ナタリー・ウッド Natalie Wood

最後のハリウッド・スター
ロシア系のナタリー・ウッドは本名をNatasha Nikolaevna Gurdin(ナターシャ・ニコラエヴナ・グルディン)というそうです。 若干8歳でユニヴァーサルと契約し、1946年のOrson Welles(オーソン・ウェルズ)とClaudette Colbert(クローデット・コルベール)が出演した「Tomorrow Is Forever(離愁)」で子役デビューしましたが、実際に人気が出たのは翌年1947年の「「Miracle on 34th Street(三十四丁目の奇蹟)」が本格デビューとなります。 アメリカの悩めるティーン・エイジャーを描いた1955年の「Rebel Without a Cause(理由なき反抗)」ではJames Dean(ジェームズ・ディーン)の恋人役で子役から脱皮しました。
名門アクターズ・スタジオ出身のジェームズ・ディーンは「Baby Doll(ベビイドール)」のElia Kazan(エリア・カザン)監督に認められ1955年に「East of Eden(エデンの東)」でデビュー後に「理由なき反抗」で大ブレイクしましたが、まさに映画のようにポルシェの事故により急逝してしまった伝説の俳優でした。 ナタリー・ウッドとは撮影後に恋人だった時期もあったというジェームズ・ディーンの画像も見られるオフィシャルサイトは「The Official Site of James Dean – Photos – JamesDean.com」(サイトで上のメニューのAboutからプルダウンでPhotosを選択)

子役時代の可愛いかったナタリー・ウッドの写真はYoung Natalie Wood Photos – ClassicMovieKids.com

Natalie Wood Quotes
子役として早くから特殊な芸能界で成長していったナタリー・ウッドはいわば現実社会における乳母日傘の深窓の令嬢、経済感覚ゼロで家事も駄目。 初めて子供を持った喜びを表現した微笑ましい表現からアホ臭い(無邪気)のまで名言及び迷言が引用されています。
The only time a woman really succeeds in changing a man is when he is a baby.(女が男を変えられるのは、男が赤ん坊の時だけ)

Natasha: The Biography of Natalie Wood (Paperback)
ページトップの画像はジャーナリストで作家のSuzanne Finstadが2001年に書いたナタリー・ウッドの伝記本(ペーパーバック)「Natasha」という書籍ですが幼少時代にはじまり数多くの男性関係から謎の死までを検証して良く書かれていると評価されているとか。 リンク先で写真や中身が覗けます。
Natasha The Biography of Natalie Wood Audio Book – YouTube

West Side Story
Natalie Wood as Maria on West Side Storyナタリー・ウッドの代表作品としては、1961年、ロバート・ワイズ監督の「West Side Story(ウエスト・サイド物語)」でしょう。 23歳のナタリー・ウッドはロメオとジュリエットのような悲劇の可憐なヒロイン「マリア」を演じました。 ちなみに1959年のミュージカル「The King And I(王様と私)」で家庭教師を演じたDeborah Kerr(デボラ・カー)や「Breakfast at Tiffany’s(ティファニーで朝食を)」のAudrey Hepburn(オードリー・ヘップバーン)などの吹き替えを担当したアメリカのオペラ歌手であるMarni Nixon(マーニ・ニクソン 1930-2016)がナタリー・ウッドの歌も吹き替えしました。 映画スターの吹き替えが多いので”幽霊”を自称するマーニ・ニクソンは滅多に女優としては映画に顔を見せませんがJulie Andrews(ジュリー・アンドリュース)が主演した「The Sound of Music(サウンド・オブ・ミュージック)」では尼僧の役で出演し尼僧のコーラスにも参加していました。
☆「ウエスト・サイド物語」について詳しくはAudio-Visual Trivia内の「West Side Story

Gypsy
Natalie Wood as Gypsy Rose Lee
Gypsy: The Movie ジプシー・ローズ・リー伝記映画
「ウエスト・サイド物語」に出演した翌年の1962年に、その純情可憐なイメージを破るかのように、Gypsy Rose Lee(ジプシー・ローズ・リー)の伝記映画「Gypsy(ジプシー)」でストリッパーに挑戦しました。 1930年代からストリッパーとして最も人気があったRose Louise Hovick(ローズ・ルイーズ・ホヴィック)の物語です。 実在のジプシー・ローズ・リーはニューヨークのMinsky劇場などで警察の手入れにも合った時にこう言ったそうです。「裸じゃないわ!青いスポットライトを着て(浴びて)いたもの。」 多才なジプシー・ローズ・リーは女優、テレビショーの司会者、そして執筆も手掛け、1959年にJule Styne(ジュール・スタイン)とStephen Sondheim(スティーヴン・ソンドハイム)コンビの音楽とChita Rivera(チタ・リヴェラ)、Ann Reinking(アン・ラインキング)、Donna McKechnie(ドナ・マッケニー)の歌と踊りで大ヒットしたミュージカルの「Gypsy」の原作者でもあるそうです。

Let me … entertain you!
Let me make you smile.
Let me do a few tricks.
Some old and then some new tricks. I’m very versatile.

video身長が僅か150cmちょっとの小さなナタリー・ウッドが歌う痛々しい”Let me entertain you!”が観られる「ジプシー」のトレーラーはGypsy Trailer- Videodetective

「ジプシー」にはBette Midler(ベット・ミドラー)が主演した1993年のTV版もありますが、1959年が初演のEthel Merman(エセル・マーマン)主演のブロードウエイのミュージカルの映画化「ジプシー」のVHS「Gypsy (1962)」もあります。
ナタリー・ウッドの「ジプシー」には1955年の「ピクニック」に出演した往年の美人女優のRosalind Russell(ロザリンド・ラッセル)がナタリー・ウッドの母親役でゴールデン・フローブのコメディ/ミュージカル部門で女優賞を得ています。
☆ロザリンド・ラッセルの若い時の写真はRosalind Russell Photos – Bert Christensen’s Cyberspace HomeBert Christensen’s Cyberspace Home

Gypsy DVD
ナタリー・ウッドが可愛いストリッパーを演じた映画「ジプシー」のDVDは現在入荷待ちですが、輸入版VHSビデオ「Gypsy (1962)」(ASIN: 6305128359)や(ASIN: 6302477743)も現在は入手困難です。

Gypsy Soundtrack
全22曲を収録した2003年盤の「ジプシー」のサウンドトラックのカバー画像は有名なイラストレーターが描いた劇場用ポスターだそうです。
Gypsy (1962)Gypsy (1962 Film Soundtrack) [EXTRA TRACKS] [ORIGINAL RECORDING REMASTERED] [SOUNDTRACK]
Theatrical poster by Bill Gold

Natalie Wood and Robert Wagner
Natalie Wood and Robert Wagner
ナタリー・ウッド出演の私の好きなメロドラマ

ナタリー・ウッドの出演作品をたくさん観てきましたが、私が好きなのはナタリーがアカデミーにノミネートされた1961年の「Splendor in the Grass「(草原の輝き)」や「ウエスト・サイド物語」のような大作ではなく、私の郷愁を掻き立てるいわゆる胸キュン・メロドラマの方です。
Splendor in the Grass Trailer – YouTube

All The Fine Young Cannibals
当時結婚していたRobert Wagner(ロバート・ワグナー)とナタリー・ウッドが初共演した1960年の「All The Fine Young Cannibals(夜が泣いている)」はミュージシャンになりたい男とリッチになりたい女の同郷(テキサス)の恋人同士の映画で、実在のトランペッターのChet Baker(チェット・ベイカー)をモデルにした青年「チャッド」役をワグナーが演じています。 当初は主役に本人のチェット・ベイカーを予定していたそうですがチェット・ベイカーはそれを受けずに欧州公演に旅立ちました。 原作はRosamond Marshall(ロザモンド・マーシャル)の小説「The Bixby Girls」を「The Subterraneans(地下街の住人)」のRobert Thom(ロバート・ソム)が脚色し、「Around the World in Eighty Days(80日間世界一周)調の映画です。(ちなみに「80日間世界一周」の脚本を手掛けた一人はミア・ファローの父であるジョン・ファロー)」のMichael Anderson(マイケル・アンダーソン)が監督したTennessee Williams(テネシー・ウイリアムズ) 主人公のチャッドの結婚相手として1959年の「Imitation of Life(悲しみは空の彼方に)」でオスカーにノミネートされたSusan Kohner(スーザン・コーナー)が出演しています。
All The Fine Young Cannibals (photos) – with “Don’t Explain” by Billie Holiday – YouTube
ロバート・ワグナーとナタリー・ウッドの共演は「夜が泣いている」の後には70年代のTVドラマの「The Affair(愛ふたたび)」と「HART TO HART(探偵ハート&ハート)」のみです。
ナタリー・ウッドが2度も結婚したほどのナタリーの白馬の王子様だった美形のハリウッド男優のロバート・ワグナーは「夜が泣いている」の後も1962年の戦争超大作の「The Longest Day(史上最大の作戦)」や1963年のピーター・セラーズ主演の「ピンクの豹」など多く映画に出演しています。 ナタリーと死別したロバート・ワグナーは1991年にナタリーの友人でボンド・ガールを演じたことがあるJill St. John(ジル・セント・ジョン)と再婚しています。 ワグナーはジルとQuincy Jones(クィンシー・ジョーンズ)が音楽を手がけ、Gil Bernal(ギル・バーナル)が歌ったテーマ曲の”The Eyes of Love”がアカデミーにノミネートされて話題となった1967年の「Banning(夜の誘惑)」で共演していますが、私が初めてそのグラマーで綺麗なジル・セント・ジョンを見たのはデビューしたばかりの1960年の元祖ジュラシックパークといわれる「The Lost World(失われた世界)」でした。 ジルの映画ではナタリー・ウッドの妹のLana Wood(ラナ・ウッド)も出演した1971年の「Diamonds Are Forever(007/ダイヤモンドは永遠に)」がよく知られています。

ロマンティック映画でハンサムな役所を一手に引き受けたようなRobert Redford(ロバート・レッドフォード)とナタリー・ウッドとの共演は1965年に2本あります。
「Inside Daisy Clover(サンセット物語)」はRobert Mulligan(ロバート・マリガン)が監督したハリウッド内幕もので一夜にしてスターとなった少女の悪夢を描いています。 映画音楽はユダヤ系ドイツ人のピアニストで「地下街の住人」ではピアノを演奏したAndre Previn(アンドレ・プレヴィン)です。 ナタリーが演じるヒロインと結婚してしまうハンサムスター役は当時新人だった超ハンサムなロバート・レッドフォードです。 ロバート・マリガンは「The Great Escape(大脱走)」で大ブレイクする前のSteve McQueen(スティーヴ・マックィーン)が1961年の兵隊コメディ映画「The Honeymoon Machine(ガールハント)」の後に出演した唯一のロマンス映画といわれる1963年の「Love with the Proper Stranger(マンハッタン物語)」も監督し、こちらは音楽が「The Man with the Golden Arm(黄金の腕)」のElmer Bernstein(エルマー・バーンスタイン)ですがロマンチックなテーマソングの”Love with the Proper Stranger”は1960年代の人気ジャズ歌手のJack Jones(ジャック・ジョーンズ)が歌っています。
Natalie Wood & Steve McQueen – YouTube
「マンハッタン物語」のナタリー・ウッドはニューヨークのMacy’s(メイシーズ・デパート)の貧しい売り子役で、スティーヴ・マックィーンが演じるしがないバンドマンとのたった一夜のアバンチュールの顛末記を描いていますが、ラストでいきなりナタリー・ウッドが垢抜ける以外にはさほど魅力のある内容ではありません。 降伏しました。 ”Better Wed Than Dead”
スティーヴ・マックィーン同様にコメディが似合わないナタリー・ウッドがロバート・レッドフォードと共演したもう一つの映画は、テネシー・ウィリアムズ原作の一幕戯曲をSydney Pollack(シドニー・ポラック)監督が映画化した「This Property Is Condemned(雨のニューオリンズ)」です。 泣ける映画「雨のニューオーリンズ」の監督はSydney Pollack(シドニー・ポラック)ですが、脚本を手掛けたのは1972年の「The Godfather(ゴッドファーザー)」を監督したFrancis Ford Coppola(フランシス・フォード・コッポラ)です。 観終わるとたまらないほど切なくなる実母との女の確執が悲しいストーリーです。 ナタリーウッドが演じる田舎の美少女が母への当てつけに結婚してしまう母の愛人のJ.J.役はなんと「レッドサン」のCharles Bronson(チャールズ・ブロンソン)なのです。 ロマンス王のロバート・レッドフォードとナタリー・ウッドが出演しているからというだけではではなくテネシー・ウィリアムズの原作が素晴らしいので感動的な映画です。
「雨のニューオーリンズ」の写真が見られる「Questa ragazza è di tutti Photos – FILM.TV.IT

他にもロマンティック・コメディとしては、James Garner(ジェームズ・ガーナー)が主演した1959年の「Cash McCall(札束とお嬢さん)」や、Henry Fonda(ヘンリー・フォンダ)やLauren Bacall(ローレン・バコール)などの大物揃いのRichard Quine(リチャード・クワイン)監督の1964年の「Sex and the Single Girl(求婚専科)」などがあります。 「求婚専科」ではTony Curtis(トニー・カーティス)が演じるスキャンダル誌の雇われ編集長が話題の本を出版したナタリー・ウッドが演じる精神コンサルタントを探ろうと潜入したものの逆に恋に落ちてしまう(相思相愛)ロマコメです。 「Some Like It Hot(お熱いのがお好き)」ではMarilyn Monroe(マリリン・モンロー)を騙したトニー・カーティスはJack Lemmon(ジャック・レモン)の二番煎じのような女装をしてナタリー・ウッドを騙そうとするラブコメです。 ナタリー・ウッドとローレン・バコールの華麗なるファッション合戦とMel Ferrer(メル・ フェラー)のダンスと、「ピンクの豹」で”It Had Better Be Tonight(今宵を楽しく)”を歌ったFran Jeffries(フラン・ジェフリーズ)が”What Is This Thing Called Love”や”Anniversary Waltz”をご近所さんのブロドリック夫妻の結婚10周年のパーティで歌って踊るシーンでCount Basie(カウント・ベイシー)が”Anniversary Song”や”What Is This Thing Called Love?”を演奏する以外は特筆すべき点はない軽妙なコメディです。(テーマ音楽はNeal Hefti)

The Mysterious Death of Natalie Wood
実生活でも恋の遍歴で名を馳せたナタリー・ウッドですが、ロバート・ワグナーとは1957年と1972年の二度結婚しています。 ナタリーはワグナーと再婚相手との間にそれぞれ娘を儲けました。(70年代にイギリスの写真家のAllan Warrenによるナタリーと娘のナターシャを写した写真は有名) 43歳の時、ナタリー・ウッドは1981年にヨットに装備されていたボートから転落したという事故により死亡、当時は担当検視官等に口外禁止令が出されたほど謎の溺死事件でした。 その時ナタリー・ウッドと一緒にいたのが夫のロバート・ワグナーと、スリーピーフォローでThe Hessian Horseman(首無し騎士)を演じたChristopher Walken(クリストファー・ウォーケン)で全員がワインで酔っ払っていたそうです。 アカデミー助演男優賞を受賞した1978年の「The Deer Hunter(ディア・ハンター)」などで飛躍的な知名度を得たクリストファー・ウォーケンに対してワグナーは俳優としての嫉妬を感じ、1983年に「ブレインストーム」で共演していたナタリーはプラトニックな愛を感じていたとか。 地元警察はロバート・ワグナーとクリストファー・ウォーケンの2人をこの殺人事件の重要参考人として検挙したものの証拠不十分で不起訴となった由がまことしとやかに噂されました。 ナタリーは単に酔っ払っていたのか?ウォーケンと不倫関係にあったのか? それともワグナーとウォーケンが・・・? 噂か真実かは不明のまま、ナタリーはあの晩にいったい何を見たのか。 子供の頃は水恐怖症だったというナタリー・ウッドの人生の最後が海というのも皮肉。 この事件の27年後にワグナーが手記の中で真実を語っているとか。 追記になりますが、2011年11月のニュースでロス市警の殺人課が事故死ではなく他殺の可能性が浮上したとして再捜査に取りかかったとか。 ヨットの船長やナタリーの妹のラナ・ウッドが30年も経って証言しているようですが新事実でも出たでしょうか。
ちなみにヨットの名前は”Splendor”、ナタリー・ウッドが共演者のWarren Beatty(ウォーレン・ビーティ)と恋に落ちてワグナーとの結婚が破局したというエリア・カザン監督の「草原の輝き」から名づけたそうです。 うむ。
1981年から制作開始するも事故のために延期され1983年公開となった「Brainstorm(ブレインストーム)」はナタリー・ウッドの遺作となりました。
死亡当時はスキャンダルとして騒がれましたがともかく現在ナタリーはWestwood Memorial Park(ウエストウッド・メモリアルパーク)に眠っています。

Natalie’s two daughters and a sister
ナタリー・ウッドの娘であるNatasha Gregson Wagner(ナターシャ・グレグソン・ワグナー)も女優となり主にテレビで活躍していました。 娘の名前からしてナタリー(Natalie Wood Wagner)が10歳の時の初恋の相手で18歳になって結婚したロバート・ワグナーとの子供かと思ったのですが、1962年に別れた後に結婚したプロデューサーのRichard Gregson(リチャード・グレグソン)が父親だそうで、ワグナーとは再婚してもう一人授かりました。 そしてナタリー・ウッドとは全く似ていない(バストサイズが)8歳違いの妹であるLana Wood(ラナ・ウッド)も女優となり1950年代半ばに映画デビューして1971年にはボンドガールとして「Diamonds Are Forever(007/ダイヤモンドは永遠に)」に出演しましたが、同じ年にPlayboy April 1971(プレボーイ誌)に写真が載って話題となりました。

ナタリー・ウッド Natalie Wood」への10件のフィードバック

  1. ナタリー・ウッドって40代前半で亡くなっているんですね!びっくり!
    彼女の死亡記事を読んだ当時、自分は20代だったので、かなり年配なのかな?っていう感触がありました。
    今や自分はナタリーの享年を越えちゃってます、はい。そう考えると、本当に若い死だったのですね。
    本当の死因って何だったんでしょうかね?
    謎は深まるばかり・・ですね

  2. anupamさん、ナタリーの訃報は本当にショックでした。一時探偵になってしまいましたよ。一体誰が?とか、原因は何?とか。
    大物女優というよりは必死で頑張っている健気さが可愛かったですね。
    anupamさんのお歳が想像できちゃいましたよ。う~ん、なんとお若い!!

  3. ナタリー・ウッドのコメントでなくてすいません。
    ソール・バスです。
    タイトル・デザインのところ凄く貴重で感激。
    アスペクトと言うのですか縦:横の比例も合っているようだし「お気に入り」に入れいつでも見られるようにしました。
    子供の頃、映画の中身よりむしろドギモを抜かれたmad、mad、madのタイトルの世界に興奮。
    凄いグラフィックの人がアメリカにはいるんだと
    まさに驚愕。それも今から44年?も前ですよ。これは貴重だ。
    koukinobaabaに感謝、脱帽。

  4. 誠文堂新光社から「ソール・バス&アソシエーツ」、「アイデア・クラシック」の2冊が出ています。
    ギンザ・グラフから「ソール・バス」が出ています。

  5. 貴重な情報を有難うございます。誠文堂新光社の「ソール・バス&アソシエーツ」の方はAmazonにも大型本が置いてありますので後ほどリンクしようと思います。
    ブログ内のヒッチコックの<めまい>にも「ソール・バス」の情報が寄せられています。

  6. ナタリー・ウッドのコメントでなくて、申し訳ありません。
    teresaです。
    West Side Storyの一部分ですが
    デボラ・カーの吹き替えをしたアメリカのオペラ歌手であるMarni Nixon(マーニ・ニクソン)
    がナタリー・ウッドやThe Sound of Music(サウンド・オブ・ミュージック)の
    Julie Andrews(ジュリー・アンドリュース)やBreakfast at Tiffany’s(ティファニーで朝食を)
    のAudrey Hepburn(オードリー・ヘップバーン)などの吹き替えも担当しました。
    とありますが、マーニ・ニクソンに関して、一応有名なwebサイトで確認する限りでは
    “オードリー・ヘップバーンの吹き替え”
    はしていないのではないかと思います。以下、リンクです。
    http://www.imdb.com/name/nm0633262/bio
    The Sound of Music (film)
    http://en.wikipedia.org/wiki/The_Sound_of_Music_%28film%29
    サウンド・オブ・ミュージック (映画)
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%83%E3%82%AF_%28%E6%98%A0%E7%94%BB%29
    Marni Nixon
    http://en.wikipedia.org/wiki/Marni_Nixon
    マーニ・ニクソン
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3

  7. 「teresa」さんのご指摘頂いたリンク先をそれぞれチェックしてみたのですが、
    IMDbのBiography for Marni NixonではAudrey’s Eliza in My Fair Lady (1964)
    were all dubbed by the amazing Marni Nixon
    WikipediaのMarni NixonではThe singing voice for Audrey Hepburn as Eliza in My Fair Lady (1964),
    ウィキペディアのマーニ・ニクソンの項目で主な吹き替えとして『マイ・フェア・レディ(1964年)』のイライザ役(オードリー・ヘプバーンの吹き替え)・・・
    という文章を見つけました。
    以上を持ちまして私はマーニ・ニクソンがオードリー・ヘプバーンの吹き替えも担当したと思ったのですが・・・違ったのですか。

  8. お騒がせしています。
    teresaです。
    November 2, 2007 10:51 AM の書き込みに誤りがございました。
    誤記↓
    “オードリー・ヘップバーンの吹き替え”
    はしていないのではないかと思います。
    正しくは↓
    “ジュリー・アンドリュースの吹き替え”
    はしていないのではないかと思います。
    申し訳ありませんでした。
    一応舞台でBreakfast at Tiffany’s(ティファニーで朝食を)の主役を演じ、
    また、その件でマーニ・ニクソンとの逸話が知られている方ですので。

  9. teresaです。
    再度訂正いたしいます。
    誤記↓
    一応舞台でBreakfast at Tiffany’s(ティファニーで朝食を)の主役を演じ、
    正しくは↓
    一応舞台でMy Fair Lady(マイ・フェア・レディ)の主役を演じ、
    何度も誤記し、皆様を煩わせまして申し訳ありません。

  10. 「teresa」さん、貴重なるご指摘を頂いて恐縮です。アンドリュース主演のサウンド・オブ・ミュージックには吹き替えでなく出演していたのですね。マーニ・ニクソンは顔や体形がアンドリュースに似ていますね。有難うございます。

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