ジーナ・ロロブリジーダ Gina Lollobrigida

Gina Lollobrigida (Law 1959) VHS   Law (1959) VHS(ASIN: 630506721X)
Gina Lollobrigida - Law VHS  Where the Hot Wind Blows VHS
Gina Lollobrigida e Yves Montand nel La Legge

Gina Lollobrigida (1927 – 2023)
イタリアのローマ郊外の小さな町”Subiaco(スビアコ )”で1927年に生まれたジーナ・ロロブリジーダ(ロッロブリジダ)は美術を勉強するためにローマに出たのですが、1947年のミスイタリアに応募して3位に入賞したことから女優の道に進みます。 1949年にはユーゴスラビア人の医師であるMilko Skofic(ミルコ・スコフィック)と結婚して子供を儲けました。 夫のミルコ・スコフィックはプロデューサーとして1958年にVittorio De Sica(ヴィットリオ・デ・シーカ)が監督総指揮及び牧師役で出演したイタリア・コメディの「Anna Di Brooklyn (恋はすばやく / Fast and Sexy)」の製作に当たったことがありますが1971年に離婚しています。(邦題は「恋はすばやく」で日本のデータベースでは監督がReginald Denham(レジナルド・デンハム)となっているところがありますが海外のデータベースでは出演もしたヴィットリオ・デ・シーカで助監督がCarlo Lastricatiとなっています)ジーナ・ロロブリジーダはもちろん主役のAnna(アンナ)でブルックリンから故郷に戻った大富豪の未亡人役として30歳の熟れたナイスバディを見せてくれます。
1949年にLuigi Zampa(ルイジ・ザンパ)監督のCuori senza frontiere(白い國境線)に出演したあたりからジーナ・ロロブリジーダの運が開けます。
※Eleonora Rossi Drago(エレオノラ・ロッシ=ドラゴ)も出場したミス・イタリアについてはAudio-Visual Trivia内の「Estate Violenta(激しい季節)」

La Lollò: Belle des belles
マスコミがジーナ・ロロブリジーダに付けた愛称のLa Lollo(ロロ)というのはフランスでは綺麗な胸を意味するそうですが、突き出た胸もさることながらブリジッド・バルドーの49cmというウエスト・サイズよりもっと細いのがロロなんだそうです。 中世のヨーロッパではコルセットで締め上げた女性のウエストは47cmが理想だったそうですから中世並みというところでしょうか。 アンビリーバブル!なぜなら痩せの私でさえちょっと前は59cmもありました。 私がジーナ・ロロブリジーダが魅力的だと思うのはとんがったおっぱいや細いウエストはもとより、ふっくらとしたロロの頬、つまりチークが一番好きなのです。 ”頬”フェチの私としましては、日本人なら昭和25年のミス日本に選ばれた絶世の美女である山本富士子さんの頬が一番素晴らしいと思います。(映画だけでなく東京の瞳や君を愛すなども歌いました)
「パンと恋と嫉妬」のルイジ・コメンチーニが監督してロロが妖精を演じた「ピノッキオの冒険~イタリア1974年版~」あたりを最後にジーナ・ロロブリジーダは映画界から引退しました。

ロロは銀幕からは姿を消しましたが、50年代からの念願であった写真家に転向しました。 撮られる側から撮る側にまわったわけですが、なんといってもロロブリジーダは世界的な有名人ですからいくら変装しても見破られてしまい撮影も難しかったそうです。 1960年代初期から1972年頃には現在は日本で活躍しているMdm. Dewi Sukarno(デビ夫人)を被写体にしています。 1974年にいまだに人気の写真集(英語版)「Italia Mia(私のイタリア)」(ISBN-10: 007084450X)を出版 しています。
ジーナ・ロロブリジーダは2023年に95歳で亡くなりました。

ジーナ・ロロブリジーダのドイツのファンサイトはGina Lollobrigida Homepage(メニューのgalarieでサムネイルをクリック)
ジーナ・ロロブリジーダの写真集はGina Lollobrigida Photos – Bert Christensen’s Cyberspace Home
(サイトの紹介はHot’n CoolのBert Christensen’s Cyberspace Home

Filmografia di Gina Lollobrigida
1949年 Cuori senza frontiere(白い國境線)
Carlo Ponti(カルロ・ポンティ)も製作に関わったLuigi Zampa(ルイジ・ザンパ)監督のモノクロのイタリア映画「白い國境線」で主演したジーナ・ロロブリジーダは日本映画デビューしました。 共演者も当時の新人イタリア俳優だったRaf Vallone(ラフ・ヴァローネ)でした。 第二次世界大戦後のユーゴスラビアと北イタリアに分割された港町を舞台にしています。 戦後の二カ国分裂は一瞬にして家族や友人などを隔て、町の人々の不安を掻き立てたのでした。 イタリア語のCuori senza frontiereとは”国境なき心(愛情)”の意味でしょうか。

音楽はアモレ・ミオでお馴染みの「刑事」を手掛けたCarlo Rustichelli(カルロ・ルスティケリ)です。
「白い國境線」の写真はCuori senza frontiere Photos – FILM.TV.IT

1952年 Les Belles du Nuit(夜ごとの美女)
“映画の父”と呼ばれたDavid Wark Griffith(D・W・グリフィス)の1916年のIntolerance(イントレランス)をパロディったといわれる「夜ごとの美女」はRené Clair(ルネ・クレール)が監督したファンタジックなエロティックコメディ(艶笑喜劇)です。 フランスの二枚目俳優で「Les Liaisons Dangereuses(危険な関係)」のGerard Philipe(ジェラール・フィリップ)と共演しています。 ロロは夜ごと現われる夢の美女の一人で、夢のなかでアルジェリアの兵士になったジェラール・フィリップと恋に落ちるという幸せの青い鳥を探すようなお話しです。

1952年 Fanfan la Tulipe(花咲ける騎士道)
ロロは「La Chartreuse de Parme(パルムの僧院)」のChristian-Jaque(クリスチャン=ジャック)が監督した「Fanfan la Tulipe(花咲ける騎士道)」で2本立て続けにジェラール・フィリップと共演して美女ぶり(美乳ぶり)を発揮しフランスでも人気が出ました。 18世紀のフランスを舞台にした時代劇で反戦のメッセージも込められているそうです。 ジェラール・フィリップはなならず者で女たらしの農夫役で農民の娘との”出来ちゃった”結婚を逃れようと兵隊に志願するのです。 なぜならジプシー女がその農夫と王女様との結婚を予言したからです。 そのジプシー女を演じたイタリア人のロロのフランス語は吹き替えだったそうです。
「花咲ける騎士道」の写真が見られるFanfan la Tulipe Photos – FILM.TV.IT

1953年 Beat the Devil(悪魔をやっつけろ)
「悪魔をやっつけろ」は2006年の「Infamous」で描かれたTruman Capote(トルーマン・カポーティ)の脚本でJohn Huston(ジョン・ヒューストン)が監督したアメリカのコメディ映画です。 ジョナ・ヒューストンといえば「アフリカの女王」や「チャイナタウン」など沢山のハードボイルド映画を監督していますが1960年にはバート・ランカスターとオードリー・ヘプバーンが共演した初の西部劇「The Unforgiven(許されざる者)」もあります。 ヒューストン監督の一面であるおぞましさが描かれた「許されざる者」には、殺るか殺られるかの第二次世界大戦で多くの勲章を得た武勇伝(1949年出版の自伝)を元にして1955年に「To Hell And Back(地獄の戦線)」で主演したAudie Murphy(オーディ・マーフィ)が開拓者の牧場主の次男キャッシュ・ザカリーを演じています。
さて、「悪魔をやっつけろ」では国籍不明の悪者どもがアフリカのウラニウム鉱山の採掘用土地を買い付けに行く途中、汽船の故障によりイタリアで立ち往生するのですがその仲間に「脱出」のHumphrey Bogart(ハンフリー・ボガート)もいます。 1954年の「Sabrina(麗しのサブリナ)」の前年にボギーが出演しナレーションも入れています。 そのボギーとジーナ・ロロブリジーダが夫婦役なのですがなんとダブル不倫を演じます。 共演は「Love Is A Many Splendored Thing(慕情)」のJennifer Jones(ジェニファー・ジョーンズ)で、大きめの白縁キャットアイ・サングラスがお似合いの珍しくコミカルなアメリカ女を演じるという豪華キャストです。(ジェニファー・ジョーンズは2009年に90歳で逝去)
1950年のDoris Day(ドリス・デイ)の1950年の映画「Tea for Two(二人でお茶を)」の主題歌だった”Tea for two and Two fo tea” ♪を歌いながらベッドにモーニング・ティーセットを運ぶ素晴らしいスタイルのロロが拝めるとはいえ、その他はさほど魅力を発揮していません。
国際ごろつき団の一人のJulius O’Hara(ジュ-リアス)役をハンガリー出身の性格俳優のPeter Lorre(ピーター・ローレ)が演じています。 ピーター・ローレはユダヤ人だったのでヨーロッパを転々とした後ロンドン時代にヒッチコックの「The Man Who Knew Too Much(知りすぎた男)」(1934年のオリジナル)で初めて英語のセリフで演技したそうです。 ピーター・ローレはハンフリー・ボガートとは1941年の「The Maltese Falcon(マルタの鷹)」や1942年のCasablanca(カサブランカ)でも共演していますが、異色作としては1962年に私の好きな作家であるEdgar Allan Poe(ポー)の代表作の「The Black Cat(黒猫の怨霊)」で主演しています。
「悪魔をやっつけろ」の音楽はLuchino Visconti(ルキノ・ヴィスコンティ)監督の「Gruppo di famiglia in un intern(家族の肖像)」などのイタリア映画音楽を手掛けたクラシックのピアニストで指揮者のFranco Mannino(フランコ・マンニーノ)ですがサウンドトラックは見つかりません。

1954年 Pane, amore e gelosia(パンと恋と嫉妬)
日本未公開ですがLuigi Comencini(ルイジ・コメンチーニ)監督の「パンと恋と嫉妬」ではロロは名優”Vittorio De Sica(ヴィットリオ・デ・シーカ)”と共演し、同年の英国アカデミー賞で女優賞(国外)でノミネートされた他、1960年にはゴールデン・グローブで世界でもっとも好かれた女優に選ばれたことがあります。 前年の「Pane, amore e fantasia(パンと恋と夢)」(1953)DVD(ASIN: B0015SZ33U)に続く「パンと恋と嫉妬」ではヴィットリオ・デ・シーカが後年では見られないコミカルな演技でロロが演じる村のオキャンな娘に夢中になる新任の警察署長を演じています。
「パンと恋と嫉妬」の写真が見られるPane, amore e gelosia Photos – FILM.TV.IT

1956年 La donna più bella del mondo(美女のなかの美女)
英語のタイトルは”Beautiful But Dangerous”というRobert Z. Leonard(ロバート・Z・レオナード)監督のイタリアのロマコメです。 Vittorio Gassman(ヴィットリオ・ガスマン)と共演したジーナ・ロロブリジーダは実在したオペラのプリマドンナだったLina Cavalieri (リナ・キャバリエリ)を演じて吹き替えながらオペラを歌ったそうです。 トップに君臨せんと男性を踏み台にする美貌のオペラ歌手が王子さまの寵愛を受けるも適わぬ恋という史実に基ずくストーリーなんですが、ロロの18インチ(50cm弱だと!)のウエストはここでも必見。
Listen映画の音楽はRenzo Rossellini(レンツォ・ロッセリーニ)です。
※リナ・キャバリエリは1874年から1934年に実在していたオペラのプリマドンナで、19世紀のパリの〝demi-monde(ドゥミ・モンド)”の一人です。 ドゥミ・モンドとは本物の貴族や上流社会の人々の社交界とは別に社会の階級に入れない日陰者の社交界を指します。 金は有っても地位が無い高級娼婦や愛人、芸人たちの世界です。 Alexandre Dumas(jr.)(デュマ・フュス)の同名喜劇以来その名で通っているようですが悲劇「Camille(椿姫)」もそんな世界の話でしょうか。
Gina Lollobrigida in La donna piu’ bella del mondo – YouTube

1956年 Trapeze(空中ブランコ)
パリのサーカス団の花形ブランコ乗り役でRingling Brothers(サーカス)のアクロバット演技出身のBurt Lancaster(バート・ランカスター)とTony Curtis(トニー・カーティス)が出演したサーカスものです。 1952年にCecil B. DeMille(セシル・B・デミル)が監督したアカデミー賞映画の「地上最大のショウ」に続くCarol Reed(キャロル・リード)監督のサーカス映画でブランコ曲芸とロロのグラマーぶりが見所です。 事故により引退せざるを得なくなったサーカスのスターが後輩に技を伝授して念願の空中トリプル3回転を成功させようとするストリーです。 その二人の男の友情に官能的な曲芸師を演じるロロが絡んでトリオのブランコ演技が展開される過程でなにげにホモセクシュアルと三角関係を暗示しています。 トニー・カーティスが演じるハンサムな若手ブランコ乗りは先輩の手に落ちるか美貌のロロに落ちるかの選択を迫られます。 ロロのブランコ演技は吹き替えですが空中ブランコの醍醐味は十分に味わえ、衣装はサーカスの肉襦袢(タイツ)姿だからバート・ランカスターの鍛え上げたマッチョぶりとロロの悩ましい肢体の全てをじっくりと味わえる唯一の映画です。
「空中ブランコ」の写真はTrapezio Photos – FILM.TV.IT

1956年 Notre Dame de Paris(ノートルダムの傴僂男)
フランスの文豪であるVictor Hugo(ヴィクトル・ユーゴー)の1831年の原作「Notre-Dame de Paris」をJean Delannoy(ジャン・ドラノワ)監督が映画化しました。 ジャン・ドラノワ監督はMadame de La Fayette(マダム・ド・ラファイエット)の原作をMarina Vlady(マリナ・ヴラディ)やJean Marais(ジャン・マレー)とJean-françois poron(ジャン=フランソワ・ポロン)が共演して1961年に映画化した「La Princesse de Clèves(クレーヴの奥方)」の他にもAndre Gide(アンドレ・ジイド)からJean-Paul Sartre(ジャン=ポール・サルトル)やGeorges Simenon(ジョルジュ・シムノン)などの文学作品を監督しています。
ドラノワ監督の「ノートルダムのせむし男」では怪奇なQuasimodo(鐘つき男のカジモド)を演じたAnthony Quinn(アンソニー・クイン)と共演したロロは美しいジプシー女のEsmeralda(エスメラルダ)として妖艶なジプシーダンスもご披露しました。 エスメラルダに惚れて悶々としカジモドに誘拐させる卑劣な聖職者には1974年の「Emmanuelle(エマニエル夫人)」に出演し哲学的に快楽を伝授したAlain Cuny(アラン・キュニー)です。
「ノートルダムのせむし男」の音楽はクラシック界のGeorges Auric(ジョルジュ・オーリック)です。 サウンドトラックは見つかりませんが、”Notre Dame de Paris: Suite”が試聴できるクラシック・アルバムの「Auric: Lola Montez / Notre-Dame De Paris / Farandole – Amazon.com (MP3 Download)
ちなみにフランス語のタイトルは”Le Bossu de Notre-Dame”でBossu(発音はボシュィ)”とはセムシもしくは猫背の人という男性名詞です。
この「ノートルダムのせむし男」の写真はNotre Dame de Paris Photos – FILM.TV.IT
Gypsy Dance by Gina Lollobrigida in Notre Dame de Paris – YouTube
作家のヴィクトル・ユーゴーはJean Gabin(ジャン・ギャバン)主演の1957年の「Les Misérables(レ・ミゼラブル)」の原作者としても有名です。 映画化された「ノートルダムのせむし男」には1923年にPatsy Ruth Miller(パッツィ・ルース・ミラー)のエスメラルダでLon Chaney(ロン・チェイニー)のカジモド、1939年にはエスメラルダはMaureen O’Hara(モーリン・オハラ)でカジモドはCharles Laughton(チャールズ・ロートン)が演じたアメリカ映画もあります。
アイルランド出身の女優であるモーリン・オハラという名前に興味を惹かれ調べてみると、Margaret Mitchell(マーガレット・ミッチェル)の「Gone with the Wind(風とともに去りぬ)」のヒロインがScarlett O’Hara(スカーレット・オハラ)で、1951年にギャングのJohn Fordman ‘Johnny’ O’Haraをめぐるノワール映画「The People Against O’Hara」などがあるように”O’Hara”はアイルランドの苗字だそうです。

1959年 La Legge(掟)
ページトップの画像は1960(1959)年のイタリア映画の「Law(掟)」です。 (別名はLa legge又はWhere the Hot Wind Blows)
同年の1960年に「日曜はダメよ」や1968年の「Up Tight!」などを監督したJules Dassin(ジュールスダッシン)がこの「掟」を監督しました。 ロロは気丈な娘のMarietta(マリエッタ)役を演じ、共演者はマリエッタの恋人にMarcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)、島のボスにPierre Brasseur(ピエール・ブラッスール)、ギャングにYves Montand(イヴ・モンタン)、その息子の恋人にMelina Mercouri(メリナ・メルクーリ)など今となっては超豪華キャストです。 ストーリーは因習に縛られたコルシカを舞台に島を支配するボスが、ロロブリジーダが演じる村一番の若い娘に言い寄るものの翻弄されるというドラマです。 たくさんの男たちに口説かれるロロですが想うは唯一人、マルチェロ・マストロヤンニが演ずる技師のEnrico(エンリコ)だけ。 ところがエンリコは貧乏なので結婚できないのです。 イヴ・モンタンが演じるギャングはメリナ・メルクーリが演じる自分の息子の恋人を誘惑するなど一見静かに見える村の奥に欲望を満たそうとする男たちの渦巻く対立が人々を脅かしていきます。
フランス語のタイトルは”La loi “ですが、英語では”Where the Hot Wind Blows!”で、1960年に公開された英語版のみタイトル曲の”Where the Hot Wind Blows”が使用されています。 The Ames Brothers(エイムス・ブラザーズ)の歌うテーマ曲はJimmy McHugh(ジミー・マクヒュー)の作曲でBuddy Kaye(バディ・ケイ)の作詞ですがB面が”Suzie Wong”というRCA Victor 47-7801の45回転シングル盤が1960年に発売されたようです。
「掟」の写真が見られるLa legge Photos – FILM.TV.IT
ジェラール・フィリップの2作品の音楽を担当しているRoman Vlad(ロマン・ヴラド)による「掟」のサントラ画像が見られるLa Loi – Soundtrack.com

1959年 Solomon and Sheba(ソロモンとシバの女王)
スペクタクル叙事詩映画の「ソロモンとシバの女王(Salomone and the Queen of Saba)」はKing Vidor(キング・ヴィダー)が監督したハリウッドの聖書をもとにした歴史劇です。 「ソロモンとシバの女王」の主役でプロデュースも手掛けた往年の大スターであるTyrone Power(タイロン・パワー)が撮影中に急死したためイスラエルのダビデ王の息子のソロモン役をYul Brinner(ユル・ブリンナー又は ユル・ブリンナー)が演じることになり全て撮り直したという曰く付きの映画です。 「王様と私」でツルツル頭のシャムの王様を演じてブレイクしたエキゾチックな風貌のユル・ブリンナーはジプシー出身とも云われたそうですがサハリン生まれのモンゴル系ロシア人だそうです。 ジーナ・ロロブリジーダが演じたシバの女王はソロモン王の叡智を伝え聞き絢爛豪華な訪問をしたという史実が聖書に記されているそうです。
キング・ヴィダー監督とロロの写真が見られるGina Lollobrigida Photos – Leofuchs.comKing Vidor and Gina Lollobrigida Photos – Leo Fuchs Photography(ヴィダー監督よりロロのウエストに注目!)
「ソロモンとシバの女王」の写真が見られるSalomone e la regina di Saba Photos – FILM.TV.IT
セクシーに踊るシバの女王のポスターはSolomon and Sheba Posters – Gina Lollobrigida Photo Gallery
ジーナ・ロロブリジーダの写真はGina Lollobrigida Photos – Leofuchs.com
特異な容貌のユル・ブリンナーといえば日本では1956年の「The King and I(王様と私)」や1960年の「The Magnificent Seven(荒野の七人)」が有名です。 ちなみに「荒野の七人」の音楽はElmer Bernstein(エルマー・バーンスタイン)ですが、テーマ曲の”The Magnificent Seven Theme”は1950年代から1960年代に「ローマの夜」などの他に西部劇の映画音楽もたくさん演奏したギタリストのAl Caiola(アル・カイオラ)の楽団の演奏がヒットしました。
日本で2007年に発売された「ソロモンとシバの女王」のDVDはソロモンとシバの女王 [スタジオ・クラシック・シリーズ]

1961年 Come September(九月になれば)
1961年にロロはロマコメ王のRock Hudson(ロックハドソン)と「九月になれば」と「お熱い出来事」の軽いコメディ2本に出演しています。
「九月になれば」は9月にしか来ないはずの別荘の持ち主であるロック・ハドソンがジーナ・ロロブリジーダに会おうと突然現れたから大騒ぎとなります。 あるまじきことか、別荘の管理を任せていた執事がホテルを運営していたからです。 アメリカからやって来た別荘の宿泊客の中にSandra Dee(サンドラ・ディー)がいます。 そのガールズ様一行と宿泊拒否されたボビー・ダーリンのボーイズ様一向が当時は大流行だったスクーターでピクニックに出かけます。 ハドソンとジーナの大人の恋人たちも若者たちに参加しますが、「君の骨の構造をチェックしてあげる」なんて、トニーとサンディがいい雰囲気になったところで「はい、そこでストップ!」と無軌道な若者たちにならないように見張ります。
「 Come September(九月になれば)」の写真が見られるTorna a settembre Photos – FILM.TV.IT
今は亡きティーンズのアイドルだったサンドラ・ディーとボビー・ダーリンが出演している「九月になれば」についてはAudio-Visual Trivia内のボビー・ダーリン Bobby Darin

1964年 Strange Bedfellows(お熱い出来事)
「お熱い出来事」はにMelvin Frank(メルヴィン・フランク)が原作と脚本及び監督したラブコメで、再びドリス・ディとのコンビが有名なロックハドソンとの共演です。 ロロとロックハドソンとは当時恋人同士だったそうですが言語の壁かどうか、映画となるとどうもロロとロックはしっくりこないようですね。 ちなみに”Strange Bedfellows”とは”奇妙なご縁”という意味なんだそうです。
「お熱い出来事」の写真はStrani compagni di letto Photos – FILM.TV.IT

1963年 Mare Matto(波止場)
フランス語のタイトルは”La mer a boire”というイタリア・ネオリアリズモ(neorealismo)映画で、ジェノバやシチリアの港町を舞台に海の男たちを描いた作品です。 「Crazy Ocean(波止場)」を監督しているのは、1964年にVittorio De Sica(ヴィットリオ・デ・シーカ)の「Matrimonio all’italiana(直訳は”イタリア式結婚”という”ああ結婚”)」の脚本を手掛けたRenato Castellani(レナート・カステラーニ)で、ロロは私の好きなフランス俳優のJean Paul Belmondo(ジャン・ポール・ベルモンド)と共演しました。 船乗りに宿を提供して商売するジェノバの下宿屋のMargherita(マルガリータ)役をジーナ・ロロブリジーダが演じます。 ジェノバの港に降り立った文無しの船員が「I Delfini(太陽の誘惑)」のThomas Milian (トマス・ミリアン)で、時同じくしてジャン・ポール・ベルモンドが演じるハンサムだけど粗野な若い船員など船乗りの一団が下宿することになります。 ロロが夢中になる下宿人の男はベルモンドが演じる”Il Livornese”ですが、これは”リボルノの人”という意味で名前ではなくリボルノとはトスカーナにある港のことだそうです。 恋に冒険にとハードな生活を送った海の男たちが老いたら行く先は哀しいことに老人専用の下宿屋です。
「波止場」の音楽は1950年の「白い國境線」と同じCarlo Rustichelli(カルロ・ルスティケリ)で、ロロが演じたマルガリータをテーマにしたカルロ・ルスティケリのメランコリックな”Margherita”が収録されています。 人気のサウンドトラック「Mare Matto (Score)」には”Genova Blues”などカルロ・ルスティケリ特有のメランコリックな旋律に加えてビッグバンド風やツイスト風な曲も収録されています。 この他にもカルロ・ルスティケリのイタリア映画音楽「Comedy, Italian Style」(ASIN: B000004C4L)にも”Mare Matto”のみが収録されています。

1964年 Woman of Straw(わらの女)
「わらの女」 は1960年に犯罪コメディの「The League of Gentlemen(紳士同盟)」を監督した英国のBasil Dearden(ベイジル・ディアデン)監督が仏女流作家のPierrette Pernot(ピエレット・ペルノ)が別名Catherine Arley(カトリーヌ・アルレー)名で1956年に書いた小説「La Femme de paille(藁の女)」を映画化したサスペンス映画です。 遺産をめぐるミステリーで「007」シリーズのJames Bond(ジェームズ・ボンド)でお馴染みになった英国俳優のSean Connery(ショーン・コネリー)と共演したロロは資産家に付き添う看護婦を演じます。
「わらの女」の写真はLa donna di paglia Photos – FILM.TV.IT

1965年 Le Bambole(バンボーレ)
「パンと恋と嫉妬」のLuigi Comencini(ルイジ・コメンチーニ)も共同監督してElke Sommer(エルケ・ソマー又はエルケ・ゾマー)や「太陽はひとりぼっち」のMonica Vitti(モニカ・ヴィッティ)やVirna Lisi(ヴィルナ・リージ)などの美女群が出演したイタリア・コメディ映画の「バンボーレ」にもロロは出演しました。 Le Bamboleとはイタリア語では”ドール(お人形)”のことで、フランス語では”Les Poupées”ですが、”若くて魅力的な女性”のことも指すとか。
「バンボーレ」の写真はLe Bambole Photos – FILM.TV.IT
「バンボーレ」の情報と映画ポスターが見られるLe Bambole – DvdToile.com(キャスト名にマウスを置くと画像)
ルイジ・コメンチーニ監督はロロの他に1963年のClaudia Cardinale(クラウディア・カルディナーレ)が主演した「La ragazza di Bube(ブーベの恋人)」が有名です。

1968年 La Morte Ha Fatto l’Uovo(殺しを呼ぶ卵)
フランス語のタイトルは”La Mort a pondu un oeuf”で、英語では”Death Laid an Egg”というGiulio Questi(ジュリオ・クエスティ)監督のイタリアン・サスペンスで今でも人気の(賛否両論)「殺しを呼ぶ卵」です。 ジーナ・ロロブリジーダの出演作品としては珍しい犯罪映画で、いつもは色男を演じるJean-Louis Trintignant(トランティニャン)がワイフ・コンプレックスの精神異常男マルコを演じます。 ジーナ・ロロブリジーダが演じる進歩的な妻アンナ(養鶏場の持ち主)を遠避けて売春婦を相手にしたり、妻の姪っ子で会社秘書のガブリエルとも関係を持った挙句にガブリエラと共謀してアンナ殺害を企てます。 愛人のガブリエラを演じるのは1968年にChristian Marquand(クリスチャン・マルカン)が監督した「Candy(キャンディ)」に出演したスウェーデン出身のエロ可愛いEwa Aulin(エヴァ・オーリン)です。 「殺しを呼ぶ卵」で使用された怖い音楽はイタリアのクラシック界の作曲家であるBruno Maderna(ブルーノ・マデルナ)で、冒頭のオープニングクレジットで流れる不協和音の電子音楽ですが、背景に蠢いているのは養鶏場の実験室で生まれた突然変異の新種鳥の細胞分レルを表しているのでしょう。 のっけから黒革手袋にナイフを持ったマルコの売春婦殺人プレイです。
モテルから場面変わってハイテク養鶏場経営の夫妻と秘書が鶏と戯れたり最新型食餌粉砕機を見るシーンで、不意に妻の頭上に鉄具が落ちて来る。 その後、マルコがその用具を手にしている写真にはじまり、マルコと売春婦の写真がアンナに送られてくるようになったある日、鬱積したマルコの異常なお楽しみが再びモテルで行われる。 呼んだ売春婦を後ろ手に縛り猿ぐつわを噛まして口紅で背中に書きなぐり喉をかっ切る。
不安になった妻は姪に頼んで売春婦に変装させて真実を探ろうとする。 アンナとマルコが養鶏場にいる時、ついてきたペットの犬が誤って粉砕機に落ちて餌となったことから殺人方法を考えついたマルコは粉砕器に仕掛けをします。 また別の日、アンナの悲壮な叫びで養鶏場に駆けつけると研究室で異常なひな鳥が何羽か見つかった。 首も羽もない化け物!とマルコは愕然としますが研究者はお肉だけの新種だ、大統領に報告しようと興奮。 マルコは棒を取り上げて息のある奇形な鳥を突き殺すのです。 マルコは倒れていたアンナを粉砕器に落とそうとした時、アンナが握っているのが以前、鶏のデザインをマルコに説明する広報マンのブレスレットだと気づいたマルコは悲鳴を上げて粉砕器の中に。 そこに広報マンとガブリエラが養鶏場にマルコを探しに来て倒れているアンナを見つけたガブリエラが悲鳴をあげる。 警察が来てアンナの死体を確認すると首が斬られていた。 斬ったのはマルコだと無実を叫ぶ広報マンとガブリエラだが誰もマルコを見つけられない。 ラストはラテン・パーカッションの音楽で緊張感を高めるなか、捜査員の一人が卵を取り上げて生で飲むシーンでエンド。(もしかしてあの実験卵?)
意味不明なシーン続出、例えばガブリエラとマルコのドライブシーンで事故の映像が浮かぶ謎とガブリエラも持っていた幾何学模様のスカーフの謎など。 ちなみにこの「殺しを呼ぶ卵」の1年前にもジャンルイ・トランティニャンとエヴァ・オーリンはTinto Brass(ティント・ブラス)監督の「Col cuore in gola(危険な恋人)」で共演しています。 当時16歳だったエヴァ・オーリンが下着姿で縛り上げられたりヌードのシーンが見られる「危険な恋人」に登場する小男の殺し屋はロジャー・コーマンの「赤死病の仮面」に出演したスキップ・マーチンです。

この一風変ったスリラー映画の後に、当時流行った熟女と少年との関係を描いた1969年の「Un bellissimo novembre(さらば恋の日)」やVladimirovich Nabokov(ウラジーミル・ナボコフ)の小説をブラックコメディ風に映画化した1972年の「King, Queen, Knave(キング,クイーンそしてジャック)」がありますが、当時40歳代も半ばを過ぎたジーナ・ロロブリジーダはもう引退寸前で裸体を披露してはいてもウエストはくびれておらず年増女の役どころになってしまいました。 「バンボーレ」と同じくMauro Bolognini(マウロ・ボロニーニ)が監督してジーナ・ロロブリジーダが少年の恋の対象となる浮気症の人妻を演じていますが、胸がこぼれ落ちそうなスリップ姿や水差しで少年がかけた水で濡れて透けた下着姿をサービスしています。 音楽を担当したEnnio Morricone(エンニオ・モリコーネ)の曲をナポリターナ歌手のFausto Cigliano(ファウスト・チリアーノ)が歌った”Nuddu“が切なさを効果的に演出しています。(曲名はシチリア語でNobodyの意味らしい)

La Morte Ha Fatto l’Uovo Trailer – YouTube
ジャン=ルイ・トランティニャンは1956年にブリジッド・バルドーと「素直な悪女」に出演した他、1959年に「激しい季節」や1966年に「男と女」など多くのフランスやイタリアの名作に出演しています。
ブルーノ・マデルナ音楽の「殺しを呼ぶ卵」のサウンドトラック・ジャケットにはジーナ・ロロブリジーダのセクシーな写真が使用されています。 「殺しを呼ぶ卵」のジャケット画像が見られるLa Morte Ha Fatto l’Uovo Soundtrack – Italian Soundtracks.com

以上をもって映画女優として私が知っているジーナ・ロロブリジーダは終わりです。

写真の他にも彫刻も手がけたほど多彩なジーナ・ロロブリジーダは最初の夫のミルコ・スコフィックとは20年以上の結婚生活を送りましたが、2006年79歳にして30代の若き実業家と結婚したとか。
時代も時代ですが、ジーナ・ロロブリジーダの出演映画のタイトルの多くは扇情的であるもののいづれもロロのお色気だけで、性描写や暴力シーンがなく成人指定になったことはないのだそうです。

ジーナ・ロロブリジーダ主演映画のVHS
以下は国内で入手出来るジーナ・ロロブリジーダが出演した映画のVHS及びDVDのカバー画像で購入可能なDVDは”Amazon.co.jp”のビデオ情報にリンクしているものもあります。 再リリース以外はほとんどのDVDが1万円~1万五千円位します。

Beat the Devil VHS (ASIN: 6302360986)  2006年発売の廉価版DVD悪魔をやっつけろ
Beat the Devil VHS

Soloman & Sheba / Movie (ASIN: 6303050050)
Soloman & Sheba VHS

Hunchback of Notre Dame VHS (ASIN: 6304383851)
Hunchback of Notre Dame VHS
ノートルダムの傴僂男 DVD (ASIN: B00008445L)

Strange Bedfellows VHS (ASIN: 6304005504)
Strange Bedfellows VHS

Come September VHS (ASIN: 6304005504) 9月になれば DVD
Come September VHS

殺しを呼ぶ卵 DVD
La Morte Ha Fatto l'Uovo

Trapeze / Movie VHS  Trapeze DVD
Trapeze VHS

ジーナ・ロロブリジーダ Gina Lollobrigida」への8件のフィードバック

  1. ジーナ・ロロブリジーダも知らなければ、ここに紹介されている映画もものの本で読んだことはあるものの、見たものは1本もありません。koukinobaabaさんのキャパシティの広さに感嘆しています。
    ↓クマちゃんに聞いてみました。トゥマトーと発音し、「マ」にアクセントがあるそうです。

  2. koukinobaaba より:

    NOVA さん、”トゥマトー”ですね! 早速書き換えます。本当は個人的にトNOVA さんにメールでお伺いしたかったのですが図書館のお仕事やニューオリンズの豪邸の準備などでお忙しいかと思い踏みとどまった次第です。
    ジーナ・ロロブリジーダは私は小学生の頃から知っていました。多分私とワン・ジェネレーション違うNOVA さんの時代にはもうそれほど話題にはなっていなかったかも知れません。

  3. 田園調布のプレスリー より:

    と言う事は今年で80のおん歳。
    私が夢中になった二十歳の頃すでに40ですか、シンジラレナーイ。
    写真がお好きでCANONの一眼レフを愛用しているようです。
    一昨年だったか、ニュージャージーの友人に「ダイアモンドヘッド」と「九月になれば」のDVDを送ってもらい久々に鑑賞しました。
    その美しさといったらないですね。
    家内曰く「今の加藤アイに似てない?」と。
    なるほど。

  4. koukinobaaba より:

    ロロブリジーダ女史は女優業より写真家としての方がお好きなようですね。映画での役柄がグラマー美女というステレオタイプだったからでしょうか。
    それに、お言葉を返すようですが「加藤アイ」にはゼンゼン似てないと思いますよ。(実物を見たわけではないのですが。)

  5. 竹小路漢一 より:

    私は、ロロよりも20才若いとはいえ、もう年寄りですので、
    このaudio-visual-triviaの字が小さくて目が疲れました。
    逆に言えば、koukinobaabaサンが、数ヶ月もかけて
    Wordなどに書いておいて、一気にここに大量な文字を
    コピーしたのだと思い、ご苦労とご苦心が、うかがわれます。
    ロロのすばらしさに気がついたのが、高校を卒業する頃で、
    『バンボーレ』を見て、息ができないほど、圧倒されました。
    しばらく仕事に追われロロから離れていましたが、
    大企業をやめて、小企業の社長になってからは自分の時間ができ、
    この1、2年日本、アメリカのAmazonやEbayなどで
    DVDや、DVDがなければVHSを買い、見ています。
    短いですが、今日はここまで。
    また、時間を作って書きます。

  6. koukinobaaba より:

    ロロより20才も年下ならまだまだお若いハズですが、もし私のブログの文字が特別小さく見えるのでしたらIEならら表示からズームの拡大を選ぶと大きくなりますが、たいていのブラウザではコントロールとプラスを同時押しでいくらでも大きな文字になります。

  7. Anonymous より:

    イタリアではジーナのオッパイの様に綺麗な山の膨らみを愛称のLa Lollo(ロロ)って呼ぶって聞いた事有るけど本当なのかな?、、なの #おっぱい #イタリア #ジローラモ #ジーナ #La Lollo

  8. koukinobaaba より:

    イタリアでのことは全く存じませんが、”La Lollo”はジーナ・ロロブリジーダの愛称として世界的に知られています。
    実際にその美貌と細いウエストと大砲のように突き出た胸の形は希有だと思います。

コメントは受け付けていません。