジノのシーンも印象的でしたね。これら映画が日本でのブランド志向の始まりだった様に思えるのですが・・・。

  7. 「pepe-k」さん、早速こちらにもいらして下さってありがとうございます。
    タブローも自動車が多いとお見受けしましたが大分お好きなようですね。私は車もライターも全く知識がありませんし、ブランド志向でもないので小道具には頓着がありませんが、映画音楽やファッションには興味がありました。
    お暇な折には一服代わりに記事をみにいらして下さい。

  8. ”死刑台のエレベーター”は私にとってはあまりにも過去のことで見に行ったのかが
    ??朧で、もう高齢ですので、ですが、
    音の素晴らしさは脳の底にこびりついていて西部劇の”見殺しの唄”とごたまぜにはなっていましたが、今聞いてもナント斬新なシックでそのたび夢遊病のように心の淵に沈みこんでしびれきって聞いています。トラックバックの解説すばらしいですね、引き込まれました。

  9. 懐かしい1959年の西部劇「Rio Bravo(リオ・ブラボー)」のテーマ曲である”El Degüello(皆殺しの歌)”も哀愁を帯びたMannie Klein(マニー・クライン)のトランペットでした。

コメントは受け付けていません。