イヴェット・ミミュー Yvette Mimieux

Yvette Mimieux in Wetsuit
Yvette Mimieux in Scuba Diving Wetsuit
Yvette Mimieux2  Yvette Mimieux1
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Yvette Mimieux
1942年にロスアンジェルスのハリウッドで生まれてフランス人の父とメキシコ人の母を持つイヴェット・ミミューはMGM映画からのデビュー当時に日本ではイベット・ミメオと呼ばれていました。 ミメオでもミミューでも可憐な印象を受ける名前だし、おとなしくてか弱そうで、ため息が出るほど可愛いイヴェット・ミミューだったので妖精のようにファンタジックな純情少女アイドル路線で行くと思ったのですが、予想に反して自身でも脚本を手掛けた1974年のテレビシリーズの”Hit Lady(悪党列伝!ヒット・レディ/白い肌の殺人マシン)”の刺客のように露出したボディを強調するセクシー路線に行ってしまいました。 恐らくタイプ・キャスト(型にはめられる)が嫌だったのでしょう。

「ヒット・レディ」でファッショナブルな女アサシン(刺客)のAngela de Vries(アンジェラ)を演じた赤いビキニ姿のイヴェット・ミミューの写真が見られるHit Lady Photos – CineMorgue.com
Yvette Mimieux in Hit Lady 1 – YouTube
Yvette Mimieux in Hit Lady 2 – YouTube
スタイル抜群で金髪、ヨーロッパ風の顔立ちのイヴェット・ミミューはミスコン出身でモデルとなり1959年にはMGM映画と契約しました。 何本かのヒット作品に出演した後、自分の出演する作品の脚本を手掛けただけでなく人類学の分野やビジネスでも成功したという賢い女優です。 1949年のOn the Town(踊る大紐育(踊るニューヨーク))や1952年のSingin’ in the Rain(雨に唄えば)などたくさんの人気映画を監督したStanley Donen(スタンリー・ドーネン)と1972年に結婚して4人目の妻となり13年生活を共にしましたが、献身的に尽くしたイヴェット・ミミューはスタンリー・ドーネンが最も愛した女性だと云われています。
華奢に見えるイヴェット・ミミューですが公表サイズは身長163cm、体重48.5kg、バスト86cm、ウエスト54.4cm、ヒップ89cmだそうで、サーフィン以外にもAcrobic YOGA(ヨガ)でも鍛えたかなりマッチョな体形です。 有名ファッション誌のHarper’s Bazar(ハーパーバザール)から1995年版の”Harper’s Bazaar Yoga Workout With Yvette Mimieux”などヨガの本をいくつか出していますが、他の1冊が見られるAerobic Yoga – SuperiorMartialArts.com
「タイムマシン」からヨガのレオタード姿までイヴェット・ミミューの写真が見られるYvette Mimieux Photos – BittenandBound.com(Next Image »をクリック)

Yvette Mimieux Filmography
Yvette Mimieux4

H.G. Wells’ The Time Machine 1960年
The Time Machine私が最初に観たイヴェット・ミミューの映画は1960年の「ボーイ・ハント」ですが、同年に制作された「タイム・マシン 80万年後の世界へ」が先に日本映画デビューだそうです。 「タイム・マシン」は英国作家のH.G. Wells(H・G・ウェルズ)が1895年に書いたSF小説のをSF特撮映画を手掛けたGeorge Pál(ジョージ・パル)監督が映画化しました。 時には「タイム・マシン」はRoger Vadim(ロジェ・ヴァディム)が監督した1967年の「Barbarella(バーバレラ)」と比較されることがあるそうです。(全く全く異なります)
1956年の「Giant(ジャイアンツ)」にヒロインの妹と結婚するデヴィッド氏を演じたMGMスターのRod Taylor(ロッド・テイラー)がタイム・マシンの発明者のH. George Wells(ウェルズ)を演じて有名になった映画です。 人間の末裔であるEloi(イーロイ又はエロイ)と野蛮な食人種族のMorlocks(モーロック)の辺りがちょっと1968年の「Planet of the Apes(猿の惑星)」みたいですが、映画「猿の惑星」の原作はフランスのPierre Boulle(ピエール・ブール)が書いた1963年の「La Planète des singes(猿の惑星)」だそうです。 キングコングと金髪美人の例に倣ってか、美女と野獣の取り合わせが観客の興味を引いたSF映画です。 可憐な美女が食人族のモーロックスの餌食になりそうでハラハラさせられます。 内容は理論的ではありませんが、今でも最後まで引きずり込まれるストーリーです。
上記の画像は2009年リリースの日本語字幕版DVD「タイム・マシン 特別版」ですが現在入手困難となっています。 この他にはVHSとして日本語字幕版の「タイム・マシン」や「タイム・マシン―80万年後の世界へ」とか、輸入版のTime Machine (1960)などがあります。

The Time Machine Synopsis
H・G・ウェルズの原作を映画化した「タイム・マシン」のあらすじ

以下のストーリーは大いにネタバレですからこれからDVDを観ようとする方は読まない方がよけい楽しめます。
さて、1899年の大晦日、場所はロンドン、ロッド・テイラーが演じるジョージが友人の博士たちを晩餐会に招待したが主は現れず家中の時計が夜の8時を告げると召使はジョージは数日戻らないこともあるからと夕食を始めることを促した。 その時、突然ボロボロのジョージが現れた。 驚く友人たちと現在は3次元だが4次元(異次元)とは何かの議論を戦わす。 時空を超越する証明しようとジョージはテーブルの上に置かれた箱を開けて自身が発明したタイム・マシンを取り出す。 それはパラボナ付きのソリのような美しい細工ものだった。 しかし本物の大きなモデルは過去と未来を往復するタイムマシンであると、友人の葉巻を使って100年後に旅する実験して見せたのだ。 当然のことだが、友人たちには手品師のマジックだと思われてしまいデビッドだけが残ってくれたが、命の危険をもたらすからと本物のタイムマシーンを破壊するように勧めるのだった。 カレンダーの1月5日に晩餐会とメモをするとジョージは実物大のアンティーク調のタイムマシンに乗り込んだ。 ジョージはそのタイムマシンで1899年の12月31日のロンドンから時間を超越して1900年の1月へ、そして1917年に飛んだところで何かが起きたので止めた。 するとジョージの家は蜘蛛の巣とホコリだらけ、封鎖されている家を出ると何と馬車の変わりに自動車が走っている。 つまりジョージは浦島太郎になったわけです。 なんてこった!とジョージは再びタイムマシンに乗り込んで未来に向かってさらに先に進んでいったのでした。 するとジョージの家はぶっ飛び、世界大戦、空飛ぶ機械、高層ビル、そして1966年に着くと火山噴火状態となり町は溶岩に流されていく、慌ててタイムマシンに飛び乗って岩に閉ざされた暗黒の暗闇をさらに逆のぼること紀元80万年2701年へと飛んだ。

やっと開けた、戦争もなく周りは天国のごとく穏やかな風景、と思ってタイムマシンを止めるジョージ。  当然そこにはもはやロンドンの面影はないし、ジョージの家らしきものもない。 世にも珍しい花々や果実が一杯のこのパラダイスには不思議な建物があった。 鬱蒼とした森を彷徨い出ると楽しそうな人々の声が聞えたのだ。 女がいっぱい、これは男の天国じゃとにんまりしたジョージが仲間に入ろうとした時、激流に流され溺れかけている女の悲鳴が聞えた。 しかし不思議なことに誰も手を貸そうとしない。 ジョージが助けたのはWeena(ウィーナ)という美しい娘、これがイヴェット・ミミューです。 助かったのにウィーナは何の感情も表さずに去って行ったが、後でジョージの上着を返しにきた。 ウィーナは言葉は通じるが読み書きはできないようだ。 暗くなると先ほどの不思議な建物に入って飲み食いするらしい。 話を聞いてみるとここには政府も法律も無く、誰も働かないのに着物も食べ物もあるのだ。 本があるというので見せてもらったがページをめくるまでもなく塵となってしまった。 なんという未来なんだ! 怒ったジョージが森に戻るとタイムマシンが無い! そこはずっとずっと前にはジョージの家があった場所、どうやら鉄の扉の向こうに引っ張っていかれたようだ。 これは何だと見上げればなんとも奇妙な偶像が聳えている。 ん?後ろで何かが動いたぞと良く見ようとマッチをすったら消え失せてしまった。 そこにやってきたウィーナから扉を開けられるのはモーロックスだけだと聞かされる。 イロイに着物や食べ物をくれるそうだがモーロックスとはなにものだ? 子供のように夜が怖いウィーナを説き伏せて焚き火をするジョージ。 その時ウィーナが何者かに連れ去られそうになったのを辛うじて阻止した。 誰も学ぶことを知らないイロイは過去も未来もなく年も取りらない、ウィーナは火さえ知らない。

翌朝野原を行くと古井戸のような不思議な穴をいくつも見た。 中から機械のような異様な音が聞えてくる。 しゃべる輪が存在することをウィーナに教えられてまるでエジプトの墓のような場所に行くとテーブルの上に腕輪のような輪があった。 その輪をコマのように回すとそのしゃべる輪がこの恐怖の世界のなりゆきを話した。 リングはいわばカセットテープのような記憶装置らしく、冷戦後至急環境の悪化に伴い80万年後の人間のなれの果てで地上で生活するイロイは緑色の肌をした地下に住むモーロックスに隷属し、彼らに飼われた餌だということが判明した。 意を決したジョージは例の穴に一人入っていこうとしたが、サイレンが鳴り渡ると夢遊病者のように歩いていくウィーナの後を追った。 食べ物があったあの建物からもイロイが吸い寄せられるようにサイレンの方に向かっていく。 あの偶像の周りに槍のような柱がせりあがり、鉄の扉が開かれイロイを飲み込んでいく。 あの槍のような柱が引っ込むとウィーナが入ったところで鉄の扉が閉じてしまいジョージは締め出されてしまった。 この扉に入った者は誰も戻ってはこないとイロイは話す。 誰もこれを止めようとしないなら俺がやる!とジョージは広場のあの穴に降り立った。 手作りの松明を手に奥へと進む。 このシーンはIndiana Jones(インディ・ジョーンズ)みたい。 するとジョージはイロイの運命を目の当たりにする。 Cannibalism(人肉食)! その時激しく鞭打つ音が聞こえてモーロックスがイロイを追い立てている。 その列にウィーナを見つけたジョージは目を覚ませ!と救い出すが光る目玉の緑色だが雪男のようなモーロックスたちが迫ってくる。 マッチだ!ジョージは松明に火を点けると闘った。 多勢に無勢、旗色の悪いジョージ、しかし今まで考えることをしなかったイロイがジョージを助けるべく立ち上がったのだ。 洞窟に火を放つとイロイを連れて逃げるジョージ。 穴から這い出るイロイに他のイロイが手を差し伸べた。 皆で穴に枯れ木を投げ込むと噴火山のように次々と爆発してそこら一帯はう埋もれてしまった。

さて、ジョージの時代に戻ってしまえばウィーナのような可愛い子はいないがさりとてここに留まるわけにはいかない。 そこにイロイが駆けつけてアレをご覧と指さす彼方を見れば、なんとあの像が燃え上がって鉄の扉が開いているのだ。 そこにはジョージのタイムマシンが見えた。 嬉や!ウィーナも一緒にタイムトリップだと呼んだ時には無情にも鉄の扉は閉まってしまった。 奥から現れたモーロックスと闘いながらもジョージはタイムマシンのレバーを引く。 グィーン! みるみるモーロックスは白骨化していく。 おっとっと、先に行っちゃ駄目だ、引き戻して過去に戻らねば。 グィーン、1909年、もうすぐだ。 1900年だ。 出発してから年を越して数週間経っている。 ジョージの家はあった。 入っていくと元通り。 そしてそこに友人たちと酒をのんでいるボロボロのジョージがいた。 今までの体験談を話してその証拠にとウィーナがくれた花をデビッドにプレゼントする。 確かにその花はこの冬の時期には絶対に咲かないのだ。 他の友人たちを見送ってデビットががジョージの家に戻ると、裏庭ではジョージがタイムマシンを室内に引き摺り込んでいるところだった。 デビッドが部屋に突入した時は既に遅し、ジョージは再びタイムマシンの人となって消え去っていた。 庭に続くタイムマシンの後を見たデビットだけがジョージの話を理解したのだった。 イロイのところに何かを持って行ったに違いないと探してみると本棚の本が3冊失せていた。 いったい何の本だろう。
☆愉快だったのはジョージの家の前にあるショーウィンドーのマネキンの衣裳が時間の経過とともに変わるシーンでした。
The Time Machine Trailer – YouTube

「タイムマシン」はイヴェット・ミミューが出演したSF映画としてはトップクラスの人気ですが、同じくイヴェット・ミミューが1979年に出演したSF映画のThe Black Hole(ブラックホール)は監督はTVシリーズのGet Smart(それ行けスマート)のGary Nelson(ゲイリー・ネルソン)で音楽が007(James Bond)シリーズのJohn Barry(ジョン・バリー)なんですが最下位なんだそうです。(私は未見なのでなんとも言えません) 「ブラックホール」にはThe Young Lions(若き獅子たち)のMaximilian Schell(マクシミリアン・シェル)とGreen Mansions(緑の館)のAnthony Perkins(アンソニー・パーキンス)も出演しています。 日本では未公開でしたが、ジョージ・パルが1962年に監督したその続編のような「The Light in the Piazza」にもイヴェット・ミミューが精神的に問題のある少女の役で出演しましたが、なぜか主役はイギリス女優のJoan Fontaine(ジョーン・フォンテイン)の姉のOlivia de Havilland(オリヴィア・デ・ハヴィランド)でした。

Where The Boys Are 1960年
Where The Boys Are私が最初に観たイヴェット・ミミューの出演映画はHenry Levin(ヘンリー・レヴィン)が監督した1960年のWhere The Boys Are(ボーイ・ハント)という青春映画で、Connie Francis(コニーフランシス)が日本語でも「私の大好きな やさしい面影 夢見るひとみよ 今頃あの人は 町から町へと さまよい歩くのか」と歌った主題歌は大ヒットしました。 当時人気ポップス歌手だったコニーフランシスの映画を観に行ったら可愛いイヴェット・ミミューを見つけたという次第です。 キャラが全く違う4人の女学生が2週間の長期春休みにロマンスを求めてフロリダで過ごすという内容の映画です。 出演者はその後監督は違いますが「ボーイ・ハント」の続編的コニーフランシス映画の「Looking For Love(ハートでキッス)」にも出演したGeorge Hamilton(ジョージ・ハミルトン)とJim Hutton(ジム・ハットン)とPaula Prentiss(ポーラ・プレンティス)、そしてエルヴィス・ガールのDolores Hart(ドロレス・ハート)など若手俳優女優陣が出演した他愛の無い映画でしたが、セックスと愛をとっ違えた挙句、集団レイプ事件に巻き込まれそうになって一番同情を買ったMelanie(メラニー)を演じたイヴェット・ミミューは他のキャピキャピの女優と比べてその可憐さが特出していました。 のっぽで有名なポーラ・プレンティスは「ボーイ・ハント」がデビュー映画だそうですがその後1964年にロマコメ王のRock Hudson(ロック・ハドソン)が主演するからと「Man’s Favorite Sport?(男性の好きなスポーツ)」を劇場鑑賞しました。 男勝りのポーラがハドソンを喰っていてHoward Hawks(ハワード・ホークス)映画としては軽妙過ぎて何だかな?の感もあった。 「ボーイハント」の音楽はGeorge Stoll(ジョージ・ストール)ですが、Neil Sedakag(ニール・セダカ)が作曲してコニーフランシスが歌ったヒット曲の”Where the Boys Are”がテーマ曲となり、コニーフランシスの売り出し映画のようでもありました。 当時はまだまだ発展途上国的な日本から見るとなんとも車社会やファストフードをはじめ豪華なアメリカを感じさせた映画でしたが、私はなぜかホットドッグにケチャップをふんだんにぶっ掛けるシーンを覚えています。(フィフティーズはハンバーガーではないのです) そして、コニーフランシスですが、1974年に仰天ニュースが届きました。 そのレイプ事件に続いて起きた弟の射殺事件以降コニーは神経が参ってしまい何年も歌えませんでした。(コニーはイタリア系だからマフィアにでも狙われたんでしょうか)
Where The Boys Are Trailer – YouTube
上記の画像は英語版輸入VHSですが輸入DVDの「Where The Boys Are」もあります。


4 Horsemen of the Apocalypse  1961年
Yvette Mimieux in four Horsemen of the Apocalypse「The Four Horsemen of the Apocalypse(黙示録の四騎士)」は1959年の「Home from the Hill (肉体の遺産)」を監督したVincente Minnelli(ヴィンセント・ミネリ)の大河ドラマですが、サイレント映画時代ので1921年にRudolph Valentino(ルドルフ・ヴァレンチノ)主演映画化されたVicente Blasco Ibanez(ヴィセンテ・ブラスコ・イバニェス)の原作を元にしたリメイクの戦争メロドラマです。 リメイク版の方では第二次世界大戦を挟んで義兄弟の契りをかわした親の息子たち、つまりいとこ同士が敵味方として闘うことになるという悲劇で、ドイツ人とフランス人両親を持ったそれぞれの家族の運命を描いています。 この映画ではカットされずにちゃんとイヴェット・ミミューが登場しています。 南米のアルゼンチンで移民の地主の二人の娘たちがそれぞれドイツ人のカールとCharles Boyer(シャルル・ボワイエ)が演じるフランス人のマルセロと結婚して夫たちが義兄弟となったことが残酷な結果を生むのです。 第二次世界大戦の勃発にともない祖国がドイツでヒットラーを支持するカールとフランスが祖国のマルセロ両家はしっくりいかなくなり、ドイツに帰ったカールは軍人にその息子はナチの高官となり、一方、マルセルはアルゼンチンの市民権を得たもののGlenn Ford(グレン・フォード)が演じる息子のフリオとイヴェット・ミミューが演じる娘のChichi(チチ)と共に祖国に帰ったのです。 ここで舞台はアルゼンチンからパリに移ります。 第二次世界大戦のパリにはドイツの占領軍指揮官としてカールが駐在していたのです。 フランス人のマルセロの息子で遊び人のフリオは、Ingrid Thulin(イングリッド・チューリン)が演じるナチスに対抗して捕らわれたEtienne Laurier(エティエンヌ)の若い美人妻と関係を持っていたのですが最後にはナチスと闘う決心をします。 一方、マルセロの娘のチチは人間の尊厳のためにと地下抵抗運動に参加してゲシュタボに拷問され非業の死を遂げます。

Revelation of John(新約聖書の最後にあるヨハネの黙示録)のFour Horsemen of the Apocalypse(四騎士)を題材に人間の悪といわれるConquest(征服、獣)、War(戦、剣)、Famine(疫、飢饉)、Death(死)の四騎士を書いた原作者のスペインの作家であるヴィセンテ・ブラスコ・イバニェスは1922年と1941年に映画化されたRita Hayworth(リタ・ヘイワース)の「Blood and Sand(血と砂)」の作者として知られています。
Eileen Wilson(アイリーン・ウィルソン)が歌った”Mine For the Moment”などの音楽はAndre Previn(アンドレ・プレヴィン)の作曲です。 アンドレ・プレヴィンは1956年のThe Fastest Gun Alive(必殺の一弾)や1960年のThe Subterraneans(地下街の住人)など1950年代から1970年代まで映画音楽を手掛けているユダヤ系の音楽家で、音楽活動の初期にはビバップに傾倒したが本来はクラシックのピアニストです。
MGM Studio Orchestraが演奏るう33曲が収録されたアンドレ・プレヴィン音楽のサウンドトラックは「The 4 Horsemen of the Apocalypse [Original Motion Picture Soundtrack]がありますが、どこにも試聴が無いので”Mine For the Moment”がアイリーン・ウィルソンのボーカルバージョンが収録されているかどうかは不明です。
日本で発売されているイヴェット・ミミューの「黙示録の四騎士」のビデオは英語の輸入版のVHS「4 Horsemen of the Apocalypse」だけです。

The Wonderful World Of The Brothers Grimm 1962年
Wonderful World Of The Brothers Grimm妖精のように可愛いイヴェット・ミミューにピッタリのファンタジー映画といえば「ボーイハント」のヘンリー・レヴィンが監督し、「タイムマシン」のジョージ・パルがプロデュースした「不思議な世界の物語」でしょう。(画像をクリック!) この19世紀初頭に童話(民話)を編纂したThe Brothers Grimm(グリム兄弟)の伝記映画ではCG無き時代の特撮アニメで御伽の世界を描いています。 イヴェット・ミミューが登場するのはその4話のうちの弟のウィルヘルムが語るThe Dancing Princess(踊るお姫さま)のエピソードで前年に「ウエスト・サイド物語」で有名になったRuss Tamblyn(ラス・タンブリン)と共演しています。 ラス・タンブリンが演じた木こりはジプシーに貰った透明マントでプリンセスの秘密っを探ったのです。 他のエピソードの”The Cobbler and the Elves(くつ直しと小妖精)”など全編に弟のWilhelm Karl Grimm(ヴィルヘルム)役のLaurence Harvey(ローレンス・ハーヴェイ)が出演する他、Claire Bloom(クレア・ブルーム)やKarlheinz Böhm(カール・ベーム)が演じる兄のJakob Ludwig Grimm(ヤーコブ)と恋仲になるBarbara Eden(バーバラ・イーデン)などが出演しています。他のエピソードには宝石の竜退治の”The Singing Bone(歌う白骨)”のエピソードもあります。
Wonderful World Of The Brothers Grimm Trailer – YouTube
The Dancing Princess by Jacob and Wilhelm Grimm
1987年にRoboCop(ロボコップ)で有名になったPeter Weller(ピーター・ウェラー)が第一話で兵隊を演じた1982年のTVシリーズ「Faerie Tale Theatre – The Dancing Princesses(フェアリー・テール・シアター/おどるお姫さま)」を観ましたが、原作では、鍵の掛かった部屋で寝ているお姫様の靴が毎晩靴の底に穴が空くのを不思議に思った王様が国中に御触れを出した。 謎を解いた者には姫を嫁に取らせ王様亡き後は位を授けると。 しかし3日以内に成功しなければ首切りの刑を処するという過酷な条件でした。 何人もの王子様が失敗して命を失くしましたが、その後にやってきた年取った兵隊が森の老婆の忠告を聞いて姫が運んできた飲み物を飲まずに寝たふりをしたのでした。 そしてお姫さまが出て行くとあの老婆に貰った姿を隠すマントを身に着けるとその後をつけたのでした。
その先どうなったか知りたい方はDancing Princess in Grimms’ Fairy Tales – The Twelve Dancing Princesses – LiteraturePage.com(英語のサイト、右下のNext: Chapter 9 (continued)を次々クリック)
「不思議な世界の物語」の音楽はLeigh Harline(リー・ハーライン)ですが”Dancing Princess”などの歌はBob Merrill(ボブ・メリル)の作詞作曲だそうです。 ボブ・メリルはRosemary Clooney(ローズマリー・クルーニー)の大ヒット曲である”Mambo Italiano”を作ったとして有名です。 リー・ハーラインは「ボーイハント」の続編のようにジム・ハットンとポーラ・プレンティスののっぽコンビが出演した1961年の「The Honeymoon Machine(ガールハント)」の音楽も担当しました。 「ガールハント」にはコメディ映画への出演は少ないSteve McQueen(スティーヴ・マックィーン)が主演しています。 一方、ボブ・メリルはEileen Barton(アイリーン・バートン)の”If I Knew You Were Comin’ I’d’ve Baked a Cake”、Jimmie Rodgers(ジミー・ロジャース)の”Honeycomb”、”Mambo Italiano”、”How Much Is That Doggie In The Window?”などの,ヒット曲で有名です。
「不思議な世界の物語」のDVDは輸入の英語版「The Wonderful World of the Brothers Grimm [DVD] [Import] (1962)」、VHSは「The Wonderful World of the Brothers Grimm [VHS] [Import] (1962)」しかありませんが、Laser Discだと日本語ワイド字幕版の「不思議な世界の物語」(ASIN: B00005L1RN)が見つかります。

Diamond Head 1963年
Diamond Head_1Diamond Head_2文芸名作映画が多かったGuy Green(ガイ・グリーン)監督がPeter Gilman(ピーター・ギルマン)の小説”Such Sweet Thunder”を映画化したハリウッド映画です。 Charlton Heston(チャールトン・ヘストン)という大物俳優が出演したこともあり「ダイアモンド・ヘッド」はかなりのメジャーヒットとなりました。 パイナップル農園主の妹スローンを演じたイヴェット・ミミューの他の出演者には、長いことバックダンサーだったが1961年のWest Side Story(ウエスト・サイド物語)で大ブレイクしたGeorge Chakiris(ジョージ・チャキリス)がスローンのボーイフレンドの兄で出演、1955年のSouth Pacific(南太平洋)で話題になったFrance Nuyen(フランス・ニュイエン)が中国系の愛人、そして青春映画のアイドルスターだったJames Darren(ジェームズ・ダーレン)がスローンの恋人ポール役などで出演しています。 ハワイの地名を有名にした映画「ダイアモンド・ヘッド」はプランテーションの農園主の人種偏見をテーマにしています。

エリートながらも中国人の愛人を囲い、身篭ると闇に葬ろうとする立身出世だけが願望の白人至上主義の男でしたが、頑固で反抗的だが可愛い自分の妹の恋人が意に反して原住民の使用人の息子と知って仲を裂こうと画策します。 高圧的な兄への当て付けもあり身近にいた青年を恋人だと宣言をしたスローンでしたが真実の愛を確信したのでした。 死に損のポールです。 しかし農園主も最後は全ては自分の思い通りにはならないことを悟るというストーリーです。 ちょっと遅かったかも。 金や権力では愛も幸せも得ることはできないのです。
音楽は映画音楽を手掛け始めたJohn Williams(ジョン・ウィリアムズ)で、この後は1966年のHow to Steal a Million(おしゃれ泥棒)をはじめ、Star Wars(スター・ウォーズ)リシーズやHarry Potter(ハリー・ポッター)シリーズから2006年のMemoirs of a Geisha(SAYURI)までと多岐に渡る作品の音楽を担当しています。
上記の画像は国内版ダイヤモンド・ヘッド [DVD]です。

Dr. Kildare – Tyger Tyger 1964年
Tyger Tyger私は1960年代当時流行った医者ものシリーズで”♂♀* †、そして ∞(永遠)”のオープニングがユニークだった「Ben Casey(ベン・ケーシー)」と共に「Dr. James Kildare(ドクター・キルディア)」も観ていました。 敏腕脳外科医である毛むくじゃらのベン・ケーシーとは違ってニューヨーク病院の初々しい見習い医師のジム・キルディア先生を歌手でもあるRichard Chamberlain(リチャード・チェンバレン)が演じていました。(ツルンとしたハンサムで男性にも好かれそう!) 22歳のイヴェット・ミミューが2エピソードでゲスト出演していますが、キルディア先生が思いを寄せる患者のPat Holmes(パット)役で出演したこの3シーズンの16話の”Tyger Tyger” が一番人気だそうです。 サーフィン中に意識不明となりサーフボードから転落して溺れかけ病院に搬送される脳腫瘍の末期症状の患者です。 てんかん発作を起す危険のあるパットは永遠にサーフィンを禁じられただけでなく運転も興奮することも危険なのです。 しかしサーフィン仲間から「タイガー!」と電話があり海に出てしまいます。 白目をむいて倒れる発作を何度も熱演したイヴェット・ミミューは前半と後半にタイガー(波?)模様のビキニ姿でサーフィンをするシーンがあります。(波乗りは多分スタントウーマン) タイトルになっているタイガーとはドラマの中でも言及しているように有名な詩から取られたと思うのですが、サーフィンに最適な大波のことなのかヒロインのニックネームなのかが分りません。 「A Streetcar Named Desire(欲望という名の電車)」や「I Want to Live!(私は死にたくない!)」のヒロインたちのように、一般には吠え立てる人をタイガーと呼ぶみたいです。
Yvette Mimieux and Richard Chamberlain Photos (Joy in the Morning – 1965) – YouTube
ライフの表紙に載ったイヴェット・ミミューのサーフィン姿が見られる雑誌の表紙画像はLife Magazine October 25, 1963 – Lordoftheflies.org(Mimieuxでページ検索、下の方)
この後、イヴェット・ミミューは同年1964年にコニー・フランシス とジム・ハットン が出演した「Looking for Love(ハートでキッス)」では大勢のゲストスターと共に本人役で出ていましたがこのあたりで可愛いイヴェット・ミミューは終わりです。

Tyger Tyger Burning Bright” is from William Blake’s famous poem.
英国の詩人であるウィリアム・ブレイク( 1757年 – 1827年)はビートニク詩人をはじめミュージシャンやアーティストたちに影響を与え、詩集のThe Songs of Innocence and of Experience(無垢と経験のうた)の一遍の”Tyger Tyger”はアメリカの作家のAlfred Bester(アルフレッド・ベスター)が1956年に発表したSF長編詩「Tiger! Tiger!(虎よ、虎よ!)の基となったとか。

Jackson County Jail 1976年
Yvette Mimieux in Prison Movie Jackson County Jailイヴェット・ミミューがTuesday Weld(チューズディ・ウエルド)のように60年代のセックスシンボルと呼ばれていたとは知りませんでしたが、「Men in Black(メン・イン・ブラック)」などに出演し今や大物俳優のTommy Lee Jones(トミー・リー・ジョーンズ)が初期に囚人役で出演したB級映画の「ジャクソン・ジェイル」では不当に刑務所に入れられた広告代理店役員の女性”Dinah Hunter(ダイナ・ハンター)”を演じています。 イヴェット・ミミューが以前のようにレイプされても泣き寝入りなどせず闘う女となった映画です。 そういえば、娘の復讐をする父親を描いた1972年の「The Last House on the Left (鮮血の美学)」、妹まで手にかけた教師に復讐する美人モデルを描いた1976年の「Lipstick(リップスティック)」、作家の女性が複数の男たちに陵辱されて復讐する1978年の実録もの「I Spit on Your Grave(発情アニマル)」など、なぜか70年代にはレイプ復讐(リベンジ)が多かったかも。
100倍返し!

さて、「ジャクソン・ジェイル」では恋人に裏切られたダイナは新しい人生を始めようとニューヨークに向かう途中で拾ったヒッチハイカーに殴られて車も盗られ見知らぬ西部の町に残されてしまうのです。 そこで警察に救いを求めても身に覚えの無い罪で投獄されると異常な看守にさらに殴られて暴行される凄惨な状況となります。 警察に助けを求めたのに不当な暴行を受けた普通の女性がどうなるか。 ホラー映画の巨匠であるRoger Corman(ロジョー・コーマン)が製作総指揮、オリジナル同様にマイケル・ミラーの監督によるリメイクのTV映画で1978年のOutside Chance(犯されて…)では「ジャクソン・ジェイル」で存在感大だったトミー・リー・ジョーンズは出ていませんがイヴェット・ミミューは主演しています。 そのトミー・リー・ジョーンズは1997年の火山パニック映画の「Volcano(ボルケーノ)」では女囚ではなくロスアンジェルスの町を流れる溶岩の脅威から救います。
オリジナルの「ジャクソン・ジェイル」はレイプとヌードの女囚もののカルト映画になったとか。 シチュエーションは違うしヒロインがズベ公ではないのですが日本でいえばKill Bill(キル・ビル)を監督する時にのQuentin Tarantino(クエンティン・タランティーノ)監督が参考にしたという梶芽衣子の女囚復讐劇のようなものでしょうか。(かなり違うけれど) ちなみに「ジャクソン・ジェイル」の後、1976年にイヴェット・ミミューはテレビドラマの「Bell, Book and Candle(媚薬)」に出演して、映画ではKim Novak(キム・ノヴァク)が演じた魔女のジリアン役を演じています。
イヴェット・ミミューがバイオレンスに立ち向かう「ジャクソン・ジェイル」のトレーラー が観られるJackson County Jail Trailer – VideoDetective
上記の画像は現在でも大人気でヴィンテージ価格となってしまった1996年リリース英語版VHSビデオのJackson County Jail [VHS] [Import]ですが、DVDで「ジャクソン・ジェイル」を検索するとマーケットプレイスで2000円代の商品が見つかります。 アメリカのAmazon.omではRegion 1ですがDVDのJackson County Jailが15ドルから20ドル位で見つかります。
※ちなみに「ジャクソン・ジェイル」は1997年にVictoria Muspratt(ヴィクトリア・マスプラット)監督が脚本も手掛けて「Macon County Jail」としてリメイクしました。 日本では全く情報はありませんが脚本は「ジャクソン・ジェイル」と同じ原作者のDonald Stewart(ドナルド・スチュワート)で、イヴェット・ミミューの役は「St. Elmo’s Fire(セント・エルモス・ファイアー)」のAlly Sheedy(アリー・シーディ)が演じ、Tommy Lee Jones(トミー・リー・ジョーンズ)の役はKill Bill: Vol. 2(キルビル2)のDavid Carradine(デヴィッド・キャラダイン)が演じています。

Home from the Hill 1959年
「肉体の遺産」はWilliam Humphrey(ウィリアム・ハンフリー)が書いた同名の原作をVincente Minnelli(ヴィンセント・ミネリ)監督が映画化した南部ものメロドラマです。 テキサス一の大富豪で権力者で女たらしのWade Hunnicutt(ウエイド)をRobert Mitchum(ロバート・ミッチャム)が演じ、そんな夫に嫌悪感を抱く新妻には1950年に「Caged(女囚の掟)」で丸坊主にされた美貌のEleanor Parker(エリノア・パーカー、昔はエレノア・パーカー)です。(「黄金の腕 」や「サウンド・オブ・ミュージック」などに出演、2013年に逝去) この夫婦の息子を演じたのがGeorge Hamilton(ジョージ・ハミルトン)でママの言いなりだったのですが成人するとキャプテン・パパが支配するようになり、George Peppard(ジョージ・ペパード)が演じる敷地内に住むパパの忠実な部下、実は父の婚外の息子であるRafeの監視下に置かれます。 そんな息子もLuana Patten(ルアナ・パットン)が演じる地元の女の子Libbyと恋に落ちることによりそのことから両親の仮面夫婦の秘密を知ることになるのです。 なぜリビーの父親が賛成してくれないかも。 そして皮肉なことに父嫌う息子なのに父と同じ行動を取ってしまうのです。 血筋なのでしょうか。 しかし過去を知っているリビーの父親は勘違い復讐を遂行することになります。
Yvette Mimieux in Home from the Hill Trailer – Turner Classic Movies

1959年のMGM映画「肉体の遺産」にはその年にMGMと契約したイヴェット・ミミューが初めてお目見えする筈だったのですが公開された時点ではカットされたそうです。 その理由は不明でデータベースにも予告編にもイヴェット・ミミューの名前が見つからないのです。 キャスティングされていた証拠になるかどうか定かではありませんが、「肉体の遺産」に出演したルアナ・パットンとイヴェット・ミミューとジョージ・ハミルトンの写真が見られるGeorge Hamilton looks back in memoir – GoMemphis.com(左下) イヴェット・ミミュー同様にMGM映画と契約していた俳優のリチャード・チェンバレンは出演していませんが、ジョージ・ハミルトンとジョージ・ペパードが出演しています。
「肉体の遺産」の音楽を担当したのは当時MGMと契約していたBronislau Kaper(ブロニスラウ・ケイパー)で、1944年のGaslight(ガス燈)から1959年のGreen Mansions(緑の館)など1930年代から1960年代まで150もの映画音楽を手掛けたポーランド出身の音楽家です。 ブロニスラウ・ケイパーが音楽を手掛けたLana Turner(ラナ・ターナー)主演の1947年のGreen Dolphin Street(大地は怒る)」と1952年作曲のInvitation(インヴィテーション)のテーマ曲が有名だそうで両方ともジャズのスタンダードとなっています。(Invitationは1961年の「Bachelor in Paradise」でも使用)
Bronislau Kaper’s On Green Dolphin St. – YouTube
Bronislau Kaper’s Invitation – YouTube

Yvette Mimieux5

記事内のイヴェット・ミミューの画像は私が半世紀前に映画雑誌から切り抜いたものです。よって全ての画像の著作権はそれぞれの被写体及び撮影者に帰属するものです。

イヴェット・ミミュー Yvette Mimieux」への15件のフィードバック

  1. イヴェトミミュの現在について知りたいと思います
    そして昔の若いイベットの写が見たいとおもいます

  2. 小倉 修さん、イヴェトミミューは結婚しましたが子供はおらず、1992年の「Lady Boss」への出演が最後だそうです。
    私が持っている画像は記事内にあるので全部ですが、Yvette Mimieux で画像検索するとたくさん出てくると思います。

  3. はじめまして。
    昭和38年頃のMGMの日本向けカレンダーの1月を飾りました。鮮やかな深い紺色のドレスにレースを回し涼し目が素敵でした。他の月にはブリジット・バズレン、ポーラ・プリンティスだったかな?。
    とっておけば良かったのにと後悔しています。

  4. sugisakuさんから珍しい女優の名前が出ましたね。 Brigid Bazlen(ブリジット・バズレン)は「ボーイハント」ではなく1961年のHoneymoon Machine(ガールハント)に出演したのでした。Steve McQueenには珍しいコメディ映画でした。同じ年、1961年にKing of Kings(キング・オブ・キングス)でセクシーに踊ったサロメ役の方が印象的でした。 ブリジット・バズレンはガンで亡くなったからとは言えませんが、1962年のHow the West Was Won(西部開拓史)と、たった3作品しか出演していないのです。もっと活躍すると思ったのですが。
    私も保存しておけばよかったと思う物がたくさんあります。

  5. 今晩は。
    ブリジット・バズレンは「西部開拓史」ではジミーを洞窟の穴に蹴落しますね。MGMが嘱望している割にはと思いました(笑)。ところでミミューに戻り「ダイヤモンド・ヘッド」の冒頭でジェット機の中でしたか、腕がちょっと肥え、およよと感じたものです。何しろ70ミリ作品だから。「タイムマシン」では川で溺れかかる。「ダイヤモンド・ヘッド」では滝でチャキリスをおいでおいでする。かなり水の精ですね。又観たくなりました。

  6. Yvetteさんは、間違いだと良いのですが、1994年の夏に死去したと新聞に載っていたような記憶があります。私の記憶違いだとしたらホンとに良いのですが….。
    ブラックホールは昔何度もTV放送して毎回観てました。カーリーヘアーの彼女は非常に老けてしまってお薦めできません。でも曲は壮大でとても良かったですよ。私は大阪の梅田にあったシネラマで観ました。パンフレットもまだ持っています。そしてやっぱり彼女が私の記憶違いで元気で生きていると信じています。因みに何故、彼女が出演?と首を傾げたくなるようなつまらない作品に逃亡者の恋人役だった「メキシコで死ね」でした。これもよくTVで放送していましたヨ。

  7. ETHELさん、間違いで良かったです。
    deadoraliveinfo.com で確認したところイヴェット・ミミューはALIVEと結果がでました。イヴェット・ミミューは現在は67歳ですから、1979年の「ブラックホール」の時点ではまだ37歳でそんなに老けて見えることはないはずです。よって人違いか記憶違いをされていると思いますよ。
    「メキシコで死ね」は映画そのものよりイヴェット・ミミューを美しく撮ることに始終していると聞いたことがあります。そんなに綺麗ならぜひ観たいですがDVDはおろか、ビデオも販売されていません。

  8. 兄がYvetteさんのファンだったのでその時のことを覚えていたのですが。もしかしたら新聞記事は実際に載ったものの、誤報だったのかもしれません。兎に角、間違いだということで、うれし涙が出るほど良かったです。私は彼女の子供と言ってもいいほど、遥かに年下ですが、生きているのでしたら、会ってみたいです。昔の女優さんは現代の人よりもエレガントさがあって好きです。私の部屋には「メキシコでー」当時のポートレイトが飾ってあります。もしかしたらTV放送時の録画ビデオが何処かに仕舞っているかと思いますので捜してみます。お歳を召されていても、ホントに生きていることが解ってホッとしています。

  9. 62歳のジジイです。
     ダイアモンド・ヘッドしか見ていませんが、映画雑誌の切り抜きはかなりしました。けれども今はそれはありません。
     また、MGMあてファンレターを高校生のときに航空便(薄い航空便用の用紙を使用)で送り、MGMからブロマイドが同封されて返事が来ました。
     可なり美しい写真で、サインも写りこませたものでしたが、残念なことに紛失してしまいました。
     リアルタイムで映画館で「ボーイ・ハント」を観た友人からイベットのことを聞き、実際にはそのときファンになったと記憶しています。
     ダイアモンド・ヘッドでのオレンジ色の水着を着けたイベットの可憐さが忘れられません。いつか、DVDでもう1度見たいと思います。

  10. 「Kan_Mikami」さんも私と同世代だとするとイヴェット・ミミューでなくて”ミメオ”と記憶されているのでしょうね。私もミメオではありませんでしたが映画会社気付けでスターにファンレターを出したことがあり、やはりサイン入りの写真を送ってきました。ボーイハントはフィフティーズのアメリカを知るには最適の映画の1本でした。懐かしい思い出です。

  11. ヤッパリYvetteさんは、幼児の、子供の頃から親等に教えてもらって好きでしたネ。大人になったらモット好きになってしまいました。
     ああ、昔に、リアルタイムに生まれれば良かった….。

  12. ETHELさんは本当にミメオのファンらしいですね。リアルタイムで映画を鑑賞した私も嬉しいです。

  13. 久々にコメントします。彼女が「殺し屋」に扮した作品が(ビデオテーブ)出てきました。悲しい話です。信じていた恋人が、いうなれば、監視員だったとは….。リュック・ベッソンの「二キータ」に似ています。はるかにイベットさんの方が先ですけれど…。ラスト、海辺で彼に….。「スマナイ、掟ナンダ…」恋人の心情も解りますが、私ならイベットさん、殺しません。地球上どこへ逃げてもダメとしても、二人で地下に潜ってでも生きていきます。
     このラストは、原題「LOVE WAR」というアンジー・デキンソンの古いTVドラマに似ています。愛していながらも殺してしまはないといけない物語。そういえば作品年代もほぼ同時期でしょう。真似してたりして。でもかたやSFなのでそれはないか….。SF作品の方はジェフ・ブリっジス共演だったかな….。子供の時に深夜番組で観ました。出来ればもっかい観たい。

  14. 間違えました。ジェフじゃなくて、お父様のロイドでした。訂正します。スミマセン…。 おばあちゃまでも、イベットさんに逢いたいな…..。

  15. ETHELさんがご覧になったイヴェット・ミミューの出演したSF映画は何という題名なんでしょう。
    Jeff Bridgesといえば私が最初に観た映画が「カリブの熱い夜」で最近では「アイアンマン」で活躍していますがミミューと共演していたのは全く知りませんでした。

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